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教科領域教育専攻 芸術系 (音楽)

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教科領域教育専攻 芸術系 (音楽)
S一ラフマニノフの
作曲技法に関する研究
M93667H
教科領域教育専攻
山 野
芸術系(音楽)
昭 正
目
次
1
はじめに
第1章 ラフマニノフ評価に関する歴史的展望
第1節 ラフマニノフ評価の諸問題・
4
第2節 生前の評価についての再検討・・
6
第3節 ラフマニノフ評価の変遷・・
14
第2章 ラフマニノフ作品の旋律:学的考察
第1節 旋律を形成する諸要素…
17
第2節 旋律線と音楽表現との関わり
28
36
第3節 旋律分析の傾向と考察・一一
第3章 ラフマニノフの作曲技法上の特色
第1章 旋律提示に関する表現法・・
46
第2章 和声に関する考察・・
62
第3章 ラフマニノフスタイルに関する研究・
85
第4章 主題展開法・
99
第5章 管弦楽法に関する考察…
115
第4章 ラフマニノフ作品における類似性と反復癖
第1節 同時代の作曲家との旋律学的比較・・
!
第2節 ラフマニノフの創作態度・・
終章 総括的考察・
終わりに(謝辞)
資料
注釈及び引用文献
参考文献、参考楽譜一覧
132
139
162
170
凡 例
*本文中で扱う楽器の略記は次の通りである。
Picc. ・ ・ ・ ・ piccolo flute Tamb. ・ ・ ・
・ tambourine
Fl.・ ・ ・ ・ ・ flute T−tam. ’・ ・
Ob.・ ・ ・ ・ ・ oboe Triang.・ ・
・ triangle
Eh.一 ・ ・ ・ 一 English horn Glock. ・ 一
・ Glockenspiel
Cl.・ ・ ’ ・ ・ clarinet Xyph.・ ・ ・
一 xylophone
Bcl. ・ ’ 一 ・ Bass’clarinet T−bell. ・ ・
・ tube−bell
Fg.・ ・ ・ ・ ・ fagotto Hrp. ・’・ ・
’ harp
Cfg. 一 ・ ・ 一 contra fagotto Celes. ・ ・
・ Celesta.
A.sax. ・ ・ ・ Alto saxophone Pf. ・ ・ ・
・ pianoforte
Hr. 一 ・ ・ ・ ・ horn Org. ・ ・ ・
・ organ
Tp.・ ・ ・ ・ 一 trumpet Vn.1 ・ 一 ・
・ First violin
Tb.・ ・ 一 一 ・ trombone Vn. II ・ ・ ・
・ Second violin
Tu. 一 一 ・ ・ 一 tuba Va. ・ 一’ ・ ・
・ viola
Timp.・ ・ 一 ・ timpani Vc.一 ・ ・ ・
一 violoncello
Cymb. ・ ・ ・ ・ cymbals Cb. ・ 一 一 ・
・ contrabass
B.D. ・ e 一 ・ bass drum
S.D. ・ ・ ・ ・ snare drum
*曲名は原則として日本語表記にした。ロシア語訳は井上和男著「クラシック
音楽作品名辞典’jに拠っている。原題名は参考楽譜の項で必要に応じて補足
しておく。
*調性表記については、曲名中は和名を、本文中はdur・mollを、また、表中
では[ ]内の英文字を用いた。
ハ長調oC−dur韓[C]
ハ短調⇔c−mo 11¢・[c]
*引用楽譜はその都度出典を明記することが望ましいが、煩唄になるため曲名
のみ付記し、参考資料にまとめて記した。
曲名の略記
第1交響曲第一楽章第一主題…
〈第1交:1:T且〉
はじめに
ラフマニノフの音楽は、初演以後およそ1世紀に亘って世界中の人々に愛好
されている。ピアノ協奏曲第2番に代表される彼の作晶は、しばしば「センチ
メンタルな旋律美」「雄大なロシア的叙事詩」「華麗なピアニズムの極致」等
の言葉で象徴されてきた。その内容が一般的聴衆にも感覚的に素直に味わうこ
とができる意味で、彼の作品には分かりやすさと親しみやすさとを兼ね備えた
ものが多い。
今世紀半ばまで、大半の専門家はラフマニノフの人気は一時的なものであっ
て決して長続きしないだろうと予測していた。そして、その作品はとるに足ら
ぬ表面的な内容ばかりで、創造的精神に欠けた時代遅れの様式であると信じて
疑わなかった。そのような逆境の中で’ Aラフマニノフの音楽は数多くの聴衆と
演奏家に支えられ、今日まで生き続けてきたのである。
最近の音楽事情に目を転じてみよう。
1993年、東京地区のオーケストラコンサートで取り上げられた作曲家別曲目
調査によると、ラフマニノフは第9位(第1位はチャイコフスキー)となって
おり、彼の管弦楽曲や協奏曲はすでにレパートリーとして定着した観がある。
多くの若手ピアニストにとって、ラフマニノフのピアノ作品は重要な必修レパ
ートリーであり、声楽家もラフマニノフの歌曲やオペラに次第に関心を向けっ
っある。1994年2月、ミラノ・スカラ座は、ラフマニノフのオペラ「けちな騎
士」の海外初公演を敢行し世界的な話題となったのは記憶に新しい。
近年では、マゼールやデュトワのような著名な指揮者がラフマニノフ作品を
積極的に取り上げ始めたことは新しい動きとして注目される。その結果、およ
そラフマニノフ作品には縁遠いと思われていたドイツの主要オーケストラも、
彼の管弦楽作品を演奏するようになり、ベルリンフィルやウィーンフィルによ
る交響曲等の優れた演奏が実現するに至った.1994年後半)わが国では交響曲
第2番の新譜CDが毎月複数登場するという異常現象さえ見受けられ、一種の
「ラフマニノフ・ブーム」さえ漂わせている。ラフマニノフの交響曲は最近よ
うやく「市民権」を得たようである。
アマチュア音楽界でもラフマニノブは身近な作曲家となりつつある。ラフマ
(ノ)
ニノフの「交響的舞曲」の吹奏楽版は、かなり以前から上級バンドのレパート
リーとなっているし、合唱曲「晩祷」は、全国でもトップレベルのアマチュア
合唱団がコンクールの自由曲として取り上げるようになった・
没後50年を記念して、ラフマニノフの祖国ロシアでは、ラフマニノフピアノ
コンクールや国際ラフマニノフ学会が開催されるようになり、ラフマニノブ研
究もようやく世界的規模でめ積極的な交流が始まった。
ラフマニノフの音楽はもはや歴史的淘汰を完全に乗り切り、未来に向けてそ
の新たな足跡を刻み続けていくであろうことは誰の目にも明らかである。ラフ
マニノフの音楽は今日、再び注目され始めている。
演奏家が彼の作品に真剣に取り組むのは、個人的な趣味の範囲を越えて、そ
の音楽自体に何か新しい価値と可能性を弄い出しているからである。そして、
多くの聴衆は依然としてラフマニノフの音楽を強く望んでいる。これは紛れも
ない事実である。このような現象をどのように捉えるべきなのだろうか。
ラフマニノフを従来のように「大衆的な通俗作曲家」として簡単に片付ける
ことはできなくなった。作曲家としての彼の業績はその作曲技法や個性的な響
きによって評価されねばならない。それらは何よりも彼の書いた楽譜そのもの
から実証されるべきものであろう。筆者はラフマニノフ作品の評価が、従来か
ら作曲技法上の厳密な分析を著しく欠き、その音楽様式に関して他の同時代の
作曲家と安易に比較、検討されがちだった点に疑問を感じるのである。本論の
主旨はそのような従来のラフマニノフ観を今日的視点から再検討することから
出発し、ラフマニノフの音楽を本格的な芸術作品として正当に位置付け、音楽
そのものの発想や技法の質に目を向けた分析を試みるものである。
ラフマニノフは広く大衆に親しまれているわりに、その全体像はこれまでほ
とんど知られていなかったといえる。そこで筆者はラフマニノフの全ての作品
を研究の対象にした。これまでのように、その一部の有名作品のみによって作
曲家としての彼の業績を短絡的に評価することは容認できないのである。ベー
トーヴェンがそのピアノソナタのみで評価しえないのと全く同様に、ラフマニ
ノフの場合もピアノ作品ばかりに着目したところで彼の創作活動の全容を知る
ことは不可能である。ラフマニノフを「ピアノ音楽の作曲家」という狭い範疇
で評価しえた時代はもはや過去のものとなっている。
(2)
「ラフマニノフ風」といえば、通俗的でポピュラー音楽的要素を持つ叙情的
な旋律表現を連想する人が多い。それはある意味でラフマニノフの音楽の極め
て大衆的な側面のみを問題としている。ところが、実際にラフマニノフが残し
た大半の作品はそのような大衆的な路線を追求していたわけでは決してない。
彼の創作分野は予想以上に広大で複雑である。したがって、ラフマニノフの音
楽を「ラフマニノフ風」という特定の様式観によって一概に類型化することは
多くの誤解を生じさせる結果となる。
筆者はラフマニノフに対する認識が音楽の専門家筋にとってあまりに両極端
な受け止め方をされていることに対して、これまで強い疑念を抱いてきた。ラ
フマニノブはどちらかといえば、好き嫌いのはっきり分かれる作曲家に属する
ようにも思える。それは彼の音楽に対する各個人の価値観の相違によるものと
考えられる。しかし、個人趣味のレベルと芸術上の普遍的評価とを混同しては
なるまい。ラフマニノブの作品はあくまで客観的立場から先入観を取り払って
再検討されるべきなのである。
ラフマニノフは旋律:作家としても特筆すべき才能を有しており、彼の旋律:は
極めて個性的であり、ロシア音楽史上「屈指の名旋律」として評価されている
ものも少なくない。そのような旋律とはいかなる音構造をもっているのか興味
は尽きない。多くの聴衆を今なお捉えて離さない彼の旋律には作曲技法上の特
別な仕掛けがあるのではなかろうか。筆者は本論において「旋律表現」という
一貫したテーマを掲げて作品分析に取り組んだため、旋律学的考察に多くを費
やすこととなった。それは今後のラフマニノフ研究に対して、新たな可能性を
示唆することにつながるものと信じている。
(3)
第1章.ラフマニノフ評価に関する歴史的展望
第1節 ラフマニノフ評価の諸問題
今日、作曲家としてのラフマニノフは音楽史上さほど重要な位置付けがなさ
れているわけではない。「チャイコフスキーのエピゴーネン」「時代遅れのロ
マン主義者」「大衆受けを狙った折衷主義者」等の皮肉を込めたレッテルはあ
ながち的外れと言えないまでも、そこにはある種の先入観に捕われた蔑視的傾
向すら込められている。近年、ピアニスト兼指揮者としてラフマニノフ作品を
積極的に取り上げてきたアシュケーナージ(W.Ashkenasy)は、音楽界に
おけるラフマニノフ観というものが現在に至るまであまりに誤解と偏見に満ち
たものであることを指摘しているr測
ラフマニノフは、従来、音楽史等の研究者にとって評論の対象にはほとんど
なり一
ヲず、すでに広く親しまれている通俗作家として、その作品には何ら新し
い作曲スタイルや音楽史的意義を見いだしえない「二流の音楽家」に過ぎない
と信じられてきた。そのため、ラフマニノフの残したピアノ曲、協奏曲以外の
作品群、即ち管弦楽曲、室内楽、合唱曲、歌曲、オペラなどはピアノ作品に劣
らず重要な存在であるにもかかわらず、その大半は最近まであまり評価されず
不当に忘れ去られてきた。それは以下述べるさまざまな要因が複雑に絡み合っ
た結果、作曲家ラフマニノフの業績が作品そのものの評価とは別の次元で歪め
られてきたことによるものと考えられる。
まず第一に、ラフマニノブは一流のピアニスト兼指揮者という演奏家として
の側面を同時に持っていたことが作曲家として過小評価される一つの原因とな
っている。晩年のラフマニノフはヴィル5ウオーゾ・ピアニストとして世界的
名声を得たことから、その作品もピアニストの余技として軽く受け止められる
風潮があった。ラフマニノフがピアニストとして活躍した20世紀前半は、サ
ラサーテ、ホッパー、シャルヴェンカ、イザイ、ローゼンタールなどの演奏家
たちが自身でも気軽に作曲を手掛けていた時代でもあった。しかし、ラフマニ
ノフの作品をそのような演奏家の作品群と同一視することは誤った見解といえ
よう。彼の主要作品は、洗練された手法と個性的な響きに満ちた際立った存在
であり、グライスラーやパデレフスキーたちの一世を風靡した愛すべき小品と
(4)
同等には扱うことができない。矢代秋雄は彼のラフマニノフ論(1973)におい
てその点について早くから言及しており「ラフマニノフの作品は他の演奏家の
名技的自演用作品とは仕上げのうまさが段違いであり、ラフマニノブの作曲技
法が第一級のものである」tr..zことをその中で敢えて強調している。
第二に、ラフマニノフ作品の大衆受けする作風が、芸術的精神に欠けた安易
な創作態度として一方的に非難ざれてきた形跡が窺えるのである.ショーンバ
ーク(H.Schonberg)はその代表的著書「Great Composerslの中で、ラフマ
ニノフが大衆的とか通俗的とか非難されてきたのは「ラフマニノフの追随者で
ある映画音楽や三文音楽の作曲者たちの仕業である」n3と手厳しい。事実、ラ
フマニノフの音楽は彼の生前からさまざまな分野で模倣されたり、その一部が
安直に編曲、転用されたりしたため、原曲までもしばしばセミクラシック的扱
いをされるという弊害を被っている。有名な第2ピアノ協奏曲あメインテーマ
がイギリス映画「逢びき」のBGMに使われ空前のヒットとなった現象を分析
した当時のハリウッドの映画界は、その音楽の果たす役割の重要性を再認識せ
ざるをえなかった。それほど多方面から関心を集めた彼の音楽が、逆に作曲家
として軽薄で大衆迎合的だとの非難を生み出す引金となったのは皮肉な現象で
ある。反面、クラシック界からは「分かりやすい音楽は芸術性に乏しい」とい
う当時の芸術至上主義思想に基づく偏狭な見解からラフマニノブの作品はとか
く低く捉えられがちであった。20世紀前半は機能和声の崩壊が決定的となり、
十二音技法などの新しい音楽語法が盛んにもてはやされた時代であり、音楽界
の趨勢はそのような新しい傾向の音楽に対してのみ、関心が向けられていたの
である。
第三に、ラフマニノフの音楽は感情面での起伏変化がその本質を形成してお
り、旋律に対する依存度が極めて高いという指向性を持つ。そのことが交響曲
などの大曲に対する構成面での致命的な脆さであるかのように従来言われてき
た。中村紘子は「ピアニストという蛮族がいる」注4の中で、ドイツのある主要
オーケストラが今日まで一度もラフマニノブの協奏曲を演奏していない事実を
驚きの目でもって伝えているが、それは音楽の構築性、統一感を重視する伝統
的な価値観がこの地域で支配的であったことを証明している。ソナタ形式によ
る楽曲をベートーヴェンやブラームスの作品を一つの規範に据えて仙の作曲家
(s )
の作品を比較検討するという「偏った価値付け」がこれまでしばしば行われて
きた。ラング(R.H.Lang)やグラウト(D.J.Grout)の著書における西洋音楽史
のロシア音楽に関する記述内容などはその典型的な例といえよう。つまり、当
時のドイツ音楽中心の偏った音楽観がラフマニノフの作品に対して致命的な評
価を及ぼしたことは否定できない。
このように、ラフマニノフの評論や作品論を概観しようとすれば、その当時
の音楽界の褄雑な状況が直接、間接に関わっており、それらを考慮に入れなが
ら評価内容一つ一つを慎重に洗い直していく作業が必要となる。筆者はラフマ
ニノフに対する従来の評価を客観的な立場から再検討することがラフマニノフ
研究の新たな第一歩となりうると信ずるものである。そとで、次節はラフマ9
ノフの伝記的側面から作品論を傭職しつつ、生前のラフマニノフ評価の歴史的
変遷について年代順に概観していく。その過程を通して、作品理解を妨げてき
た本質的な問題をいくつかクローズアップしてみたい。
第2節 生前の評価についての再検討
(1)作曲家としての功績
ラフマニノフ作品を時代ごとにまとめると以下のようになる。これらはあく
まで作品の書かれた時期を対象とした便宜的な分類に過ぎないことを断ってお
きたい。
〈第1期=1896年までの青年期〉
モスクワ音楽院卒業後、楽壇にデビューし順調に歩み出すものの、第1交
響曲によって挫折する。この時期は先入の影響が著しいが作品自体の完成度
9
は高く、すでにラフマニノフ独特の響きが散見される。
〈第2期:1900年から1907年まで〉
第2協奏曲から第2交響曲まで。独自のスタイルを確立し、大衆の絶大な
支持を得て認められていく充実期。ただし、ボリショイ劇場時代の2つのオ
ペラの評価は芳しくなかった。
〈第3期:1909年から1917年まで〉
第3協奏曲、「鐘」、「直直」など今日最高峰に位置付けられる野心作が
多い。作風は半音階的和声が目立ち始め、新たな可能性を模索しようとする
く6)
璽姿勢も垣間見える。
〈第4期:1926年から1940年までのアメリカ時代〉
ピアニストとして多忙な活動のさなか作品数は極端に減少。ピアノ用編曲や
過去の作品の改訂に相当多くの時間を費やしているのも特徴。
ラフマニノフの創作活動は国外に亡命した1917年忌節目にして、それ以
前のロシア時代3期に後半のアメリカ時代を加えて大きく4期に分けられるの
が通説である。作品は青年期から晩年に至るまでの生涯のほぼ全般にわたって
書かれてはいるが、その間にいくつかの空白期があってこれまでにもその根拠
が問われてきた。最も有名な例は1897∼99に至る3年間の自信喪失によ
る沈黙期で、ダール博士(N.Dahl)の暗示療法によって第2協奏曲を作曲し
たことはよく知られているが、その他にもいくつかの休止期が散見される。多
忙な演奏活動のために作曲活動が阻害されたという従来の単純な解釈だけでは
十分とは言えず、極度に集中した創作活動とその反動という周期的に訪れる躁
欝的精神状態にその原因があることも指摘されている。ラフマニノフは、しば
しば「作曲できない状況に陥った境遇」を真剣に悩み、演:奏活動のキャンセル
や転地療養を試みている事実から、彼の創作的基盤は脆弱かっ不安定であり、
極めて繊細な神経に支えられていることが類推できる。
コンサートピアニストとして脚光を浴びた後半のアメリカ時代に比べて、ロ
シア時代には主として作曲活動がその中核と見なされ、ピアニストや指揮者と
しては自作を紹介する目的を兼ねた副業程度の認識しかされていなかった。し
かし、彼の伝記や周囲の関係者の証言によれば、実質的な仕事は演奏活動が大
半を占めて菊り、作曲活動に従事していた時間的比率はさほど多くない。この
点は、マーラー(G.Mahler)と驚くほど似ている。そしてこのことがラフマ
ニノフの創作活動を考える上で重要なポイントとなる。ラフマニノフは実質的
には「日曜作曲家」「夏休み作曲家」であり、作曲の時間を確保するために、
また演奏活動と作曲活動との精神的なジレンマのために半生苦しみ続けていた
ことがさまざまな資料注5から推測できる。彼自身は自分の本分は作曲活動にあ
ることを自負していたため、作曲活動から遠ざかると不安にさいなまれ、絶え
ず焦りを感じていた様子を伝記作家たちは伝えている。
ラフマニノフの作品は、第1交響曲の歴史的失敗を唯一の例外として、一般
(7)
聴衆からは概ね好評で迎えられ、演奏の度に人気は高まっていった。しかし、
その反動として、批評家筋からは相当辛辣な批判も数多く受けている。代表的
なものは前述の第1交響曲に対するキュイ(c.c ui)の批評文で、若きラフ
マニノフの野心作に決定的な評価を下したものとして重要である。ロシア時代
の作品は、ほとんど作曲者による指揮またはピアノによって初演されており、
そのことが絶大な成功をもたらす一つの要因となったことは疑うべくもない。
ピアノ曲や協奏曲はもちろんのこと、第2交響曲、「死の島」、「鐘」なども
ラフマニノフの卓抜した指揮でこそ成功に導かれたといっても決して過言では
なかろう。彼の超人的なピアノテクニックについては改めて述べるまでもない
が、指揮者としての業績も生前から高く評価されていた事実には特に注目して
おく必要があろう。
②指揮者としての功績
ラフマニノフの指揮活動は、モスクワのマモントフオペラの副指揮者に始ま
り、ボリショイ歌劇場の正指揮者、モスクワフィルハーモニーの音楽監督まで
務めた、20世紀初頭のロシアにおける当時最も優秀な指揮者の一人と見なさ
れていた。
グリンカ、リムスキー=:コルサコフ、チャイコフスキーなどのロシアものオ
ペラに加えて「カルメン」「ミニヨン」「サムソンとゲリラ」のようなフラン
スオペラまで扱ったという幅広いレパートリーからも、ラフマニノフの指揮者
としての有能さを証明するに十分である。また、1912年は管弦楽コンサートで
の指揮活動だけに費やされており、その曲目はすべて外国作品に限られていた
ことも特筆すべきであろう。
ラフマニノフの指揮したモーツァルトの交響曲第40番の突飛な解釈は、当時
激しい賛否両論を引き起こした。その演奏内容をメトネル(N.M etnef)の手
記から憶測する限りでは、晩年に彼がピアニストとしてショパンのピアノソナ
タ解釈で示したような、主観的で個性的な表現が目立ったとされる。
1915年にはスクリャビン追悼演奏会を自ら企画し、「悪魔の詩」(第2交響
曲)と「プ門田テウス」を振っている。ラフマニノフが当時の新しい音楽語法
に対して懐疑的だったにもかかわらず、スコアを慎重に読み取り、丹念に音楽
を構成しでいく指揮者としての優れた資質を示す好例である。
(8)
指揮者としてはマーラーやニキシュに匹敵するとまで高く評価されていたラ
フマニノフではあるが、指揮活動が自分の創作活動に支障をきたすという理由
から次第に敬遠するようになる。1918年、ボストン交響楽団から常任指揮者と
しての要請を断った事実は、指揮者として最盛期にあった彼の名声が、すでに
ロシア国外でも広く知れ渡っていた何よりの証拠であろう。
アメリカ時代には、指揮活動がピアニストとしての腕や指の障害となること
を恐れ、わずかの自作品(「死の島」「鐘」など)を例外として全く指揮をし
なかった。ただし、幸いなことに晩年の1939年、フィラディルフィア管弦楽団
を率いて「第3交響曲」「死の島」「ヴォカリーズ」を振った貴重な録音が残
されている。そのオーケストラの統率力、他の追従を許さない厳しい解釈は多
くの識者の認めるところであるが、とり、わけオーケストラの音色や全体を覆う
暗い曲調などから感じられる音楽づくりは並外れて個性的である。
ラフマニノフが第3ピアノ協奏曲を1909年にマーラーの指揮で共演した際、
マーラーはスコアの隅々まで綿密に記憶してオーケストラに対して全く妥協
しなかった態度にラフマニノフも尊敬の念と強い共感を覚えたことを後に告白
している。ラフマニノフの指揮ぶりも相当徹底的で厳しいものであったことが
憶測されるのである。ラフマニノフは音楽上全く妥協を許さない頑固な指揮者
であり、自分の気に入るまで細部も執拗に繰り返したため楽団貝の反発はつき
ものだったが、その音楽が外部から高く評価されようになると彼らの態度は尊
敬へと豹変したと伝記作家たちは伝えている。
ラフマニノフが主張する指揮者としての資質は、絶対的な沈着冷静さ、思考
の完全な均衡、完全な自己統制である齢という。事実、ラフマニノフは音楽の
一貫した構成論理を尊重し、作品を客観的に分析し設計しなおした上で演奏に
臨んでいた.後年、彼のピアノ演奏に見られる計算し尽くされた不変の演奏様
式のルーツは、、その指揮者としての経験に相当依存していたと考えられる。
(3)ピアニストとしての功績
ラフマニノブは「最後のヴィルトゥオーゾ」として特に生涯後半は華々しい
演奏活動を繰り広げたことは周知の事実であるが、1918年の革命後コンサート
ピアニストに転向したという一般の認識は誤解を招きやすい。ラフマニノフは
それ以前にもロシアものや古典派、ロマン派の作品など自作以外のレバートリ
(9)
一を少なからず持っていたし、若い時代からヴァイオリニストと組んでヨーロ
ッパ巡業をしたり、歌手の伴奏役を務めたりしていたことを考えるとピアニス
トとしての経験もロシア時代からかなり豊富であった。その自負が、後に職業
ピアニストとして自立していけるという確かな選択へと帰結していく。
ラフマニノフのピアノ演奏における最大の魅力は、その超人的なテクニック
と壮大に鳴り響く音響にあったことは衆目の一致する見解であるが、当時の下
め名演奏家たちと比べると極めて冷静で完壁に練り上げた不変的演奏を理想と
した。その演奏の中には必ず音楽的なクライマックスがどこか設定されていな
ければならず、彼自身はそれを「ポイント」と呼んで強く意識している.演奏
の核心とは「ポイント」を的確に捉え、それを自然に聴衆に伝えることである
と晩年ラフマニノフはニューヨークタイムズ紙のインタビューに答えている。
レコードに残されたロマン派作品の演奏は、その解釈があまりに主観的過ぎ
るため注,今日でも評価は大きく分かれる。その反面、自作自演ディスクは絶大
なブランド効果があり.、ピアノ協奏曲第2番など今日でも十分鑑賞に耐えうる
完成度の高い名演とされる。当時は勝手に音を付け加えたり、テンポを気紛れ
にくずしたり、表面的な技巧の誇示のみに没頭したりするような19世紀的演
奏様式がまだ根強く残っていたにもかかわらず、ラフマニノフの演奏にはその
ような「古風な弾き崩し」は抑制され、あくまで楽譜をtLi実に再現しようとす
る姿勢が貫かれている。そういう点ではどちらかといえば現代に通じる新しい
感覚を身に付けたピアニストとして評価されてしかるべきであろう。
ラフマニノフは当時の演奏家のなかでは比較的多くの録音を残したが、それ
らはいずれもライブ録音に近い生々しい演奏として、逆にミスタッチや些細な
表現上の乱れさえも漏らさず伝えている。それにもかかわらず、どの音も生命
を持ち、有無を言わさずその音楽を主張し続ける演奏スタイルは聴き手に強烈
な印象を与えたと言われる。
長身大男で髪を短く刈り、寡黙で神経質そうな表情をくずさないラフマニノ
フの演奏スタイルには一種のカリスマ性があり、そのような外見上の要素もビ
アニス5としての人気に一役買っていたという意見も信慧性を帯びてくるので
ある。ラフマニノフ.の演奏スタイルはホロヴィッツを始めとする多くの若手ピ
アニストに影響を及ぼしたことはその存在の偉大さを物語っている。
〈to)
(4)生前のラフマニノフ批評
ラフマニノフの作品は、彼の生前から国内外で頻繁に演奏されてきたにもか
かわらず、その評価は必ずしも正当なものとはいえなかったことはすでに述べ
た。しかし、その内容が全くのナンセンスであって完全な誤りであると即座に
断定することはできない。ここではそれらの中からいくつか具体的に取り上げ
再検討してみたい。
〈交響曲第1番に関するキュイの批評文〉
「もし地獄に音楽院があり、もしその中の才能ある音楽家が〈エジプトの七つ
の呪い〉というテーマで標題交響曲を課題に出されたとして、もし彼がラフマ
ニノフ氏に似た交響曲を作曲すれば、彼は輝かしい成果をあげたとして地獄の
住民を熱狂させただろう」注8
この感情的とさえ思えるほどの内容はその当時のモスクワ楽派とペテルブル
グ楽派との対立がこの作品を起爆剤として一気に噴出したとする見解が一般的
である。チャイコフスキーの流れを汲む西欧派の「若き才能」の新作は、ロシ
ア国民楽派にとって格好の標的でもあり、その敵意に満ちた酷評は結果的にこ
の作品を世間から完全に抹殺したのである。
この作品に対する従来の「若書きの生硬さ」や「未熟で不慣れな構成観」と
いう評価注gは適切ではない。同時期のR.シュトラウスのへ短調交響曲(1984)
やストラヴィンスキーの変ホ長調交響曲(1906)などの習作と比べれば、ラフマ
ニノフの音楽はあまりに斬新すぎたことがそのスコアから読み取れる。
構成面では単一主題による循環形式が用いられ、ジプシー音階に基づく減4
度や増5度音程は耳慣れない抑揚と和声を生み吟じている。おそらくその点を
キュイは「貧弱な上に歪曲した和声」と評したのであろう。
ラフマニノフの第1交響曲における「実験的な試み」が全く評価されなかっ
たことは、その後、彼が保守的な創作態度を取り続けたことと決して無関係で
はない。その意味で、キュイの悪意を秘めた陰険な批評が、ラフマニノフの創
作態度を大衆に方向づけるひとつの契機となったことは皮肉なことと言わざる
をえない。
〈ピアノ協奏曲第2番についての批評〉
パシャーノフはその著書「ラフマニノフ」の中で、1902年、新作のカンター
(ll)
タ「春」とともに再演された時の、ある毒舌批評家と若い熱狂的支持者である
一学生とのやりとりを報告している。
「よくもまあ、こんな砂糖水みたいなものに拍手できますね?…
’ものじきに駄目になってしまうというのに…
こんな
」
「あなたは間違っていますよ。これはあなたの中にも、私の中にも、それど
ころかわれわれの子孫の中にも生き続けるにきまっています。」注1。
この会話はラフマニノフの音楽に対する両極的な立場を象徴している。作品
ζしての意義や価値付けというものが歴史的客観性に基づく、のか、個人の主観
的感性に基づくのかという根本的な価値観の相違である。両者の立場はどこま
でいっても平行線のままで決して噛み合わない。
1909年のアメリカ演奏旅行におけるニューヨークタイムズ紙の批評は生前の
ラフマニノフ評価のスタンダードとなった。
「意思の表現が弱い。これは技術的基礎が充分あり、チ’ヤイコフスキーの音
楽を知っているドイツ人なら、誰でも作曲できるものである。作品全体を
通じて悲しい調子が延々と続いている。」注11
ラフマニノフが折衷主義者であるという非難はすでにロシア時代初期から言
われてきたもので、その根拠の一つは彼の協奏曲第2番がチャイコフスキーの
変ロ短調(1875)の手法を数多く踏襲していることにあるが、それはチャイコフ
スキーのアイデアをそのまま模倣したものではない。例えば終楽章のコーダの
クライマックス部分などはチャイコフスキーのオリジナルではなく、グリーグ
のイ短調(1868)の先例を取り入れたものだし、冒頭の厚い和音やアルペジョは
アントン・ルービンシュタインの協奏曲第4番(1864)をヒントにしていると考
えられる。それは当時のヴィルトゥオーゾ協奏曲の基本的スタイルであり、チ
ャイコフスキーのみによる影響ではない。冒頭から第一主題を情緒纒綿に歌う
手法はスクリャビンの協奏曲(1897)に酷似している。当時の諸作品との関連性
を無視してチャイコフスキーの協奏曲のみと安易に比較されたこと自体、まず
問題にされなければならない。
また「ロシア人」でなく「ドイツ入」となっているあたりも、当時の音楽界
がロシアを音楽的後進国とみなし、盛んにドイツから学んでいた実情を皮肉っ
ている。興味深い点は「悲しい調子」という表現で、ラフマニノフの音楽が短
(12)
調’への傾斜性を強く帯びていることを見通しており、短三和音や付加六変化和
音の偏重や下降する旋律群が短音階進行を採る1’寺徴を予見している。
〈カンタータ「鐘」に関わる批評〉
「鐘」はラフマニノフ自身が会心作として最も気に入っていた作品であり、
音楽史上の数多いカンタータ作品中でも傑作との評価が高い。初演は熱狂的な
大成功であり、そのことが日頃から相性の悪い批評家たちの神経を逆撫でし、
いくつもの敵意に満ちた評論を生み出した。その代表的存在であるカラトゥギ
ン(V.Karatfgin>のものを以下挙げる。
「彼の音楽は、いうなれば一般聴衆の平均的好みを計算してそれに応じてい
る。…
ラフマニノフの希有の才能は常に芸術に係わりのある線上を動
き、その表面を刺激するだけで決して中には踏み込もうとしない。…
つまらぬ内容に対して、外見の飾付けを華麗に仰々しくするのがラフマニ
ノフのほとんどの作品の常套手段である。作品は恐ろしく誠意に満ちてお
り、至るところにある種の大部分が非常に感傷的な情緒からなる、生きた
〈心的体験〉がある。しかし、この〈心的体験〉はお粗末で低級でわざと
らしい。」注12
ラフマニノフの作品がたえず聴衆に対して圧倒的に支持されることに対する
感情的な攻撃である。「ラフマニノフの希有の才能」とは優れた折衷主義者と
いう意味での椰楡であり、〈心的体験〉という言葉に軽蔑がありありと込めら
れている。ラフマニノフの作曲技法上の音響効果を「外見の飾付け」というな
らワーグナーやR.シュトラウスの作品とどう区別できるのだろうか。外見的
な華麗さや多彩な音響に対する空虚さをラフマニノフ作品のみを対象に非難す
ることはできまい。「鐘」に対する反論の多くは、ラフマニノフの音楽姿勢に
関する本質的な問題であり、両者には妥協の余地はなかったであろう。
1910年代のロシア音楽界は新しい表現語法を求めて騒ぎ立てており、モスク
ワではスクリャビンやメットネルの作晶がもてはやされ、若手ではプロコフィ
エフやストラヴィンスキーらが注目を集めていた。その中にあってラフマニノ
フは「過去の遺物」として批評家から集中放火を浴びながらも、自らの創作姿
勢に固執し続けたのである。彼のその頑固なまでの創作態度は、強い信念と批
判への覚悟を伴った精神的負担の上にきわどく成立しえたものといえよう。
〈. i3 〉
・第3節 ラフマニノフ評価の変遷
ラフマニノフ作品の評価の動きは彼の残後、ほぼ次の3つの節目を経て今日
に至っている。
(1)ラフマニノフ残後∼1960年代まで
「グローブ音楽・音楽家辞典」(第5版)における辛辣な批評に代表される
最も評価の厳しい時代である。その作曲家としての記述は以下の通りである。
「… 作曲家としては時代に即していたとは言い難く、グラズノフまたは
アレンスキーらの、優れてはいても通俗的な作曲家と同程度にしか、ロシ
アを代表しなかった。バラキレフ派の民族的特徴もタニュエフまたはメッ
トネルの個性も欠いていた。技術面では高度の才能を有していたが、その
幅は著しく限られていた。彼の音楽は巧みに構築され有効だが、音構成は
単調である。・・」注13
この時期の評論の多くは、ラフマニノフのピアニストとしての業績をそれな
りに評価しながらも、個性的な作曲家としては認められておらず、チャイコフ
スキーやロシア国民楽派たちの模倣的追随者としての見方が有力であった。ラ
フマニノフが彼らの作品と多くの共通点を持っていることは事実だが、それら
との本質的な相違点を無視していることが一面的なラフマニノフ評価となって
いることは否めない。
(2)生誕百年(1973)以降の第一次再評価期
1970年代から、ラフマニノフ作品は管弦楽作品や合唱作品などが次々と紹介
されるようになり、それら「発掘された作品」は従来言われてきたような没個
性的なもので,も、チャイコフスキーの亜流でもない優れた作品であることが次
第に認められるようになってきたのである。そのピークが1973年の生誕百年を
記念した数々のイベントであるが、彼の生前のレコード録音の復刻版が「ラフ
マニノフ大全集」として発売されたように、むしろピアニストラフマニノフの
再評価への可能性をも同時に追求するものであった。そのため、純粋に作品評
価を狙ったラフマニノフ作品全集等の刊行は実現されなかった。
無伴奏混声合唱曲「晩祷」の空前の世界的ヒットは、ラフマニノフに宗教作
品があることすらほとんど知られていなかった音楽界に与えた衝撃度がいかに
強烈であったかを立証するものである。
(、り
.スヴェトラーノフ(E.Svetlanov)は、ラフマニノフをチャイコフスキー
以後の正当な後期ロマン主義交響作寡として位置付け、彼のほとんどの管弦楽
作品の録音を行ったが、そのことはラフマニノフへの関心を世界的に高めるき
っかけをつくりだしたものとして注目されねばならない。また、イギリスのプ
レヴィン(A.Previn)も当時、ロンドン交響楽団を率いてラフマニノフの交
響曲などの主要な管弦楽作品をヨーロッパ各地で演奏してその真価を世に問い
続けていた。さらにイギリスの音楽学者P.Piggiotは、その著書「Rachmaninov
Orchestral Music」(1970)を発表している。
このような一部の音楽家の熱心な演奏評論活動は、その後次第に多くの若い
世代の音楽家たちに受け継がれていくことになるが、批評家や音楽学者の積極
的な支援が始まるのは1980年代に入ってからである。
(3)残罪50年く1993)前後にかけての第二次再評価期
1980年後半から1990年始めにかけては、作曲界での新ロマン主義やミニマリ
ズムに見られるように、旋律性や調性復帰の兆しが顕著となり、従来、不当に
無視されてきた20世紀始めの後期ロマン主義による埋もれた作品の再評価が積
極的に行われるようになった。そのような傾向の中で、ラフマニノフ作品の演
奏頻度は飛躍的に増大し、指揮者やピアニストも積極的に真正面から彼の作品
に取り組み出し、その作曲家としての活動も再検討されるようになってきてい
る。ラフマニノフは再び人気の高い作曲家として復活した観があるものの、そ
の作品論については必ずしも全て妥当なものとはいえず、古い評価を盲信的に
追従したものや、通俗作家としての偏見を底流に持つ評論なども、依然として
根強く残っているのも実状である。
9
最後に、ここ数年の新しいラフマニノフ観をふまえつつ、本論文の目的と筆
者の立場について言及しておきたい。
第一に、ラフマニノフ作品はピアノ音楽という一面性のみで決して捉えるこ
とはできない。彼の創作分野は多彩で複雑に関連している。ラ『フマニノフの音
楽はあくまで作品全体を通して総合的に把握されねばならない。筆者は特に彼
の管弦楽作品と声楽作品に着目している。
第二に、ラフマニノフ作品をある特定分野に限定してその傾向や特徴を指摘
することは必要であるが、全ての分野の創作活動を展望しつつ、総合的に解釈
文15)
されることも重要である。そのためには、ラフマニノフの全作品に共通する要
素を探りだし、その傾向を分析的に究明することが先決となろう。
第三に、ラフマニノフ作品分析にあたっては、まず、作品自体の持つ価値を
読み取ることが優先されるものであり、安易に他の作曲家との比較に走り、そ
の類似性を非難する態度は慎まなければならない。それは、何よりも彼の書き
残した楽譜の中に見いだすべきことであろう。
第四に、ラフマニノフに関する従来の一般論を検討する場合、それらを誤っ
た先入観として排除することは容易だが、その中に散見される真理まで無視す
ることはできない。この取捨選択は難しい課題でもある。従来の常説にはそれ
なりの根拠があり、たえず柔軟な発想が求められるのである。
筆者は、ラフマニノフの作品が現在も真の意味で正当に認識されていない側
面があると捉えている。彼の旋律の魅力、独特な音色感、感情的な起伏に基づ
く表現法や構成論理などは、作曲上、具体的にどのような技法を用いているの
か、それらは実際にどの程度効果をあげているのか、また、その根底には彼の
どのような創作観が影響しているのか、詳しく検討されねばならない。
ラフマニノフは、今日、われわれにとって極めて身近な存在となっており、
彼の残した大部分の作品について、その楽譜や演奏資料が比較的容易に入手で
きるようになってきている。そのような状況のなかで、従来のラフマニノフ研
究に欠けてきた分野が、彼の作曲家としての技法的、様式的位置付けと評価で
あり、それらを通してラフマニノフの新たな側面を提示することが筆者の本論
文での最大の目的である。
(16)
t第2章
ラフマニノフ作品の旋律学的考察
第1節 旋律:を形成する諸要素
旋律はラフマニノフの音楽を形成している重要な要素であり、彼の作品が今
日広く演奏家や聴衆に愛好されている根拠の一つとして、その旋律の持つ独特
な魅力を挙げねばならない。もちろん、ラフマニノフの音楽はその旋律のみに
よって評価すべきものでは決してないが、彼の残した音楽の底流を常に流れて
いるのは旋律を中心に据えた音楽観であると考えられる。そのことは「旋律が
音楽であり、音楽の基礎である」注1という彼自身の言葉からも十分に窺えるも
のであろう。
ラフマニノフの旋律は古いロシアの民族音階や教会旋法による単旋律音楽、
とりわけ、中世ロシア典礼音楽における聖歌との類似性が従来より指摘されて
きた注2。ラフマニノフ自身、グレゴリオ聖歌「怒りの日」の管玉を自作品にし
ばしば引用しており、ロシア時代からギリシャ正教会の典礼音楽とも関わりは
深かった。彼は「二軍」や「聖ヨハネス=クリソストモスの典礼」等の宗教音
楽の作曲にあたり、中世以降の教会典礼音楽を深く研究している。それに関し
て注目すべき点は,直接引用され和声付けられた定旋律群とそれらを模倣して
書かれたラフマニノブの創作旋律とは外見上全く区別できないほど様式的に酷
似していることである。譜例アは古いズナメニ聖歌にラフマニノフが和声付け
したもの、譜例イはラフマニノフが書いたオリジナル旋律である。
凡例ア古いズナメニ聖歌
…・一一7…一
華i弄毒毒一琴≡垂靴
譜例イ オリジナル旋律
. oP3r Nol
iSEiiigiijSiiEiEge:iiiiiiiiEiiiigiifiiiiiESiiii
このような狭い音域での順次進行はラフマニノフの多くの旋律線と共通ず’る
ものである。(例えば第3協奏曲の冒頭テーマなど)
後期ロマン派の多くの作曲家たちは、自作品の主題に民謡や聖歌の旋律を引
用する手法をしばしば試みていた。チャイコフスキーやロシア国民楽派たちは
好んでそれを多用したし漉、ブラームスやマーラーとて例外ではない。このよ
うな姿勢は、主題そのもののオリジナリティーよりも聴衆に対するポピュラリ
(17)
ティーを優先した結果であり、民族主義的イデオロギーや世評に対するパロデ
ィーとしての意味合いを秘めていることさえあった。つまり、作曲家の書いた
旋律については、それと類似する既成の旋律:を調べるこζによって、その創作
の過程や発想の根源が明らかになることも決して少なくないのである。(旋律
の類似性及び引用、転用については第4章で詳述する)
現在のところ、彼の旋律と似たものはいくっか見いだせるものの「引用」と
断定できるほどの同一性は認められず、結局、旋律はオリジナルなものと考え
ざるをえないという消極的な見解が一般的である注、。おそらく、作曲者の心の
奥底にはロシア聖歌の抑揚が常にっきまとっており、それが無意識のうちに旋
律創作に反映されていると考えるほうが妥当であろう。
ラフマニノフの旋律:は概して一つのプレごズが長く、流暢で連続的であり、
それらを構成するいくつかの特徴的な要素が存在する。これらの要素とは、旋
律自体が内包している動機的素材のみに限らず、旋律の輪郭を形成するための
作曲上の創意工夫まで含めたものである。
本章では、まず始めにラフマニノフの旋律の特徴を分析し、従来からさまざ
まなレトリックによって曖昧に表現されてきた「ラフマニノフ・メロディー」
の正体を探っていくことにする。旋律自体が本来持っている形態的特徴や変形
の可能性は作曲上極めて重要な要素であり、その旋律特有の音楽的性格に関係
してくる。旋律:は時として作品全体の印象を決定するほどの強い支配力を持っ
ため、旋律の魅力がその作品自体の評価を左右する場合も少なくない。また、
それはラフマニノフの旋律に対する嗜好性を解明することにもつながる。
特に断るま,でもないが、ロマン派の音楽において旋律:は和声と密接な関係に
ある。作曲家は新たな旋律を発想するとき、無意識のうちにその背後にある和
声まで見通している場合が多い。したがって、本来は旋律を考察していくうえ
で必然的に和声についても言及せざるをえないのだが、詳しい和声分析につい
ては次章に譲り、ここでは旋律の形態的特徴に着目するために敢えてく旋律を
形成する諸要素〉とく旋律線と音楽表現との関わり〉の2点に絞りこんで考察
していくことにする。
それに先だって、本論文における旋律の概念および定義について触れておか
ねばならない。
qg>
噂「旋律:」(melody)という用語は音楽の3大要素の一つとされ、広く用いら
れている一般的な概念ではあるが、その定義は極めて曖昧なものである。基本
的には「単音による種々な高度による連続」tr..5や「高さの異なる音の水平的な
連続」注,などで説明されるが、旋律学上でも「厳密な定義は一致していない。
例えば、ヴァスベルゲ(Waesberghe)の旋律理論では「旋律とは高さを異に
したいくっかの音が(外的な)形式および律動に関してひとつのまとまりを構
成するように、しかもなお、相互のあいだに存在する機能的近親性の法則に従
って、配列されたもの」注,と定義しているが、旋律を考察するうえで旋律構成
ノ
音の相互近親性に着目した視点は重要である。即ち、旋律の個々の音を反復、
連結、まとまり(単位)、対比という4っの機能において分析できることを実
証した点である。また、エリクソン(R.Erickson)は「面高」と,f持続」とい
う基本特性によって旋律の構造説明を試みている。注,
旋律の把握は多分に主観的要素が入り込む余地があり、実曲において「ある
特定の旋律」を言及する場合、さらに複雑な問題がいくつか生じでくる。
第一に、「旋律」とはどのような音型を指すのか特定することが困難な事例
が生じる場合である。歌曲のように主旋律が明確に見いだせるものはよいが、
器楽作品に見られる錯綜した音響群において旋律を特定することがさほど意味
をなさないものも存在するからである。第二に、「旋律」と楽句(phrase)、
主題(thema)との相互関係である。旋律の概念を拡大すれば主題や楽句を構成
するために不可欠な要素となりうるが、一般に旋律を必ずしも楽曲構成に必要
な要素として捉えないほうが普通である。第三に動機(Motiv)との関連性に
おいてである。旋律を狭い意味で捉えればそれは動機レベルの音型まで旋律と
言えなくもない。これについては「動機は旋律の個々の分節とみなされ、完成
した旋律や主題とは違う」注,というライヒテンFリット(H.Leichtentritt)の
説明が示唆を与えてくれる。
筆者は旋律は動機を内包し、楽句を形成する重要要素として定義する。その
ため、主題を楽句の集合体とみなして、主題全体に対しては旋律群という表現
を用いた。したがって、旋律は各用語を包括する総合概念として捉えている。
なお、本章で扱う旋律分析は各曲の主要主題を対象としている。「旋律」の
概念は、対旋律やバスライン、あるいは歌曲における声楽パートのようにさま
〈}9 )
ぎまな見解から拡大解釈できないこともないが、ソナタ楽曲の主要テーマ等は
作曲家が最も重視して構想したものであり、その中にその作曲家の個性が反映
されている可能性が高い。筆者はラフマニノフの旋律の特徴を、まず、その主
要主題群の中である程度分析的に類型化できれば、それらに関連している他の
副次的な旋律パートにも十分適用できるものと考えている。
以下、ラフマニノフの旋律中に認められる特徴的な構成要素を洗い出してみ
ることにする。
①順次進行
ラフマニノフの旋律はなだらかな順次進行をとる例が多い。中には単純明解
な音階進行や半音階進行がそのまま活用されたものもある。それらは一直線に
上行・下降するものから、経過音や刺繍音を伴ってうねりのように何度かゆれ
動くものまで多様である。しかし、一見複雑な動きに見える旋律線もその反復
音型や非和声音を捨象すると順次進行に帰結する。譜例a
P−c・N・ユエT,
al$S¥ll:1:llllEIIIIII!llilllil1211ffllllFl:ilEi::lllll:−ll:IEI=ll:lil
譜例bではD音を軸にして順次進行による旋律が延々と続くものである。旋
律線は減5度の範囲で上行下降するのみである.
p. C.N。BIて。
この旋律:はトッホ(E.Toch)によれば、波状型旋律群に分類できる。狭い音
域に限られた旋律線の変化は、前述した聖歌旋律との類似性が顕著である。
異例。は†見跳躍進行に見えるが、その旋律の流れは基本的に順次進行の要
素で組み立てられている。この旋律はDis音が軸となっている。
clajre!iSZIgiS−;E
プLっエ_ドop32 Mo 1亀
②シンコペーション
ラフマニノフの旋律中にはシンコペーションが効果的に用いられており、次
の例はシンコペーションによって、旋律線の頂点が明瞭に示される。
ssgsiiiiSil¥¥11gii
1
P・C ”04 1 Ti
(20>
旋律の前半に反復して用いた次のような例は、その後のクラマックスを誘導
する役割を担う。
g7. N ul iV TI
ラフマニノフの旋律中に見られるシンコペーションは、そのリズム的抑揚を
彼が愛好したというだけでなく、後述する弱拍出やタイと連動して、強拍部を
避けつつ旋律線の頂点を形成するための一手法と考えられる。
③分散和音的跳躍進行
トッホによれば和音に支配された旋律群ということになるが、ラフマニノフ
の旋律にはこのような同一和音を背景とした分散和音的跳躍進行が効果的に使
われている。
華華彗≒喪藝珊瑚蘭㌔
この旋律は跳躍進行した後は順次進行に落ち着くという典型であり、旋律学
において音による運動力学的効果注1。として説明されているものである。譜例
は、13度に及ぶ頂点型の旋律線がクライマックスを形成している。 野田e
e輩葦下期誕門崎塾志野藝韮…
》軸
P・C.No3 11iL
ラフマニノフの場合、跳躍する方向は上行型が圧倒的に多く、下行型は稀で
ある。次の年例は後述する反復進行(ゼクエンツ)と密接に関わっている数少
ない下行型の一つである。 譜例f
Sy., Nb3 S T
④弱拍出 (弱拍部の開始)
ラフマニノフの旋律は休符を伴って弱拍から開始される提示が目立っ。これ
は対位法的な発想に起因すると考えられる。ラフマニノフはタネーエフのもと
で厳格対位法を学んだことにより、旋律を書く場合もその精神が無意識に反映
されたと推察される。主旋律:が強拍部から「ずれ」て遅れて入る手法は、旋律:
の冒頭を際立たせう効果があり、聴き手に旋律の出現を意識させやすい.この
意図的な「ずれ効果」は表現上の緊張感や意外性、新奇性などを生み出す。特
(21)
に、声楽・独奏楽器と伴奏部との絶妙な掛け合いは表現に立体感を与える効果
がある。彼の歌曲の多くがこの例に漏れないし、ソナタ楽章における多くの主
題の中にも必ずこの弱拍出が多用されている(例g∼j)
一例g SγPt,2、 Jl、丁,
言普{列h Vc, S・”ata. OPN9玉一
華莚≡ヨ≦云云尊卑
譜例iVocal ise OP3ZI・・ 14
・
幽
$¥EiiifiiSiiEiiiiiiiiii
譜例jI
geiiEiSiffiSSiEMiiii
sか・3.工T2
⑤タイ
ラフマニノフの旋律線に見られるタイとは、下柳部に置かれた特徴的なもの
である。この発想は前述④の弱拍出と共通するもので、拍節感をずらす効果に
より独特な旋律の抑揚を作りあげている。(譜例k,1)
RC.N・2工
kliEIEEIIIIEIIIIEIEIIIIiElllllllEIEIIIiElilliliEIIIIIIIEIIilll;1::EllllilllllliEEIIIIII
N
z黒垂圭畦垂肇≡垂圭垂睡華謹漏孤
このようなタイによる抑揚はロシアの他の作曲家も用いている。譜例はグラ
ズノフ作品に用いられたものであるが、ラフマニノフの旋律的抑揚と酷似して
いる。しかし、その和声様式や色彩感は明らかに異質である。
グラズノフ:〈弦楽四重奏曲第1>終楽章
一gEgfi$ssssg$g=s
⑥リズム分割
旋律の強拍部分を特に強調するために、その上価を細分割する方法である。
ラフマニノフの場合、旋律の順次進行を維持させるために用いられたものと考
えられる。鼻差はその和声と旋律の骨格とを対比させたものである。
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llilElllilillElll.¥llllllllllEIEEII1111111111ilEll.
工
▽1 エ
J■
月
P.CN。3工丁,
(22>
’〈音の絵〉作品33第1ではその典型的な使用例が見られる。
このようなリズム分割は当時のロシア作曲家が好んで用いている。比較のた
めボロディンの用いた例を挙げておく。
ボロディン:〈イーゴリ公〉より「ダッタン人の踊り」
eslSfilEIIgsiltslEEIpt131illllllllliilEEIi:EIE:llEIEI!illlEill:lll:IIIIIIIIil
⑦戯画的動き
逸音は自然な旋律の流れに逆行する感じの非和声音であり、ラフマニノフの
旋律の抑揚を特徴付けている要素の一つになっている。この動きは旋律進行の
中で「ゆれ」の効果を生み出す。厳密に言うと「逸音を伴ったゆれ」と「筒音
を伴ったゆれ」とに大別できるが、その違いは背後にある和音とそれに対応す
る旋律構成音との関係(特に開始音)により決まる。そのため、外見上は全く
同じ動きとして扱われるものである。
フ。しilt’1・’. OP5=Z一一lt.一
’TL :一 P. CNv−i
逸音の例
椅音の例
一 , L一一k
¥tskfitz3:iiiptiEiiii
⑧反復進行jt エ・エマ ▽ブ正 v「五7鍵田
一般に旋律が聴衆に親しまれるための手法は適度な反復であると言われる。
短い断片的モaティーフでも反復することによって、初めて何らかの音楽的な意
味を持ちうる。その反面、反復があまりに執拗すぎると音楽自体が単調になる
という欠点も生じる.(更フマニノフは主題の再帰場面などでの単純な反復を
極力避ける傾向にあるが、これについては後の章で改めて詳述する)
ここでは旋律中に現れるゼクエンッ進行に着目する。ラフマニノフの場合、
主題旋律は主調確保を重視するため守調的ゼクエンッが多くなる傾向にある。
亡命は急調的ゼクエンツによる一例として示す。
第2協奏曲エT。
]pt!Siiptig:igffSi¥¥S¥!iES;Eiii;iii
(23)
次の真性ゼクエンツの例は転調の妙味をもっている.
⑨特徴音
ラフマニノフの旋律にはジプシー音階からの特徴音を伴う増減音程がしばし
ば見いだされる。特に初期の東洋的な題材に基づく作品では、その性格上、意
識的にそれを用いている面もある。この東洋趣味は、当時の国民音楽派、特に
リムスキー=コルサコフの影響が著しく認められる。
オリエンタルダンス
増2度
作品2−1
iEii$gaj15Si¥iES;llfflllfE
ロマンス
作品6−1
減4度、
一
igeifljfiia」igdi#:EfiiSi:E}
第4・交響曲
x, 」.
iiEaglggEEEEfiiSiiEi
第一楽章
また、長調の旋律中に同主調の短調の特徴音が借用されることも多い。この
現象は下行旋律に頻繁に起こり、その場合、IV度の変化和音を伴って出現する
頻度が高い。そのため、ジャズのブルーノートに近い音楽的情緒を誘発する。
これをラフマニノフ流の「短調への傾斜性」と呼ぶ。ラフマニノフの旋律がメ
ランコリーであるとか、憂いを含んでいるなどと形容される所以である。譜例
は第2協奏曲終楽章の有名な第二主題で、その典型例とされる。
っk
・A一
iSliiptiiESiiiEESEfiiE:liEiiiiEEeiEi
v
⑩補則
前述した各要素はあくまで旋律の形態的な分析によっており、その音楽的背
景や表現効果をさらに掘り下げてみる必要があろう。以下、項目別に補則とし
てそれらとの関連性について述べてみたい。
[非和声音について]
旋律学上、非和声音の扱いは重大な意味を持つ。椅音や掛留音などの非和声
音を効果的に旋律の流れの中に取り込むことによって、その旋律は特有の抑揚
を帯びてくる場合が多いどラフマニノフの旋律も柔和声音の巧妙な扱いが目だ
(24 )
っているが、その理由は前述した順次進行(経過音・刺繍音)、シンコペーシ
ョン(母音)、タイ(掛留音)などとそれらを背後で支える和声とが表裏一体
を成しているからである。むろん、旋律中に見られる非和声音の扱いはどの作
曲家にとっても重要な旋律:形成要素であり、・何もラフマニノフだけに限定され
るものではない。さらに、その背景には作曲者の和声感覚が影響してくるのは
当然のことである。
[リズムパターンについて]
旋律がどのようなリズムパターンによって、動いていくかという分析も重要
である。タイ、弱拍出、シンコペーション等は旋律:のリズム分割を促す要素で
もある。ラフマニノフの旋律は2∼3種類の音曲による比較的単純なリズムの
連続からできているものが大半で、特に主要主題においては複雑なリズムを組
み合わせた実例は稀である。このことは旋律のなめらかさを引き出すことと密
接に関係している。ソナタ楽章の第二主題のように叙情的な旋律群ほどその傾
向はより顕著となる。リズムの明解性は聴衆側にとっても旋律が覚えやすく、
親近感を与えるものである。
[旋律と楽想との関連について]
ラフマニノフの音楽は「勇壮で力強いもの」と「叙情的で憂欝なもの」rt.1 r
とに大別されよう。前者がしばしば「ラフマニノフ・リズム」と呼ばれる歯切
れよい簡潔なリズムパターンが用いられる器楽的発想に基づくのに対して、後
者はソナタ楽章の第二主題や緩徐楽章で集中的に見られるような声楽的な歌謡
性に基づいおり、ラフマニノフの旋律に対する依存性がより濃厚となる。
〈プレリュ、一ドト短調〉はその両楽想を兼ね備えた典型的な例といえる。主
部の重厚な和音を連ねた行進曲調の楽句は分散和音的跳躍進行であり、それら
は背景の和音に支配されている。それに対して中間部では仔情的な旋律が順次
進行による柔和な旋律線を描く。両者の対照は見事である。(下の譜例)
r”’”””T一一一r一一’一
予
・r: 8
g y一一
H
17
8
耳.}
このように、ラフマニノフの旋律は求める楽想によって適所に効果的に提示
〈2S 〉
挿入されている点を見落としてはならない.
以上の9要素を踏まえて、再度、総合的な視野からラフマニノブの旋律を分
析してみることにする。
譜例mは第2協奏曲第一楽章の第二主題であるが、この旋律:には音階による
順次進行、シンコペーション、分散和音に加えて、反復進行とIV度変化和音に
よる特徴音が見られる。リズムも四分音符を主体にした平易なもので、二分音
符によるシンコペーションが「うねり」のような振幅の大きい変化を生じさせ
ている。
順次進1テ_→
譜例m
反回行i
特徴音
、
’
G散和音的進行
三音的進行
一
素引nは同じ第二楽章の主題である。この主題は2つの異なった性格の旋律
が見事に結合された例といえる。これは前半、弱拍出と{奇音を頭に持つ反復進
行(守山高上クエンツ)が見られる。後半は波状型順次進行によってGis音を
中心に刺繍音や逸音的動き(このGis音はここでは和声上は筒音となる)が特
徴である。gの音型は中間部において展開上重要な役割が与えら紅ている.
g;“iisilll¥lilllE$llllilllllllllllkEllllEllllEEIIIIIIIIIEEIIIieth. ;=z..:tL===zrt一!==;〈”a’ne’
波状型題次進行「
第3協奏曲終楽章の第二主題では分散和音的跳躍進行、シンコペーション、
タイ、反復進行などさまざまな要素が散見される。この主題の前半、跳躍進行
が目立っのは、その直前にピアノが和音で主題の骨格をリズミカルに予告する
ためである。後半部では旋律線は本来の順次進行主体に戻っている。
・)タ
、
@ ’
續緒o
反復進行
分散万宝進行
)タイ
第4協奏曲の第一楽章では次のような主題がピアノに出るが、刺繍音や経過
音によるまとわりつくような波状型旋律を示す。(後期の作品では旋律線の動
きに若干変化が生じてくる)
!ti=:=tr一一一
3
一
1’3n
に32
」一 一華・5幽き王蜻一 −一 革辛
筆者は前述した9要素の一つ一つがラフマニノフ特有の要素であると言うっ
もりはない。このような旋律構成要素はどの作曲家にも認められるものだから
(26)
である。例えば、次の譜例は①の音階的順次進行に基づく旋律である。
ショパン:第1協奏曲、1、T,
geptfiptgeifi−ptee一一.
しかし、この旋律は①の要素のみで構成されており、その他の要素を持ち合
わせていない。つまり、その点でラフマニノフ的な抑揚とは無縁である。
バラキレフの第1交響曲第三楽章第二主題の旋律は前例と同様に音階進行に
基づく旋律線の起伏の明瞭なものである。②タイの要素もある。
’
T7: T
d
. r−N
それとてラフマニノブの第4協奏曲の第一楽章第一主題と比較すれば、その
相違点がはっきりしてくる。
、
●ひ
ゆ
ρ、
’
主点些至塾塗
ラフマニノフの場合、旋律構成要素が音階順次進行だけでなく、④弱拍出、
②シンコペーション、⑤タイ、⑧反復進行の順に複合的に取り込まれているこ
とが分かる。ラフマニノフの旋律は各要素の組み合わせ効果に強く依存してい
ることを暗示する。筆者が着目しているのは、これら各要素の使用頻度とその
活用上の特徴である。
ラフマニノアの旋律に見られる特徴的な要素を分析していくと、その旋律線
の動く方向性とリズム面での強調効果とが連動しながら、独特な抑揚を生み出
していることが予想される。それらはいずれもいくつかの要素が複合的に取り
込まれているものの、個々の要素は極めて単純な素材であるため、旋律線は明
瞭な輪郭を描き、聴き手も理解しやすい。しかも、あまりに素朴でありふれた
素材の組み合わせであるにもかかわらず、ラフマニノフの旋律は個性的な響き
に溢れ、深い音楽的情緒を宿しているのである。その原因は旋律線の変化が明
解な音楽表現と結び付くように、あらかじめ旋律の動きが巧妙に計算されて設
定されているところにあると推測されるのである。
その点について丁丁で二曲に即して具体的に考察していきたい。
(27)
旋律線と音楽表現との関わり
第2節
ラフマニノフの旋律線はその目指す方向性によって(1)頂点志向型、②減衰型
の2タイプに概ね分類できる。ここでは旋律線自体の細かい動きだけでなく、
そのモティーフやフレーズがいかに積み重ねられて一連の旋律群を形成してい
v
るかに着目しつつ、旋律線と音楽表現との関連性を考察していきたい。以下、
x
両タイプについて具体的に述べる。
(1)頂点志向型
「頂点」とは音楽表現上のクライマックスを意味する用語である。ラフマニ
ノフの旋律には、作曲者自身が「ポイント」と呼んだクライマックスが設定さ
れており、それは大抵、旋律群の中心部もしくは後半部(特に終末直前)に置
かれている。旋律線はクライマックスに向かって少しずつ上昇していき、頂点
において最高音を獲得して以後減衰下降していくパターンをとる。これは裾野
の広い山の輪郭にも喩えられ、非常に雄大かつ明瞭で感覚的に理解しやすい自
然な表現となっている。しかも、楽譜上においても音高がそのまま曲想面での
起伏変化を喚起するため視覚的なイメージとしても十分に把握できる。次の譜
例は第2ピアノ協奏曲第一主題であるが、独奏ピアノによる分散和音上に、弦
楽器群を中心に旋律が延々53小節にわたって続く。
L−Eak−L 3一一一“ S AU 7 .8 9 , o
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伊一 5、
s=7nJ[一之 汀{
曲一 圭
_
〈28)
σ㌧帆
亜
Ptc
この旋律群は楽式的には1∼16(正確には17の1拍目まで)の前半部と17∼
52の後半部との〈AB二部形式〉と見なされ、16∼17はA,B両楽句を切れ目・
なく繋ぐ役割を果たす。最後の8小節は動機bに基づくこの旋律群全体の終結
部と考えられる。
ン
前半部は動機aに基づく<A8小節+A8小節〉の典型的な前後楽節形態を
とり、開始4小節間は同型、後の4小節間はEs音とAs音をそれぞれ頂点とした
小クライマックスを形成している。頂点AとA2は段階的に設定されており、後
のA’におけるAs音への跳躍進行、及び借用和音の使用は強い緊張感を伴う。
後半部は32の最高音Dを中心とした大きなクライマックスへ到達後、減衰し
ていく典型的な頂点指向型ヒしえる。これはラフマニノフ自身の付し却強弱記
号(32はff)からも証明さ・tるj後半部の開始は動機bによる反復進行に始ま
るがこの中に内在する4度や3度の上行音型x,yが頂点へ上昇するための原
動力となっているととが分かる.それ三線的轟四点へ向かうのではなく、何
度も小さな「うねり」を段階的に積み重ねていく極めて特徴的な動きを示して
いる。これは減衰過程でも同様で、上行音型による「ゆれもどし」を途中に挟
みながら曲線的に下降していく。
頂点32がクライマックスを形成することは音高やデュナーミク以外の要素か
らも判断できる。一つはリズムに関することで、28∼30にかけてリズムが四分
音符主体に細分化され緊張感を高めっっ頂点が迫ったことを予感させるが、そ
の頂点ではリズム価が逆に引き伸ばされていかにも登りつめたという印象を与
える。それはその直後に訪れる旋律の方向転換をいっそう鮮明に意識させる結
果となる.また、和声についてもこの箇所の和音進行は借用和音が巧みに用い
られており、主調は。−mollであるにもかかわらずその頂点では下属調のAs
一 durの1度から突如として。−mollのドッペルドミナントを経てf−mo11の
II度へと移行していくのである。この進行は強烈な場面転換効果をもたらす。
そこでは、内声部でホルンのAs−G−Fisの半音階下降が隠し味的に。−moll
のW→gV17>→V?を暗示するため、旋律の調性感は主調から離れず、あくまで借用
和音としての機能を保っている。さらに、
その内声部の動きが主旋律に対して反進行韓些
することも当然ではある
129)
ヲ点形成を陰で Vl一・v・7)v7
支えているわけである。
ラフマニノフがクライマックスを形成するためにオーケストレーションをい
かに工夫しているか検討することも必要である。主旋律を担当する楽器は漸次
数が増えて旋律:線が補強され、内声部にも前述したような新しい要素が加えら
れる。
ピアノパートの分散和音による伴奏音型も興味深い推移を示す。それは前半
部分の上行型xを基本としながら、Bからは下降型と組み合わされ放物線型y
に変化し、25からは2小節にまたがって拡大され、開始左手バスはオクターブ
で補強される。(音型z)
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一
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つまり、ピアノパートは主旋律の表現上の推移に対応して、意図的に変化を
伴って書かれているわけである.特e、通すべき点は31C§2の頂麗々のピア
ノパートで、音楽表現上質も緊張度が高い箇所にもかかわらずホルンの甲声や
惜用和音を表に際立たせるためにピアノパートの音型が派手な埋草zではなく
xやyの音型に戻り地味な中音域に抑制される。そのことが主題旋律群の表現
をより内面性の高いものにしている。
このようにラフマニノフの協奏曲は主役である独奏パートといえども絶えず
音楽全体の流れを意識しながら慎重に旋律表現に結び付けられ、制禦されてい
る。これは同時代のロシア作曲家にはみられない重要なポイントであり、ラフ
マニノフの協奏曲が名技性より音楽表現を重視している例証といえる。(チャ
イコフスキーの有名な変雛短調協奏曲の冒頭部の主旋律に対するピアノパート
の伴奏音型と比較してみるとよかろう。管弦楽法及びピアノ技法についての考
察は第3章において概観的に考察するので、ここでは旋律の頂点形成に関わる
内容だけに留めておく)
ラフマニノフの旋律は概して一つのフレーズが長いため、ともすれば流暢に
流れ過ぎ、主題としての印象が薄くなる可能性は否定できない。その歯止めと
して、重要な動機を含む旋律は反復を伴って強調される。それは当駅前半部A
〈30)
; 二
一
での動機aに基づく反復のような前後楽節の形をとる場合が多い。45∼52の動
機bによる終結部もこの重要動機を印象づける役割を同時に果たしていると考
えられる。
次に第3協奏曲の終楽章第二主題について検討する。この主題は実はその直
前の推移部において旋律の骨格がピアノの和音で予告される。(この「ラフマ
ニノフ予告」については第3章で詳述する)
iEIEggeempEig!EgiiEiiEiEESEeMiiiiiii
ク
そのため、第二主題群は〈一部形式A・A>の前後楽節関係を採ってはいる
が、その反復や展開はさほど目立たず、むしろ経過楽句風に流れていく。
この旋律群には3つの頂点が段階的に認められる。最初のフレーズAと次の
ノ
ノ
フレーズAとの前後楽節関係は明瞭でなく、A後半は著しく延長されてより大
きなクライマックスを作り出す。さらに、その後完全に減衰せず、別の新しい
クライマックスが終結部に直結して付加されている。これは前述の第Z協奏曲
との顕著な相違点である。
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(1〆夙
第一の頂点は2のG音で明瞭なクライマックス表現、第二の頂点は16の最高
音Gに明瞭に現れ、第三の終結クライマックスは21∼24の頂点H音前後で2オ
クターブにわたる広い音域において達成される。それに伴いリズム分割、借用
和音、デュナーミク記号が変化することは前例と同様である。
チェロソナタの終楽章第二主題群は、前述の2例に比べて複雑な構成を示す
が、その最後のクライマックスは主題が何度か反復された後、締結部直前の分
散和音的跳躍進行によって意図的に作られている点は第3協奏曲終楽章と全く
同様である。
》 レ 》
SEijiSIIIiglEiigffgiii
IP vNt,ew.
ls
しρ。デ帆。
(31)
旋律線と頂点との位置関係をみると、どの例もいくつかの頂点を段階的に経
て、漸増的にクライマックスが形成されていることがよく分かる。それは音高
の推移によって容易に判断されうるが、なかには最高音が必ずしも最大のクラ
イマックスを形成しているとは限らないものもある。第2協奏曲の終楽章副主
題なとがよい実例である。この旋律はすでにL.ダーリンが「Techniques of
Twentieth Century Composition」の中で分析しているが、これは管弦楽による
提示とその後のピアノによる提示とを連続したAA,と捉えるならば、後半部分
が拡大されたクライマックスを持つ旋律群として解釈できる。その場合前述し
たチェロソナタや第3協奏曲の例に集約できる。
次に比較的短い旋律群に移る・第心血曲第一楽章の両主題は訓注ーブS」K
躍という大胆な旋律:の動きによってクライマックスを形成している。旋律線と
クライマックス表現が楽譜から即座に視覚的イメージとして捉えやすい例であ
る。これらの旋律群は前半の動機反復部と後半のオクターブ跳躍を含む頂点形
成部とのコントラストが際だっている。
T,一一一
C 一曲傘蓮E曇齢轟垂’L’一’L一一一一一L
a
3
ヨ匡亜
一K’x:一1
輩華華薩編垂一
if=一x
へ
!三離垂垂蟹語鵡
これらに共通することは反復進行による動機素材の確保を重視している点で
ある。初期作品ではこの作品のように主題がピアノ独奏部と管弦楽伴奏部とで
楽器や義歯を変えただけで単純に反復される手法が目立っ。グリーグやシュー
マンの作品にも同様な先例が認められるが、このような主要主題群の「完全反
復」はその後の中期以降の作品では極端に減少し、何らかの「変容」を伴うよ
うになる。
② 減衰型
減衰型とは前述してきた頂点指向型と異質な内容ではない。むしろ、頂点指
向型の頂点後半部分が切り取られたもの、もしくは頂点が旋律群の冒頭にある
(3ユ)
特殊な頂点指向型ともみなすことができるものである。
まず、第3協奏曲の第二楽章の主題を示す。
( ヘへ〆
’・seL3“’3“
@T3:
“ワー...一三。鴨・
FからDesへと順次下降していくのであるが、その中に逸音的進行やタイに
よるリズム的ゆれ等が第1節で言及した「ラフマニノフ・メロディーの要素」
であることを確認しておきたい。この旋律の表現法は限りない減衰効果、即ち
デクレッシェンド(dim.)表現と結び付くものである。その効果は上行型の音
階進行による結尾部にまで波及する。この楽章はこの旋律に先だって管弦楽に
よる長い主題予告があるが、その旋律線はすべて下降型を指向している。
次に歌曲「小島」の旋律を挙げる。旋律表現の頂点を示すG音は旋律の開始
直後に置かれ、その後なだらかな減衰効果を示す。旋律は進行するにつれてそ
の動く範囲が徐々に狭められ、ついにはD音上に固定される。フレーズの末尾
では旋律線自体の方向性は失われ、同音上のリズム分割のみが残る。このよう
な現象を「旋律線の直線化」と呼ぶ。表現としては減衰効果を際立たせ、旋律
線に静止感、安定感をもたらす。
真 ‘ 「き一一
一
@
.__二...
笥圏■一一
馬
___三=
『盟韮圭
==一
===一
@
D音への嘩執
拝皇
『
『
一
一一一
ミ
● 「直線化」
・ i諦デ箏…
このピアノ伴奏部も下降する音階進行という特殊な手段を用いることによっ
て減衰効果を補助しており、その和声も地味だが絶えず変化され決して単調に
流れることはない。この曲の真価は、極めて簡潔で洗練された響きのもたらす
「減衰表現の反復効果」にある。
このような減衰型による「旋律線の直線化」は第3協奏曲第二楽章第二主題
にも使われている.この旋律も特徴的な跳躍進行の音程間隔が徐々にせばめら
れ、ついには半音階進行まで直線化される過程は以下の譜例の通りである。こ
の旋律の起伏の平坦化は減衰表現を必然的なものとする。
産華華蛙董、華華
‘㌫.蔽愚籍「緬7
〈33)
減衰型はテンポの緩やかな旋律表現に多く見られるため、ラフマニノフの叙
情性や歌謡性と深く結び付いている様式と考えられる.
ラフマニノフの大半の旋律は前述した「頂点形成型」と「減衰型」に分類で
きるが、中には両タイプを結合させた特殊な例もあり、「混合型」として別に
分類することにした。それについて以下補説しておきたい。
㈲ 混合型(両者の結合タイプ)
旋律中心に音楽が構築され、旋律推移によって音楽が進行していく歌曲や合
唱曲においては、前述してきた「頂点指向型」「減衰型」による二者択一的な
明解な判別は難しく、フレーズごとにそれぞれの表現タイプが連続的に組み合
わされていると考えたほうが妥当である。
ズへ
歌曲「ヴ。カリーズ」の論部分門門型と頂点指向型とが結合された実例
として説明できる。前半部は1∼5にかけて旋律線は 貫して減衰効果を見せ
るが、その後5小節目後半からはGis音前後に頂点を形成する頂点指向型に転
換している。
クライマックス
一&_
→減衰型・
x _必
宕」一隅
彗垂駆
し二_」
この動機aは分散和音的跳躍+逸音進行という顕著なラフマニノフ要素を持
っており、第3協奏曲終楽章第二主題のミニチュア版といえる。さらに、この
動機aをゼクエンツ進行させたものが第.2交響曲第三楽章の開始主題に他なら
ない。このように、ラフマニノフの旋律線は外見上同じように見えても、その
表現タイプが異なれば全く違った旋律として響いてくるのである。
また、この旋律をその形態上から両タイプの結合型として説明することは可
能だが、実際の旋律表現はあくまで中間地点に起伏を持つ大きな減衰型だと解
釈することもできる。ピアノ伴奏部のバスラインの下降型音階進行に見られる
ように、旋律線の方向が冒頭のE音から7小節目のCis音へ向かって減衰終止
を自然に予期させるためである。むしろ、その解釈の方が妥当であろうが、コ
ーダにおける主題再帰との関連上、多少疑問点もある。そこでは主旋律がピア
ノに移り、ソプラノパートに典型的な「頂点指向型」オブリガートを伴って再
帰する。当然、主旋律も頂点指向型となる。しかも、その間に存在する他の旋
(34)
律群はすべて起伏の多い混合型を採っていることもこの問題をより複雑なもの
にしている。
このような歌曲等における旋律の分析は「旋律群」の相互関係が極めて独立
的、流動的な側面をもっているため、強引な類型化よりも音楽表現の大局的な
流れを重視していくことの方が本質的な楽曲解釈と考えられる。とはいえ、ラ
フマニノフ作品の旋律線が頂点指向型もしくは減衰型として分析可能であり、
それが音楽のクライマックス表現と密接に関わっている事実については何ら支
障をきたすものではない。
ピアノ三重奏曲の第一楽章展開部のMeno mossoによるモノローグ風部分は、
ピアノパートに執拗な反復進行が続く箇所だが、その旋律表現は滅衰型と頂点
指向型とが連続した例である。前半は2つの減衰型の反復、後半は大きなクラ
イマックスを形成する頂点指向型と見なされる。
sSf
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の
3っのフレーズのそれぞれの開始音はG→C→Esと段階的に高められ、その
後のクライマックスを予告するが、その始めの2っは減衰型表現による前後楽
節関係を保っている。後半の頂点はffとなる23小節目のG音である。ここでは
VnとVcがユニゾンで序奏の「悲しみの旋律」をかぶせてくるため、その漸増減
衰効果はさらに加速される。
この旋律群全体の表現傾向は頂点指向型とみなされようが、その形成過程に
は小規模な減衰型が絶えず用いられているのである。
(3S)
・第3節 旋律分析の傾向と考察
これまで詳述してきた旋律構成要素と表現タイプについて、作品ごとに分析
した結果が以下(P37∼42)の表である。それぞれジャンル別に6っに整理し
てあり、各表の作品は作曲年代順に配列されている。
ここで中心的に扱った旋律は、比較的目立っ主要主題群である。当然のこと
ながら、実際の曲にはそれ以外にも多数の旋律が存在している。したがって、
この表のデータはその作品のごく一部の旋律について言えるものであり、曲全
体の旋律の傾向を述べたものではない。
旋律の中には、その開始と末尾とを明解に特定できないような曖昧な事例も
あるため(旋律群としての解釈が幾通りも存在するような場合をいう)、歌曲
やピアノ作品では、筆者が分析の対象とした楽譜上の小節数を表中に示してお
いた。これによって、筆者の想定した旋律線の起点と終点とが容易に把握され
るだろう。むろん、その範囲は絶対的なものではなく、あくまで筆者の解釈に
基づいた一分析例に過ぎないことを断っておく。
ソナタ楽曲の主題の中には旋律線の不明瞭なリズム動機や断片的モティーフ
の反復などもあるが、それらもできる限り「旋律」と見倣して分析した。これ
によって、主要主題の旋律に対する依存度が同時に判明する。しかし、ピアノ
作品や歌曲分野では、そのような旋律線のはっきりしないものは除外した。こ
れらについては後の考察で補説する。
表中における特殊な記号について以下、凡例を示しておく。
1一一一一一く主距旋律群〉・…一一一一…一一一一一一一一一一…一一一一一一一一…一一一一一一一……〈表現タイプ〉一…………一1
: Tl第一主題
頂…
頂点指向型
i T,第二主題
減…
減衰型
i T 主題
頂減…
i ST 副主題
混合型
:
i
i
*混合型ではその順に従ってi
i*特殊なパートの主題を扱う場合
囎と顯とを使い分けた
i
i その前に楽器名を付け加えた
※は旋律群をその主題前後の楽句i
1例VcT(チェロの主題)
まで拡大解釈した例外的措置 i
(36)
’ラフマニノフの主題旋律:の分析表 その1〈交響曲編〉
要素
、
作品
交響曲(未完)
1891
1895
1907
③
④
⑤
⑥
⑦
⑧
⑨
表
順
シ1
分
弱
夕
リ
逸
反
特
現
次
ンシ
散
拍
ズ
音
復
徴
タ
進
コヨ
和
出
ム
的
進
音
イ
行
ペン
音
分割
動き
行
O
O
O O
O’
O
1楽章 Tl
○
○
O
O O
2楽章 T
O O
O
3楽章 T
○
O
4楽章 T1
T2
○
○
T2
第二交響曲
②
Tl
T2
第∼交響曲
①
○
○
○
○
○
O
O
∴3楽章 ST
T
○
、 4楽章 Tl
○
○
T2
○
1楽章 T且
T2
○
2楽章 T
○
O
O O
○
O
O
○
O O
○
O
O O
○
O
○
○
3楽章 T、
T2
O
○
○
○
(.37 )
減
O
頂
○
頂
○
O
O O
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頂
頂
○
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○
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○
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○
○
○
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○
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○
○
O
○
○
頂
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ST
頂
頂
○
○
○
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○
○
○
○
○
O
○
ST
頂
減
O
○
プ
○
○
2楽章 T
1936
○
O O O ○
O
O O
1楽章 Tl
T2
第三交響曲
イ
O
減
頂
○
頂
O
頂
『ラフマニノフの主題旋律の分析表 その2〈協奏曲編〉
要素
作品
第一協奏曲 1楽章 丁、
1891
2楽章
②
③
④
⑤
⑥
⑦
⑧
⑨
表
順
シ1
分
弱
タ
リ
逸
反
特
現
次
ンシ
散
拍
ズ
音
復
徴
タ
進
コヨ
和
出
ム
的
進
音
イ
行
ペン
音
分割
動き
行
○
○
O
○
○
頂
○
○
頂
O
減
○
T2
改訂1917
①
○
O
O
T
イ
O
O O
○
ST
3楽章 T
○
ST
第二協奏曲
1901
1楽章
○
丁、
T2
O
○
O
O
○
T2
第三協奏曲
1909
1楽章 T、
T2
2楽章 T
3楽章 Tl
T2
第四協奏曲
1926
1楽章 T且
○
O
O
O
○
O
O
○
O
O
頂
○
○
O
○
2楽章 T
3楽章 T、
○
プ
○
O
頂
○
頂
○
O
O
O
○
頂
○
減
○
○
頂
○
○
O
O O
O
O O O ○ ρ ○
○
○
○
O
O O
O
O
O
○
○
○
○
○
○
O
○
O O
O O
○
○
T2
改訂1941
減
減
頂
頂
頂
減
T2
第18変奏
頂
頂
○
3楽章 T、
1934
頂
減
2楽章 T
バガニー二狂詩曲 第12変奏
頂
T
○
○
減
○
○
O
PfT
(38>
○
O
O
減
頂
.ラフマニノフの主題旋律の分析表 その3 〈ソナタ編〉
要素
作品
弦楽四重奏
①
②
③
④
⑤
⑥
⑦
⑧
⑨
表
順
シ1
分
弱
タ
リ
逸
反
特
現
次
ンシ
散
拍
ズ
音
復
徴
タ
進
コヨ
和
出
ム
的
進
音
イ
行
ペン
音
艦
動き
行
O O
O
O O
2楽章 T
1889(未完) 3楽章 T
トリオ第一
O
O
T1
1892
T2
トリオ第二
1楽章Tl
1893
2楽章 T
チェロソナタ1楽章T且
1901
O
O
O
T2
O
、
P907
O
T2
○
1楽章T玉
T2
2楽章 T
Pfソナタ第二
1913
改111931
減
○
○
○
○
頂
○
○
○
O
O
○
○
○
O
○
○
○
O
○
○
O
○
頂
O
O
頂※
頂
O
○
頂
O
頂
○
頂
頂
O
O
○
○
O O
○
2楽章 T
○
T2
減
頂
○
○
減
頂
O
O
3楽章 T1
頂※
O
1楽章T1
T2
○
○
○
O O
O ○
O
3楽章 T1
T2
頂※
O
O
顯
O
○
O
O
○
O
O
3楽章T
4楽章T1
−Pfソナタ第一
O
頂
○
○
ST1
ST2
O
○
○
○
2楽章 T
頂
O O
○
プ
瀬
○
○
T2
イ
○
O
(39)
O
○
○
O
O O
O
O
○
O
減頂
減
減
減
頂
頂
・ラフマニノフの主題旋律の分析表 その4 〈ピアノ作品編〉
要素
作品 0の数字は櫛
①
②
③
④
⑤
⑥
⑦
⑧
⑨
表
順
シ1
分
弱
タ
リ
逸
反
特
現
次
ンシ
散
拍
ズ
音
復
徴
タ
進
コヨ
和
出
ム
的
進
音
イ
行
ペン
音
分割
動き
行
イ
舟歌[g]Op 10No3 (3∼70)
O
O ○ ○
O O
O 0
O ○
O ○ ○ O
○
○
O ○ O
○
O ○
O
メロディー[e]Op10No4(1∼20)
○
エレジー[es] Op3No1 (3∼9)
メロディー[E]Op3No3(1∼9)
ノクターン[a]Op10No1(1(’17)
ワルツ[A]Op10No2 (1∼16)
○
二二の時[b]OP 16No 1(1∼20)
○
○
楽興の時[h]Op16No3(1∼13)
O
○
前奏曲[B]Op23No2(輔部19∼)
○「
前奏曲[D]Op23No4(3∼16)
○
前奏曲[g】Op23No5(二部35∼)
○
前奏曲[Gs]Op23No10(2∼17)
O
O
前奏曲[G∫ Op32No5(2∼13)
○
前奏曲[F] Op32No7(1∼16)
前奏曲[gis】oP32No12(1∼13)
冠の絵[f] Op33No1(1∼9)
○
三の絵[es]0郎9No5(1∼11)
頂
○
○
○
○
頂
O O
頂
○
○
頂
○
O
頂
○
頂
○
頂
○
O
O
O
○
○
○
O
O
○
○
O
○
○
○
○
○
○
○
○
O
O
○
O
O
○
頂
○
○
O
(40>
○
O
○
○
減
頂
減頂
1
三
○
○
三
○
○
滅
O
O
O O
○
頂
頂
○
○
O
○
頂
頂
O O
O O
O
○
頂
○
○
○
頂
○
○
○
O
頂
○
○
○
音の絵[c] Op33No2(2∼4)
音の絵[a]Op39No2 (3∼13)
O O
○
○
O
O
音の絵[g]Op33No8(5)(2∼5)
頂
O O
ロマンス[c]Op11No5 (1∼32)
前奏曲[H]Op32No11(1∼29)
頂
○
○
O
ワルツ[A]Op11No4 (5∼36)
前奏曲[Es]Op23No6(1∼5)
減頂
○
ロマンス[f]Op10No6 (1∼16)
舟歌[gl Op11No1 (1∼44)
、プ
二
○
○
頂
噂ラフマモノフの主題旋律の分析表 その5 〈歌曲編〉
注)(全曲)とは声楽全パートを対象としている。ただし、ピアノパートは含め
ていない。
要素
作品 ( )は小節数
「夜の静けさに」 OP4No3
(1∼17)
r美しい人よ、歌わないで」OP4No4 (9∼16)
①
②
③
④
⑤
⑥
⑦
⑧
⑨
表
順
シ1
分
弱
タ
リ
逸
反
特
現
次
ンシ
散
拍
ズ
音
復
徴
タ
進
コヨ
和
出
ム
的
進
音
イ
行
ペン
音
分割
動き
行
○
○
O
O
O
○
「そんなに昔だろうか友よ」Op4No6 (1’一9)
「私は悲しい恋をした」 OP8No4
(1∼7)
イ
○
○
○
r夢」OP8No5 (2∼8)
○
○
○
「小島」 OP14No2
○
○
r彼女は美しい」OP14No9 (2∼13)
○
○
O
O
O
r捨てよう、可愛い女よjOP26No5(1∼11)
○
「子供たちに」 OP26No7
O
「私は再びただひとり」 OP26No9 (2∼9)
○
○
○
O
「私の窓辺に」OP26No10
○
○
○
○
r答え」 OP21No4
(1’一8)
「ライラック」 OP21No5
○
(全曲)
○
「ここはすばらしい」 OP21No7 (全曲)
「まひわの死によせて」 OP21No8
(全曲)
(1∼10)
○
○
O
○
O
○
○
「その日を覚えている」OP34No]り (全曲)
○
○
「不協和音」
O
r夜は悲しい」 OP26No12
「アリオン」 OP34No5
(1∼10)
(8∼19)
OP34No13 (3∼9)
「ヴォカリーズj oP34No14
「ひなげし」 OP38No3
(1∼18)
(2’一20)
「ねずみ捕りの男」OP38No4 (3∼12)
○
○
○
○
O
O
○
O
O O
O O
(4ノ)
O
O
○
頂
減
頂
O
O O
○
O
○
、
(全曲)
頂
減
○
O O
O
○
O O
O O O
○
O
O
O O O
「春の水」 OP14No11 (3∼6)
減
頂
O
○
瀬
減頂
○
○
(1∼6)
○
O
○
○
プ
○
頂
減
○
顯
○
頂
○
減
○
頂
頂
頂
○
頂
○
○
○
減頂
滅
○
○
○
○
○
○
○
○
○
減頂
O
減頂
○
減
.ラフマニノフの主題旋律の分析表 その6 〈連弾、室内楽、初期習作〉
注)交響的舞曲は管弦楽版と2台連弾版があるが、両者同一内容である
要素
作品 0は日数
①
②
③
④
⑤
⑥
⑦
⑧
⑨
表
順
シ1
分
弱
タ
リ
逸
反
特
現
次
ンシ
散
拍
ズ
音
復
徴
タ
進
コヨ
和
出
ム
的
進
音
イ
行
ペン
音
分割
動き
行
O O
O
O
ノクターン[fis] 1887(1d2)
ノクターン[F] 1887 (19配34)
O O
ロマンス[Fis]1888 (1∼18)
○
○
前奏曲 [es]1888
O
O
(全曲)
イ
○
○
○
○
メロディー[E]1888(1∼11)
○
○
(28∼43)
○
ロマンス[f]1891VcT(1∼16)
○
前奏曲[F】1892Vc T
○
オリエンタルダンス[aJ1892 Vc T
O
カノ ノ [e]1893
○
(1∼10)
O
O
○
○
○
○
O
O
○
○
1893
○
O
○
○
組曲第2「序奏」 T注部[C]
1900
○
T2中間部[a]
「ワルツ」中間部[Es]
前奏曲[d]1917
○
O
○
○
○
O
O
○
○
O
O
O
O
○
O
「ロマンス」T[As]
「タランテラ」T2[es][c]
○
○
O
○
減
交響的舞曲 1楽章中間部[cis]
O
1940 2楽章 主題[9]
○
○
○
(42)
減
○
頂
滅
O
O
○
頂
○
頂
○
減
○
頂
○
頂
○
○
頂
○
○
頂
○
○
○
○
頂
O
1
頂
.頂
減頂
○
○
○
頂
○
○
○
頂
頂
○
○
○
○
頂
O O
O ○
フラグメント[As]1917
3楽章帽部[Des](205∼)
頂
○
O
O
フゲッタ3声[F]1899 主題
頂
O
○
ロマンス[d]Vn T
○
頂
頂
○
T[9]
頂
○
○
「涙」
O
O
O
O
組曲第1「舟歌」 T注部[gj
T2中闘部[G]
○
プ
O
頂
(1)時代的傾向について
表によると、ラフマニノフの旋律の特徴はすでに初期作品や習作にも現れて
おり、息の長い旋律や順次進行癖は早くからラフマニノフの旋律:創作上の基礎
となっていることが分かる。それらがラフマニノフ特有の抑揚や色彩感を顕著
に帯びてくるのは、1895年以降のく第一交響曲〉〈作品14の歌曲集〉〈ピアノ
曲集「楽興の時」〉の諸作品においてである。
それ以前の作品でも〈ヴァイオリンとピアノのためのロマンスニ短調1893>
(作品.6の2)などは典型的なラフマニノフメロディーを持っている。習作の
中で〈カノンホ短調1893>の旋律も同様である。15才の作品とされる〈ロマン
ス嬰へ短調1888>、の息の長い旋律による頂点形成法は後年の旋律を予見させる
ものとして注目したい。
その後、第二協奏曲を契機にラフマニノフは主要主題群の旋律の抑揚を9の
要素に基づく独特なスタイルによって確立したと推察される。各要素の頻度は
第2期(1900・一1907)の主要作品に集中しており、特にソナタ楽曲の第一楽章
主題や緩徐楽章主題に顕著である。それらの集大成が代表作「ヴォカリーズ」
(作品34の14)である。
後期の作品、特にアメリカ時代のものは旋律の構成要素に変化が見られる。
それらの多くは従来の順次進行より和声的跳躍進行が目立っており、ラフマニ
ノフの旋律が本質的に変化してきたことを裏付けるものである。とりわけ、第
4協奏曲の各主題は従来のラフマニノフ的要素をほとんど持っていない.この
作品が他の協奏曲のような大衆的人気を得なかったことは、旋律学上からも十
分に立証で’きるのである。
(2)ピアノ作品について
各要素はピアノ作品において集中的に見られる。その意味で、ピアノ作品は
ラフマニノフメロディーの宝庫と言える。順次進行が目立ち、シンコペーショ
ンや弱拍出、タイなどの一連の抑揚上の操作も頻繁に認められる。ここで取り
上げたのは旋律的な主題がほとんどだが、ラフマニノフの旋律がこれまで述べ
てきたような特徴的な要素に基づいて、その抑揚を生み出していくことを証明
するものであるρ
ここで取り上げなかったピアニスティックな作品についても、実は同様に分
(43)
析璽は可能である。〈前奏曲ハ長調〉(作品32の1)は次の楽句で始まる。
Allegr・viva・㌫
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号
5
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1
@3
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T
この右手の半音階的上行音型を旋律とみた場合、終始C音への減衰表現と解
釈される。また、その背後の和声に着目した場合だと下のように9小節目まで
で同一音型を3度繰り返す頂点指向型表現といえる。
〈前奏曲変ホ短調〉(作品23の9)は分かりやすい例であろう。右手の重音の
上声は明らかに旋律線とみてよい。これは順次進行を基盤とした頂点指向型の
典型である。
ノ
このように、ラフマニノフのピアニスティックな書法による作品といえども
旋律:学的な分析は可能である。しかし、それらは「旋律的な味わい」とは別の
次元での音楽的効果が主流となっており、旋律の分析自体、あまり意味を持っ
ていないのである。
(3)歌曲について
歌曲では歌詞によるロシア語のインFネーションが深く関わってくるため、
旋律創作は必ずしも器楽曲ほど自由ではないが、旋律:構成要素はそれなりに抽
出することができる。特に弱拍出は支配的といってもよい。その反面、シンコ
ペーションや反復進行は少ない。これは歌詞による抑揚と曲想とが関係してい
る。その結果、歌詞の制約の全くない「ヴォカリーズ」が最もラフマニノフ的
(納)
旋律となっているわけである。
歌曲の場合、分析の対象はあくまで声楽パートであり、ピアノパートは含ま
れていない。もし、ピアノパートの前奏、間奏や対旋律:まで考慮に入れるとす
れば、その傾向は大きく変わるものと予想される。実際、ピアノパートの中の
旋律はラフマニノフ的なものが多い。
ここに取り上げた作品以外に、朗詠調の重要な作品がいくつかあるが、前述
した理由からむしろ旋律として扱うべきではなく語りとしての言葉の抑揚に従
っているため、分析にあたっては除外した。合唱曲やオペラのアリア・レシタ
ティーヴォも同様である。例えばく歌曲「運命」〉(作品21の1)などは旋律線
としての分析はほとんど意味を持たないからである。
π
P
.
[
} }
■
●
●
●
●
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@ 9α‘ち一瓶げゐgJ。㎝.ンゐ脚8α”68ン63
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ミ
ミ
〉
》
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o。鵬.甑Cy節・65,
鵬塩恥
ホ一868.葛㎎,幽4言‘ゐ8
@傷
@ 孟
r
f
ψ
ψ
く
Ψ
以上述べてきたように、ラフマニノフの旋律線は各要素によって細かい抑揚
が作られ、それらを反復、結合しながら旋律全体の表現様式を形成していくと
いう作曲学上の特徴が認められるのである。
〈4S1
◎第3章
第1節
ラフマニノフの作曲技法上の特色
旋律提示に関する表現技法
第2章ですでに述べたように、ラフマニノフの旋律にはさまざまな旋律構成
要素を見いだすことができ、それらが複合的に組み合わされることによって独
特の抑揚感を生み出していることが解明された。また、それらは数多くの作品
の分析を通して、その傾向もある程度把握することができた。そこで本節では
その特徴的な旋律群を効果的に際立たせ、しかも聴衆に対して強く印象付ける
ためにラフマニノフが試みている作曲技法について考察する。
旋律表現に関わる分析の視点として次の3点が重要である。 ,
*旋律を担う楽器(音色)とその音域や奏法について
*旋律のクライマックス形成における作曲技法上の工夫
*旋律を際立たせるための伴奏部の書法
以下、代表的な作品を取り上げながら具体的に詳述していく。
(1)管弦楽作品の旋律提示法について
まず、弦楽器を主体とした旋律提示の例として、第ニピアノ協奏曲第1楽章
の第一主題群を分析する。すでに楽譜はP28に掲載してあるので、ここでは旋
律を担当する楽器名のみを下に示しておく。
11∼27[CII,.VnI Vnll Va] 前後楽節
27∼26[VcI(div)1
(数字は小節数)
26’一52[Vnl Vn II VaVc] クライマックス形成
52−57 [Vnl VnH ]
この長い主題は弦楽器群を中心に担当され、前半部11∼27では、Vn・Va群に
Cl一本という編成である。よく似た楽器の用法はベートーヴェンの第5交響曲
の冒頭の主題提示に先例がある。
18小節目の4度下降進行では音域上の制約から
VnはG音で途切れるが、それが下降型による減衰
表現であり、しかもフレーズの末尾に当たるたあ 》
旋律表現としてはむしろ必然的処理となる。VnのG音が四分音符でなく、八分
(46>
音符で書かれていることもその点を考慮した作曲者の意図が譜面に表れている
と考えられる。この4度下降する音型は後半のクライマックス形成において4
度上行という反行型で使用され、それらは展開部で重要な役割を演じることに
なる意味深い提示である。
後半は2部に分割されたVc.1に旋律が移る。この楽器転換は旋律の動機的素
材が新しくなったことを暗示するが、Vc特有の暗い音色は前半部のVn群による
憂欝な曲想を低音部で自然に受け継ぐものである。それはVc・II,Va, Cbによる
低弦の密集した充填和声がクライマックス形成の第一段階を準備していること
とも関連している。
26よりVnとVaとが1拍ごとにずれて入るが
それらはVcの細い線が急激に膨らむことのな
いように配慮されている。その直後C1とFgの
充填和音が内声に加わるが、一小節間にそれ
らの各声部が漸増的に重ねられていく。
クライマックス形成後の長い減衰過程の結尾51∼57では、前述の逆の発想か
ら旋律担当楽器の数が漸次減らされていき、旋律線は次第に細くなる。
デ’
s/ L
s2
s3
錘
vltx{1:,
V.. ti¥一
L.一Z〈’
ヅ
vsi
11
52小節目ではVaとVcが旋律線から脱落し和声充填役にまわるが、これはVaの
音域的制約を考慮したもので、それ以降の旋律線は低音域が取り払われる。さ
らに56∼57にかけてVn群はユニゾンでありながら、その結尾の余韻を維持する
ためにVn lとVnllの終止音(C音)の長さを細かく指示している。
(47)
・このように旋律部を担う楽器の細部に至るまで、その音色効果やクライマッ
クス形成を意識した譜面上の指示がなされているのである。この部分の特徴は
旋律線自体が起伏に富んだ多様な動きを持ち、最低音から最高音まで13度に及
ぶ広い音域を要求しているにもかかわらず、一貫して中音域の同度または8度
のユニゾンでその旋律を奏させている点にある。それはラフマニノフ特有の響
きを生み出すための作曲技法上の工夫と言えよう。作曲者がこの主題を鮮明に
かっ重厚感を保って響かせたい意図がスコアから明瞭にうかがえるのである。
Vnパートの[sul−G]指示も含め、この旋律線が醸し出す憂欝な気分はラフマ
ニノブによって十分計算し尽くされた音響設計に他ならない。
チャイコフスキーの第一ピアノ協奏曲の導入主題はVnIとVcの8度のユニゾ
ンで提示され、その後Vn l、Vn・II、Va、Vcに’よる3オクターブに及ぶ輝かしいユ
ニゾンで確保される。しかし、この作品にはラフマニノフが試みたような旋律
線や音楽表現に関する奏法や音色への細かい指示は見られない。あくまで華麗
な音響や派手な演奏効果を狙ったものである。両者の協奏曲をその旋律表現と
いう側面から比較した場合、前者はその音量の幅広いダイナミズムにおいて、
後者は繊細な音色表現法においてそれぞれ特色ある作品として評価されるべき
であろう。
次に純粋な管弦楽作品における旋律表現について、第3交響曲の第1楽章第
二主題群の提示過程を取りあげて検討する。
この作品の提示部は構成面では簡潔だが、第二主題はその長さや表現の多様
さにおいて忌中際立った存在であり、提示部最大のクライマックス表現を形成
1
する。その意味では第一一楽章は第二主題が支配的な役割を演じる特殊な構成観
に基づいていると考えられる。
提示部全体の区分は次のとおりであるが./第二主題群は序奏も含めた提示部
全体の半分の長さを占めている。(数字は小節数)
1∼19 序奏 モットー主題提示 (Cl、Hr、Vc)
20∼30 第一主題群
31∼48
(Ob→VnlVnll)
推矛多野区
49∼84 第二主題群(Vcで開始)
(48)
▼85∼96 第一主題に基づく小結尾
第二主題前半を下に示す。弱拍出、タイ、分散和音的進行などラフマニノフ
的要素の多い旋律である。
(Va.Ve]
s.
(一rsuTx
=4忌詞
rpt A
C.bx
て一\ だ
L....L一....th..t
/A一 一一一一N
S一.一一一k一一一・・j
覧__の■
奥
伍
( 〆幽\
動機aは第一主題群の末尾、推移部、小結尾にも用いられており、
この楽章
の各主題の末尾に組み込まれた旋律:創作上の工夫である。
第一主題前半
ri珪/ぐへ
一
(
へ
一腰」
第一主題後半 α・
ijiEts:giEfiii#Ets±EgegitsSljiSi
L =一一..一..i
第一主題による a
薩
第二主題群は提示部全体([5小結尾まで含めると大きく4っの部分に分けられ
る。その旋律線を担当する各楽器の推移は以下のとおりである。
①49∼64T,提示
[Vc]→[Va Vc]→[Vc]
②64∼73T2確保展開[VniVn llVc]→[VnlVnllVaVc]→[VnIVnll](漸増)
③74∼84T2動機反復 [Hr Va]→[Tp Tb]
(クライマックス)
④85∼95T1による小結尾 [VnlVnllVa]→[VnIVn・II]→[Vnl](減衰)
各区分の旋律表現について以下具体的に述べる。
①第二主題はVcで開始され、途中からVaが加わり末尾は再びVcのみに戻る。
Vaは同音で重なり、旋律線に厚みを持たせる役割を担う。それは旋律の開始音
(H音)がVaにないという音域上の制限に由来しているが、そのことを全く感
じさせないほどの申然な旋律表現に置き換えられている.
②63から主題はVn l Vn・II Vcで確保されVaは途中から加わる。これもVaの音域
(49)
制璽限によるものだが、この入りのタイミングは旋律:線の頂点を導く反復三型の
起点に慎重に置かれている。
③74以降金管楽器群が旋律を引き継ぎ壮大なクライマックスへと向かうが、
その背後では弦楽器群や木管楽器群が既出の動機素材をからめ打楽器も交えた
多彩な音響をつくり出していく。
④85からは長い減衰表現による提示部全体のコーダとなる。ここでも旋律は
弦楽器群の漸次的減少法が用いられている。Vaは旋律の2度目の反復88から和
声充填に回るがこの意味は3小節単位の特殊なフレーズ処理に対応している。
なお、91∼92に見られるVnlVn・IIの声部交錯は
1鋒纏1藩二∵灘茸雲1、
Vd
)、、、
M
そのまま次の楽句に接続される。このような提示
舞毒華
、●
し
部の閉じ方はフレーズの明解な区切れを回避するラフマニノフ流の接続法とみ
なされる。
この一連の旋律提示は、提示部全体が第二主題に大きく依存する特殊な構成
観と、調性面において第二主題はE−durで始まりF−durで終わるという属調に
こだわらない流動的で柔軟な発想に基づくものと考えられる。
そのことは再現部における第二主題以降の扱いにも顕著に現れている。提示
部と再現部と,を対応させてみると、再現部での第二主題の再帰、確保は変形も
しくは延長を伴っており、提示部の「厳密な再現」ではない。そのため楽器法
やクライマックス形成過程は両者間に細かい点で相違が認められる。
再現部は次のような区分となっており、旋律担当楽器が頻繁に入れ替わって
いることが判明する。
⑤239∼256 T2再現[VnlVc】→[VnlVnllVc(Va)]→[FI CI(Ob)]
⑥257∼269T2確保[VnIVn II VaVc]→[Vn l Vn・II]→[VnlVa]→[VnIVn・II Va]
⑦270∼280 T2動機aの反復[Tp Trb]→[VnlVn llflag.(Fl Fg solo)]
⑧281∼291 コーダ(モットー主題)[Tp Trb]→[VnlVnllVa’Vc Cb pizz.]
〈so>
●⑤の第二主題前半部はC 一durからEs−dur、 As−durへと転調を繰り返しつつ反
復され、その後半部は高音域での木管楽器群に変わり、透明感が強調される。
そのため、長さは提示部の約2倍が必要となり、展開的要素まで備えている。
⑥では弦楽器の分割による3度ハーモナイズが目立つ。素材的には提示部と
ほぼ同じ内容であるが弦の厚い響きはさらに強調され、直前の木管楽器群の透
明感と著しい対照を示している。
⑦クライマックス形成は提示部と異なり後半に減衰表現を指向する第二主題
の回想楽句が新たに付加されている。この部分は主旋律を持つVn群のフラジオ
レッ5奏法と木管楽器群の旋律にまとわりつくような装飾的音型、VaVcによる
主題のストレット等が独創的な音色をつくりだす。弦楽器群のパート分割法は
当時の後期ロマン派作曲家がしばしば用いた技法である。(R.シュトラウス
の交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」などに先例がある)
Ftauti L IL
Oboi 1. II.
Cerno lnglese
ClarineI婦夏.H.
“n B)
C ,t ari n.e. tt o. B. asso
“n H)
F呂go鮭iLII.
響
一讐 ’隅瓶}一一
Viollnl I
1
,
一■㎜
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伽
一 一 鴨 .
.
一 一 一
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Viollni ll t
唱
∼
H
●
一
愈
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5” V !tl
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ア
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腿.
〃
8聯
m.
押’
0,B556量
量
(5フ)
o一
’⑧の終結部分は旋律を平凡に流していくだけの安直な処理で、その表現効果
の単調さを拭いされないものである。⑦までの主題変容による音色効果を基盤
とした展開、その頂点における透明感や解放感を際立たせる曲想の転換などの
工夫された旋律:表現に続く楽句としてはあまりに常識的すぎるのである。この
交響曲の中には、そのようなムード音楽風の単純明解な旋律処理がしばしば出
現するため「交響曲としての崇高さと気品に欠ける」という意見も従来から根
強い。(それがラフマニノフの音楽の特徴といえなくもない。)最後はモット
ー主題を回顧して曲を閉じるが、これは全楽章に共通する手法でチャイコフス
キーの第5交響曲に比べるとその主題変形はかなり手が込んでいる。
第3交響曲第一楽章は「第二主題を中心に据えた構成観」という斬新な形式
論理を意図した作品であるが、旋律提示という側面からみると弦楽器群を主体
とする、きめ細かな音域指定や音色変化が前例と同様に認められるのである。
旋律が中音域で弦楽器群のユニゾンで重ねられる場合、その間隔は1オクター
ブ以上には決して広がらない注1。その結果、旋律線の響きは厚く、重いものに
なる。それに対して、旋律が木管楽器に移るときには必ず高音域に限定され、
透明感や浮揚性を際立たせ、弦楽器の音色に対して明解なコントラストを生じ
させる役目を担っている。金管楽器群はその問、控えられ、クライマックスの
頂点付近に至って、初めて主題旋律の断片を担当する。スクリャビンがしばし
ば行った金管(Tr)soloによる主題旋律の執拗な反復などはラフマニノフ作品
ではほとんど見当たらない。
旋律:表現に関しては、チャイコフスキーなどの同時代の作曲家たちの表現法
と比較する占、その奏法や音色効果に関して細部まで指示することによって、
自らの旋律線の起伏にふさわしい表現を追求していることが分かる。(これに
ついては第4節でも再度触れたい)
最:後にピアノと管弦楽との協同作用を伴う旋律表現例として「パガニ一二の
主題によるラプソディー」から有名な第18変奏を取りあげる。
この作品は変奏技法という側面からも極めて重要な作品であるが、第18変奏
は従来より旋律:の魅力のみが先行しすぎて音楽自体の構造が軽視される傾向に
あった。ここでは旋律表現におけるクライマックス形成を中心に分析するが、
(52)
同時に変奏技法についても関連的に言及する。
全24の変奏は大きく4部に分けられるが、それらは交響曲の4っの楽章を暗
示させるような構成観に基づいている。
第一部 主題と変奏1∼10 主題提示(第1変奏で変奏曲が始まる例外型)
第二部 変奏11∼15 メヌエット及びスケ・ルツォ楽章
第三部 変奏16∼18 緩徐楽章
第四部 変奏19∼24 トッカータ風な終楽章
第18変奏は以下のような3部構成で、この変奏だけは他の変奏とのバランス
を崩しかねないほど、ひとつのまとまった音楽として完結している。
第1群 1∼13独奏ピアノによる主題提示 (漸増表現)
第2群 14∼24 弦楽器群による主題確保(漸増表現)
第3群 25∼42 主題反復と回想急結尾部(クライマックスから減衰表現)
この変奏の旋律:表現は典型的な「頂点形成型」である。第18変奏の主題は原
形主題の反転型によるものだが、その前楽節の旋律構造はただひとつの動機か
らできている点において独創的といえる。具体的に述べると最初の音型aから
3つの下降音をとりだし、5度下に置くことによって2番目の三型bを得る。
続いて二型aの前にB音を付加して音型Gを、さらに音型bの前にEs音を付加
して音型dを得る。つまり、二型。、dは音型a、bの単なる反復に過ぎない
のだが、わずか一音の付加によって旋律線の抑揚を新しい旋律のごとく変容さ
せているのである。ラフマニノフの旋律創作の過程が主題構造から解明できる
一例といえる。
画
この動機(原型は二型a)は反転型として7からピアノの内声部に現れる。
i’[
(53フ
・14からVn lとVcに主題が移るが、ピアノの和音による音型xは音型aの逆行
型である。
翼、
・「
@彗彗
L.一..pt.:.」
24からは主題はCbを除く弦楽器群のユニゾンでクライマックスの頂点に達す
る。このような短刀直入な旋律表現はチャイコフスキーを始めとする多くのロ
シア作曲家たちの常套手段である。音感xは木管楽器群で継続される。その後
収束のための減衰表現に向かうが、この間、低音にはDes音がオルゲルプンク
トとして鳴り響いている。それらはPfのバス音を基盤にCb・Tuを補強したもの
で、Cbだけが残って次第に線を細くし、断片化される。
この変奏の主題担当楽器は[Pf]→[VnIVc]→[弦楽器群]→[Pf]と音:量面、音
高面、音色面面にクライマックス表現と結び付いて明解に設計されており、ラ
フマニノフの全作血中、大衆的要素の濃厚な音楽となっている。しかし、その
舞台裏には主題(p動機的レベルでの変形という高度な変奏技法が潜んでいるこ
とも見落としてはならない。
’
(2)ピアノ作品における旋律提示法
ピアノ作品は独奏用と連弾用に大別されるが、まず独奏曲で基本的な様式を
述べた上で、次に連弾用の特殊な例を補うことにする。連弾用作品とは二台用
を始めとして一台4手・6手用及び協奏曲のPfパートも含めている。
〈ピアノ独奏曲における旋律提示〉
一:一一般的なピアノ作品の旋律提示方法はその音域、旋律線の音構造、伴奏部の
書法などがその要素として考えられる。まず、それらの用法について概括的に
述べておきたい。
(54)
卿*音域…
高音域、中音域、低音域の分類
便宜的ではあるが、概ね次の音域で判定する。ラフマニノフは旋律創作にあ
たり「歌手が歌うようにピアノで歌えること」注2をたえず重視していたことを
裏づけるものである。
P一高音域(ソプラノ)
rt..
一・..・....・
]1
中音域(アルト)
湘t軌
噸
u
. ’・
、,
.毒\低音域(テ.一ル)
晦徳ρ)音域はそれを奏する側の手も規定する.多くの旋律は中高音域に集中
するため右手が主となるが、低音域の場合は左手が担当する。
特殊な例として旋律線が左右で広音域に渡って移動、交替するものもある。
〈音の絵Op33 No8>ではソプラノとバスの対話的性格を備えている。
他の用例 〈プレリュード Op32 No2>〈音の絵Op39 No2>
*音構造…
単音、重音、オクターブ
ラフマニノフgピアノ作品では単音による旋律提示は曲の開始部分などに集
中しており、旋律線を際立たせる効果が強い。それらは選択された音域によ5
て当然旋律線の色彩感が異なってくる。いずれも声楽的な発想が強く認められ
旋律線の自然な音の流れを重視している。以下音域別に例を示す。
a単音高音域 くノクターンOp 10 No 1>
Andante espregsivo.
他の用例
〈エレジーOp3 No1> <ワルツOp10 No2>
〈楽団の時第1番Op16 No1><プレリュードOp32 No5>
(5S)
’b単音中音域 〈メロディー一一 Op 10 No4>
{
他の用例 〈セレナードOP3 No1><音の絵OP33 No1、 OP39 No5>
c単音低音域 〈メロディー Op3 No3>
r−3一・一3rr−8rr3r
{
一
一
一
r
一
一
碑
一
一
一
o 鵬
弓
一
一
@
胃
_
3
一
一 ”
X
一
■
_
一
〇
一
鱒
(
L一書一一
この曲では根音としてのバスを欠いているため、バス音が現れたときの充実
感や安定感はより強調されるのである。この曲では9小節目終わりにその瞬間
が訪れる。
他の用例 く舟歌OP 10 No3>〈プレリュードOP23 No 10>
三音、オクターブによる提示はテンポの遅い曲では和音主体の形態をとり、
重厚さ、荘厳さを醸し出す。譜例はく楽興の時雨3番Op 16 No3>である。
辮f勲
.』7㌦可『T
〉
纏
殴斎・瓦
. 滋箔媒.・
・
〃一と
〉
一一 @シ:籍\、・毒一一
区
一
7
.忌 、
・
他の用例〈プレリュードOp32 No10, No 11, No 12>
〈楽興の時第2番(譜例)〉〈楽興の時第3番〉では速いテンポで旋律線を
際立たせるために重音やオクターブを用いたものである。
AHegretto (j:ot)’ 一 一,. ・1’ ’Tt,.”1一・;1〈
A. i‘tJ−A tl.一一
躍
へ
cresu.
題9‘t“2’23t・一ノ
ラフマニノフの旋律がオクターブでしかもその内部に轟音を伴って出現する
例も多い・このような厚みのある和音進行はラフマニノフのピァニズムの特徴
的要素の一つである。次の例は右手に警護を伴ったオクターブ旋律、左手に広
〈S6>
い音域に渡る分散和音を持つ典型的なラフマニノフ書法を見せる。
ブ,レ覧)“一ヒ
oP23 ・一 2
*伴奏墨型…
和音、分散和音
伴奏音型はその旋律の和声付けを明らかにするものである。特にロマン派の
ピアノ作品においては旋律と伴奏音型とのコンビネーションが旋律表現上、重
要な要素となっている。
ラフマニノフの伴奏母型には、旋律的要素が組み込まれたものが割合多い。
これはラフマニノフが対位法による旋律の複線的効果を多用したためである。
次の例は和音の最低音に旋律的な動きが認められ、それは低音域の旋律に対し
て反進行している。
7’Vi). 一Y
むラ r9
一昌ζP:
a ’K Z 1’M a.
)
eP23 一tO
家の例は旋律が伴奏音型(和音)の間に埋め込まれたものである.分散和音
の中に組み志まりるケースもあり、ピアノの機能性を活かしたものである。
プい[ズト
。Pユ3−5
このように、旋律提示という視点を通してラフマニノフのピアノ作品を見る
と、その旋律自体の性格は伴奏音型の形態的特徴によって決定されていると言
っても過言ではない。
以上の点をふまえて、ピアノ曲における旋律提示を支えている作曲技法につ
いて2っのモデル作品の分析を通して述べる。
<エレジー 変ホ短調 Op3 No 1>
「エレジー」の旋律は、冒頭から幅広い左手の分散和音にのって、高音域・
(s7 )
単音で鮮明に提示される。
その後、徐々に3度や6度の音程で旋律線がハーモナイズされ、最高音を得
るクライマックス(26小節目)ではオクターブ(三音)によって旋律が補強さ
れるのである。(譜例)
中間部では旋律は左手低音域に移り、右手の波状型分散和音が伴奏音型とし
ての機能を持つ。バスのGes音はオルゲルプンクト効果を発揮する。
L一屑百マ弱δ …一
一一∼一一・一一
中間部も後半旋律は右手高音域に移り、単音→3度⇒オクターブと漸次拡張
され、主部と同様にクライマックス(70小節目)へ到達する。この個所の密集
した和音群(重音効果)はラフマニノフ特有の厚い響きを形成する。
一一3一」「
一
一
階
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一8槻,一一,『一一一噛卿『謄一一一一一一一一一一______一_
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灘・ρρ襯・剛・
@
旨
o
『篠
この初期作晶は、後年のくプレリュード〉やく音の絵〉などの円熟期の洗練
された諸作品と比べると.、大胆すぎるほどの明解かっ直線的な曲の運びを見せ
ている。曲の展開法やピアノ技法面からリストの〈愛の夢〉と共通する要素が
多く認められるのも事実である。しかし、旋律提示(反復や再帰も含めて)が
常に音楽表現上の頂点に対応して旋律線の補強や充填声部の付加が行われてい
鰯
る.点は注目すべきものであろう。
〈プレリュード 嬰ハ短調 Op3 No2>
この作品では、和音伴奏と旋律:線とが渾然一体となっている例である。旋律
は右手和音の両外声部、即ちオクターブで提示される。
一 噌
鱒 _
一’”H”」一”
“ . ..一=一=.L
一 一t一一s A− A
(
iEE#∴F一言一一一浮磁
k#’1’S’一”一“’一一一一一一一一:‘:‘‘一
VSNN一一一一一一一’
この作品の中間部では分散和音の中に旋律線が組み込まれており、それらは
音域を変えて2度反復される。いかにもピアニスティックな効果と結び付いた
提示法である。
t職)薩藝熱)、
〉 一
楠
↓ \4ン ・↓ ↓一!島
・
薯
ξ
主部の再帰では和音はより拡大され、両手同時にオクターブ間隔で同一和音
を鳴らし続ける。その豪快な音響は後年のピアニスト・ラフマニノフの代名詞
にもなったほど鮮烈な印象を聴衆に与えることとなった。
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騒
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終結部は南画ピアノ協奏曲冒頭の予告であろう。この響きは「鐘の音」の描
写として広く知られている.ムソルグスキーの「展覧会の絵」終曲(キエフの
大門)やボロディンの小組曲「修道院にて」には、同様な鐘の描写が認められ
(59フ
る。それらの作品がラフマニノフの発想の拠所となったことは否定できない。
この作品は三部形式だが、音楽表現上、最大規模のクライマックスは曲の再
帰部分(第3部)にある。つまり、後半の頂点を形成するために第1部⇒第2
部e第3部と和音の厚みとデュナーミクを漸次増幅させていき、終結部におい
て減衰表現に転ずるものである。
以上見てきた2作品は、いずれも単純明解な旋律線と伴奏音型を持つという
意味において、ラフマニノフの旋律提示の原点であると筆者は考えている。こ
れ以降の作品はそれらのパターンを複雑に組み替えただけにすぎす、旋律の提
示法は本質的には変わっていない。それは「頂点形成型」「減衰型」という二
つの表現タイプが具体的な音域や音量の指示を伴って譜面上に反映されたもの
と解釈できる。
前述した独奏曲の分析は2台用や4手連弾用作品、及び協奏的作品にも共通
するものであるが、唯一独奏曲には見られないアンサンブル作品特有のユニゾ
ンによる旋律提示について以下触れておきたい。
ラフマニノフ作品のユニゾン提示は1オクターブ以上には広がらず、左右そ
れぞれの手で単音として処理されるケースが目立っ。代表的な例として、第二
協奏曲第2楽章と第三ピアノ協奏曲第1楽章冒顛の主題提示がある.
AllesTS 一i neb tattte. 一’ ’” 一一 ・一一一一一一’J’ ten,mvrt一1f ’J’一L−7LL”M””’m’T−nv一:’:..:.[一’ ”一 ’ 一’ ”’ ’”一
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これらの提示法は基本的には管弦楽を伴奏音型役と見なし、単音提示が両手
でユニゾン化されたものと解釈できる。古今の協奏曲作品にはしばしば見られ
る書法である。しかし、曲の開始からいきなりこのような素朴な提示法を用い
るのは冒険的な試みであり、旋律に余程自信(魅力)がないと大規模な楽曲で
は扱えないのである。先例としてショパンの〈クラコヴィアク風ロンドOp14>
があるが、大抵は曲の途中や展開の過程において使用されることが多い。
(60)
’実際、ラフマニノフはこのようなユニゾン提示をアンサンブル作品に多用し
ており、それらは旋律を印象づけるために大きく寄与していると考えられる。
第2協奏曲の第二楽章主題、交響的舞曲第一楽章中間部の主題、組曲第1番の
「舟歌」主題、組曲第2番の「ワルツ」中間部の主題など、いずれも旋律線の
強調、補強という意味で用いられているものである。それはピアノの重奏表現
においては広音域に及ぶ分散和音等による派手な伴奏音型に対抗するためにと
られた有効な手段であり、協奏的作品では管弦楽の合奏の中で、ピアノの硬質
な音色を鮮明に浮き上がらせる効果を狙っている。
ラフマニノフの旋律提示法は多くのロマン派作曲家の延長線上にあることは
確かだが、それは単音と密集和音との対比において極めて劇的変化に富んだ独
特な表現法を見せている。ラフマニノフのピアノ書法といえば、とかく重厚な
和音群を即座に連想する傾向が強いが、彼の旋律表現はそのような音の集合体
ばかりとはいえないのである。むしろ、素朴な単音やユニゾン提示の中に、ラ
フマニノフ本来の魅力的な旋律が置かれることの方が重要である。
ラフマニノフのピアノ作品は初期の「サロン風小品」と題されたOp 3やOp10
の曲集から、円熟期のくプレリュード〉やく音の絵〉のような内容、技法両面
に充実した作品群まで多面的な音楽的語法を宿しており、作品の傾向やピアノ
技法を一概に論じることは困難である。しかしながら、その中から旋律提示と
いう断面のみを抽出したとき、初めてその作曲技法上の工夫について比較検討
することが可能となる。ラフマニノフの旋律提示法は旋律自体の魅力を最大限
に発揮させるために緻密に設計された表現技法に支えられているのである。
(らP
第2節
和声に関する考察
ラフマニノフの大半の作品は明確な調性感を持つ伝統的な機能和声に従って
いるが、ロシア時代後期からは半音階的和声や全音音階などが部分的に用いら
れるようになり、その和声構造はかなり複雑なものになっている。これは20
世紀初頭の同時代の作曲家たちの新しい音楽語法の開拓や伝統的和声からの脱
却と深く関わっている.ラフマニノフの和声は主題旋律の提示や展開と密接に
関わっており、その様相は作品全体の構成にまで波及していると考えられる。
ラフマニノフの旋律に対して、一般に「憂欝さ」「哀愁感」などの言葉で表
現される情緒的性格は旋律の構成音に左右されていることは当然だが、実際に
それらを背景で支えている和声の影響も見逃せない。したがって、旋律線と対
応させた和声分析によって、彼の旋律の特性をより深く総合的に探ることが可
能となる。ここではラフマニノフの和声上の特徴として以下(1)∼(6)の視点に基
づいて考察を進めていく。
(1) 短調への傾斜を示す和声について
ラフマニノフが選んだ調性は短調が圧倒的に多く、特にソナタ楽曲に至って
は長調を主調に据えた作品は皆無である。つまり、調性選択の時点からラフマ
ニノブ作品の音楽的性格は短調選択という設定により、あらかじめ方向づけら
れているともいえる。それに加えて、第2章で述べたように、ラフマニノフの
創作姿勢が旋律提示とその展開に大きな比重をかけており、代表的な旋律の多
くはその構成音の中にあらかじめ短音階からの借用音という形態で短調への傾
な
斜性が内包されている。
ラフマニノブの主要主題群は借用和音による色彩的変化に大きく依存してお
り、とりわけ、長調における旋律提示では同主及び平行短調からの借用和音の
使用頻度が高く、短調への傾斜が顕著に認められる。本論でしばしば言及する
第2協奏曲の第一楽章第二主題などはその典型的な例であろう.この旋律線の
変化に対してラフマニノフの与えた和声は極めて特徴的である。ここでは平行
短調の三七和音やIV度の変化和音、減七和音などが連結に組み込まれており、
旋律の動きに対応させてみると和声音と非和声音とが巧みに交錯して複雑な音
の世界を構築している.(次ぺrジの譜例)
(62)
‘
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工
`。エv魂+工7
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一般的に旋律の頂点部では借用和音を用いて緊張感を高める実例は多いが、.
84小節目の和声は興味深い内容を持っている。この部分の和声をピアノパート.
の右手充填和音と左手分散和音から判断するど、和声の骨格は次の3つの可能
性が考えられる。
OI一 VVt7 一1 e l−oN.E−1 @1−il’7 一一一>1
薩璽
葛『 rrr二二競軒
===匡=====コユ===;P =
IF−t’=LEii!lii’inEIEIIEII ”L.=2s z f r?t
①は記譜通りにVI度のV7を借用和音と捉えた解釈だが、通常Vlへいくべきと
ころを1に帰結したとみるいわば例外的な進行である。②はAs音を重視しH音
をCes音と読み替え、付加6e IV+2変化和音と捉え典型的なサブドミナント進行
と見なすものだが、左手分散和音の構成音と必ずしも符合しない矛盾もある。
③は根音Es音を共通音にして拷という増和音を偶成和音として捉えるもので、
全体は1度による厚膜和音とみなし、その上に重ねられた付加和音として解釈
するものである。
この後に現れる同型白毫一主題確保における管弦楽部の充填和声及び再現部
の主題回想部一から類推すると③が妥当な解釈という評価になろうが、筆者が
特に注目したいのは、このような主題提示の最初に限って意図的に設定された
その曖昧な和声感覚である。
聴衆はこの第二主題を聴くとき、その背景に横たわる和声の曖昧性が旋律に
独特の色彩感を与えていることに気付かされる。その原因は左手分散和音の複
く63,)
雑な動きに関係している。その伴奏音型には単純な和三内音だけでなく、旋律
的な要素を注入するためにさまざまな非和声音が織り込まれている。しかも、
それらの中に前述した①∼③の和声解釈の根拠を説明するに足る特徴音を全て
含んでいるからである。
O ’U’;, @olv.g @ ・IS
薯灘’一
一一コ
したがって、旋律線の個々の音を和声音と捉えるか非和声音と捉えるかは逆
に聴衆の自由な判断に任されているともいえる。この部分を先入観なく初めて
感覚的に聴いたとき、(1)を想定した者は新鮮さや意外性を感じ、②の場合なら
1→W→【の飛翔的、抱擁的印象を強く受け、(3)では主音の確かな主張性に安
定感や悠久の響きを想い巡らすだろう。
このような主観的な要素を巧妙に取り入れている曖味な和声進行はラフマニ
ノフの音楽の持つ感情移入的性格と決して無関係ではない。それは「常識的な
和声進行の回避」という意味において独特な魅力を有している。
ラフマニノフの和声付けにIV度の変化和音は頻繁に見いだされる。これは同
主短調からの借用和音であり、短調への傾斜を示す一例といえる。それは後述
するrv→1への進行を支えるためには最も効果的な和音でもある。
P2 H
oN
譜例アは長調における旋律の末尾が短調の借用和音上で半終始しており、変
ホ長調からハ短調への転調過程で生じたものである。
譜例ア
P、し2、工
Es:
c’.
(64)
この短調への橋渡し楽句に見られる和声も興昧深い進行を見せている。それ
は右手の充填和音と左手分散和音の構成音との微妙なずれに起因するもので、
ラフマニノフの曖昧な和声進行を示すよい例である。2小節目の右手和音は明
らかに前の小節の12を継承つつD音を含めた1?としての緊張感を伴っている
のに対して、左手は終始VI 7を用いている.むろん、Vl度は玉度の代理和音であ
って全く支障はないのだが、全体的な音響は極めて曖昧な和声感覚を生じさせ
り
る結果となる。しかも、3小節目のIlyを考慮に入れるならばここはV7のよう
なより緊張度の高い借用和音を用いることも可能であったはずである。にもか
かわらず、この進行はあくまで短調への移行を優先させるための和声配置であ
り、椅音による適度な緊張感が旋律線のゆるやかな流れを崩さない範囲で転調
を予告する。
譜例イも同様に短調への半終止を目指した進行例である。この息の長い旋律
群は明るい二長調の1度が支配的であるため、前楽節においてはその末尾をVI
度でしめくくることによって後楽節での短調への移行を予告する。そして、後
楽節ではIV度を1度やVl度の間に割り込ませることにより、予定のロ’短調へと
Moaernto.{J.toe.》
到達していく。
曹
一
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一
一
一
一
(65 )
主旋律の和声付けが1度からIH度に転換される次のような例は、lll度和音が
短三和音であることから和声の短調への傾斜を裏づけるものである。IHの和音
自体が流動的で曖昧な要素を持っていることをうまく利用したものといえる。
交響曲3 1 2
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工
頻コヨ≡…鍵一
”
一一
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一
一
プレリュード6
工一一一・一
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第2協奏曲第3楽章第二主題の和声進行は以下の通りであるが、この中で扱
われる関係短調からの借用和音の使用頻度の高さは、この旋律が短調へ傾斜を
示すことにより暗く憂雀な曲想を演出している。
”Mo’р?da’to(」.7t}
117
薯≒rアT\ 零ミ
{
》.
鱒
翌ブ▽1
1劉一享一既識 1
『こ輝L鞠’L晦罵工
3小節目の内声部におけるD→Cis→Dの刺繍音的動きも、和声的には【度
第3音下方変位に近い機能を与え、短調への傾斜に関与している。
第2交響曲第二楽章では躍動感に溢れたイ短調のスケルツォ主題に対置する
ものとして、ハ長調の柔和な副主題が用意されている。しかし、その性格は憧
れや希望に満ちたものとは言い切れない哀愁感が漂う。その原因は和声力{たえ
ず短調へ傾斜するように短三和音(IH、Vl、Il二二からの借用)を繰り返し用
(66フ
いているからである。
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・=tts=荘9
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産_i襲…象……鯉垂≡ 郎豆 ▽,皿
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→x・
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.魚
り
遮辱
舜・
第3協奏曲の第一楽章第二主題も同様な事例である。この旋律は冒頭と結尾
を除くと主調系による長三和音より近親系短調からの借用短三和音の比率が高
くなっている。
B:硝葱一了死tt. L−v一一“’」ta」.}“, vi・評
このように、ラフマニノフの長調の主題はたえず短調への傾斜を伴った和声
付けが施されることによって独特な情緒を醸成していることが分かる。それら
は具体的にはW度変化和音、Vi度、III度などの短三和音の多用として現れる。
ただし、予め断っておきたいのはこの現象を直ちにラフマニノフ独自の語法と
みなすことはあまりに即断すぎよう。このような短調への傾斜指向は、同時代
の多くの作曲家の和声には程度の差こそあるものの、共通して認められる要素
なのである。例えばチャイコフスキー作品の旋律:構成音及びその和声付けなど
は時としてラフマニノフ以上に短調への傾斜を見せることがある。以下その一
例としてピアノ協奏曲第1番の主要主題を示す1が、その意味においてラフマニ
ノフ様式の先駆的な存在として注目すべきであろう。
工
t一..一一
鞭蝉謹『『華華騨
垂壷目附墾遜垂一二 謁攣
(67 )
ここではまだ両者の本質的な相違について踏み込んで論じる段階ではないが
旋律線の形態的特徴やその表現法に関してはラフマニノフ作品にはチャイコフ
スキーとは異質な要素が明らかに認められるものの、その和声付けの手法に関
しては共通点が多いこともまた事実といわざるをえない.
(2)ナポリの六の和音の活用について
ラフマニノフはこの和音をしばしば重要な作品に用いている。ナポリの六は
協和的な甘美な響きを持つが、その和音のもつ色彩感が異国情緒に結び付くと
いう理由から19世紀ロマン派の作品にしばしば見られるものである。当時の
ロシア音楽界ではオリエンタソズムが大流行していたため、ナポリの六はその
テーマにふさわしい和音として多用されたものと推察される。
また、ショパンはg琴ルカやポロネーズなどの民族色豊かなピアノ作品群に
おいてナポリの六和音を愛用した。その事実がショパンの作品をひとつの理想
’
モデルとみなして崇拝してきた19世紀末ロシアの若い作曲家達に強く影響を
及ぼしたであろうことは想像に難くない。(スクリャビンは初期のピアノ小品
にナポリの六を盛んに用いている。例えば、作品1のワルツ、作品3のマズル
カ、作品5のノクターン等.しかし,中期以降は才六和音や特殊な上行変位和
音による機能感を無視した和声法に転換していくため、それはほとんど失われ
ていくことになる)
譜例(1)はナポリの六和音を使ってドミナント進行を目指している。D→His
の減3度音程はオリエンタリズムの象徴として重要な役割を担っている。当時
の聴衆がこの作品に熱狂した一つの要因として、その特殊な和声付けからくる
異国趣味が影響したことは明らかである。本来なら、バス音はFis→Gisへの
進行となるべきところだが、この曲では冒頭のA−Gis−Cisの重要音型を受
け継ぐために意図的にA→Gisの並進行が用いられている。
言普{列1(1)
プレリュード
op3 No2
L−s.一一.一一.
〈6S)
譜例(2)ではD→Cis→Hisによる典型的なナポリ六終始過程で用いられる
譜例(2)
1.
《== _
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か(44’の
ヴォカリーズ
op34−14
げ
”””
譜例(2)に見られる12の和音は短調において1度解決の過程で導音への経過和
音として扱われるものだが、その特徴音が旋律:線の中に組み込まれた場合、主
音への収束的な動きは、下方変位する第2音、主音、導音の3音がそれぞれ半
音階進行を形成する。ラフマニノフの減衰表現を伴う旋律:線の終始部にはこの
ような半音階的下降進行が多いため、必然的にナポリの六による和声処理に依
存するケースが増えてくる。(ナポリの六は和声学上は下降限定進行である)
また、このような旋律線の動きはプリギア旋法としての性格を帯びている。
ラフマニノフはその効果も意識して用いていると考えられる。譜例(3)(4)
言句{列(3)
音の絵
op33−8
譜例(4)
プレリュード op23−7
嚢
・岡岬
雪煙(5)はぜクエンツ進行の収束部分に用いられた例である。相声の骨格は】V
→Vヶの反復だが、長いバスの半音階下降の後再度上行してナポリの六へ至る推
移はこの旋律線を混沌とした減衰表現の深淵に誘い込む。
(第2協奏曲第一楽章再現部の293∼297小節に至るピアノパート)
言普tijll(5)
1
1
ラフマニノフの旋律末尾におけるナポリの六和音は、旋律自体の色彩感に関
わる用途だけでなく、旋律線の形態的特徴に(順次進行、分散和音的進行・逸
く69)
音的進行など)に大きく左右されていることを見逃してはならない。次の例は
旋律線の前後の動きから判断して明らかにナポリの六和音が一瞬の偶成和音と
して存在するとみてよい。このような半音階的下降を持つ旋律:末尾はナポリの
六を念頭に置いて和声処理されていると考えられる。
A
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譜例(7)
L一一一一一.一.”一一
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譜例(8>
一「
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次の譜例(9)㈲は長調における使用例でナポリの六は借用和音としてドミナン
トを誘導する。.
(9)交響的舞曲1
隠
(1①チェロソナタ1
, Jn. poeo piit niosso.
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Un poce pilytng!s!!:osso・
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R:SLL1Y
7
・
・}一一一門』
∼も
(70)
「ラフマニノフ作品に見られるナポリの六の和音の多彩ぶりは短調偏愛という
調性選択からすれば当然であるが、その背後には東洋趣味に傾く音色感や旋律:
線の形態的特徴が強く関わっていることは否定できない。
なお、短調におけるもう一つの特殊な変化和音であるドリアのIVは次のよう
な例外を除いて皆無である。その用例は伝統的な機能和声によらない偶成和音
とみなされ、半音階的和声における経過的な特殊用法としてW度の変化和音や
1度の付加6和音として扱われている。
奪辱…
交響曲1
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交響的舞曲
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行について
〉
機能和声ではV和音を伴う主音への解決はフレーズの節目や楽句の終止を際
立たせために不可欠な和音となるが、ラフマニノフの和声を注意深く調べてい
くと、このV度の扱いには特に慎重を期して配置されている。旋律に対しては
V度系和音は乱用されることなく、フレーズ末尾か旋律が大きく変化する直前
に比較的短い間隔で用いられている。また、V7の和音についてはその第7音や
導音は時折省略されることがある。その結果、属三和音の主音への解決機能は
低下し、和音自体の響きも洗練され、透明度も高くなる。
下の譜例は導音が省略されたものである。
第一楽章
、 〃
:一
●.’ ●
(ク1)
k
、
コーダ
1
この楽章の終結直前に1のトニカを挟んで多彩な借用和音が並べられるが、
その最後の和音は明らかにV度系和音としての機能を持ってはいるが形態的に
はIIIの和音である。つまり、ここでは機能性の強いVの第7音や導音を意識的
に避け、むしろ1度に対する融合感を引き出す結果となる。
’
き
云
エ=’Slll・’ 一 ’多調.一一9エ㌦一i宥硫it一一一t
初期の作品では短調の属13和音を偏用したが、これはジプシー音階の構成音
が含まれることによるものである。特に上3声に生じる密集した増減音程は属
7和音以上に焦燥感の強い響きを生む。
また、後期には全音音階的発想から短調のm度をVの代用として用いた例が
目を引く。これは増三和音であり、それ自体不安定な要素を持つ。その結果、
解決に至るV肩Lへの機能性はかなり中和され、互いに第3、第5音を共通音
とする連続的で曖昧な終始感を際立たせている。
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維 ’/
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ラフマニノブはV→1という定型進行は、主題や楽句の最後にポイントを定
めて使用しており、特に旋律提示場面ではV度三和音の出現は非常に限定され
ている。しかもV度系の諸和音のうち機能性の強いV?などはできる限り最小限
に留め、場合によっては省略型や他の和音に置き換えて用いている。
(ク2)
このことはラフマニノフがドミナント系の三線的な和声進行より、サブドミ
ナント系の曲線的拡散的な和声進行の方を好んだことを示すものである。
譜例はV→1の和音連結の問にjvを挿入して曲線的な終止を意図した実例で
ある。このゼクエンツ進行は楽章全体の導入部に当たり、すぐ後に続く息の長
い主題提示へのブリッジを果たしている。このような一見「和声の逆行現象」
のように映るV→IV→1連結も平凡で強制的なV→1終止を避ける意味からす
れば、むしろ非常に適切な和声処理といえる。
蓼
前例の第2交響曲第3楽章には同様のV一・IV→1進行が要所を占めており、
その後のクラリネットによる長い旋律線の終結部にも現れる。
ユ
ユ
一
pt VI. M 7 V7 ’Vi 一一一 olV−Y
次の譜例はそのコL一一ダにおける一 ャ矛口声、進行蛎したものだが・長いスノ“
一ンによるV→IV→1進行と見てよい。
一一一
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∬7
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、》臨→1
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このようなラフマニノフのV→IV→1進行は短刀直入なV→1進行を緩和す
る意味が強いが、それ以上にラフマニノフ自身がIV→1進行そのものを好んで
いた形跡がうかがえる。その点については次にさらに掘り下げてみる。
(4) IV→1進行について
譜例は有名な第二協奏曲冒頭の壮大な和音群であるが、ここではIV度和音上
に前述した「和声の逆行現象」効果が見事に活用されている。
( 73)
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早tρ
本事例のように冒頭からいきなりIV度和音で楽曲が開始される手法はすでに
ベートーヴェンの第4協奏曲やブラームスの第2協奏曲の各終楽章に先例があ
るが、ラフマニノフの場合は主調回帰のための和声進行というより、和音を構
成する内声部の半音階進行を強調するために補助的に和声の変化を巧妙に利用
したような印象を強く受ける。(チャイコフスキーの変ロ短調協奏曲やスクリ
ャビンの嬰へ短調協奏曲なども冒頭の和声は主調に対する意外性が認められる
が、ラフマニノフはおそらくこれらの諸作品からこの進行のヒントを得たであ
ろうと推察される)
このような意外な開始を行えば、当然すぐ後にくる第一主題を想定して主調
回帰のための転調が必要となるはずであるが、ラフマニノフはそこをさらにも
う一工夫して「和声の逆行現象」による和音の色彩的変化を加えている。5小
節目の+IVI和音が方向転換のポイントとなるが、この後にへ短調の減七やIVを接
続しないのは主調基音である.C音を持続させたいからである。このG音は主調
回帰のための命綱なのである。さもなければ和声はいつまでも解決に向かわず
N度上を限りなく彷うことになる。
8小節目の門下:の和音のDTV。e(矢代が言うように4拍目のG音をV度系と捉え
るならナポリの六ともとれるが、筆者は全音符の余韻を・重視したIV→1進行を
とる。その妥当性についても以下触れる)に至ったときにも主調はまだ十分に
確立されていない。そこではIVの和音を背景にAs→F→Gの3音が鳴らされる
が、次の9小節目でハ短調の1度が前打音を伴ってピァンの右手和音と分散和
音で提示されたとき初めて完全な形で主調が確立される。この陵昧な主調確立
過程はIV一→iという和声進行によって生じたものに他ならない。
このW→1進行はすぐ後に続く第一主題のフレーズの繋ぎにも出現する。こ
れはラフマニノフのIV→1進行意識の継続であり、前述した冒頭部の長いIV→
1進行を同一とみなす有力な根拠となる・
(74 )
Iv 一一一一…一》工
このようにIV→1の和声進行がもたらす効果は主調への解決性をゆるやかな
ものにし、時には曖昧さを残した音楽運びが可能となるのである。この楽句が
平凡なV→1進行でないことこそ、この作品の冒頭を個性豊かな響きで満たし
ている和声上の工夫といえる。
同時期のチェロソナタ終楽章でも主題の前後楽節はIV→1進行によって接続
されている。(ここでは。IV+6の和音)このような接続法はVを伴わないため、
切れ目なく音楽が進行するような連続性や継続性を顕著に示す。
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一
ラフマニノフは「アーメン終止」と呼ばれる純粋なW→1進行による変格終
止を声楽作品に用いているが、それは圧倒的にV→1終止が占めている楽曲終
止の中において特別な宗教的意味をもっている。(なお、ロシア正教会の聖歌
ではヨーロッパ教会音楽調のアーメン終止は存在しない。ラフマニノフの残し
た宗教作品のアーメン終止はすべて1の丁度延長またはV→1進行である)
「鐘i
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Te . .
Ni Rldi. .
畠 . .。砕・ 5‘ド,
噂
o齢一 ・興・9・
工
(2s)
歌曲
op4−21
「朝」.
特殊な例として歌曲「ひなげし」があげられる。この曲は1、IV、VIとその
変化和音のみで書かれており、V度系和音を廃した極めて印象主義風な作品で
ある。したがって、解決性の強いドミナント進行はなく、その機能感は1度上
の付加和音とW→1進行による曖昧性に依存している。
(
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髄
「
一㎜一
一
齧`く
』く
一一一一
一
一
一
一
P
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}
一
ラフマニノフのIV→1進行は前述したようにさまざまなケースがあるが、そ
れらはV→1進行という常識的な終止型を回避する意味を持ち、ラフマニノフ
特有の息の長い旋律線を阻害しないためにはふさわしい手段なのである。
(5)オルゲルプンクト効果について
ラフマニノフは曲の冒頭、クライマックス部分、コーダなどで低音部のオル
ゲルプンクトによる根音持続効果を好んで用いた。和音による低音部の持続す
る壮大な響きはしばしばロシア教会の鐘の音にたとえられるほど有名だが、こ
のような手法は厚く重なり合った複雑な音響とその余韻を生む反面、ともすれ
ば単純な反復亜型が変化に乏しい冗長な表現とされることもある。
ここではオルゲルプンクトを用いた場合、その和声進行にどのような限定要
素や変化の可能性を与えうるかについて考察していく。
〈曲の冒頭で主和音(主調)を確立する〉
ピアノ作品に多く、伴奏低音部の分散和音の根音をオルゲルプンクトとして
継続させる手法である。二二アは1度の主和音による序奏の後、上声部に主題
旋律が出る。旋律線は1の和音外の非和声音を多く持つが、それらはD音上に
ソ
慾Y・v?の和音が積み重櫛れた付加日華≒・砿鯉さ.れゑ磁のオワげル
,く%ノ
プンクト効果は10小節まで続き.、III度(Fis−mollの1)への転換で終わる。
譜例アブレリュード
op23−5
譜例イは主音Asを14小節間継続させる。前例と同様、付加和音による和声
付けがきめ細かく挿入される。
譜例イ..ブレリ。一ド
川egm▼量▼ac・.‘」・量・8》
{
))
一===!
op23−8
ω℃‘σ.
2.
〉
■
〔
譜例ウは途中3小節の例外を除き、終始Des音を継続させた作品である。こ
のレベルになるとオルゲルプンクトというよりオスティナートに近い。ここに
重ねられる付加和音はそれ自体が独立した和声進行を形成している。
Adagi・…t・nut・,(」・54)
》
陶
卸
・
3
3
3
3
3
3
♂
3
.ie
このようにオルゲルプンクトを用いた場合、和声を単調化させないためには
その上にいかに特徴ある付加和音を重ねられるかが重要なのである。
〈保続音を共通音にして転調を目指す〉
ピアノ三重奏曲第2番はオルゲルプンクトが目立つ作品だが、その第1楽章
第二主題への推移部にはG音による執拗なオルゲルプンクトが連続する個所が
ある。ここではC−mollのVから近親調を巡りながらG−mollの1に半終始す
る転調楽句に当たる。譜日工はその終末でC−mollのVの第3音が下方変位す
るのみである.そ、の転調による推移に25小節を要したことになる。しかも、そ
の後さらに4小節ほどG音はF−durのII度として継続する。(次のページ)
(7ケ♪
譜例工
op9 1
〈主題反復やコーダで和声の余韻を継続させる〉
ラフマニノフは主題の確保や再帰に際して、音型変化や新たな和声付けを施
す場合が大変重要である。そのとき、オルゲルプンクトに依存する場合もいく
つか見いだされる。譜例オは主題の2度目の反復においてB音が13小節に渡っ
て鳴り続ける。この部分は長い減衰表現であり、開始部分の漸増表現による主
題提示と著しい対照を示している。また、和声は開始部分乏異なった個所もあ
り、そのうえ半音階下降の対旋律が付加されている。
旧例オ
op16−1
,一一一一
窒秩hT’X
At
r”r’一’;’一一;‘x
癒
〈クライマックス形成に関わる用法について〉
オルゲルプンクトによる主音または属音の継続は、その音を共通音とする同
系統の和音をたえずその背景に鳴り響かせることができる派生効果を生じる。
これは場合によっては壮大なクライマックス表現へと導いたり、緩やかに持続
する長い減衰表現をつくりだすには最適な方法となりうる。ラフマニノフ作品
にはこの手法が多く用いられ、その大半は反復進行を伴っている。
第2交響曲終楽章ではコーダへ向かって低音のH音によるオルゲルプンクト
を活かした最大級のクライマックスが32小節に渡り築かれていく。この間、和
声はH音を共通音として二七を軸にめまぐるしく変わる.
es)
「聖ヨハネス・クリソストムスの典礼」第16曲そはへ長調の1度が開始後20
小節にわたって持続し、ソプラノから順に低音へ向かって声部を重ねていき、
ついには混声9声蔀の大クライマックスを形成する.その後半は根音Fがバス
に持続しオルゲルプンクト効果を最大限に発揮する。
一一
titard. e
dirninuendo
プレリュードb−mollには減衰表現としてV上にFを共通音としたさまざま
な付加和音が重ねられるオルゲルプンクト効果が見られる.この場合のF音は
バスだけでなく、主要モティーフや装飾的分散和音の中にも存在する。このよ
うな息の長い保続音効果はラフマニノフ風といえる。
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一二 二一
◎第二交響曲第2楽章では副主題提示後スケルツォ主題の再帰への接続句にお
いて、また、第三ピアノ協奏曲終楽章でも第二主題提示後展開部への経過句に
おいてそれぞれオルゲルプンクトが用いられているが、両者はある特定の情緒
を継続するだけで、はっきりとした漸増、減衰表現には結び付いていない。
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「ジプシー奇想曲」では開始から延々143小節にわたってE音が持続する驚
異的なオルゲルプンクトを前半に持つ独創的な管弦楽作品である。第一部(128
小節)は、調性こそホ短調と一貫しているものの、ラヴェルの「ボレロ」のよ
うな単純な反復ばかりではなく、リズム、和声、旋律表現の各分野から手の込
んだ創意工夫が認められる。ここではその和声変化に絞ってみていく。
和声の核を成す保続音E音はティンパニと低弦で持続され、時としてチュー
バにも現れる。この作品ではE音上に変化に富んだ付加和音をいかに積み重ね
るかが創作上重要なポイントとなる。
序奏部前半の和音はホ短調の1∼Wまでの基本型によっている。
〈of> ・・
後半は次第に盛り上がりその頂点でつぎのような借用和音がでるがティンパ
ロ
ロロ
ニーはE音を継続している.V7、δV7共にE音は共通音であ・る.(この序奏部は
実質上は段階的にテンポが速くなっていくのだが、それは速度指示によるもの
でなくリズム価の短縮によって生じる。リズム面に関する考察は別項で試みる
く30ク
のでここでは触れない)
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第一主題後半の和声づけは次の通りである。
第二主題は129小節から嬰ハ短調上に増六和音によるエンハーモニック転調
を伴い突然現れるが、そのときフルートの旋律を伴奏するハーブは分散和音の
中にE音を継続する。それは144小節目の頂点におけるIV三和音で途切れる。
1/ig。e3S・量emp・・.d・」〕
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この作品ではオルゲルプンクト効果が和声の変化と密接に結び付くことによ
って音楽が単調に流れることを防いでいる。オルゲルプンクトがいかにその背
後の豊かな和声を要求しているかを示すよい例であろう。
オルゲルプンクトを用いた場合、和声的には同一和音の継続を促し、その上
に多彩な付加和音を重ねることができる。これは一般的な和声進行以上に複雑
で重量感の伴った音響効果を誘発し、しばしば壮大なクライマックスや静的な
安定感、及び持続時間の長い減衰効果をもたらす。
それは、ラフマニノフ特有の「息の長い旋律線」に合致する最も有効な手段
であり、クライマックス形成過程に頻繁に用いられるゼクエンツ進行の単調さ
を回避しつつ効果的に維持させうる究極の手法といえる。また、それは当時の
ロシア音楽を特徴づける音楽語法として先輩から学び取ったものでもある。
〈8t)
’(6)半音階的近代和声法について
く
ラフマニノフの音楽に対して保守的とか時代遅れという先入観にとらわれる
あまり、ロシア時代後期以降の新たな和声への試みについては従来より軽視さ
れる傾向が強かった。ラフマニノフの後期作品の再評価のなかにおいて、新た
な和声への模索過程は実に興味深いものがある。それは、スクリャ、ビンやプロ
コフィエフなどと比べた場合、創造性や革新性に欠けるのも事実で「あるが、ラ
フマニノフが作曲家としてそのような試みを怠ったわけでは決してない。むし
ろ、その過程からは自己の作風を維持しながらも新しい要素を取り込んでいこ
うとする姿勢がはっきりと認められるのである。その最も成功した作品が大管
弦楽と独唱によるカンタータ「鐘」であろう。
ラフマニノフの和声変革は初期の民族的素材の取り込みを除けば、後期では
スクリャビンやドビュッシーからの影響が色濃く現れている。それは「機能和
声の曖昧化」という形態で進行していく。また、同時に全音音階の取り込みも
試みられるようになる。ラフマニノフ作品は初期作品から半音階的進行を多用
していたが、それが調性の曖昧化として意識的に用いられるようになったのは
1910年代前半である。その傾向は彼の歌曲において顕著である。
譜例は歌曲「嵐」の終末部分である。半音階下降による潮型の執拗な反復は
E音を保続音とする付加和音を伴って処理されるが、その背景となる減七和音
と経過的に現れる偶成和音とが織りなす音の世界はもはや伝統的な調性感に頼
らない曖昧な和声感覚を指向している。
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歌曲「移りゆく風」ではそのコーダの和音にスクリャビンを連想させるNや
Vの下方変位がC音上に付加和音として認められる。
鱗.
最後の歌曲集(作品38、1916)は、和声の近代化をいっそう押し進めた作品とい
えよう。.この6っの歌曲は原詩のシラブルを尊重するため変拍子が多く、その
半数は楽曲開始の拍子記号がなく、拍子はめまぐるしく変わる。この作品群に
おいて機能和声を逸脱した曖昧な調性感は中期の’ 宴tマニノフ作品と一線を画
するほどに異色である。歌曲「彼女に」はピアノパートのオスティナート音型
にのって旅律が歌い出されるがその音組織は長音階に基づいてはいない。
Canto
Piano
歌曲「ねずみとりの男」の開始部分では、平行5度、8度による機能感のな
い和音連結の響きがドビュッシーやラヴェルの作品を連想させる。
NQn ilie.gro ScAersande
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喩このようにラフマニノフの後期作品では、ある和音の上に別の和音が積み重
ねられていく付加和音に加え、増減音程を伴う変位和音やそれらを結ぶ偶成和
音なども増えていることが分かる。そのことは音構成をより複雑なものにする
だけでなく、従来の和声観による機能性を曖昧化し、伝統的な和音連結にとら
われない斬新な和声が可能となる。
伝統的な和声にとらわれない和音連結は、初期作品にからもすでにその繭芽
が認められる。第一交響曲の第一楽章経過句の和音連結は下のとおりである。
このような和音の「横滑り現象」は
うフマニノブのそれ以降の作品中に
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頻繁に現れるようになる。展開部の
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一
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されている。この作品の和声は当時(1895)としては前衛的なもQであり、ム
ソルグスキーの影響を感じさせる。それと関連して半音階的和声進行ではない
が、歌曲「ライラック」の旋律や歌曲「夢」のピアノ伴奏ではペンタトニック
が用いられている点も注目に価する。また、ラフマニノフの宗教作品の和声連
結は別の意味で機能和声によらない進行が目立っが、これはチャイコフスキー
やリムスキー=コルサコフ等の同名作品との著しい相違点である。
以上、述べてきたようにラフマニノフの音楽はいわゆる主要三和音に基づく
伝統的な和声様式が主流を占めているものの、それらから逸脱した試みもかな
り認められるのである。特にラフマニノフの後期の作品群は和声上のさまざま
な新しい試みが集積されており、作品個々の和声はかなり複雑化し、時として
様式上の一貫性を欠くほどである。それは折衷主義の批判を生み出す根拠とな
っている。
ラフマニノフの和声の特徴を整理すると、借用和音や特殊な変化和音に基づ
く旋律線の味付けに関係するもの、特定の和音連結(V→1、IV→1)に対す
る配慮、重厚な音群がもたらす音構造上での付加和音などが挙げられる。それ
らと並行して民族的、宗教的題材に基づく音組織による「和音の横滑り現象」
及び全音音階やペンタトニック、半音階的和声なども散見されるのである。
(84)
第3節 ラフマニノフ・スタイルに関する研究
本節ではラフマニノフ作品にみられるリズム上の特徴、主要提示に関わる予
告法、及び主題反復における変形について考察する。本論ではそれぞれの形態
的特徴について「ラフマニノプリズム」「ラフマニノフ予告」「ラフマニノフ
変形」と呼ぶものとする。
(1)「ラフマニノフ・リズム」について
ラフマニノフ作品に頻繁に見られる次のようなリズムパターンを「ラフマニ
ノラリズム」の原型として、それぞれ以下のようにAiA2A3と分類する。
A1
謔撃奄i. )A2」・♪1ユ’2A3月」二三J三三
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これらはいずれもリズム価の異なる同一リズムパターンと見なされる。具体
的な使用例を以下示す..
A1:第二協奏曲第一楽章第一主題
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A3:ピアノソナタ第一番第三楽章
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ラフマニノフ作品に多く見られるもう一つ特徴的なリズムパターンはつぎの
ようなものである。
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こめリズムは前述したリズムパターンA型から派生したもの考えることがで
きる。即ち強拍部を省略し、アウトタクトとして抽出したものがB型である。
B3はB2の拡大型と解釈する。
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以下実例を示す。
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B1:プレリュードト短調
Alla marcia.(J={os)
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丁丁。
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B2:組曲第二番第一楽章
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B2:プレリュードへ短調‘
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B3は分散和音として用いられることが多く、
アルベルティバス風である。
B3:交響曲第二番第二楽章
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B3:交響曲第三番第一楽章
(87>’
B3:交響的舞曲第一楽章
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〈 〉
ここでB2の特別な用途としマ「怒りの日」神のラッパを象徴する一型につ
」P
いて補説しておく。それはRガニー二の主題による狂詩曲」で有名な次のよう
な音型で、B2のリズムパターンに基づ、く。
B
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一r一一S
ぞ.∼∼∫3
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弄∼‘四
この音型は第.1、2,交響曲、交響詩「死の島」にも見られ、ラフマニノフの
死に対する意識が象徴されているといわれている。歌曲「夜の嘆き」ではピア
ノパートの分散和音の中にこの音型が出現する。
Canto.
Piane.
ジ
このように「ラフマニノプリズム」はA型とB型に大別できるが、実際には
一つのリズムパターンが反復されるだけの単純なリズム構成は少なく、さまざ
まなリズム素材が有機的に結合され処理されている。「ラフマニノプリズム」
はA型とB型との連携によって独特の躍動感を生み出していくのである。それ
はA型・B型が共通のリズムから派生したことを実証する。
才
」’J
.PJ
鋭一i乱→凋柵」一
例1ではA1がB〔へと変化していく過程が明瞭である。ここでは1の和音が
10小節に渡り延々と続く中で「ラフマニノプリズム」によるリズムの変容に依
存した曲の運びに注目したい。(次のぺニジ)
・,(88)
例1:音の絵 第6番
Allegre con fuoco
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歌曲「詩人」(例2)や「嵐」のピアノパート(例3)もA型B型の混合使用が
目立っ。
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このような露骨に「ラフマニノプリズム」を連続的に重ねていくダイナミッ
クな作品の他に、仔情的な曲においてさりげなくエコーのような効果で背景に
出るも場合もある。プレリュード ト短調の中間部ではリズムB1が重要なかく
し味となっており、この旋律的な楽句で主部のマーチの余韻を呼び起こす。
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次のようなリズムはBiB2の特殊な関連型とみてよい.
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この音型もラフマニノフの偏愛したものの一つで、シューベルトのく楽興の
時〉第2番との類似性がしばしば指摘されており、作品32の車楽の中だけでも
2番、10番 11番、13番などに繰り返し使われている。
また、次のような3拍子系のリズムもAlの同型として分類できる。
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以上見てきたように「ラフマニノプリズム」の存在は旋律や和声の色彩的変
化とは違う別の次元において、ラフマニノフの音楽を特徴づけるものである。
このようなリズムパターンが明瞭に前面に押し出される作品は行進曲調の堂々
とした力強い楽句が大半だが、 AIaL j やB37)T.」のように仔情的な
楽句に多く使用されるものもある。
「ラフマニノプリズム」は彼の作品を特徴づける大切な役割を担っており、
これらのリズムパターンが共通したリズムの変形だという事実は極めて本質的
な特徴である。それはラフマニノフの創作姿勢を探るうえで重大な意味を持っ
ていると筆者は考えている。
それに関しては最後の章で、本論全体を包括的に概観、整理しつつ改めて考
察することにする。
(90)
(2) ラフマニノフ予告
この現象は主題提示における特殊な形態であり、ラフマニノフ独特の予告法
としてここに取りあげたものである。
ピアノ協奏曲第3番では第一主題提示、確保の後、ピアノ主体の技巧的推移
部に入るが、そのとき管弦楽にObとClで2回・次のような町片的主題が出る・
.一一 ..一一. 〈Ob>...一一.一一一一一 一一一 一一一 一一一
IIIEtiililiifi:elfiElgs:El」s:lli¢〉.t..h... ,
これはその後に提示される第二主題群を構成する重要動機であるが、この時
点では瞬間に通り過ぎてしまうほど目立たない存在である。したがって、第二
主題が提示されたとき、スコアを事前に綿密に分析することなく一般の聴衆が
そのような関連性を見いだすことは至難の業といえよう。
このように後に重要な’役割を果たす動機や音型をさりげなく事前にか,〈し味
として配置するような特別な提示法を「ラフマニノフ予告」と定義する。
ピアノ協奏曲第2番でも第二主題提示の直前に推移部を占め括るクライマッ
クスが設定されているが、そこでは主題の冒頭と末尾の三型が二重に「ラフマ
ニノフ予告」される。
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この音型はその後拡大型で出たり、第三楽章では有名な第二主題に組み込ま
れたりするが、興味深い提示は第二楽章コーダでの「ラフマニノフ予告」であ
ろう。この主題が全楽章に循環する手法を示すもので、第三楽章での循環の可
能性を予告するものと考えられる。
第3協奏曲第二楽章の序奏部では例外的な「ラフマニノフ予告」が行われて
いる。それはObで主題が提示される直前にわずか一小節の導入部が置かれるこ
とにより主題動機の先入を果たしているものである。この場合は導入部と主題
開始とが連続性を持ち、この導入部は主題本体に吸収されてしまう。
ラ落
(91)
第4協奏曲の第一楽章ではホルンによる次の音聾が「ラフマニノフ予告」と
して第二主題の前に出る。
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同第二織後にテ、ンパニーに。音で「運命麟」カ!でる∴れは第三
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楽章主題の冒頭リズムの「ラフマニノフ予告」である。
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覧
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回繋
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この9度の跳躍音程は第一楽章の次のような動機が素材となっている。
この作品も主題の循環手法によっているが第三楽章の主題は前出楽章におい
て二重に「ラフマニノフ予告」がなされていたわけである。
i
l
「パガニー二の主題による狂詩曲」では序奏に続いて先に第一変奏が置かれ
た後、主題が提示されるユニークな導入過程で知られている。
その内容を調べてみると、第一変奏は主題の和声の骨格をリズム伴奏の形で
「ラフマニノフ予告」していると解釈される。その後主題部においてピアノパ
ートがその伴奏型を引き継ぐことからみても第一変奏は主題そのものの変奏に
入るための準備楽句とみなしてよい.つまり、序奏は主題音型の、第一変奏は
(92 )
伴奏音型のための大きな導入部と考えられる。’
このような「ラフマニノフ予告」はラフマニノフの交響曲や協奏曲のような
大規模なソナタ楽曲に見られることから、循環手法の一形態とみなすことが妥
当であろう。筆者がここで特に注目したのは次のような理由からである。
*「ラフマニノフ予告」は主題素材の先入という楽曲構成上の工夫と密接に
r,.
結び付いている。
r.
*「ラフマニノフ予告」の特徴はそれが目立たないようなさまざまな仕掛け
がしてある。つまり、このような主題先入法はラフマニノフの主題労作の
一形態と捉えてよい。これについては第4節で言及する。
*「ラフマニノブ予告」は伴奏部に充填声部、リズム提示、対旋律などで現
れる場合と、旋律として経過的に瞬間的、刹那的に現れる場合があるが
いずれも1∼2回程度の短時間内の提示という特徴を持っている。
このような「ラフマニノフ予告」はいかなる演奏効果をもたらすのであろう
か。第一に、重要動機の反復があまりにくどくなりすぎると予想されるとき、
その提示前にかくし味として先入させることによって実質的な提示を最小限に
済ませることができるという利点であろう。第二に提示の先入効果はあくまで
聴衆側の無意識、不確定な要素に依存する結果となり、その印象は漠然とした
イメージの中に閉じ込められ潜在意識化されやすいということである.第三に
このような予告法は主題提示の前に半終止やゲネラルパウゼを置くような区切
りを排除し、連続的な提示が可能となる。ときには曖昧な推移のただ中でも主
題提示が可能となる。
「ラフマニノフ予告」は楽譜を分析することによって、あるいは何度か注意
深く音楽を聞くことによって初めてその存在に気付くような仕掛けである。そ
れは一端慣れてくると、逆にその仕掛けが後続する主題提示を聞き手に予感さ
せるという奇妙な予告効果が成立するようになる。
ラフマニノフの音楽運びが主観的、:主情的な進行に頼りがちであるという指
摘はかなり長いこと定着している。しかし、このような「ラフマニノフ予告」
はあたかもそれに異義を唱える作曲者の巧妙な心理トリックのように筆者には
思えるのである。ラフマニノフの音楽は耳に快く響くその裏側に、何か仕掛け
がしてあるという計画性や意外性を示す一例として取り上げたものである。
“ (93)
(3) ラフマニノフ変化
ラフマニノフ作品における主要旋律はその反復、再帰の度に少しずつ変化し
て再現されることが多い。これは純粋に作曲技法上の効果であり、主題再現に
おける比較的高度な常套手段といえる。具体的には、主題そのものの変奏であ
ったり、その背後の伴奏型の変化であったり、和声の変化であったり、対位法
的な模倣や応答処理であったりするものである。それについての詳細は第4節
にゆずるが、ここではそれに先だって、主題の意図的な変奏以前の「微妙な変
化癖」について特に触れておかねばならない。
ピアノ協奏曲第3番の第一楽章第一主題の相違点をまず示してみよう’eaは
ピアノパートの主題提示、bはビオラとホルンによる主題確保である。
>d,貞.
『漁
b・繰綿葺ヨ
このような主題のごく一部分の音のみが明確な根拠もなく突然変化する現象
を「ラフマニノフ変化」と定義する。これは文字通りラフマニノフ特有の旋律
変化であると筆者は考えている。
同様な現象は交響曲第2番第三楽章の主題にも出現する。aは前半のクラリ
ネットによる提示、bはヴァイオリンによる後半の主題再帰である。
讐
この両旋律:群は息の長いフレーズとクライマックス形成を見せる典型的なラ
フマニノフぶしである。前後者共に23小節間、上に示した1音以外は旋律線、
リズム、和声からテンポに至るまで完全に一致している。つまり、ここは鏡に
写したような同形であるべき反復楽節である.このわずか1音の微妙な違い一
「ラフマニノフ変化」は単なる気紛れや記譜上のミス、それともパロディーと
してのブラックユーモアなのであろうか。
交響曲第3番(Dスケルツォ楽章では主題の冒頭部分にいきなり「ラフマニノ
フ変化」が見られる。前楽節aと後楽節bとの相違は、C−AsからDes−Bへの
CgU)
2・音の変更以外全く同型であることはいうまでもない。
この部分の和声は共にf−mollの1度であるから、aにくらべるとbは明ら
かに和声からはみだした異質な動きに見える。初めて聞いた場合、演奏や記譜
上のミスと捉えられかねないほど聴衆に与えるインパクトは大きい。
以下、対位法的展開が行われるが、その主題はすべてaの仏恩に基づいてお
り、bは二度と現われない。そのことがますます不可解を招き、いっそうbの
異質性を強めるのである。
ピアノ協奏曲第二番にも「ラフマニノフ変化」が見いだされる。まず、矢代
の指摘した展開部のリズム主題の事例を挙げる。その基本型は次のような音型
が執拗に何度も繰り返されるものである。
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しかし、190小節目のピアノパートに限って、
aのように音程間隔が1音低く
変更されるのである。 本来ならbのような音型であるべきはずである。
L
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難
亀
この現象について矢代は「楽式上の問題」として疑義を挟んでいるが、その
前後の推移からも和声的な音組織上からも特に変更すべき明確な根拠は見当ら
ないのである。
’
終楽章の有名な第二主題でも「ラフマニノフ変化」が顔を出す。この旋律で
は138小節目の頭の和音aと341小節目の頭の和音bに相違が認められ、注意
深く見るとオクターブの旋律線が微妙に変更されている。旋律線はそれぞれ下
のように違って聞こえてくるはずである。(次のページ)
(9S)
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このような「ラフマニノブ変化」が引き起こす理解不能な突然の変化はどの
ような意味をもっているのだろうか。これはラフマニノフ個人の気紛れや楽譜
上のミスでは決してありえないのである。
ラフマニノフが楽譜の細部まで綿密に検討して創作や演奏に関わっていたこ
とは生前から多くの関係者が証言している。ラフマニノフは自作の出版に際し
て自ら校正を執拗に行っているし、改訂版作成にも極めて慎重であった。
しかも、作曲者は自ら指揮、ピアノを演奏しつつ、何度も自作を再検討して
きたはずである。自分の書いたスコアは当然隅々まで記憶されていたし、演奏
を通して生の音で直接耳で確かめることができたわけである。
そのような事情からすると、この現象は作曲者の思い付きや気紛れで安易に
楽譜に生じたものとは到底考えられないのである。筆者はかなり意識的な変更
であろうと推測している。「ラフマニノフ変化」の内容を整理すると次のよう
な様相が浮かび上がってくる。
*「ラフマニノフ変化」は局所的な1音または』2音の単純な変更である。
*「ラフマニノフ変化」は予想を越えた不自然さや意外性を生じさせる。
*「ラフマニノフ変化」は一期一会が原則である。何度か反復されたり、変
化が続くことはない。それなら一般的な変奏(変容)で問題はない。
*「ラフマニノフ変化」は全体的な構想や曲想には何ら影響を与えない。
*「ラフマニノフ変化」の多くは理論的な説明が困難であり、感覚的な次元
での旋律変化とみなされる。
「ラフマニノフ変化」の意図を探る一つのカギは、主題や動機素材の反復場
面で変化を求めようとした姿勢がラフマニノフの多くの作品に見いだされると
いう事実である。本論でしばしば言及したようにラフマニノフは主題の単純な
反復を嫌って極力避けていた形跡がある。
歌曲「小島」では次のような「ラフマニノフ変化」が起こるが、声楽パート
(96>
だけでなく・ピアノ伴奏の和音にも同様な変化が生じているため、この変化が
和声に起因するものであることが判明する。
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交響曲第3番第一楽章の第一主題後半で妹旋律線がA−Asの「ラフマニノフ
変化」を見せるが、これは再現部においても完全に反復されるという意味で例
外といえる.つまり、始めからこの1音変化を前後楽節セットにして旋律自体
が構想されていたものと考えられる。
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カンタLタ「春」の合唱開始でも典型的な「ラフマニノフ変化」を持つ.春
を告げる示導動機は曲の冒頭に低弦に現れる音型aである。
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a
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合唱パートに現れる音型は、その最初のものだけH−Cであるbであり、そ
の後の3っは原型aである。それ以降、音型bはただ一度の例外を除き、すべ
て音型aで処理される。
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(97)
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・この「春」の事例では、旋律線自.体の動きは統一性に欠け、不可解な音型と
して混乱を招く虞れは避けられないものだが、そのようにせざるをえなかった
作曲者の事情は割合容易に説明できるのである。それは旋律がその背後の和声
に左右されてその構成音が限定されたためと考えられる。
合唱の開始はラフマ4ノフの好んだIV→1進行をとっており、最初の音型b
はNの和音上に「ラフマニノプリズムB3型」で提示される。この状況設定が
「ラフマニノフ変化」を生じさせた原因なのである。この例は「ラフマニノフ
変化」の根拠が説明可能な稀な例であって、多くの「ラフマニノフ変化」を考
えるための一つのヒントとなりうるものではある。
「ラフマニノフ変化」も「ラフマニノフ予告」と同様、表面的、感覚的な聴
取の範囲では見落とし.てしまうような性質のものである。それはラフマニノフ
の音楽を相当複雑な要素の集合体にするのには十分すぎる仕掛けといえよう。
わずか一音の相違にこだわること自体、音楽’全体の広い視野から見れば些細な
ものであるかもしれない。しかし、ラフマニノフの音楽のそのような側面は本
来、全く無視されてきたか非本質的な問題として不当に退けられてきたのでは
なカ)つたか。
これまで述べた事例の大部分は依然として説明困難なものであり、筆者が若
干解明を試みた内容も、ラフマニノフの意図を類推したものにすぎない。「ラ
フマニノフ変化」は彼の作品にまつわる「かくし味」の一つとして軽くあしら
うこともできる..が・以後第4節で詳述するラフマニノフの精巧窮まりない主題
展開過程を考慮に入れるならば、それはあまりに安直な評価であるといわざる
をえない。
!
筆者はラフマニノフの書いた楽譜の隅々までい・っそう厳密に最検討する必要
性を強く感じるのであ.る。ベートーヴェンやブラームスの作品ならば当然その
ような細部まで十分洗い出されて解明されるはずである。ラフマニノフ作品の
分析もそれらと同レベルまで徹底的に解析されねばならない。この後に続く第
4節はその布石となるべき試みである。
(SE)
主題展開法について
’ 第4節
ラフマニノフの主題展開法を調べていくうえで、筆者は次のような3っの立
場から分析を試みた。第一にその方法は具体的にどのような作曲技法に基づい
ているか明らかにすることである.その内容は主題の動機レベルでの分解や結
合であったり、和声面での創意工夫であったり、対位法の積極的な導入であっ
たり、音響や音色面での変化であったりと実に多様である。第二にそのような
方法がどのような手順で配列、構成されているのかという展開楽句全体あるい
は全曲とのバランスについて検討することが必要となる。特起ソ.ナタ楽曲では
展開部と提示部再現部とのバランス感覚は重要である。第三にそのような主題
展開法が音楽表現に対してどのような効果を及ぼすのか考察することも大切で
ある。その過程はクライマックス表現の設定やそれに関わる漸増、減衰表現と
いう様相で現れる。どのような技法も音楽全体の流れに沿ってプログラムされ
ることによって初めて適切な演奏効果として作用するはずである。
本節ではいくつかの代表的作品をアナリーゼすることを通して、前述した3
点について考察を進めていくことにする。
(1) ピアノ協奏曲第2番第一楽章の展開部
ラフマニノフ作品の展開部がいかに巧妙精緻でどの音も有機的関連性を保ち
っっ展開されているか立証する優れた実例としてここに取り上げた。
展開部は大きく5つ部分に分かれ、第一主題動機a、第二主題動機b、副次
主題。の3つの主題材料がそれぞれ複雑に絡み合いながら展開される。まず、
動機素材ahを下に示す。
第一主題動機a
第二主題動機b
iffifiii:ifii
iagiEiiiE#i
L一■一__rc・PtTntteT’一’int−ke“−1’
副次主題。とは第一主題後半部から派生したっぎのようなもので、前の動機
xはリズム主題として、後の動機yは4度上行音として分解されて用いられる
ものである。
副次主題・
動機x
pt
X
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Z無妻毒i彗病垂圭垂
γ
動機
y
,E99>
’多くの文献ではリズム主題が展開部で初めて出現すると書かれており、動機
x、yが副次主題。から派生していることを見落としている。しかも、動機x
は次のような個所において断片的に「ラフマニノフ予告」されている.
61一’62小節
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151∼153ノ]、食有
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この動機は第二主題中にも組み込まれている。
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iEiEiEi1iEngaj#iEkliiglilli
リズム動機xは、再現部(313−352)において第二主題とともに重要な役割を
果たす・展開部の動機素材が再現部で再活用される一例である・
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特にピアノパート(339∼342)と弦楽(347∼350)のバス音に余韻的に向想される
点は見落と,Uがちであろう。
以下、詳しく展開手法を調べてみたい。 (数字は小節数)
<第1部(161’一176);Moto precedente J;72>
第1部は提示部と第2部以降の本格的な展開楽句とをつなぐ管弦楽のみによ
る接続風楽句といえる。提示部の終わりで第一主題動機aの拡大型がホルンに
出るため、それが再びW度上の二七で現れたとき、展開部開始を印象づける場
面転換的要素には乏しい.ここでは副次主題gによ.る動機xと動機yがCb、Ob、
(/oo)
Fl・で第一主題の背後でまとわりつくように現れる方がより重要である。
嘩華婁三三毒華…ミ
iEiffEfiiSeeilii
一デ
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〈第2部(177.192)Piuvi。。 a.76>
〆
177・一180にかけてPfパートは動機x、動機yとその反行型y1逆行型y2など
が組み込まれており、すべての巨群はそれぞれ展開的要素を持っている。
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弦楽パートには第一主題動機aが出るが、この開始部分の2度進行によるシ
ンコペーション型a1は後にクライマックス形成のための大切な役割を演じる
ことになる. .」ぬA「浩
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さらに、Flには動機y、Hrには第一主題動機aの短縮型a2が加わる。181
からはそのシンコペーション型が拡大された動機a3が内声部に現れる。
Fl 動機y
Hr 短縮型a2
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動機a3
Vも竃/(
嘩…弊
へ
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)
、
以上が前後楽節関係により9−moll、 c−moll上で反復される。
〈第3部(,193∼208)PiuvivoJ=80>
Pf及びF1.Ob.Hrに次のような反復音型が現れるが、これは動機xの変形であ
り、それ自体は第二楽章主題のための「ラフマニノフ予告」でもある。
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低音部には短縮型a2が繰り返し現れる。これは後半リズム分割される。
xtee 1211EillllllllEIIIIIIIIIRIIIIIEIIIIIIEsll
この部分は第2部と同様、es−moll、cis−mol 1、で反復される。Pfの分散和
音はより細かくなるが常に高音域に固定されているため漸増表現の要素は乏し
く、次の第4部への準備三旬としての性格が強い。
〈第4部(209∼224)poco a poco acce1.〉
ここから第二主題動機bがVa、C1に現れ、副次主題。がFL、Obに現れる。また
Pfには第一主題動機aから派生したシンコペーション動機a3がその華麗な分
散和音の中に旋律線として組り込まれる。(このPfパートは第二主題群の単な
る伴奏役でないことに注意)
後半はPfに副次主題6、Vn群に第二主題動機bがうつり、音楽は次第に高潮
していく。第3部に比べ、より動的ではっきりとした漸増表現が認められる。
ここで初めて現れる・Hrの3連符伴奏リズム∼」)JJiは次のクライマックスを
Lm−t
3
3L.r−
形成するための原動力となるものであるが、ここではまだ背後に控えている。
<第5部(225−245)Alleg。。」・96>
弦楽器群による雄大な旋律線は、第二主題動機b、第一主題動機a、副次主
題。による動機xの順でそれぞれの動機素材が接合されたものである。
×
29一一 rta−a一一一pt−1
舎†
一
吟
、
う
ム
復
3連符による伴奏リズムiJiJ21は全面に押し出されティンパニにより補強
.3」 t.3j
され、クライマックスが近付いてきたことを暗示する。
(ノゆ2)
・その後、Tpが動機xによる音型をファンファーレ風に積み重ね、この楽章中
最大規模のクライマックスを形成する。
ze[issii#
’rr H r 一iTe
この部分の和声は前半》日直7などの1試用和音を経て・へ進み、後半はVlや
艦》
Vlから12→V7→1と進む周到に用意されたドミナント進行によってそのまま
再現部に接続する。再現部では第一主題が行進曲調で勇壮に再帰するが、動機
xがPfに継続され、展開部との関連性が際立1っている。即ち、展開部と再現部
とは動機xによって連続性を維持しているわけである。
〆
MaestOSO(AIla marcia)
8.
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一
●
,
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二
マΨ ノ
ノ
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o
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一
一
6ト●
∬・
車
卓
孕
き
き
孝
以上詳しく分析してきたように、第一楽章の展開部は3つの主題素材力働機
的レベルまで細分化され、それは反転、逆行、リズムの拡大縮小にまで及ぶ精
緻な展開手法さえ見せている。各素材はPfが入る第2部で最も複雑化、細分化
されているが、その後少しずつ整理され、動機xが次第に優勢となり、結局、
再現部前半まで持ち込まれる.つまり、展開部では動機xが動機a.b以上に
重要な動機的素材として扱われ、動機xの漸次的成長過程がクライマックス形
成に大きく貢献していることが分かる。
展開部全体の音楽運びは、第5部の頂点に向かって遠大な漸増表現を指向し
ている。それは単純に一直線ではなく、第1部や第3部では力を貯えっっ段階
的に形成される。楽器法も前半は弦楽器群を軸に木管群や独奏ピアノが動機素
材を担当するが、後半にな一ると次第に楽器の数と音量を増していき、頂点でよ
うやくTutti.となる。特に金管群は最後の第5部に至って初めて主要動機を受
け持つ。これは非常に論理的に構築されたクライマックス形成法といえる。
また、展開部の各楽句は転調や変化を伴って必ず反復され、頂点第昌部では
そのまま原型で反復される。このような反復を交えた「前後楽節関係」も展開
〈i・の
部の漸増表現を的確に印象付ける効果を狙ったものと考えられる。しかも、そ
の間のフレーズ構成は常に4小節単位で進行するという特徴を持っている。
音楽表現上、展開部と再現部はセットになって大規模な漸増減衰表現をつく
りだしており、減衰表現は再現部の独奏ピアノのモノローグ的楽句(296)まで
続く。この息の長い表現法はラフマニノフの旋律形態の項ですでに触れたが、
音楽運びの上でも全く同様で極めて特徴的である。そのため、従来この点のみ
クローズアップされ、展開部のもう一つの技法である動機的処理及びその相互
関連性が軽視されてきたのではなかろうか。
このような動機処理法はべ一トヴェンやブラームスさえ思わせるほど非常に
厳密なもので、地味ではあるがラフマニノフの音楽の裏に隠されている知的操
作を立証するものである。華麗なピアニズム、各楽器によう色彩感、和声によ
る緊張感等を背後で支えているこの展開技法は、かなり複雑な要素を持ち、そ
の大半は綿密な楽曲分析によって初めて明かになる類のものである。その展開
過程はラフマニノフ個人のヨーロッパ流の保守的、伝統的な音楽観と深く結び
付いていることは明らかであろう。
また、チャイコフスキーの協奏曲作品の展開法と比較すると、それは格段に
進んだ展開法であり、特に動機処理面における管弦楽とピアノの連携性、融合
性においては特筆すべき展開例として評価されるべきであろう。
(2)第二協奏曲に用いられた循環手法
この作品では第一楽章第一主題冒頭に見られる2度の反復音型が全曲を有機
的に統一するための核となっている。具体的にその個所を以下示してみよう。
第一楽章では次のような個所に現れる。(展開部を除く)
Pfの71’・75小節及び最終和音
153∼158のPfの音型
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145∼159の金管群
347∼350のHr
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353からのPf音型
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き
一
361からのVc及び弦楽パート
(遷蛙…珪垂≦i垂垂
第二楽章では主題旋律の末尾に出る。
・・a;1・m・・〃く一一デ=こ\」二減じ≡=ミ:レー_
s
一==
=m一一酔
一■r曜く
=:==自騨崩一
中間部ではPfの細かいフィギュレーションに組み込まれる。また、55からの
管弦楽部にお樋はrfの醜で2竪琴が奉幣下調されるe,一
コーダにおける弦の次の旋律群では主題末尾とも関連している。
gei;;1#SiiEiiii
第3無の主題は矢代の指摘どおり第_楽聯_主題と関連が深い.その理
由は核となる2度の反復三型を含むからである。(両者の音程関係は反行型)
v.=:一一r一:一“
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その直後のパッセージにも注目したい。
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一
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一
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ノ
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一
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第二主題後に現れる経過句は実に興味深い。ピアノによる3連符の音は主題
の短縮型であり、その背後で拡大された2度音型が保続音上に伴奏リズムとし
(!os)
て出る。
この接続風な経過句にまでこれほど有機的な処理が施されている.
fMeno mOS
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展開部ではこの音型が断片化され、その後見事なフガートが続く。
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8陰 。.●”’
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7均,壽. 官
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痂.
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9
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368小節目での終結部導入ではこの2度音型がFgにさりげなく出る典型的
な「ラフマニノフ予告」で開始される。
.パ
968All・9…c・・一d・・M…,ri…川・…讐一
…
{
鯉,..繭”一r一_de
L;:“) V
岬青 7_E
i_尋_
ビァノのカデンツァを誘導する序奏では第一楽章からの再帰がある。
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431小套秘aestoso以降のPfによる和音にも主題音型が活用されている。
MaestOSo 〈d : 60)
一一A
.’
一A
一(
オ.聡・獄
●し’h£・A
(!・の
●この作品では別の主題材料も循環している。
第一楽章で重要な役割を演じた動機xは終楽章の14小節や展開部後半の金管
群274’一5に循環し、第二主題提示の弦による伴奏音型にも現れる。
14 n” ... 274一・5
一
盟.ゴ。
∫櫨 .
第一楽章第一主題も循環する。
第二楽章終結部
、o』Ptptのv予3寸斗
第三楽章第二主題
117
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一
このような主題の循環手法は全曲の有機的統一性に大きく寄与している。そ
れはうフマニノ,フ独特な構成観に基づいており、全体的な音楽構成と密接に関
わって作用する。しかも、循環する場面は主題提示や展開部などの楽章の要所
だけでなく、,経過的な楽句や接続句において内声部や充填和声に目立たぬよう
に配置されることも少なくない。そのため、余程注意深く調べないとその「か
くし味」的存在に気付かない場合もあるだろう。したがって、すでに前節で述
べた「ラフマニンフ予告」は主題の循環性に基づく特殊な形態と考えられるの
である。
’
このように、循環法に依存してある特定の素材を反復し、変形しつつ再利用
していく姿勢はラフマニノフの創作姿勢を吟味していく上で極めて重大な意味
を持つものである.それは、次々と新たな素材を繰り出して多彩な表現を生み
出していく展開法とは本質的に異なるものだからである。
〈/07)
(3) プレリュード ニ短調 (作品23第3)
この作品では、動機の展開において、主題の拡大・縮小型が対位法的手法に
より巧みに用いられているのが特徴である。
曲全体は長いコーダを持つ明瞭な三部形式で、構成は以下の通りである。
第一部 1∼16 主題提示
第二部 16∼44 中間部(展開)
※数字は小節数
第三部 45∼54 主題再帰
’1
第四部門55∼77 コーダ
この主題はTempo di minuettoと記される次のようなもので音型Xと音聖Y
が中心となり、その中にそれぞれと動機XIX2と動機yを内包している。
メ,
》く2
動機x1
動機x,
iSSiEigiiiESEfiii]
L...一..一一’ン
動機y華蓮撫
5小節目でそれらは直ちに次のような音程Xによる対位法的処理が行われる。
薩
L−in一一一一“ L一一一一一一」 一 一
このようにいき.なり曲の開始から動機素材を惜しみなく活用するのがラフマニ
ノフ流である。第一部は8+8の典型的な前後楽節であり、反復される。
第二部は、」動機x1に基づく遠大なクライマックス表現を指向している。17
∼24では動機x1が決然とした和音を伴って出現し、直後の曲線的な旋律音型
と対比的に扱われる。その上声部にラフマニノフ特有の対旋律が重なる。
25からややテンポを速め、いよいよこの曲の山場であるクライマックス形成
段階に入る。この部分は動機x、の縮小型の執拗な反復が核となっている。そ
(/e8>
の様相は、長い属七和音上に動機X1がP→cresce→fを二度繰り返し徐々に
力を貯めっつ頂点に向かう。その頂点部でも動機x1と動機Yがやはりゼクエ
ンツ進行によって処理されているが、ヘミオラによって動機x置は立体的に絡
み合う。
{塵
y
第3部では主題の反復に際して47小節目で和声が変更されており、主題復帰
が提示部の平凡な反復にとどまっていない.この楽句は合計3度現れるが、そ
の都度、異なった和声が付けられている。和声の緊張度や和音自体の共鳴度は
それぞれ微妙に異なっており、特に3回目はVでなく、W(F−durのV)に落
ち着くため、2小節の付加楽節が必要となる。
1回目(5小節) 2回目(11’櫛) ._....._ 3回目(47’櫛)
.;・ 一’ 一一 一r’”一L.A・ ’・
ノ. ’●
筐
ご l I・ 一一一/hm−1.…一:∴r一一
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:lslll T’一一L一=,一一L, ・・一iy’L:・’3i”一””:>P’;’;’1
皿
55からのコーダでは動機x1によるカノン風な処理が続く。左手の模倣声部は
動機x1⑱縮小摯だがその冒頭に動機yが組み込まれている。また、バスD音
によるオルゲルプンクトの開始音にはリズム動機x2が余韻として現れる。
xt
この楽句は律動的な主題に対して静的で流れるような情緒を際立たせる。その
処理は既出の動機的素材が対位法的に巧みに融合されている。それは63以後の
も
うフマニノプリズムを伴った和声的な楽句(譜例a)との対比効果も見せてい
る。最後は動機xtの拡大型とラフマニノプリズムによって深い意味を持たせ
〈io9>
ている。
(言普t列b)
旧例a
譜例b
. 。 . ● . ・ 。 。
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一一・●
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この作品に見られる展開素材には動機x、が中心的役割を果たしている。そ
れは第一部の主題提示から細かく分割処理され旋律中に組み込まれる。凡庸な
作曲家なら、このような技法は中間部の展開までとっておいたであろう。主題
は簡明な提示が理想的であって旋律線も少ないに越したことはない。ところが
ラフマニノフはそういう古典的な構成的論理には一向にこだわらない。彼の求
める展開的要素とはあくまでストレートな感情表現の起伏であり、音楽的なク
ライマックスの設定に全力を注ぎ込む。そのため、中間部ではぜクエンツ進行
が多用され、動機x旦がリズム処理されっっ執拗に反復される。 これはクライ
マックス形成のための作曲技法上の常套手段である。
ラフマニノフの楽曲構成に対する考え方が、この中間部の設定によく現れて
いる。一般的に中間部では、主題と対照的な性格を持つ楽句を対比的に登場さ
せたり、転調や和声変化を連続させたりして、流動的な展開を行い、主題復帰
の期待感を高める準備が必要である。ところが、ラフマニノフの中間部は曲中
最大のクライマックスが用意されており、それを挟む外枠として主題提示と再
帰が存在していうにすぎない.したがって主部と中間部とは明確なコントラス
トをもたず、動機的素材も共通しており、調性も原則的には変わらない。クラ
イマックスを形成する原動力となるのは動機x1による執拗なゼクエンツ進行
である。その後の主題復帰からコーダにかけては、もはやその余韻が延々と続
くだけである。このような三部形式の構成法はソナタ形式の発想が基になって
おり、動機Xによる有機的統一感がこの作品を価値の高いものにしている。
(4) 複線的旋律提示について
ラフマニノフは複数の旋律を同時に重ねていく立体的なテクスチュアを主要
主題の提示や確保に好んで用いた。
〈前奏曲ト短調〉の中間部では、後半、主旋律に対して内声部に対旋律が模
v/o)
倣的に組み込まれる。その間隙を縫うようにラフマニノプリズムによるマーチ
主部の余韻まで補填リズム的に加わる。この部分は無声体となっている。
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〈チェロソナタ〉終楽章ではVcによる第二主題の上にPfが第一主題を巧妙に
重ねていく。この両主題は対照的な性格を持つだけに、それらの重なり合う音
の綾は新鮮な響きを生むのである。
〈第ニピアノソナタ〉第一楽章の展開部では第一主題から派生した下行音型
が五解体でストレットにより次々に重なり合う。下の楽譜にa且∼a,までの入
る)1頂を示す。左手上声部a5はヘミオラにより他声部との音価のずれが複雑な
音響交錯を生む。(この処理は原典版に限られる)
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〈シプシー奇想曲〉でも、後半に既出の3っの主題が同時に重ねられる対位
法の極致ともいうべき楽句が出現する。ワーグナーの<「ニュルンベルグのマ
イスタージンガー」前奏曲〉をどこか連想させるこの手法は、Tutti.でなく、
木管群と分割された弦楽器群によるいかにもラフマニノフらしい繊細な音色で
処理される。そのスコアの一部を下に示す。Vnllが第一主題、Flが第二主題の
短縮型、Clが第3主題の断片、VaIは序奏動機、VaIIはその対旋律、VcIは第
二主題のためのバス旋律という六声部がHrとVcllによる伴奏を背景に同時進行
する点は、丁丁そのものが単純であるとはいえ、ワーグナー以上であろう。
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ラフマニノフの大規模なソナタ楽曲では、その展開部がフガーートで始められ
るものがいくつかある。第二協奏曲終楽章では展開部(この楽章はロンドソナ
タ形式と見られる)の後半に珍しい管弦楽とピアノによるフガートが現れる。
Vnlによる第一主題に基づく先行楽節(Dux)に対して、2小節遅れてPfによ
る応答楽節(Comes)が型どおり属調で真正応答する。
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この先行、応答両主題は動機x 』を含み、連続した旋律線と考えられる。
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主題は222∼242.まで[Va]→[Vc、Cb]→[Hr]→[Vc、Cb]→[Vn l II]と
めまぐるしくその楽器を替える。(数字は小節数)
(//2>
「233からのピアノパートには左手に主題動機x、右手に派生動機yを持つこ
とに注意したい。主題動機xはVc、Cb、派生動機yはFgでそれぞれ重ねられる。
縫
派生動機yとは展開部始めの第一主題の変奏の際、弦楽器に出る次のような特
徴的な伴奏二型から派生している
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一一ナポー動
この派生動機yはフガートの先行楽節の末尾にラフマニノフ予告されている。
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派生動機yは223からC1とFgで背景から聞こえる。
l1511!lllllitl:lllllillllEllllllllli:illlilllllllllllllEllllll1111illll:1,=.一一.,.., 1〈u..Fe),一L一一.一一,..,
239∼240のピアノの三型にも主題動機xが隠れている。
メ.
243からは対位法的展開でなくソナタ風の動機的展開部となる。木管群の主題
動機xの反復とVc、Cbによる主題動機豪とがそれぞれ断片的に見え隠れする。
主題動蜘
..一 E・
主題轍x)
華≒増勢舞ヨ毒嘩薄野毒
そこでのピアノのフィギュレーションは主題動機xが核になっている。
(z/3?
252から再び対位法的展開が始まる。主題は[Fg、Vc、Cb]→[Pf]→[Tp]の
順で反復されるが、PfとTpとはストレットである。
.叶
te
ラフマニノフの展開は例によって極めて巧妙で、見かけ以上に複雑な要素が
埋め込まれている。その動機的処理は旋律:線の背後にある、充填声部や装飾音
型にまで及んでいる。
このような対位法による展開場面においても、ラフマニノフはその技巧的な
誇示にひたすら走るのでなく、あくまで音楽の表現内容に即した冷静な処理を
求めている。それは後半のクライマックスへ向かうにあたって、何度か力を貯
えて段階的に漸増表現を繰り返していく表現法から推察される。
この作品の他にも、第一交響曲第一楽章:、第三交響曲終楽章の各展開部は厳
格なフガートで始まる実例といえる。それらは楽曲の展開が、従来の動機的な
分解、結合やその発展処理に依存するだけでなく、対位法による線的操作も積
極的に導入しようとした形跡が判然と認められるものである。特に第三交響曲
における例では、動機処理的展開と対位法的展開とが交互に進行し、両者が次
第に接近し結合される全く新しい展開理念を追求している。また、第二交響曲
や第三交響曲のスケルツォ楽章でもその中間部での手の込んだ対位法的処理が
目立っている。
ラフマニノフの優れた対位法技術は、いかにもロマン派らしく、旋律線の充
填声部や動機的処理の一手法として楽曲の中に効果的に活用されている。それ
は彼の音楽の重厚で複線的な響きを形成する特徴的な要素となっている。
(/14)
第5節 管弦楽法についての考察
(1)概説、
ラフマニノブの管弦楽作品は、オペラ、合唱曲、5つの協奏的作品まで含め
ると膨大な量にのぼり、全作品中、極めて重要な存在である。それらは習作や
未完のものまで加えるとく管弦楽のためのスケルツォ(1887)〉から最終作品に
当るく交響的舞曲(1940)〉まで全23作品に及ぶ。各作品は概ね次のように分類
できる。
a純粋な管弦楽作品 9
b協奏的作品 5
交響曲(1∼3番)、交響詩3曲、その他
ピアノ協奏曲(1∼4番)、パカニー二狂詩曲
。オペラ 4 「アレコ」「けちな騎士」「フランチェスカ・ダ・リミニ」他
d合唱作品 3 「春」「鐘」 「3つのロシアの歌」
e編曲作品 2 「弦楽四重奏曲からAndante,Scherzo」「ヴォカリーズ」
注)aには未完の交響曲二短調(俗にユースシンフォニーと呼ばれる)を
cには未完のオペラ「モンナ・ヴァンナ」をそれぞれ含む。なお、弦
楽四重奏からの編曲は弦楽合奏用であるがここ.に入れた。
ラフマニノフが生きた19世紀末から20世紀始めにかけての管弦楽の発達
史はそのまま激動の作曲界の変遷史でもある。要約すれば新たな音楽語法の探
求という作曲家側の姿勢が大規模な管弦楽を要求し、新しい楽器を開発させ、
斬新な特殊奏法の発見を促したともいえる。ヨーロッパ音楽界でワーグナー、
マーラー、R.シュトラウス、ドビュッシー、ラヴェル等の諸作品が注目され
っ・っあった時代、ロシアではチャイコフスキーや「5人組」とその後継者たち
がロシアの民族主義に根差した管弦楽作品を量産していた。彼らはヨーロッパ
の伝統様式に依存しつつも、一方ではその呪縛から逃れ、独自なロシア国民音
楽を確立すべき音楽語法を真剣に模索していたのである。それは帝政ロシア末
期の不安定な世相を反映しつつ、危機感の漂う貴族社会によって培われた燗熟
たる最後の文化遺産として十分な意味を持っていたのである。
19世紀末、ラフマニノフと同世代のスクリャビン、カリンニコフ、イッポ
リトフ=イワーノフ、グラズノフ、グリエール、グレチャニノフ等の作曲家も
交響曲や交響詩を多数残している。また、この世代を導き、多くの影響を与え
〈il 15 〉
たアレンスキー、リムスキー=コルサコフ、タネーエフらも依然として健在だ
った。さらに、ラフマニノフたちの次の時代を惧うべき若きプロコフィエフや
ストラヴィンスキーらは、1910年代になると革新的手法による大規模な管弦楽
作品を発表し始めた。そのような歴史的転換期のなかでロシアの管弦楽作品は
急速かっ独自の発展を遂げていったのである。
ラフマニノフの管弦楽作品は、このような時代的背景に翻弄されっっも、決
して時代の波に呑まれることなく、自らの音楽にふさわしい手法を自力で見い
だそうとした形跡が認められるのである。それはかたくななまでの保守性ゆえ
に、その範囲内でしか自己を振り返れなかった作曲家の宿命でもあった。
(2) 楽器編成について
ラフマニノフの主要な管弦楽作品の楽器編成は次ページのとおりである。各
作品は作曲年代順に配列されている。 (オペラはスコアが入手困難なため、こ
こでは省いたが、文献によれば標準的な2管編成である.’ま.た、第一協奏曲の
決定稿は1917年の改定版となるが、本来は最初期1891年の作品である。)
純粋な管弦楽作品では第一交響曲までが2管編成、第二番以降は3管編成が
標準となる。5つの協奏的作品は打楽器の相違を除くと第一協奏曲でチューバ
の代わりにバストロンボーンを用いためを唯一の例外として基本的比は同じで
ある。合唱作品では比較的大規模な編成を用いている点は注目される。俗に合
唱交響曲とも呼由れる大作く鐘〉は異例の4管編成である.〈死の島〉〈交響
的舞曲〉などの純粋作品でも通常編成より拡大された多彩な楽器群を要求して
いるのは、標題性がもたらす劇的な起伏変化に起因するものと考えられる。ラ
フマニノフは絵繭や文学から音楽上の着想を得ることが多かったが、それらは
音による具体的描写という露骨な手段でなく、独自に内面で消化していく過程
を通してあくまで絶対音楽として表現したものである。
ラフマニノフの打楽器群の使用頻度は後期に至るほど増していく。また、ピ
アノやチェレスタの使用例は当時としては特殊な編成に属する。このような楽
器編成の拡大化傾向は、ストラヴィンスキーの一連の舞踊用音楽(特にくべト
ルーシュカ〉)やスクリャビンの〈法悦の詩〉やくプロメテウス〉からの影響
も見逃せない。とりわけ、大規模作品におけるピアノの導入はその後プロコフ
(1/6?
主要管弦楽作品の楽器編成表
(弦楽器群は省略:iは持ち替え:@は独奏楽器の意味)
協
協
協
口
パ
交
交
ヴ
死
奏
奏
奏
シ
ガ
響
響
カ
曲
の
曲
曲
曲
ア
狂
曲
的
リ
第
第
島
第
第
第
の
詩
第
舞
2
2
3
1
4
歌
曲
3
曲
12
12
12
12
作
ス
交
ジ
交
協
交
品
ケ
響
プ
響
奏
響
名
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曲
綺
曲
曲
楽
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断
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第
器
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2
2
Ob.
2
2
12
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2
2
2
2
2
2
2
2
2
2
Bcl.
Fg.
2
2
13工
2
2
2
2
鐘
13
1②3
2
2
Ing.hr.
C1.
春
2
3
2
1
1
1
2
2
2
1
1
1
2
2
2
2
2
2
2
1
2
3
2
2
2
3
2
2
2
2
2
2
2
1
1
1
1
1
2
2
2
2
2
1
1
1
2
2
2
1
1
2
2
1
1
1
A.sax
Hr.
1
4
4
2
Trp.
4
4’
4
4
4
6
4
6
4
4
4
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2
3
3
3
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○
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○
○
○
○
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○
○
S.D.
○
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1
Tuba
Timp.
Cymb.
Tamb.
T−tam.
Triang.
○
O ○
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○
○
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○
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○
○
○
○
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Ts
○
○
○
○
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O
O
Glock.
○
魔
○
O
○
○
○
○
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○
○
○
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○
○
○
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O O O O
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※Ts…
Twig−switch(鞭の効果音として使用)
(i i7 )
イ.
Gフやショスタコーヴィチの作品に受け継がれていく。
ラフマニノフの管弦楽法は一般的にはチャイコフスキーからの影響が強いと
信じられているが、スコアを詳細に分析していくとそのような技法上の類似性
は初期の習作を除けばそう多く見いだせない。また、リムスキー=コルサコフ
に代表されるようなロシア国民楽派の技法とも異なった側面を持っている。楽
想や構成法などの様式上の類似点と管弦楽書式のもたらす色彩感や音響効果と
を混同してはならない。ラフマニノフの管弦楽法は一般に知られている以上に
細部において複雑な様相を呈している場合が少なくないからである。以下、ラ
フマニノフの管弦楽法の特徴について述べていく。
(3) 楽器群の重ね合わせ効果
ラフマニノフは主題提示場面において、いくつかの楽器を重ねて提示させる
傾向にあることは第1節ですでに触れた。彼の管弦楽作品における各楽器の選
択及び重ね方は特徴的ではあるが極めて慎重であり、楽器群別の音色対比を求
めたチャイコフスキーの明解な管弦楽法とは一線を画するものである。
第二交響曲第一楽章の序奏部を実例に挙げる。この楽章開始後、19小節目
からは、主題断片がストレットで重なり合ってクうイマックスを導くが、ここ
では弦楽器を主体としながらも木管、金管楽器をそれに重ねて厚みのある深い
響きを生み出しているa各弦楽器に対応する木管、金管楽器の分担推移を以下
示してみよう。(→は継続を表す)
19
25
27
33
37
39
41
〈VnI ノ〈H 卜 〉
0b
一
FlI
0b
Fl
FgI
Fl I
〈VnHノ’ミー ト 〉
Eh
一
FI II
ClI
Eh
Ob
FI II
〈Vaノ〈一 ト 〉
Bc
Cl
F1 III
CI II
Ob
Eh
〈Vcノ〈一ト〉
Fg
r
一一一一)
.
〈Cbノ〈一 ト 〉
Tu
小節
一一一一
Tu Hr Bc
Tu
Hr
(* Va)
Fg
Fg II
(*Vnl)
Eh
Tu Hr四Fg
この表から、ほとんどの弦楽パートは木管、金管楽器によって重ねられてい
ることが分かる。Ehは37から41にかけては2小節ごとにVn ll→Va一→Vcと3声部
を渡り歩くし、39ではVnlが一瞬充填声部に回る時でさえFgをわざわざ重ねる
念の入れようである。その結果、この楽句では各声部が重厚で暗い音色のまま
(//8)
クライマックスへと向かうのである。
このようなブラームスを思わせるほどの楽器の重ね合わせ的手法をラフマニ
ノフは管弦楽作品の主題提示を中心に多用した。それは旋律:線が対位法的に絡
み合う楽句などに集中している。大抵の場合、弦楽器主体の音楽運びのため、
弦楽パートの上に木管、金管パートをかぶせるのが通例である。
ノ
この手法は各楽器固有の純粋な音色感を後退させる反面、それらの混合効果
によっていっそう複雑で新鮮な音響を生みだす。ラフマニノフは、管弦楽作品
における旋律表現に対して弦楽器に圧倒的な比重をかける傾向があり、ともす
れば度を超して音色上の単調さを免れ得ないという弊害も生じやすい。それを
回避するための有効な手段として、この「楽器の重ね合わせ効果・」を多用した
ことは、むしろ必然的処理とも解せるのである。
(4) 楽器の受け継ぎ効果
第二交響曲第一楽章冒頭では、VcCbの低音部に拡大主題、Vn匡Vnll Vaに原型
主題、Flを除く木管群とHrが和声充填という明解な役割分担を見せるが、原型
主題を提示するVn 1.Vn ll,Vaの3声部は、1つの旋律:を分割しながら巧妙に引き
継いでいく。その手法が旋律の抑揚と微妙な音色変化をつくり出す。旋律線を
L4
特定の楽器に固定するより、立体的で空間的な響きが得られるのである。
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一
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)
〈交響的舞曲〉第二楽章冒頭では金管群によるファンファーレが3度繰り返
される’。ここでの楽器受け継ぎは次の通りである。
1回目
Hr
【
[I lll
Tp I
⇒
2回目
Tp
i
H
IH
⇒
3回目
Hr I H IV (lllはイ申ぱし)
H HI Tb 1 ll 1[1 Tp 1
当然ながら楽器の組み合わせばすべて異なっており、それぞれの音色は微妙
な調和と変化をもたらす。
C/19)
各ファンファーレの間には、弦のピチカートによるワルツ風リズム、木管に
よる分散和音音型、solo Vnによるモノローグなどが挿入されるが、それらは
金管ファンファーレによる鋭い響きと著しいコントラストを生じさせる。ファ
ンファーレは3回目から減衰表現に向かい、solo Vnへの橋渡しをすることにな
るが、その時は金管の響きもTpからHrの音色主体に移行している。
(5) 楽器群の積み重ねによる漸増効果
交響詩「死の島」では、ハープと弦楽器群による「波のゆれ」を象徴する波
状音型がオスティナート風に繰り返される独創性に満ちた音響で開始される。
それを背後で支えるバスクラリネット、コントラファゴット、ホルン、ティン
パニーの不気味な低音の保続音効果は管弦楽によほど精通した者しか書きえな
い響きといえよう。
その音響を継続させつつ、適度な漸増効果を設定するためにラフマニノフは
弦楽器群の積み重ね効果をうまく利用している。
曲の開始から波状音別の受け渡しの推移を下に示す。
注)Oは原型、盛行型も含む △は断片または変形 (数字は小節数)
5
Hrp O
37
0 A O O O O
A
A O
o o
O O O A
A o
NO o
A A O A O
o o o o
o o o
o
o
o A O O
VnI
Vn II
Va
vc o
Cb
41 45 49 54
11 17 21 25 29 31 33
A
A
A
A
この弦楽器の引き継ぎに関する様相を分析してみると、オスティナート零砕
の継続中、同じ組合わせがひとつもないことが分かる。これは驚くべき事実で
ある。その上、木管金管群にはも・う一つの重要動機「怒りの日」を誘導する音
型(譜例)が加わり、テクスチュアは重層構造を示している。
… IEI!illllllEil .w.
ヨ
十. 一
「死の島」に漂う不安感や停滞感はこのような弦楽パートの積み重ね効果に
(ノ20)
起因するものと判明する。また、特徴的な五拍子のリズム分割も流動的で不規
則であるため、そのような表現効果はいっそう増幅されていく。
このような音響設計はラフマニノフの管弦楽法が綿密な計算の上に成立して
いることを立証するとともに、その暗い色彩的音色観が意図的に仕組まれてい
ることを示すものである。このような管弦楽法も厳密なスコアの解析なくして
は見逃されてしまうような「隠し味」的存在となっている。
(6) 弦楽器群の細分割化
ラフマニノフの弦楽部を調べてまず気付くことは、各パートが頻繁に2部、
3部と分割される書法である。それは時としてマーラーを連想させるほど繊細
かっ精密なアンサンブルを要求している。
1パートを3和音で分担処理するもの、弦楽5部を各2部ずつ10部に分割す
るもの、solo、 soliやpult指定による細分割など多様である。それは弦楽器を
重視するラフマニノフ独特の管弦楽法の根幹を成すものといえる。以下、具体
.、
例をいくつか示してみたい。
第二協奏曲 第1楽章 Vni,VaのIIImpult.div.
. 「
カンタータ「春」 VnlVn II div.intre
團
り‘謡…噌1 目一「ヒ「1蛸’』tt“
』
..』i” 』
’臨憶7e
dim.
∬
dim.
圏.
第三協奏曲 第1楽章
「 “。、s.
dty.
m
イ
Va soli Vc 4 div.]
(12 t)
・第二交響曲第3楽章 Vn ll VaVcCbの2分割
箪臨‘1
7
レζ
@『 ■
『』
一 .
_
一
L
鞠
露
欝
一
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この他、Vcパートのみ単独で分割されるケースもかなり多く、ラフマニノフ
のこの楽器に対する偏愛ぶりがうかがえる。
〈鐘〉第4楽章コーダでのVcの効果は特筆すべきものであろう。このレベル
(ノ22)
になると室内楽的音響にかなり接近しており、その意味ではマーラー風といえ
るだろう。
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このような弦楽器群の細分割化傾向は、ラフマニノフの管弦楽作品が旋律線
の複雑な絡み合いと和音による音色変化との二面性を常に兼ね備えていること
に起因しており・.,._’必然的にどの楽器にも多声部を要求することによってそれら
を同時に満たそうとする行為に他ならない。しかも、ラフマニノフ自身の指揮
者としての経験が随所に生かされており、弦の多彩な表現方法については、同
時代のロシア作曲家とは比べものにならないほど神経のゆき届いた細かい指示
を与えている。
(7) 音色変化を求める修飾法
ラプマニノフがきめ細かい音響設計を行っていたことは交響詩く岩〉のよう
な初期作品から.も証明される。この時期の管弦楽書法の見事さはスクリャビン
の同時期の作品(〈夢〉〈ピアノ協奏曲〉〈第一交響曲〉等1)と比較すればそ
の早熟ぶりぱ明らかであろう。
〈岩〉に認められる弦の細かい分散和音やトレモロ奏法の多用はワーグナー
からの間接的な影響がうかがえるが、次のような個所は後年のラフマニノフの
緻密な音響設定を予見させるものである。
第二の主題が出る時、Vn lはトレモ.ロ、Vnllは同音のピチカートである.
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その直後、主題が木管パートで確保されるが、その伴奏楽器の二型は興味深
い。vn Iのトレモロ、vcとVn IIのピチカート、vaとHrpの分散和音などむしろ
(ノ23フ
背景の多彩な音響L効果の方に引きつけられ登
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ここでは亦管パート自体が十分独立して和声付けされており、弦楽器群は装
飾的な三型で旋律:の伴奏する役目を担っている。特にVaとHrpの関係は同じ分
散和音であ6ながら微妙に絡み合う.1絆部で見られる次のようなH,pとV。l
Vn・IIの修飾手下も同様である。
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このような旋律にまとわりつくような下和声音を伴う修飾法もラフマニノフ
作品には臆しば見いだされる.(以下の昨朝例参照.)
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’(8) 音域を限定した表現法
ここではラフマニノフ作品に見られる、低音を排した高音域での音響設計に
ついて論じていく。このような効果は管弦楽の響きに透明感を与え、その前後
の楽句との音色的な落差(特に低音部の欠如)が強調されてくる。
〈第一交響曲〉では第一楽章第2主題にこの手法が用いられている。ここで
は弦と木管群による主題提示には意図的に低音が取り払われており、その後の
Tutti.の劇的効果を高めている。
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響詩〈亮の島〉でも中間部でほ弦と木管による高音域での息の長いゼクエ
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ンツ表現が見られる。低音の欠如感を煽りっつ次第に高潮し、その頂点で低音
部が突然に加わるという劇的変化は遠:大な音響設計に基づいている。
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vc,
カンタータ〈鐘〉の第二楽章にもく死の島〉と全く同じパターンの音響設計
が現れる。(両者は音域も調性も酷似している)
カンタータ〈鐘〉の第一楽章冒頭は高音域限定効果の典型的な例であろう。
この部分の書法はその楽器編成においてフルート、Cbを除く弦楽器、ピアノご
チェレスタ、s・ハープ、トライアングルなどの文字通り「鈴の音」を表現するに
ふさわしい楽器が選択され、36小節目に低音部が入ってくるまで清楚な響きを
維持し続けるのである。その間、弦のハーモニックスやVcの高音域でのピチカ
ート、Vn群の分割による装飾音型など変化に富んだ音響を作り出すことに成功
している.
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『〈ジプシー奇想曲〉でもこのような高音域限定効果をかなり継続して用いて
ている。当然、その後にゼクエンツを伴った雄大なクライマックスを形成する
こととなる。
ここで述べてきた高音域による音響は、楽曲の途中で瞬間的に音域が変化す
る場合や主題提示の過程で対比的に高音域や低音域を交錯させるような常識的
な音色効果ではなく、かなり長いスパンにおいて意図的に高音域での音響に固
執する現象を対象としている.その具体的効果は以.下のように整理できる。
*高音域での透明感、』緊張感、希薄感
*前後の楽句との構成面での音色対比
*クライマックス形成への予備
*低音部加入に対する期待感
低音域や中音域ではこのような顕著な継続的表現例はあまり見当らない。も
っともそれと関連して、楽曲開始部分では低音による主題提示が目立っことは
ぐ
従来から指摘されており、「ラフマニノフ開始」と呼ぶこともできる。交響曲
第一番、交響詩〈岩〉、〈ジプシー奇想曲〉、カンタータ〈春〉、交響曲第二
番、交響詩〈死の島〉などはその実例である。
(9) 総合的考察
これまでラフマニノフの管弦楽法における音響上の設計について中心に述べ
てきたが、ここ1ではいくつか譜例をあげながら1その特徴を総括してみたい。
第ニピアノ協奏曲の第二楽章における次の個所はいかにもラフマニノフらし
い管弦楽書法上の工夫に満ちた楽句といえる。
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(/26)
.ここには次のような工夫が見られる。
*VaVcのパート細分割 (IIi lllPult指定)
*Pf、Vn・llの旋律の受け継ぎ効果
*Pf、C1の伴奏音型の受け継ぎ効果
*C1、 Vnlpizz.の音色上の装飾効果
そのうえ、Fl Fgの内声部での充填和声やVaの対旋律さえ絡み合っていく。
また、最低音であるCbの入りも慎重に計算されている。この楽句が極めて独創
的な響きに満ちている一つの要因は、このような精密な管弦楽書法に依存して
いることは明らかである。しかも、その楽器編成は最小限に抑制され、室内楽
に限りなく近づいていることも見落としてはならない。
カンタータ〈鐘〉第三楽章:では前例とは対照的な意味において劇的表現を意
図した典型的なラフマニノフ式管弦楽書法を見せる。合唱を誘導する緊張感を
伴ったこの前奏部には次のような工夫が見いだされる。
*高音域限定による楽曲開始及び弦の細分割化
V一髄il
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V−le
V−e.
*楽器の積み重ねによる漸増効果
楽器の重なる順を下に示す。 (数字は小節数)
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33 Tutti.
Hrp Cl Ob
Fg
FII II Tp Picc
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VnlH Va
Hr
1
3
9
F1 ll1
Bcl Tu (低音参入)
Pf
Cfg Cb
Vc
Perc.
44小節で合唱が入るまで楽器の積み重ねによる音色変化とリズム上の分割変
化(ヘミオラを含む)に依存した同一和音(減三和音)が継続される。その最
後は密集位置にある2つの異質な和音が同時に重なって大音響を生じる。
(/27)
’*音色変化を求める装飾法
[Ob、 Cl、 Hrp、 Vn.1:Vnll Vaのリズム分割]
Ob.
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[木管楽器群による分散和音的修飾]
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このようなきめ細かい管弦楽書法は後期のラフマニノフの特徴ではあるが、
〈鐘〉の全楽章に認められる精緻な書法はその斬新な和声様式と共にこの作品
の価値をいっそう高めている。
〈ジプシー奇想曲〉は初期作品に属し一般にはほとんど知られていないが、
その華麗な演奏効果はチャイコフスキーの〈イタリア奇想曲〉やリムスキー=
コルサコフ.のくスペイン奇想曲〉に匹敵する豊かな管弦楽法に彩られている。
また、同時にそこには先輩作曲家の影響も色濃く認められる。
この作品の前半部では152小節から延々47小節に渡って主題動機による
執拗な反復進行が続き最大級のクライマックスを形成するが、その書法は基本
(/28 〉
的にはチャイコフスキー風といえる。特に減衰部分における単純明解な反復進
行はいささか冗長な感じが否めないが、それはチャイコフスキーの諸作品に認
められるし、内声部の金管群の重ね方や低音の半音階進行なども共通的要素で
あろう。
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譜例は157小節以降だが、すでに楽器の重ね合わせによる混合音色効果を
はっきりと指向しているが、中期以降の作晶に見られるようなきめ細かさはな
く、むしろ楽器群別な平凡な重ね合わせに過ぎない。Vcの分割や分散和音的装
飾法も用いられているもののそれらを以後変化させたり、他の楽器に移したり
するような器用さは見られず、ワンパーターンで押し通していく。
しかし、その開始部分ではHrの短いリズム動機が重要な役目を演じている。
それはすでに「ラフマニノフ予告」によって背景で響いていたものでもある。
反復進行はその印象的なHrの響きによって何度も中断され、少しずつ勢いを増
していく。このような手の込んだ反復進行の開始は一直線に進む漸増効果とは
違って、その段階性を際立たせることとなる1先人の手法に依存しっっも、こ
の時期から独自の展開様式を模索している点は注目すべきであろう。
また、ここではラフマニノフの強弱記号に対する認識という側面からも興味
が尽きない。それはチャイコフスキーと同様にその漸増減衰過程においてpppp
からffffまで常識を越えた幅広い指示を行っているのである。(ラフマニノブ
は何故かmpを使用しないので、その段階は事実上9レベルとなる)それは厳密
に段階的、相対的なものでなく、各フレーズにおいて感覚的に設定したもので
.(/29)
あることが容易に推察できる。反復進行前半部のHrとVnIVn・llに記されたデュ
ナーミク記号を下に示す。(数字は小節数)
162 163 164 165 166 167 168 169 170 171
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この作品は、さまざまな意味においてラフマニノフの隠れた創作様式を再発
見させる貴重な管弦楽作品といわねばならない。
ラフマニノフは創作の初期段階から管弦楽法に精通しており、さまざまな工
夫を試みている。第一交響曲などはその意欲が裏目に出た例といえる。前述し
たいくつかの音響上の特徴もすでに初期作品にもその萌芽が認められるものの
全体の構成や音響設計を踏まえた上での効果的な活用となると、それは未熟な
面も多く、充実した中期以降の作品を待たねばならない。
ラフマニノフの管弦楽作品は、他のジャンルにも共通する旋律自体の魅力、
個性的な和声進行、楽曲構成法や展開書式等に至るまであらゆる意味において
ラフマニノフ特有の音楽語法を包括的に集大成した観が強い。それは彼のピア
ノ作品や声楽作品の様式をも取り込んだ総合表現体としての意義も併せ持って
いる。ピアノ協奏曲群やカンタータ〈春〉〈鐘〉などは極めて充実した音響を
生み出しているからである。それらの基盤をなす管弦楽法はとりたてて斬新な
ものではないが、その内面に着実に醸成されたラフマニノフ特有の響きは、こ
れまで述べたような諸効果の組み合わせによって、慎重にかつ綿密に設計され
ていることが分かる。ラフマニノフの作曲家としての技術的優秀さは決して外
見的な演奏効果だけとは言えないのである.それは現役の指揮者として、直接
オーケストラの指揮台から自作品を目と耳で検証できるという特権を許された
者のみが成し得た作品といえよう。
(t30)
第4章 ラフマニノフ作品における類似性と反復癖
前章ではラフマニノフ作品における作曲技法上のさまざまな特徴について述
べてきた。それらは先人から受け継いだ伝統的な西洋音楽の技法を基盤として
はいるが、その上にラフマニノフ独自の工夫を盛り込むことによって個性的な
響きを作り出すことに成功している。
ラフマニノフは音楽史に特筆されるような革新的な作曲スタイルを開発した
わけではなかった。むしろ、過去に使い古されたオーソドックスな作曲技法の
範囲内において、極めて充実した作品を多数残したのである。その点ではメン
デルスゾーン、サン=サーンス、ブラームスなどと同系列の作曲家に分類でき
よう。このような保守的な創作態度は、生前からスクリャビンの音楽との外見
的な比較を通して、その時代性の欠如を非難されることも多かった。
また、ラフマニノフ作品の大衆的な人気に対して、折衷的、通俗的という理
由だけで、感情的に軽蔑し. スり、何の根拠もなしに過小評価したりする風潮が
近年まで根強く残っていた。第1章で概観したように少なくとも1960年代まで
ラフマニノフはまともな作曲家としてほとんど認められていない。しかも、一
般:にはごく一部の限られた作品しか知られていなかったことも綜である.
近年、ラフマニノフの再評価が進んでいるが、それらはどちらかというと指
揮者やピアニストなどの演奏家を対象とした解釈論や様式論に集中しており、
作曲学的なアプローチによる体系的な研究が遅れてきたのは事実である。作曲
家としてのラフマニノフ像は次第にその全貌を明らかにしっっある。
筆者はラスマニノフ作品の真価はその厳密な楽曲分析を通して初めて明ら)b>
になるものであるという立場をこれまで一貫して強調してきた。ラフマニノフ
の音楽は聴衆として或いは演奏家として聴覚的に味わう以上にその楽譜の内面
に秘められた「隠し味」的メッセージの考察が重要であり、それらを無視して
正当な作品理解はあり得ないといっても過言ではない。
本章ではラフマニノフの作曲技法の分析を通して浮き彫りにされてきた彼の
特異な創作傾向について、前述してきた帽章の内容をふまえたうえで、包括的
に論じていく。その過程を通して、本論の最終目的である作曲家としてのラフ
マニノフ評価について改めて再検討してみたい。
(ノ3!)
’第1節 同時代の作曲家との旋律学的比較
本節ではラフマニノフと同時期に活躍した他のロシア作庵家の旋律:との類似
性について、その旋律作法及び旋律形態に絞って総括的に論じていく。
(1) 旋律作法について
ラフマニノフの旋律は延々と続く息の長いもので、いくつかの特徴的要素を
組み込むことによって構成されている。それを背後で支える和声の巧妙な変化
が加わりラフマニノフ独特な旋律の色彩感を生み出すと結論した。このような
「息の長い」旋律作法を用いたのは決してラフマニノフー人ではなく、他のロ
シア作曲家たちの作品にも同様な旋律群を見いだすことがで’きる。
譜例はチャイコフスキーの〈管弦楽組曲第1番より第3楽章「間奏曲」〉の
主題旋律である。この旋律線には明瞭なクライマックス形成法が認められ「息
の長い」漸増減衰表現を伴っている。
下■hvほ 一m
奪ヲー葺e}ワ
等……黒鍵壁錘錘醸…
この旋律:は前後楽節形態をとり、旋律線は順次進行を主体とするなだらかな
曲線を描き、その中にタイによる抑揚や弱拍出もある。和声面ではバスにオル
ゲルプンクト効果を用いて、その上に付加和音を積み上げいていく。このよう
にラフマニハフの旋律作法と多くの共通点を持っているにもかかわらず、この
旋律はどこまでもチャイコフスキー的色彩感に満ちている。その理由は、旋律
がゼクエンッ進行によって構造的に組み立てられていること、特定の付点リズ
ムの抑揚を多用して拍節感が明瞭に示されること、和声がドミナント進行を基
盤としていることなどが考えられる。チャイコフスキーはラフマニノフと比較
すれば、伝統的な和声観や旋律構成法への指向性が強い。
グラズノフは第4交響曲において、その導入主題でラフマニノフ的な「息の
長い旋律:」をたっぷりと歌わせている。その旋律構成音は背景の和声内の音を
核にしており、全体的に跳躍進行が多い。この旋律線は変化に富んだ動きを示
(ノ32)
すが、フレーズごとに厳格にドミナント進行する和声付けによって、チャイコ
フスキー以上に機能感に支配された保守的な旋律作法といえる。
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馳
ロ
ト
旋律:の漸増表現はフレーズごとに段階的に形成され、その頂点ではオクター
ブ跳躍となる。この手法をラフマニノフも第一ピアノ協奏曲の主要主題などで
用いている。グラズノフの旋律の中にも分散和音的進行、シンコペーション、
逸音的動きなどラフマニノフと共通する構成要素が相当多く認められる。
スクリャビンのピアノ協奏曲はラ・フマニノフの第二協奏曲に直接ヒントを与
えた重要な作品であるが、その第一楽章第一主題は旋律を延々と歌い継ぐ意味
においてラフマニノフの第二協奏曲の主題提示と共通する点が多い。
S2¥gigEiEEEsl;giidiiiEEEE:fiil」Eg¥
ge.ptgekgeeeef, g.
gk$iffgSfiiEfiiEEEiptiEiEgigEiEiS
スクリャビンの旋律線はいかにも器楽的で跳躍進行が目立つが、その息の長
’
い表現法はラフマニノブと何ら異なるものではない。ただし、和声面では属七
和音上に筒音として瞬間的に属9や属13などの偶成和音が見受けられ、ナポリ
やドリアによる変化和音も頻繁に用いられている。この長い旋律はいくつかの
動機素材が結合され、ワーグナーの無限旋律に近い効果をもたらす。
このようにみてくると、ラフマニノフのトレードマークとされる息の長い旋
律形成法は、同時代のロシアの作曲家たちもしばしば用いた共有の旋律感覚で
あることが分かる。つまり、ラフマニノフの旋律を他の作曲家のものと様式的
に区別している要素はその柔和で曲線的な旋律線とそれを支える和声の色彩的
(ノ33)
効果ということになる。チャイコフスキーの場合、それらも非常に近接してい
るが、旋律の構成法や和声選択においてはっきり異なった点も認められるので
ある。和声上の直線的なドミナント進行を避け、W度系諸和音を多用するラフ
マニンフ作品の傾向は、その旋律の緩やかな流れと深く関係している。また、
リズム面でも「ラフマニノプリズム」の持つ特徴は平易な限られた音価の反復
であって、複雑なリズムパターンを組み合わせたりするものではない。旋律線
に装飾音を施してその雄大な流れを敢えて細かくリズム分割する必要もない。
ラフマニノフの旋律は形態的にみれば同時代の作曲家の旋律に比べてはるかに
単純で明解な書式を示しているのである。
② 旋律の類似性について
ラフマニノフの相当多くの旋律がロシア聖歌の抑揚に基づいている可能性が
高いことは第2章ですでに触れてきたが、ここでは他の作曲家の旋律との類似
性をいくつか指摘し、その関係にも言及しておきたい。
歌曲「おお、私の畑よ」(譜例a)とチャイコフスキーの第一交響曲の第2
楽章の主題(譜例b)は非常によく似ている。
a
. “‘・t. b
歌曲「そんなに昔だろうか、友よ」(譜例。)とチャイコフスキーのピアノ
曲「夜想曲作品19の4」の主題(譜例d)とは共通した音型を持っている。
Clecsl#ltlE:El:fflllllEllllill.・ d ligllSEiils#lle#iSSIIIEIIIE
チャイコフスキーからの影響はその旋律作法の点からも少なからず影響を受
けていることが分かる。歌劇「アレコ」とチャイコフスキーの歌劇「スペード
の女王」との終末合唱の類似性は作曲者自身が認めている例である。
歌曲「この夏の夜」(譜例e)とA.ルービンシュタインの歌曲「夜」(譜
例f)とはその冒頭の旋律進行がほとんど同じであることに驚かされる。
i$igEiEiiljipt31iEEig
asgiiififfptiEiagpti
「夜」は当時広く知られた歌曲であり、ラフマニノフは詩の性格や要求され
(ノ{タ)、
る声域から意識的に下敷きにしたとも考えられる。
次に器楽作品に目を転じてみたい。
下に示すような旋律は同音反復という共通要素を持つ。
<チェロソナタ III>
<ピアノソナタ第1番1>
〈音の絵第1集8番〉
〈音の絵第1集9番〉
雍垂面面謹養 晦
これはうフマニノプリズム(B3型)として分類される特徴的なリズムパター
ンの一つであるが、上例では最も単純な形で主題として提示される。このよう
な特殊な主題は先人の作品に数多く使われている。次の3例は類似した主題を
持つ大規模なソナタ楽曲として以下示しておく。
ベートーヴェン
シューベルト
〈ワルトシュタインソナタ〉
〈さすらい人幻想曲〉
●6rのb
ゆ
}
リスト 〈ロ短調ソナタ〉
.b, 華韮華垂…瞳蓮
し! 。
これら以外にもベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲、モーツァルトの歌劇
「魔笛」序曲、バッハの平均率第2巻の第5フーガ、ジャヌカンの有名なシャ
ンソン「鳥の歌」など同型反復をもつ旋律は枚挙に逞がない。比較のためラフ
マニノフに近い時代の作曲家の器楽作品からいくつか拾いだし.てみる.
.ブラームス〈ラプソディー第1>
チャイコフスキー〈悲しい歌〉
葉毒華言献r≡麺歪
グリーグ〈アリエッタ〉
謹…睡皇
サン=サーンス〈動物の謝肉祭・終曲〉
一;.一=麹垂
(ノ3S)
このような過去使い古された素朴な同音反復をラフマニノフが主題旋律中に
繰り返し採用したのは特異な現象として注目したい。実はラフマニノプリズム
’B3型はベートーヴェンの第5交響曲「運命」冒頭の有名なリズム動機と同一
である.そのことはシャリアピンに献呈された歌曲〈運命〉の中で、実際にラ
フマニノフがこのモティーフを原型のままピアノに引用していることから判明
する。少し後に書かれた歌曲〈私は許しを乞う〉の冒頭にも再びそれが使われ
ている。このことはラフマニノフの意識的な使用を裏づけるものである。
歌曲く運命〉
歌曲く私は許しを乞う>
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一く〉 ,
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カンタータ〈春〉では妻の衝撃的な告白を独唱が朗詠調で歌う個所でこの動
機が伴奏部に登場する。これはまさに運命的な暗示を込めて用いた例である。
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辜}’
〈晩祷〉第9曲「主よ爾は崇め望められる」における同様なリズム分割を下
に示す。このリズムは原曲の聖歌にはなく、ラフマニノフの創作である。
ラフマニノフの旋律中に見られる同音反復は〈チェロソナタ〉の主題ような
叙情性に満ちたものと声楽作品における「運命の動機」としての意味を持つも
のとに大別される。
管弦楽作品では、他の作曲家の旋律を連想させる例が少なくない。
ラフ.マニノフの第二交響曲の第一楽章第一主題はチャイコフスキーの第5、
第6交響曲の主題との類似性が認められる。
ラフマニノフ第21
チャイコフスキー第51
同第6(悲愴)1
縫■ggL.・藁v.lff!,Ell’一一垂無1蔭一
(/36 )
●その音型のみにこだわれば、類似する旋律例はさらに増えてくる。
バラキレフ交響曲第1111
マーラー交響曲第511
A
¥iigiEEnyiEEi#giE
次の旋律も前出例と同じ音型によっている。〈晩祷〉第9曲はズナメニ聖歌
を近代和声付けしたものでラフマニノフのオリジナルではない。
第三協奏曲1
・舞匪
〈晩祷〉第9曲
.一一一 一一]一一・一一一一亜…自
第三楽章の導入主題は分散和音的なゼクエンツ進行であるが、この旋律線は
アレンスキーの第一ピアノトリオの冒頭主題との関連性が強い。
ラフマニノフ第2
アレンスキー第1トリオ
.晦鮭隻舜垂 ge・
その第四楽章の経過的に現れる旋律は、チャイコフスキーの第6第二楽章の
主題と非常によく似ている。
ラフマニノフ第2
@礎董華垂華字蓮韮蛙
チャイコフス櫛611
J
E.
このようにラフマニノフの第二交響曲には先人の作品と旋律上の類似点が認
められるが、・これは引用や意識的な模倣ではなく、第二章で分析したようにラ
フマニノフの旋律作法が順次進行や分散和音的進行を採りやすいという創作上
の特徴から由来しており、結果的に偶然、他の作曲家の旋律と構造的に似通っ
てしまったものであろう。ラフマニノフが平易で親しみやすい旋律を主題に設
定すればおのずと何かに似てくるのは避けられない現象ともいえる。
第4協奏曲第二楽章の主題は初演当時から「シューマンの亡霊」などと椰楡
されたほどである。
第4協奏曲II,
シューマン イ短調協奏曲1
斜脚硅蛙養
’…轄華垂匿
(1 37>
’このような旋律の類似性は音域や調性が同一の場合が多く、たとえそれが刹
那的な出現であっても聴衆が聞き逃すことは少ないのである。
第3協奏曲第一楽章のカデンツァとA.ルビンシュタインの第4協奏曲の冒
頭は音型やリズムが全く同一である。ラフマニノフのピアニズムの根源を探る
うえで興味深い事例となっている。両者の類似性は、ラフマニノフが創作に臨
み、この協奏曲を強く意識していた証拠といえる。
ラフマニノフ 第3協奏曲1
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A.ルビンシュタイン 第4協奏曲1
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以上の考察から、ラフマニノフの旋律は、他の作曲家との類似性からその影
響の程度を推測することが可能である。それによると、ラフマニノフは同時代
の多くの作曲家から程度の差こそあれ、旋律創作上、無意識的に何らかの影響
を受けていることは明白であり、特にチャイコフスキーの影響は著しいものが
あると認めざるをえない。しかし、ほとんどの事例は旋律:の形態上からそのよ
うな類似性がi指摘されるとしても、実際に音を通して鑑賞すれば、両者の関連
性を全く感じさせないほど個性的である。言い換えれば、旋律を構成する諸要
素とはっき詰めていけばどの作曲家にしても大して変わりないものであって、
旋律がその作曲家固有の味わいをもってくる条件とは、その構成、発展のさせ
方や和声付けの工夫に他ならない。ラフマニノフの旋律が独自の色彩感を放っ
ているのはそれを陰で支えている特徴的な作曲技法であることをここで改めて
述べる必要もなかろう。
ラフマニノフは旋律作家として早くから聴衆に支持され、その旋律は本質的
には声楽的発想に基づいていた。それは何よりも人声で表情豊かに歌われる旋
tr.38) ’
律であらねばならないという制約が生じることとなった。実際、ラフマニノフ
声楽作品における旋律線は明瞭な輪郭を示し、音楽表現と歌詞の抑揚が緊密に
結び付いている。それはチャイコフスキーやボロディンの旋律作法に近く、ロ
シア語の特徴的な抑揚を重視した旋律線を形成している。それは、器楽作品に
おいても全く同様な旋律傾向を見せる。この点においては独立した声楽作品を
残さなかったスクリャビンと対照的である.筆者はラフマニノブの旋律の類似
性は旋律自体を親しみやすくし、しかも声楽的に歌わせるために必然的に生じ
た無意識的な現象であると捉えている。
第2節 ラフマニノフの創作態度
(1)〈怒りの日〉引用について
ラフマニノフがグレゴリオ聖歌のく怒りの日〉(Dies irae)の音型を重要な
モティーフとして管弦楽作品にしばしば用いたことはよく知られている。この
音型は「死のモティーフ」としてベルリオーズやリストなども引用している有
名なものである.注・、
ラフマニノフが〈怒りの日〉の旋律:を引用した作品を以下示す。
a.交響曲第一番目短調 作品13(1895>
b.交響曲第二番ホ短調 作品27(1906・V7)
c.ピアノソナタ第1番 二短調 作品28(1906−7)
d.交響詩「s死の島」 作品29(1909)
e.ピアノ協奏曲第4番ト短調 作品40(1926)
f.パカニー二の主題による狂詩曲 作品43(1934)
g.交響曲第三番イ短調 作品44(1935∼6)
h.交響的舞曲 作品45 (1940)
主要な管弦楽作品をほとんど網羅するほどのその執拗な引用について従来よ
りさまざまな解釈が試みられている。
〈怒りの日〉の音型が音楽表現上「死」を暗示する役割を果たすことをラフ
マニノフは当然承知で使っている。幻想的写実主義で有名なA.ペックリンの
(ノ39♪
・
名画に霊感を得た交響詩「死の島」やゲーテのファウストの3人の登場人物を
3つの楽章になぞらえた第一ピアノソナタなどは「死」をテーマにした表現を
追求していることはだれの目にも明らかであろう。伝記作家によれば、その他
の作品にはラフマニノフの私生活や創作に対する「悩み」が秘められており、
それは「絶望感」や「諦観」といういささか屈折したラフマニノフの心情を伝
えているという解釈が成立する。第一交響曲の謎の献呈者A.Lを特定し、ラ
フマニノフの人妻に対する禁断の恋を断ち切るための引用であるとする意見は
ゴシップ的興味をそそるものであるが信愚性に乏しい。また、アメリカ時代の
作品には祖国ロシアへの「望郷の念」がその中に吐露されているという説明も
あながち的外れではあるまい。注2
筆者がここで注目したいのは、ラフマニノフがこのく怒りの日〉の旋律を各
作品においてどのように変容して用いたかという作曲技法上の問題である。
彼の交響曲はどれも主要主題群の精緻な展開技法と各主題の緊密な関連性に
基づいているため、この〈怒りの日〉のモティーフも曲の進行に従って変容し
っっ扱われている.特に第一交響曲ではく怒りの日〉の音型が循環主題の核と
なっており、それから派生する動機素材は全楽章に分散し、支配的である。
第二交響曲ではスケルツォ主題としてホルンによって勇壮に登場するし、交
響詩「死の島」ではチェロによって内声部で切々と歌われる。第4協奏曲では
いかにもラフマニノフらしいロマンティシズムに溢れた旋律に変容する。さら
に第三交響曲では軽妙な舞曲に姿を変える。(以下関連する主題を示す)
第一交響曲
’
第二交響曲
tw.gl」ptiaji
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「死の島」
第4協奏曲
縫i垂……建 …藝麩
慧鍵…叢郵一盛亀一
第三交響曲
…細岡…薩鍵蓮華王硅垂
(/40)
・このようにく怒りの日〉の三型はラフマニノフ作品において刻々と移りゆく
万華鏡のごとき変容を繰り返して引用されている。それは本来の「死」や「絶
望感」といった暗いイメージを越えて、あたかも音型そのものを楽しんで操作
しているかのごとき様相を示している。ラフマニノフが〈怒りの日〉の引用.で
個々の作品にどのような意味を込めたのか第三者は想像するよりないが、その
変容の過程は作曲学的に見るべきものが多く、ラフマニノフの作曲技法の力量
を如実に示している例でもある。
さらに直接的な引用ではないが、ラフマニノフのいくつかの旋律は明らかに
く怒りの日〉の音画を意識して作られていると推測されるものがある。それは
「旋律線のゆれ」として断片的に旋律中に現われる。
第二協奏曲1
組曲2番II
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「ヴォカリーズ」はく怒りの日〉に基づく自由な変奏と呼べるものである。
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このようにみてみると、ラフマニノフの旋律創作に無意識のうちに深く入り
込んでいる〈怒りの日〉の重要性を再認識せざるをえないのである。ラフマニ
ノフは〈怒りの日〉の音画を生涯、自作の中で反復し続けたわけで、そのよう
な創作態度は現実問題としては素材の新鮮味に欠けるという弊害も大きい。そ
れを被い隠すかのように「変容」を求め続け、練達した作曲技法に頼らざるを
えなかったのであろう。
(2) 転用について
ラフマニノフの古い素材を転用した作品は以下の通りである。
a 〈チェロとピアノのための前奏曲〉(1892)
これはくピアノのための前奏曲〉(1891)の編曲である。主旋律:をチェロに移
・(/タ!)
しただけで音楽的な内容の変更は特にない。
b.<第ニピァノ協奏曲第二楽章の伴奏型>1900
〈6手のためのロマンス〉(1891)の第三ピアノの前奏をそっくり転用した
ものである。ラフマニノフの最高傑作の一つにあげられるこの緩除楽章の素材
は実は初期作品を土台にしたものであることが分かる。
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何も書けない失意の時期を脱出するために過去の作品の再利用に頼らざるを
えなかった当時の切迫した創作事情が窺えるものである。 {:
c.〈第四ピアノ協奏曲第二楽章コーダ>1926
練習曲集「音の絵」第1集作品33(1911)の未発表作品第3番のコーダの転用
である。この時期も長い沈黙期の後に生まれた作品であり、素材の穴埋め的な
活用と考えられる。協奏曲では主旋律が弦楽器にまわり、伴奏音型は原曲の分
散和音から三連符の和音に変更されている。なお、未発表の第4番はそのまま
同第2直面6番として編入された。
d.<交響的舞曲> 1940
この最終作品には第一楽章コーダにく第一交響曲〉からの引用があるが、そ
の終楽章ではく晩乱曲9曲〉の後半部がそっくり転用されている。もちろん旋
律の骨格はズナメニ聖歌によるものだが、無伴奏混声四部合唱曲を3管編成の
大管弦楽に編曲したオーケストレーションの手腕には目を見張るものがある。
この作品はラフマニノフスタイルの宝庫ともいえる大作であり、彼の長い創作
活動の総決算として回想的性格に満ちている。
このような転用は事例b、cのように創作力の枯渇を克服する手段として用
いられたことは見逃せないが、4っの例に共通して見られるのは原曲を再利用
する際に必然的に編曲という付随的作業を伴うことである。その結果、転用さ
れた各作品は原曲以上に色彩的で豊かな響きに溢れているわけである。ラフマ
ニノフは自分の習作や未発表作が後に世に出ようとは考えもしなかったであろ
うが、それらは彼の創作の舞台裏を物語る貴重な資料でもある。
(/g z)
’(3)編曲について
ラフマニノフが後期、集中的に編曲作品を生み出したことも彼の創作姿勢を
考える手がかりとなる。ラフマニノフは編曲というものを創作とほとんど同じ
レベルに考えていた。その顕著な例がクライスラーの「愛の悲しみ」「愛の喜
び」のピアノ独奏用編曲であろう。
この両作品は旋律自体は確かにクライスラーのものに違いないが、そのピア
ニズム、和声、旋律の展開や楽曲構成論理に至るまで完全にラフマニノフスタ
イルに脚色しなおされている。リストのベートーヴェンやワーグナーの管弦楽
作品の編曲があくまで原曲の忠実な再現であるのに対して、ラフマニノブの編
曲はかなり主観的な要素が入り込み、時には原曲のスタイルまで歪曲するほど
の個性的、独善的な「改作」作品として仕上がっている。
自作の歌曲「ライラック」のピアノ用編曲も極めて独創的な処理が施されて
いて興味深い。その開始部分を原曲と比較すると、拍子や拍節感、さらには伴
奏音型まで変更されている。このあまりに大胆な編曲さえも実際の音を通すと
さほど違和感はなく、むしろ原曲と同じリズムのような錯覚に陥るのである。
原曲
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ピアノ版
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噛このような編曲作品はピアニストとしてプログラムを組むうえで必然的に生
み出されたものだが、それにしては本格的なピアノ作品としても十分通用する
ほどの内容と味わいを持っているのには理由がある。ラフマニノフは後期も作
曲しようと努力して.いたにもかかわらず、新作の構想が思うように進まず、演
奏活動の合間をぬって作曲に当てた貴重な時間を浪費することも少なくなかっ
た。編曲作品はそのような期間に本腰を入れて書かれたものだからである。ラ
フマニノフの編曲作品はオリジナルなピアノ作品に匹敵する充実した内容と巧
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妙な作曲技法を有した作品として評価すべきであろう。
これ以外にラフマニノフの編曲分野には、管弦楽作品のピアノ用編曲という
全く別の次元の作品群も存在する。それらはラフマニノフの管弦楽法を考察す
る上で重要な意味を持っている。〈交響的舞曲〉の2台ピアノ用編曲版はもと
もとオーケストレーションへの下準備として書かれたものであるが、彼のオリ
ジナルな2台用作品と共通する音響をもっていることから、ラフマニノフのピ
アニズムは本質的には管弦楽的な発想に基づいていることを証明するのに十分
役立っものである。
晩年にかけてかなり多数の編曲を行った事実はすでに作曲家ラフマニノフで
はなく、もはや演奏家ラフマニノフしか存在していなかったことを物語るもの
であろう。それは編曲の対象となった作曲家の作品こそ、コンサートで取り上
げるべき価値を持つとラフマニノフ自身が判断した何よりの証拠でもある。
(4) 改訂について
ロシア時代後期から頻繁に行われた「改訂」に関しては、ラフマニノフ自身
の作品に対する構成観の変貌と無関係ではない。20世紀前半には長大な作品
が敬遠され始めていた当時の音楽界の風潮に神経質になっていたためである。
ラフマニノフの改訂には次の3っのタイプに分類できる。
a.根本的な改作
ピアノ協奏曲第1、第4
4
ピアノソナタ第2
b.部分的な改作(伴奏音型の変更や接続楽句の付加など)
初期のピアノ小品 「メロディー」「セレナード」「ユーモレスク」他
c.短縮版
θ斡)
作曲者の自作自演時による指示と作曲者が認めた楽譜上の慣習カット
効果的な改訂によって初期の未熟さを完全に解消した第1協奏曲は最も成功
’した実例であろう。改訂版にはグリーグの協奏曲を下敷きにした構成やチャイ
コフスキー風な粗野なピアノ書法などは想像もっかないほど、円熟期のラフマ
ニノフスタイルに徹して書き直されている。その反対に短縮を意識し過ぎて主
要動機による経過句や第二主題の再現までもカットして不評を被った第4協奏
曲は、オリジナル版の方が少なくとも構成面に関しては論理的に整っている。
第ニソナタは原典版は絢燗たるピアニズムにおいて、改訂版は簡潔な構成美に
おいてそれぞれ両者ともに捨てがたい魅力があり、優劣をっけがたい。なお、
両者の折衷案としてホロヴィッツ版があるのは周知の通りである。
初期のピアノ小品の改訂もピアニスティックな演奏効果を高めるための改訂
であるが、オリジナル版がとりたてて不出来というわけではないので、これは
演奏者の好みの問題に帰結する、。(譜例は「メロディー」の冒頭部分)
Adagio sostenuto
原典版
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一一t .
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( 1892)
改訂版
(1940)
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短縮版については作曲者自身が自作品を冗長と反省したために指示されたも
のである。実際に省略される範囲は、いかにも時間的な短縮を最優先した観が
強く、構成上も不合理で不可解な指示も多い。そのため、最近では原曲どおり
の演奏が多くなっている。このような省略を作曲者自らがどのように考えてい
指定したのか詳細は不明だが、演奏家として多忙をきわめたこの時期に過去の
ノ
作品を顧みる行為そのものが問われるのである。
ラフマニノフは演奏活動の合間に集中して改訂作業に携わっている。それは
編曲の場合と全く同様、本来創作すべき時間中に改訂のための時間を充ててい
る。つまり、そのような行為自体が作曲活動の一環としての意味を持っていた
はずである。自作品の度重なる「見直し作業」は多くの作曲家にとって不可欠
な行為だとしても、その異常な固執ぶりには当惑させられるのである。
〈!タ5つ
(5) 三型や楽想の反復癖について
H.ショーンバークはラフマニノフの創作態度を「自分自身を繰り返しがち
だった」齢と娩曲的に評した。ラフマニノフの作曲技法を考察するうえで、こ
の簡潔な言葉は重要な示唆を含むものである。
ラフマニノフは、ある特定の音型や楽想を自作寒中で何度も繰り返して用い
た。それを「ラフマニノフの反復癖」と以下呼ぶことにするが、似たようなパ
ヅセージが同じ曲中ならともかく、全く別の曲で頻繁に再出すること自体、か
なり異常な現象であり、創造的精神に欠ける安易な創作態度と非難されても仕
方のない』
ニころであろう。前節ですでに言及したラフマニノブ・リズムB3型に
よる同音反復や本節(1)〈怒りの日〉の引用などもその一例であるが、それ以外
にラフマニノフ作品で特に目立って頻出する音量や楽想について、以下具体的
に例を示しながら考察していきたい。
① 三連符に基づく主題提示
ラフマニノフ作品では譜面中至るところに三連符が目立っ。それもソナタ楽
曲の速いテンポの終曲などを中心に、主題の旋律線や伴奏凸型に三連符リズム
を使った例が多い・通常・これらの記黒暗拍子だが・類的には号拍子とも
全く変わらない。(括弧書きでもう一方の拍子を併記している作品まである)
比較的重要な作品の中から三連符を用いた主題を下に示す。
〈第2協奏曲終楽章〉
〈カンタータ「春」〉
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〈チェロソナタ終楽章〉
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<交響曲第2終楽章>
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〈第一ピアノソナタ終楽章〉
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〈第3協奏曲終楽章〉
ラフマニノフが拍節を3分割した複合拍子の感覚を絶えず意識しながら、こ
れらの創作に取り組んでいたことが推察される,それは時として知白子と争白
子とを同時に重ねてリズム上の微妙なずれを生じさせ、三連符と二連符の音価
の交錯を作曲技法として積極的に利用している。
第一交響曲終楽章にはその同時使用の華々しい実例が見い出せる。
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第4協奏藤楽章の麺ピアノパートも右手灘白子に対して左手音拍子の結
合例といえる。歌曲にはこのような異なる音価の組み合わせが比較的多い。
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このような拍節を3分割する複合拍子の感覚にラフマニノフが固執した背景
は彼の創作の発想の根源が何らかの描写的性格を内面に持っていることに起因
するものと筆者は考えている。ラフマニノフは詩歌、物語、絵画、風景など具
体的なテーマを持って創作にあたる傾向にあった。事実、彼の多くの器楽作品
には、その発想を求めている対象注、が存在して’ 「る。それは、音による語りを
意味するものである。このような性格の音楽は3分割系のリズムをとりやすい
傾向にある。例えば、舟歌、ギャロップなどは多分に描写的性格に由来するも
(/g7>
のであるし、古来より吟邉詩人の音楽は3拍子(ら拍子系も含む)系統が主流
であった。ショパンの4曲のバラードやメンデルスゾーンの無言歌「詩人の竪
琴」などがすべて3拍子系をとることは決して偶然ではなく、語りとしての性
格に由来するものである。シューベルトの歌曲「魔王」「糸を紡ぐグレートヒ
ェン」「琴弾きの翁の歌」なども同様の発想と考えられる.ラフマニノフのβ
連音の多用は、彼の作品に見られる無意識的な語りに依存するものであろう。
第2協奏曲第一楽章のピアノの分散和音の記譜(譜例ア)は、ラフマニノフ
のそのような3分割を主流に置くリズム観によれば解釈しやすい。この音型は
矢代の指摘通り、楽式論上は16分音符が正しい。しかし、その推移を注意深く
見守っていくと61小節目に本来3分割リズムに帰着している(譜例イ)。この
音型は冒頭から3連符リズムを念頭に置いて書かれているのである。
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②歌曲における三連符の伴奏音型
歌曲のピアノ伴奏パートは三連符リズムによる「反復癖の宝庫」とも呼べる
存在である。以下、頻出する伴奏部の三連符パターンを譜例で示す。左の譜例
が比較的多い原型、右譜例はその変型の一種と考えられる。
三連子音型A
(和音の連打)
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(アルペジオ)
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(和音の分割)
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三連符音詩B
Anegro
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ガ
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(ノ縛)
↓
実際にどのくらい頻出するのか前期の4っの歌曲集で分析してみよう。
下表は前述の3つの伴奏音型の使用の有無をタイプ別にまとめたものである。
※はそれ以外の三連符伴奏音型や声楽パートに三連符を持つもの
Op No
4
題名
A
3 夜の謝さに
C
○
1 ああ、お願いだいかないで
2 朝
B
O
O
○
題名
A
B
147胤てはい肋い、友よ
○
○
O
○
Op No
8 悲しまないで
C
9 顛のように ※
4 美しい人よ、私のために歌わないで
10愛の炎
5 ああ、私の畑よ※
11春の水
○
O O
12嚇たり
○
○
6 そんなに昔だろうか、友よ
8 1 すいれん
2 露によみがえる花のように
3 悩み
○
○
○
○
O
O
O O
※
211運命
2 墓のそばに
O O O
○
O
3 たそがれ
4 槻悲しみのために恋をした
○
4 答え
O
5 夢
○
5 ライラ汐
○
6 勧
○
6 ミ・ッセからの断片
○
141あなたを待って
○
O
2 小島
3 喜びもなく∴
○
4 微のもとに
℃
O
T 夏のよる
○
6 きみはほほえむ
○
7 ここはよき所
、O
○
○
8 べにすずめの死によせて
○
9 メロディー
O
10おもかげの前に※
○
11わたしは稲者ではない
12春の悲しみ
○
O O
○
ラフマニノフの初中期の歌曲のほとんどが前述した3つの伴奏音型を選択し
.て書かれていることは実に驚くべき事実である.実際に、それらが楽曲全体で
占める割合は必ずしも一様ではないが、彼の歌曲の中でも有名な「春の水」や
「ここはよき所」などは全ての音型を使用している典型例といえる。この傾向
は後期の歌曲においても音型処理が多少複雑になるだけで原則的に変わらず、
習作や遺作を除き生前発表された71曲中、三連符を全く含まない歌曲はく美し
(/49)
い●
lよ、私のために歌わないで〉〈べにすずめの死に寄せて〉〈昨日私たちは
あった〉(作品26の13)〈ヴォカリーズ〉(作品34の14)のわずか4曲しかない。つまり、
ラフマニノフの歌曲には三連符のない作品の方が珍しいのである。
和音や分散和音による伴奏はどの作曲家の歌曲にも多く見られるごく一般的
な伴奏様式である。そのうえ、三連符による伴奏墨型となればその表現方法は
著しく限定されてくる.むしろ、大抵の作曲家は曲ごとに伴奏音型を意識的に
変えようとするものである。同一の伴奏パターンの繰り返しは単調さを招き、
各曲のコントラストを不明瞭なものにする危険性を孕んでいるからである。と
ころが、ラフマニノフは自作の音型やリズムパターンには一向にこだわらなか
った形跡が歴然と認められるのである。これほど偏執的に同一音型を高確率で
繰り返した作曲家はおそらく他には見当たらないだろう。
それにもかかわらず、ラフマニノフのどの歌曲も決して単調で平凡な響きに
陥ってはいない。常に個性豊かな内容を持ち、それぞれ変化に富んでいる。そ
の原因はラフマニノフの巧妙な作曲技法によるものである。
ラフマニノフの歌曲はピアノパートが極めて重要な役割を担っており、高度
な技巧を要求する作品が多いのも事実だが、本質的には声のパート即ち、主旋
律をピアノの豊かな音色と和声的色彩感でいかに効果的に支えるかということ
に集中して書かれている。それは時としてピアノパートが延々と陶酔的表現に
埋没する場合も見られるが、シューマンの例を出すまでもなく、音楽表現を優
先させた結果そうならざるをえなかったからであり、決して外面的な演奏効果
を狙ったものではない。ラフマニノフの歌曲に見られる三連符の伴奏音型も、
その表現されるべき音楽的内容から、必然的に導き出されているのである。多
くの三連符による伴奏音信は、終始一貫してそのパターンを押し通すことは少
なく、他の伴奏音型と組み合わされ、漸増表現やクライマックス頂点など音楽
上の要所に効果的に挿入されることが多い。この傾向はすでに初期の作品から
明瞭に見受けられるのである。
歌曲くおお、私の畑よ〉では民謡風な素朴な和音伴奏が主流だが、途中「畑
よ、おまえのうえを風が吹き荒れ」という歌詞のところになると次のような三
連符の伴奏音型が出現する。それは嵐の描写であり、前後の楽節とは明確なコ
ントラスFを示している。(次のページ)
(1 SO)
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〈むかしのことだろうか、友よ〉では歌詞の3部構成一別離の悲しみ、今日ま
での孤独な心境、偶然的な再会の喜びを伴奏音型ABの効果的な選択によって
作曲されている。
(別離) Oant。.
Piano.
(孤独)
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(再会)
〈私は悲し寿のために恋をした〉では、引き裂かれた二人を切々と語る個所
で三連符音型Bを使うとともに主旋律を3度高く移して感情的な昂ぶりを劇的
に表現している。
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このようにラフマニノフの歌曲の伴奏部は歌詞の変化に伴って三連符音戸も
適宜選択し、適所で用いていることが分かる。この歌詞に基づくきめ細かい感
情表現の.推移は最後の歌曲集まで一貫して変わらない。ラフマニノフの歌曲が
(15陶1)
ロシア歌曲(ロシアでは芸術歌曲をリートと呼ばず、ロマンスPOMaHCと呼ぶ)
の中で重要な位置を占めている所以は、その旋律の美しさや伴奏部の演奏効果
・だけでなく、ロシア語の抑揚や文学的詩情を巧みに表現していることからも十
分納得させられるのである。
三連符音型Aを例にとって、その使用効果を他の作曲家の作品と比較してみ
よう。次のラフマニノフの作品とチャイコフスキーとリムスキーコルサコフの
作品とは形態的には全く同じ音型に基づいて作曲されている。
ラフマニノフ「時はきた」(作品14の12、1896)
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チャイコフスキー「もう部屋の灯は消えた」(協63の5,1887)
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リムスキーコルサコフ「八行詩」(作品45の3,1897)
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ラフマニノフ作品では和音連打による伴奏音型が歌詞の内容に基づく激しい
心情吐露の手段として速いテンポで用いられているのに対し、他の作曲家によ
る作品例は共に緩やかなテンポで叙情的な表現を示している。つまり、両者は
楽譜上の類似性を越えて、全く対照的な表現を指向しているのである。シュー
ベルトの歌曲〈魔王〉がよい先例だが、急速な和音連打による伴奏はピアノ奏
者に相当な技術的負担を強いる結果となる。その根拠をラフマニノフの並外れ
(/52)
だピアノの力量と結び付けることは容易だが、筆者はあくまで原詩のイメージ
を優先させた作曲技法上の意図的な音型選択として捉えたい。
ピアノ作品にも三連享年型が支配的ものが少なくない。前奏曲集では作品23
より作品32の方が、練習曲集では作品33より作品39の方がその依存度は強まっ
ており、ロシア時代後期にはかなり集中的に用いられていることが分かる。初
期のピアノ小品ではく前奏曲嬰ハ短調〉中間部やく舟歌〉冒頭など部分的に曲
想の変化を意図して使われているものが多く、〈メロディー〉のような一貫し
た三連符音型による作品はむしろ例外的である。そこでは三連符音型による複
合リズムが作曲技法上の要求に応じて必然的に用いられているのである。
ラフマニノフの三連三音型の反復癖は、外面的には安易な創作態度に結び付
けて解されがちであるが、各作品を注意深く分析してみるとそれらは歌詞の内
容や楽曲構成を尊重した効果的な選択活用が図られており、決してワンパター
ンの手抜きな書式でないことが判明してくるのである。ラフマニノフは自らの
反復癖を意識し、完壁な制御を通して使っている。
③終結部での和音連打音型
ピアノ協奏曲の終結部に現れる一定の和音連打による音型は、楽曲の終わり
を予告する意味をもつ「ラフマニノフの反復癖」の一例である。
ピアノパートの音型は左右の交互連打によって分散和音的に和音を積み重ね
て奏するものである。なお、最終和音は短く、歯切れよく、時には唐突に終わ
るものが多く、これを特に「ラフマニノフ終止」と呼んでいる。
〈第1協奏曲第一楽章>
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〈第1協奏曲終楽章〉
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〈第2協奏曲第一楽章〉
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〈第2協奏曲終楽章〉
〈第3協奏曲終楽章〉
〈第四協奏曲終楽章〉〈パガニー二狂詩曲〉では終結部の少し前に出現する、
これらの最終和音も典型的な「ラフマニノフ終止」を伴う。
〈第4協奏曲終楽章〉
’
〈パガニ一二狂詩曲〉
したがって、ラフマニノフの協奏曲では主調による1度の和音上でこの音型
が出ると終結間近という印象を与える。因みにチャイコフスキーの第一協奏曲
も終楽章は同様のパターンを使っている。
(!5馳の
曾2っのピアノソナタの終楽章も同じ音型を終結前に持つ。ただし、最終和音
は「ラフマニノフ終止」ではない。
〈第1ソナタ終楽章〉
〈第2ソナタ終楽章〉
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管弦楽曲ではそのようなピアニスティックな音型は所詮無理なため、その代
用として分散和音風の楽句をわざわざ組み込んでいる。これらはいずれも「ラ
フマニノブ終止」を採る。
〈第2交響曲終楽章〉
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〈第3交響曲終楽章 〉
〈交響的舞曲終楽章〉
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(15S)
.管弦楽作品までその発想を持ち込まれたピアノによる終止直前の和音連打音
型は、ラフマニノフの大規模作品を終結に持ち込む常套的手段であることが判
明する。それは最終和音に「ラフマニノフ終止」を伴うことも多い。もちろん
曲の途中でも、クライマックスの頂点や新しい楽句の橋渡しとしてそれが見受
けられることから、本質的にはその華麗な演奏効果を求めていることは確かで
ある。それはリスト以降のロマン派ピアニズムの所産の一つである。
ラフマニノフがこの晶晶を反復した理由は、単に華麗なピアニズムの誇示と
いう側面だけでなく、彼の好んだ音響が力強い和音の積み重ねによって得られ
ることに関係している。つまり、大曲の堂々たる完結には断然この音型がふさ
わしく、絢話そうに見える常識的な分散和音では音量に欠け、管弦楽のトゥッ
ティに立ちうちできないのである。本事例はラフマニノフの反復癖としては比
較的目立っ場所での「作曲技法上の知恵」といわねばならない。
④特定楽想の反復効果
最後にラフマニノフ作品における楽想の反復例を示し、その表現意図につい
て考察してみよう。
連打和音による伴奏音型は三連符が多いことはすでに述べたが、それらが旋
律線を伴うものが次のような作品に用いられている。
〈歌曲「おまえは花のように美しい」〉
〈ショパンの主題による変奏曲、第18変奏〉
いずれもリズム面では三連符と二連符との交錯が主眼となっており、左手に
幅広い分散和音を採っている。歌曲の例では前奏や間奏として限定使用されて
いることに注目したい。
(ノS6)
●この楽想が室内楽に現れると、ピアノは独奏楽器の主旋律に対して単なる装
飾的効果から対旋律としての機能まで持つ。
〈チェロソナタ第三楽章〉
次の例は三連符ではないが効果は同じである。
〈チェロとピアノのための前奏曲〉
ここに挙げた室内楽作品では、主題の再帰に伴奏音調の変形として用いられ
ている。このような使用例は確かに反復癖と呼ぶべきもの澤が、その内容は楽
曲構成面での必然性を伴っているもので決して気紛れな乱用ではない。それは
形態的の類似面のみでは判断できない意図的な表現設計を持つでいる。
このような楽想は次の管弦楽作品にも骨格として持ち込まれている。
〈カンタータ「春」〉
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<交響曲第2番第三楽章>
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(ノ57)
’別の事例として前奏部や終結部に見られる特徴的な和音配置に基づく楽想に
ついて次に述べる。譜例はその典型例である。
<練習曲集「音の絵」作品33の6>
〈歌曲「小島」〉
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<ロシアの歌第3曲>
〈「鐘」第2楽章〉
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次の例は楽句の転換点に出現する。特に第4協奏曲ではその楽想が21小節間
継続し・その最後は単音まで簡略化されるoi .、
〈第3協奏曲第一楽章〉
〈第4協奏曲終楽章〉
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このような楽想は明白な減衰表現を指向しており、和音はすべて下降する方向
.性を持つ。リズム面や和声面ではどの例も微妙に異なっているが、弱音による
動きのない静寂感さえ漂う響きはその周囲の楽句から浮きだった存在である。
ラフマニノフがこの和音による特殊な楽想を三頭や挿入句としそ梗う場合、
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その後に鮮明な場面転換、または対照的な展開を意図している証拠である。曲
尾の場合、その余韻は沈黙の中へ溶け込んでいくかのような「完全な終始感」
を引き出す。
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この楽想の原型は次のようなピアノ曲の終結部から由来している。
〈IS8)
〈楽興の時変ホ短調>Op 16No2
〈前奏曲ハ長調>Op32No 1
ピアニスティックな効果を追求したテンポの速い曲では、その終結部におい
で音価の長い和音を連続的に用いて終える手法がしばしば用いられる。このよ
うな和音による静止効果も「ラフマニノフの反復癖」に属するものであるが、
その表現意図はいかにも簡明で分かり易い。それはラフマニノフの音楽が大衆
的となった重要な要素でもある1
⑤変容を伴う反復効果
ラフマニノフの反復癖はその外見的な類似性にだけ言及すれば、果多しい種類
と数に昇り、新鮮さという面では確かに問題もある。しかしながら、その表現
上の効果を分析すると見るべき内容も多く、ラフマニノフの作曲技法の粋を集
めたものといえよう。
このような音型や楽想自体、三連符リズムや和音連打などはどの作曲家も常
用しているあり,ふれた素材であり、それを繰り返し使用していく行為は楽想の
枯渇として厳しい評価を受けることは避けられない。ラフマニノフ作品がチャ
イコフスキマやロシア国民楽派の模倣や亜流であるといった従来の一部の評価
は、このような外形的な創作態度を捉えて評している観が強い。
もっとも、ある種の音型や楽想はどの作曲家もおのずとどこかで繰り返して
使用しているもので、古典派におけるアルベルティバスや鼓動バスなどはすで
に一つの規範として一般に承認されてきたものである。ラフマニノフの頻出す
る面立や楽想についても同様に考えれば、さほど非難の対象とはなりえないも
のであると筆者は考えている。
要は各作品の中でそれらがどのように変容され、独自な音響と表現効果をも
たらしたか検討することがラフマニノフ作品の本質的な評価を導き出すことに
(ノ5”タ?
つながるのものである「。それはラフマニノフの創作態度を解明していくための
最も基本的な姿勢であり、筆者の主張する楽譜による作品分析を不可欠なもの
とする。
ラフマニノフの「反復癖」を最も素朴な変容過程で示してくれる実例として
く聖ヨハネス±クリソストモスの典礼〉(綿31)より第1曲「大連祷」は重要
であろう。この曲は西洋キリスト教ミサの「キリエ」にあたる「主よ、あわれ
みたまえ」という語旬が13回反復されるものであるが、その反復音型は回を重
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.ラフマニノフの作品は原則的に単純な反復に終始し、動機的展開や対位法に
よるフーガを用いない極めて平易な音型を継続していく。その清誼な響きと明
解な構造様式は、同時代の他の作曲家による諸作品を凌駕するものである。
ラフマニノフの動機や主題の反復癖は「変容」という作曲技法によって、被
い隠されているといえよう。その効果は、彼の音楽を簡潔ながらも奥行きの深
い変化に富んだ内容にしている。
ラフマニノフの音楽は、作曲者の語る言葉や自作自演ディスクなど楽譜以外
の材料からもそれなりに検討することは可能である。しかしながら、ラフマニ
ノフの生きていた時代では、彼自身も含めた多くの作曲家たちは何よりもまず
自らが書いた楽譜の中にこそ音楽上の重要メッセージを託そうと苦心したはず
である。当時、「作曲」という行為は「新しく楽譜を書くこと」と完全に同義
なのである。作曲家の残した楽譜というものは、演奏再現を前提にすれば不完
全かっ主観的なものであるにもかかわらず、第三者に多くの示唆を与えてくれ
る貴重な資料として十分に尊重されねばならない。
「
筆者は、ラフマニノフ作品の分析を通して多くのことを発見し、それらの関
連性やルーツを探ってきたのであるが、その過程で2っの興味深い視点が浮か
び上がってきた。一つは「ラフマニノフスタイル」(第3章)としてラフマニ
ノフが意識的に用いた音楽上の語り口調であり、もう一つは本章で取り上げた
旋律や玉露に関する類似性や反復癖の豊富な実例である。それらの頻繁な活用
はいったい何を意味しているものであろうか。
次の終章では、これまでの考察をもとに筆者の最終的なラフマニノフ観を総
括的に
ソくことにしたい・
(/6ノ)
.終章
総括的考察
*創作態度
作曲家としてのラフマニノフは、原則的には過去に使われたさまざまな音楽
語法を用いて自分なりの音の世界を再構築していった「変容の作曲家」と考え
られる。それはラフマニノフの練達した作曲技法によって強固に支えられてい
るものであり、先人の語法をそのまま無策に繰り返すような「模倣の作曲家」
では決してなかったのである。
その創作上の特色は、丁台で詳述した内容、即ち明解な旋律構成法、特徴的
な和声進行、音色主体の管弦楽法、精緻な主題展開法などに如実に反映されて
いる。その過程は先人からさまざまな影響を受けながらも、それらを素直に取
り込み、自分なりに消化吸収して個性的な音楽様式を確立していったものと推
察される。
ラフマニノフの音楽を形成している本質は、極言すれば旋律とその変容過程
であるといえる。彼の多くの主題旋律はそれらを構成するいくつかの要素の共
有によって、旋律線や抑揚の面で共通の特性を持っている。彼の旋律は同じ細
胞から派生した同種異形のようなものであり、どの部分を抽出してもある種の
パターン化された「節まわし」が各所に見いだされる。その旋律は絶えずラフ
マニノフ特有の響きを充満させつつ、刻一刻と変容を重ねていくのである。
ラフマニノフの大規模作品はどの曲を取り出しても「変容」の連続である。
主題変形や動機的細分化、循環手法、定旋律の頻繁な引用や自作品の転用など
は、旋律提示や主題展開において「変容」を促すための典型的な作曲技法であ
り、「ラフマニノフ変化」Jラフマニノブ予告」、音無や楽想の反復癖なども
広義においてはその一手法といえる。
ラフマニノフは独立した変奏作品をわずか4作しか残さなかったが、彼の交
響曲やピアノ協奏曲は、見方を変えれば、主題変容の多面性において変奏曲に
匹敵するほどの「変容」の可能性を試みている。その意味では、ラフマニノフ
作品を伝統的な楽曲構成論理や様式観の枠組で表面的に追っていくだけでは決
してその真価を見いだすことはできないのである。つまり、各作品の主題変容
過程の中にこそ、ラフマニノフの作曲家としての最も優れた資質を見いだしう
(/6 2>
る.からである。それらは、楽譜の中に緻密に計算されて盛り込まれており、余
程注意深く分析しないと見落としてしまうような「隠し味的存在」となってい
るものさえある。ラフマニノフ作品の解釈に際して、厳密な楽曲分析を通した
作曲学的なアプローチが欠かせないのはそのためである。
ラフマニノフは、「変容」という展開処理法を自らの最も重要な作曲技法と
して意識的に多用していたものと推察される。筆者が各誌において分析してき
たように、1それらは作品の中で音楽表現上の起伏変化とうまく対応、処理され
ており、その表現効果に確かな手応えを感じさせるものである。しかも、その
活用場面はあらゆるジャンルに渡っており、旋律:表現法や主題展開法において
すでに筆者がいくつか解明を試みたように、彼独自の楽曲構成論理に整合した
適所での正当な使用法であって、無差別な乱用ではない。
また、それらの基盤となる素材は非常に限られている点も特異である、。これ
ほど少ない素材で生涯音楽を書き続けていった作曲家はロマン派以降では皆無
であろう。創作上のアイディアがかくも明解に分類できること自体、ありふれ
た素材の多面的活用の巧妙さは別として、作曲家固有の創造力や発想の観点か
らみれば、あまり自慢できる創作態度とは言えない。自らに対する厳しい探求
姿勢が問われてくるからである。この点についてはラフマニノフの特殊な音楽
観が深く関係してくるのである。
*保守的な音楽観
ラフマニノフは生涯、貴族の末窩としての誇りを支えに生きており、その芸
術観はロシアの上流社会に根差した世紀末的な危機感と古きよき時代への郷愁
感とに支配さ1れていた。しばしばチェーホフの文学と関連づけられるのは、当
時の変貌する社会に目を背けたまま、自らの世界に没頭していった創作姿勢が
共通しているからである。それは懐古的であり、伝統的規範を尊重する精神を
培うものであった。ラフマニノフの芸術思想中には革新的要素や開拓的精神は
無縁のものだったのである。それは後のロシア革命勃発時における国外脱出、
亡命という選択に象徴されている。
このような保守的な音楽観は、後年、彼の名声が高まり、音楽界での重要な
地位に就くに至ってますます強固となり、反前衛的立場をいっそう鮮明にして
いったことは当然の成り行きともいえる。しかも、ラフマニノフは指揮者兼ピ
q63ノ
アニストとしてもそれぞれ超一流であり、そのような演奏家としての立場によ
る発想や音楽観もラフマニノフが再現芸術を強く指向していく保守的な創作態
度の尖鋭化を助長したことは十分納得できるものである。
このような過去への回帰性は作曲家としての創作態度に決定的な制約を生じ
させた。それはひたすら過去の素材の再活用に専念させ、新たな音楽語法の開
発や伝統様式の破壊などはタブー視する彼独特の創作態度となって現れた。そ
のための最も有効な手段として、ラフマニノフは主題や音型の「変容」という
作曲技法に行き着いたのであろう。その「隔離された特殊な世界」の中におい
てのみ、ラフマニノフは自己の音楽スタイルを見いだし、その優れた才能を縦
横無尽に駆使していったのである。
*大衆性との関連
変容を中心に据えたラフマニノフの作曲技法はその大衆性という側面からも
極めて重要な意味を持ってくる。ラフマニノフの旋律やリズムがパターン化さ
れ聞き取り易いという性質は、とりもなおさず聴衆側にとって親しみやすく、
覚えやすいという大衆的要素に結び付く。それはチャイコフスキーのような主
題そのものの執拗な反復の連続ではなく、少しずつ和声やリズム面での変形を
際限なく繰り返す「変容の過程」を持っており、ラフマニノフ作品の隠された
魅力の一つとなっている。初演時から一般大衆にも人気の高かった交響曲や協
奏曲において、その特徴的な旋律線や華麗な演奏効果が強烈な印象と適度な変
化を伴って聴衆今伝えられたのは、その旋律や音量の「反復効果」を作曲技法
面での「変容」が背後から支えていた成果とも考えられるのである。
ラフマニノ,フの音楽は「革新性」や「創造性」の面からは何ら音楽史に貢献
していない。それは聴衆に対する「共感性」と「相互理解」に根差した「感性
の音楽」であると筆者は捉えている。そのことは「芸術音楽の大衆化」という
別の次元における宿命的課題を結果的に解決することになった。後に数多くの
作曲家が彼の編み出した明解な旋律表現法を模倣した。それ以後の協奏曲作品
の系譜において、ラフマニノフの旋律表現様式は次の諸作品の中に明らかに認
められる。ガーシュインのピアノ協奏曲へ調(1925)、ロドリーゴのアランフ
ェス協奏曲(1939)、アディンゼルのワルソーコンチェルト(1941)、プーラ
ンクのピアノ協奏曲(1949)、バーバーのピアノ協奏曲(1964)、中国人民共
q6タ)
同製作によるピアノ協奏曲「黄河」(1969)などである。皮肉なことにその精
神は映画音楽やポピュラー音楽の世界に今日まで生き続けている。
生前、ラフマニノフを支えたのは大多数の平均的聴衆であった。そのために
彼は「変容」による反復効果に依存し続けたといえなくもない。つまり、その
時点からラフマニノフにとって、すでに自ら道を逸脱することがあらゆる意味
においても許されない状況が生じていたのである。そこに作曲家としてのラフ
マニノフの自己撞着を見いだすことができる。ラフマニノフは大衆のために作
曲したわけでは決してなかったにもかかわらず、彼の作品は、結局のところ常
に大衆にしか受け入れられなかったのである。
*管弦楽的発想と音色の多様性
ラフマニノフの残した作品は管弦楽曲から声楽作品に至るまで多様なジャン
ルに渡っており、従来のようにピアノ音楽を中心に置いて、その全ての創作活
動を解明していこうとするとかなり無理が生じていた。近年、純粋な管弦楽作
品やオペラ、無伴奏合唱曲などが次第に注目されてきたのは、ラフマニノフの
音楽の本質は、その旋律形態や音響設計面において、ピアノ書法を越えた何か
別のところにあるのではないかとする考えに基づいている。
確かにラフマニノフは優れたピアニストであったことは周知の事実だが、そ
のことが作曲家としての創作態度や作曲技法面に、必ずしも反映されたとは言
いにくいのである。彼の残した管弦楽作品や合唱作品はピアノとは無関係な分
野であるにもかp)わらず、そこには旋律作法や和声様式を始めとするあらゆる
ラフマニノフ的特徴を旧い出すことができるからである。
その反面、仮のピアノ作品は純粋にピアニスティックな要素というより、複
雑な音群の融合体、もしくは多旋律の線的相互交錯性という管弦楽的性格が色
濃く認められる。ピアノ作品の音構成面からも、重厚な和音や急速なフィ.ギュ
レーションにはその背後に必ず管弦楽の各楽器を連想することができるほど、
重層的で細分化された音の広がりを感じさせずにはおかない。.
ラフマニノフが管弦楽的発想に基づく複雑重厚な音響設計に固執した背景に
は、ショパンやスクリャビンと違って、創作初期の段階からピアノに限定して
自己の音楽を表現していなかったことに由来している。オペラ「アレコ」や習
作時代の管弦楽曲にはピアノに頼らない純粋な交響作家としてのラフマニノフ
〈/6S)
が早くから存在していた。それは逆に彼のピアニズムを管弦楽的色彩で埋め尽
くしていったのである。ラフマニノフは自身優れたピアニストでありながら、
発想面でピアノという楽器に多くを頼らなかった貴重な作曲家といえよう。
レスピーギは、1930年頃ラフマニノフの最も込み入ったピアノ作品集の一つ
「音の絵」から5曲を選んで管弦楽編曲を行っている。それはラフマニノフの
ピアノ作品が必ずしもピアノでなければ表現しえない特殊なもopではなく、む
しろ豊かな音色を有する管弦楽の方がその色彩感を的確に表現できる可能性が
高いことを実証している。もちろん、ラフマニノフのピアニズムはそれなりに
個性的な響ぎに満ちてはいるが、ショパンやドビュッシーのようなピアノ固有
の表現を常に追求したわけではない。そのピアノ書法のルーツを辿ると、むし
ろ、リストの作品に非常に近いと考えられる
*主題変容の歴史的背景
かってリストは、ピアノを管弦楽に匹敵する万能楽器とみなし、管弦楽曲の
膨大なピアノ用編曲を残した。また、彼のオリジナル作品においても「主題の
変容」を最も得意とした。その精神は彼の直系の弟子たちを通じてロシアのピ
アニストや作曲家たちにも継承され、深く浸透していったのである。R.コル
サコフのピアノ協奏曲は主題の変容がテーマであり、当時の国民楽派の作品は
〈∼の主題による〉という題名が決まり文句となった。ラフマニノフ作品の変
容傾向は彼独自のものでなく、19世紀末のロシア音楽界のひとつの流行を取り
入れたにすぎない。
しかし、ラフマニノフ作品に見られる「変容」はロシア国民楽派らの模倣で
はない。少なくとも彼の作品においては、変奏曲を例外としてもポピュラーな
民謡旋律や他の作曲家作品からの露骨な引用はほとんどない。ラフマニノフは
あくまで自作旋律をその変容の中心に据えている。
このような主題の変容作法は、当時、循環形式という最新の楽曲構成原理と
結び付いてもてはやされていた。ヨーロッパ音楽界では、すでに極限まで肥大
した大規模形式の作品を有機的に統一する救世主的存在とみなされていた。そ
のため、主題の変容とは作品全体に波及する全く新しい展開技法としてその後
の若い作曲家の創作基盤のなかに取り込まれていったわけである。
ラフマニノフの変容指向を支える創作姿勢の根底には、多分に即興的な発想
(ノ6の
が見え隠れするように思われがちであろう。ところが事実は完全に予想に反し
ている。ラフマニノフの場合、自作品は推敲を重ねて念入りに書かれており、
即興的な表現要素をほとんど見いだすことができない。また、演奏家としての
うフマニノブは即興性を排除した楽譜に忠実な演奏解釈を理想とした。ラフマ
ニノフの音楽には、不変性と論理性が支配的である。これに対して、モーツァ
ルトやリストの音楽には演奏家としての即興性が混入されていることが残され
た楽譜からも窺えるのである。(スクリャビンの音楽も同じ系列に属するもの
であって感覚的、流動的で気紛れな性格を持っている。ショパンの音楽は外見
上、即興性に依存しているように受け止められやすいが、彼の創作姿勢は自筆
楽譜からも証明されるように一貫して推敲と思索の連続である。)
このように、楽譜上の形態的な特徴と作曲家の習慣ともいえる即興的な表現
姿勢とは必ずしも一致するものではないが、少なくともラフマニノフの場合は
即興性に対しては最も距離を置いていた作曲家と言えるのである。
*主題変容と循環形式
ラフマニノフのソナタ楽曲における循環形式の導入は、その構成面での長所
短所を浮き彫りにする。
交響曲や協奏曲における主題の変容過程は古典的な形式を下敷きにした作品
全体の統一感をより緊密性の高いものにする。そのうえ、各主題は適度な変形
を繰り返しながら、次々に新しい要素を伴って反復される。それらは音色、音
高、和声、リ塔ムなどのあらゆる変容上の要素を複合的に取り込み、ラフマニ
ノフ特有の抑揚と色彩感を生み出していく。一つの主題が予想を上回る多彩な
情緒を伴っで次々に出現する様相は、あたかも手品を見せられたような意外性
と不可思議さに満ちた独創的な展開過程を十分に堪能させてくれる。
その反面、主題の変容はソナタ形式の展開部の要素を先取りするという意味
において、展開部自体の存在を危うくする可能性をも内包している。多くの主
題は刻々と変容され、その姿を目まぐるしく変えていくが、展開部に至るまで
に主題群はすでに十分展開し尽くされてしまう。そこで展開部に入ると、既出
素材の変容の行き詰まりを打破するために、副次的な素材を引っ張り出したり
新たな素材を挿入したりする工夫が必要となる・その結果・展開部は肥大化・
複雑化していき、主要主題の印象は希薄化し、展開部の緊密な構成論理に破綻
(/67)
をきたすという弊害が生じるのである。特に後期の大作にその傾向が認められ
るのはラフマニノフの「変容」が過度になりすぎたことに起因している。
一方、ピアノ独奏曲や声楽作品のように古典的な構成論理から解放された作
品群においては、ラフマニノフの変容が優れた作曲技法に支えられ、見事な結
実を見せている。形式に束縛されない自由奔放な作晶に対してラフマニノフは
気の向くままに大胆な変容を試みている。さらに、変奏曲や編曲作品では最も
解放的で、独創性に富んだ処理を施していて、自らの作曲技法の集大成を誇示
しているかのような錯覚に陥るほどである。その世界はまさにラフマニノフの
独壇場といえる。
*変容への固執性
ラフマニノフは、創作活動におけるその発想の根源を文学や絵画及びロシア
の自然風土に求めたことはよく知られている。彼の多くの作品に見られる描写
的性格は古典的な形式の枠組の上に、特定の砂型や楽想をその姿をさまざまに
変容させっっ反復される。プレリュード亀戸短調や第二協奏曲の冒頭に聞かれ
るロシア教会の鐘の音は、生涯彼の作品の中に「変容」を通して時折姿を現し
ている。ラフマニノフの音楽はまさに反復と変容の探求の足跡と言えよう。
ラフマニノフの変容指向は、彼の演奏家としての経験と作曲家としての探求
心とが融合してできたものであると捉えることもできる。それは聴衆と芸術家
との接点を追い続けた結果、両者を結び付ける最善の方法として確立された作
曲技法という意味においてである。作品に対する自分の共感度を保ちつつ、新
たな解釈を加えて聴衆に再提示するためには、主題の変容が最もふさわしい方
法となる。それは「親しみやすい主題」という共通要素を軸にして、演奏家と
聴衆との暗黙的な了解のもとに初めて成立する必要十分条件に他ならない。ラ
フマニノフの演奏家としての資質は、作曲家としての「変容」指向を無意識の
うちに肯定し方向づけていると考えられるのである。
*変容の意義
ラフマニノフは「変容の作曲家」であったと同時に、自らも絶えず変容させ
続けた「内省の作曲家」であったといえる。彼ほど自作の評価や反響に敏感に
対応し、自分なりに自己変革を試みた作曲家はそう多くない。それは折衷主義
者という非難を浴びることもあったが、その本質的な創作基盤は新しい音楽語
(/68)
法に対しても決して閉ざされたものではなかった。それはラフマニノフの後期
の作品が全く新しい変容の可能性を見せていることから証明できる。
ラフマニノフは「変容の作曲家」として保守的な創作態度を生涯維持し続け
たことは紛れもない事実である。しかし、その精神は決して創造性に欠けるも
のではなく、常に新たな変容の可能性を探求するために自分の音楽と真摯に向
き合っていたのである。「変容」という創作姿勢は音楽様式面において必然的
にその原形モデルを要求し「その様式の枠のなかでの変化」注1を強く促すもの
である。それは枠を跳び越えて外へはみ出すほどの急激な転換ではない。
ラフマニノブにとって「変容」の原形モデルとは、チャイコフスキーやロシ
ア国民楽派だけに限らず、バッハ以降今世紀始めまでの幅広い年代の作曲家を
対象としていた。その背後には個々の作品に対するラフマニノフ自身の共感度
が影響してくるものである。そのためには演奏家としての豊富な経験と高度な
作曲技法とが三時に要求される結果となった。ラフマニノフはそのような技術
面での要求には難無くこなすことができたのである。変容とは優れた作曲技法
を有する者にのみ許される新たな創造的行為といえる。
「変容の作曲家」という真の意味は、自らの保守的な創作態度とは裏腹に、
主題や音型に対して常に柔軟な姿勢で臨み、それを絶えず豊かな、別の新しい
ものに再創造していったラフマニノフの特徴的な創作活動を象徴する言葉なの
である。
’
(/69)’
・ 終わりに
本論はラフマニノフ作品の「旋律」を中心に据えて、旋律学的構造及び旋律
表現に関わる作曲技法についての考察が大半を占めている。それは本研究を進
めていく上での筆者の基本的立場であり、従来にない新しい視点から作曲家ラ
フマニノフを分析していくことをその中心的課題としたためである。
本研究を終えて率直に感じることは、全作品を対象とした総合的な視座によ
る楽曲分析が非常に困難な作業であったという反省である。実際に筆者が見い
だし得たいくつかの傾向及び楽譜上の事実は、どこまでも一面的な解釈であっ
て、それらを包括することは容易でない。また、個々の事象はある意味におい
)
て筆者の主観的な見解がその基盤となっていることも否定しない。
本論中でも触れたように、特定のジャンルの作品に絞って抽出された項目ご
とに徹底的に分析し、数値化による傾向を見いだすことの方がはるかに明解か
っ科学的な根拠を示すことができることは筆者も十分に心得ている。しかし、
本論文はそのような客観性を全面に押し出すことは敢えてしていない。
音楽における楽曲分析という研究分野は、ある限定された範囲内で厳密な科
学的データを示し有無を言わさずに数学的事実で立証しようとする最近の音楽
認知心理学研究の手法が主流となりっっある。それはそれなりに素晴らしい実
績をあげていることは筆者も認めるものである。これに対して、従来の伝統的
な楽曲分析とは個人の音楽経験に依存した仮説・検証という極めて主観的な方
法に頼るものであり、一つ一つの作品を根気よく分析する作業の中から何らか
の成果を期待しつつ、それらを関連づけていく過程を重視している。
伝統的な楽曲分析は、今日非科学的な内容として敬遠される傾向にあるが、
少なくとも音楽が誘発する個人的な感情推移を重視するならば、それも十分に
認められてしかるべき意義を見いだしうると筆者は考えるのである。
音楽とは、あくまでその人個人の感性によって主観的に知覚されるものであ
り、その傾向や可能性をやたら数値上の客観性で示せば済むという単純なもの
では決してないはずである。作曲する側としても大半の作曲家は自らの主観性
に基づいて創作していると予想される。そのような「主観的な創造行為」を、
受け止める側の主観的判断で裏打ちすることこそ、作品分析の出発点になるの
(ノ70)
ではなかろうか。特に楽曲分析の初期段階においては、個人の直観性や予見性
を存分に発揮できる能力や資質が真っ先に問われてくるのである。それらは、
研究者自身の音楽的経験や音楽的嗜好、音楽的価値観に大きく左右され、極め
て主観的、閉鎖的になりがちであり、独善的誤謬を生じやすい。
本論は、楽曲分析の出発点としての使命をある程度果たすことができたと思
うが、具体的な考察の内容がそれぞれ客観的な説得力を持ちうるかどうかにつ
いては今後、多くの識者の判断を仰ぐよりないのである。つまり、本論はどこ
までも問題提起として各項目を繋ぐ「点描の集合体」にすぎない。
さらに、この先は本論文に基づく数値化、客観化への移行研究が必要となる
ことも当然である。それらは「マニュアル化」さえ確定できれば、容易に結論
が導き出せることだろう。その時点で筆者の考察は大幅に修正される可能性も
十分ありうるのである。ただし、そのような作業は筆者の守備範囲ではないた
め、その具体的方法については正直なところ関心は薄い。
最後に、本論中で筆者が触れられなかった興味深い諸問題について今後の課
題として言及しておきたい。
第一に、ラフマニノフ作品におけるフレージングの問題である。彼のアーテ
ィキュレーションの指示については極めて特異な習癖が認められる。それは、
旋律:表現や楽曲構成面に関連しているようである。
第二に、作曲者がピアノ作品において、演奏上、手や指の自然な生理的感触
を配慮した個所と逆にそれに反する無理な音型処理を目指した個所とが混在し
ているように思われる。彼のピアニズムを探る貴重な手がかりとなろう。
第三に、Fシア語の抑揚と旋律線との関連性、及びロシア正教における祈祷
文の音律:問題である。1993年の国際ラフマニノフ学会でも主要テーマとなった
ユニークな課題であるが、これについては專門的な語学力を必要とする。
第四に、自筆原稿及び初版楽譜との比較検討である。ラフマニノフの改訂癖
は本論中でも一部触れたが、現在でもこれらの資料は入手しにくく、不明な点
が多い。(「ヴォカリーズ」の旧稿など筆者はただ想像するのみである)
ラフマニノフ研究は未解決な分野も多く、大局的な視野による積極的なアプ
ローチを待たねばならない。ラフマニノフの音楽が21世紀にどのような評価
を得ていくのか今後も目が離せない状況である。
(171)
謝辞
本論文の作成にあたり、多くの先生方から直接、間接に温かいご指導ご鞭燵
を賜ったことに深く感謝している。
指導教官の草野次郎先生は、筆者の広範囲な領域に及ぶ煩薙な質問や些細な
疑問点に対してひとつひとつ懇切丁寧にご指導いただき、絶えず新たな示唆を
与えてくださった。また、作曲学的考察に関しての先生の的確なアドバイスは
筆者の得難い大変貴重なものであった。毎週、ゼミの時間に先生のお話を窺う
たびに筆者には学ぶべきことがあまりに多すぎ、それらを論文中に十分に反映
しきれなかった力不足をお許し願いたい。
主任指導教官の保科 洋先生からは指揮法及び合同ゼミでの楽曲分析を通し
て大きな影響を受けた。先生の革新的な解釈理論の一端を学ばせていただいた
ことは、本論文の旋律学的考察の重要な基盤となっただけでなく、筆者自身の
音楽観を変革させるに十分な衝撃的内容であったと感じている。先生の豊かな
音楽経験と卓抜した音楽知識は筆者にとって常に驚異的存在であった。
本学名誉教授である岡田昌大先生には一年間の作曲技法論の講義だけでなく
さまざまな機会に直接個人的にご指導をいただいた。先生の音楽全般に対する
幅広い見識は筆者の研究を方向づけてくださっただけでなく、多くの先見的な
ご教示を賜ったことが今も忘れられない。先生との出会いなくして筆者の今日
は存在しないであろう。
草野ゼミ同門の太田裕子、南 千秋両氏には論文作成に関しての助言、資料
提供、校訂等あらゆる場面においてお世話になった。草野先生を囲んでのゼミ
の時間は本当に充実した一時であった。
本論文は上記の方々のご尽力とご厚意によって、最後まで完結することがで
きたことに改めて感謝の意を表するものである。この体験を筆者の今後の教育
活動及び音楽活動の糧としたい。
1994. 12.20
(172>
注釈及び引用文献について
第1章
注、アシュケナージは1989年、ロンドンでのピアノ協奏曲全集制作インタビュ
一に答えて、従来のラフマニノフ評価に対してrvogulat」という語を用
いて説明している。
注2矢代秋雄校訂「ラフマニノフピアノ協奏曲第2番」(全音楽譜出版社)
解説P8要約引用
注,ショーンバーク著「大作曲家の生涯(下)」(共同通信社)P218引用
注、中村紘子著「ピアニストという蛮族がいる」(文藝春秋)P49引用
注5ラフマニノフの病歴については「マルファン症候群説」が有名である。
注,パジャーノフ著「ラフマニノフ」(音楽之千社)P377引用
注,シューマンの「謝肉祭」の録音による批評に代表される。「クラシック音
楽の魅力」(立風書房)で青柳いずみこ氏は逆に推薦盤としている。
注,パジャーノフ著「ラフマニノフ」(音楽之友社)P153引用
注、名曲解説全集2・交響曲II(音楽之友丘)の解説P369引用
注1。 パジャーノフ著「ラフマニノフ」(音楽繋柱社)P212引用
注11 同上
P272引用
注12 同上
P305引用
注13 ショーンバーク著「大作曲家の生涯(下)」(共同通信社)P216引用
第2章
注1バクスト著「ロシア・ソヴィエト音楽史」(音楽之友社)P382引用
注、パジャーノフ著「ラフマニノフ」(音楽三友社)P277参照
注3バラキレフ、R.コルサコフ、チャイコフスキーなどはロシア民謡の採集
や編曲も精力的に手掛けている。
注、パジャーノフ著「ラフマニノフ」(音楽之官社)P 378’一9参照
注,星 旭著「学生のための音楽入門」(音楽之友社)P125引用
注,国安愛子著「音楽形式音楽概論」(音楽三友社)P11引用
注,ヴェスベルゲ著「旋律理論」(音楽之友社)P11引用
注,エリクソン著「音楽の構造」(音楽之友社)P20要約
注gライヒテントリット「音楽の形式」(音楽之友社)P187引用
注1。トッホやエリクソンの著書においてこれに関する記述が見られる。
第3章
注且第1交響曲終楽章では弦楽全パートによる8度のユニゾンが出現する。チ
ャイコフスキーやR.コルサコフの作品にもユニビン提示は見られる。
第4章
注1チャイコフスキーのピアノソナタト長調作品37(1878)の第一楽章第二主題
やドビュッシーの夜想曲第1曲(1897)「雲」の冒頭部分にもこの旋律が
引用されていることはあまり知られていない。
注2 パジャーノフ著「ラフマニノフ」(音楽之友社)P379∼91にかけての記
述による後期の「3つの白シアの歌」作品41(1926)は、その代表的作品と
される。
注3 ショーンバーク著「大作曲家の生涯(下)」(共同通信社)P218引用
注、 「音の絵」は作曲者自身がその作曲のヒントとなった物語を公表してい
る。「交響的舞曲」ではく朝〉〈昼〉〈たそがれ〉という標題性を当初
持っていk。
終章
注正矢野
暢著「20世紀の音楽」(音楽亡友社)P39引用
竃
参考文献
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Robert Walker IRachmaninofj 1980 Omnjbus Press in England :London
和田春樹著「ロシア・ソ連」 朝日出版社:東京(1993)
渡辺 裕著「聴衆の誕生」一ポストモダン時代の音楽文化一
春秋社:東京(1969)
ラフマニノフ作品に関する参考楽譜資料.
凡例
曲名の末尾につけた略記は次の通りである。
音友:音楽三友社
全音:全音楽譜出版社
Bo: Boosey and Hawkes S 1 :Sikorski
I M C : lnternatinal Music Company K A : Kalmus
Be: Belwin−Mills W W : Velag Walter Wollenweber
GM C : Galaxy Music Corporation M R : Musica Russica
J u : Jurgenson B f; Belaieff E u : Edition Eulenburg
MMP : Masters Music Publications. M C A : M C A Musi6 lnc.
D M : Dover Mus ic M B i Ed it ion Musica Budapest
〈本論で使用したラフマニノ’フの楽譜〉
スケルツォ ニ短調
交響曲 二短調
弦楽四重奏.曲
KA
(第1楽章tD,み、未完) KA
(2,3楽章のみ、未完) WW
3っの夜想曲 (Pf) Be
4つの小品 (Pf) Be
チェロとピアノのためのロマンス へ短調 SI
2台のピアノ,.のためのロシア狂詩曲 (5っの変奏) Be
交響詩「ロスティラフ公」 KA
歌劇「アレコ」(1幕) Bo
ピァノ三重奏曲第1番 卜短詔
(単一楽章)WW
ピアノ協奏曲第1番 嬰へ短調.作品1 (3楽章).Bo,KA
チェロとピアノのための2つの小品 作品2 1MC
幻想的小品集 くPf) 作品3 Bo
6っの歌 作品4 Bo
2台のピアノのための組曲第1番「幻想的絵画」 作品5 全4楽章 Bo
ヴァイオリンとピアノのための2つの小品 作品6 MMP
交響詩「巌」 作品7 Ju
6っの歌 作品8 Bo
ピアノ三重奏曲言2番 二短調 作品9 (2楽章) Bo
7っのサロン的小品集(Pf) 作品10 KA
連弾のための6つの小品集 作品11 音友
ジプシーの主題による奇想曲 作品12 Bo
交響曲第1番 二短調 作品13 (4楽章) SI
12の歌 作品14 Bo
6つの女声合唱曲 作品15 Bo
楽興の時 (Pf)全6曲 作品16 1MC
幻想的小品、フゲッタ SI
2台のピi’iノのための組曲第2番 作品17 全4曲 IMC
ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 作品18 (3楽章) 全音,Bo
チェロソナタ ト短調 作品19 (3楽章) Bo
カンタータ「』
t」 作品20 Bo
12の敷 作品21 Bo
ショパンの主題による変奏曲 作品22 (24変奏)IMC
10の前奏曲 (Pf) 作品23 全音
オペラ「けちな騎士」 作品24 (1幕3場) Bo
オペラ「フランチェスカ==ダ==リミニ」 作品25 (1幕) Bo
15の歌 作品26 Bo
交響曲第2番 ホ短調 作品27 (4楽章)Bo
ピァノソカタ第1番 二短調 作品28 (3楽章)IMC
交響詩「死の島」 作品29 Bo
ピアノ協奏曲第3番 二短調 作品30 (3楽章) Bo, IMC
「聖ヨハネス;クリソストムスの典礼」全20曲 作品31 GMC
13の前奏曲 (Pf) 作品32 全音
「音の絵」絵画的練習曲二品1集 (Pf) 作品33 全8曲 IMC,MCA
14の歌 作品34 Bo
詩曲「鐘」作品35 (4楽章)Bo,KA
ピアノソナタ第2番 変ロ短調 作品36 (3楽章)IMC
「晩祷」全16曲 無伴奏混声合唱 作品37 MR
6つの歌 作品38 Bo
「音の絵」絵画的練習曲集 第2集 (Pf) 作品39 全9曲
IMC
東洋のスケッチ、小品2曲 (Pf) Be.
編曲「愛の喜び」「愛の悲しみ」(Pf)Be
ピアノ協奏曲第4番 ト短調 作品40 (3楽章)Be,Eu
3つのロシアの歌 作品41 Be
コレルリの主題による変奏曲 (Pf)作品42 (20変奏) Be
パガニー二の主題による狂詩曲 作品43 Be
交響曲第3番 イ短調 作品44 (3楽章)Be
交響的舞曲 作品45(3楽章) 管弦楽版,2台ピアノ版
初期ピアノ作品集
SI
4手6手作品集Be
編曲作品集 Be
参考用楽譜
〈チャイコフスキー〉
交響曲第1∼3番、「マンフレッド交響曲」
Eu
交響曲第4∼6番 全音
ピアノ協奏曲第1番 全音
ピアノ協奏曲第2番 Eu
バイオリ?協奏曲 全音
オペラ「エフゲニオネ一説ン」
ピアノ作品集 春秋社
管弦楽組曲第一番 KA
〈リムスキーコルサコフ〉
交響曲第1∼3番 KA
交響組曲 全音
オペラ「金鶏」 KA
ピアノ協奏曲 Bf
「スペードの女王」Eu
Be
スペイン奇想曲
音友
ロシアの主題による幻想曲 Bf
ロシアの復活祭序曲Bf
2つの合唱曲作品13 Bo
カンタータ「スヴィテジャンカ」作品44 Bo
ピアノ作品集
EMV
〈バラキレフ〉
交響曲第1番
Eu
交響詩「タマーラ」 Bf
ピアノ作品集 MB
〈ボロデtン〉
交響曲第1一γ3番 Eu
中央アジアの草原にて 全音
弦楽四重奏曲筆1第2 Eu
オペラ「イーゴリ公」 Bf
〈ムソルグスキー〉
組曲「展覧会の絵」 全音
「禿げ山の一夜」 全音
ピアノ作品集 MB
オペラ「ポリ.ス=ゴドゥノフ」 DM
歌曲「死の歌と踊り」 IMC
〈グリンカ〉
ピアノ三重奏曲 二短調 IMC
〈A.ルニビンシュタイン〉
ピアノ協奏曲第四番 作品70 KA
〈グラズノフ〉
交響曲第1∼9番 Bf
ピアノ協奏曲第1番
Bf
弦楽四重奏第1番 Bf
ピアノ曲全集III KA
〈アレンスキー〉
ピァノ三重奏曲第一番
Pe
2台のピアノのための組曲第1番
IMC
練習曲集作品73 Be
6つの小品 作品34 MR
〈スクリャピン〉
交響詩「夢想」 Bf
交響曲第1番「賛歌」KA
交響曲第2番「悪魔の詩」 Eu
交響曲第3番「神聖な詩」 KA
交響曲第4番「法悦の詩」 Bf
交響曲第5番「プロメテウス」 Eu
ピアノ協奏曲嬰へ短調
前奏曲、練習曲全集
ピアノ小品全集
Bf
DM
DM
ピアノソナタ第1∼10番 MR
〈その他の選集、関連楽譜資料〉
ロシア民謡集 飯塚書店 1976
ロシア民謡・ソヴィエト歌曲
新三社1986
ロシアピアノ曲集1
世界大音楽全集 器楽編48 音友
ロシア歌曲集 小野光子編 全音
チャイコフスキー歌曲集 全音
ギリシャ正教会聖歌名曲選高井寿雄編 全音
ボルトニャンスキー
35の合唱コンチェルト 音友
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