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東京都の内湾域における窒素汚染の実態
東京都の内湾域における窒素汚染の実態 The actual conditions of nitrogen pollution in the coastal sea area of Tokyo 風間 真理 1* ・安藤 晴夫 2 1* 2 Mari KAZAMA , Haruo ANDO 東京都環境局・ 東京都環境科学研究所 Tokyo Metropolitan Government Environment Division 2 Tokyo Metropolitan Research Institute for Environmental Protection 1 2 1 摘 要 人口密集地域を背景とする東京都の地先海域(東京都内湾)の窒素による水質汚濁 の実態をとりまとめた。海域の窒素濃度(全窒素)は、2000 年以降やや改善の兆しも 見えるが、依然として 1~2 mg/l の範囲で推移し、しばしば環境基準値(Ⅳ類型 1.0 mg/l)を超過する状態にある。この海域には窒素濃度が概ね 3~5 mg/l の河川水 に加えて、沿岸の下水処理場から海水より約 10 倍高濃度の処理水が 1 日に約 400 万 m 3 流入している。各種発生源対策により、都内における窒素の発生負荷量は過去 30 年 間で約 2 分の 1 の 78 トン/日に削減されたが、前述のように海域の窒素濃度には、 それに応じた低下傾向は認められない。その原因には、底泥からの溶出負荷や雨天時 流入負荷等の影響が考えられる。その結果、赤潮の発生状況は改善されず、夏期には 貧酸素水塊が慢性的に発生するため、底生生物の生息が困難な状況が続いている。 キーワード:水質、窒素汚染、底質、底生生物、東京湾 Key words:water quality, nitrogen pollution, sediment, benthos, Tokyo Bay 1.はじめに 東京都 東京湾は、流域面積 7,597 km 、背景人口 2,770 2) 2 1) 3 1) 万人 を有し、水域面積 1,380 km 、容積 621 km 、 3) 閉鎖度指標 1.78 の閉鎖性海域である(図 1)。湾内 は、 富津と観音崎を結ぶ線の南北で水域が区分され、 それぞれ東京内湾、東京外湾と呼ばれている。この 4) 東京内湾は、水域面積 1 ha 当たりの人口が 210 人 と世界有数の過密な湾である。東京湾でも特に人口 の多い東京都域からの流入がある都内湾は、東京内 湾の最奥部の西岸に位置し、概ね荒川と多摩川の延 2 長線で囲まれた面積約 100 km 、最大水深約 26 m の海域である。 図 2 は、国内の代表的な閉鎖性水域である東京 湾、伊勢湾、大阪湾他の窒素濃度 (全域平均値) の推 5) 移(環境省資料 より作成)で、各水域とも長期的な 低下傾向を示しており、特に東京湾でその傾向が顕 著である。しかし、2007 年の時点でも東京湾の濃 度は約 0.8 mg/l で、他の湾の 1998 年の値より約 2 倍も高いレベルにある。このように現在でも東京湾 は、国内でも有数の窒素濃度の高い海域である。こ こでは、東京湾内でも特に人間活動の影響を強く受 ける都内湾の窒素に着目してその実態を報告する。 隅田川 荒川 江戸川 2 1) 幕張 千葉 東京都 内湾 多摩川 川崎 鶴見川 市原 横浜 東京内湾 本牧 神 奈 川 県 千葉県 金沢 富津 横須賀 N 観音崎 東京外湾 剱崎 金谷 洲崎 図 1 東京都内湾. 受付;2009 年 12 月 15 日,受理:2010 年 4 月 10 日 * 〒 163-8001 東京都新宿区西新宿 2-8-1,e-mail:[email protected] 2010 AIRIES 171 風間・安藤:東京都の内湾域における窒素汚染の実態 東京湾 伊勢湾 大阪湾 瀬戸内海 有明海 St. 5 St. 23 St.25 St.35 7 1.0 6 5 全窒素(mg/l) 全窒素(mg/l) 0.8 0.6 0.4 4 3 2 0.2 1 0 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 0 2007 年度 図 2 代表的湾における全窒素の濃度推移 . 5) 1980 1985 1990 1995 2005 年度 2000 図 3 都内湾における全窒素濃度の推移 . 7) 2.都内湾水域の窒素濃度の概要 St.5 St.6 St.8 St.11 St.22 St.23 St.25 St.35 6 2008 年度 172 全窒素(mg/l) 4 3 2 1 0 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3(月) 図 4 都内湾における全窒素濃度の月変化 . 7) St.5 St.6 St.8 St.11 St.22 St.23 St.25 16 St.35 2008 年度 14 12 COD(mg/l) 2.1 窒素の水質環境基準 わが国では、1993 年に海域の環境基準に窒素、 りんが追加され、1995 年には水域別に類型が指定 された。環境基準値は、利水目的に応じたこの類型 により決められ、全窒素については、外湾に当たる 湾 口 部 は 0 . 3 0 m g /( l 類 型 Ⅱ )、 内 湾 の 南 西 部 は 0.60 mg/l(類型Ⅲ)、北東部は 1.0 mg/l(類型Ⅳ)で ある。各類型の利用目的の適応性は、水産生物の生 息条件等によって分けられており、都内湾がある東 京湾(ロ) [東京湾全域は、千葉港及び東京湾(イ)~ (ホ)の計 6 水域に区分され、各水域は、利水目的に 応じた類型(Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ)に割り当てられる。]の水 域は類型Ⅳに指定され、生物生息環境保全の視点か 6) らは、年間を通して底生生物が生息できる限度 と 定義されている。対象水域が窒素の環境基準を達成 しているか否かの評価は、その水域内のすべての評 価対象基準点の年平均値 (上層) を平均した値で判断 する。すなわち、東京湾 (ロ)水域の場合には、都内 湾の環境基準点 8 地点(図 6 環境基準点参照)のう ち、沖合の 3 地点(St.22、St.25、St.35)が窒素及び りんを評価するための基準点となっており、これら の地点と、同じ水域の千葉県 4 地点、神奈川県の 4 地点の計 11 地点の年平均値の平均値で達成状況が 評価される。2008 年度の場合には都内湾 3 地点の 年平均値はそれぞれ 1.22 mg/l、1.81 mg/l、0.92 mg/l で、これに千葉県、神奈川県の年間平均値を加えた 全地点の平均値は 1.1 mg/l と計算され、環境基準 7) は達成しなかった 。 2.2 都内湾水域の全窒素濃度の現状と推移 2.2.1 長期的変化 都内湾の 8 地点の環境基準点では、月 1 回の頻度 で全窒素および形態別窒素の採水分析が行われてい る。図 3 に、隅田川河口域に位置する 4 地点上層 7) の全窒素濃度の年平均値の推移を示す 。St.5 は最 も隅田川河口に近いため、河川水の影響を最も強く 受け、隅田川の水質変化に伴って 1980 年代半ばに 3.5 mg/l と最も濃度が高くなった後、次第に濃度が 低下し、現在は約 2 mg/l になっている。St.25、 5 10 8 6 4 2 0 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3(月) 図 5 都内湾における COD の月変化 . 7) St.35 も類似の変動パターンで推移しているが、 2003 年度に両地点とも濃度が低下し、それ以降は、 St.25 では 2 mg/l を下回る濃度、最も沖合の St.35 ではその約 2 分の 1 の 1 mg/l 前後の値で横ばいの 状態が続いている。St.23 は、大規模下水処理場の 直近に位置し水深も浅いために下水処理水の影響が 顕著で、他の地点に比べて水質の変動が大きく、ま た St.5 に比べてもさらに高濃度で推移し、2007 年 度には 4 mg/l 前後の値を示している。河川水中の 下水処理水の割合が高い隅田川河口域で、沖合の地 点ほど窒素濃度が低いことや、下水処理場近傍の地 点では非常に濃度が高いことから、都内湾の窒素は、 下水処理水に由来する寄与が非常に大きいと考えら れる。 2.2.2 季節的変化 図 4、図 5 は、2008 年度の都内湾の各環境基準 点における全窒素濃度及び COD(Chemical Oxygen 地球環境 Vol.15 No.2 171-178 (2010) Demand)の季節変化 を示している。このうち下水 処理水の影響を強く受ける St.23 は、他の地点に比 べて濃度レベルが高く、5 mg/l 以上にも達する。 また、月による変動も大きい。これに対してそれ以 外の地点では、夏季には、全体的に濃度が上昇する 傾向を示し、3 mg/l を超える地点も認められる。 その後、秋から冬には 1 ~ 2 mg/l まで濃度が低下 する。水質測定調査は降雨の影響を強く受けない日 に実施されている。したがって、夏季に濃度が上昇 傾向を示すのは、 陸域からの流入負荷の影響よりも、 植物プランクトンの増殖による二次汚濁の影響の方 が強いと考えられる。図 4 で、6 月の St.22 の全窒 素濃度が通常に比べて高い値を示している。 一般に、 赤潮発生は、無機態窒素が有機態窒素へと変化する だけなので、全窒素濃度には影響しないと考えられ るが、実際には、赤潮発生時にプランクトンは海面 付近に集積する場合が多く、実際に当日はヘテロシ グマアカシオ(Heterosigma akashiwo)による赤潮の 発生が記録され、COD も高いことから、二次汚濁 が窒素濃度上昇の原因であることをよく示してい る。 2.2.3 川や点源との水質濃度比較 図 6 に、都内湾海水(上層)、流入河川水(最下流 地点の河川水)、及び下水処理水(下水処理場からの 放流水)の窒素濃度(2008 年度平均値) を示す。 海域の水質(上層)は沖合や処理場近辺を除いて 1.2 ~ 2.3 mg/l であり、流入河川河口部はそれより やや濃度の高い 2.9 ~ 5.5 mg/l であるのに対し、直 7) 接海域に放流されている下水処理場排水は、11 ~ 20 mg/l と 10 倍前後の高い水質で海に流入してい る。水量でみても、例えば森ヶ崎水再生センターは 3 排水量が日量 120 万 m であるのに対し、多摩川の 3 低水流量が 126 万 m と同程度であるように、大都 市沿岸に立地する下水処理場の排水量は河川流量に 匹敵するものであり、処理場排水の環境濃度への影 響は大きい。 2.3 発生負荷量の推移 図 7 は、東京都内の COD、窒素、りんの発生負 9) 荷量の過去 30 年間の推移を示したものである 。 この間、すべての発生負荷量が大幅に削減されたこ とが分かる。この窒素の負荷量についてみると、 1979 年には 1 日当たりの発生量が 147 トンであっ たのが、25 年後の 2004 年には 78 トンと約 2 分の 1 に減少している。窒素負荷量の推移を他の項目と比 較すると、COD とりんは 1980 年代から明確な削減 傾向を示しているが、窒素の場合には、1980 年代 末まで削減率が低く、1990 年代になって負荷量削 減が進行したことを示している。このことは、都内 湾各地点における全窒素濃度の変動傾向、すなわち 1990 年以降に濃度が低下し始めたこととほぼ対応 している。また、りん負荷量の推移についても、 1980 年代の顕著な減少や、近年の横ばい状態が後 述する水質濃度 (図 9 参照)と対応している。 窒素及びりん負荷量削減が近年進まなくなった原 因としては、従来からの対策で可能な削減量にほぼ 到達したためと考えられる。したがって今後、水質 改善を一層進めていくためには、現在、他の海域に 比べて低いレベルにある下水の高度処理人口(東京 都 16.4%〔2008 年度末〕、大阪湾 37.2%、伊勢湾 10) 26.9%) の拡大や、雨天時に非常に負荷が大きいと 考えられる合流式下水道越流負荷量の削減などが必 要である。 2.4 赤潮と水質の関係 2.4.1 赤潮発生要因としての窒素 都内湾では、5 月から 9 月頃にかけて赤潮が頻発 している。この赤潮は栄養塩類が高いことが大きな 要因とされている。図 8 に、赤潮調査を開始した 1977 年から約 30 年間の都内湾における赤潮発生状 11) 況の推移 を示す。年間の発生回数は約 18 回、日 * 2009 年度は目標値 都内湾海水 発生負荷量(トン/日) 200 COD 全りん×10 150 100 50 0 図 6 下水処理水及び流入河川水と都内湾海水の窒素 8) 濃度 . 全窒素 1979 1984 1989 1994 1999 2004 2009(年度) 図 7 発生負荷量の推移(東京都分). 9) 173 風間・安藤:東京都の内湾域における窒素汚染の実態 発生日数(日/年) 発生日数 発生回数 120 30 100 25 80 20 60 15 40 10 20 5 0 1980 1985 1990 1995 2000 図 8 都内湾における赤潮発生状況 0 (年度) 2005 . 11) 3.0 T-N (T-N/T-P)/10 2.5 T-P×10 N/P比 2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 1980 1985 1990 1995 2000 2005(年度) 図 9 NP 比の経年変化. 2008 年度 3.0 (T-N/T-P)/10 2.5 T-N T-P×10 N/P比 2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3(月) 図 10 NP 比の月変化. 3.0 上層 下層 2.5 全窒素(mg/l) 数は 90 日前後で、この間に明確な改善傾向は認め られない。一方、季節変化については、4 月頃から 発生数が増加して 7 月頃ピークに達し、11 月には、 ほとんど発生しなくなる。赤潮発生のこうした季節 変化は、降雨による栄養塩の供給や日射量の季節変 化に関係していると考えられる。 2.4.2 窒素濃度とりん濃度 次に窒素濃度とりん濃度との関係を St.25 を例に 検討した。St.25 は、東京都内湾の中心部に位置し、 湾内の流況から都内の負荷量を最もよく反映してい るとみられる地点である。 経年的には、窒素は図 9 に示したように 1990 年 前後がピークでその後やや低下するが、りんは漸減 しているため、NP 比は 15 前後で推移し、近年や や低めで横ばいの状況である。健全な海域生態系の 指標であるレッドフィールド比(重量比で約 7)と比 べてかなり大きく、窒素が過剰な状況にある。バラ ンスのよい栄養塩の削減を考えると、窒素の一層の 削減が望まれる。 季節変化について(図 10)、全窒素濃度は 8 月~ 10 月に 10 mg/l 前後まで低下するが、その間に全 りんの濃度も低下するため、概ね NP 比は 15 前後 の値で推移している。しかし、近年 13 程度で推移 12) している東京湾全域を纏めた結果 と比較すると都 内湾では窒素の比率が高めであることを示してい る。 2.5 窒素の層別・形態別特徴 2.5.1 層別の濃度推移と濃度差 これまでは、上層の窒素濃度の推移について述べ たが、次に、上層と下層(海底上 1 m で採水)の濃 度について検討する。図 11 は、St.25 の上層と下層 の全窒素濃度の経年変化である。上層の濃度は、概 ね 1.5 mg/l~2.0 mg/l の範囲で推移しているが、下 層はそれより変動が小さく、近年は 0.5 mg/l 程度 まで低下している。また、上層と下層の濃度比でみ ると、30%~40%で経年的に推移している。 174 35 発生回数(回/年) 140 2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 (年度) 図 11 全窒素の上層・下層における推移. 地球環境 Vol.15 No.2 171-178 (2010) 3.0 DIN ON 窒素 (mg/l) 2.5 2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 1975 1980 1985 1990 1995 2005 (年度) 2000 図 12 形態別窒素の経年変化(St.25). 3.0 NH4-N NO2-N NO3-N ON 2.5 窒素 (mg/l) 2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3(月) 図 13 形態別窒素の月変化(St.25). (2008 年度) 2.5.2 形態別組成の推移と季節変化 全窒素(上層)を溶存態無機窒素(DIN:NO 3-N+ NO 2-N+NH 4-N)と有機態窒素(ON:T-N-DIN)に 分け、その長期的推移について St.25 を例に示した (図 12) 。 経年的には、DIN が 1980 年頃から増加し 2000 年以降は、若干減少傾向を示している。これに対し て、ON は、1980 年以前は濃度が約 1 mg/l で全窒 素の 2 分の 1 以上を占めていたが、その後は濃度が 約 0.5 mg/l まで低下し、DIN 濃度の上昇もあって、 全窒素中の割合も低下している。図 13 は、2008 年 度の St.25 における窒素の形態別組成の季節変化を 示したもので、この間、DIN の割合は 50%~88%、 平均 68%であり、濃度は 0.47 mg/l~ 2.19 mg/l、 平均 1.26 mg/l であった。DIN の内訳をみると、平 均組成は、NO3-N が 43%、NH4-N が 18%であった。 なお、6 月の NH4-N 濃度が低い原因は、調査数日前 に発生したヘテロシグマアカシオの影響によると考 えられる。 3.底層水質や底質・底生生物の応答 3.1 貧酸素水塊 東京湾では、毎年夏季になると底層付近に貧酸素 水塊が発生し、その状態が長期間続いて水生生物の 生息が困難な状況になるため、その解決が重要な課 題となっている。貧酸素水塊が発生する主な原因の 一つが、赤潮プランクトンの大増殖であり、それは 海水中に高濃度で存在する窒素・りんによって引き 起こされる。図 14 は 1986、1994、2002 年 9 月の 13) 底層 DO の平面分布を示したもの である。3 ヶ年 を比較すると、赤で示す DO が 2 mg/l 以下の水域 が、湾中央から湾奥部に広がる状況にはほとんど変 化がなく、今日まで改善傾向は認められない。図 15 は、東京湾全域の水質の長期的変化を 10 年間隔 13) の平面分布図に表したもの で、赤潮による水質汚 濁を示す COD と赤潮発生原因である窒素・りん濃 度は、依然として湾奥部西岸寄りの水域で高く、特 に窒素・りんは、都内湾周辺で著しく高い状況が続 いている。 3.2 底質の窒素濃度の推移 東京湾では、海水中の窒素・りん濃度に、底質か 175 風間・安藤:東京都の内湾域における窒素汚染の実態 DO(mg/l) 図 14 DO の平面分布の長期的推移(9 月下層) . 13) COD (mg/l) COD (mg/l) COD (mg/l) T-N (mg/l) T-N (mg/l) T-N (mg/l) T-P (µg/l) T-P (µg/l) T-P (µg/l) 図 15 COD,T-N,T-P の平面分布の推移 全窒素(mg/g) 6 St.22 St.25 St.35 5 4 3 2 1 0 1985 1990 1995 2000 2005 図 16 底質における窒素濃度の推移 . 7) 176 (年度) . 13) らの溶出の影響が大きいことが指摘されている。溶 出濃度そのものの変化は追えないが、底質中の窒素 7) 濃度の 23 年間にわたる推移 を図 16 に示す。ここ での底質はスミスマキンタイヤー採泥器で採取され た表層 5 cm 程度の試料の分析結果である。 St.22、St.25、St.35 ともに 1990 年代には、やや 低下の傾向が認められるが、 近年は若干高くなって、 St.22 は 3~4 mg/g、St.25 は 2~3 mg/g、St.35 は 4 mg/g 前後で横ばいの状況にある。COD は 1985 年当初から低下し、最近の 4 年間はさらに低めの濃 地球環境 Vol.15 No.2 171-178 (2010) mg/l mg/l mg/l 図 17 洪水時荒川河口における水質鉛直分布 (2002 年 10 月 3 日) 35 種類数 (/0.15 m2) 度で推移しているが、全りんや強熱減量は窒素と同 様の推移を示している。 海底に堆積したヘドロからは、底層水の貧酸素化 などにより、NH4-N や PO4-P が海水中に溶出して新 たな赤潮の発生原因になると考えられている。図 17 は、洪水時の荒川河口(St.1)から沖合(St.A:風 の塔)までの測線(図 6 の一点鎖線)について水質の 13) 鉛直分布を図にしたもの である。このとき河川か ら流入した淡水が海面近くに薄く広がり、高塩分の 水とはほとんど混合していない。NOx-N も淡水と 同様な挙動を示し、主に河川水に由来することを示 唆している。一方 NH4-N, と PO4-P は、海面付近と ともに海底近くでも濃度が高くなっている。このこ とは、NH4-N や PO4-P が、陸域からの流入水だけで なく、底泥からの溶出にも由来することを示してい る。 . 14) 5月 30 9月 25 20 15 10 5 0 1985 1990 1995 2000 図 18 底生生物の出現状況の推移 2005 (年度) . 11) 3.3 底生生物の出現状況 前述したように窒素・りんに関する環境基準の類 型Ⅳの適応性は、年間を通して底生生物が生息でき る限度とされている。St.25 における底生生物の出 11) 現状況の推移 を図 18 に示す。前述のように、東 京湾で貧酸素化した水域が最も拡大する 9 月の都内 177 風間・安藤:東京都の内湾域における窒素汚染の実態 湾における底生生物出現種類数は、今日まで 5 種に 満たない状況が続き、回復の兆しがみられない。一 方、年により変動は大きいが、貧酸素化が起こりに くい 5 月の種類数は、概ね 10 種以上で推移してい るが、1990 年代に比べると近年はやや出現種類数 が減っている。 http://www.gesui.metro.tokyo.jp/gijyutou/fukyu/ m8nendata/20kubun.htm 9) 環境省 水・大気環境局水環境課閉鎖性海域対策室 (2006)化学的酸素要求量,窒素含有量及びりん含 有量に係る総量削減基本方針(東京湾).7 都県市首 脳会議に基づく東京湾富栄養化対策指導指針. 10)東京湾再生会議(2009) 「東京湾再生のための行動計 4.おわりに 画」第 2 回中間評価報告書 (案) . 11)東京都環境局(2010)平成 20 年度東京湾調査報告 あまりに負荷の大きい東京湾であったため、 COD に加え、窒素・りんの削減も可能な限り実施 されてきたにもかかわらず、水質改善や生き物の復 活が遅々として進まない。負荷量の削減が表層水質 の改善に繫がる以前に底質の回復の遅れの問題があ り、底生生物が年間を通して生息できる環境となっ ていない。過去の堆積物も含めての対応に、今後も 弛まぬ努力が必要であろう。都内湾における環境水 質、底質、赤潮、水生生物などのデータを天候、発 生源などの情報と合わせて、今後とも総合的にみて いく所存である。 謝 辞 貴重なる助言をくださった中村由行先生に感謝い たします。 引用文献 1) 環境省(2003)水質総量規制の指定水域における湾 灘別水域環境基礎データ集. 2) 環境省 水・大気環境局 (2008) 平成 19 年度発生負荷 量等算定調査報告書. 3) 環境省(2000)環境基準類型の指定状況(平成 12 年 度). 4) 磯部雅彦(2009)東京湾シンポジウム(2009 年 11 月 7 日)資料. 5) 環境省 水・大気環境局 (2008) 平成 19 年度公共用水 域水質測定結果. 6) 環境庁(1971) 告示第 59 号. 7) 東京都環境局(2010)平成 20 年度公共用水域及び地 下水の水質測定結果. 8) 東京都下水道局 HP. 178 書. 12)東京湾岸自治体環境保全会議(2009)平成 19 年度東 京湾水質調査報告書. 13)安藤晴夫・柏木宣久・二宮勝幸・小倉久子・川井 利雄(2005)1980 年以降の東京湾の水質汚濁状況の 変遷について-公共用水域水質測定データによる 東京湾水質の長期変動解析.東京都環境科学研究 所年報,141-150. 14)安藤晴夫・川井利雄・牧秀明・木幡邦男・越川海 (2005)洪水時の流入汚濁による東京湾水質への影 響について.東京都環境科学研究所年報,252-256. 風間 真理 Mari KAZAMA 東京都環境局自然環境部水環境課にて 東京湾の調査(水質、赤潮、水生生物) を 担当。水環境行政歴 32 年。学術博士。 技術士(環境部門) 。環境カウンセラー。 日本水環境学会身近な生活環境研究委員 会にて「生き物から水環境を見る」を推進。同時に、データ の総合解析、有効利用を心がけている。『川と海』 (築地書館) 分担執筆。「生活排水実験」 「隅田川浄化の歴史」 「東京湾は今」 を市民講座などで数多く実演、解説している。お茶の水女子 大学理学部化学科卒。 安藤 晴夫 Haruo ANDO 東京都出身。1973 年東京都公害局に 入り、魚浮上事故や光化学被害発生等の 緊急時・事故時の初動調査に 4 年間従事 した後、東京都公害研究所(現・環境科 学研究所)に異動し、河川の自浄作用や 東京湾の水質汚濁、酸性雨の陸水影響、ヒートアイランド現 象等、多岐にわたる研究テーマに取り組む機会を得た。最近、 アジアや中南米等からの研修生に講義する機会が何回かあ り、過去の地方自治体の公害対策事例が注目されていること を再認識させられた。博士(海洋科学) 。