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イギリスで学んだこと

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イギリスで学んだこと
イギリスで学んだこと
バーミンガム大学
経済学部四年 金良駿一郎
私はイギリスでの留学生活を通して、社会をより相対的に見ることが出来るようになり
ました。今イギリスに居た 9 か月という期間を振り返ると、物事を考える際の視点が増え
たことに気付くからです。留学による学びがいかにして認識の相対性につながったのかを
述べることによって留学生リポートに代えさせて頂きます。
学びのあった領域のキーワードとして「資本主義」
、「書くこと」、
「ジェンダー」
、そして
「日本」の四つがあります。
まず資本主義について。私はバーミンガム大学で主に歴史系の授業を履修し、その中で
最も力を入れたのがソ連の歴史でした。どうしてソ連の歴史かというと、自分が今生きて
いる 21 世紀を理解するには 20 世紀についてもっと知らなくてはならず、20 世紀を理解す
る上で必要不可欠な要素としてソ連の栄枯があると考えたからです。政治と経済という視
点からソ連の歴史を学んだ私は、当初の思惑通り社会に対する歴史的、普遍的インプリケ
ーションを手に入れることが出来ました。
一つには全体主義のような社会体制がいとも簡単に出来てしまうということです。ソ連
の全体主義的性格は共産党の前身であるボルシェビキの軍隊的な組織づくりに端を発し、
スターリンの恐怖政治によって確立されたと言われています。ジョージ・オーウェルの 1984
年で風刺をされているような世界が、約 30 年の間に創りあげられたという事実に驚き、ま
た民主的な社会を目指した革命が人々をして権力に盲従させる構造の基盤になったという
皮肉な帰結にも感銘を受けました。どうしてそのような事態に陥ってしまったか、という
問いには無数の答えがありますが、私なりに重要だと思ったのは囚人のジレンマに見られ
るような限定合理的行動を人々がとったということです。個人がひとりひとり権力に対し
て声を上げることが出来ていれば、秘密警察に隣人を売り渡すような社会にはならなかっ
たでしょう。ソ連の歴史は人間の生来の脆さを物語っています。だからこそ法治国家とい
う概念が重要なのだと私は思うようになりました。権力は暴走し始めると止めることが出
来ません。抑止することが重要なのです。個人の意思のような脆弱な基盤ではなく法によ
る支配を目指す、ということの妥当性を学んだのでした。
二つ目には市場経済の計画経済に対する優位性です。市場経済は価格を通してその社会
に何が必要なのかを間接的に示してくれるシステムです。計画経済が過去のものとなって
しまった現代では、市場の存在意義は当たり前のものとなってしまいましたが、私は当た
り前を掘り起こすことでその長短をより明確に認識することが出来るようになりました。
以上のように私は、共産主義について学ぶことで、現代の社会システムに対する比較対象
を手に入れたのでした。
学問的領域以外にも学びはありました。私は趣味で小説を書いているのですが、そのこ
とにも変化がありました。バーミンガム大学は総合大学であり、文学部がありました。私
は Writer’s Bloc という文学部の学生たちのサークルに出入りするようになりました。その
サークルを通して詩や短編小説のノウハウを学んだ私は英語での文章表現に挑戦してみる
ことにしました。その一歩として、同サークルが 2 か月に一度行っているポエトリーリー
ディング(詩の朗読会)に参加し、そこで自分の詩を読みました。留学期間を通してその
イベントに参加したのは計5回で、3 回程自作の詩を発表出来ました。また発表するだけで
なく、友人の詩の感想を話あったりすることも出来ました。詩に関しては全く知識がなか
ったのですが、文学部の学生たちと対等に話をしたいと思い、T.S.エリオットや C.ブコウ
スキーの詩を読むことで詩とは何であるかを考えました。その結果、どの文章にしても詩
のようにリズムのあるものは読み易く、かつ頭にも入ってきやすいということを知りまし
た。実際、優れた文筆家の文章は東西を問わずどこか詩的な趣のあることが多いです。
また私は映画サークルにも顔を出し、そこで映画脚本のノウハウをサークルのメンバー
に教わり、自分でも一本脚本を書きました。それはまだ推敲を続けている段階ではありま
すが、最終的にはサークルで出会った友人に添削を依頼して、イギリスの脚本コンペティ
ションに提出するつもりです。
以上のように、課外活動ではありますが、英語での文章表現について学ぶことが出来た
私は、そこで得た学びをもとに日本語で小説を書いてみることにしました。すると以前よ
り簡潔でテンポの良い文章の流れを作りだせるようになっていました。少ない単語のつな
がりでイメージをつなげていく詩と、簡潔な情景描写に徹底する映画脚本の書き方を学ん
だのが生きたのでしょう。今年の 6 月末締め切りの文学界新人賞に応募する予定です。
ジェンダーに関しては、頭で分かっていることと文化的にしみついていることにズレが
あることに気付きました。
イギリスという国はジェンダーやマイノリティに対する意識が高く、より寛容で多様性
のある社会だなという印象を受けました。私の出会った人たちに限って言えば、差別や偏
見を過去のものにしていこうという意識が強くありました。
「タンデム」という、日本語を専攻している学生とペアになって互いの母国語を教えあ
うプログラムを履修したのですが、その時にパートナーとなったのが、人権やマイノリテ
ィ政策に興味のある学生でした。そのプログラムでは学期ごとに自分の興味のある事柄に
関して発表を行うのですが、彼女は日本のジェンダー意識はどうなっているのか、という
ことについて発表したいということだったので、私はそれに協力するために上野千鶴子さ
んの著作を取り寄せて読んでみることにしました。「女ぎらい」というタイトルの著作で、
私は目から鱗が落ちる思いをしました。そこには自分が無意識的に抱いている男性中心的
な考え方が書かれていたからです。私は自分がジェンダー意識に関して啓かれていると認
識していただけに衝撃を受けました。それ以降私は、自分が気付かないうちにとりこんで
しまっている考え方に気を付けながら考えるようになりました。日本では当たり前に思割
れていることでも、よくよく考えてみるとそこには「当たり前である」と認識されている
以外に正当性のない場合があると考えるようになったのでした。
イギリスにいる間、日本について考えることがよくありました。母国から離れるとそれ
まで見えなかったことが見えるようになります。例えば日本ではメディアの影響なのか「海
外」と「日本」が比べられるとき、日本に対して批判的な視線が向けられることがよくあ
るなと感じるようになりました。比較する際にはどちらかの優越を決めないではいられな
いということは分かるのですが、日本のメディアや個人の自虐的な印象を強く受けました。
私はそこで、明治期に始まった日本の近代化にその説明を求めました。現代の日本の原型
は明治期に形成されたわけですが、それは 100 年以上前にイギリスに留学した夏目漱石が
述べたように、外発的な発展だったのです。自律的な発展ではないので、そこに不自然さ
が生まれる訳です。
「他人の尻馬に乗って騒ぐ」明治の民衆を諌めた漱石は、何事も本質的
な理解をしたうえで取り入れなければいけないと言いました。私は現代の日本においても
未だに漱石の箴言が意義を持つように思います。何か課題が見つかると、それは日本が遅
れているからだ、西欧に追いつかなければいけないと言う議論が出て来ることがあるから
です。外国の優れた点を模倣しようとする日本の勤勉さは世界的に見ても非常に高い水準
にあると思うのですが、それだけに日本人は日本を否定しがちです。既に存在する物事を
否定して外来のシステムを取り入れる段階はもう終わったのではないでしょうか。私はこ
れから日本人として社会に出るにあたって、漱石の意思を継いで日本の内在的発展に貢献
したいと思うようになりました。
以上のように、私はイギリスに留学することで大きな学びを様々な領域において得るこ
とが出来ました。このような機会を与えて頂いた皆様には感謝の念が尽きません。どうも
ありがとうございました。
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