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先天代謝異常を包括的に集成
─序にかえて─
私が先天代謝異常症の診療と研究に取り組み始めてから 35 年が過ぎました.わが国で新生児
マススクリーニングが開始されたのもそのころです.アミノ酸代謝異常症の研究を始めたとき,
最初に手にしたのは Scriver と Rosenberg が著した “Amino Acid Metabolism and Its Disorders”
(1973 年刊)で,500 頁近い大部のものを隅々まで読みました.次に大いに参考になったのは
Stanbury(MIT)
,Wyngaarden(Duke)
,Fredrickson(NIH)の 3 人が編集した “The Metabolic
Basis of Inherited Diseases” です.これは 1978 年刊の第 4 版から持っており,刊行当時 1 冊
だった書籍はその後年を追って内容が増加し,最後の版(2000 年 “The Metabolic & Molecular
Bases of Inherited Disease”)では全 4 巻にまで膨れ上がりました.両手で持てないほどの重さ
は,遺伝性疾患への理解が急速に進み,また医学のなかでこの分野がより重要性を増してきたこ
との現れといえます.
これら海外の書物と同様に,手元に置いていたのが中山書店の『先天代謝異常病ハンドブッ
ク』
(1971 年刊)でした.月刊誌『代謝』臨時増刊号として刊行されていましたが,他に類を
みない充実した内容で,ハンドブックの名に恥じない立派な啓蒙・実用書でした.わが国の優秀
な臨床家・研究者を総動員し,ほとんどの疾患を網羅したバイブルのような書物であり,新しい
疾患名を聞くたびに,1 項目見開きの 2 頁を熟読したものです.先の “The Metabolic Basis of
Inherited Diseases” とは異なり,ハンドブックの使いやすさを心地よく感じていました.
その『先天代謝異常病ハンドブック』から 42 年がすぎて,このたび『先天代謝異常ハンドブ
ック』総編集の任にあたることになりました.懐かしさと同時に,自分がこの分野を研究テーマ
に決めたときと同じ高揚感もあり,本書の企画にあたっては,ともに研鑽を続けてきた編集の先
生方とさまざまな意見交換しました.その結果,本書ではすでに夥しい量の知見が得られている
疾患を 2 頁にまとめ,疾患の概要・遺伝形式・頻度,代謝障害と病態,臨床病型,診断,最新の
治療・対応が簡潔に解説されています.また分子メカニズムの解説については代謝マップで図式
化し,どのテーマから読み進めてもひと目で理解できることをめざしました.執筆はそれぞれの
分野における我が国の第一人者の先生方に依頼し,臨床の現場でアップデートに活用できる内容
になっています.
どうかこの一冊を座右に置いて,けいれんや肝障害,成長障害など説明のつかない症状や診断
に苦慮する症例に出会ったとき紐解き,そして永く親しんでいただきたいと願っております.
2013 年 1 月
遠藤文夫
熊本大学大学院生命科学研究部小児科学分野教授
目次
目 次
Ⅰ 総論
1 章 先天代謝異常症とは
先天代謝異常症とは 遠藤文夫 2
2 章 先天代謝異常症の検査・診断
先天代謝異常症診断へのアプローチ―救急外来で見逃さないために 大浦敏博 5
先天代謝異常症の特殊検査 奥山虎之 9
先天代謝異常症のスクリーニングテスト 山口清次 12
3 章 先天代謝異常症の治療法と遺伝カウンセリング
先天代謝異常症の治療法 遠藤文夫 14
先天代謝異常症の遺伝カウンセリング 奥山虎之 18
Ⅱ 各論
1 章 アミノ酸代謝異常
高フェニルアラニン血症
高フェニルアラニン血症 新宅治夫 22
テトラヒドロビオプテリン(BH4)欠乏症 新宅治夫 24
高チロシン血症
高チロシン血症Ⅰ型 高チロシン血症Ⅱ型・Ⅲ型とホーキンシン尿症,
新生児一過性高チロシン血症 オルニチン,プロリン代謝異常
高プロリン血症Ⅰ型・Ⅱ型 プロリダーゼ欠損症 脳回転状脈絡膜網膜萎縮症 分岐鎖アミノ酸代謝異常症
メープルシロップ尿症 中村公俊,遠藤文夫 28
中村公俊,遠藤文夫 30
三渕 浩 32
三渕 浩,遠藤文夫 34
大浦敏博 36
犬童康弘 38
含硫アミノ酸代謝異常症
ホモシスチン尿症(Ⅰ型)
伊藤道徳 42
高メチオニン血症,シスタチオニン尿症 長尾雅悦 44
iv
グリシン・セリン代謝異常症
非ケトーシス型高グリシン血症 呉 繁夫 46
セリン欠乏症 呉 繁夫 48
尿素回路関連代謝異常症(高アンモニア血症)
N─アセチルグルタミン酸合成酵素欠損症 芳野 信 50
カルバモイルリン酸合成酵素Ⅰ欠損症 芳野 信 52
オルニチントランスカルバミラーゼ欠損症 芳野 信 54
シトルリン血症 アルギニノコハク酸尿症 アルギニン血症 川内恵美 60
シトリン欠損症―NICCD と CTLN2 佐伯武賴 62
高オルニチン血症・高アンモニア血症・ホモシトルリン尿症症候群
(HHH 症候群)
リシン尿性タンパク不耐症 グルタミン酸脱水素酵素異常症 アミノ酸転送障害
佐伯武賴 56
鶴岡智子,高柳正樹 58
長尾雅悦 64
野口篤子,高橋 勉 66
岡野善行 68
Hartnup 病 大浦敏博 70
シスチン尿症 長尾雅悦 72
クレアチン代謝異常
クレアチン代謝異常 柿沼宏明 74
2 章 有機酸代謝異常
メチルマロン酸血症 但馬 剛 76
プロピオン酸血症 大浦敏博 78
β─ケトチオラーゼ(ミトコンドリアアセトアセチル CoA チオラーゼ)
欠損症 深尾敏幸 80
イソ吉草酸血症 重松陽介 82
3─メチルクロトニル CoA カルボキシラーゼ欠損症 メチルグルタコン酸尿症 3─ヒドロキシ─3─メチルグルタル酸血症 依藤 亨 88
ミトコンドリア HMG─CoA 合成酵素欠損症 深尾敏幸 90
サクシニル CoA:3─ケト酸 CoA 転移酵素(SCOT)欠損症 深尾敏幸 92
複合カルボキシラーゼ欠損症 鈴木洋一 94
グルタル酸血症Ⅰ型 グルタル酸血症Ⅱ型 3─ヒドロキシイソ酪酸尿症 佐々木征行 100
L─2─ヒドロキシグルタル酸尿症 赤星進二郎 102
メバロン酸キナーゼ欠損症 重松陽介 104
原発性高シュウ酸尿症Ⅰ型・Ⅱ型 下澤伸行 106
アルカプトン尿症 呉 繁夫 108
グリセロール尿(血)症 佐倉伸夫 110
大浦敏博 84
野口篤子,高橋 勉 86
虫本雄一,山口清次 96
山口清次 98
v
目次
2─メチル─3─ヒドロキシブチリル CoA 脱水素酵素欠損症(HSD10 病) 深尾敏幸 112
ピログルタミン酸血症(オキソプロリン血症)
Canavan 病 エチルマロン酸脳症 白尾謙一郎,但馬 剛 118
トリメチルアミン尿症(魚臭症候群)
山崎浩史,清水万紀子 120
長谷川有紀,山口清次 114
櫻庭 均 116
3 章 脂肪酸代謝異常
全身性カルニチン欠乏症 小林弘典 122
カルニチンパルミトイルトランスフェラーゼⅠ欠損症 市本景子 124
カルニチンパルミトイルトランスフェラーゼⅡ欠損症 木戸 博 126
カルニチンアシルカルニチントランスロカーゼ(CACT)欠損症 極長鎖アシル CoA 脱水素酵素欠損症 ミトコンドリア三頭酵素欠損症/長鎖 3─ヒドロキシアシル
CoA 脱水素酵素欠損症 中鎖アシル CoA 脱水素酵素(MCAD)欠損症 松原洋一 134
短鎖アシル CoA 脱水素酵素(SCAD)欠損症 重松陽介 136
3─ヒドロキシアシル CoA 脱水素酵素欠損症 重松陽介 138
深尾敏幸 128
長谷川有紀,山口清次 130
長谷川有紀,山口清次 132
4 章 ミトコンドリア代謝異常
ピルビン酸脱水素酵素複合体異常症 内藤悦雄 140
ピルビン酸カルボキシラーゼ欠損症 伊藤道徳 142
α─ケトグルタル酸脱水素酵素複合体欠損症 内藤悦雄 144
フマラーゼ欠損症 伊藤道徳 146
スクシニル CoA リガーゼ欠損症 大竹 明 148
呼吸鎖複合体Ⅰ欠損症 大竹 明 150
呼吸鎖複合体Ⅱ欠損症 大竹 明 152
呼吸鎖複合体Ⅲ欠損症 大竹 明 154
呼吸鎖複合体Ⅳ欠損症 大竹 明 156
チミジンホスホリラーゼ欠損症 大竹 明 158
5 章 糖質代謝異常
糖吸収障害
ラクターゼ欠損症,スクラーゼ・イソマルターゼ欠損症 ガラクトース・フルクトース代謝異常症
青柳 陽,清水俊明 160
遺伝性フルクトース不耐症 但馬 剛 162
ガラクトース─1─リン酸ウリジルトランスフェラーゼ欠損症 岡野善行 164
ガラクトキナーゼ欠損症 UDP ガラクトース 4─エピメラーゼ欠損症 糖新生系異常症
FBPase 欠損症,PEPCK 欠損症 vi
西村 裕,但馬 剛,佐倉伸夫 166
岡野善行 168
畑 郁江,重松陽介 170
糖原病
糖原病0型 福田冬季子,杉江秀夫 172
糖原病I型 杉江秀夫,杉江陽子,福田冬季子 174
糖原病Ⅲ型(Cori 病)
窪田 満 176
糖原病Ⅳ型(Andersen 病)
窪田 満 178
糖原病Ⅴ型・Ⅶ型 糖原病Ⅵ型 福田冬季子 182
糖原病Ⅸ型(ホスホリラーゼキナーゼ欠損症)
福田冬季子 184
糖転送異常症
Glut1 欠損症 Glut2 欠損症(Fanconi─Bickel 症候群)
杉江秀夫,杉江陽子,福田冬季子 180
下野九理子,酒井規夫 186
濱田悠介,酒井規夫 188
6 章 ライソゾーム病
ムコ多糖症
ムコ多糖症I型 奥山虎之 190
ムコ多糖症Ⅱ型 田中あけみ 192
ムコ多糖症Ⅲ型 鈴木康之 194
ムコ多糖症Ⅳ型 奥山虎之 196
ムコ多糖症Ⅵ型 古城真秀子 198
ムコ多糖症Ⅶ型 田中あけみ 200
オリゴ糖症
フコシドーシス 赤木幹弘 202
αマンノシドーシス 酒井規夫 204
βマンノシドーシス 酒井規夫 206
アスパルチルグルコサミン尿症 櫻庭 均 208
Schindler 病/Kanzaki 病 神崎 保 210
シアリドーシス 松田純子 212
ガラクトシアリドーシス 伊藤孝司 214
スフィンゴリピドーシス
GM1 ガングリオシドーシス 小林博司 216
GM2 ガングリオシドーシス 小林博司 218
異染性白質ジストロフィー 田嶋華子 220
Niemann─Pick 病 A 型・B 型(酸性スフィンゴミエリナーゼ欠損症) 高橋 勉 222
Gaucher 病 Fabry 病 Krabbe 病 Farber 病(セラミドーシス)
マルチプルスルファターゼ欠損症 ムコリピドーシス
ムコリピドーシスⅡ型・Ⅲ型 井田博幸 224
小林正久 226
酒井規夫,モハマド・アリフ・フセイン 228
田嶼朝子 230
髙木篤史,右田 真 232
大友孝信 234
vii
目次
糖蓄積症
Pompe 病 脂質蓄積症
衞藤義勝 236
Niemann─Pick 病 C 型 高橋 勉 238
Wolman 病とコレステロールエステル蓄積症 奥山虎之 240
ライソゾーム膜転送障害
シスチノーシス Salla 病(遊離シアル酸蓄積症)
神経セロイドリポフスチン症 小須賀基通 242
有賀賢典 244
浜野晋一郎 246
7 章 ペルオキシソーム病
ペルオキシソーム形成異常症
Zellweger spectrum 下澤伸行 248
rhizomelic chondrodysplasia punctata(RCDP)type 1 下澤伸行 250
単独酵素欠損症
副腎白質ジストロフィー ペルオキシソームβ酸化酵素欠損症 Refsum 病,rhizomelic chodrodysplasia punctata(RCDP)type 2・3
鈴木康之,下澤伸行 252
下澤伸行 254
下澤伸行 257
8 章 金属代謝異常
Wilson 病 清水教一 260
Menkes 病 児玉浩子 262
無セルロプラスミン血症 清水教一 264
ヘモクロマトーシス 清水教一 266
モリブデン補酵素欠損症,亜硫酸酸化酵素欠損症 早坂 清 268
腸性肢端皮膚炎 児玉浩子 270
9 章 色素代謝異常
先天性ポルフィリン症 堀江 裕 272
Gilbert 症候群,Crigler─Najjar 症候群Ⅰ型・Ⅱ型 早坂 清 274
Dubin─Johnson 症候群,Rotor 症候群 早坂 清 276
viii
10 章 胆汁酸・ステロール代謝異常
胆汁酸生合成異常症 木村昭彦 278
11 章 タンパク質グリコシル化異常
先天性グリコシル化異常症 玉崎章子,大野耕策 280
12 章 プリン・ピリミジン代謝異常
プリン代謝異常症
HPRT 欠損症(Lesch─Nyhan 症候群)
山田裕一 282
アデニンホスホリボシルトランスフェラーゼ欠損症 谷口敦夫 284
ホスホリボシルピロリン酸シンターゼ亢進症 飯笹泰藏 286
キサンチン尿症 市田公美 288
ADA 欠損症,PNP 欠損症 尿酸トランスポーター異常症 ピリミジン代謝異常症
大倉有加,有賀 正 290
櫻井裕之 294
遺伝性オロト酸尿症(UMP 合成酵素欠損症)
鷲見 聡 296
ジヒドロピリミジン脱水素酵素欠損症 中島葉子 298
ジヒドロピリミジナーゼ欠損症,β─ウレイドプロピオナーゼ欠損症 中島葉子 300
13 章 ビタミン代謝異常
葉酸代謝異常
メチレンテトラヒドロ葉酸還元酵素欠損症,グルタミン酸ホルムイミノ
トランスフェラーゼ欠損症,先天性葉酸吸収不全症 呉 繁夫 302
コバラミン代謝異常
コバラミンの吸収・転送障害 坂本 修 304
細胞内コバラミン代謝異常症 坂本 修 306
ビタミン B6 代謝異常
ピリドキシン依存性けいれん─α─アミノアジピン酸セミアルデヒド
脱水素酵素欠損症 ピリドキシン不応性けいれん─ピリドキシン(ピリドキサミン)
菅野潤子 308
5' ─リン酸オキシダーゼ欠損症 菅野潤子 310
14 章 腎・尿細管機能異常
ネフローゼ症候群
先天性ネフローゼ症候群(フィンランド型)
綾 邦彦 312
常染色体劣性巣状糸球体硬化症,常染色体優性巣状糸球体硬化症 飯島一誠 314
Alport 症候群
Alport 症候群 尿細管疾患
仲里仁史 316
Dent 病 仲里仁史 318
Lowe 症候群 関根孝司 320
腎性低尿酸血症 関根孝司 322
Bartter 症候群 野津寛大 324
Gitelman 症候群 腎尿細管性アシドーシス 腎性尿崩症 野津寛大 328
五十嵐 隆 330
服部希世子,仲里仁史 332
ix
目次
囊胞性疾患
ネフロン癆 多発性囊胞腎 竹村 司 334
中西浩一,𠮷川徳茂 336
15 章 血漿タンパク異常
血友病 A 野上恵嗣 338
血友病 B 野上恵嗣 340
その他の先天性凝固因子欠損症 野上恵嗣 342
von Willebrand 病 野上恵嗣 344
α1 アンチトリプシン欠損症 家族性アミロイドーシス 成高中之,鈴木光幸,清水俊明 346
安東由喜雄 348
16 章 神経伝達物質異常
BH4 代謝異常
瀬川病(GTP シクロヒドロラーゼⅠ欠損症)
カテコールアミン代謝異常
新宅治夫 350
チロシン水酸化酵素欠損症,芳香族 L─アミノ酸脱炭酸酵素欠損症 新宅治夫 352
モノアミン酸化酵素(MAO)欠損症 新宅治夫 354
ドーパミンβ水酸化酵素(DBH)欠損症 新宅治夫 356
GABA 代謝異常
SSADH 欠損症,GABAT 欠損症 新宅治夫 358
17 章 脂質代謝異常
原発性高カイロミクロン血症 後藤田貴也 360
家族性リポタンパクリパーゼ(LPL)欠損症 後藤田貴也 362
家族性アポタンパク C Ⅱ欠損症 後藤田貴也 364
原発性Ⅴ型高脂血症 後藤田貴也 366
家族性高コレステロール血症ホモ型・ヘテロ型 常染色体劣性高コレステロール血症 斯波真理子 372
多遺伝子性高コレステロール血症 斯波真理子 374
家族性複合型高脂血症(脂質異常症)
太田孝男 376
家族性Ⅲ型高脂血症(脂質異常症)
原 光彦 378
アポリポタンパク E 異常症・欠損症 原 光彦 380
内因性高トリグリセリド血症 土橋一重 382
岡田知雄 368
無βリポタンパク血症,家族性低βリポタンパク血症 Tangier 病 松永 彰,加藤純子 386
アポリポタンパク A─I 欠損症・異常症 松永 彰,古山正大 388
CETP 転送タンパク欠損症 鈴木 朗,長坂博範 390
知念安紹 384
HTGL 欠損症 高木敦子,池田康行,鈴木 朗,平野賢一 392
ATGL 欠損症 平野賢一,鈴木 朗 394
x
FIC1 欠損症 長坂博範,平野賢一 396
家族性 LCAT 欠損症 黒田正幸,武城英明 398
18 章 内分泌異常
くる病をきたすビタミンD・カルシウム・リン代謝異常症
くる病をきたすビタミンD・カルシウム・リン代謝異常症 先天性骨系統疾患
骨形成不全症 副腎ステロイドホルモン合成酵素欠損症
21─水酸化酵素欠損症,その他の酵素欠損症 高インスリン性低血糖症
高インスリン性低血糖症 道上敏美 400
髙木優樹,長谷川奉延 402
田島敏広 404
依藤 亨 407
19 章 結合組織異常
Ehlers─Danlos 症候群 渡邉 淳 ,島田 隆 410
低フォスファターゼ症 竹谷 健 412
20 章 その他
囊胞性線維症(膵囊胞線維症)
鈴木光幸,清水俊明 414
セリアック病など 工藤孝広,清水俊明 416
コ ラム MSUD 間欠型の発症病態─ 10 年の研究から得られた確かな手ごたえ 犬童康弘 41
小児科医は常に先天代謝異常症の可能性を念頭に診断を進めよう! 奥山虎之 201
ライソゾーム病の造血幹細胞移植は酵素補充療法の一つである 奥山虎之 207
略語一覧 418
索引 431
xi
2章
先天性代謝異常症の検査・診断
先天代謝異常症のスクリーニングテスト
新生児マススクリーニングとは
新生児マススクリーニング(新生児 MS)とは,知
らずに放置するとやがて障害が出てくるような先天代
謝異常を生後早期に発見して,発症前に治療介入して
障害を予防する事業である.1963 年に Guthrie が,
血液濾紙を使う「Guthrie テスト」を開発した.これ
以後「マススクリーニングによる障害予防」という新
しい概念が世界に普及するようになった.新生児 MS
は,原則としてすべての新生児を対象に公的事業とし
て行われる.
対象疾患の要件
新生児 MS は,できるだけ多くの疾患を発見すれば
表 1 集団検診のための Wilson─Jungner の古典的基準
(WHO, 1968)
1.放置すると重大な健康被害をもたらしうる
2.自然歴の明らかな疾患である
3.効果的な治療法がある
4.発症前に診断できる
5.受け入れられる適切な検査法がある
6.集団に対して受け入れられる社会的合意がある
7.診断・治療のための施設が利用可能である
8.患者,陽性者のフォローアップ体制が整備されている
9.費用対効果バランスが適切である
10.事業の意味,内容に関して受検者の同意が得られている
表 2 日本でこれまで行われてきたマススクリーニングの
対象疾患と発見頻度
費用
便益
検査法
〇
△
△
Guthrie 法,
酵素法,
HPLC 法
4)ガラクトース血症(全体) 1:3 万 *
(1 型)(1:80 万)
(2 型)(1:60 万)
△
△
Beutler 法,
Paigen 法,
酵素法
5)先天性甲状腺機能低下症
6)先天性副腎過形成
◎
〇
よいというものではない.対象疾患には一定の要件が
ある.表 1 に示すような Wilson─Jungner の集団健
診事業の基準が有名である 1).新生児 MS 対象疾患も
これに準じている.
要約すると,放置すれば重大な健康被害が発生する,
発症前に発見できる,治療法が用意されている,非侵
襲的な検査である,費用対効果が適切である,偽陽
性・偽陰性が少なく倫理的,社会的に受け入れられる
疾患である,などの要件である.
日本の新生児マススクリーニング
疾患
1)フェニルケトン尿症
2)メープルシロップ尿症
3)ホモシスチン尿症
頻度
1:7 万
1:50 万
1:80 万
1:3,000
1:2 万
ELISA 法
*ガラクトース高値の多くは酵素欠損でなく,門脈奇形やシトリ
ン欠損症などの二次性のもので,真の先天性ガラクトース血症
はきわめてまれである.
費用便益 ◎:非常に良い,〇:良い,△:あまり良くない.
日本では 1977 年より全国実施されて以来 30 年余
りの間に,4 千万人以上の新生児が検査を受け,1 万
によって対象疾患数は飛躍的に拡大できる.1990 年
人以上の小児が障害から免れたといわれている .
代後半から徐々に世界に普及している.
これまで日本の新生児 MS では,表 2 に示す 6 疾
タンデムマス法では,従来と同じ血液濾紙が使用で
患を対象としてきた.検査法は,Guthrie 法のほか,
き,1 検体あたりの分析時間は短く(約 2 分)
,1 台
酵素法,HPLC 法,ELISA 法などが用いられる.日
の機器で年間 5~6 万検体を分析できる.ランニング
本における発見頻度,治療効果,費用便益も明らかに
コストも安価で,従来の Guthrie 法に比べ,偽陽性
なっている.先天性甲状腺機能低下症の頻度は 3,000
が少ない.なお,これまでの対象 6 疾患のうち,ガ
人に 1 人と高く,治療費が安価で,治療効果も優れ
ラクトース血症,2 つの内分泌疾患はタンデムマス法
ているので費用便益はきわめて良い .
では検査できないので,これまでと同様の方法で検査
2)
3)
タンデムマスによるマススクリーニング
する必要がある.
対象疾患
1990 年代から,タンデムマス法という質量分析を
タンデムマス分析では,アミノ酸とアシルカルニチ
導入した新生児 MS 法が開発された.タンデムマス法
ンが同時測定される.アミノ酸所見からアミノ酸代謝
12
異常症,アシルカルニチン所見から有機酸代謝異常症, 表 3 世界で行われているマススクリーニング
脂肪酸代謝異常症がスクリーニングできる.従来のア
ミ ノ 酸 代 謝 異 常 3 疾 患 も こ れ に 含 ま れ る の で,
Guthrie テストは不要になる.
有機酸代謝異常症は,アミノ酸の中間代謝過程の代
謝異常のために有機酸が蓄積し,ケトアシドーシス発
作などを起こす疾患である.脂肪酸代謝異常症は,β
酸化障害によってエネルギー産生障害を起こす.心不
マススクリーニング疾患
備考
1)フェニルケトン尿症
白人に多い.シンボリック
な疾患
2)メープルシロップ尿症
日本人ではきわめてまれ
3)ホモシスチン尿症
日本人ではきわめてまれ
4)ガラクトース血症
酵素欠損症はまれ.門脈形
成異常などのほうが多い
5)先天性甲状腺機能低下症
世界的に最も頻度の高い疾患
6)先天性副腎過形成症
2 番目に多い内分泌疾患
7)有機酸・脂肪酸代謝異常症
学童期,成人以後に全身倦怠,筋力低下,筋肉痛など
タンデムマス(アミノ酸代
謝異常,尿素回路異常も)
8)ビオチニダーゼ欠損症
白人に比較的多い
を起こす遅発型もある.
9)G6PD 欠損症
赤道地帯に多い(数十人に
1 人.核黄疸の原因となる)
全,低血糖をきたす重症型,ふだんは正常で感染など
を契機に急性脳症,突然死を起こす病型もある.また
タンデムマス法では 20~30 種類の疾患が発見でき
るが,日本では見逃しが少なく,早期発見による効果
が認められると判定した 16 疾患を「一次対象疾患」
としている.一方,現時点では見逃し例が相当数あり,
また発見しても治療効果が十分と認められないものを
「二次対象疾患」として引き続き検討を続けることと
している 4).
マススクリーニングの対象疾患と今後の拡大
先天代謝異常の頻度はしばしば民族差が大きく,経
済状況,医療環境も異なるため新生児 MS の対象疾患
は世界共通ではない.現在実施されている疾患,一部
の国,地域に特有の対象疾患,および検討中の疾患を
10)鎌状赤血球症
黒人,中近東,インドに多い
11)囊胞線維症
白人に多い(約 3 千人に 1 人)
12)チロシン血症Ⅰ型
フランス系に多い(タンデ
ムマスで可能)
13)ライソゾーム病
ム コ 多 糖 症,Fabri 病,
Pompe 病など
14)Wilson 病
現時点では技術的課題あり
(頻度は約 3~4 万人に 1 人)
15)SCID 欠損症
免 疫 不 全 症.PCR 法 で 米
国などで普及中
16)胆道閉鎖症
便カラーカード(頻度は 1
万人に 1 人)
17)その他(感染症)
HIV・CMV 感染症など
G6PD:グルコース─6─リン酸脱水素酵素,SCID:重症複合型
免疫不全症.
表 3 に示す.たとえば,グルコース─6─リン酸脱水素
酵素(G6PD)欠損症は,東南アジアなどでは 60 人
療よりも予防である.将来,新生児 MS の拡大を図る
に 1 人と高頻度である.囊胞線維症は白人で 3,000
際,倫理的・社会的検討が必要である 5).
に 1 人である.鎌状赤血球症(ヘモグロビン異常症)
は黒人に多い.これらは日本ではほとんど皆無である. ●文献
現 在 検 討 中 の 疾患 と し て, 重 症 複 合 免 疫 不 全 症
(SCID),Wilson 病,ライソゾーム病(ムコ多糖症,
Fabri 病,Pompe 病など)がある.
マススクリーニングは正常新生児を対象とした事業
である.早期発見しても救えないケース,反対に軽症
型のため無治療ですむケースもある.小児の疾患は治
1)Wilson JMG, Jungner G. Principles and practice of
screening for disease. World Health Organization,
Geneva. 1968. p.163.
2)成瀬浩,山口清次.臨床精神医学 2004;33:1453─60.
3)山口清次.小児内科 2009;41(増刊):16─21.
4)山口清次.小児科 2012;53:1101─10.
5)松田一郎.日本マス・スクリーニング学会誌 2009;19:
189─215.
(山口清次)
13
1章
アミノ酸代謝異常:高チロシン血症
高チロシン血症Ⅰ型
SUMMARY
チロシンは食事に含まれるアミノ酸の一つとし
て,またフェニルアラニンの代謝産物として得ら
れる.生体内でフェニルアラニンはフェニルアラ
ニン水酸化酵素によってチロシンへと変換される.
チロシンはチロシンアミノ基転移酵素によって
4─ヒドロキシフェニルピルビン酸,続いて 4─ヒ
ドロキシフェニルピルビン酸ジオキシゲナーゼに
よってホモゲンチジン酸,ホモゲンチジン酸酸化
酵素によってマレイルアセト酢酸,マレイルアセ
ト酢酸イソメラーゼによってフマリルアセト酢酸,
フマリルアセト酢酸ヒドラーゼによってフマル酸
とアセト酢酸に分解される(図 1).
高チロシン血症には種々の原因があり,Ⅰ型,
Ⅱ 型, Ⅲ 型 の 3 つ の 病 型 に 分 類 さ れ て い る
(p.31 表 1 参照).これらの疾患は,遺伝的・酵
フェニルアラニン
フェニルアラニン水酸化酵素(フェニルケトン尿
症)
チロシン
チ ロシンアミノ基転移酵素(高チロシン血症Ⅱ
型)
4─ヒドロキシフェニルピルビン酸
4─ヒドロキシフェニルピルビン酸ジオキシゲナー
ゼ(高チロシン血症Ⅲ型,ホーキンシン尿症)
ホモゲンチジン酸
ホモゲンチジン酸酸化酵素
マレイルアセト酢酸
マレイルアセト酢酸イソメラーゼ
フマリルアセト酢酸
フマリルアセト酢酸ヒドラーゼ(高チロシン血症
Ⅰ型)
フマル酸+アセト酢酸
図1 遺伝性高チロシン血症の代謝障害部位
素学的に別の疾患であり,臨床症状出現の機序も
異なる.遺伝形式はいずれも常染色体劣性である.
高チロシン血症Ⅰ型(OMIM #276700)はフマ
リルアセト酢酸ヒドラーゼ(FAH)が欠損する
ことで発症する.
する.
臨床症状,臨床病型
高チロシン血症Ⅰ型の細胞障害は肝実質細胞と近位
尿細管細胞に限られ,臨床像では進行する肝障害と腎
代謝障害と病態
尿細管障害が特徴である.病型は急性型,亜急性型と
慢性型に分けられる.
Ⅰ型では酵素欠損の結果,細胞内に蓄積するフマリ
①急性型:生後数週から,肝腫大,発育不良,下痢,
ルアセト酢酸の毒性により種々の病態が生じる.肝細
嘔吐,黄疸などがみられる.重症例では肝不全へ進行
胞では遺伝子発現の異常,酵素活性の阻害,アポトー
し,生後 2〜3 か月で死亡または肝移植が必要になる.
シス,染色体の不安定と癌化が生じている.患者にお
肝腫瘍を発生する症例も多く,多発性腫瘍も報告され
ける低血糖,アミノ酸やその他の代謝障害,凝固因子
ている.
の低下などは遺伝子発現の低下によると考えられる.
②亜急性型:生後数か月から 1 年程度で肝障害が明
また高い頻度で若年性肝細胞癌が出現するのは,染色
らかになる.
体の不安定性に関連している.さらにアポトーシスに
③慢性型:緩やかに進行する肝腫大,肝機能障害がみ
よる細胞死は最終的に肝不全へと進む.近位尿細管細
られ,肝硬変,肝不全に至る.
胞においても細胞障害と機能障害が出現し,アミノ酸
いずれの病型でも腎尿細管機能障害(Fanconi 症
尿,糖尿,代謝性アシドーシスなどの Fanconi 症候
候群)が出現し,低リン血症性くる病,ビタミン D
群が発症する.その結果,低リン血症性くる病が出現
抵抗性くる病などの所見が認められる.このほか,ス
28
クシニルアセトンがアミノレブリン酸デヒドラターゼ
を強く阻害する結果,腹痛発作,ポリニューロパチー
治療
などの急性間欠性ポルフィリン症に類似した症状が出
チロシン高値の患者はⅠ型,Ⅱ型,Ⅲ型とその他の
現 す る. 数 日 か ら 1 週 間 程 度 続 く 激 し い 痛 み は,
原因による高チロシン血症の鑑別を対症療法と同時に
neurologic crises とよばれている.臨床症状の重症
行う.新生児期には臓器障害がなければ基本的には経
度は,酵素障害の重症度,すなわち遺伝子変異と関連
過観察する.
している.
Ⅰ型では肝障害の進行を早期に防止することが重要
診断
であり,4─ヒドロキシフェニルピルビン酸ジオキシ
ゲナーゼの阻害薬(NTBC, Orfandin Ⓡ )を使用し,
高チロシン血症Ⅰ型の診断では肝障害の存在を知る
食事療法(低フェニルアラニン・低チロシン食)を併
ことが重要である.
用する.早期に治療を開始した例では肝移植を回避で
一般臨床検査では,血清トランスアミナーゼの上昇
きる可能性がある.
などの肝機能障害,凝固因子の合成低下による凝固障
治療の効果判定には,血清 AFP,一般肝機能検査
害の所見,低リン酸血症,糖尿,タンパク尿などの腎
が有効である.血清 AFP はよく病像を反映するので,
尿細管機能障害に一致する所見が認められている.ま
これを正常範囲に保つことができれば予後は期待でき
た,血清中αフェトプロテイン(AFP)の著明な増加
る.NTBC を使用しない例では肝不全に至ることが
が特徴的である.血中アミノ酸分析では,チロシンの
多く,肝移植が行われる.また,NTBC を使用した
ほかメチオニン,セリン,スレオニンなどの多くのア
例 で も 肝 細 胞 癌 の 発 生 例 で は 肝 移 植 が 行 わ れ る.
ミノ酸が上昇する.尿中アミノ酸分析では,チロシン
NTBC は日本国内での入手が困難であるので,海外
の排泄増加のほか,多くのアミノ酸の排泄が増加して
で発売されている Orfandin Ⓡの輸入が必要となる.
いる.ポルフィリン代謝障害の結果,尿中にはδアミ
ノレブリン酸の排泄が増加する.画像診断では肝腫大,
予後
肝硬変や脂肪肝の所見がみられる.肝生検では著明な
Ⅰ型での合併症である肝細胞癌および低リン血症性
肝構築の乱れ,さまざまな異常形態を呈する肝細胞,
くる病の治療が問題となる.NTBC で早期治療を行
脂肪肝などが認められる.しかし,これらの所見は非
った症例でも肝細胞癌が発生することが知られている.
特異的であり,確定診断には至らない.
そこで,治療中は常に肝細胞癌の早期発見に努めるべ
確定診断に向けた検査では,尿有機酸分析でチロシ
きである.NTBC 治療の効果が得られれば予後は期
ン代謝産物である 4─ヒドロキシフェニルピルビン酸,
待できる.
4─ヒドロキシフェニル乳酸,4─ヒドロキシフェニル
ピルビン酸などの増加のほか,スクシニルアセトンの
●文献
増加を明らかにする.尿中スクシニルアセトンの増加
1)
Mitchell GA, et al. Hypertyrosinemia. In:Scriver CR, et
al, editors. The Metabolic & Molecular Bases of
Inherited Metabolic Disease. 8th ed. New York:
McGraw─Hill;2001. p.1777─805.
2)Gropme M, et al. Genes Dev 1993;7:2298─307.
3)
Endo F, et al. J Biol Chem 1997;272:24426─32.
4)
Nakamura K, et al. J Nutr 2007;137:1556S─60S;
1573S─5S.
5)
Lindstedt S, et al. Lancet 1992;340:813─7.
は診断的な価値がある.また,酵素診断は肝細胞,培
養皮膚線維芽細胞を検体として,フマリルアセト酢酸
ヒドラーゼ活性を測定する.これらの尿中有機酸分析
や酵素診断を行うことで診断を確定することができる.
(中村公俊,遠藤文夫)
29
1章
アミノ酸代謝異常:含硫アミノ酸代謝異常症
ホモシスチン尿症(Ⅰ型)
は,ホモシステイン結合フィブリノーゲン増加が血栓
SUMMARY
症の原因となっている可能性が報告 2)されている.
ホモシスチン尿症Ⅰ型(OMIM #236200)は,
CBS 遺伝子は 21q22.3 に局在し,その翻訳領域は
シスタチオニンβ合成酵素(CBS)の遺伝的な異
551 個のアミノ酸をコードしている.これまで 100
常によりメチオニンの代謝産物であるホモシステ
種類以上の病因遺伝子変異が同定されている.
インが体内に蓄積し,尿中にホモシスチンが大量
に排泄される常染色体劣性遺伝疾患である 1).臨
床的には,ビタミン B6(B6)の大量投与に反応
臨床症状,臨床病型
出生時には異常は認められず,年齢とともに症状が
する B6 反応型と反応しない B6 不応型があるが,
出現してくる.NMS での見逃し例や発見できない B6
欧米では約 44%が B6 反応型である.主要症状は,
反応型もあるため,本症を疑わせる症状が認められた
ホモシステイン蓄積とシステイン欠乏によると考
場合には,NMS の結果が正常であっても本症を疑い
えられている,眼,中枢神経系,骨格系,血管系
検査を進めていく必要がある.
の障害である.
①眼症状:水晶体脱臼で,下方偏位が多いのが特徴で
現在,日本では,新生児マススクリーニング
ある.3 歳未満での出現はまれであるが,B6 非反応
(NMS)の対象疾患であり,NMS によるホモシ
型で 6 歳までに,B6 反応型で 10 歳までに約 50%の
スチン尿症の患者発見頻度は,約 90 万人に 1 人
患者に出現する.その他,近視,緑内障,網膜異常な
である.しかし,NMS ではメチオニン高値を指
ども認められる.
標としているため,B 反応型ホモシスチン尿症
②中枢神経:最も多く認められる症状は知的障害で,
が見逃されている可能性が高く,実際の発生頻度
未治療患者の知能指数は,B6 非反応型で平均 56,反
はこれよりも高いと考えられる.
応型で 78 と報告 3)されている.約 20%の患者で大発
6
作様のけいれんが報告されているが,けいれん発作を
代謝障害と病態
認めない患者でも脳波異常を認めることが多い.行動
異常や精神症状も約半数の患者で認められている.
CBS は,ピリドキサールリン酸を補酵素としてホ
③骨格異常:高身長,クモ状指や側彎症などの Marfan
モシステインとセリンからシスタチオニンを合成する
症候群様の体型を呈することが多く,骨粗鬆症の頻度
酵素である(図 1).CBS の異常により基質であるホ
も高い.
モシステインが蓄積し,ホモシステインは酸化されて
④血栓症:血栓症は本症の主要死因であり,年齢,部
2 分子でホモシスチンを生成する.血液中に増加した
位を問わず発生する.約半数の未治療患者では 25 歳
ホモシスチンは,尿中に排泄される.また,蓄積した
までに血栓症発作の既往があると報告されている.
ホモシステインは再メチル化を受けてメチオニンに変
換され,高メチオニン血症を呈する.
診断
本症の主要死因である血栓症の原因として,ホモシ
①一般検査:血小板機能検査などの凝固機能検査が行
ステインの血小板機能,血管内皮細胞や凝固因子など
われる.
への影響が検討されているが,血栓症の原因は,単独
②特殊検査:血漿・尿中アミノ酸分析において,メチ
ではなく複数の要因が関与していると考えられている. オニンやホモシステイン・ホモシスチン値の増加を認
最近,ホモシステインのタンパク質リシン残基との結
めることで確定診断されることが多い.しかし,血漿
合によるタンパクの機能異常,とくに凝固系に関して
ホモシステインは血漿タンパクと結合しやすいため,
42
メチオニン
THF
5,10─メチレン
THF
メチル Cbl
5
⑤
④
図 1 メチオニン関連代謝経路
①
ジメチル
グリシン
─アデノシル
メチオニン
ベタイン
─アデノシル
ホモシステイン
③
─メチル
THF
ホモシステイン
THF:テトラヒドロ葉酸,Cbl:コバ
ラミン.
①メチオニンアデノシルトランスフェ
ラーゼ,②シスタチオニンβ合成酵素
(CBS),③ベタインホモシステインメ
チル基転移酵素,④メチオニン合成酵
素(5─メチル THF─ホモシステインメ
チルトランスフェラーゼ),⑤メチレ
ン THF 還元酵素,⑥メチルマロニル
CoA ムターゼ.
ホモシスチン
セリン
L─メチルマロン酸
② CBS
アデノシル ⑥
Cbl
シスタチオニン
システイン+ホモセリン
ビタミンB12
コハク酸
硫酸塩
血漿アミノ酸分析では,タンパク結合型を含む総ホモ
るだけ行うべきでない.ベタイン療法により血中メチ
システインを測定する必要がある.尿中ホモシスチン
オニンが 40 mg/dL 以上となり,進行性の脳浮腫をき
の測定では,室温放置によりその濃度が変化するため
たした症例 5)もあり,ベタイン療法中は,血中メチオ
新鮮尿を用いることが重要である.
ニンを 20 mg/dL 以下に維持することが必要である.
B6 反応性の診断のための B6 大量投与は,生後 6 か
血中ホモシステインの低下が十分でない場合には,
月ころ(体重 8 kg 前後)と体重が 12.5 kg となる 2〜
血栓症の予防のためにジピリダモールやアスピリンの
3 歳時に実施 4)される.
投与が試みられているが,長期的効果については評価
③確定診断:培養皮膚線維芽細胞や培養リンパ芽球細
が定まっていない.
胞を用いた酵素活性測定や遺伝子診断でなされる.
B6 反応型では,B6 の大量投与が有効である.
治療
①食事療法:低メチオニン・高シスチン食が基本であ
予後
NMS 開始以後,予後は大幅に改善している.
り,1997 年に発表された暫定治療指針に記載されて
いる摂取メチオニン・シスチン量を目安に開始して,
●文献
空腹時血中メチオニン 1 mg/dL 以下を目標に食事内
1)
Mudd SH, et al. Disorders of transsulfuration. In:Valle
E, et al, editors. The Online Metabolic & Molecular
Bases of Inherited Diseases(http://www.ommbid.com/)
2)
Jakubowski H, et al. FASEB J 2008;22:4071─6.
3)
Mudd SH, el al. Am J Hum Genet 1985;37:1─31.
4)
黒田泰弘ほか.新生児マス・スクリーニング検査で発見さ
れたホモシスチン尿症の治療法の再検討.厚生省心身障害
研究「新しいスクリーニングのあり方に関する研究」平成
7 年度研究報告書.1996.p.137─42.
5)Yaghmai R, et al. Am J Med Genet 2002;108:57─63.
容の変更が行われている.しかし,症状発現に関与し
ているのはホモシステインであるため,血漿総ホモシ
ステインを指標として治療を行うことが勧められる.
②薬物療法:食事療法のみでは治療目標を維持するこ
とが困難な場合には,ベタイン療法(国内治験中)を
併用する.ベタイン療法で総ホモシステインが正常化
した場合でも,食事療法を緩和すると総ホモシステイ
ンの再上昇が認められるため,食事療法の緩和はでき
(伊藤道徳)
43
12章
プリン・ピリミジン代謝異常:プリン代謝異常症
HPRT 欠損症(Lesch─Nyhan 症候群)
SUMMARY
臨床症状,臨床病型
プリンサルベージ酵素 HPRT(ヒポキサンチン
HPRT 欠損症は,高尿酸血症に高尿酸尿症や欠損の
グアニンホスホリボシルトランスフェラーゼ,
さまざまな神経症状を併発する.典型的な症候群で,
308000)が,先天的にほぼ完全に欠損
不随意運動,筋硬直,精神遅滞,特有の自咬症を呈す
すると,プリン体の de novo 合成が上昇し,高
,神経症状を
る最も重篤な LND(Lesch─Nyhan 病)
OMIM
*
尿酸血症をきたす(図 1)ほか,不随意運動,筋
有するが LND に特異な自咬症のみられない HRND
硬直,精神遅滞,特有の自咬症を呈する Lesch─
(HPRT-related neurological dysfunction)
,高尿酸
Nyhan 症候群(OMIM #300322)を発症する.
一方,部分欠損(OMIM #300323)では,高尿
酸血症が重症の痛風や急性腎不全の原因となり,
神経症状を伴う症例もみられる.
血 症 の み で 神 経 症 状 や 行 動 異 常 を 伴 わ な い HRH
(HPRT-related hyperuricemia)に分類される.
診断
HPRT 遺伝子(HPRT1)欠損症は X 連鎖劣性
①臨床診断:LND の臨床症状はきわめて特徴的で,
遺伝で,頻度は男児出生 10 万人に 1 人程度で人
舞踏病アテトーゼを伴う精神発達遅滞,自傷行為,高
種差は認められない.症状の重篤さから患者が子
尿酸血症の症状があれば本症を疑う.尿中や血液中の
孫を残すことはなく,患者は男性に限られるのが
尿酸値上昇や,尿酸/クレアチニン比の上昇が参考と
通常であるが,X 染色体不活性化の偏りが原因で,
なる.
ごくまれに女児にも発症する.原因遺伝子変異は
②酵素学的診断:LND では通常,赤血球 HPRT 活性
多種多様で,さまざまな報告がある.最新情報は,
が正常対照群の 1%以下となり,溶血液中の活性を測
国際研究グループによるウェブサイト(www.
定して欠損症を確定診断する.保因者であるヘテロ接
lesch-nyhan.org)で紹介されている.
合体の女性の赤血球 HPRT 活性は,酵素欠損の赤血
球が選択的に淘汰されるため,一般的に健常人と差は
代謝障害と病態
ない.酵素活性が正常だからといって保因者でないと
することがないように注意が必要である.
Lesch─Nyhan 症 候 群 は HPRT の 完 全 欠 損 に 起 因
③遺伝子診断:HPRT 遺伝子(HPRT1)は X 染色体
し ,この酵素の部分欠損が若年性で重症の痛風の原
長腕に座位し,9 つのエクソンに分かれ,218 のアミ
因となる 2).HPRT は,ホスホリボシルピロリン酸
ノ酸をコードしている.HPRT の遺伝子変異は多様性
(PRPP)の存在下で,ヒポキサンチンまたはグアニ
に 富 み, 世 界 中 で 現 在 報 告 さ れ て い る 原 因 変 異 は
ンから,IMP または GMP を再合成する(図 1).尿
300 例以上に及んでおり,大部分の家系で異なった
酸過産生は,基質のヒポキサンチンやグアニンが再利
変異が発見されている 3,4).
用され ず に 尿 酸 に 代 謝 さ れ る こ と だ け で は な く,
④出生前診断:家系の保因者診断や出生前診断を遺伝
PRPP レベルの上昇とアミドホスホトランスフェラー
子診断で行うには,各家系での変異をあらかじめ特定
ゼ(ATase)の活性亢進によるプリンの de novo 合
しておくことと,変異に応じた簡便で的確な検出法の
成の過剰に由来する.
確立が不可欠である.変異に応じた制限酵素部位の変
1)
中枢神経症状の原因については不明な点が多いが,
化 を 利 用 し た PCR 産 物 の 制 限 酵 素 切 断 片 長 多 型
ドパミン作動性神経終末の分枝化が障害されると考え
(RFLP)による変異の検出が有効である.また,数十
られている.
282
塩基から数百塩基の欠失や挿入のある場合は PCR 産
R─5─P
PRPPS↑ 活性上昇
PRPP 量の激増による
ピリミジン合成の亢進
↑PRPP
フィードバック阻害の低下
ATase↑ 活性亢進
図 1 ヒトのプリン代謝経路と
HPRT 欠損による代謝異常
5−ホスホリボシル─1─アミン
プリン合成の亢進
GTP
ATP
合成↑
GDP
XMP
活性上昇
IMPDH↑
↓GMP
NT
グアノシン
PNP
↑グアニン
AS
IMP↓
欠 損
HPRT
PRPP↑
NT
イノシン
PNP
AMPD
ADA
ヒポキサンチン↑
ADP
AMP↓
NT
AK
アデノシン
アデニン
XO
キサンチン↑
HPRT の欠損による
サルベージ回路の活性低下
排泄増加,脳脊髄液中で増加
XO
尿酸↑ 尿酸過産生,排泄増加,高尿酸血症
APRT↑
活性上昇
PRPP↑
HPRT:ヒポキサンチングアニン
ホスホリボシルトランスフェラー
ゼ,APRT:アデニンホスホリボ
シ ル ト ラ ン ス フ ェ ラ ー ゼ,
PRPPS:ホスホリボシルピロリ
ン酸合成酵素,ATase:アミドホ
スホリボシルトランスフェラーゼ,
AMPD:AMP デ ア ミ ナ ー ゼ,
ADA:アデノシンデアミナーゼ,
AK: ア デ ノ シ ン キ ナ ー ゼ,
IMPDH:IMP 脱 水 素 酵 素,
PNP:プリンヌクレオシドホスホ
リラーゼ,NT:5' ─ヌクレオチダ
ーゼ,XO:キサンチンオキシダ
ーゼ.R─5─P:リボース 5─リン酸,
PRPP:ホスホリボシルピロリン
酸.色文字は欠損症における変動.
↑:増加,上昇,亢進,↓:減少,
低下, :欠損.
物の長短で遺伝子変異が検出できる.大きな欠失や挿
の尖った危険物を遠ざけ,車椅子の鋭利な部分はすべ
入,転座や逆位がある場合は,変異に特異的な PCR
て保護する.指咬みや殴打の予防で,肘に添え木を当
断片と,正常 PCR 断片をそれぞれ増幅して判定する.
てたり,リップガードやマスクの装着なども工夫され
治療
①高尿酸血症の治療:尿酸のコントロールが,痛風関
ている 5).
予後
節炎,尿路結石,腎不全などの症状を予防するのに必
31 歳死亡患者の剖検脳には,Alzheimer 病に匹敵
須となる.十分な水分を摂取して尿量を増加させ,尿
する神経原線維変化がみられ,早期加齢化が推測され
酸を尿中に排泄し,小さな結石などを洗い流す.尿ア
る.
ルカリ化薬の投与も有効である.とくに嘔吐や発熱時
の脱水症状の回避に注意が必要である.アロプリノー
●文献
ルの投与が有効で,尿酸産生を低下させる.尿酸排泄
1)
Seegmiller JE, et al. Science 1967;155:1682─4.
2)
Kelley WN, et al. Proc Natl Acad Sci USA 1967;57:
1735─9.
3)
Jinnah HA, et al. Mutat Res 2000;463:309─26.
4)
Yamada Y, et al. Nucleosides Nucleotides Nucleic Acids
2011;30:1248─55.
5)Torres RJ, Puig JG. Orphanet J Rare Dis 2007;2:48,
doi:10.1186/1750-1172-2148.
促進薬の投与は,腎結石のリスクを高めるので避けた
ほうがよい.
②神経症状と行動異常の治療:高尿酸血症が改善して
も,神経症状の改善はみられない.筋硬直や運動遅滞
の改善は困難で,自傷行為を伴う行動異常の治療も容
易でないが,まず物理的拘束による保護が重要で,先
(山田裕一)
283
先天代謝異常ハンドブック
2013 年 3 月 12 日 初版第 1 刷発行Ⓒ
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えんどうふみ お
専門編集
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やまぐちせい じ
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