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平成18年度 大阪大学 文学研究科・文学部 インターンシップ報告書 教育

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平成18年度 大阪大学 文学研究科・文学部 インターンシップ報告書 教育
平成18年度
大阪大学
文学研究科・文学部 インターンシップ報告書
教育支援室
目
次
はじめに·····························教育支援室インターンシップ専門委員 伊東信宏 1
1
映画関係
1.1. 東映京都撮影所
学生からの報告 ·········································文学部3回生 逢坂文哉 2
2
音楽関係
2.0. 音楽学関係インターンシップの概要 ···············文学研究科准教授
伊東信宏 5
2.1. ザ・フェニックスホール
学生からの報告 ······· 人間科学部3回生
原田静香・文学研究科修士1年 尾西教彰 6
受け入れ側からの報告 ·········································· 支配人 別所澄 13
2.2. いずみホール
学生からの報告① ···································文学研究科修士 1 年 美堂梓 15
学生からの報告② ·································法学研究科修士1年 西本早希 20
学生からの報告③ ·····························人間科学研究科修士 2 年 元山千香 23
受け入れ側からの報告 ···························いずみホール業務部長 丸井廣道 25
3
演劇関係
3.0. 劇場制作実習概要 ···································文学研究科教授
永田靖 27
3.1. 兵庫県立尼崎青少年創造劇場(ピッコロシアター)
学生からの報告① ·······································文学部2回生 織屋雄紀 28
学生からの報告② ·······································文学部2回生 川口高志 31
学生からの報告③ ·······································文学部 3 回生 青木淳高 33
学生からの報告④ ·······································文学部 3 回生 水谷真理 36
はじめに
本報告書は、平成 18 年度に大阪大学文学部、および同文学研究科において行われたインター
ンシップを含む授業の報告書です。企業が募集し、学生が応募して参加するという形で行われる
授業とは関係のない「インターンシップ」は、この他にも実施されているのですが、この報告書
が扱っているのは、本学の教員が働きかけて調整し、授業の一部として実施しているものという
ことになります。また、同年度から開設された本学のコミュニケーションデザイン・センターの
科目のうち、文学研究科教員が担当する科目についても、ここで扱うことにしました。
最初にその実習先、人数、期間を概観しておくと、次のようになります。
東映京都撮影所
学部生1人
約1ヶ月
いずみホール
院生3人
6日間
ザ・フェニックスホール
院生1人学部生1人
6日間
兵庫県立尼崎青少年創造劇場
学部生4人
5日間
(ピッコロ劇場)
実習先は、芸術関係の諸施設に限られており、より幅広い実習先の開拓が、本学部・研究科全
体の今後の課題であると言えるでしょう。しかし同時に、このことは映画、演劇、音楽といった
分野において、専門的知識を持った制作者の登場が待たれている、という現状の結果である、と
いうこともできます。
それぞれのインターンシップの内容と、その成果、および課題については、各項に譲りますが、
共通して言えることは受講生たちが一様に、この経験を貴重なものとうけとめているということ、
そして授業の中でのそのあり方については様々な検討課題が残されている、ということで、大学
が果たすべき役割の一つとして「インターンシップ」について今後とも真剣に考えて行きたいと
思います。
最後に、大学側の希望を真摯に受け止めていただき、様々なご迷惑をおかけしているにもかか
わらず、積極的に学生たちを迎えてくださっている受け入れ先各位には、この場を借りてお礼を
申し上げます。どうもありがとうございました。
教育支援室インターンシップ専門委員 伊東信宏(文学研究科教員)
- 1 -
1
映画関係
1.1. 東映京都撮影所
学生からの報告
文学部3回
逢坂文哉
2006 年度後期 美学・芸術学講義「西洋美学史序説」006007 インターンシップ報告
実習場所 株式会社東映京都撮影所。
実習期間 2006 年 12 月5日~12 月 28 日、2007 年1月6日~11 日。
実習内容 テレビ映画『新・京都迷宮案内4』第5、6話製作。
監督
黒沢直輔、進行主任 矢嶋聖、進行
仲田真希子。
【報告】フレームの「外」~東映京都撮影所でのインターンシップを終えて~
今回のインターンシップで経験し、それを通して考えたことを、「フレーム」という言葉をキ
ーワードに報告したい。
まず、本レポートにおける「フレーム」という言葉を定義しておこう。ここでは「フレーム」
は、映像だけに限定せず、音声も含めている。「フレーム」とは、映像作品の鑑賞者が、その作
品から手に入れることのできる情報の限界枠をいう。以後、「フレーム」をかぎ括弧なしで使用
する。
世の中には多くの映像作品が存在する。映画、テレビドラマ、テレビCM。それらを目にする
ことはあまりにも簡単で、私たちにとって最も手軽な娯楽であり、情報源である。だからこそ、
映像作品に慣れ親しみすぎているからこそ、忘れてしまう要素がひとつある。フレームの存在で
ある。いかなる映像作品にもフレームが存在し、見る側の人間はキャメラが把えている枠の中の
出来事しか目にすることはできないし、マイクが拾う音声しか聞くことはできない。その先を、
フレームの外に広がっているのであろう世界を、想像することはできるが、見ることは決してで
きない。フレームが私たちの世界と映像の世界を隔絶している。この隔絶が映像作品を成立させ
る。フレームがあるからこそ映画、ドラマ、テレビCMは何かを語ることができる。そこに想像
の介入する余地が生まれるからである。
今回のインターンシップでの経験を一言でいうならば、今まで決して見ることのできなかった
フレームの「外」を見る経験であった。テレビドラマの制作に立ち会うのだから、フレームの外
を見ることは至極当たり前のことである。この見られない部分、見る側の人間としては見てはい
けない部分を垣間見たことが、映像作品に対する接し方を変えたと思う。
映像作品を見る上での緊張感の変化がそれである。これまでは、作品がフレームの外に見せた
いもの、想像させたい世界を読み取ることに集中力をささげてきた。しかし、今ではこの作業と
- 2 -
共に、作品が見せたくない部分を想像するという作業を行うようになった。今までは、フレーム
の「外」を想像してはいけないと思ってきたが、
「外」を想像してこそ、
「内」への集中力が高ま
ると思うようになった。「内」を見、「外」を想像し、「内」を見ているだけでは見られなかった
「内」の細部を、あらためて見つめなおすことになった。フレームに対する緊張感が増した。
フレームの外であると思っていた映画製作の現場に立会って、フレームの先にはフレームの外
も内もないことを知った。フレームのない世界に入ってしまうと、その世界でフレームにどれほ
どの意義が与えられているか、身をもって知ることになった。
そこに何があったか。そこにあったのはドラマ制作という労働の現場であり、それが持つ独特
の緊張感である。そこには人間がいて、肉体労働を行っている。視覚的体験としてその光景を目
の当たりにしてしまった。
現場にいると目に入るのは、監督が、助監督が、キャメラマンが、照明技師が、録音技師が、
進行が、スクリプターが、そしてその助手たちが行っている行為だけであり、耳に入るのはほと
んどが具体的な行動の指示だけである。何を考えているか、何を見せたいのか、どう思っている
か。それは見えないし、聞こえない。実際、そのようなことを見せる、聞かせる余裕は、彼らに
はない。ただ坦々と映像でドラマを構築するという作業をこなすために、肉体が動き、声が飛び
交う。そこを独特の緊張感が支配している。その緊張感は創造や、思考の緊張感というよりは、
むしろ労働の緊張感である。そうした印象を、初めは受けた。
しかし、そこで行われていることは紛れもなく創造につながる行為であった。キャメラが把え
るのはほんの限られた範囲であり、そのフレームに区切られた映像たちが、フレームのない世界
とは全く違った世界を創造していった。
こうしたことが分かるにつれ、先に述べた労働の緊張感について、違ったふうに考えるように
なった。まったく違った印象が生まれてきた。映像作品の製作という労働とは、フレームの内側
を構築するための労働である。
シナリオが読み込まれ、線が引かれ、数日に及ぶロケハンが行われ、ロケ交渉が行われ、小道
具たちが用意され、セットが用意される。キャメラが、レールが、イントレが、ライトが、光が、
壁が、イスが、灰皿が、そして人が、運ばれ、配置される。フレームの内側に入るべきものと、
そうでないものが、厳密に取捨選択され、キャメラが回る一瞬、マイクが音を拾う一瞬のためだ
けに、全てが配置され、動かされ、静止させられる。この労働は全てがフレームに向けられた労
働であり、その緊張感はフレームに向けられた緊張感なのである。
現実には全く見ることのできない枠の中に世界を写しこむために、人々はその枠を想像し、映
像を創造している。このことは「おい!お前そこ抜けてる(写ってる)ぞ!」という言葉にびく
びくし、自分の影に対して責任を感じ、カメラの横で息を潜め、目に見えないフレームというも
のに集中した経験がないと理解できなかった。フレームのない世界でフレームを意識した時、初
めて現場で思考や想像が動きはじめたと、今になって考えている。
フレームに対する姿勢は、見る側と見せる側とでは異なっている。しかし、フレームという枠
はまた、見る側と見せる側を繋ぐ、唯一の現実的な接点ではないだろうか。だからこそフレーム
- 3 -
から多くのことが滲み出してくる。そのようなことを、実体験をへて、考えられるようになった
ことが、今回のインターンシップで得た最も大きなことであると思う。
ほかにも、かけがえのない経験が多々あった。あまりにも多量の情報を注ぎこまれた一ヶ月間
だったので、頭のなかが大分、混沌としている。そうした混沌部分も含めて、これから徐々に、
このひと月を冷静に振り返っていきたい。それとともに、今まで見てきた作品をもう一度見直し
ていかねばならないと感じた。作品を見直す作業のなかで、この経験を整理し、生かすことがで
きればと思う。
- 4 -
2
音楽関係
2.0.
音楽関係インターンシップ概要
文学研究科准教授
伊東信宏
平成 18 年度の音楽関係のインターンシップは、いずみホール、ザ・フェニックスホールの2
館のご協力を得て、合計5名の院生、学生を受け入れていただいた。これら院生、学生は、いず
れも音楽学専修ではなく、他研究科からの受講生もいて、それが当該年度のインターンシップの
特色となったのだが、これは初めて開講した「アート・プージェクト入門」
(コミュニケーショ
ンデザインセンター科目)という科目の性格によるものである。この科目では、院生を中心に広
く受講生を募り、共通のスクーリングの後、いくつかのコースに別れて実習やインターンシップ
を行う。まだ試行錯誤の連続ではあるが、その初めての成果として、この報告を今後に役立てた
いと考えている。両ホールには、この場を借りて、改めて御礼もうしあげます。
各インターンシップの内容については、それぞれの報告に詳しいので、ここでは省略するが、
時系列に即して概要のみを箇条書きで示しておく。
◆7月 13 日(木) いずみホール伊東順一館長を招いての説明会
◆7月 24 日(月) ザ・フェニックスホール谷本裕氏を招いての説明会
(9月4日(月)~6日(水) 「アート・プロジェクト入門」の共通講義)
◆9月7日(木)~13 日(水)の6日間、ザ・フェニックスホールにおいてインターンシップ
(9月 13 日のレクチャーコンサート「意識された空間」が中心)
◆9月 21 日(木)〜9月 27 日(水)の6日間、いずみホールにおいてインターンシップ
(9月 23 日のいずみシンフォニエッタ公演、および 27 日ランチタイムコンサート公演が中心)
◆11 月 29 日(水)受講生全員による報告会
◆12 月 20 日(水)午前 ザ・フェニックスホールにおいて報告会
なお、この2館で行われた上記公演のうち、9月 13 日のザ・フェニックスホールでのレクチ
ャーコンサート「意識された空間」と、9月 23 日のいずみシンフォニエッタ公演とは、やはり
同年度に始まった2館連携企画を構成するものであり、武満徹の作品をめぐって両館がそれぞれ
の側からアプローチする試みだった(筆者はその連携企画のお手伝いをした)。つまり、ここで
は経営母体の異なる二つの音楽ホールの連携があり、その双方に大学からのインターンシップが
派遣されたということであり、社会と大学との連携という意味ではかなり複雑で濃密な関係が築
けたと考えている。
院生からの報告に様々な提案が述べられているとおり、インターンシップのあり方自体につい
てはまだ改善すべき点も多い。今後、ひとつずつそういった課題に取り組んで行きたいと考えて
いる。
- 5 -
2.1. ザ・フェニックスホール
学生からの報告
人間科学部3回生
原田静香・文学研究科修士1年
尾西教彰
【報告】ザ・フェニックスホールでのインターンシップについて
1
研修先
ザ・フェニックスホール
NDI ビルマネジメント株式会社ホール事業部
住所:〒530-0047 大阪市北区西天満 4-15-10(ニッセイ同和損保フェニックスタワー内)
TEL :06-6363-0311
2
研修期間
2006 年9月7日(木)~2006 年9月 13 日(水)の6日間、のべ 46 時間
3
研修の目的
音楽ホールの日常および公演に関わる業務の全般を口頭で教えていただくとともに、研修最
終日・13 日(水)に予定されているレクチャーコンサートシリーズ 13「猿谷紀郎が語る武満
徹『意識された空間』
」を上演するまでの制作過程を実際に体験させていただく。この体験を
通じ、外から見るだけでは分からないホールの運営について深く学ぶことを目指す。
4
事前指導
7月 24 日(月)、企画・事業担当をされている谷本裕氏からお話をうかがう。ザ・フェニ
ックスホールの概要、自主企画公演・貸館事業を含めた事業方針についての大まかな説明と
ともに、研修の流れについても教えていただいた。
5
研修最終日の公演について
(1)公演名
「武満徹が亡くなってもう 10 年になる-4つのコンサート」第2夜
ザ・フェニックスホールレクチャーコンサートシリーズ 13(20 世紀音楽1)
猿谷紀郎が語る武満徹「意識された空間」
(いずみホール/ザ・フェニックスホール連携企画)
(2)公演日時 2006 年9月 13 日(水)19:00 開演(18:30 開場)
(3)会場
ザ・フェニックスホール
- 6 -
(4)入場
3,000 円(全席自由)※学生券 1,000 円(限定数、ホール窓口のみの取扱い)
(5)公演概要
現代日本はもちろん 20 世紀を代表する作曲家・武満徹が今年没後 10 年の節目を迎えるの
を記念し、武満に見出された作曲家・猿谷紀郎氏(大阪教育大学助教授)を講師に迎え、武
満作品に見られる「音」「響き」と「空間」「時間」の結び付きなどについてのお話をうか
がうとともに、70 年の大阪万博で初演された名作≪四季≫や、日本の書道を思わせるような
切り詰めた楽想が特徴的な≪ソン・カリグラフィⅠ≫などの演奏を聴く。
出演は、武満と親交を結んだ世界的打楽器奏者、山口恭範・吉原すみれ夫妻はじめ、上田希
(クラリネット・日本音楽コンクール第1位)、風早宏隆(トロンボーン・日本管打楽器コン
クール同)ら名手を揃え、またヴァイオリンの高木和弘(大阪センチュリー交響楽団首席客演
コンサートマスター)、ヴィオラの竹内晴夫(同楽団首席)、チェロの林裕、ピアノの碇山典
子ら、本年 2006 度からザ・フェニックスホールと連携したいずみホールの<いずみシンフォ
ニエッタ大阪>アンサンブルメンバーも登場する。
6
研修カリキュラム
(1) 第 1 日目 9月7日(木) 9:00~12:00(3時間)
① ホール職員紹介
② ホール概要説明
(2) 第2日目 9月8日(金) 9:00~18:00(9時間)
① ホール施設案内
② 企業メセナとホール展開
③ 自主企画事業
④ 事業企画
⑤ ホールの勤務形態
(3) 第3日目 9月9日(土) 9:00~12:00(3時間)
① メセナ
② 広報
(4) 第4日目 9月 11 日(月) 9:00~18:00(9時間)
① 貸館事業
② チケット発券の現状
③ ザ・フェニックスホール友の会組織
- 7 -
(5) 第5日目 9月 12 日(火) 9:00~18:00(9時間)
① 13 日のリハーサル立会い(いずみホール)
② 公演前全体打合せに参加
③ 挟込みチラシのセット作業など
(6) 第6日目 9月 13 日(水) 9:00~22:00(13時間)
公演当日の全作業(仕込み、リハーサル、本番終了まで)を職員の方と一緒に体験する。
7
研修内容
(1)第 1 日目(ホール概要説明、職員紹介)
ザ・フェニックスホールは、ニッセイ同和損害保険株式会社の企業メセナ活動の一環で
建てられたホールであり、管理・運営は NDI ビルマネジメント株式会社により行われてい
る。
客席数は通常 301 席(最大 335 席)
、ホール構造は音楽ホールに最適と言われる「浮き構
造」で作られており、梅田の中心地にありながらも外部の騒音や振動から遮断された、小
さいながらも最高の音楽環境が実現されている。また、聴覚のみならず視覚的にも特徴が
あり、ステージの後ろには反響板代わりに昇降可能な遮光壁が設けられており、コンサー
トの演出によってはこの遮光壁を上げることで、全面ガラスが出現し、梅田の街を背景と
して眺望しながら公演を楽しむこともできるなど、遊び心あふれる非常にしゃれた性格を
持つホールとなっている。
職員については、母体であるニッセイ同和損保株式会社から出向された社員の方を中心
に、音楽の専門知識を持ったプロパー職員ががっちりと連携し、風通しの良さそうな雰囲
気のもと、少人数ながらも非常にチームワーク良く業務執行されているという印象を受け
ました。
(2)第2日目(施設案内、企業メセナ、事業内容、勤務形態など)
ホール勤務は交替勤務制となっている。普段から不規則なことが多く、公演の前後など
は深夜に及ぶこともあるという。
ホール業務は「自主公演事業」と「貸しホール事業」の2つを柱とし、特に自主公演事
業に大いに力を入れている。ただし、ホールキャパが約 300 席と小規模であり、また企業
メセナとして地域社会への芸術普及・利益還元の趣旨により入場料金も低めに設定するこ
とから、自主公演によって採算をあげることはきわめて難しい現状にある。すべての予算
を企業メセナの範囲内で収めるべく、日夜職員の方による真剣な議論、検討、努力がなさ
れている。不況等、景気変動の影響を受けやすい厳しい企業環境において、良質の公演を
継続的に作り続けようとする姿勢には、「企業市民としての地域社会への貢献」を真に目指
す強い志しが感じられた。
- 8 -
(3) 第3日目(広報など)
自主事業の予算が決して潤沢ではなく、何でもお金をかけて「宣伝」することができる
状況にはないことから、新聞・テレビなどを利用した無償の「広報」というものについて
知識を深め、これをうまく利用することが非常に大切である。
公演情報を市民に対し広くタイミング良く流すためには、新聞などは非常に重要な媒体
であり、これをうまく利用するためには、特に公演がない普段からでも記者の方と連絡を
取ったり、良い関係を築いておくことが非常に重要である。また「広報」すると同時に忘
れてならないことは、情報の流しっぱなし、公演のやりっぱなしで終わるのではなく、そ
の後、逆に広く意見を聴く「広聴」の姿勢をバランス良く持つていることが大切であり、
これが将来においても一層良い事業・企画をたてることにつながる。
(4) 第4日目(貸館事業、チケット管理、友の会など)
ホールの利用は音楽事務所、個人、団体のいずれでも可能であるが、利用申請には「使
用計画書」の提出が求められ、いわゆるアマチュアの発表会では借りることができず、し
っかりとしたコンサート形式、利用趣旨を持ってなければならない。ただし、当ホールの
利用料金は近隣の他公立ホールと比べてもやや高めであり、また別途ホールレセプショニ
ストの雇用人件費もかかることから、実際にはアマチュアの発表会というよりもプロの有
料コンサート利用に向いている実態にある。
チケット管理については、現在、当ホールでは座席の予約から出券まですべて事務所内
で対応可能であり、これらはソフトウェア会社との共同作業、意見交換によりシステム構
築されている。このチケット販売システムの導入によって、職員同士での売れ状況の把握
がしやすくなったほか、友の会のシステムともリンクして顧客管理の強化、事務作業の効
率化にもつながっているとのことであった。
(5) 第5日目(リハーサル立会い、全体打合せ会、挟込みチラシのセットなど)
本番前日、それまで各専門別に進行させていた作業を統合し相互理解を深めるために、
全体打合せ会が開催された。ここでは、制作・公演担当者による流れの説明をもとに、出
演者の入退場、舞台上の楽器セッティング、公演企画者や講師による挨拶、終演後の花束
贈呈などといった細かい段取りが確認・決定される。演奏者はもとより公演に関わるもの
すべてがスペシャリスト、その総力が結集してようやく幕があがるステージアートの魅力
を改めて感じ、また本番ライブにただよう緊張感の一端をすでに垣間見た気がした。
打合せが終了すると、各スタッフはまたそれぞれの持ち場に戻り、先程の打合せをもと
に明日の公演に向けた準備を再開、私たちは今回のコンサートの企画の目玉のひとつ、連
携企画のいずみホールへ移動し、リハーサルに立ち会う。ここでも講演者、指揮者の猿谷
氏と演奏者との間で音楽演奏面における確認作業が時間を惜しんで行われていた。
- 9 -
(6) 第6日目(コンサート当日)
朝から建物内外、特に玄関周りのポスターを掲示して回る。各職員休む間もなく公演に
向けての準備、電話対応に追われている。舞台では昨日に引き続きリハーサルが行われて
いる。公演直前の緊張感、あわただしさがホールのいたる所に漂うなか、いよいよ最終の
段取り確認・打合せ会がレセプショニストのリーダー、技術スタッフ、事務所職員が集ま
って開かれる。
夕方、日も暮れゆくなか、19:00 定刻、開演。演奏者はもちろんスタッフ・職員の方々
の作業の邪魔をしないように気をつけながら、入退場する出演者を袖扉の後ろから見守る。
各スタッフの中でも特にステージマネージャーは忙しそうで、演奏者の入退場のきっかけ
を出したかと思えば、調光・ミキサー室の技術スタッフと連絡を取ったり、また音楽著作
権料の支払い根拠となる演奏時間を計測するなど、休む間がない。
このような舞台裏のあわただしさに支えられ、一方のステージでは順調に演奏が進み、
21:20、満場の拍手のもと終演を迎える。その後、客席お客様の送り出し、舞台上の楽器
撤収・バラシなどあって、演奏者・スタッフだけによる交流会がホワイエにて行われる。交
流会終了、出演者をお見送り。
ホワイエに静寂が戻るなか、私たちの6日間にわたる研修も無事幕をおろした。
8
感想
(1)今回の研修体験により、これからの芸術文化・育成支援のあり方に深く思いをめぐら
すことになった。これまで地域において芸術的な若い才能を守り育て、また芸術の発展可
能性のために実験的公演を支えるべきなのは、第一に地方自治体の芸術文化行政、公立ホ
ールの仕事と考えられてきた。しかし公立ホール運営においても「指定管理者制度」の導
入により事業採算性が第一に重視され、目先の集客率も高く求められるようになっては、
芸術的才能の育成といったロングスパンでの視点をいつまで保持できるかはなはだ危うい
現況になっている。
一方で、このたびの研修で垣間見た、有能なプロデューサー・企画者たちによる非常に
しなやかな発想力のもと、民間で親会社同士がライバル関係にも見えるホール2館が連携
し、前衛的な、悪く言えばあまり一般うけしそうにない音楽家・武満徹を取り上げてとも
にコンサートを行ったことは、ただでさえ行政区や行政制度の縛りが強く、指定管理制度
の荒波にもまれる公立ホールには到底真似ができない新しい芸術育成支援スタイルの可能
性を感じさせ、とても興味深かった。
最後に、6日間の研修により私たちが見たものは、音楽ホール業務のあくまで一端なの
だということを改めて感じる。なぜならば、特に私たちが関わらせていただいた公演仕込
みから本番という期間は、ホールが一番華やかでにぎわう、いわば花が満開の時期であり、
一方でこの短い期間を充実・成功させるために関係職員の方々が費やした日時や努力は計
り知れず、実はこちらの方こそがホール業務の日常、実像だろうと思い返すからである。
- 10 -
ザ・フェニックスホール職員・スタッフの皆様におかれましては、ただでさえ忙しいなか、
貴重な体験の場、機会を与えていただけたことに心より感謝申し上げます。
(尾西)
(2)楽器もしていない一大学生にとって、音楽ホールというものは日常と大分遠い所にあ
ると思っていました。今回のインターンを希望したのも、
『音楽ホールでインターンなんて、
私の人生でこれを逃すと二度とめぐってこないだろう』と感じたからです。そんな先入観
からはじまったザ・フェニックスホールのインターンシップでしたが、1週間という期間
の間に実にたくさんのことを学ばせてもらったように思います。演奏する曲一つ一つに権
利や使用料が絡んでくることは、私にとってはじめて知った事実でしたし、ホール特有の
勤務形態など、挙げればきりがないほど音楽ホールに関する新たな知識を得ることが出来
ました。そのような発見の連続の毎日の中で、あっという間に最初の先入観はなくなって
いきました。学生料金の設定は、私達大学生のお財布にとても優しい企画であり、また「音
楽初心者」のための企画もなされていること、主婦の方々の生活に潤いを与えるティータイ
ムコンサートなど、思っていたよりもずっと低かったその敷居に、驚くと共に少し嬉しく
感じました。インターンシップを通じて一番印象に残ったのは、メセナとしてのホール事
業についての考え方でした。営利目的の施設のように大衆に迎合した客寄せ的な公演はせ
ずに、自分達で大切に一つ一つの企画を暖めていく…このような姿勢を感じました。メセ
ナだからできること、メセナだからこそすること。このようなことを考えさせられました。
また、職員さんのホールや企画に対する愛情、観客に対するホスピタリティー、「良い企画・
よい音楽を提供したい」という熱意も、同様に強く感じることが出来ました。
アーティスト待機室に飾ってあった、歴代演奏者の方々のメッセージ入りの写真達。そ
れらを見ていくと、「また、ここで演奏したいです。」という言葉がいくつも見つかりまし
た。それが、何よりもフェニックスホールの素晴らしさの証拠ではないのでしょうか。短
い期間ではありましたが、本当に充実した時間でした。尾西さんに比べ、知識も腕力も(?)
ない若輩者で申し訳ありませんでしたが、貴重な時間を割いて私達をインターンシップに
迎えてくださったことに大変感謝しています。ありがとうございました。(原田)
9 ザ・フェニックスホールへの期待および提言
(1)今回取り上げられた作曲家・武満徹は、映画や劇音楽も作曲するなどマルチな才能をもっ
て芸術他ジャンルをも横断した人物である。今後もこのような人物・音楽を取り上げ、普段音
楽ホールに縁遠い演劇、映画のファンなどにも継続的、積極的にアプローチすることで、単な
る音楽ファンでなく芸術全般の愛好者を創造する努力を重ねて行ってもらいたい。また他ホー
ルとの協同においても、近隣の公立ホールとも新たな連携の形を模索することで、ともに地域
の芸術文化活性化に貢献してもらいたい。(尾西)
- 11 -
(2)チケットの販売促進の一つに、コンサートのチラシを置くことが挙げられるが、その場所
を増やすことによってもっと可能性が出てくると感じた。例えば、学生料金があることをもっ
と知ってもらい、学生にホールの存在をアピールする方法として、映画館やカフェ等にチラシ
を置いてはどうだろうか。最近、映画館や街中のカフェでは近くのライブハウスの公演情報や
フリーペーパー等がおいてあり、若者の情報収集の場ともなっている。ここにザ・フェニック
スホールのチラシを置くことで、今までホールと接点がなかった人に(若者はもちろん、それ
以外の人も)対するはたらきかけが出来るのではないか。(原田)
- 12 -
受け入れ側からの報告
ザ・フェニックスホール
支配人
別所
澄
インターンシップを受け入れての感想
今回の、インターンシップ研修は、大阪大学の原田静香さんと尾西教彰さんのお二人をお迎え
しました。尾西さんは、演劇に関わるお仕事をされながら文学研究科博士前期課程1年で学ばれ
ている社会人学生。一方、原田さんは人間科学部 3 年の学生さんでした。
研修カリキュラムは、過去のインターシップで行ったものをベースに作成し、2006 年9月 13
日の自主企画事業「猿谷紀郎が語る武満徹『意識された空間』
」公演を最終日として6日間、座
学による研修とリハーサルの立会いをはじめとする公演前日・当日のさまざまな仕事を組み合わ
せました。これまでの研修はおおむね、3日間をめどとして計画してまいりましたが、6日間に
わたったのは今回が初。ホールの仕事の流れをつかんでもらうには、必要な日数であるとの判断
から延長を試みたもので、実際、従来よりも充実した内容を組むことが出来たと考えております。
また、昨年同様、研修日程とは別に期日を設け、お二方を招いた研修報告会をホール内で行い、
総括や成果を伺い、私たちからも直接、感想などを申し述べる機会も持ちました。
今回の研修で私たちは、初めて社会人学生をお迎えしました。研修を進めるうえで若干、ホー
ルとして戸惑うこともございました。6日間という研修プログラムを組んだこともあって、研修
とご自身が携わっておられるお仕事との両立に難渋する場面が出たのです。この点につきまして
は双方の歩み寄りにより、何とかカバーすることができましたが、将来のインターンシップ受け
入れに付随するかもしれない課題を、提示する機会となりました。
こんにち、大学が社会人の受け入れを積極的に進めておられることは、現代社会の要請に応え
るための、高等教育機関としてあるべき姿であります。そして今回のような研修に、社会人学生
の方が参加される機会は今後、ますます増えていくことも予想されます。受け入れ先である私た
ちには、こうした学生の方々にも対応できるようなカリキュラムづくりが、求められています。
そのためには今後、大学側とより緊密な連絡体制を組み、事前のスケジュール調整やカリキュラ
ムづくりを進めることが、必要でありましょう。
インターンシップは第一義的には、学生の皆様が社会の実情を学ぶ機会であると思われます。
しかし、一方で受け入れる私たちも、自らの業務を客観的に見つめ直し、改善点を見い出す契機
とすることもできます。
例えば、この度の研修では、尾西さんが演劇施設で働いておられる経験から、私たち音楽ホー
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ルのスタッフが学ぶことも多々ございました。一方、原田さんには、私たちの「メセナとしての
ホール事業」についてのご理解を深めていただいたのですが、こうした理解を得るための説明を
私たちが考え、申し述べることは取りも直さず、企業メセナの社会的な意義を内外に向かって訴
える上での、重要な「演習」になり得るものと考えます。
私たちは今後も、インターンシップ研修について、学生の皆様の社会体験の場という基本的な
位置付けをしながらも、「双方が学び合う場」という視点も併せ持ち、充実した内容を期して参
りたいと考えます。
今後も引き続き、有益な研修を共有して参りたいと願っています。
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2.2. いずみホール
学生からの報告①
文学研究科演劇学専修修士課程1年生
美堂梓
いずみホール(住友生命社会福祉事業団いすみホール事業局)インターンシップの報告
1.日程
2006 年 9 月 21 日(木)〜9 月 27 日(水) 24 日(日)は除く
2.インターンシップ概要
いずみホールでのインターンシップは主に施設の見学、業務内容の説明とそれについての質
問を受け付けるレクチャー、期間中に二回行われた主催公演の立会いから成っていた。レク
チャーでは様々な部署の担当者がインターン生に対し講義形式でお話を準備してくださった。
学生に課題を与え、グループワークを行ったり、学生に発表させたりして、それに対する
フィードバックを行う一般企業のインターンシップとは異なり、いずみホールが取り組む業務、
社会福祉事業団の役割などに対する理解を深めるのが目的となる内容だった。先方からイン
ターンシップ実習日誌をいただき、毎日活動内容をまとめ提出してから帰ることになった。
3.詳しい活動内容
■1日目(10 時〜18 時)
まず支配人、業務部長からいずみホールの歴史、組織の構造、レジデントの楽団などについ
てお話を伺う。その後いずみホールが入っているビルの空調、防犯、安全設備などの見学を通
して建物としての音楽ホールを知る。建物管理やロケーションなどからハードとしてのホール
の性格を理解。レセプションマネージャーから接客業務について伺った後、本番立会いに向け
て実際に接客の練習をする。
■2日目(10 時〜18 時)
企画部のスタッフからホールのソフトであるコンサートの企画、いずみホールの主催公演の
ポリシーなどについて伺う。実際の資料を見ながら公演準備の手順、チラシ作成や出演交渉な
どについて伺う。二つのレジデント団体のうち現代音楽を主に演奏するいずみシンフォニエッ
タ大阪(現代音楽を主に演奏するいずみホールのレジデント・オーケストラ。関西在住や出身
など、地元にゆかりのある演奏家で構成される。2001 年度大阪舞台芸術賞受賞。)のリハーサ
ル見学。いずみホールの会 員制度、「フレンズ」についての説明。
■3日目(10 時〜20 時 20 分)
いずみシンフォニエッタ大阪第14回定期演奏会公演当日(『武満徹が亡くなってもう 10 年
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になる―4つのコンサート―「武満徹に捧ぐ」』と題された、いずみホール主催公演。武満徹
の作品を中心としたプログラムにより 2006 年9月に4公演行われたもののうち、最後の公演。
この企画ではザ・フェニックスホールと連携しレクチ ャーコンサートなど多彩なプログラムが
組まれた)。チラシのはさみこみや館内のポスター張り替えなど公演準備を手伝う。公演は客
席で聴かせていただいた。開演前・休憩中はいずみホール機関紙『Jupiter』の展示番、チケッ
ト販売の手伝いを担当。公演終了後は打ち上げが行われたので、その準備と後片付けを行った。
打ち上げでは楽団員や作曲家の方々とお話をさせていただいた。
■4日目(10 時〜18 時 15 分)
主催公演以外にホールを貸し出して行われる貸し館業務についてお話を伺い、請求書作成の
コンピューター入力などを体験。いずみホール所蔵の楽器を見学させていただいたが、パイプ
オルガンはちょうど保守点検日だったので裏側から中を見せていただくことができた。控え室
や録音室などを見学。最後に公演記録を管理 する業務についてレクチャーを受け、新聞の関連
記事の収集作業、CDラベルの作成などを体験。
■5日目(10 時〜18 時)
バッハ・コンチェルティーノ大阪(J.S.バッハ研究者、磯山雅の提案により結成されたいず
みホールのレジデント団体)のリハーサルのためケータリングや控え室の準備。後援当日に配
布する歌詞の対訳を冊子にまとめる作業を行う。また当初予定にはなかったがご好意により、
ステージマネージャーに仕事内容について質問させていただくことができた。広報・営業のレ
クチャー ではホールとマスコミや協賛企業など外部とが接触する部分の業務について伺う。
■6日目(10 時〜18 時)
バッハ・コンチェルティーノ大阪のランチタイム・コンサート公演当日。チケット完売のた
め公演を聴くことはできなかったが、次回のチケット先行販売の手伝いなどをしながらホール
のロビーで公演当日の様子を見ることができた。最後に経理担当者からどのような費用がどの
ようにまかなわれホール運営が成り立っているのかを伺う。
4.インターンシップ期間中に考えたこと・感想
いずみホールの方々はインターン生の受け入れ自体は初めてではないこともあり、レク
チャーを中心に充実した受け入れプログラムを組んでくださった。集中講義を受けたとはいえ、
学部や専攻も様々なインターン生3名にとっては、音楽ホールの仕事はほとんど知識がないも
のなので、わかりやすく講義形式で学生の理解を 図ってくださったのはこちら側の現状に合っ
ていたと思われる。支配人が初日に、好奇心を持って何でも積極的に質問するよう促してくだ
さったので、期間中は3名ともよく質問し、こうしたらどうだろうかと運営方法についての意
見を述べることもあった。就業経験や専門知識を持たない学生の質問はときに的外れであった
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り、初 歩的すぎたりしたかと思われるが、いずれの場合においても丁寧にこちら側の疑問に答
えてくださったことには本当に感謝している。ただ学生側の意見は観察や経験に基づいた思い
つきにすぎず、実際にホールの運営にとって有益になり得るように根拠付けられた提案ができ
なかったのが残念である。
5.インターンシップ制度の改善点
科目登録時期とインターン実施時期に約五ヶ月の隔たりがあり、実際にインターン開始時に
なってみるとすでに前期に他の科目で単位がそろっている可能性があり、登録時点では参加が
確約できない。日程の決定を早め学生がキャンセルせざるを得ない状況となるのを避けること、
交通費を支給し心理的な障害を減らすことなどが望ましい。実施期間については個人的には
ちょうど良い長さだったと思う。また授業休業中の短期集中型で良いと思う。七月後半や九月
後半は一般公募のインターンの数はずっと少ないため大学のインターンはそのような時期を利
用すると良いと思われる。また集中講義に出席しなければ単位が出ない仕組みなので、せめて
集中講義は時期が予測可能なように前期の集中講義期間中に行われるべきであったと思われる。
6.いずみホールインターンシップと他のインターンシップとの比較から
私はいずみホールインターンに参加後、一般企業のインターンにも参加したので、それとの
比較を通してこのプログラムの特徴を述べたいと思う。
いずみホールインターシップ参加にはCSCDの集中講義受講が義務付けられていたが、一般企
業のインターンの多くはこの期間と重なっていた。集中講義、インターンとも実施期間の決定
が遅かったので日程の重複の可能性があるため応募できなかったケースも多かった。私は集中
講義を優先し他のインターンを諦めること になったが、ここでいずみホールのインターンを優
先した理由は、一般に対してインターン募集を行っていない事業団に大学を通して行かせても
らえることになったこと、企業メセナに興味があったこと、実際に就職先として文化施設を視
野に入れたかったこと、などの理由からである。
一般企業のインターンシップは、企業の方も採用選考とは関係がないと銘打ってはいたが集
まった学生はほぼ皆その企業を受験予定であるから、学部や専攻が多様とはいえ、目的や学生
の関心も比較 的似通っていた。会社の概要の説明や社員の講演を聞き、その後仕事の疑似体験
として少人数のグループに分かれて課題に取り組み、最後に現役社員の前でプレゼンテーショ
ンした後、フィードバックを受けるというものだった。グループワーク、ディスカッションや
プレゼンテーションは実際の採用選考に含める企業も増えている から練習になった。しかし
フィードバックがあったのは良かったが、参加人数も多く一人一人の学生が実際の仕事の様子
に触れることはできなかった。いずみホールのインターンで感じた学究的な関心が満たされる
ことがなかった点も違いとして挙げられる。
このような一般的なインターンシップと比較し、いずみホールのインターンの特徴として、
学生がすべて同じ大学からの参加なので、内容を大学の教育水準に合わせられること、人数が
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少ないので一人ひとりが発言する機会が多いことなどの利点と、採用選考ではないので目的設
定や動機付けが曖昧であることなどの難点が 挙げられる。このような特徴を考慮すると、大学
が行うインターンのあるべき姿として、大学での学業と就職活動とのギャップを埋めるプログ
ラムというものが浮上する。例えばプレゼンテーションとそれに対するフィードバックなど、
就職活動の準備となる要素と学生の専門とを組み合わせることなどが考えられる。その提案は
ホールへの期待とともに次に述べる。
7.今後への期待、提案
今回のインターンシップで、いずみホールでの業務を観察・体験した結果、以下のようなこ
とが考えられた。
・コンサートチケット代の支払いは多くの場合事前に済ませてあるので、当日には聴衆はほと
んど出費していない。またいずみホールの周辺には気軽に立ち寄れる飲食店が少ないことか
ら、会場時間を早めバー・コーナーや売店の利用を促す。
・定年退職者や主婦をターゲットに昼のコンサートの充実を図るため、昼のコンサート専用の
会員制を新たに設ける。
・聴衆の中には音大生が多いことから、音大生の利用が多い楽譜専門書店の割り引きを特典と
した学生向けの会員制をつくる。
・美術館など他の文化施設と連携したサービスを設ける。
・ホールに足を運ぶことを習慣化させるためにテレビ番組のように決まった時間に枠を設けて
コンサートスケジュールを組む。仕事帰りの人をターゲットに平日の夜八時から九時半など。
・開演中にレセプショニスト数名を裏方に引き上げダイレクトメールの封入などの諸雑務を
行ってもらい、仕事の数が減ること、より専ら門的な仕事に専念できることによるオフィ
ス・スタッフの心理的負担の軽減を図る。
・このように学生が考えたことをインターン最終日などに発表する機会を設け、それに対する
コメントをもらえるようにする。プロの目から見てどのような視点が欠けているから実現不
可能なのか、どのような観点が加われば発展可能なのかなど、簡単にでも意見がいただけれ
ば学生にとっては自分の意見を社会人の視点から審査する良い機会となり、就職準備となる。
このような発表をインターン生全員が行う共通課題として設定し、さらにインターン終了後
一、二週間でレポートを提出する個別課題を設け、学生個人が自分の専門分野と音楽ホール
とを関わらせ自由にレポートする。例えば、芸術学講座の学生ならば、インターン中に行わ
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れたコンサートの批評を書く、あるいは音楽ホールの歴史からホールの機能の変遷をまとめ、
現代の音楽ホールの役割と可能性をレポートするなど。マーケティングを学ぶ学生ならばク
ラシック音楽のチケットという特殊な商品を、マスメディアを用いず効果的に、聴衆との多
様な接点を探り、バイラル(口コミ)な どの手法を使って販売促進する方法の提案をしたり、
ブランディングを学ぶ学生ならば、長期的な戦略でいずみホールの公演に付加価値を与える
計画として、Webによる他のホールとのイメージの差異化方法を提案したりと、共通課題に比
べより根拠ある意見を述べる課題を設ける。またこのレポートは最終的に参加学生間で回覧
する。これにより参加学生一人ひとりの専門に応じた提案を共有することで自分の専門領域
以外の視点に触れ、また自分の学んだことを社会に応用する訓練をする。このような研究発
表と体験学習とを折衷した課題によって、インターンシップが、学生が大学からスムーズに
社会へと出て行く助けとなる機会となればよいと思う。
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学生からの報告②
いずみホールインターンシップ
法学研究科1年
西本早希
改善点について
①施設に関して
いずみホールは、子どもカレッジ、夢コンサートの開催など、社会福祉事業として、誰もが音
楽を楽しめるような提案をしている。
→点字の案内やスロープなどを完備する。採算の面で難しいとは思うが、託児所を設置し、小さ
い子供がいる主婦・夫婦もコンサートを楽しめるようにしてはどうか。
②時間とお金の使い方について
開場から演奏開始まで、現在 30 分程度がとられているが、慌しくコーヒーを飲むだけなどに
なってしまいがちである。
→もっと時間の余裕をとり、音楽だけではなく、演奏前にバーで食事をしたり、これから行われ
るコンサートにじっくり思いを馳せながら‘いずみホールの雰囲気’を楽しんだり、という楽
しみ方ができるようにしてみては。
今回のインターンシップ期間中には、開場時間中にロビー・コンサートをするという試みがな
された。その演奏に足をとめ、聴き入られるお客様が大勢いる反面、入り口に人が大勢集まるこ
とにより、入場しづらい、ロビーで待ち合わせなどもできないということにもなった。また、ご
高齢の方にとっては座るところを増やしたほうがよいのではないか、折角バーが併設されている
のだから、お茶を飲みながら聴くなどもっと多様な楽しみ方を提案できればと思う。
③インターネットの活用
・営業・広報で
いずみシンフォニエッタ大阪は、現代音楽ということで、中身がわからないから行きづら
い、というお客様がいらっしゃる。
→音楽著作権などいろいろ問題はあるだろうけれど、HP で動画・音楽の配信をして、中身をわ
かってもらえるようにする。また、HP を開くと音楽が流れるようにするようにすれば、たま
たま HP を訪れた人もとりこめるのではないか。
・チケットの購入に際して
前売りに関しては原則電話予約の後に代金を振り込み、チケットが郵送されるという形を
とっている。この方法では、チケットを手に入れるまでに時間・手数料がかかってしまう。
→ネットで予約して、コンビニ発券できるようにすれば、時間・手数料を短縮してチケットを手
に入れることができる。現在はチケットの一部をプレイガイドに委託し、そこではそのように
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チケットを手に入れることが可能であるが、対象公演を増やしていくべきだと思われる。また、
プレイガイドでの購入には会員登録が必要であるとして躊躇されるお客様もいらっしゃるの
ではないか。それゆえ、フレンズ会員制度を活用し、いずみホールの HP にて購入できるよう
にすることができればよりよいだろう。これにより、手軽にチケットを購入することに慣れて
いる若い層に喜ばれるだろうし、また、それ以外の客層にもアピールできるだろう。
④固定客について
・フレンズ会員として、現在、優先販売や割引など一律のサービスを行っている。
→現在会員数が約3千人とのことだが、将来的に会員が増えるなら、会費・サービスに応じた階
層化も考えられるのではないか。
・お客様の要望・意見を取り入れるためにはアンケートに答えていただくことが、とても参考に
なるが、回収率はあまり良くないのが現状である。現在、いずみホールでは、アンケートの回
収率を上げるために、アンケート回収を条件にチケット代金を割り引くという試みをしている。
→携帯サイトで、着メロのプレゼント付きでアンケートに答えてもらえるようにしては。お客様
にとっては手の空いたときに手軽にでき、ホール側にとっても集計しやすいのではないだろう
か。また、メンテナンスのコストはかかるだろうし、玉石混交になる恐れもあるが、HP に BBS
を設置することにより、お客様のダイレクトな反応を得ることができるのではないか。
・主催公演のコンセプトとして、地元の演奏家を起用するというコンセプトがある。また、いず
みホールが位置する大阪ビジネスパーク内の IMP や TWIN21には飲食店等がある。
→経済的にも地域に密着するよう、近隣の店と提携をすすめ、フレンズ会員向けに割引サービス
を実施してはどうか。
⑤インターンシップの進め方
・事務所の場所について
ホールに到着したものの、事務所は少しわかりづらい場所にあったので、事前に一言あれ
ばなお良かったのではないか。(電話等で問い合わせたら済む話なので、大した問題ではない
が、次回以降のインターンシップ実施の参考になれば、と思い付け加えました。)
・カリキュラムについて
レセプションのレクチャーでは、実際に挨拶、スピーチなどをして、インターンシップ生
同士で長所、短所を指摘しあった。3人いるということで、それぞれ違いがあり、新しい発
見ができた。
→企画などを、議論しあって実際に作成してみるなど、複数のインターンシップ生を受け入れる
からこそのカリキュラムがあってもよいのでは。主体的に考え、アウトプットすることにより、
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より業務の理解が進むことも考えられるのではないか。
以上、改善点について書き連ねましたが、インターンシップ期間中は、むしろ長所に気づくこ
との方が多かったです。いずみホールは、貴重な楽器類・改修されてより雰囲気が良くなったホ
ール等ハード面の財産だけでなく、何より、職員の方が皆ホールのために出来ることを考えられ
ていて、職場の風通しが良い、という財産も持っています。ふとした雑談の中でもいずみホール
をどうすれば良いかとの話をされていらっしゃったことを考えると、以上の財産がある限り、い
ずみホールはより良くなっていくだろうと思います。
最後になりましたが、インターンシップ期間中は本当によくしていただき、ありがとうござい
ました。
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学生からの報告③
人間科学研究科修士 2 年
元山千香
いずみホールでのインターンシップ報告
良かった点について
1.専属のレセプショニストを配置
いずみホールのオープンと同時に専属のレセプショニストとして関西で初めて誕生した。現在
は約 40 名が所属し、1公演につき 15 名が接客にあたっている。
多くのホールがレセプション業務を外注しているのに対し、いずみホールは自社でレセプショ
ニストを保有しているのはまだ珍しい。しかし、採用から育成までを責任を持って行うことで、
いずみホールに公演を観にきてくれるお客様に最高の音楽を最高の状態で提供できる。また、レ
セプショニスト自身のプロ意識の育成にも繋がっている。
2.主催公演の企画(30 公演/年)
いずみホールはオリジナル企画を大切にしており、年 30 公演を主催している。音楽事務所な
どが制作したツアーものの買い取りは最小限にとどめ、できるだけテーマ性を追求した手作り企
画をメインとする。主催公演は、時間も手間も非常にかかるが、いずみホールだからできる、他
のホールにはない、いずみホールのオリジナル性を売りにしている。
基本方針
・国際的に通用する独創性のある企画であること
・演奏のクオリティが高いこと
・大阪の音楽地盤の強化ならびに地元演奏家の起用
→これによって、大阪の文化の活性化させるパワーを持った、地域密着型の
ホールを目指す。
・若手演奏家たちの育成
・海外の一流演奏家の起用
企画の質を高め、アーティストを見る目を養うことでホールの名
声を得る。
3.教育普及事業、社会貢献活動への取組み
いずみホールは住友生命の社会貢献活動(メセナ)の一環として、音楽文化、とりわけクラシ
ック音楽の普及・発展に貢献するという趣旨のもとに建設された。多くの人にクラシック音楽を
提供するためにさまざまな音楽や、音楽の新しい一面に触れる機会を提供している。
EX.
・夢コンサート
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平成 15 年より財団法人 住友生命社会福祉事業団の社会貢献の一環として実施してい
る。障害者等の方々とその家族、ボランティアの方のみを対象とした無料招待のコンサー
ト。企業やメーカーなどの協賛、技術提供を得て、聴覚障害者の方も音楽を楽しめる骨伝
導を利用した体感音響システムを利用したコンサートを行っている。
・こどもカレッジ
子どもたちを対象としたワークショップとコンサート。廃品から楽器を作るなどの試み
が行われる。
・リハーサル見学会の実施
普段は見ることのできないステージのバックパスツアーを実施することで、音楽
家との交流の場を与えたり、新たな音楽との出会いを演出する。
感想
一週間という短い期間であったが、いずみホールという場所を通して、音楽が持つ無限のパワ
ーを見た気がした。ホールで生み出される“感動”は、ホールだけでは決して生まれることはな
い。常にどうすれば、最高の状態で最高の音楽をお客さんに届けることができるか、を考える人
がいるんだという当たり前のことに気付かされた気がする。
いずみホールの方々は忙しい仕事の合間を縫って、いろいろなことを惜しみもせずに丁寧に教
えてくれた。与えるだけではなく、学生である私たちからも学ぼうという気持ちが嬉しかった。
そんな学ぶことが多いホールで得たことはこれから社会に出る上で私の財産になる、そう思った。
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受け入れ側からの報告
平成 18 年 9 月
いずみホール
業務部長
丸井廣道
大阪大学インターンシップを受け入れて
従来から他の大学からのインターンシップを受け入れておりましたが、大阪大学から、
また同時に3名の方を受け入れる、というのは初めてのことでした。
これまでは楽器の演奏等を専攻し、コンサートに出演したり、かかわったりして、直接
的に音楽に接しておられる方をお迎えしていたのですが、今回は少し状況が異なるため、
従来と同じようなカリキュラムでいいのかどうか、いささか不安に思う部分もありました。
しかしながらホールの業務の成り立ち、進め方を知っていただくためのカリキュラムはそ
う変わらないと思いますので、同様の内容で実施しました。
(担当者のスケジュールの関係
等で順序は変えていますが。)
そうした中で今回は期間中に2回の主催公演があったため、リハーサルの日が3日もあ
り、公演までのホールとしての各種準備作業およびその運営を、実際に経験していただく
ことができたのは非常に良かったと思います。従来は1回の主催公演を経験するのがやっ
とでした。約一週間程度のインターンシップの日程で2度の主催公演があるというのは今
後はなかなか組めないスケジュールですが、今後もできるだけ同様あるいはこれに近いス
ケジュールで実施していきたいと思います。
マネージャー業務も関西の他のホールでは経験できない内容だったのではないかと思い
ます。公演時のロビー周りの責任者としての業務とともに、自前のレセプショニストを採
用、教育、管理するマネージャーの仕事は目新しかったのではないでしょうか。1分間ス
ピーチや挨拶の実践練習もあり、面食らったことと思います。
「手作りの主催公演」、
「自前のレセプショニスト」はいずみホールの大きな売りであり、
今回はこれらについて強く認識していただけたこととは思いますが、強味を強味として発
揮するためには、当然のことながら、営業・広報、チケットセンター、貸館、総務経理と
いった各種業務が順調に機能することが必要不可欠であることは言うまでもありません。
そのための単純作業をこなすことも含めたスケジュールの中で、十分理解いただけたこと
と思います。
しかしながら、業務全般に触れていくと、どうしても総花的にならざるを得ません。
(今
回は主催公演2回ということで、この部分については、理解を深めていただくことはでき
たかと思いますが。)「何か学生さんたちの企画による公演あるいは業務を実践できれば。」
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とは思うのですが、残念ながら今の仕組みの中でのインターンシップということになれば、
断念せざるを得ません。
人数については、レクチャーする局面ではほとんど問題はなかったと思いますが、実務
を行う際には若干目が行き届かないこともあったかと思うので、やはり一時期にはお二人
の方を受け入れるのが適当かと思います。
日常業務に浸っている我々とは異なる視点からの意見がいただけるだろう、刺激を与え
ていただけるだろう、ということで続けているインターンシップですが、今回はアフター
レポートも含め多くの提案、ご指摘をいただきました。もちろん実施するとなると難しい
ものや、既に課題として捉えているものもありましたが、なるほどと思うものもいただき
ました。作業の担い手に関するご指摘については、少し形を変えてはいますが、11 月から
実施いたしました。ホールとしても得るところが多かった、ということです。
来年度以降もいろいろ改善を加えながら、大学・学生側にとっても、ホール側にとっても
有意義なインターンシップを続けていきたいと考えておりますので、よろしくお願いいた
します。
以上
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3
演劇関係
3.0. 劇場制作実習「演劇学演習科目」2006 年度
概要
文学研究科教授
永田靖
演劇学研究室では、本年度も兵庫県立尼崎青少年創造劇場(ピッコロ劇場)において、劇場制
作の研修を行った。
研修期間は 11 月 12 日~17 日まで(15 日を除く)の5日間である。研修する上演は、ピッコ
ロ劇団第 26 回公演テネシー・ウイリアムズ作岩松了演出『欲望という名の電車』と、ピッコロ
劇団小学校公演三木卓作眞山直則演出『星のカンタータ』の2本である。例年、本公演の1本の
みなのであるが、本年度は小学校公演にも参加することができて貴重であった。研修に先立ち、
数回のオリエンテーションを行い、研修の趣旨と目的を明確にした。その概要は以下の4点であ
る。
1)
公立劇場の上演に参加することで、上演芸術がどのように舞台化されていくか、そのプロ
セスを実習する。そこでは多くの舞台裏での作業を土台としており、俳優の練習のみなら
ず、スタッフや劇場制作部の仕事も数多く関わる。研修では劇団制作部の仕事に参加する
ことでその具体的な仕事を体験的に行いながら、初日(17 日)までの数日を劇団とともに
過ごす。
2)
小学校公演に参加することで、ピッコロ劇団の本公演以外の活動を理解する。いわゆる移
動公演と本拠地の劇場での公演との芸術的、制作的差異を理解する。対象が小学生である、
いわゆる児童演劇の効果と意義を理解する。
3)
地域の演劇の現状と問題点を理解する。ピッコロ劇場は公立劇場としてはもっとも早い時
期に創設され、以後継続的に活動が行われている日本の地域演劇の成功例の一つである。
ここにおいてなにゆえ地域演劇は成功していると思われるのか、しかしさらにどのような
問題を孕んでいるのか考察する。
4)
テネシー・ウイリアムズ『欲望という名の電車』の上演に参加することで、いわゆる「新
劇」作品がどのように観客一般に理解され、受け入れられるものとして作られているのか
理解する。新劇一般の不振が続く中でピッコロ劇場は一定程度継続的に近代翻訳劇を上演
することができており、一定の評価も与えられている。その理由はどこにあるのか。実際
に現場の側から考察していく。
以上の4点を概要とし、実際に4名の学生が研修した。研修後の報告書を以下に掲載する。
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3.1. 兵庫県立尼崎青少年創造劇場(ピッコロシアター)
学生からの報告①
劇場制作研修
文学部2回生(演劇学)
織屋雄紀
レポート
劇場制作研修として、5日間にわたって兵庫県立尼崎青少年創造劇場(ピッコロシアター)、
兵庫県立ピッコロ劇団の上演制作に参加した。
1日目
劇団職員の方に、ピッコロシアターや演劇制作についてお話していただいた。
ピッコロシアター(兵庫県立尼崎青少年創造劇場)は昭和 53 年に開館した。昭和 50 年代は、
国の補助金を使ってこのようなホールの建築が日本各地で行われたが、その多くは多目的ホール
として建てられた。ピッコロシアターは、その中でも数少ない、演劇に特化した施設となってい
る。例えば、ホールの残響は音楽ホールの場合は2、演劇ホールの場合は 1.3~1.4 といった違
いがあり、ピッコロシアターの大ホールは後者の設計を採用している。他にも、機材搬入のため
のトラックを着けられる、楽屋と舞台が同じフロアにあるなどの点で、各劇団関係者から最も使
いやすいと評価されている劇場である。
昭和 58 年(開館5周年)には、ピッコロ演劇学校を開校した。これは公立では初めての演劇
学校で、演劇への理解を広めていく、地域のリーダーを育成するという目的で創設された。今回
の研修1日目には大ホールで高校生の演劇発表会が行われていたが、そこへ参加していた演劇部
の顧問の先生がピッコロ演劇学校の卒業生だということだった。また、ピッコロ演劇学校の卒業
生の中には、プロの役者として活動されている方も多い。
平成4年には、ピッコロ舞台技術学校が創設された。以前のピッコロシアターの活動は、演劇
を買ってきて上演してもらうという活動が主であったが、ピッコロシアターの自主事業の一環と
して、これらの演劇学校、舞台技術学校が作られた。ピッコロ舞台技術学校は劇場を使える技術
者の養成を目的として始まったということだった。
平成6年には、兵庫県立ピッコロ劇団が発足した。演劇が東京へ一極集中し、その結果多くの
才能がつぶれてしまうという状況があった。それに対してピッコロ劇団では役者に給料を払うな
ど、役者がより恵まれた環境で演劇を続けられるように尽力している。
他にピッコロシアターは演劇、特に現代のものについての文献を多数備えた資料室があり、一
般に開放している。またピッコロ劇団はアウトリーチ活動として、小学校公演を行っている。
ピッコロシアターには課題もある。公の施設、劇団であるため、激しく批判できる人間がいな
い。また、税金を使用した成果を議会で報告しなければならならず、最低限の観客動員が必要と
される。したがって実験的な演劇はやりにくく客数の得やすい人形劇などが多くなる。さらに、
演劇全体と同じくピッコロシアターもまた、採算がなかなか取れないという状況もあるというこ
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とである。
2日目
ピッコロ劇団の行っているアウトリーチ活動の1つ、ピッコロ劇団お出かけステージ『星のカ
ンタータ』猪名川町立白金小学校公演の前日の準備を見学させていただいた。
ステージは体育館に作られていた。照明や音響の機材の他に、車輪つきで移動できるとても簡
単なつくりの舞台、背景が用意されていた。小学校公演や地方公演をすると、なかにはあまり条
件の良くない劇場も存在する。地方公演で使う機材、舞台、演出はそのような劇場に合わせて用
意されるそうである。
『星のカンタータ』のこのような舞台、背景のつくりは、小学校公演に向
いているように思われた。舞台、機材のセッティングが整うと、シュート、明かりづくりといわ
れる照明の調整作業、サウンドチェックといわれる音響の調整作業が行われているようだった。
このあたりはよく分からなかった。照明も音響も毎日のように調整するそうである。
続いて、場当たり稽古を見学させていただいた。主に歌やダンスの場面の稽古だった。劇団員
の方々全員が意見を出し合って稽古していた。また、観客である小学生たちに触れ合っていくこ
とを重視しているようだった。
3日目
ピッコロ劇団お出かけステージ『星のカンタータ』猪名川町立白金小学校公演を観劇させてい
ただいた。
小学生たちを役者さんが席へ案内し、そのまま劇が始まっていくという趣向だった。主人公の
少年は、宇宙のどこかの星にいる母親を探したい。そこで宇宙飛行士になるための学校に通う。
そこで時空を超えていくつかの星のできごとに出会う、という物語である。ミュージカル風で小
学生が楽しめるように工夫されていた。しかし、内容はかなりメッセージ性の強い、教育的なも
のだったように思う。物語の中のエピソードは全て、表現すること、その正解・不正解について、
あるいは、実際のものや人と触れ合うことについての物語であった。演出の面では小学生たちに
大声を出させたり、自分なりの言葉の表現を答えさせたりしていた。この意図的な構成・演出は
おそらく小学生には分からなかっただろうと思う。劇団の方々も仰っていたが、小学校公演には、
小学生に演劇に触れてもらうという目的と、もうひとつ、教職員に演劇をアピールするという意
味合いもあるということだった。劇自体がおもしろかったことと、このような意図的なつくりが
あまりにも計算されていたように思えたことと、そして、役者さんたちが小学生の心を見事に捉
えていく様子をみたことと合わせて、とても感動した。
4日目
『欲望という名の電車』の場当たり稽古を見学させていただいた。
ひとつの場面を何度も繰り返して稽古していた。演出家の岩松了さんが気になるところで流れ
を止めて、注意等をしていた。同じ場面でも繰り返しているうちに新しい問題が発覚する。役者
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の動き、効果音、音楽、照明のタイミングを細かく合わせていく。演出家の指示を、役者はすぐ
に演技に反映する。これらは演劇づくりの現場では当然のことなのかもしれないが、私は全く知
らなかったことなので驚いた。
5日目
『欲望という名の電車』上演初日の受付・場内整理を手伝わせていただいた後、上演を観劇さ
せていただいた。
受付・場内整理には、小学校公演に出演されていた役者さんも参加されていた。ピッコロ劇場
に限らず、役者が大道具・小道具を準備したり、制作の手伝いをしたりするのは、日本の劇団で
は良くあることだということだ。逆に海外の劇団では、大道具・小道具をリストアップする人、
実際に用意する人、劇場へ運び込む人、セッティングする人、劇の中で使用する人、といった具
合に細かく分担されているらしい。
上演のときは、演出家の岩松さんも客席にいらっしゃった。その横には「ダメとり」という係
がついており、上演中に岩松さんが気になった点をノートに記録するのだという。私が見学させ
てもらった稽古だけでもかなり長く感じたのだが、それでもまだ劇は完成しないということだろ
うか。
以上が劇場制作研修の報告である。5日間という短い期間のため、制作を手伝うという段階に
は至らず、ほとんど見学するだけにとどまったことは少し残念だった。5日間が短いということ
はピッコロシアターの職員の方々も仰っていたことで、『星のカンタータ』や『欲望という名の
電車』はここに至るまで様々な苦労があったことを分かっていて欲しいということだった。しか
し、そういう意味ではほんの一部かもしれないが、演劇を作品として、商品として作り上げてい
く過程や、演劇についての理解を広めようとする活動について、知ることができたように思う。
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学生からの報告②
文学部2回生(演劇学)
川口高志
劇場研修
観劇実習一日目は主に座学でした。その前に研修生全員でスタッフの方々と副館長にご
挨拶に行きました。お会いしてすぐに副館長が私たちにおっしゃってくださった言葉は大
変印象的でした。挨拶はしっかりしなさい、じゃないと君たちなめられますよ、とおっし
ゃいました。私たち研修生に対する誠意が感じられ、私は感動しました。また、ピッコロ
劇場に携わる方々はみなそれぞれにプロ意識をお持ちにいるのだということを感じた瞬間
でした。
ご挨拶のあと、尾西さんにピッコロ劇場、ピッコロ劇団、さらには関西の演劇界に関す
る説明をしていただきました。なかでも、日本で唯一の公立の劇団であるピッコロ劇団の
内情の話は大変興味深かったです。公立の劇団ということで施設やスタッフが充実してい
て役者にとって大変恵まれた環境のなかでお芝居に専念することができることは事実では
あるが、恵まれすぎている環境故役者がハングリー精神に欠けているという問題も抱えて
いるようでした。しかし、ピッコロ劇団が役者個人を売り出すようなことはないにも関わ
らず、外部公演やテレビ業界へ精力的に進出する役者さんも多いようで一概にハングリー
精神に欠けているとは言えないと思いました。
座学のあとには、本番を目前に控えた「欲望という名の電車」の稽古を見学させていた
だきました。稽古場は劇場とは別の建物のなかに設けられ、仮舞台とは思えないほどしっ
かりしたセットが組まれていました。ほどよい緊張感のなかで稽古はじっくりとすすめら
れ、演出の岩松了さんの冗談で場が和む場面があるなど、とてもよい雰囲気のなかで進め
られていたように感じました。
二日目、三日目は小学校公演の見学とほんの少しだけお手伝いをさせていただきました。
劇場らしい雰囲気など何もない体育館を一つ一つの作業を積み上げて、あっという間にい
かにもなにか楽しいことが起こりそうな空間へと変化させる様は目を見張るものがありま
した。仕込み後は場当たりを見学させていただきました。箱入りしてからも、動きを付け
るなど、ばたばたとしている様子でしたが、役者の方々もその場で臨機応変に演出家の要
求に応えてらっしゃって強いプロ意識を感じました。私は劇団員にとって小学校公演とい
うのは公立の劇団故に仕方なしにやらされているのだろうと思い込んでいたのですが、役
者の方をはじめスタッフの方々も大変楽しそうにいきいきと公演の準備をされているのを
見て驚きました。二日目の本番でもそれは同じでした。公演そのものも大変すばらしかっ
たです。小学生に見せる作品にしては、抽象度が高く、メッセージ性の強すぎる作品なの
ではないかと思いましたが、子供たちの反応を見ていると純粋に作品の世界に引き込まれ
ているのだなという印象を受けました。子供たちからあれだけの反応が返ってくれば、劇
団員の方々にとってはこの上なくやり甲斐のある仕事に違いないと私は確信するに至りま
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した。
三日目はついてすぐに挟み込みのお手伝いさせていただきました。私は以前に何度もや
ったことがあったのですんなり仕事を進められましたが、ピッコロ劇場ほどのキャパシテ
ィーとなればかなりの量を挟み込みしなければならず、普段研修生のいないときには制作
の方がやられているのですから、裏方というのは肉体的にもきつい仕事なのだということ
を感じました。
その後「欲望という名の電車」の場当たり見学させていただきました。やはり、箱入り
してからは何かとばたばたしてみなさん忙しそうでした。残念ながら仕込みはお手伝いせ
ずに出来上がった舞台しか見ることができなかったのですが、今回はピッコロ劇場の大ホ
ールでの公演ということで、立派なセットで圧倒されてしまいました。
四日目、本番当日。私たち研修生は受付周りと客席案内の係りを任されました。私は客
席案内を任されたのですが、劇場が広くお客様が劇場内に入ってこられたときは何をいっ
ていいか戸惑ってしまいました。劇団員の方が愛想よく大きな声で「いらっしゃいませ」
と言っているのをみて、私たちもそれを真似てみましたがなんとなく不自然になってしま
い劇場というのは不思議な空間だなと思いました。
本番はお客さんとして見させていただきました。当たり前のことではありますが、稽古
のときとはテンション、集中力、声などあらゆるものが違っているように感じました。特
に主演女優の平井久美子さんのテンションの違いには驚かされました。舞台に立って、照
明があたって、音響があり、さらにお客さんを前にするとやはり何か特別な空間が生まれ
るものなのでしょうか。ここでもやはり劇場というのは不思議な空間だと私はつくづく思
いました。
今回の研修を終え私が一番強く感じたのは、私たちが普段何気なく足を運ぶ劇場という
空間には現実世界とは異なる何か特別なものがあり、しかもそういった空間は自然と生ま
れるものではなく、すべて劇場側により計算されて創り上げられたものであるということ
です。そういった空間を創り上げ、お客さんに最高のエンターテイメントを提供すること
が可能なのは、劇団員と劇場職員の関係が密なピッコロ劇場だからこそなのだと感じまし
た。
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学生からの報告③
劇場制作演習
文学部3回生(演劇学)青木淳高
ピッコロでの研修を終えて
11 月の 12 日から 17 日にかけて劇場制作演習として兵庫県のピッコロ劇場で研修を行った。
その内容としては大きく分けて小学校公演に同行し見学を中心に手伝った前半と、ピッコロ劇場
に行きピッコロ劇団の本公演である「欲望という名の電車」の初日まで参加した後半とがあった。
そのどちらもが貴重な体験をすることができた場であり、演劇という面だけでなく学ぶことの多
いものであった。今回はそうした体験を基に考えたことをまとめてみたい。 まずはそれらに入
る前に研修の初日に尾西さんから話して頂いたピッコロ劇場に関することなどを考えてみたい
と思う。
ピッコロ劇場は兵庫県立の文化施設であるが、全国でも珍しい演劇に特化した施設である。さ
らには演劇学校や舞台芸術学校というような地域芸術の指導者を育成する機関や、ピッコロ劇団
という全国初の県立劇団を結成し、そのピッコロ劇団は公立劇団としては数少ない積極的な演劇
活動をする劇団にまでなっている。そういった概要部分を尾西さんから色々と聞くことができた
わけだが、何より感じたのは兵庫県という地域の演劇の盛んさである。兵庫県では昨年にも兵庫
県立芸術文化センターという総合文化施設を建てており、芸術に対しての積極性や中でも演劇に
対する援助の厚さは他の県でも見習っていってもらいたいと思う。そう感じたのはもちろん私自
身が演劇をする身であり、演劇活動にかかるお金を常に問題と感じているからであるが、尾西さ
んもおっしゃられていたように海外では公立劇団は数多く存在しておりそれらもうまくいって
いるのであり、それが日本においては全くと言っていいほど成功例が少ないことは、ほとんどの
県で演劇に対する支援が少ないからであろうと考えたからでもある。そういった点を考えると批
判は色々あるかもしれないが、ピッコロ劇場及びピッコロ劇団の存在というのは貴重なものなの
である。
ピッコロ劇場に対する批判は私が聞いた中では特にピッコロ劇団に対してのものが多かった
ように思う。それは特に小劇場で活動している人からすれば月々の固定給で芝居をしているとい
うことがそもそも気に入らないのであろうが、サラリーマン劇団と呼ばれている状態の中では失
敗が許されないというのがピッコロ劇団にとってつらい部分であろう。つまらないものを見せて
しまえば批判はあっという間に増加してしまうため、そういった意味での緊張感は常にあるので
はないだろうか。しかしここで考えなければいけないことは固定給といっても特別に高いわけで
はなく、大卒初任給と大差ない位の金額なのである。それにステージごとの手当がつくぐらいの
もので演劇業界でもある程度の地位を築いているにも関わらず、30 代、40 代の人間としてはや
はり給料は少ないと言える。それでも金をもらっていることで批判をされるというのがいかに演
劇界全体の給与体系が成立していないかが伺える。そもそも演劇はその形態自体にマネジメント
面で欠陥を抱えている芸術である。例えば演劇と並ぶほど金がないと言われている映画ですら同
時に何カ所ででも上映できるという点から演劇に比べれば遙かに有利である。演劇ではホール代
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もあれば、舞台美術や音響、照明そういったものを仕込むための人件費と数え切れない金額が、
公演を打つたびに毎日のようにかかってくるのである。その結果どれだけ頑張っても食えないと
いう状況の人々が増えるのである。そのことを尾西さんの話を聞きながら考えずにはいられなか
った。
さてここからは実際にピッコロ劇団の公演を手伝いそれを見た感想に移る。上でも述べたよう
に大きく分けて前半と後半に分かれるが、まずは前半の小学校公演「星のカンタータ」である。
会場は猪名川町の白金小学校であった。研修ということで色々とお手伝いをするために行ったわ
けだが、実際にはほとんどすることはなく星球をつけたり、衣装にアイロンをかけたりといった
ぐらいのものだった。それもよく考えれば当然のことである。何故なら小学校公演などの形態の
公演では外部から手伝いの人が来ることなどほとんどないため、自然と自分たちで全ての雑務を
やるようになっているのだ。だから逆に仕事を分担するとやりづらかったのではないだろうか。
結果的には楽をしてしまったようになったがそういったことを聞けたというのが一つの収穫に
なったといえる。作品自体は単に小学生向けという内容のものではなく、歌あり踊りありのエン
ターテインメント演劇という内容であった。所々にメッセージ性の強い台詞が入っていて子ども
から大人まで楽しめるものであった。実際演出家は先生方にもメッセージを送っているとおっし
ゃっていた。何カ所もまわる公演であり今までに何ステージもやっているため安定感があり、安
心してみていられたように思う。また空き時間などにお互いで話し合って様々な場面の確認をし
ている所なども見ることができ、自分自身の今後の演劇活動にも生かしていけそうであった。
次に後半、すなわちピッコロ劇団の本公演である「欲望という名の電車」の方に移りたいと思
う。こちらは本公演だと言うこともありチラシの折り込みなどを手伝ったが、最も大きな収穫と
なったのが稽古や場当たり、ゲネでの岩松了の演出とそれによる役者の変化を見ることができた
という点である。もちろん各役者さんも上手く、見ていて感動していたのだが、それ以上に岩松
了が舞台の隅々にまで気づき指示を出していたことが演出をしたことのある身としては驚きで
あった。そういった部分にプロとしての意識のようなものを感じ取ることができたのである。ま
たそれによって影響された役者が本番に向けてどんどんと変わっていく姿は驚きの連続であっ
た。一つの舞台芸術ができていく過程を一部分とは言えど、見ることができたのはなかなかにで
きない体験であった。本番では開場までのパンフレット配布を担当し制作の仕事をすることがで
き作品の一端に携わることができたと実感した。当然観劇実習で見たものは作品の結果部分であ
るため、その部分だけを見れば批判などもしやすかったのかもしれないが、私は過程を見てしま
ったためになかなか客観的な姿勢に欠けたことも事実である。しかし本番を見ているときはほと
んど完全にお客さんとなって見ており、自分が少しでも関わった公演をお客さんとして見ること
ができ、新たな視点も見つけることができたように思う。研修の最終日はやや慌ただしく終わっ
てしまったが実に充実した一週間となった。
このように考えながら研修をやったわけだが、何より感じたことは研修の期間が調度よかった
ということだった。数年前まで一ヶ月あったらしいのだが、一ヶ月間やるとより詳しいことまで
わかる代わりに新鮮な気持ちというのを失ってしまうのではないかと考えられる。この新鮮さを
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失ってしまえばそれは研修というよりも公演に参加した状態になってしまう。そういう意味では
この期間設定はベストであったように思う。また、内容も小学校公演と本公演という形式の異な
る二種類の公演を見ることができたことで、ピッコロ劇場、そしてピッコロ劇団の多様な活動を
生で実感することができた。一つの劇団でここまで違ったことをやれるというのは無節操という
批判もあるかもしれないが、演劇という人に見せ、人を喜ばせるための芸術としての大きな可能
性を見ることができたのである。
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学生からの報告④
文学部 3 回生(演劇学)
水谷真里
演劇学劇場研修レポート
11 月 12 日から 17 日まで(15 日を除く)、インターンシップ研修として兵庫県立尼崎青
少年創造劇場(兵庫県立ピッコロ劇団)にお世話になった。このレポートで、5日間の研
修内容と感想を述べたいと思う。
■第一日目(11 月 12 日)
兵庫県立ピッコロシアターにおいて、劇場の方に挨拶と自己紹介。その後、劇団制作の
尾西教彰さんに劇場施設を案内していただく。
ピッコロシアターは昭和 53 年に開館した。大ホールと中ホールと小ホールがあり、大ホ
ールは主に演劇、中ホールは演劇、音楽、舞踊の公演、リハーサルなど、小ホールは音楽
の演奏会、発表会のために主に使われる。大ホールは演劇に特化したホールとして日本で
はじめてのホールである。この後に、全国でホールの建設ラッシュが起こったという。残
念ながら、この日はどのホールも公演などで使われていたため、舞台裏や楽屋などの見学
はできなかった。ちなみに、この日大ホールでは兵庫県高等学校演劇研究会中央合同発表
会が行われていた。
次に、搬入口を見せていただいた。ピッコロシアターは、公演する側からして、全国の
劇場の中でも最も使いやすいホールだという。その理由のひとつが、搬入口が大きく、大
きな道路に面しており、その前に大きなトラックを停めることができるほどのスペースが
ある、ということである。搬入口の高さも、どんな大きなトラックもしっかり入ることが
出来るような高さになっており、舞台装置を車からおろした後に車体が高くなっても大丈
夫なようにしてあるという。
また、ピッコロシアターの特徴として、劇場の事務所の前を通らないと楽屋に行くこと
ができない作りになっていることが挙げられる。どんな役者さんやスタッフも、必ず劇場
職員の方と顔を合わすため、いい関係を築きやすいという。そのため、今後の公演の際に
も、スムーズに交渉できるようになるという。
次に、別館に案内していただき、資料室を見せていただいた。中には今までのピッコロ
劇団の公演の脚本や衣装リストなどがあった。衣装リストは、今までの公演で使った衣装
一つ一つを写真に収め、細かいところまで記録してあるもので、今後の公演に役立てるこ
ともできる。
その後、本館に戻り、資料室に入った。資料室には演劇、音楽に関する専門書、脚本、
資料が揃えてあり、貸し出しもしている。この資料室で、尾西さんからピッコロ劇団につ
いて、そして劇場制作について聞かせていただいた。
まず、沿革。ピッコロシアター開館5周年記念事業として、昭和 58 年に公立の演劇学校
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としては日本ではじめての、ピッコロ演劇学校が開校。そして平成元年にはピッコロ舞台
技術学校が開校。そして平成 6 年に、日本初の公立の劇団、兵庫県立ピッコロ劇団が発足
した。当時劇団員は 20 名であったが、現在は 34 名である。劇団員には給料が支払われる
ため、生活に困ることはなく、演劇活動に没頭できるというメリットがある。東京に進出
したはいいが、生活などに苦しみ、つぶれていく役者が多いなか、そうした若い役者を救
い上げる、という役割も担っているという。しかし、主体となる確固とした一人の演出家、
脚本家がいるわけではないので、方向性やポリシーのようなものがない。それがデメリッ
トになっているとも言える。
次に劇団制作について。制作の主な仕事は企画立案、資金調達し、広報宣伝やチケット
販売などの営業、そして公演当日の表方の管理、終了後の決算と、ある企画の最初から最
後までを手がける仕事である。また、劇場制作の仕事もあり、これは外部の劇団の公演や
企画などをピッコロシアターが買い取り、主催団体として公演し、営業業務を担うもので
ある。演劇公演は赤字必至のものであり、利益が出ることはなかなか難しいそうである。
しかし、ピッコロシアターの場合、前述のように、使う側からの評判もよく、多くの方々
といい関係を築けているので、通常より比較的安価で買い取ることができるそうである。
尾西さんにお話を伺った後、17 日に初日を迎えるピッコロ劇団 26 回公演「欲望という名
の電車」(演出=岩松了)の稽古を見学。別館2階にある稽古部屋に、仮説の舞台セットを
組み立てて練習を行っていた。第七場(スタンリーが仕入れ係から聞いたブランチの噂を
ステラに話す場面)の練習中であった。岩松了氏の演出はとても細かく、役者の視線やし
ぐさにも指示を出す。例えば、「この台詞をいうときはあまりスタンリーの方は見ずに…」
や、「このときに食器を触りながら台詞をしゃべって」というように。逆に、あまり感情面
についての指示は出さなかった。そして、細かく中断させ、ダメを出し、またもう一回や
り直させる。これを何度も繰り返していた。ピッコロ劇団が出している「into」という機
関誌の vol.14 において、ブランチ役の平井久美子氏はこのような岩松氏の稽古方を、「百
本ノックの様」と記している。18 時まで稽古を見学し、その日は終了。
■第二日目(11 月 13 日)
二日目と三日目は、猪名川町立白金小学校にて、ピッコロ劇団小学校公演「星のカンタ
ータ」(原作=三木卓
台本=原竹志
演出=眞山直則)の仕込みと本番の見学であった。
これは学校教育と連携したアウトリーチ活動であり、兵庫県内の小学校はもちろん、11 月
20、21 日には高松市の小学校でも公演した。この日は本番前日であったため、仕込みと場
当たり稽古の見学が主であった。
「星のカンタータ」は、三木卓原作の児童文学を、劇団員の方が戯曲化した作品である。
「ことばのプラネタリウム」に迷い込んだ少年タロ。色や音に形を変えたコトバをめぐる
冒険ファンタジー。(劇団機関紙「into」より)
舞台セットは、小学校の体育館の中に組み立てられる。子供たちと同じ高さで芝居を見
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せるため、体育館の壇上は使わず、床にマットをしき、背後にイントレと呼ばれる足場を
組み、舞台セットとしていた。また、体育館の壁際に上から豆電球を何個も垂らし、星に
見せるようなセットもあった。この豆電球を取り付ける作業を手伝わせていただいた。他
に、衣装のアイロンがけも手伝わせていただいた。このような仕込みや衣装の管理も、す
べて役者や演出家含め全員で行っていた。欧米では、完全に役者と裏方が分業しているこ
とが多く、役者に仕込みなどをやらせることを拒否されることもあるそうだ。場当たり稽
古を見学し、その日は終了。
■第三日目(11 月 14 日)
午前に低学年、午後に高学年に向けての公演。午後からの参加となった。すでに午前中
に公演を見た児童と劇団員の間は少し打ち解けたところもあり、何人かの児童が積極的に
劇団員に話しかけている光景も見られた。
午後の公演を見学。まず役者が体育館の中に児童を誘導し、座らせることも演出の一環
となっている。そして全員座ったところで、児童全員に大きな声を出させ、そこで芝居が
始まる。子供達が退屈しないように、歌やダンスが盛り込まれた、にぎやかな芝居だった。
また、役者が子供達に「保健室はどこですか?」と聞いたり、「『バラは○○だ』のように
バラを褒める言葉を考えよう」と子供達に手を挙げさせて意見を求め、聞いたものを舞台
上で台詞にして言うなど、子供達も芝居に参加させる形のものだった。前の方で観ている 4
~5 年生は非常に元気で、そのようなときにも積極的に手を挙げており、楽しんでいる様子
だった。ただ、やはり 6 年生の中には何人か、退屈そうにしている子もいた。小学校公演
の欠点をいくつか挙げると、どうしようもないことだが、やはり体育館では声のとおりが
悪く、後ろまで台詞が聞き取りづらいところがあること、また、床にそのまま座らせてい
るので、後ろの子供は多少見難い状況になっていることが挙げられる。6 年生は後ろのほう
に位置していたし、年齢的にも、芝居に興味を持つのは難しかったのかもしれない。
芝居が終わって、役者が花道をつくり、児童を全員送り出して、この公演は終わる。中
には戻ってきて役者と写真を撮ってもらう子供もいて、全体的には児童は楽しんでいたよ
うに思う。小学校公演として、成功していた。
この日は本番見学のみで終了。
■第四日目(11 月 16 日)
ピッコロシアターに集合。この日は「欲望という名の電車」の初日前日。まず、チラシ
の挟み込み作業のお手伝いをさせていただいた。その後、大ホールにて場当たり稽古を見
学。
客席真ん中ほどに岩松了氏が座り、役者に演技をさせながら、照明、音響共に指示を出
していた。やはり稽古場で見るのと舞台上で実際に見るのとではだいぶ違いがあるためか、
役者の動きやしぐさを考え直し、変更させたりもしていた。例えばスタンレーには、台詞
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をいうときでも、もっとリンゴやパンにかぶりつき、ほおばりながら、というような指示
を出していた。その方が、スタンレーの持つ欲望や、野生の雰囲気が出るようだ。また、
岩松氏が一番気にしていたように思われるのが、場面転換の暗転時に、小道具などを片付
ける、ガチャガチャというような音をどのように消すかということだった。食器や酒瓶な
どが多いため、どうしてもそうした音が出てしまう。そこを音響の方と何度も話し合い、
音楽の盛り上がりの部分から流してみたり、色々と試行錯誤を重ね、最後に電車の音を流
す、ということに決定したようであった。場当たり稽古が終わったので、この日は終了。
■第五日目(11 月 17 日)
「欲望という名の電車」初日。昼過ぎにピッコロシアターに赴き、ゲネプロを見学させ
ていただく。昨日の場当たり稽古では、さすがに初日前日だからか、役者が力を最大限出
していないようであったため、面白さに欠けるのでは…と思っていたが、やはりゲネは役
者全員が最大限に力を出しており、エネルギーが伝わってきて面白かった。場当たりで岩
松氏の行った様々な手直しも功を奏し、完成度の高いものになっていたように思う。ゲネ
が終わると、岩松氏からのダメ出し。そして本番までとりあえず解散となった。
開場 15 分ほど前、制作の高井さんを中心に、表方のスタッフ(私達を含む)が受付に集
まり、簡単なミーティングを行う。その日の役割分担、公演の終了時刻、お客様への対応
などを確認。(お客様によく聞かれる質問は、上演終了時刻とトイレの場所だそうだ。)私
はチケットのもぎりをやらせていただくことになった。18 時に開場。初日のためか、ピッ
コロ劇団の方や劇団代表の別役実氏も来ていた。一般の観客は、やはり年配の方が多かっ
たように思う。本番は私達も見せていただくことができた。若干ハプニングはあったもの
の、無事に初日終了。ロビーにてお客様を送り出し、ホールと館内を巡回して何かないか
確認し、表方のお手伝いは終了。これで 5 日間のインターンシップも終了した。
■感想
今回の劇場研修では、全く規模、客層など、タイプの違う2つの公演に立ち合わせてい
ただいて、舞台設営、場当たり稽古、ゲネ、本番と、同じ流れであるのに、当たり前だが、
まったく違うものを見ることができ、非常にいい経験になった。また、一日目には、尾西
さんに演劇事業について、奇麗事ばかりではなく、金銭面の話などビジネスの面からのお
話をしていただけて、非常に勉強になったし、制作に対しての興味が一層強くなった。た
だ、5日間という期間はやはり短かったし、二つの公演共に、本番直前に参加させていた
だいたため、あまりお手伝いができなかったのが残念であった。難しいことかもしれない
が、出来れば企画段階から参加してみたいと思った。また、尾西さんをはじめ、ピッコロ
劇団の方々には大変お世話になった。本当にありがとうございました。
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