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習熟と環境価値を考慮した再生可能エネルギーの普及モデル

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習熟と環境価値を考慮した再生可能エネルギーの普及モデル
Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 29, No. 3
習熟と環境価値を考慮した再生可能エネルギーの普及モデル
Diffusion Model of Renewable Energies Considering the Learning Effect and
Environmental Value
内 田 晋 *・ 氷 鉋 揚 四 郎
Susumu Uchida
**
Yoshiro Higano
(原稿受付日 2007 年 7 月 31 日,受理日 2008 年 2 月 26 日)
A new model which describes the process of diffusion of renewable energy industries is presented in this paper. Production
cost i.e. price of new industry decreases with growth of its cumulative production by the learning effect. On the other hand,
some customers prefer renewable energies despite their higher prices compared to conventional energies because of their
environmental premium. Then we tried to express this customer behavior by the theories of contingent valuation method
(CVM), and to derive endogenous growth of production in renewable energy industries, by combining the CVM theory with
the learning theory. Renewable energies are usually promoted by subsidy and the fact that total budget of subsidy is restricted
makes the analysis more complicated, because not all the customers can receive subsidy. Taking this factor into account, we
identified the demand function of the residential photovoltaic as an example of renewable energies and predicted the growth
of production and price changes.
れたもので,市場データから関数のパラメータを推定する
1.はじめに
ことにより,再生可能エネルギーの需要,価格や関数のパ
日本政府は 2010 年の新エネルギーの導入目標を総一次
ラメータの値に関する仮定を置くことなく,その産業の成
供給量の 3%としているが,NEDO1)によれば 2002 年現在
長が導出できる点に特徴を有する.本研究では住宅用太陽
での実績は 1.7%であり,その半分以上がこれ以上拡大の望
光発電の市場データを用いたパラメータの推定を行い,需
めない黒液であることを考慮すると目標の達成には非常に
要理論の比較を行うと共に,生産量と価格の将来予測を試
厳しい状況であると言える.太陽光発電や風力発電といっ
みた.
た再生可能エネルギー技術の普及の一層の促進が求められ
ている.
2.モデルの概要
補助金などの経済政策を普及促進策として検討するため
には,それらの需給に及ぼす影響が明らかにされている必
2.1 再生可能エネルギー産業の成長
要がある.再生可能エネルギーの場合,産業として初期段
再生可能エネルギーに対する需要は,通常装置の購入と
階にあることや環境価値を有するといった特徴を持つこと
いう形で満たされる.従ってエネルギーフローに対する需
から,政策の評価にはそれらを考慮した成長理論の導入が
要が,購入され稼動するべき装置ストック量に変換される.
必要であると考えられる.
装置の劣化を減価償却とみなし,財の連続性を仮定すると,
初期段階にある産業の成長理論としては習熟効果を考慮
ある期間の装置ストック量 X の変化はその期間の装置生
産量 x から減価償却分を減じたもので表される.
したものが寡占市場の分析などで用いられている.習熟理
論による再生可能エネルギーの成長理論としては,需要の
拡大速度をシナリオとして与え将来予測を行った早野ら
X
2)
や,習熟効果(学習効果)を考慮しそのパラメータを外生
x k X dt x mk DSdt
(1)
ここで k は減価償却率,m は単位エネルギー需要を満た
的に与えて新エネルギーに対する補助金の効果を検討した
島崎ら
m ( DS )
すのに必要な装置ストック,D は対象とするエネルギーの
3)
の研究例などがある.これらに対し本研究で開発
総需要,S は総需要に対する再生可能エネルギーの需要シ
したモデルは,再生可能エネルギーの持つ環境価値を明示
ェアである.S を再生可能エネルギーの価格 p の関数と考
的に扱い,それに対する消費者の需要行動と習熟理論とを
え, p を累積生産量 X の関数と考えれば,(1)式より x が
組み合わせ,補助金や情報伝達効果といった要因も取り入
市場に関するデータ m, D, k および自身の累積量 X の関
数で表わされ,市場データを用いて生産量の時間に伴う変
*
筑波大学大学院生命環境科学研究科生命産業科学専攻
〒305-8572 つくば市天王台 1-1-1
e-mail [email protected]
**
筑波大学大学院生命環境科学研究科持続環境学専攻
〒305-8572 つくば市天王台 1-1-1
動を求めることができる.
再生可能エネルギーに対する需要を考える際,従来エネ
第 23 回エネルギーシステム・経済・環境コンファレンスの内容をもと
に作成されたもの
15
Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 29, No. 3
ルギーとの代替を考えるのがこれまでは一般的であったが,
する,購入を通じて環境を改善することの受容」と見なす
サービスとしてのエネルギーそのものが同一である両者を
ことにより,仮想評価法の理論を再生可能エネルギーに応
別々のものとして扱うことの妥当性にはやや問題がある.
用することが可能と考えられる.所得に対する効用の線形
効用関数の型を仮定して需要関数を求める場合,両者の価
性を仮定すると,プロビット,ロジット,ワイブルの各モ
格によってそれぞれの需要量が定まり,総エネルギー需要
デルについての需要シェアは価格差
はあくまで両者の合計でしかない.これに対して,両者の
以下のように表される.
和である総エネルギーを 1 つのサービスとし,再生可能エ
S probit
ネルギーに対する需要はそれに含まれる環境価値というサ
ービスに対する需要であって,消費者は再生可能エネルギ
{a 4
a5 ( p
p
p 0 )} (a 5
p0 の関数として
0)
Slogit 1 /[1 exp{a 6 ( p p0 ) a 7 }] (a 6
(3)
0)
(4)
ーと従来エネルギーの差額をその価格として支払っている,
Sweibull exp{ ( p p0 a8 )a9 / a10} (a 9 , a10
とする解釈も可能である.この解釈によれば消費者は従来
0) ( 5 )
エネルギーの価格に応じて消費エネルギーの総量を決定し,
再生可能エネルギーの従来エネルギーとの価格差によりそ
ここで, a 8 は a 2 同様切り替えコストを表す.
の消費量を決定する.この解釈の方が消費者行動の実態を
一方,価格を生産量の関数で表したものが習熟理論であ
る.それによれば労働投入量は累積生産量の関数で表され
よく表現していると考えられる.
再生可能エネルギーの環境価値を一つのサービスと考え
るが,労働投入量を費用さらには価格へと解釈を拡大し,
ると,単位のとり方は自由であるから,その量は再生可能
価格と累積生産量の関係として広く用いられるようになっ
エネルギー量で表すことが可能である.ここで効用関数と
た.一般的な関数形は以下の通りである.
して扱いが容易であり,コブ=ダグラス型よりも汎用性が
p
あるため広く用いられている CES 型を仮定すると,合成財
の消費量 x2 との均衡にある環境価値 x1 の需要シェアは以
SCES
a1 x2
mD
(6)
この関係を需要シェア関数に代入し,(1)式の関係を用い
下のように表される.
x1
mD
a11 X a12
れば,マクロな市場データと初期値を与えることにより再
p
p0
p
a2
生可能エネルギー産業の成長過程を内生的に導出すること
a3
(a 3
0)
ができる.
(2)
2.2 補助金枠が存在する場合
再生可能エネルギーに対する補助金制度において,有限
ここで p, p0 , p はそれぞれ再生可能エネルギー,従来エ
ネルギーおよび合成財の価格である.また a n (n
の補助枠の存在により,支給される消費者とそうでない者
1,2,3,...)
に対して 2 種類の価格が共存することになる.価格に対す
はパラメータで,
このうち a 2 は心理的障壁を含むエネルギ
る再生可能エネルギーの需要シェアを図 1 に示す.図 1 で
ー切り替えのコストを表す.
はエネルギーの価格差に反映された補助金が p で表され
一方,森林や景観といった市場財でないものの環境価値
ている.実曲線を需要曲線とすれば補助金により点線のよ
の評価に関して,仮想評価法がしばしば用いられる.これ
うに
らの手法は通常アンケートを通じて行われ,ある環境財を
p だけ上方にシフトし,それぞれの需要量は S1 およ
保護するために提示された支払額に対して,支払いを行っ
び S 2 で表される.ここで補助金の希望者 S 2 に対して支給
て環境財を保護することを受容する意思を示した者の割合
枠が S S だとすれば, S1 の全体および S 2
から環境財の経済評価を行うものである.その評価モデル
費者の S S / S 2 だけが補助金を受け取ることができる.しか
としてはランダム効用モデルや生存分析などが用いられる
し S2
S1 に対応する消
S1 の消費者は補助金を受け取ることができなけれ
ば実際に購入を行わないので,最終的な需要量 S は以下の
4)
.ランダム効用モデルは消費者の効用関数のうち観察不可
式で表される.
能な部分について確率分布を仮定したもので,正規分布を
用いたものがプロビットモデル,ロジスティック分布を用
S
いたものがロジットモデルと呼ばれる.また生存分析は提
S1 ( S 2
S1 )
SS
S2
S1S 2
S 2S S
S2
S1S S
(7)
示される支払額が上がった時に受容側にとどまる消費者の
なおここでは,消費者は購入を決定する前に補助金を受
割合を関数で表したもので,通常ワイブル分布が用いられ
る(ワイブルモデル)
.ここで再生可能エネルギーの購入を,
け取ることの可否を知ることができるケースについて述べ
「従来エネルギーとの価格差として提示された支払額に対
ている.これは必ずしも実態を反映していないが,可否を
知らされずに購入を決定せざるを得ないケースでも,消費
16
Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 29, No. 3
が成立する.
者の期待効用から得られる需要が S に一致すると仮定し
ている.
S
NS
Price
dN
dt
(8)
(9)
a13 S (1 N )
p
3.パラメータ推定結果
Δp
3.1 習熟関数
Δp
以上のモデルを用い,再生可能エネルギー産業として住
宅用太陽光発電を例にとり,パラメータ推定をコンピュー
S
SS
図1
1
S’
S2
タシミュレーションにより行った.まず,1993 年∼2004
Share
年のデータを用い,式(6)の習熟関数のパラメータを推定し
た.生産量のデータは 1999 年∼2003 年については光産業
補助金と需要の関係
技術振興協会 5)から,その他は NEDO6)のデータから住宅用
のものを推定した.価格は新エネルギー財団
2.3 情報伝達効果
7)
の発電コス
トを用い,2003 年以降については新エネルギー財団 8)によ
再生可能エネルギーの普及には,価格の低下だけでなく,
それによる社会的認知度の高まりが需要の拡大に大きな役
る設備価格から推定した.シミュレーションにあたっては
割を果たすと考えられる.社会的認知度は主にマスメディ
積分計算を期ごとの逐次計算で近似するため,その誤差を
アによって高められるが,個人レベルでの情報伝達も無視
小さくするために 1 年を 12 期に分け,1 ケ月を 1 期として
できない役割を果たしているばかりか,口コミや「近所の
計算を行った.ここでは年生産量を 12 分割し,1 年の合計
家が導入した」といったことが実際の購入動機になってい
は変えずに月変化率が小さくなるように月ごとの値を推計
る例も少なくないと考えられる.こうした個人間の情報伝
して累積生産量を求めたのち,(6)式により価格を求め,生
達を表すモデルとしてはロジスティック曲線によるものが
産量で重みをつけた年平均値を実データと比較し,対数最
しばしば用いられる.これはシェアの拡大が,購入した消
小二乗法によりパラメータおよび初期値 X 0 を推定した.
費者から購入していない消費者への情報の伝達に律速され
その結果を図 2 に示す.パラメータの値は, a 11 =909,
るモデルであり,その拡大速度が全体に対する比率で表し
a12 =-0.224, X 0 =0.251,対数の偏差の二乗和は 0.0784 で
た両者の積に比例する.これを解いたシェアの時間変化は
あった.
ロジスティック曲線となる.一方マスメディアによる認知
300
発電量当たりコスト(円/kWh)
度の上昇のモデル化は困難であるが,シェアが拡大すれば
メディアで取り上げられる機会も増えることから,上記の
モデルがメディアによる情報伝達についてもある程度表現
していると考えられる.
通常の情報伝達モデルでは情報を受け取った時点ですで
にその財(サービス)に十分なメリットがありすぐに購買
行動に移ると想定されているが,本研究では情報を受け取
実価格
計算結果
250
200
150
100
50
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
0
ることにより初めて財として認識し,次のステップとして
購入を行うかどうかを価格を判断材料として決定するもの
図2
とする.従って情報を持っている者と購入した者という 2
住宅用太陽光発電産業における習熟関数の推定
つのシェアを考え,情報伝達は購入した者から情報を持っ
3.2 需要シェア関数
ていない者に対して行われるとする.ここでは再生可能エ
ネルギーについての情報を持っている消費者の割合(情報
次に,需要シェア関数として(2)∼(5)式を用いた場合の生
伝達度)を N で表し,その中の S や S のシェアの消費者
産量 x をそれぞれについて(1)式により求め,一般均衡理論
が購入を行い,最終的なシェアである S は S や S と N
と仮想評価法による関数形の比較を行った.シミュレーシ
との積で表される.例えば補助金がある場合,以下の関係
ョンは 1993 年∼2006 年の 14 年間について行い,習熟関数
17
Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 29, No. 3
の時と同様,月ごとに分解して計算した生産量を年ごとに
シミュレーション結果を表 1 および図 4 に示す.いずれ
集計し,実際の市場データと比較した.ただし,ここでは
のモデルでも,情報伝達効果の導入によって明らかに現実
対数でなく通常の最小二乗法を用いた.シミュレーション
300
の実行にあたっては,(1)の近似式である
Dt 1St 1 ) / 2 (1)’
を用いた.ただし t は期を表わす添字である.
使用したデータは, k および m は NEDO9)の発電コスト
算出時の前提による,装置の耐用年数およびシステム利用
200
150
100
50
率についてのそれぞれ 20 年,12%という値を用い,k =0.05
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1993
year/kWh)とした.家庭部門の電力消費量 D (2005 年まで)
1995
0
(1/year)
,また m は年間発電量の逆数(9.5129×10-4kW・
1994
Dt 1St 1 ) mk( Dt St
生産容量(MW)
x m( Dt St
実際の生産量
ワイブルモデル
250
図 3 情報伝達効果を考慮しない場合の住宅用太陽光発
電の生産量とワイブルモデルによる計算の比較
p 0 (2004 年まで)は経済産業省 10)11)のも
のである. D および p 0 の最近の値は,それまでの平均変
およびその価格
化率から外挿した.必要なデータの一部が公表されていな
との乖離は改善した.4 つのモデルの中では一般均衡モデ
い 2005 年と 2006 年については本来パラメータ推定の対象
ルの偏差が最も小さかったが,仮想評価法の 3 つのモデル
期間から外すべきであるが,これまで順調に増加してきた
の間にはほとんど差が見られず,モデル間の優劣の結論は
住宅用太陽光発電の生産量が 2005 年をピークに 2006 年に
出なかった.
は減少しており,そうした傾向の変動を解析に取り入れる
ことには意義があると考えた.また,x2 は国民経済計算の
表 1 情報伝達効果を考慮した場合のシミュレーション
結果
民間最終消費支出の値を用い,1996 年∼2005 年については
モデル
平成 17 年度国民経済年報 12),1993 年∼1995 年については
パラメータ
一般均衡
の値に基づき)し,2006 年については 2003 年∼2005 年の
p
a 13=6.153
については,2005 年基準
1994 年∼2005 年には新エネルギー財団により住宅用太
N=0.005820
を求め,それを S の代わりに(1)’に
1.443×109
N=0.005813
a 8=0,
1.440×109
a 9=0.01309, X’=2317,
a 10=0.2000, a 13=7.638
払われた.従ってこの間の生産量は,(2)∼(5)のそれぞれの
1.443×109
X’=1707,
a 6=0.001937, a 7=-5.152, X’=1722,
a 13=7.533
ワイブル
陽光発電導入促進事業が行われ,導入に対して補助金が支
N=0.005081
300
S
代入することにより求めた.その際の S は新エネルギー
一般均衡モデル
250
の需要シェアに換算して求めた.
200
生産容量(MW)
財団 16)17)による装置ストックベースでの実績をエネルギー
シミュレーションはまず,情報伝達効果を考慮しない需
要シェア関数について行われた.結果は,4 つの関数いず
れについても計算値と実際の市場データとの間に良好な近
似は見られなかった.一例としてワイブルモデルの結果を
実際の生産量
150
100
50
図 3 に示す.
ーションを行った.情報伝達度 N は次式のように前期の
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
0
次に,情報伝達効果を考慮したモデルを用いてシミュレ
N および S
N=0.002224
a 13=7.532
ロジット
1.227×109
a 1=70.06, a 2=240.6, a 3=0, X’=944.1,
プロビット a 4=-2.527,a 5=0.000668,
の消費者物価指数 14)15)の値を用いた.
S から(7)式により S
偏差の
二乗和
平成 15 年度国民経済年報 13)の値を補正(1996 年∼1998 年
平均増加率により外挿した.
初期値
図 4 情報伝達効果を考慮した場合の住宅用太陽光発電
の生産量とシミュレーション結果の比較
(補助金の支給されない年については S )か
ら求めた.
Nt
Nt
1
a13 St 1 (1 Nt 1 )
4.将来予測の結果
(10)
次に,習熟関数と需要シェア関数について求められたパ
18
Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 29, No. 3
ラメータを用い,本モデルの予測モデルとしての有効性を
た.
各モデルでの 2030 年の生産量の予測結果を表 3 に示す.
検証するための予察的な将来予測を,補助金が支給されな
400
かった場合の 2030 年までの価格と生産量について試みた.
生産量
一般均衡
ワイブル
350
年間生産容量(MW)
電力価格および家庭部門の電力消費量は 2006 年以降につ
いて一定とし,民間最終消費支出は 1993∼2006 年の平均増
加率で外挿したもの,そして消費者物価指数は 2006 年の値
で一定とした.予測は 1 ケ月を 1 期とし,前期までの累積
生産量から価格を求め,それを用いて当期の生産量を求め,
期ごとに求めた価格と生産量の値を 1 年ごとに集計した.
このようにして求められた住宅用太陽光発電システムの
300
250
200
150
100
価格(発電量当たりに換算)の 2030 年までの予測結果を,
50
一般均衡モデルについて図 5 に示す.価格は 2030 年におい
0
2029
2026
2023
2020
2017
2014
2011
あまり縮まらないという結果が得られた.また,モデル間
2008
2005
2002
1999
1996
1993
ても kWh 当り 30 円を越えており従来の電力価格との差は
図 6 各モデルによる住宅用太陽光発電機器生産量の将
来予測
の結果の比較として各モデルでの 2030 年の予想価格を表 2
に示す.モデルによる価格の差はほとんど見られなかった.
表 3 各モデルで推定された住宅用太陽光発電の 2030 年
の生産量
電力量当たりコスト(円/kWh) .
300
実価格
一般均衡
電力価格
250
200
150
モデル
生産容量(kW)
一般均衡
117.87
プロビット
77.85
ロジット
83.65
ワイブル
79.83
100
5.考察
50
パラメータ推定の結果,習熟関数については計算値と実
0
2029
2026
2023
2020
2017
2014
2011
2008
2005
2002
1999
1996
1993
際の価格とは比較的よい一致性を示した.得られたパラメ
ータから 2
口ら
図 5 一般均衡モデルによる住宅用太陽光発電の価格の
将来予測
発電コスト(円/kWh)
一般均衡
34.32
プロビット
35.65
ロジット
35.34
ワイブル
35.59
で表される進歩率を求めると 0.86 となり,山
18)
による 0.88 に近いものとなった.一方,需要シェア
関数については,情報伝達効果を考慮しない場合はよい一
致性は見られず,情報伝達効果の考慮により改善した.し
表 2 各モデルで推定された住宅用太陽光発電の 2030 年
の発電量当たりのコスト
モデル
a12
かし,将来予測の結果を見ると,生産量は低下した後わず
かな上昇にとどまり,価格低下と需要拡大のサイクルが期
待された程には機能していない.ここでパラメータ推定期
間終了時である 2006 年の情報伝達度 N の値を見てみると,
いずれのモデルでも 0.7∼0.8 の範囲にあることがわかった.
これらの結果から,過去における生産量の増加のほとんど
が情報伝達効果で説明されており,価格への応答という要
素が弱い関数形となっていることが考えられる.数値だけ
一方,生産量の予測結果を一般均衡モデルとワイブルモ
では一概に言えないが,各モデル中のパラメータのうち消
デルについて図 6 に示す.生産量はどちらのモデルでも今
費者の価格に対する感度を表わす a 3 , a 5 , a 6 , a 9 の数値が
後約 10 年にわたって低下し,その後横ばいかやや上昇に転
いずれも小さく,特に一般均衡モデルでの a 3 の推計値が 0
じる.両者を比較すると一般均衡モデルの方が全体的に高
であることもこのことを示唆している.効用関数として
い数値を示した.プロビットモデルおよびロジットモデル
CES 型が妥当であったかという問題は残るものの,他のモ
についてはワイブルモデルとの差はほとんど見られなかっ
デルの結果から見ても,本研究の範囲ではこれまでの住宅
19
Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 29, No. 3
用太陽光発電の普及は価格の低下ではなく情報の普及が主
終了した補助金制度のような導入助成策を再度検討する必
に寄与しているという結論が得られる.
要があると考えられる.
しかしながら,消費者の行動に価格低下が全く反映され
6.結論,今後の課題および可能性
ないと考えることは現実性に欠けるように思われる.また,
2.3 項で述べたマスメディアによる宣伝効果や,環境問題へ
本研究では再生可能エネルギーをエネルギーと環境価値
の社会的な関心の高まりといった要因も本研究では考慮さ
の 2 つのサービスとして扱い,再生可能エネルギーへの需
れていない.こうした要因を取り入れたモデルの改良によ
要を環境価値に対するものと見なすとともにその価格を従
り,価格への反応も表現されるようなものに発展する可能
来エネルギーとの価格差と考え,それに対応する需要を表
性がある.例えば上述の社会的要因を変数化し,各モデル
す 4 つの関数形を想定し,それらと習熟理論とを組み合わ
において定数としているパラメータをそれらの変数の関数
せた成長モデルを構築した.また,補助枠のある補助金が
で表すことが考えられる.このようなモデルにより,価格
支給されるケースや情報伝達効果が存在するケースにモデ
と消費者行動の関係が社会的要因によって変化する状況を
ルを拡張し,その結果対象とする産業の需要や価格などの
表わすことが可能になる.
変数に仮定を置くことなく,習熟による価格低下とそれに
モデルのもう一つの不確定要因は,パラメータ推定のベ
応じた需要拡大の予測を可能とする成長モデルとした.
ースとなる家庭用電力の総消費量,通常の電力価格,民間
次に住宅用太陽光発電を例に,市場データを用いた 4 つ
最終消費支出の 2005 年ないし 2005∼2006 年の値に推定値
の関数形の比較とパラメータの推定を行った.いずれの需
を用いていることである.2006 年の生産量の減少をパラメ
要関数も情報伝達効果を考慮することによりデータと計算
ータ推定に取り入れることによりある程度の傾向の把握が
値の乖離が改善されたが,モデル間の差は明らかではなく,
可能になったものの,これらの数値が明らかになった時点
生産量の変化のほとんどが価格応答でなく情報伝達で説明
での再検討も必要であると考えられる.
される結果になった.さらに生産量と価格の将来予測を試
生産量とモデルによる推定値の一致性は一般均衡モデル
みたところ,情報伝達による需要拡大のペースが鈍ること
が最も優れていたが,以上のようにモデルに改良の余地が
により生産量が今後 10 年間程度低下し,その後横ばいまた
残されていることから,同モデルと他の環境評価型のモデ
はわずかに上昇するという結果が得られた.
ルとの優劣についての判断は保留するべきと思われる.
今後の課題としてはまず,マスメディアや環境問題によ
需要予測については,いずれのモデルでも今後約 10 年に
る認知度や関心度の高まりを考慮し,価格変化に対する消
わたって需要が低下するという予測結果が得られた.その
費者の応答を明確に表現できるような改良モデルの模索が
理由としては,
2006 年の時点で情報伝達度 N が 1 に近づき,
挙げられる.また,本質的な改良につながるかどうかは不
情報伝達による需要拡大が減速したことと,価格の低下に
明であるが,2006 年までの公式データを取り込んだパラメ
よる需要拡大が見込めないことが原因と考えられる.その
ータ推定の見直しや,一般均衡モデルでの CES 型以外の効
後は価格低下によるわずかな生産量の拡大の他はほとんど
用関数の検討の余地が残されている.
一定の買い替え需要のみという結果となった.モデルに課
本モデルの可能性として,補助金を再開した場合の需要
題が残されているとはいえ,補助金制度が終了した翌年の
への効果や一定の予算総額内での年ごとの最適な支給パタ
2006 年に需要が減少した事実を考慮すると,今回の予測結
ーンといった検討,マクロ経済モデルと組み合わせること
果の中でも今後短期的に需要が減少を続けるという部分に
による日本経済全体への影響や温室効果ガスの総排出量削
はある程度の信頼性があるのではないかと考えられる.
減効果などの予測,それによる税金や補助金の費用対効果
今回の需要予測は本研究で開発した成長モデルの予測モ
の算出などが挙げられる.特にマクロ経済モデルと組み合
デルとしての可能性を検証する予察的な意味が強く,得ら
れた数値については参考値としての扱いが妥当ではあるが,
その結果から 2010 年の時点での住宅用太陽光発電システ
わせた場合,予測に必要となる外生データはそこから得る
ことができるので,成長モデルに関しては完全な内生モデ
ルとなる.
ム導入量を計算すると 148∼165 万 kW となる.NEDO6)に
風力発電や燃料電池など市場への普及が始まっているそ
よると 2003 年現在で国内出荷量のうち住宅用は 88.3%を
の他の新しいエネルギー産業についても,需要関数の関数
占めているが,この割合と上記の予想導入量の中間値を用
形とパラメータ,そして習熟関数のパラメータを推定する
いると太陽光発電の総導入量は 177 万 kW と見積もられる.
ことにより産業ごとのそれぞれについて成長モデルを構築
これは 2010 年度の太陽光発電の導入目標 482 万 kW19)と比
し,将来予測を行うことが可能である.それらの結果から
較しても大きな開きがあり,目標達成のためには 2005 年で
20
Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 29, No. 3
成長メカニズムを産業ごとに比較分析することで,成長に
(アクセス日 2007.7.12).
及ぼす要因に関する新たな知見が得られる可能性もあり,
8)
新エネルギー財団;住宅太陽光発電システム設置価格
それをフィードバックすることでモデルの精緻化や,さら
の推移,http://www.solar.nef.or.jp/josei/kakakusuii.
には市場化されていない将来技術についての成長予測への
htm (アクセス日 2007.7.12) .
可能性が期待される.また,複数の産業についての成長モ
9) 新エネルギー・産業技術総合開発機構;太陽光発電シ
デルとマクロ経済モデル,特に最適化モデルとを組み合わ
ステムの発電コスト算出法,http://www.nedo. go.
せれば,異なるエネルギー技術への補助金の最適な配分が
jp/nedata/17fy/01/g/0001g003.html
導出される.このように,本研究の成長モデルは政策評価
(アクセス日 2007.7.13).
への幅広い応用が期待されると共に,マクロ経済モデルの
10) 経済産業省資源エネルギー庁;平成 17 年度(2005 年
可能性をも広げうるものであり,それはまた本研究の課題
度)エネルギー需給実績,http://www.enecho.meti.go.jp/
でもある.
info/statistics/energy/070525honbun.pdf,9
なお,本研究は日本学術振興会科学研究費補助金萌芽研
(アクセス日 2007.7.13).
11) 経済産業省;エネルギー白書 2006 年版∼エネルギー
究(19653024)により実施した.関係各位に謝意を表する.
安全保障を軸とした国家戦略の再構築に向けて∼,
(2006), 202, ぎょうせい.
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photovolataicpower/joukyou01.html
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