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第 4 章 MERS の交流応用

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第 4 章 MERS の交流応用
第4章
MERS の交流応用
87
第 4 章 MERS の交流応用
本章では,力率の悪い負荷である単相誘導機の MERS による力率改善について検討し,
その効果を実証する。
4.1 単相誘導電動機への応用
単相誘導電動機は電灯線から簡単に利用できるため,1 kW 未満の小容量電動機として
家庭用,農業用,小規模工場用に数多く使用されており,販売個数は誘導機全体の 2 割か
ら 3 割を占めると言われている。しかし,同じ定格の三相誘導電動機と比較すると,力
率・効率が劣り,機械寸法・重量が大きくなり,また始動トルクを発生させるために始動
装置が必要であるなどの問題点もある [20]。単相誘導電動機をインバータ駆動で特性を改
善する研究もなされているが [21],制御装置の価格が電動機本体の約 3 倍もするなど,も
ともと容量が小さく安価な機械に高価で複雑な制御装置を用いることはコストの面から考
えて得策ではない。
そこで本節では交流回路の力率を改善する磁気エネルギー回生電流スイッチ(MERS)
を単相誘導電動機への適用を検討し,MERS の実用性について実証する。
4.1.1 単相誘導機の原理
©
©
!
f
µ
©
b
!
1
図 4.1:
P
!
1
2
単相誘導機の交番磁束
単相誘導電動機の回転子は通常のかご形である。単相巻線に ia =
√
2I cos ωt の電流を
流したとき,固定子巻線は Φ = KI sin θ cos ωt の交番磁束が発生するが,この磁束は
Φ=
KI
KI
sin(θ − ωt) +
sin(θ + ωt)
2
2
88
(4.1)
4.1 単相誘導電動機への応用
という互いに反対向きの同期速度で回転する回転磁束 Φf と Φb に分解することができる。
したがって,単相誘導電動機は,正相分電動機と逆相分電動機の二つ二相誘導電動機とし
て考えることができる。このとき回転子は,正相分回転磁束 Φf に対しては,回転子はすべ
り s = (ω1 − ω2 )/ω1 で回転し,逆相分 Φb にたいしてはすべり s0 = (ω1 + ω2 )/ω1 = 2 − s
で回転していることになる。回転磁束 Φf と Φb によって発生するトルク Tf と Tb は,図
4.2 に示すようになり,回転子に発生するトルク T は Tf と Tb の合成になる。
したがって,回転子が静止しているときには,合成トルク T は零となり,始動トルクは
発生しない。なんらかの手段を用いて電動機をいずれかの方向に始動すれば,その方向に
トルクを生じ,以後は他の誘導機と同じように同期速度付近で回転子続ける。
T
T
2
図 4.2:
f
1
T
s
0
b
単相誘導機のトルク-すべり曲線
4.1.2 MERS を用いた単相誘導機の電子スタータ
単相誘導電動機を始動するためには,始動トルクを発生させるために回転磁界を作る必
要があり,補助巻線に進相電流を流すコンデンサ始動形が広く使われている。主巻線から
電気的に π/2 の位置に補助巻線を施し,直列にコンデンサを挿入した方法は高特性で一
般的に用いられているが,始動後には回転子によって発生する磁界によって特性が変化す
るため,始動用のコンデンサの容量の低減あるいは切り離しが必要である [20]。
コンデンサの切り離しには,遠心スイッチが用いられている。回転子の遠心力でスイッ
チを機械的に開く機構であるが,故障や保守・小型化が難しいといった欠点がある。そこ
で,遠心スイッチをトライアックなどの双方向半導体素子を用いた電子スタータの研究も
行われている [22]。
また,始動用のコンデンサには AC コンデンサが用いられているが,始動後には不要に
89
第 4 章 MERS の交流応用
なるだけでなく,その体積も大きくコストも高いため,単相誘導機の大型化・コスト増に
つながる。
MERS には,L 負荷に対して電流の位相を進みから遅れまで任意に制御する機能があ
る。そこで本研究では,補助巻線に MERS を直列に挿入し,補助巻線に進み電流を流す
ことで始動トルクを発生させることを目的とする。MERS が始動コンデンサの役割を果
たすと同時に,AC スイッチとしても働くので遠心スイッチを兼ねることもできる。した
がって単相誘導機の始動装置を完全に半導体化でき,単位体積当たりの容量が小さく価格
の高い AC コンデンサを DC コンデンサで代替するため,安価・小形で信頼性の高い始動
装置になると考えられる。
MERS による単相誘導機の始動
図 4.3 が今回提案する MERS による単相誘導電動機の始動回路図である。遠心スイッ
チと始動コンデンサの替わりに MERS を直列に挿入し,MERS の位相制御によって補助
電流に進相電流を流す。すなわち図 4.4 に示すように,補助巻線には電源電圧 V̇ に対して
φA だけ進んだ位相の電流 I˙A を MERS によって流し,主巻線には特に制御を加えなけれ
ば,rM ,LM によって φM だけ遅れた電流 I˙M が流れる。始動トルクによって誘導機があ
る程度の回転数に達した時点で MERS を電流遮断モードにして補助電流をオフにする。
I
I
I
V
A
W
A
M E R S
M
W
M
図 4.3:
MERS による単相誘導機の始動
今回の実験では,市販の 400 W コンデンサ始動形単相誘導機(SKD-DBKK2:北芝
電機製)を用いた。その主な仕様・特性を表 4.1 に示す。単相誘導機は結線によって
100 V/200 V に切り替えられるが,今回は 100 V 結線で比較実験を行った。
90
4.1 単相誘導電動機への応用
I
Á
A
Á
A
V
M
I
I
図 4.4:
表 4.1:
図 4.5:
M
単相誘導機の始動時のベクトル図
単相誘導電動機(SKD-DBKK2)の主な特性
定格出力
400 W
定格電圧 Vn
100/200 V
定格電流 In
9.0/4.5 A
始動用 AC コンデンサ容量 C
300 µF
主巻線抵抗値(実測)rM
1.26 Ω
主巻線インダクタンス(実測)LM
11.9 mH
補助巻線抵抗値(実測)rA
4.09 Ω
補助巻線インダクタンス(実測)LA
24.5 mH
巻数比 a
1.314
400 W コンデンサ始動形単相誘導電動機(SKD-DBKK2:北芝電機製)
91
第 4 章 MERS の交流応用
始動トルクの計算
単相誘導電動機の始動トルク Ts は,主巻線電流 IM と補助巻線電流 IA の位相差を φ と
すると,次式で表される。
Ts =
4ar2 0 IM IA sin φ
ω
(4.2)
ここで,主巻線および補助巻線のインピーダンスを求めるために,コンデンサ始動によ
る拘束試験を行い,そのときの各電流電圧を測定した。図 4.6(a) は電源電圧 V = 35.2 V,
50 Hz のときの主巻線電流 IM および補助巻線電流 IA の波形である。また同図 (b) に,
電源電圧を変えて,IM と IA をベクトル図で表したグラフを示す。これらのグラフから
主巻線および補助巻線のインピーダンス ZM と ZA を求めることができ,
ZM = 2.30 + j2.13 (Ω)
(4.3)
ZA = 5.91 − j5.92 (Ω)
(4.4)
である。単相誘導電動機の等価回路より,
ZM = (rM + 2r2 0 ) + jXM
(4.5)
ZA = (rA + 2a2 r2 0 ) + jXA
(4.6)
であるから,これらの式から r2 0 を求めると,
r2 0 = 0.525 Ω
(4.7)
と求められる。
主巻線の電流 IM は,
V
V
=
ZM
2.30 + j2.13
V −jδ
=
e
3.13
(
IM =
−1
ただし,δ = tan
XM
rM + 2r2 0
(4.8)
)
= 0.747
であり,補助巻線に MERS を挿入し,MERS のゲート位相角を α とすると,式 (2.74)
より補助巻線に流れる電流 IA は,
V
sin α
rA + 2a2 r2 0
V
=
sin α
5.91
IA =
(4.9)
92
4.1 単相誘導電動機への応用
V
20
50
IA
0
0
−20
Voltage V (V)
Current IM, IA (A)
IM
−50
0
20
Time (ms)
40
(a) コンデンサ始動時の電流波形
Im
5
IA
V
0
0
−5
5
10
−5
IM
−10
(b) 主巻線・補助巻線電流のベクトル
図 4.6:
主巻線・補助巻線電流のベクトル
93
Re
第 4 章 MERS の交流応用
となり,電源電圧 V̇ との位相差 φA は,
φA = α −
π
2
(4.10)
となる。
以上のことから,MERS を用いた単相誘導電動機の始動トルク Ts は,
Ts,mers
(
)
V
π
4ar2 0 V
·
·
sin α · sin α − − δ
=
ω
ZM rA + 2a2 r2 0
2
(
)
π
= 1.08 × 10−3 · V 2 sin α · sin α − − δ
2
(4.11)
と表現できる。一方,コンデンサ始動時の始動トルク Ts は,
4ar2 0 V
V
·
sin φ
·
ω
ZM ZA
= 6.69 × 10−4 · V 2
Ts,C =
(4.12)
と表される。
Ts,mers (MERS始動)
始動トルク Ts,mers, Ts,C (Nm)
Ts,C (コンデンサ始動)
V = 30 V
0.602
0.5
V = 20 V
0.268
V = 10 V
0.067
0
90
図 4.7:
120
150
ゲート位相角α (deg)
180
単相誘導機の始動トルクの比較
以上の結果から,MERS 始動時と通常のコンデンサ始動時の始動トルクを計算した結果
を図 4.7 に示す。MERS 始動グラフは始動トルクをゲート位相角 α の関数として表した。
94
4.1 単相誘導電動機への応用
また電源電圧 V = 10 V,20 V,30 V の場合についてそれぞれ計算してある。MERS 始
動では,いずれの電圧においてもゲート位相角 α =110°のときに始動トルクが最大とな
り,コンデンサ始動の始動トルクよりも大きい。補助巻線のインダクタンスによって制限
されていた電流が,MERS を適用することによってインダクタンスが補償されて抵抗分
だけとなるので,電流が増加するためである。
また,MERS 始動で始動トルクが最大となるときの主巻線電流と補助巻線電流の位相差
φ は約 65°である。通常は φ = π/2 のときに始動トルクは最大となる。しかし MERS
を適用した場合,式 (2.74) からわかるように補助巻線電流値 IA は α = π/2 のとき最大
であり,α が増加するに従って IA は減少する。したがって電流位相差 φ = π/2 となる
α = 3π/4 のときトルクは最大とならず,π/2 < α < 3π/4 の範囲内でトルクが最大と
なる。
始動トルク (Nm)
位相制御による始動トルク
0.217
0.2
0.209
0.1
MERS始動(理論値)
MERS始動(実験値)
コンデンサ始動(理論値)
コンデンサ始動(実験値)
0
図 4.8:
90
120
150
ゲート位相角α (deg)
180
単相誘導機の始動トルク測定結果の比較(V = 18.0 V)
はじめに,印加電圧を一定にして MERS のゲート位相角 α を変化させたときの始動
トルクの測定を行った。図 4.8 に,印加電圧 V = 18.0 (V) における測定結果を示す。式
(4.11) および式 (4.12) より求めた始動トルクの理論値も合わせて示してある。コンデン
サ始動におけるトルクは,理論値と実験値がよく一致しており,求めた単相誘導電動機の
諸定数が正しかったことを示している。一方,MERS の場合における始動トルクは,最
95
第 4 章 MERS の交流応用
大で 20%ほど実験値のほうが小さい値となった。その原因として,後述するように電流
波形が歪むことによる高調波が発生し,その高調波トルクによって始動トルクが減少した
と考えられる。式 (2.74) における電流値は基本波成分しか考慮していなため,このよう
な結果となった。ただし,始動トルクが最大となるゲート位相角(α = 110°)は一致し
ており,理論式が証明された。
このときの MERS の動作についても検討を行う。α = 110° のときの各電流・電圧波
形を図 4.11 に示す。主巻線電流 IM は,主巻線のインピーダンス ZM = 2.30 + j2.13 で
あるから,実効値が 5.40 A,遅れ位相 48.6°の電流波形となっている。一方,補助巻線
電流 iA は,始動用 AC コンデンサを除いたインピーダンスは ZA = 5.91 + j4.69 である
から本来は遅れ位相の電流となるが,MERS の位相制御により電源位相に対して進み位
相 14.8°,実効値 2.87 A の電流である。すなわち MERS によって補助巻線に進み電流
を流し,単相誘導機に回転磁界を発生させることで始動トルクが発生していると言える。
20
40
20
iA
0
0
iM
−20
0
図 4.9:
vC
20
time (ms)
−20
Voltages V,VC (V)
Current IM, IA (A)
v
−40
40
単相誘導機の MERS 始動時の電流電圧波形(α = 110°,IM =
5.40 A,IA = 2.87 A,φ = 63.4°)
同様にして,他の位相角についても補助巻線電流 IA の実効値および位相 φA について
もまとめると,図 4.10 のようになる。図中の実線は式 (2.74) より
IA =
V
sin α
rA + 2a2 r2 0
(4.13)
から得られる IA の理論値である。実験値と理論値は非常に良く一致しており,MERS が
96
4.1 単相誘導電動機への応用
60
補助巻線位相 φA (deg)
補助巻線電流 IA (A)
4
2
0
90
120
150
MERS位相角α (deg)
180
(a) 電流実効値 IA の位相角による変化
図 4.10:
30
0
90
120
150
MERS位相角α (deg)
180
(b) 電流位相 φA の位相角による変化
MERS 位相角と補助巻線電流 IA の実効値と位相
理論考察の通りに動作し,補助巻線のインダクタンスを打ち消して進み電流を流している
ことが確認できる。
MERS のコンデンサに発生する電圧 VC は始動コンデンサのリアクタンスを xc とする
と,式 (2.74) より
(
VC = V
XA − x c
sin α − cos α
rA + 2a2 r2 0
)
(4.14)
と求められる。同様にして実験値と比較したものが図 4.11 である。これも理論値と実験
値がほぼ一致しており,MERS のコンデンサに補助巻線インダクタンスの磁気エネルギー
が蓄積・回生されることで,進み位相の電流を流す動作をしていることが確認できる。
コンデンサ電圧 VC (V)
30
20
10
0
90
120
150
180
ゲート位相角α (deg)
図 4.11:
MERS 位相による MERS コンデンサ電圧 VC
97
第 4 章 MERS の交流応用
始動トルクの測定
図 4.12 は,入力電圧を変えたときの始動トルク特性をコンデンサ始動・MERS 始動
の場合で測定した結果である。MERS 始動の場合には,始動トルクが最大となる位相角
α = 110° に固定して測定を行った。式 4.11 および式 4.12 より求められる理論値を合わ
せて示してある。式 4.11 と式 4.12 からわかるように,始動トルクは電圧の 2 乗に比例
し,測定結果もそのような傾向を示した。コンデンサ始動は理論式とよく一致している
が,MERS 始動では理論式より小さい値となった。これは補助巻線電流が正弦波から歪
むことによる高調波トルクが発生すること,また補助巻線電流と主巻線電流の位相差が
π/2 以下であるため,回転磁界が円形ではなく楕円形状になることが原因であると考えら
れる。
1
始動トルクTs (Nm)
MERS始動(理論値)
MERS始動(実験値)
コンデンサ始動(理論値)
コンデンサ始動(実験値)
0.5
0
0
10
図 4.12:
20
印加電圧V (V)
30
始動トルクの電圧特性)
図 4.13 は,入力電力に対する始動トルクのグラフである。MERS 始動とコンデンサ始
動のいずれにおいても,始動トルクは入力電力に比例し,その差は見られない。MERS を
適用することによる単相誘導機の特性は変化しないことを示している。
以上の結果から,単相誘導電動機の始動用コンデンサと遠心スイッチを MERS で代替
し,電子スタータとなり得ることが実証された。
98
4.1 単相誘導電動機への応用
1
始動トルク T (Nm)
MERS始動
コンデンサ始動
0.5
0
0
200
400
入力電力 P (W)
図 4.13:
始動トルクの入力電力特性
4.1.3 MERS による単相誘導機の力率改善
はじめにも述べたように,単相誘導電動機は扱いが容易ではあるが,三相誘導電動機な
どに比べて力率が悪い負荷である。負荷率が低い場合には力率は 30%まで低下し,最も良
い負荷率でも 60%程度である。力率の悪い負荷が工場などで多く使われる状況では,それ
だけ大容量の電源を用意しなければならず,コスト増につながる。また,力率低下による
電流の増加は送配電線の銅損の増加になり,電力系統の利用率,効率に悪影響を与える。
そこで,本節では,力率の悪い単相誘導電動機を MERS で駆動することによって力率
を改善することを目的とする。単相誘導機は負荷率によってインピーダンスが変化する
が,MERS は負荷インピーダンスに拘わらず常に同じ制御で力率を自動的に調整できる
ことを実証する。
実験回路
図 4.14 が実験回路である。単相誘導機の MERS 始動と異なり,主回路に MERS を直
列に挿入する。MERS のゲート信号は,電源電圧と同期してスイッチングし,位相を常
に α = 90° 電源電圧位相に対して進めておき,位相角 α は,負荷率が変わっても常に一
定に制御する。
実験では,はじめ無負荷で誘導機を加速し,定格回転数になったところで負荷を増加さ
99
第 4 章 MERS の交流応用
せていき,そのときの電流・電圧を測定をする。MERS を挿入した場合,MERS のコン
デンサ電圧が電源電圧に加算されて負荷に印加されるので,単相誘導機に印加される電圧
V2 = 100 (V) で一定になるように,MERS を用いた場合にはスライダックを用いて電源
電圧を降下させて測定を行った。
今回の試験は単相誘導電動機メーカである北芝電機の試験設備(福島県前原工場)にお
いて,通常の製品性能試験と同じ手順で実施した(図 4.15)。
M E R S
I
A C
1 0 0 V
V
I
1
V
0
2
V
2 M B I2 0 0 N -0 6 0
S in g le P h a s e
In d u c tio n M o to r
C
V
1
2
IM
G a te D r iv e
C ir c u it
D C
L o a d
図 4.14:
実験回路図
また,今回 MERS に使用した素子は IGBT である 2MBI200N-060(富士電機製)であ
り,電解コンデンサ C の容量は 820 µF である。表 4.2 に IGBT の主な仕様を示す。
表 4.2:
IGBT: 2MBI200N-060(富士電機製)の最大定格と電気的特性
最大電圧 VCE
600 V
最大電流 IC
200 A
コレクタエミッタ電圧 VCE (@IC = 20 A)
1.3 V
入力容量 Cies
13200 pF
ターンオン時間 ton
0.6 µs
ターンオフ時間 toff
0.6 µs
FWD 電圧 Vf
3.0 V
100
4.1 単相誘導電動機への応用
図 4.15:
負荷試験(北芝電機前原工場)
測定結果
図 4.16 のグラフは,負荷率 50%(200 W) および負荷率 100%(400 W) のときの電源 1
次側と誘導機の電流電圧波形である。電流波形に歪みが生じているが,基本波の力率はい
ずれの場合もほぼ 1 に近くなっている。MERS は,電源位相に対して 90°進み位相でス
イッチングをしているのみであるが,負荷率が変化したときにコンデンサ電圧 VC が自動
的に変化することで,電源の力率を改善している。負荷率 50%のとき VC = 83.4 (V) で
あり,負荷率 100%のとき VC = 63.9 (V) である。
コンデンサの電圧は,単相誘導電動機の等価回路によって説明することができる。単相
誘導機は,正相分と逆相分の電動機を直列においた二相電動機とみなすことができるの
で,等価回路は図 4.17 のように表すことができる [20]。本実験で用いた単相誘導機の等
価回路の諸定数は表 4.3 に示す通りである。したがって,負荷率 50%のときの誘導機の入
力インピーダンス Z は,すべり s = 0.018 とすると Z = 5.91 + j11.2 となる。またこの
ときの誘導機電流 I2 = 7.40 (A) であるから,式 (2.74) よりコンデンサ電圧 VC は
VC(50%) = 11.2 × 7.40 = 82.5 (V)
(4.15)
101
VC
100
Voltage V1, V2, VC (V)
Voltage V1, V2, VC (V)
第 4 章 MERS の交流応用
V1
0
−100
V2
20
20
0
−100
40
v2
0
i2
20
0
i1
−20
0
v1
Current I1, I2 (A)
Current I1, I2 (A)
0
vC
100
20
40
20
time (ms)
40
i2
0
i1
−20
20
time (ms)
40
0
(a) 負荷率 50%
図 4.16:
(b) 負荷率 100%
単相誘導機の MERS 駆動による電流・電圧波形
と求められる。また負荷率 100%のとき s = 0.043,Z = 6.98 + j7.50,I2 = 9.07 である。
VC(100%) = 7.50 × 9.07 = 67.5 (V)
(4.16)
と求められ,理論値通りの結果となった。すなわち MERS は,誘導機の励磁リアクタン
スと 2 次側のリアクタンスを含めた入力側から見た回路の等価リアクタンスを補償して
いる。
表 4.3:
単相誘導機の等価回路の諸定数
r1
0.895 Ω
x1
1.05 Ω
r0
130 Ω
x0
11.7 Ω
r2 0
0.526 Ω
x2 0
0.755 Ω
この結果から,MERS が AC 回路の電源と負荷の間に直列に挿入されたときに,上流
側の電源の位相に合わせてスイッチングを行うことで,下流側の等価リアクタンスを補償
102
4.1 単相誘導電動機への応用
r
1
x
1
x
0
x
r
0
r
V
x
r
図 4.17:
2
s
2
0
0
2
2
0
2
0
単相誘導機の等価回路
する働きをし,上流側の電源の力率を改善する効果があるといえる。したがって MERS
の下流側に複数の力率の悪い負荷が接続されたときに,すべての機器のリアクタンスを
同時に補償し,工場等の誘導電動機が多数使用されている状況では,受電系統の根本に
MERS を 1 つ挿入することで上流側の力率を改善することができると言える。
MERS による力率の改善
図 4.18 は,電源の力率を MERS あり・なしの場合で比較したグラフである。通常の誘
導機駆動の場合には負荷率が 100%のときには力率が 0.7 程度,低負荷の 25%のときには
0.4 程度にまで減少する。一方,MERS を用いた場合には力率は常に 0.9∼1.0 の間で推
移しており,MERS が負荷のインピーダンスに拘わらず常に力率を自動調整する効果が
実証された。入力力率が改善されたため,図 4.19 に示すように電源電流 I1 も大幅に減少
しており,送電系統の有効利用,送電損失の大幅な低減が期待できる。
また,図 4.20 は単相誘導機の効率を比較したグラフである。効率は,
効率 =
機械出力
電源入力電力
(4.17)
から算出した。したがって MERS を用いた場合では,誘導機の損失と MERS の損失も
含めた効率となっている。MERS のスイッチング損失は無視できるが導通損があるため,
MERS を用いたときに若干効率が低下しているが,ほとんど有意な差は見られない。図
4.21 に示すように,低負荷時と高負荷時に高調波電流の増加による電流実効値の増加がみ
103
第 4 章 MERS の交流応用
1
力率
0.8
0.6
with MERS (820µF)
0.4
without MERS
0
200
400
600
負荷 (W)
図 4.18:
単相誘導機の電源入力力率の比較
15
with MERS (820µF)
電源電流 I1 (A)
without MERS
10
5
0
0
200
400
負荷 (W)
図 4.19:
電源電流の比較
104
600
4.1 単相誘導電動機への応用
られるが,モータに流れる電流はいずれの場合でも同じであり,MERS を用いることで
モータの特性を大きく変えることは無いと言え,MERS は上流側(電源側)の力率を改善
する働きをしていることが確認できる。
効率 (%)
60
40
with MERS (820µF)
without MERS
20
0
200
400
600
負荷 (W)
図 4.20:
単相誘導機の効率の比較
15
with MERS (820µF)
負荷電流 I2 (A)
without MERS
10
5
0
0
200
400
負荷 (W)
図 4.21:
単相誘導機電流 I2 の比較
105
600
第 4 章 MERS の交流応用
4.1.4 MERS の PWM 制御による電流波形改善
MERS による簡単な制御により,単相誘導電動機の力率を大幅に改善できることが確
認された。しかしながら,図 4.16 にあるように,電源電圧と同期したスイッチングでは
高調波成分が表れてしまうために,電流波形に大きな歪みが生じた。単相誘導機などの電
動機に高調波電流が流れると,鉄損の増加やトルクに脈動が生じるなどの問題がある。
この課題を解決するために,MERS のスイッチングを PWM 制御をすることによって
電流波形の高調波を抑制し,負荷電流を正弦波にすることが可能である。
MERS のスイッチング周波数が電源周波数と同じであるとき,図 2.27 に示す MERS
両端電圧 Vmers は方形波状の交流電圧となり,この高調波に起因して電流波形に歪みが生
じるの。したがって原理的には,MERS の S1・S3,S2・S4 を PWM スイッチングする
ことで Vmers を正弦波電圧源にし,負荷のリアクタンス電圧を補償する。つまり,MERS
が直列電圧形アクティブフィルタとして働くことになり,それにより,歪みのない電流を
負荷に流すことができる。
実験回路
V
M E R S
I
I
1
A C
1 0 0 V
V
0
V
i
S in g le P h a s e
In d u c tio n M o to r
2
i
*
V
S 1 ,S 3
1
K
m e rs
2
D C
S 2 ,S 4
L o a d
Z
2 k H z
図 4.22:
IM
i
MERS の PWM 制御ブロック図
106
f
4.1 単相誘導電動機への応用
図 4.22 は,MERS に電流フィードバックによる PWM 制御を付加した制御ブロック
回路図である。電源の力率を 1 にするため,電圧信号を電流目標値 i∗ とし,負荷電流値 i
との差分をとる。電流差分値 ∆i から PI 制御によって MERS を PWM 制御する。
実際に製作した回路の写真が図 4.23 である。MERS のスイッチング周波数は 2 kHz
∼10 kHz の高周波数になるので,素子には IGBT ではなく,高速スイッチング用の
MOSFET を使用した。使用した MOSFET の主な特性は表 4.4 に示す通りである。
本実験の試験も,単相誘導機メーカが工場で使用している試験機を使用して,同様の手
順で行った。負荷率を 0%から 150%まで変化させ,そのときの MERS およびモータの各
電流・電圧,電源の力率,誘導機の効率を測定する。
図 4.23:
MERS の PWM 制御回路写真
実験結果
図 4.24 に負荷率 100%(すべり s = 0.0587)のときの各電流・電圧波形を示す。電源電
圧 V1 ,モータ印加電圧 V2 は PWM 制御のため高周波が乗っているが,電流波形 I1 (実
効値 6.70 A)および I2 (実効値 9.11 A)はきれいな正弦波となった。V1 と I の位相は
一致し,力率が改善していることも確認できる。
また,このときの MERS の両端電圧 Vmers は図 4.25 に示すような波形となっている。
107
第 4 章 MERS の交流応用
表 4.4:
PWM 制御に用いた MOSFET: 2SK2837(東芝セミコンダクタ製)の仕様
最大電圧 VCE
500 V
最大電流 IC
20 A
オン抵抗 RDS
0.21 Ω
入力容量 Cies
3720 pF
ターンオン時間 ton
70 ns
ターンオフ時間 toff
290 ns
FWD 電圧 Vf
1.7 V
PWM 波形から高調波を除き,基本波成分のみの波形が図中の実線であり,その実効値は
54.4 V,位相が電源電圧に対して π/2 進んだ正弦波である。この実効値の値は,図 4.17
の等価回路から得られる s = 0.0587 のときのリアクタンス x = 5.93 (Ω) と電流値 I2 の
積(xI2 = 54.0 (V))による無効分の電圧に等しい。MERS が負荷の無効分電圧と逆相
の電圧を直列に発生することで,電源の力率を改善している。このときのコンデンサ電圧
は,負荷の無効電流を吸収することで自動的に発生した電圧であり,負荷率が変化しイン
ピーダンス値が変われば自動的に追従する。
図 4.26 は,電源の力率を負荷率の関数として比較したグラフである。MERS を電源周
波数でスイッチングした場合には,MERS 両端電圧が方形波状の電圧となるため,負荷の
無効電圧を完全に補償しきれず,低負荷時には最大で力率が 0.9 程度まで低下していた。
MERS を PWM 制御することによって,MERS の出力電圧が低次高調波を含まない正弦
波となったので,力率は常に 1.0 に保たれる結果となった。
一方,電源電流 I1 と負荷電流 I2 は,図 4.27 と図 4.28 の結果に示すように,低次高調
波成分を抑制した結果,低負荷率時における電流値が低下した。
図 4.29 は MERS 損失も含めた誘導機の効率を比較したグラフである。PWM 制御を
行わないときと同様に,誘導機に印加される電圧・電流には変化がないので,誘導機本体
の効率は MERS を挿入する場合・しない場合で大きな差は表れない。しかし,PWM 制
御を行うことで MERS のスイッチング損失が増加するので,それによる若干の効率低下
がみられる。
108
4.1 単相誘導電動機への応用
Voltage V1, VC (V)
vC
100
v1
0
−100
Voltage V2 (V)
0
20
40
20
40
100
0
−100
Currnet I1, I2 (A)
0
10
i1
i2
0
−10
0
図 4.24:
20
time (ms)
40
単相誘導機の MERS-PWM 制御時の電流電圧波形
109
第 4 章 MERS の交流応用
MERS両端電圧Vmers (V)
PWM波形
100
0
−100
基本波
0
図 4.25:
10
Time (ms)
20
単相誘導機の MERS-PWM 制御時の MERS 両端電圧 Vmers
1
力率
0.8
0.6
with MERS (PWM)
with MERS
0.4
0
without MERS
200
400
600
負荷 (W)
図 4.26:
単相誘導機の MERS-PWM 制御時の力率の比較
110
4.1 単相誘導電動機への応用
15
with MERS (PWM)
with MERS
電源電流 I1 (A)
without MERS
10
5
0
0
200
400
600
負荷 (W)
図 4.27:
単相誘導機の MERS-PWM 制御時の電源電流 I1
15
負荷電流 I2 (A)
with MERS (PWM)
with MERS
without MERS
10
5
0
0
200
400
600
負荷 (W)
図 4.28:
単相誘導機の MERS-PWM 制御時の誘導機電流 I2
111
第 4 章 MERS の交流応用
効率 (%)
60
40
with MERS (PWM)
with MERS
20
0
200
400
600
負荷 (W)
図 4.29:
単相誘導機の MERS-PWM 制御時の効率
112
4.2 本章のまとめ
4.2 本章のまとめ
本章では,MERS の交流応用として単相誘導電動機への応用について検討した。
はじめに,MERS はゲート位相制御により電流の位相を制御することが可能である性
質を利用し,コンデンサ始動形単相誘導機の始動装置として MERS を用いることについ
て検討し,実験により従来とほぼ同じ始動特性が得られることを確認した。これにより従
来用いられてきた始動用 AC コンデンサを,より安価な DC コンデンサで代用することが
可能となり,また遠心スイッチも MERS が兼ねることで始動装置を半導体化することが
できる。始動用コンデンサはモータ単価の約 2 割を占めており,これにより,より安価で
体積の小さい単相誘導電動機が実現できるようになった。
また,力率が 0.3∼0.6 と力率の悪い負荷である単相誘導電動機を MERS で駆動するこ
とにより,簡単な制御で効率は変えずに負荷率によらず力率を常にほぼ 1 に改善すること
ができることを負荷試験によって確かめた。
さらに,MERS の PWM 制御によって負荷電流波形を整形し,歪みの無い正弦波を誘
導機に流せることを実験により確認した。これにより単相誘導電動機の力率を常に 1 にで
きるだけでなく,MERS が直列電圧形のアクティブフィルタとしても動作することを実
証した。
113
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