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5.4 永久磁石式同期発電機への MERS の適用

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5.4 永久磁石式同期発電機への MERS の適用
5.4 永久磁石式同期発電機への MERS の適用
5.4 永久磁石式同期発電機への MERS の適用
5.4.1 永久磁石式同期発電機の特性
風力発電機の模擬には,1.5 kW の IPM 同期電動機(安川電機製)を用いた。表 5.2
に,その定格および諸定数を示す。埋込磁石構造(Interior Parmanent Magnet)のモー
タであるため突極性を示し,q 軸インダクタンスが大きい。
表 5.2:
三相 IPM モータの諸定数
定格出力
1.5 kW
定格電圧 Vn
188 V
定格電流 In
5.5 A
極数
6
回転数
1750 rpm
r1
1.47 Ω
Ld
17.22 mH
Lq
20.41 mH
MERS による実験を行う前に,同期電動機を発電機として用いるため,はじめに IPM
同期機の発電機としての諸特性の測定を行った。
一定力率,一定回転数のもとで相電流 Iu を変えた場合の端子相電圧 Vu との関係を測定
した外部特性曲線を図 5.31 に示す。定格 87.5 Hz および 60.0 Hz,30.0 Hz で測定を行っ
た。各曲線とも Iu の増加と共に Vu が減少し,ほぼ一点で交わる。そのときの電流を短絡
電流 Is とすると,Is = 14.2 A と求められる。この値をもとにその他の諸定数を求めた結
果を表 5.3 に示す。ただし,計算では負荷力率 cos ϕ = 1 と仮定し,定格電圧 Vn は定格
電流 In = 5.5 A 時の出力電圧とした。
図 5.31 より,短絡電流は Is = 11.5 A であり,Zs = Vn /Is より同期インピーダンスを
求めると,Zs = 8.26 Ω である。巻線抵抗の実測値は R1 = 1.55 Ω なので,L = 14.8 mH
である。
139
第 5 章 MERS の風力発電システムへの応用
100
Vu (V)
87.5 Hz
(1750 rpm)
60 Hz
(1200 rpm)
50
30 Hz
(600 rpm)
0
0
5
10
Iu (A)
図 5.31:
表 5.3:
1.5 kW IPM 同期発電機の負荷特性曲線
1.5 kW 永久磁石式同期発電機の諸定数 (87.5 Hz)
定格電圧 Vn
130.6 V
定格電流 In
5.5 A
定格(最大)出力 Pn
1.2 kW
極数
6
定格回転数
1750 rpm
巻線抵抗 ra
1.55 Ω (0.11 p.u.)
同期インピーダンス Zs
8.26 Ω (0.60 p.u.)
同期リアクタンス Xs
8.12 Ω (0.59 p.u.)
短絡比 K
1.66
5.4.2 最大出力位相制御
はじめに,出力電流 Iu を一定にした状態で,MERS 位相角 α を変えて出力電力を測定
した。位相角と α を変化させて,誘導起電力の位相と電流の位相が一致し,力率が 1 とな
るとき出力電圧が最大となるので,出力電力も最大となる。図 5.32 は Iu = 4.5 (A) で一
140
5.4 永久磁石式同期発電機への MERS の適用
定としたときの位相角 α と出力電力の関係を測定した結果であるが,α = 75 (deg) のとき
出力電力が最大値 1.12 kW となった。交流回路において,MERS の位相角 α = 90 (deg)
のとき力率が 1 となる。しかし,同期発電機においては負荷をとった場合に負荷角だけ無
Output power (W)
負荷時の誘導起電力より位相が遅れるので,それだけ MERS 位相も遅らせる必要がある。
1.1
1
40
図 5.32:
60
80
Phase angle (deg)
100
位相角 α と出力電力(出力電流 Iu = 4.5A 一定)
図 5.33 出力電力が最大となる位相角 α の関係を測定した結果である。出力の増加に伴
い,負荷角 δ が大きくなるのでそれに合わせてゲート位相角も遅れている。
ゲート位相角 α (deg)
90
80
70
60
0
図 5.33:
1
出力電力 (kW)
出力電力が最大となる位相角 α
141
2
第 5 章 MERS の風力発電システムへの応用
5.4.3 測定結果
出力電圧・電流波形
200
Vdc
Voltage (V)
Vuv
0
0
Iu
Phase current (A)
10
−10
−200
0
図 5.34:
20
time (ms)
40
永久磁石同期発電機の出力電流・電圧波形(5.7 A,MERS なし)
図 5.34 に MERS を用いない場合の出力相電流 Iu = 5.7 (A) における出力電流・電圧
波形を示す。また図 5.35 に MERS を用いた場合の出力波形を示す。電流値はどちらも同
じ 5.7 A であるが,DC 出力電圧 Vdc は,MERS なしのシステムでは 143.0 V,MERS
ありのシステムでは 180.4 V であった。MERS のコンデンサに電圧が発生し,その電圧
が出力電圧に加わることで,出力電圧が上昇している。
また,MERS を用いた場合の電流波形は,MERS なしの場合とほぼ同じであるが若干
の歪みが生じており,高調波電流の増加は発電機の鉄損の増加の要因となることが考えら
れる。
出力電圧の比較
図 5.36 は,出力電流 Iu と DC 出力電圧 Vdc を MERS あり・なしの場合で測定した
結果を比較したグラフである。MERS のゲート位相は,出力が最大となるように制御を
行った。どちらも出力電流 Iu の増加と共に出力電圧 Vdc が低下しているが MERS を用
いた場合には,電圧低下量は小さく,MERS を用いない場合に比較して出力電圧が大幅
に上昇している。MERS のコンデンサに同期リアクタンスの磁気エネルギーが充電され,
142
5.4 永久磁石式同期発電機への MERS の適用
Gate
Signal (V)
15
10
5
0
200
Vuv
10
Vdc
0
0
Current (A)
Voltage (V)
VCu
Iu
−10
−200
0
図 5.35:
20
Time (ms)
40
永久磁石同期発電機の出力電流・電圧波形(5.7 A,MERS あり,δ = 70°)
ことによって同期リアクタンスで低下した電圧が回復し,出力電圧が増加している。
200
DC出力電圧 Vdc (V)
with MERS
100
w/o MERS
0
0
4
相電流 Iu (A)
図 5.36:
8
DC 出力電圧の比較
MERS は発電機内部の同期リアクタンス電圧を補償するので,出力端子電圧 V は内部
143
第 5 章 MERS の風力発電システムへの応用
誘導起電力 E と同相であり,出力電流 Iu が増加しても巻線抵抗 ra による電圧降下しか
生じない。したがって,出力端子相電圧 V は,MERS の IGBT の電圧降下 VCE を考慮
すると
V = E − ra Iu − 2VCE
(5.6)
と表される。これを測定結果と比較すると図 5.37 のようになり,理論値とよく一致して
いる。また,式 (2.74) と同期リアクタンス Xs = 8.12 (Ω) より計算したコンデンサ電圧
VC は Iu = 8.57 A のとき 70.3 V であり,実測値は 71.4 V とほぼ理論通りの値であった。
これは,次節でも述べるが,永久磁石式同期発電機は界磁巻線を持たないので過渡リアク
タンス xd 0 および初期過渡リアクタンス xd 00 が非常に小さいため,MERS から見た過渡
的な発電機の等価リアクタンスは同期リアクタンスとほぼ等しいため,同期リアクタンス
の磁気エネルギーを全て吸収し,理論式と同じ値になったと考えられる。
理論値
DC出力電圧 Vdc (V)
200
測定値
100
0
0
図 5.37:
4
相電流 Iu (A)
8
MERS の電圧降下を考慮した DC 出力電圧の理論値との比較
出力電力の比較
図 5.38 は,出力電流 Iu と DC 出力電力電圧 Pout を MERS あり・なしの場合で測定
した結果を比較したグラフである。MERS を用いた場合には,同じ出力電流における出
力電圧が上昇するので,それだけ出力電圧も増加する結果となった。MERS なしの場合
では,最大出力が 1.2 kW までであるのに対して,MERS ありの場合では,最大出力は
2 kW 以上である。また,出力電圧が増加したことにより,同じ発電機で同じ出力を得る
144
5.4 永久磁石式同期発電機への MERS の適用
場合でも,出力電流を低下させることが出来る。それにより,発電機の銅損と発熱を抑え
ることが出来るため,MERS を電力変換システムに適用することで発電機の小型化が期
待できる。
2
DC出力電力 Pout (kW)
with MERS
1
w/o MERS
0
0
4
相電流 Iu (A)
図 5.38:
8
出力電力の比較
5.4.4 システム効率の比較
図 5.39(a) は,小規模実験システムの全損失 Ploss を MERS ありとなしの場合で比較し
たものである。ここでの全損失 Ploss は,同期発電機への機械入力 Pin = T · N から電気
出力 Pout = Vdc · Idc を引いた値 Ploss = Pin − Pout と定義する。したがって Ploss は,発
電機の機械損,銅損,鉄損,IGBT の損失,ダイオード整流器の損失など全てを含んだ値
である。また同図 (b) は,システム損失から求めた効率 η = Pout /Pin のグラフである。
これらの図から,MERS を用いたシステムでは,定格出力以下の領域で損失が若干増え
ており,効率が低下している。これは MERS に使用した IGBT の損失が増加したためで
あると考えられる。スイッチング周期は電源周波数と同じ 87.5 Hz であるので,スイッチ
ング損失はほとんど無視できるほど小さく,直列に挿入された IGBT の導通損が損失の
増加の原因である。しかしながら,定格出力以上の領域では,MERS を用いたシステム
は損失は急激に増加せず,効率もほとんど低下しないという結果が得られた。
以下では,発電システムの損失の分離をし,詳細な検討を行う。
図 5.40(a) は,発電機の銅損を比較したグラフである。銅損は巻線抵抗値 ra と電流値
145
第 5 章 MERS の風力発電システムへの応用
100
w/o MERS
with MERS
Efficiency η (%)
Losses Ploss (W)
400
w/o MERS
200
0
0
1
Output power Pout (kW)
(a)
図 5.39:
80
70
0
2
with MERS
90
1
Output power Pout (kW)
2
(b)
模擬風力発電システムの損失比較結果:(a) 全損失,(b) 効率
Iu から次式
Pcopper−loss = 3ra Iu
(5.7)
で計算した。このグラフから銅損は全損失の 8 割程度を占めていることがわかり,銅損の
抑制は発電機の効率向上に大きく寄与するものと考えられる。すでに述べたように同じ出
力を得る場合では,MERS を適用することで出力電圧が上昇するので電流値を下げるこ
とができる。それにより銅損が低下し,発電機の発熱を抑制することが可能となる。
また,同図 (b) は MERS の全損失から導通損の差し引いた発電機のみの損失を比較し
たグラフである。MERS の導通損は,図 5.19 から IGBT のドロップ電圧 VCE を Iu の関
数で表し,次式
Pmers−loss = 3(2 · VCE (Iu ) · Iu )
(5.8)
より計算した。この結果によると,出力が定格以下の領域でも,MERS を適用した場合
としない場合で損失に差はみられない。MERS によって銅損は低下したが,高調波によ
る鉄損が増加したためであると考えられる。一方,定格出力以上の領域では発電機の損失
は大幅に低下し,銅損低下による発電機の効率向上効果が顕著となった。
5.4.5 実規模容量における効率の検討
小規模の永久磁石式同期発電機を用いた風力発電模擬システムにおける実験結果では,
MERS を適用することで発電機の出力限界性能を大幅に向上させ,銅損を減らせること
146
5.4 永久磁石式同期発電機への MERS の適用
400
全損失 − MERS損失 (W)
銅損 Pcopper−loss (W)
400
w/o MERS
200
with MERS
0
0
1
出力電力 Pout (kW)
200
with MERS
0
0
2
(a) 銅損の比較
図 5.40:
w/o MERS
1
出力電力 Pout (kW)
2
(b) MERS 導通損を除いた損失の比較
電力変換システム損失の比較
が明らかとなった。それにより,脈動が大きく瞬間的に定格出力を越えるような風力エネ
ルギーを可能な限り,かつ高効率に電力に変換できることが可能となる。
しかしながら,実験結果では図 5.39 に示すように,MERS を直列に挿入することによ
り半導体素子の数が増え,導通損が増加し,効率が低下する結果となった。この導通損
は,測定が 200 V 系の小規模電力変換システムであったために IGBT の VCE が相対的
に大きくなったためであると考えられる。すなわち,実規模容量の風力発電システムは
DC 電圧は 690 V が標準的な値であり,VCE は相対的に小さくなるため,IGBT の導通
損はほとんど無視できるようになる。そこで,実規模容量の 500 kVA,690 V における
損失について試算を行った。その結果を図 5.41 に示す。この試算では,IGBT として標
準的な 500 kVA,690 V の変換器に使用される 6MBI450U-170(富士電機製)を用いた。
6MBI450U-170 の主な仕様は表 5.4 に示す通りである。また,発電機の損失は今回の測
定結果を p.u. 換算して求めた。
表 5.4:
IGBT: 6MBI450U-170 の最大定格と電気的特性
最大電圧 VCE
1700 V
最大定常電流 IC (@ 80 ℃)
450 A
入力容量 Cies
45 nF
ターンオン時間 ton
0.58 µs
ターンオフ時間 toff
0.80 µs
FWD 電圧 Vf
2.0 V
コレクタエミッタ電圧 VCE (@ 450 A,125 ℃)
147
2.1 V
第 5 章 MERS の風力発電システムへの応用
Losses Ploss (p.u.)
0.3
w/o MERS
0.2
with MERS
0.1
0
0
図 5.41:
0.5
1
Output power (p.u.)
1.5
500 kVA,690 V 変換器における損失の比較
この結果をみると,定格出力以下の領域でも MERS を適用した変換システムの効率は,
従来のものとほとんど変わらない。そのうえ,0.8 p.u. 以上の領域において変換システム
の損失は従来よりも低下し,1.4 p.u. の出力で従来と同じ効率である。すなわち,MERS
によって発電機の力率を改善することにより,発電機容量を 70%まで小さくすることがで
き,風力発電システムの小型化,高効率化,建設コストの低減を図ることが可能となる。
148
5.5 直流励磁同期発電機への MERS の適用
5.5 直流励磁同期発電機への MERS の適用
前節では,永久磁石式同期発電機の風力発電機を模擬した電力システムにおいて MERS
を適用した効果について実験を行った。その結果,発電機の出力電流の増加に伴う電圧降
下を MERS によって回復し,発電機の能力を大幅に改善出来ることを示した。
しかし,風力発電機に永久磁石式同期発電機を用いることは,励磁装置が不要であると
いう利点はあるが,建設が困難であること,また出力電圧を制御できないなどの観点から
導入が難しいと予想される。そこで本節では,より普及が進むと予想される一般的な同期
発電機に MERS を適用した電力変換システムを模擬した実験を行い,MERS の効果を実
証する。
大型風力発電機の諸定数
図 5.42 は,LAGERWEY 社の 750 kW 風力発電機の外形図である。この風力発電機
はサイリスタ励磁による多極の同期発電機(ABB 製)が用いられており,発電機の主な
諸定数を表 5.5 に示す。同期リアクタンス xd が 2.76 p.u. と非常な大きな値で設計され
ている。
表 5.5:
風力発電機用同期発電機の諸定数
機種
同期発電機
定格出力
810 kVA
定格電圧
690 V
周波数
18.9 Hz
回転数
27 rpm
極数
84
励磁方式
サイリスタ直接励磁
直軸同期リアクタンス xd
2.76 p.u.
0
0.52 p.u.
直軸過渡リアクタンス xd
直軸初期過渡リアクタンス xd 00
0.32 p.u.
同期リアクタンスが非常に大きい場合,負荷電流の増加による電圧降下がそれだけ大き
いことになり,定格電圧を維持するための大容量の励磁装置が必要になる。したがって,
MERS を用いて同期リアクタンスを補償し,出力電圧を上昇させることができれば,励
149
第 5 章 MERS の風力発電システムへの応用
(a) 外形図
図 5.42:
(b) 多極同期発電機
LAGERWEY LW750(定格出力 750 kW)
磁装置を小型化することが期待できる。
5.5.1 実験装置
図 5.43 に実験装置回路図を示す。発電機に 1.0 kW の直流励磁式同期発電機を用いて
いる点を除いて,基本的な構成は前節の永久磁石式同期発電機の実験と同じである。励磁
装置として可変直流電源を用いて,発電機出力を制御する。
5.5.2 1.0 kW 直流励磁式同期発電機の特性
表 5.6 に実験で使用した 1.0 kW 直流励磁式同期発電機の銘板定格を示す。
また,直流励磁式同期発電機の特性測定試験を行った。同期機を無負荷・定格速度で
運転し,励磁電流 If を変えて端子電圧 V を測定した無負荷飽和曲線と,電機子全相を
短絡して励磁電流 If と電機子短絡電流 Is との関係を測定し短絡曲線を得た(図 5.45)。
これらの曲線から,発電機の諸定数を求めた結果を表 5.7 に示す。同期リアクタンス
Xd = 29.1 Ω (0.726 p.u.) である。また,電圧降下法による直流界磁巻線の抵抗値 Rf の
実測値は 62.4 Ω であり,無負荷時の励磁電力は,16.2 W と見積もられる。
150
5.5 直流励磁同期発電機への MERS の適用
S 1
S 2
V
i
f
M
P
in
S 4
S 3
1 .0 k W
3 .7 k W
C
u
G
w
M E R S x 3
I
v
u
V
d c
P
o u t
A P L II
2 0 0 V
IN V
x 1 2
®
図 5.43:
直流励磁同期発電機と MERS を用いた電力変換実験装置
図 5.44:
同期発電機の MG セット
151
第 5 章 MERS の風力発電システムへの応用
直流励磁式同期発電機の諸定数
定格出力
1.00 kW
定格電圧 Vn
200 V
定格電流 In
2.88 A
極数
4
周波数
50 Hz
Vn
8
100
4
50
In
0
0
図 5.45:
If2
If1
0.4
界磁電流 If (A)
短絡電流 Is (A)
無負荷開放相電圧 V (V)
表 5.6:
0
0.8
1.0 kW 同期機の無負荷飽和曲線と短絡曲線
また,同期発電機の過渡リアクタンスを求めるため,3 相突発短絡試験を行った。その
ときの過渡時の電機子電流を図 5.46 に示す。なお,短絡前の誘導起電力は E0 = 118 (V)
である。この結果から得られる過渡リアクタンスは xd 0 = 10.3 Ω(0.26p.u.),初期過渡リ
アクタンスは xd 00 = 6.96 Ω(0.17p.u.)である。
以上の試験から得られた同期発電機の定格および諸定数を表 5.7 に示す。本実験で用い
る同期発電機は汎用小型発電機であるため,同期リアクタンス Xd が 0.73 p.u. と比較的
小さい。実際の大型の風力発電機(Xd = 2.76 p.u. を模擬するためには,直列に 250 mH
程度のリアクトルを挿入してリアクタンス値を上げるか,あるいは,電圧の定格値を下げ
る,もしくは電流の定格値を上げることで風力発電機の定数を模擬することもできる。そ
こで,以下の実験では,発電機の定格電圧を 200 V から 53 V に下げることで,実際の風
152
5.5 直流励磁同期発電機への MERS の適用
Current (A)
10
0
−10
0
0.2
0.4
Time (s)
図 5.46:
突発短絡試験による電機子電流
力発電機を模擬することとする。
表 5.7:
直流励磁式三相同期発電機の諸定数
(() 内は pu 値)
銘板定格
Vn ↓
定格出力 Pn [kW]
1.00
0.265
定格電圧 Vn [V]
200
53
定格電流 In [A]
2.88
←
周波数 fn [Hz]
50
←
極数 p
4
←
巻線抵抗 ra [Ω]
1.76 (0.044)
1.76 (0.166)
同期インピーダンス Zs [Ω]
29.2 (0.727)
29.2 (2.76)
短絡比 K
1.41
0.362
同期リアクタンス xs [Ω]
29.1 (0.726)
29.1 (2.76)
同期インダクタンス L [mH]
92.6
←
直軸過渡リアクタンス xd [Ω]
5.94 (0.149)
5.94 (0.563)
直軸初期過渡リアクタンス xd 00 [Ω]
4.02 (0.100)
4.02 (0.381)
直流界磁巻線抵抗値 Rf
62.4
←
0
153
第 5 章 MERS の風力発電システムへの応用
5.5.3 出力電圧の比較
はじめに,無負荷時に定格出力電圧 Vdc = 270.5 (V) となる界磁電流 If = 0.51 (A) で
一定として,MERS ありと MERS なしの場合で出力電流に対する出力電圧特性を測定し
た。測定結果を図 5.47 に示す。界磁電流一定なので,前節の永久磁石式同期発電機と同
じ実験である。永久磁石同期機と同様に,MERS なしの場合では出力電流 Idc = 6 (A)
程度で出力電圧がゼロになるが,それに対して MERS ありの場合には出力電圧が大幅に
増加しており,発電機の出力性能が向上したことを示している。しかし,式 (5.6) より求
めた巻線抵抗と IGBT のドロップ電圧 VCE を考慮した理論曲線(同図中実線)と比較す
ると,MERS を用いた場合の出力電圧は大きく低下しており,永久磁石式同期発電機と
は異なった傾向である。MERS が同期リアクタンスを完全に補償できていないと考えら
れる。
抵抗のみを
考慮したVdc
Vdc (V)
200
100
with MERS
(測定値)
w/o MERS
(測定値)
0
0
2
4
6
Idc (A)
図 5.47:
界磁電流を一定としたときの DC 出力電圧の比較
図 5.48 は,出力相電流 Iu に対する MERS の回生コンデンサ電圧 VC の関係を測定し
た結果と式 (2.74) より求めたグラフである。同期リアクタンス Xs = 29.1 (Ω) より求め
た理論値よりも VC の値は低下しており,そのため MERS を用いた場合の出力電圧がそ
154
5.5 直流励磁同期発電機への MERS の適用
れほど上昇しない結果となった。すなわち MERS から見た発電機の過渡的な等価リアク
コンデンサ電圧VC (V)
タンスは同期リアクタンス Xs よりも小さいと考えられる。
同期リアクタンスより
求めた理論値
実測値
100
50
0
0
2
4
Iu (A)
図 5.48:
線電流 Iu とコンデンサ電圧 VC
このことは,同期機の過渡時の電機子巻線と界磁巻線および制動巻線との巻線間磁気結
合によって考えることができる。突発短絡などの過渡時においては,図 5.49(a) のように
各巻線間の相互の磁気結合によって電機子端子から見た等価リアクタンスが同期リアクタ
ンスとは異なる値となる [26]。したがって過渡時の等価リアクタンスは図 5.49(b) に示す
ように界磁漏れリアクタンス xF や制動漏れリアクタンス xD が並列に接続された等価回
路となるので,同期リアクタンスよりも小さい値となる。MERS は,交流回路に直列に
コンデンサを挿入することで電流を制御するので,MERS がスイッチングした瞬間には
回路は短絡状態となり電流が急激に変動する。そのため磁気結合された界磁巻線や制動巻
線に電流が流れ,この 2 次側に流れた電流による磁気エネルギーを MERS は回収できず
に失われる。したがって MERS を挿入したときの発電機の等価リアクタンスは同期リア
クタンスと異なり,過渡的なリアクタンスで考慮する必要がある。
図 5.48 の実測された VC および式 (2.74) より求められる等価リアクタンス値 XL =
Iu /VC は,Iu によって多少の変動はあるが,概ね 0.50∼0.55 p.u. 程度である。
同期リアクタンスは xd = 0.73 (p.u.) であり,式 (2.74) と VC より求められる等価リア
クタンスは x = 0.55 (p.u.) 程度であるので,MERS が補償する発電機の等価リアクタン
155
第 5 章 MERS の風力発電システムへの応用
i
u
i
i
f
r
x
l
d
(a) 過渡時の巻線間磁気結合
図 5.49:
a
x
r
a d
r
F
x
F
D d
x
D d
(b) 同期機の等価回路
過渡現象時の同期機の等価回路
スは同期リアクタンスと過渡リアクタンスの中間の時定数を持った過渡的なリアクタンス
と考えられ,今後詳細な検討が必要である。
また,前節で述べた永久磁石式同期発電機では,界磁巻線がないため磁気結合の 2 次側
が開放で電流が流れない。したがって過渡時のリアクタンスと同期リアクタンスはほぼ同
じ値となるので,MERS を適用することによって発電機の出力電圧は抵抗値 ra のみ電圧
降下まで上昇する。
5.5.4 MERS による励磁電力の低減
励磁電力
先に述べた試験は,励磁電流を一定として MERS あり・無しの場合で比較を行った。
MERS 適用によって出力電圧を上昇できることが確認できたが,同期機は励磁電流を調
整することによって出力を制御することが可能である。したがって,MERS を適用した
場合には励磁電流を従来よりも低減させることができると考えられる。以下では,出力電
圧 Vdc が一定になるように励磁電流を調整し,この条件下において,MERS あり・なし
の場合について励磁電力の比較を行う。
今回の実験で用いた同期発電機の同期リアクタンスは 0.73 p.u. である。一方,実際の
大型の風力発電に用いられる同期発電機の同期リアクタンスは 2.76 p.u. である。した
がって,実際の風力発電機を模擬するために定格電圧を Vn = 53 (V) と再定義すること
で,実験に用いた発電機の同期リアクタンスを 2.76 p.u. とする。測定は,負荷装置で出
力電流 Iu を設定し,出力電圧 Vdc が一定になるように励磁電流 If を調整する手順で行っ
た。また,Vn = 200 (V) と Vn = 53 (V) についてそれぞれについて測定を行った。
156
5.5 直流励磁同期発電機への MERS の適用
U相Gate (V)
U相Gate (V)
図 5.50 は,出力電流 Iu = 3.1 (A) および 4.7 (A) のときの各出力電圧電流波形である。
10
0
0
20
40
10
0
0
Vuv
200
VCu
0
−200
VCu
0
−200
0
20
40
5
0
Current Iu (A)
Current Iu (A)
40
Vuv
Voltage (V)
Voltage (V)
200
20
0
−5
0
20
40
20
40
20
40
5
0
−5
0
Time (ms)
Time (ms)
(a) Iu = 3.1 (A)
(b) Iu = 4.7 (A)
図 5.50:
電流電圧波形
図 5.51 は,定格電圧をそれぞれ 200 V,53 V を出力するのに必要な励磁電力を,負荷
電流の関数として測定した結果である。いずれの場合においても励磁電力を大幅に低減す
ることができ,定格出力 1 kW で比較すると,xd = 0.73 のとき励磁電力は 27 W から
20 W に低下し,xd = 2.76 のとき 6.6 W から 1.4 W まで低減した。
これらの励磁電力を,無負荷時に定格電圧を出力するのに必要な励磁電力を基準として
比較すると図 5.52 のようになり,同期リアクタンスが大きいほど MERS による効果が
高いことがわかる。xd = 2.76 のときには,無負荷時の 8.35 倍必要であった励磁電力が
2.00 倍と励磁装置容量が 24%まで低減できる。
単位法で表した励磁電流 if ,短絡電流 is ,同期インピーダンス zs ,短絡比 K とすると
短絡曲線は
is = Kif =
1
if
zs
(5.9)
と表されるから,同期インピーダンスが小さいほど短絡曲線の傾きは急になる。したがっ
157
第 5 章 MERS の風力発電システムへの応用
w/o MERS
Excitation Power (W)
Excitation Power (W)
60
40
20
with MERS
0
0
1
Output Power (kW)
w/o MERS
10
5
with MERS
0
0
2
(a) 定格 200 V,Xs = 0.73 p.u.
400
(b) 定格 53 V,Xs = 2.76 p.u.
励磁電力の比較
w/o MERS
3
2
with MERS
1
Excitation power (p.u.)
Excitation power (p.u.)
図 5.51:
200
Output Power (W)
w/o MERS
10
with MERS
0
0
0
0
1
Output Power (p.u.)
(a) 定格 200 V,Xs = 0.73 p.u.
図 5.52:
1
Output Power (p.u.)
(b) 定格 53 V,Xs = 2.76 p.u.
規格化励磁電力
て,同期インピーダンスが小さいほど定格電流を得るのに必要な励磁電流は小さくなる。
MERS を挿入することによって発電機の同期インピーダンスが等価的に小さく見えるよ
うになるから,励磁電流の減少率は同期インピーダンスに反比例する形となる。
システム損失の比較
図 5.53 はシステム全体の損失を比較したグラフである。MERS を用いた場合での損失
が増加していることがわかる。永久磁石式同期発電機と同様に MERS の導通損が損失の
増加の原因と考えられ,MERS の導通損を除いた損失すなわち発電機の損失を見積もる
と図 5.54 のようになる。定格 200 V のときには,発電機の効率にはほとんど差はみられ
158
5.5 直流励磁同期発電機への MERS の適用
ない。定格 53 V のときには損失が増加しているが,これは定格電圧を下げたために高調
波電流による鉄損が相対的に増加したためと考えられる。
300
システム全損失 (W)
システム全損失 (W)
with MERS
400
w/o MERS
200
0
0
1
200
with MERS
w/o MERS
100
0
0
2
200
出力電力 (kW)
400
出力電力 (W)
(a) 定格 200 V,Xs = 0.73 p.u.
図 5.53:
(b) 定格 53 V,Xs = 2.76 p.u.
システムの全損失
300
w/o MERS
全損失 − MERS損失 (W)
全損失 − MERS損失 (W)
400
with MERS
200
0
0
1
出力電力 Pout (kW)
2
(a) 定格 200 V,Xs = 0.73 p.u.
図 5.54:
200
with MERS
w/o MERS
100
0
0
200
出力電力 Pout (kW)
400
(b) 定格 53 V,Xs = 2.76 p.u.
MERS 導通損以外の損失
以上の結果から,直流励磁式同期発電機に MERS を適用した場合,過出力耐量を増加
させることができるだけでなく,励磁電力を大幅に低減できることが明らかとなった。ま
たその時に発電機の効率は従来と同じである。風力発電機は,突発的な風に合わせて定格
を定めているため,常時は定格よりも低い出力で運転している。発電機の過出力が許さ
れるようになれば,常時の出力に合わせた定格の発電機が利用できるようになり,した
がって MERS の適用によって,励磁装置の小容量化だけでなく発電機の小型化も期待で
きる。
159
第 5 章 MERS の風力発電システムへの応用
5.6 PWM コンバータとの比較
5.6.1 損失の比較
力率を改善し,発電機の受電端電圧を上げることで受電電力を増やすことは PWM コ
ンバータを用いてもある程度可能である。また,MERS 方式では発電機の性能を向上さ
せることはできるが,半導体素子の数が増えてしまうので損失・コストが上昇するのでは
ないかという疑問もある。そこで本節では MERS 方式と PWM コンバータ方式で電力変
換システムの損失について検討する。
W in d T u r b in e
D C
6 9 0 V ,6 2 7 A
X s = 0 .4 4
V
0 .2 m H
(0 .1 p .u .)
M E R S
S G
D io d e
B r id g e
G e n e ra to r
1 6 8
6 9 0 V
In v e rte r
G r id
L in e
(a) MERS + PWM インバータ方式
W in d T u r b in e
D C 1 0 0 0 V
6 9 0 V ,6 2 7 A
X s = 0 .4 4
0 .2 m H
(0 .1 p .u .)
S G
1 6 8
6 9 0 V
F ilte r
0 .2 m H
(0 .1 p .u .)
P W M
C o n v e rte r
In v e rte r
1 6 8
6 9 0 V
G r id
L in e
G e n e ra to r
(b) PWM コンバータ+ PWM インバータ方式
図 5.55:
MERS 方式と PWM コンバータ方式
比較する対象として,図 5.55(a) の MERS を用いた電力変換システムと図 5.55(b) の
PWM コンバータを用いた電力変換システムでの変換器ついて検討する。発電機は,定格
出力は 750 kW とし,定格出力線間電圧が 690 V,同期インピーダンスは今回実験で使用
160
5.6 PWM コンバータとの比較
したものと同じ p.u. 値とする。
また系統電圧は 690 V 系とし,DC リンク電圧は 690 V 連系に必要な 1000 V とする。
系統連系 PWM インバータはどちらも同じものを使用する。IGBT には 1700 V,450 A
の素子(6MBI450U-170)を並列接続して損失を計算した。
その他,損失の計算に用いた条件を表 5.8 および表 5.9 に示す。
表 5.8:
損失計算条件(MERS)
シミュレーション
実機換算
95.2
398
(線間 165)
(線間 690)
直軸インダクタンス (mH)
17.22
1.39
巻線抵抗 (Ω)
1.55
←
DC 電圧 (V)
165.5–204.7
692–855.8
(平均 185.1)
(平均 773.9)
コンデンサ電圧 (V)
47.7
774
負荷電流 (A)
6.48
969
相電流 (A)
4.88
723
出力容量 (W)
1199
750 k
無負荷開放電圧 (V)
表 5.9:
損失計算条件(PWM コンバータ)
シミュレーション
実機換算
95.2
398
(線間 165)
(線間 690)
直軸インダクタンス (mH)
17.22
1.39
巻線抵抗 (Ω)
1.55
←
DC 電圧 (V)
200
1000
Va 電圧 (V)
71.3
298
(線間 123)
(線間 516.8)
相電流 (A)
5.56
837.8
相電流 (A)
4.88
723
出力容量 (W)
1189
750 k
無負荷開放電圧 (V)
161
第 5 章 MERS の風力発電システムへの応用
MERS +ダイオード整流器方式では,PWM コンバータと異なり DC 電圧を制御でき
ないため,今回の実験で用いた発電機の場合では,DC 電圧は 1000 V ではなく 774 V に
なる。そのため,MERS 方式では PWM コンバータ方式と同じ出力を得るために電流を
1000 V/774 V だけ増加さた。実際のシステムでは,系統 690 V と連繋するためには系統
との間に昇圧トランスを設けるか,発電機の設計を変える(出力電圧を上げるなど)必要
がある。
これらの条件を元に,MERS 方式と PWM コンバータ方式での電力変換器での発生損
失を見積もった結果を表 5.10 に示す。MERS 方式では,スイッチング周波数は電源周波
数と同じなので,スイッチング損失は無視した。また,コンバータ入力側にフィルタが不
要になるのでフィルタによる損失も無い。PWM インバータ部による比較では,MERS
方式では電流が増加するので導通損失が増加している。
損失の合計は,MERS 方式では約 40 kW,PWM コンバータ方式では約 54 kW であ
り,MERS 方式では損失が 73%にまで低減できることがわかった。損失の低下の原因は
ほとんどがフィルタが不要になったことによるもので,MERS の特徴である,「簡単な制
御で大きな効果を得る」という傾向が顕著に現れる結果となった。
MERS に用いる素子の定格電圧・電流は従来の素子と同程度になる。しかしながらス
イッチング周波数が電源と同程度の周波数(数十 Hz)であるため,スイッチング損失は
ほとんど無視できるほど小さくなり,一方で導通損失は増加する。したがって,MERS の
IGBT 損失と PWM コンバータの IGBT 損失は同程度になると見積もられる。また,素
子の数は 6 個から 12 個に増加するが,MERS に用いる IGBT には負荷短絡耐量が不要
で低周波スイッチングで良いため,IGBT の最適設計し低オン抵抗化することで,全体の
損失は従来よりも低減できると考えられる。
また,MERS 方式では交流入力側にフィルタが不要となるので,変換器のコスト削減
も期待される。
5.7 風力発電システムの経済性の検討
5.7.1 初期導入コスト
風力発電において,ナセルの重量を減らすことは重要である。ナセル重量は 750 kW 風
車で 23.0 t,1500 kW 風車で 60 t であり,ブレード重量の約 3 倍である [24]。これらの
ナセルおよびブレードを支えるタワーを設計するには,風車翼の回転による固有振動数や
風荷重に対する応力を考慮する必要があり,質点がタワー先端に集中するため,タワーや
162
5.7 風力発電システムの経済性の検討
表 5.10:
発生損失の比較(単位:kW)
MERS
コンバータ部
MERS
MERS IGBT
8.12
整流器
4.85
PWM
IGBT 導通
1.03
コンバータ
IGBT オン
2.50
IGBT オフ
4.25
ダイオードオン
2.57
逆回復
6.06
フィルタ
インバータ部
PWM
11.25
PWM
IGBT 導通
4.09
2.87
インバータ
IGBT オン
2.13
2.27
IGBT オフ
3.68
3.89
ダイオードオン
0.64
0.46
逆回復
4.90
5.80
11.25
11.25
39.7
54.2
フィルタ
合計
基礎には十分な剛性と強度が求められる [27]。そのためナセル重量が低減できることは,
タワーの設計・建設を容易にするだけでなく,強風時・災害への対策,さらにはより大型
の風力発電機の開発にもつながる。以下では,MERS を適用することによって,発電機
の小型化・建設コストの低減が期待できるが,その経済性についての検討をする。
風力発電設備の設置コストを 1∼3 台程度と 30 台以上のウィンドファームで比較した
ものを表 5.11 に示す [24]。日本国内においては輸送費・工事費が高いが,海外において
は風車本体の割合が 50∼60 %を占めている。
風力発電事業を判断する上で,重要な指標となるのが発電単価である。発電単価は,
発電単価 (円/kWh) =
建設コスト × 年間経費率 + 運転保守費
年間発電量
(5.10)
と与えられ,年間経費率は金利を r ,耐用年数を n としたとき
年間経費率 =
r
1 − (1 + r)−n
と与えられる。したがって,稼働率を上げるだけでなく,初期投資となる建設コストを削
163
第 5 章 MERS の風力発電システムへの応用
表 5.11:
600 kW 風車建設コストの内訳 [24](単位:百万円)
1∼3 台
30 台以上
欧州
日本
欧州
日本
風力発電機本体
50
50
50
50
輸送費
3
15
2
10
電気設備・工事
12
25
11
19
据え付け・土木工事
10
27
7
14
系統連系費
1
5
1
2
電力負担金
2
10
1
2
その他経費
22
35
6
11
合計
100
167
78
108
減することは発電単価の低減と風力発電普及において重要である。
金利を最も安い 4 %,耐用年数を 17 年と仮定すると,発電単価は 9.4 円/kWh になる。
MERS を用いた変換システムによって,発電機容量が 2 割小さくなり,タワー建設コ
ストの低減によって発電機本体コストが 1 割削減できたと仮定すると,風力発電設備の初
期投資コストは 5 %の削減になる。このときの発電単価は 9.1 円/kWh になる。北海道電
力が風力発電事業者に提示した電力買取価格は 11.6 円/kWh である。買取価格と発電単
価の差が利益であるから,MERS を適用した場合では,発電単価が 9.4 円から 9.1 円に下
がったことにより,この場合では利益は 15 %の増加が見込めることになる。その他に,
MERS によって過出力が得られるようになるので,それによる発電電力量の増加も見込
まれ,発電単価をより下げることが期待できる。
5.7.2 発電電力量の増加
定格風速 15 m/s,750 kW の風力発電機で検討する。風車の特性を表す指標として出
力曲線が用いられるが,図 5.56 に示すように,風速が 0 m/s から平均風速 15 m/s まで
は,風車翼の出力係数 Cp は常に最大値をとる制御(最大出力追従制御)を行ったと仮定
し,平均風速以上のときにはピッチ制御により出力は 750 kW で一定とする。また,遮断
風速は 25 m/s とし,この風速以上のときには発電を行わないとする。
自然風速の分布はレイリー分布で表されることが統計的研究によって明らかにされてい
る。平均風速を V̄w とすると,風速 Vw の確率分布は次式で表される。
164
5.7 風力発電システムの経済性の検討
発電機出力 (kW)
1000
500
0
0
10
20
30
風速 (m/s)
図 5.56:
π
f (Vw ) =
2
(
Vw
V̄w
)
{
π
exp −
2
750 kW 風車の出力特性の例
(
Vw
V̄w
)2 }
(5.11)
風車翼の出力係数が常に最大と仮定すると,式 (5.3) より図 5.57 に示すような風車が利
用可能な風力エネルギー分布を求めることができる。実際に風車翼が風力から得るエネル
ギーは,この風力エネルギー分布と図 5.56 の出力特性との積となり,定格風速以上の風
エネルギーからピッチ制御によって失われるエネルギーは,利用可能なエネルギーと風車
が得るエネルギーとの差であるから,図 5.57 の網掛けの領域となる。
このピッチ制御によって電力に変換されずに失われる風力エネルギーは,図 5.58 に示
すように平均風速が増加するに従って大きくなり,平均風速 5 m/s のときはほとんど無
いが,平均風速 7 m/s で約 6%,9 m/s では 20% にもなる。
MERS を用いることによって発電機の過出力が許容されると,これらの風力エネルギー
も電力エネルギーに変換することが可能となる。実際の発電機制御では,風車回転数を風
速に合わせて高速かつ無制限に制御することは困難であり,出力係数 Cp を常に最大値に
追従させることは不可能であるので,MERS を適用することによる発電電力量の増加は
この図に示した値よりも小さくなる。したがってここに示した値は,発電電力量増加量の
理論的な最大値である。
165
第 5 章 MERS の風力発電システムへの応用
ピッチ制御により
失うエネルギーの割合 (%)
図 5.57:
利用可能風力エネルギー分布
20
10
0
3
図 5.58:
5
7
平均風速 (m/s)
9
ピッチ制御によって失うエネルギー
5.7.3 MERS 適用による風力発電の経済性
MERS を電力変換システムに適用することによって,発電機の過負荷耐量が増加し,そ
れにより発電機容量の小型化,風力発電システム建設の初期導入コストの低減が期待でき
る。それとともに,従来逃していた定格風速以上の風力エネルギーを電力に変換できるの
で発電電力量が増加することも期待できる。以下では,これらをもとに MERS を適用し
た場合の風力発電の経済性について検討する。
166
5.7 風力発電システムの経済性の検討
発電機の小型化により建設コスト(初期導入コスト)が 5%削減されるとし,過負荷
耐量の増加によって図 5.58 に示す発電電力量の増加を仮定する。このときの発電単価
を式 (5.10) より算出する。金利は最も安い 4%とし,年間経費,運転保守費などは,関
氏らが試算した結果を用いた [24]。風力発電機の年間設備利用率(発電電力量/(定格出
力 × 8760 時間))を 20%,25%,30%とした場合の MERS を用いたときの発電単価を求
めた結果が図 5.59 である。平均風速が大きくなるに従い,発電電力量が増加するので発
電単価が低下することがわかる。例えば平均風速 7 m/s の場合には,MERS なしの従来
方式では発電単価 9.4 円/kW であるのに対し,MERS を用いたシステムでは 8.5 円/kW
まで低下し,平均風速が 9 m/s の場合には発電単価は 7.4 円/kW になる。風力事業を行
う場合,発電単価と売電単価の差が利益となる。したがって発電単価を下げることは利益
増になるため,発電事業の拡大,あるいは風力発電利用地域の拡大につながる。
14
発電単価 (円/kW)
20%
12
25%
10
8
設備利用率 30%
6
4
図 5.59:
6
8
平均風速 (m/s)
10
MERS を用いたときの発電単価
一方,年間平均風速と年間設備利用率は正の相関があり,図 5.60 はその一例である。
750 kW 風車において,各平均風速における設備利用率と発電単価より年間利益を次式
年間利益 (円) = (売電単価 (円) − 発電単価 (円)) × 設備利用率 (%) × 8760(時間)
(5.12)
から計算した結果を図 5.61 に示す。ただし,売電単価は北海道電力が風力発電事業者に
対して提示した 11.6 円/kW とした。
この図からわかるように,MERS を用いたシステムでは高風速時での年間利益が増加,
あるいは低風速でのし損失が減少している。平均風速が 7 m/s のときには利益が 30%増
加することになる。また,収支が 0 となる風速が 6.2 m/s から 6.0 m/s にまで低下し,発
167
第 5 章 MERS の風力発電システムへの応用
設備利用率 (%)
40
20
0
図 5.60:
4
6
平均風速 (m/s)
8
平均風速と設備利用率の関係(三菱重工風車カタログより)
年間利益 (百万円)
MERSを用いたシステム
10
0
従来システム
−10
4
図 5.61:
5
6
7
平均風速 (m/s)
8
MERS を用いたシステムの年間利益
電事業に見合う地域の拡大が期待される。
5.8 本章のまとめ
本章では,MERS の風力発電機への応用について検討を行った。今後風力発電システ
ムとして普及が予想される同期発電機の直接系統連係をを模擬した kW 級の実験装置を
用いて実験を行った。同期発電機内部の起電力に対して力率を 1 にすることで,同期イン
ピーダンスによって低下した出力電圧を回復し,発電機の出力特性を大幅に改善させ,過
168
5.8 本章のまとめ
出力耐量が向上することを実験によって明らかにした。
• 永久磁石式同期発電機の出力電圧特性は,ほぼ抵抗分による電圧降下となり,出力電
圧が増加する。
• 出力電圧が増加するので,同じ出力を得る際の電流を低減することができ,発電機の
発熱を抑えることが出来る。
• 直流励磁式同期発電機に MERS を適用することにより,励磁電力を大幅に低減でき
ることが明らかとなった。
風力エネルギーは絶えず変動しており,突発的な定格出力の 1.5 倍以上の出力が要求さ
れることがあり,風力発電機の定格は従来の発電機よりも大目に見積もる必要がある。し
かし常時は定格よりも低い出力で運転している。
MERS を適用することで発電機の出力電圧が上昇することにより,過負荷耐量が増加
するので,常時の出力に合わせた定格の発電機が利用できるようになり,励磁装置の小容
量化だけでなく発電機の小型化も期待できる。それにより,従来逃していたエネルギーを
無駄なく電力に変換できるだけでなく,発電機の小型化とそれに伴うナセル・タワーの建
設コストを抑えることができ,初期導入コストを抑え,風力発電の普及に大きく寄与する
ものと考えられる。
また,PWM コンバータと MERS 方式による電力変換システムの効率を比較した結果,
スイッチングの少ない MERS 方式ではスイッチング損失を大幅に低減することができ,
全体の効率が約 70 %になることを示した。また,PWM コンバータに必須であったフィ
ルタは不要になり,それに伴うコスト低減も期待できる。
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