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レジュメ - ジャン・モネEU研究センター

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レジュメ - ジャン・モネEU研究センター
第79回慶応EU研究会(2015.06.27)
「欧州委員会による銀行のクロスボーダーM&Aの
促進――EUの合併規制に着目して」
“European Commission and bank cross-border M&A: An analysis on EU merger control”
立教大学大学院経済学研究科経済学専攻
博士課程後期課程1年(指導教授:櫻井公人)
石田周(いしだあまね)
1
報告の構成
0.はじめに
1.EUの合併規制の体系
2.ポルトガルの事例
3.イタリアの事例
4.ポーランドの事例
5.3つの事例の総括
2
本日の検討内容

EC合併規則が発効する1990年から危機以前までの間
に、EUの合併規制がEUのメガバンクに及ぼした影響
を考察する。

特に、EUのクロスボーダーM&Aの中でEUの合併規則
が問題となった3つの事例(1999年のポルトガル、
2005年のイタリア、2006年のポーランド)を検討す
る。
3
0.はじめに
本報告の課題
4
背景:1990年代末以降の銀行のクロスボーダーM&Aの高まり
1990年代の銀行のクロスボーダーM&Aの高まり
(取引額:点線)
2000年代の銀行のクロスボーダーM&Aの高まり
(取引額)
5
出所:European Central Bank [2005]; European Central Bank [2010]を 筆者が加工修正。
銀行の大規模なクロスボーダーM&A(10億ユーロ以上)
1995年
1996年
1997年
1998年
1999年
2000年
2001年
2004年
2005年
2006年
2007年
買手
対象
Dresdner Bank(独2:10)
Credit Local De France(仏10:48)
Nordbanken(スウェ4:75)
Dexia(白×:欧26)
HSBC(英1:欧5)
Dexia(白×:欧26)
Merita Nordbanken(フィ1:45)
HSBC Holdings plc(英1:欧4)
Fortis Bank(白1:欧15)
Skandinaviska Enskilda(スウェ3:欧52)
Erste Bank der ?sterreichischen Spark.(墺2:66)
Banco Santander Central Hispano SA(西1:22)
Bayerische Hypo- und Vereinsbank(独2:5)
Gruppo Bipop-Carire SpA(伊16:欧-)
Soci?t? G?n?rale(仏3:欧13)
Banco Santander Central Hispano SA(西1:欧21)
UniCredito Italiano Spa(伊2:欧30)
ABN Amro Holding NV(蘭2:欧10)
UniCredito Italiano Spa(伊2:欧30)
F?reningsSparbanken AB(スウェ4:欧51)
Danske Bank A/S(デ1:欧27)
BNP Paribas SA(仏1:欧4)
Cr?dit Agricole SA(仏2:欧5)
RBS(英3:欧6)、Santander(西1:欧12)、Fortis(白1:欧15)
Danske Bank A/S(デ1:欧26)
Cr?dit Agricole SA(仏2:5)
Marfin Investment Group Holdings(ギ×:欧×)
Kleinwort Benson Group(英12:-)
Credit Communal De Belgique(白2:34)
Merita(フィ1:70)
Banco De Credito Local(西×:×)
Safra Republic Holdings(ル×:×)
Banque Internationale De Luxembourg(ル2:欧-)
Unidanmark(デ2:54)
CCF - Cr?dit Commercial de France SA(仏8:欧55)
Banque Generale du Luxembourg SA(ル1:欧82)
BfG Bank AG(独-:欧-)
Ceska Sporitelna AS(チェ1:欧-)
Banco Totta & Acores SA(ポ5:欧-)
Bank Austria Creditanstalt AG(墺1:欧-)
Entrium Direct Bankers AG(独-:欧-)
Komercni Banka AS(チェ1:欧-)
ES Abbey National plc(英6:欧30)
Bayerische Hypo- und Vereinsbank(独3:欧18)
Banca Antoniana Popolare Veneta(伊9:欧82)
Bank Austria Creditanstalt AG(墺×:欧×)
Hansapank AS(エス1:欧-)
National Irish Bank Ltd - Northern Bank Ltd(愛7:欧-)
Banca Nazionale del Lavoro(伊6:59)
Emporiki Bank of Greece SA(ギ6:欧-)
ABN Amro(蘭1:欧8)
Sampo Pankki Oyj(フィ3:欧-)
Cassa di Risparmio di Parma e Piacenza(伊35:欧-)
Marfi n Popular Bank Public Co., Ltd(キ2:欧-)
取引額
(10億ユーロ)
1.168
1.488
3.831
2.6
2.413
1.003
4.78
11.223
1.62
1.608
1.52
1.156
7.807
2.344
1.186
12.151
13.269
6.12
2.095
1.808
1.495
10.046
3.364
71
4.05
3.8
2.16
注1:括弧内の数字は各国内および欧州における順位(資産ベース)を示している。略称は、「白」はベルギー、「スウェ」はスウェーデン、「フィ」はフィンランド、「墺」はオーストリア、「デ」はデンマーク、「ギ」はギリシャ、
6
「西」はスペイン、「ル」はルクセンブルク、「チェ」はチェコ、「エス」はエストニア、「キ」はキプロスである。
注2:100億ユーロを超える取引は網掛けにしてある。
注3:「-」は欧州TOP100に入っていないもの、「×」はデータが得られなかったものを指す。
出所:Fiordelisi [2009], op. cit., pp. 37-38, Ayadi & Pujals [2004] pp. 84-85, The Banker各号より筆者作成。
クロスボーダーM&Aと受入国政府との対立

クロスボーダーM&Aの活発化により、自国の銀行を保護しようとする受入
国側の当局と銀行との対立が高まった。

このような場合、EUのメガバンクはどのようにしてクロスボーダーM&Aを
実現することができたのか。

本報告では、EUの合併規制に着目し、欧州委員会が銀行のクロスボーダー
M&Aの成功において果たした役割を検討する。
7
EUの合併規制と銀行M&Aとの関連についての先行研究

日本には研究がほぼない。

Carletti & Vives [2009]:銀行に対するEU競争法全般に関わるいくつかの事例を分析してい
る。そこでは、EUや加盟国が全体として競争と金融安定性とのトレードオフを軽視するよ
うになり、銀行にもEU競争法が適用されることで銀行間の競争が促進されてきたことが明
らかにされている。

Harker [2007]:銀行を含むいくつかの産業部門で生じた事例を対象に分析を行い、EUの合
併規制を巡る欧州委員会と加盟国との間の権限の分割に関連する対立について、エージェン
シー理論を用いながら明らかにした。

ただし、いずれの研究も、EUのメガバンクのクロスボーダーM&Aの活発化との関連で踏み
込んだ研究を行っていない。

本稿では、EUのメガバンクによるクロスボーダーM&Aの活発化を念頭に、3つの事例を検討
する。
1.EUの合併規制の体系
EUの合併規制はどのような仕組みになっているのか?
9
EU競争法の中のEUの合併規制


EU競争法の目的は「市場統合(域内市
場)」、「経済的自由」、「消費者厚生
(経済的効率性)」の3つを実現すること
である。
EUの「合併規制」は、「協調的行為による
競争制限の規制(カルテル規制)」「市場
支配的地位による濫用の規制」「国家援助
の規制」とともにEU競争法の一部となって
いる。
EU競争法の中心的な執行機関は欧州委員会
の競争総局(Directorate General for
Competition: DG COMP)であり、競争法違
反行為の決定、排除措置、制裁金の賦課を
決定する権限が与えられている。
10
合併規制(理事会規則)
協調的行為による競争制限の規制(カルテル
EU競争法

規制)
(EU機能条約101条)
市場支配的地位による濫用の規制
(EU機能条約102条)
国家援助の規制
(EU機能条約107-109条)
EUの合併規制の体系




EUの合併規制は「EC合併規則」(EC
Merger Regulation)と複数の「通知」
(Notices)と「指針」(Guidelines)
から成る。
「EC合併規則」:EUの合併規制におけ
る中心的な規則。1989年12月21日採択
(1990年9月21日発効)、2004年1月20
日に改正(2004年5月1日発行)。
各種「通知」と「指針」:EC合併規則
の運用を補佐する役割を果たす。「関
連市場の定義」、「水平的合併の審
査」、「非水平的合併の審査」など。
これらの法律により、EUの合併規制は
「共同体規模」の「企業集中」を規制
する。
EC合併規則
(EC Merger Regulation)
・通知(Notices)
・指針(Guidelines)
11
ワンストップ・ショップの原則


「共同体規模」の「集中」
に該当するM&Aを計画する
企業は、その計画を欧州委
員会に事前に届け出なけれ
ばならない。
「共同体規模」の「集中」
に対してはEC合併規則の
みが適用され、欧州委員会
がEC合併規則に基づき決
定を行う排他的権限を有す
る(新EC合併規則第21条
1-3項)。したがって、各
加盟国は当該集中を自国の
競争法によって審査するこ
とはできない(「ワンス
トップ・ショップ」)。
「共同体規模」
該当
該当しない
欧州委員会が
審査を行う
加盟国当局が
審査を行う
12
「企業集中」とは何か




EUの合併規制における「企業集
中」とは次の3つの取引を指す。
(1)合併:2つまたはそれ以上の
独立した企業が法的存在体として
存在することを止め、新たな別の
企業へと結合するケース。
(2)単独支配権の買収:ある企
業が他の企業の投票権の多数を買
収するケース。
(3)ジョイント・ベンチャー:
経済的自主的存在体としてのすべ
ての機能を遂行する2つまたはそ
れ以上の企業が、別のある企業を
共同支配するケース。
合併
企業
集中
ジョイン
ト・ベン
チャー
単独支配
権の買収
13
一般的な「共同体規模」の条件
項目
第1の条件(1989年-)
(1)関連企業の世界全体での 50億ユーロ以上
年間取引高の合計
(2)関連企業のうち、少なく 2億5000万ユーロ以上
とも2社それぞれの共同体全体
での年間取引高
(3)少なくとも3加盟国のそ ――
れぞれで、関連企業の年間取
引高の合計
(4)(3)に関連する企業の ――
うち、少なくとも2社それぞれ
の年間取引高
(5)すべての関連企業のうち、3分の2以上が同一加盟国内で
少なくとも2社それぞれの年間 獲得されていない
取引高
第2の条件(1998年-)
25億ユーロ以上
1億ユーロ以上
1億ユーロ以上
2500万ユーロ以上
3分の2以上が同一加盟国内で
獲得されていない
14
銀行における「共同体規模」の条件
銀行を含む銀行を含む金融機関(credit institutions)に適用される「取引
高」の計算方法は、他の産業とは異なっている。
 旧EC合併規則(1989年)では「年間取引高」の代わりに「総資産の10分の
1」が用いられる。
 新EC合併規則(2004年)は、取引高の代わりに、消費税・その他の税を控
除した後、次の特定の収入項目の総計を適用するとしている。
(1) 金利収入およびそれに類似した収入(interest income and similar
income)
(2) 有価証券からの収入(income from securities)
―株式および他の変動利付証券からの収入(income from shares and other
variable yield securities)
―参加持分からの収入(income from participating interests)
―関連事業の株式からの収入(income from shares in affiliated
undertakings)
(3) 受取手数料(commissions receivable)
(4) 金融取引の純利益(net profit on financial operations)
15
(5) 他の取引収入(other operating income)

ワンストップ・ショップの例外

重要な例外:新EC合併規則21条4項:加盟国が正当な国内
利益(公共安全、メディアの多様性、プルーデンス監督)
を保護するために共同体規模の企業集中に対して国内法を
適用することを認めている。上記以外の正当な利益を守る
ためにも適切な行動をとることが認められているが、この
場合は欧州委員会の承認を得る必要がある。

この例外規定は各国が自国銀行を外国銀行による買収から
守るための根拠として用いられてきた。
16
欧州委員会と加盟国との間の対立

EUの合併規制を巡り、欧州委員会と加盟国との間
で意見が対立することがあった。

このような事例のうち、銀行に関わるものは、
1999年のポルトガル、2005年のイタリア、2006年
のポーランドで生じた。

以下ではこれらの事例について扱う。
17
2.ポルトガルの事例
加盟国が銀行合併に介入した初めての事例。
18
ポルトガルの事例:取引の概要
1999年6月7日、スペインの大銀行
BSCHとポルトガルの金融家シャンパ
リモー氏が、ポルトガル第3位の金
融グループであるシャンパリモーグ
ループを共同支配する合意に達した。
 この合意により、BSCHはシャンパリ
モー・グループの保有する保険会社
マンディアル・コンフィアンサと4
行の銀行の共同支配権を獲得する予
定であった 。
 これらの取引を通じて、BSCHはポル
トガル市場でのプレゼンスを高めよ
うとした 。この取引は1990年代末
の欧州大銀行によるクロスボーダー
M&Aの積極化の始まりを意味する取
引でもあった。

40%取得
シャンパリモー・
グループ
BSCH
1.6%取得
共同支配
マンディアル・
コンフィアンサ
(保険会社)
4つの銀行
・ピント&ソット・マヨール
・バンコ・トッタ&アコレス
・クレディト・プレディア
ル・ポルチュゲス
・バンコ・ケミカル・ポルト
ガル
19
ポルトガル市場の
20%を保有
ポルトガルの事例:ポルトガル当局の反対

1999年6月17日、BSCHとシャンパリモー氏の取引は、ポルトガル当局に通知された 。
〔ポルトガル財務相(Portuguese Minister of Finance)〕

1999年6月18日、ポルトガル財務相は、BSCHとシャンパリモー氏の取引に反対する行政決定(「despacho」)
を採択した。

取引に反対した理由:(1)通知の遅れと不完全さ、(2)取引の透明性の不在、(3)国家の利益を保護する必要性。

買収者の透明性に関して。マンディアル・コンフィアンサの適格保有を取得する銀行であるBSCHが良い評判を
持っており、適切な専門的な資格または経験を有していることをポルトガル当局は認めている 。

国家の利益を保護する必要性について。ポルトガル財務省と総理大臣「ポルトガル銀行制度の再構築が必要で
あり、第1段階では、……これは国内グループ間で為れるべきであると思われる。BSCHを含む外国のグループは
自国内で競争すべきであり、そのような再構築を混乱させるべきではない。それは巨大な国内機関の支配権を
外国の所有者へと突然移行することにより、そのシステムの調整に総じて反する」。
〔ポルトガル保険協会(Instituto de Seguros de Portugal)〕

ポルトガル保険協会も、BSCHとシャンパリモー氏の手続き上の不備を理由に、マンディアル・コンフィアンサ
におけるBSCHとシャンパリモー氏の投票権の大部分を停止し、52%から10%に引き下げた。
〔ポルトガル商業銀行(Banco Comercial Português)〕

1999年6月21日、ポルトガル最大の上場銀行グループであるポルトガル商業銀行が、シャンパリモー・グループ
20
に対して敵対的買収(hostile bit)を打ち出した 。
ポルトガルの事例:欧州委員会の認可、対立構図の全体像


BSCHとシャンパリモー氏の取
引は「共同体規模」であった。
したがって、欧州委員会に通
知され、1999年8月3日、欧州
委員会はこれを無条件で認可
した。
→「共同体規模」の取引に対し、
欧州委員会に排他的な審査権限
を認めるEC合併規則21条が問題
となった。
ポルトガル
当局
欧州委員会
合併を
拒絶・妨害
合併を認可
40%取得
BSCH
1.6%取得
共同支配
シャンパリモー・
グループ
マンディアル・
コンフィアンサ
(保険会社)
4つの銀行
敵対的買収
21
ポルトガル商業銀行
(Banco Comercial Português)
ポルトガルの事例:欧州委員会による侵害訴訟(1)

事前手続き:欧州委員会は加盟国の駐在代表と非公式に接触して問題を提
起する。

行政的段階①「公式の通知状」(letter of formal notice):当該加盟国に
自己の見解を述べる機会を提供し、問題の解決に向けた交渉が始まる。

行政的段階②「理由付き意見書」(reasoned opinion):一定期間内に加
盟国が意見書に示された措置をとる必要性を指摘する。

司法的段階:委員会は当該問題を欧州司法裁判所に付託。
→欧州司法裁判所が委員会の主張を認める場合、当該加盟国がEC条約に基づ
く義務を履行していない旨を宣言する。欧州司法裁判所の判決は既判力
(res judicate)を有し、加盟国はそれに従うために必要な措置をとらなけ
ればならない。
22
ポルトガルの事例:欧州委員会による侵害訴訟(2)
年
出来事
1999年7月20日
(前段階)
・欧州委員会はポルトガル当局に対し、ポルトガル財務省とポルトガル保険協会の取引に対する妨害行為を1週間以内に停止するよう命
令した 。
・欧州委員会「ポルトガル当局の手段が国家的・戦略的な利益の保護に基づいている限り、それらは
EC合併規則第21条に反している。なぜなら、ポルトガル当局は委員会に対してそれらを通知して
おらず、その利益は正当であるとは考えられないからである」。
→しかし、ポルトガル政府は欧州委員会のこの命令を無視した 。
1999年9月8日
「公式の通知
状」を送付
欧州委員会はポルトガル当局に対し、ポルトガル当局が欧州委員会による停止命令を無視したことに対する正当な根拠を、通知状の受
領から2週間以内に述べることを要求した 。
→ポルトガル当局は依然として欧州委員会による停止命令を実行しなかった。
1999年10月13日
「理由付き意見
書」を送付
欧州委員会はポルトガル当局に対し、意見書の受領から1週間以内に7月20日の停止命令に従うことを要求した 。
1999年10月20日
・EC合併規則自体に基づき、欧州委員会は、BSCHとシャンパリモー氏の取引に反対してポルトガル当局が行使した手段がEU競争法と適
合しないことを改めて強調する決定を行った 。
・欧州委員のマリオ・モンティ「その〔BSCHとシャンパリモー氏の〕取引を断念させようとするポルトガルの継続
的な試みを正当化する理由は、いかなる実質的または法的基礎も持たない。いまやポルトガルの国内裁判所がこの取引
に反対するポルトガルのいかなる手段をも無視する立場にあるため、この決定は非常に重要である」。
・この決定により、ポルトガルの国内裁判においてポルトガル当局による1999年6月18日の決定を適用できなくなった 。
1999年11月3日
(司法的段階)
ポルトガル当局は意見書に対する返答を行わなかったため、1999年11月3日、欧州委員会はBSCH/シャンパリモーのケースを欧州司法
裁判所に付託することを決定した 。
23
ポルトガルの事例④:欧州委員会による侵害訴訟(3)
年
出来事
1999年7月20日
「公式の通知
状」を送付
・欧州委員会によると、BSCHとシャンパリモー氏の取引に反対してポルトガル当局が行使した手段は、プ
ルーデンス原則に基づく監督当局による介入に対する第3次保険指令の要求に一致せず、資本の自由移動
と設立の自由についてのEC条約のルール(第56条と第43条)に違反している。
・欧州委員会は問題のあったポルトガル当局の行動として、
(1)大臣がその取引を通知されたたった24時間後にBSCHとシャンパリモー氏の取引を拒否する行政決定が採
択されたこと
(2)関連する当事者には補足的な情報を提供しその問題についてさらに議論する機会がなかったこと
(3)その取引を拒否することに対する十分な理由が関連当事者に通知されなかったこと
(4)ポルトガル当局の介入は、プルーデンス上の理由よりむしろ、国内の経済的利益の防衛に基
づいていたこと
(5)シャンパリモー・グループの株式における全ての投票権の停止は不相応な手段であり、法的判断に委ね
られないほど不当なものであること
を指摘した 。
1999年10月20日
「理由付き意見
書」を送付
この侵害訴訟は第2段階である「理由付き意見書」の送付まで進んだ 。
24
ポルトガルの事例:帰結




最終的に、スペインの大銀行
BSCHとシャンパリモー氏が新た
な取引が成立。
BSCHがシャンパリモー・グルー
プに属する2つの銀行、バンコ・
トッタ&アコレスとクレディト・
プレディアル・ポルチュゲス の
支配権を取得し、代わりにシャ
ンパリモー氏はBSCHの4.41%の
株式を取得することとなった 。
その結果、妥協を迫られたもの
の、BSCHはポルトガルの銀行市
場に新たな足場を築くことと
なった。
同時に、欧州委員会はポルトガ
ル政府に対する侵害訴訟を取り
下げることを決定した。
シャンパリモー・
グループ
BSCH
4.41%取得
マンディアル・
コンフィアンサ
(保険会社)
支配権
獲得
4つの銀行
・ピント&ソット・マヨール
・バンコ・トッタ&アコレス
・クレディト・プレディアル・ポルチュゲス
・バンコ・ケミカル・ポルト
ガル
25
3.イタリアの事例
銀行市場の開放につながった事例。
26
イタリアの事例:取引の概要
2005年3月29日、スペイン第2位(資産ベー
ス、2004年末)のBBVAが、イタリア第6位
(資産ベース、2004年末)の銀行であるバ
ンカ・ナツィオナーレ・デル・ラボロ
(Banca Nazionale del Lavoro、以下BNL)
の買収提案を欧州委員会に通知した 。
 2005年3月30日、オランダ第2位(資産ベー
ス、2004年末)のABNアムロが、イタリア
第9位(資産ベース、2004年末)の銀行で
あるバンカ・アントニアーナ・ポポラー
レ・ヴェネタ(Banca Antoniana Popolare
Veneta: Antonveneta、以下、アントンヴェ
ネタ)の買収提案を欧州委員会に通知した 。
 いずれの取引も、スペインとオランダの大
銀行がイタリアの中堅銀行の買収を通し、
成長の見込まれるイタリアの銀行市場での
プレゼンスを高めようとするものであった。

2005年3月29日
2005年3月30日
BBVA
(スペイン)
ABNアムロ
(オランダ)
買収計画
買収計画
アントンヴェネタ
(イタリア)
BNL
(イタリア)
27
イタリアの事例:欧州委員会による認可

これら2つの取引に対し、欧州委員会は両取引がい
かなる競争的懸念も引き起こさないと判断し、
2005年4月27に両取引を認可した。

当時欧州委員であったネリー・クルース(Neelie
Kroes)は「提案された取引は、より統合された域
内金融サービス市場への移行にとって肯定的な兆
候である」と述べ 、BBVAとABNアムロによる欧州
域内でのクロスボーダーM&Aを歓迎した。
28
イタリアの事例:イタリア当局による反対

当時のイタリア法の下では、イタリア中央銀行
総裁は、イタリア銀行部門におけるM&Aを許可
する権限を保持していた ため、ABNアムロと
BBVAによるイタリアの銀行に対する買収提案は
イタリア中央銀行にも通知された。
これら2つの通知に対し、イタリア銀行はBBVA
とABNアムロが買収を計画するイタリアの2行
の株主持合構成を精査したのちに買収を認可す
ると回答し、審査を延期した。
 イタリア銀行が認可を拒んでいる間に、イタリ
アの別の金融機関がBNLとアントンヴェネタの
対抗入札を実行し始めた。2005年5月にはイタ
リア中堅地方銀行のBanca Popolare di Rodi(ロ
ディ庶民銀行がアントンヴェネタの買収工作に
動き出した 。BNLに対しては、イタリアの保険
会社ウニポール(Unipol)を含む複数の金融機
関がカウンター・ビッドを行った 。
BBVA
(スペイン)


7月26日、BBVAとABNアムロの審査を延期した
まま、イタリア銀行はイタリア庶民銀行による
アントンヴェネタの買収とウニポールによる
BNLの買収を認可した。
ABNアムロ
(オランダ)
欧州委員会が認可
買収計画
BNL
(イタリア)
アントンヴェネタ
(イタリア)
イタリア銀行が認可
カウンター・ビッド
ウニポール
(イタリア)
イタリア庶民銀行
(イタリア)
29
イタリアの事例:ABNアムロとBBVAによる抗議と欧州委員会の対応

イタリア銀行の対応に対し、ABNアムロとBBVAは、「共同体規模」の企業集中に対する排他
的な審査権限を欧州委員会に与えるEC合併規則第21条を根拠に、イタリア銀行による対応の
違法性を欧州委員会に訴えた。
メガバンク
メガバンクの主張
欧州委員会の対応
ABNアムロ
・イタリア銀行はイタリア庶民銀行によるアン ・イタリア銀行の差別的待遇とABNアムロの
トンヴェネタへのカウンター・ビッドを優遇し、 買収失敗との間には直接的関連はないと判断。
ABNアムロに差別的な対応をしている。このこ ・EC合併規則第21条の下で侵害訴訟を行わ
とはBNL買収に対する深刻な障壁を形成してい ないことを決定。
る
・イタリア銀行の差別待遇はプルーデンス上の
規制を理由に正当化されず、EC合併規則第21条
に違反している。
BBVA
・BBVAはBNLに対する支配権を50%以下の株式
BBVAの主張に同意し、イタリア銀行が認可
保有で買収できたにもかかわらず、イタリア銀 に条件を付けたことは第21条(4)の違反を構
行はBBVAに「BNLの50%以上の株式を買収する
成すると判断 。
こと」を条件づけた。
・このことはプルーデンス規制のもとでは正当
化されえず、支配権の買収に対する障壁を形成
30
しており、EC合併規則第21条に違反している 。
イタリアの事例:イタリアの事例の帰結(1)
内外からの批判の高まりの中で、
アントンヴェネタの株式を買収し
ていたイタリア庶民銀行の元CEO
であったジャンピエロ・フィオラ
ニが、不正な取引を行ったことを
理由に逮捕された。
 イタリア銀行総裁ファツィオが
2005年12月19日に辞任した。
 12月23日にはウニポールがBNLの
買収における不正行為を認めた。
→これらの不正行為の発覚とファ
ツィオの辞任により、外国銀行によ
るイタリアの銀行を買収する試みを
阻む諸機関が妨害行動を継続するこ
とが困難になった 。


アントンヴェネタはABNアム
ロに買収されることになった 。

BBVAはBNLを買収することが
可能となった。しかし、2006
年2月にフランスの大銀行BNP
パリバがBNLの対抗入札に乗
り出したため、BBVAはBNLの
買収を断念することとなった。

BNLはBNPパリバに買収され
ることになった。
31
イタリアの事例:イタリアの事例の帰結(2)

2つの取引はイタリアの法律が銀行に対する不透明な合併審査を
イタリア銀行に認めていることを明らかにした。

イタリアの法律について、2005年12月半ば、欧州委員会はイタリ
アに対して侵害訴訟の最初の段階である「公式の通知状」をイタ
リアに送付することを決定した。

すでに一連の事件によってイタリアの銀行ナショナリズムが修正
を迫られていることが明白であったこともあり、欧州委員会によ
るイタリア政府に対する侵害訴訟に伴い、イタリアは当該規定を
修正した 。

イタリア政府による法改正に伴い、2007年1月下旬、欧州委員会
はイタリアに対する侵害訴訟を終結させる決定を行った 。
32
4.ポーランドの事例
自国の銀行以外の銀行を当局が保護しようとした事例。
33
ポーランドの事例:取引の概要



2005年6月、欧州第23位(資産ベース、2004
年末)のイタリアのウニクレディト・イタリ
アーノ(UniCredito Italiano S.p.A., 以下、ウ
ニクレディト)が、欧州第18位(資産ベース、
2004年末)のドイツのバイエリッシュ・ヒ
ポ・フェラインス銀行(Bayerische Hypo- und
Vereinsbank AG, 以下、HVB)を買収すること
を決定した 。
活動が最も多く重複していたのはポーランド
市場であった 。当時、ウニクレディトはポー
ランド子会社ペカオ(Pekao)を保有し、HVB
はその子会社であるオーストリア銀行を通し
てポーランド子会社BPHを保有していた。
ウニクレディトがHVBを買収した理由の1つは、
BPHの取得により今後成長が見込まれるCEEで
最も重要な市場であるポーランド市場におけ
るプレゼンスを高めることであった。
ウニクレディト
(イタリア)
買収
HVB
(ドイツ)
結合
ペカオ
(ポーランド)
BPH
(ポーランド)
ポーランド市場
34
ポーランドの事例:欧州委員会による認可

ウニクレディトとHVBの取引は共同体規模の取引であっ
た。

2005年9月13日、取引は欧州委員会に通知された。

欧州委員会は両行の統合に関連する市場(ポーランド市
場を含む)を調査し、その取引により形成される巨大銀
行グループは各市場で競争的懸念を引き起こさないと判
断した。
35
ポーランドの事例:ポーランド当局による反対
ポーランド政府はウニクレディトによるHVBの買収、特にペカオとBPHの統合
に反対する立場をとった 。
 「ペカオ民営化合意」(Bank Pekao Privatisation Agreement):1999年にウ
ニクレディトがポーランドの銀行ペカオを買収した際、ウニクレディトとポー
ランド政府との間で結ばれた合意 。目的はポーランド市場での競争の保護で
あった。
 「非競争条項」(non-compete clause):原則としてウニクレディトが
(1999年以降)10年間、
(1)ポーランドにおける子会社・支店の開設
(2)ポーランドで活動する銀行の支配権の取得
(3)ポーランドの銀行部門で活動する全ての企業への全ての資本投資を行うこと
を妨げるものであった 。
 ポーランド当局はウニクレディトによるBPHの買収がペカオ民営化合意の非競
争条項に違反すると判断し、2005年12月20日にポーランド財務省はBPHの株式
を売却するようにウニクレディトに命じた 。

36
ポーランドの事例:ポーランド政府の意図
ポーランド政府は、ポーランドの銀行市場における競
争の保護以外にも、別の利害を保護しようとしていた。
 ①ポーランドの雇用の保護。
ウニクレディトはCEE市場における労働力の9%を削減す
ることを計画しており、特にポーランドでは6000人の雇
用を削減する可能性があった 。このことは失業率が18%
近くに上っていたポーランドにとって大きな問題であっ
た。
 ②政府系銀行PKOの地位の維持。
ペカオとBPHの統合により資産面で最大、管理する当座
預金では第2位の銀行が形成されることになったため、
当時ポーランド市場で最大であったPKOの地位が脅かさ
れることになった

37
ポーランドの事例:欧州委員会による侵害訴訟(1)
2006年3月8日、欧州委員会は、共同体規模の合併の審査について欧州委員会に排
他的権限を認めるEC合併規則第21条を根拠とし、ポーランド政府に対する侵害訴
訟を開始した。
 欧州委員会によると、ウニクレディトによるBPHの買収を(HVBの買収の一部と
して)欧州委員会が2005年10月18日に認可したという事実にもかかわらず、ポー
ランド当局はウニクレディトにBPHの株式を放棄するよう要求することで、欧州
委員会の排他的権限(EC合併規則21条)を侵害した。
 ペカオ民営化合意については、欧州合併規則第21条(4)の例外規定の本事例への適
用に関しては、適用されないと判断した。
①ペカオ民営化合意の非競争条項の強要がウニクレディトによるHVBの買収を事実
上妨げ、または深刻に害する可能性があること
②ポーランド当局は競争の保護を不当に狙っていること
③当該手段により保護される他の仮想の(hypothetical)利益は欧州委員会に伝え
られていないこと。
④ペカオ民営化合意の非競争条項自体がEC法、特に資本移動の自由と設立の自由に
ついてのルールと一致せず、合併を拒絶する理由として訴えられないこと。
38

ポーランドの事例:欧州委員会による侵害訴訟(2)

欧州委員会はペカオ民営化合意の非競争条項自体に対しても侵害訴訟を行った。

2001年に欧州委員会、加盟国が支配株主(controlling shareholder)の権利を持っている企業を民営化する、
またはその民営化に伴う制限を設ける際、加盟国は、
(1)特定の経済的・政策的目的を事前に明確に定義すること
(2)差別なく適用すること
(3)特定の目標を達成するために必要な期間に限定すること
(4)責任ある行政介入にマージンを残さないこと
という4つの条件を満たす必要がある 。

しかし、それぞれの項目をペカオ民営化合意は満たしていない。
(1)ポーランド当局は手段を正当化し得る明確かつ特定の政治的目標を設定しなかったこと
(2)銀行サービスに対するポーランド市場の競争構造は共同体法により十分に保護されているため、競争の保護と
いう正当化は妥当しないこと
(3)(10年間という)非競争条項内の条件は、特に加盟後の期間に対して必要な期間を超えていること
(4)ポーランド当局による非競争条項の適用は自由裁量というマージンを残していることを指摘し、ペカオ民営化
合意に含まれる非競争条項は4つの条件を満たしていないとした 。

39
したがって、同条項は資本の自由移動(第56条)と設立の権利(第43条)についてのEC条約のルールに違反
しているかもしれないと欧州委員会は判断し、侵害訴訟の最初の段階である「公式の通知状」を送付するこ
とを決定した 。
ポーランドの事例:帰結
ウニクレディトは2つの妥協点に合意し
た。
 第1に、BPHを分割した上で一方をペカ
オと合併させ、もう一方を第三者に売
却することである。
→いずれにせよBPHとペカオで重複した
支店を閉鎖した可能性が高い。
 第2に、BPHとペカオにおいて2年間
(2008年3月31日まで)解雇しないこ
とを約束した 。
→2年はそれほど長いわけではない 。
 結果として、欧州委員会の侵害訴訟に
より、イタリアの大銀行ウニクレディ
トは、ポーランド市場に対するプレゼ
ンスを強化することに成功した。

BPH
200支店
280支店
別の機関
(GE Capital)
ペカオ
40
5.3つの事例の総括
41
3つの事例の総括(1)

3つの事例はいずれも異なる国で生じたが、以下の4つの共通点を持っている。

第1に、いずれの事例も1999年以降に生じており、欧州メガバンクによる域内クロスボーダーM&Aが
発端となった。ポルトガルの事例では、スペインのBSCHがポルトガルのシャンパリモー・グループ
を実質的に買収しようとした。イタリアの事例では、オランダのABNアムロとスペインのBBVA(そし
て後にはフランスのBNPパリバ)が、イタリアの2つの中規模銀行を買収しようとした。そして、
ポーランドの事例では、イタリアのウニクレディトが、ドイツのHVBの買収を通してポーランド銀行
を含む諸銀行を取得しようとした。いずれの事例でも、自国以外の銀行市場におけるプレゼンスを強
化するために、欧州メガバンクがクロスボーダーM&Aを計画している。第1章で確認したように、こ
れらは金融関連法の整備を中心とする欧州金融市場統合に対し、欧州メガバンクが対応・行動した結
果であった。

第2に、いずれの事例においても、加盟国当局は自国銀行を保護する政策を行うことで、欧州メガバ
ンクによるクロスボーダーM&Aを妨害しようとした。イタリアの事例では、イタリア銀行が自国の銀
行や金融機関に関するM&Aを監督する法律を定めており、ポーランドの事例でも自国の銀行市場を保
護するための合意が存在した。また、ポルトガルとポーランドの事例では、EC合併規則に含まれるプ
ルーデンス上の規則を理由とする例外規定により、加盟国当局は自国銀行の保護を正当化しようとし
た。このような加盟国政府による保護政策は、クロスボーダーM&Aを計画する欧州メガバンク自身に
よっては解消しえない大きな障壁であった。
42
3つの事例の総括(2)

第3に、欧州委員会はEC合併規則おける「プルーデンス規則」を極めて限定的に解釈し、加盟国当局が裁
量によってEU域内の銀行再編を妨げることを認めなかった。このような姿勢は、欧州委員会が加盟国に
対して積極的に侵害訴訟を展開したことに表れている。ただし、イタリアの事例では欧州委員会は主に事
後的に侵害訴訟を行った。ここで強調すべきは、EC合併規則の制定から2007年までの間に、加盟国政府
がEC合併規則の「プルーデンス規則」を理由として当局の介入を正当化した事例は、本稿で扱った事例
以外には存在しないことである。したがって、欧州委員会は、銀行部門において、EC合併規則の「プ
ルーデンス規則」を理由とする加盟国の行動を認めたことは1度もない。

第4に、加盟国当局の抵抗により一定の修正を迫られたとはいえ、結果として欧州委員会は域内の銀行再
編を積極的に促進することに成功した。欧州委員会による積極的な訴訟活動がなければ、ポルトガルの事
例ではBSCHはポルトガルの銀行市場におけるプレゼンスを強化することはできなかったであろうし、同
様に、ポーランドの事例でもウニクレディトがポーランドの銀行市場におけるプレゼンスを強化すること
はできなかった可能性が高い。また、イタリアの事例ではBBVAによる取引は失敗に終わったが、ABNアム
ロとBNPパリバはイタリアの銀行市場におけるプレゼンスを強化した。さらに、この事例はイタリアの銀
行市場の開放につながった。

総じて、欧州委員会は侵害訴訟を通じて加盟国の保護政策を制限し、欧州メガバンクのクロスボーダー
M&Aを積極的に促進することで、域内の銀行再編を進展させた。
43
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