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スポーツを活用した国際理解教育に関する研究 ―サッカーの事例を中心

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スポーツを活用した国際理解教育に関する研究 ―サッカーの事例を中心
スポーツを活用した国際理解教育に関する研究
―サッカーの事例を中心に―
キーワード:国際理解教育 国際的資質 スポーツ サッカー 高等学校
発達・社会システム専攻
坂口
1.研究の目的
令
要素で構成されていると考える。つまり、スポーツの特性
本研究の目的は、国際理解教育の実践としてのスポーツ
が反映され、育成される資質の中において強弱の差異が生
の可能性、そして、その関係性を明らかにし、国際理解教
じると考える。その中でサッカーを取り上げる理由をサッ
育の推進、普及に貢献するための実践に向けて提言をする
カーのスポーツとしての特徴から説明したい。それは、ゴ
ことである。
ールキーパー以外は手を使わない、世界中の様々な人種、
体格、体力、運動能力の持ち主がチームの中で十分に役割
2.語句の定義
を演じることができるといったことが挙げられる。つまり、
本研究では、国際理解教育の定義として、
『テキスト国際
サッカーは、その手軽さという特徴から全世界に普及して
理解』の中で掲げられている「国際理解教育とは自己と他
いる唯一のスポーツであるといえる。サッカーを事例とし
者の人権を尊重しながら、異なる文化を認め、世界の人々
て取り上げることは、スポーツを活用した国際理解教育を
と共に生きていこうとする人間を育てる教育である」
(米田
学校だけでなく、広くその対象を選ぶことなく、普及する
伸次・大津和子・田渕五十生・田中義信共著『テキスト国
ことにも役立てることができると考える。
際理解』
、国土社、1997 年、2 頁。
)という定義を引用する。
3.本研究の要旨
また、国際理解教育によって育成される資質、国際的資質
として、中西が行った研究(中西晃『国際的資質とその形
現在、国際理解教育は、本来の意義である国際的な資質
成―国際理解教育の実証的研究』
、多賀出版、1991 年。
)で
を育成するという側面だけでなく、他の側面からも注目を
述べられている国際的資質である、①自己確立、②コミュ
浴びているように思われる。例えば、
「総合的な学習の時間」
ニケーション能力、③異文化理解、④世界共通課題の認識、
において活用される際には、教師の役割、学びとは何かを
⑤人権意識、という五つを引用する。質問紙調査において
再認識する場としても活用されているなど、国際理解教育
もこの枠組みを使用し、スポーツ(サッカー)交流が国際
の推進に向け、様々な視点からアプローチが行なわれてい
的資質の育成においてどのような効果(影響)を与えるか
る。しかし、それはまだ限られた範囲の中でのことだとい
について分析を行った。
わざるを得ない。未だに国際理解教育の中には、先行研究
続いて、本研究におけるスポーツの範囲とサッカーの位
において指摘されている人権教育が欠落していたり、ステ
置付けについてだが、スポーツの範囲は、近代スポーツ、
レオタイプ化した文化を伝えるなど内容が希薄化している
生涯スポーツ、そして、民族としての価値観や文化的帰属
ことに伴い態度や人格形成が二次的なものとして扱われる、
意識と強く結びついており、儀式的な意味を有することも
また、
「内なる国際化」への対応としての外国人問題が軽視
ある民族スポーツ、など全てのスポーツを含んだ最も広範
されている、などといったものから、他の教科の時間を割
な意味でのスポーツとして使用する。しかし、それぞれの
いてまで国際理解教育を実施することの必要性がわからな
スポーツを構成している育成される資質に関しては同一の
いといった課題まで幅広い範囲において課題が存在してい
1
る。以上のような問題意識から本研究は、1974 年のユネス
人と人との真剣な交流、態度の形成に役立つという特徴を
コ「国際教育勧告」以降の国際理解教育の変遷を、ユネス
有意義に活用し、コミュニケーション能力や人間理解(異
コを中心とした世界的な動向と、日本国内における国際理
文化理解も含む)といった側面の育成に力をいれ、交流を
解教育の変遷を考察し、現在の国際理解教育の課題の所存
行っていることが明らかになった。また、宿泊や他のイベ
と背景を明らかにするとともに、新しい実践の可能性とし
ントを通して、一貫して交流を実施することによってスポ
てスポーツに着目し、その有効性について考察を行った。
ーツ交流の意義を高めるように努めている。グローバルア
リーナは、主にユース年代の子どもたちが中心のスポーツ
第一章「日本における国際理解教育の課題とスポーツの
交流を行っており、これらの交流の形態は、学校における
特徴」においては、日本の国際理解教育の課題について
スポーツ交流の試金石と成り得る実践事例として位置付け
1974 年ユネスコ「国際教育勧告」からはじまる「ユネスコ
ることができる。
との乖離」という視点から考察を行った。それは以下のよ
うにまとめることができる。①ユネスコからの乖離により、
第二章「スポーツと国際理解教育の関係」においては、
国際理解教育の理念・内容の統一ができていない。そのた
育成される資質、国際理解教育の課題改善の手段としての
め、実践する内容に偏りがある。②内容の偏りに伴い、そ
スポーツ、スポーツを活用する際の障壁、について考察を
の方法が画一的、短絡的になってしまっていること。③生
行った。スポーツによって育成される資質については、
「ス
活習慣や文化・芸能などの異文化学習を優先する傾向があ
ポーツ振興基本計画について」を参照に国際理解教育の視
るため、教科における知識習得型の学習が多く、直接的な
点から五つにまとめた。それは、①自己責任、克己心、②
交流における態度の形成が軽視される傾向がある。④海外
コミュニケーション能力、③多様な価値観を認める、④世
へ視点が向いているため、日本人の育成が強調され、国内
界の人々との相互理解や認識、国際的な友好、⑤「フェア
への視点を欠いている。
プレイの精神」
、の五つである。これらは互いに表現の仕方
このような課題が存在しているため、国際理解教育を実
に差はあるが、国際理解教育の資質と内容は概ね一致する
践する学校においては、国際理解教育とはどのようなもの
ものを含んでいる。しかし、国際的資質のカテゴリーであ
かという認識論的な課題が存在してしまうと考えられる。
る人権意識に関しては、スポーツによって育成される資質
これらの国際理解教育の課題を改善する手段として、本
には含まれていない。スポーツにもモラルや相手を尊重す
研究では、スポーツに着目し、はじめにスポーツの意義・
ること、また「スポーツ権」の普及という点などから人権
価値について広く考察した。その中から「世界共通の文化」
意識との接点は見られるが、その直接的な関係性は弱く、
と喩えられるスポーツの普遍的価値を明らかにするととも
曖昧さが残るといえる。そのため、育成される資質の関係
に、日本的なスポーツの特徴を明らかにした。
「世界共通の
からは、スポーツを活用した国際理解教育の資質として、
文化」としての特徴は、スポーツの柔軟性、平和促進の手
①自己確立、②コミュニケーション能力、③異文化理解(人
段としての価値に収斂できる。また、その根底には、スポ
間理解)
、④世界共通課題の認識の四つを明示した。質問紙
ーツをすることの「楽しさ」という発展の人間的・心理的
調査において、これらの資質が育成されているかについて
要素が存在している。一方、日本の特徴としては、一般的
実証した。
に語られる日本的なスポーツ文化ではなく、スポーツが行
このような、スポーツと国際理解教育の関係を捉えた上
なわれる「場」に着目し、企業スポーツを事例として取り
で、第一章で述べた国際理解教育の課題改善の手段として
上げた。日本では、ヨーロッパの国々ではスポーツの発展
スポーツがどのようなアプローチができるか、教材として
のスタイルとして語られる地域スポーツクラブが発達しな
活用する、交流として活用するという二つの視点から考察
かったため、企業スポーツが興ったといえる。しかし、バ
した。その結果、スポーツを活用することによって、これ
ブル経済崩壊後、企業スポーツは縮小の傾向にある。その
までの「3F」といった異文化学習に偏った国際理解教育で
ような流れの中にありながらも、今もなおスポーツを福利
はなく、幅広い内容を扱うことが可能になるため、国際理
厚生のためだけではく、その意義・価値を見出し、スポー
解教育の内容・方法の拡大、そして国内へ視点を向けるこ
ツ交流に取り組む企業がどのような交流を行っているのか、
とができるという点から、スポーツは、国際理解教育の課
グローバルアリーナのスポーツ交流、サニックス杯を事例
題改善の手段としても活用できることが明らかになった。
に取り上げ、担当をしている役員の方へのインタビュー調
これまではスポーツの意義にのみ着目し、考察してきた。
査から考察を行った。その考察から、企業は、スポーツの
スポーツの良い側面は「スポーツの聖域化」として様々な
2
場において語られている。しかし、その裏には、当然スポ
交流相手は海外に限らずインターナショナルスクール、民
ーツにも他の領域である政治・経済などとの関係が存在し
族学校など身近に存在しており、視点を国外から国内へ向
ている。先行研究の考察から、①政治・経済との結びつき、
けることにより、この課題の解決へ近づくことできると考
②行き過ぎた勝利至上主義、③文化帝国主義の手段、とい
える。
う三点をスポーツと関係する障壁として挙げ、スポーツを
三潴高校の質問紙調査の分析からは、①自己確立、②コ
聖域化して扱うのではなく、これらの点を考慮することの
ミュニケーション能力、などといった態度の形成、精神的
重要性を提言した。つまり、この三点は、国際理解教育で
な側面においてスポーツ(サッカー)の効果(影響)が強
も敬遠されがちな政治関係や民族間の軋轢といったことを
いことが明らかになった。一方、③異文化理解、④世界共
表しており、スポーツを通してこれらを教材化することは、
通課題の認識といった知識の理解の側面においては、内・
国際理解教育の実践の幅を広げることにつながる。また、
仲間同士の理解は深めるが、その対象が外・他者に変化し
国際理解教育、スポーツ交流ともにその実践の際には、指
た場合は、その可能性を否定することはできないが、表面
導者の力量が多きく影響することから、能力のある指導者
的な理解に留まることが明らかになった。つまり、理解を
を活用することによって、その効果をより高めることがで
深めるためには、スポーツ交流以外の事前・事後指導の必
きる。このような側面を考慮した上で、スポーツを国際理
要があるといえる。①∼④に関しては、その効果(影響)
解教育に活用することが望まれる。
の強弱の差はあるが、第二章の枠組み通り、その関係が有
ることが明らかになった。人権意識については、ルールを
第三章「スポーツを活用した国際理解教育の事例」にお
守ること、
「フェアプレイの精神」
、などといった相手を尊
いては、スポーツ交流を部活動の競技力向上だけでなく、
重するという意識についての質問から社会的なモラルと関
国際理解という側面においてもその効果(影響)を考え、
連した人権意識について調査を行った。しかし、フェアプ
全校生徒に還元しようとする目的を有している学校として、
レイをするということは、試合に勝ちたいという意識から
広島県立広島皆実高等学校と、福岡県立三潴高等学校の両
起こることも否定できず、場合によっては、その意識が「フ
校を調査対象校として選定し、調査を行った。皆実高校に
ェアプレイの精神」を凌駕することから、スポーツ(サッ
おいては、先生へのインタビュー調査、三潴高校において
カー)交流をすることと人権意識を育成することに直接関
は、先生と生徒へのインタビュー調査と生徒への質問紙調
係があるか、本調査では明らかにすることはできなかった。
査を行った。生徒へのインタビュー調査では、それぞれス
第二章で明らかになったように、やはり、その関係は曖昧
ポーツ交流に異なった背景を持って参加した 3 人に対して
であるという結果が表れた。
行った。質問紙調査では、2003 年 8 月にスポーツ交流に参
インタビュー調査からも、生徒は、サッカーを通して特
加した経験を持つ、サッカー部の 2・3 年生併せて 45 人に
別な仲間意識や共通理解を育むことができると感じている。
学校で回答してもらった。また、2004 年に卒業したサッカ
また、コミュニケーション能力、意思表示、ルールを守る
ー部の生徒 27 人に同様の質問紙を送付し、
5 人分回収した。
こと、礼儀正しさといったことを身につけることにスポー
スポーツ交流に参加した生徒を対象としているので回答率
ツは役立っていると述べている。一方、理解に関しては、
は、100%となっている。しかし、全ての生徒が 2002 年度
仲間同士に限られると述べられており、全体的に質問紙調
の交流を思い出しながら質問に回答しているため、交流直
査と同様の傾向が見られた。しかし、試合に出場した生徒
後に行う調査と比較すると、その意識が曖昧だったり、他
だけが試合を通して相手の気迫、感情といったものを感じ
で得た情報が入り混じっていることは否定することができ
ており、他者理解の可能性も否定することはできないとい
ない。
う結果が表れた。
皆実高校の事例からは、スポーツ(サッカー)交流だか
本調査において、国際的資質に基づく分析から強い効果
らこそ、多くの一般の生徒に興味を喚起することができる、
(影響)がある側面として態度の形成、精神的側面を挙げ
つまり、効果(影響)をより還元することができるという
ることができた。それは、自己確立、コミュニケーション
ことから学校がスポーツ交流を行うことの意義が明らかに
能力といったものであり、全てのスポーツに共通する側面
なった。その一方で、スポーツ交流には、多大な費用が掛
であるといえ、サッカーの事例から明らかになった効果(影
かってしまう、また、国際理解と競技力向上の間のバラン
響)は他のスポーツでも一般化することができると考える。
スをとることの難しさといった課題が生じており、長期
しかし、スポーツには団体競技、個人競技といった性質の
的・継続的な交流が難しいことも明らかになった。しかし、
差は存在しており、その強弱に関しては、スポーツの種目
3
によって異なるといえる。
れる。このようにスポーツは多くの意義や課題を有してお
一方、本調査において弱い効果(影響)という結果が表
り、様々な側面において、その実情を表しているといえる。
れた理解の側面についてだが、スポーツには、その存在自
つまり、その特徴や表面的な理解に留まらず、その奥の内
体が文化的伝統を保持するシンボルとなる民族スポーツが
実までも表すという性質は、国際理解教育の教材として非
存在しているように、また、インタビュー調査において生
常に優れているといえる。しかし、これまで国際理解教育
徒がその可能性を示したように、文化・他者理解を深める
と関連したスポーツの研究・実践は少ないといわざるをえ
手段としてもスポーツはその可能性を有しているといえる。
ない。その理由として、スポーツは非常に多様な意義を有
しかし、その際においても事前・事後指導が重要となるこ
しており、その全ての側面との関係を考察することは、非
とには変わりないといえる。
常に困難であるという点を挙げることができる。また、ス
このような、事前・事後指導が必要であるという点は、
ポーツは、人と人との交流であるため、その効果(影響)
スポーツ(交流)の限界を表しているといえる。また、調
について分析する際にスポーツに限定して分析することが
査で明らかになったスポーツの効果(影響)をどこまでス
非常に困難であるという点も限界として挙げることができ
ポーツに限定することができるかも疑問が残るところであ
る。そのため、どうしてもスポーツの効果(影響)の分析
る。これらは、全てがスポーツによって育成されているも
は筆者の経験や意識に基づいたものや、意識調査といった
のではなく、当然他の影響も考えられるため、あくまで、
方法に留まってしまうといえる。
その一部としてスポーツの効果(影響)があるということ
今後、これらの課題の克服へ向けて、スポーツと国際理
を言及しておく必要がある。
解教育の関係をより総合的に捉えること、スポーツの効果
(影響)をよりスポーツにのみ限定的に分析することによ
4.研究の成果
って、また、現実的な問題として費用をどのように抑える
本研究の成果をまとめると以下の四点になる。①国際理
かといったことを考慮することは、長期的・継続的なスポ
解教育に関する先行研究を整理し、現在の国際理解教育の
ーツ交流の実現を可能にする。つまり、スポーツを活用し
課題を解決するための視点を明らかにした。②スポーツと
た国際理解教育が国際理解教育の中において重要な役割を
国際理解教育の関係を整理することによって、これまで国
担うものとして位置付けることが可能になると考える。
際理解教育の手段として活用されることが少なかったスポ
ーツを通しても国際理解教育が行えることを示すことがで
6.主要引用文献
きた。③スポーツという日本全国に広く普及しているツー
・ 西山哲郎「差異を乗り越えるものとしてのスポーツ―
ルを使用することにより、国際理解教育に取り組むことに
スポーツにおける文化帝国主義とグローバル文化の可
躊躇している学校に対して、取り組むきっかけを与え、国
能性」
、日本スポーツ社会学会『スポーツ社会学会紀要』
際理解教育の内容・方法の範囲を広げることができること
9、法政大学出版局、2001 年、106-118 頁。
を明らかにした。④国際理解教育の手段としてスポーツ(サ
・ 藤原健固「国際関係における体育・スポーツ、とりわ
ッカー)を活用することは、自己確立、意思表示、コミュ
けオリンピックの政治的機能」
、中京大学社会科学研究
ニケーション能力といった態度の形成などの精神的側面に
所『社会科学研究』第 4 巻、成文堂、1984 年、99-125
おいて効果(影響)が強く、また、内・仲間同士の理解を
頁。
深めること、一方で、対象が外・他者になるとその効果(影
・ 嶺井明子「ユネスコ 74 年勧告と日本の国際理解教育の
響)は、弱くなるというスポーツ(サッカー)が国際理解
課題」
、日本国際理解教育学会『国際理解教育』VOL2、
教育によって育成される国際的資質に対して、どのような
創友社、1996、26-42 頁。
効果(影響)を与えるかを明らかにした。
7.主要参考文献
・ 井上俊編『スポーツ文化を学ぶ人のために』
、世界思想
社、1999 年。
・ 佐藤郡衛『国際理解教育―多文化共生時代の学校づく
5.研究の課題
スポーツは、広く社会にも普及しており、ワールドカッ
プ、オリンピックなどの世界大会では、世界中の人々が熱
り』
、明石書店、2001 年。
狂し、感動する。その一方で、莫大な利益をもたらしたり、
・ 中西晃編著『国際教育論―共生時代における教育―』
、
環境を汚染している、などといった現実的な側面や、また
創友社、1993 年。
は、ドーピング、誤審などによって物議を醸す場面も見ら
4
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