Comments
Description
Transcript
第2章 TRIPS協定を踏まえた多様な知的財産保護の強化(PDF:755KB)
第2章 TRIPS 協定を踏まえた多様な知的財産保護の強化 Ⅰ. 営業秘密の保護の現状と国際動向 1.はじめに グローバル化や情報化、人材の流動化等が進展する中で、企業の競争力の源泉となる技 術情報、中でも秘密情報の適切な管理がより一層重要となってきている。一方で、雇用形 態の多様化や海外進出企業の増加等の影響から、営業秘密を争点とした裁判は増加傾向に あり、退職者等が絡んだ営業秘密侵害や海外拠点からの流出など漏えい経路も多様化して いる。 このような状況下で営業秘密の保護に対する関心は高まっており、海外においても 2013 年 2 月に米国が「営業秘密侵害を提言するための米国政府戦略」1を公表した他、EU にお いても 2013 年 11 月に「営業秘密の保護に関する EU 指令案」2が公表されるなど広がりを 見せている。 2.日本における営業秘密保護 日本においては、平成 2 年の民事規定導入以来、不正競争防止法において営業秘密の保 護を図ってきた。その後さらに、ネットワーク化の進展、情報技術の進歩、経済構造改革 の加速による人材の流動化、グローバル化の中での企業の競争力の維持・強化のための技 術的優位の重要性、アジア諸国の技術的台頭などを背景に、営業秘密に係る不正行為のう ち、 特に違法性の高い行為類型について平成 15 年改正において刑事罰の対象とする規定を 導入し、その後、平成 17 年改正、平成 18 年改正及び平成 21 年改正において保護強化を行 い、 さらに平成 23 年改正において営業秘密の内容を保護するための刑事訴訟手続きの整備 を行った。 また、法改正による保護強化と平行して、不正競争防止法上の保護を受けうる企業等の 保有する情報の管理水準や企業が秘密管理体制を構築する際の参考ツール等を示した指針 である「営業秘密管理指針」3を策定している。 3.営業秘密を巡る近年の情勢 近年、海外企業への転職技術者の増加や我が国企業の海外展開の進展などから営業秘密 漏えいがより生じやすい環境になっている。 経済産業省が平成 24 年度に行った「人材を通じた技術流出に関する調査研究」におけ テキスト: http://www.whitehouse.gov/sites/default/files/omb/IPEC/admin_strategy_on_mitigating_the_theft_of_u.s._trade_secrets.pd f (最終アクセス日:1 月 22 日) 2 指令案:http://ec.europa.eu/internal_market/iprenforcement/docs/trade-secrets/131128_proposal_en.pdf (最終アクセ ス日:1 月 22 日) 3 営業秘密管理指針 http://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/111216hontai.pdf (最終アクセス日:1 月 22 日) 1 - 34 - るアンケート結果によれば、過去 5 年間での人を通じた営業秘密の漏えい事例について、 「明らかに漏えいがあった」と回答した企業と「おそらく情報流出があった」と回答した 企業を合わせて 13.5%であった。4「明らかに漏えい事例があった」ケースでは、流出元は 正規社員の中途退職者によるものが最も多く、人を通じた技術流出は大きな問題となって いる。 また、ものづくり白書によれば、海外展開企業と海外非展開企業を比較したところ、海 外展開企業の方が 1 割程度多く技術流出をしており、特に、コア技術を海外に移管して生 産活動を行っている企業の半数近くが、技術流出があった( 「技術流出があった」+「確認 できないが、あったとみられる」 )と回答している。これらのデータは、海外拠点からの技 術流出を裏付けるものである。5 さらに、情報通信技術を用いて企業等の機密情報を搾取しようとするサイバーインテリ ジェンスの問題化や日本企業の技術が提携先等から漏えいするケースも聞かれており、技 術流出の形態は多様化している。 4.営業秘密を巡る国際情勢(概要) 2013 年 2 月に、米国は「営業秘密侵害を提言するための米国政府戦略」を公表し、この 中では、他国に対する営業秘密保護の働きかけや、企業がベストプラクティスを促進する ことに対する政府の支援、経済スパイの量刑引き上げ提言(2011/3)を踏まえた検討をす ることなどについて述べられている。立法面では、2012 年の経済スパイ法改正により、海 外流出事案への罰金が引き上げられた。さらに現在、経済スパイ法が外国領地で行われた スパイ行為(米国のコンピューター・ネットワークに影響を及ぼす場合)及び外国政府が 指示するスパイ行為に適用されることを明確にするように同法を改正する法案が議会に提 出されている。 また、米国では 1990 年関税法第 337 条により、米国国際貿易委員会(ITC)が侵害製品 の米国への流入を排除する権限を有している。第 337 条調査の大半は特許又は商標侵害の 主張に係るものであるが、近年営業秘密の不正使用に関する手続きが急増6している。 EU では、2013 年 11 月 28 日に「営業秘密の保護に関する EU 指令案」を公表。本指令 案は、営業秘密を保護する法制度の導入を加盟国に義務づけるもので、今後 EU 理事会及 び欧州委員会での立法審議に付される。成立すれば、加盟国は 2 年以内の国内法整備を義 務づけられる。 韓国は、2012 年 6 月に韓国特許情報院の内部組織として営業秘密保護センターを設立。 当センターは、営業秘密管理方策の相談受付や営業秘密に関する広報・教育事業、営業秘 密の秘密性を維持したまま、営業秘密を保有していたことを証明する原本証明サービ事業 等を行っている。 4 5 6 平成 24 年度経済産業省委託調査「人材を通じた技術流出に関する調査研究報告書(別冊) 」 p50 2011 年版ものづくり白書 p176 2012 年 1 月~2013 年 2 月までの間に、ITC は 6 件の営業秘密不正使用に関する調査を開始。 - 35 - Ⅱ.欧州における営業秘密の保護法制について 1.はじめに 本稿は、欧州委員会が、2013 年 7 月に公表した「域内市場におけるトレード・シークレ ット及び営業秘密情報に関する調査研究(Study on trade secrets and confidential business information in the internal market) 」報告書1の内容を基に作成されている。 同調査研究は、欧州連合(EU)における営業秘密保護の法制及び経済構造について調査 したものである。同調査研究では、経済文献及び EU 加盟国の法的枠組みについて広範な 調査を行い、欧州企業のニーズについて統計的な実態調査も行った。 その分析結果に基づき、同調査研究は、EU 域内において統一的な営業秘密の保護制度 が存在しない現状、この現状に見られる弱点、統一的な保護制度が広く求められている点 について述べ、EU レベルでの営業秘密保護に関する立法を支持する。 この調査研究の結果を踏まえ、欧州委員会は、11 月 28 日に「非開示ノウ・ハウ及び営 業情報(営業秘密)の不法取得、使用及び開示に対する保護に関する欧州議会及び理事会 指令(案) 」 (以下、 「指令案」 )を公表した。同指令案の内容は、上記調査研究報告書には 含まれていないが、本稿においては、EU(その加盟国)における今後の営業秘密保護に関 する方針を示すものとして、その重要性に鑑み概要を記した。 そこで、以下に上記の欧州委員会の調査研究報告書の概要を記し(2.~5. ) 、その後 に指令案の概要を記す(6. ) 。 2.経済の観点から見た場合の営業秘密2 営業秘密には、経済的価値を有する情報が含まれている。すなわち、情報の保有者はこ の情報を合理的に利用する権利を有しており、この情報は適切な措置により秘密として保 持され保護されている。 実態調査や経済文献により、営業秘密の価値や性質について以下の点が認められる。 営業秘密は、イノベーションを行っている企業と行っていない企業の両方にとって価値 ある事業資産である。価値ある事業資産として、営業秘密は経済成長及びイノベーション 促進において重要な役割を果たしている。 営業秘密は、以下の性質を有する。①他の手段を通じて利用可能な保護(知的財産権) を補完し補足するものである。②ほとんどの産業にとって、営業秘密は重要であるが、他 の知的財産権に比べて営業秘密の重要性は、業種によって異なる。③中小企業の革新は他 に比べ性質上漸進的であり、営業秘密が企業価値及び業績にとって重要であるため、営業 秘密の保護は、中小企業にとって特に重要である。 また、営業秘密の保護は、①経済成長と競争力を高め、効率性と革新的な情報の流通を 奨励し、②物理的なセキュリティの過剰投資を一部代替し、契約交渉における開示を促進 1 Study on Trade Secrets and Confidential Business Information in the Internal Market. Final Study. April 2013. Prepared for the European Commission. 日本語仮訳として、 JETRO『欧州委員会の営業秘密に関する研究報告書 (日本語訳) 』 ttps://www.jetro.go.jp/world/europe/ip/pdf/20131018_appendix_rev.pdf 2 European Commission, supra note 1, at 1-3. 前掲注 1・JETRO 1-3 頁。 - 36 - することを通じて EU の政策目標(アイデア、知識及び技術の自由かつ円滑な流通)を達 成する。 3.法的観点からの調査 3.1 民法、不正競争法、知的財産法、商法 (1)EU 内における統一的法制の欠如3 営業秘密に EU 加盟国が認めている法的保護は、現在、加盟国ごとに大きく異なってい る。 国際的な知財保護の枠組みとして、WTO 加盟国の知的所有権の保護の最低水準を定め る TRIPS 協定は、様々な知的所有権行使の仕組み及び救済手段について定めており、第 39 条は、WTO 加盟国における非開示情報の保護について定め、第 39 条第 2 項において、国 際的に非開示情報としての営業秘密を保護するための柱として、営業秘密の定義を定めて いる。しかしながら、上記の EU 加盟国における営業秘密の保護の状況をみると、統一的 な保護の実現を効果的に達成しているとは言えない。 (2)法的保護のモデル:特別法対一般法4 スウェーデンは、EU 域内において、営業秘密に関する特別法を制定している唯一の国 である。他方、スウェーデン以外の EU 加盟国は、民法及び刑法の様々な規定により営業 秘密を保護している。 なお、 従業員による不正使用は、 営業秘密侵害の重要な領域として広く認識されており、 在職中の従業員による営業秘密の開示の防止は各国法制度で共通して対応されている。 (3)営業秘密の統一的な定義の不存在5 EU 域内には「営業秘密」の統一的な定義が存在しない。特別法又は不正競争法におい て営業秘密の不正使用に対する特別規定を設けている EU 加盟国でさえ、全ての国が営業 秘密としてどのような情報を保護するのかを法令で定義しているわけではない6。 EU 加盟国において、共通して見られる営業秘密の要件がある。(i)事業に関連する技術 上の情報又は商業上の情報であること、(ii)一般的に知られていない又は容易に知ることが できないという意味において秘密であること、(iii)情報の保有者に競争優位を与える経済的 価値があること、(iv)情報を秘密として保持するために合理的な措置がとられていること、 である。 しかし、営業秘密の定義には共通点とともに相違点が見られる。ほとんどの EU 加盟国 European Commission, supra note 1, at 3-4. 前掲注 1・JETRO 3-4 頁。 European Commission, supra note 1, at 4. 前掲注 1・JETRO 4 頁。 5 European Commission, supra note 1, at 4-5. 前掲注 1・JETRO 5 頁。 6 EU 加盟国の中では、 営業秘密保護に関する特別法/特別規定を制定している 19 カ国中 11 カ国だけが営業秘密 を定義している。 3 4 - 37 - が、商業的価値又は経済的価値を有している必要があるとしているが、その代わりに営業 秘密保有者の利益を要件としている EU 加盟国もある7。スロベニアにおいては、企業の書 面による取締役会決議により営業秘密とみなされた場合に情報は営業秘密とみなされる。 (4)提起可能な訴訟及び適用可能な救済8 一般的に、営業秘密の侵害に対する民事訴訟を正式に提起するためには、(i)保護可能な 秘密が存在すること。(ii)保護可能な秘密の侵害。(iii)被告による不正使用(misappropriation) 又は使用(use)が違法であることの 3 点について証拠を提出しなければならない。 訴訟の相手方の個人的資格により、他の要件が適用される場合もある。例えば、現職の 従業員、元従業員、ライセンシー、契約相手方、競合他社、善意の第三者の取得者( 「善意 の取得者」 )又は悪意の第三者の取得者(例えば、産業スパイの場合)である。この点に関 して、EU 加盟国の法律には一貫性が見られない。EU 加盟国の中には、善意の場合にも(こ の場合、損害賠償は認められない可能性が高い) 、情報を取得した者に対して訴訟を提起で きる国もある(例えばドイツ)9。他方で一部の加盟国では、営業秘密の保有者は、契約上 の義務違反があった場合にのみ法的措置をとることができるとされている10。 EU 各加盟国の法律において営業秘密が知的財産とみなされるかどうかという点につい て明確な解答はない。営業秘密が知的財産とみなされる場合、知的財産権に関するエンフ ォースメント指令(EC/2004/48)で定める適用対象とされるものの、EU 加盟国における指 令の実施形態が異なることから、知的財産とみなされることにより自動的に営業秘密の統 一的な救済の仕組みが構築される訳ではない。例えばフランスでは、営業秘密は一般的に 知的財産とみなされるものの、エンフォースメント指令を実施するフランス法は営業秘密 には適用されないとされている。 (5)利用可能な救済措置(仮処分含む)11 適用可能な救済として、差止命令による救済、営業秘密を組み込んでいる侵害物品又は 侵害物質の返還/押収/排除/廃棄(return/seizure/withdrawal/ destruction)12、制限命令(restraint orders:例えば罰金。 ) 、罰則及び損害賠償がある。また、ほとんどの EU 加盟国において、 ブルガリアにおいては、 「営業秘密は当事者の利益にかなう」ことが要件とされている。他方、ハンガリーの 公表文献によれば、権限のない者による営業秘密の取得又は使用については、これが営業秘密保有者の財務、 経済又は市場上の利益に反する又は利益を危険にさらす場合には禁止されている。スウェーデンの営業秘密の 保護に関する法律においては、損害の発生を要件とし、特に「競争的」損害の発生を要件としている。これと は対照的にスロバキアの商法典の定義には損害に関する文言はない。 8 European Commission, supra note 1, at 5-6. 前掲注 1・JETRO 6 頁。 9 オーストリア、チェコ、デンマーク、エストニア、フィンランド、ドイツ、アイルランド、ラトビア、リト アニア及びポルトガル。 10 マルタ。 11 European Commission, supra note 1, at 6. 前掲注 1・JETRO 6-7 頁。 12 営業秘密を組み込んでいる侵害物品等については、平成 25 年 11 月末公表の指令案でも措置が盛り込まれて いる。即ち、暫定措置及び予防措置として、 「 (c)被疑侵害品の市場への流入又は市場での循環を防止するため の押収(seizure) や引渡(delivery) 」 (第 9 条) を、 「侵害品に関する是正措置」として、 「(d) 侵害品の廃棄(destruction) 又は市場からの排除(withdrawal) 」 (第 11 条)の規定の導入を提案している。なお、 「営業秘密を組み込んでい る侵害物品等(infringing goods)の EU 指令案での定義は下記6. (1)参照。 7 - 38 - 判決文を入手することが可能である。 この中で、EU 加盟国の裁判所において一般的に認められている救済は、差止命令と損 害賠償である。返還、押収、排除又は廃棄はすべて訴訟手続きの暫定段階において通常命 じられるが、立証負担が大変大きいことから、一方当事者(ex parte)のみで(すなわち、 相手方を最初に召喚することなく)認められることは稀である。実際、侵害の証明は、営 業秘密保有者が保護を求める上で直面する主要な阻害要因である。そのため、訴訟が却下 される理由として証拠の未提出が頻繁に登場する。 以上のとおり、営業秘密についての救済についても加盟国間に統一性がない。 (6)証拠収集のための特別の手続き13 証拠を保全・収集する特別の手続きとして、証拠の保全命令(文書・証拠の押収等)及 び文書の提出命令がある。また多くの国では、不正使用されたデータを捜索するための敷 地及びコンピュータの一方当事者(ex parte)のみによる捜索命令及び文書の所在に関する 情報の提出を被告に求める提出命令が適用されており、このような救済は知的財産権のエ ンフォースメントに関連する場合にのみ認められる場合が多い。 例えば、ドイツでは、検索命令(Search orders)を、物品の所有者に対してその物品につ いての請求権を有する者が利用することができる。その者は、所有者に対し、調査 (inspection)のために物品を提示するか又は検査を許可することを要求しうる。また、記 録や文書だけでなく、所有者が所持し請求人がそれに言及している資料についても、その 提出を裁判所は命ずることができるとされている。 しかし、捜索命令が制度上認められている国においても、実際に裁判所によって認めら れることは稀である。証拠を保全する上記の命令が行われない主な理由として、その命令 がほとんど対処不可能な立証負担(資料廃棄の現実、窮迫の危険性、被告の文書保有及び 侵害による損害の立証)を要求していることが挙げられる。 また、被告が裁判所命令に協力的であることは稀であり、ほとんどの国において侵害者 に裁判所命令を強制する強制措置がなく、適切な証拠の特定が困難となる。これに対し、 フランスでは、裁判所による提出命令に従うことを拒否した侵害者に対して裁判所が罰金 を科す制度がある。 審理前の(完全)開示義務(いわゆるディスカバリー)については、欧州では英国及び アイルランド、欧州以外では米国などのコモンローの管轄においてのみ規定されている。 (7)損害賠償額の計算方法14 不法行為に基づく損害には積極的損害及び逸失利益があるが、逸失利益は証明が困難で ある。さらに、営業秘密保有者は、侵害者の利益が請求者の損害を上回る範囲において、 逸失利益に加え侵害者の利益の返還を請求することができるとする加盟国もある(イタリ ア) 。 13 14 European Commission, supra note 1, at 32-34. 前掲注 1・JETRO 33-36 頁。 European Commission, supra note 1, at 35-36. 前掲注 1・JETRO 37-38 頁。 - 39 - 損害賠償が契約に基づき請求される場合、損害賠償に加え(契約に定められている場合) 約定損害賠償を請求することができる。しかし、契約上の責任は契約締結時に予見できた 損害に限定される場合が多い。 多くの加盟国で、営業秘密侵害行為に対する損害賠償の計算に関する特別基準は設けら れておらず、不法行為責任の一般基準が適用されている。一部加盟国では不法行為に基づ く損害の計算の基準としてライセンス契約(ライセンス料相当)が類推適用される。 裁判所が認めた総額が請求者の実際の損失を上回らない場合、利用可能な損害賠償額算 定の選択肢が原則的に累積的に適用される。 ほとんどの加盟国は、営業秘密に関する民事手続きで侵害者に懲罰的損害賠償を科すこ とを裁判所に認めていない(アイルランド及び英国を除く) 。 (8)法的手続きにおける営業秘密の漏えいを回避する適切な措置15 EU 加盟国の多くで、訴訟手続きでの営業秘密の漏えいを回避する適切な措置が存在し ないことが、裁判所における営業秘密保護の執行を阻害している主要な要因である。数少 ない加盟国16においてのみ、営業秘密の機密性を保持するためすべての手続き又は手続き の一部を非公開審理とすることを当事者が求める権利が存在する。しかし、実際に適用さ れることは稀である。ハンガリー(インカメラ手続きによって) 、ドイツ(いわゆる「デュ セルドルフ手続き」によって) 、英国(当事者間における開示義務を制限することを定めた 特別契約により)だけが、民事手続きの過程における営業秘密の開示を回避する有効な手 続上の措置を講じている。 ①ハンガリー(インカメラ手続き)17 裁判所が命じる。当事者は全ての文書の複製が禁じられる。営業秘密を含む文書を調 査する場合、秘密保持の宣言を行う必要があり、判事が特別のレビュー手続きを定める。 ②ドイツ(いわゆる「デュセルドルフ手続き」 )18 被告が証拠を廃棄する機会をなくすため、被告への暫定的差止命令として証拠を保全 するための独立した手続きを裁判所が命じる手続きから構成される。証拠については、 秘密保持契約義務を負う権限のある専門家及び弁護士だけが調査を行う。当事者が秘密 情報を知ることはない。 ③英国(特別契約)19 審理前の開示手続きで開示される情報を秘密として保持することについて当事者が European Commission, supra note 1, at 6-7. 前掲注 1・JETRO 7 頁。 ブルガリア、エストニア、ハンガリー、ドイツ、オランダ、ポーランド、ルーマニア、スロバキア、スロベ ニア。 17 European Commission, supra note 1, at 34. 前掲注 1・JETRO 36 頁。 18 European Commission, supra note 1, at 34. 前掲注 1・JETRO 36 頁。 19 European Commission, supra note 1, at 34. 前掲注 1・JETRO 36-37 頁。 15 16 - 40 - 裁判所に同意又は裁判所に求めることができる。 当事者は契約を締結し、情報の秘密保持に同意し、又は同意しない場合には、一方当 事者は秘密情報が相手方に開示されないことを裁判所に一方的に(unilaterally)求めう る。開示制限は、裁判所の自由裁量で行われる。 (9)善意の第三者への執行可能性20 善意で情報を取得した第三者に対しては営業秘密についての救済を得ることが原則とし てできないことも、営業秘密保護の執行の阻害要因である21。ほとんどの EU 加盟国では、 営業秘密の保有者は善意で行為を行った第三者に対して訴訟を提起することはできない。 例外的な加盟国22(例えばドイツ)においては、取得者の善意・悪意にかかわらず、救済 が適用される場合がある。ただし、善意で秘密を取得した第三者は損害賠償責任を問われ る可能性はない。なぜなら、損害賠償が過失を必要とするためである。しかし、第三者が 営業秘密の正当な保有者によって事実を通知された後、不正使用された情報を使用し続け た場合、第三者もまた過失ありとなる。それでもなお、自発的に同じ情報を開発した者に 対する救済は与えられていない。 (10)越境訴訟の取扱いと外国判決の承認 (a)越境訴訟の取扱い23 営業秘密の越境訴訟は、全ての管轄で提起可能だが、極めて稀である。 営業秘密侵害訴訟は、(a)契約に基づく訴訟又は(b)不法行為、違法行為又は準違法行為に 基づく訴訟のいずれかとしてみなされる。 EU 加盟国に係る越境訴訟においては、(i)(EC)No.2001/44 第 5 条第 1 項及び第 5 条第 3 項に基づき管轄が決定される。また、EU 加盟国と非加盟国であるアイスランド、スイス 又はノルウェー間の訴訟においてはルガノ条約が適用される。EU 加盟国以外の国に係る 事件において、有効な二国間条約がない場合には各国の手続法及び国際法に従って決定さ れる。 裁判管轄について、全ての EU 加盟国(スイスも同)において、被告の本拠地又は登記 上の住所がある加盟国の裁判所に訴訟を提起することができる。 一方、(i)不法行為訴訟であれば、当該国で損害が発生又はその可能性があるとき、(ii)契 約に基づく訴訟であれば、当該国で義務が履行又は履行されるべきであるときは、当該国 の裁判所に訴訟を提起することもできる。 European Commission, supra note 1, at 7. 前掲注 1・JETRO 7-8 頁。 イタリアにおいては、営業秘密の保有者は、取得者が不正使用を認識していた場合にのみ営業秘密の侵害及 び不正競争について法的手続きをとることができる。英国においては、秘密保持義務については状況によって 示唆される場合もあるが、善意で秘密情報を取得した者については、当該情報が秘密であることを取得者が認 識するまで、秘密保持義務を負わない。 22 オーストリア、チェコ、デンマーク、エストニア、フィンランド、ドイツ、アイルランド、ラトビア、リト アニア及びポルトガル。 23 European Commission, supra note 1, at 42-43. 前掲注 1・JETRO 45-46 頁。 20 21 - 41 - しかし、英国では、衡平法上の秘密保持義務違反が「不法行為」に該当するかどうかに ついて議論があり、 「不法行為」に該当しない場合、管轄が不明確な状態になる。というの は、上記理事会規則((EC)No.2001/44)も、契約行為又は不法行為を訴訟原因としない訴 訟に関する一般的なルールについて規定していないからである。 なお、すべての加盟国で、営業秘密が形成された場所は、管轄の決定に関連がないとさ れている。 (b)外国判決の承認24 外国判決の承認執行は、受入国で問題の営業秘密が保護されるのかとは無関係に、原則 として可能である。 (EC)No.2001/44(又はルガノ条約)に従い、他の EU 加盟国において EU 加盟国の判決が 受け入れられている。判決がその範囲に収まらない場合、承認・執行は適用される二国間 条約又は各国の手続法及び国際法により規制される。 なお、アイルランド及び英国は、EU 加盟国以外の判決の承認執行を相当制限するコモ ンロー上の準則に従うため、外国判決の執行を求める当事者は、当該国で新たな手続きを 開始することしかできない。 以上の、 (1)から(10)で挙げた EU における営業秘密の保護の弱点は、営業秘密の 保有者が裁判所に訴訟提起することを敬遠していることからも確認されている25。 3.2 刑法26 刑法は、営業秘密の保護において重要な役割を果たす。ほとんどすべての加盟国が刑法 に基づく保護を定めているが、刑法に基づく保護については EU レベルでの共通枠組みが 存在しないことから、いくつかの点でその保護が加盟国によって異なる。民事規定同様、 営業秘密に関する共通した定義は存在しない。そのため、加盟国間で営業秘密の侵害が違 法行為となる範囲に大きな違いが見られる。 (1)刑事手続きの対象行為の特徴27 ほとんどの EU 加盟国28が、開示、不正使用(misappropriation) 、使用その他の侵害など の営業秘密侵害に関する特別規定を設けている。一部加盟国では、刑事罰は不正競争法に European Commission, supra note 1, at 43. 前掲注 1・JETRO 46-47 頁。 このことに関する証拠は、①EU 加盟国から報告された営業秘密訴訟は限定的であること②クロスボーダー訴 訟は事実上存在しないということである。②については、インタビューを実施した企業(回答企業数 537 社) の中で、差止命令を得ることができた 57 社のうち、26 社がクロスボーダー・エンフォースメントを開始し、関 係したすべての EU 加盟国でクロスボーダー・エンフォースメントを執行できたのは 10 カ国にすぎない。 26 European Commission, supra note 1, at 7ff. 前掲注 1・JETRO 8 頁以下。 27 European Commission, supra note 1, at 7-9. 前掲注 1・JETRO 8-10 頁。 28 オーストリア、キプロス、チェコ、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、ポルトガル、 ルーマニア、スペイン及びスウェーデン。 24 25 - 42 - おいても定められている29。営業秘密侵害について刑法に規定がない EU 加盟国30では、窃 盗、不正使用及び不正アクセスという一般的な刑事規定が適用される場合がある それに加えて、他の刑法規定が特定分類の秘密の侵害について処罰の対象としている加 盟国31もある。例えば、違反者の特別な資格又は秘匿されている情報の性質に関連した職 務・公務上の秘密が挙げられる。 ほとんどの EU 加盟国の刑事規定には、営業秘密として秘密保持義務を負う具体的な基 準が存在しないことにより、禁止される行為が網羅的に定義されていない。情報を取り扱 う当事者(企業の従業員など)は、秘密保持義務を負う者である必要はない。しかし、刑 事罰を定める規定のほとんどは、違反者が故意に行為を行ったことを要件としている。す なわち、 当該情報が営業秘密を構成することを明確に承知していなければならない。 一方、 逆に過失による行為は刑法上の違法行為に該当せず、その関連性は例外的なケース32に限 定されている。 (2)刑事手続きの対象行為の罰則33 一般的に営業秘密の不正使用については、刑法に基づき罰金と懲役が科されている。こ のような刑罰は併科される場合もあれば、一方だけが科される場合もある34。 EU 加盟国において、通常懲役は最高で 2、3 年であるものの、適用される懲役期間には かなりの幅があり、数か月(例えば、ポーランド 1 か月、ギリシャ 3 か月)から数年(ス ペイン 4 年、スロベニア 5 年、ルーマニア 7 年、ルーマニアの場合には前職において知り えた情報が対象となる)に及ぶ。 罰金の金額はケースごとに大きく異なっている。EU 加盟国において、刑事手続きにお いて損害賠償請求を可能とする附帯私訴は広く認められているが、一部加盟国35では刑事 手続きにおいて賠償請求をすることはできない。 (3)刑事手得続きを進めるための要件36 一部加盟国37では、検察官が職権により手続きを開始することができるが、他の加盟国38 では、刑事手続きの開始は、権利を侵害された一方当事者(ex parte)のみが行う。 オーストリア、キプロス、チェコ、デンマーク、ドイツ、ギリシャ、ポーランド及びルーマニア。 特にブルガリア、アイルランド及び英国。 31 ベルギー、ブルガリア、キプロス、フランス、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、イタリア、オランダ、ポル トガル及びルーマニア。 32 例えば、ベルギー、エストニア及びフランスが例外的なケースである。 33 European Commission, supra note 1, at 8. 前掲注 1・JETRO 9 頁。 34 ハンガリー、イタリア、リトアニア、スロバキア及びスロベニアにおいては懲役のみが科され、他方、チェ コにおいては、罰金及び可能な場合には財産の没収のみが適用されている。 35 オーストリア、キプロス、ドイツ及びスロベニアなどは附帯私訴を認めていない。 36 European Commission, supra note 1, at 8. 前掲注 1・JETRO 9 頁。 37 ベルギー、ブルガリア、チェコ、キプロス、エストニア、フランス、ハンガリー、リトアニア、スロバキア、 スロベニア及びスウェーデン。 38 例えば、オーストリア、デンマーク、フィンランド、ドイツ、ギリシャ、イタリア、オランダ、ポーランド、 ポルトガル、ルーマニア及びスペイン。 29 30 - 43 - 事例によっては、検察官が起訴を取り下げた場合、私人訴追を行うことができる。チェ コ(CZK 50,000(EUR 2,000) ) 、リトアニア(EUR 5,648) 、ポーランド及びスロバキア(EUR 26,600)においては、刑事訴追の条件として発生した損害について基準を定めている。 (4)刑事手続きでの証拠、捜査・押収39 営業秘密に関する刑事裁判が開始された場合でも、検察官が違法行為を立証するために 裁判所に提出する証拠に関して特別な要件はない。違法行為が発生したことを証明する証 拠を提出するのは検察側であるため、検察官は手続きの過程で差止命令及び押収命令又は 捜索命令を広く利用することができる。 (5)法人処罰の有無と罰則40 EU 加盟国のうち 16 カ国41では、企業のために又は企業の利益のために行われた営業秘 密侵害について企業の刑事責任を定めている。 企業に適用される罰則として罰金がある。金額は違反の深刻度及び獲得した優位性/発生 した損害の評価額又はそのいずれか一方に基づき算出される。ベルギー、ハンガリー、ラ トビア、ルクセンブルク、ルーマニア、スロベニア及びスペインにおいては、会社の清算、 財産の没収又はある種の活動を行う資格取消などの欠格罰が適用される場合もある。 4.域内市場調査の結果42 「域内市場におけるトレード・シークレット及び営業秘密情報に関する調査研究」では、 域内市場調査として、 公式の統計データから 13 カ国43別に 17 業種44各 2 社 (中小企業 1 社、 大企業 1 社)の標本(442 件)を無作為抽出により入手し、それらに対し CAWI(コンピ ュータ支援ウェッブインタビュー)方法を用い、オンライン上で 2012 年 11 月 14 日から 12 月 4 日までインタビュー調査を実施した。なお、上記標本以外にも本調査への参加を希 望する他の企業の参加を認めた。同インタビューの標本からの回収率は、13 カ国合計で 17.8%であり、参加希望企業からの回答も含めて 537 社の回答を回収した。同調査の結果 は以下のとおりである。 European Commission, supra note 1, at 9. 前掲注 1・JETRO 9 頁。 European Commission, supra note 1, at 9. 前掲注 1・JETRO 10 頁。 41 オーストリア、ベルギー、キプロス、デンマーク、エストニア、フィンランド、フランス、ハンガリー、ラ トビア、ルクセンブルク、オランダ、ポーランド、ルーマニア、スロベニア、スペイン及び英国。 42 European Commission, supra note 1, at 12-15. 前掲注 1・JETRO 13-16 頁。 43 オーストリア、ベルギー、チェコ、フランス、ドイツ、ハンガリー、イタリア、オランダ、ポーランド、ス ペイン、スウェーデン、スイス及び英国。 44 1. 製造業:繊維製品製造業、2. 製造業:化学工業製品製造業、3. 製造業:基本医薬品・バイオテクノロジー製品 製造業、4. 製造業:電子計算機、電子部品、光学機械器具製造業、5. 製造業:機械器具製造業、6. 製造業:自動車 製造業、7. 電気業、ガス業、空調業、上水道業、下水道業、廃棄物処理業、復旧活動、8. 卸売業(自動車及び オートバイを除く) 、9. 運輸業、倉庫業、10. 情報サービス業、11. 出版業、12. 電気通信業、コンピュータプ ログラミング業、コンサルタント業、関連活動、13. 日用品、14. 金融業、保険業、15. 科学研究開発、16. 広 告業、市場調査、17. 法律事務所、公認会計士事務所。 39 40 - 44 - (1)営業秘密の重要性 回答者の 75%が営業秘密を自社の成長、競争力及びイノベーション成果にとって戦略的 に重要なものとして位置付けている。 (2)営業秘密/営業秘密情報の価値 営業秘密のうち最も価値が高い種類は、 「商業上の入札・契約、契約条件」に関連するも ので、以下、 「顧客名簿又は納入先リスト、関連データ」 、 「財務情報、事業計画」が続く。 「研究開発データ」 、 「プロセス上のノウ・ハウ、技術」 、 「処方、レシピ」 、 「製品技術」 、 「マ ーケティングデータ、計画」も非常に価値が高いものとして位置付けられている。 (3)その他の知的財産権との関係 他の知的財産ではなく営業秘密に依拠している最も重要な理由は、価値ある情報の開示 を回避したいという理由である(52%) 。 (4)営業秘密の共有 回答者の約 60%が第三者と営業秘密を定期的又は適宜共有している。一方、第三者と営 業秘密を共有しない企業は、その理由として、戦略上の理由(49%) 、情報の機密性を失う 懸念(39%)を挙げている。 (5)情報の取得手段 産業スパイは、企業間情報漏えいの潜在的発生源として、一般的に共通した懸念事項で ある。 産業スパイ被害に最もあっている業種は、 自動車製造 (39%) 及び医薬品製造業 (21%) である。 (6)不正使用の未遂/不正使用行為 過去 10 年間に、主に競合他社(53%) 、元従業員(45%)及び顧客(31%)によって営 業秘密の不正使用(未遂)が行われた。 (7)不正使用リスクの変化 化学工業及び医薬品製造業において過去 10 年間に不正使用リスクが上昇した、 と特に強 く認識されている。 (8)各国における営業秘密の異なる取り扱いへの対応 回答者の大部分は、複数の EU 加盟国での取引時に、国毎に異なる営業秘密保護措置を 適用していると報告している。 - 45 - (9)不正使用の脅威 回答者 5 社のうち約 1 社が、過去 10 年間にわたり EU 加盟国内において少なくとも 1 件 の不正使用未遂の被害を受けた。 (10)不正使用の結果 営業秘密の不正使用又は不正使用未遂があった場合、以下が生じる。 - 売上減少(56%)- 内部調査費用(44%)- 保護費用の増加(35%)- 和解協議費用 (34%)及び訴訟費用(31%) (11)訴訟 営業秘密の不正使用を報告する回答者のうち 40.7%しか、EU 裁判所に法的救済を求め ていない。残りの 6 割の企業が法的救済を請求しない主な理由として、証拠収集の難しさ (43%) 、評判(30%)及び訴訟費用(30%)が挙げられている。 回答者のごく一部(11,2%)が EU 内での濫用的訴訟の事例を報告した (12)EU の介入に対する支持 回答者の 69%が、営業秘密保護に関する EU 立法のイニシアチブを支持する。 回答者は、営業秘密に関する EU 共通のルールに起因する潜在的な利益として、不正取 得抑止(49%)と法的確実性の向上(43%)を挙げている。 (13)EU 共通のルールの潜在的デメリット 回答者は、営業秘密に関する EU 共通のルールに起因する潜在的なデメリットとして以 下を挙げた:訴訟の濫用/脅し又は類似の行動のために市場障壁を高める(4 人に 1 人) 、 漸進的イノベーションを困難にする(17%) 、研究に重複が発生する(15%) 、人材の流動 性が低下する(6%) 。 (14)欧州委員会の介入範囲 欧州委員会による介入範囲に関する質問事項への回答から、どのような点について EU 共通ルールを定めることで企業が利益を得られるかが示唆された: ‐どの営業秘密が保護されるべきか明確にすること(55%) ‐営業秘密の不正使用行為の禁止及びその定義(45%) ‐刑事的制裁(35.6%) ‐営業秘密の機密性の公判中の秘匿確保(35.2%) ‐損害の計算(34.6%) ‐従業員を対象とした競業避止義務条項及び秘密保持条項に関する契約上の統一ルール (34.3%) - 46 - ‐EU 全域において適用される差止命令(32.4%) ‐不正使用により製造された物品を税関で差し止める各加盟国の裁判所命令(27.9%) 5.調査研究の結論45 以上から、調査研究は、EU 域内での調和された営業秘密の立法が、①イノベーション の育成、②経済成長、③EU の経済システムの競争力の向上、④EU の企業がイノベーショ ン知識を開発、交換及び使用するためのセーフハーバーたり得ることに大きく影響すると いう仮説を得た。 また、調査研究では、イノベーションを保護するために営業秘密を利用することが有利 に働く要因として、①営業秘密となる対象に限界が存在しない、②費用と時間がかかる管 理手続きを必要としない、③物理的に秘密にしておく(隠しておく)という実際の保護と 法律上の保護の途切れのない関係を確保する、④契約上の保護及びセキュリティ措置の補 完的役割を果たす、ことを挙げている。 これに対して、EU 域内の営業秘密立法が現在断片化されていることによるマイナスの 影響として、①越境訴訟に大きなマイナスの影響、②EU 全域において情報、ノウ・ハウ 及び技術が流通するのに不要なリスクやコストが生じ、③別の加盟国で営業秘密の保護を 執行することのコストと困難が存在し、④保護のレベルが統一されていないことにより、 企業の意思決定(知識を共有すべきか、研究開発センターをどこに置くか、提携の可能性 を模索するか)が影響を受ける、ことが挙げられている。 現在の法律上の状況は、域内市場の「自由移動」の論理と矛盾している。というのも、 現在の状況は、モノ、サービス、人材、起業家活動、アイデア、知識及び技術の自由かつ 円滑な流通を妨げているからである。 営業秘密保護と経済との関連性が証明されたことを考えると、EU 加盟国の法律に見ら れる相違は取り除くか最小限にする必要がある。 6.未公開のノウ・ハウ及び営業情報(営業秘密)の不正取得、使用及び開示に対する保 護に関する欧州議会及び理事会指令(案) 以上の調査結果を踏まえ、欧州議会及び欧州理事会は、平成 25 年 11 月末に「未公開の ノウ・ハウ及び営業情報(営業秘密)の不正取得、使用及び開示に対する保護に関する欧 州議会及び理事会指令(案) 」を公表した。同指令案においては、上記調査報告書において 問題とされた点についてのいくつかの回答が示されている。 (1)営業秘密保護の対象・定義等 まず、第 I 章対象及び範囲においては、 「本指令は、営業秘密の不正取得、開示及び使用 からの保護に関する規則を規定する」ものとして対象が示されている(第 1 条) 。 上記調査研究において、再三営業秘密の定義がないことの問題点が指摘されていた。こ 45 European Commission, supra note 1, at 15-16. 前掲注 1・JETRO 16-17 頁。 - 47 - れに応えて、同指令では、 「営業秘密」を次の条件をすべて満たす情報として定義する。 「(a) 全体として又はその部品の正確な構成及び組み立てにおいて、一般の間で知られていない か、又は通常その種類の情報を扱う領域内には容易にアクセスできないという意味で秘密 である。(b)秘密であるので、商品価値を有する。(c)秘密にしておくために、合法的に情報 の制御者により特定の状況下で合理的な措置の対象となっている。 」 (第 2 条第 1 項)46 なお、 「営業秘密保有者」を「適法に営業秘密をコントロールする全ての自然又は法人」 とし(同条第 2 項) 、 「侵害者」には、法人を含むものと定義する。 (同条第 3 項) また、差止等の対象となる「営業秘密侵害品(infringing goods) 」について以下の通り定 義している。 「その設計、質、製造工程あるいは取引が、不正に取得、使用、示された営業 秘密から、ある程度の利益を挙げる商品を意味する。( goods whose design, quality, manufacturing process or marketing significantly benefits from trade secrets unlawfully acquired, used or disclosed) 」 (2)侵害行為 第 3 条では、不正な営業秘密の取得、使用及び開示を規定する。 まず、営業秘密保持者の同意のない故意又は重過失で実施される営業秘密の以下の取得 行為は不正とみなされる。(a)営業秘密を含む文書等への権限無いアクセス又は複製、(b) 窃盗、(c)贈収賄、(d)詐欺、(e)機密保持契約又は秘密を維持するためのその他の義務の違反 又は違反の勧誘及び(f)状況の下誠実な商習慣に反するとみなされるその他の行為(同条第 2 項) 。 また、営業秘密の使用又は開示は、(a)営業秘密を不正に取得した場合、(b)機密保持契約 又は営業秘密の秘密性を維持するためのその他の義務に違反した場合及び (c)営業秘密の 使用を制限する契約又はその他の義務に違反した場合に不正となる(同条第 3 項) 。 使用・開示者が、第 3 項の行為を行った者から営業秘密を入手したことを使用・開示の 際に知っていたか知り得べき場合には、営業秘密の使用又は開示は不正とみなされる(同 条第 4 項) 。 自覚をもって意図的に、営業秘密侵害品を生産し、引渡し、市場に提供し、又はこれら の目的のために営業秘密侵害物品を輸入し、輸出し又は保管する行為は、営業秘密の不正 使用とみなされる(同条第 5 項) 。 なお、(a)独立した発見や創作、(b)公に利用可能等とされた物の観察、調査、分解等から の営業秘密の取得等は、正当な取得とされる(第 4 条) 。 (3)救済手段、手続き及び救済 更に、第 III 章では、救済手段、救済手続き及び救済について定める。 第 5 条では、営業秘密保護のための民事救済手段、救済手続き及び救済について、公正 かつ公平であり、不必要な複雑さ、高額な費用、不合理な時間制限又は不当な遅延を伴う 46 TRIPS39.2 条に規定の定義と同内容である。 - 48 - ものでなく、効果的かつ抑止力になるものでなければならないとする。 その一方で、第 6 条では、営業秘密の不正取得等の請求が明らかに根拠がなく、申立人 が不当に被申立人の市場参入を遅延させ、嫌がらせ等をする目的で悪意(bad faith)に手続 を開始した場合、裁判所は、(a)申請者に制裁を課し、(b)判決の公表を命じる措置をとる権 利を有するとして、濫用的な営業秘密保護制度の利用の制限等を定める。 第 7 条では、時効(Limitation period)として、訴訟を提起できる事実を申請者が認識す るか、又は、認識する理由があった日から少なくとも 1 年、かつ 2 年を超えない期間内に 訴訟を提起すべきことを定める。 第 8 条では、法的手続きでの営業秘密の機密性の保護のための開示等の制限を定める。 第 9 条では、暫定措置及び予防措置として、(a)暫定的な使用・開示の停止又は禁止、(b) 営業秘密侵害品の生産、引渡し、市場への提供、使用、これらの目的での営業秘密侵害品 の輸入、輸出及び貯蔵の禁止、(c)輸入品を含む被疑侵害品の市場への流入又は市場での循 環を防止するための押収や引渡(delivery)の規定を要求する。 また、暫定措置及び予防措置の要件として、①営業秘密が存在していること、②申請者 は、合法的な営業秘密保有者であること、③営業秘密を不正に取得されていること、及び ④営業秘密を不正に使用又は開示されていること、又は⑤不正取得、使用又は営業秘密の 開示が目前に迫っていることを挙げる。 第 11 条では、差止め及び是正措置(corrective measures)として以下の措置を定める。 (a) 営業秘密の使用又は開示の停止(cessation)又は禁止(prohibition) (b) 営業秘密侵害品の生産、引渡し、市場への提供、使用、これらの目的での営業秘密侵 害品の輸入、輸出及び貯蔵の禁止 (c) 営業秘密侵害品に関する適切な是正措置の採用 (c)の是正措置には、以下のものを含む。(a)侵害の宣言、(b)市場からの営業秘密侵害品の 回収(recall) 、(c)営業秘密侵害品から侵害性質を奪う、(d)営業秘密侵害品の廃棄(destruction) 又は市場からの排除(withdrawal) 、(e)営業秘密を含むかそれを実施する文書等の廃棄、又 は保有者への引渡。 市場からの営業秘密侵害品の排除を命じる場合、侵害品は営業秘密保有者、又は慈善団 体に引渡される。上記のすべての措置は、原則侵害者の費用で行われる。 第 12 条では、 裁判所が営業秘密の使用又は開示の停止又は禁止措置の期間を制限する場 合、その期間は、侵害者が侵害により得た商業的又は経済的優位性を除去するのに十分な ものでなければならないと規定する。 また、裁判所は、(a)善意に営業秘密を取得したが使用又は開示時に悪意となった場合で、 (b)当該措置の執行がその者に不均衡な害をもたらし、(c)被害者への金銭的補償が合理的に 満足のいくように思われる場合、差止め及び是正措置を適用する代わりに金銭賠償を命じ うるとする。この場合、その金銭補償は、ロイヤリティ料の額を超えてはならないとする。 第 13 条では、損害賠償について定めており、その請求のために侵害者が不正取得等に関 与したことにつき知っていたか又は知るべきであったことを要求している。また、損害賠 償算定の際の考慮要素として、被害者の逸失利益、侵害者の不当な利益、人格的利益の要 素を挙げている。なお、侵害者が当該の営業秘密の使用許可を要求した場合、生じたであ - 49 - ったであろうロイヤリティ料を損害賠償と認定できるとする。 第 14 条では、判決の公開について定めており、営業秘密についての法的手続において、 裁判所は判決を全部又は一部公開するなどの適切な措置を命ずることができる。この際、 営業秘密の機密性を保存する。また、その公開については、侵害者のプライバシーや評判 への害や営業秘密の価値、侵害者の行為やその影響、更なる侵害の可能性等を考慮する。 - 50 - Ⅲ.EU における営業秘密:補足説明 帝京大学 法学部教授 山根裕子 はじめに TRIPS 協定第 7 節は、 「開示されていない情報(undisclosed information)の保護」につい て規定している。ウルグアイ・ラウンド(UR)交渉の際、米国、EU およびスイスがこの 条項の積極的な提案国であった。米国は、同条項の保護対象を「営業秘密」 (trade secrets) あるいは「財産的情報」 (proprietary information)と呼ぶよう主張したが、EU の提案で「開 示されていない情報」と呼ばれることになった1。 TRIPS 協定第 7 節は、第 39 条のみから成っており、その第 1 項は、 「1967 年のパリ条約 10 条の 2 に規定される不正競争からの有効な保護を確保するため」 、WTO 加盟国が「開示 されていない情報」を同条第 2 項および第 3 項の規定に従って保護する旨規定する。第 39 条第 2 項は、自然人または法人は,合法的に自己の管理する情報が秘密であり、秘密であ ることにより商業的価値があり、秘密として保持するよう合理的な措置がとられている場 合2、 「公正な商慣習に反する方法」により3「自己の承諾を得ないで他の者が当該情報を開 示し,取得しまたは使用することを防止することができるものとする」と規定する。した がって、TRIPS 協定下で第 39 条第 2 項の要件を満たす「開示されていない情報」は、財産 権の対象になるような情報として保護される。さらに、TRIPS 協定第 1 条第 2 項は、 「この 協定の適用上、 「知的財産権」とは、第 2 部の第 1 節から第 7 節までの規定の対象となるす べての種類の知的財産権をいう。 」としているので、TRIPS 協定上、第 7 節に規定される非 開示情報は知的財産とみなされる。 EU 加盟国において「開示されていない情報」の対象範囲は異なり、保護方法や水準も 多様である4。多くの加盟国において営業秘密の明確な定義は存在せず、判例に依拠する場 合が多い。欧州委員会が 2013 年 7 月に公表した委託調査研究報告5(本章 II)によれば、 EU 域内の多くの企業が営業秘密を知的財産権とはみなしていない。 Note by the Secretariat, 22 June 1990, MTN.GNG/NG11/21, 45 節. ‘…The representative of the European Communities said that his delegation had preferred the formulation "undisclosed information" to "proprietary information" since it was less likely to generate confusion.…’ 2TRIPS 協定第 39 条第 2 項によれば、 「開示されない情報」とみなされるための要件は以下のとおりである。 (a) 当該情報が一体として又はその構成要素の正確な配列及び組立てとして,当該情報に類する情報を通常扱う集 団に属する者に一般的に知られておらず又は容易に知ることができないという意味において秘密であること (b) 秘密であることにより商業的価値があること (c) 当該情報を合法的に管理する者により,当該情報を秘密として保持するための,状況に応じた合理的な措置 がとられていること 3 第 39 条第 2 項の注は、この規定の適用上, 「公正な商慣習に反する方法」とは,少なくとも契約違反,信義 則違反,違反の教唆等の行為をいい,情報の取得の際にこれらの行為があったことを知っているか又は知らな いことについて重大な過失がある第三者による開示されていない当該情報の取得を含む。 4 R. De Vrey, Towards a European unfair competition law: a clash between legal families: a comparative study of English, German and Dutch law in light of existing European and international legal instruments (Leiden: M. Nijhoff, 2006). 5 Study on Trade Secrets and Confidential Business Information in the Internal Market. Final Study. April 2013. Prepared for the European Commission ec.europa.eu/internal_market/.../trade-secrets/130711_final-study_en.pdf 1 - 51 - このような状況のなかで欧州委員会は、2013年11月28日、「非開示ノウハウおよび営業 情報(営業秘密)の不法取得、使用および開示に対する保護に関する欧州議会および理事 会指令案」6(以下「指令案」)を提案するに至った。 本稿は、EU レベルにおける営業秘密の扱いについて検討した上で、欧州委員会案がい かなる範囲と水準のハーモナイゼーションを画策しているかを解明し、その意義を探る。 1.EU 加盟国における営業秘密保護についての調査結果 各 EU 加盟国において商業・産業上価値ある秘密情報の不法取得、使用および開示に対 しては、不正競争法や民法、商法、あるいは会社法および刑法等の様々な法律あるいは判 例法により保護されてきている。欧州委員会は、加盟国における営業秘密の保護について 2012 年 1 月、第 1 回目の委託調査研究の結果を公表し7、第 2 回目の調査研究結果を 2013 年 7 月に公表した。第 2 回目の調査研究では、 EU 加盟国当時 27 か国(現在 28 か国)に おける営業秘密保護の法的枠組について広範な調査をし、経済データも考慮し、企業アン ケートを行った。その結果は本章 II に詳細に記されている。 この調査研究によれば、スウェーデン、イタリア、ポルトガルにおいては工業所有権法 が営業秘密を定義し、規制する。ブルガリア、チェコ共和国、ギリシャ、ポーランド、ス ロバキアでは不正競争防止法に、ハンガリーおよびリトアニアでは民法典に、スロベニア では会社法に定義がある。オーストリア、ベルギー、キプロス共和国、エストニア、フィ ンランド、フランス、ドイツ、オランダ、アイルランド、ラトビア、ルクセンブルグ、マ ルタ、ルーマニア、スペインおよび英国では立法上の定義がなく、判例に依拠する。裁判 所は、単に秘密情報(confidential information)の言葉を用いることが多い。企業アンケー トによれば、調査対象 EU27 か国(当時)のうち英国、ドイツ、オランダを含む 22 か国で 営業秘密は知的財産権とみなされていない。 欧州委員会の第 2 回委託調査報告によれば、営業秘密を定義する国は米国、日本および スイス等、むしろ少数であり、スイスにおいてもさほど明確な定義があるわけではない。 米国においては Uniform Trade Secrets Act (1, 14 ULA 438 (1985))のモデルにもとづき(NY およびテキサス州を除く)各州で類似の法律が採択された。米国で営業秘密は trade secrets と呼ばれるが(その一部はノウハウ) 、これが知的財産であることが自明でない場合には、 知的財産としてとらえるか否かについて議論がある8。 日本の不正競争防止法は、営業秘密を「秘密として管理されている生産方法、販売方法 その他の事業活動に有用な技術上または営業上の情報であって、公然と知られていないも の」と定義し(第 2 条第 6 項) 、第 2 条第 1 項第 4 号‐9 号に違反行為類型を挙げている。 ここで営業秘密は「事業活動に有用な」技術上または営業上の情報と定義されるゆえ財産 6 Proposal for a Directive of the European Parliament and of the Council on the protection of undisclosed know-how and business information (trade secrets) against their unlawful acquisition, use and disclosure COM(2013) 813 final, Brussels, 2013.11.28. 7 Study on Trade Secrets and Parasitic Copying (Look-alikes): Report on Trade Secrets for the European Commission, MARKT/2010/20/D, 2012.1.13. 8 例えば Mark A. Lemley, The Surprising Virtues of Treating Trade Secrets as IP Rights, Stanford Law Review, June 2008, Vol. 61, p. 311. - 52 - 的価値を有する情報と考えられている。 ともあれ営業秘密やノウハウは、諸国法によりその概念化も保護方法も異なっているこ とは明らかである(欧州委員会第 2 回委託研究報告 Appendix I)。現在に至るまで、EU(当 時の欧州共同体)レベルでも、統一の定義や保護方法が存在するとは言い難い。 EU レベルでは、国境措置や知的財産権の権利行使に関する EU 立法(規則、指令その他 の決定)において、営業秘密やノウハウについて様々な扱いがなされてきている。また、 EU 競争法や情報開示法等、知財分野以外の法適用において、営業秘密の扱いは、特許や 著作権のような知的財産権の場合とは異なっているように見える。2009 年 1 月 1 日、リス ボン条約が発効して以来、EU 措置や法解釈における基本的権利の扱いが新たになったこ ともあり、企業の秘密情報の保護と EU 情報開示法との関係は複雑である9。 このような状況にあって欧州委員会による法制接近の提案はいかなる意味があるのか。 どのような範囲の情報を対象としているのか。また、TRIPS 協定との関連はどうか。 2.EU 立法および欧州裁判所における営業秘密の位置づけ 欧州委員会は、第 2 回の調査研究は営業秘密保護と経済との関連を明らかにしているこ と、EU 加盟国間の法制度の相違を最小限にする必要があることを認識し、ハーモナイゼ ーションの提案に踏み切った。その趣旨は、営業秘密の不正取得、開示および使用からの 保護ルールを打ち立てることである(指令案第 1 条) 。対象となる情報は以下の条件すべて を満たす情報である。(a) 全体としてまたはその部品の正確な構成および組み立てにおい て、公開されておらず、容易にアクセスできないという意味で秘密であること、(b) 秘密 であるゆえ商品価値を有すること、(c) 秘密に保管すべく合理的な措置の対象となってい ること(第 2 条第 1 項) 。この要件は TRIPS 協定第 39 条第 2 項とほぼ同様である。営業秘 密侵害品(infringing goods)とは、その設計、質、製造工程あるいは取引が、不正に取得、 使用、示された営業秘密から、ある程度の利益を挙げる商品を意味する(第 2 条第 4 項) 。 従来、EU の規則や指令において、あるいは欧州裁判所や一般裁判所による法解釈上、 営業秘密はいかに扱われてきたのか。以下に検討してみる。 EU 立法において、営業秘密に該当するような情報は、①confidential business information, ②know-how, ③ confidential commercial and industrial information のように、 文脈によって異 なる種類の情報が、異なる概念によって記述されている。①の対象となる情報の範囲はも っとも広く、ノウハウは営業秘密の一部をなす情報である。以下にみるように、今回、欧 州委員会案がハーモナイゼーションの対象とする情報は、開示されていないノウハウおよ び営業秘密とされている(’undisclosed know-how and business information (trade secrets)‘) 。 リスボン条約は、共通規定、従来の EU 条約を改正する改正 EU 条約(Treaty on European Union, TEU)と、欧 州共同体と呼ばれていた市場統合体を内包する欧州連合の機能を規定する欧州連合機能条約(Treaty on the Functioning of the European Union, TFEU)からなる。所有権等の基本的権利を EU 法秩序内でいかに扱うかの問 題は 1970 年代から欧州裁判所に難問を提起していた。2000 年 12 月 、欧州理事会、EC 委員会及び欧州議会の 共同宣言として欧州連合基本権憲章(Charter of Fundamental Rights of the European Union)が採択され、リスボン 条約の発効とともに TEU 第 6 条にもとづき、付随文書としての EU 基本権憲章が法的拘束力をもつことになっ たが、EC 裁判所による審査の対象とはならない。 9 - 53 - (1)知的財産の権利行使に関する EU 立法における営業秘密 ① 知的財産権の行使に関する EU 立法と営業秘密 知的財産権の行使に関する指令 2004/4810 は、前文第 13 節で「この指令の範囲は、EU 措置および加盟国法がカバーするすべての知的財産権が含まれるよう、可能な限り広くと る。…加盟国が不正競争防止法(acts involving unfair competition)の違反行為を国内でこの 指令の対象とするのであれば、それも可能である」と述べ、加盟国における営業秘密情報 の範囲や保護の法的枠組に関し、柔軟な制度を設けている。他方、欧州委員会の上記指令 2004/48 の第 2 条に関する宣言11は、 「国内法が排他的な財産権として保護を与えるなら、 少なくとも以下の知的財産権はこの指令の管轄範囲にある」として著作権、著作隣接権、 独自のデータベース・ソフト、商標、意匠権、特許権、地理的表示、植物新品種育成者権、 医薬品特許の保護延長証明(SPC)12を挙げたが、営業秘密やノウハウは含まれていない13。 ② EU 国境措置 知的財産権を侵害するおそれのある物資に対する税関による国境措置に関する理事会 規則 1383/2003 (2014 年 1 月 1 日改正規則 608/2013 の発効とともに廃止された)14は、加 盟国および共同体の商標その他の標識に関わる不正商品(counterfeit goods, 規則第 2 条第 1 項(a)(i)(ii)(iii), 包装等を含む) 、加盟国および共同体の著作権、著作隣接権、意匠権に関わ る侵害物品(pirated goods, 規則第 2 条第 1 項(b)) 、加盟国の特許権、SPC、加盟国法下の 植物新品種育成者権および共同体植物新品種育成者権15、加盟国法下の原産地・地理的表 示、規則 2081/92 および 1493/199917 下の原産地・地理的表示、規則 1576/89 16 の地理的 18 名称の侵害品(規則第 2 条第 1 項(c))を適用対象としていた。2014 年 1 月 1 日に発効した 国境措置に関する改正規則第 2 条第 1 項は、この規則が対象とする知的財産権を以下のよ うに定めている。商標、意匠権、加盟国法あるいは EU 法下の著作権・著作隣接権、加盟 国法あるいは EU 法下の特許権、地理的表示、SPC、植物品種製品保護証19、加盟国および 10 Directive 2004/48/EC of the European Parliament and of the Council of 29 April 2004 on the enforcement of intellectual property rights (corrigendum OJ[2004] L195/17). 11 Statement by the Commission concerning Article 2 of Directive 2004/48/EC of the European Parliament and of the Council on the enforcement of intellectual property rights (2005/295/EC), [2005] L94/37. 12 Council Regulation (EEC) No. 1768/92 (1) or Regulation (EC) No. 1610/96 of the European Parliament and of the Council, amended and codified by Regulation (EC) No. 469/2009 of the European Parliament and of the Council of 6 May 2009 concerning the supplementary protection certificate for medicinal products. 13 M Bronckers & N McNelis,‘Is the EU obliged to improve the protection of trade secrets? An inquiry into TRIPS, the European Convention on Human Rights and the EU Charter of Fundamental Rights’ European Intellectual Property Review, Vol. 34, No. 10, pp. 673-688, 2012. 14 Council Regulation (EC) No. 1383/2003 of 22 July 2003 concerning customs action against goods suspected of infringing certain intellectual property rights and the measures to be taken against goods found to have infringed such rights, replaced by Regulation (EU) No. 608/2013 of the European Parliament and of the Council of 12 June 2013 Concerning Customs Enforcement of Intellectual Property Rights and Repealing Council Regulation (EC) No. 1383/2003. 15 Council Regulation (EC) No.2100/94 of 27 July 1994 on Community plant variety rights . 16Council Regulation (EEC) No. 2081/92 of 14 July 1992 on the protection of geographical indications and designations of origin for agricultural products and foodstuffs. 17Council regulation (EC) No. 1493/1999 of 17 May 1999 on the common organisation of the market in wine. 18Council Regulation (EEC) No. 1576/89 of 29 May 1989 laying down general rules on the definition, description and presentation of spirit drinks. 19 前掲注 12. - 54 - 共同体の植物新品種育成者権20、知的財産とみなされる実用新案、集積回路の回路配置お よび加盟国法および EU 法下で保護される商号。いずれの規則も営業秘密やノウハウには 言及していない。 (2)EU 競争法の適用における営業秘密とノウハウ ① 知財ライセンスへの競争法適用とその除外規定 技術移転契約における欧州連合機能条約(TFEU)第 101 条第 1 項の適用免除規則 (TTBER) (2004 年)21の第 1 条第 1 項(g)はノウハウを知的財産に入れ22、(i)においてノウ ハウの定義をしている。 2014 年 4 月に予定されている改正規則案においても同様である23。 TTBER 第 1 条第 1 項(i)によれば、 「ノウハウとは、経験や実験から得られた実用的な情報 の一体(a package)で、一般的に知られておらずまたは容易に知ることができないという 意味において秘密であること、契約上の製品の生産に意義深く、有用であるという意味に おいて実質的(substantial)であること、全体が十分理解できるように記述されていること から、特定可能(identified)であり、ゆえに秘密性および実質性の基準を満たしているか 否かの検証が可能であること、である。TTBER においては、ノウハウを生産目的に有用な 情報として捉え、 ライセンス契約において特定できるように機能的な定義がなされている。 ②「支配的な地位の濫用」規制における営業秘密 2005 年 12 月の欧州委員会による競争総局ディスカッション・ペーパー「排除的濫用行 為に対する TFEU 第 102 条(支配的地位の濫用)の適用」は、その第 242 節において, 「… 問題の情報が営業秘密とされる場合、上記に示した介入の高い基準をそのような情報の開 示拒否に適用することは問題である」としている。すなわち委員会は、競争法適用にあた り、営業秘密情報の開示拒否に関して特許や著作権と同レベルの正当性を認めず、開示拒 否の根拠はより低いものと見做した24。 TFEU 第 102 条下の Microsoft ケース25で互換性情報の開示命令の妥当性が議論された際、 一般裁判所は、以下の理由から、競争法の適用、とくに支配的な地位の濫用規制にあたり、 営業秘密には、特許発明や著作物のような知的財産と同様の保護を与える正当性はなく、 その保護水準は知的財産の場合より低いものでよいとした26。すなわち、マイクロソフト 社が主張する「秘密の情報」 (trade secrets)は、市場支配的な企業が競争上、自己自身が任 前掲注 18. Commission Regulation (EC) No. 772/2004 of 27 April 2004 on the application of Article 81(3) of the Treaty to categories of technology transfer agreements (TTBER) OJ L 123/11. 22 「知的財産権は、工業所有権、ノウハウ、著作権・著作隣接権を含む」とする。 23 Draft proposal for a revised block exemption for technology transfer agreements http://ec.europa.eu/competition/ consultations/2013_technology_transfer/index_en.html 24 Bronckers and McNelis, 前掲注 13. 25 Microsoft Corp. v Commission, Case T-201/04, 2007.9.17. 26 例えば…However, it is by no means obvious that Microsoft is correct to equate those ‘trade secrets’ with intellectual property rights ‘created by law’. The case-law on compulsory licensing does not as such apply to trade secrets and the protection that such secrets enjoy under national law is normally more limited than that given to copyright or patents. …(280 節)。 20 21 - 55 - 意に秘密と決めた情報にすぎず、法によって構築される知的財産として保護されるもので はない。さらに、発明の内容が開示されるのに対し、営業秘密を秘密にできるのであれば、 営業秘密には特許よりさらに高いレベルの保護が与えられることになってしまう。イノベ ーションや創作物という新規のものを創出するゆえに付与される特許や著作権と営業秘密 は異なっており、支配的な地位の濫用規制の際、開示拒否が正当化されるべき性格のもの ではない。 (3)営業秘密と情報開示法 ① 「知る権利」と営業秘密 EUにおいて、市民の「知る権利」や行政の説明責任は、EU法の全分野において重要な 原則である27。欧州連合基本権憲章は第41条で良き行政への権利を確認し、行政から公正 に遅延なく取り扱われる権利、聴聞権、データ・アクセス権、行政が決定理由を説明する 義務、行政から質問と同じ言語で返事を受ける権利等を掲げる。同憲章第11条はさらに、 表現と情報の自由を確認する。基本権憲章は、同時に、第7条でプライバシーの保護、第8 条で個人情報の保護を確認し、情報開示とプライバシー保護の双方を可能にしている。行 政が保持するデータへのアクセス権については、様々なEU立法において規定されているが、 一般的な情報開示請求権については規則1049/200128が基本的である。非開示ノウハウおよ び営業秘密に関する今回の欧州委員会指令案は、前文第9節においてこの規則に言及し、第 4条第2項においてその原則を採択している(後述) 。 ② 環境情報の開示義務と営業秘密 EU環境保護政策の管轄が拡大するにつれ、近年はとくに、 (大規模建設等)環境関連事 業の情報開示も重要になりつつある。この分野の共同体立法は「環境に関する情報アクセ スの自由」に関する指令90/313/EEC29に始まる。 「環境問題に関する情報アクセス,意思決 定への市民参加および司法アクセスに関する」オーフス条約30の発効(2001年10月)後は、 この条約規定およびその域内実施立法にもとづく訴訟が急増し、情報開示に関しても複雑 機関による説明責任は、共同体の設立当初から基本条約に盛り込まれており(EEC 条約第 190 条, EC 条約 第 253 条, TFEU 第 296 条 2 段) 、 EU 機関にとって憲法的な義務である TFEU 第 296 条 2 段は欧州議会、 理事会、 委員会に対し、 「法的行為は、それらが基盤とする理由を述べ、条約によって求められているすべての提案、発 議、勧告、要請もしくは意見に言及する」 。司法審査において、この規定の違反は決定取消の根拠になり得る。 28 Regulation (EC) No. 1049/2001 of the European Parliament and of the Council of 30 May 2001 regarding Public Access to European Parliament, Council and Commission documents. 29 Council Directive 90/313/EEC of 7 June 1990 on the freedom of access to information on the environment(1990.6.7 採 択,1992.12.31 発効) 。 30 オーフス条約は、 「環境と開発に関する」リオ宣言(1993 年) の「市民参加」に関する第 10 原則をもとに国連 欧州経済委員会(UNECE)において作成され、1998 年 6 月、UNECE 第 4 回環境閣僚会議(デンマークのオー フス市)で採択され、2001 年 10 月、発効した。地域的な条約ではあるが、すべての国連加盟国に開放されてい る。オーフス条約は、市民および環境保護を目的とする非政府団体による環境関連情報へのアクセス(第 4-5 条) 、政策決定過程への参加(第 6-8 条) 、司法へのアクセス(第 9 条)の 3 つを重要政策とし、各締約国がそ の規定を制度化し、保障することで、環境分野における市民参加の促進を促すことを目的としている。 27EU - 56 - な展開をみせている。欧州共同体は1998年6月25日オーフス条約を調印し31、2005年2月17 日、理事会決定2005/370/EC32により承認した。未批准国だったアイルランドも2012年6月批 准したので、オーフス条約は、共同体と、その全加盟国の双方によって批准された混合協 定である。 同条約にもとづき、環境情報へのアクセス指令90/313/EEC(前掲)は、指令2003/4/EC (2003.1.23)33により改正された。オーフス条約第4条第4項は、環境情報の開示請求に対 する拒否を正当化しうる事由について規定する。改正アクセス指令2003/4/ECの第4条第2 項もオーフス条約第4条第4項と同じ拒否事由を設け、開示義務を制限できる事由として以 下を挙げる。(d) 商業および産業情報の秘密の保持(the confidentiality of commercial and industrial information)で、正当な経済的利益を保護するため法によりその秘密の保持が保 護されている場合。(e) 知的財産権(intellectual property rights) 。指令2003/4/ECの第4条第2 項においても、オーフス条約第4条第4項においても、 「商業および産業情報の秘密」(d)が 「知的財産権」(e)から区別されていることは注目に値する。 欧州裁判所に提起された先決判決訴訟 Jozef Krizan et al.(C-416/10, 2013.1.15)において は、環境情報の開示義務が営業秘密であるとの理由で免除されるか否かが争点のひとつで あった。 欧州裁判所の先決判決は、国内法あるいは EU 法にもとづき正当な経済的利益を保護す ることを理由に、商業的あるいは工業的な秘密情報の開示を関連公的機関は拒否すること ができないとした。同裁判所によれば、この建築計画の認可過程において、原告(非政府 環境保護団体)は EU の関連指令にもとづき原則的にそのプロジェクトに関する「すべて の情報」にアクセスできなければならず(判決第 78 節)都市計画法にもとづき公的機関が 関連 EU 指令下の事業を許可する際、その建設場所が何処かは重要な情報であり、開示を 拒否することはできない(第 82 節) 。EU 環境法は各加盟国の法秩序と権利の保護レベル が同等であり、国内法が EU 法の実施を不可能にすることがないことを原則とするからで ある。訴訟過程においても、 「営業秘密」 (trade secrets)や「秘密情報」 (confidential information) の概念が説明抜きで区別なしに用いられた。 ③ EU カルテル規制と営業秘密(説明責任、守秘義務、個人情報の保護) EU レベルでは、近年、カルテル規制過程において委員会が得た情報の開示範囲につい て、私訴の奨励との関連において議論されている。また委員会の決定文における当事者の 営業秘密情報の保護はどこまで公表が可能なのかについては、たえず委員会と当事者との 間で対立がある。委員会は開示の範囲を広げることを場合によっては必要と見做す。 Pilkington 事件(Pilkington Group v Commission, Case T‑462/12 R, Commission v Pilkington (Order, Case C‑278/13 P(R), 2013.9.10))は、Pilkington のカルテル関与に関する決定文(Case オーフス条約第 17 条および第 19 条第 1 項は、UNECE の加盟国である主権国家により設立された地域的経 済統合組織に加入を解放する。第 19 条第 5 項によれば、このような組織は、加入にあたって権限の範囲を宣言 しなければならない。 32 Council Decision on the conclusion, 2005.2.17 (OJ 2005 L 124). 33 Directive 2003/4/EC of the European Parliament and of the council of 28 January 2003 on public access to environmental information and repealing Council Directive 90/313/EEC. 31 - 57 - COMP/39.125 – car glass)の公表にあたり、欧州連合基本権憲章第 7 条が確認する個人デー タの保護および欧州人権規約第 8 条が保障するプライバシー権、さらに EU 機関職員の守 秘義務34との関連で生じた。 欧州委員会が公表すると提案した情報のうち、 以下を Pilkington は企業秘密情報とし、一般裁判所に取消および暫定措置を求めた。①顧客名、製品名およ び内容、②顧客に供給された数量とその顧客の市場占拠率・価格算出方法とその変動、③ Pilkington の事件関係被雇用者名。一般裁判所は委員会に公表停止を命令し、委員会は欧州 裁判所に上訴したが、2013 年の暫定措置において欧州裁判所は、①および②の情報の開示 が Pilkington に与える損害は、それが実現する公益(効果的な救済)に勝るとして委員会 の主張を棄却した。とはいえ一般裁判所および欧州裁判所の決定理由には根拠となる原則 について相違もあり、本案審査において議論は続いている。 3.営業秘密の保護に関する欧州委員会提案 以上のように、加盟国法上も、EU 法上も、営業秘密の対象範囲および保護方法に関し て、異なるアプローチが存在している。欧州委員会による指令案は、TFEU 第 114 条にも とづく域内の法制接近を提案している。指令案第Ⅰ章は保護の対象とその範囲に関わって おり、目的(第 1 条)および営業秘密の定義(第 2 条)は前述(本稿2)のとおりである。 指令案第Ⅱ章は、営業秘密の不正な取得、使用および開示について規定する。同章第 3 条 は、不正行為について、第 4 条第 1 項は、不正とみなされない行為(独立した発見や創作、 リバース・エンジニアリングあるいは誠実な取得)について規定する。前文第 12 節および 指令案本文第 4 条第 2 項は営業秘密の保護と正当な情報開示との関係について一般原則を 明確にする。前文第 12 節は、公共の利益および欧州連合基本権憲章第 11 条(表現および 情報の自由)等、正当な理由による情報開示に言及する。さらに指令案本文第 4 条第 2 項 は、以下の場合、加盟国は、本指令に規定される不法行為に対する措置、手続きおよび救 済は得られないことを確保する。(a) 表現の自由および情報開示請求の正当な行使、(b) 不 正な行為を明らかにするため必要限度の営業秘密の使用あるいは開示、(c) 労働者の代表 として正当な義務履行を果たすために必要な開示、(d) 非契約上の義務履行、(e) 正当な利 益の保護。この情報開示ルールは、規則 1049/2001 (前述)第 4 条第 2 項35にいう「優先 的な公益性」の場合の例外および営業秘密に関する WIPO 仲裁規則36第 52 条に沿って草案 された。 指令案第Ⅲ章は、民事上および行政上の手続および救済措置について定める。第Ⅲ章の 34 TFEU 第 339 条(EC 条約第 287 条)は以下のことを規定する。 「EU 機関の構成員、各種委員会の構成員およ び職員ならびにその他の使用人は、その職務の終了後も、職業上の守秘義務に該当する種類の情報、特に企業 に関する情報、企業の商業的あるいは原価計算上の要素に関する情報を漏洩しないことを義務づけられる」 。 TFEU 第 101 条および第 102 条の実施規則(Council Regulation (EC) No. 1/2003 of 16 December 2002 on the implementation of the rules on competition laid down in Articles [101 TFEU] and [102 TFEU] (OJ 2003 L 1)もその第 28 条で守秘義務を定める。 35 ‘The institutions shall refuse access to a document where disclosure would undermine the protection of: — commercial interests of a natural or legal person, including intellectual property, — court proceedings and legal advice, — the purpose of inspections, investigations and audits, unless there is an overriding public interest in disclosure.‘ 36 WIPO Arbitration, Mediation, and Expert Determination Rules and Clauses http://www.wipo.int/export/sites/www/ freepublications/en/arbitration/446/wipo_pub_446.pdf - 58 - 規定は、営業秘密にかかわる明示的な規定を除き、さきの知的財産権に関する権利行使指 令2004 /48/ECとほぼ同等である。一般規定に関する第1部第5条は、営業秘密保護のための 救済について、公正かつ公平であり、不必要な複雑さ、高費用、不合理な時間制限または 不当な遅延を伴うものでなく、 効果的かつ抑止力になるものでなければならないと規定し、 権利行使についてTRIPS協定第41条が掲げる一般原則を採択している。委員会指令案は、 刑事罰を除く民事的な救済のみ(不正競争防止法を含む)を扱っていることが特徴的であ る。 同時に指令案第6条は、 「手段の相応原則および訴訟の濫用」について規定し、提訴に関 する原則と制限を設けている。同条第1項は、域内市場における正当な通商への妨害や訴訟 制度の濫用を防ぐことを加盟国に義務付ける。第6条第2項は、さらに、営業秘密の不正取 得等の請求が明らかに根拠に欠け、申立人が不当に被申立人の市場参入を遅延させ、悪意 に手続を開始した場合、裁判所は、申請者に制裁を課し、判決の公表を命じる措置をとる 権利を有する旨規定する。 指令案第7条は、時効について規定する。同規定によれば、訴訟を提起できる事実を申請 者が認識するか、または、認識する理由があった日から少なくとも1年、かつ2年を超えな い期間内に訴訟を提起すべきである。加盟国法は時効に関してもっとも大きく相違してお り、認識時からの主観的事項が短い国と長い国とでは9年近くの差異がある。指令案第8条 では、法的手続きでの営業秘密の機密性の保護のための開示等の制限を定める。この規定 は営業秘密保護に関する訴訟に限られており、前述したように他の法にもとづく情報開示 との関連についての規定ではない。 第Ⅲ章第2部は、暫定措置及び予防措置について規定し、同章第3部は、差止めや是正措 置、 営業秘密の使用または開示の停止あるいは禁止等、個別の措置について規定する。第 IV章は損害賠償等、制裁その他の規定を含む(本章Ⅱ参照) 。 4.指令案の意義 欧州委員会はさきの委託研究調査結果を踏まえ、知識と情報に依拠して成長する EU 経 済にとって、営業秘密の保護制度の改善と域内法制接近が必要と見た。EU 加盟国間で、 営業秘密の漏えいを回避するための制度に大きな隔たりがあり、営業秘密の保護を強化す べきとの声は、企業のみならず、欧州議会においてさえあがっていたといわれる37。 上記のとおり、欧州委員会は、EU レベルにおいて営業秘密の定義と要件を明らかにし、 すべての EU 加盟国において裁判所による差止めなどの措置を可能にすることを提案する。 営業秘密が知的財産であるか否か等、理論上の課題は敢えて避け、その「不正な取得、使 用および開示」があった場合の民事的救済手段および公正かつ公平な手続きについて一般 的なルールを域内に打ち立てることが目的である。委員会は、営業秘密はリバース・エン ジニアリング等が可能であり、排他権を与える知的財産権とはいえないが、特許、意匠あ るいは他の知的財産権の源泉になる情報であり、知的財産権の保護理由と同じ理由で保護 37 Bronckers and McNelis, 前掲注 13 は、以下のような例を挙げる。Theft of trade secrets' http://www.europarl.europa. eu/sides/getDoc.do?pubRef=-//EP//TEXT+WQ+E-2011-010234+0+DOC+XML+V0//EN&language=EN - 59 - されるべきであるとする。 対象範囲の広い企業秘密情報に一定の制度的枠組みをもたらし、 要件を明確化することにより他の企業秘密と区別し、EU の情報開示法との関連について 一般原則を明確化させようとの試みも重要である。 委員会提案においては、 TRIPS 協定第 39 条第 2 項と同様な営業秘密の定義が提案されて いることはすでにみた。同協定第 1 条第 2 項により「開示されない情報」は、この協定の 適用上、知的財産権とみなされるが、営業秘密を知的財産とみなすことを加盟国に義務付 けてはいない。とはいえ、営業秘密について TRIPS 協定は、1967 年パリ条約第 10 条の 238 が禁止する行為からの保護とは、異なる保護対象を規定している。 「開示されていない情報 の保護」に関する TRIPS 協定第 39 条は、その第 1 項において「…パリ条約第 10 条の 2 に 規定する不正競争からの有効な保護を確保するために,加盟国は,開示されていない情報 を(2)の規定に従って保護し,および政府または政府機関に提出されるデータを(3)の規定に 従って保護する」としている。したがって、同条第 2 項および第 3 項の規定もパリ条約に いう「不正競争行為からの保護」のためであり、知的財産権に関する規定ではないとの説 がある。しかし TRIPS 協定の第 2 項および第 3 項は、パリ条約には存在しなかった営業秘 密および規制当局に提出された農薬・医薬のテスト・データの保護について各々規定して おり、これがパリ条約第 10 条の 2 下に含まれるべき保護とは考えにくい39。 営業秘密について委員会が提案する権利行使に関する規定は、TRIPS 協定のそれとどの ように比べられるのか。 「知的財産権の行使」に関する TRIPS 協定第 III 部は、 「一般的義務」に関わる第 1 節の 第 41 条第 1 項において、 「加盟国は,この部に規定する行使手続によりこの協定が対象と する知的財産権の侵害行為に対し効果的な措置がとられることを可能にするため,当該行 使手続を国内法において確保する」とし、 「民事上および行政上の手続および救済措置」に 関する第 2 節第 42 条においては、 「加盟国は,この協定が対象とする知的財産権の行使に 関し,民事上の司法手続を権利者に提供する」と規定する。したがって、第 7 節第 39 条第 2 項に規定される営業秘密の侵害に対して民事上の司法手続きを WTO 加盟国は提供しな ければならない。第 42 条によれば、こうした「…手続においては,現行の憲法上の要請 に反さない限り,秘密の情報を特定し,かつ,保護するための手段を提供する。 」証拠に関 する第 43 条第 1 項は、 「…司法当局は,適当な事実において秘密の情報の保護を確保する ことを条件として,他方の当事者にその特定された証拠の提示を命じる権限を有する」と 第 10 条の 2 不正競争行為の禁止 (1) 各同盟国は,同盟国の国民を不正競争から有効に保護する。 (2) 工業上又は商業上の公正な慣習に反するすべての競争行為は,不正競争行為を構成する。 (3) 特に,次の行為,主張及び表示は,禁止される。 1 いかなる方法によるかを問わず,競争者の営業所,産品又は工業上若しくは商業上の活動との混同を生じさ せるようなすべての行為 2 競争者の営業所,産品又は工業上若しくは商業上の活動に関する信用を害するような取引上の虚偽の主張 3 産品の性質,製造方法,特徴,用途又は数量について公衆を誤らせるような取引上の表示及び主張 39 ちなみに、WIPO 設立条約 2 条は、 「この条約の適用上,… (viii) 「知的所有権」とは,文芸,美術および学 術の著作物,実演家の実演,レコードおよび放送,人間の活動のすべての分野における発明,科学的発見,意 匠,商標,サービス・マークおよび商号その他の商業上の表示, 不正競争に対する保護に関する権利並びに産 業,学術,文芸又は美術の分野における知的活動から生ずる他のすべての権利をいう」として不正競争に対す る保護に関する権利を知的財産権とみなしている。 38 - 60 - し、さらに「差止命令」に関する第 44 条は、その第 1 項において、 「司法当局は,当事者 に対し,知的財産権を侵害しないこと,特に知的財産権を侵害する輸入物品の管轄内の流 通経路への流入を通関後直ちに防止することを命じる権限を有する。 」 今回提出された欧州 委員会による営業秘密の保護ルールに関する提案では、営業秘密の侵害物を裁判所による 差止め命令の対象にすることを狙いのひとつとしている。TRIPS 協定第 45 条によれば、加 盟国の「司法当局は,侵害活動を行っていることを知っていたかまたは知ることができる 合理的な理由を有していた侵害者に対し,知的財産権の侵害によって権利者が被った損害 を補償するために適当な賠償を当該権利者に支払うよう命じる権限を有する」 。このほか、 TRIPS 協定は、営業秘密を含む知的財産権の侵害製品に関し、加盟国の司法が「…いかな る補償もなく流通経路から排除しまたは,現行の憲法上の要請に反さない限り,廃棄する ことを命じる権限を有し」 (第 46 条) 、行政上の手続の結果として救済措置が命ぜられる場 合、その手続が第 2 節に定める原則と実質的に同等の原則に従うことを規定する(第 49 条) 。TRIPS 協定第 3 部第 3 節には、(a) 知的財産権の侵害の発生を防止すること。特に, 物品が管轄内の流通経路へ流入することを防止すること(輸入物品が管轄内の流通経路へ 流入することを通関後直ちに防止することを含む)および (b) 申し立てられた侵害に関連 する証拠を保全することを目的とする暫定措置について、加盟国の司法は、営業秘密を含 む TRIPS 協定上の知的財産権に対して命じる権限を有する(第 50 条) 。これらの規定に委 員会提案は整合的のように見えるが、 指令案第 6 条および第 7 条は、 適用状況によっては、 将来、非違反申立の対象ともなり得る規定のように思われる。 今回の委員会案は、国境措置に関して税関当局による停止申立てを可能にするよう手続 きを設けていないが、これは TRIPS 協定に整合的である。同協定は、第 4 節において「国 境措置に関する特別の要件」について規定し、その第 51 条では税関当局による不正商標商 品および著作権侵害物品の解放の停止および権利者による停止申立てを可能にするよう手 続きを定めている40。しかし特許侵害商品あるいは営業秘密の侵害商品の解放停止につい ては規定していない。同様に、TRIPS 協定第 5 節に規定される刑事上の手続も、 「少なくと も故意による商業的規模の商標の不正使用および著作物の違法な複製」のみその対象とし ている。 以上のように、EU においては、様々な法分野に営業秘密が関連しており、その理解の しかたや保護については、管轄当局により、差異がある。また、近年は、知的財産権自体 の正当性根拠についても EU 機関間の見解の相違が増加しつつある。加盟国法の間で、営 業秘密の定義や保護方法が異なっていることは、委員会の委託研究が示すとおりである。 このような状況にあって、営業秘密の保護制度のハーモナイゼーションは、相当、困難 と見受けられる。そうであるからこそ、営業秘密の定義および保護方法について EU に共 通する制度を打ち立て、市場統合を深めようとする今回の委員会案は、大変有意義な試み 40 第 51 条の注によれば、 「不正商標商品」とは、 「ある商品について有効に登録されている商標と同一であり又 はその基本的側面において当該商標と識別できない商標を許諾なしに付した、当該商品と同一の商品(包装を 含む)であって、輸入国の法令上、商標権者の権利を侵害するもの」を言い、 「著作権侵害物品」とは、 「ある 国において、権利者又は権利者から正当に許諾を受けた者の承諾を得ないである物品から直接又は間接に作成 された複製物であって、当該物品の複製物の作成が、輸入国において行われたとしたならば、当該輸入国の法 令上、著作権又は関連する権利の侵害となったであろうもの」を言う。 - 61 - であるといえよう。 - 62 - Ⅳ.中国における営業秘密の保護の現状 1.営業秘密保護制度の概要 (1)反不正当競争法 中国の不正競争防止法(中国語では「反不正当競争法」 )第 10 条は、営業秘密(中国語 では「商業秘密」 )侵害行為について、規定している。 (ⅰ)営業秘密の概念 不正競争防止法は、 「営業秘密とは、公衆に知られておらず、権利者に経済的利益をもた らすことができ、実用性を備え、かつ権利者が秘密保持措置を講じている技術情報及び経 営情報をいう」と規定している(第 10 条 3 項) 。行政法規である「営業秘密侵害行為の禁 止に関する若干規定」第 2 条及び刑法第 219 条の「営業秘密侵害罪」の規定においても、 同様の定義が採用されている。 営業秘密は、 「技術情報」と「経営情報」の 2 つに分類される。 ここにいう「技術情報」とは、 「秘密の状態にある非公知の技術を指し、生産活動の実際 の経験または技術の中から取得し、実用性を備えた技術的知識である」1。 また、 「経営情報」には、経営秘密と管理秘密とがある。 「経営秘密」とは、 「秘密性を備 えた経営及びそれと密接に関わる情報を指す」2。 「管理秘密」とは、 「管理モデル・方法・ 経験や広報活動の管理等の生産組織及び経営管理に関する秘密を指す」3。 (ⅱ)営業秘密の要件 営業秘密の要件は、①公知でないこと、②権利者に経済的利益をもたらすことができ、実 用性を有すること、③権利者が秘密保持措置を講じていることである。 (a)公知でないこと 「公知でないこと」4とは、その情報が公開ルートから直接得ることができないことをい う( 「営業秘密侵害行為の禁止に関する若干規定」第 2 条 2 項) 。 営業秘密の秘密性には、営業秘密の所有者が主観的に秘密保持の意思を有し、営業秘密 ジェトロ東京本部知的財産課・北京事務所知識産権部「中国における営業秘密管理」6 頁(2012 年 12 月) 。 「技 術情報には、例えば、製造技術、設計方法、生産計画、製品調合、研究手段、工程フロー、技術規範、操作技 術、測定方法の知識及び経験、技術水準、技術潜在力、新技術及び代替技術の予測、新技術の影響予測等の情 報が含まれる」 (同前) 。 2 ジェトロ・前掲注 1)6-7 頁。 「例えば、製品販売計画、製品販売状況、製品販売の地域別分布、顧客リスト、 経営戦略、広告計画、原材料価格、流通ルート、資産購入計画、投資計画等が含まれる」 (同前 7 頁。 ) 。 3 ジェトロ・前掲注 1)7 頁。 4 「最高人民法院による不正競争民事事件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈」によると、不正 競争防止法第 10 条 3 項の「公衆に知られておらず」とは、関連情報がその所属分野の関連人員に周知の情報で なく、容易に入手可能な情報でないことを指す(第 16 条) 。 1 - 63 - が、客観的に公衆に知られていないことが必要である5。 (b)権利者が秘密保持措置を講じること(秘密保持性) 不正競争防止法は、営業秘密の定義について「公知でないこと」を要求すると同時に、 「権利者が秘密保持措置を講じること」を要求している。 「営業秘密侵害行為の禁止に関す る若干規定」第 2 条 4 項では、 「 『権利者が秘密保持措置を講じること』には、秘密保持協 議の締結、 秘密保持制度の確立及びその他合理的な秘密保持措置を講じることが含まれる」 と定められている。合理的な秘密保持措置6とは、 「講じる措置がかかる営業秘密に対して 適切であるということを指す」7。 (ⅲ)営業秘密侵害行為・行為態様 不正競争防止法第 10 条 1 項の規定によると、 営業秘密侵害行為とは、 ①窃盗、 利益誘導、 脅迫又はその他の不正な手段で、権利者の営業秘密を取得すること、②前号の手段で取得 した権利者の営業秘密を公開し、使用し、又は他人に使用を許諾すること、③入手した営 業秘密を、約定に反し、又は権利者の営業秘密保持についての条件に反して、公開し、使 用し又は他人に使用を許諾することである。④また、①~③の行為を明らかに知り、又は 知るべきでありながら、他人の営業秘密を取得し、使用し、又は開示することは、営業秘 密を侵害するものとみなされる(第 10 条 2 項)8。 2.求められる秘密保持の水準 判例の中で最も多い争点となっているのが営業秘密の要件である。 その営業秘密の要件のうち、特に「秘密保持措置」の点が争点になる場合が多い。また、 その保護要件を認定するため、最高人民法院が司法解釈(法釈〔2007〕2 号、2007 年 2 月 1 日施行)を制定して、認定基準を公布し、下級審人民法院がそれを基準に認定するよう になっている。 この秘密保持性については、同司法解釈第 11 条が以下の通り規定している。まず、 「講 じられた秘密保持措置が、権利者が情報漏洩防止のために講じた商業価値等の具体的な状 況に対応する合理的なものである」ことが必要である。それが「合理的といえるためには、 その秘密保持措置が保護客体に適切であり、他人が窃盗・買収・脅迫等の不正手段を使い 又は約定に違反しない限りは取得が困難であることが必要である。 」とする。 ジェトロ・前掲注 1)7 頁。 秘密保持措置にはさまざまな形式があるが、従業員に対して秘密保持義務を規定すること、関係者以外の者 の営業秘密場所への立入制限、各種の秘密保持規則の制定、及び必要な盗難防止設備の設置等が挙げられる(ジ ェトロ・前掲注 1)8 頁) 。 7 同上。 8 なお、 「最高人民法院による不正競争民事事件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈」で検討され ている類型として、リバース・エンジニアリングが挙げられており、同第 12 条で「営業秘密侵害行為に認定し ない」とされている。また、第 13 条では、商業秘密の中の顧客名簿があることを認める(1 項)が、顧客が従 業員個人の信頼に基づき取引を行う場合、顧客が自主的にその取引を行うことを選択したことを証明できた場 合、不正な手段を採っていないと認定すべきとする。 5 6 - 64 - また、 「権利者が秘密保持措置を講じたものと一応判断することができる。 」例を以下の 通り挙げる。 「 (一)秘密情報の開示範囲を限定し、知る必要がある関連人員のみにその内容を公知して いる場合 (二)秘密情報の担体に対し、施錠等の保護措置を講じている場合 (三)秘密情報の担体上に秘密保持の表示を付する場合 (四)秘密情報に対しパスワード又はコード等を採用している場合 (五)秘密保持契約を締結している場合 (六)秘密にかかわる機械、工場、作業場等の場合への進入者に対し制限、又は秘密保持 を要求している場合 (七)秘密保持を確保するためのその他の合理的措置」 判例では上記の基準に従い「秘密保持措置」を欠くとされるケースが多い。例えば、判例 〔12〕 (有用性欠如、秘密保持措置欠如) 、判例〔13〕 (秘密保持措置欠如)がある9。 判例〔12〕上海市第一中級人民法院案件番号(2010)沪一中民五(知)初字第27号 判決年月日2010年5月20日 【争点】営業秘密性 【判決】侵害否定・営業秘密の非公知性、秘密保持措置を欠如・原告敗訴 【法院の認定】X社が営業秘密として主張する得意先の情報についても、公衆に知悉され ておらず、かつ秘密保持措置を採ったことを証明できない。最高人民法院の司法解釈(不 正競争民事案件審理の法律適用の若干問題の解釈)第13条は顧客名簿を営業秘密に含める が、長期間の安定した取引先であればそれだけで営業秘密として保護されるものではない し、顧客が社員個人との信頼関係に基づき自主的に取引を開始したことを証明できた場合 は不正手段とは認定されず、A社はY1(X社への出資者(元監事(監査役)兼副総経理) ) との信頼関係に基づきY2(Y1がX社を退社前に出資して設立)と取引を開始したので、両 被告の行為は誠実信用の原則や公認の商業道徳に違反したとも認定できない。 判例〔13〕上海市高級人民法院案件番号(2010)沪高民三(知)終字第45号 判決年月日2010年8月16日 【争点】営業秘密性 【判決】侵害否定・秘密保持契約の秘密情報及び秘密保持義務の不明確・侵害否定・原告 敗訴 【当審の認定】X社は顧客名簿・取引契約情報が営業秘密であることの立証責任があると ころ、販売契約情報の合理的、具体的、有効な秘密保持措置を採ったことを立証しなけれ ばならず、例えば、情報を掌握している関係者の限定、秘密情報が記載されたものに守秘 なお、判決の番号は、ジェトロ上海センター知識産権部「中国における営業秘密漏洩に関する判例調査報告 書」 (2011 年 3 月)掲載の判決の番号と同一の番号を利用している。判決の詳細は同報告書を参照されたい。 9 - 65 - マークをつけ、その保管手段として保管庫に鍵をかけ、秘密保持契約を締結するなどであ るが、X社にはその証明がない。 3.立証責任の分担(接触+類似原則の適用実態) 2011 年 12 月 16 日付で最高人民法院が公布した「知的財産権の審判職能を十分に発揮さ せ、社会主義の文化の大きな発展と繁栄を推進し、経済の自主的で順調な発展を促進する ことに関する若干問題に関する意見」 (以下「意見」 )には、営業秘密侵害事件における原 告の挙証責任の難しさを考慮して、原告の挙証責任がある程度軽減される旨を規定した10。 ①法院では「接触+類似」の原則を採用している。即ち、被告が営業秘密に接触できる 可能性があり、侵害者が開示又は使用等した情報が権利者の情報(営業秘密の要件を具備 した情報)に類似する場合には、侵害行為を認定することができるという原則である。こ の場合、被告において、自己の情報が他の合法的ルートで入手したことを立証しなければ ならないことになるが、これは反証であり、立証責任はあくまで権利者が負担する(本証) ことに変わりがない。従って、立証責任が転換されるものではない。 ②判例〔27〕のほか、【墨汁事件】が「接触+類似」の原則を適用している。また、判 例〔20〕〔36〕は、「接触+類似」原則が適用されたかは不明であるが、被告が別ルート の技術や情報の出所を証明し侵害行為が否定されたケースである。 判例〔20〕浙江省高級人民法院案件番号(2005)浙民三終字第82号 判決年月日2005年6月29日 【争点】技術秘密侵害行為 【判決】侵害否定原告逆転敗訴 【認定】法院はY1の技術とX社の技術について浙江省質量技術監督検査測量研究院に鑑定 を委託した。鑑定内容はX社の技術が専有技術か否か、両社の設備の技術的効能原理が一 致するか否かであり、鑑定結果はX社の壁紙生産ライン設備は専有技術であり、Y1社の技 術は6つの機器がX社の技術と機能原理上一致するとした。また、法院はX社が導入した生 産ライン設備につき秘密保持措置が採られていると認定した。そして、差止め、謝罪広告 及び損害賠償を認めた。 【上訴審の認定】第1審法院が行なった鑑定事項には問題があり、X社の技術が専有技術か 否かではなく、また、技術効能の一致性だけを問題にすべきではない。双方の技術的特徴 は基本的に一致するが、Y1社の生産ライン設備は2000年10月に韓国の貿易商社の技術責任 者から改造の技術指導を受けたものであり、技術の出所の証明があるとし、Y2、Y3がX社 の営業秘密を侵害していないと認定した。 「営業秘密の権利者が、被申立人の情報とその営業秘密とが同一又は実質的に同一であり、且つ被申立人が 当該営業秘密に接触し、若しくは非合法的に入手するという条件を有することを証明する証拠を提出する。案 件の具体的状況又は公知の事実及び日常生活上の経験に基づき、被申立人が不当な手段を用いた可能性が高い と認定するに足りる場合、被申立人が不当な手段を用いて営業秘密を入手したという事実が成立していると推 定できる。但し、被申立人が合法的な手段を通じて当該情報を入手した場合はこの限りでない。 」 10 - 66 - 判例〔27〕北京市高級人民法院案件番号(1999)高知終字第 15 号 判決年月日 不詳 【争点】営業秘密取得判断基準・接触+類似の原則 【判決】侵害肯定・原告勝訴 【事実関係】X 社はビール醸造の補助剤( 「麦汁澄清剤」 )のノウハウを有していた。この ノウハウは公衆に知られておらず、X 社は配合を掌握する者を 2 名に限定し、秘密保持措 置を採った。Y1 は X 社を離職して 3 ヶ月も経たないうちに、第三者と共同出資で Y2 社を 設立し、麦汁澄清剤を生産販売した。X 社は Y1 らに対し侵害停止、損害賠償及び謝罪広 告を求めて提訴した。 【第 1 審法院の認定】営業秘密侵害認定の原則である[類似+接触]の原則を適用し、Y2 社の製品が X 社の製品に類似し、Y1 を通して X 社の技術秘密に接触できたことから、侵 害を認定した。 【墨汁事件】事件番号:一審:北京市第一中等裁判所不明 再審:最高裁判所(2011)民監 字第 414 号 判決年月日 不明 (特許ニュース 13398 号 1 頁以下掲載。 ) 【争点】営業秘密性・侵害行為 【判決】侵害肯定・原告勝訴 【事実関係】X の元従業員 Y2(X の副工場長、副総経理として、主に生産、管理、労働、 技術検査、市場開発などの職務を担当した。 )が労働契約解除前に Y1 に出資し、設立し、 Y1 はその後 X の競合製品(Y 製品)の製造を開始した。X は Y 製品が、X 製品と同一又 は非常に類似しており、自社の営業秘密を Y2 が漏洩したことは、同社に対する不正競争 に該当するとして、Y らが営業秘密侵害行為を停止し、3 万元を賠償するよう請求した。 【一審判決】法院は、判決の発効日より X の営業秘密指定の解除を行うまで、Y らへの X の営業秘密の使用開示の差止を認め、かつ Y1 の在庫製品を裁判所に引き渡し廃棄し、Y らは共同して 3 万元を賠償することを命じる判決を言い渡した。 Y らの上訴は棄却(2005 年 9 月 9 日)されたが、Y2 は、最高裁判所に再審・再審申立 却下(2011 年 11 月 23 日)に対する再審申立を提起した。 【再審判決】 「当事者がその職責に基づき、営業秘密情報を把握する可能性と条件を完全に 具備している場合、他人のため当該営業秘密情報と関わりのある製品を製造し、かつ当該 製品について、単独で研究開発したものであると立証して証明することができなければ、 事件の具体的状況及び日常的な生活経験をふまえ、当該当事者がその把握している営業秘 密を不法公開したと推定することができる。したがって、一審及び二審における判決に誤 りがない」と認定し、法により再審申立を棄却した。 - 67 - 4.証拠保全 (1)概説 「訴訟においてよく利用されている手続は証拠保全である。証拠保全については、同法 〔引用者注:中国民事訴訟法〕第 74 条が規定している。証拠が破壊されたり、消滅したり する可能性がある場合又は後に証拠の入手が困難な場合、当事者は一方的に当該証拠を保 全するように人民法院の命令を求めることができる。人民法院は、当該請求をした当事者 に担保を求める。この証拠保全は、一般的に裁判官により実施される。当該証拠保全の命 令は直ちに発効し、一般的には被告に事前に知らせることなく、その場で関係文書と証拠 を提供するように要求できる。 当該命令を執行する際に、 人民法院は被告に対して審尋し、 文書の提出を要求し、侵害製品のサンプルを取得し又は現場を調査することができる。証 拠保全の間に得られた証拠は、後の訴訟手続において証拠として受理される。 」11 (2)証拠保全が功を奏した判例 中国の法院では、日本の裁判所に比べて、証拠保全の申請を認める傾向が高いので、権 利者としては証拠保全申請を活用し、有利な証拠を収集すべきであるといえる。 証拠保全で被告のパソコンの中に原告のソフト技術情報(ICカード管理システムのソフ トウェア) が保存されていることが発見されて、 侵害が肯定された事例がある (判例 〔18〕 ) 。 なお、判例〔19〕は、法院が職権で証拠保全を行った、稀なケースである。 判例〔18〕北京市海淀区人民法院 案件番号不詳 判決年月日 1997 年 12 月 1 日 【争点】営業秘密性、従業員の就職先企業の責任 【判決】侵害肯定・原告勝訴 【法院の認定】X 社に機密を漏洩した場合は損害賠償責任、離職後 3 年の競業避止義務、 IC カード応用技術(資料、プログラム、ハードウェア設計)の譲渡等・開発利用の禁止、 返還義務を承認した Y2 らが X 社を退社後に Y1 社に就職し、営業秘密を利用して X 社が 顧客と進めていた IC カード管理システム契約と同一の契約を締結した。 ①営業秘密性を認めた上で、②証拠保全により、Y1 社のコンピュータ内に X 社の大量 の IC カード管理システムのソフトウェアが保存されているのが発見され、 この事実は営業 秘密侵害の証明となり、Y1 は、競業制限を受けている元社員を雇用して営業秘密を侵害し たとして責任を負う。Y らの営業秘密の開示、使用を停止及び損害賠償(13 万 6,450 元) を認めた。 判例〔19〕福建省厦門市中級人民法院 案件番号不詳 判決年月日2001年3月14日 【争点】秘密保持措置 特集 中国における特許訴訟のやり方について - ジョーンズ・デイ法律事務所(http://www.jonesday-tokyo.jp/ mail-magazine/number001/feature01.html) 。 11 - 68 - 【判決】侵害否定・原告敗訴 【法院の認定】法院は訴訟の対象物がインターネットのネットワークシステムであること から、滅失又は将来の入手が困難になるおそれがあるとして、職権で証拠保全措置を採り、 Y1 社に対して「企業上网 1+1」の原資材料の提供を命じた。 5.司法鑑定 (1)概説 「司法鑑定とは、司法鑑定人が司法機関、仲裁機構或いは当事者の依頼を受け、法律に 定められる条件と手続に従い、専門知識或いは技能を利用して、訴訟或いは仲裁等の活動 におけるある専門的な問題に対して、鑑別と判定活動を行うことである」12。 訴訟において、鑑定結果を証拠として提出する手段としては、一方当事者が弁護士や弁 理士に私的に鑑定を依頼し、鑑定書を提出することが考えられる。これは裁判官の心証形 成に一定の影響は与えるものの、個人的な見解にすぎず証明力は高くない。また、相手方 から異議があると証拠として採用されない。 また、一方当事者が法定の鑑定部門に私的に依頼した鑑定書は、裁判官の心証形成に有 利な影響を与える可能性は高い。しかし、相手方から反論するに足りる証拠があり、かつ 再鑑定の申請があった場合は証拠として採用されない。また、外国の鑑定機関の鑑定書も 人民法院では証拠として採用されない場合がある。 そこで、人民法院に対して司法鑑定を請求し、人民法院が指定する鑑定機関に鑑定を委 託する方法がある。この司法鑑定の結果は、裁判官の判断を拘束する力はないが、裁判官 の心証形成に非常に大きな影響を与える。逆に言えば、司法鑑定の請求を行ったにもかか わらず、自己に不利な鑑定結果が出て、不利な形で審理が進むおそれもあることに注意す る必要がある。従って、司法鑑定を請求する当事者も請求された当事者も、司法鑑定の実 施に当たって、書面で十分に自己の主張を述べておくべきであり、自己に不利な鑑定結果 が出た場合には、鑑定の結論を覆すための主張を行う必要がある13。 (2)鑑定等が争点となった判例 顧客名簿(顧客情報)を除く技術秘密案件のほとんどで司法鑑定が行われている。技術 情報と公知技術との比較、原告技術と被告技術の同一性についての鑑定であり、鑑定結果 に基づいて法院が認定判断を行っている。但し、最高法院の判決では、原告の当該技術が 営業秘密に属するかを鑑定させる必要はなく、それは法院が判断すべき事項であり、鑑定 は技術の同一性等の技術上の問題に限って判断すべきであるとしている14。 法院が、原告と被告の金型図面が同じか否かを司法鑑定に委託したケースとして、判例 〔6〕がある。また前掲・判例〔20〕では、被告の技術は 6 つの機器が原告の技術と機能原 ジェトロ北京センター知的財産権部『中国鑑定制度調査』9 頁(2006 年 3 月 31 日) 。 ジェトロ上海センター 知識産権部『 〔特許庁委託事業〕中国における特許権(専利権)侵害に対する司法上 の権利行使に関する報告書』18 頁(2011 年 3 月) 。 14 前掲・ジェトロ「判例調査報告書」判例№3 参照。 12 13 - 69 - 理上一致するとの鑑定結果が出されたが、その鑑定事項が適正なものではなかったとして 採用しなかったケースである。 なお、判例〔17〕は、外国企業が司法鑑定の誤りを強く争ったが、結局は認められなか ったケースである。外国企業にとって、外国の鑑定機関の鑑定を採用しない等の中国の法 院の証拠制限に対して不信感を抱いており、また、鑑定人の資質、鑑定手法についての信 頼のおける制度が求められるとの意見がある15。 判例〔6〕最高人民法院案件番号(2000)知終字第 10 号 判決年月日 2001 年 4 月 4 日 【争点】侵害行為 【判決】侵害否定・原告敗訴 【事実関係】Y2、Y3 は X 社の元社員で、Y2 は X 社の技術につき秘密保持を承認した。X 社は Y1 工場が Y2、Y3 から X 社の技術秘密の開示を受けたとして、営業秘密侵害を理由 に、生産のための金型作成図面の返還、金型の廃棄、経済的損害 500 万元の賠償、謝罪広 告を求めて提訴した。 【第 1 審の認定】法院は吉林工業大学研究所に X 社の技術が公知技術か否か及び Y1 工場 の金型図面が X 社の金型図面と同じか否かの技術鑑定を委託し、Y1 工場の生産技術と X 社の生産工場は主要な構造及び重要な工程が同じではなく、Y1 工場の金型が X 社の金型 図面から製作したものとは認定できないとの鑑定意見が出された。 【第 1 審判決】X 社の請求を棄却する。 X 社は上訴し、鑑定意見が誤りであると主張したが、上訴審は第 1 審の認定を支持した。 判例〔17〕上海市高級人民法院 案件番号(2009)沪高民三(知)終字第112号 判決年月日2010年3月9日 【争点】営業秘密性、鑑定適法性 【判決】侵害否定 技術相違 原告敗訴 【第一審の審理】X社は米国企業で、熱処理回収システム(HRC)技術を有し、当該技術 等につき技術秘密(本件技術秘密)を有する。X社の退職従業者Y1を含むYらのプロジェ クトの技術がX社の技術をY1がYらに漏洩したもので営業秘密侵害として提訴した。 X社は第一審法院に、X社の技術とYらのプロジェクト技術の対比鑑定の申請をし、法院は 鑑定センターに、X技術が公知技術であるか否か及び上記技術対比を鑑定させた。鑑定結 果は一部は公知技術であること、Yらの技術はX社の技術とは主要な設備が異なるという内 容であった。X社は新たな鑑定を申請し、法院は鑑定センターに補充鑑定をさせたが、構 成が異なるという結果は同じであった。また、その他のXが提出した証拠ではYらがX社の 営業秘密を侵害したことを証明できないとした。 【上訴審の審理】X社は上訴し、鑑定センターの鑑定結果が誤りであると主張し、米国のR 社、T社の証言書面等を提出する等して鑑定の誤りを指摘し、再度、鑑定申請をしたが、 15 前掲・ジェトロ「判例調査報告書」20 頁。 - 70 - 法院は民事訴訟法125条、民事訴訟証拠規定41条を根拠に(「新たな証拠」の提出ができる 場合に該当しないとして)鑑定を採用せず、鑑定人の資質、選任に問題はなく、鑑定手続 が適法であるとした。なお、X社の申立により、商業秘密に属するため、法廷は非公開で 審理された(中国民事訴訟法120条)。 6.裁判管轄 企業は、自社の営業秘密が他の企業等による侵害行為を受けた場合、直接に人民法院に 訴訟を提起することができる。権利侵害訴訟の管轄法院については、一般論としては被告 住所地の人民法院又は権利侵害行為地の人民法院である。秘密保持契約を締結した場合に は、被告の住所地又は契約の履行地の人民法院に訴訟を提起することができる。 不正競争防止法に規定する不正競争民事第一審案件は、通常は中級人民法院が管轄する (司法解釈第 18 条 1 項) 。 各高級人民法院は当管轄区域内の実際の状況に応じて、最高人民法院の認可を経て、若 干の基層人民法院が不正競争案件民事第一審案件を受理することを確定することができ、 既に知的財産権民事案件を審理できる認可を得た基層人民法院は引き続き受理することが できる(同条 2 項) 。 複数の被告を同一訴訟で 1 人の被告の住所地の管轄法院へ提訴できることから(民事訴訟 法第 22 条 3 項) 、他の被告が管轄異議を申立てる場合も多いが、それは判例〔8〕のように 却下される例が多い。 また、 「権利侵害行為地の人民法院」について、判例〔9〕では、営業秘密を使用して製造 した製品の販売は営業秘密侵害行為であるか否かが争点となった。最高人民法院は一般的に、 営業秘密侵害行為の実施地及び結果発生地は重なり、営業秘密を使用する過程は、通常は侵 害品を製造する過程であり、侵害品製造時に侵害結果が同時に発生し、その後の侵害品の販 売地を営業秘密使用の結果発生地とすべきではないとした。従って、販売地の法院には管轄 権がない。 判例〔8〕最高人民法院案件番号(2006)民三終字第 7 号 裁定年月日 2007 年 3 月 19 日 【争点】裁判管轄 【裁定】原裁定維持 【事実関係】X 社が Y1~Y3 を営業秘密侵害で上海市高級人民法院に提訴した。 Y1 が管轄異議を申立てたが、第 1 審法院は①中国民訴法 29 条は不法行為訴訟は権利侵 害行為地又は被告の住所地の法院の管轄とする旨規定する、 ②同法 22 条 3 項は同一訴訟で 数個の被告の住所地、常居所地が 2 個所以上の法院の管轄区にある場合、各法院が管轄権 を有すること、③被告 Y3 の住所地が上海市であること、④訴訟目的額が上海市高級法院 の管轄に属することから、管轄異議申立を却下した。これに対し Y1 が最高人民法院に上 訴したが、上訴を却下された。 被告は本件が労働紛争であり、仲裁前置により労働仲裁委員会の管轄に属し、仮に訴訟 - 71 - の場合でも南通市中級法院の管轄とするのが当事者にとって便利であると主張した。第 1 審法院は本件の実質は労働紛争ではなく営業秘密侵害の不法行為であり、不法行為地又は 被告住所地の法院が管轄権を有し、訴訟目的価額も高級法院の管轄であるとして、管轄異 議を却下し、最高人民法院もこれを支持した。 判例〔9〕最高人民法院案件番号(2007)民三終字第 10 号 裁定年月日 2009 年 1 月 15 日 【争点】営業秘密使用製品販売と侵害有無・裁判管轄 【裁定】原裁定取消 【事実関係】X らは Y らが営業秘密を侵害して製品を製造し、A らが販売したとし、佛山 市に本店を有する A らと Y らに対し佛山中級法院に訴訟を提訴した。後に X らが請求額 を増加する申請を法院に 2 度し許可された。佛山中級法院は広東省高級法院へ移送願いを 提出し許可された。 他方、X らは、Y1 らと上海四維企業らを被告として江蘇省高級法院へ関連の営業秘密に 関する訴訟を提訴し、受理された。Y1 らは広東省高級法院に対し、管轄異議申立を行い、 案件を江蘇省高級法院へ移送するよう申請した。 広東省高級法院は両事件が同一の法律事実により発生したもの等として、広東省高級法 院へ移送すると決定した。 Y1 らは管轄異議を述べたが、同高級法院は、営業秘密侵害事件の管轄権は侵害行為地又 は被告住所地を管轄する人民法院に提起すべきで、佛山市中級法院は法律により管轄権を 有し、紛争対象価額の拡大により、広東省高級法院が管轄権を有するとして異議申立を却 下した。 上訴審において、A らが Y らが営業秘密を使用して製造した商品を中国各地(佛山市を 含む)に販売したことから、佛山市が侵害行為地であるか否かが争点となり、最高人民法 院は、営業秘密を使用して製造した商品の販売は営業秘密侵害ではないから、佛山市は権 利侵害地ではなく、佛山市中級法院は本件案件の管轄権を有しないとして、江蘇省高級法 院への移送を命じた。 7.判決による営業秘密の差止期間の設定 最高人民法院の司法解釈は、人民法院が商業秘密侵害行為に対して判決で侵害行為停止 の民事責任を命じる場合、侵害停止期間は、通常当該商業秘密が公衆知になるまで継続す る(第16条1項)と規定する。仮に期間を限定した場合、判決が侵害を停止する期間が明ら かに不合理な場合、法により権利者の当該商業秘密の競争上優位を保護する状況で、侵害 者に一定の期間又は範囲内で当該商業秘密の使用を停止する判決を言い渡すことができる と規定する(同条2項)。 判例〔15〕の前訴の上海浦東新区法院の判決は、原告の請求に応じてではあるが、「判 決確定から2年内の営業秘密である顧客名簿の使用の禁止」を命じ、判例〔22〕の甘粛省高 級法院の判決は、第1審判決が主文で2年と限定して侵害の停止を命じたのを改めて、期間 - 72 - を限定せずに侵害の停止を命じたが、侵害行為の禁止を命じる他の判決は何らの限定をし ていない。特許ニュース13398号1頁以下掲載の判決も、「判決の発効日よりXの営業秘密 指定の解除を行うまで」という不確定期限付きで侵害行為の停止を命じている。 このような判決について、2年に限定する合理的理由には疑問があり、また、敢えて営業 秘密権が終了するまでとの限定をする必要はないとの評価がある16。 判例〔15〕前訴・上海浦東新区法院案件番号(2006)浦民三(知)初字第 92 号 判決年月日 2007 年 2 月 16 日 上訴棄却(同法院(2007)沪一中民五(知)終字第 9 号) 。 【争点】営業秘密性・侵害事実 【判決】侵害肯定・原告勝訴・上訴審で賠償額減額 【事実関係】Y1 は X 社の財務担当従業員で、離職後 1 年間の競業禁止(現存顧客との連 絡の禁止も含む) 、違約金は秘密保持費用の 3 倍額とする労働契約を締結した。X 社は規則 違反を理由に Y1 を解雇した。Y1 は解雇後(11 か月後)に Y2 と労働契約を締結し 2007 年まで副総経理を担当した。X 社は営業秘密侵害として、Y1、Y2 に対し、①判決確定か ら 2 年内の営業秘密である顧客名簿の使用の禁止、②20 万元の賠償を請求した。 【判決】 (1)Y1、Y2 は判決確定後 2 年内は X 社の顧客名簿の使用を停止せよ。 (2)Y1、 Y2 は判決確定から 10 日以内に X 社に対し 20 万元を共同で支払え。 判例〔22〕甘粛省高級人民法院 案件番号(2004)甘法民三終字第 4 号 判決年月日 不詳 第一審:蘭州市中級人民法院(2003)蘭法民三初字第 18 号 【争点】営業秘密侵害の立証責任 【判決】侵害肯定・原告勝訴 【事実関係】X 社は、高差圧バルブ腐食防止装置(本件装置)の退職従業者(総経理助手 兼事務局主任及び会社の秘書)による A 社への提供契約の締結に対して、営業秘密を侵害 されたとして、第一審法院に提訴した。 【第一審法院の認定】営業秘密の侵害を認め、使用停止を判決確定日より 3 年に限定して 命じた。Y1 が A 社と取引を継続する中で自己の労働と努力で獲得できるとして営業秘密 の使用禁止期間を 3 年とした。 【上訴審判決】 (1)原判決第 1 項を次の通り変更する。上訴人 Y1 社と Y2 の行為は上訴人 X 社が有する営業秘密の不正競争行為であり、速やかに不正競争行為を停止しなければな らない。 8.営業秘密裁判の公開制限 営業秘密は非公開な情報であり、裁判で公開されることになれば、権利の保護が図れな 16 前掲・ジェトロ「判例調査報告書」17 頁。 - 73 - いことになる。従って、裁判の非公開の必要があるが、日本と同様に中国民事訴訟法にも 非公開にできる規定がある(民事訴訟法第 120 条 上記の判例〔17〕参照) 。 また、意見第 25 条は、訴訟審理の過程で営業秘密が漏洩することを防止するための規定 も置いている。 「営業秘密事件の審理及び証拠に対する質疑方式を整備し、営業秘密に係る証拠につい ては、代理人に限定した開示、段階に分けての開示、秘密保持承諾書の差入れ等の営業 秘密を知る範囲及び伝達ルートを制限する措置を講じる試みを行い、審理過程における 二次的漏洩を防止しなければならない。 」 上記規定は、 「代理人に限定した開示、段階に分けての開示、秘密保持承諾書の差入れ等 の営業秘密を知る範囲及び伝達ルートを制限する措置を講じる試み」が明記されており、 今後の審理実務の指針となることが期待されている17。 9.刑事/行政摘発と民事訴訟 (1)刑事手続 (ⅰ)営業秘密侵害罪 刑法第 219 条は、 「営業秘密侵害罪」 を規定している。 営業秘密侵害罪を構成する行為は、 ①窃取、利益誘導、脅迫その他の不正な手段により権利者の営業秘密を取得する行為、② ①の手段により取得した権利者の営業秘密を開示し、使用し、又は他人が使用することを 許諾する行為、③約定に違反し、又は営業秘密の保持に関する権利者の要求に違反し、自 己が知っている営業秘密を開示し、使用し、又は他人が使用することを許諾する行為であ る(1 項) 。また、上記のような行為であることを明らかに知り、又は知るべきであるにも かかわらず他人の営業秘密を取得し、使用し、又は開示する行為は、営業秘密侵害罪に該 当する(2 項) 。 (ⅱ)損失金額の要件 刑法第 219 条に規定する「営業秘密の権利者に対して多大な損失をもたらした」に該当 するためには、 営業秘密の権利者に対して損失金額を 50 万元以上もたらすことが必要であ る( 「最高人民法院、最高人民検察院による知的財産権侵害における刑事事件処理の具体的 な法律適用に関する若干問題の解釈」第 7 条 1 項) 。 この場合、3 年以下の有期懲役もしくは拘留に処し、罰金を併科し、又は単科する。営 業秘密の権利者に対して損失金額を 250 万元以上もたらした場合は、刑法第 219 条に規定 する「特別に重大な結果をもたらした」に該当し、営業秘密侵害罪により 3 年以上 7 年以 下の有期懲役に処し、罰金を併科する(同解釈第 7 条 2 項) 。 17 ジェトロ・前掲注 1)31 頁。 - 74 - (ⅲ)刑事と民事訴訟 意見第 25 条は、 「営業秘密の民事権利侵害訴訟手続と刑事訴訟手続との関係を適切に処 理し、両者の手続の関連性を重視するとともに、その相互の独立性にも注意を払い、法に 従い営業秘密を保護すると同時に、事業者による悪意の刑事訴訟手続発動の妨害及び競争 相手に対する制圧を防止しなければならない」とも規定している。 なお、技術的に複雑な事例では、刑事当局に上記の損失額及び営業秘密侵害の確証を得 させることが困難であるため、刑事手続を利用することは困難であるといわれている18。 (ⅳ)刑事手続に関する判例 権利者が刑事告訴とは別に民事で損害賠償請求を提起するケースや、刑事手続の中で損 害賠償請求を行う附帯民事訴訟を提起するケースもある。判例〔21〕は、刑事事件が先行 し(被告人らが懲役 1 年・罰金 3 万元、懲役 9 か月・罰金 2 万元の判決を受けた) 、その後、 民事訴訟で 230 万元の高額賠償が命ぜられたケースである。判例〔40〕は、附帯民事訴訟 を提起して 1782 万元の高額賠償 (契約金額 1 億 4856 万元×平均利益率専門家評価意見 12% で算定)が命ぜられた事例である(刑事処罰は懲役 3 年・罰金 5 万元) 。なお、中国では附 帯民事訴訟が認められているが、実際に提起される例は多くない。 判例〔21〕上海市高級人民法院案件番号(2005)沪二中民五(知)初字第 207 号 判決年月日 不詳 【争点】技術秘密侵害行為 【判決】侵害肯定・原告勝訴 【事実関係】Y3 ら X 院の元従業員(エンジニア等)で X 院退職後 Y1 会社で X 院の技術 秘密を利用して 15N 生産装置を設置し、15N 標識化合物を生産し輸出等販売した。X 院は 上海市公安局へ営業秘密侵害罪で刑事告訴し、法院へ提訴した。 【刑事判決】2004 年 5 月と 8 月に上海市第二中級人民法院で、Y3 は懲役 1 年、罰金 3 万 元、Y4、Y5 は懲役 9 ヶ月、罰金 2 万元、Y1 は罰金 30 万元の有罪判決を受けた。 【民事第 1 審判決】 (1)X 院の当該営業秘密に対する侵害を停止せよ。 (2)謝罪広告を掲 載して悪影響を除去する。 (3)被告 Y らは、X 院に対し、230 万元を連帯して賠償せよ。 その中、Y2 社は 8 万元を賠償せよ。 【上訴審判決】上訴人の上訴を棄却し、原判決を維持する。 判例〔40〕陝西省高級人民法院案件番号(2006)陝刑二終字第50号 判決年月日2006年10月12日 【争点】営業秘密性 【判決】附帯民事・訴訟原告・勝訴 【事実関係】Y1はX研究所に高級技術者として勤務し、労働契約を締結して秘密保持義務 18 平成 25 年 12 月 3 日「NEDO 知的資産経営研究講座特別セミナー」での陳愛華重慶大学講師の報告での発言。 - 75 - を負担した。Y1はX社と他社との取引関係に関与して、X社の技術図面を自分のパソコン に搭載した。その後、Y1はX社を退社し、Y2社の副総技術者として就職した。Y2はY1か らX社の技術図面の提供を受けて、そのまま使用し、連鋳機を製造して他社へ販売した。 【X社の刑事告訴】2003年7月、X社はY1を刑事告訴し、Y1は2004年10月8日に逮捕され、 営業秘密侵害罪で告訴された。X社は刑事手続でY1、Y2に対し2800万元の損害賠償を請求 した。 【第1審法院の認定】法院は司法鑑定を行い、X社のY1、Y2の営業秘密侵害を認め、損害 につき契約金額1億4856万元×平均利益率専門家評価意見12%=1782万元の損害を認めた。 【上訴審での和解成立】上訴審で、X 研究所の Y1、Y2 に対する損賠賠償請求につき、和 解(調解)が成立した。 (2)行政摘発 不正競争防止法に基づく営業秘密の行政ルートによる保護を規定する行政法規として、 主管機関の国家工商行政管理部門が制定公布した「商業秘密の侵害行為の禁止に関する若 干規定」 (国家工商行政管理局令第 41 条、1995 年 11 月 23 日公布、施行、1998 年 12 月 3 日改正。 )が制定されている。 「企業の営業秘密が侵害された場合には、企業は損害を最小限に抑えるように直ちに侵 害者の関連情報を調査する等の関連措置を講じて、工商管理部門に苦情を申し立て、営業 秘密侵害行為に対し行政処分を与えるよう求めること、及び人民法院に損害賠償訴訟を提 起することが考えられる」19。 工商部門は、営業秘密侵害行為の監督検査部門として、違法行為の停止を命じることが でき、情状に基づき 1 万元以上 20 万元以下の過料に処することができる(不正競争防止法 第 25 条) 。しかし、 「不正競争防止法の適用対象は、商品販売又は営利性のサービスに従事 する法人、その他の経済組織及び個人であるので、企業は自社の従業員により営業秘密を 漏洩された場合には、上記の規定に従って当該従業員の行政責任を追及するのは困難であ る」20。 また、工商部門も技術的に複雑な事例では、営業秘密侵害の確証を得させることが困難 であるため、行政摘発を利用することは(刑事手続程ではないが)困難であるといわれて いる21。 行政ルートに処理申立をし、行政機関が摘発した際に押収した製品等を民事訴訟の証拠 資料にできるが、行政機関は権利者にそれらを引き渡してくれないため、法院から行政機 関に取寄せをしてもらう必要がある。判例〔16〕はその取寄せを行って民事訴訟の証拠と して活用できたケースである。 19 20 21 ジェトロ・前掲注 1)30 頁。 同上。 分部悠介・島田敏史「中国における営業秘密保護対策」知財研フォーラム 94 号 77 頁(2013 年) 。 - 76 - 判例〔16〕 浙江省杭州市濱江区人民法院案件番号(2009)杭濱知初字第26号 判決年月日 2010年3月2日 【争点】営業秘密性 【判決】侵害肯定・原告勝訴 【行政ルート】 X社は2009年2月に工商行政管理局に処理申立をし、工商局の取締官がY2社の事務所を調 査したところ、コンピュータにX社の営業秘密(顧客名簿、生産工芸技術書、設計記録表 等の製品資料、商品販売見積書等)のデータが保存されていることを発見した。 そして、X社が本件(民事)訴訟を提起した。 【法院の認定】 工商行政管理局が調査して押収した資料を法院が工商局から取寄せをし、Y1とY2の営業 秘密侵害行為を認定した。 - 77 - Ⅴ.韓国における営業秘密の保護の現状 1.はじめに 営業秘密や企業秘密の侵害に関する規定に関しては、一般に、 「不正競争防止及び営業秘 密保護に関する法律」 (以下、 「不正競争防止法」という。 )及び「産業技術の流出防止及び 保護に関する法律」 (以下、 「産業技術保護法」という)が知られている。 産業技術保護法により保護される情報は、技術情報でなければならず、技術上の情報で はない顧客名簿などは産業技術保護法による保護の対象ではない。不正競争防止法上の営 業秘密は、技術上の情報だけでなく、経営上の情報まで含んでおり、不正競争防止法の対 象の方が、産業技術保護法よりも包括的である。また、両法における保護対象は、対象の 決定に政府が関与するかにより、違いが生じる。 以下では、不正競争防止法及び産業技術保護法の制度を概説した上で、近時の動向にも 言及する。 2.不正競争防止法 (1)営業秘密該当性 不正競争防止法第 2 条第 2 項で「営業秘密」を、 「公然と知られておらず、独立した経済 的価値を有するものであって、かなりの努力によって秘密にされた生産方法、販売方法、 その他営業活動に有用な技術上又は経営上の情報」と定義している。 この韓国法の営業秘密の要件は、日本の不正競争防止法第 2 条第 6 項に定めるものと概 ね一致するが、経済性の要件を明記している点で日本法とは異なる1。 (ⅰ)非公知性 不正競争防止法の保護を受ける営業秘密は、 「公然と知られていない」 ことが要求される。 この非公知性は絶対的なものである必要はなく、相対的な非公知性で十分である。 営業秘密の保護は、秘密であるという事実状態の保護であるところ、営業秘密の非公知 を特許法のように厳密に解釈する必要はない。特定の者が営業秘密の保有者に対して秘密 保持義務を負担していなくても事実上の秘密の状態を維持している場合、保有者以外の第 三者が同種の営業秘密を独自に開発した場合でも、当該発明者が秘密として管理している 場合には営業秘密は、秘密状態にある2。 (ⅱ)経済的有用性 不正競争防止法は、営業秘密を「独立した経済的価値を有する…生産方法、販売方法、 その他営業活動に有用な技術上又は経営上の情報」としている。形式的に見ると、この規 1 2 尹宣熙「第 12 版 知的財産法」544 頁(世昌出版社,2011 年) 。 同上 545-546 頁。 - 78 - 定は、経済性と有用性を別個の要件として要求しているようであるが、両者の判断を分け て行うことはできず、また、分離して判断することに実益がないため、経済的有用性とし て判断することになる。 営業秘密の保有者が、その情報を使用して競争相手に対して経済上の利益を得ることが できる場合や、その情報の取得や開発のために大幅なコストや労力が必要となる場合、当 該情報は、経済性を持つと言うことができる3。 (ⅲ)秘密管理性 不正競争防止法の保護を受ける営業秘密は、 「かなりの努力によって秘密にされた」こと が要求される。営業秘密が当該企業の従業員や外部の第三者が認識できる程度の秘密とし て管理されている状態が客観的に維持されなければならない。すなわち、営業秘密は、保 有者が秘密にアクセスし、又はアクセスしようとする者に対し、当該情報が営業秘密に該 当する事実を認識することができるように措置をしたものであり、その特定された秘密へ のアクセスが制限され、アクセスする者に不当な使用や公開を禁じる守秘義務が課されて いなければならない4。 (2)営業秘密の侵害行為の類型 不正競争防止法第 2 条第 3 項は、6 つの営業秘密の侵害行為の類型を限定的に列挙して いる。この 6 つの侵害行為類型は、イ号の盗取等不正な手段で営業秘密を取得・使用・公 開する行為(不正取得行為)とニ号の契約関係等により営業秘密を秘密として保持する義 務がある者が図利加害目的で営業秘密を使用・公開する行為(秘密保持義務違反行為)の 2 つを基本として、この 2 つに対応した事後的関与行為 2 つをそれぞれ追加して規定して いる5。 「営業秘密の侵害行為」 イ.不正手段での営業秘密の取得(以下、 「不正取得」 。 )及び取得営業秘密の使用・公開 ロ.不正取得行為の介在に悪意又は重過失での秘密の取得及び取得秘密の使用・公開 ハ.秘密の取得後に不正取得行為の介在につき悪意又は重過失での使用・公開 ニ.契約関係等により営業秘密の秘密保持義務を負う者が不正な利益を得る、又は、営業 秘密の保有者に損害を与える目的で、営業秘密を使用・公開 ホ.ニ号の公開又は介在につき悪意又は重過失での秘密の取得、取得秘密の使用・公開 ヘ.取得後にニ号の公開又は介在ににつき悪意又は重過失での取得秘密の使用・公開 韓国法の解釈においては、各号行為の相互間の重複を嫌って、各号の適用範囲を厳格に 解しているようである(不正取得者の使用と転得悪意者の使用を明確に分ける) 。 3 4 5 同上 546 頁。 同上 546-547 頁。 同上 551 頁。 - 79 - (3)民事的救済・刑事制裁 民事的救済としては、営業秘密の保有者は、侵害差止及び予防(第 10 条) 、損害賠償(第 11 条)及び信用回復の請求(第 12 条)をすることができる。ただし、営業秘密の侵害行 為の差止又は予防を請求する権利は、営業秘密の侵害行為を継続する場合において、営業 秘密の保有者が、その侵害行為により営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれが ある事実及び侵害行為者を知った日から 3 年間行使しないときは、 時効によって消滅する。 また、その侵害行為が侵害行為の開始の日から 10 年を経過したときも同じである。 (第 14 条) 。 また、営業秘密の刑事的保護としては、不正な利益を得る目的で、又は企業に損害を加 える目的で、その企業に有用な営業秘密を取得、使用し、又は第三者に漏洩した者は、5 年以下の懲役又はその財産上の利得額の 2 倍以上 10 倍以下に相当する罰金に処する(第 18 条第 2 項)とされている。 不正な利益を得る目的で、又は企業に損害を加える目的で、その企業に有用な営業秘密 を外国で使用し、又は外国で使用されることを知りながら、取得・使用又は第三者に漏洩 した者は、10 年以下の懲役又はその財産上の利得額の 2 倍以上 10 倍以下に相当する罰金 に処する(第 18 条第 1 項) 。なお、この規定は、1998 年の不正競争防止法改正において、 1991 年の改正により「営業秘密保護制度が施行されてから、国内の重要な産業技術が外国 へ流出する事例が多く発生するようになり、かかる行為に対しては、行為者をより重く処 罰する必要が生じてきた」ことにより設けられたものと説明される6。 ここで定める懲役と罰金は、併科することができる(第 18 条第 4 項) 。 上記の行為を法人の代表者又は法人若しくは個人の代理人、使用者その他の従業員が、 その法人又は個人の業務に関してしたときは、その行為者を罰するほか、その法人又は事 業主に対しても当該条の罰金刑を科する(第 19 条) 。 なお、従前は営業秘密侵害罪に対する処分を行うためには、営業秘密保持者による告訴 が必要であるとされていたが、2004 年改正により非親告罪となっている。また、第 18 条 第 1 項及び第 2 項の未遂犯(第 18 条の 2) 、予備又は陰謀(第 18 条の 3 第 1 項及び 2 項) は、これを処罰する7。 3.産業技術の流出防止及び保護に関する法律 (1)立法主旨 産業技術の流出防止及び保護に関する法律(法律第 9368 号)は、産業技術の不正な流出 陶斗亨「韓国における職務発明と営業秘密の保護」AIPPI45 巻 11 号 702 頁(2000 年) 。なお、1998 年の改正 では、 「7 年以下の懲役または 1 億ウォン以下の罰金」とされていたが、2004 年の改正により、罰金の増額、2007 年の改正により「10 年以下の懲役」に罰則が強化された。前者は、営業秘密侵害の不当利益額に比べて罰金が 低すぎ、罰の効果が少ない等の理由から改正されたと説明される。なお、後者については、文献上明確ではな いが産業技術保護法と平仄を合わせたものと推測される。 7 同法第 18 条第 1 項の罪を犯す目的で予備又は陰謀をした者は、3 年以下の懲役又は 2,000 万ウォン以下の罰 金に処し(第 18 条の 3 第 1 項) 、同法第 18 条第 2 項の罪を犯す目的で予備又は陰謀をした者は、2 年以下の懲 役又は 1,000 万ウォン以下の罰金に処する(第 18 条の 3 第 2 項) 。 6 - 80 - を防止して産業技術を保護することにより韓国内の産業競争力を強化し、国家の安全保障 と国民経済の発展に貢献することを目的とする(産業技術保護法第 1 条) 。 産業技術保護法の制定(2006 年 10 月 27 日)当時は、韓国の先端技術などが中国などの 海外へ無断で流出される事例が急増していた時期であった。そこで国家競争力に係わる核 心技術の海外流出に対する国家的統制の必要性が提起され、国家核心技術を指定しその技 術の海外移転を承認又は申告手続きを通じて管理するために産業技術保護法が制定される に至った。 産業技術保護法は、適法に移転された技術や、ライセンス(クロスライセンスも含む) された技術にも適用される8。 (ⅰ)不正競争防止法との関係 「この法律は、不正競争防止法で取り締まれない技術流出行為を防止するために成立し たものであるが、第 4 条 8 で、 『他の法律に特別な規定がある場合を除いては、この法に従 う』としているので、不競法との関係においては、一般の営業秘密は不競法により保護し、 本法により特別に指定された国家核心技術や産業技術は本法により保護すると解釈され る。 」9 (ⅱ)産業技術と国家核心技術 本法は、産業技術と国家核心技術、また国家が関与している国家研究開発事業を区別し ている。 「産業技術」とは、 「製品又は役務の開発・生産・普及及び使用に必要な諸般方法ないし 技術法上の情報の中で、関係中央行政機関の長が所管分野の産業競争力を高めるために、 法令の規定により指定・告知・公告する技術」であり、①国内開発の独創的な技術で、先 進国と競争できる技術、②既存製品の原価節減や性能又は品質を顕著に改善できる技術、 ③技術的・経済的波及効果が大きく、国家技術力向上と対外競争力強化に役立つ技術、④ ①~③の産業技術を応用又は活用する技術、のいずれかに該当するものとされている(第 2 条第 1 項) 。 関係中央行政機関が法令に基づいて指定・告示・公告する産業技術の種類は、次の表の とおりである10。 JETRO「韓国ライセンスマニュアル」108 頁(2010 年 3 月) 。 張睿暎「韓国の『産業技術の流出防止及び保護に関する法律』の紹介」286 頁。 10 イヨウンイル·ソンボンギュ 「産業レベルのセキュリティ評価方法の改善策の研究」 政策研究 172 号 12 頁 (2012 年) 。 8 9 - 81 - 技術の種類 根拠法 技術の定義 技術集約度が高く、技術革新の速度が速 い技術として、産業構造の高度化への貢献 先端技術 産業発展法 が高く、新規需要と付加価値創出効果、産 業間の関連効果が大きい技術 大統領令で定める多国間の国際的な輸出 管理体制の原則に基づいて、国際的な平 戦略的技術 対外貿易法 和および安全の維持と国家安全保障のた めの輸出許可等の制限が必要な技術 技術開発 国内で最初に行われた技術開発の成果と 新技術 促進法 導入技術の消化改良による技術 国内で最初に開発された電力技術や外国 から導入して改良したもので、国内では、 電力技術 電力新技術 新規性、進歩性と現場適用性ありと判断さ 管理法 れる電力技術 部品素材 部品素材専門 大統領令が定める製造に使用される原材 技術 企業等育成法 料や中間生産物に関連する技術 出典:韓国産業技術保護協会「業界セキュリティ管理士」(2010)p.21 所管機関 知識経済部 (通知) 知識経済部 (通知) 知識経済部 (認証) 知識経済部 (通知) 知識経済部 (明示) また、 「国家核心技術」は、第 2 条第 2 項で「国内外の市場に占める技術的・経済的価値 が高く、関連産業の成長の可能性が高く、海外に流出した場合に国家の安全保障と国民経 済の発展に重大な悪影響を与えるおそれがある技術として、第 9 条の規定により指定され た産業技術をいう」と定義されている。なお、第 9 条は、国家核心技術の指定・変更及び 解除等を規定している。 現在、国家核心技術として指定・告示され、管理されているのは、8 分野(電気・電子 (11) 、自動車(8) 、鉄鋼(6) 、重船(7) 、原子力(4) 、情報通信(14) 、宇宙(2) 、バイ オテクノロジー(3) )で、55 個の技術である(国家核心技術改正告示(第 2013-120 号) ) 。 なお、2013 年 10 月 25 日の改正告示により、情報通信の 3 つの技術を電気電子に分野を 変更し、 車の 5 つの技術基準の変更や宇宙の 3 つの技術解除など 8 つの分野の合計 55 個の 技術で国家核心技術を再調整した11。 (別紙: 「韓国政府指定の国家核心技術」参照) (ⅲ)侵害行為の禁止と罰則 (a)産業技術 「産業技術について第 14 条では、窃取・詐欺・脅迫その他の不正な方法で対象機関の産 業技術を取得・使用・公開する行為、前記行為が介入されたことを知ってまたは重大な過 失で知らずに、その産業技術を取得・使用及び公開する行為など、産業技術の流出および 侵害行為を禁止している。 本条に違反した場合には、5 年以下の懲役、または 5 億ウォン以下の罰金に処され、そ れが外国での使用目的だった場合は 7 年以下の懲役、または 7 億ウォン以下の罰金と加重 11 http://service4.nis.go.kr/servlet/page?cmd=preservation&cd_code=tech_01&menu=ABA00 - 82 - 処罰される。ただし、第 14 条第 4 号のように「重大な過失」で知らなかった場合には、3 年以下の懲役、または 3 億ウォン以下の罰金と軽減される。また、未遂犯の処罰、財産の 没収、懲役と罰金の併科も規定している。 その他、予備または陰謀の処罰(第 37 条 20) 、法人の両罰規定(第 38 条 21) 、過料(第 38 条 22)も規定されている。 」12 (b)国家核心技術 国家から研究開発費の支援を受けて開発した国家核心技術を保有した対象機関が、該当 国家核心技術を外国企業などに売却又は移転の方法で輸出する場合には、知識経済部長官 の承認を得なければならず(第 11 条第 1 項) 、承認を得ていない場合や、不正な方法で承 認を得る場合、知識経済部長官は情報捜査機関長に調査を依頼し、該当国家核心技術の輸 出中止・輸出禁止・原状回復などの措置を命じることができる(第 11 条第 7 項) 。 いかなる者でも第 11 条第 1 項の規定による承認を得ずに、又は不正な方法で承認を得て 国家核心技術の輸出を推進する行為をしてはならず(第 14 条第 5 号) 、これに違反する者 は、5 年以下の懲役又は 5 億ウォン以下の罰金に処し(第 36 条第 2 項) 、特に産業技術を 外国において使用するか使用されるようにする目的で上記のような行為をした者は、10 年 以下の懲役又は 10 億ウォン以下の罰金に処する(第 36 条第 1 項) 。 第 11 条第 1 項の承認対象以外の国家核心技術を保有・管理している対象機関が国家核心 技術の輸出をしようとする場合には、知識経済部長官に予め申告しなければならない(第 11 条第 4 項) 。 知識経済部長官はこの申請を行わないか虚偽の申請をして国家核心技術の輸出をした場 合には、情報捜査機関長に調査を依頼し、該当国家核心技術の輸出中止・輸出禁止・原状 回復などの措置を命じることができる(第 11 条第 7 項) 。 このような命令を履行しない者は、5 年以下の懲役又は 5 億ウォン以下の罰金に処する (第 36 条第 2 項) 。特に、産業技術を外国において使用するか使用されるようにする目的 で知識経済部長官のこのような命令を履行しない者は、10 年以下の懲役又は 10 億ウォン 以下の罰金に処する(第 36 条第 1 項)13。 12 13 前掲注 9)張・紹介 288 頁。 前掲注 8)JETRO・ 「韓国ライセンスマニュアル」111-112 頁 - 83 - 4.近時の動向 (1)実態(主に刑事) 技術流出の犯罪事件の処理状況14 区分 年度 2004 2005 2006 2007 2008 関係者の処理内訳 件数 関係者 拘束 在宅 起訴 公訴 嫌疑 略式 公判 公判 猶予 権無 無し 165 398 32 28 7 18 141 172 207 509 36 60 15 43 32 323 237 628 33 71 37 34 29 424 190 511 33 95 23 29 1 330 N/A 698 32 126 52 50 2 436 資料出典:シンヒョング、セキュリティ管理の重要性と対応策、KICTEP Magazine8 月号 年度別技術流出犯罪の処理現況15 出典:法務部(大検察庁) 近時の現状については、 「別紙 韓国大法院 司法年鑑 統計(刑事公判事件罪名別の裁 判人数表) 」参照。 以上のような韓国での技術流出の犯罪事件の処理状況に対しては、温情的判決が主であ り、刑量が軽く技術流出予防効果が高くないとの評価がある16 ボウセンガク「中核人材管理中心の技術の保護」86 頁(2011 年) 。 日本貿易振興機構『韓国知的財産政策レポート(2012 年度追補版) 』81 頁(2013 年 3 月) 。注 14 とともに、 「技術流出犯罪」には不正競争防止法に基づく営業秘密流出をはじめ、その他産業技術流出防止法、技術開発 促進法、通信秘密保護法等を含む。 16 前掲注 14) ・ボウセンガク 85 頁。 14 15 - 84 - (2)産業技術の流出防止及び保護に関する法律の 2011 年改正17 (ⅰ)産業技術のカテゴリに該当する根拠法令を直接例示 2011 年の改正法では、産業技術のカテゴリに該当する根拠法令を法律で直接例示するよ うになった。つまり、産業発展法、租税特例制限法、産業技術革新促進法電力技術管理法、 部品・素材専門企業などの育成に関する特別措置法、環境技術と環境産業支援法などを根 拠法令に例示しており、このほかにも、法律又は法律の委任した命令により、指定・告示・ 公告・認証する技術が産業技術に対応できることを規定している。 (ⅱ)国家核心技術に対応する技術であるかの判定制度 「機関が保有している技術が国家核心技術に対応するかの判定を…知識経済部長官に申 請することができる」 (第 9 条第 6 項) 。 「現在企業等が保有している技術が規制の対象とな る『国家核心技術』に該当するかどうかを知らないことが多く、過失で申告義務などを履 行していないおそれがある」18ため、それに対応するものである。 (ⅲ)国家核心技術を保有する対象機関の海外買収・合併等に関する規定の導入 「国家核心技術の流出は違法な方法のほか、国の中核技術を保有している国内企業の海外 買収・合併、合弁会社などにより発生することがあるが、これを規制する術がないという 指摘があった。2011 年の改正法では、国の重要な技術の保有機関の海外買収・合併に関す る規定を導入した。すなわち、国からの研究開発費の支援を受け開発された国家核心技術 を保有している対象機関が、大統領令により、海外買収・合併、合弁事業など、外国人投 資を進めたい場合には、知識経済部長官に事前に申告するようにする規定を導入した。 」19 (ⅳ)産業技術の侵害行為に対する差止請求権の導入 2011 年の改正法では、営業秘密保護法の侵害行為に対する差止請求権のように、産業技 術の侵害行為に対する差止請求権を導入した(第 14 条の 2)20。 (3)営業秘密保護センター発足21 韓国特許庁と韓国特許情報院は、韓国の営業秘密の保護と管理活動を全般的に支援する 営業秘密保護センターを 2012 年 6 月 22 日に発足した。 一部改正 2011.5.24 法律第 10708 号。内容は主に、尹宣熙・金志榮「営業秘密保護法」 (法文社,2012 年)の 記載によった。 18 同上 262 頁。 19 同上 278 頁 20 同上 290 頁。 21 http://www.tradesecret.or.kr/main.do 17 - 85 - 同センターの設立の目的として、営業秘密生成・管理・立証段階における企業の営業秘 密保護・管理活動の統合支援及び営業秘密保護・管理のための情報提供、支援事業案内及 び戦略樹立などを One-Stop で支援することである。 また、同センターの主な業務としては、以下の事項がある。 ①中小・ベンチャー企業を中心にオンライン教育及び説明会の開催などを通じて営業秘 密の管理体制を改善するための実務型教育の推進 ②外部専門家を通じて顧客に優しい相談・コンサルティング、警察庁との協力体制強化 など相談運営の効率性強化及び相談体制の充実 ③中小・ベンチャー企業の不十分な営業秘密管理に対する管理体制の構築支援及び営業 秘密の標準的な管理体制の普及・活性化 ④営業秘密保有者の営業秘密侵害訴訟時の営業秘密保有の事実の立証負担を軽減するた め、営業秘密原本証明制度の運営及び普及 ⑤営業秘密の保護の意識が充分でない中小・ベンチャー企業中心のオーダーメード型広 報を実施し、営業秘密保護文化を普及 ⑦企業の営業秘密管理の実態と営業秘密に関連する企業のニーズ情報の調査・分析を通 じて制度的な営業秘密の管理を支援 ⑧下請業者の技術奪取防止支援及び関連機関との協力体制の構築 特に、④の営業秘密原本証明制度は、電子文書で抽出した電子指紋と公認認証機関の時 間情報をもって該当の営業秘密の存在と保有時点を営業秘密保護センターに登録するもの である。これにより電子文書で保管中の営業秘密が盗用・流出などで営業秘密保有者が該 当の営業秘密保有について立証が必要な場合、営業秘密の原本存在と保有時点の立証を手 助けする。同制度は、不正競争防止法で制度化された公信力あるサービスであり、技術的 に電子指紋と公認認証機関のタイムスタンプを利用して営業秘密の原本及び偽造・変造を 完璧に証明し、原本提出なしに電子指紋のみを利用することで制度利用の中で発生する秘 密情報の流出を根本的に遮断できるとしている22。 22 http://www.tradesecret.or.kr/kipi/web/serviceIntro.do;jsessionid=3EF6B9192ED5DF7A979D6304E2FEE8A7 - 86 - 別紙:韓国政府指定の国家核心技術 分野 国家核心技術の名称 60 ナノ級以下の D-RAM に対応する設計·プロセス·素子技術及び組立·検査技術 の 3 次元積層形成技術 40 ナノ級以下の D-RAM に当たる組立·検査技術 50 ナノ級以下の NAND 型フラッシュメモリに対応する設計·プロセス·素子技 術及び組立·検査技術の 3 次元積層形成技術 30 ナノ級以下の NAND 型フラッシュメモリに対応している組立·検査技術 電気電子 (11 個) 第 7 世代級(1870×2200mm)以上の TFT-LCD パネルの設計·工程·製造(モジ ュール組立工程の技術は除く)·駆動技術 30 ナノ級以下のファウンドリに対応するプロセス·デバイス技術 AMOLED パネルの設計·工程·製造(モジュール組立工程の技術は除く)の技術 電気自動車用高エネルギー密度(200Wh/kg 以上)·高温安全性(摂氏 50 度以 上)リチウム二次電池の設計技術 モバイル Application Processor SoC 設計·プロセス技術(分野変更) LTE / LTE_adv Baseband Modem 設計技術(分野変更) WiBro 端末 Baseband Modem Modem 設計技術(分野変更) ハイブリッド車や電力ベース車(xEV)システムの設計と製造技術(Control Unit、Battery Management System、Regenerative Braking System のみ)(基準の 変更) 燃料電池自動車 80kW 以上 Stack システムの設計と製造技術(基準の変更) LPG 車の液状噴射(LPLi)システムの設計と製造技術(基準の変更) Euro 5 基準以上のディーゼルエンジンの燃料噴射装置、過給システムと排気ガ 自動車 (8 個) ス後処理装置の設計及び製造技術(DPF、SCR のみ)(基準の変更) 自動車のエンジン·自動変速機の設計と製造技術(ただし、量産後 2 年以内の 技術に限る)(基準の変更) 複合素材を用いた一体成型鉄道車両車体設計と製造技術 自己操舵機能を備えた傾斜鉄道車両の走行装置の設計と製造技術 最高時速350km級の動力集中型高速列車の動力システムの設計と製造技術[AC 誘導電動機·TDCS(Train Diagnostic&Control System)制御診断·州電力変換装置 の技術に限る] FINEX 流動炉操業技術 降伏強度 600MPa 級以上の鉄筋/形鋼の製造技術[低炭素鋼(0.4%C 以下)で電 鉄鋼 (6 個) 気炉方式により製造されたものに限る] 高加工用マンガン(10%Mn 以上)含有 TWIP 鋼の製造技術 合金元素の総量の 4%以下のギガ級高強度鋼の板材の製造技術 造船発電所の 100 トン超級(単品基準)大型鋳ㆍ鍛鋼製品の製造技術 低ニッケル(3%Ni 以下)高窒素(0.4%N 以上)ステンレス鋼の製造技術 - 87 - 高付加価値船舶及び海洋システムの設計技術 LNG 船のカーゴタンクの製造技術 3 千トン以上の船舶ブロック搭載及び陸上での船舶建造技術 重船 (7 個) 500 馬力以上のディーゼルエンジンㆍクランクシャフトㆍ直径 5m 以上のプロ ペラ製造技術 船舶用統合制御システムと航海の自動化技術 造船用 ERP / PLM システムと CAD ベースの設計·生産支援プログラム 船舶主要機材の製造技術(BWMS 製造技術、WHRS 製造技術) 中性子ミラー、中性子誘導管の開発技術 原子力 研究用原子炉 U-Mo 合金の核燃料製造技術 (4) 放射線利用の機能性ハイドロゲルの製造技術 新型軽水炉の原子炉出力を制御するシステム技術 携帯移動放送マルチバンド受信アンテナとのインピーダンスマッチング技術 (地上波 DMB、衛星 DMB、DVB-H、Media FLO、One-Seg、デジタルラジオ 放送、ATSC-M / H の放送に限る) CR ベースの Agile Spectrum Sensing 技術 インテリジェント個人に合わせた学習管理と運用技術 ユーザー制御のための RunTime Hooking 技術 分散大容量のゲームサーバー技術 オブジェクトベースのオーディオコンテンツ生成技術 情報通信 PKI 軽量実装技術(DTV、IPTV をはじめとするセットトップボックス、モバ (14 個) イル端末、ユビキタス端末に限る) UWB システムから中断することなく、 信号の干渉回避のための DAA (Detection And Avoid)技術 LTE / LTE_adv システム設計技術 スマートデバイス用のユーザーインターフェイス(UI)技術 LTE_adv 端末 RFIC 及び PAM 設計技術 LTE / LTE_adv Femtocell 基地局の設計技術 基地局の小型化と消費電力を最小化する PA 設計技術 LTE / LTE_adv / WiBro / WiBro_adv 計測機器の設計技術 宇宙 (2 個) バイオテ クノロジ ー(3) 1m 以下の解像度衛星カメラ用高速起動姿勢制御搭載のアルゴリズム技術 固相拡散接合部品成形技術 抗体の大規模な発酵精製技術(5 万リットル以上の動物細胞発現ㆍ精製プロセ ス技術) ボツリヌス毒素の生産技術 産業用原子間力顕微鏡 - 88 - - 89 40 - 2008年 産業技術の流出防止及 び保護に関する法律 特許法 229 不正競争防止及び営業 秘密保護に関する法律 36 - 2009年 産業技術の流出防止及 び保護に関する法律 特許法 252 不正競争防止及び営業 秘密保護に関する法律 21 34 2010年 産業技術の流出防止及 び保護に関する法律 特許法 153 不正競争防止及び営業 秘密保護に関する法律 18 0 2011年 産業技術の流出防止及 び保護に関する法律 特許法 152 20 19 不正競争防止及び営業 秘密保護に関する法律 特許法 2012年 産業技術の流出防止及 び保護に関する法律 46 - 188 32 - 201 27 16 211 24 2 172 20 0 12 1 5 11 18 3 64 2 68 4 67 2 60 1 14 63 9 70 8 69 6 1 55 9 4 1 2 5 7 3 9 20 5 45 5 39 7 1 34 4 7 8 5 6 1 9 28 5 8 5 16 18 3 2 5 韓国大法院 司法年鑑 統計 (刑事公判事件罪名別の裁判人数表) 処 理 区分 新受 判 決 年度 件数 合計 懲役刑 宣告 刑の 管轄 公訴 少年部 生命刑 資格刑 財産刑 無罪 免訴 その他 罪名 無期 有期 執行猶予 猶予 免除 違反 棄却 送致 不正競争防止及び営業 137 155 18 51 45 2 36 3 秘密保護に関する法律 2014 年 2 月 6 日 外国における知的財産権の侵害に関する研究 中間報告 国際知的財産法研究会 - 90 - 技術は経済発展を支える重要な要素であり、その技術の発展の基礎を支える のは、技術開発の成果を保護する知的財産法である。知的財産法は、経済の発 展のための基礎的な制度であり、その保護の充実は、これからの経済発展の重 要な礎となる。 知的財産法は、経済発展のための基盤を構成するものであるから、長期的に は、すべての国の利益につながるものである。しかしながら、短期的には、知 的財産権の保護を回避し、外国の技術を無断利用することにより、国際競争力 が強化されるとの意見がある。この意見が知的財産権の保護の水準を引き上げ ることに反対するばかりではなく、現在の保護の水準の実現に消極的となり、 さらに、保護の水準を低下させようとする一部の国の主張の誘因となってい る。 法制度は国家によって定立されることから、経済的基盤の異なる国は異なっ た制度を定め、その結果として、財産法は各国で異なることとなる。動産や不 動産などには物理的な存在があり、契約は当事者の合意によるところから、国 際的規範の定立がなくとも、比較的円滑にビジネスが営まれてきた。しかしな がら、知的財産法の保護の対象は情報であり、情報には物理的制約がないこと から、世界中を同時に転々流通するというグローバルな性格を有し、知的財産 法の保護の水準の低い国における製造などを促進することにより、実効的な知 的財産法の保護が損なわれることになるので、国際的な規範の定立とその実効 性の確保の重要性は極めて大きい。 そ の よ う な 背 景 も あ り 、 知 的 財 産 法 の 国 際 的 な 調 和 は 、 産 業 革 命 を 経 た 19 世 紀 か ら 認 識 さ れ 、 19 世 紀 末 に は 、 規 範 の 統 一 を 目 的 と し た 国 際 条 約 の 交 渉 が行われた。しかしながら、技術に関する各国の利害の対立は大きく、発明さ れた技術の特許法による保護の義務も盛り込むことができないまま、多数国に おける特許権の取得を容易にするパリ条約が締結されることとなった。その 後 、 製 造 業 が 発 展 し て き た 20 世 紀 の 中 ご ろ ま で 、 極 め て 緩 慢 で は あ る も の の 、 パ リ 条 約 の 改 訂 作 業 が 続 け ら れ て き た 。 し か し な が ら 、 1960 年 代 に 入 り、発展途上国の台頭により、パリ条約の改正交渉が頓挫する一方で、企業の グローバル化により、生産拠点が世界各地に広がり、より高い水準で実効性の ある知的財産権の国際的な保護が必要となる状況となった。 そ の よ う な 状 況 の な か 、 20 世 紀 末 の GATT の ウ ル グ ァ イ ・ ラ ウ ン ド で 、 知 的 - 91 - 財産権に関する包括的な交渉が行われ、特許権に関する保護の義務やコン ピュータ・プログラムの著作権法による保護の義務について、紛争解決手続に よ る 実 効 性 を 含 ん だ 規 範 を WTO 協 定 が 成 立 し た こ と は 、 知 的 財 産 法 に つ い て も、グローバル化した技術についても、革命的な第一歩となった。 WTO に よ る 技 術 開 発 成 果 の 国 際 的 な 保 護 は 、 こ れ ま で の 1 世 紀 以 上 に わ た る 国際的な技術の保護の状況を一変する革命的な制度改正であったにもかかわら ず 、 急 激 な 経 済 の グ ロ ー バ ル 化 の 進 展 も あ り 、 WTO に よ る 知 的 財 産 権 の 保 護 の 不十分な側面が、特に、新興国や発展途上国において明らかとなり、更なる国 際的規範の定立が必要とされてきている。 国 際 的 な 取 組 と し て は 、 TRIPS 協 定 を 知 的 財 産 権 の 実 質 的 な 保 護 の 面 か ら 充 実 さ せ て い く こ と が 考 え ら れ る が 、 現 在 、 WTO の 知 的 財 産 に 関 す る 交 渉 に は 進 捗 が 見 ら れ な い 。 ま た 、 FTA や EPA な ど の 交 渉 に お い て も 、 保 護 の 水 準 の 引 き 上げ、実効性を高める取り組みがなされているけれども、十分とは言い難い。 従来、日本の知的財産法の改正における基本的な取組は、国際条約の基準を 国内的に履行するためや国内的な事情に基づくものであり、必ずしも、国際的 な知的財産法の保護の展開を見据えたものとはなっていない。例えば、国際貿 易に関する国内法的な措置である税関において執行される水際措置は、日本市 場及び日本を経由する海外の市場において知的財産権を侵害する製品等を排除 す る た め の 知 的 財 産 権 の 行 使 の た め に 重 要 な 措 置 で あ る が 、 そ の 整 備 は TRIPS 協定の履行を始まりとして進み、それから保護の充実に向けて改正がなされて きた。 この水際措置は、製品の製造地の国際的な展開や国際的な製品流通の多様化 に伴って、ますます、その重要性を高めている。この重要性は国内的なことに 留まらない。国際的な知的財産権の保護を充実させていくためには、停滞して いる国際交渉によるばかりでは十分ではなく、国際貿易に関する国内法的な措 置を充実することによって、国際的な交渉を進めていくという総合的な国際戦 略が求められている。 こ の こ と を 端 的 に 示 し て い る の が 米 国 の 関 税 法 第 337 条 に よ る 水 際 措 置 で あ る。米国は、通商に関する国際的な戦略のなかで、外国から輸入される製品に 対して国内的な措置を行うことにより、国内における知的財産権の保護をする こ と に よ っ て 、 国 際 交 渉 に も 大 き な イ ン パ ク ト を 与 え て い る 。 例 え ば 、 GATT - 92 - ウルグァイ・ラウンドでの水際措置に関する交渉が重要な論点となったのも、 米 国 関 税 法 第 337 条 が そ の 背 景 の 一 つ と な っ て い る 。 本研究会では、水際措置の国内法的な重要性と国際交渉における重要性とい う二つの視点から、日本における制度の改善を検討していくために、外国にお ける知的財産権の侵害に関連する製品の輸入に関する米国の制度を研究するこ ととした。 本年度はその研究の基礎として、米国における制度について、法律事務所へ の調査依頼を行うとともに、その調査結果について、議論を行った。 その結果、米国では、多角的な議論がなされていること、依然として、関税 法 第 337 条 が 重 要 で あ る こ と が 明 ら か と な っ た 。 米 国 関 税 法 第 337 条 で は 、 知 的 財 産 権 侵 害 製 品 と し て 輸 入 を 禁 止 さ れ る 物 品 を 明 示 的 に 定 め る 規 定 の ほ か に 、 輸 入 に よ る 不 公 正 な 行 為 ( Unfair methods of competition and unfair acts in the importation of articles ) を 禁 止 する規定がある。この輸入による不公正な行為を禁止する規定に基づいて、知 的財産権侵害製品として規定されていない営業秘密を不正に使用して外国にお いて製造された製品の輸入を禁止する措置が国際貿易委員会によって行われて いる。そして、この国際貿易委員会による措置が連邦巡回区高等裁判所で肯定 されている。この措置は、外国で知的財産権の侵害が行われ、製品そのものに 対して知的財産権が及ばない場合でも、その侵害に関わる物品の輸入を禁止す る措置を肯定したものであり、外国における知的財産権の侵害に対する国内的 措置として注目すべきものである。 このほか、米国では、外国において著作権などを侵害して生産された製品の 州内における流通を禁止する州による立法がなされていること、その他でも、 外国における知的財産権の侵害に関わる製品の米国内における流通に対する米 国の国内法的措置の検討がなされている。 このように、米国では、外国における知的財産権の侵害に対して、外国にお ける知的財産権の侵害の問題として、国内法的な措置を否定するのではなく、 外国における知的財産権の侵害を国内市場に関係する行為として捉え、これに 対 し て 米 国 関 税 法 第 337 条 が 適 用 さ れ 、 そ の 他 の 国 内 的 措 置 が 検 討 さ れ て い る 状況にある。 日本の技術開発の成果に対する外国における保護の必要性という状況は米国 - 93 - の 置 か れ て い る 状 況 と 異 な る と こ ろ は な く 、 日 本 で も 、 米 国 関 税 法 第 337 条 の 措置、その他の米国の制度的検討を踏まえて、国際的な知的財産権の保護を目 指した国内法的措置を検討していかなければならない。 - 94 - 国際知的財産法研究会 委員名簿 (五十音順) ■座長 一橋大学大学院教授 相 澤 英 孝 荒 井 寿 光 伊 藤 一 頼 岩 倉 正 和 青山特許事務所 東京所長 弁理士 元 WIPO 事 務 次 長 植 村 昭 三 武田薬品工業株式会社 知的財産部長 奥 村 洋 一 日本知的財産協会 久 慈 直 登 Center for Responsible Enterprise and Trade (CREATe.org)顧 問 弁護士 名 取 勝 也 本田技研工業株式会社 別 所 弘 和 ■委員 東京中小企業投資育成株式会社相談役 元知財本部事務局長 静岡県立大学国際関係学部国際関係学科 国際関係学研究科 准教授(兼務) 西村あさひ法律事務所 ニューヨーク州弁護士 一橋大学大学院教授 准教授 パートナー弁護 専務理事 知的財産部長 なお、東京大学大学院総合文化研究科 小寺彰教授に委員として研究会にご参加 いただき、さまざまなご教示をいただきましたが、本中間報告の完成を待たず逝 去されました。小寺教授の国際経済法の発展にかけられた情熱及び当研究会に 賜ったご厚情に深く感謝するとともに、心よりご冥福をお祈りします。 ■オブザーバー 西村あさひ法律事務所 弁護士 洲 西村あさひ法律事務所 弁護士 須河内 ■運営事務局 三 菱 UFJ リ サ ー チ &コ ン サ ル テ ィ ン グ 株 式 会 社 ( 国 松 、 前 村 、 秋 山 ) MSL Japan( 土 井 ) - 95 - 桃 麻由子 隆 裕