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「裁判官としての9年間~仕事と生活~」講師:下村眞美

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「裁判官としての9年間~仕事と生活~」講師:下村眞美
2011年4月28日ロイヤリング講義
講師:元裁判官 下村 眞美 先生
文責 林 良樹
裁判官としての9年間---仕事と生活---1
はじめに
では始めましょう。高等司法研究科の下村です。今、現役の裁判官は、忙しい時期です
ので、ピンチヒッターとして私が裁判官の実務についての講義を担当します。修習の時期
も含めると合計15年間実務に携わりました。徐々に思い出しながら、お話します。
ところで、この中(講義を受けている学生)で、法廷見学に行ったことがある人はどれ
くらいいますか。だいたい半分くらいですかね。どのような印象でしたかね。
(学生)裁判官が意外と話している場面が多かったのが印象的でした。
それは、説諭ですかね。被告人に反省を促していたのかもしれません。
裁判官に一般的なイメージとして3Kがあります。かたい・くらい・こわいです。
かたいは、堅い(中身が詰まっている,信用できる)・固い(強くしっかりしていて変形
しにくい)・硬い(外力に強い)の漢字がありますね。頑固だ、動じないなどの意味があ
ります。テレビでみる裁判官は動かないですね。あれは、テレビ撮影のとき、一分間動か
ないように言われていまして、仕方なく、前を向いているんです。
くらいのは黒い法服を着ているからですかね。今日法服もってきたので、誰か着てみて
下さい。
(学生)着てみた感想は、ひらひらしていてうっとうしいかんじです。
法服の襟がたってるのは、「襟を正す」という意味です。「袖の下」(賄賂)が入らな
いように、袖には縫い取りがあります。
書記官も同じような服を着ますが、裁判官の法服の素材は絹で、書記官のものは毛でし
たが,現在は経費節減のため,化繊です。毛は暑いので、夏は脱ぎます。配布した資料の
17pに法服についての記載があります。
こわいのは、壇の上から見下ろしているからですかね。しかし本当に怖いのは、裁判官
のほうです。判決により、人の人生を変えてしまうことがあるからです。足利事件などの
冤罪も怖いですし、民事でも大きなお金の動きで人生に影響するおそれがあり、怖いです。
また裁判官はよく融通が利かない、国際性がないとも言われます。これはある裁判官に
言わせますと、「原理原則に忠実で、比較的伝統的な価値意識に立脚した判断をすること
ができる」ということで,「司法」という点から考えるとある程度このような要素は必要
とされていると思います。
バッジは八咫の鏡を模っています。これは鏡が非常に清らかで、曇りなく真実を映し出
すことから、裁判の公正を象徴するものと言われています。裁判官のバッジ、書記官のバ
ッジもほぼ同じですが、縁取りの色が金か銀で違います。
2
任官の理由
私がなぜ裁判官になったのかをお話します。私の親戚の人で弁護士をしている人がいま
した。その人は親に仕送りをしていまして、弁護士になれば親に仕送りができると考えま
した。現実は、家を建てるときに、親から借金をしましたが。
なぜ裁判官になったのか?やはり、先ほどの親戚が、かつて裁判官をしていて、裁判官
は国費で留学ができる場合もあると聞いていたからです。また当時は、女性の裁判官が少
なく、私でも何か役にたつかと思ったからです。また弁護士という仕事は、依頼者から貰
うお金に左右されることもあると思いますが、気の弱い私には、お金をもらい、一方で叱
るということは出来ないと思いました。そして修習中の担当裁判官は、人柄が良く、裁判
官に任官しました。ママさん検察官が同期にいまして、彼女は、マスコミでよく話題にな
っていましたが、ママさん裁判官の私は、なぜかあんまり注目されませんでした。
裁判官は、現在、全国に約3600人いまして、うち女性は約600人です。
私が任官したときは任官者は60名で、うち女性は10名でした。女性が倍増したと言われる
年です。私が法学部に入学したときも、女性の数が倍増したと言われました。女性が様々
な職種につきはじめる時代でした。
3
裁判官の仕事
(1)裁判官、裁判所職員の仕事
裁判官の仕事は、当事者の意見を聞き、判決を書くのが仕事です。
開廷日は朝の10時から午後4時ないし4時半まで、法廷で座ってます。ときには午後5時,6
時までということもありました。裁判長は訴訟指揮をしますが、陪席は、補充尋問などを
しない場合ずっと黙っています。
左陪席(法廷では,向かって右端に座っている裁判官)は、期日(口頭弁論期日、公判
期日)までに、資料を調べ、当事者にどういうことを聞こうか考える。法廷では、弁護士、
検察官が尋問したあとの聞くので、法廷で寝ている暇はないです。
合議では、裁判官になりたての人が、主任となり、記録を読み、検討し、同じ問題点の
判決(図書館や検索)などを探し、起案します。それを右陪席や裁判長に見てもらい、赤
がいっぱい入った判決文にしてもらいます。
現在は、新任の裁判官は、最初の3年間同じ裁判所にいます。最初の5年間は民事も刑事
も担当します。
ところで,裁判官は一人で裁判しているわけではありません。書記官は法廷に立会い、
裁判の手続きや証言を記録する調書を作成したりします。速記官の養成がなくなったため
証人尋問や当事者尋問は、今は録音して反訳は業者に依頼することがおおいです。
家庭裁判所調査官は、家事事件や人事訴訟事件で、子供の養育状況などに関する調査を
行います。
裁判所事務官は、事務官で採用されたあと、内部の昇進試験を受け、研修を受けて書記
官になるのが一般的です。
現在、裁判の一審は2年で終了させるという努力目標があり、裁判所、代理人弁護士、
職員が協働しています。ひとつのチームとして協働しながら、また争うところは争いなが
ら審理しています。裁判官には、今はチームをひっぱっていく力も求められています。
裁判所には、他にも様々な職種のひとが働いています。
執行官
民事執行官(裁判所に所属する公務員・半分は歩合性(手数料)) 夜間や早
朝の送達や動産に対する強制執行などは執行官が担当します。
裁判所書記官 法廷で期日の記録や証言などの記録をしています
公証人
公証役場 法務局に所属する 全く国からお金をもらっていません
裁判官になると、配属裁判所によっても異なりますが、判例・事実認定の研究を午後5
時以降に月1回程します。土曜に研究会があることもあります。研究者と一緒にする研究会
もあります。また、司法研修所での研鑽もあり、行政、労働事件などについても事例研究
等をしています。
(2)裁判の仕組み
民訴では、訴えなければ、判決なしという法諺があります。
判決では、法的三段論法を用い、訴訟物たる権利の存否を判断します(権利は見えない
ので)。つまり事実を法規にあてはめ、結論を出します。法律は、こういう要件があれば、
こういう効果があると定めています。例えば民法の587条の消費貸借契約があります。要件
は、当事者の一方が、返還約束をし、交付することが必要(要物契約)です。貸したとい
う人は、その事実を主張・立証します。本当に、返還約束・金銭の交付があったか、調べ
ます。争いのある事実をひとつひとつ確定していきます。裁判所は、あるかないかわから
ない状況でも、半分返せとかはいえません。これが、国家が準備した紛争解決です。自力
救済は禁止されていますので。刑事でも同じです。要件・効果のある法規と事実を調べま
す。裁判所は、国家の権力をもって紛争解決する重要な役割を担っています。
アメリカでは、陪審員制度があり、事実、結論も陪審員が出します。これは日本での裁
判員制度と異なります。アメリカは植民地時代、裁判は、イギリス人が担っていて、言葉・
文字がわからなかったことから、独立後は自分たちで裁判をするという歴史があります。
日本では、勝つべき者が勝つという要求があります。判決が「妥当」かどうかということ
を重視します。アメリカの制度をそのままもってくるわけにはいけません。
4
事件から学んだこと
(1) 初任:人事部配属
私は、最初、大阪地裁の人事部に配属されました。
今は人事訴訟は家庭裁判所で審理判断されますが、人事部で扱う事件は、離婚、相続な
どです。私は、新婚だったのに、いきなり離婚事件を担当しました。
皆さんのおじいさん,おばあさん世代は兄弟が多いのですが、相続問題でよく兄弟で争
いました。法廷からみると、同じ顔がたくさんならんでいて、そんなに似ているのになぜ
ケンカするのか、不思議に思いました。
相続事件で印象に残っていることは、昭和の終わりや平成の始めまでに、相続をして、
相続争いをしているうちにバブルがはじけ、相続財産の価値が下がった事件です。相続税
は、相続時の相続財産の価値を基準とするので、相続税が払えない事件などがありました。
「いつまでもあると思うな、親と金」って言いますね。物の価値を判断する力が大切だと
思いました。
また離婚の訴訟からも学ぶことがありました。
「愛は時間には勝てない。」、「恋愛は美しき誤解なり,結婚は惨憺たる事実なり」で
す。どんなに愛し合っても、どちらかが先に死ぬか,どちらかの愛が先に冷めます。よっ
て経済的に自立してから結婚してほしいです。こんなにひどいカップルもあると思い、う
ちの家庭は離婚しなくてすみました。今は法律が変わり、離婚訴訟は、家裁で担当してい
ます。
(2) 初任明け:民事部そして刑事部
岡山では、民事合議、刑事合議事件を担当しました。
任官して一定期間は、判決事項に関しては合議でしか携われません。岡山は、専門部が
あまりなく、その当時は知的財産も一般の事件として扱っていました。民事執行、民事保
全は決定事件でしたので、判事補一人でできました。合議事件では、自分の起案した判決
起案には赤がいれられていましたが、決定事件は自分の書いたのがそのまま当事者にわた
るので、緊張しました。また令状裁判官も担当しました。逮捕令状、捜索差押令状、勾留
状を出す、出さないなどを判断しました。
刑事事件で、子供が被害者の場合、本当に痛ましいなと感じました。自分の子供と似た
ような年頃の事件は、特にしんどかったです。被告人が本当に、事件を犯したのかどうか
厳しく判断し、もし犯したならば、罰を受けてほしい。そういうことを考えながら、審理
をしていました。被告人は、法廷で自分の弁解ができますが、殺されたりした被害者は何
も言えません。
今は被害者参加制度があり、被害者が蚊帳のそとにあるのがすこしずつ解消しています。
裁判官は、被害者の気持ちや立場にも配慮しながら、被告人を叱ったり、説示をします。
皆さんも、裁判員をする機会があれば、しんどいだろうけど、しっかり役割を果たしてほ
しいです。
(3) 特例判事補:阪神・淡路大震災
神戸地裁では、特例判事補をしていました。判事補ですが、単独で裁判ができます。
神戸では、着任して1年足らずで被災しました。震災で、裁判所の一部が、避難所になっ
たり、水道管が破裂したりしました。法律家は、天災があると、無力感を感じます。ただ、
ことが落ち着くと法律家の役割が出てきます。家がつぶれたがローンがある、会社がつぶ
れた、境界が動いている、建物が半壊していて建て替えたいが賃借人がでていってくれな
い、賠償の問題などたくさんあります。いずれ東北の地震でも、法律家の出番がきます。
神戸の震災では、東京との温度差を感じました。震災の2日後に、最高裁から電話があ
り、「来月の研修参加できるか?」と聞かれました。今回の震災でも、被災者や被災地に
対する想像力をもっと働かしてほしいです。
神戸から大阪法務局に転勤となり、訟務検事になりました。国の代理人として4年間過
ごしました。多くの場合は、国賠事件などの被告でした。裁判官を、別の視点からみるこ
とができ、おもしろかったです。
(4) 高等裁判所:上級審
上級審では、他人が書いた判決文を読み、問題がないか検討します。また事実審の最後
として、一審の事実認定に誤りがないか検討していました。一審よりさらに当事者に納得
してもらえるかどうかとういうことを重視していました。というのは、訴訟には、手数料
がかかりますが、二審は一審の1.5倍、三審は2倍かかります。
裁判を通して学んだこと
人間は我が身がかわいい。自分に都合のいいことは、覚えていて、悪いことは忘れると
いうことを学びました。そういう人たちがいるから裁判所が必要です。例えば、消費者契
約法という法律があります。しかし消費者として保護されてばかりではなく、賢くならな
いといけない。自分で考えないといけない。単に知識を得るだけではない。大学の講義で
は、一部のことしか伝えられないです。
法科大学院は、学部で4年間勉強し、院で実務の架け橋をし、それでようやく新司法試
験に合格できる。大学院で勉強を始めたらよいと誤解しないでほしい。
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おわりに
裁判員制度、被害者参加制度、など裁判のありかたが変わってきました。今、誰のため
の制度なのかを考えなければならないです。制度ができたことにより、裁判官に求められ
る資質が変わってきているのではないかと思います。現在では、裁判員制度があり、裁判
官にも、人の話を聞く、読むだけどはなく、話すというコミュニケーション能力が必要で
す。また(自分の頭で)考えることも、もちろん必要です。
有名な裁判官のことばですが、裁判官に向いているのは、宴会の幹事ができる人です。
つまり,「宴会をしよう」と呼びかけると大勢が賛成してくれる=人望がある、よいお店
を素早く予約する=行動力がある、宴会で一人寂しく食べている人がいれば、横に行って
話しかける=気配りができる、きっちり金勘定ができる=責任感があり、公正であるとい
う人であれば、裁判官になれる資質があります。
以上
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