...

糸島市の前方後円墳の地形計測

by user

on
Category: Documents
8

views

Report

Comments

Transcript

糸島市の前方後円墳の地形計測
【短報】
糸島市の前方後円墳の地形計測
黒木貴一  ・中村摩耶 * *
キーワード:レーザー距離計, DEM,地形計測,前方後円墳
木ほか(2012)では,約 40m 四方の斜面崩壊地を対象に
1.はじめに
DEM(Digital Elevation Model)とは,既存の地形図
1台の廉価な簡易レーザー距離計を使用し, 2 カ所か
の等高線や航空レーザー測量等により得られた標高デ
ら目標点までの水平距離と垂直距離を計測することで,
ータから編集作成された地形標高モデルである。近年,
その XYZ 座標を求め DEM を作成する簡便な地形計測
DEM に画像処理を加えた傾斜量図(神谷ほか,2000),
方法を提案した。その際,簡易レーザー距離計を 2 台
赤色立体地図(千葉ほか,2007),陰影図(菊地,2007) が
使用する場合の効率性の向上,作成された DEM と既
開発され,地理,地図,地学分野の様々な研究に一層
存レーザーデータ等との比較,樹木や起伏により見通
利用されるようになった。
しが良くない場所での計測の一層の工夫など課題が残
ただ活断層や沖積平野の微地形など狭い範囲の地形
解析に対しては,国土地理院から無償提供されている
されていた。
そこで本研究では見通しが良くない場所に存在する
基盤地図情報の 10m メッシュの DEM では粗すぎまた,
未調査の前方後円墳を事例に取り上げ,簡易レーザー
1 級河川周辺および都市域の平野部については基盤地
距離計 2 台を用いた独特の地形計測方法を工夫し,さ
図情報の 5m メッシュの DEM が提供されているが,
らに地図表現を確認材料とし DEM 作成方法を検討し,
提供範囲が限定され網羅的ではないため,十分なデー
適切な地形表現の可能な詳細 DEM が作成できたこと
タとして利用し難いことが多い。さらに,より詳細な
を報告する。また既存の有償の詳細レーザーデータ等
DEM が必要な場合には,独自のレーザー計測を行い
との比較により本手法の適用性について考察した。
取得した DEM の利用が試行されている。例えば,八
木ほか(2003)や土志田ほか(2007)は,山地斜面に対す
2.研究方法
る 1m メッシュの詳細 DEM の適用で,地すべりや浅
1) 研究対象地域
層崩壊に関わる斜面微地形を鮮明に判読できることを
北部九州の特に福岡県では 3 世紀半ばから 7 世紀ま
示している。しかし,このようなレーザー計測による
での古墳時代に,様々な型の古墳が築造され,それら
詳細な DEM は整備範囲,頒布地域,計測回数が限定
が現在でも多く残されており,特に有力者の墓とされ
され価格が高いという問題が残る。
る 前 方 後 円 墳 も 多 数 分 布 す る ( 広 瀬 , 2010 ; 近 藤 ,
ところで狭い範囲の地形を短時間に概略把握したい
1992;第 27 回九州古墳時代研究会・九州国立博物館
時には,通常はハンドレベルあるいは簡易レーザー距
誘致推進本部, 2001)。福岡県西部の糸島市にも前方
離計などにより地形縦断面を計測するが,面的な
後円墳が多数分布し,平野に近いものは学術的調査が
DEM を作成することまではあまり意識しない。面的
進められたが,山地・丘陵地には未調査のものがまだ
な DEM を作成するためにはデジタル写真測量やトー
残されている。そのような前方後円墳は森林に覆われ
タルステーションによる地形計測(Ito et al.,1999)が
ており,見通しが悪いため所在確認も難しい。また多
あるが,これらは時間,経費の面で狭い範囲での詳細
くは私有地にあり,今後人工改変で消滅する危険性も
DEM 作成には適さない。最近では遺跡を対象に簡易
合わせ持つ。このような前方後円墳は,本格的な発掘
レーザー距離計により詳細 DEM を作成する研究(早
調査前に地形形状を明らかにする必要があり,また古
川・津村,2008)がなされ,狭い範囲の地形情報取得
墳の形状と地域性あるいは築造年代との間には関連性
に対し効果的に利用できることが示された。さらに黒
が指摘されている(小沢,2005;小沢,2006)ため,簡

福岡教育大学
**明治安田生命保険相互会社
便な地形計測方法により廉価に迅速に DEM を取得す
簡易レーザー距離計により計測する。
る必要性は高い。そこで糸島市高祖地区で標高約
簡易レーザー距離計として Laser Technology 社の
100m の丘陵地にある山犬ノ尾 C-1 号墳を対象に地形
TruPulse200 と Leica 社の DistoD5 を使用した。前
計測を試みた(図-1)。
者は約 10 万円で,後者は約 6 万 5 千円で購入できる。
TruPulse200 は , 測 点 ま で の 水 平 距 離 と 垂 直 距 離 を
10cm 刻みで反射プリズムなしで計測できる。その最
大測定距離は非反射性の目標物で約 1000m,反射性の
目標物は約 2000m であり,距離の計測精度は高質な
目標物で±約 30cm,低質な目標物では±1m である。
一方 DistoD5 は,±45 度までの目標物に対し,水平
距離と垂直距離を 0.1mm 刻みで反射プリズムなしで
計測できる。最大計測距離は 200m であり薄暗い場所
での計測が有利とされる。距離の計測精度は±1mm で
ある。
基準点及び測点の配置モデル (図-2)により計測方法
図-1
研究対象地域
背景に 25000 分の 1 地形図(福岡西南部)を使用した。
写真-1
を説明する。なお計測方法は新たに工夫したもので,
以下の説明は結果の意味も合わせ持つ。
山犬ノ尾 C-1 号墳の景観
写真-1 は山犬ノ尾 C-1 号墳の状況であり,樹木や竹
に覆われていて見通しが大変悪く 1 地点から対象古墳
全体を見通すことができない。竹は孟宗竹であり直径
図-2
基準点及び測点の配置モデル
が約 20cm あり密生し,樹木は胸高直径が 30cm を超
基準点 A と B,A と C,C と D,B と D を結ぶ線を
すものや根元で分岐するものが多いため,地形計測で
基準線とし,基準線で囲まれる範囲を測点の設置範囲
は大変な障害物となる。樹木や竹の密度は平均して
の目安とする。計測は計測者 A,計測者 B,反射板者
2m 四方に 1 本あり,場所によっては 1m 四方に 3 本
で実施し,うち 1 人は記録も担当する。反射板者は基
以上密生する。対象古墳は長さ約 25m で幅約 10m の
準線 A-B に対応する設置範囲に対し 1~2m 間隔に測
前方後円墳で,前方部の比高は約 1m で後円部の比高
点を定め,計測者 B の視点高 h に反射板を貼付した標
が約 2m ある。後円部頂部には盗掘跡と思われる直径
尺を地面に対し鉛直に設置する。反射板は約 20cm×
約 2m 深さ約 1m の凹地があり,既に石室が露出して
20cm の段ボールにアルミ箔を糊付けした簡素なもの
いる。またこの古墳は私有地にあり,平成 24 年 3 月
である。基準線 A-B を計測に用いれば,計測者 A は基
現在,糸島市による詳しい調査は実施されていない。
準点 A の杭に接触させた鉛直のポールを利用し写真-2
2) 使用機材と計測方法
のように DistoD5 により任意の高さから 0.01m 単位
対象古墳とその周囲に複数の基準点を定め,そこに
で反射板までの水平距離を計測する。基準点 B では計
杭を打設した。基準点の位置は他の基準点が 2 点以上
測 者 B が 杭 を 挟 む よ う に 立 ち , 写 真 -3 の よ う に
見えることを条件とした。ある基準点からは他の基準
TruPulse200 により 0.1m 単位で,反射板までの水平
点あるいは後述する測点までの水平距離と垂直距離を
距離と垂直距離を計測する。すなわち三角形の底辺に
対し 2 側辺の長さ定め,底辺の 1 頂点に対し測点とす
仮座標(x 2, y2 )を方位角 α で示せば,x2 = a ×sin α ,y2 = a
る頂点の比高を定めるもので,角度は計測しない。
×cos α となる。
写真-2
DistoD5 の計測
写真-3
TruPulse200 の計測
図-4
3.基準点と測点の設置と座標計算
基準点の XY 座標計算の考え方
次に No.2 と No.3 の仮 X,Y 座標から No.10 の仮 X,
Y 座標を求める計算手順を述べる。No.10 から基準線
1) 基準点の設置と座標計算
図 -3 は 対 象 古 墳 と
3-2 に長さ k の垂線を下ろし,その垂線と基準線 3-2
基準点 11 点の配置イ
の交点 p で a を a 1 と a 2 に分割する。また基準線 3-2
メージを示し,さらに
に原点で垂直に交わる仮 Y 軸を考える。この時,仮 Y
基準線を示した。底辺
軸に対する角度を χ とする。角度 χ は a 1 と k により χ
とする基準線に対する
=tan -1 (a 1/ k)となる。基準線 3-2 の Y 軸に対する方位角
計測対象の基準点との
は α なので,側辺 3-10 の Y 軸に対する方位角 β は,
対応関係を用いて計測
β =χ +α -90 で表せる。したがって No.10 の仮座標( x10,
順序を示す。まず基準
y10 )は側辺 3-10 の水平距離 c で示せば,x10 =c×sinβ ,
線 3-2 から No.10 と
y10 = c×cos β となる。
なお簡易レーザー距離計で計測した水平距離 a 及び
No.11 を計測する。次
に 基 準 線 10-2 か ら
図 -3
対象古墳と基準点
c,側辺 2-10 の水平距離 b で a1 と k を表すと次のよう
の配置イメージ
No.8,基準線 8-2 から No.1,基準線
8-1 から No.7,
になる。a 22 + k 2 =b 2 ,a 2 =a -a 1 なので,(a -a 1 )2 + k2 = b 2 で
基準線 7-1 から No.4,基準線 7-4 から No.5,基準線
ある。 a 12 + k 2 =c 2 なので, a 1 2-(a -a 1 )2 = c 2-b 2 であり,2
7-5 から No.9,基準線 9-5 から No.6,最後に基準線
× a × a 1=a 2 + c2 -b 2 となる。つまり a 1 =( a 2 +c 2-b 2)/(2×a )
9-6 から No.3 を計測する。なお後円部頂部は見通しが
であり, k は(c 2-a 12 )の平方根である。
極悪かったため No.7~No.10 の 4 点を設置した。ここ
最後に図-5 により No.10 の仮 Z 座標を No.2 の仮 Z
では樹木や竹の密度が比較的少なかった No.3 を原点
座標から求める計算手順を述べる。既に No.3 からの
(0,0,0)とし,南北を Y 軸方向,東西を X 軸方向,鉛直
計測により No.2 の仮 Z 座標の H1 が求められていると
方向を Z 軸方向とする。
する。計測者 B は TruPulse200 により計測者 B の視
次に各基準点の仮座標( x, y,z )を求めるまでを記述す
点高 h で No.10 に設置された反射板を観察し,垂直距
る。なお黒木ほか(2012)で報告した手法に改良を加え
たため,計算手順も結果として再整理する。既報告同
様に座標計算は全て表計算ソフト Excel で実施した。
図-4 により No.2 の仮 X,Y 座標の計算手順を例示
する。No.2 の仮座標は,No.3 から No.2 を簡易レーザ
ー距離計で計測した水平距離 a とクリノメーターなど
で求めた方位角 α を用いて求める。この場合,No.2 の
図-5
基準点の Z 座標計算の考え方
離 H2 を計測する。この H2 は No.2 に対する No.10 の
閉合差を No.3-No.2-No.1-No.4-No.5-No.6-No.3 の総
比高と同じなので,No.10 の仮 Z 座標は H1 + H 2 となる。
距離 72.48m に対し,No.3 から各基準点までの経路距
このように,対象の基準点の X,Y 座標は,基準線
離で按分し仮座標に加
両端の座標と,基準線を底辺とする三角形 2 側辺の長
え修正仮座標を求めた。
さから計算され,Z 座標は基準線の基準点の座標から
後円部の No.7,No.8,
単純に加算で求められる。
No.9,No.10 に関して
2) 仮座標の閉合差調整と直交座標への変換
は
基準点の仮座標の計算結果は表-1 左の通りである。
表-1
仮座標と修正仮座標の計算結果
,
No.3-No.10-
No.8-No.7-No.9-No.6
の総距離 36.26m に対
し,No.3 から各基準点
までの経路距離で按分
図 -6
し仮座標に加え修正仮
方
閉合差補正の考え
座標を求めた。この際,
No.6 の修正仮座標と仮座標の差を閉合差とみなした。
前方部の No.11 に関しては,No.3-No.11-No.2 の総距
離 22.96m に対し,No.3 から No.11 までの経路距離で
按分し仮座標に加え修正仮座標を求めた。この際,
No.2 の修正仮座標と仮座標の差を閉合差とみなした。
以上の計算で求められた修正仮座標を表-1 右に示す。
最後に平面直角座標系Ⅱ系での各基準点の座標を定
める。ここでは,2500 分の 1 の糸島市地形図(47)にあ
最後に実施した基準線 9-6 から No.3 の計測により
No.3 の仮座標は,(x3, y3 ,z 3)=(-0.23,0.56,0)となった。
したがって仮 X 座標で 0.23m,仮 Y 座標で-0.56m の
閉合差が生じた。仮 Z 座標は偶然にも 0m だった。な
お,実際の垂直距離の計測では両機器を適宜交換使用
したため仮 Z 座標は 1cm 単位になっている。
本研究における基準点設置では,2 辺とその挟角を
計測する通常の基準点設置とは異なり,座標の定まっ
る目標点とした T 字路の中心(( x0, y 0,z 0)=(-68343.53,6
0254.39,99.00))と No.3 間の水平距離と垂直距離と方
位角からそれを求めた。つまり T 字路の座標を(x0 , y0,
z0 )=(0.00,0.00,0.00)とした時,No.3 が( x3 , y 3, z 3)=(36.
28,-40.75,6.52)にあることを求め,各基準点の修正仮
座標に,( x, y, z)=(-68307.26,60213.64,105.52)を加えた。
このように,本手法での座標計算にトラバース測量
の考え方を導入し,閉合差を無くし各基準点の座標誤
た基準点 2 点から三角形の頂点にあたる測点までの 2
差を低減させ結果の信頼度を高めることができた。
辺を計測する。その 2 辺は続く計測の基準線として使
3) 測点の設置と計測
用され,対象は次々に三角形で覆われる。このような
計測では必ず誤差を伴う(丸安,1985)ため,今回の仮
座標に生じた 0.5m を越す閉合差は,10cm 単位での計
測に制約された TruPulse200 の機械的誤差,傾斜地や
軟弱地盤上での計測に不慣れな計測者による個人的誤
差,機器の特性による物理的誤差などの積重なりだっ
たと考えられる。この閉合差を 0 とするために,11 点
の基準点から構成される閉合トラバース網とそれに付
随する補助トラバース網の考え方を取り入れた (図-6)。
すなわち X 座標及び Y 座標の閉合差を各辺の辺長に比
例して分配し補正量を求める。
最外縁の基準点に関しては,No.3 の仮座標に生じた
図-7 は測点を設置範囲別に示した。たとえば基準線
1-4 と基準点 No.7 で囲まれる設置範囲を目安に赤の丸
で示す 74 測点を,基準線 4-7 と基準線 5-9 で囲まれ
る設置範囲を目安に緑の丸で示す 41 測点を計測し,
結局全体で 530 点を計測した。ある設置範囲を越えて
隣接する設置範囲に入る測点も多数見られるが,これ
は対象測点に対する基準線を,状況に応じて自在に変
え,計測の死角を無くせるという本手法の特性に由来
する。
現地計測は基準点設置も含めて 3 人により 3 日(1 日
に約 6 時間作業)で実施できた。なお福岡市の考古専門
家によれば,当該規模の古墳の地形計測作業では,通
常トータルステーションで基準をとった後に平板測量
を実施するが,伐木済みの条件下ならば 3 人で約 3 日
を比較して当該古墳の地形表現に適する DEM 作成方
が見込まれるとされる。これは時間的に見れば,本手
法の良否を考える。なお各空間補間は ArcView10 の
法が専門家による作業とほぼ同じ時間で終えられたこ
Spatial Analyst のデフォルト設定値で実施した。
とを示す。
図-8(1)は Spline 法による陰影図である。デフォル
ト設定では,曲率を最小にする式での荷重が 0.1,計
算に使用するデータ数は 12 である。Spline 法による
陰影図では確かに地形を滑らかに表現できた。しかし
現実に合わない極端な凹凸が現れてしまい,結果的に
は前方部と後円部の区別もできない不自然な地形モデ
ルになった。
図-8(2)は IDW 法による陰影図である。デフォルト
設定では,離れたポイントからの影響を調整する乗数
が 2,計算に使用するデータ数は 12 である。IDW 法
による陰影図では前方部と後円部の区別が明瞭にでき,
また後円部が前方部よりも標高が高い状況も示されて
いるため,Spline 法よりも現実的な地形モデルが得ら
れた。しかし,基準点及び測点の位置で凹凸が極端に
強調されてしまい地形の滑らかさが損なわれた。この
図-7
設置範囲別の測点分布
したがって計測に熟達していない学生中心の作業で,
かつ伐木も殆んどされない条件での作業だったことを
考えれば,狭い範囲に対する本手法は既存手法と比べ
簡便で経済的な地形計測手法だと考えられる。
現象はデフォルト設定の乗数を低めると解消するが,
逆に,古墳自体の地形境界線が不鮮明になる。
図-8(3)は Kriging 法による陰影図である。デフォル
ト設定では,近似する空間的モデルを球モデル,計算
に使用するデータ数は 12 である。Kriging 法による陰
影図では前方部と後円部の区別が明瞭にでき,また後
4.DEM による地形表現と特性
1) DEM の作成方法の検討
本手法で取得した基準点及び測点の全標高データに
よる地形表現に適した DEM の作成方法を検討する。
ここでは Spline 法,IDW 法,Kriging 法の空間補間
により 20cm メッシュ DEM を作成し,それより光源
方位 315°で高度 45°の陰影図を作成する。各陰影図
図-8
DEM 作成方法の比較
円部が前方部よりも標高が高い印象も得られている。
また現地で確認された各部位の持つ傾斜変換線も容易
に読み取れる。さらに Spline 法のように地形の滑らか
さは保持され,IDW 法で生じた基準点及び測点の位置
での凹凸の強調は少ない。
したがって,本手法で取得した基準点及び測点の標
高データによる DEM の作成方法として Kriging 法が
適切だと考えられる。
造(写真-4)でありその最大高が約 107.5m と読み取れ
2) 地図情報から見た山犬ノ尾 C-1 号墳の地形形状
る。現地では,この段差部に計約 20cm の葺 石 も確認
Kriging 法により作成した 20cm メッシュの DEM
から光源方位 315°で高度 20°の陰影図と 10cm 間隔
の等高線図を作成した(図-9)。図-9 では後円部の丸み,
ふきいし
できた。
このように,2 台の簡易レーザー距離計による距離
計測で得た DEM から前方後円墳の詳細な地形形状を
示せることが確認された。
3) 他の地形情報との比較
当該地域の詳細な地形情報を取得できる既存情報と
して,2500 分の 1 の糸島市地形図(47)と国際航業が
2007 年 に 取 得 し た 2m メ ッ シ ュ レ ー ザ ー デ ー タ
(RAMS-e)がある。両者にある当該地域の地形情報を本
研究で取得した標高データと比較してみる。
図-10 は糸島市地形図に,レーザーデータによる陰
影図と 1m 間隔の等高線,レーザーデータ点,さらに
古墳形状を重ねた。糸島市地形図は空中写真測量によ
る 2m 間隔の等高線で地形を表している。図中央に頂
上 106.3m の丘があり,東西に延びる林道を挟んで北
東には最高 110m の等高線を持つ丘がある。対象古墳
の微妙な地形形状は全く表現されていない。一方,レ
図-9
古墳の地形形状
前方部の台形 ,円墳の 頂上 にある径約 5m で深 さ約
1.5m の盗掘跡など前方後円墳の基本的な地形形状が
的確に読み取れる。またこの古墳は標高約 104m に底
面があり,前方部の長さは約 10.5m,その最大幅は約
16m で最小幅が約 6.5m,後円部の直径は約 12.5m で,
前方部が東北東を向くことも読み取れる。さらに詳し
く図-9 を見ると,後円部の南西部の裾野 1 カ所と前方
部に近い裾野 2 カ所には崩壊による数 m 規模の凹部と
崩落堆が読み取れる。また陰影図に加え 10cm 刻みの
ーザーデータによる等高線では,図中央に頂上約
105m の丘があり,その北側に標高約 102m の鞍部を
挟んで,北東には最高 110m 等高線を持つ丘が表現さ
れている。
現地状況を考慮し両者の地形表現を比較してみると,
レーザーデータの等高線の方が,林道付近及び南東の
急崖付近の実際の地形形状を良く表していた。また中
央の丘の頂上位置が,対象古墳の地形形状のうち僅か
に前方部に一致する。そこでより実態に近いと思われ
るレーザーデータによる等高線と本研究で作成した等
等高線密度を参照すれば,前方部が 2 段構成でありそ
の最大高が約 106.2m,後円部は不明瞭ながら 3 段構
写真-4
後円部の 3 段構造
図-10
糸島市地形図とレーザーデータとの比較
高線を重ねてみる。
する。この計測結果から三角関数や三平方の定理を用
図-11 は図-9 の陰影図に対応する 1m 間隔の等高線
いて基準点の XY 座標を,加算により Z 座標を計算す
とレーザーデータによる 1m 間隔の等高線,さらに古
る。最後に基準点の座標計算にトラバース測量の考え
墳形状を重ねた。レーザーデータの等高線は本研究の
方を導入し閉合差を無くし,座標誤差を低減させ
等高線に比べて約 1m 低いが,両者の等高線はほぼ平
DEM の信頼度を高める。
行に配列するため,両者が示す全体的な地形形状は近
2) 本手法では基準点計測と同様の方法で,2 つの基準
い。またレーザーデータの 105m 等高線で示される高
点から対象測点までの水平距離と垂直距離を計測し,
まりの中に,約 106m の前方部が重なる。しかし後円
対象測点の座標を計算する。
部の約 3m(約 104m~107m)の高まりを示す等高線は
3) 本手 法で取得し た基準点 及び測点の標 高データか
レーザーデータには全く見られない。これはレーザー
ら GIS で DEM を作成する方法としては Kriging 法が
データが 2m 間隔であり,そこが樹木に特に厚く覆わ
適切である。
れレーザーが地表まで届きにくく,古墳の微妙な地形
4) 本手法で得られた DEM から作成した陰影図や等高
形状を示しうる十分なデータにならなかったことが背
線図により,前方後円墳の長さ,幅,高さ,向きを詳
景にある。
細に判断でき,その段状構造,盗掘跡,崩壊跡などの
詳細な地形形状を読みとれる。
5) 簡易レーザー距離計を用いる本手法は,見通しが良
くない狭い範囲に対して,測点の計測に使用する基準
点を適宜変えて計測の死角を無くせる。さらに既存の
大縮尺の地図情報より精度良い DEM が得られるため,
本手法は簡便で廉価で有用な地形計測手法と考える。
今後は,地形形状を捉えるだけではなく,斜面崩壊
や土石流など災害に結びつく地形変化に対しても適用
し,その効果を確認したい。
謝
辞
糸島市教育委員会文化課博物館係主幹の岡部裕俊様
には山犬ノ尾 C-1 号墳の所在地を教示していただき,
当該古墳所有者の大神正和様には,立ち入りと計測の
レーザーデータと本研究の結果との比較
許可をいただいた。福岡市市史編纂室の宗建郎さんに
したがって簡易レーザー距離計による本研究の計測
は考古専門家の情報を調査いただいた。現地計測作業
図-11
方法では,既存情報よりも精度良い詳細な DEM が得
では,自然地理研究室ゼミ生(加藤翔伍君,川田洋平君,
られたと考える。
鮫島真凛さん)に協力いただいた。記して皆様に謝意を
表します。
5.まとめ
本研究では,見通しが良くない狭い範囲に対する独
特の地形計測方法を,未調査の前方後円墳に対し適用
した。次にその地形計測データから地形形状を適切に
示す DEM 作成方法を検討し,本手法の有用性につい
て考察した。その結果,以下のことが明らかにされた。
文
献
小沢一雅 2005.前方後円墳の墳形と築造企画.情報
処理学会研究報告 65:41-48.
小沢一雅 2006.前方後円墳型式の地域性に関する考
察.情報処理学会研究報告 69:41-48.
1) 本手法では,まず対象地域に対し複数の基準点を設
神谷泉・黒木貴一・田中耕平 2000.傾斜量図を用い
置する。各基準点は他の 2 つの基準点が見える位置に
た地形・地質の判読.情報地質 11(1):11-24.
設置する。2 つの基準点から対象基準点までの水平距
菊地眞 2007.光と陰,色彩による海底地形表現.地
離と垂直距離を 2 台の簡易レーザー距離計により計測
図 45(1):5-10.
黒木貴一・塚本嵩史・黒田圭介 2012.簡易レーザー距
離計を用いた斜面崩壊地形の計測方法.地図
49(4):1-6.
テペ遺跡における適用事例.地形 29(4):421-434.
広瀬和雄 2010.『前方後円墳の世界』岩波書店.
近藤義郎 1992.『前方後円墳集成,九州編』山川出版.
丸安隆和 1985.『新版測量学(上)』コロナ社.
第 27 回九州古墳時代研究会・九州国立博物館誘致推
八木浩司・檜垣大助・吉松弘行・相楽渉・高木洋一・
進 本 部 2001.『 糸 島 の 古 墳 -前 方 後 円 墳 お よ び 関
内山庄一郎 2003.空中レーザー高精度地形図の地
連資料の集成』.
す べ り ・ 微 地 形 判 読 へ の 応 用 . J. of the Jpn.
千葉達朗・鈴木雄介・平松孝晋 2007.地形表現手法
の諸問題と赤色立体地図.地図 45(1):27-36.
Landslide Soc. 39(4):35-41.
Ito,T.
Nishiyama,T.
Omura,M.
Takahashi,H.
土志田正二・千木良雅弘・中村剛 2007.航空レーザ
Hamada,H. Toyoyama T. and Tannno T. 1999.
ースキャナーを用いた崩壊地形解析:泥火山山体斜
Obtaining digital topographic data using an
面を例として.地形 28(1):23-39.
automatic photogrammetry system with digital
早川裕一・津村宏臣 2008.LRF と DGPS を用いた野
外調査における地形測量:トルコ,ハジトゥール・
imaging in an open pit mine . Geoinformatics
10(4):225-233.
A Topographic Measuring Method for Landform Model on a Keyhole -shaped Tumulus in Itoshima City
by Takahito KUROKI and Maya NAKAMURA
Keywords : Laser rangefinder , Digital elevation model , Topographic measuring , Keyhole-shaped
Tumulus
In
this
study , we
developed
a
unique
measuring
method
including
the
calculation
topographic measuring method for landform in a
process on the control points to all measuring
small area where outlook is not good. The method
points.
was applied to an uninvestigated keyhole-shaped
Kriging in GIS is appropriate as a method to
tumulus covered with woody vegetation in a study
create DEM from the obtained coordinate data of
area of Itoshima City. We also examined the
the control points and the measuring ones. In a
technique for creating DEM indicating realistic
relief map and a contour map made from the DEM,
landform.
we could measure the length, width, height and
At the beginning of the measuring, multiple
direction of the tumulus accurately and identify
control points were installed in the study area.
small scale landforms of it such as the stepped
Each one is installed where other two ones can be
structure, remains of grave robbing and traces of
seen. We measured two horizontal distances from
landslides.
two of them to a target point and a vertical
Three characteristics of the measuring method
distance from either it to the target one by using
can be mentioned. The first one is to measure the
two simple laser rangefinders. The measuring was
landform
carried out in cooperation with two persons holding
rangefinders. The second one is to reduce blind
the laser rangefinders and one person standing a
spots in the measuring by changing the reference
staff on the target one.
control points according to the situation. The third
The Coordinates of the target one can be
calculated
using
these
measured
values
by
trigonometric functions, three-square theorem and
by
using
only
two
simple
laser
one is that obtained DEM has better accuracy than
existing large scale map information.
Consequently,
the
topographic
measuring
addition in Excel. Finally, we introduced a concept
method is considered to be a simple, inexpensive
of traverse surveying in the calculation for the
and useful for landform in a small area where
coordinates,
outlook is not good.
reduced
coordinate
error
and
increased the measuring reliability. We applied the
(受付け 2012 年 3 月 00 日,受理 2012 年 0 月 0 日)
Fly UP