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P143-148加藤稲子 - 名古屋市立大学大学院医学研究科・医学部

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P143-148加藤稲子 - 名古屋市立大学大学院医学研究科・医学部
Nagoya Med. J.(
) ,
―
第
143
回
名古屋市立大学医学会例会
特
別
講
演
Ⅰ
乳幼児突然死症候群(SIDS)の病態に関する生理学的検討
加
藤
稲
子
名古屋市立大学大学院医学研究科 新生児・小児医学
Pathophysiological Studies of Sudden Infant Death Syndrome(SIDS)
INEKO KATO, MD, PhD.
Department of Pediatrics and Neonatology, Graduate School of Medical Sciences,
Nagoya City University
Abstract
Sudden Infant Death Syndrome(SIDS)is a leading cause of deaths under one year of age. Polygraphic
studies of infants showed future SIDS victims had more subcortical activations and fewer cortical arousals,
and the duration of the subcortical activations was significantly greater in the SIDS than in the control infants,
suggesting an incomplete arousal process in infants who eventually died of SIDS.
Prone sleep position and maternal smoking are known as risk factors of SIDS. The studies on the frequencies of arousals between prone and supine sleep position were performed using polygraph data of healthy infants. Prone sleep position decreased cortical arousals, but did not change the frequency of subcortical activations as previously seen in SIDS victims. From the studies of the infants with maternal smoking and without
maternal smoking, maternal smoking is reported to decrease the arousabilities in infants.
These results suggest specific pathways for impairment of arousal process in SIDS victims. An insufficient
propensity to arouse could lower the chance of infants to survive when exposed to noxious conditions during
sleep.
は
じ
め
に
SIDS の定義と疫学
乳幼児突然死症候群(Sudden Infant Death Syn-
SIDS はそれまで元気だった乳幼児が主とし
年に米国 Seattle で乳幼 児
て睡眠中にチアノーゼ,心拍呼吸停止などの状
drome: SIDS)は
の突然死に関する第
態で発見され死亡する疾患である.
回国際会議が開催されて
年にア
以来,欧米を中心に乳幼児の主な死亡原因とし
メリカで定義が改訂されたことを受け,わが国
て重要視され,その病態解明についての研究が
においても平成 年の厚生労働科学研究班によ
なされてきた.わが国においても
年より厚
りそれまでの定義が改訂された ).新しい定義
生省(当時)の研究班が組織され,その病態解
では「それまでの健康状態および既往歴からそ
明,予防法の確立を目指して研究が続けられて
の死亡が予測できず,しかも死亡状況調査およ
いる.
び解剖検査によってもその原因が同定されな
い,原則として
143
歳未満の児に突然の死をもた
144
らした症候群」と定義されており,解剖および
繰り返すことで慢性低酸素状態が惹起され,こ
死亡状況をも含めた詳細な検討により診断する
れが SIDS の発症に関与しているのではないか
必要がある.日本での発症頻度はおおよそ出生
と考えられるようになった.
その後さらに慢性低酸素症,睡眠中の無呼吸
人にひとりと推定されている.発症年齢は
生後
ヶ月から
ヶ月を越える
と関連して,SIDS で死亡する児においては無
歳過ぎにも発症すること
呼吸などの睡眠中に起こる何らかの異常に対す
ヶ月に多く,
と減少するが,稀に
歳の
る覚醒反応が低下あるいは欠如しているため異
位となっており,乳児死亡率が
常から回復できず死に至るのではないかと考え
がある.わが国の人口動態統計によれば
死亡順位の第
,)
低下した現在ではこの疾患の重要性がさらに認
られるようになった
識されている.
の低酸素症を繰り返すことにより覚醒反応が次
.動物実験からは急性
疫学的調査からは SIDS 発症のリスク因子と
第に低下することも報告されており ),睡眠中
して,喫煙,非母乳保育,うつぶせ寝などが重
に閉塞性無呼吸などによる低酸素状態が繰り返
要視されている.欧米を中心とした各国におい
し起こることで覚醒反応が低下あるいは欠如
てこれらのリスク因子を減少させるキャンペー
し,そのため危機的状態から回復できなくなる
ンが展開され,SIDS 発症率が減少したことが
可能性が示唆されている.
報告されている.
ポリグラフデータでの覚醒反応の定義
また,睡眠中にチアノーゼ,呼吸窮迫,呼吸
停止などの状態で発見され,蘇生された症例に
覚醒反応とは睡眠中の何らかの異常,あるい
ついては,乳幼児突発性危急事態(Apparent Life
は何らかの刺激に対して起こる体動,心拍呼吸
Threatening Event: ALTE)と定義され,SIDS と
の変動,脳波の変化,開眼などをさし,危険を
は区別されている.
回避するための反応と考えられている.乳幼児
におけるポリグラフデータ上の覚醒反応の判定
のため,
SIDS の病態
年 月にInternational Pediatric Wake
SIDS の病態に関しては病理学的,生理学的
up Club により「Proposed Consensus Statement on
にさまざまな研究が行われてきたが,現在のと
the Scoring of Arousals in Healthy Infants」が定義
ころ明らかにはなっていない.病理組織学的に
された(表
は SIDS 剖検例において副腎周囲の褐色脂肪織
arousal と subcortical activation に分類され,sub-
の残存,小肺動脈中膜の肥厚,左心室肥大,肝
cortical activation とは脳波上の変化がなく,し
)
.これによれば覚醒反応は cortical
髄外造血の残存,頚動脈球の肥大あるいは萎
かも non-REM
縮,副腎髄質のクローム親和性組織の過形成,
ターンの変化,心拍数の %以上の増加のうち
sleep においては体動,呼吸パ
脳幹部グリオーシス,皮質下白質軟化などを認
めたことから慢性低酸素症の存在,あるいは生
存中の低酸素症または虚血があったことを示唆
する所見であると考えられている
,)
.
慢性低酸素症の原因として,ポリグラフ検査
を受けた後 時間に SIDS で死亡した乳児例で
閉塞性無呼吸の頻度が異常に高かったことが報
告されて以来,睡眠中に繰り返す閉塞性無呼吸
が慢性低酸素症の原因ではないかと考えられる
ようになった ).乳児では上気道が狭小化して
いるという解剖学的特徴から上気道の狭小化を
認める乳幼児において睡眠中に閉塞性無呼吸を
表
乳児における polygraph 検査上の覚醒反応の
定義
145
の
項目,REM sleep においては体動,心拍数
の %以上の増加の
項目を
秒以上認めるも
の,cortical arousal と は non-REM sleep に お い
ては体動,呼吸パターンの変化,心拍数の %
以上の増加のうちの
項目,REM sleep におい
ては体動,心拍数の %以上の増加の
項目を
秒以上認めるものでしかも脳波の変化を伴う
ものと定義されている.脳波の振幅の減少が
cortical arousal に特徴的な変化であるとされて
いる.さらにこれらの cortical arousal と subcorti-
図
SIDS 症例における覚醒反応の出現頻度(文
cal activation は spontaneous と induced に 分 類 さ
献
)
れる.spontaneous とは誘発因子を認めないも
ので,induced とは外的あるいは内的な何らか
表
覚醒反応の持続時間(秒)(文献 )
の刺激により誘発されたものをいう.乳児にお
けるポリグラフデータによる覚醒反応の過程に
ついての検討から,何らかの刺激に対して起
こった覚醒反応は subcortical
activation が惹起
され,その刺激が皮質に伝達され cortical arousal
になり,一連の覚醒反応が形成されると考えら
れている ).
SIDS リスク因子と覚醒反応
SIDS と覚醒反応
SIDS リスク因子として喫煙,うつぶせ寝,
SIDS 症例において覚醒反応の異常の有無を
非母乳保育などが挙げられているが,SIDS の
検討するため,ブリュッセル自由大学との共同
病態を解明するためにこれらのリスク因子と覚
研究を行い,SIDS 症例と健康乳児における睡
醒反応の関連が検討されている.
眠中の覚醒反応の頻度について検討した ).ブ
寝かせ方に関連しては,生後
週から 週の
リ ュ ッ セ ル 自 由 大 学 附 属 小 児 病 院 Pediatric
乳児でうつぶせに寝かせた場合とあおむけに寝
Sleep Unit において,ポリグラフ検査をうけた
かせた場合で音刺激に対する覚醒反応の発現の
後に SIDS を発症した SIDS 例と年齢,性別,
違いが検討された ).あおむけの場合,音刺激
出生体重,喫煙の有無などを一致させた健康乳
に対して目を開くか泣き出すなどの覚醒反応が
児例を対象として検討を行い,subcortical activa-
おこる平均の音刺激の大きさは .dB,これ
tion と cortical arousal の頻度を検討した.その
に対してうつぶせ寝にした場合は .dB の音
結果,SIDS 例では cortical arousal の頻度が有意
刺激が必要であり,うつぶせ寝のほうが覚醒反
に低く,subcortical activation の頻度が有意に高
応の発現に大きな音刺激が必要であった.ま
かった(図
)
.この傾向は特に REM 睡眠期
た,健康な乳児で通常の寝かせ方があおむけの
で著明であった.また覚醒反応の持続時間をみ
群とうつぶせの群で cortical arousal と subcorti-
ると,cortical arousal の持続時間は SIDS 例と健
cal
康乳児例で有意差はなかったが,subcortical acti-
果,あおむけの群に比較してうつぶせの群では
vation の持続時間については SIDS 例において
cortical arousal,subcortical activation ともに減少
有意に長かった(表
しており,SIDS 症例で認められたような sub-
)
.
activation の頻度について検討を行った結
cortical activation の頻度が上昇する現象は認め
なかった(図
) ).
146
お
わ
り
に
SIDS の病態に関しては現在のところ明らか
ではないが,これまでの研究から SIDS の発症
には脳幹部における中枢神経系異常あるいは自
己蘇生メカニズムの異常の関与が考えられてい
る.呼吸調節,自律神経系調節,覚醒反応の発
達などの異常から SIDS 発症に関する何らかの
素因をもった児が SIDS リスク因子と考えられ
ている環境下におかれた場合に SIDS を発症す
る可能性が示唆される ).
図
うつぶせ寝における覚醒反応の出現頻度(文
献 )
参
考
文
献
)厚 生 労 働 省 研 究 班 編 乳 幼 児 突 然 死 症 候 群
喫煙と覚醒反応の関連については,音刺激に
(SIDS)に関するガイドライン 子ども家庭
対する覚醒反応の検討から,喫煙する母親から
総合研究事業「乳幼児突然死症候群(SIDS)
出生した新生児乳児は,喫煙しない母親から出
のためのガイドラインの作成およびその予防
生した新生児乳児より覚醒反応が発現するため
と発症率軽減に関する研究」平成 年― 年
により大きな音刺激が必要であったことが報告
総合研究報告書(主任研究者:坂上正道)
)
されている .
―
年 月
)Naeye RL, Olsson JM, Combs JW. New brain stem
SIDS の発生機序
SIDS 症例で皮質下での覚醒反応が増加し,
皮質での覚醒反応が低下していたことは,SIDS
and bone marrow abnormalities in victims of the
sudden infant death syndrome. J. Perionatol. :
-
.
を発症する児においては覚醒反応の発達過程に
)Takashima S, Becker LE. Delayed dendritic devel-
構造的あるいは機能的な変化が存在する可能性
opment of catecholaminergic neurons in the ventro-
が考えられた.SIDS リスク因子とされている
lateral medulla of children who died of sudden in-
喫煙,うつぶせに関しては,覚醒反応を減少さ
fant death syndrome. Neuropediatrics
:
- .
せる因子ではあることが考えられた.SIDS 症
例では覚醒反応伝達過程の異常という素因を
)Guilleminault C, Ariagno RL, Forno LS, et al. Ob-
もった児が,覚醒反応を減少させるような環境
structive sleep apnea and near miss for SIDS: I. Re-
下におかれた場合に発症する可能性が示唆され
port of an infant with sudden death. Pediatrics
た.
-
:
.
SIDS 症例の検討からはこれまでに病理組織
)Kahn A, Groswasser J, Rebuffat E, et al. Sleep and
学的に脳幹部のグリオーシス,低形成,皮質下
cardiorespiratory characteristics of infant victims of
白室軟化,中枢神経系の髄鞘形成の遅れなどが
sudden infant death: a prospective case-control
報告されている
,, )
.またノルアドレナリン
study. Sleep
:
-
.
系,セロトニン系,ドーパミン系,コリン系,
)Kahn A, Blum D, Rebuffat E, et al. Polygraphic
ヒスタミン系,オレキシン系などの覚醒反応に
studies of infants who subsequently died of sudden
関与すると思われる神経系の機能的変化も報告
infant death syndrome. Pediatrics
されている
:
-
.
, , )
.このような変化が覚醒反応
の発達的あるいは永久的な機能異常を引き起こ
している可能性が考えられた.
)Johnston RV, Grant DA, Wilkinson MH, et al. Repetitive hypoxia rapidly depresses arousal from ac-
147
tive sleep in newborn lams. J Physiol.
:
- .
)McNamara F, Lijowska AS, Thach BT. Spontaneous arousal activity in infants during NREM and
REM sleep. J Physiology
:
-
.
.
)Kato I, Franco P, Groswasser J, et al. Incomplete
arousal processes in infants who were victims of
sudden death. Am. J. Respir. Crit. Care Med.
-
:
.
)Franco P, Pardou A, Hassid S, et al. Auditory
arousal thresholds are higher when infants sleep in
the prone position. J Pediatr
:
-
.
)Kato I, Scailett S, Groswasser J, et al. Spontaneous
arousability in prone and supine position in healthy
infants. Sleep
:
- .
)Franco P, Groswasser J, Hassid S, Lanquart JP,
Scaillet S, Kahn A. Prenatal exposure to cigarette
smoking is associated with a decrease in arousal in
infants. J Pediatr
:
- .
)Kinney HC, Brody BA, Finkelsteln DM, et al. Delayed central nervous system myelination in the
sudden infant death syndrome. J Neuropathol Exp
Neurol.
:
- .
)Nattie E, Kinney H. Nicotine, serotonin, and sudden infant death syndrome. Am J Respir Crit Care
Med.
:
- .
)Narita N, Narita M, Takashima S, et al. Serotonin
transporter gene variation is a risk factor for sudden
infant death syndrome in the Japanese population.
Pediatrics
:
-
.
)Paterson DS, Trachtenberg FL, Thompson EG, et
al. Multiple serotonergic brainstem abnormalities in
sudden infants death syndrome. JAMA
:
-
.
)Kahn A, Groswasser J, Franco P, et al. Sudden infant deaths: stress, arousal and SIDS. Early Hum
Dev.
Suppl: S
- .
148
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