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国民健康保険税についての一考察

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国民健康保険税についての一考察
保健医療経営大学紀要 № 4 49 ~ 57(2012)
<研究ノート(Research Note)>
国民健康保険税についての一考察
藤 貴子
はじめに
「現下の厳しい経済状況及び雇用情勢に対応して税制の整備を図るための地方税法等の一部を改正する法律案」が
平成 23 年 6 月 22 日に可決成立し、同月 30 日に公布された。同案による地方税法改正によって、被用者保険に属さ
ない、主に自営業者や年金生活者等が加入する国民健康保険税の所得割の算定方法について、平成 25 年度から一本
化されることが決定された。本研究ノートでは、各地方公共団体において自主的な課税権が認められてきた、この国
民健康保険税制度について、現在に至るまでの歴史的な経緯と同税における問題点を整理し、今後の研究課題を明ら
かとする。
Ⅰ . 国民健康保険税の創設
国民健康保険制度は昭和 13 年に創設された日本における医療保険制度である。同制度創設の目的は、前年の国民
健康保険法案提出の理由書において、
「農村漁村ノ居住者其ノ他一般国民ノ為疾病ノ危険ヲ保険シ療養ノ機会ヲ与ヘ
以テ経済的負担ヲ軽減シ生活ノ安定ヲ期スルト共ニ其ノ健康ノ保持増進ニ資スルハ現下喫緊ノ要務ナリ依テ国民健康
保険制度ヲ創設シ之ガ必要ニ応ズル所アラントス」と説明された通り、農村対策および防貧対策にあった。当時の日
本経済は、震災手形処理審議中の片岡蔵相の失言を発端とした昭和 2 年の昭和金融恐慌に続いて、昭和 4 年の世界恐
慌、さらに翌 5 年の旧平価による金解禁等によって、極度の不況に見舞われていた。特に疲弊していた農村に対する
影響は深刻で、農産物の価格は崩落したが、その一方で農家必需品である工業製品は独占体の強力な価格政策によっ
て価格が維持されたため、農家経済の窮乏化は逼迫したものであった。公衆衛生概念が未成熟な当時にあって、農村
部における疾病率と伝染病の伝播率は高く、その一方で医療費負担能力の乏しい農村部には医師および医療機関は僅
少であり 1、農村における貧困と疾病が深刻な問題となっていた。すでに日本においては、工場・鉱業労働者等の被
用者を対象とした健康保険制度が昭和 2 年より実施されており、その後、職域保険として拡充されていたが、この職
域保険に加入できずに、貧困と疾病にあえぐ農業漁業者や営業事業者等に対する医療保険の必要が緊要となり、国民
健康保険制度の創設に結実したのであった。
創設された国民健康保険制度は、同法第 1 条において「国民健康保険ハ相扶共済ノ精神ニ則リ疾病、負傷、分娩又
ハ死亡ニ関シ保険給付ヲ為スヲ目的トスルモノトス」と規定された通り、地域を単位として農業漁業者を中心とする
住民による相互扶助を強調したものであり、創設当初は任意設立・任意加入であった。しかしながら戦争末期の昭和
18 年には第二次国民健康保険法改正により地方長官による強制設立・強制加入が可能となり、社会保険制度として
の性格をあきらかとさせ 2、さらに戦後の昭和 23 年の第三次国民健康保険法改正では、敗戦により事実上破綻に瀕
していた国民健康保険財政の立て直しの必要から、市町村公営とされ、強制加入が義務付けられ、社会保険制度とし
ての性格が強化されている。ところが、これにより受診率の上昇が示されたものの、保険料の収納率は依然として低
位のままで、戦後インフレによる厳しい経済情勢の下で国民健康保険制度の再建は容易にはならず、同保険財政の赤
字は増加することとなった。そこで、赤字が累積する保険財政確立のために、昭和 26 年度に創設されたのが国民健
1
佐口
(1995)p.2 によれば、
当時の医師の分布は、
都市においては人口 1 万人に対して約 10 人であったが、
町村においては 4.5
人にすぎず、さらに全国約 12,000 の市町村中、無医町村が約 3,400 あったことが指摘されている。
2
昭和 18 年度末には被保険者数 3,709 万人に達し、全国 1 万 819 市町村の 95%に国保組合が設置された。ただし実態は、
戦争のために事実上活動は停止状態にあり、
「量的発展につれて質的低下を来した(国民健康保険協会(1948)p.42)
」
ことが指摘されており、
「見せかけの前進(近藤(1963)p.192)」と評価されるものであった。
― 49 ―
藤 貴 子
康保険税という地方目的税である。第三次改正によって市町村公営とされたことで、課税権を有する地方公共団体が
自ら保険者として国民健康保険事業を行うという体制が整備され、それによって同税導入が可能となっていた。創設
された国民健康保険税は、事業に要する費用を基準に、一定割合 3 の額を標準として総額を決定し、その課税総額を
個々の納税者に按分して賦課課税を行うこととされた。納税者への按分方式は、従来の国民健康保険料に採用されて
いた資力割、人頭割、平等割の 3 項目による賦課方式とほぼ同様に、地方税法による市町村民税、固定資産税を課税
ベースに採用して、その割は、応能負担の観点から、所得割、資産割、応益負担の観点から、被保険者均等割、平等
割という 4 種類の課税方式が設定された 4。
国民健康保険税導入によって、以後、日本の国民健康保険制度は、事業に要する費用を充足する目的のために、保
険料と保険税という 2 種類の徴収制度が併存するという特異な制度となったわけであるが、導入当初、同税は国民健
康保険財政の安定がみられれば保険料に戻すという当面の応急策であったとされる 5。しかしながら、昭和 28 年の
助成交付金制度の導入や 30 年の療養給付費補助金の法定化を経て財政の安定確立が実現され 6、さらには国民健康
保険事業を市町村へ義務付けた 33 年の新国民健康保険法案の成立を経て、36 年に国民皆保険が実現して以降もなお、
多くの地方公共団体において保険税としての賦課課税が続けられ、今日にまで至るものである。なお既述の通り、国
民健康保険制度創設以来、その制度の目的は、地域住民による相互扶助を強調するものであったが、新国民健康保険
法の第 1 条は「この法律は、国民健康保険事業の健全な運営を確保し、もって社会保険及び国民保険の向上に寄与す
ることを目的とする」と改められ、医療の供給面における整備の遅れはみられたものの、日本における社会保険制度
としての確立をみたものといえるだろう。
ちなみに、国民健康保険税と従来の国民健康保険料との違いは、まず徴収権の優先順位にあり、保険料では国税及
び地方税に次ぐ徴収権となるが、保険税では原則として国税と同順位であり、他のすべての債権または公課に優先す
ることとされる。また賦課課税権の期間制限についても保険料は 2 年であるが、保険税では 3 年が認められる。さら
に徴収権及び還付請求権の消滅時効も保険料は 2 年であるが、保険税では 3 年とされる 7。保険料の徴収困難に陥っ
ていた財政基盤の弱い町村において、創設された保険税が多く採用され、その後の日本の高度成長期の幕開けという
時宜をえたこともあり、導入後 10 年を経過した昭和 36 年には徴収率は 92.85%を記録した。国民健康保険税は保険
財政の確立に「強力な支えとなった」8 としてその役割を果たし得たと評価されるものである。
Ⅱ . 国民健康保険税の仕組みと現状
国民健康保険税は、昭和 26 年の創設以来、保険者である各地方公共団体が任意に選択する課税方式にしたがって、
事業に要する総額を個々の納税者に按分して課税徴収を行うという枠組みにおいて、大きな制度変更は行われてこな
かったと言える。但し、現行の国民健康保険税では、平成 12 年の介護保険制度および 20 年の後期高齢者医療制度の
導入に伴い、同税の課税総額は、国民健康保険に要する費用に充てるための課税額である基礎課税額に、後期高齢者
支援金等課税額および介護納付金税額を加算した額とされている 9。
3
創設時においては、国民健康保険税の総額は事業に要する費用に対して 100 分の 70 が標準とされた。平成 24 年現在、
この 100 分の 65 とされる。ただしこれは住民税における準拠税率ではなく、あくまでも標準であり、各地方公共団体の実
情により、適宜この割合は変更しても差し支えないとされるものである。
4
創設時の国民健康保険税の算定方法の詳細は吉井(1951)による。
5
山本(1974)pp.270 ~ 271。
6
第 22 国会における「国民健康保険法の一部を改正する法律案」の可決成立により、療養給付の 2 割、事務費の全額、保
健婦設置費にはその 3 分の 1 の国庫補助が義務付けられることになり、国民健康保険事業への国庫負担の出発点となった。
7
保険税と保険料の違いについての詳細は国民健康保険中央会(2011)pp.391 ~ 393 参照。
8
佐口(1995)p.81。
9
具体的には、基礎課税総額(当該年度における保険給付費、前期高齢者納付等の納付に要する費用、保健事業に要
する費用等の合計額(前期高齢者交付金がある場合には、これを控除した額)から、当該費用にかかる国や都道府県
の負担金等の額を控除した額)
、後期高齢者支援金等課税総額(後期高齢者支援金等の納付に要する費用の額から、
当該費用にかかる国や都道府県の負担金の額を控除した額)および、介護納付金課税総額(介護保険法第 9 条第 2 号
に規定された被保険者を対象として、同法の規定による納付金の納付に要する費用の額から、当該費用にかかる国や
都道府県の負担金の額を控除した額)の合計額が、国民健康保険税の総額とされる。
― 50 ―
国民健康保険税についての一考察
納税義務者は、被保険者である世帯主とされており、基本的に個人課税主義の原則による日本の租税制度において、
世帯課税主義がとられている。これは、国民健康保険が子供や退職者等の所得のない者にも給付を行うことの他、資
格の取得届等の各種の提出義務および給付の請求義務等を世帯主に課しているという行政上の理由で説明される 10。
基礎課税額の基本的な課税方式は、所得割(世帯に属する被保険者に係る総所得金額等課税ベース×所得割率)
40%、資産割(世帯における固定資産税額等課税ベース×資産割率)10%、被保険者均等割(世帯に属する被保険者
数×被保険者均等割)35%、平等割(世帯別平等割額)15%の総額とする四方式であるが、この他に、所得割 50%、
均等割 35%、平等割 15%の 3 つの割の総額とする三方式と、所得割 50%、均等割 50%の 2 つの割の総額とする二方
式とがある。一般的な類型として、四方式が町村型、三方式が中小都市型、二方式が都市型といわれているが 11、各
地方公共団体においていずれかの課税方式を選択して課税総額を決定し、その方式に応ずる個々の課税額を定めるこ
とになる。
さらにいずれの方式においても大きな割合を占める所得割の算定方式については、旧ただし書方式が原則とされる
が、その他、本文方式、所得割方式の計 3 つの方式があり、これまた当該団体の実情に応じそれぞれ条例に規定して
算定することが認められるものである。具体的には、旧ただし書方式による所得割額は、個人の雑損失控除前の総所
得から基礎控除を控除した金額を課税ベースに、本文方式では、個人の総所得から基礎控除ならびに各種所得控除を
控除した金額を課税ベースに、そして所得割方式では、個人の市町村民税所得割の金額を課税ベースにして、これら
の各課税ベースに対して所得割率(当該市町村における国民健康保険被保険者にかかる総所得金額に対する当該市町
村の保険税課税総額中の所得割総額の割合)を乗じて算定される。旧ただし書方式および本文方式と所得割方式の大
きな相違点は、所得割方式では、市町村民税所得割が課税ベースとなることから、市町村民税における非課税なる者
や免税所得が反映されるが、旧ただし書方式および本文方式では、それらが反映されずに課税対象となることにある。
さらに旧ただし書方式と本文方式の相違点については、本文方式に比べて旧ただし書方式による方が、各所得控除と
雑損失(および雑損失の繰越控除)の金額の分だけ、課税最低限が引き下げられることとなり、課税上限額が設定さ
れる国民健康保険税において、
特に個人住民税の課税最低限以下の低所得層に対する税負担が重くなることになる
(図
1)
。つまり、所得割の 3 つの算定方式において、応能原則に資する算定方式としては、所得割方式、本文方式、ただ
図 1 本文方式とただし書き方式の相違点
[旧ただし書き]
[旧ただし書き]
。
10
国民健康保険中央会(2011)pp.397 ~ 399。
11
国民健康保険中央会(2011)p.406。
― 51 ―
藤 貴 子
し書き方式の順になると言えるだろう。
ちなみに、国民健康保険料の算定にあたっては上記の保険税の算定方式の他に、所得割についてさらにあと 3 つの
方式を加えた 6 つの算定方式の選択がみとめられている。追加される所得割の算定方式とは、まず、市町村民税の所
得割と均等割の総額である市町村民税額を賦課ベースとする方式、市町村民税額に都道府県民税を賦課ベースとする
方式、そしてその他として総所得を賦課ベースとする方式である。
ここで近年の国民健康保険税および保険料の徴収実態についてみてみよう。まず 2 種類の徴収制度の選択について
は、平成 22 年では、保険税を採用する団体数は 1,511、保険料を採用する団体は 239 であり、保険税創設以来、保険
税として課税する団体の方が多い状況に変わりはない 12。また課税方式については、四方式を採用する団体の割合が
72%、三方式が 25%、二方式が 3%となっている 13。但し、古瀬(2010)では、平成 11 年から 20 年の 10 年間にか
けての国民健康保険税および保険料の徴収状況が報告されているが、20 年度より導入された後期高齢者医療制度に
資産割がないこととの整合性が踏まえられた等の結果、四方式を採用する市町村が同 10 年間で減少傾向にあり、多
くが三方式に移行していることが報告されている。そして所得割の算定方式では、同じく平成 22 年では、保険税に
おいて 99.8%の団体でただし書き方式が採用されており、ただし書き以外の算定方式を採用する団体は 1,511 団体
中 3 団体のみである。保険料においてもただし書き方式の採用は 84.9%にのぼっていたが、さらに翌平成 23 年 4 月
以降、それまで市町村民税額に都道府県民税を賦課ベースとする方式を採用していた東京都特別区において、ただ
し書き方式へ移行しており、保険料においてもただし書き方式の採用が圧倒的な割合を占める状況に至るものであ
る。
応能原則に即する所得割で、所得控除等の適用が排されるただし書き方式が、多様な算定方式が認められる国民健
康保険税において、ほぼすべての団体において選択されるようになった理由はどこにあるのだろうか。古瀬(2011)
によれば、それは「
『ただし書方式』以外の方式は税制改正が行われるたびに保険料が変動する階層が生じる不安定
性を抱え、また中間所得者層へ負担が集中しているといった問題の是正を図るといったものの他、今後検討されてい
る国保事業の広域化への対応を図るため」と説明される。ここで「中間所得者層への負担が集中しているといった問
題の是正」とあるが、国民健康保険税および保険料はその仕組みから明らかな通り、事業に要する総額を個々の納税
者に按分し課税限度額を設定したうえで賦課課税徴収を行うものである。したがって、ただし書き方式への移行は、
住民税の課税最低限以下の低所得層への負担が生じることになるが、それが即ち課税上限額以下の中所得階層の負担
軽減につながることになるものである。またこれまでの自発的な各団体によるただし書き方式への移行と異なり、冒
頭述べた通り、平成 25 年度以降は、ただし書き方式への一本化が法定されたわけであるが、厚生労働省保険局(2011)
によれば、それは国税改正による国民健康保険税および保険料への影響を遮断することが主眼とされたものである。
但し、所得割算定におけるただし書き方式への一本化は、低所得層への負担増加であることから、その激変緩和措置
として、各団体独自の保険税軽減分を保険税の課税総額に含めることができるように措置しているが、この措置の採
用は各自治体の任意とされる。
ちなみに、国民健康保険税の基礎課税額における課税限度額は、平成 23 年において 51 万円であり 14、一定水準を
超える所得者にとっては 51 万円という定額負担となる。一方、低所得世帯に対しては減額措置が設けられており、
この減額分については保険基盤安定制度で、公費による財源措置がなされることになる。具体的な減額内容は、世帯
主およびその世帯に属する被保険者について算定した市町村民税の課税対象となった総所得金額、山林所得金額及び
長期・短期譲渡所得の金額の合計額が 33 万円以下の世帯に対しては 6 割、33 万円に納税義務者を除く世帯内の被保
険者数に 24 万 5 千円を乗じた金額以下の世帯に対しては 4 割の減額により課税されることになる。但し、応益割合
(被
保険者均等割総額及び世帯別平等割総額の合算額の国民健康保険税の課税総額に対する割合)が 45 ~ 55%の市町村
においては減額割合をそれぞれ 7 割、5 割、さらに 5 割減額より所得の高い低所得者層について 2 割の減額が設けら
12
ただし古瀬(2010)によれば、市町村合併が進んだことにより、町村において多く選択される保険税の割合は減少しつ
つあることが指摘される。また保険料は大都市で多く採用されることから被保険者数でみれば、保険税が 19,173,606 人、
保険料が 16,496,760 人(いずれも平成 22 年 3 月現在)であり、団体数ほどの大きな差ではない。また西川(2006)では、
市町村合併によって保険料を選択する市町村が増えるという見込みを実証的に示している。
13
総務省
(2011)
、
徴収制度の選択および 3 つの課税方式の選択割合は第 5 表 (2)
2 、所得割の算定方法は第 5 表 (4)
2
より。
14
あわせて課税される、後期高齢者支援金等課税額の限度額は 14 万円、介護納付金課税額の限度額は 12 万円とされて
いる。
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国民健康保険税についての一考察
れている。また応益割合が 35%未満の市町村においては減額割合はそれぞれ 5 割、3 割 15 の減額による課税となる。
また、この減額措置とは別に、減免措置も市町村の条例に定めるところにより行われるが、減額措置のように公費に
よる補填は行われないことから、その適用はかなり限られることになる。つまり、国民健康保険税においては、被保
険者である限り、所得がいかに少なくても一定額の保険料負担が課せられるものであり、課税限度額以下の中所得世
帯を除いて逆進的な負担制度となっている。
ここで国民健康保険の財政状況をみてみよう。直近の公表資料によれば、国民健康保険の支出は 12 兆 8,070 億円
にのぼる。内訳をみると、保険給付費が 8 兆 5,496 億円と全体の 7 割弱を占め、後期高齢者支援金 1 兆 5,766 億円、
高額医療および保険財政共同安定化事業を内容とする共同事業拠出金 1 兆 4,223 億円、介護納付金 5,896 億円等が主
な支出内容である。次にこの支出を賄うための収入についてみると、保険制度にありながら、保険税(料)による財
源は全体の 23.6%に過ぎないものである。3 兆 2,259 億円の国庫支出金をはじめとして国や都道府県からの交付金や
支出金よる財源が全体の実に 7 割を占めており、
さらに一般会計からの繰入金も法定分が 4,052 億円、法定外分が 3,592
億円にのぼり、国民健康保険財政の公費(一般財源)負担の大きさが明らかである。
表1 国民健康保険の財政状況(市町村)
。
15
但し、地方税法附則第十条において、応益割合が 35%未満の市町村における減額割合を、当分の間それぞれ 6 割、
4 割にできるとされている。
― 53 ―
藤 貴 子
Ⅲ . 国民健康保険税の性格と公費(一般財源)負担について
これまで見てきた通り、日本の国民健康保険制度は、保険料と保険税という 2 種類の徴収制度が併存しており、実
に多様な賦課課税方式が認められる制度である。この特異な徴収体制は、実態としては、徴収率向上のための便宜上、
従来の保険料に加えて保険税として徴収することも可能とすることで併存体制となったもので、同制度下で大きな問
題もほとんど見られないことから当初の選択が継続されてきているものであり、両者がそれぞれの趣旨性格により分
類され、それに基づいて徴収制度として使い分けられている訳ではない 16。保険税にせよ、保険料にせよ、医療給付
という不確実な受益に対して、課税限度額の水準までは基本的に応能原則を加味した賦課課税を行い、さらに減額措
置はあるものの、低所得世帯にも一定水準の負担を課すという徴収構造にあり、地方目的税である国民健康保険税と
しても、保険料である国民健康保険料としても、その性格は両者が渾然としたものであると言えるだろう。
また、財政状況から明らかな通り、国民健康保険制度は、主財源を国や都道府県からの国庫支出金や各種交付金・
支出金等の公費(一般財源)によるものであり、保険税(料)による財源は 2 割強に過ぎないものである。社会保険
制度において、この公費(一般財源)負担が果たして妥当と言えるのだろうか。ここで社会保障給付の財源調達とし
て一般財源と保険料についてその考え方を整理しよう。
藤田(1984)では、社会保障給付について、それが①最低生活保障を目的とする必需的給付であるか、もしくは任
意財的給付であるか、②所得あるいは資力が一定以下の者に受給資格を限定する選別的給付であるか、もしくは普遍
的給付であるか、③ライフサイクルのある段階で、原則としてすべての人に消費される全員消費型給付であるか、も
しくは一部消費型給付であるか、という 3 つの分類基準から、
(a)必需財的性格を持つ選別的給付、
(b)必需財的
性格を持つ普遍的給付(うち、小分類として(1)全員消費型と(2)一部消費型)、(c)任意財的給付、の大きく 3
つに区分している(表 2)
。そしてそれぞれを公平基準および効率基準にてらして考察した結果、
(a)の必需財的性
格を持つ選別的給付では、税(一般財源)による費用負担が妥当とされる。次に(b)必需財的性格を持つ普遍的給
付では、
(1)全員消費型のうち、無償化が需要に大きな影響を与えず、あるいは外部効果または価値財的性格が極め
て強い場合は税(一般財源)が妥当と考えるが、この特殊なケースを別とすれば、保険料等の広義の受益者負担を基
本として、適度の税(一般財源)を組み合わせるべきとする。ここで税(一般財源)に期待される役割は、ナショナ
ルミニマムの保証という見地から低所得層の費用負担を減免することと、外部効果あるいは価値財的要素の強さに応
じて直接の受益者による費用負担の割合を軽減することにある。そして最後に(c)任意的給付については保険料等
の受益者負担を原則としている。
以上の藤田(1984)による分類にもとづけば、医療給付は、
(b)必需的性格を持つ普遍的給付のうち(1)全員消
費型にあたるが、医療の無償化は需要に大きな影響を及ぼすこと等から、日本の国民健康保険制度は、保険料による
受益者負担を基本とし、低所得層の費用負担の割合を減免する等のために適度の税(一般財源)を財源とすることが
望ましいと言える。
表 2 社会保障給付の分類
。
16
この一つの保険制度において、保険税と保険料という 2 つの賦課徴収制度が並立することに対しては、両者の間に本質
的性格に違いはなく、徴収率の向上に資して保険税の役割は既に果たし得たことから、国民健康保険税国民健康保険税
を保険料へ統一する「税料移行問題」が平成 6 年から 11 年にかけて提起されていたが、現在に至るまで移行には至って
いない。詳細は黒川(1999)参照。
― 54 ―
国民健康保険税についての一考察
ただしこの場合、困難となるのが税(一般財源)の適度な水準というものが客観的に明示できずに判然としないと
いうことが言えるだろう。そこで税(一般財源)による費用負担の対象を、そのリスク水準によって区分し明示する
のが、広井(1997)による提案である。同書による保険料と税(一般財源)の比較整理によれば、まず、リスクや負
担能力において同等な個人間のリスクの分散であり、私的原理を由来とする保険は、保険料による費用負担が適切で
あるとされる。そして一方、税(一般財源)による費用負担は、公的原理を由来とする、負担者と受益者が対称しな
い所得移転である福祉(公的扶助)が対象とされる(表 3)
。そして、この比較のうえで、日本の医療保険における
保険と税(一般財源)の渾然一体性を問題として指摘し、両者の区別を徹底し、保険料と税(一般財源)を峻別する
ことを原則的に主張する。しかしながら、同時に病気のリスクは個人間で相当な違いがあるため、逆選択を回避す
るために強制加入を義務付ける社会保険とすると、結局は相当に所得移転の要素を含んだものとならざるを得ないこと
を認めている。そしてその分、税(一般財源)による費用負担が不可避となり、保険原理から逸脱してしまうことから、
保険のもつ効率性というメリットを生かすために保険原理を維持することが困難であるような構造的な高リスク層に対
しては税(一般財源)による福祉制度とし、残る低リスク層では逆選択を防ぐ社会保険制度とすることが提唱される 17。
ただしこのドラスティックな提案においては、疾病上の低リスク層においても保険料を支払うことが出来ない低所
得者に対する所得移転が考慮されておらず、低リスク層に限定した社会保険制度においても、税(一般財源)を全く
投入しないということは、医療給付という必需財的性格を持つ全員消費型の普遍的給付において現実的なものとは言
えないだろう。
そもそも医療給付とは、生存という最低生活保障の前提を担保する必需的給付であり、所得水準の如何によらず全
ての個人が病気になるリスクを、リスク差が不確実に相当程度ありながらも抱える以上、医療給付のための社会保険
制度において、リスク分散だけを峻別し、所得移転の要素を取り除くことは困難である。
したがって 1 つの社会保険制度において、保険料と一般財源によってその財源が構成されること自体、妥当性が欠
表 3 (社会)保険と福祉(公的扶助)の比較
。
17
広井(1997)p.205 ~ 212 では、構造的な高リスク層とはすなわち高齢者層であり、この高齢者層を対象とする老人医
療福祉給付は税による費用負担とし、高リスク層を除外した残る層すなわち若年層は効率的に社会保険制度の対象とする
制度が提唱されている。
― 55 ―
藤 貴 子
けるものではない。特に医療給付のための社会保険の中でも国民健康保険制度は、既述の創設の経緯から明らかな通
り、防貧対策の一環として出発したものである。リスクや負担能力において大きな異質性を有さない個人を保険者と
する被用者保険とは異なり、現行においても、それではカバーされない自営業者や年金所得者等を対象とし、リスク
や負担能力に大きな異質性を有する保険制度となっている。必然的にそれだけ所得移転の機能が大きく求められるこ
とから一般財源の必要性はそれだけ認められると言えるだろう。
Ⅳ . 国民健康保険税の問題点の整理
国民健康保険税については、問題点は浮き彫りとされており、既にさまざまな先行研究が行われている。
まず指摘されるのが、
多様に認められる徴収方式の選択によって生じる、保険税額の格差の問題である。岡崎(1989)
では、年当たり 5 万円の市民税、5 万円の固定資産税を支払っている夫婦子供 1 人の代表的世帯被保険者をモデルと
して、
「東京都」
「札幌市」
「仙台市」
「金沢市」
「広島市」を選定し、各都市によって賦課課税される国民健康保険税(料)
の金額を算定している。それによれば、順に「8.9 万円」
、
「46.5 万円」
、
「26.0 万円」
、
「33.6 万円」
、
「13.9 万円」にな
ることが示されており、都市によって大きな格差が生じていることから、賦課課税方式を(1)所得割、(2)資産割、
(3)均等割として、所得割では中所得者層の負担緩和を考慮し、高所得層に対する減免措置である限度額は撤廃する
こと等が提案されている。北浦(2007)でも、この国民健康保険税の水平的不平等性を、家計のプロトタイプ(職業
別 3 タイプ×所得水準 3 タイプ)を想定し、各々計測している。それによれば、どのようなタイプの家計であれ、地
域間で非常に大きな水平的不平等が存在することが明らかにされ、地域的には、最も高額となるのが主に徳島県と北
海道の地方公共団体に多く、逆に東京都等では低額になることが示されている。また同一都道府県内においても各地
方公共団体によって概ね 2 倍もの負担格差が生じている現状が指摘されている。
また、医療保険制度には国民健康保険の他、被用者保険等複数の制度があるが、国民健康保険は公費負担の割合が
大きく、それらの財政力格差の問題も頻繁に指摘されるものである。藤田(1979)では、国民健康保険と被用者保険
の間に、きわめて大きな財政力格差が存在しており、その要因として、国民健康保険では保険税(料)の事業主負担
が存在しないうえに、平均所得が給与所得世帯よりも低いことが指摘されている。そして医療給付面においては、国
民健康保険は世帯主の高齢化傾向が顕著である上に、平均世帯人員が被用者世帯よりも多いことが原因であることも
示される。そこで、医療資源の効率利用を達成できるように医療保険制度を改善し、さらに老人保健医療制度の構想
を具体化するようにという先見的提唱を行っている。また岩下他(1997)においても、現行の医療保険制度の機能を
財政面からとらえ、制度間の医療費格差、保険税(料)負担格差の実態と原因、公費負担と財政調整の機能について
分析しており、その結果、医療費の制度間格差のほとんどは、各保険制度の加入者の年齢構成の違いによって生じる
ことが示される。また保険税(料)の負担格差は被保険者の所得格差によって生じており、制度間の不公平とは考え
られないと結論付けている。そして公費負担については、それが弱者保護の性格をもつものであるが、保険制度別に
適用されることから適切に弱者に照準を合わせた補助となっていない可能性が指摘される。そして岩下(1998)では、
公的医療保険制度に生じている負担・給付の制度間格差の問題について、その解決策として究極的には制度の一元化
を提案している。一元化に際しては、年齢の違いから生じる平均的医療費の違いと、負担能力の格差という、個別制
度の努力で対処できないリスクに対しては財政調整を行うことで、移行費用を最小化する方策が示される。
そして、国民健康保険の保険税(料)負担自体の逆進性の問題も指摘されるものである。小椋(1991)では、国民健
康保険は、
加入世帯の所得にウエイトを置いた保険税(料)の算定方式とは裏腹に、
実際に徴収している保険税(料)は、
逆進的な人頭税と化しつつあることを明らかとし、国民健康保険における低所得世帯が、現行の医療保険制度のもとで、
能力に比べて最も重い保険税
(料)
を負担していることが指摘される。そこで所得捕捉を確実にして所得税を増税するか、
もしくは負の所得税を制度化して消費税財源を投入するか、さらには、現在の労働所得税に対する高い限界税率に対し
て、資産課税を増税するか、といういずれかの選択肢によって一般財源のウエイトを引き上げることを提案している。
おわりに
筆者はこれまで所得を課税ベースとする個人所得税を研究課題としてきた。経済のグローバル化の進展に伴い、日
本に限らず各国所得税において、足のはやい資本所得への課税に困難が生じており、また中立性を重んじる税制改革
が重ねられてきた結果、源泉分離課税が認められずに総所得として累進的な負担となっているのは、主に労働所得と
なってきている。そしてこの総所得等に対しては、所得税のみならず保険料(税)の賦課徴収が行われており、主に
所得を課税ベースとする負担という点において類似する。そこで、保険料(税)負担とその制度のあり方についての
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国民健康保険税についての一考察
研究も今後の課題としており、本研究ノートではその足掛かりとして、特に国民健康保険税について歴史的経緯と現
行制度の仕組みと現状を理解し、先行研究で指摘される同税の問題点を整理した。
国民健康保険税(料)はその制度の仕組みから明らかな通り、逆進的な負担構造となっている。さらに平成 25 年
度から国民健康保険税(料)の所得割の算定方法について、各種控除と雑損失(および雑損失の繰越控除)の控除が
認められない旧ただし書き方式への一本化が法定されたことは、同税(料)における逆進性の性格を強めるものであ
ると言える。但し、注意しなければならないのは、国民健康保険税(料)は、既述の通り、保険および税とでその性
格が渾然としており、逆進的な負担についての評価には、さらなる考慮が必要になる。国民健康保険制度において、
実に多様な徴収方式が認められる保険料と保険税について、地方目的税として、そして保険料としての性格や定義を
明らかにして、それぞれの評価を行うことが、まず今後の課題である。
また本研究ノートでも見た通り、国民健康保険は、保険税(料)による財源は 3 割に満たず、そのほとんどが公費
によるものである。公費を財源とすること自体については妥当なものであると考えるが、高齢化の進展に伴い医療の
増加が予想される中で、公費負担の適正な水準についても今後の研究課題である。
最後に、既に先行研究において指摘されている問題であるが、同一の地方公共団体内における保険料格差の問題や
他の医療保険制度との財政力格差の問題についても、現行における実態をより詳細に明らかとし、その解決策につい
ての考察も深めていきたいと考える。
参 考 文 献
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mhlw.go.jp/topics/2011/01/dl/tp0119-1_10.pdf、2011 年 12 月 15 日参照。
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「平成 21 年度国民健康保険(市町村)の財政状況等について=速報= 2011 年 2 月 4 日公
表」
、http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000011vw8-att/2r98520000011vxy.pdf、2012 年 1 月 26 日参照。
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『国民健康保険小史』国民健康保険協会。
・国民健康保険中央会(2011)
『国保担当者ハンドブック改定 15 版』社会保険出版社。
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『平成 22 年度市町村税課税状況等の調(国民健康保険関係)』http://www.soumu.go.jp/main_
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