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イラク戦争から 10 年 進展する石油開発 - JOGMEC 石油・天然ガス資源

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イラク戦争から 10 年 進展する石油開発 - JOGMEC 石油・天然ガス資源
更新日:2013/3/19
石油調査部:西村 昇平
イラク戦争から 10 年 進展する石油開発
‐IEA
World Energy Outlook 2012 イラク特集の意味‐
今年の 3 月 20 日でイラク戦争開戦から 10 年が経過する。イラクでは南部油田地帯での石油開発が順調
に進展していることや、ペルシャ湾に新たな原油出荷施設が完成したことから、昨年より、最大で日量 70
万バレル程度の増産を達成している。また、OPEC 内でもサウジアラビアに次ぐ第 2 位の石油輸出国に
なり、石油開発の分野では、目覚ましい発展を遂げつつある。
2003 年の戦争直後は、強権体制の終焉から国内はポジティブな解放ムード一色であったものの、同年 8
月の国連事務所(カナルホテル)爆破事件以降、その雰囲気は一変した。その後イラク国内治安は悪化
の一途をたどり、2006 年から 2007 年にピークをむかえ 1 週間に 1000 人以上の人々がテロなどで殺害さ
れるという悲劇的な時期があった。当時から継続的にイラクの状況をウオッチしてきたが、この時の国内
の劣悪な状況から考えると、昨今の増産は復興に向けた大きな前進であると感じる。
このような石油開発での進展を支えているのは、第 2 期目を迎えているマリキ政権の継続的な石油政策
の実施や南部油田地帯の治安が以前より回復してきている点が考えられる。一部地域の治安の回復に
よって、欧米人も含めた石油関係技術者がイラク国内で活動できることになったことも、増産をあと支えし
ている。ベーカーヒューズ社(米)の発表によると、石油開発や探鉱に必要な掘削リグが現時点で 65 基イ
ラク国内に持ち込まれており、中東地域で稼働するリグの 18.5%が同国で稼働している。これは、85 基の
リグが稼働しているサウジアラビアに次ぐ稼働数であり、イラク国内での石油開発が活発に行われている
証しでもある。
【グラフ 1】イラクの原油生産量の推移(単位:万バレル)
(BP 統計等から筆者作成)※4/3 日付グラフデータの一部を訂正済
–1–
Global Disclaimer(免責事項)
本資料は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)石油調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に
含まれるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何ら
かの投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一
切責任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。
1.新たな時代の幕開け
2009 年 6 月にバグダッドでイラク国内の油ガス田を対象にした第一次国際入札が実施された。この入札
を皮切りに、エクソンモービル、BP、ロイヤルダッチ・シェルなどの石油開発大手のメジャーズがイラクの
石油開発に参入を果たしている。また、メジャーズだけでなく、CNPC などの中国勢、Lukooil、Gazprom
などのロシア勢の積極参入も際立つ。
当時、私は、バグダッドで勤務していたことから、市内で開催された第一次国際入札会場にいた。今でも
鮮明に覚えているが、世界第 2 位の埋蔵を誇る超巨大油田であるルメイラ油田を BP が落札した瞬間、
人々の熱気の中、大きな拍手とどよめきに会場が包まれた。この BP によるルメイラ油田の落札は、70 年
代に油田権益が国有化され、80 年代からのイラン・イラク戦争などの 3 度の戦争の時代、国連による経済
制裁を経て、初めて外国の石油会社がイラクでの石油開発に参入する新たな時代の幕開けであった。
【表 1】イラク政府が締結している油田開発契約
(イラク石油省 HP 及び報道から筆者作成)
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本資料は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)石油調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に
含まれるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何ら
かの投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一
切責任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。
イラクではまだ西部砂漠地域を中心に探査・探鉱活動が十分進んでいないものの、現段階で判っている
だけで、原油可採埋蔵量は世界第5 位の 1431 億バレル(BP 統計2012 年)あまりの莫大な量であり、言う
までもなく、その規模は外国石油会社の投資先として極めて魅力的である。このようなこともあり、イラク政
府は、第一次国際入札に引き続き、2009年12月に第二次国際入札を実施しており、結果的に11カ所
の油田開発契約を欧米メジャーズを含む外国石油会社と締結することに成功している。また、第一次入
札前の2008年にイラク政府は、アフダブ油田開発のみ中国政府からの政治的な支援を背景に、CNPC
(中)との間で入札の手続きを取らず契約を締結している。翌2010年10月には、ガス田を対象とした第
三次国際入札、さらに、2012年5月には未探鉱鉱区を対象とした第四次国際入札が実施され、それぞ
れの入札で外国石油会社と契約を締結することに成功している。
2.IEA World Energy Outlook がイラクを特集
ここ最近、イラクは、エネルギー業界で再び国際的な注目を集めている。昨年 10 月、IEA(国際エネルギ
ー機関)は、国際的なエネルギー分野の指標となっている World Energy Outlook 2012(WEO)において
イラクのエネルギー部門が、世界のエネルギー市場の安定と安全保障に多大な貢献を成し得るとの報
告を発表した。IEA は、2035 年にかけて今後も世界の 1 次エネルギー需要は中国、インドを中心に増大
していき、それら追加需要への原油追加供給拠点として、イラクが最も重要な存在になると主張している。
昨年前半からイラクは、石油開発の進捗が順調であることから大増産を達成していて、ついに昨年7月
にイランの生産量を追い越し、サウジアラビアに次ぐ OPEC 内で第2位の原油生産国となっている。
【表 2】IEA のイラクの原油生産見通し (万バレル/日)
中心的シナリオ
年
高水準ケース
遅延ケース
2011
2020
2035
2020
2035
2020
2035
原油生産
270
610
830
920
1050
400
530
原油輸出
190
440
630
710
790
270
380
(出展:IEA World Energy Outlook 2012)
※World Energy Outlook 2012 イラク特集は、以下アドレスより無料でダウンロード可能。
http://www.worldenergyoutlook.org/media/weowebsite/2012/iraqenergyoutlook/Fullreport.pdf
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本資料は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)石油調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に
含まれるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何ら
かの投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一
切責任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。
【グラフ 2】2035 年における追加増産量(中心的シナリオより)
(出展:IEA World Energy Outlook 2012)
また、IEA はイラクからの増産が世界のエネルギー安全保障をもたらすとも指摘している。今のところ、現
状で世界市場における余剰原油生産能力は、大まかに見積ると日量 400 万バレル弱で、事実上 OPEC
に依存していて、大半はサウジアラビアによるものである。当座、イラク政府に余剰生産能力を意図的に
確保する政策的重要性はないが、将来的にイラクが余剰能力を保持すれば、世界のエネルギー市場に
新たな信頼感をもたらすことに繋がる。特に、原油を輸入に頼っている日本にとって、エネルギー政策上、
重要な指摘である。
このレポートを取り纏めたのは、国際的にも著名な IEA チーフエコノミストのファティ・ビロル(Fatih Birol)
氏で、ガドバン・イラク首相顧問(元石油相)をはじめとするイラク政府の関係者や IEA が世界各国から招
聘した専門家の協力のもと作成されている。私自身もイラク戦争後にバグダッドで勤務していた経験があ
ることもあり、IEA からの要請でこのレポートの作成に関わっている。このイラク特集の編成を検討するた
めの国際会議に出席した際、会議の冒頭、ファティ・ビロル氏が今回のイラク特集は、まだ復興途上であ
るイラクを支援することも一つの目的としている旨述べたことが大変印象的であった。今後の国際市場で
のイラクの重要性だけでなく、イラク国内のエネルギー事情、インフラの状況、課題、今後の原油・天然ガ
スの生産計画を分析して報告にすることによって、イラクの投資環境に関する適切な理解を可能し、イラ
クへの国際的な投資を促進したいとの想いを感じた。
2011年IEAが発表したWEOでは、世界のエネルギーミックスにおける天然ガスの重要な役割を“Are we
entering a golden age of gas?(ガスの黄金期到来か)”として報告しており、この報告は国際的に大きな反
響を得ることになり、世界がシェールガスをはじめとする天然ガス資源の重要性に目がむけられるきっか
けとなった。また、ファティ・ビロル氏は、これまでフォーブス誌のエネルギー分野に最も強い影響力のあ
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切責任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。
る世界の 7 人にも選出されている。このようにエネルギー分野に於いて極めて強い影響力のあるファテ
ィ・ビロル氏が World Energy Outlook でイラクを特集する意味は大きく、その報告内容が注目されてい
た。
IEA が取り纏めた World Energy Outlook 2012 のイラク特集において最も注目される点は、イラクの原油
生産が今後 2035 年までにどのように伸びていくかという見通しである。IEA は、この点を議論するために
中心的シナリオ(Central Scenario)を設定しており、イラクの原油生産が現在の日量約 300 万バレルの水
準から 2020 年には倍の日量 610 万バレル、2035 年には日量 830 万に達するとしている。また、これら
2035 年のイラクの追加増産量は 560 万BD に達し、プレソルト層開発が進むブラジルやオイルサンド、シ
ェールオイル開発が進むカナダからの原油増産を遥かに超える世界で最も大規模な増産が見込まれる
としている。
【グラフ 3】イラクの原油生産見通し (単位:千バレル/日)
(筆者作成:IEA World Energy Outlook 2012、イラク石油省 HP、報道等)
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切責任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。
3.イラクでの石油開発の魅力とビジネス
そもそも、なぜイラクと思われる方もいると思うが、イラクでの油田やガス田開発の最大の特徴は、ほとん
どの油ガス田は既に発見され莫大な埋蔵が確認されていて、採取のために技術的な困難も要さず、容
易で低廉なコストで原油や天然ガスの採取が可能であることである。世界中の多くの探査リスクや地質的
リスクの少ない場所における原油や天然ガスの開発は既に実施されており、イラクのような場所はほとん
ど存在しない。石油開発業界では、最近米国を中心に脚光を浴びているシェールガスやシェールオイ
ルのようなシェール資源開発や大水深と呼ばれる水深1000m 以上の沖合での石油開発が主流になって
きている。
これまで採取が困難とされていた地層などでの開発・生産は、非在来型資源開発と呼ばれ、技術的なチ
ャレンジを要するために、開発にはこれまでの油ガス田開発に比べ高いコスト負担が必要とされる。場所
や諸条件によってコストは変わるので一概には言えないが、北米でのシェールガスの開発コストは、バ
レル換算で 24~40 米ドル程度、シェールオイルに関してはさらに高くバレル当たり 40~70 米ドルという
水準である。一方で、イラクをはじめとする中東での石油開発は在来型資源開発と呼ばれ、開発コストは
バレルあたり 2~6米ドル程度で、シェール資源開発と比べると極めて低い水準なのだ。つまり、北米を
中心としてシェールガスやシェールオイル開発が活発化している背景には、イラクの様に簡単且つ低い
コストで生産が可能な油田やガス田からの資源を取りつくしてしまったことや高油価水準などの後押しも
あり、シェールガス等の資源開発に移ってきたという事情がある。
最近のイラクでの石油開発ビジネスでは日本勢も健闘している。JAPEX(石油資源開発)がイラク南部ガ
ラフ油田の権益、INPEX(国際資源開発)が第 10 鉱区の権益を取得することに成功している。さらに三菱
商事、ロイヤルダッチ・シェルからなる JV は、南部油田から産出される随伴ガスや LPG を回収して、イラ
ク国内だけでなく将来的には LNG として出荷する事業の権益を取得している。日本企業のビジネスは、
石油開発だけに留まらず、2003 年のイラク戦争後実施された日本政府の 1500 億円規模の ODA では、
豊田通商(旧トーメン)をはじめとし、丸紅、日立、住友商事などの日本企業が発電所などの電力関連施
設や国内通信施設などを建設している。また、最近では自動車販売、鋼管、プラント制御機器、病院建
設、医療機器販売でも日本企業はイラクでのビジネスで確固たる地位を確立しつつある。
一般的に、石油開発は、投資コストが高い割に探鉱の失敗等の投資リスクの高いビジネスとされていて、
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それに耐えうる企業の資産規模、様々なリスクに対するマネージメントが必要とされている。そして、その
リスクに見合うだけの高いリターンを得られるというのが一般的なビジネスモデルである。石油開発の世
界では数10億円かけて井戸を掘っても原油が出てこないことはよくある話だが、イラクではこの部分のリ
スクが低いと考えられているのだ。その一方で、イラクには、特有のリスクが存在している。
現在イラクでのビジネスに携わっている企業は、イラクでの不安定な政治、まだ十分回復していない行
政機能、関連法制度整備の遅れなどに直面しており、これらに起因してイラク政府の意思決定がスムー
ズに行われないケースが増えており、それに伴う経済的な損失リスク軽減が課題となっている。また、イ
ラク戦争後の治安は依然として不安定で、国内でのビジネスでは、資機材の輸送や事業地警備のため
のコストが高騰し、事業に関連する保険料率も高い水準で、事業費に占める治安リスクに対応するため
のコストの割合が高いという点が特徴的である。また、万が一、イラクで石油開発等に従事する技術者等
が反抗勢力によって殺害される等の事案が発生した場合に、包括的な企業コンプライアンスに影響を受
ける可能性もある。現代では、戦乱状態に近い場所においてイラクでの油田開発のような大規模な投資
活動が展開された事例は初めてで、イラクでのビジネスはまだ誰も経験したことのない新たな領域への
挑戦と言える。イラクでの石油開発などの投資ビジネスでは、治安の混乱、周辺国の不安定要素、現地
治安の問題等が存在することから、企業のポートフォリオの中で地政学リスクへのチャレンジを必要とす
るフロンティア事業と位置付けられることがある。
しかし、このようなマイナス面がある一方で、IEA の原油増産見通しに象徴される通り、世界でのエネル
ギー市場からみると、とりわけ原油に関しては極めて増産ポテンシャルの高い国であることが分る。つま
り、増産するためには、上流開発を継続し、さらに原油出荷インフラを整備する必要があり、そこにビジネ
スチャンスを見出すことができる。IEA の報告の中では、想定される投資額は、年間投資必要額はこの先
10 年が最大で、IEA の想定する中心的シナリオ通り石油開発が進む場合、年平均 250 億ドル以上の投
資が発生し、エネルギー分野への投資額の累積は 5,300 億ドル超になるとしている。特に、上流開発に
関連するプラント建設、パイプライン建設、油田開発に伴い発生する随伴ガスの活用事業、LPG、LNG
関連施設、電力関連施設の整備は、まだ十分に進んでおらず、今後イラクが原油並びに天然ガスの生
産を伸ばすに従い、これら施設建設の需要が急速に伸びることになるだろう。
間違いなく、石油開発は、イラクで最も進展している投資ビジネスである。そこで得られる情報やイラク政
府関係者との人脈は、他のビジネス分野においても有益に活用できる可能性がある。最近、石油開発権
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益の一部資産売却の動きもある。イラクでのビジネスの潮流に乗るための足がかりとして、石油開発への
新規参入は有益である。イラクでのビジネスを 5 年、6 年という短期的な視点でみると地政学的なリスク
の高いビジネスとの結論が導かれるかもしれないが、IEA の将来の見通しのように、今後 10 年、20 年と
いう中長期のスパンでイラクでのビジネスを考えことができる場合、同国はエネルギー・ビジネスにおい
て世界の中で最もポテンシャルの高い国であるといえるのではないか。
6.最近のイラク石油開発の注目点
最近のイラクでの石油開発における注目点は、世界最大の石油開発企業である ExxonMobil のイラク中
央政府とクルド地域政府の関係である。2011 年 11 月 11 日付の Financial Times 紙は、クルド筋の話と
して前月に ExxonMobil(米エクソンモービル社)がクルド地域政府と油田開発に関する探査探鉱契約を
締結したと報じた。それまで中央政府は、クルド地域政府(KRG)が独自に実施する石油開発を違法であ
るとしており、同地域政府と契約を締結した企業の中央政府域での開発案件参加を認めず、入札への参
加資格も取り消すという対応をとってきた 。ExxonMobil は、既に中央政府域で実施されている第一次
入札案件である西クルナ/フェーズ①案件の開発契約をオペレータとしてイラク石油省と締結していたこ
とから、ExxonMobil が KRG と契約したことによる中央政府の対応が注目されている。
その後、イラク政府は ExxonMobil に対し、同社の KRG と締結した契約は違法だとの立場を示した上で、
同社に対し中央での事業かクルドでの事業のどちらかを選択するべきであると申し入れを行っていた。
ExxonMobil の KRG との契約報道から 1 年以上が経過し、ここ最近ExxonMobil が現在中央政府と締結
している超巨大油田の西クルナ/フェーズ①案件の権益を CNPC やプルタミナへ売却する動きが明らか
になってきている。昨年末、ExxonMobil は、権益取得の可能性のあるすべての企業に対し、西クルナ
①の油層情報等に関するデータルームを公開した模様である。ExxonMobil が実際に権益を売却するか
どうかは、CNPC などの企業の提示条件と折り合いが付けられるかやイラク政府がそれを了承するかによ
る。また、ExxonMobil が権益を売却するう場合、そのすべての権益を売却するか、一部を売却するのか
も注目される。
ExxonMobil が西クルナ/フェーズ①案件から距離をとり始めていることによる影響も出つつある。世界を
代表する石油開発会社である ExxonMobil は、リーディング・コントラクターとしてイラクの超巨大油田の
開発に携わっているだけでなく、特に南部油田地帯への海水の圧入水輸送事業を取り仕切っていた。
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KRG との契約が明るみに出た後、ExxonMobil は、イラク側との協議を踏まえ、海水の圧入水輸送事業
から外れることになった。この圧入水輸送事業は、総事業費は 120 億ドル以上と見積もられており、250
万 BD の処理済みの海水を輸送するものである。河川からの取水が認められていない石油開発案件で
は、圧入水を確保することは極めて重要であり、貯留層の状態にもよるが開発初期には自噴が期待でき
るものの、イラク南部での開発にて計画通り増産していくためには水圧入が必要不可欠である。現在は
SOC(南部石油公社)が圧入水輸送事業をマネージメントしているものの、SOC にはこのような大規模事
業のマネージメント経験がないことから、中長期的なイラク政府の原油増産計画に遅れが生じる可能性
がある。
ExxonMobil と同じようにイラク中央政府と開発契約を締結していたにもかかわらず、Gazprom(バドラ油
田:オペレータ)、TOTAL(ハルファヤ油田:ノンオペレータ)は KRG と契約を締結している。また、これ
まで中央政府域での石油開発で関心を示し、入札資格を取得していた Chevron、Repsol、Hess、
Marathon も KRG と契約を締結している。KRG では空きの鉱区がほとんどなくなっているので、既に参
入している事業者からの権益所得という形での参入になると思われるが、Statoil、CONOCO、BG などの
大手も KRG での事業に関心がある模様であるとの情報がある。ExxonMobil の資産売却が円滑に行わ
れれば、さらにイラクに参入する石油開発事業社に入れ替わりが起こる可能性がある。
今月 12 日にイラク石油省は、ナシリア油田開発と近隣に製油所を建設・運営する統合事業の事前入札
資格審査結果を発表しており、上流分の資格ではないものの、下流分の入札資格をクルド地域政府と契
約を締結している TOTAL が取得したと発表している。この発表が、即座にイラク中央政府のクルド地域
政府での石油開発契約に関する姿勢を変えたと言えないが、今後イラク政府がクルドで石油開発契約を
締結している石油開発会社に対して、どのような方針を示してくるかが注目される。
7.メジャーズの一部がクルド地域政府と契約を結ぶ理由
特に ExxonMobil、TOTAL のような石油開発メジャーズが、最近、中央政府域での開発からクルドにシフ
トしている理由は、メジャーズのポートフォリオの変化、中央政府との契約上の収益性の低さ等が考えら
れる。これまでメジャー企業は、下流事業(精製、販売、石油化学)と上流事業のシナジー効果を活かし
て、石油・ガス価格の変動のリスクにも耐えうるようなビジネスモデルを確立していた。しかし、最近の長
引く高油価水準によって潤う石油開発産業に、新たな潮流が生まれた結果、企業にもよるがメジャーズ
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のポートフォリオに変化が起こっている 。
原油高が続く中で、メジャーはかつてないほどの収益を上げており、その8 割から9 割は上流部門で稼
いでいるのが実態である。その高い収益性を反映して投資額は、8 割~9 割が上流事業に振り向けら
れており、上流シフト(特に探鉱案件狙い)を鮮明化させている1 。つまり、イラクでの事業の参入当初は、
各油田からの生産量は 100 万BD 以上が期待できることから当初は“量的な確保”を思考してイラクの事
業に参加していた企業が、ここ最近の下流産業の不振(需要の低迷)や高油価水準に支えられ、比較的
小さな油田の生産量でも高い収益をあげられるという状況になった。このことによって、イラクでの事業の
最大の魅力である量的なものにメジャーズが魅力を感じなくなってきたことが、クルドへのシフトの主要な
理由と考えるのが自然であろう。一部専門家の中からは、イラク国内の治安上の問題等が指摘されてい
るが、ExxonMobil がイラク事業に参入した 2009 年から現在の治安状況に大きな変化はなく(むしろ改
善)、クルドとの契約を選んだ主要な理由とするには合理性がない。
また、イラクでの事業は “量的な確保”では他国での事業を圧倒するが、これまでのイラク政府との石油
契約形態は、サービス契約(役務の提供)であって生産物の所有権が担保されていない。サービス契約
の場合、油田自体が 100 万 BD 生産していたとしても米国証券取引所の規定上、各企業の生産量等と
してカウントできるのはごく一部のみ(数%)となってしまう。一方、KRG が行っている開発契約は PS 契
約(生産分与契約)となっており、契約内の一定の取り分や、埋蔵量を自社の生産量や資産として株式市
場にて自社のポートフォリオとして計上することができる。イラクでの中央政府域からクルド地域へのメジ
ャーズの動きは、量的な確保というよりは収益性の高い事業へのシフトし、少しでも自社のポートフォリオ
として株式市場で計上できる生産量・埋蔵量を増やし、自社株の資産価値を高めようとするメジャーズの
各社経営陣の思惑が垣間見られる。
5.まとめ
ここ最近イラクは、2011 年の日量 270 バレル程度の水準から、2012 年後半には最大日量 320 万バレル
の水準まで大幅増産を達成している。この増産を支える要因は、主に第一次入札対象のルメイラ油田、
ズベイル油田における開発の進捗、ペルシャ湾にある南部出荷設備の一部完成がある。いくつかの課
題は存在するものの、イラク南部のルメイラ油田、ズベイル油田等での開発は順調に進捗していることも
あり、既存の出荷設備を上回る生産能力を有しており、特に南部海上出荷設備や陸上パイプライン、貯
1 JOGMEC 動向 スーパーメジャー:「スケール」から「クオリティ」へ, 市原, 2012/11/05
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蔵タンク等の整備が進めば、さらに日量数百万バレルの増産に対応可能な状況である。今後、イラクが
さらに増産してくる可能性は高い。
ビジネスという視点だけでなく、冒頭で余剰生産能力に関し述べた通り、イラクと世界のエネルギー安全
保障は密接な関係が存在している。このようなこともあり、日本政府はイラク戦争後 3500 億円を超える円
借款をイラクに供与していて、その資金の一部がイラク南部の海上原油出荷施設及び海底パイプライン
建設に充てられている。この事業は、日本オイルエンジニアリング社(JOE)が中心になり実施されており、
復興途上のイラク政府だけでなく、世界の原油市場への貢献が期待されることから、米、英政府をはじめ
とする国際社会からも高い評価を得ている。近い時期に完成が予定されており、日量 100 万バレル前後
の原油がペルシャ湾に浮かぶ出荷施設から輸出されるようになると、主にアジア市場向けの原油供給が
さらに増えることになる。
IEA の報告書ではイラクが潜在的に持つ炭化水素資源の開発とその結果得られる収入を効果的に管理
できれば、同国の社会経済的発展の原動力になり得る。逆に失敗すれば、イラクの復興が妨げられると
ともに、世界エネルギー市場は混乱状態に向かうとものとしている。IEA の報告では、今後の世界の原油
需要は、中国、インドを中心に大幅に伸び、IEA の新政策シナリオでは 2011 年に日量 8800 万バレルで
2020 年には日量約 9900 万バレル、2035 年には 1 億 400 万バレルになるとされている。このような需要
の増大を満たすためには、新たにアジア向けに原油を追加供給可能な拠点が必要であり、その追加供
給分に対してイラクが最大の貢献者になり得る。このようなことが、IEA が World Energy Outlook 2012 で
イラクを特集することになった最大の理由でもある。
(IEA World Energy Outlook 2012 より)
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Global Disclaimer(免責事項)
本資料は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)石油調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に
含まれるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何ら
かの投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一
切責任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。
そして IEA が当報告書の中でイラクでの大規模増産が達成されない場合、同国の復興が妨げられるとと
もに、世界エネルギー市場は混乱に向かうと述べている事情はこの部分に存在している。さらに、イラク
からの増産が達成されず、原油市場が逼迫した場合、IEA の WEO では 2030 年の新政策シナリオにお
ける油価が 15USD/バレル程度高い水準になる可能性があると指摘されている。
このようなイラクの復興の遅れや原油増産の失敗が国際的な原油市場にもたらす影響は甚大である。原
油輸入の約 80%をホルムズ海峡の内側に出荷拠点のあるサウジアラビア、イラク、UAE、カタールなどに
依存している日本は、地域情勢安定化のためにエジプトやシリアなどの中東北アフリカ諸国をODAや投
資ビジネスによって支援していくことは重要であるが、イラクに関してはこれら地域情勢の安定化に基づ
く視点に加え、国際的な原油市場の安定化や日本のエネルギー安全保障という観点でも、さらにインフ
ラ建設や人材育成などを通して継続的に復興へ貢献していく価値があるのではないか。また、IEA の報
告ではイラクの政治的安定の確立や人材育成も成功が鍵となると指摘している。この指摘に関しては、イ
ラクにおける石油産業の発展には、その産業に対する支援だけでなく、それを根底から支える基本的な
社会開発がまだ不十分であることを意味している。
イラク戦争から 10 年が経過した今、我々はイラクだけでなく我々自身の現状を再認識した上で、我が国
のエネルギー分野の安全保障の問題も踏まえ、今後のイラク復興との関わりを考えていく必要がある。
以上
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