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介護施設における行動障害

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介護施設における行動障害
【略 歴】
大分県別府市生まれ
長崎純心大学大学院博士後期課程修了(博士(学術・福祉))
社会福祉法人泰生会 理事,宇佐ナーシングホーム泰生園 施設長,総合ケアセンター泰
生の里 総合施設長,社会福祉法人泰生会 常務理事
現在、社会福祉法人泰生会 理事長 兼 総合ケアセンター泰生の里 総合施設長
国立別府看護学校(現 別府医療センター)非常勤講師,大分大学非常勤講師,別府大学
大学院非常勤講師
<役職>
日本福祉文化学会理事,日本老年行動科学学会役員,日本認知症ケア学会評議員,大分
県国際交流大使,別府市選挙管理委員,家庭裁判所調停委員
介護施設に お ける 行動障害;
環境で そ の 軽減を 図る 取り 組み
社会福祉法人泰生会 理事長/総合ケアセンター泰生の里「別府」総合施設長
雨 宮 洋 子
Ⅰ.はじめに
さし)で見てしまうと,日常生活や社会的な営みを送る上
で非常に問題となってしまうのです.
当法人では,開設以来認知症高齢者を主な対象として事
したがって,
介護する側から見た場合に問題となる行動,
業を展開しております.施設介護のみならず,地域ケアに
すなわち問題行動という考え方が成立するのです.
も目を向けながら認知症高齢者介護に取り組んでいます.
しかし,認知症高齢者の立場で考えると,状況は一変し
今回は,介護施設における行動障害への取り組みとして
ます.先程の弄便を例に考えてみます.本人は認知症があ
当法人の実践を紹介したいと思います.
り,目の前にあるものが何であるか認識できません.それ
が何であるか,触りながらかすかに残る記憶を頼りに一生
Ⅱ.問題行動という言葉
懸命考えています.触っているうちに手が汚れ,目に付く
ところにタオルがなく,しかたなく汚れを落とすために壁
認知症高齢者が抱える行動障害は,長らく問題行動とい
や床を使って汚れを落としています.本人にとっては,極
う名称で呼ばれてきました.「問題行動=認知症高齢者の
めて当たり前の行動をしているのです.
行動」という暗黙の了解が介護に関わる専門職の間で成立
このように,介護者側からの目線で見ると問題であって
してきました.例えば,皆さんが良く使用するアセスメン
も,認知症高齢者本人の目線で見ると一概に問題とは言え
トシートの中にも,問題行動という項目があり,幾つかの
ないのです.認知症高齢者の側からの理解が,環境で行動
行動が列記されていると思います.私は,この問題行動と
障害の軽減を図ろうとする際に大切になります.
ICF では,
いう発想を捨て去らなければならないと考えてきました.
本人以外の全てを環境として捉えます.つまり,介護者も
そもそも,なぜ問題行動と呼称されるのでしょうか.認
環境として捉えられるのです.まずは,介護者が認知症高
知症高齢者の行動障害には,徘徊,暴言や暴力,弄便,異
齢者の行動を理解するということから始める必要があるの
食,被害的妄想,睡眠リズムの障害等があります.このよ
です.問題行動という名称で,認知症高齢者の行動を理解
うな症状が出現すると,私たち介護に携わる専門職はもち
しようとしないことこそ,実は大きな問題であり,そのこ
ろん,在宅であれば介護する家族に大きな負担として圧し
とを理解することが環境でケアをする際の第一歩になりま
掛かってきます.つまり,これらの行動は介護をより困難
す.
なものにする要因となるのです.
Ⅲ.つくられた障害という理解
また,上記で挙げた行動は,私たちの価値規範から逸脱
した行動として捉えられるでしょう.例えば,弄便という
行動は,傍らから見ると汚い排泄物を素手でこね回し,時
認知症高齢者の行動障害の多くは,作られた障害である
に壁や床に塗りつけているのですから,奇異で不潔な行動
ということをご存知でしょうか.
として捉えられます.つまり,私たちのものの見方(もの
先程の議論でもお分かりいただけたと思いますが,介護
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する側の見方や認知症高齢者の住まう環境により誘発され
「日課」というものを持たないことで,業務中心の動きか
ることが多くあります.実は介護施設という場所は,とも
ら利用者中心の動きにしています.決まっているのは,食
すれば行動障害を助長する要因を非常に多く持っています. 事とおやつの時間だけで,それ以外はその日のリーダーが
例えば,広く長い廊下,機械が並ぶ浴室,24 時間明かりが
利用者の状態に合わせて一日の勤務を組み立てるようにし
ともる居室,真冬でも常夏のように暖かい空間,同じ扉が
ています.
並ぶ居室スペース,
見知らぬ人々・・・認知症高齢者にとって
Ⅳ.おわりに
は,今まで生活したことがない,未知の空間の中で生活を
しなければならない状況に置かれています.
当園では,様々な工夫をしながら環境を認知症高齢者に
私たちは,「環境」というと住環境や居室内のものの配
合わせる工夫を行っています.例えば,トイレの位置は探
置などと考えがちですが,それだけではなく,ケアする私
している時に見つけやすいように,利用者の視界に入りや
たち一人一人が環境という認識が大切になります.行動障
すい場所に設置し,アコーデオンカーテンを利用し開閉し
害は,認知症高齢者の想いやしたいと思っていることと,
やすいようにしています.表示も「トイレ」ではなく,利
介護者の認知症理解や物理的環境も含めた環境との不調和
用者がよく使用していたと考えられる「便所」とし,探し
の中で起きているという理解が大切になります.したがっ
ている時に見やすい位置に設置しています.トイレの場所
て,認知症高齢者に環境を合わせていくことが,行動障害
が見つけられず放尿してしまう方などは,自らトイレを探
を軽減させる鍵を握っているのです.しかしだからといっ
し排泄できるようになります.居室の扉は部屋ごとに異な
て,すぐになじみの環境,なじみのものを側に置くという
る色や模様(身近にある花)にし,自分の部屋を見つけや
のいかがなものでしょうか.慣れ親しんだものがそこにあ
すいように工夫しています.
ることで安心する,落ち着くという場合であれば良いので
このように,環境的条件さえ整えば,たとえ認知症を伴
すが,認知症高齢者がその必然性の理解に苦しんだ時,そ
っていてもできることがあります.つまり,行動障害は環
れは行動障害を助長する要因になってしまうのです.
境によって作られたもの,ないしは誘発された結果である
今回は,当園の実践を紹介いたしましたが,受講してい
ことが案外多いということを忘れてはなりません.
ただいた皆様の事業所等で認知症高齢者にとって生活しや
また,現場で働く職員の動きも環境です.当園では,可
すい環境を整えるための参考にしていただければ幸いです.
能な限り職員の動きを利用者に合わせるようにしています.
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