Comments
Description
Transcript
米国の「甘い原油(Sweet)」 - JOGMEC 石油・天然ガス資源情報
JOGMEC 調査部 池ヶ谷 清貴 アナリシス 米 国 の「 甘 い 原 油(Sweet)」に かかわる少しも甘くない話 ― 米国ゆえに改善されない製油所問題を反映する先物市場と戦略石油備蓄の関係 ― 本稿の概略 世界の原油には「甘い原油(Sweet)」と「酸っぱい原油(Sour)」がある。比重と硫黄分の濃度が区分の基 準だ。甘い方は低く、酸っぱい方は高くなっている。世界の「甘い原油」は「酸っぱい原油」に比べて量が 少ないが、その甘さゆえに欲しがる者はより増える傾向にある。 米国はこの 「甘い原油」 を自国生産分と輸入により調達している。「甘い原油」はガソリンをより多く生 産することが可能で、環境にも優しいため使用する企業には一石二鳥だ。 米国のガソリン需要は増え続けているのに、精製加工する製油所は 3 0 年以上も新設されず、古い設 備のマイナーチェンジでしのいできた。しかも、設立時の 3 倍を超える精製能力まで引き上げている。 新設しない理由は、1. 短期の利益を求める株主主導の石油企業が探鉱・開発に比べ、ただでさえもうけ が少なく巨額な投資が必要な製油所への投資を望まないこと、2. 州ごとの環境基準が異なるため 3 6 種 ものガソリンを供給しなければならず、投資に見合う需要の確保が難しいこと、3. しかも米国民がその 立地について自分の家の側は嫌だと拒絶する(Nimby = not in my backyard)ことによる。 こうして、古い設備の自転車操業が継続する一方、設備が巨大化しているので一つの製油所の故障で 生産が大きく減り、在庫の減少にも大きな影響を及ぼすまでに至っている。しかも企業は株主から経済 性を求められているため、この在庫までもあらゆる機会をとらえて年々減らし続けている。 この在庫の変動を投資家は原油先物市場で価格つり上げの材料としている。米政府はこの自転車操業 を知っているのにガソリン需要が増えたといって、ガソリンスタンドで実際に買えなくなった国民がい ないにもかかわらず、供給不安を国民に訴える。一方で、戦略石油備蓄(Strategic Petroleum Reserve: SPR)の積み増しをこの「甘い原油」により拡大する。自国生産分の「甘い原油」はこの新たな需要によっ て減少し、原油市場への供給はタイトになる。同時に企業は経済的効率性の追求から、この見合い分に ついても相当分の在庫を減じる。こうして原油価格は下支えされ、高値で安定し、行き場のなくなった 投機マネーのさらなる流入を促進する。「買うから上がる」「上がるから買う」の典型だ。 こうした状況下で、消費国側の価格を抑制する手段は、戦略石油備蓄の合理的な活用しかない。この 観点で書かれた David G. Victor(Stanford 大学教授)と Sarah Eskereis-Winkler(下院の国防研究者)によ る “In the Tank” (Foreign Affairs 2 0 0 8 July/August)を本稿中で紹介した。 1. 世界最大の石油消費国 (1) 調達原油は Sweet(軽質・低硫黄) を 西 半 球 < Canada 1 7.2 % , Mexico 1 2.4 % ,Venezuela 図1にあるように米国は世界最大の突出した石油消費 1 0.4 % 他 > か ら、 中 東 か ら は 1 6 % < Saudi Arabia 国である。世界第 3 位の石油生産国でもある米国は、そ 1 0.7 %他>、アフリカからは 2 0 %< Nigeria 8.1 %他> の石油の調達について、自国の生産量で 4 0 %、残り を調達)。この石油は、表にあるように軽質油(API 比重 6 0 %は輸入により賄っている(図 2:概ね米国は 5 0 % 3 0.4 2 度)* 1 かつ低硫黄(Low Sulfur 1.4 3 %)という特徴 おおむ 41 石油・天然ガスレビュー アナリシス 表 U.S. China Japan Russia Germany India Canada Brazil South Korea Mexico Sourcekey Date 0 5 10 15 20 25 Consumption, Million Barrels Per Day 出所:米国エネルギー情報局(EIA)ホームページより 図1 The U.S. is the dominant consumer of oil Other Regions 14% Africa Western Hemisphere 20% 49% Persian Gulf 16% 出所:EIA ホームページより Western Hemisphere Nations provide 図2 about half of our imported petroleum U.S. Refinery Crude Oil Input Qualities MCRS1US2 U.S. Sulfur Content (Weighted Average)of Crude Oil Input to Refineries(Percent) MCRAPUS2 U.S. API Gravity(Weighted Average)of Crude Oil Input to Refineries(Degrees) 1985 0.91 32.46 1986 0.96 32.33 1987 0.99 32.22 1988 1.04 31.93 1989 1.06 32.14 1990 1.1 31.86 1991 1.13 31.64 1992 1.16 31.32 1993 1.15 31.3 1994 1.14 31.39 1995 1.13 31.3 1996 1.15 31.14 1997 1.25 31.07 1998 1.31 30.98 1999 1.33 31.31 2000 1.34 30.99 2001 1.42 30.49 2002 1.41 30.42 2003 1.43 30.61 2004 1.43 30.18 2005 1.42 30.2 2006 1.41 30.44 2007 1.43 30.42 出所:EIA ホームページより を持ったいわゆる 「甘い原油 (Sweet) 」 が主体である。 とを反映し、重質油分解装置を通常は装備していない。 このような調達油種の特徴は、何といっても米国の主 米国内でこの装置を持っている製油所はベネズエラ、サ たる石油の用途が輸送部門であることに起因する。次 ウジアラビアのように自国の重質油を米国で販売するた ページの図 3 は米国の 1 次エネルギーの消費についての めに自前の製油所を設立(民間との共同投資を含む) した もので、左側にエネルギーの種類、右側に消費部門が示 ものである場合が多い。また、軽質油の選択は、環境問 さ れ て い る。 こ こ で 石 油(Petroleum) は 輸 送 部 門 題 ・ 中東依存の低減等の国内事情にも沿ったものとなっ (Transportation)の 9 6 %を占め、他のエネルギーでは た。しかし、後述するように、これが現在の異常な高油 代替が利かないことが明白に示されている。一方、他の 価を形成した一因となっているとの指摘もある(ちなみ 消費部門では占有率はすべて 5 0 %未満で、他のエネル に英国 ・ 欧州連合 ・ カナダも環境問題等から同様の油種 ギーによる代替も可能であることが分かる。この、輸送 を選好しているため、この問題をさらに悪化させる可能 部門の主役であるガソリンの精製得率が軽質油は重質油 性もある)。 (「酸っぱい原油(Sour) 」 )に比べて高い。元来、ガソリ ンは、コストパフォーマンスに優れ、企業にとって望ま (2)「甘い原油」は少ない しい製品である。 それでは世界には、原油は何種類あるのだろう。世界 また、この原油は米国の製油所の精製能力にも見合っ 的に権威のある EIG * 2 の「The International Crude Oil ている。米国の製油所は米国の原油が軽質主体であるこ Market Handbook 2007」には187種類が記録されている。 *1:API 比重とは API 度ともいい、米国石油協会(API :American Petroleum Institute)が制定した比重表示の方法(ボーメ度)である。これは石油類 の比重について欧米諸国等で広く用いられている。API 比重の数値が高いほど本来の比重は逆に低くなる。 <参考>米国石油協会は、1 9 1 9 年に設立された米国最大の石油業界団体で、上記の他にも各種基準 ・ 規格の設定 ・ 普及、石油産業の経営 ・ 技術に 関する情報の交換 ・ 普及、ロビイ活動などを行っている。API が発表する石油製品の統計は米国のエネルギー先物価格に影響を及ぼしている。 *2:EIG(Energy Intelligence Group)。世界的に定評のある業界紙 PIW(Petroleum Intelligence Weekly)等を発行している。 2008.9 Vol.42 No.5 42 米国の「甘い原油(Sweet)」にかかわる少しも甘くない話 ― 米国ゆえに改善されない製油所問題を反映する先物市場と戦略石油備蓄の関係 ― Petroleum 39.8 Natural Gas 23.6 Coal 22.8 Percent A of Source 1 3 2 70 24 5 2 34 34 30 8 3 Renewable Energy 6.8 Nuclear Electric Power 8.4 4 Percent of Source <1 91 9 30 10 51 100 2 96 2 37 9 9 44 75 1 6 18 17 51 9 21 2 Transportation 29.0 Industrial 21.4 5 6 Residential and Commercial 10.6 Electric Power 40.6 7 1:Does not include 0.6 quadrillion Btu of fuel ethanol, which is included in "Renewable Energy.” 2:Excludes supplemental gaseous fuels. 3:Includes less than 0.1 quadrillion Btu of coal coke net imports. 4:Conventional hydroelectric power, geothermal, solar/PV, wind, and biomass. 5:Includes industrial combined-heat-and-power (CHP)and industrial electricity-only plants. 6:Includes commercial combined-heat-and-power (CHP) and commercial electricity-only plants. 7:Electricity-only and combined-heat-and-power (CHP) plants whose primary business is to sell electricity,or electricity and heat, to the public. 出所:EIA ホームページより U.S. Primary Energy Consumption by Source 図3 and Sector, 2007(Quadrillion Btu) 同時に、同 handbook からこの軽質で低硫黄という油種 のと交換させている)の原油を鉱区使用料として石油開 は世界的に極めて少ないことも分かる(図 4:3 0 万 b/d 発会社に納めさせてきた(Royalty in kind) 。ブッシュ政 以上を産出する油種の一覧) 。ちなみに世界の基準油種 権の高官がいうように「わずかな量で市場に影響を与え (マーカー原油)の一つである米国の WTI は API 比重 るようなものではない」というのは、上記のナイジェリ (Gravity)3 9.6 度、硫黄分(Sulfur)0.4 5 %、同様に英国 ア原油と同様に大きな間違いであると指摘している。こ の Brent は API 比重 3 8.3 度、硫黄分 0.4 5 %の世界でもま の SPR の積み増しについては、2 0 0 4 年に Johns Hopkins れな高品質原油である。 大学のエコノミストである Steve H. Hanke 氏* 4 が現在 米国の著名なオイルエコノミストである Verleger 氏* 3 の油価 5 5 ドルは、1 0 ドル分の価格が SPR の積み増しに は、この種の軽質で低硫黄の原油の希少性を「ワインに より水増しされていると指摘している。また Forbes の なぞらえれば“ロマネコンティ”のようなもの」と例えて 記者は、前述の米国下院が備蓄の積み増しを停止させた いる。氏は、この種の原油は全世界の原油生産量 8,7 0 0 効果が同年 7 月にはバレルあたり 2 0 ドルの価格低下を齎 万 b/d のうち、1,0 0 0 万 b/d にすぎないとしている。 す可能性があるとの専門家の話を引用している(参考文 このため、ナイジェリアの軽質油生産が 1 3 万 b/d 停 献 6) 。 止した影響について、原油生産量全体を基に評価するこ 一方、このようにタイト感が生じやすい低硫黄の軽質 とには問題があるとしている。 油と異なり、高硫黄 ・ 重質油はだぶつき気味とのことで さらに、2 0 0 8 年 5 月の米国下院の法案により止めら ある。Verleger 氏は、サウジアラビアが市場価格より れるまで、ブッシュ政権が戦時中(テロとの戦い)を理由 自国の原油をバレルあたり 1 0 ドル下げて販売するとし に、継続してきた戦略石油備蓄(SPR)の積み増しについ たとの情報に触れている。また、硫黄分が高いイラン産 ても言及している。米政府は SPR のために、米国メキシ 原油は販売できず、タンカーで洋上待機となっていると コ湾から産出する 6 万~ 1 3 万 b/d(さらに政府は産出原 5 0 ドル / バレルの頃からテレビやビジネスウィーク等で 油中、質の悪い原油を民間企業の輸入している良質なも 度々、報道されていた。2 0 0 8 年 8 月の日経により、少 もたら *3:Philip K. Verleger, Jr. 氏はエネルギー市場の構造経済学とエネルギー価格決定(先物市場)のエキスパートである。多数のエネルギー市場に関する リポートを執筆。米国政府に勤務後、Yale 大学教授、Drexel Burnham Lambert 副社長を歴任し現職。 *4:Steve H. Hanke 氏は、2 0 0 5 年より現職。国際経済学のうち金融政策を専門分野とする。Colorado School of Mines、University of California, Berkeley で教鞭をとる。 43 石油・天然ガスレビュー アナリシス なくともその量が 2 5 万トン級のタンカー 1 0 隻分に達し 硫黄分 0.0 7 ~ 0.1 3 %、2 2 万 3,0 0 0b/d ・Hibernia:API 比 重 3 5.8 度、 硫 黄 分 0.4 0 %、1 5 ていたことが確認できた。 ESAI *5 は、「1 9 8 0 年代に競争的な国際石油市場が出 万 2,0 0 0b/d ・Terra Nova:API 比重 3 3.2 度、硫黄分 0.4 8 %、7 現した時にいわれた“石油は互換性が高いので、どの地 域で産出した原油でも代替が可能”という時代は終わっ 万 7,0 0 0b/d た。2 0 年の間に輸送用の石油燃料が急増し、反対に製 次にメキシコ(1 2.4 %、第 2 位)では、全3油種中 2 油 造業や発電用の石油製品が減少し、石油製品の品質も変 種が該当。 化した。また、ある地域に環境規制が導入され、新規格 ・Olmeca: API 比重 3 9.3 度、硫黄分 0.7 9 %、2 3 万 の製品使用が義務づけられると、その地域に新規格の製 5,0 0 0b/d 品を適時に輸入するのが困難になる。 域外の製油所では、 ・Isthmus: API 比重 3 3.4 1 度、硫黄分 1.2 5 %、8 0 適切な製品を生産できないという事態がよく生じるから 万 2,0 0 0b/d である」と、既に 2 0 0 1 年の本誌でこの問題(環境とモー サウジアラビア(1 0.7 %、第3位)では、全5油種中 タリゼーションの発達)による軽質油選好について触れ 2 油種が該当。 ている (参考文献 1 4) 。 ・Arab Super Light:API 比重 5 0.6 度、硫黄分 0.0 4 %、 ちなみに、米国の主要輸入国が生産する原油について 2 5 万 b/d その品質 (表の API比重 30.42度、硫黄分 1.43%)の水準 ・Arab Extra Light:API 比重 3 8.4 度、硫黄分 1.1 6 %、 を満足するものを、「The International Crude Oil 1 4 0 万 b/d Market Handbook 」により選出すると、カナダ(米国の ベネズエラ(1 0.4 %、第 4 位)では、全 8 油種中 3 油種 輸入比率 17.2%、第 1位) では、約8油種中 4油種が該当。 が該当。 ・Premium Albian:API 比重 3 5.5 度、硫黄分 0.0 4 %、 ・Sincor-Zuata:API 比重 3 0 ~ 3 2 度、硫黄分 0.1 3 %、 3 万 b/d 1 5 万 b/d ・Synclude Sweet Blend:API 比重 3 0.5 ~ 3 3.6 度、 ・Mesa-3 0:API 比重 3 0.0 度、硫黄分 0.8 8 %、4 5 万 (% Sulfur) 4.0 Volume and Source Scales (’000)b/d 3.5 Maya 3.0 Kuwait BCF17 Basrah Dubai Kirkuk Mars Arab L U.Zakum Iran H Bow River Oriente 1.0 Suez WTS Mesa30 Shengli Marlim Iran L Urals 20 25 Oman ANS Bonny Forcados Daqing Qatar Umm Shaif Isthmus 35 1,000 OECD 500 FSU 100 Others Dukhan Murban WTI Ekofisk Sarir Nile 30 OPEC Arab XL r Bren t Ble nd 1.5 0.0 15 Arab M Foroozan 2.0 0.5 Khafji HL S DU C Escr a Qu vos Aze a Iboe ri LLS Es S ide 2.5 Arab H 5,000 40 CPC Forties Tapis 45 Dubai and Brent have included for reference purposes,although neither meets the volume threshhold. Saharan AlgCond (63.3˚) 50 API Gravity 出所: 「The International Crude Oil Market Handbook 2007」より Crude Oils above 300,000 b/d, 図4 by Gravity, Sulfur and Volume *5:ESAI(Energy Security Analysis Inc.)。国際的に有名な Edward Krapels 氏が主宰し、石油市場を専門とするコンサルタント会社。他に著名な Sarah Emerson 女史も所属している。 2008.9 Vol.42 No.5 44 米国の「甘い原油(Sweet)」にかかわる少しも甘くない話 ― 米国ゆえに改善されない製油所問題を反映する先物市場と戦略石油備蓄の関係 ― b/d ・Tia Juana Light:API 比重 3 1.9 度、硫黄分 1.1 8 %、 2 4 万 b/d ら、不足しがちなイメージを抱くのはある程度理解でき るし、その影響も Verleger 氏のいうように米国ではよ り大きなものととらえるべきものであることは理解でき ナイジェリア(8.1 %、第 5 位)では、全 1 3 油種中 1 2 油 る。それでもCERAのDaniel Yergin著『石油の世紀(The 種が該当。 Prize)』* 6 に記された 1 9 7 9 年イラン革命時とは異なり、 ・Oso Condensate:API 比重 4 7.4 度、硫黄分 0.0 5 %、 6 万 3,0 0 0b/d 現在の油価高騰が長期化するなか、ガソリンスタンドで 長蛇の列に並んだ ExxonMobil 会長(当時はガービン氏) ・Yoho:API 比重 3 9.4 度、硫黄分 0.0 7 %、1 5 万 b/d の話も、ガソリンが入手できなかった消費者の話も聞こ 他 1 0 油種が硫黄分 0.0 8 ~ 0.2 7 で 2 3 6 万 8,0 0 0b/d えてこない(なぜかブッシュ大統領は供給不足を訴えて こうしたなか、上記の輸入国中最も軽質油を多く産出 いる:参考文献 7)。 するナイジェリアが内紛で満足に生産できないのだか 2. 米国の製油所 (1) 現状 新設されていない(日本も同様に 1 9 7 5 年が最新だが、 ① 実施主体 需要減のため問題なし) 。それでは、この精製能力拡大 米国石油協会(API)の資料(参考文献 1、2)によれば、 はいかにして行われたのだろう。 米 国 の 下 流 事 業 の 主 体 は ExxonMobil、R/D Shell、 Marathon、Ashland、BP、Sun Oil、Chevron の一貫操 ② 対応設備能力の拡張=市場の混乱の拡大 業会社で、製油所に加え、自社ブランドを掲げるガソリ それは既存製油所装置の軽微な改造(デボトルネッキ ンスタンドを所有している。この企業群が製油所全体の 7 8 %を占め、小売り部門を持たない製油所が残りの b/d 2 2 %を占めている。 450 米国の製油所数は、環境規制の強化 * 7・ 地元の反対 400 (Nimby)・ 石油会社による経済性の低い製油所統廃合の 350 結果として 1 9 4 7 年の 4 0 0 から、2 0 0 2 年に 1 4 9 に減少 300 し 2 0 0 7 年現在も同数 (1 4 9) となっている (図 5) 。 一方、米国の石油需要は、この間一貫して増え続けて いる。米国の石油消費量は年平均で 1 9 9 0 年の約 1,6 0 0 万 b/d から 2 0 0 7 年には約 2,1 0 0 万 b/d に拡大している。 力日量 2 4 万 5,0 0 0 バレル)を建設して以来、3 0 年以上も 14,000,000 12,000,000 8,000,000 150 50 に Marathon 社がゲリーヴィル製油所(Louisiana 州、能 16,000,000 10,000,000 b/d へとわずかな拡大にとどまっている。このため余剰 (2 0 0 0 年 Foreign Affairs 等) 。最新の製油所は 1 9 7 6 年 18,000,000 200 一方、精製能力はこの間、約 1,5 0 0 万 b/d から 1,7 0 0 万 は周知の事実(問題)として、何度も話題にされてきた Capacity 250 100 精製能力不足による供給懸念という構造問題は米国内で 20,000,000 0 1947 6,000,000 Number 4,000,000 2,000,000 1955 1963 1971 1979 1987 1995 年 0 出所:API(米国石油協会:参考文献 2 より) 図5 U.S. Refineries, 1947 ~ 2002 年 *6: 『石油の世紀』 (The Prize)1 9 9 1 年出版、著者 Daniel Yergin :米国の Cambridge Energy Research Associates(CERA)の創立者であり、石油開 発および国際政治に関する世界的権威。1 9 9 2 年本書で Pulitzer 賞を受賞。他に『市場対国家』『Energy Future』等。 *7:1 9 9 0 年に大気浄化法が施行され、さらに同法の主旨により 2 0 0 0 年に導入された石油製品に対する環境規制の強化(ディーゼルの硫黄分を 1 5ppm 以下に) が精製処理において従来手法と比較し施設の磨耗を早めているということである。このため、製油所の操業停止が頻発し、稼働率の低下、 供給懸念増大に影響している。 45 石油・天然ガスレビュー アナリシス ング)により行われた。3 0 年以上も需要増への主たる対 論として語った(参考文献 1 2)が、このような米国の製 応手段として、製油所を有する企業は経済性に鑑み、こ 油所の問題を的確に表現したものといえる。 かんが の改造を選択してきた。図 5 の Capacity は製油所の平 均精製設備能力を示している。製油所数は 1 9 4 7 年から (2)製油所の新設は可能か、インセンティブは? ほぼ一貫して減少し続けているが、Capacity は当時の 3 こ う し た 状 況 を 変 え る た め、 ブ ッ シ ュ 大 統 領 は、 倍の 1,6 0 0 万 b/d にまで拡張している(現在は 1,7 0 0 万 b/ 2 0 0 5 年に製油所建設時の税制優遇制度等についての法 d)。つまり、数の減少をこのような既存設備の小さな 案を提出した(2 0 0 6 年 5 月、下院は予算を否認)。この 改造を重ねた拡張により対応してきたわけである。これ 制 度 を 利 用 し て 2 0 0 5 ~ 2 0 0 7 年 1 2 月、R/D Shell と は、市場にとっては不安定性を増す要因になるので、望 Saudi Aramco の 合 弁 企 業 で あ る Motiva Enterprises ましいことではない。製油所が巨大化しているため、停 LLC は、7 0 億 ド ル を 投 じ て ポ ー ト ア ー サ ー 製 油 所 止した際に失われる製油能力も大きなものになってしま (Texas 州、能力日量 2 9 万バレル)の精製能力を 2 倍強 う。後述する州ごとの油種の相違がさらに問題を大きく の 6 0 万 b/d に拡大し、新設ではないが、3 0 年ぶりの本 する可能性もある。しかも施設は改修に次ぐ改修で老朽 格的な増設工事ということもあり、米国の石油精製能 化しているため、停止の頻度は増加している。この製油 力の本格的拡張に向けた動きとして世の中の注目を集 所 拡 大 に 加 え、 製 油 所 の 稼 働 率 も 図 6 の よ う に 概 ね めた。 9 0 %以上で推移していることが市場には問題である。 しかし、ブッシュ政権は「米国が石油漬けで問題であ 企業にとって、稼働率が高いことは効率性の面からは る」として、その解決策に、原子力 ・ バイオエタノール 望ましい。一方、安定的な価格形成を望む市場にとって の利用拡大を掲げ、技術問題 ・ 環境問題 ・ 立地問題等(後 は供給問題が生じたときに対応可能な余剰生産能力の欠 述する Nimby 問題)が不透明にもかかわらず、長期の 如につながるため、望ましいこととはいえない。サウジ 遠大な目標値を提示した。このため、その影響により アラビアのヌアイミ石油鉱物資源相は、米国で 2 0 0 5 年 石油需要が減退すると想定した産油国 ・ 石油会社は、米 6 月に開催された戦略国際問題研究セミナーの講演にお 国の石油精製能力拡張に対する投資意欲を再び減退さ いて「最近の価格高騰は米国内の精製能力不足による製 せた。(2 0 0 8 年 8 月、ボドマン・エネルギー省長官は、 品価格高騰の影響によるものであり、米国内の精製能力 テレビ東京で BP インディアナ、Conoco インディアナ が 1 0 0 %稼働すれば製品価格は低下し、原油価格も連動 の製油所増設と、数件が進行中で、施設規模はすべて して下落する」と、油価高騰の OPEC 犯人説に対する反 倍増と語ったが、筆者が確認したところ前 2 件は規模 倍増していなかった。他の件は詳細不明である)それ以 上に製油所投資に深刻な影響を投げかけているのが、 100 % 以下に述べる米国ゆえの阻害要因である。 80 88.5% in 2007 60 68.6% in 1981 (3)阻害要因 ① 米国の株主至上主義、効率性 製油所建設には前述の Motiva の製油所改修でさえ、 7 0 億ドルを要したように、巨額な資金が必要である。 40 さらに、2 0 0 7 年 1 1 月、CERA が発表した新設の製油所・ 石油価格プラントの「資本コストインデックス」(装備・ 20 施設・資材・人件費等を対象にコストをインデックス 0 49 51 53 55 57 59 61 63 65 67 69 71 73 75 77 79 81 83 85 87 89 91 93 95 97 99 01 03 05 07 19 19 19 19 19 19 19 19 19 19 19 19 19 19 19 19 19 19 19 19 19 19 19 19 19 19 20 20 20 20 年 出所:EIA 化したもの)によれば、2 0 0 0 年の価格を 1 0 0 %として、 2 0 0 5 年は 1 2 0 %、2 0 0 7 年には 1 6 6 %と、必要な建設 資金は急激な拡大方向にある。製油所所有者のなかで 図6 製油所の稼働率 このような資金調達能力を持っているのは ExxonMobil をはじめとする一貫操業会社の企業群である。この種 2008.9 Vol.42 No.5 46 米国の「甘い原油(Sweet)」にかかわる少しも甘くない話 ― 米国ゆえに改善されない製油所問題を反映する先物市場と戦略石油備蓄の関係 ― の 企 業 の 主 要 株 主 は 関 連 事 業 主 で は な く、Mutual *8 である。この事故のために結成された専門家調査団は Funds(会社型の投資信託) ・Pension Funds(年金)・ 2 0 0 7 年 1 月に米国内の製油所の安全対策への投資と努 個人株主であるため、早期に配当をはじめとする実際 力が足りなかったとして BP を非難した報告を行ってい の利益実現を好む傾向がある(図 7:API が主要企業の る(現在、米司法当局が、この過少投資の意図について 株主構成を集約化したもの)。 継続調査中)。 また、2 0 0 8 年 3 月 1 1 日のロイターによると、現在の 5.0% Other Institutional Investors 1.5% Corporate Management 下流専業大手 Valero の CEO である Bill Kleese は「高油 価で低マージンのため利益が見込めず、5 0 万 b/d の設 備拡張を断念し、製油所の 1/3 を売却することになった。 14.0% IRAs 23.0% Individual Investors 29.5% Mutual Funds and Other Firms そして、需要の鈍化によりガソリン生産を縮小した」、 さらに「石油製品の輸入に関税をかけ国内生産者を守れ と政府に要求している」と San Diego Week に語ったと 27.0% Pension Funds のことである。 上記のように、米国の石油精製事業で収益を上げるこ とは非常に難しいと思料される。なぜ、このように製油 出所:SONECON, The Distribution of Ownership of U.S. Oil and Natural Gas Companies, September 2007 Who Owns“Big Oil”? 図7 (Holdings of Oil Stocks, 2007) 所での精製および石油製品販売事業の収益性は低いの か。その理由の一つは、米国が合衆国という州の集合体 であることに起因している。 ②多 すぎるガソリンの環境基準:合衆国という形態 このため、新規の製油所建設に必要とされるような巨 これを端的に示したのが以下の記事である。 額な投資は、低い利益率 ・ 代替エネルギーによる需要減 サウジアラビアのヌアイミ石油鉱物資源相は、2 0 0 5 の可能性等から、いわゆる SUNK コスト(埋没費用:事 年 6 月、米国で開催された戦略国際問題研究セミナーで 業に投下した資金のうち、事業の撤退 ・ 縮小を行ったと 講演し、 「サウジの埋蔵量は潤沢である」とした後に、 「現 しても回収できない費用)になる可能性もあるため、早 在の高水準の原油価格の一因は、米国の石油精製に関す 期の利益実現を重視する立場の株主に容認されることは る複雑な規則等にある」と語った。「具体的には、米国市 非常に困難と考えられる。この企業群の大方を占める石 場はあまりにも多岐にわたる燃料基準により細分化さ 油探鉱開発から小売りのガソリンスタンドまでを有す れ、石油産業が適正な価格で供給するのを難しくしてい る、いわゆる垂直統合型企業の過去の部門別パフォーマ る。3 6 種類ものガソリンを供給しなければならない製 ンスを見ても、利益の 7 割を獲得してきた上流事業に対 油所がそれを行えないとすれば、結果は高価格につなが し、下流部門は化学部門と合算して 3 割という程度で、 る」と、環境問題の台頭により州単位でのガソリン規制 利益率の悪さは株主等には周知の事実となっている。ま が強化されていることが原油価格高騰の一因と指摘して た、1 9 8 0 ~ 9 0 年代には、上下流両部門を持つ一貫操 いる。米国ボドマン・エネルギー省長官も「製油能力の 業会社の大半の企業が下流部門を利益率が低いことから 不足と需要の急増が重なって燃料価格の高騰を招いてい 見直し ・ 整理 ・ 売却(7 社は下流事業から撤退)したとい る。自分としても 3 0 種類以上のガソリンがある現状を う事実もある (参考文献 9、1 0) 。 擁護することはできない」と、これに同調したとのこと しかも上流部門を持たない会社にとっては、油価の急 である(参考文献 1 2)。 激な上昇 ・ 下落は売り上げ原価の変動幅を大きくするこ 米国の中央政府には、上記のように問題認識はあるも とから、事業を行うことが一層困難になっていると思料 のの、改善に向けた動きは一切見られない。そこには合 される。 衆国という国の政治形態に根づいた問題があると思われ このような状況の反映ともいえるのが、2 0 0 5 年に起 る。インターネット大国であり、各国に市場開放を迫る きたテキサス州の BP 製油所の死亡者を出した爆発事故 米国を見てきたわれわれには意外なことであるが、州間 *8:資金運用を目的とする投資会社を設立。投資家は投資信託に出資し株主になる。この出資金を使い、ファンドマネジャーが種々の金融商品に投 資し、その運用で得た収益を配当金として株主(投資家)へ還元するもの。 47 石油・天然ガスレビュー アナリシス の市場は時には極めて閉鎖的となっている。その理由は ③ Nimby 個人主義 州という地方自治体が持つ個々の権限の強さにある。 この他に製油所の立地には、米国の記事でよく見る個 アメリカ合衆国は、5 0 の州 (State、Commonwealth)、 人主義の Nimby 問題が絡んでくる。日本でもそうだが、 一つの地区(District)で構成されている。そして、各州 経済的に余裕があり、個人が自分の主張をできるような は独自の立法機関を設置し、独自の憲法のような法まで 環境下では、「もちろん必要なことは認める。しかし自 ある州法を有している。無論、連邦の定める連邦法は全 分の裏庭(backyard)には作ってほしくない」という話が 州にわたって法的拘束力を有し、州法より上位に位置す よく出る。これがさらに立地を妨げる。 るものとなっているが、各州の自治が独立 1 3 州時代か Nimby に よ る 影 響 で、2 0 0 8 年 8 月 に 三 菱 商 事 は、 ら歴史的に尊重されてきたこともあり、日本における地 California での LNG 施設の建設を断念した。また、New 方自治体の条例と比べると、 各州法の地位はかなり高い。 York、Boston の東部地区に製油所はない。ガスパイプ 「United States(州の統合) 」の名のとおり、州の一つ一 ラインでさえも細いラインになっている。Nimbyにより、 つに国家に匹敵する強い自治権が認められているという 改善するための事業を周辺住民が受け入れないためだ。 のが米国人の認識だ。 このため、冬季にはヒーティングオイルが必要となり、 合衆国憲法による連邦法の制定可能な分野は、国家 その輸送にバージ(航路)とタンクローリーを使ってい としての対外的な規律にかかわる問題や、州を跨 ぐ通 る。2 0 0 7 年、大寒波が到来した際には、港 ・ 河川が凍 商に関連する事項等である。しかし、このような分野 結し、輸送ができず大問題となった。Nimby による反 でも州の権限は強く、連邦は容易に連邦法の制定に動 対運動は、施設が建設されると地域に対して環境被害な かない場合が多いようだ(ブッシュ政権も前述のように どの不利益をもたらすと主張する場合が多い。不利益の 問題認識はあるが、その改善に動こうとしたとの情報 内容としては、 「施設から直接的に健康上や安全上の被 はない)。 害を受ける」 「施設があることによって地域に対するイ それにしても 5 0 州と 1 地区でガソリンが 3 6 種類ある メージが低下する」といったものが多い。Nimby の問題 というのは、あまりに多い。隣り合った二つの州の、 は、その施設が「近くにあることで特別な利益を享受す 油種が異なる可能性は限りなく高いわけだ。このため、 ることはない」と考えられることにある。製油所は近く 新規の製油所建設には、複数の州の需要想定が安易に になくてもガソリンの供給は受けられるし、遠い近いに 見込めず、一方では、個々の州が要求する環境基準を よってその便益に大きな差も生じない。遠くにあっても クリアする必要が生じる場合もある。このため、巨額 不利益を被らないし、近くにあると環境が悪くなると思 な初期投資が必要な製油所建設はさらに困難な状況に われるような Nimby 問題に典型的なのが製油所施設と 置かれている。 いえよう。近隣への建設を積極的に容認する必要性に乏 こうした状況で、軽質 ・ 低硫黄の原油以外の原油を選 しく、反対の住民運動が起こる原因となるわけである 択することは、ただでさえ下流の設備投資に後ろ向き (Nimby の対象となる施設には、発電所 ・LNG・ 原子力関 また な企業に脱硫装置設備という追加コスト ・ 環境問題への 連施設 ・ 廃棄物 ・ 下水処理場等もある)。 対応が必要となるため、ほとんど不可能といえる。 3. 米国のガソリンスタンド (1) 参入は多いが、数は減少 は低く、急激な数の増大 ・ 減少を繰り返す生存競争を経 米国のガソリンスタンドは、1 9 9 0 年代半ばの、2 0 万 た後の減少ということである。また、本事業の利益とな 店舗から減少し、2 0 0 7 年には 1 6 万 1,1 0 8 店舗となった る手数料(マージン)の率は低く、その低さが規模の拡大 とのことである(参考文献 1、2) 。製油所と同様に数が による利益の獲得競争を招来し、大きな数の変動につな 減少している。しかし、その実態は、大きく異なってい がったとの指摘もある。 る。ガソリンスタンド事業には、製油所のような初期の 米国のガソリンスタンドの種類は、大きく四つに分か 巨大投資が必要でないため、新規業者にとって参入障壁 れる。既述の製油所を有する石油企業が直営するもの。 2008.9 Vol.42 No.5 48 米国の「甘い原油(Sweet)」にかかわる少しも甘くない話 ― 米国ゆえに改善されない製油所問題を反映する先物市場と戦略石油備蓄の関係 ― そのフランチャイズを志向するもの。個人経営。そして (2)益々経営は難しくなる? 日本にもある Costco、Wal-Mart 等のハイパーマーケッ また、さらなる淘汰を生む要因が芽生えている。 「ガ トである。このハイパーマーケットは日本のコンビニエ ソリンスタンドでは、サブプライムによる景気悪化に ンスストア、あるいはスーパーマーケットのようなもの よって顧客が現金払いでなくクレジット払いを選択する にガソリンスタンドが並立しているものである。 場合が増えている。ところが、最近の短期の急激な油価 このハイパーマーケットでは、ガソリンは顧客を呼び 上昇により、手数料分のマージンさえも確保できない状 込む材料であり、その利益を必要としないため卸値同然 況が現出している」からだ(参考文献 1 5)。さらに精製企 の販売が行われる。ガソリンで、呼び込んだ顧客に食料 業は州を跨いだ需要を取り込めないでいるが、国民は州 品 ・ 日用品等の商品を購入させ、利益を獲得するのがそ 間を跨いでガソリンを自分の車に入れることができる。 のビジネスモデルである。これが顧客にアピールし、別 国民は環境基準の厳しいカリフォルニアでも、他州から のハイパーマーケットの参入も呼び込んだ。ハイパー ガソリンを獲得することができる。最近はガソリン高騰 マーケットのガソリンスタンドは、他のガソリンスタン により、国境を越えてメキシコまで給油に向かっている ドに比べ規模が大きかったことから、従来の生存競争に とのこと(テレビ東京他、報道より)で、米国内のガソリ 加えて、さらに低マージンでの競争をガソリンスタンド ンスタンドの需要はますます減り、経営が困難になると に強いる要因になったとのことである。 思料される。 このことが、一貫操業企業が経営するガソリンスタン このように、石油下流事業の末端にあるガソリンスタ ドの、自社製ガソリンを売ることで得ていた低い調達コ ンドでの需要も予測不能で、減少傾向と見られる状況下、 ストによる比較的高い利益率をも侵し、自社のガソリン 製油所の新設、本格的改修にかかわる巨額な投資を実行 スタンドを維持するコストの是非を問われる事態になっ することはさらに困難になっている。 てしまったようだ。こうした状況を反映してか、2 0 0 8 それでは、このような状況の製油所の操業状況を反映 年 6 月 1 2 日、ExxonMobil は 2,2 2 5 店の直営ガソリンス し、時には操業に影響を与える在庫の状況はどうなって タンドと系列コンビニ店舗をすべて売却すると発表した いるのだろうか。 (他社も資本効率の面から株主に同様の措置を迫られ、 同様の措置を取ることになると思料される) 。 4. 在庫 (1) 在庫の見方 れが無視できない。 『石油の世紀(The Prize) 』によると、 米国の在庫は、政府が国内で操業している上下流の全 1 9 7 9 年の危機時には、米国消費者は通常 1/4 しか入れて 石油会社に対して提出を義務づけているデータに基づき いない自動車のガソリンタンクに 3/4 を入れた。これに 公表されている。米国エネルギー省(DOE)は毎週金曜日 より3 8 億リットルが1 日で消えたとの記述がある (油価上 の値を翌週の水曜日午前9時に発表している(API は、そ 昇でカウントされない第 3 段階の在庫が増え、同時に消 れより早くサンプル抽出データを基に毎週火曜日の 費者は消費を手控えるため、需要が減少し、このため企 NYMEX取引終了後に発表) 。その後、修正を加え、月次、 業は生産を減らし、在庫も減る) 。また、生産された原油 年次のデータを作成している。 もタンカー上または、陸上を輸送中(国産原油の 8 0 %、 在庫は石油産業のサプライチェーンに従い、3 段階で生 輸入原油の 3 1 %がパイプラインによる輸送:参考文献 5) じるものである。燃料油を例にとると、第 1 段階は製油 の場合は、在庫としてカウントされない(米国では荷揚げ 所の貯蔵タンク(約1 億バレル) 、第2段階は、卸売り業者 されるメキシコ湾から内陸部まで約1 週間かかる) 。 の買い入れ後のターミナルPL 等(約2億バレル)で、第3 このように、実際の在庫等の把握は難しいが、米国の 段階が消費者の貯蔵タンクとなる。ただし、実際に在庫 在庫を見る場合には特に季節、地域に注目する必要があ データとして使用されるのは第 1、第 2 段階までで第 3 段 る。製油所は、春から夏のドライブシーズンのガソリン 階はカウントされない。 と冬の暖房油に備えるため、季節製品需要に応じるため ガソリンの場合は、自動車の燃料タンクになるが、こ の切り替えを行っている。また、地域的には中部、メキ 49 石油・天然ガスレビュー アナリシス シコ湾岸に注目する必要がある。地域の需要が大きいこ いう特殊事情もある) 。一方で、6 8 日分の在庫時に比べ、 と、そして後述する WTI 先物市場の原油引き渡し場所で 国内精製分が減少し、海外からの製品輸入が増加してい ある Oklahoma州クッシング(米国中部の原油市場におけ るため、製品供給の流通経路は長くなる傾向にある。 る収集、PL、貯蔵の一大拠点) が含まれている。 さらに、最近はサブプライムローン問題による金融機 関の慎重な融資姿勢による資金不足と金利負担の回避、 (2) あらゆる機会をとらえて進む在庫縮小(ジャストイン タイムの徹底) さらには需要の減少傾向から在庫をさらに縮小する傾向 にあるとのことである。また、SPRの積み増し分も考慮 また、在庫については、企業の考え方(経営戦略)も考 に入れ、 在庫水準の調整を行っているとの話もある。本来、 慮する必要がある。 消費者サイドに近い石油会社の下流部門は安定供給の使 一方、日本のトヨタ自動車のかんばん方式 (JIT方式) を 命があるはずで、このため供給に何らかの障害があった 取り入れるようになった米国では、すべての分野でジャ 場合のことも考慮しなければならないが、この SPR がそ ストインタイム( “必要な物を、必要な時に、必要な量だ れをカバーするのに十分な量を持っていれば、それに見 け生産する” こと。アメリカの自動車業界でもJIT (ジット) 合う分の在庫は削減するということである。 といえばこのことである)による在庫縮小を目指してお 下院議員 Carl Levin によれば、米国には 2 0 0 1 年に総量 り、石油産業も例外ではない。在庫は、1990 年のイラク 8 億7,0 0 0 万バレルが貯蔵(備蓄+在庫)され、内訳は SPR のクウェート侵攻時には、68 日分だったが、今ではイン に5億5,000万バレル、 商業ベースに3億2,000万バレルだっ ターネットの発達もあり、20 日分前後にまで縮小してい た。2 0 0 2 年は総量の8 億7,0 0 0 万バレルは変わらず、SPR る。 に 6 億バレル、商業ベースに 2 億 7,0 0 0 万バレルだった。 在庫を少なくするためには、次の調達を早期に実現す このため、Levinは米政府の SPR 政策は安全保障に寄与 る必要があることから、中東のような長距離からではな せず問題であると政府を非難した (参考文献1 3) 。 く 1 章で記したように短距離のカナダ、ベネズエラ、ナ こうした状況に関係なく、在庫の週ごとの増減状況に イジェリアが選好されている(ベネズエラは同国が米国内 敏感に反応し、原油価格を上下させているのが先物市場 に CITGOという下流企業を持ち、原油を供給していると である。 5. 先物市場の存在 1 9 8 2 年、米国 NYMEX が導入した WTI 原油先物契約 ついては、従来からクッシングクッションといわれる問題 は世界で最も成功を収めているエネルギー先物取引であ が存在している。WTI 自体の生産量の少なさ、WTI 生 る。この取引に係る契約では前述の Oklahoma 州クッシ 産者の把握のあいまいさ、PL の整備状況・気候変動へ ング(米国中部の原油市場における収集、PL、貯蔵の一 の対応の悪さ・製油所が多数存在すること等から生じる *9 の受け渡し 地域的な問題の反映が強く現れ、しかも、その地域的問 地点としている。ただし、事前に買値または売値との差 題も既述のように正確な情報とはいえないのが現状であ 額で現金決済する方法も併用されている。 (参考文献 8)。 る(現在、クッシングには、さらなる PL 等の増設計画あ 大拠点)を WTI そのものか、同等の代替物 り) 。にもかかわらず、これを数年後の世界の供給量や (1)在庫が先物市場に反映(WTI をマーカー原油とする 問題点を無視する市場) 需要量の問題に置き換え、高価格を形成する根拠に度々 すり替えているのが現在の先物市場である。 先物市場では、在庫の減少 ・ 製油所の改修を供給の減 少 ・ 需要の拡大として買い材料とし、在庫の状況が反対 の場合には、売り材料となるわけだが、WTI の取引に (2)原油価格はこうして決まる この先物市場の原油価格は、買い(ロング)と売り *9:国内5油種 (WTI Low Sweet Mix、New Mexican Sweet、Oklahoma Sweet、South Texas Sweet、North Texas Sweet)は等価で、海外6種(NigeriaQua Iboe、Nigeria Bonny Light、Colombia Cusiana、UK Brent、Norway Oseberg、UK Forties)については差額決済(5 ~ 3 0 セント安値の引渡し) 。 2008.9 Vol.42 No.5 50 米国の「甘い原油(Sweet)」にかかわる少しも甘くない話 ― 米国ゆえに改善されない製油所問題を反映する先物市場と戦略石油備蓄の関係 ― (ショート)の取引契約によって形成されており、現物市 (3) 先物契約には現物引き取りの権利あり 場の需給情報を参考にはするものの、その状況を反映し 先物市場でしばしば話題になる供給懸念であるが、よ た価格には必ずしもなっていない。取引成立には売り、 くガソリンが引き合いに出されている。2 0 0 8 年 3 月 5 日 買い同数の取引が必要である。5,0 0 0 枚の買い契約があ ブッシュ大統領の「ガソリンの需要が供給を大幅に上 れば、反対売買の売り契約が 5,0 0 0 枚集まるまで価格は 回っている。そしてそれが原油価格を上昇させている 上昇することになる。つまり、市場参加者の資金力で勝 (Associated Press)との演説を、米国の自動車専門家 Ed Wallace は「There is no gas shortage」と批判している 負 (価格) は決する。 市場参加者の顔ぶれを見ると、市場で損失カバーをす (参考文献 7) 。しかし、このタイトルにあるように米国 るためにヘッジを目的に参加(保険的取引)している当業 のどこにもガソリンは不足しておらず、むしろガソリン 者、つまり原油価格の上昇を望む石油探鉱 ・ 開発企業、 スタンドが需要の減少で次々になくなっているというこ 原油価格の下落を望む精製企業 ・ 航空産業 ・ 輸送企業と、 とだ。筆者も、今回の油価上昇中に米国でガソリン供給 そして上昇、下落にかかわらず、利鞘を稼ぐことを目的 がないとか、不安で行列に並んだとか、輸入ができなく とする投機家(金融機関 ・ ファンド ・ 個人投資家)等の非 なったとかいう情報を Forbes やロイター他の情報源で、 当業者である。このなかで圧倒的な資金力を有するのが 一度も見たことはない。 非当業者の投機家である。 つまり、米国の主として輸入する低硫黄 ・ 軽質の原油 2 0 0 8 年 3 月 5 日、Market Watch のインタビューに応 には希少性はあるが、それでも一部の日本の新聞記者が じた ExxonMobil の Tillerson 会長は、 「記録的な油価は市 書いているように「調達難が価格を高騰させている」と 場の需給より、投機と弱いドルによるものである」 と語っ か、「調達不可能の恐怖が価格を高騰させている」という ている。同誌は、この数字の裏づけとして投機家の原油 話はおかしい。なぜなら調達に苦しむ世界中の企業・国 先物市場への投資額が、2 0 0 0 年の 9 0 億ドルから、2 0 0 8 があるとすれば、NYMEX原油先物取引契約に参加して、 年には 2,5 0 0 億ドルにも拡大していることを記している。 その取引の原則でもある現物の原油引き取り* 1 0 の権利 NYMEX の取引は 1 9 8 4 年の 7 0 0 万 b/d から 2 0 0 8 年に を利用するはずだが、その引き取り権行使の実績がほと は 5 億 5,0 0 0 万 b/d にも拡大している。当業者の数が拡大 んどないからである(この取引がほとんどないというこ していないことから、現在の市場が投機主導によるもの と に つ い て は、 米 国 EIA の HP で も 解 説 さ れ て い る。 であることを示している。投機家の投機の姿勢は上がる http://tonto.eia.doe.gov/ask/crude_types1.html 参 照 )。 から買う、下がるから売るというトレンド追随型である ただし、この引き取り権の行使が多くなされていれば、 が、そのため、その資金規模により参入が増え、触れ幅 取引規模の違いから、現物引き取りに支障を来たし、 (ヴォラティリィティ)が拡大することになる(このトレ NYMEXはとっくに契約不履行でパンクしているはずで り ざや ンドをつくる価格の予想をしているのが、2 0 0 8 年 3 月、 ある。現物市場では世界中の軽質油すべてを合わせても、 2 0 0 ドル / バレルの予想をした Goldman Sachs や Barclays 1,0 0 0 万 b/d 程度であるのに対して、NYMEX 先物市場 に代表される投資銀行である。忘れてならないのは の WTI 取引だけで、5 億 5,0 0 0 万 b/d もの取引が行われ Goldman Sachs は、エネルギーデリバティブズの世界 ているからである。 最 大 の ト レ ー ダ ー で あ り(Barclays 等 も 同 様 )、 そ の 一方、ブッシュ大統領が不足しているとするガソリン Commodities Index はエネルギー商品価格のバロメー にも先物市場がある。こちらにも現物の引き取り権があ ターとなっている。また、投資銀行に都合のよい規制の り、NY 港が受け渡し先となっている。この現物の引き ない市場を熱望して、2 0 0 0 年に ICE(Inter Continental 取り権はかつては利用されたが現在では投機筋の取引 Exchange)を英国に創立したメンバーでもある。このよ 額が大きく取引総額の 1 0 %にも満たなくなっていると うな利害関係を持つ銀行のアナリストの予測がオイルエ のことだ。実際、不足しているのであれば、引き取り権 コノミストのものと同様に報道されることは問題ではな の行使は格段に増えているはずである。現物の取引が増 いかと筆者には思えてならない) 。 えているとすれば、ニュースになっているはずである。 * 1 0:NYMEX は、契約者の現物引き取りの方法として二つの方法を用意している。一つは、EFP(Exchange for Physicals)現物と先物の交換(相対< あいたい>取引)。一方が現物を売って先物を買い、もう一方が、現物を買って先物を売るという当事者間の行為。先物の売買契約による損失拡 大を防止するヘッジの目的などに使われる。もう一つは、ADP(Alternative Delivery Procedure)代金受け渡し方法。期近物の取引終了後に取引 所が売り手と買い手の仲介を行った場合に、契約スペック(クッシング渡し)と異なる条件の代替受け渡しが可能になる。これにより、現物の引 き取りが広く行われるようにしている。 * 1 1:CFTC(The Commodity Futures Trading Commission:商品先物取引委員会)米国連邦政府の機関で先物取引所を管轄している。 51 石油・天然ガスレビュー アナリシス またCFTC*11がその調査報告でこの現物の引き取りデー タを説明に用いた様子がないことも不思議である。 (5) トレーダーの市場均衡作用とブッシュ政権 ① 先物市場は完全競争市場 ところで、価格が高騰すると、高騰の原因として非難 (4) イールドカーブと在庫 を浴びる先物市場のトレーダーだが、彼らは「われわれ このような先物市場での先物の長期にわたる日次また は価格を均衡させているので、むしろ価格安定に寄与し は月次の取引価格を結んだ価格カーブのトレンド(イー ているはずだ」と語っている。上がると思って買う行為 ルドカーブ)は、当業者の在庫戦略に大きな影響を及ぼ を Bull(雄牛)、下がると思って売る行為を Bear(クマ) している。 と呼んでいるが、トレーダーは人間心理として長期にわ 通常、商品価格は、その商品の倉庫費用・保険料・金 たってどちらかの行為を継続してとり続けることはでき 利等の総持ち越し費用(Full Carrying Charge)を加味す ず、常に Bull か Bear かで揺れ動き、どちらにするかを る必要があるので、先物もこれを反映して長期の満期日 取引状況を見ながら考えている臆病な存在だ。 (Expiration Date)になるほど高額となる。これにより こうした、トレーダーが多数参加するため、先物市場 描かれる右肩上がりのカーブの形状をコンタンゴ(遠い の価格は均衡に導かれ、引いては合理的な価格を形成し、 将来<期先>の商品価格が、近い将来の価格<期近>に 市場価格の安定が可能になると理論上は考えられてい 比べて高い状態)と呼んでいる(図 8:一番上のトレン る。先物市場は、取引の透明性さえ確保されれば、完全 ド)。 競争市場になると考えられている。 一方、反対に先にいくほど商品価格が安くなる右肩下 ところが、最近の市場はほぼ一本調子で上昇(Bull がりのカーブの形状をバックワーデーション(先物市場 Market)し続けている。石油の供給増により価格を低下 で、期先の価格が現物や期近より安い状態)と呼んでい させるような要因(産油国の増産、備蓄の放出)がほとん る(図 8:下方のトレンド) 。 ど見あたらないからだ。さらに、この傾向を決定的にし 期近もしくは現物での買いが多ければ期近価格は上昇 たのはブッシュ政権の SPR 等による対応が一因であろ し、コンタンゴ (順さや) は縮小するが、さらに買い意欲 う。 が旺盛で供給される原油が不足すればコンタンゴが消 ② 戦略石油備蓄がもたらした先高(アップサイド)勝ちの 失、バックワーデーション (逆さや) になる。 バックワーデーションの状態で在庫を持つと、Full 傾向 2 0 0 3 年、ブッシュ政権下で 1 9 8 3 年の原油価格の高 性がある。このため、石油企業は極力自社の在庫を減ら 値 4 2 ドル / バレルを超えたとき、金融の専門家(パルナッ そうとする。 ソスインベストメントストラテジーズ(株)宮島氏)が、 Dollar Difference From Front Month Carrying Charge により将来的に評価損につながる可能 「投機家のポジションはほとんどなくなり、当業者のポ NYMEX Crude Oil 10 ジションが残っているようだ」と、テレビ東京の番組で 解説していた。ところが、その後、スノー財務長官 (当時) 5 が、 「先の高値を超えた原油価格は高すぎるのではない か」とのマスコミの質問に対し、「価格は市場が決めるも 0 のだ。米国のエネルギー効率は向上しており、十分に耐 -5 えられる」と応じ、さらに「SPR の積み増しを継続する」 と語った(筆者には、この発言は、その当時の価格を積 -10 -15 極的に是認する態度にしか見えなかった) 。このためか June ’08 Dec ’08 Dec ’09 Dec ’10 Dec ’11 Dec ’12 Dec ’13 Dec ’14 Dec ’15 Expiration Date 9-April 16-April 23-April 2-May 9-May 16-May 19-May 20-May 出所:EIA 関連リポートより 図8 先物市場への大口の参入の状況 投機筋は市場に戻り、価格は高騰し続け、ほどなく 5 0 ドル / バレルに達した。その後も同長官は同様の発言を 繰り返した。 その後、同長官は、「6 0 ドル / バレルでは米国経済は 耐えられない」と発言し、価格上昇は停滞したが、ハリ ケーンカトリーナの到来で一気に 6 0 ドル / バレルを突 破した。その後、再び価格上昇は停滞したが、米経済が 6 0 ドル / バレルの油価でも良好な経済指標を示したこと 2008.9 Vol.42 No.5 52 米国の「甘い原油(Sweet)」にかかわる少しも甘くない話 ― 米国ゆえに改善されない製油所問題を反映する先物市場と戦略石油備蓄の関係 ― から、価格は再びさらなる上昇を始めた。 象を与えてしまった」と述べている(参考文献 1 1)。 その後、スノー長官が退いた後は、同様の発言がボド ブッシュ大統領は、 「テロとの戦争中で戦時体制下で マン・エネルギー省(DOE)長官により繰り返され、今 あるので備蓄を積み増す」としてきたが、ソ連との冷戦 日に至っている。この間、備蓄積み増しは下院に止めら 時代にもなかった量の備蓄量を積み増す根拠も明白に示 れる本年5月まで継続して行われた。一方、 「油価が高 していない。前述の財務長官の評価にもかかわらず、 すぎる」との油価高騰を抑制する発言は、その後、米政 SPR 積み増しが油価上昇の一因となっていることは間違 府は一度も行っていない(現在サブプライムのさなか、 いないとする論者が米国内にも多く存在している。 政府は口先介入でドルの下落を阻止している) 。 ちなみに、SPR は 1 9 9 0 年代は 5 億 8,0 0 0 万バレル程 ブッシュ政権は SPR の放出は供給途絶に対する対応 の水準でほぼ一定であったが、クリントン政権第 2 期に 措置と考え、そのポジションを変えていない(米国内に おける放出により、2 0 0 0 年末には 5 億 4,1 0 0 万バレルま は、価格抑制のための SPR 放出について、SPR 設定時 で低下、その後 2 0 0 1 年末 5 億 5,0 0 0 万バレル、2 0 0 2 年 の目的に合致しているか、あるいは価格抑制効果がある 末 5 億 9,9 0 0 万バレルと増強された。イラク戦争開戦時 か疑問を呈する向きもある) 。2 0 0 3 年、エイブラハム ・ (2003年3月末)の在庫量は5億6,100万バレルであったが、 エネルギー省長官は国際エネルギー機関(IEA)マンディ これが1年後(2 0 0 4 年 3 月末)には 6 億 5,2 0 0 万バレルに ル事務局長と会談し、IEA 加盟国による石油備蓄の取り 増え、さらに 2 0 0 7 年末には、既述の Royalty in kind の 崩しに関し、 時期尚早との結論に至ったとした。そして、 継続により 7 億バレルに達した(図 9) 。 そのまま今日に至っている。 元 MIT(マサチューセッツ工科大学)のエコノミスト SPR を放出しない”というポジションの表明だ。同政権 は、以来投機家に対して需給逼迫時において原油価格に 関しては先高 (アップサイド) にかけた方が得だという印 200 100 85 19 87 19 89 19 91 19 93 19 95 19 97 19 99 20 01 20 03 20 05 20 07 83 0 19 あるいは原油価格が数ドル急騰したとしても、政府は 300 19 投機家たちに与えてしまっている。 “仮に何かが起き、 400 79 が、これは現在に至るまで一つの固定的なメッセージを 697 in 2007 500 81 ち、「ブッシュ政権はその際 SPR の放出を認めなかった 600 19 対応のまずさに起因する市場の傾向を指摘した。すなわ 700 19 ズエラで石油ストライキが勃発した際のブッシュ政権の 800 77 の状況を悪化させている要因として、2 0 0 2 年末にベネ 19 OPEC、メジャー等の余剰生産能力の減少に加えて、こ Million Barrels Michel C. Lynch * 1 2 は、石油業界全体の在庫水準の低さ、 年 出所:EIA ホームページより Strategic Petroleum Reserve, 図9 1977 ~ 2007 End-of-Year Stocks in SPR 6. SPR 論文の紹介 このように、油価上昇を下支えした感のある SPR であ 的ショックを緩衝する助けとなることができる」と David るが、合理的な使用方法を構築できれば、消費国にとっ G. Victor * 1 3(Stanford 大 学 教 授 ) と Sarah Eskereis- ては、価格高騰を抑えることができる効果的な手段と考 Winkler(下院の国防研究者)が Foreign Affairs 2 0 0 8 えられる。そこで、 「SPR について、ワシントンが根本的 July/August に寄稿した「In the Tank」という論文を紹介 にそれらの管理運営方式の改革をすれば石油備蓄は経済 する。 * 1 2:元 MIT 国際研究センター研究員。国際エネルギー経済学会米国代表。主な著書「長期石油市況予測の失敗」「次の石油危機」「象との遭遇(石油の 開発と備蓄)1 9 9 8 年 8 月号」等。 * 1 3:エネルギーと環境の専門家。下院の委員。主な著書は「Natural Gas and Geopolitics」「 Climate Change」「Technological Innovation and Economic Performance」他。 53 石油・天然ガスレビュー アナリシス 結論は IEA と協調する独立した備蓄委員会を FRB * 1 4 それは、大統領が問題に早期に、かつ合理的に対処する の下に創設することにある。 という前提の下、すべての権限を大統領に委ねているこ 教授たちは論文中で、戦略石油備蓄を、経済・外交政 とにある。実際には、以下の例に見られるように政治的 策にとって重要な手段と見なし、それゆえにしっかりと 思惑と信条が優先されてきた事実があるとの見解である。 したシステムで管理すべきであると主張する。そのため に IEA と協調する独立した備蓄委員会を FRB の下に創設 〔例 1〕 するべきであるとした。委員会は「積み増し」 、 「放出」の ブッシュ政権下では、供給途絶と価格高騰による経済 タイミングをあらかじめ定められた合理的な原則に従い 的損失の緩和のために使われることと考えられてきた 行うことで、市場からの信頼性・透明性を高めることが SPR が供給途絶だけに絞られ、個別投機の妨げとなる できるとしている。資金的にも独立した基盤を確保させ べきではないとの運用がなされ、高価格時に行われる ることが必要としている。 べき備蓄放出が実行されず、逆に積み増しが行われた また、教授たちは、IEA も含めた現在の備蓄体制は 1 9 7 0 年代のサウジアラビアを中心とした OPEC の価格支 (2 0 0 2 年ベネズエラのストライキ、2 0 0 3 年のイラク開 戦時、2 0 0 5 年のハリケーンカタリーナを例に挙げた) 。 配力に対抗するため設定されたもので、現在は、トレー ダーにより商品先物取引所で原油価格が決定されるので、 〔例 2〕 設定条件が時代遅れとなっているとし、その面からも改 米国の備蓄は IEA 基準の 9 0 日を大きく下回り、6 0 日 正が急務であるとしている。 程度であるため、低油価時には積み増しを行うべきで そして、現在の制度は大きな誤解によっているとした。 あるのに、クリントン時代には逆に放出した。 7. 雑感 以上見てきたように 「甘い原油」 を調達する米国の製油 る。投機家の規制についても当初は当局のポーズだけで 所問題には出口が見えない。その上、世界的にも「甘い 終わると思われたが、両有力大統領候補・議会が規制を 原油」は選好される可能性が高いことから、投機家はこ 強く主張していることから、次期政権の成立後にブッ れを油価上昇の材料として今後も使用していくことにな シュ政権と同様の投機野放し政策が採られることはほと ると思料される。 んどないものと考えられる。 この対抗手段としてすべての油種の価格が上昇しない このため、この油価の下支えがなくなることから、投 ように「酸っぱい原油」= 重質油の先物市場を創設するこ 機家は先高だけに賭けづらくなり本来の市場均衡機能が とも考えられるが、過去 1 5 年間でエネルギー先物取引 回復することが期待される。 のうち成功したのは、1 9 9 0 年の Henry Hub 天然ガス先 しかし、ブッシュ政権は SPR・コーンベースのバイオ 物契約のみである。1 9 9 6 年に英国 IPE で上場された重 エタノールの増産等の政策を、米国会計検査院・大学教 質油先物市場も失敗していることを想起すると、この方 授等により論理的な反証・問題点の指摘等が早くからな 法も難しいようだ。 され、マスコミにも発信されていたにもかかわらず、な 一方、SPR については、前述の合理的な使用方法が構 ぜ実行することができたのだろう。 築されなくとも 2 0 0 8 年 5 月に積み増しが中止された後、 それは、国民の持つテロとの戦いという戦時下の認識 原油価格が約 2 0 %下落していることから、それ以前の とエネルギー自立が必要だ、とするセキュリティ意識の ような積み増し方法を当面は採ることが難しいと思われ 高さによるものと考えられるのではないか。 * 1 4:FRB(Federal Reserve Board)。日本では「連邦準備(制度)理事会」と呼称。FRB は 1 9 1 3 年の連邦準備法により設立された米国の中央銀行制度の 最高意思決定機関=中央銀行。連邦準備理事会は、7 名の理事(議長 1、副議長 1)で構成。その下に 1 2 の地区連邦準備銀行(地区連銀)があり、実 際の中央銀行業務を行っている。金融政策の手段である公開市場操作を決定するのは連邦公開市場委員会(FOMC:Federal Open Market Committee)である。FOMC は、前述の 7 名の理事の他、5 名の地区連銀総裁(ニューヨーク連銀総裁の他は 1 1 地区連銀からの輪番制)で構成され ている。この制度を、総称して「連邦準備制度、Federal Reserve System」と呼ぶ。 2008.9 Vol.42 No.5 54 米国の「甘い原油(Sweet)」にかかわる少しも甘くない話 ― 米国ゆえに改善されない製油所問題を反映する先物市場と戦略石油備蓄の関係 ― 米国民のアンケートでは他国に頼らないエネルギー自 が不足し、食料の自給率が低下し、食のセキュリティが 立が必要だとする意見が 6 0 %以上に達しているとの報 落ちても、中東ではなくブラジルへの依存に変える意義 道をNBCテレビで見た。世界一の軍隊を持ち、 世界の海・ があるというのは、中東が遠方だからか、それとも宗教 空の覇権を持つ国の国民がこのようなセキュリティへの がイスラム教だから依存したくないということなのだろ 懸念を持っているというのは、ほぼ 1 0 0 %を輸入エネル うか。 ギーに頼りながら、セキュリティ確保への意識の低いわ ところで、原油のままでは SPR は戦争に使用できな れわれ日本人には理解し難いものがある。 いので精製設備は必要であるし、すぐに使用するために ガソリンの 2 0 %代替を目指すバイオエタノールは米 は製品備蓄が有効である。この面からもブッシュ政策と 国内のコーン全生産量でも必要量が調達できない。ゆえ いうのは筆者には理解しがたいものである。 に、ブラジルからの輸入に頼るというブッシュ政権の政 策が疑問もなく米国民に受け入れられることだ。コーン 【参考文献】 1. 「America's Oil & Natural Gas Industry」The Truth About Oil & Gasoline:An API Primer June 2 7, 2 0 0 8/0 8/0 5 2.Andrew N. Kleit「The Economics of Gasoline Retailing」Petroleum Distribution and Retailing Issues In The U.S. December 2 0 0 3 3.David G. Victor and Sarah Eskereis-Winkler,「In the Tank - Making the Most of Strategic Reserves」Foreign Affairs , July/August 2 0 0 8 4.山縣英紀、「1 9 9 9 年以降の原油価格高騰をめぐる国際石油市場の動向と各国の対応等に関する調査」第 6 章米国 における石油製品需給動向とその影響、IEEJ(財)日本エネルギー経済研究所、2 0 0 2 年 7 月掲載 5.森田祐二、 「米国の石油需給と課題」 、IEEJ(財)日本エネルギー経済研究所、2 0 0 5 年 8 月掲載 6.Christopher Herman「Out Front Strategic Oil Move:How a Pause in government oil stockpiling might just pop the price bubble 」Forbes 0 6.1 6.0 8 7.Ed Wallace、 「There is no gas shortage」Business Week、2 0 0 8/0 4 8.ESAI「世界の原油価格を左右する NYMEX WTI 原油先物市場のすべて」、JOGMEC 石油・天然ガスレビュー、 2 0 0 0 年 2 月号、4月号 9.池ヶ谷、佐々木 「上流企業のサバイバル」 、JOGMEC 石油・天然ガスレビュー、2 0 0 2 年 3 月号 1 0. 池ヶ谷、佐々木 「石油業界の M&A は成功へのパスポートか」、JOGMEC 石油・天然ガスレビュー、2 0 0 2 年 9 月号 1 1. 須藤繁、 「最近のエネルギー情勢から」IDCJ(財)国際開発センター、2 0 0 5 年 4 月 1 2. 畑中美樹、 「最近の中東情勢から」IDCJ(財) 国際開発センター、2 0 0 5 年 5 月 1 3. Carl Levin「Subcommittee Minority Staff Report Finds Recent U.S. Policy to Fill the Strategic Petroleum Reserve has increased Consumer Costs But Not U.S. Energy Security」Subcommittee Minority Staff Report, March5, 2 0 0 3 1 4. ESAI「石油市場の実態はどこまで把握可能か」JOGMEC 石油・天然ガスレビュー、2 0 0 1 年 7 月号 1 5. David Welch「When Gas Stations Run Out of Gas」Business Week、2 0 0 8/0 6 55 石油・天然ガスレビュー