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多様体上の流体力学への幾何学的アプローチ, 時系列バージョン
多様体上の流体力学への幾何学的アプローチ, 時系列バージョン 三松 佳彦 Abstract. このノートの第一の目的は, 閉リーマン多様体上の完 全 (非圧縮・非粘性) 流体の運動方程式である Euler 方程式と, 非圧 縮粘性流体の運動方程式である Navier-Stokes 方程式を記述するこ とである. このノートは 2006 年 3 月 6 日から 8 日にかけて開かれた, 「21 世紀 COE 物質階層融合科学の構築」春の学校 : “流体力学の幾何学 的方法新たな発展を目指して, いろいろな視点で流体の基礎を見直 そう” における 3 回の講演を時系列に沿って記したものである. 春の学校の講義の準備としては, 特に完全流体について, Arnol’d と Khesin による本 [1] の前半 1/3 に相当すること (すなわち, Euler 方程式の記述だけでなく定常流の力学系的性質や, いろいろな変分 問題と定常流の安定性など) についても, また最近のその方向の発展 などもお話しする予定であったが, 時間がなく, 諦めざるを得なかっ た. このノートでも, この部分は割愛して,講演の内容に即した形の ものにする. Contents Overview 0. 多様体 0.1. 幾何の準備 0.2. 定理 0.4 の証明のための準備 0.3. 定理 0.4 の証明 1. 多様体上の完全流体の Euler 方程式 1.1. Lie 群と Lie 代数 1.2. 第 1Euler 方程式 幾何を知らない人のための参考文献 1.3. Arnol’d-Euler-Poincaré 方程式 1.4. 完全流体の Euler 方程式 1.5. 無限次元力学系としての Euler 方程式 1.6. 定常流の例 1.7. 第一積分 Date: June 6, 2006. 1 3 5 5 8 10 11 11 12 12 13 16 20 22 24 2 三松 佳彦 2. Navier-Stokes 方程式の導出 2.1. 多様体上の流体の粘性項の候補 2.2. R2 上の例 2.3. 粘性摩擦 2.4. 粘性摩擦によるエネルギー散逸 2.5. Navier-Stokes 方程式の導出 References 27 27 28 30 32 34 36 多様体上の流体力学への幾何学的アプローチ 3 Overview. 本講演者の専門は微分トポロジーであるが, 流体力学にお いて “helicity” と呼ばれる概念 1 に対して興味を持っている. それが流 体力学へ興味を持つようになる動機のひとつであった. 3 次元の流体の helicity と呼ばれる不変量は 3 次元トポロジーの言葉 では, 流体の渦度場の asymptotic linking と呼ばれる量となる. 3 次元 多様体のトポロジーで発散のないベクトル場とその asymptotic linking の幾何を調べることはとても重要で面白い問題である. 葉層構造や接 触構造, 3 次元多様体の不変量などと深いところで結びついているよう であるが, それについては別の機会にゆずることにする. コンパクトな多様体上の力学としての流体力学を考える. ただし, 外 力は考えないものとし, 流体は均一であるものとする. 曲った空間で流 体力学を考えることは, ユークリッド空間の上でさえ難しい流体力学を 益々難しくしてしまうかも2しれない. しかしそこで方程式を見直すこ とから, 流体力学を考え直してみよう. 矢野公一氏の言葉3の受け売りであるが, 代数・解析・幾何が “方程式” に対して果たす基本的な役割を分析して思い切った表現してみると, 次 のようになる. 方程式を立てる : 幾何の役目 解の存在証明 : 解析の役目 : 代数の役目 解の記述 この講演は, この意味での幾何学者の立場に立って, 今回の他の講演 とは少し異なったところ, すなわち, 方程式を立てるところから始めよ う. 多分殆どそれだけで終わってしまうかもしれないけれど. ただし, 方程式を立てるところから見つめ直してみるとよく分かるようになる こともあるはずだ. 本論に入る前に, ここで講演者は, この講義のノートをとり, 更にそ れをまとめて TeX 化するという労をとられた東北大学の 佐々木 亮 氏 に深く感謝の意を表します. このノートには出席者が取ったノートとしての文体と講演者が後か ら書き加えたと思われる文体が混在していますがそれはひとえに加筆 した講演者の責任です.読みにくいとは思いますが,無理に統一せず そのまま残しました. 1§1.7 参照. 2おそらく難しくなるだろう. 3本講演者の学生時代の記憶による. 常々強調されている. このうち幾何の部分については金井雅彦氏も 4 三松 佳彦 gR =O TegOG O Adγ(t) OOO OOO OOO /T G e8 qqq q q qqq qqq = gR Tγ(t)O G dual g∗L = (Te pp ppp p p p wppp G)∗ o ∗ Tγ(t) G Ad∗γ(t) MMM MMM MMM M& ∗ Te G = g∗R とても大切な Arnol’d の図式 記号表 M X (M) Xd (M) ∇ ∆ ∆f ∆s G G g (X, Y )x X, Y : n 次元コンパクト Riemann 多様体 = {M 上の C ∞ ベクトル場 } = {X ∈ X ; div(X) = 0} : 接束 T M (余接束 T ∗ M と同一視) 上の Riemann 接続 : 関数に作用する Laplacian = dδ + δd : (1 階の) 微分形式に作用する Laplacian = −∇∗ ∇ : ベクトル場 に作用する Bochner’s Laplacian : 一般の Lie 群 = Diff(M, dvol) = 体積要素 dvol を保つ M の微分同相のなす群 = Xd (M) : G の Lie 環 (または G の Lie 環) : 多様体 M 上の各点 x における接ベクトル同士の内積 = M (X, Y )x dvol(x) : g の内積, 即ち G の右不変 Riemann 計量 尚,流体の速度場を X, X(t) というように表していたが,春の学校 の講義の途中から他の先生方に記号を合わせようとして u, u(t) と書く ようになった.然し日ごろの癖というのがあって,最後の方は両方混 在することとなってしまった.このノートでも無理には修正しないこ とにする.X は一般のベクトル場でもありうるが,u は必ず流体の速 度場を表す. 多様体上の流体力学への幾何学的アプローチ 5 0. 多様体 0.1. 幾何の準備. M = (M, g) を向き付けられたコンパクトなリーマン多様体とする. この講演では, コンパクト多様体と言えば, 境界のないコンパクト多様 体, すなわち閉多様体のことを考えている. Notation. リーマン多様体 (M, g) の体積要素を dvol とする. Diff(M, dvol) := {φ ∈ Diff(M) | φ は向きと体積要素を保存する.} と記す. Definition 0.1 (流れ, 速度場). リーマン多様体 M = (M, g) 上の流 れ{φt }t∈R とは, 通常は次の条件を満たすもののことをいう: • φ : M × R → M, • φt ∈ Diff(M, dvol), • φt+s = φt ◦ φs for any t, s ∈ R. しかしここでは, 最後の条件を除外したものを流れと呼ぶことにする. 最後の条件があると φ : R → Diff(M, dvol) は群の準同形写像であっ て, すなわち R が作用していることに他ならないが, 流体の立場では, それは “定常流” に他ならない. Figure 1. 流れの速度場と流線 流れ φt の 速度場 Xt を次で定める: (Xt )x := φ̇t ◦ (φ−1 t (x)) for all x ∈ M. 省略形 : Xt := φ̇t ◦ φ−1 t Remark. 次の定式化は正しくないので注意せよ: Xt = φ̇t これは, 質点がいつ, どこから運ばれてきたのかを考えに入れるとわ かる. 6 三松 佳彦 一般には, 速度場が時間に依存している. 図 1 の流線は, 各時刻にお ける速度場の積分曲線であって, たとえば流水の写真を撮ったときに見 える筋であるが, それは各流体粒子の運動の軌跡を表しているわけでは ないことに注意せよ. 参考として図 2 を挙げておく. こちらの図では, 時間経過に伴うひとつの粒子の軌跡を描いている. φ0 (x) φ−1 (x) φ1 (x) Figure 2. 速度場が時間変化するとき, 流体粒子が同じ 場所を 2 度, 別の方向に通過することがありうる. さて, 流体の運動方程式は最終的には各時刻の速度場が時間とともに どう変化するかという微分方程式で与えられるのが普通である. その場 合は “速度” の方程式であるから1階の方程式となるが, ここでは流体 粒子の運動 (位置変化) に戻って方程式を立てることを考える. ただし各 粒子をばらばらに考えると収拾がつかないので, 流れを微分同相の1変 数族 (時間の関数) φt として捉えることにする. すなわち, ある時刻 t0 に x ∈ M にいた粒子が時刻 t に φt (x) ∈ M へ移動していると考える. 結局, 配位空間を Diff(M, dvol) とし, そこを外力を受けずに時間ととも に運動する質点 φt の運動を記述すればよいのだから, Diff(M, dvol) の 測地線の方程式, すなわち測地流を記述すればよいことになる. そこで, 馴染み易いように質点 (=微分同相, 流体粒子ではない) の運 動を γ(t) で表わすことにする. γ(t) は Diff(M, dvol) 上の曲線である. Diff(M) の Lie 代数を X (M) := {M 上のベクトル場 } と考えて, γ̇(t) を M 上のベクトル場として表したい. これは γ(t) によらずどの点での 接空間も Tγt Diff(M) ∼ = X (M) と見做せるからであるが, ここで重要な のは, 速度場の定式化で注意したことから分かるように, Lie 群 Diff(M) の “右移動” による単位元の接空間との同一視に他ならない. 後でもう 一度注意するが, 完全流体の運動は, 無間次元 Lie 群 Diff(M, dvol) に 然るべく右不変な Riemann 計量を導入した場合の測地線にそう運動に 他ならない. 従って, この古典力学系はあらゆる群の元による右作用という大きな 対称性を持つ. 本稿では, この対称性から Euler 方程式を導く. そこで, 多様体上の流体力学への幾何学的アプローチ 7 有限次元の例に戻って等長変換を許容する系での質点の運動を復習す ることから始めよう. Theorem 0.2 (Clairaut4). 図 3 のように回転面が与えられていると する. γ : t → γ(t) はこの回転面の測地線, 測地線 γ が γ(t) で母線 となす角度を ϕ(t), γ(t) と回転軸との距離を r(t) とする. このとき, r(t) sin ϕ(t) は t によらず一定である. Clairaut の定理は通常,上のように述べられるようで,Clairaut 自身 ∂ もそのように記述していたと想像されるが, 実は r(t) sin ϕ(t) = ∂θ , γ̇(t) ∂ であるから, ここでは, 右辺の量 ∂θ , γ̇(t) が時間によらず (測地線にの み依る) 一定であるという主張として捉えると分かりやすくなる. 測地線 γ ϕ 母線 r θ Figure 3. Clairaut の定理の説明図 4春の学校に来られていた吉田春夫氏から「Clairaut はきっと何かこの定理の応用 を考えていたはずだが,それをを知りたい」と聞かれたが,ご存知の方がおいででし たらぜひご一報を!このとき吉田さんから Clairaut は意外に早い時代の人だったこ とを教わり,驚いた. 8 三松 佳彦 Definition 0.3 (Killing ベクトル場). (V, g) をリーマン多様体とする. ベクトル場 K ∈ X (V ) が Killing ベクトル場であるとは, K が “無限 小等長変換” であるときをいう. つまり, 指数写像 Exp により Exp(tK) が等距離写像となることである. Theorem 0.4 (一般化された Clairaut の定理). (V, g) を n 次元リーマ ン多様体とする. γ(t) を V 上の測地線とする. このとき, K, γ̇(t) = t によらない constant. この定理は, 対称性があれば第一積分があり, そのまた逆も然りとい う Noether の定理のひとつの具体例に他ならない. たとえば, Arnol’d の本 Mathematical methods of classical mechanics [2] の “E. Noether’s theorem” の項, または深谷氏の教科書を参照せよ. 0.2. 定理 0.4 の証明のための準備. (symplectic geometry を用いる.) Definition 0.5 (canonical forms). 余接バンドル π : T ∗ V → V を考え る. 多様体 V の 局所座標系を q = (q1 , . . . , qn ) とする. すると任意の φ ∈ T ∗V は φ = p1 dq1 + · · · + pn dqn と表わすことができるので, (p1 , . . . , pn , q1 , . . . , qn ) は T ∗ V の局所座標 n 系になる. このとき, λ := i=1 pi dqi は 1-form であり, 局所座標系の とりかたに依らない. 実際, 次の等式が成立する: λ(p,q) (v) = φ(π∗ (v)) for v ∈ T(p,q) T ∗ V この λ を canonical 1-form, (正準 1 形式) という. n さらに, ω := dλ = i=1 dpi ∧ dqi も局所座標系のとりかたに依らな い. この ω を canonical 2-form, (正準 2 形式) という. Remark. この canonical 2-form は symplectic form になっている. つ まり, T ∗ V は symplectic 多様体である. ここで以下のようにして T V と T ∗ V の同一視をしておく: ξ ←→ T ∗ V ∈ (0.1) ∈ TV ←→ ξ, · (0.1) の同一視により, 1/2 · 2 : T V ξ → 1/2ξ2 = 1/2ξ, ξ ∈ R という関数から H : T ∗ V → R という関数が定まる. 多様体上の流体力学への幾何学的アプローチ 9 T V の 測地流を φt とする. 以下, この φt を簡単に説明する. (q, v) = φt (q0 , v0 ) とは, q0 を始点, v0 ∈ Tq0 V を初期ベクトルとする測地線が定 める時刻 t における V の点と接ベクトル (q, v) ∈ Tq V のことである. Hamilton の正準運動方程式 ⎧ dpi ∂H ⎪ ⎪ ⎨ dt = − ∂q i (H) ⎪ ∂H dq ⎪ ⎩ i = dt ∂pi φt を生成する T ∗ V 上のベクトル場を XH とする. ι を内部積とするとき ([9] 参照), 式 (H) ⇔ ιXH ω = −dH XH = n i=1 ∂H ∂ ∂H ∂ − + . ∂qi ∂pi ∂pi ∂qi i=1 n φ ∈ Diff(M) とすると, そのリフト (φ−1 )∗ : T ∗ V → T ∗ V が定まる. 次の図式が可換となる: (φ−1 )∗ T ∗ V −−−−−→ T ∗ V ⏐ ⏐ ⏐ ⏐ V φ −−−→ V このとき, (φ−1 )∗ λ = λ, (φ−1 )∗ ω = ω が成立する. X ∈ X (M) とするとき, φt := Exp(tX) と指数写像で写像の族を定め ∗ ∗ −1 ると, 一意に T ∗ V 上のベクトル場 X ∗ であって, (φ−1 t ) = Exp(tX ) を満たすものが存在する. このとき LX ∗ λ = 0, LX ∗ ω = 0. ここで Cartan の公式5 LX α = ιX dω + dιX α を用いると, dιX ∗ ω = 0 より, ιX ∗ ω は閉 1 形式である. Definition 0.6 (Hamilton ベクトル場). Y ∈ X (M) に対して ιY ω が 閉であるだけではなく, 完全になっていることがある. すなわち, 関数 f が存在して, ιY = −df となる. このとき, Y を f の Hamilton ベク トル場という. この講演では Y = Xf と表わす.6 すると, 5一般の多様体で成立する公式である. 6著者により符号が異なることがある. [9] 参照. 10 三松 佳彦 Lemma 0.7. X ∗ は Hamilton ベクトル場である. 実際, fX : T ∗ V (p, q) → fX (p, q) := p(Xq ) ∈ R とおくと ιX ∗ ω = −dfX である. Proof. fX (p, q) = p(Xq ) = π∗ λ(Xq ) = λ(X ∗ ) −ιX ∗ ω = −ιX ∗ dλ = −LX ∗ λ + dιX ∗ λ = dλ(X), LX ∗ λ = 0 を用いる. 0.3. 定理 0.4 の証明. K を Killing ベクトル場とする. これまでの議論により次がわかる: (0.2) K ∗ H = 0 (dH(K ∗) = 0), (0.3) ιXH ω = −dH. よって, 0 = ω(XH , K ∗ ) = −ω(K ∗ , XH ) = −dfK (XH ) = −XH fK . γt を測地線とすると, (γ̇t , ·, γt) は XH の軌道になっている. したがって, d d (fK (γ̇t , ·, γt)) = 0 = γ̇t , Kγt . dt dt すなわち, γ̇t , Kγt は定数である. これで定理 0.4 の証明が完結した. 多様体上の流体力学への幾何学的アプローチ 11 1. 多様体上の完全流体の Euler 方程式 1.1. Lie 群と Lie 代数. G を Lie 群, g を G の Lie 代数とする. g は集合としては Te G (G の単 位元 e における接空間) に等しいが, さらに g = {G 上の右不変ベクトル場 } とみなす. Notation. 右不変ベクトル場の “右不変性” を強調したいとき, g を gR と表わす. g ∈ G は写像 Rg : G γ → γg ∈ G を定める. この写像の微分によ り, (Rg )∗ : Te G → Tg G を得る. Xg := (Rg )∗ Xe for any Xe ∈ Te G とお くと, G g → Xg は G 上の右不変ベクトル場である. ベクトル場に 対し, Lie bracket [·, ·] が定義されている. 従って g にも [·, ·] が決まる. V = G として, g = Te G に内積 ·, · を入れる. ·, · を自然に拡張し て G 上の 右不変リーマン計量にする: Xg , Yg = Xgγ , Ygγ = Xe , Ye for X, Y ∈ X (G), γ ∈ G. Notation. gL := {G 上の左不変ベクトル場 } . Lemma 1.1. K ∈ gL ならば, K は Killing である. Remark. 一般には X ∈ gR := g は Killing ベクトル場になるとは限ら ない. Lemma 1.2. d (Lγt ) は右不変ベクトル場であり, dt t=0 d (Rγt ) は左不変ベクトル場である. dt t=0 Proof. 下段の式を証明する. X = dtd t=0 に留意すれば, d d d (Rγt g) = (gγt ) = (Lg )∗ γt = (Lg )∗ X. dt t=0 dt t=0 dt t=0 上段の式も同様である. 12 三松 佳彦 1.2. 第 1Euler 方程式. Definition 1.3 (共役運動量 or 現代的なモーメント). Tγ(t) g γ̇(t) = ω(t) ∗ Tγ(t) G γ̇(t), = m(t) iii iiii i i i iii t iii i g∗L = (Te G)∗ mL (t) “とても大切な Arnol’d の図式” (p.4 参照) の中の特に重要な部分を抜 き出した上の図式において, m(t) と表わされたものを共役運動量 また は (現代的な) モーメント という. Clairaut の定理 0.4 γ̇, K ≡ constant より, m(t) Kγ(t) ≡ constant である. gL ⊂ {Killng ベクトル場 on M } に注意すると, 任意の X ∈ gL に対して m(t) XLγ(t) = mL (t) (XL ) ≡ constant となる. したがって, dmL (t) = 0 dt を得る. これを第 1 Euler 方程式という. (1.1) Remark. 以下, 流体の運動量保存則を微分方程式として記述していくが, ∗ G mL (t) ∈ g に関する方程式のとき Euler 方程式と呼び, m(t) ∈ Tγ(t) に関する方程式のとき Arnol’d-Euler-Poincaré 方程式 ( §1.3 参照 ) と呼 ぶ. これらの方程式は同値である. 幾何を知らない人のための参考文献. 雑談をしながら参考文献を挙げる. 多様体に関するものとして, 森田 氏 による次の本 [9] がある. 全般に高尚であるが Lie 微分や流れなど についても, キチンとまとめられている. 古典力学・解析力学に関するものとしては, Arnol’d の古典的名著 [2] と深谷氏の本 [4] を挙げておく. 数学者が書いたシンプレクティック幾何の本で古典力学も導入部分 で扱っている良い文献は余り多くなく, むしろ geometric mechanics の 専門家による教科書の方が多い. この前者の立場での文献としては, 深 谷氏のシンプレクティック幾何の教科書を挙げる. McDuff-Salamon な どもあるが, 深谷氏の教科書の文献表を参照されよ. 後者については, 7 7講演者の先生 多様体上の流体力学への幾何学的アプローチ 13 Abraham-Marsden の古典的名著, Marsden-Ratiu の教科書 [7], もう少 し高度なまとめ方をした [3] などがある. なお, 物理学者の書いたものとしては, 大貫氏と吉田氏による本 [10] がある. 古典力学の Hamilton 形式については勿論扱っているが, シン プレクティック幾何という立場は明確にされていない. (つまり, 多様体 上での扱いがされていない). しかし, 可積分系についての解説があり, 全般に数学の人に読みやすく, 充実した内容といえよう. 常微分方程式と解析力学という二つの立場からまとめられた教科書 として, 伊藤秀一氏の教科書 [5] も紹介しておこう. シンプレクティック 幾何・ハミルトン系を多様体上で書き直すために丁寧にページ数を割 いている. 測地流の方程式の導出も極めて丁寧に解説している. 1.3. Arnol’d-Euler-Poincaré 方程式. 第 1.2 節では, gL 上で記述された運動方程式である第 1 Euler 方程式 (1.1) を導出した: dmL (t) = 0. dt これより, Arnol’d-Euler-Poincaré 方程式と呼ばれる gR での運動方程 式を導くことにする. Definition 1.4 (adjoint representation (随伴表現)). g ∈ G に対して Ig : G γ → gγg −1 ∈ G という準同形写像を定める. 特に Ig は単位元 を単位元に写す. Adg を Ig の単位元 e ∈ G における微分写像とする: Adg := (Ig )∗e : Te G −−−→ Te G (Lg )∗ ◦ (Rg−1 )∗ : gR −−−→ gR この Ad : G → Aut(g) を Lie 群 G の adjoint representation (随伴 表現) という. X ∈ g に対し adX : gR → gR を次のようにして定義する: gX (t) := exp(tX) とおき, adX := dtd t=0 AdgX (t) . このとき, adX (Y ) = [X, Y ] が 成り立つ. この ad : g → End(g) を Lie 代数 g の adjoint representation (随伴表現) という. 14 三松 佳彦 gR =O TegNG Adγ(t) NNN NNN NNN N / Te G 8 qqq q q qq qqq = gR Tγ(t)O G dual ∗ Tγ(t) G g∗L = p ppp p p pp p x pp (Te G)∗ o LLL LLL LLL L& Ad∗γ(t) Te∗ G = g∗R mR を mL (t) = Ad∗γ(t) mR (t) で定める. すると, d mL (t) dt d ∗ Adγ(t) mR (t) = dt d (Ad∗γ(t+s) mR (t + s)) = ds s=0 d d ∗ ∗ = Ad mR (t + s)|s=0 + Adγ(t+s) |s=0 mR (t + s). ds s=0 γ(t+s) ds s=0 0= よって次を得る: dmR (t) = ad∗ωR (t) mR (t). dt これを Arnol’d-Euler-Poincaré 方程式という. (1.2) さらにこの方程式を, 右不変内積を使って gR における運動方程式に 書き換えよう. ·, · は非退化だから, B : g × g → g を次で定義することができる: B(X, Y ), Z = [X, Z], Y . この B を用いてさらに書きかえよう. Theorem 1.5 ((第 2) Euler 方程式). dωR (t) = B(ωR (t), ωR (t)) dt Proof. mR (t) の定義から, 任意の Z ∈ g に対して (1.3) d d ωR (t), Z = ωR (t), Z dt dt = ad∗ωR (t) mR (t)(Z) = mR (t) adωR (t) Z = mR (t) ([ωR (t), Z]) = ωR (t), [ωR (t), Z]. 多様体上の流体力学への幾何学的アプローチ 従って d ω (t) dt R = B(ωR (t), ωR (t)) である. 15 Remark. 本稿の最初の方でも注意したように,考える Lie 群が Diff(M) 又はその部分群,その Lie 環をベクトル場のなす Lie 環 X と考える場 合,Lie 環の元は Lie 群上の ‘右’ 不変ベクトル場と考えるのが自然な のであった.本稿では,この Remark の部分を除いてそのスタイルを 通すことにする. しかし,一般には 環 Lie 環の元は Lie 群上の ‘左’ 不変ベクトル場と 看做すことのほうが普通である.Arnol’d も大抵 ‘左’ で始めて,流体に 差しかかると突然右に変えている. Arnol’d は Clairaut の定理に相当する部分を剛体の運動を使って以 下のように導入している.R3 の原点に重心が固定され,外力が一切働 かない剛体の運動を考察する.空間には勿論 R3 の普通の座標8がある が,剛体には別に正規直交基底 (γ1 , γ2 , γ3 ) が貼り付けられている9.こ れを空間の座標で表すと,Γ(t) = (γ1 (t), γ2 (t), γ3 (t)) ∈ SO(3) が剛体 の回転運動の位置を表す.即ち,SO(3) を配位空間とする古典力学と なる. 剛体が運動してるとき,各時刻において,剛体に貼り付けられた正 規直交基底はいろいろな位置で運動しているが,各瞬間毎に空間から 見れば異なる座標を定める.これを剛体座標と呼ぶ.各時刻で一瞬止 まっているものと思って,その座標で速度,(共役) 運動量などを記述 することも考える.剛体の質量分布は剛体座標において記述する方が 時間不変だから明らかに書きやすい.これにより,運動で不変な慣性 モーメントが剛体座標で記述され,それが不変な SO(3) リーマン計量 を与える.何に対して不変かというと,丁寧に計算してみれば分かる が,SO(3) の SO(3) による左移動に対して不変なのである.つまり, 剛体座標とは左不変座標なのである. 一方,これに対して空間座標は右不変座標だということがすぐに分 かる.剛体の運動を支配する角運動量保存則は勿論空間座標で書くの がよい. 運動の状態を表すには左不変な剛体座標が便利だが,運動方程式を 記述するのは右不変の空間座標,つまり Lie 環の双対 so(3)∗R がもっと も易しい.ここで角運動量が保存される (第1 Euler 方程式) と書けば よいのである. 8縦ベクトルで表す. 9これが剛体の慣性主軸に一致するように取ってあれば計算は楽になる. 16 三松 佳彦 以下,我々がやったのと全く同様に,只,左と右だけ入れ替えて so(3)∗L 上の Arnol’d-Euler-Poincaré 方程式,so(3)L 上の (第2) Euler 方程式, と進む. 例えば,深谷氏の教科書に剛体の運動が丁寧に解説されているから, Exercise. それをこのコンテクストで整理してみよ. というのは良い演習問題であろう. なお本稿では,今後は剛体は現れないから,流体において剛体座標 に相当する右不変な座標を流体座標と呼ぶことにしよう. 1.4. 完全流体の Euler 方程式. Ωn−1 ←→ X ←→ Ω1 ∈ ∈ ∈ これまでの議論を 無限次元 Lie 群 G = Diff(M, dvol) に適用10する. ここで (M, g) は コンパクトリーマン多様体である. 向き付けは本来必 要無いが、仮定しておくと便利である. ベクトル場 を 1-form として表わす. それには M の Riemann 計量 (·, ·) と向きが定める体積要素 dvol を用いて, ιX dvol ←→ X ←→ (X, ·) により, 1-form とベクトル場と (n-1)-form とを同一視する. Cartan の 公式を用いることにより, div X = 0 ⇔ LX dvol = 0 ⇔ dιX dvol = 0 である. Definition 1.6 (Hodge star 作用素, (formal) adjoint exterior derivative). e∗1 , . . . , e∗n を T ∗ M の oriented orthonormal basis とする. e∗1 ∧ · · · ∧ e∗k → e∗k+1 ∧ · · · ∧ e∗n の自然な拡張として, ∗ : Ωk → Ωn−k を得る. これを Hodge star 作用素という. d : Ω0 = C ∞ (M) → Ω1 を exterior derivative (外微分作用素) とするとき, δ := ∗ d ∗ : Ω1 → Ω0 = C ∞ (M) により定義される作用素を 余外微分 という. これは d の形式的随伴作 用素である. X ∈ X に対し, α = (X, ·) とおくとき, 次が成り立つ: div X = 0 ⇔ δα = 0 10さらに G の Lie 代数 Xd も考えることになる. 17 多様体上の流体力学への幾何学的アプローチ Theorem 1.7 (de Rham-Hodge-Kodaira の特別な場合). B 1 := d(Ω0 ), H 1 := ker d ∩ ker δ そして β 1 := δ(Ω2 ), ζ 1 := ker δ とする. このとき, Ω1 = B 1 ⊕ H 1 ⊕ β 1 , 特に, ζ 1 = H 1 ⊕ β 1 であって, これらの ⊕ は以下の内積の意味で直交 分解である. Notation. Xd := {X ∈ X | div X = 0} Remark. X の内積を X, Y = (X, Y ) dvol M と定める. X と Ω1 の同一視のもとで 定理 1.7 は次のように言い換え られる: Ω1 = Xd⊥ ⊕ Xd . 実際, X と Ω1 の同一視のもとで Xd⊥ = B 1 , Xd = H 1 ⊕ β 1 である. Xd⊥ = B 1 は Diff(M, dvol) で保存されるが, Xd = ζ 1 は Diff(M, dvol) で保存されないことにも注意しよう. Xd = Te Diff(M, dvol), Rγ ∗ : Te Diff(M, dvol) → Tγ Diff(M, dvol) (X, Y ) dvol X, Y ∈ Xd X, Y = M により, Diff(M, dvol) に右不変リーマン計量を入れる. {X ∈ X | There exists a potential function f such that X = grad f.} Xd = {X | div X = 0} Figure 4. potential を持つベクトル場のなす部分空間 と divergence free なベクトル場のなす部分空間は直交し ている. 18 三松 佳彦 一般の右不変計量を持つ Lie 群上での (第2) Euler 方程式を,我々 の無限次元 Lie 群 Diff(M, dvol) の場合にさらに具体的に記述すること により,完全流体の Euler 方程式を導こう.そのために Riemann 接続 を準備する. 定理 1.5 を思い出しておこう: d ωR (t) = B(ωR (t), ωR (t)). dt この右辺をリーマン接続を使って書き下したいのである. 接続. ベクトル場を空間方向へ偏微分するためにはリーマン接続の概念が 必要となる.ユークリッド空間では、ベクトル場の各成分を偏微分すれ ばそれでよかったのだが、一般のリーマン多様体の上ではそれができ ない.11ここで最低限必要なことをまとめておく (復習する).Riemann 幾何の教科書としては,例えば [6] を参照せよ. (M, g) をリーマン多様体, (X, Y ) := g(X, Y ) for any X, Y ∈ X と する. Definition 1.8 (リーマン接続). ∇ : X × X → X が リーマン接続で あるとは, 次が成り立つときをいう: • • • • • ∇ は R-bilinear, ∇f X Y = f ∇ X Y ∇X f Y = Xf + f ∇X Y X(Y, Z) = (∇X Y, Z) + (Y, ∇X Z) ∇X Y − ∇Y X = [X, Y ] (X に対しては関数-linear), (Y に対しては derivation), (計量と両立), (対称性). 任意のリーマン多様体に対して,Riemann 接続が一意的に存在するこ とが知られている.12 Remark. イメージがよくつかめない場合, “∇Y X = (Y · ∇)X” と考え てもよい. Y を X 方向へ微分している. 11(一般の多様体の上で色々な場を偏微分しようとすると,外微分形式を外微分 することだけが,局所座表に関係なく定めることができる. 12Riemann 接続は Levi-Civita 接続とも呼ばれ,曲がった空間でも離れた点にお ける接ベクトル同士が平行であるか,ということを議論するために考え出された「絶 対平行性」という概念のひとつの定式化である. 存在を認めると,Riemann 接続は幾何的に工夫すれば測地線のみの言葉で記述す ることができる ([2]).曲面 (2次元)のときは特に容易. 19 多様体上の流体力学への幾何学的アプローチ さて、完全流体の Euler 方程式に戻ろう. (M, g) をコンパクトリー マン多様体とする. Y ∈ Xd に対して, B(u(t), u(t)), Y = [u(t), Y ], u(t) = ∇u Y − ∇Y u, u = (∇u Y − ∇Y u, u) dvol M (∇u Y, u) dvol − (∇Y u, u) dvol . = M M ここで, Stokes の定理と Y ∈ Xd より 1 (∇Y u, u) dvol = 2 M − grad p Y (u, u) dvol = 0. M ∇u u ∇u u + grad p Figure 5. ∇u u から − grad p を決める. また, Xd と {potential 関数により grad f と表わされるベクトル場 } は直交していたので, 図 5 のように速度場 u に対し, ∇u u の直交成分を とりだすことで, − grad p (potential p は定数の差を除いて一意に定ま る.) を定める. 20 三松 佳彦 したがって, 図 5 の記号を用いると, B(u(t), u(t)), Y = u(Y, u) − (Y, ∇u u) dvol M (−∇u u, Y ) dvol = M (−∇u u − grad p, Y ) dvol = M = (−∇u u − grad p, Y ). 以上から B(u(t), u(t)) = −∇u u − grad p を得るので, (1.4) du = −∇u u − grad p dt を得る. これがコンパクトリーマン多様体上の完全流体の Euler 方程 式である. 13 Remark. 一般に u ∈ Xd でも ∇u u ∈ Xd とは限らない.このため,圧 力項が加わり、これが直交射影 X → Xd を表している. 実は、最初に [u(t), Y ] = ∇u Y − ∇Y u と書き直した時点で,右辺の 各項は Xd に属しているかどうか分からないのであった. リーマン多様体 (M, g) 上の測地線 γ(t) の方程式は ∇γ̇(t) γ̇(t) = 0 で ある.ということは,こんなに苦労して導出したのに,Euler 方程式と は何のことはない,ただ単に各流体粒子が M 上を測地線として移動 = −∇u u となる) が,し しようとしている (それだけだと方程式は du dt かしそれでは非圧縮性に反する可能性があり、その分を圧力で補正し た,というだけの方程式の姿ではないか!最初からそのように考えれ ばこの方程式は瞬時に求まる. 1.5. 無限次元力学系としての Euler 方程式. Euler 方程式の導出を反省してみる.状況は以下のとおりである. ‘幾何’ の立場からは,Euler 方程式はあくまで Xd 上で記述された, 速度場 u(t) の単独の方程式と考えるのが自然であると, 幾何学者の気持ちとしては 13非圧縮流の 感じられる. 普通の流体力学の教科書をみると,速度場 u(t) と圧力 p の連立方程式として捉え るのが一般的な流儀のようである. 別に違うことを言っている訳では無いが,何とな く雰囲気の差を感じる. 21 多様体上の流体力学への幾何学的アプローチ Adγ(t) gR =O TegNG NNN NNN NNN N / Te G 8 qqq q q qq qqq = gR Tγ(t)O G dual ∗ Tγ(t) G g∗L = LLL LLL LLL L& p ppp p p pp p x pp (Te G)∗ o Ad∗γ(t) dmL (t) =0 dt Euler 方程式 (1.1) Te∗ G = g∗R dmR (t) = ad∗ωR (t) mR (t) dt Arnol’d-Euler-Poincaré 方程式 (1.2) ここで mR := u, · = (u, ·) dvol . M さて, G の gR = Xd への adjoint action から G の g∗r = Xd∗ への coadjoint action が定まるのだった: ad∗g : Xd∗ α̃ → g ∗α̃ ∈ Xd∗ for any g ∈ G = Diff(M, dvol), ただし, α̃(·) = α(·) dvol. とくに, α̃(Y ) = M (X, Y ) dvol (X ∈ Xd ) のとき, ∗ −1 ∗ g α̃(Y ) = (X, g∗ Y ) dvol = (g∗ X, Y )g dvol = (g∗−1 X, Y ) dvol . M M M ここで ((·, ·)) := g ∗ (·, ·) と定義すると, 任意の X ∈ Xd に対し, 一意に X ∈ Xd が存在して, ((g∗−1 X, ·)) = (X , ·) が成立することが直交射影 から分かるのであった. Euler 方程式の導出に関する重要な点のまとめ 1): g∗L では Clairaut の定理の一般化 (つまり運動量保存則) だ けで運動方程式が書けてしまった. 2): g∗R での運動方程式に書き換えると,Arnol’d-Euler-Poincaré 方程式は mR (t) が coadjoint 軌道をからはみ出ないことを示し ている.後で第一積分として coadjoint 軌道の不変量を紹介する. 3): 一方,運動方程式を gR で見ると, 残念ながら, ωR (t) は adjoint 軌道にとどまることは一般にはない. 22 三松 佳彦 無限次元力学系としての Euler 方程式 力学系,即ち deterministic な時間発展系として流体力学を考える.初 期条件として時刻 t0 における速度場 X(t0 ) を与えた時のそれ以後の流体 の流れが isotopy φt という Diff(M, dvol) の測地線として時間発展して いく,というのが古典力学としての描像である.つまり Diff(M, dvol) を 配位空間,Diff(M, dvol) を相空間とする力学系となる.T Diff(M, dvol) にはリーマン多様体 Diff(M, dvol) の測地流と呼ばれる流れを生成する ベクトル場が定まっていることになる. 一方, 系の右不変性から Tγ Diff(M, dvol) ∼ = Xd (∀γ ∈ Diff(M, dvol)) であり, これによる射影 T Diff(M, dvol) → Xd により測地流を生成す るベクトル場は Xd 上のベクトル場を与える. それが Euler 方程式に他 ならない.Euler 方程式は無限次元ベクトル空間 Xd 上に (斉次2次の) ベクトル場として連続力学系を与えている.後で述べる粘性のある場 合の Navier-Stokes 方定式も同様である. Xd 上のベクトル場は値の方も積分することにより T Diff(M, dvol) 上 の力学系にもどせる. 完備性について: このベクトル場は, 無限次元空間の上に定義さ れており, 完備性が分かりにくい.つまり時間大域解が常に存 在するかどうかという大問題はこのように無限次元性と関係し ている. 第一積分について: 原理的には第1 Euler 方程式の導出で見たよ うに,無限個の第一積分 (共役運動量との内積) が存在する. T Diff(M, dvol) 上では, それらの第一積分を共役運動量 (1階 の微分形式) と配位空間で見た解 φt を使って記述することがで きるが, 常識的な M 上の幾何・解析として φt を使わずに記述 できる Xd 上の第一積分は,これらすべてには対応していない と思われる.後の 1.7 第一積分の項と春の学校での大木谷先生 の講義のノートを参照せよ. 1.6. 定常流の例. 以下に Euler 方程式の定常解14,すなわち時間不変な速度場15の例を 挙げる. Euler 方程式の右辺が 0 となるようなベクトル場 X ∈ Xd の ことである. 14解の一意性の問題を気にしているのであろうか?解析の人たちは不用意に「定 常流」とは言わず, 「定常解」というのが普通のようである. 15「行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず・ ・ ・」(方丈記鴨長明) と いうわけで, 流れているのだけれど, 速度場は不変な流れのこと. 23 多様体上の流体力学への幾何学的アプローチ Example 1.1. 流線が測地線になっている流れ 流線が測地線16 になっている流れとは, 完全流体の方程式: du = −∇u u − grad p dt において, 速度場 (というベクトル場) の trajectory = 測地線, p=0 となっているもののこと. 各流体粒子は測地線として “ふるまいたい” が, 体積保存条件 (volume preserving condition) に拘束され, 一般にはそのために圧力項 − grad p が生じる. 各流線が測地線で,非圧縮な流れなら,圧力も生じず,Euler 方程式の右辺は2項とも 0 となる. より具体的には以下のような例がある. 1): あるコンパクトリーマン多様体の単位接球面束に制限された 測地流, 2): (代数的)Anosov 流に適合したリーマン計量を多様体に与え た場合17. 3): 上の 1) で T 2 から始めた場合に類似しているが,T 3 = {(x, y, z)} ∂ ∂ 上のベクトル場 X = f (z) ∂x + g(z) ∂y 4): S 1 -束の全空間に底空間のリーマン計量と S 1 -接続を使ってリー マン計量を入れた場合のファイバーに沿うベクトル場. 速度は 底空間上の関数として一定でなくてもよい. Example 1.2. Killing ベクトル場 速度場 K ∈ Xd が無限小等長変換, Adexp(tK) が等長変換となる流れ のことである. 一般に adX (Y ) = [X, Y ] だから,このとき,adK は, 交代的, すなわち, adK (Y ), Z = −Y, adK (Z) となる.従って, B(K, K), Y = [K, Y ], K = −Y, [K, K] = 0 よって B(K, K) = 0 であり, u(t) ∼ = K は Euler 方程式の解になって いる. 16t → x(t) が測地線 ⇔ ∇ẋ(t) ẋ(t) = 0. 17安定性・不安定性の観点からとても面白い例だと思われ,今後研究されるべき 課題と考える. 24 三松 佳彦 Remark. Killing ベクトル場 = “infinitesimal isometric transformation” であるから, 剛体のような流れかたをしている. 従って粘性も働かない 流体の例になっており, 後で出てくる Navier-Stokes 方程式にとっても 重要な例となっている. 一般のリーマン多様体には Killing はなかなか存在しない. Rn でも ベクトル場に無限遠での減衰を仮定すれば無くなってしまう. 次は,あとで Navier-Stokes 方程式の項でも出てくる登場する,重 要な事実であるが,これを使うと上のより精密な別証ができる. Lemma 1.9. ‘X ∈ X が Killing’ ⇔ ‘∇· X は交代テンソル’ Proof. X · (Y, Z) = ([X, Y ], Z) + (Y, [X, Z]) ⇔ X が Killing X · (Y, Z) = (∇X Y, Z) + (Y, ∇X Z) ⇔ ∇ が計量と両立 ∇X Y − ∇Y X = [X, Y ] ⇔ ∇ が対称 を整理すればすぐでる. これを使うと,u が Killing の場合,運動エネルギー密度関数 12 (u, u) を圧力 p として定常解になることが分かる.更にこれから 12 (u, u) が u の第一積分であることが分かり,その極値を調べることで,コンパク トリーマン多様体上の Killing ベクトル場には必ず測地的な軌道が存在 することが分かる.[8] ではこちらの方法に従った. 1.7. 第一積分. Euler 方程式の導出において速度場 X ∈ Xd に対し1形式 α = (X, ·)ζ 1 を対応させて考察した. Y ∈ Xd をこの α に代入して積分 すれば,つまり,α̃(Y ) = M (X, Y ) dvol ∈ R とおけば α̃ ∈ Xd∗ = ζ 1 ということである18 . つまりこの α こそ右不変共役運動量 mR に他な らない19. そこで, Xd∗ の元と見るときは α̃ と表そう. 左不変座標 (空間座標) でみると共役運動量は保存するが,右不変座 標 (剛体座標, 又は流体座標) では, 共役運動量は一つの coadjoint 軌 道の中を運動をする,と Arnol’d-Euler-Poincaré 方程式は言っている. Xd∗ を Xd に同一視することについては, しばしば塔の立った数学 者方々からは質問を受ける. 「無限次元だから完備化の仕方による・ ・ ・」という訳であ るが,実際出てくるのは共役運動量としてであるからこの一番小さい形で良いと考え られる.これにより滑らかな (余閉) 微分形式がきちんと対応するので一番すっきり している. 19Euler 方程式の導出の最後の段階では, このことを明確にしなくても進めたので, 議論をスッキリさせるために言及しなかった. 18計量によって 多様体上の流体力学への幾何学的アプローチ 25 Arnol’d-Euler-Poincaré 方程式を時間 t について積分した形で書いてみ よう. リーマン多様体 (M, g) において, u(t) を Euler 方程式の解とする. α(t) := (u(t), ·) mR (t) = α̃(t) := (u(t), ·) dvol ∈ Xd∗ M と定めたのだった. 時間変化するベクトル場 u(t) から γ(t) ∈ Diff(M, dvol) を積分して取り出すと, (γ̇ ◦ γ −1 = u(t), 仮に γ(0) = IdM としておく) α̃(t) = Ad∗γ(t)−1 α̃(0). これを1形式の言葉に直すと,余閉形式の空間 ζ 1 が微分同相による 引き戻しで保たれないことに注意して,完全形式による射影を付け加 えると α(t) = (γ(t)−1 )∗ α(0) + dq(t) となる. Remark. この春の学校での大木谷先生の講演に γ(t) = u(t) + ∇φ とい う式が出てきたが, その式での φ に相当するのが q であり, 幾何ゲージ と呼ばれる. ここでの γ(t) は上の微分同相のことではなく,‘impulse’ と呼ばれるもので,渦度場 (= curlu) を uncurl (curl−1 ) したものとし て定式化されるが,速度場の adjoint 作用による像とも考えることが できる. d d : Ω1 = B 1 ⊕ Z 1 α(t) → dα(t) ∈ Ω2 により, (γ(t)−1 )∗ α(0) + dq(t) → (γ(t)−1 )∗ dα(0). 従って γ(t)∗ dα(t) は t に対して constant な2形式である. dim M = n = 2k のときは dα ∧ · · · ∧ dα γ(t)∗ dvol は軌道 γ(t) 上 constant な M 上の関数である.そこでこれを M 上で 積分すると第一積分が得られるはずなのだが, (dα(t))k (dα(t))k dvol = dvol M M 26 三松 佳彦 は M が閉ならば完全形式の積分で,残念ながら明らかに 0 となる.そ こで一工夫する.任意の連続関数 f : R → R に対し, k (dα(t))k ∗ (dα(t)) ∗ dvol = γ(t) f γ(t) f γ(t) dvol も不変関数である. 従って, If (u) = f M (dα(t))k dvol とおけば,γ(t)∗ が消せて,f の分だけ Xd 上の力学系としての20 第一 積分 If が求まる.21 dim M = n = 2k + 1 のときは同様にして α ∧ (dα(t))k dvol dvol M は第一積分である. なぜなら幾何ゲージの分 (つまり補正 dq ) の影響は 完全形式となって積分には現れないからである. Remark. 奇数次元の場合は偶数次元の場合と異なり, 関数 f を用いて 不変量をたくさんつくることはできない. 特に 3 次元の場合は helicity という不変量である. 今回の春の学校では,渦度 curlu について殆ど話す暇がなかったが, 3次元では curlu は ιcurlu dvol = dα により定義できるものである.高 次元でも Navier-Stokes の項で説明する Au に他ならないが,微分形式 としてはやはり dα に対応するもので,解の積分による引き戻し γ(t)∗ で自然に保たれる,極めて重要な概念なのである.これについては残 念ながらまた別の機会に譲ろう. 20γ(t)∗ や幾何ゲージが混入している不変量は,Xd 上,又は T Diff(M, dvol) 上の 右不変な第一積分とは言えない. 21講演では, “本質的に可算個の不変量が得られる.” という旨のおはなしであった が, ナイーブには非可算無限のように見える. 講演者:これは普通可算個の不変量というので十分だと思う.そのギャップをどう捉 えるかは演習問題. 27 多様体上の流体力学への幾何学的アプローチ 2. Navier-Stokes 方程式の導出 完全流体の運動方程式である Euler 方程式の導出がす済んだので, 次に,一様な粘性を持つ非圧縮流体の運動方程式である Navier-Stokes 方程式を多様体の上でどのように導出するかを考えよう. 小薗先生の 講演22では, Navier-Stokes 方程式の解の様子を調べることが目的であっ て, 方程式は既に与えられていた.実際,多くの流体力学の教科書にあ るように,Rn 上での粘性項は対称性等の考察から比較的容易に求まっ てしまう.一方,多様体の上では全く状況が変わる. 2.1. 多様体上の流体の粘性項の候補. RN 上では Navier-Stokes 方程式は次で与えられている: du = −∇u u − grad p + ν∆u dt ∂2 ここで ∆ はベクトル場の各成分に i=1N ∂x 2 として働く普通の Laplai cian であり,ν は粘性係数 (動粘性率) と呼ばれる係数である. リーマン多様体上ではどうなるであろうか?Euler 方程式は多様体上 でも同じ形をしていた.RN 上の Navier-Stokes 方程式の右辺は [Euler 方程式の右辺] + [粘性項] だから,この粘性項が多様体上でうまく解釈 できればよいに違いない.しかし関数に働く Laplacian の形のままで は多様体上には拡張できない. 答は Taylor による仕事 [11]23 および, 本 [12] にある. RN 上の Navier-Stokes 方程式の Laplacian に相当するものの候補 としては安易に考えると Bochner’s Laplacian と Laplcae-Beltrami operator の 2 つを思いつく. 以下, これらの作用素について簡単に説明 する: Γ(T M) = X ≡ Ω1 より, ∇ Γ(T M) YYYYY/ Γ(T M ⊗ T ∗ M) YYYYYY Y ∇ / Γ(T M ⊗ T ∗ M ⊗ T ∗ M) YYYYYY YYYYYY YYYYYY trace(∇◦∇) YYYYYY , trace Γ(T M) 22春の学校 23長澤壮之氏に教えていただいた.実は講演者はそのことを知らず,当時大学院 生であった矢野泰久氏と以下に述べるように考えたのであった [8]. 後に長澤氏に教 えて頂いて調べてみたところ,Taylor は全く寸分たがわず同じ思考経過をたどって いたように思われる.粘性項の安易な拡張はある時期解析の人たちの間でも問題に なったらしいが,講演者はその経緯には残念ながら詳しくない. 28 三松 佳彦 ∇∗ を ∇ の formal adjoint とする. すなわち, ∇X, Y = X, ∇∗ Y for any X, Y ∈ X とする. 実際,∇∗ = −trace ◦ ∇ (右辺の ∇ は上の 図式の二つ目の ∇ ) となる. Definition 2.1. Bochner’s Laplacian は ∆s := −∇∗ ◦ ∇ と定義する. Laplace-Beltrami operator は ∆f := dδ + δd と定義する. これらは positive definite な作用素である. これらの候補ではうまくいかない. 理由を以下に述べる. §1.6 でみたように, Euler 方程式の定常解の例として Killing ベクト ル場がある. Killing ベクトル場は “infinitesimal isometry” であるか ら, 剛体運動みたいなものであって, 粘性がないと解釈できる. NavierStokes 方程式でも Killing ベクトル場が定常解になっているとみなし たいので, “ν∆u = 0 for u : Killing ベクトル場” を仮定するのが幾何 学的 (物理的?) に自然な要請であると考える. しかし上に挙げた 2 つ の候補はこの条件を満たさない. それを簡単な例で示そう. よく知られているように次元が 2 以上の球面には非自明な Killing ベ クトル場が存在する. (例えば, “回転” により等長変換の 1-parmeter family ができることがわかる.) 一方, これらの球面の調和 1-形式は自 明なもののみである. すなわち,Laplace-Beltrami 作用素 ∆f ではだめ だということになる. 次に,Bochner’s Laplacian ついては,∆s u = 0 ⇔ ∇u = 0,つまり, 粘性項が消えるのは平行なベクトル場のときということになり,やは り球面上の回転が落第するので ∆s もだめである. これら二つの Laplacian の間には微分幾何では有名なと呼ばれる次 の関係がある. Weizenböck formula (例えば [6] を見よ) ∆s X = ∆f X + Ric(X) ここで Ric(·) は Ricci 曲率を接空間上の二次形式とみて得られる対称 作用素で, Ricci 作用素と呼ばれている.勿論 Rn 上ではあらゆる曲率 が消えるので消滅している.24 2.2. R2 上の例. 24矢野泰久氏は,実際にこれらの Laplacian をを球面や双曲多様体などの空間型 上の Killing ベクトル場で計算し,正しい粘性項の候補は Ricci 作用素による補正を 修正した ∆f X + 2 Ric(X) となるはずだと予想した (2000 年度中央大学理工学研究 科修士論文).以下に見るように実際それは正しい. 29 多様体上の流体力学への幾何学的アプローチ R2 上の Navier-Stokes 方程式の簡単な解により基礎的な問題点をを 観察してみる. Example 2.1. ⎧ ⎨ u(0) = y ∂ ∂x ⎩ u(t) = u(0) in R2 この例では地すべりのようなすれを生じているので,明らかに粘性 摩擦が生じているはずであるが, 粘性力は効果を発揮していない.25 Example 2.2. ⎧ ∂ ⎪ ⎨ u(0) = y 2 in R2 ∂x ⎪ ⎩ u(t) = (y 2 + 2νt) ∂ ∂x こちらの例では (以下では正確に議論するが,直観的にも想像されると おり),x 軸に沿って粘性摩擦は生じていないが, 粘性力は効果を発揮 している. Z 'Z Z 'Z Figure 6. 粘性摩擦と粘性力の差を示す簡単な例 これらの例が示す様に,粘性摩擦とその結果起こる粘性力とは違う ものであって,Navier-Stokes 方程式の粘性項は粘性力だけ(そのもの) である.粘性により運動エネルギー (運動量?) も輸送されている.上 の例では,全運動エネルギーは無限大で,例 2.1 では粘性による力は 生じていないにも拘わらずどこでも一様にエネルギーが散逸している. y ∼ ±∞ から y = 0 に向かってエネルギーが輸送されているからであ る.粘性流体の運動を理解するには粘性摩擦とそれによるエネルギー 散逸を理解する必要があろう.次小節からはそれを試みる. 25勿論,全エネルギーが無限大であるというトリックは働いている. 30 三松 佳彦 2.3. 粘性摩擦. 以上の例で分かる通り,粘性力 (=粘性項) は粘性摩擦自体とは明ら かに異なるものである.曲がった空間でこれらを捉えるには,先ず粘 性摩擦自体をキチンと捉え,そこからどのようにエネルギーが散逸し ているかを記述する必要があるだろう.その結果として,生じる粘性 力が記述できる. 粘性摩擦は速度場が Killing でないことから生じると考えられる.先 ず前出の以下の事実を思い出そう. Lemma 2.2. ‘X ∈ X が Killing’ ⇔ ‘∇· X ∈ Γ(T M ⊗ T ∗ M) は交代テ ンソル’ そこで,以下の定義を導入してみる. Definition 2.3. 速度場 u に対し, Su, Au : T M → T M を, 共変微分 ∇u の対称成分,交代成分として,次のように定義する: Su := 1/2(∇u + (∇u)∗), Au := 1/2(∇u − (∇u)∗). 定義により,速度場 u が Killing ベクトル場であることと Su = 0 と は同値である. つまり Su が粘性摩擦の正体であると考える.この考え 方の妥当性は,以下に出てくるバネモデルなどで Su を用いてエネル ギー散逸が正確に計算できることなどにも保証される. Remark. Su, Au がどんな感じのものか, 上の例について調べてみる. • 例 2.1 では, ∇u = dy ⊗ ∂ ∂ ∼ ∂ ⊗ = ∂x ∂y ∂x ∂ ∂ 1 0 1 ⊗ dy + ⊗ dx = ∂x ∂y 2 1 0 1 0 1 Au = . 2 −1 0 1 Su = 2 つまりこの例では,横にズレているとだけ考えるのではなく, 回転 (等長変換) 成分が含まれており,(並進成分と) それを取り 除くと伸び縮みが鮮明に見えてくる.それが Su の正体である. 31 多様体上の流体力学への幾何学的アプローチ • 例 2.2 では, ∂ ∂ ∂ ⊗ dy ∼ ⊗ = 2y ∂x ∂x ∂y ∂ ∂ 0 y ⊗ dy + ⊗ dx = Su = y ∂x ∂y y 0 0 y Au = . −y 0 ∇u = 2y 上で注意したように,この例においては,x 軸上で粘性摩擦は 発生していない.x 軸上 Su = 0 であるから. 2.3.1. バネモデルを用いた説明の補足. 春の学校では,ここは全く説明できなかったのであるが,このノー トには付け加えてみようと思う.26 適当な距離にある (流体) 粒子同士がバネで結ばれているとし, バネ には potential 力が働いているとする. ◦ X /o /o /o /o /o /o F ◦ X /o /o /o /o /o /o F ◦ X /o /o /o /o /o /o F ◦ F F F F F X X X /o /o /o /o /o X X F ◦ F F F F X X X F F F X X X F F F X F X F X F X F /o /o /o /o /o o/ ◦ o/ /o /o /o /o /o ◦ o/ /o /o /o /o ⊕ ⇓ ◦O /o /o /o /o o/ /o? ◦O /o /o /o /o o/ /o? ◦O /o /o /o /o o/ /o? ◦ ? ? ? ? O O ? ? O ? /o /o /o o/ o/ ◦ /o /o /o /o o/ o/ O O ? ? ? ? O O ? ? O ? ◦ /o /o /o /o o/ /o O O ? ? ? ? O O ? ? O ? ◦ /o /o /o o/ o/ O O ⊕ ⇓ /o o/ o/ /o X X F X F X F X F F ◦ /o /o /o /o /o /o ◦ F F ◦ X /o o/ ◦ o/ /o o/ /o F X F X X F X F X F X F o/ /o /o /o /o /o ◦ /o o/ ◦ /o /o o/ /o o/ /o ◦ F F F X X F F F X F F X F X F /o /o /o /o /o ⊕ 26物理の人たちがこんなモデルを考えるのは当然という気もしないでは無いが,こ のモデルは少なくとも講演者にとっては当時東京大学の大学院生であった児玉大樹氏 の発案によるものである.児玉大樹のバネモデルと呼んでいる. 32 三松 佳彦 非等長的な流れにより, potential energy (位置エネルギー) の意味で 安定な距離にあった粒子同士が離れていく状況を考える. その粒子同 士が寄与する potential energy は漸時増加していくが, ある距離以上離 れるとバネが切れて, より近くの粒子との間にバネを形成しなおす. バ ネの組み替えである. このとき, のびきったバネの potential energy が 解放されて kinetic energy (運動エネルギー) に変換されるべきだが, 流 体が非圧縮なので多数の粒子がまったく自由な運動をすることはでき ない. つまり流体の適度の非圧縮性により, kinetic energy ではなく超 微視的レベルでの振動の energy (熱) に変換されることとなる. そして その熱は放射によりしだいに失われてしまう. バネが縮むときも同様 である. 以上の考察から, 粘性摩擦の現象論的な説明はつぎのように言うこ とができる: 流体の流れが (一般には) 等長的でないために, バネの potential energy が熱として散逸し, 流体の kinetic energy がしだいに失 われる. したがって, 流体の速度場が Killing ベクトル場からどれだけ離れて いるのかを測る尺度が粘性摩擦であるということになる. 2.4. 粘性摩擦によるエネルギー散逸. 速度場 u の各点 (各流体粒子) に於ける粘性摩擦 Su からそれによる エネルギー散逸を計算しよう.即ち,Su の各点に於けるノルムを然る べく与えることに他ならない. 与えられた点 P において接空間 TP M に Su を対角化する正規直交 ∂ 座標 (x1 , ..., xn ) を与える.そこで Su = ai ∂xi ⊗ ∂x∂ i とすれば,Su が生成する流れは σ = ai xi ∂x∂ i であって,これが点 P において u から並進成分と回転成分を取り除いた線形部分に他ならない.バネ・ ポテンシャルは何れ半径にしか依らないのだから,各半径 d の球面上 S n−1 (d) でのバネ・ポテンシャルに対する流れの仕事率は定数倍を無視 すると n−1 S (d) 上での仕事率 = 定数 × (σ, n)2 dvol S n−1 (d) となる.但しここで,n は球面の外向き単位法ベクトルである.これ を更に半径 d について積分したものがこの点 P におけるエネルギー散 逸率(密度)である.積分は更に定数倍を無視すれば半径に依らず 2 (σ, n) dvol = ( ai xi )2 dvol = ai たちの対称2次式 S n−1 (d) S n−1 (d) 多様体上の流体力学への幾何学的アプローチ 33 2 となる.対称2次式の空間は s2 = ai と σ2 = i<j ai aj とで張 られる2次元ベクトル空間であるが,いま,流体が非圧縮であるため σ1 = ai = div u = 0 なので,正の定数倍をのぞいてこの二つは一 致し, UP = 点 P における仕事率 = 定数 × a2i = 定数 × SuP 2 となる.SuP は正規直交基底による SuP の行列表示の普通の2乗 ノルム (=作用素としての2乗ノルム) で,正規直交基底の取り方に依 らない.これまで無視してきた定数はすべて動粘性率 ν に取り込むこ とにする.バネモデルでの考察は,この仕事率こそ粘性によるエネル ギー散逸率に他ならないことを主張している.従って,以上により次 が得られたことになる. Proposition 2.4. νUP = νSuP 2 は点 P ∈ M に於ける粘性による エネルギー散逸を与える. この UP は非圧縮流 u によって与えられる M 上の関数となる. Definition 2.5 (粘性によるエネルギーの散逸). 速度場 u の M にお ける粘性によるエネルギー散逸の合計 νU(u) を次で定義する: UP dvol(P ) = Su22 U(u) := M また,この U(u) は Xd 上の関数 U(u) = M Su(P )2 dvol(P ) = Su, Su と考えられる.更に右移動を使って U(u) を相空間 T G 上の関数とも考 える時には,(無限小) 散逸ポテンシャル, Rayleigh 函数などと呼ぶ. T G 上の関数と考えると,各ファイバー Tγ G = Xd 上の非負2次形式 である.ここで G は Diff(M, dvol) を表す. Remark. (1) “Rayleigh 函数” という用語は [3] に従った.[3] では,有 限次元の相空間 M 上の質点の運動が,各接空間 Tx M 上に定義され た非負 (半正定値) 2次形式の接空間方向の勾配ベクトル場 (の -1 倍) として与えられる力を受ける場合に,その2次形式を T M 上の函数と 見てそう呼んでいる.質点が空気抵抗などの流体抵抗を (低速で) 受け ているような場合が典型例である.その場合,外力のない運動方程式 (Euler-Lagrange 方程式) にこの分の力を付け加えればよい訳だが,そ の処方箋を無限次元化して G を配位空間とする力学系と見て同じこと をすれば,Navier-Stokes 方程式が求まると言う訳である.これは次小 節で見る.但し,我々の場合は Xd の上でやればよい. (2) U の計算で流体が非圧縮であること (div X = 0) を使った.次小 節でもこの仮定が本質的に使われる場面があるので注意されたし. 34 三松 佳彦 2.5. Navier-Stokes 方程式の導出. 上で注意したように,一般に,Riemann 多様体上の質点の運動など で,接空間上の2次形式で表されるエネルギー散逸を伴う運動は,そ の接空間での −gradient を運動方程式に付け加えればよい.このよう な理論形式の散逸関数を Rayleigh 函数と呼んだのであった.以下,都 合により速度場を u ではなく X で表す. 我々の場合, γ ∈ G での接空間 Tγ G を自然な右移動で Te G ∼ = Xd と 同一視するので,散逸ポテンシャル U(X) は, U(X) = (SX, SX)x dvol(x) = SX, SX M により与えられている.これの Xd 上での勾配ベクトル場を求めれば よい. X ∈ Xd において Y ∈ Xd 方向の U の方向微分は d (Y U)X = S(X + εY ), S(X + εY ) = 2SX, SY dε ε=0 であるから,S : Γ(T M) → Γ(T M ⊗ T ∗ M) の formal adjoint S ∗ を用 いれば gradX U, Y = (Y U)X = 2S ∗ SX, Y となる.ここで,一般には S ∗ SX ∈ Xd とはならないので,Euler 方程 式の導出においても圧力項による補正をしたように , について X から Xd への正射影 Π : X → Xd を施す必要がある.以上から次が得 られた. Proposition 2.6. gradX U = 2Π(S ∗ SX) . このままでは実用にならないのでもう少し計算してみる.次は実際 の計算には有用である. Remark. = 演習問題 (1) SX, AY = 0 for X, Y ∈ X . よって特に,S ∗ SX = ∇∗ SX . (2) −∇∗ = trace ◦(∇ ⊗ ∇). 従って, Proposition 2.7. − gradX U = 2Π(−∇∗ S X) . となる.更に,Weizenböck の公式(∆s X = ∆f X + Ric(X))の証明 と同じような計算 ([6] 参照) により次がわかる. 多様体上の流体力学への幾何学的アプローチ 35 Proposition 2.8. X ∈ Xd に対し −2∇∗ S X = ∆s X + Ric(X) = ∆f X + 2 Ric(X) . これより閉 Riemann 多様体上の Navier-Stokes 方程式が得られる. Theorem 2.9. (閉 Riemann 多様体上の Navier-Stokes 方程式) du = −∇u u − grad pg + ν(∆s u + Ric(X)) − grad pv dt ここで,Euler 方程式に現れた圧力は pg , 粘性項からきた圧力は pv (= 2ν∆−1 div Ric(X)) と表した.一緒にして一つの圧力として扱っても差 し支えない (が,次の理由により分けてある). Remark. Einstein 多様体では粘性による圧力 pv は現れない.(実は Einstein であることと同値である.) Corollary 2.10. 閉 Riemann 多様体上において u ∈ Xd が NavierStokes 方程式の定常解 u(t) ∼ = u を与えることと u が Killing ベクトル 場であることとは同値である. Killing なら粘性項が消え,Euler 方程式の定常解でもある.一方, Killing でなければ運動エネルギーが散逸し,定常解にはなり得ないの である. この小節に関しては,春の学校では時間が無くなりかけており,か なり速足で通り過ぎた.一方,この後にほんの少しだけ残った時間で (以上) 色々なゴタクを述べたが,ここでは省略する. 36 三松 佳彦 References [1] Vladimir I. Arnol’d and Boris A. Khesin. Topological methods in hydrodynamics, Applied Mathematical Sciences 125. Springer-Verlag, New York, 1998. [2] Vladimir I. Arnol’d. Mathematical methods of classical mechanics, 2nd ed., Graduate Texts in Mathematics 60. Springer-Verlag, New York, 1989. [邦訳] V. 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