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ある中央銀行総裁の請願
ある中央銀行総裁の請願 大臣閣下、行政府のお歴々、今日は、お集まりいただき深く感謝申し上げます。本日は、 折り入ってお願いに参りました。弊行は、現在、深刻な資金調達難に陥っており、大臣閣 下からのご指示、すなわち、大規模な金融緩和政策を敢行するための資金が著しく不足 しております。本日は、国会議員の先生方、国家公務員の方々に弊行の株式を購入して いただきたくお願いに参上しました。 単刀直入に申し上げます。以下の3点について法制化を立法府に諮っていただきたく存 じます。 1. 2. 3. 向こう 5 年間、国会議員と国家公務員の給与は、全額、弊行株式に振り込んでいた だき、弊行株券で支払いいただくこと。 国会議員と国家公務員幹部については、一人当たり 5 千万両分の弊行株式を購入 いただくこと。 国会議員と国家公務員の弊行株式保有分については、当該地位にあるかぎり、売 却を禁じていただくこと。 なお、こうしてお願いに参りますことに先立って、弊行全職員に上記の 1 と 3 に相当する 事項を、弊行幹部に上記の 2 に相当する事項を、それぞれ速やかに実行することを理事 会において決定いたしております。 大臣閣下、行政府のお歴々におきましては、私がお願い申し上げていることについて、 「何と理不尽な!」とおっしゃるかもしれませんが、どうか、どうか、私どもの窮状を説明申し 上げさせてください。 大臣閣下、行政府のお歴々におきましては、日頃より、弊行の銀行券発行制度に十分 な理解をたまわっておりまして、「弊行の輪転機を回して紙幣を刷ればよいことではないか」 とお考えになられるかもしれません。しかし、大臣閣下の政府に対する国民の信任はきわめ て高く、国民は「来年には物価が上昇する」と確信いたしております。そのように物価上昇の 期待を抱いた国民は、自宅のタンスにしまってあった紙幣が目減りすることを恐れて市中銀 行に預け直し、市中銀行はそれらの紙幣を弊行に大量に持ち込んでおります。事実、弊 行の本支店の金庫は、体育館ほど大きいものでございますが、どこも、かしこも、持ちこまれ た紙幣がうず高く積み上がっております。具体的に数字を申し上げますと、市中に出回って いた 80 兆両の紙幣のうち、すでに 10 兆両の紙幣が弊行に持ちこまれております。 大臣閣下、行政府のお歴々におきましては、日頃より、弊行の準備預金制度に十分な 理解をたまわっておりまして、「市中銀行から当座預金で資金を調達すればよいのではな いか」とお考えになられるかもしれません。しかし、大臣閣下からのご指示に従う義務がある 弊行といたしましては、当面、金融引き締めがいっさい許されておらず、年 0.01%の金利引 き上げさえかないません。民間金融市場の金利は、国民が期待する物価上昇を織り込ん で上昇しており、金利がまったく付かない弊行当座預金は、市中銀行に見向きもされない 状況です。具体的に数字を申し上げますと、弊行の当座預金残高は、先月まで 40 兆両 ありましたが、現在は市中銀行に法律で預け入れが義務付けられている 7 兆両まで減少 しております。 大臣閣下、行政府のお歴々の前で細かな数字を申し上げるのは大変に恐縮でござい ますが、市中銀行より持ち込まれた 10 兆両、当座預金の残高減 33 兆両につきましては、 弊行が長く信頼関係を築いてきた友邦国中央銀行から緊急融資を受けております。付言 致しますに、近年、我が国との外交関係が芳しくない国々の中央銀行からも、心強いご 支援を受けております。しかし、これらのありがたい緊急融資も、返済期限が 3 ヶ月先に迫 っております。 大臣閣下、行政府のお歴々におきましては、「弊行株式の売却制限とは個人の財産 権の侵害ではないか」とお考えになられるかもしれません。しかし、国家の中枢でご活躍で あり、金融政策の内実を深く知るお立場にあるお歴々は、いわゆるインサイダーに相当し、 我が国の法律によって弊行株式の売却が禁じられております。この点は、私どもとしても、 いかんともしがたいところでございます。 大臣閣下からのご指示、すなわち、「物価が上昇するまで上限なく国債を買入れろ」と いうご指示にできうるかぎり“忠実に”なる一方で、ご指示を実現すべくできうるかぎり“創造 的に”なって、食べることを忘れ、寝ることを忘れ、考えて、また、考えて、やっとのところでた どり着いた結論でございます。弊行は、いやしくも中央銀行の地位を頂戴しておりますが、 市場社会の中で弊行に許されていることと言えば、所詮は市中銀行とまったく同じで、「お 金を集めて、投融資をする」ということしかございません。また、深刻な資金調達難に陥れ ば、中央銀行であれ、民間銀行であれ、事業会社であれ、自己資本を調達するしか再 生の道がございません。 しかし、このように突き詰めて考えて参りますに、大臣閣下、行政府のお歴々に、私ども からお願い申し上げていることこそが、国民の期待に応える唯一の道なのではないかと信じ るようになりました。大臣閣下のご指示が我が国の経済にどのような帰結をもたらすのか、 正直なところ、私には分かりません。無礼を承知で言葉を使わせていただくならば、深い憂 慮もございます。しかし、それは、国民とて同じことではないでしょうか。そのように考えて参りま すと、国会議員、国家公務員、弊行職員の給与や財産が担保となって金融政策が実 施されていることに、国民一人一人は、無用な心配を払いのけ、我が国の金融政策、い や経済政策に対して多大な信頼を寄せることになるのでないでしょうか。 本日は、大臣閣下、行政府のお歴々には、お忙しい中お集まりいただき、深く、深く感 謝申し上げます。弊行の請願、何卒お聞き入れいただきたく存じます。