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九州工業大学学術機関リポジトリ"Kyutacar"
九州工業大学学術機関リポジトリ Title ステンレス鋼の酸洗溶解性に関する研究 Author(s) 槌永, 雅光 Issue Date 2006-06-30 URL http://hdl.handle.net/10228/817 Rights Kyushu Institute of Technology Academic Repository 氏 名 槌 永 雅 光 学 位 の 種 類 博 学 位 記 番 号 工博甲第242号 学位授与の日付 平成18年3月23日 学位授与の要件 学位規則第4条第1項該当 学 位 論 文 題 目 ステンレス鋼の酸洗溶解性に関する研究 論 文 審 査 委 員 主 士(工学) 査 教 授 長谷部 光 弘 教 授 恵 良 秀 則 教 授 兼 田 楨 宏 助教授 大 谷 博 司 学 位 論 文 内 容 の 要 旨 ステンレス鋼の需要を増加させるには、ステンレス鋼の特徴を理解し機能とコストのバランスの取 れた適用法を検討すること、低コスト製造法の開発による低価格化を図ること、新しい需要への新機 能材の開発を行なうことが重要だと考えられている。 この中で、低コスト製造法の開発による低価格 化についての具体的な技術課題は、生産性の向上と省工程化である。 省工程の進んだ普通鋼板の製造 工程に比べステンレス鋼板では、熱延鋼帯焼鈍、コイル研削、小径ロール・リバース圧延等が特別に 行なわれており、これらを不要にする技術の検討が不可欠である。 このためには、これら各工程が果 たしている機能を明確化し、その機能に関する基礎的研究やシーズ開発を精力的にかつ系統的に行な う必要がある。 本論文は、ステンレス鋼の汎用量産鋼種である SUS430 鋼を対象に、熱延鋼帯あるいは熱延焼鈍 鋼帯のコイル研削工程を省略して製造するための、酸洗工程での素地高速溶解による高能率デスケー ル技術ならびに種々の熱履歴により鋭敏化を生じた被酸洗材の酸洗後の平滑表面化について検討した ものである。 第1章の序論では、ステンレス鋼の低コスト製造法を開発するときの技術課題としての熱延鋼帯あ るいは熱延焼鈍鋼帯のコイル研削工程を省略することの必要性、コイル研削工程を省略するための高 能率で平滑な酸洗法の必要性、平滑酸洗表面を達成するための粒界鋭敏化と酸洗溶液の組合せの必要 性を通して、本研究の意義とその背景について述べた。 第2章では、ステンレス鋼のデスケール機構とその機構を元にした評価指標、この指標を元に硫酸 に硝酸を添加した溶液について検討した結果を述べた。 ステンレス鋼の熱延鋼帯あるいは熱延焼鈍鋼 帯の酸化スケールは化学的に安定な Cr 酸化物であり、酸化スケール自体の溶解によって除去するこ とができない。 メカニカルデスケーリング処理を充分に行なった後の高能率なデスケール酸洗の条件 としては、素地の大きな溶解速度とともに、酸洗後に粒界腐食がないことが必要である。 硫酸溶液を ベースに硝酸を添加した酸洗溶液中における SUS430 熱延鋼帯の酸洗について、素地溶解速度と粒 -47- 界腐食について検討している。 素地溶解の速度については、硝酸添加量、溶液の温度、酸洗溶液中に 酸洗の進行に伴い増加する溶け込みイオン量の影響について明らかにした。 また、粒界腐食について は、粒界 Cr 欠乏材ならびに P の粒界偏析材での酸洗後の表面性状変化を明らかにした。さらに、素 地溶解速度が硝酸添加量や溶け込みイオン量によって変化する機構、P の粒界偏析材で硝酸添加量の 増加に伴い粒界腐食が軽減する機構を明らかにする実験を行ない、機構を明確化した。 第3章では、硫酸溶液をベースに硝酸を添加した酸洗溶液中における SUS430 熱延鋼帯の電解酸 洗について、カソード極およびアノード極のそれぞれの極での素地溶解速度への硝酸添加量、溶液の 温度、電流密度、酸洗溶液中に酸洗の進行に伴い増加する溶け込みイオン量の影響を明らかにした。 粒 界腐食については、粒界 Cr 欠乏材での酸洗後のカソード極およびアノード極での表面性状を明らか にした。 さらに、電解酸洗時のカソード極での溶解について、鋼板表面の電位を測定し溶解機構を明 らかにした。 第4章では、SUS430 鋼において、P の粒界偏析が生じる熱処理を行った後に硫酸酸洗しても粒界 腐食を生じない鋼中成分組成を変更する検討を行ない、有効な数種の元素を見出した。 特に有効な結 果の得られた元素について、粒界偏析の状態の確認、P 濃度の溶解速度依存性が変化することを明ら かにする実験を行ない、機構を明確化した。 さらに、計算熱力学を粒界偏析へ適用する試みを行ない、 有効に作用した元素についての効果を計算した結果についても報告した。 第5章の結論では、硫酸への硝酸を添加した酸洗実験を通じて得られた結果を元に、硫酸をベース にした溶液の不動態化の特性と酸洗促進剤添加による溶解速度との関係、硫酸をベースにした電解酸 洗でのカソード極での溶解性をまとめた。 粒界腐食については、P の粒界偏析材で粒界腐食を生じる ことがなく、平滑な酸洗表面を得るための方法として、溶液の組成を変更する方法、鋼中成分組成を 変更する方法をまとめた。 学 位 論 文 審 査 の 結 果 の 要 旨 本論文は、ステンレス鋼の低コスト製造法の開発における技術的課題である生産性の向上と省工程 化を念頭に、生産工程における機能の明確化を系統的に行った基礎的研究をまとめたものである。 ステンレス鋼としては汎用量産鋼種の SUS430 鋼をとりあげ、鋼帯のコイル研削工程を省略する ため、酸洗工程での素地高速溶解による高能率デスケール技術ならびに鋭敏化した被酸洗材の酸洗後 の平滑表面化について検討した。 まず本研究の背景として、ステンレス鋼の低コスト製造法を開発における技術課題として熱延鋼帯 あるいは熱延焼鈍鋼帯のコイル研削工程の省略と、この工程を省略するために必要となる高能率な酸 洗法、および平滑な酸洗表面を達成するための粒界鋭敏化と酸洗溶液の組合せの重要性を論じた。 次に、ステンレス鋼のデスケール機構とその評価指標を元にして硫酸に硝酸を添加した溶液につい ての検討を行った。 ステンレス鋼の熱延鋼帯あるいは熱延焼鈍鋼帯の酸化スケールである Cr 酸化物 は化学的に安定であるため、酸化スケール自体を溶解除去することができない。 そのためメカニカル デスケーリング処理の後、酸洗を行うが、そのデスケール酸洗の高能率の条件は、素地の大きな溶解 速度に加え、酸洗後に粒界腐食がないことである。 そこで、素地溶解速度と粒界腐食について、硫酸 -48- 溶液に硝酸を添加した酸洗溶液による SUS430 熱延鋼帯の酸洗を行い検討した。 その結果、素地溶 解速度については、硝酸添加量、溶液の温度、酸洗の進行に伴い増加する溶液中の溶け込みイオン量 の影響を明らかにした。 また粒界腐食については、粒界 Cr 欠乏材および P の粒界偏析材で酸洗後 の表面性状変化について明らかにした。 さらに、硝酸添加量や溶け込みイオン量によって素地溶解速 度が変化する機構、および P の粒界偏析材では硝酸添加量が増えることによって粒界腐食が軽減する 機構を調べる実験を行ない、それらの機構を明らかにした。 硫酸溶液に硝酸を添加した酸洗溶液中に おける SUS430 熱延鋼帯の電解酸洗の実験からは、硝酸添加量、溶液の温度、電流密度、酸洗の進 行に伴う溶け込みイオン量について、カソード極およびアノード極における素地溶解速度への影響を 明らかにするとともに、粒界腐食については、粒界 Cr 欠乏材の酸洗後における両極での表面性状を 明らかにした。 同時に、鋼板表面の電位測定を行い、電解酸洗時のカソード極における溶解機構を明 らかにした。 SUS430 鋼の成分に注目し、P の粒界偏析が生じる熱処理を行った後に硫酸酸洗しても粒界腐食を 生じない組成を検討し、有効な成分元素を見出すとともに、これら有効な成分について、粒界偏析の 状態を調べ、また P 濃度の溶解速度依存性が変化する機構を明らかにした。 さらに、計算熱力学的 手法を粒界偏析へ適用する新しい試みを行ない、その有用性について述べている。 以上本論文では、SUS430 鋼について、酸洗工程における基礎的研究を系統的に行い、汎用量産ス テンレス鋼の生産性の向上に寄与する貴重な知見を得ている。 よって、本論文は博士(工学)の学位論文に値するものと認められる。 また、審査委員および公聴会の出席者による本論文の成果についての質問に対して、いずれも的確 に回答しており、質問者の理解が得られたものと判断する。 以上の結果から、本審査委員会は、著者が最終試験に合格したものと認める。 -49-