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副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)単独欠損症を伴った 膵癌患者に膵頭

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副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)単独欠損症を伴った 膵癌患者に膵頭
日消外会誌 32(1):41∼45,1
9
9
9年
症例報告
副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)単独欠損症を伴った
膵癌患者に膵頭十二指腸切除術を施行した 1 例
鹿児島大学第 1 外科1),済生会川内病院外科2)
飯野
愛甲
聡
1)
孝
高尾 尊身
小倉 芳人
新地 洋之
満田 和信
久保 昌亮
2)
萩原 一行
症例は64歳の男性.主訴は低血糖による意識消失発作,同時に膵嚢胞性疾患を指摘され入院となった.
低血糖発作は ACTH 単独欠損症部分欠損型,膵嚢胞性疾患は膵頭部膵管内乳頭腺癌と診断された.
ACTH 単独欠損症と診断された後,術前は20mg!
day のヒドロコルチゾン経口投与を,術後は300mg
!
day の経静脈的投与より開始し,術前量まで漸減した.また漸減時コントロールの指標として血糖値,
血中 Na 値の推移に注目したところ有効であった.必要十分量のステロイド投与を行うことにより,合
併症なく膵頭十二指腸切除術を行うことが可能であった.ACTH 単独欠損症患者に対する外科手術の
報告はわずか 4 例が散見されるにすぎず周術期管理は確立されていない.今回,我々は本症に対する
周術期管理を中心に報告する.
Key words:
isolated ACTH deficiency, pancreatoduodenectomy
はじめに
ACTH 単独欠損症患者に対する外科手術の報告は
わずか 4 例が散見されるにすぎず周術期管理は確立さ
れていない.今回我々は ACTH 単独欠損症患者に発生
した膵頭部膵管内乳頭腺癌に対し,膵頭十二指腸切除
術を施行しえたので周術期管理を中心に報告する.
症
例
患者:64歳,男性
主訴:低血糖による意識消失発作
Table 1 Laboratory date on admission
WBC 4,600 × 103 /μl
Hb
11.1 g/dl
Plt 14.6 × 104 /μl
TP
Na
K
6.7 g/dl
141 mEq/l
3.9 mEq/l
T-Bil
GOT
0.4 mg/dl
31 IU/l
Cl
BS
109 mEq/l
62 mg/dl ↓
GPT
12 IU/l
IRI
2.0 μU/ml
LDH
BUN
Cr
487 IU/l
16.5 mg/dl
0.8 mg/dl
CEA
CA19-9
1.6 ng/ml
10.3 U/ml
家族歴:特記事項なし.
既往歴:特記事項なし.
現病歴:1988年 3 月低血糖による意識消失発作が認
められたが,原因は不明であった.以後低血糖症状の
出現は認められなかった.1997年 9 月26日の意識消失
発作が出現し近医へ救急搬送され血糖値22mg!
dl と低
値を指摘された.腹部 CT にて膵頭部に嚢胞性疾患を
認めた.1997年11月 1 日低血糖,膵嚢胞性疾患に対す
る精査加療目的にて当院へ入院となった.
入院時検査所見:血糖値64mg!
dl と若干低値を示し
Table 2 Laboratory date of endocrine function
ACTH
cortisol
17OHCS
17KS
24.5 pg/ml
1.5 μg/dl ↓
2.1 mg/day ↓
4.4 mg/day ↓
GH
FSH
0.1 → 11.3 ng/ml (GRH stress)
6.6 → 11.9 mIU/ml(LH-RH stress)
LH
PRL
TSH
8.2 → 31.8 mIU/ml(LH-RH stress)
6.6 → 60.9 ng/ml (TRH stress)
4.6 → 42.91 μU/ml(TRH stress)
た以外,血液・生化学的検査結果は正常であった.腫
瘍マーカーは CEA 1.6ng!
ml,CA19-9 10.3U!
ml と正常
<1998年10月14日受理>別刷請求先:飯野
聡
〒891―0175 鹿児島市桜ヶ丘 4 ―35― 1 鹿児島大学
医学部第 1 外科
であった(Table 1)
.
内分泌検査所見:インスリン値は低血糖が認められ
たが低値であった.コルチゾール値,尿中17OHCS,尿
中17KS は低値を示し,副腎皮質機能低下が認められ
42(42)
ACTH 単独欠損症を伴った膵癌患者に膵頭十二指腸切除術を施行した 1 例 日消外会誌 3
2巻
Fig. 1 Upper:Rerults of CRH load test. It showed
poor response of ACTH to stimulation by CRH .
lower:Results of continuous ACTH load test . It
showed that the adrenocorticotropic function was
mainteined.
1号
Fig. 2 Abdomen computed tomography showed a
cystic lesion in the pancreatic head about 3×2cm in
diameter.
(white arrow)
Fig. 3 ERCP showed that the main pancreatic duct
was extended and curved . A papillary structure
was seen in the extended main pancreatic duct.
(black arrow)
た(Table 2)
.ACTH は 正 常 値 で あ っ た が,ACTH
に対する分泌負荷試験である corticotropin-releasing
hormone(以後,CRH)負荷試験において負荷後前値
の 2 倍と ACTH の軽度分泌不良を認めた.副腎皮質に
対する分泌負荷試験である ACTH 連続負荷試験にお
いて副腎皮質の反応は良好であった(Fig. 1)
.またそ
の他の下垂体前葉ホルモンの測定値は GH,FSH,LH,
PRL,TSH いずれも正常値でありかつ負荷試験におい
ても良好に反応した.以上より ACTH 単独欠損症部分
欠損型による 2 次性副腎皮質機能低下症と診断され
腫とその近傍に核の濃染と異型を伴った膵管内乳頭腺
た.また本症例においては CT,MRI 上,empty sella
癌が認められた(Fig. 5)
.
など下垂体異常を示唆する所見はえられなかった.
画像所見:CT にて膵頭部に膵管の拡張と思われる
周術期経過:術前は20mg!
day のヒドロコルチゾン
の経口投与を行った.手術当日,術後 1 日目はコハク
嚢胞性部分が認められた
(Fig. 2)
.ERCP では主膵管の
酸ヒドロコルチゾンナトリウムを300mg!
day 投与し,
拡張および蛇行が認められ,一部に隆起性の病変が認
2,
3日目は200mg!
day,4,
5日目は100mg!
day,6,
7,
8
められた(Fig. 3).EUS においても主膵管の嚢胞状拡
日目は50mg!
day, 9 日目以後は胃瘻チューブより術
張と隆起性病変が認められた(Fig. 4)
.以上より膵嚢
前投与量であるヒドロコルチゾン20mg!
day 注入とし
胞性疾患は膵頭部の膵管内乳頭腫瘍が疑われた.
た.投与方法としては術後 3 日目までは持続静注とし
手術:膵管内乳頭腫瘍に対し幽門輪温存膵頭十二指
以後,朝夕の二分割投与とした.その間,血糖値,血
腸切除術,今永法再建,膵胃吻合術が施行された.手
中 Na 値を指標に急性副腎不全に陥らぬように管理を
術標本にて著明に拡張した主膵管とその内腔に乳頭状
行った.術後 2 日目に血糖値98mg!
dl と一過性に低下
の突起が認められた.病理組織学的には膵管内乳頭腺
したため100mg を追加静注した.術後13日目に血中
1999年1月
Fig. 4 Endoscopic ultra sonography showed a papillary structure in the extended main pancreatic
duct.
(black arrow)
43(43)
Fig . 6 Changes in the levels of serum Na , blood
sugar and amount of the given hydrocortisone.
Na 値135mEq!
l と若干の低下が認められたが,全身状
態は比較的良好で特に問題なく経過した(Fig. 6)
.
Fig. 5 Upper:Resected specimen revealed a papillary structure in the extended main pancreatic
duct.
(black arrow)
lower:Histological findings of the resected specimen. Histopathological examination of the lesion revealed intra-ductal adenocarcinoma.
考
察
1954年に Steinberg ら1)は全身倦怠感,嘔吐,低血糖,
体重減少を呈し ACTH の注射が著効を示した症例を
Pituitary Addison's disease として報告した.この報告
が ACTH 単独欠損症の第 1 例と考えられるが,その
後,同様の症例の報告が増加した.以後,ホルモンの
測定が可能となりこれらの症例は下垂体前葉ホルモン
のうち ACTH のみの分泌が障害されていることが明
らかとなり,ACTH 単独欠損症と呼ばれるようになっ
た.
本邦では1969年に熊原ら2)により最初に報告された
が,疾患概念の普及,ACTH 測定感度と特異性の改善,
CRH などの合成視床下部ホルモンを用いた下垂体前
葉機能検査などの進歩により近年報告が急速に増加し
つつある.橋本ら3)は1969∼1991年までの本邦での241
例をまとめ,男性149名,女性92名で平均年齢は54歳で
あったと報告している.我々が検索しえた範囲では
1992∼1996年半ばまでで文献上49例が報告されてい
るが,実際はさらに多くの症例が存在するものと思わ
れる.また CRH 負荷試験に対し ACTH が反応を示す
にもかかわらず,ACTH 単独欠損症の臨床症状を呈す
る一群が ACTH 単独欠損症部分欠損型と分類されて
きた.何らかのストレスが生じた場合 ACTH 予備能が
低下しているため,十分量の ACTH が分泌されず臨床
症状を示す.本症例はこの病態に一致し ACTH 単独欠
損症部分欠損型による 2 次性副腎皮質機能低下症と診
断された.また ACTH 単独欠損症の画像診断の特徴と
し て30.2%に empty sella が 認 め ら れ た と さ れ て い
44
(44)
ACTH 単独欠損症を伴った膵癌患者に膵頭十二指腸切除術を施行した 1 例 日消外会誌 3
2巻
る3).
1号
12日 目 に CRP 7.10mg!
dl と 上 昇,術 後13日 目 に135
一方,本疾患患者に対する外科手術の報告はまれで
mEq!
l と若干の血中 Na 値の低下を認め,minor leak
斉藤ら5)
ある.手術報告例として斉藤ら4)の下垂体手術,
の可能性も示唆された.これに対して経口摂取中止,
6)
7)
の白内障手術,太田ら の胃切除,西山ら の胃切除の
抗生剤の変更で対処し問題なく経過した.この間,何
4 例が散見されるのみである.術前に本症と診断され
らかの炎症が生じていたことを考慮するとヒドロコル
5)
ずに手術を行った場合,斉藤ら は白内障に対する局所
チゾンの投与量がこの時点で不十分であったため血中
麻酔手術で,術中ショックとなり,術後に ACTH 単独
Na 値が若干低下したのではないかと考えられた.その
欠損症と診断さ れ た 症 例 を 経 験 し 報 告 し て い る.
後は術前投与量20mg!
day へと移行し合併症なく経過
ACTH 単独欠損症の初診の契機は,低血糖と意識消失
した.
が最も多く,これらの症状を認める患者に外科的手術
ACTH 単独欠損症患者に血中 Na 値,血糖値を指標
を行う場合常に本症も念頭におき鑑別しておく必要が
に必要十分量のステロイドカバーを行うことにより膵
ある.
頭十二指腸切除術が可能であった.
ステロイド補充に関して,我々は術前20mg!
day の
ヒドロコルチゾンを ACTH 単独欠損症と診断された
後,手術まで 2 週間にわたり投与した.これは田中8)の
報告に基づき決定した.ステロイド投与開始以前には
低血糖が認められたがステロイド投与開始以後は血糖
値80mg!
dl 前後と改善が認められた.しかし,血中コ
ルチゾール値は投与開始後も2.1µg!
dl と正常値以下で
ありコントロールの良悪を反映しなかった.よって血
糖値の改善をもってコントロール良好と判断した.周
術期のステロイドの投与量について我々は手術当日コ
ハク酸ヒドロコルチゾンナトリウムを300mg!
day よ
り開始することにした.これは正常な生体ではストレ
スに対して最大200∼500mg!
day の内因性コルチゾー
ルが分泌されるという報告9)10)に基づき決定した.また
太 田 ら6),西 山 ら7)も 胃 切 除 に 際 し て 術 当 日300mg!
day のステロイドカバーより開始したと報告してお
り,開始量として適当であると判断した.
手術当日,術後 1 日目はコハク酸ヒドロコルチゾン
ナトリウムを300mg!
day,2,3 日目は200mg!
day,4,5
日目は100mg!
day,6,7,8 日目は50mg!
day 投与した.
9 日目以後は胃瘻チューブよりヒドロコルチゾン20
mg!
day 注入とした.投与方法としては術後 3 日目ま
では持続静注とし以後朝夕の二分割投与とした.この
間,血糖値,血中 Na 値を測定し異常な低下が認められ
ないこと,つまり副腎不全が生じていないことに注意
を払いながらステロイドの減量を行った.術後 2 日目
には血糖値が98mg!
dl と低下傾向をしめしたためコハ
ク酸ヒドロコルチゾンナトリウム100mg を追加静注
した.術後 9 日目より経口製剤へと移行したが,術後
文
献
1)Steinberg A, Shechter FR, Segal HI:True pituitary Addison's disease―A pituitary unitropic deficiency. J Clin Endocrinol Metab 14:1519―1529,
1954
2)熊原雄一,宮井 潔,岡田義昭:単一前葉ホルモン
欠損症.臨科学 5:28―37, 1969
3)橋本浩三,西岡達矢,伊与田孝一郎ほか:本邦
ACTH 単独欠損症における TSH, Prolactin の 過
剰反応及び GH の低反応に関する検討.日内分泌
会誌 68:1096―1111, 1992
4)斉藤亮彦,金子兼三,外山 孚ほか:蝶形骨洞から
トルコ鞍,左海綿静脈洞に広がる非特異的炎症性
肉芽を伴った ACTH 単独欠 損 症 の 1 例 と,primary empty sella 症候群を伴った同症の一例.ホ
ルモンと臨 34:415―420, 1986
5)斉藤善蔵,今村順記,望月清文ほか:白内障の術中
ショックを契機に見出された ACTH 単独欠損症
の 1 症例.ホルモンと臨 37:40―43, 1989
6)太田安彦,川浦幸光,金平永二ほか:ACTH 単独
欠損症にみられた胃癌の 1 手術例.日臨外医会誌
52:126―129, 1991
7)西山友貴,平崎盟人,石川慎一ほか:副腎皮質刺激
ホルモン単独欠損症患者の麻酔経験.麻酔 43:
1889―1892, 1994
8)田中考司:ACTH 単独欠損症.日内会誌 83:
53―57, 1994
9)Symreng T, Karlberg BE, Kagedal B et al:Physiological cortisol substitution of long term steroidtreated patients undergoing major surgery. Br J
Anaest 53:949―954, 1981
10)桜井健司:ステロイド長期投与.消外 8:704―
705, 1985
1999年1月
45(45)
Pancreatoduodenectomy on a Case with Pancreas
Cancer and Isolated ACTH Deficiency
―A Case Report―
Satoshi Iino, Sonshin Takao, Hiroyuki Shinchi, Masaaki Kubo, Takashi Aikou1),
Yoshito Ogura, Kazunobu Mitsuda and Kazuyuki Hagihara2)
1)
1st Department of Surgery Kagoshima University
2)
Department of Surgery Saiseikai Sendai Hospital
A64-year-old man was admitted to our hospital because he lost consciousness as a result of low blood
sugar. At the time, CT revealed a cystic lesion in the pancreas head. After he was admitted, examinations revealed isolated ACTH deficiency(IAD)and intraductal adenocarcinoma of the pancreas head. A steroid was
prescribed to treat the symptoms of IAD caused by secondary adrenocorticotropic insufficiency. If enough
steroid is not given before and after the operation, patients would easily develop acute adrenal failure. Therefore, we performed pancreatoduodenectomy giving the appropriate amount of steroid. To determine this
amount of steroid, we monitored the blood sugar and Na levels. Three hundred milligrams of hydrocortisone
was administered immediately following surgery until post-operative day 2. Beginning on day 3, the amount of
hydrocortisone was gradually reduced. As a result, the levels of blood sugar and serum Na were improved.
Careful treatment with the steroid resulted in successful PD without any complications. Recently, reports
about IAD have been increasing. However, only 4 cases of surgical treatment for those patients have been reported in our country. Criteria of before and after operative treatment for IAD patients have not been established.
Reprint request:Satoshi Iino First Department of Surgery, Kagoshima University Medical School
4―35―1 Sakuragaoka, Kagoshima, 891―0175 JAPAN
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