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機能性色素フタロシアニンの教材化と実践
Hirosaki University Repository for Academic Resources Title Author(s) 機能性色素フタロシアニンの教材化と実践 吉田, 裕美子 Citation Issue Date URL 2010-03-24 http://hdl.handle.net/10129/3714 Rights Text version author http://repository.ul.hirosaki-u.ac.jp/dspace/ 修士論文 機能性色素フタロシアニンの教材化と実践 弘前大学大学院教育学研究科 教科教育専攻 理科教育専修 08GP209 吉田 化学分野 裕美子 目次 第一章 序論 第一節 染料について 1 第二節 フタロシアニンについて 2 第三節 学習指導要領 4 第四節 本研究にいたるまで 5 第二章 太田(2006)による研究 第一節 高等学校学習指導要領 6 第二節 課題研究 7 第三節 フタロシアニンの工業的生産方法 19 第四節 結果と考察 23 第三章 吉田(2007)による研究 第一節 目的 24 第二節 結果と考察 25 第四章 機能性色素フタロシアニンの教材化と実践 第一節 本研究の目的 42 第二節 実践授業 43 第五章 考察 第一節 授業展開と考察 49 第二節 今後の課題 54 参考文献 55 謝辞 56 第一章 序論 第一節 染料について 19 世紀半ばまで、世界の全ての染料は植物や昆虫、貝などから得られる天然 染料が中心であった。しかし、天然染料には様々な問題があった。日光や水に 弱いなどの耐久性の問題もさることながら、その問題の中で一番厄介であった のが、膨大な土地や労働力の消費と、大量の副産物が出てしまうことであった。 今現在、世界中で利用されている染料を全て天然染料にした場合、世界中全て の農地を使用し、数百万トンの農業廃棄物を生み出すと考えられている。 このようなことから、技術的、経済的によりよい染料は当時から必要とされ ていたということがわかる。 イギリスの化学者 William.H.Perkin は、1856 年に芳香族アリルトルイジン を酸化させ、抗マラリア薬であるキニーネを合成させようと試みていたが、結 果は黒いタール状物質が得られるだけであった(図1) 。彼は同じ方法でアニリ ンを処理してみたところ、同様に黒いタール状物質が得られたため、失敗と判 断しエタノールで実験器具を洗い流した。その時偶然にも、エタノールによっ て溶かされた紫色の溶液に気付くことになる。この溶液を加熱してみると美し い紫色の溶液となり、冷やすと紫色の結晶が生じた。これが、世界で初めての 合成染料『モーブ』である。これをきっかけに、多くの化学者が染料の研究を 行うようになった。そのため、染料の多くは 19 世紀末に発見されている。1) + 3 [O ] 2 -H 2 O アリルトルイジン(C10H13N) 図1 キニーネ(C20H24N2O2) W.H.Perkin の予想 1 第二節 フタロシアニンについて フタロシアニンは 19 世紀に発見されなかった数少ない染料の一つである。 1907 年、Von Braun らは無金属フタロシアニンを偶然発見した。その後、1927 年の de Diesbach らによる銅フタロシアニンの発見がある。 イギリスの Scottish Dyes Ltd.工場では無水フタル酸とアンモニアから、フタ ルイミドという化合物を合成していた。その過程で青い不溶物が出来ているこ とに気付いた化学者が、それを分析したところ有機鉄化合物だと判明した。こ れが、1928 年に特許申請された鉄フタロシアニンの発見である。1934 年には R. P. Linstead らが無金属フタロシアニンの合成に成功し、構造を明らかにした。 その構造は、ポルフィリン環のメチレン基を窒素に置換し、周囲にベンゼン環 を縮合した構造をもつポルフィリンの類縁体に属している。1)(図2) N N N N M N N N N N N N N フタロシアニン 図2 M ポルフィリン フタロシアニンの基本構造とポルフィリンの基本構造 2 フタロシアニンは、赤色の光を吸収するため青色や緑色をもつ。従来から青 色や緑色の染料・顔料として、塗装や標識に使われてきた。研究が進み、フタ ロシアニンが赤外線を吸収することもわかってきた。現在では感光体、光記録 媒体、消臭剤としても実用化され、太陽電池、エレクトロクロミックディスプ レイ、液晶、電池、センサ、分子素子等々、応用面で多くの期待を集め、また 学術的にも世界各国で注目されている。2) 3 第三節 学習指導要領 平成 21 年3月に告示された新学習指導要領では、科学に対する興味・関心を 高めるため、人間生活とかかわりの深い内容を扱う「科学と人間生活」を、ま た探究的な学習を重視する観点から、 「物理」、 「化学」、 「生物」、 「地学」に新た に探究活動を導入するとともに、 「理科課題研究」を新設した。 「物理基礎」、 「化 学基礎」、 「生物基礎」 、 「地学基礎」、においては、日常生活や社会との関連を重 視している。(表1) 新指導要領 科目 標準 単位数 科学と人間生活 2 物理基礎 2 物理 4 現行 必履修科目 科目 「科学と人間 生活」を含む 標準 単位数 理科基礎 2 理科総合A 2 理科総合B 2 物理Ⅰ 3 必履修科目 2 科目 (「理 科 基礎」「理 化学基礎 2 化学 4 礎を付した科 物理Ⅱ 3 「理科総合 生物基礎 2 目を3科目 化学Ⅰ 3 B」を少なく 生物 4 化学Ⅱ 3 地学基礎 2 生物Ⅰ 3 地学 4 生物Ⅱ 3 理科課題研究 1 地学Ⅰ 3 地学Ⅱ 3 表1 2科目又は基 科総合A」 とも1科目 含む) 新指導要領と現行の指導要領の科目構成 このように、新学習指導要領は、現行の学習指導要領以上に、 「科学と日常生 活」、「科学と社会」との関わりを強調し、指導するように改訂されている。ま た、現行の指導要領において指導内容の柔軟性を妨げる原因となっていた、は どめ規定が原則削除されたことにより、発展的な内容等も教師の裁量によって 取り入れることが可能になった。 4 第四節 本研究にいたるまで 太田(2006)は、フタロシアニンが日常生活に密着した物質であることに着 目し、「化学Ⅱ」の「(2)生活と物質」において、フタロシアニンを発展学習 の教材とすること、また、課題研究のテーマ例としてフタロシアニンを合成す ることを想定し、より容易なフタロシアニンの合成法を検討している。 さらに、吉田(2007)の研究では、太田の研究での問題点、 ① オイルバスを使用した加熱 ② 高価な試薬 ③ フタロシアニン合成後の授業展開 これら3点を改善することを目指し、加熱器具の検討、試薬の選定、授業計画 の再構成を行っている。 本研究では、これら前研究の内容を踏まえた上で、新たな実験方法の開発と、 中学生を対象とした実践授業を行った。 5 第二章 太田(2006)による研究 第一節 高等学校学習指導要領 現行の高等学校学習指導要領は、探究的な学習をより一層重視し、自然を探 究する能力や態度を育成するとともに、生徒一人一人の能力・適性、趣味・関 心、進路希望等に応じて豊かな科学的素養を養うことができるよう、科目の構 成及び内容等が改善されている。 より基本的な内容で構成し、観察、実験、探究活動などを行い、基本的な概 念や探究方法を学習する科目として「物理Ⅰ」 、 「化学Ⅰ」、 「生物Ⅰ」、 「地学Ⅰ」 が設けられ、この内容を基礎に、観察、実験や課題研究などを行い、より発展 的な概念や探究方法を学習する科目「物理Ⅱ」、 「化学Ⅱ」 、 「生物Ⅱ」、 「地学Ⅱ」 が設けられた。観察、実験などを通して、科学の方法を習得させ、問題解決能 力が育成されるよう、 「Ⅰを付した科目」に「探究活動」、 「Ⅱを付した科目」に 「課題研究」がそれぞれの内容の一部として位置付けられた。3) 「化学Ⅱ」の内容は、 「化学Ⅰ」との関連を図りながら、その内容を更に深め るために、「(1)物質の構造と化学平衡」、「(2)生活と物質」、「(3)生命と 物質」、 「(4)課題研究」の大項目から構成されている。内容の(1)から(4) までのうち、(1)及び(4)についてはすべての生徒に履修させ、(2)及び (3)については生徒の興味・関心等に応じていずれかを選択することができ るようになっている。 「化学Ⅱ」においての「課題研究」は探究の過程を通して科学の方法を習得 させ、化学的に探究する能力や態度を育てようとするものである。このように して物質を実際に観察し、物質に触れ、あるいは反応させることによって得ら れるものは、書物から得られるものとは比較にならないほど新鮮で、強い印象 を与え、また示唆に富んでいる。特に、日常生活に関連の深い物質を扱う「 (2) 生活と物質」では、化学に対する興味や関心も高まりやすいと考えられる。 6 第二節 課題研究 改訂版 化学Ⅱ(数研出版)4) 高等学校 目が示されている。 1 特定の化学的事象に関する研究 A.基本的原理で研究する課題研究 (1)分子量の測定 (2)滴定 ①中和滴定 ②酸化還元滴定 ③沈殿滴定 (3)アボガドロ数の測定 (4)金属イオンの混合溶液の分析 (5)分子模型や液晶格子模型の作製 (6)合成樹脂の合成と性質 (7)合成繊維の合成と性質 (8)その他の例 B.身近な物質や現象に関する課題研究 (1)天然物の単離 (2)電池 (3)洗剤とセッケン (4)医薬品 (5)顔料や染料 (6)その他の例 7 では、以下のように課題研究の題 C.環境・資源に関する課題研究 (1)酸性雨や河川の水質 (2)空気の汚染度 (3)紙の再生 (4)金属の回収 (5)オゾン (6)その他の例 2 化学を発展させた実験に関する研究 A.化学の歴史的実験例に関する課題研究 (1)化学の基礎法則 (2)尿素の合成 (3)アンモニアの合成(触媒の役割) (4)合成樹脂の幕開け(フェノール樹脂) (5)その他の例 B.文献調査を中心にした課題研究 (1)日本の化学者の研究 (2)日本古来の製鉄技術(たたら) (3)世界最古の電池(バクダッド電池) 8 精解化学Ⅱ(数研出版)5)では、以下のように課題研究の題目が示されている。 1 特定の化学的事象に関する研究 A.基本的原理で探究する例 ・ 単体の結合と結晶構造 ・ 強酸の合成方法とその性質 ・ 錯塩の生成と構造 ・ 合成繊維の合成と性質 B.身近な化学現象や物質に関する探究の例 ・ 身のまわりにある合金の分析 ・ 身近にある有機化合物の推定と分析 ・ 洗剤とセッケン ・ 顔料や染料 ・ その他 C.環境問題や資源に関する探究の例 ・ 河川の水質検査 ・ 空気の汚染・酸性雨の調査 ・ 地球資源と環境の保全 ・ 紙の再生 ・ その他 9 2 化学を発展させた実験に関する探究 ・ 元素の周期律と周期表の発見 ・ 化学の基礎法則 ・ アンモニア合成工業の歴史 ・ 触媒の作用 ・ 合成繊維の歴史 ・ 尿素の合成 ・ その他 10 高等学校 改訂 化学Ⅱ(第一学習社)6) が示されている。 1.ファラデーの電気分解の法則 2.希薄溶液の性質(凝固点降下の測定) 3.COD(化学的酸素要求量)の測定 4.クエン酸の分離 5.コンピュータを利用した化学実験 11 では、以下のような課題研究の例 高等学校 化学Ⅱ(三省堂)7)では、以下のように課題研究のテーマ例が示さ れている。 1.天然物からの成分物質の分離 2.過マンガン酸カリウムによる水質検査 3.エステル 4.セッケン 5.染色 6.フェライト 7.アボガドロの法則 8.電池 9.炭酸ナトリウムの工業的製法 10.化学繊維 11.アルミニウムの酸化皮膜(アルマイト) 12 化学Ⅱ 新訂版(実教出版)8) では、以下のように課題研究例が示されてい る。 A.化学的な発見や理論の検証 ・ アボガドロ定数の測定 B.身近なものや物質の研究 ・ 食物中に含まれるビタミンC C.身近な現象の研究 ・ 皮をむいたりんごはなぜ変色するか ・ パンケーキはなぜふくらむか ・ 使い捨てカイロはなぜ温かいか D.環境とエネルギーの研究 ・ 燃料電池 13 化学Ⅱ 改訂版(啓林館)9) では、以下のように課題研究のテーマ例が示さ れている。 ・ 水の蒸発熱と融解熱の測定 ・ 燃料電池の製作 ・ ファラデーの法則 ・ ソーダ灰工業の発展 ・ 食品中の塩分量を調べる ・ 手作り鏡の試作 ・ 酵素タンパク質の性質 ・ 食品添加物の分析 ・ 天然色素の抽出と染色 ・ プラスチックのリサイクル ・ 頭痛薬の中のアセチルサリチル酸の定量 ・ 水質の検査 14 化学Ⅱ(東京書籍)10) では、以下のように課題研究のテーマが示されてい る。 1.化学の理論と方法 A.周期表 B.アボガドロ数 C.滴定と濃度 D.物質の分離 E.錯イオン 2.日常生活と化学 A.燃料電池 B.合成洗剤 C.再生繊維 D.ビタミンCの性質と定量 E.ガラス 3.生命と化学 A.化学療法剤 B.DNAの分離と検出 4.環境保全と化学 A.環境調査 B.水質調査 また、東京書籍の教科書では、 「生活と物質」の単元の発展として P. 198 下段 にフタロシアニンブルーとフタロシアニングリーンが紹介されている。(図3) 15 図3 東京書籍「化学Ⅱ」P.198 16 新版 化学Ⅱ(大日本図書)11) では、以下のように課題研究例が示されてい る。 A.ファラデー定数を求める B.ビタミンCの研究-その還元作用と定量法の開発 その他の課題研究例 1.酸素発見の歴史 2.ボイルの法則の検証 3.合金をつくる 4.食品中の塩分濃度の測定 5.平衡定数 6.色素の合成 7.植物成分の分離 8.合成樹脂をつくる 9.燃料電池 10.化学発光 17 考察 化学Ⅱ「(2)生活と物質」に関連のある項目について、表2に示した。 内容 会社名 数研出版(二種共に)、三省堂、啓林館、 染色・色素 大日本図書 合成繊維、化学繊維、再生繊維 数研出版(二種共に)、三省堂、東京書籍 洗剤、セッケン 数研出版(二種共に)、三省堂、東京書籍 樹脂 数研出版(改訂版化学Ⅱ)、大日本図書 アンモニア・尿素 合金 大日本図書 プラスチック・ガラス 表2 数研出版(二種共に) 啓林館、東京書籍 高等学校化学Ⅱ・課題研究の内容 染色・色素を扱っている教科書は5種と最も多い。このことからも、染料や 顔料などを扱う実験は注目されているとわかる。また、着色を確認できる実験 は、生徒にとっても非常に興味深いものである。 その他は、繊維を扱っているものは 4 種、洗剤・セッケンを扱っているもの は 4 種、樹脂を扱っているものは 2 種と続く。 18 第三節 1 フタロシアニンの工業的生産方法 縮合工程 フタロシアニンの工業的生産方法は現在でも古くから知られる2つに大きく 分類される。 1)ワイラー法1)2) 無水フタル酸イミドを原料とし、尿素と金属塩を縮合剤存在下 160 ℃~ 180 ℃で反応させて製造する方法である。この方法はフタロシアニン発見時の 合成法によく似ている。縮合剤としては古くは砒素系の無機塩を使用していた が、最近ではモリブデン酸塩を用いるのが一般的のようである。本方法には、 固相法として尿素溶融物を溶媒の替わりとする方法があるが、発泡の危険性や、 温度低下時の固化による欠点の他、低収率でかつ製品中の不純物率が高く、量 産の方法としては好まれない。一方、ニトロベンゼン、ポリハロゲン化ベンゼ ン等の不活性有機溶媒を用いる液相法では、固相法に比べると収率も高く、品 質も安定しやすい傾向がある。現状のフタロシアニンの工業的製法の主流を占 めていると考えられる。しかし、一方でこの液相法では反応溶媒の分離回収な ど煩雑な単位操作を必要とし、また、前述した安全性の面において、ニトロベ ンゼンは毒性の点から、ポリハロゲン化ベンゼンはハロゲン化ビフェニルなど 少量の有害物質の副生などの問題点を有しており、適当な高沸点溶媒の選択も フタロシアニンの工業的製法のひとつの課題といえる。 19 2)フタロニトリル法2) 本方法は出発原料として反応性の高いフタロニトリルを利用する。この方法 では、フタロニトリルと金属塩の混合物を加熱し、溶融尿素を溶媒とする固相 法と、適当な高沸点溶媒中で加熱縮合させる液相法がある。ワイラー法に比べ て純度の高いフタロシアニンが得られる。 本方法での原料単価はワイラー法のそれと比べると相当高くなる欠点がある。 無水フタル酸と比べるとフタロニトリルの価格は 2 ~5 倍である。しかし、近 年の高付加価値を有する機能性フタロシアニンの生産には商品としての末端価 格を考慮しても、製法上の種々のメリットを考えると現状は最適な方法ではな いかといえる。本方法の延長上には塩基としてのアンモニアの替わりに 2 級あ るいは 3 級アミン等の高沸点アミンを縮合剤として利用することで各種のフタ ロシアニンを工業的に生産している。 本方法では、引き続き精密な後処理工程を経ることで高感度の電子写真用C G剤としての無金属フタロシアニンが工業的に生産されている報告がある。 20 2 顔料化工程2) フタロシアニンクルードは 20 ~200 μmの平均粒径を持つといわれ、着色 性や式感性に劣る。そこでフタロシアニンクルードを化学的あるいは物理的手 法によって粒子径を 0.1 ~1.0 μm辺りまで微細化することで顔料の結晶変態 や一次粒子の形状・平均粒径を制御し、高付加価値を与える工程が顔料化工程 である。以下にその主な方法について簡単に述べる。 1)硫酸法 a)アシッドペースティング法 古くからよく知られた方法で、濃硫酸(一般に 95 %以上)にフタロシアニン クルードを低温度下(0 ~10 ℃)で溶解させ、これを大量の水に注加すること で微粒子としてのフタロシアニンの固体を得る方法である。 また、実験的にはフタロシアニンを溶解させた硫酸溶液を大量の水の替わり に大量のメタノール等へ注加し、微細化と結晶の成長を同時に行う方法など多 技多彩にわたっている。 b)アシッドステーリー法 本方法はフタロシアニンクルードを 60 ~85 %程度の硫酸に分散させ硫酸の 濃度・温度によって決まるフタロシアニンの硫酸塩の結晶を大量の水に注入す ることで粒径のそろった分散性のよい顔料を得るための工程である。 21 2)摩砕法 a)ソルトミリング法 有機溶剤と共に湿式摩砕した後、水に溶解して除き目的のフタロシアニンを 得る方法である。 b)ソルベントミリング法 同様に、有機溶剤と共に湿式摩砕する方法で無機塩やビーズを摩砕助剤とし て使用する場合もある。 いずれの場合においても使用する溶剤や、摩砕助剤の種類・大きさ、または 温度・時間によって最終的に製造されるフタロシアニンの品質が異なるのは当 然である。 3)溶剤法 適当な溶剤中で一次粒子を逆に成長させる顔料化の工程が溶剤法である。 22 第四節 結果と考察 太田による実験では、純度の高いフタロシアニンを得ることが目的ではない ので、縮合工程により安価で容易にできるワイラー法を選んだ。また、フタロ シアニンの溶解度を高めるために、tert-ブチルフタル酸無水物を用いた。顔料 化は、よく用いられている硫酸法を試した。 試験管に塩化第一銅 20 mg(0.200 mmol)、モリブデン酸アンモニウム 10 mg (0.008 mmol)、tert-ブチルフタル酸無水物 70 mg(0.340 mmol)、尿素 100 mg (1.670 mmol)をいれ、脱脂綿で軽く栓をした。150 ℃のオイルバスで 90 分 間加熱し、変化を観察した。加熱後 3~5 分で青緑色を呈し、その後粘性が高ま り、変色した。 この時点でのフタロシアニンは粗顔料である。実際に使われている顔料にす るためには、さらに顔料化工程が必要である。 まず、3分間反応させた後、5分間放冷し、試験管①には濃硫酸を、試験管 ②にはクロロホルムを、それぞれ2 mL 入れた。試験管①はよく溶け、溶液の 色は濃い青色になった。試験管②は少し溶け、溶液の色は水色になった。 次に、その溶液を大量の水に注入し、再沈殿させようとしたところ、試験管 ①の方は白色沈殿が生じ、試験管②の方は溶液が分離して沈んだ。 いずれも微粒子としてのフタロシアニンを得ることはできなかった。 太田の研究では、次のような問題が挙げられる。 ・ 高等学校にはオイルバスがないため、太田の方法では実験が行えない。 ・ tert-ブチルフタル酸無水物は高価であり、高等学校では用意が難しい。 ・ フタロシアニン合成後の実験が不完全である。 23 第三章 吉田(2007)による研究 第一節 目的 吉田(2007)による研究では、太田(2006)の研究の際に挙げられた問題を 解決し、実験の新たな展開を考えることを目的とした。太田の研究での問題点 は、以下の3点である。 ・ 高等学校にはオイルバスがないため、太田の方法では実験が行えない。 ・ tert-ブチルフタル酸無水物は高価であり、高等学校では用意が難しい。 ・ フタロシアニン合成後の実験が不完全である。 最初に、加熱器具を検討した。高等学校の実験室で行える方法を考え、アル コールランプでの加熱、ガスバーナーでの加熱、湯せんによる加熱の 3 通りの 方法を試した。 次に、試薬の選定を行った。tert-ブチルフタル酸無水物に比べ安価に用意で きるものを探した。 フタロシアニンの合成後は、日常生活の中でのフタロシアニンとの関連性を 図るために、インクジェットプリンター用のインクやフタロシアニン色素を使 用した CD-R を用い、合成物と比較ができるかどうか、検討を行った。 24 第二節 1 結果と考察 フタロシアニンの合成と顔料化 合成方法は太田の研究と同様にワイラー法を選んだが、試薬は tert-ブチルフ タル酸無水物よりも、安価に手に入る無水フタル酸を使用した。 試験管に塩化第一銅 20 mg(0.200 mmol)、モリブデン酸アンモニウム 10 mg (0.008 mmol)、無水フタル酸 70 mg(0.473 mmol)、尿素 100 mg(1.670 mmol) をいれ、脱脂綿で軽く栓をした。そしてアルコールランプで加熱し、変化を観 察した。アルコールランプは加熱温度がオイルバスに比べて高いので、試薬が 焦げてしまうこともある。そのため、様子を見ながら注意して加熱する必要が ある。 この合成では、初めに無水フタル酸と尿素が反応してイミジンが発生する。 イミジン 4 分子が銅の周りに集まって、互いに縮合するとフタロシアニンにな る。(図4) NH 2 NH 2 O 4 尿素 O 無水フタル酸 O Cu 4 -H 2 O -CO 2 O 2+ NH O NH O イミジン NH N H N NH N O Cu NH N 2+ N HN O -4H 2 O HN HN H N Cu N N N N O フタロシアニン 図4 フタロシアニンの合成過程 25 この時点のフタロシアニンは粘性が大きく次第に固化するため、その後の実 験に扱うことが困難になる。そこで、メタノール、クロロホルム、アセトンを それぞれ、フタロシアニンを合成した試験管に 2 mL 入れた。ガラス棒で丁寧に かき混ぜたところ、溶解したのはメタノールとアセトンの2つで、メタノール 溶液は鮮やかな青色に、アセトン溶液はやや明るい青色の溶液になった。よっ て、無水フタル酸を用いることによって、フタロシアニンの溶解度が著しく落 ちるということはなかった。また、クロロホルムには全く溶解しなかった。 (図 5・表3) 図5 フタロシアニンのメタノール溶液(左)とアセトン溶液(右) メタノール アセトン クロロホルム 結果 溶解した 溶解した 溶解しなかった 溶液の色 濃い青色 やや明るい青色 表3 実験結果 26 次に、メタノール溶液とアセトン溶液を使って、顔料化を試みた。溶液を大 量の水に注ぐと、共にエメラルドグリーンの沈殿が出来たため、ひだ折り濾紙 を使用し濾過した。濾紙に残った沈殿物を乾燥させ、集めると同じ色の粉末を 得ることができた。出来た粉末をそれぞれの溶媒で溶解させると、緑色の溶液 となったので、スペクトル測定を行ってみたところ、不純物が多く測定ができ なかった。 しかしながら、顔料化する前の段階で、フタロシアニンがメタノールとアセ トンに溶解しているので、この溶液を利用することにより、顔料化の必要はな いものと考えた。 27 1)試薬について 今回用いた試薬の価格は表4のとおりである。 会社名 質量(g) 価格(円) 塩化第一銅 関東化学 25 900 モリブデン酸アンモニウム 関東化学 25 1100 無水フタル酸 和光純薬 500 1500 尿素 Wako 500 6500 表4 使用した試薬の価格 表3をもとに1回の実験に必要な量を計算すると、約 2.67 円となる。 900(円)×0.02(g)/25 (g)= 0.72(円) 1100(円)×0.01(g)/25 (g)= 0.44(円) 1500(円)×0.07(g)/5 00(g)= 0.21(円) 6500(円)×0.10(g)/500(g)= 1.30(円) 計 2.67(円) これを40人の生徒を対象に、4人一組で実験を行った場合、10組のグル ープができるので、試薬にかかる費用は約 26.7 円となる。 太田の研究 吉田の研究 1 回分の費用(円) 73.86 2.67 10 組分の費用(円) 738.6 26.7 表5 太田(2006)の研究と吉田(2007)の研究の費用の比較 無水フタル酸を用いることによって、1 回分では 71.19 円、10 組分では 711.9 円、費用を削減することができた。 28 2)加熱方法について 本研究ではアルコールランプのほかに、同一条件下でガスバーナーとビーカ ーを用いた湯せんでも実験を行った。オイルバスも含めた、4 つの加熱方法に ついてまとめる。14,15) ・ オイルバス(油浴) オイルバスは、80 ~180 ℃の加熱に適している。一般にひまし油、 大豆油、菜種油などの植物油を使用するが、250 ℃以上になると、発煙 し危険である。よって実験室ではシリコンオイルを用いることが多い。 ・ アルコールランプ 移動できる熱源として欠かせないのが、アルコールランプである。取 り扱いも簡単で、小学校から高等学校どの実験室にもほとんど常備され ている。炎の温度は約 650 ~800 ℃である。 ・ ガスバーナー ガスバーナーには、ブンセンバーナー、テクルバーナー、メケルバー ナー、ガラス細工バーナーなどがある。一般に理科の実験では、ガス量 と空気量が細かく調節できるテクルバーナーをよく用いる。 ガスバーナーの使い方は、中学校 1 年生で初めて習い、その後様々な 実験において欠かせない存在となる。炎の色は、不完全燃焼の際、赤黄 色となり還元炎と呼ばれる。還元炎に十分な空気を送ることによって、 淡青色の酸化炎になる。炎による温度の差は、約 400 ~1100 ℃と非常 に大きい。 29 ・ 湯せん(湯浴) 試料の入った容器を直接加熱せず、外からおおって加熱する際に用い る。この方法は、100 ℃以下でおだやかに加熱、蒸発させるときに使用 するもので、熱したい器具を湯の中に浸すと簡単な恒温槽になり、湯の 上に固定すると水蒸気浴となる。試料を焦げ付かせないで溶かす際や、 比較的低温で長時間加熱する際に用いる。 以上の特徴を踏まえ、加熱器具による実験結果を表に示した。 太田の研究 吉田(2007)の研究 加熱器具 オイルバス アルコールランプ 結果 ○ ガスバーナー 湯せん × × ○ 表6 加熱方法による結果の比較 結果は表のとおり、アルコールランプ以外はフタロシアニンの合成に適当な 器具ではないことがわかった。 ガスバーナーは、アルコールランプやオイルバスに比べ加熱温度が非常に高 いため、試薬が融解後、すぐに焦げ付いてしまった。 ビーカーを用いた湯せんは、ガスバーナーとは逆に加熱温度が 100 ℃以下と 低いものであったため、試薬が融解せずフタロシアニンは出来なかった。 アルコールランプによる加熱は成功したが、オイルバスと違い加熱温度を一 定に保つことができず、加熱温度もやや高めになるので、試薬が焦げ付くこと のないように注意をして行わなければならない。 30 2 フタロシアニン色素の抽出と比較 第二節1で合成したフタロシアニンの溶液(アセトン溶液、メタノール溶液) と、実際に日常生活で利用しているフタロシアニンとの比較を行い、合成物が 本当のフタロシアニンなのかを確認する。 31 1)フタロシアニン色素ディスクを使用する方法 フタロシアニン色素を利用したデータ用 CD-R を使用した。CD-R は、表面か らラベル印刷面、保護層、反射層、記録層、基板という構造になっており、こ の場合フタロシアニン色素は、記録層の部分に利用されている。(図6) そのフタロシアニン色素を抽出するために、CD-R を表面から削り、削り取っ た薄膜部分を、メタノール、クロロホルムの入ったそれぞれのビーカーにいれ、 そのビーカーをヒーターで加熱しながら様子を見た。薄膜部分からフタロシア ニンが溶け出した様子はなく、青色の呈色も確認できなかった。よって、この 方法でフタロシアニンを抽出することはできなかった。 表 ラベル印刷面 保護層 反射層 記録層 ⇒ここに、フタロシアニンが利用されている 基板 裏 図6 CD-R の断面図 32 2)インクジェットプリンター用カートリッジを使用する方法 銅化合物を含有している 16)、キヤノン純正カートリッジ(BCI-24 Color)か ら、シアン系色素を取り出し、メタノール、アセトン、クロロホルムでそれぞ れ洗い流した。結果、メタノールとアセトンには色素がよく溶け、濃い青色の 溶液が出来上がったが、クロロホルムにはまったく溶けなかった。この結果か らも、実験で合成したフタロシアニンとカートリッジのシアン系色素が同じ性 質をもつものであると確認することができる。 抽出したフタロシアニン溶液をそれぞれインクメタノール溶液、インクアセ トン溶液とする。インクメタノール溶液を、ペーパークロマトグラフィーで分 離し、合成したフタロシアニンとの比較を行った。 図7 上:インク 下:合成物 図8 上:インク 下:合成物 インクと合成したフタロシアニンの濃度が同じでないため、色の上がり方 が均一に見えない。UVランプの照射による発光も、同様である。しかし、両 方とも発光部分は色の上がりきったところから上に見られる。 33 3)ペーパークロマトグラフィー用濾紙の検討 本研究で使用した 6 種類の濾紙は、すべて東北化学薬品から購入した。それ ぞれの価格(1 箱 20 mm×400 mm が 100 枚)と特徴をまとめる。17) <標準品> No.50 (880 円/箱) ・ 無機成分以外の一般ペーパークロマトグラフィー用濾紙として広く 使用されている。 ・ 表面は平滑で吸収性が緩慢なため、シャープな分離を行う場合に適し ている。 ■主要用途 ・ 下降法のペーパークロマトグラフィー ・ 溶出法のペーパークロマトグラフィー ・ 他成分分離のペーパークロマトグラフィー ・ 円形ペーパークロマトグラフィー ・ 食品添加物公定書クロマトグラフィー2 号 No.51A (1300 円/箱) ・ 酸処理により灰分を除き、吸着性物質もほとんど含まない。 ・ 無機成分および精密用として広く使用されている。 ■主要用途 ・ 生化学精密実験 ・ 無機成分のペーパークロマトグラフィー 34 ・ 電気泳動 ・ デンシトメトリー No.51B (970 円/箱) ・ ペーパークロマトグラフィーに広く使用されている。 ・ 厚さは薄く、紫外線下での蛍光物質はみとめられない。 ■主要用途 ・ 血清、蛋白質の電気泳動 ・ アミノ酸、核酸などのペーパークロマトグラフィー ・ 食品添加物公定書クロマトグラフィー用 3 号 <厚手品> No.514A (1940 円/箱) ・ 厚さは No.51A のほぼ 2 倍であり、吸水度は No.51B とほぼ同じ。 ・ ペーパークロマトグラフィーおよび電気泳動で多量の物質を分離す る場合に広く使用される。 ■主要用途 ・ デンシトメトリー ・ ブロッティング用吸収ペーパー ・ 液体シンチレーションカウント No.526 (1220 円/箱) ・ 厚さ 0.70 mm の厚手品で表面は平滑、吸収性に優れている。 ■主要用途 ・ 多量試料のペーパークロマトグラフィー 35 ・ ブロッティング用吸収ペーパー No.590 (1420 円/箱) ・ クロマトグラフィー用濾紙のなかで最も厚く、また、吸収性に優れ、 多量の物質を分離する場合に使用されている。 ■主要用途 ・ 多量試料のペーパークロマトグラフィー ・ 分取用ペーパークロマトグラフィー これら 6 種類のクロマトグラフィー用濾紙を、全て 10 mm×200 mm の大き さに切り、下端から 25 mm のところにインクメタノール溶液をスポットし、メ タノールを展開溶媒として分離を行った。分離を開始してからの時間を計り、 スポットした点からの色の伸びを記録したものが、次の表である。 濾紙 NO. 50 51A 51B 514A 526 590 1 分後 8 14 12 15 24 43 3 分後 15 27 23 24 35 65 5 分後 20 38 30 27 43 75 7 分後 21 48 30 30 44 80 10 分後 23 58 32 32 47 82 20 分後 30 80 40 35 53 83 表7 ペーパークロマトグラフィー用濾紙の比較(長さは mm) 36 設定している授業時間が 100 分ということと、濾紙の特徴を考慮に入れると、 実験に向くのは 590 、526 、51A の 3 つであることがわかった。 37 実験に適すると判断した濾紙(51A 、526 、590)についても、費用の計算 を行った。1 枚の濾紙から 4 班分得ることができるため、以下のようになる。 濾紙 1 枚の価格(円) 1 班分の価格(円) 1 回の実験費用(円) 51A 13.0 3.05 30.5 526 12.2 3.55 35.5 529 14.2 3.25 32.5 表8 濾紙の価格 38 3 考察 1) 授業計画 単に観察や実験のみに終わることのないよう、はじめに、何故フタル酸や尿 素からフタロシアニンという巨大な分子ができるのか予想する時間を設けたい。 これは、教師が結果を伝えるだけでは、生徒の考える力が身につかないと考え たためである。 50 分の授業が 2 時間連続である場合、以下のような授業計画で行いたい。 段階 時間(分) 導入 20 内容 ・フタロシアニンについて知る。 ・合成の予想をたてる。 展開 60 ・実験の説明をする。 ・実験を行う。 ・後片付け。 まとめ 20 ・実験結果のまとめ。 授業後は、レポートを提出するよう指示をする。高校生は、レポートの書き 方や、情報の集め方などの技術が未熟である。レポートを作りながら、レポー トの作成方法を生徒自ら学ぶことにより、高校卒業後を見据えた教育も化学を 通して行うことができる。 39 2)フタロシアニンの合成と顔料化について ワイラー法でフタロシアニンを合成する際、加熱はアルコールランプでも行う ことが可能であり、反応時間は5分間で十分であった。また、合成物がメタノ ールとアセトンに溶解することがわかったため、顔料化を進めるよりも、溶液 を使った実験に方向を修正した。 また、試薬に無水フタル酸を用いることによって、太田の研究より安価に試 薬を用意することができ、なおかつフタロシアニンの溶解度が目立って落ちる ということもなかった。よって、無水フタル酸を利用することは成功であった。 以上のことから、高等学校の授業時間・実験室の設備状況・試薬等にかかる 費用を考えても、課題研究に取り入れることは十分可能であると判断した。 3)フタロシアニンの抽出と比較について 前述のとおり、合成したフタロシアニンはメタノールとアセトンによく溶け、 クロロホルムには溶けないことがわかった。インクジェットプリンター用イン クを溶解させる際も同様の結果が得られたことから、合成物とインクは同じ性 質を持つ、つまり同じ物質だとする 1 つの要因になるのである。 そして、フタロシアニン溶液とインク溶液をペーパークロマトグラフィーで 比較する際は、高校の授業時間を考慮すると、吸水速度の速い濾紙を使うのが 良い。よって、使用に向くのは No. 51A 、526 、590 の濾紙である。そして、 高等学校では UV 照射機はないため、インク溶液の濃度をメタノールによる調 節で適切なものにしておき、生徒が実験を行った際に色による比較ができるよ うにしておくことが必要である。 40 4)実験後の扱いについて 実験の際に出る廃液は、金属を含むものであるため適切な処理を行わなけれ ばならない。そこで、廃液を新聞紙にしみこませ、しばらく放置し水分を飛ば した後、燃えるごみとして捨てるという方法がある。この方法ならば、高等学 校でも廃液処理が容易に行える。 41 第四章 機能性色素フタロシアニンの教材化と実践 第一節 本研究の目的 本研究では、フタロシアニンが日常生活に密着した物質であることと、今ま で教科書等で扱われてきた色素に比べて大変付加価値の高い物質であるという ことに着目した。また、学習指導要領の改訂に伴い、理科と実社会・実生活と の関連を強調するような内容の充実が求められていることから、本研究での目 的は、フタロシアニンを用いた実践授業を行い、生徒にどのような効果がある かを考察することとした。 フタロシアニンについて知識のある生徒や、フタロシアニンがどのようなも のに利用されているかを知っている生徒は少ないと予想される。しかし、実際 にフタロシアニンは、道路標識や新幹線車体の塗装、アクリル絵の具やカラー プリンターのインク、CD-Rの記録色素や太陽電池など多岐にわたって利用 されており、現代社会に必要な物質である。その事実に触れることで、理科の 学習が自分たちの生活に結びついていることが実感できると考える。今回、理 科の改善の基本方針の1つに、理科を学ぶことの意義や有用性を実感する機会 をもたせ、科学への関心を高めることが挙げられている。この背景には、児童 生徒の学習意欲の低下という課題がある。このような課題を、理科という科目 を通して改善していくためにも、機能性色素フタロシアニンを教材として利用 できないか、本研究を通して考察していく。 42 第二節 実践授業 1)実践授業をおこなうにあたって 実践者は現在、北海道広尾高等学校において理科教諭として勤務している。 平成 18 年度より広尾町では、町内2つの中学校「広尾町立広尾中学校」 「広尾 町立豊似中学校」と「北海道広尾高等学校」が連携し、広尾地域連携型中高一 貫教育を行っており、高校と中学校の結びつきは強い。広尾高校はこのような 性質をもつことから、実践授業は町内の中学生を対象として行った。実践回数 は 2 回である。 1度目は、平成 21 年 11 月 9 日に実施された『広尾高校オープンスクール』 (次年度入学生への学校公開)内での、体験授業における実践である。参加者 は男子4名、女子3名の計7名で、全員中学3年生である。授業時間は時程の 関係上、通常の1単位分の授業より 10 分短い、40 分間であった。 2度目は、平成 21 年 12 月 8 日~14 日、広尾町民や保護者に向けた授業公開 週間『広尾町オープンクラスウィーク』内における、高校教諭による出前授業 としての実践である。実践は連携中学校である、豊似中学校で行った。対象生 徒は男子8名、女子3名の計 11 名である。中学1年生8名と2年生3名の複式 クラスで、授業時間は 50 分間であった。 43 2)実験方法 実験に使用した器具は、図9の通りである。 ① ⑤ ⑦ ③ ④ ② ⑥ 図9 ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ 試験管 試験管ばさみ 試薬入りプラスチック製セルケース 脱脂綿 アルコールランプ マッチ 薬包紙 使用器具の写真と名前 使用器具③のセルケース内にはあらかじめ、塩化第一銅、モリブデン酸アン モニウム、無水フタル酸、尿素が入れてある。本校にある電子天秤は、0.1 g 単 位までしか質量を量りとることができず、正確な量の試薬を測りとることはで きなかったため、各試薬の質量は割愛している。 これらの器具を使用して、以下の手順で実験を行う。 1.セルケースに入っている薬品を、薬包紙を利用して試験管に入れる。 2.脱脂綿で試験管に軽くふたをする。 3.アルコールランプに火をつける。 4.試験管を試験管ばさみではさむ。 5.試験管をアルコールランプで加熱する。 6.試薬が溶け、色が変わったら試験管にメタノールを入れて観察する。 44 3)実践授業の授業内容 1度目の実践授業(平成 21 年 11 月 9 日広尾高校オープンスクール体験授業) 教師の働きかけ ①パワーポイントを用い、道路標 識、新幹線の写真を見せる。 「この写真は何でしょう。」 パワーポイントの内容 1.道路標識の写真 生徒の活動と反応 ●留意点 「道路の看板。新幹線。 」 2.新幹線の写真 ②この写真に共通している色は、 「青。」 何色か発問する。 「この青色はフタロシアニンと ・フタロシアニンについて知ってい いう色素です。知っている人?」 る生徒はいない。 ④ワークシートを配布し、本時の 目的を提示する。 今日の体験授業では「 ⑤実験方法の説明をして、順番に そって実験の全体指導を行う。 フタロシアニン 」について紹介します。 ・教師の全体指導の手順にそって、 作業を行う。 手順・実験器具の確認 ・試薬を試験管に入れる ・脱脂綿で軽くふたをする ・アルコールランプに火をつける ・試薬を加熱する ⑥青色呈色が確認できた生徒の 試験管にメタノールを加え、青色 溶液を確認させる。 ・試験管内の青色溶液を観察する。 ⑦各生徒青色溶液を確認できた ら、作業を止めさせ、パワーポイ ントによる説明を行う。 45 ●加熱の際、 ・試験管がアル コールランプの 直火に当たらな いよう指導す る。 ・机間支援を行 う。 パワーポイントの内容 3.身近な利用例(絵の具、プリンターのインク、太陽電池、CD-R) ⑧パワーポイントで紹介した絵 の具、CD-Rの現物を生徒に回 覧させる。 ・絵の具や、CD-Rに書かれてい る「フタロシアニン」という言葉に 気付く。 ⑨本時の内容をまとめる。 フタロシアニンという色素は、身近なところで色々なことに利用されている。 ⑩今日の授業でわかったこと、感 想をワークシートに記入させる。 ・ワークシートに記入する。 46 2度目の実践授業(平成 21 年 12 月 14 日高校教諭による出前授業) 教師の働きかけ 生徒の活動と反応 ①「みなさん、好きな色はありま すか?」 「青。」「ピンク。」「赤。 」「緑。」 「オレンジ。 」 ②ワークシートを配布し、本時の 目的を提示する。 ・フタロシアニンについて知ってい る生徒はいない。 今日の出前授業では「 青色色素フタロシアニン 」について紹介します。 ③実験器具を教卓に取りに来る よう指示する。 ・実験器具を取りに来る。 ④実験方法の説明をして、順番に そって実験の全体指導を行う。 ・教師の全体指導の手順にそって、 作業を行う。 手順・実験器具の確認 ・試薬を試験管に入れる ・脱脂綿で軽くふたをする ・アルコールランプに火をつける ・試薬を加熱する ⑤青色呈色が確認できた生徒の 試験管にメタノールを加え、青色 溶液を確認させる。 ・試験管内の青色溶液を観察する。 ⑦各生徒青色溶液を確認できた ら、作業を止めさせ、パワーポイ ントによる説明を行う。 パワーポイントの内容 1.道路標識の写真 留意点 ●加熱の際、 ・試験管がアル コールランプの 直火に当たらな いよう指導す る。 ・机間支援を行 う。 ●メタノールを 入れる際は、ア ルコールランプ 消火するよう指 導する。 2.新幹線の写真 3.身近な利用例(絵の具、プリンターのインク、太陽電池、CD-R) ・絵の具や、CD-Rに書かれてい る「フタロシアニン」という言葉に 気付く。 47 ⑧パワーポイントで紹介した絵 の具、CD-Rの現物を生徒に回 覧させる。 ⑨本時の内容をまとめる。 フタロシアニンという色素は、身近なところで色々なことに利用されている。 ⑩今日の授業でわかったこと、感 ・ワークシートに記入する。 想をワークシートに記入させる。 48 第五章 考察 第一節 授業展開と考察 1)広尾高校オープンスクールでの実践授業 初めての実践となった広尾高校オープンスクールでの体験授業では、導入の 段階でフタロシアニンの身近な利用例を提示してから、実験に入った。予想し ていた通り、生徒の中でフタロシアニンを知っている者はいなかったため、こ の導入方法に問題はなかったと考えられる。そのため、生徒は日常生活で日々 目にしているもの(道路標識と新幹線の車体の青色)に、フタロシアニンとい う青色色素が使われていて、実験ではその色素を作り出す、というようにはっ きりとした達成目標のもと、実験を始めることができた。 また、対象生徒が全員中学校3年生であったため、使用試薬の化学式や尿素 についての既習内容の確認をすることも可能であった。理科で習った知識と、 日常生活で利用されている科学技術を少しでも結びつけることができたのでは ないかと考えられる。 フタロシアニンを合成し、試験管にメタノールを入れ青色溶液を作り出す際、 試験管をアルコールランプで加熱する生徒が現れた。メタノールはアルコール ランプにも使用されている引火性液体であるため、危険である。事前に注意を しなければならなかった。また、消火後のアルコールランプの扱いについても 同様で、ふたをかぶせて窒息消火後は、一度ふたをあけてからしまわなければ ならないとうことを説明しなければならなかった。 しかし、生徒がある程度実験に慣れている中学校3年生ということ、慣れな い高校での体験授業であったこと、実験室内に理科教諭が5名いたということ から、40 分間という短時間ではあったが、授業としては大きな失敗もなく、無 事に終えることができた。ただ、全員がフタロシアニンを作ることに成功して いないので、加熱方法には検討の余地がある。 49 以下は、体験授業に参加した中学校3年生7名による自由記述を、原文のま ま、まとめたものである。 男子4名 ・色素が意外に身近にあったことに驚いた。試薬を使って色をつくるいい経 験ができてよかった。 ・熱した試薬が黄色から青に変わっていくようすはおもしろかった。青とい うよりじゃっかん緑っぽい。 ・フタロシアニンのつくるいろはとてもきれいでした。みじかなところにも つかわれているのがすごい。 ・色は色々な試薬がまざってできる。色は不思議。色のもとはフタロシアニ ン。実験が楽しかった。 女子3名 ・こげ易いので少し難しかったけど楽しかった。日光で色あせしないという のに驚いた。これから意識して探してみたいと思った(フタロシアニンを 使ったもの) ・こがさなくてよかった。意外に簡単にできた。 ・失敗してしまったが、今日した実験は面白かったです☆色々な科学式も知 れて少し得したと思います。今日はありがとうございました♪ 授業についての感想が多い中、フタロシアニン色素が身近なものに利用され ていることや、フタロシアニンの特徴に興味を持った生徒も現れた。また、粉 末の薬品を熱して色素を作り出すことが、生徒には驚きを与えることも新たな 発見であった。このことから、フタロシアニンを教材として、理科の学習が生 徒自身の生活に結びついていることが実感できるという目標は、概ね達成でき るものと考える。 50 2)豊似中学校での実践授業 2度目の実践となった本授業では、プロジェクター接続の問題から、授業展 開の変更を余儀なくされた。大きな変更点は、導入段階で道路標識と新幹線の 車体の青色についての情報を与えられなかった点である。1度目の実践授業の ように「標識や新幹線の青色に使われているフタロシアニンを作る」という明 確な達成目標をもてないまま、実験に入ることとなってしまった。また、1度 目の実践授業と同様、フタロシアニンを知っている生徒はいなかった。 本授業は1度目の実践授業と異なり、対象が中学校1年生・2年生の複式学 級であったことから、化学式や尿素についてそれほど触れられなかったが、実 験を行うにあたって大きな障害とはならなかった。 実験では、ほぼ全員が青色の溶液を作り出すことに成功していたが、やはり 失敗する生徒も出てしまった。 すべての実験終了後、初めに見せる予定であったパワーポイントによる資料 も含め、身近なところでのフタロシアニンの使用例を紹介した。授業展開が大 幅に予定と変わってしまったため、この授業による教育的効果が薄れてしまう ことが危惧されたが、意外にも生徒の反応はよく、全員が集中してパワーポイ ントに見入っていた。生徒にとっては、よくわからない青色の色素を作った後、 作った色素が身近なところや、応用的な分野で多岐にわたって利用されている ことを知り、理科と日常生活の結びつきを学ぶにはよい方法であったと考えら れる。2度目の実践授業での予定変更は、フタロシアニンの利用価値について 理解を深めるよい方法を見つける好機であった。 授業者としては、2度目の実践授業であったため、1 度目の実践授業を受けて、 51 授業の際強調したい部分や、実験時に気をつけなければならない点を前もって 念入りに考えることができた。 以下は、出前授業に参加した豊似中学校1・2年生 11 名による自由記述を、 原文のまま、まとめたものである。 中学1年生(8 名) 男子 6 名 ・合同でやるから「つまんないかな」と思ってたけど、以外と楽しかった。 フタロシアニンが、何によくつかわれているかも、よく理解できた。 ・とてもキレイな青色ができてうれしかった。フタロシアニンのいろいろ な活用法などもたくさん知れてとてもおもしろかった。高校のべんきょ うは難しそうだった。 ・フタロシアンで青色がつくれるのがおどろいた。けど緑でなくぜめて青 色をつくってみたかった。 ・汽車などの色はペンキだと思っていましたが、本当はフタロシアニンだ ったのがびっくりした。とても楽しかった。 ・おもしろかった。なんか色々複雑だった。 ・薬品で色がつくれるなんてすごいと思った。けど自分がつくったやつは なんか変な色をつくってしまったけど、とても楽しかった。 女子 2 名 ・身のまわりにある色がデータを入れるためのものになったり、太陽電池 になったりと、ただの「色」と思っていたものがほかのものになるのが すごいと思いました。 ・実験で初めて「薬品をとかして色素をつくる」といった本かく的なこと をやったのが楽しかったです 52 中学2年生(3 名) 男子 2 名 ・色は薬品の化学反応などで作られていることがわかって、理科が少し楽 しくなってきたと思う。 ・フタロシアニンがいろんなところに使われていることがわかりよかった です。 女子 1 名 ・フタロシアニンが青や緑の色素→いろいろなことにつかわれている 緑になったけどこんどこそ青にしたい 1度目の実践授業の自由記述に比べ、フタロシアニン色素の利用価値につい ての感想が多く見られた。そして、やはり粉末の薬品から色素を作り出すとい うことが、生徒にとって驚きと感動を与えるようである。 本授業でも、フタロシアニンを教材として、理科と日常生活が結びついてい ることを実感できるという目標は、概ね達成できるものと考える。 53 第二節 今後の課題 2度にわたる実践授業を通して、今後の課題として挙げられることは、3つ ある。 1つ目は、より確実に青色のフタロシアニンを合成する方法の再検討である。 注意して机間支援を行ってはいたが、やはり加熱の段階で試薬を焦げ付かせ、 失敗する生徒が出てしまった。もちろん、失敗から学ぶことも大切ではあるが、 平常授業と異なり、一回きりの体験となりうるこの授業での失敗は、生徒にと って大変残念な経験となり、理科と日常の結びつきを学ぶことを邪魔してしま うこととなる。また、試料によって試薬量にばらつきがあったため、合成物が 緑色や青緑色になり、鮮やかな青色を作り出せないことに肩を落とす生徒もい た。よって、今後は中学校、高等学校の実験設備で行うことのできる、適切な 方法を探し出さなければならない。 2つ目は、フタロシアニン合成以前の生徒の状況把握である。今回の実践授 業で言えば、アルコールランプの使用方法や、メタノールの引火性という特徴 を事前に確認しなければならないことである。今回の経験は、実践授業を行う ことばかり意識していたことに、気付くことができたよい機会となった。 3 つ目は、フタロシアニンの合成実験を通して、理科の学習が日常生活に結び ついていることが実感できたかどうかを知るよりよい手段を見つけることであ る。今回は生徒の自由記述という形で確認したが、それでは本当に実感できて いるかを知るには不十分であると感じたため、今後はよりよい方法を見つけて いかなければならない。 54 参考文献 1) P.GREGORY,Journal. Porphyrins Phthalocyanines 3, 468-476(1999) 2) 小林長夫・白井汪芳編著 「フタロシアニン―化学と機能―」アイピーシー(1997) 3) 文部科学省「高等学校指導要領解説 理科編 理数編」(2005) 4) 「改訂版 5) 「精解化学Ⅱ」数研出版(2007.3.7 検定済) 6) 「高等学校 7) 「高等学校 化学Ⅱ」三省堂(2003) 8) 「化学Ⅱ 新訂版」実教出版(2007.3.7 検定済) 9) 「化学Ⅱ 改訂版」啓林館(2007.3.7 検定済) 高等学校 化学Ⅱ」数研出版(2007.3.7 検定済) 改訂 化学Ⅱ」第一学習社(2007.3.7 検定済) 10)「化学Ⅱ」東京書籍(2007.3.7 検定済) 11)「新版 化学Ⅱ」大日本図書(2007.3.7 検定済) 12)日本化学会 「第4版実験化学講座17無機錯体・キレート錯体」丸善株式会社(1991) 13)夢・化学―21 化学への招待(東北支部 第 137 回)資料 14)鈴木信夫 「中・高校生と教師のための 化学実験ガイドブック」丸善株式会社(1994) 15)鈴木信夫「有機合成実験法ハンドブック」丸善株式会社(1990) 16)Canon 製品安全データシート http://cweb.canon.jp/ecology/msds/pdf/bj/bci-24color.pdf (2008. 1. 09 採取) 17)東洋濾紙株式会社・アドバンテック株式会社 「ADVANTEC 総合カタログ 2007/2008」東北化学薬品株式会社(2006) 55 謝辞 本研究を進めるにあたり、懇切丁寧なご指導を賜りました長南幸安教授に謹 んで感謝の意を表します。 そして、弘前に居ない自分に様々な形で協力してくださった弘前大学教育学 部理科研究室の皆様、自身の勤務校である北海道広尾高等学校の教職員の皆様、 実践授業を行わせていただいた広尾町立豊似中学校の皆様にも、深く感謝いた します。 最後に、今まで私を支え、育ててくださった家族に心から感謝申し上げます。 平成 22 年 1 月 56 吉田 裕美子