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技術社会連関モデルの 構築に関する基礎研究
4 研究論文 Research Paper 研究論文 技術社会連関モデルの 構築に関する基礎研究 奥田 章順 野呂 義久 志村 雄一郎 幕 亮二 要 約 本研究では、新技術・新製品が表舞台に登場する(成功して市場を形成する)要 因について、技術と社会との関係を分析し、その際、特に重要となる要因について 考察を行った。従来、この種の研究のアプローチは、様々なデータの相関をとり多 変量解析モデル等を駆使するものが多かった。しかしながら、構築されたモデルの ロジック(被説明変数と説明変数の背景にある根本的な要因との関係・ロジック) が、必ずしも明確ではないという課題があった。このため、本研究では技術社会連 関モデルの構築の最初のステップ(基礎研究)として、新技術・新製品の成功と社 会との連関モデルのロジックについて定性的分析・考察を行った。 新技術・新製品の対象としては、社会・経済と密接に関係しているモビリティ (交通・運輸)技術をとりあげ、中でも産業、環境、安全面で大きな影響力をもつ 自動車を中心に 6 つのケーススタディ分析を実施した。ケーススタディは、「T 型 フォード」 「オート三輪」「軽自動車」「CVCC」「ハイブリッド車」「電動アシスト 自転車」の 6 つで、これらの技術が表舞台に登場した要因について、社会、産業・ 技術、経済・市場、政策などとの関係を分析した。 また、ここでは新技術・新製品が表舞台に登場する(成功して市場を形成する)要 因について、その要因が当初から想定された要因(必然)なのか、あるいは想定され なかった要因(偶然)なのかに注目して分析を行った。この結果、当初想定されな かった要因(偶然)が、重要な役割を果たしていることが確認された。すなわち、本 研究の成果からは、新技術・新製品が成功するためには、開発者や顧客が想定できる 事象だけではなく、想定が難しい事象も併せて考えることがきわめて重要であること が指摘できる。したがって、今後、新技術・新製品を成功に導くためには、想定でき る範囲内で綿密に計画を立てるだけではなく、想定が難しい「偶然」の事象を抽出 (発想、想像)して、そのことを計画に取り込むことが重要となってくる。 また本研究では、想定が難しい「偶然」について、今後、登場するであろう新し いモビリティである「パーソナル・モビリティ」を例に取り上げて検討を行い、仮 説を構築した。 目 次 1.マクロ的視点から見た技術発展 1.1 技術と社会の関係と本研究のアプローチ 1.2 革新技術(イノベーション)―ケーススタディの対象抽出の考え方 1.3 モビリティ(自動車)のマクロ分析 2.技術発展と社会変化の連関分析 2.1 6 つのモビリティのケーススタディ調査について 2.2 6 つのモビリティについてのケーススタディ分析結果 2.3 モビリティにおける「偶然」と「必然」 3.新しいモビリティが表舞台に登場する要因としての「偶然」の考え方の適用性 3.1 パーソナル・モビリティにおける「偶然」 3.2 利用者にとって、重要な「偶然」 3.3 パーソナル・モビリティのコンセプトとビジネスモデル(仮説) 4.結論と今後の課題 技術社会連関モデルの構築に関する基礎研究 Research Paper Study of the Correlation between the Emerging Technology and the Social Development Akinobu Okuda, Yoshihisa Noro, Yuichiro Shimura, Ryoji Maku Summary The study is focused upon to assess and clarify the key- factors which promote the emergence of new technology and product's market. We analyze the correlation between the mobility technology and social development qualitatively, such as the trends of economy, market, industry, technology, politics and other factors. Six case studies, which are“Ford model T”“Japanese , trucks with three wheels”,“Kei car(Japanese Small car)”,“CVCC(Compound Vortex Controlled Combustion)of Honda”,“Hybrid electric vehicle”and “Motor-Assisted Bicycle”are conducted. The key factor which promotes the emergence of new mobility is a“chance” and“necessity”. Especially“chance”is significant factor. We also study the “chance”factors for the above six mobility case studies. The features of the six case studies and“chance”factor are applied for the Personal Mobility system, and we made the hypothesis to promote and realize the market of the Personal Mobility. The result is effect to analyze and forecast the realization of new technology and product. Contents 1.Macro Analysis of Technology Development 1.1 Correlation Between Technology and Socio Economic 1.2 Innovative Technology 1.3 Macro Analysis of the Mobility(Automobile)Technology 2.Correlation Between Technology Development and Social Development 2.1 Six Mobility Case Studies 2.2 Results of Case Studies 2.3 “Chance”and“Necessity”of mobility 3. “Chance”: Key Factor Which Promote the Emergence and Realization of the New Mobility Technology(Case of the Personal Mobility) 3.1 “Chance”of the Personal Mobility 3.2 Significant“Chance”for the Customer 3.3 The Future Concept and Business Model of the Personal Mobility(the Hypothesis) 4.Conclusion and the Future Work 5 6 研究論文 Research Paper 1.マクロ的視点から見た技術発展 1.1 技術と社会の関係と本研究のアプローチ 新技術や新製品を分析するにあたっては、現状における個々の技術・製品の分析だけでは なく、歴史的な視点に立ったマクロ的な分析が有効である。実際、図 1 に示すように、技術 は社会(経済)と相互に関連しながら発展してきた。したがって、新技術・新製品が表舞台 にいかに登場して市場を形成し、普及していったかを俯瞰的(マクロ的)に捉えることは新 製品、新技術の分析にとって重要となる。そして、このことにより、技術発展と社会変化 (時代背景・事業環境の変化等)との連関分析が可能となる。 図 1.技術と社会(経済)の発展サイクル 工業生産シェア GDPシェア (%) 20世紀 欧州+米国 19世紀 欧州 21世紀 欧州+米国+日本 100 1885年 自動車技術 1942年 原子力 50 (アーニン染料) 1960−70年 エンジニアリング樹脂 ファインセラミックス 先進複合材料 アメリカ 1903年 航空機 1960年代後半 光ファイバー、液晶 (ライト航空機) ニューラルネット バイオメカニクス 昆虫 環境 クローン技術 ナノテクノロジー 宇宙環境利用 HST 1959年 ギルビー固体回路 (グウス電磁式電信機) (コークス高炉) 1970年 ロボット 新エネルギー 1944年 コンピュータ 1833年 電信 1796年 製鉄プロセス 1980年 バイオテクノロジー 光エレクトロニクス (シカゴ大で原子炉完成) 1880年 電話(ベル社) 1856年 合成染料 (トランジスタ) (BBC TV放送実験) 内燃機関 フランス 1948年 エレクトロニクス 1936年 TV 1879年 電力(電動機) イギリス 1990年 移動体通信 1932年 ロケット (ダイムラーベンツ試作) ドイツ 1765年 紡績機械 1957年 人工衛星スプートニクス 日本 (ジェニー紡績機) 1927年 高分子 1769年 蒸気機関 (ワットの蒸気機関) 1720 (シュタウディンガー高分子説) 1811年 製鋼法 東アジア (ハンマンるつぼ法) 1800 1850 1900 各国工業生産シェア 1950 GDPシェア 2000 (年) 注:図中の上向きの矢印は技術の発展 ・ 高度化をイメージしたもの 出所:三菱総合研究所資料、F. ビルガート「工業課の世界史」 、 国連「Statistical Yearbook」 、 IMF「International Financial Statistics」「World Economy Outlook」 、ILASA「Society as a Leaning System」等 をもとに三菱総合研究所作成 この種の研究事例はこれまで複数あり、科学技術連関モデルとしては産業連関表と R&D を 結びつけた研究や伝統技術の社会との関連について分析した研究報告がある。また、産学によ る「技術と社会連関の研究会」の設置例もあり、研究会では技術史に基づき経営論について研 究を行っている。いずれの研究も研究開発や技術史といった視点から、技術と社会の関係を分 技術社会連関モデルの構築に関する基礎研究 析しているが、新技術・新製品の普及と社会との連関を分析した研究例は少ない。例えば、特 。 定技術(電気自動車)について概念モデルを検討している例はあるが希少である*1[1] 本研究は、新技術・新製品の普及と社会との連関を明らかにすることを目的としている が、この種の研究のアプローチとしては、さまざまなデータの相関をとり多変量解析モデル 等を構築する手法が従来から適用されている。しかしながら、構築されたモデルのロジック (被説明変数と、説明変数の背景にある根本的な要因との関係・ロジック)は必ずしも明確 ではない。このため、本研究では基礎研究として新技術・新製品の普及と社会との連関モデ ルのロジックについて、定性的な分析を行った。具体的には社会・経済と密接に関係してい るモビリティ(交通・運輸)技術を対象に、特に産業、環境、安全面で大きな影響力をもつ 自動車に焦点を当てて 6 つのケーススタディ分析を実施した。 1.2 革新技術(イノベーション)—ケーススタディの対象抽出の考え方 一般に、人や物の輸送量の変化は GDP 成長率と高い相関を有している* 2[2]。すなわち、 人や物の輸送を支えているモビリティ技術は、社会(経済)と密接に関係しており、技術と 社会との連関分析に適した技術分野と考えることができる。 本研究では、モビリティ技術のマクロ分析を行うにあたり、新技術・新製品に相当する革 新技術として、次の 3 つの革新技術を対象とした。 ・従来のモビリティを陳腐化させたモビリティ技術 ・新しい顧客(新しい市場)を生み出したモビリティ技術 ・既存の製品が持続的成長を果たすために不可欠なモビリティ技術 従来のモビリティを陳腐化させた革新技術の例としては、蒸気機関から内燃機関への代 替、ピストンエンジンの航空機からジェット機への代替などがあげられる。この種の革新技 術は、それまでの技術の多くに代替するケースが多い。 新しい顧客(新しい市場)を生み出したモビリティ技術の例としては、T 型フォードや モータリゼーションにおける小型車、軽自動車を含めた一般大衆車、歩行が困難な人々の足 * 1 参考文献[1]等で指摘されている。技術社会連関については、科学技術政策研究所の「科学技術連関 モデルの開発」 (平成 3 〜 5 年)や「技術と社会連関研究会」 (社団法人日本機械学会) 、 「科学技術と 現代社会 −技術史と科学技術論」 (千葉大学) 「 、京都伏見の日本酒製造業を中心とした技術・文化連関」 (同志社大学)等がある。同様に特定技術(医療、通信)と社会との関係を技術史の視点を含めて研 究したものとしては、 「Knowledge, Technology, and Social Relations」 (Cambridge University Press 1978)、 「Tele-work as knowledge exchange: can technology support social relations?」 (University of Toronto, 2008)等がある。 新技術・新製品の普及と社会との研究例としては「技術普及モデルの概念作成と省エネルギー自動車普 及予測への適用」 (産業技術総合研究所 , 2006 年)等がある。 * 2 参考文献[2]等で指摘されている。 7 8 研究論文 Research Paper となる電動車椅子などがあげられる。この種の革新技術ではコスト低減や利用性の向上等が 図られることで、従来よりも普及が拡大する。 既存の製品が持続的成長を果たすために不可欠なモビリティ技術としては、社会的な要求 に応えるための安全技術や環境対策技術を、その代表例としてあげることができる。また、 レアメタル等、供給制約がある技術に代替する新技術もこのケースにあたる。 以上の観点から歴史的に注目されるモビリティ技術をとりまとめたものを図 2 に示す。同 図から、モビリティの動力技術の転換がほぼ 100 年サイクルで進展していることがわかる。 例えば、1902 年に米国で新規登録された自動車は 909 台であったが、このうち 485 台 が蒸気自動車であった。そして、蒸気自動車を生産するメーカは、最も生産が盛んだった ニューイングランドだけでも 38 社に上った(全体では 84 社)。一方、ヘンリー・フォード が自身の内燃機関の自動車を最初に開発したのは 1896 年で、その後、複数の自動車メーカ が内燃機関自動車の生産を始めた。ボイラーのメンテナンスなど使い勝手が悪い蒸気機関に 比べて、内燃機関は操作性や運用性に優れていたことから、次第に蒸気自動車に代替し、蒸 気機関を生産する企業は減少していった。1908 年に T 型フォードが発売されると、その傾 向はさらに顕著となった。そして、T 型フォードは 1927 年までに 1,500 万台以上が生産さ れ(図 3)、蒸気自動車の市場を席巻、1926 年には蒸気自動車の生産は終了した。 図 2.モビリティの技術発展 蒸気 1765年蒸気機関 (英、 ワット) 18 世紀 蒸気 の 時代 鉄道の 発達 蒸気機関車 電池を使用 したものも あった 1885年ガソリン (二輪、三輪) 車生産 (独、 ダイムラー&ベンツ) 1880年代電気機関鉄道へ応用 (独、 シーメンス) 自励式発電機でコスト低下 1886年 電気自動車出現 (英) 1890年 ガソリン四輪車製作 (仏、 プジョー) 基本的に 電動機を 載せたもの 1887年電気軌道実用化 1908年 T型フォード車誕生(米)、 ガソリン車低価格大量生産へ T型フォード 1930年代以降 内燃機関 鉄道・船へ応用 ディーゼル機関車 航空の 発達 1980年代 蒸気が鉄道から引退へ ガソリン車大衆化 モータリゼーション 1960年代排気ガス規制 (1970年米、マスキー法) 1990年代 ガソリン車低燃費化進む ・プリウス初代 (1997年) ・ホンダ・インサイト (1997年) ・空飛ぶ自動車 水素・リチウム 電池技術向上 航空機 ガソリン内燃機関の時代及び電動技術(エレクトロニクス、通信等を含め) の進展 21世紀 電動 の 時代 1899年 ハイブリッド車製作 (独、ポルシェ) 蒸気機関の時代及び電動機・ガソリン内燃機関発明 (蒸気自動車優位) 1924年スタンレースチーマー生産終了 モータリ ゼーション 蒸気四輪自動車量産へ 米でホワイト・スタンレー社 蒸気船 1834年電動機車両 (米、 ダベンポート) 蒸気機関応用へ 内燃 機関 の 時代 1769年蒸気自動車発明 (仏、 クニョー) 1865年赤旗法 (英) 1876年4サイクルガソリン 内燃機関 (独、 オットー) コストは蒸気機関の 40倍、非力 20 世紀 1837年 蒸気バス輸送 (英) 1820年代蒸気機関 鉄道・船へ応用 電気 産業革命 蒸気機関の発明(産業革命) 19 世紀 内燃 トヨタHEV車 ・ 「i-unit」 (2005年) ・ 「i-REAL」 (2007年) GMパーソナルモビリティ 「P.U.M.A」 (2009年) 電気自動車 ・三菱 i-MieV (2006年) ・スバル プラグイン ステラ (2006年) 出所:三菱総合研究所 電気自動車 プラグイン ハイブリッド パーソナルモビリティ 環境対策モビリティ モビリティ・デバイドの解消 そして、 パーソナル モビリティ ゼロエミッション構想 (1994年、国連大学) 技術社会連関モデルの構築に関する基礎研究 図 3.T 型フォードの生産とシェア リバールージュ工場完成 ハイランドパーク工場完成 (1917年建設開始以降 T型の部品を生産、世界最大規模) (ベルトコンベア装備、初の自動車量産工場) (千台) 第1次世界大戦 3,000 (%) 60 2,500 50 T型フォード生産台数 2,000 40 シェア 1,500 30 1,000 20 500 10 0 30 29 19 28 19 27 19 26 19 25 19 24 19 23 19 22 19 21 19 20 19 19 19 18 19 17 19 16 19 15 19 14 19 13 19 12 19 11 19 10 19 09 19 08 19 07 19 06 19 05 19 04 19 03 19 02 19 01 19 19 19 00 0 (年) 出所:各種資料から三菱総合研究所作成 1.3 モビリティ(自動車)のマクロ分析 ここでは、前記の 3 つのモビリティ革新技術に注目して、主に自動車分野を対象にマクロ 分析を実施した。なお、対象としては市場規模(保有、運用台数)が大きく、モビリティと して社会で重要な役割を果たし、また一般に広く普及している自動車分野に焦点を当てた。 2005 年の時点での自動車産業の市場規模は国内市場だけで約 47 兆円* 3 である。これに 対して航空機産業は全世界で軍用を含めて約 34 兆円* 4、鉄道車両は全世界で約 2.9 兆円* 5 [3]であり、自動車産業の市場規模が大きいことがわかる。また、環境面では、国内の運輸 部門から発生する CO2 の 87.3% は自動車によるもので、その約半分が乗用車から排出され ている* 6。また、安全面でも世界全体で年間約 120 万人の死者・重傷者が出ている[4]な ど、社会に対する影響力は大きい。 自動車のマクロ分析においては、第一にまず表 1 に示すモビリティ(自動車)技術を革新 技術として抽出した。ここで、表 1 を分析するにあたりとりまとめた、自動車の発展と時代 的背景等の要因の関係を表 2 に示す。また、同表の分析結果をもとに、技術と社会の関係を 分析する際のファクタとして、社会、産業・技術、経済・市場、政策等を抽出した。一方、 自動車の新技術・新製品の発展に大きな影響を与えた革新技術としては、主に次のものが抽 出された。 * 3 経済産業省。乗用車、トラック・バス・その他の自動車、自動車車体、自動車用内燃機関・同部分品、 自動車部品の生産額の合計(2005) * 4 三菱総合研究所の推計(2005)による。 * 5 参考文献[3]より、図表(三菱電機「データでみる日本と世界の鉄道」p.46)を参照 * 6 環境省。2008 年の運輸部門からの排出量は全体の約 19%、自動車全体では運輸部門の 87.3%(日本 全体の 16.9%) 9 10 研究論文 Research Paper ・動力(蒸気機関、内燃機関、電動力) ・コンセプト(大衆車としての T 型フォード、環境対策でのハイブリッド、EV 等) ・環境・安全(自動車の持続的発展のための技術) 表 1.マクロ分析から抽出した自動車の革新技術 技術 ①従 来の交通(モビリティ) 内燃機関自動車 蒸気自動車、初期の電気自動車、ハイブリッド車に代替 ディーゼル自動車 燃費が良いことから、特に商用車で普及、近年は燃費の良さからクリーン・ディーゼルと して環境に優しい自動車として位置づけられている。ただし、 ガソリン車と比べて NO x、 PM などの排出ガスの問題がある。 空冷エンジン自動車 構造が簡単で安価、不凍液が開発されるまでは全天候性に優れ医者が多く利用した。戦後、 RR との組み合わせで普及した。熱交換器が必要で、排ガス規制への対応が難しい、RR は操縦安定性が悪いなどの理由から衰退。 を陳腐化させた革新技術 ハイブリッド車・電気自動車 環境問題から、内燃機関自動車に代替していく可能性が高い(現状) 。 ※( )は逆に陳腐化された技術 AT 車 マニュアル車に代替、運転のしやすさなどが要因。ただし、欧州など運転を楽しむ利用者 層には不人気な面もある。 電動アシスト自転車 従来の自転車に代替、さらに原付バイクに代替する可能性がある。 (トロリーバス) T 型フォード (①の内燃機関自動車とも関連) ②交 通(モビリティ)の新し み出す技術 出所:三菱総合研究所 大量生産方式による低価格化で中流階層の人々に自動車を利用・保有する機会を作った。 自動車を購入できない層に普及。しかし、横転事故や免許が必要となるなどし、かつ四輪 自動車へのシフトが進んだため日本国内では衰退。 軽自動車 普通自動車を保有できなかった層から市場を形成、何度か存続の危機に直面しながらもそ の度に発展し、存続。 原付 四輪車等を保有できない層、近年は減少傾向 排ガス対策技術 排ガス規制、地球環境問題への対応、複数の対策技術間で競合などにより、代替されてし まった技術も多い。CO2 については燃費と直結するために利用者の関心も高い。 (ケーススタディは CVCC) 果たすために不可欠な技術 自動車や他の公共交通機関が普及したことで代替されていった。 オート三輪 い顧客(新しい市場)を生 ③既存の製品が持続的成長を 特徴 安全技術 自動車事故死者数の低減、安全基準への対応 電気モータ向け新材料 レアメタルを使用しないことで、資源面での制約を解決(現状、研究開発中) 技術 自動車の動向 産業 位置付け ・ローカル社会の生活圏拡大、道路・高速道路な どインフラの整備で、自動車への需要が大衆化 ・エレクトロニクス化の進展(EFI 等) ・環境対策技術、安全技術の進展 ・エンジン性能が向上し、生産工程が改良され、量産 が可能となったことから、ガソリン自動車が絶対的 地位を確立へ ・米国では石油量産がガソリン車の普及を促す ・自動車の萌芽期、蒸気→電気→ガソリンの順で出現、 技術的成熟度では蒸気>ガソリン>電気(電気自動 車は動力や持久性の低さで、蒸気自動車はのちにボ イラーメンテナンスの困難さから、普及に至らず) ・西欧では、石油発見されなかったため、ガソリン車 の普及は米国に後れを取る 備考 ・自動車産業成熟化・国際化 ・大衆車製造の主流化 ・軽自動車の普及 ・トラック・戦車の生産技術が戦後自動車産業へ応用 される ・電気・電子技術の応用の拡大 ・環境技術開発の競争、新たなグローバルレ ベルの産業再編 ・若者の車離れ ・中国、インドの台頭 (非欧米型モビリティ社会出現の可能性) ・温暖化・地球規模の環境問題への関心の時代 ・自動車動力源の再検討が促される ・各メーカーの国際進出が激化 ・自動車産業が市場拡大・自由化のもとで競争激化 ・規模拡大で企業合併が進む ・高級車指向、ファミリー車として ・産業技術が急速に高度化 ・量産企業によるブランドの多様化・高級車 の役割の拡大 ・新興市場の出現で、新たな市場開拓が始まる 開発 ・環境・持続可能性・エネルギー危機への関心の時代 ・自動車の環境への対応が始まる、技術開発が多面化 ・日本勢が乗用車生産で躍進 ・移動・輸送手段として一般化する ・戦争後の国民経済復興 ・大衆のモータリゼーション ・自動車工業の基幹産業化・成熟化 ・都市内・近郊部から、ローカルへ ・大衆のモータリゼーション時代 浸透 ・トラックの量産化、オート三輪普及 ・自動車の中距離移動が可能へ ・戦後、空冷エンジン車拡大(医者に人気) ・貨物の長距離輸送に使われる ・GM マーケティング戦略出現(キャディラッ ・上流・中流階層からモータリゼー ク・ビュイック・オールズモービル、ポンティ ション進行 ・モダン・タイムス:フォーディズム アック・シボレーなどで、高級層から大衆 ・都市内部・都市近郊部など、近距 ・ガソリン自動車の量産・低価格化で普及 層に対応) 離移動に使われる ・大都市・中高級階層でのモータリゼーション時代(米 ・米国で大量生産の二強時代 ・米国では地方にも自動車が普及 国では自動車の低価格化で遠隔地へ自動車が普及) ・欧州で小規模高級メーカー乱立 ・ステータスの一種 ・フォード生産方式出現:効率的、大量、低 ・上流・中流階層の移動手段として 価格(最低 290 ドル) 、米国で自動車大量 受け入れられ始める 生産へ発展 ・都市内部での移動に使われる ・欧米で有力企業出現、フォード頭角現す ・オールズ社 500 ドル自動車量産 (馬力・耐久性低い) ・排気ガス改善進む(1972 ホンダ CVCC エンジン、 三元触媒) ・メーカー戦略が大衆化・高級化へ分化 ・日欧で低燃費化進む ・日本勢急発展で小型乗用車生産が注目される ・ステータス、三種の神器 ・低燃費小型車注目される ・自動車産業では米、日、欧の三極へ ・エンジン性能の向上(ターボ等) ・トラック・戦車生産へ技術開発がシフト ・自動車生産設備・技術向上 ・排気ガス・燃費規制強まる ・電気・ハイブリッド車 ・燃費向上・温暖化ガス排出量低減への需要広まる ・パーソナルモビリティなど ・エレクトロニクス、IT 化の進展 ・バッテリー、モータ技術の発展 出所:三菱総合研究所 現在 2000 年 1990 年 1980 年 1970 年 ・大衆需要増加が続く、都市部道路が過密化 1960 年 1950 年 1940 年 ・貨物輸送需要の急増、自動車産業の軍需化 1920 年 ・欧州では都市化・近郊への拡大、道路建設進む、 高速道路出現 ・蒸気自動車生産終了 ・米国では都市部のみならず、遠隔地でも自動車(1927、スタンレースチーマー生産終了) 1930 年 の需要が高まる ・蒸気自動車(アメリカでは石油使用)主流 1900 年 ・生活・産業空間の変化で輸送需要が鉄道にだけ ・ガソリン自動車生産拡大 でなく、自動車へ広がる ・都市部で舗装道路などインフラ整備進む ・米国でガソリン供給拡大(1907 セントルイ ・T 型フォード車(1907) 1910 年 ・エンジン性能・走行性能向上 スで初のガソリンスタンド) ・生産工程分業化・品質均一化 ・蒸気自動車(石炭)発明 (1769 仏クニョー ) ・蒸気自動車改良(1800 頃英トレビッシク) ・近代的蒸気機関(1769 英ワット) ・蒸気バス定期輸送出現(1827 英)車輪 180cm、重 ・鉄道蒸気機関出現・応用(1800-20 英) 量 3-4 トン、サスペンション無し ・木製自転車出現(1817 独ドライス) ・ガソリン自動車出現 (1870 奥、第一マルクスカー ) ・欧州で高級階層向けの小規模メーカー出現 ・鉄道電気機関車(1837 英デビッドソン) 20 世紀 ・内燃機関ガソリンエンジンの発明 (1876 独オットー ) ・米国で小規模メーカーによる生産が始まる ・石油発見(1859 米) 以前 ・ガソリンエンジン二輪車製作・特許(1885 独ダイム(スタンレー社、 蒸気(ガソリン)自動車生産、 ・ 「赤旗法」 (1865-96 英) :蒸気自動車の速度 ラー) 1898-99 年の間で米国最多 200 台販売) ・貴族の遊び物、乗り物 規制、郊外 4miles/h、市内 2miles/h、自動 ・レースで使われる遊び物 ・ガソリンエンジン三輪車製作・特許(1885 独ベンツ) 車発展遅らす ・電気自動車(四輪)出現(1886 英) ・鉄道敷設、都市部路面電車出現(1880 ~欧米) ・ガソリンエンジン四輪車(1890 仏プジョー) ・ハイブリッド車出現(1896 ポルシェ、ミクステ車) 都市・産業 表 2.自動車の発展と時代的背景 技術社会連関モデルの構築に関する基礎研究 11 ・電気利用広がる ・蒸気機関技術進歩:小型化・便利化 1900 年 1910 年 ・欧州戦後復興(1947 年マーシャルプラン) ・欧米国経済成長 ・日本戦後復興・高度成長 ・日欧米で都市化進行、都市と地方経済格差拡大 ・欧米で福祉国家政策 ・資源ナショナリズム ・石炭利用比重低下 ・石油採掘進行、精錬技術向上 ・大量・低価格・安定供給 ・石油製品が主な動力源となる ・原子力利用進む ・原油市場価格高騰(2003、イラク戦争勃発) ・ オ イ ル マ ネ ー の 流 入 で さ ら な る 価 格 高 騰 ・自動車産業の転換 (2007 以降) ・石油利用割合わずかに低下(オイルショック ・欧米景気回復、緩やかな成長 影響で水力・原子力の比重増) ・日本バブル経済、バブル崩壊で経済成長低迷 ・石油価格低下 ・新興国の影響力拡大 ・産業高度化:IT、情報通信産業発展 ・石油利用主流化(一次エネルギーの 50%弱) 、 ・欧米経済成長低下 石油事業の国営化、OPEC 支配へ ・日本経済安定成長へ ・オイルショック(1973-74 第一次、197882 第二次) 、石油価格上昇 ・産業転換:重化学工業から電子 ・ 電気産業へ ・原子力発電普及 ・第三次産業比重高まる ・第二次大戦で工業の全面的軍需化 ・石油生産本格化 ・軍艦・鉄道で重油利用開始 ・電力普及へ 出所:三菱総合研究所 現在 2000 年 1990 年 1980 年 1970 年 1960 年 1950 年 1940 年 1930 年 ・石炭利用中心 ・米国内で石油採掘加速、中東・インドネシア でも採掘開始 ・石炭利用中心 ・米で石油採掘・利用本格化 20 世紀 以前 1920 年 【第一次産業革命】 ・紡績など軽工業発展 ・地方都市への人口集中(イギリス:植民地が原料 供給地と市場、国際分業体制原型) 【第二次産業革命】 ・鉄鋼業など重化学工業発展 ・地方産業(工業)都市の発展 ・18 世紀後半から石炭利用によるエネルギー革命 ・蒸気機関による動力(1765 英ワット) ・実用的電動機(1834 英ダヴェンポート) ・米国で石油発見 (1859 スタンダード社創立・独占) 社会 ・工業化で消費社会形成 ・労働者階級出現 ・中流階級成長 ・地主階級成熟 ・階層間貧富格差現れる 時代的背景 政策・規制 ・経済発展、モータリゼーションによる移動の拡大 ・生活空間分極化:大都市・周辺部、地方の田舎 ・大都市・周辺部:大量・高頻度→鉄道以外の手段が必要 ・地方と大都市間:大量・低頻度→鉄道で十分 ・生活空間がローカルに限られ、限定的 ・地方都市間での人的移動、移動量が少なく、頻度が低い ・移動は、限られた空間・時間・手段で行われた →鉄道の出現が移動を画期的な早さで実現 移動の特性 ・環境重視への価値観の変化 ・地球温暖化問題顕在化 ・環境政策の強化 ・パーソナルモビリティなど新たな移動の概念 ・京都議定書(1999) ・エレクトロニクス、IT 化の進展 ・米国(EPA-CARB) 、 ・燃費重視、安全対策 欧州のユーロ規制 ・資源問題かつ環境問題が複合化する一方、解決へ の動きが加速 ・排気ガス規制 ・ステータスの重視 ・大衆消費時代から転換 (1970 米、 マスキー法) ・高性能(ターボ等)の追求 ・大気汚染を始め、都市問題・環境問題顕在化 ・大衆消費時代の延長 ・モータリゼーションの拡大 ・大都市拡張 ・工業発展・金融業発展で産業社会形成 ・富裕層中心のベッドタウン出現→生活空間拡大 ・欧米:ロンドン・パリ・ニューヨークなど大都市 ・一般消費品の生活への浸透 出現 ・消費社会形成(食品・飲料・衣料生産機械化) ・富が中上流階層へ集中 ・経済格差:都市地方間、各階層間 (米国:2%富裕層 60%の富保有) 経済 動力・エネルギー 表 2.自動車の発展と時代的背景(続き) 12 研究論文 Research Paper 技術社会連関モデルの構築に関する基礎研究 2.技術発展と社会変化の連関分析 2.1 6 つのモビリティのケーススタディ調査について 本研究では、ケーススタディとして、前述の表 1 に示した自動車の革新技術から、その 時代時代で広く普及し、モビリティに大きなインパクトを与えた技術・製品として、「T 型 フォード」 「オート三輪」「軽自動車」「CVCC」「ハイブリッド車」「電動アシスト自転車」 の 6 つのモビリティ技術・製品を取り上げた。そして、これらの 6 つの技術・製品につい て、表舞台(市場)に登場した要因及び、技術発展と社会変化の関連をケーススタディ分析 した(図 4)。 図 4.6 つのモビリティの技術発展と社会変化の連関分析 ①T型フォード ②オート三輪 ③軽自動車 ケーススタディ調査項目 表舞台の登場でキーとなる 要因を抽出する考え方 ・モビリティの特性 ④CVCC(環境対策技術) ・表舞台への登場 ⑤ハイブリッド車 ・表舞台に出た要因 ⑥電動アシスト自転車 (表舞台から消えた要因) 偶然と必然の考え方 出所:三菱総合研究所 そして、6 つのモビリティ技術のケーススタディ分析を行うにあたり、次の 2 つの考え方を 適用した。 ・ 「偶然」と「必然」の考え方の適用 ・技術発展と社会変化の関連を分析する枠組み ( 1 )「偶然」と「必然」の考え方の適用 通常、新技術・新製品を市場に投入する場合、開発者である企業は事前にマーケティング を行い、また、さまざまな状況を想定して新しい技術や製品を市場に投入する。一方で、新 技術・新製品の商品化や発売を知った顧客もまた、その性能や価格等をある程度想定してい る。ところが、実際に表舞台に出た新技術・新製品の成功要因は、これら想定された要因だ けでは十分に説明することはできない。そこには開発者も顧客も想定し得なかった要因が作 用している。 そこで本研究では、新技術・新製品の成功要因には、想定されなかった要因(偶然)と想 定された要因(必然)の 2 つがあるという考え方(仮説)に立ち、ケーススタディ分析を 行った。そして、この「偶然」と「必然」の考え方を検証し、その重要性を確認した。 以下、「偶然」と「必然」の考え方について記す。 13 14 研究論文 Research Paper 「偶然」と「必然」の定義 新技術、新製品の開発に限らず、一般に何らかの意思決定を下す際に置かれる状況は、図 5 に示すように大別される。ここで表中の「○」は選択肢やその発生確率が想定されている ことを意味し、「×」は想定されていないことを意味する。同図に基づけば、「偶然」、「必 然」は次のように定義することができる。 図 5.意思決定を下す際の状況 選択肢 発生確率 確実な状況 ○ ○ 不確実な状況 ○ × × × (一般には不確実の 下での意思決定と呼ばれる) 実用化を見きわめての新技術、 新製品の開発 実用化の見きわめができていない 段階での新技術、新製品の開発 出所:参考文献[5]よりフランク・ナイト等論文を引用して三菱総合研究所作成 ■「偶然」とは、「不確実な状況下」(「選択肢」の「発生確率」、あるいは「選択肢」そのも のが想定できない状況)において、ある特定の事象が発生することをいう。そしてその 結果として、新技術・新製品の成功・失敗が決まる。 すなわち、「偶然」には「選択肢」は想定されているが、その「発生確率」が不明のため、 発生事象が「偶然」となる場合と、全く想定されていない「選択肢」が発生することで 「偶然」となる場合の 2 つのケースがある。 ■「必然」とは、「選択肢」とその「発生確率」が想定されている「確実な状況下」で、そ の事象が発生することをいう。「確実な状況下」での想定された事象の発生であるから、 「必然」となる。 偶然:顧客(ユーザ) 、開発者(メーカ)等が想定し得なかったことが要因 「不確実な状況下」で発生した事象(「選択肢」の「発生確率」、あるいは「選択肢」その ものが想定されない)が要因となる 必然:顧客(ユーザ) 、開発者(メーカ)等が想定し得た「確実な状況下」で発生した事象が要 因となる 以上の考えにもとづき、ケーススタディ分析では、新技術・新製品の成功要因が「偶然」 か「必然」かを、十分に留意して分析を行った。 技術社会連関モデルの構築に関する基礎研究 ( 2 )技術発展と社会変化の関連を分析する枠組みの適用 新しいモビリティ技術が表舞台に登場して成功する要因を分析するために、ここでは図 6 に示す枠組みを適用した。枠組みには、社会、産業・技術、経済・市場、政策等といった ファクタの他、利用者(顧客)と社会の視点も含めた。例えば、利用者(顧客)の視点の例 としては、有用な性能、適切な価格、使いやすさ等があげられる。また、環境に関わる技 術・製品は、利用者(顧客)だけでなく社会からの評価においても重要となってくる。 ケーススタディ分析では、この枠組みから成功要因を抽出し、その要因が「偶然」である か、「必然」であるかを分析した。 図 6.交通(モビリティ)の表舞台への登場を評価する基本的な考え方 社 会 ■社会の価値観 ■社会の変化 ・少 子 高 齢 化 ・資 源 有 効 利 用 ・格 差 の 拡 大 ・環 境 重 視 ・安 全・安 心 の 関 心 の 高 まり ■ 社 会 インフラ 産業 ・ 技術 政策等の活動 <生 産 者 の 視 点> ■ 技 術 サ イクル 新しいコンセプトのモビリティ <利 用 者 の 視 点> ( モ ビリティの 動 力 の 変 化 ) ■先進技術の発展 ■技術の競合状況 ■ 産 業・産 業 構 造 の 変 化 ■ビジネスモデ ル ■ ス マ ート 化・ ・ ・ ■有用な性能 ■適切な価格 ■ 国 、自 治 体 等 の 政 策 (補助金助成) ■ 法 令・規 制 (免許の有無等) ■ 使 い や す さ( 誰 で も 簡 易 に ) <コ ン セ プト が 重 要 > ・中 途 半 端 な も の か? ・主 流 と なり 得 る か? 経済 ・ 市場 ■景気 ■ 市 場 規 模・成 長 率 ■新興成長市場 出所:三菱総合研究所 2.2 6 つのモビリティについてのケーススタディ分析結果 ( 1 )成功要因の抽出 前記の枠組みに基づく 6 つのモビリティのケーススタディ分析を実施し、新しいモビリ ティ技術・製品の成功要因を抽出した(図 7) 。これらの要因は次ページに示す特徴を有する ことが確認された。なお、6 つのモビリティの技術発展と社会連関の分析結果を表 3 に示す。 ■新しいモビリティのコンセプト: T 型フォード、オート三輪、軽自動車の重要な成功要因は、既存製品と比較して低価格な コンセプトであったことである(顧客が想定しなかった低価格)。これにより、潜在顧客が 顕在化した。併せて運転の容易さや免許制度の改善などによって、コンセプトが変化したこ と(使いやすくなった)も重要な要因となる。 15 16 研究論文 Research Paper ■社会的要因: 社会的要因では格差社会、少子高齢化といった顧客が内包する課題と、環境等に代表され る社会全体が抱える課題の 2 つが成功を左右する重要な要因となっている。 ■政治的要因: 規制・規格といった政策やインセンティブ方策等が重要な要因となる。 ■経済・市場: 景気、所得といった経済的要因と、顧客や社会の価値観の変化が重要な要因となる。 ■生産・技術: 技術の進展、企業戦略(経営者の決定力)、事業への期待度等が主な要因となる。 図 7.6 つのモビリティの主な成功要因 社会的要因 ・格差社会(特に所得) ・高齢化(自由な移動の制約が拡大) ・地域格差(都市部なのに不便等) ・環境・エコの重視 産業 ・ 技術 (生産者の視点) ・企業戦略(経営者の決断等) ・産業の発展 (エネルギー産業、IT産業等) ・新規参入の難易度 (異業種の参入等) ・技術の進展 ・低コスト (割安感を顕在化させる価格) ・運転・利用の安易性 強化 ・規制緩和(走行条件、免許等) ・利用者が納得のいく性能、 ・優遇策(インセンティブ方策) 利用者の価値観を満たす (環境、安全等を含む) ・景気、経済の状態 ・人や物の移動量の増減 ・所得の増減(出費増加等) 出所:三菱総合研究所 ・規制、規格化といった規制等の ・免許等の制約が無い、少ない 経済 ・ 市場 注:社会、政策、経済・市場、産業・技術の連関は記していない 政策的要因 新しいコンセプトのモビリティ ・市場、顧客の価値観 ・政党の政策 ◆環境重視、エコ ◆社会が反公害の方向へ 民間での活動が活発、CVCC にも注目 ◆石油危機 産業・技術 (生産者・メーカの視点) ◆環境規制 (カリフォルニア規制ZEVなど) ◆国などの優遇措置 ◆自転車需要の縮小、原付(50cc)など の市場の成熟化 ◆環境、少子高齢化に向けてのモビリティ戦略 ◆環境重視、自動車の駐車取り締まりが厳 ◆異業種の参入 しくなったことによるデリバリー企業へ の普及 ◆日本メーカの優れたハイブリッド技術 ・バッテリー、モータ、制御技術など ◆利用者、市場の環境重視の価値観 ◆国内大手2社による競争 ◆まずは法人需要の拡大、その後、一般消 ◆自動車の動力変化による。異業種からの自動車 費者へ 産業参入の期待 ◆トヨタの戦略 (担当専務の決断と目標設定、公表) ◆本田技研の戦略(対トヨタ、日産) ・大手は後処理技術を敬遠した(フルラインナッ プのため、エンジンモディフィケーションを実 施すると大変) ・本田技研は CVCC でエンジンモディフィケー ションを実施・本田技研は大手が嫌う技術で対 抗、トップの決定と公表(本田宗一郎) ◆後処理技術の発展(三元触媒など) ◆技術の発展(安全技術など) ◆参入が比較的容易であった 例えば、日本独自のモビリティのため、戦前で も輸入車との競合がなかった ◆戦後は禁止された航空機産業などから企業が複 数参入、競争が進み産業も発展 ◆市場の排ガス対策への関心が高まる ◆戦前は軍事需要の拡大 ◆戦後の自動車市場の拡大 ・経済の拡大、所得の増加など ・自動車の保有へのニーズの高まり (新三種の神器、中流層の価値観) ◆戦前は軍を中心に物流等が拡大 ◆戦後は復興期で小口輸送市場が拡大 ◆新しい技術が次々と登場した時代 (産業界の未来指向が強かった) ◆大量生産方式の登場と普及 ◆新産業の発展 ◆工業化が進展、経済の拡大期 ・石油産業(それまでは農業、畜産が中心) ◆中流層を中心とした自動車市場の拡大 ・技術開発よりも新産業への事業化に注力する起 ◆インフラ整備が進展した時期に合致 業家が多くいた(自動車産業への期待大)、複数 ・T型フォードはインフラ整備が不十分な 企業による競争で産業も成長 悪路にも対応していた ・自動車産業は大量生産方式の成功で、労働者の 賃金も上がった ◆他の成長産業と一緒に発展 (素材メーカ、機械加工メーカなど) 経済・市場 ◆大気汚染対策に対する政策強化 ・アメリカの大気清浄法、マスキー法 ・日本版マスキー法 (アメリカより先に制定) ◆環境政策重視の三木内閣 (田中内閣時の環境庁長官) ◆革新系自治体の力が強かった ◆都市部での移動の不便さ ・自動車の駐車がなかなかできない ◆便利さ ・自転車も荷物などが多いと大変 (楽に坂を上れる、重い荷物を運べる) ◆道交法の改正(アシスト速度の変更、安全 ◆高齢化の進展 ◆割安感 性の向上など) ・体力がなくなると自転車も大変、自動車免 ◆手軽さ(免許がいらない、ヘルメットがい ◆地方自治体などでの普及促進策、優遇措置 許返納など らない) ◆環境重視、エコ指向 ◆健康、メタボ指向 ◆燃費が良い(環境にも良い) ◆当初、割安感があった 出所:三菱総合研究所 電動アシスト 自転車 ハイブリッド車 CVCC ◆排ガスが少ない、燃費が良い (環境対策技術) 軽自動車 オート三輪 ◆戦前は軍事力強化が背景にあった ◆低コスト(普通の四輪車に比べ半額程度) ◆戦後は復興期のモビリティニーズ ◆当初は免許は不要 ◆国の規格とともに発展、拡大 (自動車の大衆化ニーズ) ◆利用者が納得のいく性能(360cc) ・道交法の改正など ◆戦後はモータリゼーションの黎明期 ◆日本独自のモビリティ ◆高度成長期(モノの保有への関心が高い) ◆国の規格とともに発展、衰退 ・幅員規格拡大で大型化、市場拡大 ・大型化の禁止(1955 年) ・三輪車運転免許の廃止(1965 年) ◆低コスト(価格で輸入四輪車の2~3割) ランニングコストを含め経済性に優れる ◆戦前は軍事力強化からの要望、戦後は産業・ ◆運転がしやすい(小回りがきいた) 経済復興からの要望 ◆当初は免許は不要(届け出制) ◆戦後はモータリゼーションの黎明期 ◆技術の発展により大型化など発展 ◆日本独自のモビリティ T型フォード 政策的要因 ◆内燃機関特許の与えた影響 ・内燃機関の特許による収入で、自動車工業 会ができ、部品の標準化が進み大量生産方 式実現に寄与 ・フォードの訴訟で内燃機関特許は無効とな り、このことがその後の自動車の大量生産 に寄与 ・上記の 2 点のタイミングが、非常にうまく 機能して、アメリカの自動車の大量生産を 成功に導くことに寄与 社会的要因 ◆格差社会 ・貧 富の格差:人種差別等が歴然とあった (自動車は新しい格差の象徴となった) ◆低コスト(従来の半額) ・都 市 と 地 方 の 格 差 ◆運転が容易 (初心者でも簡単に運転できる) (自動車は地方の交通格差の解決策となった) 右側走行には左ハンドルと、標準化するこ ・情報の格差、新聞を読んでいたのは富裕層 とで利用者は自動車を運転しやすくなった が中心、自動車は中間層にとって新鮮な新 ◆免許が簡単(専用免許など) しい富 ◆技術(頑丈な車体、耐久性のあるガソリン ◆中流層の拡大(医者、弁護士、経営者等) エンジン、運転しやすいトランスミッショ ・生活レベルの向上(電化製品の普及等) ンなど) ・生活文化の発展(レジャー、ダイエット健 康指向等) ・スピードダウン化(スピードアップしてい た生活の見直し) (利用者の視点) 新しいコンセプトの モビリティとしての特性 表 3.6 つのモビリティの技術発展と社会連関の分析結果 技術社会連関モデルの構築に関する基礎研究 17 18 研究論文 Research Paper ( 2 )重要な要因:「偶然」 (1)で抽出された新技術・新製品の成功要因について、前述の「偶然」と「必然」の考 え方(仮説)を適用して、それぞれのケースにおいて何が「偶然」で何が「必然」かについ て分析を行った。その結果、これらのケーススタディ分析からは、「偶然」が重要な成功要 因であることがわかった。 ① CVCC における「偶然」と「必然」 一例として、ホンダが開発した環境対策技術である CVCC を取り上げて、「偶然」と「必 然」の考え方について述べる。図 8 に CVCC 開発の社会的背景(政策・行政)、企業・技術、 市場の関係を示す。 CVCC 開発の大きなドライビング・フォースとなったのは環境問題であり、とりわけ米 国のマスキー法が重要な要因となった。当時、国内で社会的問題となっていた公害問題や石 油危機などのエネルギー問題は、こうした環境対策技術の開発を大きく後押していた。一 方、フルラインメーカではなかったホンダは、資金的な制約もあり、大手のように巨額の研 究開発費を投じて後処理技術を開発することが難しかった。そこで事業規模がまだ小さく、 生産ラインをいじっても相対的に影響が少なかったことを逆手に取って、エンジンそのもの の性能の向上を図った。 以上の CVCC 開発の背景にあった社会的要因や企業のポジショニングに起因する対応策 は、ある程度推測することが可能であり、その意味でこれらの要因は「必然」的な要因で あった。唯一、石油危機だけは誰もが予想できなかった「偶然」の要因であった。 図 8.CVCC 開発の社会的背景(政策・行政)、企業・技術、市場の関係 政策・行政 環境関連 の法令 企業・技術 米国マスキー法 市 場 ホンダの戦略 フルラインメーカではない という弱みを強みに 日本版マスキー法 石油危機 環境政策 (三木内閣、革新自治体) 反公害の動き 公害問題 最初に 合格 エンジン・モディフィケー ションによる対策 CVCCの高い評価 後処理技術での対策 三元触媒 日米大手自動車メーカ エレクトロニクス技術 の進展 + 後に三元触媒 が勝利 出所:三菱総合研究所 ところが、CVCC が表舞台に出て成功した要因としては、さらに 2 つの「偶然」的要因 が指摘できる。ここで2つの「偶然」的要因は、作り手である開発者と、社会にとっての 「偶然」であった。 技術社会連関モデルの構築に関する基礎研究 ■作り手にとっての「偶然」:本田宗一郎の発表 1971 年、ホンダの初代社長・本田宗一郎は「CVCC の開発に目処が立ったので、1973 年 に CVCC を商品化する」と発表した。しかし、開発を担当していた技術者達にはそのこと は事前に知らされず、結果として彼らは 1973 年までに CVCC を開発せざるを得なくなった。 開発者が想定していなかったデッドラインは、CVCC の成功につながる重要な要因となり、 このことは CVCC に関する後の資料でも指摘されている[6]。 ■社会側の「偶然」:三木内閣の日本版マスキー法制定 一方、本田宗一郎の発表は、技術的根拠が乏しかった「7 大都市排気ガス問題調査団」の 技術アセスメントの根拠となり、公害対策に関わる大規模な市民運動を後押しする結果と なった。そして、三木内閣が積極的に進めていた環境政策をも後押しした。とりわけ、三木 首相(当時)は、田中内閣で環境庁長官を務めたが、田中政治に反対して辞職し「クリーン な政治」を掲げていた。結果、産業界、関係省庁が揃って反対し、当初は成立しないと考え られていた日本版マスキー法が発効された。CVCC にとって、日本版マスキー法は、想定 し得なかった成功要因となった。 ② 6 つのモビリティのケーススタディでの「偶然」と「必然」 「偶然」の重要性は、「CVCC」以外の 5 つのモビリティのケーススタディにおいても抽 出された(表 4) 。いずれのケースにおいても想定されなかった「偶然」が、新しいモビリ ティ技術・製品が表舞台に登場するにあたり重要な役割を果たしていることがわかる。例え ば、T 型フォードやオート三輪では、その安さや使いやすさを顧客は想定していなかった。 軽自動車の性能や価格、ハイブリッド車の割安感やステータス、電動アシスト自転車の道交 法改正による利便性向上等も想定されていなかった「偶然」である。 19 20 研究論文 Research Paper 表 4.6 つのモビリティのケーススタディでの「偶然」と「必然」 偶然(想定していなかった驚き) 顧客 T型フォード オート三輪 作り手(メーカ) ・大量生産に注力 (特許訴訟に勝利) ・価格の安さ ・運転が簡単 ・顧客は自動車、バイクの代替ではな く、全く新しい顧客層であった ・大型化への発展 ・参入しやすい事業分野の成長 ・トップによる目標、実用化の公表 ・石油危機 ・日本版マスキー法が早期に制定 CVCC (日本がマスキー法をクリアする (三木政権や自治体の動き) (環境対策技術) 最初の低公害車を開発したこと) ハイブリッド車 電動アシスト 自転車 顧客 ・価格の安さ ・運転が簡単 ・地方の交通格差が是正できた ・性能:360cc という最適な出力 ・性能:360cc という最適な出力 ・価格の安さ ・軽ボンバンへの展開に成功した 軽自動車 必然(基本的に想定) ・石油危機 ・格差社会のステータス 作り手(メーカ) ・経済の拡大 ・工業化の進展 ・新産業の発展 ・インフラの整備 ・国の規格 ・技術の発展 ・モータリゼーションの進展 ・復興期経済の回復 ・国の規格 ・自動車の保有へのニーズの高ま ・技術の発展 り(新三種の神器として認識) ・モータリゼーションの進展 ・高度成長期 ・反公害の社会の動き ・低公害車の登場 ・環境規制(マスキー法等) ・反公害の社会の動き ・自動車メーカとしての戦略 ・技術の進展(三元触媒の実用化はや や偶然的要素がある) ・トップによる目標、実用化の公表、 ・割安感(新聞での価格リークの 価格のリーク インパクト) ・ハイブリッド車の登場 ・社会・顧客層の環境意識(ハリウッ ・優れた環境性能(ステータス) ドスターの例) 、価値観の変化 ・社会、顧客が環境重視へ ・国等の優遇策 ・法人需要の重要性 ・費用対性能、使い易さに優れて ・環境対策、駐車取り締まり対策とし いる(道交法改定等) てデリバリーサービス等が軽自動 ・手軽さ、便利さ ・都市や地方の交通不便さの認識 車、バイクの変わりに利用拡大(ハ ・健康・メタボ指向 (モビリティの格差) イブリッド車需要) ・自分の体力、運動能力の低下 ・自転車市場の縮小 ・少子高齢化と環境重視 ・道交法の改定(偶然的要素もある) ・技術の進展(バッテリー等) ・自治体等の普及策 (偶然的要素もある) ・健康・メタボ指向 出所:三菱総合研究所 2.3 モビリティにおける「偶然」と「必然」 モビリティのケーススタディにおける「偶然」と「必然」のとりまとめ結果を表 5 に示す。 表 5.6 つのモビリティのケーススタディにおける「偶然」と「必然」のとりまとめ結果 主な「偶然」 (想定していなかったこと) 備考 自分が置かれていた状況の変化(高齢化、モビリティ格差) 顧客 低価格、高性能、費用対性能 日常生活に影響を与える突発的事項(石油危機等) 、 あるいは想定外の事項 日常生活に係わることは自 治体や国の政策とも関連し てくる トップなどによる開発計画、目標の公表 社会、顧客の価値観の変化 作り手 (メーカ) 予想外の顧客、予想外の使い方 想定外の政策の進展(規制、規格など) 突発的事項(石油危機等) 出所:三菱総合研究所 規制・規格などもある程度 「偶然」の要素があると考え られる 技術社会連関モデルの構築に関する基礎研究 ここでキーとなるのが、その要因が「想定されたか、想定されなかったか」の違いであ り、モビリティの場合、次のような特徴が抽出された。 ■「偶然」が効果的に作用するには「驚き」が必要である 新しい「モビリティ」が普及する 1 つの重要な要因として、「低価格」がある。もちろん、 従来と比べて低価格であることは顧客にとって良いことに決まっているが、問題はその低価 格が顧客の想定を超えるかどうかである。もしも、想定を超えるものであれば、「割安感」 が顕在化し、より広く受け入れられることになる。T 型フォードは当時の自動車の価格の半 分であったし[7]、当初、オート三輪は輸入 4 輪車の 2 〜 3 割の値段で購入できた[8]。こ れだけの低価格になると、自動車を手に入れることができなかった層が、自動車を購入しよ うと考えるようになる。重要なことは、自動車をあきらめていた潜在顧客が「自分も自動車 を保有できる」という驚き(想定していなかったことに対する)を抱くことである。 毎日の買いもので自転車を使っていた主婦は、荷物が重いし坂道を上ることがつらかっ た。しかし免許の必要な原付で買いものに行くことは難しく、諦めるしかなかった。このよ うな状況で電動アシスト付き自転車が登場し、原付よりも低価格でこの問題を解決した。当 初、電動アシスト自転車が自転車に近い価格帯で登場してくるとは、顧客は考えていなかっ た。 ■顧客の「偶然」と作り手の「偶然」 このように「偶然」を成功要因として考えるときに重要なことは、誰が「驚き」を感じる かである。これは顧客と作り手(メーカ)に大別される。 前述のように顧客が「偶然」により驚きを感じたことが、その製品が表舞台にでる重要な 促進要因となる一方で、作り手(メーカ)側の「偶然」による驚きもまた重要な促進要因と なる。 例えば、ハイブリッド車の燃費目標を設定して公表した大手自動車メーカの役員の行動 は、作り手である技術者を驚かせ、その実現化を促した。開発段階で CVCC の商品化計画 を発表した本田宗一郎もまた同じである。いずれのケースも作り手が想定していなかったこ とが、促進要因となり新しい交通(モビリティ)技術の成功に結び付いた。 このように新しい技術を表舞台に登場させるためには、少なくとも一つは想定されていな かった「偶然」が作用していたと考えられる。即ち、新規市場を形成する場合には、顧客が 想定していない驚きを与える「偶然」が必要であり、技術開発を促進する場合は、作り手 (メーカの技術者等)が想定し得なかった「偶然」が必要となる。 以上のことから、新しいモビリティを表舞台に登場させた要因としての「偶然」の構図は 図 9 のようにまとめられる。 なお、この図には技術のイノベーションが既存技術・製品を表舞台(市場)から消滅させ る要因であることも、参考として記している。 21 22 研究論文 Research Paper 図 9.新しいモビリティを表舞台に登場させた要因としての「偶然」 新技術(交通:モビリティ)が 表舞台に登場する要因 キーとなる要因は何か? 「偶然」の考え方 顧客 想定していなかった 表舞台に出るとき (市場形成) ・価格、性能、使いやすさ ・自分が置かれていた状況の変化 ・規制、規格の変化 表舞台から消えるとき (市場撤退) 作り手 想定していなかった ・顧客層、使い方 ・社会の価値観の変化 ・経営者の予想外の行動 ・規制、規格の変化 ・技術のイノベーション 出所:三菱総合研究所 3.新しいモビリティが表舞台に登場する要因としての 「偶然」の考え方の適用性 「偶然」の考え方を新しいモビリティに適用した場合のケースとして、ここではパーソナ ル・モビリティを取り上げる。パーソナル・モビリティとは、従来のモビリティが追求して きた大量高速移動とは異なり、一人ひとりが限られた地域で利用する、自由度が高い「モビ リティ」のことである。環境問題やモビリティ・デバイドといった問題を解決する 1 つの手 段として期待されており、トヨタ自動車の「i-unit」、 「i-REAL」、GM の「PUMA(Personal Urban Mobility and Accessibility)」などがすでに試作されている。 3.1 パーソナル・モビリティにおける「偶然」 ■何が「偶然」なのかが重要となる(高齢者の考察例) 現状、高齢化は大きな社会的変化(要因)の 1 つであり、高齢者にとっての「偶然」を考 えることは重要となる。例えば、「まさか、自分がそこまで体力や運動能力がなくなるとは 思っていなかった」ということも「偶然」であるが、これはある程度想定されるため「必 然」に近い。しかし、その結果、一部の高齢者が自動車免許も返納し、外へも出かけられな くなってしまい、「こんな生活は想定していなかった」というのは「偶然」である。現代社 会ではこうした高齢者が増加しつつある。 三菱総合研究所が実施した「人が何に楽しみを感じるか」のアンケートの結果[9]では、 技術社会連関モデルの構築に関する基礎研究 高齢者ほど、「コミュニケーション」や「食」に楽しみを感じている。「コミュニケーショ ン」とは家族や友達とのコミュニケーションが中心だが、多くの場合、移動が必要となる。 一方、政府の調査では外出の頻度は高齢者になるほど少なくなっている[10]。このため望 む姿と現実の間に乖離が生じている。この乖離を多くの高齢者は「年齢だから」と諦めてい るかもしれないが、もしもこの乖離が解決され、年齢に関係なく望むように外出することが できたとしたら、それは一つの大きな偶然(「驚き」)となると考えられる。 パーソナル・モビリティの成功要因としての「偶然」の例として、本研究では都市郊外に 住む高齢者層の「偶然」を取り上げた。近年、高齢者の交通事故が増加する一方で、自ら自 動車を運転したいという高齢者の意向は強い[11] [12] 。このことは、地方だけではなく、 都市郊外に住む高齢者層にもあてはまり、このことから次のような「偶然」を見いだすこと ができる。 ■顧客の「偶然」 ◆自分の置かれた状況の変化(都市郊外のベッドタウン高齢者向けの場合)という「偶然」 住んできた郊外の大規模住宅団地がこんなに不便になるとは思わなかった。仮に、体力 や運動能力が落ちたとしても、日常の移動にこんなに困るとは思わなかった。 一方で、上記の課題が解決されるとすれば、その解決手段自体を「偶然」と捉えること ができる。 ◆パーソナル・モビリティの商品化(自動車を運転できなくても同じ様に移動できる) ◆価格は電動アシスト自転車等とそれほど変わらない。価格(利用料金)の「偶然」。 ◆規制・規格の変更で手軽に使える「偶然」。速度制限や免許、ヘルメットがいらない。 ■作り手の「偶然」 ◆想定していなかった顧客がいたという「偶然」 都市郊外の高齢者層が潜在顧客になるとは想定できなかった。比較的近くに公共交通機 関などがあり、移動に困っている高齢者が多いとは考えにくい。さらに都市郊外の高齢 者は移動への支出費が多く、貯蓄も多い[15]。 3.2 利用者にとって、重要な「偶然」 ここでパーソナル・モビリティについては、高齢者(顧客)にとっての価格、性能(費用 対効果)、販売方法等の「偶然」について検討を行った。 ■パーソナル・モビリティに求められる価格と利用の課題 パーソナル・モビリティは、基本的な性能(速度、走行距離、搭乗人数、荷物量等)では 自動車にはかなわない。このため、価格的にも自動車やバイクなどに比べて安くなければ、 顧客から見ての想定外を実現することは難しい。 パーソナル・モビリティに近い製品としては電動車椅子がある。しかし、電動車椅子の価 格は 1 台 30 〜 60 万円であり、価格の高さから普及率は低い。また、電動車椅子は歩道を走 行するために速度は時速 6km 以下に抑えられている。 逆に走行速度が原付のように時速 30km 近くになれば、パーソナル・モビリティは道路を走 23 24 研究論文 Research Paper らなければならず、免許も必要となる。結果、先進の技術を適用しても中途半端な性能で価 格が高い製品になってしまう。ここに現在のパーソナル・モビリティのパラドックスがある。 ■自転車から発想したパーソナル・モビリティ 価格が高いという制約を考えた場合、1 台数十万円〜数百万円する自動車からパーソナ ル・モビリティを発想すると、複雑で高度なシステムとなり、価格も当然高くなると考えら れる。一方、今回のケーススタディで取り上げたオート三輪や軽自動車は、いずれも自転 車、バイクなど、モビリティとしてはより単純で価格の安いところから出発している。 こうした技術発展の形態を適用すれば、パーソナル・モビリティ誕生に適した候補とし て、全国で約 7,000 万台使われている自転車をあげることができる。実際、自動車専門家も ヒアリングにおいて、自転車からパーソナル・モビリティへの展開は 1 つの選択肢としてあ り得ると答えている(一方でパーソナル・モビリティと自転車では求められる技術や品質水 準が異なり、また、その生産体制も異なる。このため、自転車からパーソナル・モビリティ に展開するにあたっては、これらの課題を解決する必要がある)。 実際、電動アシスト自転車は、自転車の生産台数が減少する中、増加しており、すでに 50cc 以下の原付の生産台数を上回っている。さらに、電動アシスト自転車で注目されるこ とは、アシスト機能が時速 24km まで有効となる点で、電動車椅子の時速 6km とは大きく 異なる。また、価格も 1 台数万円と安いものもある。 一方、2010 年秋には、イオンと三菱自動車は、 「i-MiEV」をイメージした電動アシスト自 転車の販売を共同で実施することを発表した。これはパーソナル・モビリティそのものでは なく、あくまでも電動アシスト自転車に電気自動車のイメージを適用しただけであるが、電 動アシスト自転車と自動車メーカとのビジネスの接点ということで注目される動きである。 今後、電動アシスト自転車がアシストではなく、電動式の「モビリティ」として認められ れば、パーソナル・モビリティに近いコンセプトが実現できる。 ■「量販店で買う」公共交通システム パーソナル・モビリティでは、価格を下げて高齢者を含めて誰でも利用できるモビリティ とすることは、「偶然」の視点から、きわめて重要となる。このためには、例えば、パーソ ナル・モビリティそのものを販売するだけではなく、パーソナル・モビリティを利用する権 利を販売するビジネスモデルが考えられる(権利は、家電量販店など比較的容易に購入でき るところで取得できるものとする)。 利用者が利用権を買う方式は、他の交通分野ではすでに事業化されている。この方式では 実際に購入したときと比べて 10 分の 1 程度の価格(料金)での利用が可能となる。同じよ うな方式としては、例えば高価なビジネスジェットを共同保有するフラクショナル・オー ナーシップと呼ばれている方式がある。さらに、もし権利を購入した利用者が、パーソナ ル・モビリティが普及している地域なら、どこでもこのモビリティを利用することが可能と なれば、有用な公共交通システムとなる。 技術社会連関モデルの構築に関する基礎研究 3.3 パーソナル・モビリティのコンセプトとビジネスモデル(仮説) 技術と社会の連関と「偶然」の考え方をパーソナル・モビリティに適用した場合、図 10 に示すようなパーソナル・モビリティの技術発展とビジネスモデルが導出される。このこと から、本研究の技術と社会の定性的な連関分析結果は、モビリティ分野において新技術・新 製品を表舞台に導く考え方を導出する際に適用することが可能であると考えられる。 図 10.パーソナル・モビリティが表舞台にでるための要因(偶然) 自転車/電動アシスト自転車からパーソナル・モビリティは生まれる ・現在、販売されている電動車椅子や自動車メーカが開発中のパーソナル・モビリティ(i-unit 等)の重要な課題 ⇒ 価格が高い(安い軽自動車とそれほど変わらない) ⇒ 使用する際の制約(歩道では速度が限られ、道路では他の自動車との関係で安全性に問題がある) ・パーソナル・モビリティの実用化、普及に求められる「偶然」は、想定外の「安さ」と「使いやすさ」 (本研究のケー ススタディに基づく) 自転車 電動アシスト 自転車 価格を抑えつつ、 時速∼ 6km 30 万円程度 電動車椅子 性能向上を図る 技術アップ 価格が高く、使い 難い(制約が多 価格は「偶然」の ファクタとなり得 る。しかし、使い勝 手、性能は不十分 価格は高すぎる。 同じ価格帯ですで に制約が少なく、 実績のあるものが 普及している。「偶 然」と成り得ない。 い)、さらに安全 数万円 時速10 ∼ 15km 程度 5 ∼ 10 数万円 時速 24km まで 原付自転車 自動車 面の課題もある パーソナル モビリティ 低価格と使いやすさを 実現するための 共同保有方式 技術のスペックダウン 自治体、 企業、国等 技術をスペックダウンして安価を 狙っても限界がある。 15 万円以上 時速 30km まで 出所:三菱総合研究所 数十万∼数百万円 時速 100km 以上 例えばインドのタタの 30 万円の ・使いやすさの「偶然」 自動車があることを考えれば、 ・国、自治体が利用上の制約を パーソナルモビリティの位置付け は不明確にならざるを得ない。 減じることができる。 ・既存の二輪、四輪では難しい。 25 26 研究論文 Research Paper 4.結論と今後の課題 本研究では、モビリティを例に取り上げ、新技術・新製品が表舞台(市場)に登場する要 因を技術・産業だけではなく、社会、政策、経済・市場などから分析した。そして、これら の要因との関連を明らかにするとともに、キーとなる要因として「偶然」と「必然」の考え 方を適用した。この結果、 「偶然」は新技術・新製品が成功する重要な要因であり、この考 え方を適用することで、新技術・新製品を成功させる仮説を構築することが可能となること がわかった。さらに「偶然」は、顧客や作り手にとって大きな「驚き」であることが必要と なる。そして、この考え方を今後の市場形成が注目されるパーソナル・モビリティに適用し て、考え方の有用性を確認した。 一方で、今回の基礎的研究で得られた技術社会連関モデルの考え方をインプリケーション するためには、次の課題が指摘できる。特にモビリティ以外も含め、より多くのケーススタ ディの分析と検証が必要となる。 ・ 「偶然」の仮説の検証(検証例を増やす)。 ・どこに「偶然」が生じるか、「偶然」の強さを図るデータと手法の検討。 収入・可処分所得、実態、消費支出、交通(モビリティ)の価格、運賃などのデータとその分析。 ・ 「偶然」のファクタの定量化と関連データの収集・分析。 必要に応じて、顧客の「偶然」を抽出するための独自データの収集・分析。 ・ 「偶然」のモデル化検討。 技術社会連関モデルの構築に関する基礎研究 参考文献 [1] Richard Samuels:Rich Nation and Strong Army , Cornell University Press(1995). [2] William Swan:World Airline Traffic Outlook , Boeing(2009). [3] 東洋経済編集部: 「鉄道新世紀」 『週刊東洋経済』2010 年 4 月 3 日号 , 44-121(2010). [4] 持続可能な発展のための世界経済人会議(WBCSD):『Mobility 2030 : 持続可能な社会を目 指すモビリティの挑戦—持続可能なモビリティ・プロジェクト』(2004). [5] 竹村和久:『行動意思決定論』日本評論社(2009). [6] 本田技研工業株式会社広報部 編集『本田技研工業 50 年史—語り継ぎたいこと、チャレンジの 50 年、総集編 大いなる夢の実現』100-05(1999). [7] Pamela Coppola, Andrew Levesque and Ryan Wilmouth:Ford Model T 1908-27 , European Humanities University(1998). [8] 桂木洋二:『小型・軽トラック年代記』グランプリ出版(2006). [9] 三菱総合研究所:『楽しみに関するアンケート結果 』(2005). [10] 国土交通省:『高齢社会における持続可能な地域づくりに関する調査報告書』(2005). [11] 警視庁 , 東京都:『高齢者運転免許自主返納サポート協議会パンフレット』. [12] 総務省:『全国消費実態調査』(2004). 27