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第Ⅱ部 不動産証券化協会認定マスターの 専門家責任とコンプライアンス

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第Ⅱ部 不動産証券化協会認定マスターの 専門家責任とコンプライアンス
第Ⅱ部
不動産証券化協会認定マスターの
専門家責任とコンプライアンス
牛島総合法律事務所
田村
著 者 紹 介
田村 幸太郎(たむら こうたろう)
牛島総合法律事務所・弁護士(司法研修所 35 期)
幸太郎
1 ●専門家の責任
1.1 問題意識
不動産証券化協会認定マスター・アソシエイト(以下、「マスター」という)はその属
する会社に与えられる資格ではなく、個人の資質に依拠したものであり、個人に帰属する
資格である。
金融商品取引法は金融商品取引業者等に各種行為義務を課しており、その違反の制裁は、
業者としての会社だけに及ぶもののように見えるが、実際には個人にも及ぶ場合がある。
例えば、金商法 42 条の 2 第 1 号は、投資運用業者が自己又はその取締役若しくは執行
役との間における取引を行うことを内容とした運用を行うことは、金融商品取引業等に関
する内閣府令(
「業務府令」
)第 128 条で定める例外を除いて禁止している(自己取引の禁
止)
。この規定に違反した場合、その行為をした代表者、代理人、使用人その他の従業者
も 3 年以下の懲役若しくは 300 万円以下の罰金に処されることがある(金商法 198 条の
3)
。金商法上、行為義務の主体が登録業者だけになっていても罰則がその従業者等個人に
適用される場合は少なくない。
また、金商法 44 条第 1 項は、二つ以上の種別の金融商品取引業を行う場合の禁止行為
として、投資助言業務に係る助言を受けた顧客が行う有価証券の売買等に関する情報を利
用して、有価証券の売買等の委託等を勧誘する行為を禁止するが、この義務の主体は、
「金
融商品取引業者等又はその役員若しくは使用人」となっている。上記の例は、例外的に、
個人を直接の行為義務あるいは罰則の主体とする場合である。
さらに、金商法上その他の投資家保護法令上、会社が責任を負う場合であっても、マス
ターは個人としての専門家責任を免れるわけではない。
会社が責任を負う根拠は、どのような場合でも現実の業務を遂行する個人の行動にある
(2.5 参照)。今後は、内部統制の実効性を確保するためにも、会社は不適切な行為を行っ
た実行行為者(個人)を特定し、組織としての必要なディスプリン(discipline =規律)を
示すことがますます求められることになろう。そこでマスターの専門家責任がどのような
場合に発生するかを検討することによって、我々のよって立つ位置を確認したい。
1.2 専門家責任とは何か
専門家責任のなかでも、運用資産として顧客から預かっている金銭を自己の遊興費等に
費消して業務上横領罪になるというような刑事責任があるが、ここでは民事責任を検討す
る。
専門家の民事責任とは、専門家がその職務を遂行するうえで他人に不適切な役務の提供
をすることによって(あるいはなすべき役務の提供を行わないことによって)
、これを信
頼した依頼者その他の第三者が損害を受けた場合に負う賠償責任をいう。日本において専
門家責任の対象となる職種として議論されてきたのは医師、弁護士、会計士、公証人、不
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不動産証券化協会認定マスターの専門家責任とコンプライアンス
動産鑑定士、建築士、司法書士、土地家屋調査士、宅地建物取引主任者など様々である。
マスターは、この責任が問われる「専門家」であろうか。りっぱな専門家である。専門家
とは、
「科学または高度の知識に裏付けられ、それ自身一定の基礎知識をもった特殊な技
能を、特殊な教育または訓練によって習得し、それに基づいて不特定多数の市民の中から
任意に呈示された個々のクライアントの具体的要求に応じて具体的活動を行い、よって社
会全体のためにつくす職業である。」(商事法務研究会、「専門家の民事責任」専門家責任
研究会編、1 頁)。マスターは比較的長期に渡る組織化された教育を受け、
「不動産証券化
に関する高度な専門知識と職業倫理を身に付けた者」であり、不動産証券化商品について
専門知識と実務応用能力を有するものと認められる者である。
注意しなければならないのは、マスターの資格を有しない場合には専門家責任を問われ
ないかというとそうではない。不動産証券化業界という高度な知識と経験が要求される分
野で職務に従事する場合には、それ相応の専門家責任が問われると考えられる。
1.3 具体例
では、どのような場面で専門家責任が問われるのであろうか。医療過誤において医師の
説明義務違反が問われるケースには相当な裁判例の蓄積がある。不動産取引についても少
なくない。長くなるが何件か紹介する。
1.3.1 不動産鑑定士の責任
1.3.1.1
ゴルフ場の例
不動産鑑定は不動産証券化取引において極めて重視されているが、以下の大阪地裁の判
例(同旨の東京地裁の判例もある)は、抵当証券発行申請を目的とする鑑定について不動
産鑑定士の注意義務が問われた事例である(大阪地方裁判所判決・平成 16 年 9 月 15 日)。
この事案は、鑑定評価の誤りなどを理由として、モーゲージ証書保有者が不動産鑑定士
に損害賠償を請求したが、裁判所は抵当証券交付申請書添付目的でゴルフ場の土地建物の
鑑定評価を行った不動産鑑定士らが、鑑定評価手法の適用を誤り、不相当に過大な鑑定評
価額を算定した過失があるとして損害賠償を認めた。裁判所は、「抵当証券は抵当権及び
それにより担保される被担保債権を表章する有価証券であり、抵当証券の交付申請に際し
ては、担保の十分性を証する書面として、不動産鑑定士による鑑定評価書の添付が要求さ
れる。その理由は、ひとたび抵当証券が交付された場合、抵当証券は有価証券として不特
定多数の者の間を流通し、その取得者は、当該不動産に設定された抵当権が被担保債権を
担保するに十分な財産的価値を有するか否かにつき、独自に検証する有効な手段がないま
まこれを取得することになるため、抵当証券の流通の安全を保障する上でも、抵当証券に
より表章される抵当権が十分な財産的価値を有し、被担保債権の引当てとなることが確保
されていることが必要とされることによるものと解される。そして、抵当証券は、不動産
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鑑定評価額を基準として定められた限度額の範囲内において発行されるのであり、少なく
とも鑑定評価額を超過する価額の抵当証券が発行されることはないものということができ
る。そうすると、不動産鑑定士による目的不動産の鑑定評価額が現実に有する財産的価値
ないし取引価格を超過していた場合、抵当証券は、その超過分の限度で担保による裏付け
のない債権を表章する証券として流通せざるを得ないことになる。そして、その場合、当
該抵当証券ないしモーゲージ証書の取得者は、本来であれば、証券の取得により、被担保
債権とともにこれを満足させるに足りる十分な担保を取得できたところ、被担保債権を満
足させるに足りる担保を欠いた抵当権の付着した債権を取得するに止まり、被担保債権が
支払不能となった場合、抵当権の実行により十分な債権の回収を受け得ない危険を負担す
ることとなる。
」と判示している。そして、対象となるゴルフ場が倒産状態となったため、
原告の保有するモーゲージ証書に係る被担保債権について、ゴルフ場を構成する不動産か
らの回収が事実上不可能となったことを認定し、原告に生じた損害は、不動産鑑定士の誤
った(過大な)鑑定評価と相当因果関係があるものと認めたのである。
1.3.1.2
不動産鑑定士の調査義務違反
平成 14 年 7 月 26 日付京都地方裁判所判決において問題となったのは、不動産競売手続
における評価人としての不動産鑑定士の義務違反の問題である。この事案においては、不
動産鑑定士は建築制限の存在を調査、記載しなかったことについて調査義務違反と認定さ
れている。これは直接的に不動産鑑定士を被告とするものではないが、評価人は執行裁判
所である被告国の補助機関として、当該補助機関の調査記載義務違反について賠償責任を
負うとした。
1.3.2 仲介業者の責任
他方、不動産売買ではあるが、建物の所有者が賃借人のために対象建物を増改築して賃
貸する場合(いわゆる建て貸しの一類型)に所有者の仲介業者が仲介責任を問われた判例
がある。建物の所有者が賃貸借契約の締結の仲介を宅建業者に依頼したところ、依頼者か
ら中途解約禁止条項を入れなかったことによって損害が発生したという請求を仲介業者が
起こされた。この事案では、原告となった建物所有者は、長期賃貸借契約を当該宅建業者
の仲介で締結したが、中途解約禁止条項が入っていなかったため、賃借人から中途解約さ
れ、もし中途解約条項が入っていれば得られたであろう賃料収入等を失い損害を蒙ったと
主張した。裁判所(福岡地方裁判所判決・平成 19 年 4 月 26 日)は、要旨「被告は、原告
との間で、本件建物を賃借人(以下「A」という)に賃貸する契約を締結する仲介契約を
締結したものであるから、原告に対して本件賃貸借契約の重要事項について書面を交付し
て説明すべき義務があるところ(宅地建物取引業法 35 条)、認定事実によれば、本件のよ
うないわゆる建て貸しにおける中途解約制限条項の重要性にかんがみれば、被告は、信義
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不動産証券化協会認定マスターの専門家責任とコンプライアンス
則上、A から示された契約書案に含まれていた中途解約制限条項をあえて本件賃貸借契
約においては外したことについて具体的に説明してその承諾を得るべき義務があったとい
うべきであり、この具体的な説明義務を果たしたことが認められない本件においては、被
告に信義則上の説明義務違反があったというべきである。そして、A は、本件建物を借
り受けるに当たって、中途解約制限条項を入れることに異存はなかったことがうかがわれ
るから、被告が中途解約制限条項を入れなかったことを具体的に説明すれば、原告におい
て同条項を入れるよう求めて同条項が入った契約になった可能性が高いということができ
る。そうすると、被告には同条項を入れないことについて具体的な説明をしなかったこと
によって原告が蒙った損害を賠償すべき責任があるというべきである。
」と判断した。こ
の判例では、単に中途解約制限条項を入れなかったというだけで仲介業者に責任が発生す
るとしたものではないが、状況に応じては、信義則上、専門的な説明義務が発生するとい
うことを示した。
1.3.3 不動産証券化商品の販売者の説明義務違反による責任
1.3.3.1
証券取引法の時代
日本の抵当証券に似た商品であるが、米国の不動産を担保にした抵当権付債権を裏づけ
として発行された社債を日本の投資家が購入した事案で、販売員個人の不法行為をもとに
会社に対して民法第 715 条の使用者責任が問われた事案がある。証券取引法の時代である
が、裁判所は金融商品の販売における業者の説明義務について以下のように分かりやすく
原則論を展開する。
「一般に、周知性のない商品を販売しようとする者には、契約締結の準備段階としての
交渉に入った者の信義則上の注意義務として、勧誘を受ける者に対し、当該商品の特質そ
の他商品を購入するか否かを自主的に判断する上で必要かつ重要となる事項(以下「重要
事項」という)について、十分に説明し、実際にその商品を購入した買い主が不測の損害
を被ることのないよう配慮すべき義務が存するものといえる。そして、かかる重要事項の
説明は、自己責任の原則の前提をなすものであるから、かかる重要事項について、不十分
な説明を行ったり(説明義務違反)
、誤解を招きかねない説明をしたり(誤導勧誘)、ある
いは不実のことを告げたり(詐欺的勧誘)して、買い主に不測の損害を被らせた場合には、
自己責任の原則を根拠にその損害をすべて買い主に帰せしめるのは相当でなく、かかる場
合には、売り主は不法行為に基づく損害賠償責任を免れないというべきである。
これを敷衍して説明するに、本来、契約を締結するか否かを決断するために必要な情報
の収集・分析は、各人が自己の責任において行うのが原則である(自己責任の原則)。た
とえその情報が相手方から提供されたとしても、それを漫然と信じてはならず、吟味する
責任があるといわねばならない(「買い主注意せよ」)。しかし、今日、取引の対象とされ
る商品は、著しく多様化・複雑化してきており、商品に関する情報が売り主側に構造的に
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偏在し、買い主の情報収集能力・情報分析能力に期待を寄せることのできない状況が出現
している。このように、取引当事者間に構造的な情報格差が存在している場合に、売り主
(情報優位者)が、かかる情報格差を是正する措置を講じないままに、情報の収集・分析
は買い主(情報劣位者)の責任であること(自己責任の原則)を強調して、あくまでも契
約の拘束力を貫徹させようとすることは、取引の公正を欠き、信義則(民法一条二項)に
反するといわざるを得ない。したがって、かかる場合、売り主(情報優位者)には、信義
則上、買い主(情報劣位者)に対し、当該契約に関する「重要事項」を的確に説明するべ
き義務があると解するのが相当である(もっとも、情報提供義務は、買い主の情報収集を
「支援」するものであって、これを全面的に「肩代わり」するものではないから、情報を
収集し、分析する責任は、あくまでも買い主にあること、とりわけ、集まった情報を基に、
自分の目的に適合する契約を選別する責任が、買い主に課せられていることも忘れられて
はならない。
)
。
そして、この理は、証券商品をはじめとする金融商品の販売においても当然に妥当する
ものである。殊に、金融商品については、
(1)リスク(損益の変動可能性)という目に見
えないものを取引対象とするため、商品の特質を理解すること自体が買い主にとって必ず
しも容易ではないにもかかわらず、近時、金融商品の多様化・複雑化が進展し、一般投資
(2)証券会社
家になじみのない商品が多数、市場に流通させられている実情にあること、
と一般投資家との間では、証券取引についての知識、情報に質的・量的に圧倒的な格差が
あることに留意されるべきである。
このように、自己責任の原則の前提をなすものとして説明義務を捉えるとすると、売り
主(投資勧誘者)において説明するべき内容(金融商品にかかる「重要事項」)は、金融
商品のリスク判断に必要な商品の特質や危険性に関する枢要な要素ということになると解
される。そして、売り主(投資勧誘者)と買い主(一般投資家)との間に、構造的な情報
格差が認められ、買い主が当該情報にアクセスすることが困難な事情のある場合、その情
報については、特にわかりやすい説明をすることが求められるというべきである。」(神戸
地方裁判所姫路支部判決)
この判決では説明義務の内容を詳細に判断し、一定のリスク説明はあったものの、発行
体の信用力に関する個別具体的な情報の提供がないと判断した。
1.3.3.2
金商法の時代
住居用不動産の信託受益権に投資する匿名組合契約の締結の勧誘をし、出資持分の販売
仲介をした証券会社が民法 709 条及び同 715 条並びに金融商品販売法第 5 条に基づき、投
資家から、説明義務違反で損害賠償を請求された事案がある(平成 22 年大阪地裁、なお
証券取引等監視委員会の HP も参照。)。具体的には、このファンドでは匿名組合の出資金
と資金の借入れで信託受益権に投資をする仕組みのようであったが、資金の借入れに伴う
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不動産証券化協会認定マスターの専門家責任とコンプライアンス
レバレッジリスクが説明されていなかったとういう原告の主張に対して、第一審の裁判所
は、
「レバレッジリスクは、本件ファンドの募集の取扱時に顧客に対し説明されるべき、
投資判断に影響を及ぼす重要な事項である」とし、レバレッジリスクの説明がなかったと
いう事実認定をし損害賠償を認めた(但し、3 割程度の過失相殺をしている)。裁判所は
「勧誘した営業員だけの問題ではなく、レバレッジリスクについて投資商品企画上の十分
な注意を払うことなく、またそのような顧客の重要な権利保護にかかわるリスク説明等に
ついて適切な組織態勢をとってこなかった管理者を含む被告の組織全体の問題である。」
とも言っている。
1.3.4 運用会社の責任
金商法の施行で投資法人の運用会社だけではなく、プライベートファンドの投資資産保
有媒体から投資一任を受任する会社が出現しつつある。そのようなプライベートファンド
運用会社の受託者責任の内容については今後の議論に委ねられているが、ここでは、伝統
的な有価証券の投資一任業者の忠実義務ないし善管注意義務違反が問われた事案で、裁判
所が一任業者の裁量権を認めた判例を紹介する。この裁判では一任業者が有する裁量権を
以下のように判示した。
「本件一任契約においては、投資判断を一任された被告らの裁量的な判断によって本件
ファンドの運用が行われる仕組みとなっている。したがって、被告らが与えられた裁量の
範囲を逸脱し、又は右裁量権を濫用して投資判断を行わない限り、被告らに注意義務違反
による違法の問題は生じない。
もとより、被告らの裁量権は無制限のものではなく、法令及び本件一任契約の本旨に従
い一定の規律を受けていることは否定できないから、そのような規律に反した投資判断を
するのは裁量権の逸脱にあたるということができるし、被告らが自己又は第三者の利益を
図る目的で投資判断を行えば裁量権の濫用にあたることになる。したがって、それによっ
て原告に損害が発生した場合には、被告らはその損害を賠償しなければならない。
ただし、投資一任契約における投資顧間業者の投資判断は、すぐれて専門的なものであ
り、また市場の先行きに対する一定の予測と可能性のうえに成立しているものであるから、
当該投資判断が当時の客観的諸状況及び投資顧問業者に与えられていた法令及び約定の規
律に照らして明らかに合理性を欠いたものと認められる場合に、裁量権の逸脱があると認
めるべきである。
」
(東京地方裁判所判決)
具体的な事案では、このような裁量権の逸脱があるかどうかの審査において結果的にな
いものとしたものや、逸脱を認定したものがある。
1.4 不動産証券化への示唆
上記のいくつかの判例は専門家責任を考えるうえでどのような示唆を与えているのであ
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ろうか。
1.4.1 信頼関係
第一に、ゴルフ場の例では、専門家責任の基礎が契約関係を越えた信頼関係にあること
が改めて確認される。大阪地裁判例は、鑑定業務を依頼したわけではない原告から鑑定士
に対する損害賠償責任を認めている。重要なことは、依頼は受けていないが信頼があった
ことである。言い換えれば不動産鑑定士の行う鑑定意見に信用の基礎を置かざるを得ない
商品が抵当証券ないしモーゲージ証書と判断されたわけである。不動産証券化商品も同様
の性質を有している。
1.4.2 外部委託者の選任・監督
第二に、不動産鑑定の重要性である。金商法導入後、価格の適正さが重要な指標となっ
ている。市場における公正な価格形成を通じた証券市場機能の確保が金商法の重要な目的
の一つであることはいうまでもない。価格の適正さについては不動産鑑定に依拠せざるを
得ないところがある。但し、不動産鑑定は不動産鑑定士だけの問題ではない。不正確な不
動産鑑定価格に助力をした者、あるいはそのような鑑定士を選任したもの、あるいは、不
動産鑑定士の意見を鵜呑みにして商品を組成した者も責任を問われる可能性がある。後述
する金融庁の監督指針は外部委託態勢の整備として以下のことを投資運用業者に要求す
る。
「不動産関連ファンド運用業者は、当該ファンドから投資運用の一任を受けながら、ER
業者、鑑定業者、信託銀行、プロパティ・マネジメント業者、ビル・マネジメント業者等、
様々な業者に業務の一部を外部委託している。よって、運用業者が忠実義務等を果たすた
めには、当該外部委託先に対する適切な監督は必要不可欠である。その監督に実効性を持
たせるためには、外部委託先の選定基準を含めた各種規程・基準を策定したうえで、外部
委託先からの各種報告を充実させ、実効性あるモニタリングを定期的に実施すること等に
より、適切な外部委託管理態勢を構築する必要がある。なお、運用業者と委託先との役割
分担の明確化が適切な外部委託管理態勢の前提であることに留意する。」
1.4.3 高度の専門性
第三に、宅建業者の責任を認めた福岡地裁判決(1.3.2)のように、比較的高度の専門性
が不動産取引にも求められてきていることであり、中途解約禁止条項というような不動産
証券化のドキュメンテーションでは馴染みの深い契約条項について専門家としては当然知
識を有することが期待されるようになっている。
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不動産証券化協会認定マスターの専門家責任とコンプライアンス
1.4.4 信義則
第四に、1.3.3.1 の判例にある通り、投資家への説明責任は信義則を基礎においていると
いうことである。単に法定の要件を満たした重要事項説明書を交付すれば責任を免れると
いうわけではない。
1.4.5 裁量性の範囲
第五に、1.3.4 では運用会社の責任が問われている。不動産証券化の分野で専門家とし
て有する裁量の範囲内とは何かが問題となるが、これは健全な常識と実務の経験則がもの
を言う部分である。この点は今後の課題といえよう。
2 ●マスターの専門家責任の根拠
金商法上には、金融商品取引業者等に課される 3 つの重要な義務がある。第一に誠実・
公正義務であり、第二に善良な管理者としての注意義務(善管注意義務)であり、第三に、
忠実義務である。
この 3 つの義務はどのような関係にあるのであろうか
(「金融商品取引法
と投資顧問業法」河村賢治『FUND MANAGEMENT 2007 年新春号』15 頁以下参照)。
2.1 誠実義務
金商法 36 条
金融商品取引業者等並びにその役員及び使用人は、顧客に対して誠実かつ公正に、
その業務を遂行しなければならない
2.1.1 通則規定
証券取引法においても存在したこの誠実公正義務の規定は証券監督者国際機構
(IOSCO)の行為規範から取り込まれたものと言われている。金商法 36 条は役員及び使
用人も義務の主体となっている点で善管注意義務や忠実義務と異なる。またすべての金融
商品取引業者等に適用される通則に規定されている。顧客に対してとは、顧客の集合体と
しての抽象的な市場全体に対する誠実公正さも要求していると考えることもできよう。
2.1.2 具体的違反行為
どのような行為が不誠実あるいは不公正と判断されるかはケースバイケースであろう
が、この誠実公正義務を根拠として、特定の顧客の利益は市場のルールのなかで許容され
る範囲内で認められることが根拠づけられ、善管注意義務違反や忠実義務違反とはいえな
いような場合であっても、業界の標準的なフェアネスの感覚から逸脱するような行為が非
難可能となる。但し、それがレピュテーションの問題なのか、法的責任を生じさせるもの
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かはまだ検討を要する問題である。例えば平成 2 年頃に証券会社の営業特金で損失補てん
問題が世情をにぎわせたことがあるが、当時、損失補てんは法令違反とはならないものの、
市場の公正さを失わせるものであると言う議論もあった(価格のボラティリティを失わせ
るという議論もあった)
。当時は会社にとっては法令違反とはならない行為であったが、
損失補てんをした会社の役員が株主代表訴訟の被告になった。
誠実公正義務が具体的な損害賠償の根拠規定となるか否かは今後の課題であると述べた
が、投資家を代理する弁護士からの主張としては、この条文が色々な局面で使われること
が想定される。例えば説明義務の根拠となる信義則をこの 36 条に求める場合もあろう。
また、1.3.1 の大阪地裁の判例では、原告側から、被告はそもそも鑑定依頼を謝絶する義
務があるという主張もあったが(裁判所はこの義務を認定していない)
、さしずめ、その
ような義務の根拠として、専門家の誠実義務を挙げることができるように思われる。
2.1.3 金商法上の利益相反管理体制に関する改正(平成 20 年法律第 65 号、平成 21
年 6 月 1 日施行)
証券・銀行・保険会社間のファイアーウオール規制の見直しに伴い、それらの会社には
利益相反管理体制の構築が法令上より具体的に要求されるようになった。金商法 36 条に
は第 2 項から第 5 項が追加され、特定金融商品取引業者等(有価証券関連業を行う第一種
金融商品取引業者その他政令で定める者)は一定の情報を適正に管理し、かつ、業務の実
施状況を適切に監視するための体制の整備その他必要な措置を講じなければならなくなっ
た(詳しくは、金融法務事情 1850 号の特集を参照)。
2.2 忠実義務
金商法 41 条
金融商品取引業者等は、顧客のため忠実に投資助言業務を行わなければならない。
金商法 42 条
金融商品取引業者等は、権利者(次の各号に掲げる業務の区分に応じ当該各号に定
める者をいう。以下この款において同じ。)のため忠実に投資運用業を行わなければ
ならない。
一 第 2 条第 8 項第 12 号に掲げる行為を行う業務
同号イ又はロに掲げる契約の
相手方
二
第 2 条第 8 項第 14 号に掲げる行為を行う業務
同号に規定する有価証券に表
示される権利その他の政令で定める権利を有する者
三
36
第 2 条第 8 項第 15 号に掲げる行為を行う業務
同号イからハまでに掲げる権
不動産証券化協会認定マスターの専門家責任とコンプライアンス
利その他同号に規定する政令で定める権利を有する者
民法 108 条
同一の法律行為については、相手方の代理人となり、又は当事者双方の代理人とな
ることはできない。ただし、債務の履行及び本人があらかじめ許諾した行為について
は、この限りでない。
2.2.1 忠実義務と善管注意義務の区別
忠実義務に関しては、専門家は専ら依頼者の利益を優先させるべきであり、自己または
第三者の利益を優先させてはならないという義務(利益相反行為の禁止)と、信頼を裏切
るような行為をしてはならないという義務(信認義務)に分けることができると言われて
いる。
会社法上の取締役も善管注意義務(会社法 330 条)と忠実義務(会社法 355 条)を会社
に対して負っているが、判例は両者の違いをあまり明確にしていないとされる。金融商品
取引業者等については、利益相反行為の禁止は極めて重要であり、専門家としての専門性
の観点からの注意義務と分けて考える必要がある。
なお、情報開示・説明義務の根拠を忠実義務に求める見解もある(能美善久「専門家の
責任-その理論的枠組みの提案」「専門家の民事責任」所収、9頁)。情報開示・説明義務違
反は「専門的な高度の技能・能力の違反を問うものではないから、高度注意義務違反型と
は異なるものであり、やはり、忠実義務違反型として位置づけられるものである。
」とい
う見解である。
第一種金融商品取引業者や第二種金融商品取引業者には金商法上、忠実義務が規定され
ていないが、専門家としての信認義務を条理上当然に負うと考えることもできよう。ま
た、利益相反行為の禁止は、第一種金融商品取引業者や第二種金融商品取引業が代理行為
を行うときには、民法第 108 条から要請される。
2.2.2 利益相反行為の禁止規定
金商法上、利益相反行為を禁止する規定は広範囲に及ぶ。投資助言業者が第二種金融商
品取引業も行う場合のように、ある業者が 2 つ以上の金融商品取引業を営む場合の弊害防
止措置(44 条)や、金融商品取引業以外の業務を営む場合の禁止措置(44 条の 2)や親
法人等や子法人等が関与する行為の制限(44 条の 3)の根拠は忠実義務(利益相反の禁止、
信認義務=期待の裏切りの禁止)にある。
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2.2.2.1
投資助言業務に関連する利益相反禁止行為
金商法 41 条の 2 は「金融商品取引業者等は、その行う投資助言業務に関して、次に掲
げる行為をしてはならない。
」としていくつかの行為を禁止しているが、1 号から 4 号は
以下のとおり、利益相反禁止規定となっている。
1.顧客相互間において、他の顧客の利益を図るため特定の顧客の利益を害すること
となる取引を行うことを内容とした助言を行うこと。
2.特定の金融商品、金融指標又はオプションに関し、顧客の取引に基づく価格、指
標、数値又は対価の額の変動を利用して自己又は当該顧客以外の第三者の利益を図
る目的をもって、正当な根拠を有しない助言を行うこと。
3.通常の取引の条件と異なる条件で、かつ、当該条件での取引が顧客の利益を害す
ることとなる条件での取引を行うことを内容とした助言を行うこと(第一号に掲げ
る行為に該当するものを除く。
)
4.助言を受けた顧客が行う取引に関する情報を利用して、自己の計算において有価
証券の売買その他の取引又はデリバティブ取引(以下「有価証券の売買その他の取
引等」という。
)を行うこと
業務府令 126 条は、上記以外の、
「投資者の保護に欠け、若しくは取引の公正を害し、
又は金融商品取引業の信用を失墜させるものとして」次に定める行為を禁止している(不
動産投資ファンドに関係しそうなもののみを挙げる)。
1.自己又は第三者の利益を図るため、顧客の利益を害することとなる取引を行うこ
とを内容とした助言を行うこと。
2.有価証券の売買その他の取引等について、不当に取引高を増加させ、又は作為的
に値付けをすることとなる取引を行うことを内容とした助言を行うこと。
2.2.2.2
投資運用業に関連する利益相反禁止行為
金商法 42 条の 2 は、以下のとおり「金融商品取引業者等は、その行う投資運用業に関
して、次に掲げる行為をしてはならない。
」として、利益相反行為を禁止している。
1.自己又はその取締役若しくは執行役との間における取引を行うことを内容とした
運用を行うこと。
2.運用財産相互間において取引を行うことを内容とした運用を行うこと。
3.特定の金融商品、金融指標又はオプションに関し、取引に基づく価格、指標、数
38
不動産証券化協会認定マスターの専門家責任とコンプライアンス
値又は対価の額の変動を利用して自己又は権利者以外の第三者の利益を図る目的を
もって、正当な根拠を有しない取引を行うことを内容とした運用を行うこと。
4.通常の取引の条件と異なる条件で、かつ、当該条件での取引が権利者の利益を害
することとなる条件での取引を行うことを内容とした運用を行うこと。
5.運用として行う取引に関する情報を利用して、自己の計算において有価証券の売
買その他の取引等を行うこと。
業務府令 130 条は、上記以外の、
「投資者の保護に欠け、若しくは取引の公正を害し、
又は金融商品取引業の信用を失墜させる」行為を禁止している。以下に不動産ファンドに
関係しそうな利益相反禁止規定(一部簡略化)を記載する。
1.自己の監査役、役員に類する役職にある者又は使用人との間における取引を行う
ことを内容とした運用を行うこと。
2.自己又は第三者の利益を図るため、権利者の利益を害することとなる取引を行う
ことを内容とした運用を行うこと。
3.第三者の利益を図るため、その行う投資運用業に関して運用の方針、運用財産の額
又は市場の状況に照らして不必要な取引を行うことを内容とした運用を行うこと。
4.他人から不当な取引の制限その他の拘束を受けて運用財産の運用を行うこと。
5.第三者の代理人となって当該第三者との間における取引を行うことを内容とした
運用を行うこと(第 1 種金融商品取引業、第 2 種金融商品取引業又は登録金融機関
業務として当該第三者を代理して行うもの並びにあらかじめ個別の取引ごとにすべ
ての権利者に当該取引の内容及び当該取引を行おうとする理由を説明し、当該権利
者の同意を得て行うものを除く。
)
。
6.運用財産の運用に関し、取引の申込みを行った後に運用財産を特定すること。
2.2.2.3
弊害防止措置
金商法 44 条は「金融商品取引業者等又はその役員若しくは使用人は、二以上の業務の
種別(第二十九条の二第一項第五号に規定する業務の種別をいう)に係る業務を行う場合
には、次に掲げる行為をしてはならない。
」としている。ここで念頭におかれているのは
投資助言業務ないし投資運用業の対象となる顧客(権利者)の利益と、当該業者自身又は
第三者の利益との相反関係である。金商法 44 条は以下の行為を禁止する。
39
1.投資助言業務に係る助言を受けた顧客が行う有価証券の売買その他の取引等に関
する情報又は投資運用業に係る運用として行う有価証券の売買その他の取引等に関
する情報を利用して、有価証券の売買その他の取引等の委託等(媒介、取次ぎ又は
代理の申込みをいう。以下同じ。)を勧誘する行為
2.投資助言業務及び投資運用業以外の業務による利益を図るため、その行う投資助
言業務に関して取引の方針、取引の額若しくは市場の状況に照らして不必要な取引
を行うことを内容とした助言を行い、又はその行う投資運用業に関して運用の方針、
運用財産の額若しくは市場の状況に照らして不必要な取引を行うことを内容とした
運用を行うこと。
業務府令 147 条は、さらに、
「投資者の保護に欠け、若しくは取引の公正を害し、又は
金融商品取引業の信用を失墜させるものとして内閣府令で定める行為」としていくつかの
規定を置くが、不動産証券化との関係では、以下の規定が関係する。
1.投資助言業務に係る助言に基づいて顧客が行った有価証券の売買その他の取引等
又は投資運用業に関して運用財産の運用として行った有価証券の売買その他の取引
等を結了させ、又は反対売買を行わせるため、その旨を説明することなく当該顧客
以外の顧客又は当該運用財産の権利者以外の顧客に対して有価証券の売買その他の
取引等を勧誘する行為
2.投資助言業務又は投資運用業に関して、非公開情報(有価証券の発行者又は投資
助言業務及び投資運用業以外の業務に係る顧客に関するものに限る。)に基づいて、
顧客の利益を図ることを目的とした助言を行い、又は権利者の利益を図ることを目
的とした運用を行うこと(当該非公開情報に係る有価証券の発行者又は顧客(以下
「発行者等」という。
)の同意を得て行うものを除く。)
非公開情報業務府令第 1 条 4 項 12 号
発行者である会社の運営、業務若しくは財産に関する公表されていない重要な情報
であって顧客の投資判断(法第 2 条第 8 項第 11 号ロに規定する投資判断をいう。以
下同じ。)に影響を及ぼすと認められるもの又は自己若しくはその親法人等若しくは
子法人等の役員(役員が法人であるときは、その職務を行うべき社員を含む。)若し
くは使用人が職務上知り得た顧客の有価証券の売買その他の取引等に係る注文の動向
その他の特別の情報をいう。
40
不動産証券化協会認定マスターの専門家責任とコンプライアンス
2.2.2.4
親法人等又は子法人等との取引
金商法 44 条の 3 第 1 項は、
「金融商品取引業者又はその役員若しくは使用人は、次に掲
げる行為をしてはならない。ただし、公益又は投資者保護のため支障を生ずることがない
と認められるものとして内閣総理大臣の承認を受けたときは、この限りでない。」とする。
1.通常の取引の条件と異なる条件であって取引の公正を害するおそれのある条件で、
当該金融商品取引業者の親法人等又は子法人等と有価証券の売買その他の取引又は
店頭デリバティブ取引を行うこと。
2.当該金融商品取引業者との間で第 2 条第 8 項各号に掲げる行為に関する契約を締
結することを条件としてその親法人等又は子法人等がその顧客に対して信用を供与
していることを知りながら、当該顧客との間で当該契約を締結すること。
3.当該金融商品取引業者の親法人等又は子法人等の利益を図るため、その行う投資
助言業務に関して取引の方針、取引の額若しくは市場の状況に照らして不必要な取
引を行うことを内容とした助言を行い、又はその行う投資運用業に関して運用の方
針、運用財産の額若しくは市場の状況に照らして不必要な取引を行うことを内容と
した運用を行うこと。
業務府令 153 条は、さらに、
「当該金融商品取引業者の親法人等又は子法人等1が関与
する行為であって投資者の保護に欠け、若しくは取引の公正を害し、又は金融商品取引
業の信用を失墜させるものとして内閣府令で定める行為」としていくつかの規定を置く
が、不動産証券化との関係では、以下の規定が関係する。
1.通常の取引の条件と著しく異なる条件で、当該金融商品取引業者の親法人等又は
子法人等と資産の売買その他の取引を行うこと。
2.当該金融商品取引業者との間で金融商品取引契約を締結することを条件としてそ
の親法人等又は子法人等がその顧客に対して通常の取引の条件よりも有利な条件で
資産の売買その他の取引を行っていることを知りながら、当該顧客との間で当該金
融商品取引契約を締結すること。
8.当該金融商品取引業者の親法人等又は子法人等から取得した顧客に関する非公開
情報(当該親法人等又は子法人等が当該顧客の書面による同意を得ずに提供したも
)を利用して金融商品取引契約の締結を勧誘すること。
のに限る。
1
親法人等、子法人等の定義は、テキスト 103 上
第Ⅱ部 不動産証券化商品の組成と販売に関する留意点
第 2 章 1.5.6 参
照
41
2.3 善管注意義務
金商法 41 条
2 金融商品取引業者等は、顧客に対し、善良な管理者の注意をもつて投資助言
業務を行わなければならない。
金商法 42 条
2 金融商品取引業者等は、権利者に対し、善良な管理者の注意をもつて投資運
用業を行わなければならない。
民法 644 条
受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する
義務を負う。
2.3.1 善管注意義務の程度
受任者は善良な管理者としての注意義務を怠ると、債務不履行あるいは不法行為上の責
任を発生させる要件である違法性を有することになる。
問題は、専門家の場合の注意義務とはどの程度のものを言うかであるが、「法令や実務
に通じた業界における標準的な専門家に要求される注意義務」といわれる(専門家の民事
責任所収、鎌田薫「わが国における専門家責任の実情」71 頁)。ただし「注意義務の具体
的内容は、当該専門職の種類、その業務に対する一般的な期待水準、当該依頼契約の内容
とその締結に至る経緯、依頼者の社会的な地位や知識等を総合的に勘案して決定すべきこ
とになる」
(同頁)
。
2.3.2 法令遵守義務
具体的な法令の行為義務に違反しないことは、善管注意義務違反と言われないための最
低限のルールである。
2.4 債務不履行か不法行為か
一般に、契約関係にある当事者間においては債務不履行責任、契約関係にない場合には
不法行為責任といわれるが、日本における裁判例では、契約関係にある当事者間において
も不法行為責任が追求される場合が多い(説明義務違反についての多数の判例)。債務不
履行責任を追及する場合には、請求する側において、債務不履行の事実を主張立証すれば
良いとされるが、不法行為の場合には被害を受けた側が相手方の行為の違法性(故意・過
42
不動産証券化協会認定マスターの専門家責任とコンプライアンス
失)と損害の発生、当該行為と損害との因果関係、損害額の主張立証を行うというのが民
法上の決まりである。しかし、実際の裁判においては、債務不履行事件でも不法行為と同
様の主張立証をすることが事実上行われており、契約上の債務が明確ではないこともあり
(法令や条理が根拠とされる場合が多く)、不法行為構成が取られることが多い(もっとも、
民事訴訟法的には請求権競合といって、どちらも主張することが許されている)。
2.5 個人の責任
ところで、不法行為構成では、会社は被用者がその事業の執行について第三者に加えた
損害を賠償する、いわゆる使用者責任を負うことになる(民法第 715 条 1 項)。不法行為
者は個人となるので、使用者は被用者に対して求償権を行使することができる。もっとも
組織的違法行為となると会社自体が不法行為者となる。
会社の債務不履行責任は、具体的な業務執行を行う役員や使用人の行為を通じて判断さ
れ、個人の行為の効果が会社に帰属するという意味では、一種の代理構成となる。役員や
使用人が個人として会社の債務不履行責任を負うというものではない。
3 ●コンプライアンス体制の整備
不動産証券化業務に携わる者として個々人の行動が法的責任を問われる根拠となること
は上述のとおりであるが、金融商品取引業者等が企業である場合、個々の職員は組織の業
務分掌の範囲内で行動をしていることになる。いくら個人として十分な意識を有していて
も、帰属する組織が法令遵守等の体制(あるいは「態勢」、以下、単に「体制」と表記す
る場合がある)を整えていなければ、法令遵守のもとで能力を適切に発揮することもでき
ないわけである。もとより金融商品取引業者等が法令遵守等の体制を整えるのは投資家保
護及び市場の公正さの確保のためであるが、所属する職員が法令に準拠したうえで最大限
の能力を発揮する環境を整備する責任も企業にはある。そのために留意すべき事項を確認
したい。
3.1 社内体制整備の重要性
金融商品取引業者等が法令遵守等の体制を整えるためには、金商法及び関連する法規等
を遵守する心構えがあるだけでは足りない。関連するルールは膨大であるため、その全て
について完全な知識をもつことは不可能である。また、社内諸規定の形式的整備だけを図
れば良いというわけでは全くない。
「魂の入った」あるいは「血の通った」体制でなけれ
ば意味がない。
3.2 監督指針と検査マニュアル
いかに組織的に法令等の遵守体制を整えるか、経営管理体制や業務遂行方法を十分に練
43
る必要があるが、金商法にその詳細が規定されているわけではない。そこで、実務的指針
として、監督指針及び検査マニュアルに精通することが重要となる。金融庁の「金融商品
取引業者等向けの総合的な監督指針」(
「監督指針」)は、金融商品取引業者等に共通して
適用される監督当局の評価項目を挙げたうえで、個別の金融商品取引業種毎に固有の評価
項目、留意事項を挙げている。証券取引等監視委員会の「金融検査マニュアル」(「検査マ
ニュアル」
)は、証券取引等監視委員会による検査について、検査の基本的考え方および
検査の具体的着眼点等を整理したものである。
以下では、監督指針と検査マニュアルからコンプライアンス体制の構築上参考とすべき
点を取りあげる(基本的には原文を読んでいただきたい)。
3.3 経営者の意識
3.3.1 経営組織体制
3.3.1.1
監督指針
監督指針は、代表取締役、取締役・取締役会、監査役・監査役会、内部監査部門の経営
管理部門の体制が、それぞれの機能を果たすことを求めている。
3.3.1.2
検査マニュアル
検査マニュアルは、
[具体的対応例]として、以下の 4 つの項目をあげる。
□取締役、監査役、執行役又はこれらの会議体等(以下「役員等」という)の役割を明確
にし、与えられた権限を適切に行使することで相互牽制機能が働く態勢とする。
□役員等は、法令等遵守、内部管理、リスク管理及び内部監査の重要性を認識し、適切な
経営方針等を確立・周知するとともに、業務運営に積極的に参画する。
□役員等が、業務運営状況を把握するための報告態勢や、業務運営状況を評価する独立性
の高い監査態勢を確立し、内部統制が適切に機能しているか検証する。
□定期的又は随時実施する内部監査等により、経営管理を含む業務運営上の問題点を把握
した場合には、役員等自らが十分な理解と認識のもと、率先して問題点の是正に取り組
み改善を図る態勢を構築する。
3.3.2 検査マニュアルの組織体制に関する検査項目
検査マニュアルはさらに、
上記の 4 つの各項目について詳細な検査項目を記載している。
3.3.2.1
牽制機能
①取締役、監査役又はこれらの会議体の役割を法令に基づき明確に定め、役職員に周知・
徹底を図っているか。
44
不動産証券化協会認定マスターの専門家責任とコンプライアンス
②取締役は、業務執行に当たる代表取締役の独断専行を牽制・抑止し、適切な業務執行を
実現する観点から、取締役会において実質的議論を行い、業務執行の意思決定及び業務
執行の監督の職責を果たしているか。
③取締役は、取締役会の構成員として、その職務遂行において忠実義務を十分果たしてい
るか。
④取締役等は、他の取締役等の法令等違反行為を発見した場合には、法令に基づき適切な
措置を講じるとともに、業務の健全化に必要な対応策を迅速に講じているか。
⑤監査役は、全ての取締役会に出席し、法令等遵守や内部管理、リスク管理等の重大な事
案に関する監視機能を果たしているか。
⑥相互牽制の実効性確保の観点からある役職員の行為に対して法令上問題があると判断し
た他の役職員が、法律専門家等に相談・連絡できるような体制を構築しているか。
3.3.2.2
経営方針等
①取締役会は、金融商品取引業者が目指すべき全体像等に基づいた経営方針を明確に定め
ているか。さらに、経営方針に沿った経営計画を明確に定め、それらを組織全体に周知
しているか。
②取締役会は、金融商品取引業者が金融商品市場の担い手として重大な社会的責任がある
ことを柱とした企業倫理の構築を重要課題として位置付け、それを実現するための体制
を構築しているか。
③法令等遵守に対する取り組みは、会社経営を行う上での最重要課題であり、これを実践
するための基本となる方針を策定し、取締役会等の決定又は承認を受けるとともに、役
職員に周知徹底を図っているか。
④法令等遵守を実践するための基本となる方針は、業務の特性等に応じた金融商品取引業
者等のあるべき姿を踏まえた内容としているか。また、当該方針に基づき、具体的な行
動指針や行為規範を作成しているか。
⑤経営方針等に沿った営業部門等の戦略目標を明確に定めるとともに、適切な業務手法等
を確立し役職員に周知徹底を図っているか。
⑥営業部門等の戦略目標は、会社の規模、営業の実情から判断して、過度なものとなって
いないか。
3.3.2.3
経営体制
①代表取締役は、自社の負っている各種リスクの特性を理解し、経営戦略に沿って適切な
資源配分を行い、かつ、それらの状況を機動的に管理し得る体制を整備しているか。
②取締役会は、法令等遵守・内部管理、リスク管理及び内部監査等の重要性を認識し、会
社の業務内容等に応じた適切な組織体制を構築しているか。
45
③取締役等は、法令に規定する金融商品取引業等を適確に遂行するに足りる人的構成を確
保しているか。特に、業務に関する知識及び経験を有する者の確保、業務の運営に不適
切な資質を有する者の排除等に留意しているか。
3.3.2.4
監査役会等
①監査役は、制度の趣旨に則り、その独立性を確保しているか。
②監査役は、付与された広範な権限を適切に行使し、業務監査を適時・適切に実施してい
るか(ただし、全株式譲渡制限会社については、会計監査に留まる)。また、監査役会
等を補佐するに必要な社員等を確保しているか。
③監査役会等の機能発揮の補完のために、会計監査人を活用しているか。また、必要に応
じて法律事務所等も活用しているか。
④監査役は、独任制の機関であることを認識しているか。監査役会が組織される等によ
り、自己の責務に基づく積極的な監査を怠っていないか。
⑤監査役会等は、外部監査の結果自体が適正なものであるか否かをチェックしているか。
⑥監査役は、法令等の遵守状況についての監査を実施しているか。
3.3.2.5
会議録等
①取締役会は、
イ
取締役会議事録を適時に作成しているか。
ロ 取締役会議事録を法に定められた期間、備え置いているか。
ハ 取締役会議事録には、原資料と併せて、取締役会に報告された内容や、取締役会等
の承認、決定の内容等の詳細が確認できるものとなっているか。また原資料は、取締
役会議事録と同期間保存しているか。
②取締役等は、取締役会に限らず、業務の運営等に係る重要な会議等に関する会議録を適
切に作成・保存しているか。
3.3.2.6
業務運営への取組み
①取締役会は、業務執行に当たり、忠実義務・善管注意義務に反しないよう、十分な議論
に基づく適切な対策を講じているか。
②取締役会は、単に業務推進に係ることのみではなく、業務運営に際して、内部管理及び
内在する各種リスクに関する重要な事項について議題として採り上げているか。
③取締役会等は、業務運営状況を把握するための報告体制を整備しているか。
④取締役は、業務運営に積極的に参加するとともに、反社会的勢力への対応については、
警察等関係機関とも連携して、断固とした姿勢で臨んでいるか。
⑤取締役会等は、例えば、役職員に対する啓蒙や内部連絡制度の整備などによって、経営
46
不動産証券化協会認定マスターの専門家責任とコンプライアンス
の健全性を確保するような努力を行っているか。
⑥取締役会等は、金額や請求内容が重大な訴訟について、リスク要因として把握している
か。
⑦取締役会等は、外部からの不当な措置や圧力等に対し、会社の利益を損なうことのない
よう、適切な対抗手段を講じる態勢を確保しているか。また、反社会的勢力への対応方
針や初期対応の方法等を社内規程等に明確に定めているか。
⑧取締役会は、業務運営状況を評価するための独立性の高い監査態勢を構築しているか。
⑨取締役は、監査等(内部監査、外部監査及び自主規制機関等による監査又は考査等)に
より把握した問題点について、率先してその改善に取り組んでいるか。
3.4 法令遵守態勢
3.4.1 監督指針
監督指針は、法令等遵守(コンプライアンス)態勢の整備を求める。具体的には、コン
プライアンスを経営の最重要課題の一つとして位置づけ、実践に係る基本的なコンプライ
アンス方針、具体的な実践計画(コンプライアンス・プログラム)、行動規範(コンプラ
イアンス・マニュアル)などの策定を求める。
実践計画と行動規範の周知徹底、日常業務運営における実践、定期又は随時の評価、フ
ォローアップ、見直しが必要とされる。
営業部門、コンプライアンス担当者、経営陣間でのコンプライアンス情報の的確な連
絡・報告体制の確立が求められる。
コンプライアンスに関する研修・教育制度の確立・充実、役職員によるコンプライアン
ス意識の醸成、向上が必要とされる。
法令諸規則等の遵守状況を管理する業務を担う者(金商法施行令 15 条の 4 第 1 号に規
定する者)や内部管理責任者等が十分に機能を発揮し、その評価及びフォローアップを行
っているかが問われる。
なお投資助言業者に関しては、自主規制団体(投資顧問業協会)の自主規制ルールの遵
守も必要となる。
3.4.2 検査マニュアル
検査マニュアルは、
[具体的対応例]として、以下の諸点をあげる。
□法令等遵守に関する実践計画や行動規範を策定し役職員へ周知を図り、日常の業務運営
における実践状況を確認するとともに、定期的又は随時に内部監査等による評価を行
い、必要に応じて当該実践計画や行動規範の見直しを行う。
□法令等を担当する者に独立した権限を付与し、内部監査等によりその有効性を定期的に
評価するとともに、必要に応じて外部監査等による評価を受ける等の態勢を整備する。
47
□法令等を担当する者が、法令等遵守に関する情報を的確に把握するとともに、経営陣に
直接報告できる態勢を整備する。
検査マニュアルは、より詳細には以下の項目を挙げている。
3.4.2.1
経営陣の取組み
①取締役は、自らの法令等遵守に対する姿勢を職員に理解させるため、具体的な施策を講
じているか。
②取締役会は、法令等違反行為に対し、公平・公正かつ断固とした姿勢で対応しているか。
③業務運営体制・方法は、法令等に則した適切なものとなっているか。
④取締役会等は、法令等遵守に関する施策について、定期的にその効果を確認し必要な改
善を図っているか。
⑤取締役会等は、法令等違反者に対する厳正かつ公正な社内処分を行うための懲罰規程を
整備しているか。また、法令等違反に対する抑止効果の検証を定期的に行い、処分基準
の内容に反映させているか。
3.4.2.2
実践計画、行動規範
①実践計画
イ.法令等遵守に関する実践計画(以下「コンプライアンス・プログラム」という)を
作成し、取締役会等の決定又は承認を受けて役職員への周知を図っているか。
ロ.コンプライアンス・プログラムの作成に当たり、営業部門等の規模や性格等を考慮
しているか。また、その実施状況及び効果を業績評価、人事考課等に公平に反映して
いるか。
ハ.コンプライアンス・プログラムの進捗状況や達成状況をフォローアップする担当者
等の権限及び責任を明確にし、代表取締役又は取締役がその進捗状況や達成状況を正
確に把握し、評価できる体制を整備し、実施しているか。
ニ.コンプライアンス・プログラムは、定期的に内部監査等による評価を受け、適時、
合理的に見直しを行っているか。
② 行動規範
イ.法令等遵守に関する行動規範(以下「コンプライアンス・マニュアル」という)を
作成し、取締役会等の決定又は承認を受けているか。
ロ.コンプライアンス・マニュアルは法令等に準拠するものとなっているか。また、コ
ンプライアンス・マニュアルは、企業風土、経営組織体制及び業務実態等を勘案した
適切かつ具体的な内容となっているか。
ハ.コンプライアンス・マニュアルの存在及びその内容を、役職員に周知徹底している
か。
48
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ニ.コンプライアンス・マニュアルについて、定期的に内部監査等による評価を受け、
適時、適切にその内容の見直しを行っているか。
ホ.法令等遵守を実践するための基本となる方針やコンプライアンス・マニュアルの作
成、変更に際しては、法令等担当部門や必要に応じて弁護士等のリーガル・チェック
を実施しているか。また、新たな業務の開始や新たな商品の販売に際してもその特性
等を十分検証し、リーガル・チェックを実施しているか。
3.4.2.3
法令等担当部門等の設置
①法令等遵守に係る問題を一元管理する体制等を構築し、社内規程等を整備しているか。
②人事を担当する取締役等は、法令等担当部門や内部管理部門を他の営業部門等と同等に
位置付け、適切な人員及び人材の確保に努めるとともに、関心を持って管理し、業績評
価や人事考課等において、適切な評価を与えているか。
③法令等担当部門や内部管理部門の独立性を確保するとともに、営業部門等に対する牽制
機能を十分発揮するための権限を付与するなど、適切な体制・方策を講じているか。ま
た、その有効性について、定期的に内部監査等による評価を受けているか。
④法令等担当部門の責任者は、法令等遵守に関する情報の把握に努め、必要な情報を取締
役会等に報告しているか。
3.4.2.4
法令等遵守意識の徹底
①代表取締役は、年頭所感等、様々な機会を捉えて、法令等遵守に対する取組み姿勢を示
しているか。
②法令等担当部門や内部管理部門は、遵守すべき法令等や自主規制機関等からの注意文書
を整理するとともに、営業員に対して周知するための適切な方策を講じているか。例え
ば、営業部門等の管理者に対し周知の方法等について指導・監督を行うとともに、社内
配布や回覧等のほか、研修や会議等において、具体的事例を活用した説明により理解を
深めるなどの方策を講じているか。
③役職員の法令等遵守意識の向上を図るため、営業部門等ごとに当該業務に密接に影響す
る法令等に関する研修を実施するなど、実効性のある方策を講じているか。また、役員
及び内部管理部門の責任者等は、当該研修に講師として参加するなど、積極的に関与し
ているか。
④法令等担当部門は、法令等の理解及び法令等遵守意識の徹底等に関する営業員研修、会
議等の効果について何らかの形で把握・検証しているか。
⑤法令等担当部門は、役職員による法令等の不知又は理解不足、法令等遵守意識の欠如が
原因となる不祥事等が生じた場合、その実態を把握し必要な措置を講じているか。
49
3.4.2.5
社内規程の策定
①自主規制機関等の定款及び諸規則により求められる必要な社内規程を適切に整備してい
るか。
②グループ企業内に存在する共通ルール(特に海外グループ企業が作成したルール)等を
導入する際に、法令等に照らして、当該ルールが不適切ではないか又は不十分ではない
か等について検討を行っているか。
③社内規程には、営業部門等において法令・社内規程等の解釈等に疑義が生じた場合、法
令等担当者に確認する旨が明記されているか。営業部門等による独自の解釈等で業務を
継続していないか。
3.5 内部管理態勢
3.5.1 監督指針
監督指針上の内部管理態勢に係る点は以下の諸点である。
3.5.1.1
金融商品事故等への対応
金融商品事故等の対応に関する社内規定の整備を当然の前提として、事故等の発覚の第
一報の処理や業務の適切性の検証を要求している。
3.5.1.2
勧誘・説明態勢
勧誘・説明態勢の整備を求める。この態勢は、①適合性原則の観点、②営業員管理態勢
の観点、③広告等規制の観点及び④顧客に対する説明態勢の 4 つの視点から検証される。
3.5.2 適合性の原則
まず適合性原則の視点からは、金商法 40 条の規定の遵守のためには、顧客の属性等及
び取引実態を的確に把握し得る顧客管理態勢の確立が重要とし、主な着眼点として、顧客
カード等の整備とあわせて適時の顧客属性等の把握と、それに即した適性な勧誘に勤める
よう役職員に徹底しているかが問われ、管理部門はそれら顧客属性等の把握や顧客情報の
管理の状況を把握し、適切な勧誘が行われているかを検証し、必要に応じて顧客情報の管
理方法の見直しを行う。また、顧客の取引実態の的確な把握及びその効果的な活用とし
て、取引実態を把握し、例えば営業部門の管理責任者等による顧客面談等の適切な実施を
行い、内部管理部門ではそのような顧客面談等の具体的な方法を定め、その方法の周知徹
底と状況の把握・検討・見直しによる実効性確保の態勢の構築が求められる。
3.5.3 営業員の管理態勢
営業員の管理態勢については、営業員の行う勧誘について、その実態を把握し、例えば
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営業部門の管理責任者等が顧客面談等を行うことによりその実態の把握に努めること、内
部管理部門ではそのような勧誘実態把握に係る具体的な方法を定め、その方法の周知徹底
と状況の把握・検討・見直しによる実効性確保の態勢の構築が求められる。
3.5.4 広告等の規制
広告等の規制については、投資者への投資勧誘の導入部分として、明瞭かつ正確な表示
による情報提供が重要とされ、①手数料や報酬等の明示、元本欠損が生ずるおそれや元本
を上回る損失が生ずるおそれがある場合の明示などの顧客判断に影響を及ぼすこととなる
重要事項に関して留意すべきこと、②明瞭かつ正確な表示とすること、③誇大広告に関す
る留意事項、④セミナー等の顧客を集めての勧誘に関する留意事項を挙げ、⑤金商法 37
条の規定を遵守する観点から、広告等の審査を行う広告等審査担当者の配置と、審査基準
に基づいた適正な審査が実施されているかを着眼点とする。投資助言業者に関しては、投
資運用業を行えるものと投資者に誤解させるような表示をしてはならないことに留意すべ
きである。
3.5.5 顧客に対する説明態勢
顧客に対する説明態勢としては、適合性原則を踏まえた説明(契約締結前の交付書面の
交付)態勢の整備を求め、適切な商品、サービス説明等の実施、約定内容等の説明(契約
締結時の交付書面の交付)、インターネットを通じた説明の方法に関する留意事項が挙げ
られている。重要なことは、金商法 46 条の 4 に規定する事業年度ごとの業務及び財産の
状況に関する事項として業務府令 174 条が詳細事項を規定する説明書類や金商法 47 条の
3 に規定する説明書類(事業年度ごとの事業報告書に記載されている事項のうち投資者保
護のため必要と認められるものとして、業務府令別紙様式 12 号の書面に記載されている
事項)については、常に顧客の求めに応じ閲覧できる状態にしておくこと、店舗に備えお
いた日を確認することが要求されている。
3.6 内部監査態勢
内部監査態勢について、監督指針では特に独立した項目ではなく随所に指摘があるが、
検査マニュアルは独立した項目としてあげている。
3.6.1 内部監査部門に関する具体的対応例
検査マニュアルは、[具体的対応例]として、以下の諸点をあげる。
□他の部門から独立した内部監査部門(独立した内部監査部門の設置が困難な場合には、
監査役による監査の客観性を向上させる措置等)により、内部管理やリスク管理を含む
全ての業務について、随時、又は定期的にその運営状況を確認、評価し、必要な改善を
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図る態勢を整備する。
□重要な事項については、内部監査に加え、定期的に外部監査等による評価を受けるなど、
業務運営の適切性を図るための措置を講じる。
□内部監査や外部監査の結果について、経営陣に直接報告できる態勢を整備する。
3.6.1.1
内部監査部門の設置
検査マニュアルはより詳細に以下の項目を挙げる。
①取締役会は、内部監査が内部管理態勢(リスク管理態勢を含む)等の適切性有効性を検
証するものであることを認識し、この機能を十分発揮できる体制を構築しているか。
②取締役会は、営業部門等からの干渉を受けない独立性の高い内部監査部門を設置し、専
担の取締役を選任するなど、実効性ある内部監査態勢を構築しているか。
なお、会社法上の大会社に該当しない場合でも、内部監査業務に従事する者の独立性を
確保するなど、実効性ある監査態勢の構築に努めているか。
③取締役会等は、内部監査が有効に機能するよう、内部監査部門に対して各業務に精通し
た人材を適切な規模で配置しているか。
3.6.1.2
内部監査の位置付け
①代表取締役及び取締役会は、リスクの種類・程度に応じた実効性ある内部監査態勢を構
築することが、企業収益の獲得及び適切なリスク管理に不可欠であることを十分認識
し、内部監査規程等により内部監査の目的を適切に設定しているか。
②代表取締役及び取締役会は、内部監査部門の業務及び権限等を役職員に周知する方策を
講じているか。
③内部監査業務の従事者は、職務遂行上必要とされる全ての資料等を入手できる権限を有
しているか。また、職務遂行上必要とされる全ての役職員を対象に、面接・質問等を行
える権限を有しているか。
④取締役会等は、営業部門等のみならず、内部管理部門を含めた全ての業務を内部監査の
対象とすることが業務の適切性の維持に欠かせないことを十分認識し、実効性を確保す
るとの観点から、内部監査業務の従事者に他の業務を兼任させないなどの措置を講じて
いるか。
3.6.1.3
内部監査規程等の整備
①内部監査規程等には、以下の項目等を規定しているか。
イ.内部監査の目的
ロ.組織上の独立性
ハ.業務、権限及び責任の範囲
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ニ.情報等の入手体制
ホ.内部監査の実施体制
ヘ.監査結果等の報告体制
②内部監査規程等は、取締役会等による承認を受けているか。
③内部監査規程等は、経営環境の変化に応じて見直しているか。
④内部監査部門は、内部監査業務の実施要領等を作成し、取締役会等の決定又は承認を受
けているか。また、実施要領等は、必要に応じて適宜見直しているか。
3.6.1.4
内部監査計画等の策定
①内部監査部門は、被監査部門等におけるリスクの管理状況を把握し、リスクの種類・程
度に応じた効率的かつ実効性ある内部監査計画を立案しているか。
②取締役会等は、被監査部門等におけるリスクの種類・程度を理解しないまま、監査方針、
重点項目等、内部監査計画の基本事項を決定又は承認していないか。
③取締役会等は、経営上の重要な問題が発生した場合又は経営環境が変化した場合、必要
に応じて、内部監査部門長に監査方針の変更等を指示しているか。
3.6.1.5
内部監査業務の運営
①内部監査部門は、内部監査計画に基づき、効率的かつ効果的な監査の実施に努めている
か。
②内部監査は、法令等遵守状況や業務の適切性、財務の健全性の検証に加え、役職員への
法令等及び留意事項等の周知徹底の状況についても検証しているか。
③連結対象子会社及び持分法適用関連会社(以下「連結対象子会社等」という)の業務に
ついて、法令等に抵触しない範囲で監査対象としているか。内部監査の対象とできない
連結対象子会社等の業務並びに外部に委託した業務について、当該業務の所管部門等に
よる管理状況等を監査対象としているか。また、内部監査を親会社が実施する場合には
法令等に抵触しない範囲で適切な監査を実施しているか。
④内部監査部門は、監査の実施に際して、被監査部門等が実施した検査等の結果を活用し
ているか。
⑤内部監査業務の従事者は、内部監査で検証した事項及び把握した問題点等を正確に記録
しているか。
⑥内部監査業務の従事者は、内部監査で把握した問題点等を正確に反映した内部監査報告
書を、遅滞なく作成しているか。
⑦内部監査部門長は、必要に応じて、内部管理(リスク管理を含む)等に関する会議(各
種リスク管理委員会等)に出席しているか。
⑧内部監査部門は、例えば、特定の内部監査業務の従事者が連続して同一の被監査部門等
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の同一の監査に従事することを回避するなど、公正な内部監査が実現できるように努め
ているか。
⑨内部監査部門長は、内部監査報告書に記載した重要な問題点等について、遅滞なく代表
取締役及び取締役会に報告しているか。
⑩内部監査部門長は、被監査部門等が実施する内部検査等により重要な内部管理上の問題
やリスク管理上の不備等を発見した場合、速やかに内部監査部門が把握できる態勢とし
ているか。
3.6.2 外部監査の活用
①代表取締役及び取締役会は、会計監査人等による実効性ある外部監査が、企業収益の獲
得及び適切なリスク管理に不可欠であることを十分認識しているか。
②取締役会は、内部監査とは別に、重要なリスクにさらされている業務、部門又はシステ
ム等について、外部の専門家を活用する等の施策を講じているか。会社法上の大会社に
該当しない場合であっても、業務の特性等に応じた外部監査の活用を検討し、必要に応
じて実施しているか。
③取締役会は、外部の専門家を活用することにより内部監査機能を補強・補完している場
合に、その内容、結果等について、自ら精査・検証しているか。
④外部監査の実施に際しては、内部管理態勢及びリスク管理態勢の有効性等についても監
査の対象としているか。また、海外に拠点を有する金融商品取引業者においては、海外
の各拠点ごとに各国の事情に応じた外部監査を実施しているか。
なお、当該監査結果は、監査の内容に応じて、取締役会等又は監査役会に報告するとと
もに、監査役監査等の実効性の確保に資するものとなっているか。
⑤取締役会等は、外部監査が有効に機能しているかを定期的に確認しているか。
⑥取締役会等は、内外の監査人が相互に協力することで、より実効性ある監査態勢を確立
するよう必要な方策を講じているか。
⑦取締役会等は、外部監査人により指摘された問題点を一定期間内に改善する態勢を整備
しているか。被監査部門等は、指摘された問題点について、その重要度合い等を勘案し
た上、遅滞なく改善し、必要に応じて改善計画等を作成しているか。また、内部監査部
門は、その改善の進捗状況を適切に確認しているか。
3.6.3 内部監査機能の充実
①取締役会等は、内部監査業務の状況について定期的に報告を受け、その機能が有効に働
いているかを検証し、必要な措置を講じているか。
②内部監査部門長は、内部監査業務の従事者の専門性を高めるため、定期的に内外の研修
に参加させるなどの方策を講じているか。
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③取締役会等は、一定規模以上のリスクがあると判断した海外拠点には、拠点長から独立
した内部監査担当者を設置し、監査の状況について定期的に報告を受ける体制を整備し
ているか。
3.6.4 監査結果の取扱い
①被監査部門等は、内部監査報告書で指摘された問題点についてその重要度合い等を勘案
した上、遅滞なく改善し、必要に応じて改善計画等を作成しているか。
また、内部監査部門は、その改善の進捗状況を適切に確認し、その後の内部監査計画に
反映しているか。
②代表取締役及び取締役会は、内部監査の結果等を受け、経営に重大な影響を与えると認
められる問題点や被監査部門等のみで対応できないと認められる問題等について、改善
のための効果的な施策を講じているか。
3.7 監督指針及び検査マニュアルの改正
両者は法令の改正や金融情勢の変化により随時改正され、都度パブリッココメントも募
集されているので、その動向には注意が必要である。
3.7.1 平成 21 年の監督指針の改正
監督指針については、平成 21 年 1 月 30 日に大きな改正が行われ、第二種金融商品取引
業者及び投資助言・代理業については、第二種金融商品取引業者が業務の継続性に疑義が
生じた場合の行政上の対応が示された。投資運用業については、利益相反取引防止態勢の
強化が求められている。これらの変更は同日から適用されている。また、第一種金融商品
取引業者に課される利益相反管理体制の整備に関して詳細な規定が追加されたが、これは
金商法の該当条文の改正時期である平成 21 年 6 月 1 日から適用されている。
3.7.2 平成 22 年の監督指針の改正
平成 22 年の大きな改正は、金融 ADR に関する留意点が追加され、顧客等に関する情
報管理態勢の記載が充実し(法人関係情報を利用したインサイダー取引等の不公正な取引
の防止に係る留意事項も追加され)たほか(これらは平成 22 年 6 月から適用)
、平成 21
年以降継続してデリバティブ取引に関する投資家保護の留意点が充実してきている(デリ
バティブ取引関係への改正は頻繁になされている)。
3.7.3 平成 23 年以降の監督指針の改正
平成 23 年の改正は、顧客カードを顧客と共有することや金融ADRの説明を締結前交
付書面に記載することなどの勧誘・説明態勢の点が追記され、平成 24 年 2 月 15 日から適
55
用されている。プロ投資家限定の投資運用業の規制緩和、投資助言・代理業の登録拒否事
由に人的構成要件を追加したことなどによる改正も行われ、平成 24 年 4 月 1 日から適用
されている。
平成 24 年 10 月には、AIJ 投資顧問株式会社事件を踏まえ、投資一任業に係る業務の適
切性について、顧客である厚生年金基金と投資一任契約を締結する場合の投資一任業者の
リスクの説明、通知等を行う体勢整備に関する留意事項(平成 25 年 4 月 1 日以降適用)
等を公表した。
検査マニュアルについても、随時見直しがなされている。
以上のとおり、監督指針と検査マニュアルは、金融商品取引業者として日常的に留意す
べき重要な項目について最新の指針を与えてくれる。重要なことは、法令遵守というコン
プライアンスの問題は形式的な法令違反の問題だけではなく、実質的な投資家保護と公正
な市場のための基本的姿勢の問題といえる。そのためには不断の検証と改善が必要となっ
てくる。
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