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家族歴を有し,上肺優位な X 線所見を呈した慢性間質性肺炎
481 聖マリアンナ医科大学雑誌 Vol. 30, pp.481–485, 2002 症例報告 家族歴を有し,上肺優位な X 線所見を呈した慢性間質性肺炎 やまもと たかひと こま せ ゆう こ いけはら みず き さいとう ひろ お 山本 崇人 1,2 駒瀬 裕子 1,2 池原 瑞樹 1 斉藤 大雄 1 いし だ あきら くり す すみ ほ たかくわ としふみ なかがわ たけまさ 栗栖 純穂 3 高桑 俊文 5 中川 武正 2,4 石田 明 2,4 (受付:平成 14 年 10 月 21 日) 抄 録 症例は 23 歳女性,会社の健康診断で胸部異常陰影を指摘されたが放置,翌年 K 病院を受診し た。胸部 X 線にて上肺型間質性肺炎が疑われた。同病院にて経気管支肺生検,気管支肺胞洗浄液 を施行されたが診断に至らず,聖マリアンナ医科大学東横病院を受診,胸腔鏡下肺生検が行われ た。その結果,上葉の線維化所見のみならず下葉では蜂巣肺の所見が認められ,塩田らが提唱し た上肺優位型間質性肺炎と考えられた。現在,未治療で経過観察中である。 索引用語 慢性間質性肺炎,家族歴,上肺優位型間質性肺炎 は慢性的な粉塵吸入歴はない。 はじめに 家族歴:母親が数年前より咳が増え,胆石で入院し た際に間質性肺炎と指摘されているが(Fig. 1),CT 通常型間質性肺炎(usual interstitial pneumonia,以下 検査などは拒否している。 UIP と略す)は,下肺背側に優位な所見を示す慢性進 行性の予後不良な疾患である。今回われわれは,若年 現病歴: 1997 年,会社の検診にて胸部異常陰影 女性で上肺優位な X 線所見でありながらも,胸腔鏡 を指摘されていたが放置,翌年再度検診にて指摘さ 下肺生検(Video-assisted thoracic surgery,以下 VATS れたため K 病院を受診した。気管支肺胞洗浄液 と略す)にて下葉からも微小蜂巣肺を示す間質性肺炎 (Bronchoalveolar Lavage,以下 BAL と略す),経気管 像を認め,さらに家族歴を有する 1 例を経験したので 支肺生検(transbronchial lung biopsy 以下,TBLB と略 報告する。 す)が施行されたが優位な所見は得られず,また気管 支液の培養においても一般細菌や結核菌をはじめとす 症 例 る抗酸菌も検出されず感染症は否定的であった。その 症 例: 23 歳,女性。 ため VATS による診断を勧められたが,セカンドオ 喫煙歴: 1 日数本程度。 ピニオンを求めて聖マリアンナ医科大学東横病院を受 粉塵吸入歴:父親は町工場を経営しているが,本人 診した。本人同意の上,1999 年 6 月 VATS 目的にて 呼吸器外科に入院となった。 1 2 3 4 5 聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院 呼吸器内科 聖マリアンナ医科大学 内科学教室(呼吸器感染症内科) 聖マリアンナ医科大学 外科学教室(呼吸器外科) 聖マリアンナ医科大学東横病院 呼吸器内科 聖マリアンナ医科大学東横病院 病院病理部 入院時現症:身長 160 cm,体重 45 kg,呼吸数 12 回/分,チアノーゼ無し。浮腫,ばち指共に認めず。 胸部聴診上 fine cracle は聴取できず,心音も清であっ た。皮疹,関節腫張は認めなかった。 9 482 山本崇人 駒瀬裕子 ら Fig. 2 Chest X-ray. Left: 1997/11/18 Dence consolidation is present along the periphery of both upper lobes of the lung. Volume loss can be noted with elevation of both hili and compensatory overinflation of both lower lobes. Right: 1999/11/13 No sognificant interval change can be noted but postoperative distortion of the right lower lobe. Fig. 1 Mother's Chest X-ray. 画像所見: K 病院初診時と当院での胸部 X 線写真 を Fig. 2 に示す。K 病院初診時(右側)では両側肺門 部の挙上を認め,上肺野は容積減少と線維化所見が認 められ,下肺野はそれに伴う過膨張所見が認められる。 当院での最後の X 線(左側)では,VATS 後の写真の ため,右の下肺が挙上しているように見えるが,経時 的変化は認められない。当院初診時の胸部 CT(Fig. 3) では,上葉胸膜直下に辺縁不整な浸潤影が胸膜に沿う ように認められ,一部は粗く網目状を呈している。こ れらの陰影は上∼中肺レベルに優位で,肺底部では目 Fig. 3 Chest CT (1999/1/8). 立たない。肺底部では軽微な網状影と辺縁不明瞭な淡 い高吸収領域(スリガラス影)が認められる。いずれ 基本的に肺胞の虚脱であり,器質化ないし線維化と の変化も線維化を示す所見と考えられる。 血液検査: Table 1 に示す。白血球分画に異常を認 いった腔内病変の目立つ部分とあまり目立たない部分 とがある。また,胸膜の線維性肥厚が観察される。 めず,LDH 160 IU/l,KL-6 449 U/ml,抗核抗体陰性 強拡大病理像(Fig. 5)では,間質の線維化と肥厚 で膠原病を疑わせる所見は認められなかった。 BAL 所見: K 病院での BAL 所見を Table 2 に示す。 が見られ,濾胞形成を伴う軽度のリンパ球浸潤が観察 呼吸機能検査: K 病院受診時と当院受診時以降の される。S5 では,弾力線維が消失し,肺胞の改変・ リンパろ胞の出現を認める。S6 では,びまん性に線 呼吸機能検査を Table 3 に示す。 胸腔鏡下肺生検:右 S2 S5 S6 の 3 ヵ所で標本を採取 維化像を認め,肺胞壁の肥厚を認める。 した。S2 の弾性線維染色弱拡大病理像(Fig. 4)では, 胸膜下領域に病変部が分布し,胸膜直下に分布するも 以上より特発性間質性肺炎が最も考えられたが,病 のと胸膜直下は空いている部分がある。また,胸膜か 理組織学上,病変部のリンパ球浸潤,濾胞形成を認め, ら離れた部分にも病変が認められ,主として気管支・ 病変の分布を考えると膠原病に伴う間質性肺炎も否定 血管束周囲性である。それぞれの病変は不規則な形 できないと考えられた。しかし,抗核抗体が陰性であ で,相互に繋がって癒合・拡大している。病変は, ること,現在までに膠原病を疑う所見がないことから 10 上肺優位な間質性肺炎 483 Table 1 Laboratory findings 1) Urinalysis 3) Blood biochemistry Occult Blood (–) TP 7.54 g/dl Protein (–) Alb 4.4 g/dl Sugar (–) AST 28 IU/l 2) Peripheral Blood ALT 18 IU/l LDH 160 IU/l BUN 7.7 mg/dl 65 × 10 /µl WBC Neutro 53.8 % Lymph 39.1 % Mono Cr 0.49 mg/dl 4% IgA 197 mg/dl Eosino 2.9 % IgG 1473 mg/dl Baso 0.2 % IgM 120 mg/dl 428 × 10 /µl RBC RF 5 IU/ml Hb 10.4 g/dl ANA < 20 MCV 85.2 fl ACE 12.4 U/l MCH 28.6 pg KL-6 449 U/ml MCHC 33.5 % Hct 31.0 % Plt 31.7 × 10 /µl ESR (1 hr) 9.0 mm Fig. 4 Microscopic view of a lung specimen taken from right S2 through VATS (Elastica van Gieson stain). Elastic fibers are increased irregularly along the pleura. Normal alveolar structure is held in places. Some bronchiolus are slightly ectatic with fibrosis around them. Table 2 BALF findings 21.7 × 104 Cell count Cell fractionation Mø 92.8 % CD4 51.7 % Lymph 6.1 % CD8 33.8 % Neut CD4/CD8 1.5 0.0 % Eosino 1.1 % Table 3 Pulmonary function test 1998/2/4 1998/8/28 1999/1/8 1999/8/17 VC 2500 2550 2340 2340 ml %VC 76.7 78.4 72.0 75.7 % FEV1.0 2340 2290 1820 2140 ml FEV1.0% 90.0 90.9 85.0 90.7 % DLCO/VA 4.55 5.03 4.48 5.03 ml/min/mmHg/l Fig. 5 Pathological findings (Hematoxylin and eosin stain). Pathology of right S2 alveoler by VATS. 非特異型間質性肺炎(Nonspecific Interstitial Pneumonia, 膠原病の存在は今のところ否定的である。その後本人 以下 NSIP と略す)とは明らかに 5 年生存率が異なり, の希望が強く経過観察とした。 画像にて下肺背側に優位な所見を示す慢性進行性の予 考 察 後不良な疾患である。網谷ら 2)はこれらの UIP の X 2002 年 ア メ リ カ 胸 部 疾 患 学 会 よ り 発 表 さ れ た consensus report 1) 線所見とは異なり,上肺限局の所見を呈し,病理所見 では,今までの間質性肺炎の概念を においても胸膜直下に帯状の繊維化を示す予後不良な 疾患群を提唱した。一方,塩田ら 3)は,上肺優位な 整理し Table 4 のように分類した。このうち UIP は, 11 484 山本崇人 駒瀬裕子 ら Table 4 Classification of the idiopathic interstitial pneumonias consensus report 1)によると,呼吸障害が明らかになっ 1) Acute interstitial pneumonia AIP/DAD た時点でステロイドと免疫抑制剤の使用が推奨されて 2) Usual interstitial pneumonia UIP いる。本症例では,病理組織学上 UIP としては典型 3) Nonspecific interstitial pneumonia NSIP 4) Cryptogenic organizing pneumonia COP 的でなく,呼吸障害が認められないこと,および本人 の希望によりステロイド治療等は行っていない。 5) Respiatory bronchiolitis-interstitial lung disease RB-ILD 6) lymphoid interstitial pneumonia 以上,母と娘で異なる胸部 X 線所見を呈し,娘は LIP 肺生検で上肺優位型間質性肺炎と診断された貴重な 1 例を報告した。 X 線所見を示しながら,下肺にも間質性肺炎像を示す 謝 辞 本症例を発表するにあたり症例の資料を快くお貸しいた だいた国立国際医療センターの川名明彦先生,工藤宏一郎 先生に感謝いたします。また,病理所見について関東中央 病院病理部の岡輝明博士,埼玉県立循環器呼吸器病セン ターの河端美則博士のご教示を頂きました。 上肺優位な肺線維症について言及し,網谷ら 2)の上 肺限局型間質性肺炎とは異なった概念を提唱した。本 症例は,① 病変が下葉限局ではない。② 蜂窩肺を認 めない。③ Fibroblastic foci といった活動性病変を認 めない。④ 病変は散在しているが時相は比較的揃っ ていて,UIP としては典型的ではない。⑤ 下葉にス 文 献 1) Adam Wanner. American Thoracic Society / European リガラス陰影を認め,上葉限局型肺線維症としても典 型ではない。以上のことから慢性線維化性間質性肺炎 Respiratory Society International Multidisciplinary と表現できるが,病変の分布などから,塩田ら 3)の Consensus Classification of the Idiopathic Interstitial 疾患概念に近いと思われ,Table 4 の NSIP に分類され Pneumonias. This joint statement of the American ると考える。また,肺病変先行型の膠原病や薬剤性肺 Thoracic Society (ATS), and the European Respiratory 障害なども考慮すべき症例と考えられた。 Society (ERS) was adopted by the ATS board of directors, June 2001 and by the ERS Executive 慢性間質性肺炎の家族発生はしばしば報告されてい Committee, June 2001. Am J Respir Crit Care Med 4) るが ,本症例の興味深いところは母親の間質性肺炎 2002; 15: 277-304. は通常の下肺優位な画像所見を呈し,娘は上肺優位に 2) 網谷良一. 特発性上葉限局型肺線維症(IPUF) の臨床的特徴. THE LUNG 1998; 6: 341-342. 変化が強いところである。我々が調べた限りでは,家 族内発症例では異なる画像所見を呈する事例はなかっ 3) 塩田智美, 清水孝一, 鈴木道明, 仲谷善彰, 坂本匡 た。母娘という女性の間質性肺炎であることや,病理 一, 岩瀬彰彦, 青木茂行, 松岡緑郎, 清水誠一郎, 永 組織学上からも膠原病に伴う間質性肺炎の可能性を考 山剛久, 河端美則. 上葉優位な肺線維症の臨床病 理学的検討. 日本呼吸器学会雑誌 1999; 37: 87-96. えておかなければならなく,今後注意深い観察が必要 である。 4) 近 藤 有 好 . 間 質 性 肺 炎 の 家 族 内 発 生 . 臨 床 医 1998; 24: 2459-2464. 慢 性 間 質 性 肺 炎 の 治 療 に 関 し て は , ATS/ERS の 12 上肺優位な間質性肺炎 485 Abstract A Case of Upper Lobe Dominant Interstitial Pneumonia with an Unusual Family History Takahito Yamamoto1,2, Yuko Komase1,2, Mizuki Ikehara1, Hiroo Saitoh1, Akira Ishida2,4, Sumiho Kurisu3, Toshifumi Takakuwa5, and Takemasa Nakagawa2,4 A 23-year old woman attended our outpatient department requesting a second opinion about her abnormal chest X-ray. One year earlier she was advised of an abnormal interstitial shadowing. One year later she was told the abnormality persisted, and underwent transbronchial lung biopsy (TBLB) and bronchoalveolar lavage (BAL). The TBLB specimen showed no obvious lung fibrosis and the BAL fluid was normal in cell differentiation. Video-assisted thoracic surgery (VATS) for biopsy revealed not only upper lobe fibrosis but also honeycombing of the lower lung. This pathological findings fit the interstitial pneumonia described by Shioda et al. The patients' mother had similar findings, which, however, confined to the lower lobe on a chest X-ray. Family history of patients with IP occasionally include familial occurrence of the same disease, but the fibrotic process usually take place in distribution common to the patients within a family. Her condition does not require any specific treatment at the moment. (St. Marianna Med. J., 30: 481-485, 2002) 1 Department of Respiratory Internal Medicine, St. Marianna University School of Medicine Yokohama-city Seibu Hospital 1197-1 Yasashi-cyo, Asahi-ku, Yokohama 241-0811, Japan 2 Division of Respiratory and Infectious Diseases, Department of Internal Medicine, St. Marianna University School of Medicine 2-16-1 Sugao, Miyamae-ku, Kawasaki 216-8511, Japan 3 Division of Chest Surgery, Department of Surgery, St. Marianna University School of Medicine 2-16-1 Sugao, Miyamae-ku, Kawasaki 216-8511, Japan 4 Department of Respiratory Internal Medicine, St. Marianna University School of Medicine Tohyoko Hospital 3-435 Kosugi-cyo, Nakahara-ku, Kawasaki 211-0063, Japan 5 Department of Pathology, St. Marianna University School of Medicine Tohyoko Hospital 3-435 Kosugi-cyo, Nakahara-ku, Kawasaki 211-0063, Japan 13