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第 1 章 EU 圏内の税関取締に関する分析(PDF)

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第 1 章 EU 圏内の税関取締に関する分析(PDF)
第1章
EU 圏内の税関取締に関する分析
―WTO 協議要請案件の検討を中心に―
I. DS408、409(EU 及び加盟国-ジェネリック医薬品の通過差止)
-経緯 と現 状-
1.協 議要 請内容 の概 要
2010 年 5 月 19 日に、インド及びブラジルは、ジェネリック医薬品の通過差止問題に関
して、EU 及びオランダを相手として協議要請し、WTO 紛争解決機関等に通報した 1 。DS408
及び 409 は、2008 年 12 月に、インド製ジェネリック医薬品の通過について、オランダ税
関が行った特許権侵害を根拠とする解放停止に端を発するものである。具体的には、イン
ドにおいては特許保護されていない医薬品が、インド国内で製造され、当該医薬品がブラ
ジルを仕向地としてオランダを通過する際に、オランダの特許権侵害を根拠にして、通過
医薬品の解放が停止されたという事案である(参照:図 1)。インド及びブラジルは、こ
のような通過医薬品の解放停止に関する権限を付与する EU 規則及びオランダ特許法等は、
GATT5 条や TRIPS 協定の諸条項に違反すると協議要請文書で述べている 2 。
図表 1
本報告書のために作成
2.協 議要 請まで の経 緯概要
インド製ジェネリック医薬品の通過について、オランダ税関が行った特許権侵害を根拠
とする解放停止については、2009 年 2 月 3 日の一般理事会において議論されている 3 。こ
の議論において、ブラジルは、GATT 5 条違反、特許権の域外適用、公衆衛生に関するド
1
2
3
イ ン ド の 協 議 要 請 は WT/DS408/1、 ブ ラ ジ ル の 協 議 要 請 は WT/DS409/1。
詳 細 に つ い て は 、 WT/DS408/1、 WT/DS409/1 を 参 照 さ れ た い 。
WT/GC/M/118 の 議 題 9( オ ラ ン ダ - イ ン ド か ら ブ ラ ジ ル に 仕 向 け ら れ た ジ ェ ネ リ ッ ク 医 薬 品 の 通 過 差 止 )。
-3-
ーハ宣言との不整合性、ドーハ宣言パラ 6 システムを利用した際に同様の問題が起こるこ
との懸念を表明しており、インドは、TRIPS 柔軟性を奪い、TRIPS プラスを推し進める知
財至上主義(maximalist)が権利者と公共政策のバランスを崩すと指摘している。それに対
して、ペルー、エクアドル、エジプト、南アフリカ、ボリビア、アルゼンチン、キューバ 、
ナイジェリア、ベネズエラ、インドネシア、ブルキナファソ、タイ、中国、パキスタン、
イスラエル、パラグアイ、コスタリカが懸念を共有した。それに対して EC は、留置した
だけであり、差止や廃棄はしておらず、ブラジルに輸送できたが、所有者がインドへ送り
返すことを選択したのであり、GATT 5 条、TRIPS 51 条からみて、税関において解放を停
止することは認められていると述べている。2009 年 2 月 18 日に、いくつかの NGO が、
WTO 事務局長と WHO 事務局長宛に、TRIPS 51、41.1、41.2、GATT 5、公衆衛生に関する
ドーハ宣言、2003 年 8 月の一般理決定(パラ 6)の観点からの懸念を表明する書簡を発出
している 4 。その後、2009 年 3 月から 2010 年 3 月まで、TRIPS 理事会通常会合の、その他
の議題(other business)において、当該事案が議論されてきた 5 。その間、インドとブラジ
ルは EU と 対話してきたが、EC 規則等の根拠法令は依然としてそのままであり、ジェネリ
ック医薬品輸送において不測の事態が起きる可能性が排除できないことから、協議要請に
至った。
3.協 議要 請から 現在 に至る まで (2 月 7 日 現在)
7 月 7、8 日に第 1 回協議、9 月 13、14 日に第 2 回協議が行われた 6 。報道によれば、本
件 は解 決 の 方 向に 向 か っ てい る よ う であ る 。 EU と イ ン ド の首 脳 会 議 後に 、 イ ン ドの シ ャ
ルマ通商大臣は、首脳会議では、WTO 紛争手 続の 延 期 と 紛争 の 解 決 に結 び つ く ブレ ー ク ・
ス ルー が あ っ たと 述 べ 、 EU の デ ・ グフ ト 貿 易 委員 は 、 こ れま で の 合 意に 沿 う よ うに 、 現
在の規制を改正することを確認したと述べている 789 。
4
http://www.haiweb.org/07032009/18%20Feb%202009%20Open%20Letter%20to%20WHO%20on%20Dutch%20seiz
ure%20of%20generics.pdf か ら 入 手 可 能 ( 最 終 ア ク セ ス 日 : 2011 年 2 月 23 日 )
5
IP/C/M/59-62。
6
http://trade.ec.europa.eu/doclib/docs/2007/may/tradoc_134652.pdf の 第 19 頁 ( 最 終 ア ク セ ス 日 : 2011 年 2 月
23 日 。
7
http://www.bbc.co.uk/news/world-europe-11971568 か ら 入 手 可 能 ( 最 終 ア ク セ ス 日 : 2011 年 2 月 23 日 ) 。
8
http://in.reuters.com/article/idINIndia-53487720101210 か ら 入 手 可 能 ( 最 終 ア ク セ ス 日 : 2011 年 2 月 23 日 )
9
http://ictsd.org/i/news/bridgesweekly/98989/ か ら 入 手 可 能 ( 最 終 ア ク セ ス 日 : 2011 年 2 月 23 日 )
-4-
II.「通過」中の物資に関わる特許権の行使について
- DS408,409( EU 及 び加盟 国‐ ジェネ リッ ク医薬 品の 通過差 止) の争点 -
政策研究大学院大学
山根裕子
2010 年 5 月、インド 10 及びブラジルは、EU とオランダに対し、紛争解決に係る規則及び
手続に関する了解(DSU)4 条、 GATT XXII:1 条及び TRIPS 協定 64.1 条にもとづく協議を
要請した。2008 年 12 月、オランダの空港における通過(in transit to third countries)時、イン
ドで製造されブラジルに向けられた医薬品の、税関による押収 11 事件がその背景にあった。
インドは、これらの医薬品が、当該製品がオランダで製造されたとのいわゆる「製造フィ
クション(manufacturing fiction)」のもとで押収されたことを問題にした。インドによれば、
少なくとも 19 件のジェネリック医薬品がオランダ通過中に押収されたが、うち 16 件 はイ
ンド製であった。 12
2008 年当時、EU では「偽薬撲滅」キャンペーンが展開されていた。
WTO 紛争処理機関において、インドは、EU の「知的財産権侵害の疑いがある物資に対
する税関措置に関する」規則 1383/2003 13 その他 EU 及びオランダの関連措置が、通過物資
の措置に関する GATT(1994)V 条 2, 3, 4, 5, 7 項、知的財産権行使上の一般的義務に関する
TRIPS 協定 41 条、公正かつ公平な手続きに関する 42 条等 14 に違反することを理由として
協議を申し入れた。この規則は、商標や著作権侵害に対する措置だけでなく、特許侵害被
疑製品に関しても、また税関を通過する物資についても措置が講じられるよう制定されて
いる。インドは、さらに、EU 及びオランダの関連措置は、WTO の途上国及び後発開発途
上国(LDC)加盟国が TRIPS 協定 7 条及び 8 条及び世界人権規約 B の 12 条(1)下で採択でき
る公衆衛生政策を制限するとの見解を述べた。 15
他方、ブラジルは 16 、EU の上記規則 1383/2003 17 及びオランダ特許法(1994)第 IV 章とく
10
European Union and a Member State – Seizure of Generic Drugs in Transit: Request for Consultations by India,
WT/DS408/1, 19 May 2010.
11
ブ ラ ジ ル は 、協 議 の 対 象 範 囲 を「 押 収 」だ け で な く 、「 開 放 の 停 止 」「 留 置 」を 含 む EU 規 則 1383/2003 の
そ の 他 の 概 念 に も 及 ぶ と し た 。European Union and a Member State – Seizure of Generic Drugs in Transit: Request
for Consultations by Brazil, WT/DS409/1, 19 May 2010. 脚 注 10.
12
同上第 2 節。
13
EC Regulation No 1383/2003 sets out rules for "customs actions against goods suspected of infringing intellectual
property rights and the measures to be taken against goods found to have infringed such rights", including goods in
transit through the territory of the European Union, and provides, among other actions, for the seizure of goods.
14
イ ン ド は こ の ほ か 、 透 明 性 に 関 す る GATTX 条 、 TRIPS 協 定 2 条 に 照 ら し て 解 釈 さ れ る 28 条 、 パ リ 条 約
( 1967)第 4 条 の 2、TRIPS 協 定 と 公 衆 衛 生 に 関 す る ド ー ハ WTO 閣 僚 宣 言( 2001)パ ラ 6 に 関 す る WTO 一
般 理 事 会 決 定( 2003 年 8 月 30 日 )こ の 決 定 に 照 ら し 合 わ せ て 解 釈 さ れ る TRIPS 協 定 31 条 等 の 違 反 を 申 し 立
てた。上記ドーハ宣言は「公衆衛生」に関わっており、当該医薬品が「公衆衛生」に関するものであるか否
かは示される必要がある。
15
上 記 注 10 第 6 節 。
16
European Union and a Member State – Seizure of Generic Drugs in Transit: Request for Consultations by Brazil,
前 掲 注 10.
-5-
に 53 条及び 79 条その他の関連法令、規則、ガイドライン及び行政慣行が、上記 GATT V
条、パリ条約 4 条の 2 や TRIPS 協定規定のみならず、その他多くの WTO 諸条約規定に違
反することを協議申入れの理由とした。 18
日本の関税法も、平成 20 年の改正以来、日本を経由して第三国に向けて輸送される知的
財産侵害物品等を水際で取締り対象にしている 19 。関税法 30 条は、「知的財産権侵害物品
は保税地域に置くことができない」と規定する。知的財産権侵害被疑物品が保税地域に置
かれた際、権利者の申立に基づき知的財産権侵害が疑われると判断された場合、税関当局
は当該被疑物品の開放を停止しなければならない。当該物資が通関しなくても、日本を仕
向国として陸揚げされていれば日本の領域内にあるものとして、日本の知的財産権法の効
力が及び得ると考えられている。
イ ン ド か ら 途 上 国 に 輸 出 さ れ た 「 ジ ェ ネ リ ッ ク 」 医 薬 品 20 が 、 欧 州 の 税 関 を 通 過 中 に 押
収されたこと対する批判は、医薬品アクセス促進の観点から急速に高まった。本稿は、こ
の紛争における争点を検討する。
1.協 議対 象とな っ た EU・オラ ンダの 措置 とイン ド、 ブラジ ルの 主張
(1)主 な協 議対象 措置
17
前 文 (3), (4) , (8)及 び 1, 2, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 13, 16, 17 条 。
GATT V 条 ( 1, 2, 3, 4, 5, 7 項 ) 及 び X:3 条 、 TRIPS 協 定 1.1, 2, 28, 31, 41.1, 41.2, 42, 49, 50.3, 50.7, 50.8, 51,
52, 53.1, 53.2, 54, 55, 58(b), 59 条 及 び WTO 設 立 条 約 XVI:4 条 。
19
日本では、知的財産法において、輸入に加え輸出が侵害行為とされる場合は取締りが行われる(特許権、
意 匠 権 、実 用 新 案 権 、商 標 権 、著 作 権 、著 作 隣 接 権 及 び 育 成 者 権 の 被 疑 製 品 及 び 不 正 競 争 防 止 法 違 反 物 品 )。
回路配置利用権については輸出が侵害行為とされていないので、その被疑物品は取締りの対象ではない。
20
「 ジ ェ ネ リ ッ ク 」薬 の 国 際 的 な 定 義 は 存 在 し な い 。先 進 国 に お い て ジ ェ ネ リ ッ ク 薬 は 、一 般 的 に 、(a)先
発 品 と 同 一 化 合 物 で あ る こ と 、 (b)先 発 品 と 生 物 学 的 に 同 等 で あ る こ と を 条 件 に 承 認 さ れ る 。 生 物 学 的 同 等
性 (bioequivalence)と は 、投 与 さ れ た 有 効 成 分 が 血 中 に 入 り 、体 内 で 利 用 さ れ る 速 度 を 表 す 指 標 (bioavailability)
が 先 発 品 と 同 等 で あ る こ と を い う 。 通 常 、 後 発 品 を 健 常 成 人 10120 人 程 度 に 投 与 す る こ と に よ り 、血 中 で 有
効成分の吸収・排泄パターンが試験され、それが同等であれば、薬効の同等性が証明されたと考えられてい
る 。 先 発 品 と 同 等 で あ れ ば 、 安 全 性 も 有 効 性 も 証 明 さ れ る こ と を 前 提 に 、特 許 満 了 後 、後 発 品 が 許 可 さ れ 販
売 さ れ る 。 こ れ 以 外 に も 、 研 究 開 発 型 製 薬 企 業 が 製 造 販 売 承 認 の 際 提 出 す る 臨 床 デ ー タ の 保 護 そ の 他 、ジ ェ
ネリック参入に関しては、各国別の詳細なルールがある。
WHO の 広 報 サ イ ト に よ れ ば 、 ジ ェ ネ リ ッ ク と は 、 「 権 利 者 の ラ イ セ ン ス な し に 、 特 許 あ る い は 他 の 排 他
権 が 切 れ た 後 、販 売 さ れ る 医 薬 品 及 び 特 許 保 護 の な い 国 で 、あ る い は 強 制 実 施 権 の 設 定 下 に 製 造 さ れ 輸 出 さ
れた医薬品」であるとされ、「多くの場合、ブランド医薬品と同様の効能があるが、はるかに安価であり、
低 所 得 者 が ア ク セ ス で き る 唯 一 の 医 薬 品 で あ る 」(often the only medicines that the poorest can access)と 説 明 さ
れ て い る 。 WHO に よ れ ば 、 ジ ェ ネ リ ッ ク は 、 真 正 商 品 と 「 同 等 で あ る よ う 意 図 さ れ た 物 」 で あ り 、 必 ず し
も 同 等 で あ る 必 要 は な い 。 山 根 裕 子 『 知 的 財 産 権 の グ ロ ー バ ル 化 』 (2008 岩 波 書 店 )20- 21 頁 。 従 っ て 、 知
財保護法の観点からも、薬事法の観点からも、製造地国においての「ジェネリック」薬は、他の国において
必ずしも「ジェネリック」薬ではない。さらに、各国裁判所の立場は相違する。また各国裁判所は、特許の
な い 国 で 、あ る い は 強 制 実 施 権 の 設 定 下 に 製 造 さ れ 輸 出 さ れ た 製 品 が 特 許 権 の あ る 国 に 輸 入 さ れ た 場 合 侵 害
と す る か 否 に 関 し て 異 な る 立 場 を 採 っ て き た 。例 え ば Merck v Primecrown ( Case C-267, 268/95, 1996. 12. 5);
Pharmon BV v Hoechst (Case 19/84, 1985. 7. 9)参 照 . ア ボ ッ ト 教 授 は す べ て の「 ジ ェ ネ リ ッ ク 」を「 公 共 財 」
と し 、「 ジ ェ ネ リ ッ ク 貿 易 」を「 公 衆 衛 生 」と し て 同 一 視 し た 。F Abbott, WIPOJ No.1, 2009, p.48 ( * Kaitlin
Mara,‘‘Generic Drug Delay Called ‘Systemic’ Problem at TRIPS Council’, IP Watch, June 9, 2009 を 引 用 ) .
18
-6-
① EU 規 則 1383/2003
インド及びブラジルが問題にする EU 理事会規則 1383/2003 は、知的財産権侵害被疑物
資(goods suspected of infringing an intellectual property right)への税関の対応に関するもの
である(同規則第 1 条)。 21
この規則によれば、侵害被疑物資が、域内通商、輸出ある
いは再輸出のため保税地域に置かれたとき、知的財産権の侵害が疑われる場合には、税関
当局は当該被疑物品を押収し、開放を停止する。押収は、権利者の各加盟国税関への申立
てにもとづいて、あるいは税関が職権でおこなうことができる。侵害・非侵害及び措置に
ついての判断は、指令 2004/48/EC 22 にもとづく国内法により、各国の裁判所が行う。規則
1383/2003 は、旧規則 3295/94 を 2003 年に改正したものであり、改正の際、商標権と著作
権 に 加 え 、 特 許 ( 医 薬 品 に 関 す る 保 護 期 間 延 長 証 明 supplementary protection certificate
(SPC)を含む)、植物品種、地理的表示、原産地表示等も税関取締り手続きの対象となっ
た(規則 1383/2003 第 2 条)。
押収の対象になるのは EU 域内への輸出入、域外諸国から EU を 経由して輸出される物資
23
である。EU 全域で有効な知財の場合は、1つの申請で、全加盟国における開放の停止が
可能である。税関による押収の現状に関する JETRO Düsseldorf の報告(2008 年 3 月)によ
れば、EU 加盟諸国における押収件数は、2000 年前後は 5,000 件程度であったのが 2006 年
では 3 万 7,334 件と急増し、その品目内訳は、たばこが半数以上、それに CD/DVD、電子
機器、玩具・ゲーム、化粧品、食料品・飲料品、宝石、コンピュータ機器と続く。権利別
にみると、商標権が 91%、著作権 7%、意匠権 1%、特許・SPC が 1%となっている。 24
規則 1383/2003 第 4 条は、知的財産権侵害の惧れのある物資の職権による開放停止、第
5 条は通過侵害品の開放の停止の権利者による申請、第 9 条は権利者の申請に基づく開放
停止について規定し、第 10 条は、侵害の判断が、物資が置かれている国の法令に従う旨規
定する。同規則第 11 条によれば、加盟国は、税関により停止された物資を、当該物資の所
有者の合意にもとづき、侵害についての判断なしに、加盟国法のもとで、以下のような簡
易手続を経て廃棄することができる。権利者は、税関から第 9 条にもとづき物資が停止さ
れた旨の通知を受理した後、10 執務日以内(腐敗する物資については 3 日以内)に、当該
21
Council Regulation (EC) No 1383/2003 of 22 July 2003 concerning customs action against goods suspected of
infringing certain intellectual property rights and the measures to be taken against goods found to have infringed such
rights.
22
Directive 2004/48/EC of the European Parliament and of the Council of 29 April 2004 on the Enforcement of
Intellectual Property Rights, O J L 157/45, 30.4.2004.
23
共 同 体 関 税 規 則 2913/92( 12 October 1992) の 84 条 (1)(a)に い う 以 下 の 場 合 。
(a) where the term ‘procedure’ is used, it is understood as applying, in
the case of non-Community goods, to the following arrangements:
— external transit;
— customs warehousing;
— inward processing in the form of a system of suspension;
— processing under customs control;
— temporary importation;
24
欧 州 に お け る 知 的 財 産 権 の 現 状 http://www.jsim.or.jp/kaigai/0806/004.pdf 38- 39 頁 。
-7-
物資の所有者による廃棄処分への合意を税関に文書で通知することができる。税関が合意
する限り、同所有者は直接税関に廃棄処分に合意する旨通知することができる。所有者か
ら廃棄への異議申立てがない場合、当該所有者は廃棄処分に合意したとみなされる。事情
によっては、権利者自身が停止された物資を自費で廃棄し、国内裁判過程への見本提供の
義務を遂行する等の条件で、税関はこの期限を 10 執務日延期することができる。
規則1383/2003第13条は、侵害の惧れがある物資の税関による保管期限を定める。留置か
ら10執務日以内(10執務日延長可)に、権利者が加盟国法にもとづく侵害訴訟を提起しな
ければ開放停止は解除される。同規則第17条は、国内法に整合的である限り、当局が補償
なしで侵害物資を流通経路から排除する権限等について規定する。
同規則の前文第 3 節は、「不正商品(counterfeit goods)や著作権侵害物(pirated goods)
あるいはより一般的に知的財産権の侵害商品が、その積替え(transhipment)を含め、第三
国から共同体関税領域に入った場合(introduction into the Community customs territory)、
共同体における自由な流通への開放(release for free circulation in the Community)…は禁じ
られる…」とする。
規則1383/2003の前文第8節は、知的財産権が侵害されているか否かの判断は、国内法の
もと、「国内において製造された物が知財を侵害しているか判断する基準に照らし合わせ
て(will be conducted with reference to the criteria used
that Member
to establish whether goods produced in
State infringe intellectual property rights)判断される。この規則は加盟国の裁
判所及び市場手続きに影響を及ぼさない」と述べている。
②オラ ンダ 税関事 件
WTO 紛争処理手続きに案件が付託される以前、2008 年、EU のいくつかの空港において、
知的財産権侵害被疑物品として医薬品の通過が税関により停止された。インド及びブラジ
ルは、途上国が公衆衛生政策を採択・実施する妨げになるとの懸念を示し、これと GATT5
条、TRIPS 協定 41 条及び 42 条、パリ条約 4 条の 2 等との整合性を問題にした。
2008 年 12 月、インドで製造され、ブラジルに仕向けられた医薬品(ロサルタン、高血
圧治療薬)がオランダのスキポール空港通過時、税関において特許権者(メルク社)によ
る侵害の申立にもとづき押収された。
最 高 裁 判 所 25 を 含 む オ ラ ン ダ 裁 判 所 は 、 オ ラ ン ダ を 通 過 中 の 物 資 に つ い て 、 そ の 物 資 が
オランダ領域で製造されたかのように考えることにより侵害を判断した。続いて 2008 年 7
月 18 日、Sisvel v Sosecal 事件 26 において、ハーグ地方裁判所(地裁)は、オランダの税関当
局に、通過中の物資がオランダの特許を侵害しているとの申し立てがあった以上、オラン
25
Philips Electronics N.V. v Furness Logistics Moerdijk B.V., Supreme Court, 19 March 2004, IER 2004, 50;
District Court of The Hague, 13 July 2005, 02/2947; District Court of The Hague, 24 March 2006, B9 1823.
26
District Court of The Hague, Case 311378, 18 July 2008, KG ZA 08-617.
-8-
ダで製造された場合の物資と同様の基準を用いて侵害の存否を判断することができる、と
述べた 27 。
(2)協 議要 請に至 るま での経 緯
インド、ブラジル政府及びヨーロッパの市民グループは以下のような考えにもとづき議
論を展開させた。
①特許権のない国(強制実施権の設定を含む)から特許権のない国(強制実施権の設定
を含む)へのジェネリック医薬品貿易は途上国の公衆衛生上重要である。
②TRIPS 協定が規定するミニマム・スタンダード以上の権利行使は貿易の制限になる
③特許権に関わる水際措置は、次の理由から、濫用になりやすい。
a.
医 薬 品 に は 物 質 だ け で な く 多 く の 周 辺 特 許 が あ る 。 EU 製 薬 セ ク タ ー 調 査 報 告 書
(2009 年 7 月)によれば、「ひとつの医薬品に対し 1,700 の特許」 28 があり、こ
のような特許取得自体が濫用行為である。
b.
規則 1383/03 第 11 条の簡易手続きでは対応できないはずであり、対象知財権の
濫用を導く。
④研究開発型製薬企業は、「偽薬取締り」を口実に、特許権の行使をする。
⑤ジェネリック・メーカー、輸出・輸入業者にとって過度に財政的な負担がかかる。
⑥通過中の物資の仕出国・仕向国における特許の効力について EU 及びその加盟国は知
る こ とが で き な い。 こ の 権 利行 使 は 国 内法 の 域 外 適用 で あ り 、EU 及 び その 加 盟 国 に は
権限がない。
⑦TRIPS 協定は知財保護のミニマム・スタンダードを規定するだけでなく、保護の上限
を設けており、GATT(1994)も TRIPS 協定に上限を設けている。
従って、
―
通過中のジェネリック医薬品の開放を停止すべきでない。
―
TRIPS 協定は、輸入にかかわる商標権及び著作権の侵害のみを水際措置の対象
にしており、特許権の侵害はそのような措置の対象にすべきでない。
EU 規則 1383/2003 において
―
a. 特許権の行使についての規定を削除すべき、あるいは
b.
特許権の行使について特別のレジームを設けるべき、あるいは
c.
ジェネリックについて特別のレジームを設けるべき
これらの方策をめぐる議論において「ジェネリック薬」は、「当該特許が適用されない
27
http://www.eplawpatentblog.com/PDF_December09/The%20Hague%20DC%20Sisvel%20v%20Sosecal%20EN.pdf
NGO は 欧 州 委 員 会 の 医 薬 品 セ ク タ ー 調 査 報 告 を 引 用 し て い る 。 同 報 告 書 に つ い て は 拙 著 「 医 薬 品 産 業 分
野 に お け る 特 許 戦 略 の 「 反 競 争 性 」: EU セ ク タ ー 調 査 が 示 唆 す る も の 」 『 公 正 取 引 』 No. 712, 2010 年 2
月 号 20-30 頁 。
28
-9-
状況において第三者により製造された特許製品と同じ製品」 29
と定義されている。
ブ ラ ジル は 第 三 国か ら 第 三 国に 輸 出 さ れる 物 資 に 対し 、 EU 加 盟 国 が 国 内法 に 照 ら し て
侵害を判断することは、知財法の「域外適用」であると強調した。2009 年の TRIPS 理事会
において、中国、キューバ、コロンビア、エクアドル、アルゼンチン、ベネズエラ、南ア
フリカも懸念を表明した。
2.イ ンド 、ブラ ジル が依拠 す る WTO 諸 協定上 の規 定
(1)EU 規 則 1383/2003 と GATT5 条
GATT V 条は「通過の自由
(freedom of transit)」に関しており、その第 1 項
は「貨物
(手荷物を含む)及び船舶その他の輸送手段は、締約国の国境外から始まり国境外に終る
その通過の全行程の一部にすぎないときは、その領域を通過しているものとみなし「通過
運送(traffic in transit)」という」と定義する。その第 3 項は、「通過運送を不必要に遅延さ
せ、又は制限してはならない」と規定する。その第4項によれば、通過運送について締約
国が課するすべての課徴金及び規則は、その運送の条件を考慮した「合理的な」ものでな
ければならない。
WTO 事務局は、2002 年、GATTV 条規定の主旨は、(1)不必要な遅延あるいは制限に
より、または不合理な料金を賦課することにより、通貨運送を妨げることの禁止、(2)す
べての WTO 加盟国の通過中の貨物(transiting goods)に最恵国待遇を与えること 30 、であ る
と注釈した。 31
GATT, WTO を通 し て GATTV 条に 関 す る 初 め て の 紛 争 処 理 ケ ー ス で あ った Colombia
「通過」の概念も、
—Ports of Entry 32 にかかわる 2009 年のパネル報告書においてパネルは、
同条にいう「自由」の概念も、定義されていないとし、辞書の意味を探求した。それによ
れば 、「 自 由( freedom) 」 は 、 この 場合 、 「制 限の な い使 用」 と 解す るこ と が相 応し い 。
この紛争は、コロンビアが、密輸等に対処すべくパナマからの通過する繊維及び衣服の通
関手続きを二つの空海港に制限したことに由来する。パナマ以外の国の貨物は、11 の空海
港で通過することが可能であった。パネルは、GATT XX 条(d)によって正当化されるか否
29
F Abbott, ‘Worst Fears Realised: The Dutch Confiscation of Medicines Bound from India to Brazil’, No. 1,
February - March 2009, p. 13;WIPOJ No.1, 2009, p.48.ア ボ ッ ト 教 授 は こ の 紛 争 に お い て イ ン ド 政 府 の ア ド バ イ
サーの一人である。
30
GATTV 条 2 項 は 、国 際 通 過 に 最 も 便 利 な 経 路 に よ っ て 各 締 約 国 の 領 域 を 通 過 す る 自 由 を 与 え る 義 務 。船
舶の国籍、原産地、仕出地、入国地、出国地若しくは仕向地による差別、又は貨物若しくは船舶その他の輸
送 手 段 の 所 有 の 事 情 に 基 づ く 差 別 を 禁 止 と 規 定 し 、 第 5 項 は 、課 徴 金 、規 則 及 び 手 続 に 関 し 、他 の 締 約 国 の
領 域 へ 向 か う か 又 は 他 の 締 約 国 の 領 域 か ら 来 る 通 過 運 送 に 対 し 、第 三 国 へ 向 か う か 又 は 第 三 国 か ら 来 る 通 過
運送に許与する待遇より不利でない待遇を許与する義務。第7項は、航空機の通過航行には適用しないが、
貨物(手荷物を含む)の空路による通過には適用することを規定する。
31
Note by WTO Secretariat, Article V of GATT 1994 – Scope and Application, TN/TF/W/2, 12 Jan. 2005 (Updating
G/C/W/408, 10 Sept. 2002).
32
Colombia — Indicative Prices and Restrictions on Ports of Entry WT/DS366/R, 27 April 2009 Arbitration under
Article 21.3(c) of the Understanding on Rules and Procedures - Award of the Arbitrator 2 October 2009
- 10 -
かを判断するため、
( 1)ガットに反しない法令の遵守を確保するように設計された措置か、
(2)当該遵守は必要か、という 2 段階テストを適用した。 33
パネルは、コロンビアの措
置が(1)のテストは満たすと判断したが他方、(2)については、複数の要素を勘案する
バランシングテストで検討した。その上で、密輸等に対処することはコロンビアの重要な
利益であるが、全面的に制限する理由が不明であり、コロンビアの当該措置が密輸等への
対処に貢献しているか否かをコロンビアは示していないことから、当該措置が GATT XX
条(d)によって正当化されないと主張した。 34
イン ド 、 ブ ラジ ル は コ ロン ビ ア の 上記 ケ ー ス を重 視 し 、 EU に よ る 措置 は 不 当 な遅 延 や
制限をしており、GATT V 条違反であると主張した。コロンビアのケースや他の GATT XX
条(d)のケース同様、EU 規則 1383/2003 が通過の自由を確保していないと判断されれば、
EU は、規則 1383/2003 の目的と手段との関連の合理性を示して正当化することが必要であ
る。
さらに、インド、ブラジルは、TRIPS 協定に規定される、より高いレベルの知的財産権
保護は正当な貿易の新たな障壁になると考え、GATT 1994 にそのような貿易障壁への制限
が存在することを主張する。
(2)TRIPS 協定の もと で、特 許権 の行使 には 上限(ceiling)があ る
インド、ブラジルは、GATT 1994 だけでなく、TRIPS 協定自体も、許容できる知財保護
レベルを制限すると考えている。すなわち、TRIPS 協定は知財保護のミニマム・スタンダ
ードを規定するだけでなく、その上限も設けてあり、通過中の物資に対する権利行使に関
しても TRIPS 協定上の制限があることを主張する。
権利行使の一般原則に関する TRIPS 協定 41 条 1 項は、以下を規定する。
「加盟国は、この部に規定する行使手続によりこの協定が対象とする知的所有権の侵害行
為 に 対 し 効 果 的 な 措 置 (侵 害 を 防 止 す る た め の 迅 速 な 救 済 措 置 及 び 追 加 の 侵 害 を 抑 止 す
るための救済措置を含む)がとられることを可能にするため、当該行使手続を国内法にお
いて確保する。このような行使手続は、正当な貿易の新たな障害となることを回避し、
かつ、濫用に対する保障措置を提供するような態様で適用する。」 35
さらに、TRIPS 協定 41 条 2 項は、「知的所有権の行使に関する手続は、公正かつ公平な
ものとする。この手続は、不必要に複雑な又は費用を要するものであってはならず、また、
不合理な期限を付され又は不当な遅延を伴うものであってはならない。」インド、ブラジ
ルによれば、権利行使の対象である知的財産権の侵害の存否が十分に審査されることなく
廃棄処分が許容されていること、また当該物資の所有者にとって、弁護士費用等資金的な
33
34
35
WT/DS366/R, para. 7.543.
WT/DS366/R, paras. 7.609-618.
邦 訳 は 、 特 許 庁 ホ ー ム ペ ー ジ http://www.jpo.go.jp/indexj.htm を 参 照 し た 。
- 11 -
負担等があること等は権利の濫用に該当する。
「税関当局による物品の開放の停止」に関する TRIPS 協定 51 条は、 「税関当局による
物品の解放の停止」に関して以下のように規定する。「加盟国は、…不正商標商品又は著
作 権 侵 害 物 品 (注 13)
36
が輸入されるおそれがあると疑うに足る正当な理由を有する権
利者が、これらの物品の自由な流通への開放を税関当局が停止するよう、行政上又は司法
上 の 権 限 の あ る 当 局 に 対 し 書 面 に よ り 申 立 て を 提 出 す る こ と が で き る 手 続 (注 14)を 採 用
する。加盟国は,この要件を満たす場合には,知的財産権のその他の侵害を伴う物品に関
してこのような申立てを可能とすることができる」。ところが注 14 は、「…通過中の物品
については,この手続を適用する義務は生じないと了解する」と述べる。したがって、特
許権の侵害のおそれがある通過中の商品に関し、税関当局による物品の開放の停止をする
義務はない。TRIPS 協定1条(1)は、「…加盟国は,この協定の規定に反さないことを条件
として,この協定において要求される保護よりも広範な保護を国内法令において実施する
ことができるが、そのような義務を負わない。…」と規定しており、WTO 加盟国は、一定
条件のもとに、TRIPS 協定が規定するミニマム・スタンダード以上の権利行使の水準を実
施することができる。インド、ブラジルによれば、通過中の物資が権利者の特許権を侵害
しているおそれがあるとして、当該物品の開放を停止することは、正当な貿易を妨げる可
能性がある。GATT5 条が確保している通過運送の自由の原則が、TRIPS 協定によって修正
されているわけではないからである。
(3)「 通過 」に関 する 判例: 欧州 裁判所 及び 加盟国 の判 例
インド、ブラジルは、通過中の物資の知的財産権侵害の存否が、当地において製造され
たとのフィクション(manufacturing fiction, 「製造フィクション」)のもとでオランダの
裁判所により判断されたことを、「特許独立の原則」を規定するパリ条約 4 条の 2 違反で
あると主張した。インド、ブラジルによれば、第三国から第三国に輸出される通過中の物
資の取締り権限を EU はもたないことを欧州裁判所判例は示している。EU 規則 3295/94 及
び 1383/2003 の下で、各国での執行状況は異なっている。
①EU 加盟 国にお ける 規則 1383/2003(旧 規 則 3295/94)下の 権利 行使
オランダにおいては、今回、WTO での協議対象になった「製造フィクション」にもとづ
く判決がいくつかあった。ただし、オランダの裁判所がこのような判断をしたのは、①権
36
(注 13)は 以 下 の よ う に 述 べ る 。「 こ の 協 定 の 適 用 上 、(a) 「 不 正 商 標 商 品 」と は 、あ る 商 品 に つ い て 有 効
に登録されている商標と同一であり又はその基本的側面において当該商標と識別できない商標を許諾なし
に 付 し た 、 当 該 商 品 と 同 一 の 商 品 (包 装 を 含 む )で あ っ て 、 輸 入 国 の 法 令 上 、 商 標 権 者 の 権 利 を 侵 害 す る も の
を い う 。 (b) 「 著 作 権 侵 害 物 品 」 と は 、 あ る 国 に お い て 、 権 利 者 又 は 権 利 者 か ら 正 当 に 許 諾 を 受 け た 者 の 承
諾 を 得 な い で あ る 物 品 か ら 直 接 又 は 間 接 に 作 成 さ れ た 複 製 物 で あ っ て 、当 該 物 品 の 複 製 物 の 作 成 が 、輸 入 国
に お い て 行 わ れ た と し た な ら ば 、 当 該 輸 入 国 の 法 令 上 、著 作 権 又 は 関 連 す る 権 利 の 侵 害 と な っ た で あ ろ う も
のをいう。」
- 12 -
利者の税関への申立て、②税関の押収、③国内裁判所への侵害訴訟というプロセスにおけ
る③の段階でのことである。
2005 年 7 月 13 日、ハーグ地裁は、Philips Electronics N.V. v Postech, Princo incorporated in
Taiwan, Republic of China, Princo Switzerland AG ケースにおいて前述の「製造フィクション」
を用い、台湾からスイスに向かう途中の Princo 製品がオランダの特許を侵害すると判断し
た。37
ハーグ地裁はさらに 2006 年 3 月 24 日、他の事件 38 において同様の判決をし、争点
を浮上させた。この争点につき、オランダ最高裁は、地裁の判断を支持し、以下のように
述べた。「問題の物資の侵害を判断するにあたり、その物資が再輸出されるかどうかは、
決定的な要素ではない。その物資がオランダにおいて製造されたとのフィクションを想定
して、権利者の権利が侵害されたか否かが判断されるべきである。」 39
侵害が申立てられた通過中の物資に対し税関は開放を停止できるかについて、その他の
EU 加盟国裁判所においては、概して当該物資が「EU 市場に置かれるか否か」を判断基準
として判断されている。
ベルギーにおいては、Philips が 2002 年 11 月 7 日、中国で製造され香港の運送業者によ
りアントワープ通過中の電気剃刀の意匠侵害に関し、アントワープの税関に申立てた。2002
年 11 月 13 日には、申立てが受理され、2002 年 12 月 11 日、Philips はアントワープ第一審
裁判所に侵害訴訟を提起した。この際、Philips は、税関で押収された剃刀は EU 規則 3295/94
(規則 1383/03 の前身)(6(2)(b)条)下で、ベルギーで製造されたとのフィクションのも
とに侵害が判断されるべき旨主張した。第一審裁判所は、欧州裁判所に先決判決を請求し
た(以下 Philips ケース)。アントワープ第一審裁判所が提起したのは以下のような設問で
ある。「EU 規則 3295/946(2)(b)条は、EU 加盟国の裁判所が訴訟において考慮しなければ
ならない統一された共同体法か。通過中の物資が知的財産権を侵害しているか否かを判断
するにあたり、加盟国裁判所は、その物資が域内を通過中であることを捨象し、当該加盟
国の知的財産法にもとづき判断すべきか」。 40
他方、イタリアにおいて、バリ地裁 は、2007 年 1 月 15 日、通過中の当該物資がイタリ
ア市場向けであることが立証されなかったとして、押収を行わなかった。これに対し、ジ
ェノバ知財裁判所は、2007 年 5 月、権利者が中国製商標侵害と申し立てた DVD について、
イタリア市場向けであることが立証されなくても税関は開放を停止することができると判
断した。スイス運送書類に「イタリア市場に仕向けられている」ことが記載されていたか
37
District Court of The Hague, Case 02/2947. 前 掲 注 25.
District Court of The Hague, Case B9 1837. 同 上 。
39
Philips Electronics N.V. v Furness Logistics Moerdijk B.V. 前 掲 注 25.
40
Opinion of Advocate General Cruz Villalón, 3 February 2011, Joined Cases C‑446/09, Koninklijke Philips
Electronics NV v Lucheng Meijing Industrial Company Ltd, Far East Sourcing Ltd, Röhlig Hong Kong Ltd and
Röhlig Belgium NV (Reference for a preliminary ruling from the Rechtbank van eerste aanleg te Antwerpen,
Belgium) and Case C‑495/09, Nokia Corporation v Her Majesty’s Commissioners of Revenue and Customs
(Reference for a preliminary ruling from the Court of Appeal of England and Wales, United Kingdom), para. 22.
38
- 13 -
らであった。
同様に、フランスでは
CPI パリ第一審裁判所が
2007 年 2 月 23 日、侵害が疑われる
当該製品がフランス市場に置かれるとの証明がない限り、権利者は権利行使できないと判
示した。英国においても、イングランド及びウェールズ控訴裁判所は 2008 年 2 月 5 日、
トルコからの Eli Lilly 医薬品に関する権利者の申立てに対し、EU 域内で市場に置かれる
との立証がないとして、押収めをおこなわなかった。 41
最近、2009 年 7 月 27 日、イングランド及びウェールズ高等裁判所 42 は、規則 1383/2003
下で、税関当局は、第三者が EU 市場に置くことの「直接的な証拠」がない限り通過中の
商標侵害品を、留置することはできないと判断した。申請者 Nokia はイングランド及びウ
ェールズ控訴裁判所に上訴したところ、同控訴裁判所は、欧州裁判所に、以下の問題に対
する先決判決を求めた(以下 Nokia ケース)。「共同体商標を使用する非共同体製品が EU
加盟国の税関を域外国から他の域外国に向かって通過する場合、この製品が EU 市場に置
かれるとの証拠がなくても、EU 規則 1383/2003 第 2 条(I)(a)にいう不正商品(counterfeit
goods)として、税関手続き下に、あるいは違法な横流しの手段として扱われるのか」。 43
②欧州 裁判 所判例
EU 加 盟 国 裁 判 所は 、 一 般 的に 、 「 域 内に 当 該 物 資が 置 か れ る蓋 然 性 が 立証 さ れ て い る
か否か」を基準に知的財産権侵害の疑いがある物資の通過に対する税関の介入の正当性を
判断してきた。その例は、インドやブラジルも言及する Class International である。 44
こ
の事件においては、Aquafresh 歯磨が南アフリカから輸入され、オランダ・ロッテルダムを
通過した際、権利者が商標侵害として開放停止を申し立てたケースである。欧州裁判所は、
商 標権 者 は こ れら の 物 資 につ き 、 「 取引 の 申 し 出あ る い は 販売 」 が あ り、 そ れ が 「EU 市
場に置かれる」(placed on the Community market)ことが確実な場合にのみ通過を阻止する
ことができると判示した。この歯磨の所有者は、物資が「輸入」されたのではないことを
強調した。
このケースで法務官は物資の域外通過中の手続(external transit procedure)について以下
のように説明した。第三国から共同体を通過して他の第三国に再輸出される物資は、「あ
たかも共同体市場には入っていないとの「法的なフィクション(legal fiction)」にもとづ
いて」欧州裁判所判例により扱われている。 45 また、Montex Holdings v Diesel 事件におい
て欧州裁判所は、「たとえ通過中の当該製品が EU 域外国において原告の商標を侵害して製
造されていても、第三者がその製品を「EU 市場に置く」ための行為があったことの直接
41
42
43
44
45
Eli Lilly v 8PM Chemist Ltd.
Nokia v UK Customs [2009] EWHC 1903 (Chancery Division).
Opinion of Advocate General Cruz Villalón, 3 February 2011, 前 掲 注 37, para. 29.
Case C-405/03, 18 October 2005.
Opinion, para.9
- 14 -
的な証拠を提示しない限り、当局は、当該製品を留置することはできない」と判示した 46 。
この DIESEL 婦人ズボンは、ポーランドで製造され、ドイツを通ってアイルランド(当時
EC 加盟国ではなかった)に輸出されるはずのものであった。EU の場合、「通過」は、加
盟国を通って運送されることを含む。アイルランドで DIESEL 商標は保護下になかった。
これに対し、以下の The Polo/Lauren Co v PT Dwindua Langgeng Patama International Freight
Forwarders(Polo Lauren ケース) 47 及び Rolex ケース 48 において、欧州裁判所は異なる立場
を採った。これらのケースで欧州裁判所は、規則 3295/94 下に、第三国から EU 加盟国を
通過して第三国に輸出される物資に対して、当該物資の税関は開放を停止することができ
ると解釈した。Polo Lauren 事件で、法務官は以下のように述べていた。EU 条約 133 条(共
通通商政策、現行 TFEU207 条)のもとで、域外通過をする非共同体物資は、域内市場にま
ったく効果を与えないわけではない。… これら物資は、EU 非加盟国から輸入され、他の
非加盟国に再輸出される間に、いくつかの加盟国領域を通過する。このとき侵害製品が域
内市場に持ち込まれる可能性があり、その場合は、域内市場に直接的な効果をもつことに
な る と い う リ ス ク が あ る 」 。 49
Rolex ケ ー ス に お い て 欧 州 裁 判 所 は 、 Polo
Lauren ケ ー
スを引用し、規則 3295/94 第1条は、EU の域外国から域外国に通過する物資に適用される
と解釈した。 50
③欧州 裁判 所の先 決判 決(2011 年 2 月 )
さきの Philips
(ベルギー) 及び Nokia ケース(英国)において、EU 加盟国裁判所が欧州
裁判所に先決判決を請求したことはすでにみたとおりである。判決は現在のところ下され
ていないが、2011 年 2 月 3 日法務官が意見を公表した。 51 この法務官見は、「Philips ケ
ース」と「 Nokia ケース」を比較し、さらに欧州裁判所判例 Class International/Montex 判断
と Polo
Lauren/Rolex 判断の対立理由を説明し、以下のような結論を提案した。
Philips の主張する「製造フィクション」は、知的財産権の領域性に馴染まない。 52 この
フィクションが「共同体法規の不在」を前提にしているなら規則 3295/94 の適用さえ排除
してしまうはずである。もし製造フィクションのもとで不正が疑われる製品が EU 市場に
置かれることが許容されないのであれば、それは EU 関 税法規の目的を超えるものである。
また、欧州裁判所の判例は、「製造フィクション」の正当性を支持していない。これらの
理由から、EU 規則 3295/94 の 6 条(2)(b)は、侵害が疑われる製品が加盟国において製造さ
46
C-281/05, 9 November 2006, [2006] E.C.R. I-10881. Trademarks Directive 89/104/EEC.
Case C-383/98, 6 April 2000 [2000]ECR I-2519
48
C-60/02 7 January 2004 [2004] E.C.R. I-00651.
49
Conclusions de l'Avocat Général M. Dámaso Ruiz-Jarabo Colomer présentées le 16 décembre 1999, Affaire
C-383/98 The Polo/Lauren Company c PT Dwidua Langgeng Pratama International Freight Forwarders, para. 34.
50
Criminal proceedings against X, Case C-60/02, 7 January 2004. Para. 54.E.C.R.[2004] I-00651.
51
Opinion of Advocate General Cruz Villalón,前 掲 注 39.
52
Case C-3/91 Exportur [1992] ECR I-5529, paragraph 12, and Case C-9/93 IHT Internationale Heiztechnik and
Danzinger [1994] ECR I-2789, paragraph 22 が 引 用 さ れ て い る 。
47
- 15 -
れたとのフィクションが適用されるような解釈は不適切である。
一方、税関は、どのような証拠があれば不正が疑われる通過物資を押収できるかにつき、
法務官は以下のように応えた。域外からの製品が EU 加盟国の税関を通過し、他の域外国
に向かう場合、この製品が EU 市場に置かれるとの証拠がなくても、侵害が疑われる十分
な根拠さえあれば、税関が物資を押収することは可能である。「開放の停止手続き
(suspensive procedure)」は、共同体関税規則 84 条にもとづき、第三国から第三国に輸出さ
れる通過物資、税関倉庫への留保、一時的な輸入等にも適用される。もし侵害の確実な証
拠がなければこの手続きが適用されないのであれば、EU 規則 1383/2003 は意味をなさなく
なる。同規則 2 条は、「疑い」が正当であるための基準を示している。通過物資が実際ど
の国 に 再輸 出さ れ るか を知 る こと は難 し く、 税関 は 、「 疑い ( suspicion)」 を 根拠 と し て
アクションをとることができる。 53
3.政 治的 合意へ の道
欧州委員会は、EU 規則 1383/2003 のもとで、知的財産権侵害の疑いのある通過中の物資
に対し、税関手続きが適用されることを TRIPS 協定あるいはパリ条約の違反ではないと主
張する。TRIPS 協定 51 条は、少なくとも著作権・隣接権及び商標権の侵害に関し、通過中
の物資に WTO 加盟国が TRIPS 協定上の税関手続を適用することを義務付ける。 従って、
通過中の物資に対して加盟国が水際措置を採る取締り権限を TRIPS 協定は認めている 54 。
さ らに 、 通 過 中の 物 資 が 、EU 領 域 にあ れ ば 、 それ に 対 し 、居 住 者 は 権利 行 使 を 行う こ と
ができる。特許権に関し、パリ条約 5 条の 3 は、特許権の侵害とならない場合として同盟
国の領域に一時的または偶発的に入る船舶のごく限られた一部、航空機または車両のごく
一 部 に 使 わ れ る 発 明 の 使 用 が 侵 害 と な ら な い 旨 規 定 す る 。 55
つまり、例外の範囲は非常
に狭く、領域に入る乗り物のその他の部分の発明のほとんどは侵害となりうる。
53
Paras. 108- 112.
平 成 18 年 法 律 改 正 (平 成 18 年 法 律 第 55 号 )解 説 書( 特 許 庁 HP よ り )侵 害 品 の「 通 過 」と し て は 、(a)外 国
か ら 到 着 し た 貨 物 が 単 に 我 が 国 の 領 域 を 通 過 す る 場 合 、(b)我 が 国 を 仕 向 地 と し な い 貨 物 が 荷 繰 り の 都 合 上 い
っ た ん 我 が 国 で 陸 揚 げ さ れ た 後 に 当 初 の 仕 向 地 に 向 け て 運 送 さ れ る 場 合 、(c)我 が 国 を 仕 向 地 と し て 保 税 地 域
に 置 か れ た 貨 物 が 必 要 に 応 じ 改 装 、 仕 分 け 等 が 行 わ れ た 後 、 通 関 さ れ る こ と な く 、我 が 国 を 積 み 出 し 国 と し
て外国に向けて送り出される場合等が考えられる。この点、上記⒞については、侵害品の通関は行われてい
ないものの、我が国を仕向国として陸揚げされていることから、我が国の領域内にあるものとして、我が国
産 業 財 産 権 法 の 効 力 が 及 び 得 る も の と 考 え ら れ る 。ま た 、陸 揚 げ さ れ 保 税 地 域 に お か れ た 侵 害 品 に つ い て 譲
渡 等 を 行 う こ と も 可 能 で あ り 、国 内 に お い て 生 産 さ れ た 侵 害 品 等 と 同 様 に 権 利 者 の 利 益 を 害 す る 蓋 然 性 が 高
いと考えられる。したがって、一般的に「通過」として考えられる行為のうち、我が国を仕向地として保税
地 域 に 置 か れ た 貨 物 を 通 関 す る こ と な く 外 国 に 送 り 出 す 行 為( 上 記 (c))は 、輸 出 に 該 当 す る と 考 え ら れ る 。」
55
パリ条約第 5 条の 3 特許権の侵害とならない場合
次のことは,各同盟国において,特許権者の権利を侵害するものとは認められない。
1 当 該 同 盟 国 の 領 水 に 他 の 同 盟 国 の 船 舶 が 一 時 的 に 又 は 偶 発 的 に 入 っ た 場 合 に 、そ の 船 舶 の 船 体 及 び 機
械 、船 具 、装 備 そ の 他 の 附 属 物 に 関 す る 当 該 特 許 権 者 の 特 許 の 対 象 で あ る 発 明 を そ の 船 舶 内 で 専 ら そ の
船舶の必要のために使用すること。
2 当 該 同 盟 国 に 他 の 同 盟 国 の 航 空 機 又 は 車 両 が 一 時 的 に 又 は 偶 発 的 に 入 っ た 場 合 に 、そ の 航 空 機 若 し く
は車両又はその附属物の構造又は機能に関する当該特許権者の特許の対象である発明を使用すること。
54
- 16 -
次に、必ずしも侵害の証拠がなくても、税関手続きが適用され得るとの見解は、上記
Philips 及び Nokia 法務官意見に詳細に述べられている。日本における通過物資に対する税
関の取締りは、①外国貿易船が我が国領海を単に通過する場合、②外国貿易船が我が国領
海において積替えを行う場合、③外国貿易船が接岸中であるが、陸揚げを予定していない
場合、④本邦に仮に陸揚げされた場合になされる。このうち①~③については、「侵害行
為が明らかであり、その事実認定が十分に可能である場合に限り、関税法上、トランジッ
ト罪の対象とし、取締り権限を及ぼすことが可能と考えることが妥当」であり、④につい
ては、「税関の取締りの対象とするとの整理で問題ない」との見解が、財務省関税局の関
税・外国為替等審議会関税分科会によって示されている。 56
その他、TRIPS 協定の規定との整合性について、EU は濫用及び貿易制限的な効果がな
いことを実証する必要があるだろう。TRIPS 協定上、これらの概念は定義されていない。
EU にとって、インドやブラジル等、新興国市場は重要である。この WTO 紛争が、EU
とこれら諸国との貿易や投資の障壁にならないよう、また医薬品アクセスの議論において
は 途上 国 の 非 難材 料 に な らな い よ う 、こ の 紛 争 の範 囲 が 拡 大し な い よ う、 EU は 努め て き
た。2010 年 11 月のインド・EU サミットにおいては、二国間の和解の方向性が示された。
効果的で濫用をともなわない知財保護と貿易の拡大を狙う、賢明な解決が望ましい。
56
「 知 的 財 産 権 侵 害 物 品 の 水 際 取 締 り に 関 す る ワ ー キ ン グ ル ー プ に お け る 審 議 内 容 の 報 告 」資 料 3、2 頁 。平
成 19 年 12 月 4 日 関 税 ・ 外 国 為 替 等 審 議 会 関 税 分 科 会 財 務 省 関 税 局 。
- 17 -
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