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ドイツ法における人の遺伝子診断法18条と保険加入

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ドイツ法における人の遺伝子診断法18条と保険加入
生命保険論集第 176 号
ドイツ法における人の遺伝子診断法18条と保険加入
―とくに告知義務について
清水 耕一
(海上保安大学校)
1.問題設定
2.保険に関する遺伝子診断法
3.遺伝子診断法18条による禁止の射程
4.むすびにかえて
1.問題設定
近年の遺伝子研究を通じて、発病につながる単一遺伝子の変異はハ
ンチントン舞踏病のような場合に限られ、たいていは複数の遺伝子変
異と生活環境の組み合わせにより発病の可能性があるということが分
かってきた1)。つまり、遺伝子変異により、病気が発生するのか、い
つ発生するのか、どのように発生するのか、あるいは、どのような前
提のもとで発生するのかについて、不確実であるといわれる2)。もっ
とも、保険加入の際のリスク審査の資料として、被保険者の遺伝子情
報は、絶対的な情報ではないかもしれないが、参考になる有用な情報
であることに変わりはない3)。現在の問題としては、遺伝子情報が病
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ドイツ法における人の遺伝子診断法18条と保険加入
気の発生等についての不確実な情報であるにもかかわらず、それによ
って、保険加入を希望する者が保険契約の加入の際に差別的に取り扱
われることである。
わが国では、保険加入の際における遺伝子情報の取り扱いをめぐっ
て、1980年代から90年代にかけて盛んに議論された。そこでは、保険
加入申込者(以下、保険契約者という)の自己決定権の保護に対して、
保険者の危険選択の利益、すなわち、情報の非対称性の解消と逆選択
の防止との対立が指摘されていた。しかし、その対立について、どの
ように解決するのか、あるいは、折り合いをつけるのかについて、立
法上の解決は図られなかった。
これに対して、ドイツでは、2009年7月31日に人の遺伝診断法(Gesetz
über genetische Untersuchungen bei Menschen (Gendiagnostikgesetz
- GenDG) 以下、
「遺伝子診断法」という)が成立し、2010年2月1日に
発効した。これにより、保険契約者の自己決定権のひとつである知ら
ないでいる権利の保護と保険者の危険選択の利益の保護との妥協が図
られたともいわれる4)。しかし、逆に、遺伝子診断法の導入により、
逆選択の危険性が高まり、
保険事故発生のリスクの低い人であっても、
より条件の悪い保険保護しか受けられなくなり、保険契約者の保護は
より悪い状況になったとの指摘もある5)。また、保険者は遺伝子情報
を請求、受領および利用してはいけないという不利益禁止の原則の意
義とその射程がどこまで及ぶのか、高額な保険契約では既に実施され
た遺伝子検査の結果の通知、受領や利用が認められるという例外の意
義と合理性、および、遺伝子検査をめぐる告知義務の範囲について、
保険会社の実務の運用を通じて不明確な点や議論を詰めなければなら
ない点がある。従って、遺伝子診断法の成立は、決して保険契約者の
権利と保険者の利益とが適切に折り合ったものとして解決されたわけ
ではないと思われる。
本稿では、ドイツの遺伝子診断法をめぐる議論を紹介して、保険契
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生命保険論集第 176 号
約者と保険者との妥当な解決のあり方を探り、わが国で立法する際、
あるいは、実務対応において参考となるように示唆を得ることを目的
とする。
注1)BT-Drucksache 16/10532 S.16.
2)Angie Geneger, NJW 2010 S. 113.
3)参考、瀬戸山科研・遺伝子情報のプライバシーと遺伝子差別
http://ksetoyama.com/gpgd2010/ 保険実務では、被保険者の病気の統計、
属性、生活やライフスタイルにかかわる様々な情報がリスク計算のデータと
して収集されている。もっとも、遺伝子情報自体はリスク審査の中で使われ
てはいないともいわれる。
4)Jürgen Prölss, in: Prölss/Martin VVG 28 Aufl., § 19 Rn. 14.
5)Julian Ziegler=Andreas Ziegler, ZVersWiss 2011 S. 29-53.既存の保険
契約者保護の規制よりも罰金が引き揚げられた点は契約者にとって唯一有利
な点とされる。
2.保険に関する遺伝子診断法
2.1.遺伝子診断法の目的
ドイツでは、個人情報保護に関する連邦データ保護法とは別に、遺
伝子情報を対象とする法律の制定を目指して、2000年3月に連邦議会
に「現代医療の法と倫理」審議会6)が設置された。そのほか、連邦議
会の技術評価室7)と国民倫理会議8)やOECDのような国際機関の影響も
あった9)。遺伝子診断法の立法者は、人の遺伝子研究の発展に鑑みて、
市民に遺伝子に関する情報の自己決定権の行使できる必要性を見出し
「人間の遺伝子の性質の検査に伴い起こり得る遺
た10)。その法目的は、
伝子差別の危険を防ぎ、かつ、個々の人間にとっての遺伝子検査の機
会を保証する」ことであり11)、同1条において、遺伝子の性質による
不利益からの保護のために、人間の尊厳と情報の自己決定権が保護さ
れることが保証されるべきであるとされる。この法により、遺伝子研
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ドイツ法における人の遺伝子診断法18条と保険加入
究が適切に行われるよう求められる。
2.2.保険に関する遺伝子診断法18条の内容
遺伝子情報は、社会的、倫理的および優生学上の差別につながる根
本的な危険を含む。保険の領域においても、特別に規制される。人間
の遺伝子を知り得ることについて、市民の人格権を適切に保護するた
めに特別な保護基準が必要であるとされる12)。それは、当該人の遺伝
子の性質に関する情報が、私的疾病保険と生命保険の加入困難や拒否
につながるといったような、不利益に使用され得るからである。
GenDG18条により、何人もその遺伝子の性質、あるいは、遺伝子検査も
しくは分析の実施・不実施により不利益を受けてはならないという一
般的な不利益禁止が具体化される13)。ただし、その例外も規定されて
いる。従って、本条の意義や射程については、不明確な点がある14)。
遺伝子診断法18条(保険契約の締結に関連した遺伝子上の調査と分
析)
1項:保険者は被保険者・保険契約者に保険契約の締結前も締結後も、
以下のことを禁ずる、
1号:遺伝子の検査または分析の実施を要求すること、あるいは、
2号:すでに行われた遺伝子の検査または分析の結果またはデータ
の通知を要求すること、あるいは、そのような結果またはデ
ータを受領または使用すること。
2文:1項1文2号は、生命保険、就労不能保険、不稼働保険およ
び介護保険には、保険金額が30万ユーロを超えるかまたは年
金額が3万ユーロを超えるときには、適用されない。
2項;保険契約法19条から22条及び47条[いわゆる情報義務]が適用
できる場合に限り、過去の病気(Vorerkrankungen)及び現在の病気
は告知しなければならない。
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生命保険論集第 176 号
GenDG18条1項1文1号により、保険者は保険契約締結前にも、後に
も、遺伝子検査もしくは分析の実施を要求してはならないとして、広
範囲な禁止を定める15)。同2号により、保険者はすでに実施された遺
伝子検査の結果やデータを要求してはならないし、受領あるいは使用
してはならない。同様に、遺伝子分析と分析結果にも適用される。
同2文により、同1文2号の禁止は、保険金額30万ユーロ(約3500
万円)あるいは年金額3万ユーロ(約350万円)を高額な保険契約である
として、保険者に遺伝子検査と分析に関する結果を使用することを認
める16)。もっともこの金額の評価については、社会保険との関係が重
要であるとされる17)。なお、この点については別稿で改めて考察する。
GenDG18条2項は、保険契約者が現在の病気と過去の病気に関する
情報(ドイツ保険契約法-(VVG) 19条(告知義務)
、同20条(保険契約
者の代理人の告知等)
、
同21条
(告知義務違反による保険者の解除権等)
、
同22条(悪意欺罔による保険者の解除権)
、同47条(被保険者の告知)
)
を提供しなければならないことを規定する18)。もっとも、この規定の
射程はGenDG18条1項1文の禁止原則との関係において明確ではない。
2.3.遺伝子診断法18条の適用領域
GenDG18条の意義や射程を明らかにするために、
その適用領域につい
て、学説の状況を整理する。
GenDG18条は、遺伝子診断法の「保険の領域」の章に規定されてい
る。この規定自体は、その見出しと文言により保険契約締結前後の時
間を意味する。それとともに、私保険と非社会保険を意味することが
認められる。これに対して、社会保険は契約の締結により成立しない
ので、社会保険は本規定には含まれないことを示す19)。
そして、遺伝子診断法が私法上の保険業の概念を示さなかった点に
ついて、クルーガー(Kröger)は、保険者の概念を定義づけていないの
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ドイツ法における人の遺伝子診断法18条と保険加入
で、適用領域が不明確と指摘するが20)、プレーベ(Präve)は、ドイツ基
本法74条1項11号により定められた保険業の概念(経済的権利のひと
つとしての私法上の保険業)は、私法上の契約によりリスクを付保し、
保険料を保険契約者の収入にではなく、原則的に個々のリスクに向け
られ、金銭の填補という金融システムに基づいて保険事故の場合に契
約により約定された給付をする他の保険会社との競争の中にある保険
会社に照準を当てる21)。この憲法上の分類が決定的とは理解されなく
ても、遺伝子診断法は単に私法上の保険制度の性質に焦点を当てると
いうことが、具体的に説明される。そこから、他の基準は重要ではな
いということになる。
さらに、保険関係が契約上根拠づけられるか、若しくは根拠づけら
れるべきであるかが、決定的であるという22)。契約締結義務がある限
り、契約締結も必然なので、適用領域から外れる。逆に、契約の取り
決めがなされる限り、
自動車責任保険のような強制保険であろうとも、
私的な介護保険であろうとも、私的な疾病保険であろうとも、GenDG18
条が適用され得る。結局、法律上締結を強制されている場合であって
も、保険申込者にとって遺伝子検査による不利益を防止するという高
い保護の必要性があれば、GenDG18条の適用領域に含められる。これに
対して、保険申込者が完全には自律的に保険契約を締結するか否かの
判断が委ねられなかった場合には、
GenDG18条よりも高い保護を受けら
れるので、GenDG 18条を適用する必要がない。
2.4.遺伝子診断法18条と同4条との関係
保険の領域での遺伝子検査を定めたGenDG18条の意義や射程を明ら
かにするために、
一般的な不利益禁止を定めたGenDG4条との関係につ
いて学説の状況を整理する。
遺伝子診断法4条(不利益の禁止)は、以下のとおりである。
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生命保険論集第 176 号
1項:何人も自己または遺伝的血縁のある者の遺伝子上の性質により、
自己または遺伝的血縁のある者の遺伝子検査または分析の実施又は
不実施により、
あるいは、
そのような検査または分析の結果により、
不利益を受けてはならない。
2項:不利益禁止の有効性またはほかの規定と原則による平等取り扱
いの命令は、本法による影響を受けない。これは、一定の人的集団
を保護するための公法上の規則にも適用される。
プレーベは以下のように述べる23)。立法者がGenDG 18条の規定を放
棄し、かつ、法律の適用領域をさらに制限しなかったならば、同4条
は保険の分野にも直接意味をもったであろう。しかし、逆に、GenDG18
条の創設により同4条の規定が廃止されたことを意味しないはずであ
る。GenDG18条は単にデータの調査・徴収についての保険者の権利を制
限したに過ぎないともいえる。これは、追加的にGenDG4条を超えた制
限になることを意味しうるし(拡大説)
、あるいは、単に同4条の不利
益禁止の具体化を意味しうる(具体化説)。
GenDG21条の労働法の規定が
(雇用者が、雇用、昇進、解雇等に際し、被雇用者に対し、遺伝的性
質を理由に不利益を生じさせることは許されない。
)
、同4条の不利益
禁止の具体化であることによれば、後者の具体化説が同4条の立法趣
旨に近いように思われる。もっとも、
「具体化」も一般原則に立ち戻る
ことを始めから排除しないので、とりわけ、GenDG18条が「広範囲に」
遺伝子検査の結果の使用を禁止することが明確に示されているので、
争点となっている。
プレーベは、保険の分野では、いずれの場合でも、法領域の異なる
労働法上の規定の枠組みからは決定的なことは引きだすことができな
いという24)。その結果、それぞれの規制の対象について判断されるこ
とになる。保険の分野では、遺伝子検査若しくは分析の広範囲な禁止
が存在する。この禁止により、
「不利益」が行われないことがある程度
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ドイツ法における人の遺伝子診断法18条と保険加入
予防的に確保されるはずである。検査禁止が不利益排除についての可
能な限り強力な介入を表すので、
その限りでGenDG4条は他の意味を持
ちえない。ただし、GenDG4条は、同18条が焦点を当てている遺伝子検
査若しくは分析の実施若しくは不実施による不利益を禁止するだけで
なく、本人であろうと遺伝的つながりのある親族であろうとも遺伝子
の性質による根本的な不利益の禁止を示す。GenDG18条2項では、被保
険者の遺伝に起因する病気だけでなく、遺伝的に関係のある親族の病
気(家族の病歴)に関しても、申込書の中で家族の病気に関する質問
はなお認められるかという点について明確に定められていないので議
論がある25)。しかし、対応するデータの徴収禁止により、実際上GenDG18
条1項1文が適用される余地がないので、この目的は達せられる。
しかし、GenDG 18条の禁止という原則に対する例外によって、同18
条が堅固な規則ではないという評価も生じる26)。GenDG18条1項2文に
よる高額保険契約の場合、すでに実施された遺伝子検査もしくは分析
結果・データの通知、受領および使用が認められる。被保険者が検査
の結果についての明確な認識をおそらく持っているので、
「知らないで
いる権利」は、この場合には始めから保護されない。GenDG18条2項に
より手つかずのままにされた、過去の病気と現在の病気の告知義務に
ついても同様である。重要な考慮要素は結果的に被保険者の排除につ
ながるということが確認できる。従って、GenDG18条1項2文と2項に
関して、同4条は有意義に機能する。これに対して、GenDG18条1項1
文の特別規定は同4条の一般規定に優先する。それでは、どのような
前提のもとで、主にGenDG4条の意味での不利益が生じるのか、明確に
する必要性が残されている。
プレーベはGenDG4条の射程について以下のように述べる27)。一般的
な不利益禁止は絶対的なものとして理解され得る。いわゆる、遺伝子
の性質若しくは遺伝子検査の実施又は不実施は、区別の基準を作って
はならない。とはいえ、このような区別の基準の性質若しくは事実は
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生命保険論集第 176 号
始めからはっきりしていなかったであろう。絶対的な区別の禁止は、
平等ではなく不平等が見出される平等取り扱いをも強制することにな
るであろう。それにより、GenDG4条を含む不利益禁止は正反対に曲解
されるであろう。結局、GenDG4条が多義的であるので、18条1項1文
の禁止は明確化の機能を果している。その限りにおいて、人間は、
「単
なる遺伝子上の性質」で割引かれてはならないという遺伝子診断法の
目的に関係づけることができる。さらに、性差、障害(遺伝子に起因
す る )、 性の 同 一 性 とい う 区 別 の基 準 に つ いて は 、 平 等取 扱 法
(Allgemeines Gleichbehandlungsgesetz -AGG)の中に特別な法律上の
規定が存在する。そこでは、保険についてもリスク評価に関して排除
してはならないとされる。そして、遺伝子診断法は、平等取扱法の規
則の適用を妨げないという状況を考慮する。この意味するところは、
この遺伝子に条件づけられた要素には、遺伝子診断法と同4条も重要
ではなく、平等取扱法と保険分野についてAGG20条2項が重要である28)。
それにより、私法上の保険の場合、保険料と保険給付に関して区別が
認められる。対応するリスク評価の正当化のためには、有意義で正確
な保険数学上で統計上のデータ(性の場合)
、もしくは、リスクに適切
な計算の認められた原則(障害者あるいは性同一性の場合)が決定的
に重要である。医学的な知識も、ここで考慮することができる。特に
重要なのは、平等取扱法により被保険者の利益にも必要な差異が、個
別のリスクに応じてなされ得ることである。この差異は、私法上の保
険の根本原則に属する。ここでは、保険の分野に残されるGenDG4条の
適用領域の中に関係づけることができる。
GenDG18条1項2文と2項と
いう不利益禁止の例外の場合、遺伝子検査あるいは分析を可能な限り
考慮に入れることが、AGG20条2項による原則に方向づけられる。この
前提のもとでのみ、不利益は排除される。逆に、これに基づいて、正
当な区別が行われ得る。統計データも医学的知識も必要なリスク評価
に基づいて考慮に入れることができる。そのような基礎に基づかない
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差異は、不当として、かつ、GenDG4条1項の不利益として評価できる29)。
この考えによれば、
GenDG18条1項1文は同4条の明確化という機能
を果たしているとしても、同1項2文や2項という高額保険契約と告
知義務という例外事項によって、
AGG20条2項に方向づけられた逆選択
を防止するためという目的により、無制限に遺伝子検査が実施される
ことにつながる可能性がある。しかし、遺伝子変異により、病気が発
生するのか、いつ発生するのか、どのように発生するのか、あるいは、
どのような前提のもとで発生するのかについて、不確実であれば、リ
スク計算にとって適切と認められたわけではない情報に基づくリスク
審査につながるので、無制限な遺伝子検査の実施は認められないこと
になるのではないかとも考えられる。
GenDG4条との関係において同18
条の意義や射程を測ることには、不明確な点が残る。そこで、次に
GenDG18条自体に制限的な要素があるのかについて、
学説の状況を整理
する。
注6)Enqute-Kommision Recht und Ethik in der modernen Medizin des 14.
Deutschen Bundestages
7)Büro für Technikfolgenabschätzung des Deutschen Bundestages
8)National Ethikrat
9)なお、1990年代以降、保険法の分野においても遺伝子上の扱いをめぐり、
議論されてきた。Jürgen Prölss, in: Prölss/Martin VVG 27 Aufl., §§ 16,
17.に従来の議論の状況が紹介されている。
10)BT-Drucksache 16/10532 S.2, 16.
11)BT-Drucksache 16/10532 S.2, 16.
12)BT-Drucksache 16/10532 S. 16.
13)BT-Drucksache 16/10532 S,36.
14)GDV, Stellungnahme zum Regierungsentwurf eines Gesetzes über genetische
Untersuchungen beim Menschen (Gendiagnostikgesetz – GenDG) S. 1. in: www
gdv.de人の遺伝子の研究という予測できないさらなる発展に関して、法律が
定期的に評価され、場合によっては新しい見地に適合されるという規定が、
定められるべきであった。
15)BT-Drucksache 16/10532 S.36.
16)BT-Drucksache 16/10532 S.36.
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生命保険論集第 176 号
17)参照、瀬戸山科研・遺伝子情報のプライバシーと遺伝子差別
http://ksetoyama.com/gpgd2010/ Schwintowski教授、Pohlmann教授、ドイツ
保険契約者・被保険者団体およびドイツ保険事業者団体へのインタビュー。
18)BT-Drucksache 16/10532 S,36.
19)Peter Präve, VersR 2009 S. 857;参照、BT-Drucksache 16/10532 S.36.
20)Sebastian Kröger, MedR 2010 S.752.
21)Peter Präve, a.a.O., S. 857.
22)Peter Präve, a.a.O., S. 857; Sebastian Kröger, a.a.O., S.752.
23)Peter Präve, a.a.O., S. 858.
24)Peter Präve, a.a.O., S. 858.
25)Christian Armbrüster, VW 2010 S. 1309によれば、申込書には、原則的に
遺伝子検査の結果を尋ねてはならないし、遺伝子検査の実施(かつ、申込者
のそれに応じた同意)を定めてはならない。これは、同法18条1項1文の要
求と受領禁止から生じる。遺伝的性質により個々人が不平等に扱われること
を防ぐという予測的遺伝子検査の禁止目的を思い浮かべるとき、これはそも
そも本質的には正確性に欠ける家族の病歴に適用されなければならないとい
う。さらに付け加えると、純粋な病気の基質=単なる遺伝子の配列・変異は、
過去の病気や現在の病気と違い、開示を義務付けられない。もっとも、遺伝
子の変異と病気との区別は簡単ではないという。なお、わが国の保険実務で
は、かつて、告知書において家族の病歴を尋ねていたが、被保険者自身の健
康状態とは異なる情報であることから、正確性に欠ける情報として現在では
告知事項とはなっていない。
26)Sebastian Kröger, a.a.O., S. 754; Peter Präve, a.a.O., S. 858.
27)Peter Präve, a.a.O., S.859.
28)AGG20条2項;性による異なる扱いは、私保険の分野における保険料や保険
給付の際、有意味で正確な保険数学上及び統計上のデータに基づくリスク評
価について決定的な要素である場合にのみ認められる。妊娠と母性に関連す
る費用は、異なる保険料や保険給付につながってはならない。宗教、身体障
害者、年齢あるいは性の同一性による異なる扱いは、私保険の場合、統計上
のデータで保険数学上検討されたリスクに対応して計算された定評ある原則
に基づく限り認められる。
29)Peter Präve, a.a.O., S.859.
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ドイツ法における人の遺伝子診断法18条と保険加入
3.遺伝子診断法18条による禁止の射程
3.1.遺伝子診断法18条1項1文1号・2号
立法理由には、以下のように説明されている30)。保険の分野では、
GenDG18条1項1文1号により、
保険者は保険契約締結前にも、
後にも、
遺伝子検査もしくは分析の実施を要求してはならない。それにより、
広範囲な禁止が定められる。なお、遺伝子検査の概念として、現在で
はコレストロールを測るものなどもあるが、責任ある医者が一定の遺
伝上の性質についての明確な問題設定のなされた実験室での研究
(Laboruntersuchung)が必要であるとの指摘がある31)。
同2号により、保険者はすでに実施された遺伝子検査の結果やデー
タを要求してはならないし、受領あるいは使用してはならない。同様
に、遺伝子分析と分析結果にも適用される。同規定は、私的疾病保険
と生命保険の加入が遺伝上の性質によって困難となるか拒否されない
ように保障する。保険加入者は、遺伝子検査からの結果というような
高度に敏感なデータを公表されてはならない。まさに、保険加入者は
遺伝子検査の実施を強制されてはならない。契約締結後、結果の受領
を禁止することは、規制の潜脱を防ぐ。クルーガーによれば、データ
が偶然獲得されるか当該保険申込者がデータを自発的に担当者に渡す
ときには、確かに連邦データ保護法(Bundesdatenschutzgesetz -BDSG)
3条3項の意味での徴収には当たらないが、
GenDG18条1項2号により
禁止された受領に当たるという32)。というのは、BDSG3条3項とは逆に、
GenDG 18 Abs.1 Satz 1 Nr.2については、主観的な要素は重要ではな
いからであるという。これに対して、ドイツ保険事業者協会総連合会
(Gesamtverband der Deutschen Versicherungswirtschaft e.V. – GDV)
という保険実務にかかわる立場によれば、保険会社のポストに単に到
達することは、
規定の意味での受領には当たらないという。
すなわち、
それは、保険会社による事後の使用の意図が重要であるという33)。な
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生命保険論集第 176 号
お、アルムブリュースター(Armbrüster)は、保険契約者の指示に基づ
く遺伝子テストの受領と使用を禁止すべきではないという34)。
そのほか、契約締結のときには遺伝子検査は考慮されずにいること
ができるであろうが、契約締結後一定期間に保険料をより引き下げる
有利な条件が提示されうるかもしれない。これは、検査させる圧力を
生じるかもしれないので、禁じられるべきである。本規定は、その意
義と目的により、一定の遺伝子検査を行ったことがあるのかという質
問も禁止する。というのは、ある人が一定の検査を実施したという事
実が、リスク審査の中で重要であり、契約締結の拒否につながり得る
かもしれないからである35)。これは規制を無力化してしまうであろう
から、認められない。
3.2.遺伝子診断法18条1項2文(高額保険契約)
GenDG18条1項1文による広範囲な禁止には例外がある36)。GenDG18
条1項2文により、
同1文2号の禁止は、
高額保険契約には及ばない。
立法理由によれば、この規定は、保険計算群団の負担で個々の保険契
約者・被保険者の経済的利益を図ることを防ぐはずである。同2文で
明確に規律された例外だけが、保険者に遺伝子検査と分析に関する結
果を使用することを認める。これらの結果は他の目的に使われてはな
らない。これは1文に定められている禁止から直接発生する。定めら
れた金額は、原則的に国民倫理会議37)の立場に合致して、2004年に表
明されたドイツ保険事業者協会総連合会の加盟会社の任意の告知
(freiwillige Selbstverpflichtungserklärung)に方向づけられる。な
お、新法の導入により、ドイツ保険事業者協会総連合会はこの将来の
病気の素因についての予測的遺伝子診断の実施を放棄した38)。
高額保険契約の場合、保険者は遺伝子検査あるいは分析の実施を要
求してはならない。しかし、保険者は、既に実施された遺伝子検査と
分析からの結果とデータの通知を要求してよく、もしくは、その結果
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ドイツ法における人の遺伝子診断法18条と保険加入
とデータを受領および使用してよい。これは、GenDG18条1項2文によ
り法律で明示されている就業不能保険、稼得不能保険及び介護保険を
含む生命保険に適用される。逆選択の危険が特に高く、保険契約者の
保護の必要性が少ないと評価できるという背景がある。すなわち、保
険者若しくは被保険者団体の負担となる、被保険者だけが知っている
という濫用の危険が存在する。そこには、個々の被保険者の保護に値
する利益とは対立しない。
保険者側の実務的な懸念として、30万ユーロを超える保険給付金額
もしくは3万ユーロを超える年金給付金額の規定に関して、契約締結
時点では確定できない剰余金の配当などの動的変化の可能性は考慮さ
れていない点、あるいは、個々の契約の保険金額の総計も考慮すべき
点があげられる。とりわけ、実務上懸念されているのは、諸契約の継
ぎ合わせにより保険金額の制限を回避することである。実務上重要な
ことは、時間的に近接している同じ種類の保険契約の締結が問題とな
る。ドイツ保険事業者協会総連合会によれば、安易な脱法の可能性を
避けるため、遺伝子検査の結果を要求、受領あるいは使用してはいけ
ない保険金額が、付保された人のために締結されかつ申し込まれた保
険契約に総合的に関係づけられることを明確にされるべきであったと
いう39)。
これに対して、保険契約者・被保険者団体は、高額保険契約の金額
の設定について、線引きの根拠が示されていないこと、及び、大原則
の禁止が、一定給付額により例外が認められるのかという合理的な理
由はないことを指摘する。保険計算群団の負担の回避ということだけ
では合理的な理由とならないとする40)。なお、高額保険契約の問題は、
社会保険制度と関連するので、改めて別稿にて考察する。
3.3.遺伝子診断法18条2項(告知義務)
GenDG18条2項は、
保険契約者が現在の病気と過去の病気に関する情
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報41)を提供しなければならないことを規定する42)。本稿では、VVG19
条の告知義務に焦点を当てる。
告知義務が課せられることに変わりがないことを規定している
GenDG18条2項について、要求禁止、利用禁止及び受領禁止原則との内
容上の射程という基本的問題を検討しなければならない。遺伝子検査
には、既に発生している病気や健康障害の解明を目的とする「診断上
の(diagnostische)遺伝子検査」
(GenDG3条7a号)
、および、将来的に
発生する病気や健康障害の解明、あるいは、子孫の病気や健康障害の
素因の解明を目的とする「予測的(prädiktive)遺伝子検査」
(GenDG3
条8号)とがある。告知義務の範囲がどこまで及ぶのかが問題となっ
ているが、
GenDG18条には遺伝子検査の内容について何ら明確には規定
されていない。
GenDG18条2項とVVG19条1項1文による告知義務の関係について、
クルーガーは、以下のように述べる43)。GenDG18条2項は単に保険契約
法の一般的な義務の状況を示しているという考察は、過小な見積りで
ある。そのような推定は、保険契約法の告知義務の規定がGenDG18条2
項の規定なしに適用できるから、同18条2項が単に明確化機能をもつ
にすぎないということに通じるであろう。しかし、VVG19条1項1文は
保険者に対して、
その状況がまだ病気の段階に至っていない健康障害、
故障及び障害について質問することを認めるのに対して、
GenDG18条2
項は、遺伝子変異に関して明らかにされた病気に関してのみ質問を許
すものである。従って、その限りにおいて、GenDG18条2項はVVG19条
1項1文の保険者の質問権を制限するという。
そもそも、VVG19条の告知義務の規定そのものには、保険者の質問権
を制限する要素があるのだろうか。判例には、当該質問がリスク評価
にとって重要であるか不明である場合であっても、保険者が判断する
ことであって、客観的に重要であるか否かは問わないとして、内在す
る制限はないといえるような判断を下したものがある44)。しかし、保
―79―
ドイツ法における人の遺伝子診断法18条と保険加入
険数学上のリスク計算にも基づかず、保険契約者・被保険者の知らな
いでいる権利の保護をまったく考慮しない趣旨であれば、この判決は
一方的に契約者側の不当な不利益を招くため、その射程は厳しく制限
されるであろう。私見においても、他の法規範との関係から、保険者
の質問権は制限されると考えられる。
次に、告知義務の範囲がどこまで及ぶのかについて、立法理由によ
「診断上の遺伝子検査」が行われた場合、
れば45)、当該病気について、
病気に関して情報提供されなければならないという(告知義務の対象
となる)
。既に病気が発病しているか、過去に発病していた限り、被保
険者にとって既知のことであるので、
「知らないでいる権利」は保護さ
れる必要がない。その限りにおいて、保険契約法により定められた情
報提供義務(告知義務)が課せられる。すべてのリスクに重要な状況
に関する情報が与えられなければならないことになる。契約締結の際
にリスク審査をする中で重要な健康上の考慮でもある。これは、将来
の可能性を示す「予測的遺伝子検査」の実施とは本質的には異なると
いう。このように、条文には定められていないが、立法理由では、
GenDG18条の禁止の射程は、
「予測的遺伝子検査」のみに限定されるこ
とが示された。すなわち、予測的遺伝子検査の場合には告知義務はな
いが、診断上の遺伝子検査の場合には告知義務が発生する。本立法に
より、保険契約者の自己決定に関する権利と情報の均衡化という保険
者の利益との間の適切な妥協が図られたという。
ところで、「予測的遺伝子検査」のみが、政策的に禁止の対象とな
っている理由について、アルムブリュースターは、保険契約者の知ら
ないでいる権利を鑑みて、保険者に対する情報の優位性にはならない
「予測的遺伝子検査」の結果は、
からであると指摘する46)。すなわち、
単なる遺伝子の性質であって、病気とは同列化され得ず、確実に病気
の発生につながるわけではないので、情報としての精度が低いことか
「診断上の遺伝
ら情報の非対称性とならないという47)。これに対して、
―80―
生命保険論集第 176 号
子検査」は、既に発病している確実にリスクの発生につながる原因を
診断するものであるため、保険契約者に薬では治療できない病気診断
の高い必要性や契約者側にとって有利なリスクを示すことができると
いう。これは、契約者側にとって既知であり、それを保護する必要も
ないことになる。
本法の制定後の判例は現在のところ存在しないが、
従来の判例では、
疾病保険に関するビーレフェルド地方裁判所(LG Bielefeld)2007年2
月14日判決48)は、遺伝子変異が遺伝子検査とは異なる方法、例えば血
液検査によって確定し得るか、確定したとしても、検査結果はリスク
審査の際に活用されてはならないと判示した。しかし、この判決は、
ハム高等裁判所(OLG Hamm)2007年11月21日49)によって廃棄されたとも
いわれる50)。遺伝子変異に関する予測的遺伝子検査から得られた検査
結果のみが、利用禁止に服するという。立法理由はハム高等裁判所の
判例に沿ったものと位置づけられる51)。
ドイツ保険事業者協会総連合会によれば52)、契約締結の際の保険会
社と保険契約者との間の情報の対称性は、機能的な保険市場の重要な
前提であるにもかかわらず、18条による遺伝子検査の要求、受領およ
び使用の広範な禁止は、中長期的にドイツにおける保険商品の範囲を
狭め、価格的な魅力を失わせると指摘する。この否定的な効果を限定
的にするため、遺伝子検査の要求、受領および使用の広範な禁止は「予
測的遺伝子検査」の禁止に制限されるということを少なくとも明確に
するべきであったとする。それにより、告知義務の一部を制限するこ
とになる。つまり、GenDG18条1項で定められた保険金額以下の保険契
約について、保険契約者だけが遺伝子検査により危険の状況を知って
いるということが起こる。これは、契約締結に際して、保険契約者と
保険者との情報の対称性が存在しなければならないという自由な私保
険の原則を侵害することにつながる。保険会社には遺伝子検査の領域
について高いリスクには高い保険料によって、あるいは、免責条項に
―81―
ドイツ法における人の遺伝子診断法18条と保険加入
よって、収支を相等するということができないということになれば、
保険契約者・被保険者団体の保護という保険監督法上の義務を果たす
ことができなくなる。そのような保険の原則に反する結果、すべての
被保険者の保険料が上昇し、一定の保険保護がもはや提供できなくな
る53)。それゆえ、ドイツ保険事業者協会総連合会は、自己決定権・知
らないでいる権利が、私保険の機能を破壊することを根拠づけている
ことに対して疑問を呈し、情報の対称性よりも知らないでいる権利を
優先した立法者を批判する。そこで、立法に対して次の意見を表明し
ている。A)既に知っている危険の状況は知らせるべきであるが、まだ
遺伝子検査を実施していない人に対して、検査の実施を要求する必要
はない。その点、GenDG18条1項1文1号は正当である。B)既に実施さ
れた検査結果については、知らないでいる権利を侵害することにはな
らない。自己決定権・知らないでいる権利が、情報の対称性を制限す
る正当化事由はない。
プルルス(Prölss)はさらに、GenDG18条2項の文言上、単に発病前
と発病にかかわることを告知しなければならないと規定していること
を重く見て、同1項の遺伝子検査の禁止によっても、現在の病気と過
去の病気を告知しなければならないことに変わりはないという無制限
説を主張する54)。
こ れ に 対 し て 、 ド イ ツ 保 険 契 約 者 ・ 被 保 険 者 団 体 (Bund der
Versicherten - BdV)によれば、
「予測的遺伝子検査」と「診断上の遺
伝子検査」との移行・過程は、大抵流動的であることから、明確な分
離が行われ得ないので、
すべての遺伝子検査を禁止することを求める。
つまり、ドイツ保険契約者・被保険者団体は、被保険者の権利を有効
に守るために、保険者によるいかなる種類の遺伝子検査と分析につい
ての請求、受領、公表および使用の法的な完全禁止、および、血族に
も禁止が及ぶことを明確に規定することを求める。さらに、リスク選
択という目的は、
遺伝子検査の実施を正当化するわけではないとして、
―82―
生命保険論集第 176 号
申込者の人格権の保護のため病気の予測の徴収と利用を排除する規制
が、非遺伝子検査の結果にも拡大されることを要請する。1条1項1
文の不利益禁止原則がすべてに優先する考え方であり、遺伝子診断の
情報は、一切告知義務の対象とはならないとしている55)。
ところで、プレーベは、このような「予測的遺伝子検査」の重要性
が従来より薄れてきていることを考慮すべきという 56) 。立法者が
GenDG18条1項1文で禁止を強調したこのようなデータの高いセンシ
ビリティが決定的に重要であるという。
GenDG18条2項の病気と近い将
来あるいは遠い将来に実際の病気につながる単なる兆候との線引きも
難しい問題である57)。そのため、不確実な情報により差別が助長され
ることを防ぐ必要がある。従って、保険者は予測的遺伝子検査であろ
うとも、診断上の遺伝子検査であろうとも実施を要求できない。すな
わち、保険契約者の知っている危険の状況のみが公開されるべきであ
る。この枠内で、逆選択による保険契約の履行可能性の確保の困難化
を防ぐため、
保険者に対して開示義務が存在する。
その限りにおいて、
知らないでいる権利は配慮されている。
さらに、アルムブリュースターは、予測的遺伝子検査と診断的遺伝
子検査とを分けることは簡単ではなく、
GenDG18条2項による病気の存
在という文脈での区別は未確定であることを前提にして、以下のよう
に述べる58)。1項の禁止をこの理由から広く、すなわち、原則的に診
断上の遺伝子検査にも及ぶと理解するならば(発病している原因を検
査する診断的遺伝子検査についてその結果を利用してはならないとい
う厳格な立場)
、
実施された遺伝子検査に関連する質問をしていない病
気以外の病気(質問した病気以外の他の病気を示唆する)について遺
伝子検査結果の利用をも保険者に禁止するかという問題となる。ここ
で注目すべきは、保険者はリスクに関係する質問に対する回答を他の
問い合わせのための機会として利用してもよい。いずれの場合でも、
そのような保険者の問い合わせが、遺伝子の性質に関する情報がきっ
―83―
ドイツ法における人の遺伝子診断法18条と保険加入
かけとなる場合でも許されなければならない。というのは、保険者に
知られている過去の病気や現在の病気に関して、法は、保険契約者に
黙秘権を認めないからである。要するに、同2項について、告知の必
要性は、当該病気が遺伝子検査により診断された場合であっても、告
知義務が発生する。例えば、リスクの発生が確実な遺伝子検査の情報
(例、ハンチントン舞踏病)について、告知義務があるとしている。
注30)BT-Drucksache 16/10532 S.36.
31)Christian Armbrüster, a.a.O., S.1309.
32)Sebastian Kröger, a.a.O., S.752.
33)GDV, Ergänzung der Stellungnahme des GDV zum Regierungsentwurf eines
Gesetzes
über
genetische
Untersuchungen
beim
Menschen
(Gendiagnostikgesetz – GenDG) S. 1. in: www gdv.de
34)Christian Armbrüster, a.a.O., S. 1310; Peter Präve, a.a.O., S.860.
35)Julian Ziegler=Andreas Ziegler, a.a.O., S.32.契約者の健康状態の逆推
論につながり、リスク検査の中での知識として使われる。
36)BT-Drucksache 16/10532 S.36.
37)Nationalen Ethikrate保険締結の際の予測的健康情報、ベルリン2007年。
38)遺伝子診断法制定により、ドイツ保険事業者協会総連合会で実施されてき
た「自発的な告知制度」は、もはや実施することができなくなった。
39)GDV, Stellungnahme zum Regierungsentwurf eines Gesetzes über genetische
Untersuchungen beim Menschen (Gendiagnostikgesetz – GenDG) S. 1. in: www
gdv.de
40)Stellungnahme des Bundes der Versicherten e.V. (BdV) zum Gesetzentwurf
der Fraktion BÜNDNIS 90/Die GRÜNEN „Entwurf einens Gesetzes über
genetische Untersuchungen bei Menschen (Gendiagnostikgesetz –
GenDG)“ BT-Drs. 16/3233(2007)S.2.
41)VVG 19条(告知義務)
、VVG 20条(保険契約者の代理人の告知等)
、VVG 21
条(告知義務違反による保険者の解除権等)
、VVG 22条(悪意欺罔による保険
者の解除権)
、VVG 47条(被保険者の告知)
。
42)BT-Drucksache 16/10532 S.36.
43)Sebastian Kröger, a.a.O., S.754.
44)BGH VersR 1994 S.711, VersR 2000 S.1486.
45)BT-Drucksache 16/10532 S.36.
46)Christian Armbrüster, a.a.O., S.1309.
47)参照、Christian Armbrüster, a.a.O., S.1309; Peter Präve, a.a.O., S.861;
―84―
生命保険論集第 176 号
Angie Geneger, a.a.O., S.113.
48)VersR 2007 S.636.
49)VersR 2008 S.773.
50)参照、Jürgen Prölss, a.a.O., 28 Aufl., § 19 Rn.14.
51)Ansgar Staudinger / Bernhard Kalis, in: Bach / Moser Private
Krankenversicherung 4. Aufl., § 192 VVG und Sauer, MB / KK Nach § 2
Rn. 51.
52)GDV, Stellungnahme zum Regierungsentwurf eines Gesetzes über GenDG S.
1. in: www gdv.de
53)Sebastian Kröger, a.a.O., S.754.は、保険者にとって信頼のおけるリス
ク審査を可能にする必要性を指摘する。
54)Jürgen Prölss, a.a.O., 28 Aufl., § 19 Rn.14.
55)シュビントヴスキー(Schwintowski)もインタビューにおいて同意見。もち
ろん、発病しているときは、告知しなければならない。参照、瀬戸山科研・
遺伝子情報のプライバシーと遺伝子差別 http://ksetoyama.com/gpgd2010/
56 )Peter Präve, a.a.O., S.861; Angie Geneger, a.a.O., S.113; Julian
Ziegler=Andreas Ziegler, a.a.O., S.36.
57)参照、Angie Geneger, a.a.O., S.116.病気の概念が柔軟であればあるほど、
ますますGenDG18条1項1文2号に定められた遺伝子検査と分析結果の通知
の禁止の空洞化の危険性が出てくる。すなわち、発病と純粋な―公表義務の
ない―病気の基質との区別である。その際、通常の体の機能の障害が病気を
表すのか、あるいは、治癒の必要性が付加されるのかという、基本的な問題
である。後者に対して、まったく治癒の可能性のない病気も存在することが
引き合いに出される。もちろん、病気について、客観的で高度な病気の兆候
の可能性が必要とされなければならない。
58)Christian Armbrüster, a.a.O., S. 1309.
4. むすびにかえて
本稿では、
ドイツ法における人のGenDG18条の保険加入の際の問題点
として、遺伝子検査結果の要求、受領および利用を禁止する同18条の
意義と射程について、適用領域、同4条との関係、高額保険契約と告
知義務という例外規定に関して整理してきた。そこでは、保険契約者
の知らないでいる権利に対して、保険者の逆選択の防止や情報の対称
―85―
ドイツ法における人の遺伝子診断法18条と保険加入
性という利益が対立している。
とりわけ、
GenDG18条1項による不利益禁止のための法規制と同2項
による告知義務の意義やその射程の不明確さから、
学説の対立があり、
その結果、保険加入時の保険者側の運用によって、不利益禁止による
保険加入者の保護が骨抜きにされてしまう恐れがある。すなわち、遺
伝子検査には、予測的遺伝子検査と診断上の遺伝子検査があり、告知
義務制度により保険者はどこまで告知を求めることができるのかが、
論点となった。予測的遺伝子検査のみが禁止され、診断上の遺伝子検
査の告知義務を認める説、告知義務が優先していずれの遺伝子検査に
ついても告知義務を認める説、あるいは、予測的遺伝子検査と診断上
の遺伝子検査の過程は、流動的であることから、明確な分離が行われ
得ないことも踏まえて、不利益禁止原則が優先していずれの遺伝子検
査についても告知義務を認めない説があった。その議論の中で、そも
そも、遺伝子が何か特別な存在であると考えることの方が間違ってい
るのかもしれないという観点から、予測的遺伝子検査の情報の不確実
性、つまり、遺伝子変異が必ずしも病気発生にはつながらないという
ことにより、リスク審査にとって有益な情報であるのか疑問も呈され
た。
さらに、保険者の質問が、遺伝子の性質に関する情報がきっかけと
なるという場合でも許されなければならないという考えを前提とする
と、実務の運営次第では、あることをきっかけにしてどこまでも問え
る可能性が広がりかねないなど、不利益禁止の法規定が骨抜きになる
おそれもある。例えば、わが国の保険実務において使用されている告
知書には、
「最近3カ月以内に医師の診察・検査・治療・投薬を受けた
ことやその結果、検査・治療・入院・手術をすすめられたことがあり
ますか」という質問事項がある。この中の「検査」という文言につい
ては、その解釈や実務の運営次第では、問題が生じるようにも思われ
る。わが国の保険実務においては、遺伝子検査についてその実施、検
―86―
生命保険論集第 176 号
査結果の受領や利用等は現在のところ行われていないようであり、現
時点で問題とはなっていないようであるが、実務上、この質問事項が
恣意的に運営された場合には、まさに、これをきっかけにして、保険
加入者の遺伝子の性質に関する情報提供につながるおそれがあるよう
に思われる。このような場合には、知ってしまった情報を利用しない
ように保険者に期待することは現実的ではないと思われる。
それゆえ、
わが国においても、法整備の検討が必要性となろう。
ほとんどすべての人には何らかの遺伝子変異というリスクがある
といわれる。遺伝子情報をリスク審査に活用する場合において、遺伝
子変異の一事をもってすべての保険加入を拒否した場合には、ほとん
どすべての人が保険に加入できなくなってしまう。その結果、保険経
営そのものが成り立たなくなるおそれがあることから、保険者によっ
ては、恣意的に保険加入の可否を判断するおそれも出てくるかもしれ
ないのではなかろうか。保険会社が遺伝子検査の情報により「恣意的」
に「不透明な基準」によってリスクが高いと判断し、さらに、遺伝子
の性質が理由であることを伝えずに保険加入を拒む一方、保険事故発
生の確率の低い加入者にはそのまま保険加入を認めるといった隠れた
遺伝子差別が起こり得るのではないか。今後の遺伝子検査の利用状況
や内容等にもよるが、遺伝子検査の情報の不確実性に鑑みるとき、保
険会社の恣意的かつ不当なリスク審査を避けるためにも、例えば、す
べての遺伝子検査の情報をリスク審査に活用すること、つまり、すべ
ての遺伝子検査の情報を告知義務の内容とすることは規制されるべき
であろう。
本稿は、平成22年度科学研究費補助金・基礎研究(B)・課題番号
22330004・研究課題「遺伝情報のプライバシーと遺伝子差別の法規制」
(研究代表者・瀬戸山晃一)の研究成果の一部である。
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