Comments
Description
Transcript
格助詞で終わる文の意味論 - 国際言語文化研究科
第三回中日韓日本文化、日本語教育研究国際フォーラム(於大連外国語学院) 2002 年 9 月 14 日 「安全」と「快適」をかたちに。 −格助詞で終わる文の意味論− 名古屋大学 杉村 泰 ht t p:/ / lang.nagoya-u.ac.jp/ 1.格助詞で終わる文 日本語には格助詞で終わる表現があり、広告のヘッドラインや、標語、スローガン、新聞の 見出しなどに多く使われる。こうした表現のうち、今回は「∼を/が∼に。」構文を中心に発表 する。 (1) a. 「安全」と「快適」をかたちに。 (東海理化「チャイルドシート」 ) b. 「話すだけ」から「いろいろできる」へ。 (NTT DoCoMo) c. 理想の家を、ステキな町で (名古屋テレビ八事ハウジング) d. 次の日本へ、このメルセデスと。 (メルセデスベンツ) e. 美肌は「もと」から。 (エスエス製薬「ハイチオールC」 ) f. その疲れに、リゲインを。 (三共「リゲイン」 〔栄養ドリンク〕 ) 2.格助詞「に」の意味 「に」には多様な意味役割が付与されている。 (2) a. 机の上に本がある/ない。 〈存在の場所(位置) 〉 b. 映画館に行く。 〈移動の着点〉 c. 映画を見に行く。 〈目的〉 d. 社会人になる。 〈変化の結果〉 e. 友達に本をあげる。 〈受益者〉 f. 友達に本を買ってあげる。 〈受益者〉 g. 友達に本をもらう。 〈授与者〉 h. 犯人に殺される。 〈受身の対象〉 ↓(抽象化) 「に」は密着の〈着点〉を表すと考えられる。 (国広(1986) 、堀川(1988) ) 1 (3) }似ている。 a. 彼{に/と b. 彼{に/と }比べる。 c. 彼{に/と }会う。 d. 彼{に/と }ぶつかる。 e. 彼{に/と }話す。 f. 彼{に/と }相談する。 g. 彼{に/と }恋をする。 h. 彼{に/と }キスをする。 [図1] 「に」のプロトタイプ的意味 [図2] 「と」のプロトタイプ的意味 に と ------→・ ─→←─・ 〈着点〉 〈相手〉 3.格助詞「へ」と「に」 「へ」は〈方向〉を表し、 「に」と入れ替え可能な場合が多い。 (4) a. 東京{に/へ }行く。 〈移動の着点〉 b. 北{に/へ }向かう。 〈方向〉 c. 先生{に/へ }手紙を出す。 〈相手先〉 d. 近代社会{に/へ }成長する。 〈変化の結果〉 ただし、次のような場合には「に」と置き換えることができない。 (5) * a. 先生{ に/へ}の手紙 * b. 近代社会{ に/へ}と成長する [図3] 「へ」のプロトタイプ的意味 へ ─ ─→ -経路- 〈方向〉 (※「に」は着点に視点を置いた表現、 「へ」は経路を重視した表現) 4.格助詞「に」で終わる文 格助詞「に」で終わる文には次のようなものがある。このうち、「∼を∼に。」あるいは「∼ が∼に。 」構文を取るものが多い。 2 (6) (フジサワ「ピロエースW」 ) a. 水虫・たむしに b. すぐそこに。 (ほのぼのレイク) c. 心のふれあい d. こころを、ちからに (あいち福祉専門学校) e. 本物のグランドツーリングを、あなたに 。 (スバル自動車「レガシィ」 ) f. 総額350万円でオーナーに! (ローソン「オーナー募集」 ) g. 空気の熱と電気で、エネルギーが3倍に 。 (中部電力「エコキュート」 〔給湯器〕 ) h. おしゃれなママに。 (丸栄「婦人シャツ・ブラウス・セーター5万枚提供」 ) 暮らしの中に (東京生命) 李(2002b:95)は、「格助詞で終わる広告ヘッドラインでは、述語は明示されないので、 ボイス、テンス、アスペクト、モダリティ等も明示されないこととなる。ボイス、テンス、ア スペクト、モダリティなどを固定すると、主語も固定される場合があるが、主語の固定が、広 告ヘッドラインとして不都合な場合もある」として、次の例を挙げている。 (JR 関西空港お手軽きっぷ) (7) スーツケースは、一歩先に関空へ。 例文(7)は、一人の女性が駅のホームでスーツケースを持たずに立っている場面で使われた 広告のコピーである。この文は主語の違いにより「スーツケースが関空へ届く」 、「JR がスーツ ケースを関空へ届ける」、「客がスーツケースを関空へ送る」などが想定される。また、テンス も「届けます」 「届けているところだ」 「届けた」など様々に解釈できる。 このように例文(7)は様々に解釈することができるが、この文自体は本発表の[図3]の状 況を表しているのに過ぎないのである。 5.調査 −述語補充テスト− 大学2年生 103 名を対象に、格助詞のあとにどのような述語を補うことができるかアンケー ト調査した(2002 年5月 24 日、30 日実施) 。103 名を 52 人と 51 人に分け、前者にはもとの 格助詞「に」で終わる文を与え、後者には「に」を「へ」に直したものを与えた。 (東海理化「チャイルドシート」 ) (8) a. 「安全」と「快適」をかたちに。 b. 「安全」と「快適」をかたちへ。 (作例) かたちに する/します(19)、した/しました(22)、しよう(4)、しようとする(1)、作った(1)、 表す(1)、示す(1)、変える(1)、×(2) (×は何も入らないと判断したもの) かたちへ ×(21)、変える/変えます(11)、表す(3)、する(3)、変化させる(2)、しよう(2)、 3 導く(1)、実現する(1)、創り出す(1)、発展させる(1)、出そう(1)、しよう(1)、 形成しよう(1)、成す(1)、直す(1) ・「に」の場合は「します」、「しました」が続くと回答した人が多いのに対し、「へ」の場 合は「何も入らない」あるいは「変えます」が続くと回答した人が多い。 ・述語には「する」 (意志)、 「した」(過去) 、「しよう」(勧誘)など、様々なテンス、モダ リティが想定される。 (9) a. 社会保障と国民のくらしを予算の主役に(日本共産党) b. 社会保障と国民のくらしを予算の主役へ(作例) 主役に する/します/いたします(25)、しよう(8)、したい(5)、掲げる(3)、×(3)、した(2)、 している(1)、する(かも)(1)、する予定だ(1)、できればなあ(1)、据える(1)、 持っていく(1) 主役へ ×(17)、持っていこう(5)、変えます(4)、変えよう(4)、します(4)、しよう(3)、 持っていく(3)、持って来る(1)、持って来よう(1)、持って来い(1)、移す(1)、 移そう(1)、引っぱり出そう(1)、進化しよう(1)、してみせます(1)、していこう(1)、 押し上げる(1)、導く(1) ・「に」の場合は「します」が続くと回答した人が多いのに対し、「へ」の場合は「持って いく/持っていこう」が続くと回答した人が多い。 ・述語には様々なモダリティが想定されるが、過去テンスはとりにくい。 (10) a. ジヴェルニーのきらめきが、今ここに─ ─ ─ (名古屋市美術館「モネ展 睡蓮の世界」) b. ジヴェルニーのきらめきが、今ここへ──(作例) 今ここに ある(27)、よみがえる(13)、×(4)、現れる(3)、存在する(2)、登場(1)、来る(1)、 やって来た(1) 今ここへ やって来る(10)、来た(9)、×(7)、やって来た(5)、来る(5)、よみがえる(3)、 登場(2)、集まる(2)、現れる(2)、届く(1)、届いた(1)、到着した(1)、開かれた(1)、 再現される(1)、集積(1) 4 ・「に」の場合は「ある」、「よみがえる」が続くと回答した人が多いのに対し、「へ」の場 合は「(やって)来る」あるいは「何も入らない」が続くと回答した人が多い。 ・述語には現在テンスも過去テンスも想定されるが、モダリティは事実を述べるものしか 想定されない。 次の例は、述語だけでなく、主語も目的語も示されていない。 (丸栄「婦人シャツ・ブラウス・セーター5万枚提供」 ) (11) a. おしゃれなママに。 b. おしゃれなママへ。 (作例) ママに なろう(10)、×(8)、なる(5)、ぴったりです(3)、どうぞ(2)、変身する(2)、(大)変 身しよう(2)、変わろう(1)、変われる(1)、なろう(1)、なるべし(1)、しよう(1)、 プレゼントしよう(2)、送る(1)、プレゼント(1)、あげたい(1)、提供します(1)、 すすめる(1)、着てほしい(1)、どう?(1)、肌着を(1)、なっちゃいや(1)、とって おきです(1)、ふさわしい(1)、役立つ(1) 、朗報(1) ママへ ×(14)、どうぞ(6)、送る(5)、(大)変身(3)、変身しよう(2)、変身する(2)、送ろう(2)、 お勧めします(2)、提供します(2)、贈り物(2)、プレゼント(1)、変身できる(1)、 なろう(1)、変わってよ(1)、お届けします(1)、あげよう(1)、設けました(1)、用 意しました(1)、お徳情報です(1)、朗報です(1)、いかがでしょう(1) ・主語は「ママ」 「子ども」 「店」 「商品」のいずれにも解釈でき、それに合わせて述語も様々 なものが想定される。 ・「へ」の場合は「商品」が主語となることはない(「*このブラウスはママへふさわしい」 ) 。 また、述語は「何も入らない」と回答した人が多い。 6 .「 ∼ を / が ∼ に 」 構 文 と 「 ∼ を / が ∼ へ 」 構 文 以上の調査により、日本語話者は「に」と「へ」に異なる意味を見出していることが分かる。 「∼を/が∼に」構文と「∼を/が∼へ」構文の違いは、次のように考えられる。 [図4] 「∼を/が∼に」の意味 [図5] 「∼を/が∼へ」の意味 を/が へ に を/が ------→・ 〈着点〉 ─ ─→ -経路- 〈方向〉 5 ※「∼を∼に」は次のような連語として広く使われる構文である。 「死を前に」 「借金を苦に」 「気を楽に」 「指紋を証拠に」 「今回を最後に」 「上海を中心に」 「希望を胸に」 「∼を/が∼に」構文や「∼を/が∼へ」構文は、これ自体に変化や移動の意味が含まれるた め、述語を明示しなくても文として成り立つ。また広告などでは、あえて述語を明示しないこ とにより、一つの文で複数の解釈を起こさせる効果も出る。 なお、格助詞「へ」で終わる文は「∼から∼へ。 」構文を取るものが多い。 (12) a. 「話すだけ」から「いろいろできる」へ 。 (NTT DoCoMo) b. 快適をカタチへ、カタチから空間へ。 (ホウトク「事務機」 ) c. 知識偏重の教育から、人間性重視の教育へ。 (公明党) d. フォンテーヌブローからヴェルサイユへ(愛知県美術館「大英博物館所蔵フランス素描 展」 ) [図6] 「∼から∼へ」の意味 から を/が ・ ─ ─→ へ -経路- 〈方向〉 (「∼を/が」は表現上現れないことが多い。 ) 参考文献 国広哲弥(1986) 「意味論入門」 『言語』vol.15-12,pp.194-202. 杉村 泰(1999)「認知イメージに基づく格助詞の指導」『日本語学習者の作文コーパス:電子化による 共有資源化』平成8年度∼10 年度科学研究費補助金(基礎研究(A)(1))研究成果報告書(研究 課題番号 08558020)研究代表者 大曾美恵子,pp.103-118. ────(2002) 「イメージで教える日本語の格助詞」 『言語文化研究叢書』1,pp.39-55. (PDF 版 http://www.lang.nagoya-u.ac.jp/~sugimura/) 堀川智也(1988) 「格助詞「ニ」の意味についての一試論」 『東京大学言語学論集 '88』 ,pp.321-333. 李 欣怡(2002a)『美しい国へ。─格助詞で終わる広告ヘッドラインの一考察』名古屋大学大学院修士 学位論文. ────(2002b)「格助詞で終わる広告ヘッドラインの述べかけ方」『平成 14 年度日本語教育学会第3 回研究集会予稿集』 ,pp.93-96. 6