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微粒子ピーニングによる疲労強度向上化

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微粒子ピーニングによる疲労強度向上化
微粒子ピーニングによる疲労強度向上化
猿木勝司 1)
Improvement of Fatigue Strength Properties by Fine-Particle-Peening
Katsushi SARUKI1)
Abstract
The rotating bending fatigu tests were carried out about fine-particle-peening specimens and non-peening specimens.
Most specimens are plain and several specimens have a semi-spherical notch or a straight V-notch. The S-N diagrams
obtained were compared with peening and non-peening.
About the plain specimens, the phenomina were examined by
the position of initiation point of fracture. In the case that the fracture origin switched from surface to internal by fineparticle-peening, the fatigue limit increased remarkably. Also in the case that fracture occurred from surface regardless of
peening or not, the fatigue limit of the peening specimen increased. In the case that fracture origin was internal regardless
of peening or not, the fatigue limit did not increase, but the fatigue life was improved by peening.
About the notched
specimens, the fatigue limit increased by peening, since fracture occurred from surface of notch in these cases. The
improvement of fatigue properties can explain considerably in terms of compressive residual stress given to the surface
vicinity by peening. The fatigue limits of the peening specimens, was able to be predicted well comparatively by the
distribution of the Vickers hardness and residual stress measured, as the first approximation.
1.
はじめに
から破壊が起こる,また投射材が微粒であるが故にその
各種輸送機器をはじめとする多くの機器や構造物の
影響層は非常に薄く,その下部から破壊が起こるなどし
部品には小型軽量化が求められ,これに応えるためには
て,部品の疲労強度向上にはつながらない懸念もある.
疲労強度を向上化させることが一つの課題である.この
筆者は上記のことを明らかにしたいと考え,まず種々
ためには高周波焼入れ,浸炭,窒化など熱処理によって
の材料に微粒子ピーニングを施し,疲労強度の向上の仕
表面を強化する方法とショットピーニングやロール加工
方を見ていくこととした.蓄積した多くのデータから帰
など冷間加工によって表面を強化する方法とがある.こ
納法的に真理が導き出せるものと思っている.道はまだ
のうちショットピーニングは,熱処理によって高めた疲
長い.本報では数年間で蓄積したデータを提示する.今
労強度をさらに向上化する一手段として,ばねや浸炭歯
年度もさらにデータは積み上がるのであるが,残念なが
車などをはじめ種々の部品に幅広く利用されている.
らその結果はここには記載できないので,別な機会に発
このカテゴリーに属するものの一つに微粒子ピーニ
表したいと考えている.
ングがある.これは 200μm 以下の微粒を投射材とし,
これをエアーで高速に噴射するもので,表面が高温にな
2.
方法
り熱処理効果から組織が微細になる,表面に白層が現れ
る,
ナノ結晶粒が生成するなどのことが報告されており,
疲労試験は回転数 3150rpm の4連式片持ち回転曲げ疲
従来のショットピーニングとは一味違った形で疲労強度
労試験機を用い,打切り回数 107~108で行った.疲労試
を向上化させる可能性を秘めていると考えられる.しか
験片はFig.1 に示す.
試験片のくびれ部の最小径a は 4mm
し一方,疲労強度に強い白層やナノ結晶ができても,そ
(一部 3mm)で,応力集中率は 1.08(1.06)である.微
れが局所的なものであればそれらのできていないところ
粒子ピーニングはくびれ部を含む約 20mm 間に施した.
1) 材料機能工学科
1) Department of Materials Science and Engineering
36
微粒子ピーニングによる疲労強度向上化
名城大学理工学部研究報告 No.50 2010
7
10
を用いて推定する.なお式(2)中の両振り疲労限度σW0 は
式(1)で,また真破断力σT は次式
σT={
(HV/3)+ 50 }×9.8
50
(3)
2)
で硬さから推定する .今回いずれのピーニング材も圧
100
Fig.1 Specimen
子荷重 100gf(圧痕対角線約 30μm)で測定した表面近
傍硬さに顕著な増加は認められなかったが,残留応力は
用いた粒子は高速度鋼(ハイス)
(♯300)および硬質
約-250MPa 程度付与されていた.この値を用いて式(2)
ガラスビーズ(♯300)である.ピーニングは重力式で行
で推定すると,疲労限度は 364MPa となり実験値にかな
い,投射条件は圧力を前者 0.6MPa,後者 0.4MPa とした
り近い.このことは対角線 30μm 程度の圧痕で得られた
ほかは同じで,
ノズル径 9mm,
距離 100mm,
回転数 6rpm,
硬さ値がマクロな疲労強度を決定付けていると考えるこ
時間 40sである.
(前者を H,後者を B と表記)
.また,
とができる.ちなみに圧子荷重 10gf で測定した表面硬さ
その他それ以外の特殊な条件でピーニングした場合はそ
は 400HV であるが,
実験値はこの値で推定した疲労限度
の都度文中に表記する.硬さ,残留応力の測定には,そ
にはなっていない.
れぞれビッカース硬さ計,X 線応力測定器を用いた.
3.2
3.
機械構造用鋼
炭素鋼 S45C
試験片は受け入れのままのもの(AR)とピーニング処
理 H を行ったものである.得られた S-N 線図1)を Fig.3
3.1
に示す.図より疲労限度は AR 材が 385MPa であるのに
炭素鋼 S25C
試験片は受け入れのままのもの(AR)
,微粒子ピーニ
対し,
H 材が 438MPa となり,
上昇率は約 14%であった.
ング処理 H を行ったもの,B を行ったもの,H 後 B を行
700
ったもの(二段ピーニング,以下 D と表記)の4種類で
Stress(MPa)
600
S25C-AR
S25C-AR-H
S25C-AR-B
S25C-AR-D
Stress(MPa)
500
S45C-AR
S45C-AR-H
600
ある.得られた S-N 線図1)を Fig.2 に示す.
500
400
400
300
300
200
1.E+03
1.E+04
1.E+05
1.E+06
1.E+07
1.E+08
1.E+09
Number of Cycles to Fracture
200
Fig.3 S-N diagram of S45C
100
1.E+03
1.E+04
1.E+05
1.E+06
1.E+07
Number of Cycles to Fracture
1.E+08
1.E+09
つぎに疲労限度を 3.1 と同様の方法で推定すると,硬
さ260HV(圧子荷重100gf)
のAR 材の疲労限度は358MPa
Fig.2 S-N diagram of S25C
とやや低めであるが,実験値にかなり近い推定結果とな
った.また,ピーニング処理を施した H 材については
図より疲労限度は AR 材が 263MPa であるのに対し,
270HV,残留応力-290MPa から疲労限度の推定を行う
H 材が 358MPa,B 材が 363MPa,D 材が 363MPa とピー
と 444MPa となり,この場合も推定値は実験値にかなり
ニングしたものはいずれもほぼ 40%弱の上昇となった.
近い値となった.
ついで疲労限度の推定について述べる.今回の組織は
フェライト・パーライト組織なので疲労限度の推定式と
しては
(HV/8)+ 4 }×9.8
σW0={
3.3
炭素鋼 S55C
試験片は受け入れのままのもの(AR)とピーニング処
(1)
理 H,B,D を行ったものあわせて4種類である.得ら
を用いる2).その結果 210HV(圧子荷重 100gf)の AR
れた S-N 線図3)を Fig.4 示す.図より疲労限度は AR 材
材の疲労限度は 296MPa とやや高めの推定結果となった.
が390MPaであるのに対し,
H材,
B材がともに445MPa,
残留応力がある場合は残留応力を平均応力とみなし
D 材が 435MPa で,上昇率は 14~11%であった.
}
σW=σW0{1-(σr/σT)
(2)
疲労限度について 3.1 と同様の推定を行うと,硬さ
37
微粒子ピーニングによる疲労強度向上化
名城大学理工学部研究報告 No.50 2010
270HV
(圧子荷重300gf)
のAR 材が370MPa,
硬さ255HV,
を行った.得られた S-N 線図5)を Fig.6 に示す.図より
残留応力-290MPa の H 材が 429MPa,硬さ 260HV,残
疲労限度は QT 材が 450MPa であるのに対し,H 材は
留応力-280MPa の B 材が 432MPa,硬さ 250HV,残留
600MPa,M 材は 550MPa,上昇率はそれぞれ約 30%,
応力-300MPa の D 材が 425MPa となり,これらはいず
20%であった.
れも 5%以内の誤差で実験値とよくあった.
疲労限度の推定には今までと同様に式(2)を用いるが,
ついで微小切欠きについて検討した.試験片は AR 材
式中の両振り疲労限度,真破断力の推定にはこの場合は
で Fig.1 の長手方向中央部に機械加工によって半径 300
式(1),(3)の代わりに焼戻しマルテンサイトに適用できる
μm の半球切欠きを付けたもの(以下 S と表記)と深さ
次式
145μm,角度 90°,先端半径 50μm のストレート V 切
(HV/8)+ 10 }×9.8
σW0={
(4)
欠きを付けたもの(以下 V と表記)の 2 種類とした.こ
(HV/4.3)+ 85 }×9.8
σT={
(5)
れらの切欠き部投影面積はほぼ同じになっている.応力
を用いる .HV310 として QT 材の疲労限度は 478MPa
集中率は前者が 2.2,後者が 2.0 程度でそう大きな差はな
となった.またピーニング材は H 材,M 材の硬さが
い.ピーニング処理はいずれも H と B とした.得られた
330HV,300HV,残留応力が-400MPa,-330MPa であ
S-N 線図 を Fig.5 に示す.図より疲労限度は S 試験片,
ることから疲労限度は 629MPa,576MPa と推定できる.
V 試験片ともピーニングなしの場合 225~235MPa であ
結果は誤差 10%以内で大略よく推定できているといえ
るのに対し,ピーニングした H 材では 290MPa, B 材で
る.
4)
6)
は 265MPa 程度となった.ピーニングによる疲労限度の
800
上昇率はそれぞれ 25%,15%である.
700
S55C-AR
S55C-AR-H
S55C-AR-B
S55C-AR-D
Stress(MPa)
600
500
Stress(MPa)
700
500
SCM435-QT
SCM435-QT-H
400
SCM435-QT-M
400
300
1.E+03
300
200
1.E+03
1.E+04
1.E+05
1.E+06
1.E+07
Number of Cycles to Fracture
1.E+08
1.E+04
1.E+05
1.E+06
1.E+07
Number of Cycles to Fracture
1.E+08
1.E+09
Fig.6 S-N diagram of SCM435QT
1.E+09
Fig.4 S-N diagram of S55C
3.5
合金鋼 SNCM439
この場合の試験片最小径は 3mm である.試験片は
500
S55C-AR[S]
S55C-AR[S]-H
S55C-AR[S]-B
S55C-AR[V]
S55C-AR[V]-H
S55C-AR[V]-B
400
Stress(MPa)
600
300
1123K 3.6ks 油冷,433K 7.2ks 空冷の焼入れ焼戻し材とこ
れにピーニング処理 H を行ったものである.得られた
S-N 線図5)を Fig.7 に示す.
1500
200
1400
100
SNCM439-QT
SNCM439-QT-H
0
1.E+03
1.E+04
1.E+05
1.E+06
1.E+07
Number of Cycles to Fracture
1.E+08
1.E+09
Fig.5 S-N diagram of S55C notched
3.4
合金鋼 SCM435
試験片は 1128K 1.8ks 油冷,873K 3.6ks 水冷の焼入れ焼
戻し材(QT)である.ピーニングは H と混合ピーニン
グ
(ハイス粒子30~600μm,
直圧0.5MPa,
ノズル径7mm,
Stress(MPa)
1300
1200
1100
1000
900
1.E+04
1.E+05
1.E+06
1.E+07
1.E+08
1.E+09
1.E+10
Number of Cycles to Fracture
Fig.7 S-N diagram of SNCM439QT
距離 150mm,回転数 6rpm,時間 60s,以下 M と表記)
38
微粒子ピーニングによる疲労強度向上化
名城大学理工学部研究報告 No.50 2010
図中オープンマークは内部破壊が明確に認識できた
るが,今回の場合第一近似として表面に形成された薄い
ものを示している(以下の図も同じ)
.図より QT 材の時
化合物層は無視し,
拡散層に注目して疲労強度を考える.
間強度線は低寿命側(表面破壊型)と高寿命側(不明確
窒化鋼の場合,拡散層は硬化していることを考え,σW0
ではあるが内部破壊型と判定)の 2 箇所に現れ二重 S-N
の推定には式(4)を,また疲労限度線は修正グッドマン式
となっている.しかし H 材は高寿命側(内部破壊型)の
みに実験点が現れた.また 10 回強度(第一水平部)は
7
を用いる.式中のσB は
約 1050MPa であった.本材料においては,ピーニングの
7
(7)
}
σW=σW0{1-(σr/σB)
(8)
σB=(HV/3)×9.8
6)
有無にかかわらず内部破壊で疲労限度(10 回強度)が
で推定する .まず表面破壊したものについて拡散層の
決定付けられており,そのことから両者の疲労限度には
表面近傍硬さ(圧子荷重 300gf)
,残留応力,推定疲労限
差が現れなかったものと考えられる.また時間強度域で
度,誤差の順で結果を示すと,GN 材 450HV,60MPa,
はピーニング無しのもので低寿命で破壊するものが現れ
623MPa,6%,IN 材 410HV,-110MPa,638MPa,10%,
たが,有りのものでは確実に高寿命側で破壊しているの
IN-H 材 380HV,-430MPa,759MPa,0%,RN 材 340HV,
で,ピーニングが寿命向上に確実性を与えているといえ
-190MPa,602MPa,12%,RN-H 材 357HV,-510MPa,
る.
769MPa,13%となった.RN 系でやや誤差が大きかった
内部破壊は亀裂の発生進展が真空中で起こるので,疲
が,他は 0~10%の範囲で推定できている.内部破壊で
労限度は高くなる可能性がある.そこで今回の疲労限度
疲労限度が決まっている GN-H 材(参考:表面近傍硬さ
の推定には式(4)より高い値を与える次式
HV470,残留応力-570MPa)については,3.5 で述べた
(6)
σW0=1.6×HV
7)
を用いた .推定の方法は,試験片断面の硬さ分布,残
方法(ただし使用した式は式(6),(7),(8))で疲労限度を
推定したが,その結果は 710MPa,誤差 7%であった.
留応力分布から式(6),(5),(2)を用いて疲労限度分布線を
1000
描き,作用応力線との接点として求める.得られた結果
900
留応力は,
QT材がHV620,
-500MPa,
QT-H 材がHV640,
Stress(MPa)
は QT 材が 1020MPa,H 材が 1030MPa,これらは実験値
とかなりよくあっている.参考までに表面近傍硬さと残
S45C-GN
S45C-GN-H
S45C-IN
S45C-IN-H
S45C-RN
S45C-RN-H
800
700
-1150MPa であるから,これらから表面疲労限度を推定
600
すると,前者は 1048MPa,後者は 1324MPa となった.
前者は内部破壊として求めた疲労限度 1020MPa に非常
500
1.E+03
1.E+04
1.E+05
1.E+06
1.E+07
1.E+08
に近い.このことは,どちらで破壊することもありうる
Number of Cycles to Fracture
ということを物語っており,二重 S-N となった実験結果
Fig.8 S-N diagram of S45C nitrided
1.E+09
とよく符合している.
4.
窒化鋼,浸炭鋼
4.2
炭素鋼 S55C
試験片は平滑のほか半球切欠き(S)とストレート V
4.1
炭素鋼 S45C
切欠き(V)も加え,それらのそれぞれに 4.1 と同様,軟
試験片はガス軟窒化 853K10.8ks(GN)
,イオン窒化
窒化(GN)
,イオン窒化(IN)
,ラジカル窒化(RN)の
773K18ks(IN)
,ラジカル窒化 723K18ks(RN)の 3 種類
3 種類の窒化を施したものとその後それらをピーニング
の窒化を施したものとそれらにピーニング処理を施した
処理(H)したものである.得られた S-N 線図4)8)を Fig.9
もの(H)である.得られた S-N 線図1)を Fig.8 に示す.
~Fig.11 に示す.
図より疲労限度は GN 材が 663MPa,その H 材が
図より疲労限度は GN 材が 625MPa,その H 材は内部
763MPa,前者が表面破壊であるのに対し,後者は内部破
破壊に移行し 713MPa と 14%の上昇,また IN 材はピー
壊で上昇率は 15%となった.IN 材は 710MPa,その H 材
ニング処理(H)の有無にかかわらず内部破壊で 700MPa
は 760MPa,両者とも表面破壊で上昇率は 7%と低かった.
前後,H 処理による上昇は認められなかった.RN 材は
また RN 材はピーニング処理(H)の有無にかかわらず,
表面破壊で H 処理により 12%の上昇が認められた.
平滑
682MPa で変わらなかった.
材の疲労限度推定結果については表面近傍硬さ,残留応
ついで疲労限度推定について述べる.窒化材では一般
に最表面に薄い化合物層ができ,その下に拡散層ができ
力,推定疲労限度,誤差の順で結果を示すと,GN 材
400HV,
-70MPa,
620MPa,
6%,
RN 材 300HV,
-250MPa,
39
微粒子ピーニングによる疲労強度向上化
名城大学理工学部研究報告 No.50 2010
900
S55C-GN
S55C-GN-H
S55C-[S]GN
S55C-[S]GN-H
S55C-[V]GN
S55C-[V]GN-H
800
Stress(MPa)
700
合金鋼 SCM435
窒化処理は 4.1 と同様とし,ピーニング処理(H)の有
無について検討した.窒化による拡散層表面近傍の硬さ
は 600~700 HV で,H 処理によっても大幅な上昇はなか
った.一方,残留応力は窒化した状態では-200~-400
600
MPa 程度であるが H 処理で-1200~-1600MPa と大幅
500
に変化した.得られた S-N 線図9)を Fig.12 に示す.
400
1200
1.E+04
1.E+05
1.E+06
1.E+07
Number of Cycles to Fracture
1.E+08
SCM435GN
SCM435GN-H
SCM435IN
SCM435IN-H
SCM435RN
SCM435RN-H
1.E+09
1100
Stress(MPa)
300
1.E+03
Fig.9 S-N diagram of S55C gas nitrided
900
700
1000
900
800
S55C-IN
S55C-IN-H
S55C-[S]IN
S55C-[S]IN-H
S55C-[V]IN
S55C-[V]IN-H
800
Stress(MPa)
4.3
700
1.E+03
1.E+04
1.E+05
1.E+06
1.E+07
Number of Cycles to Fracture
1.E+08
1.E+09
Fig.12 S-N diagram of SCM435 nitrided
600
500
GN 材は H 処理の有無にかかわらず内部破壊で 107強
400
度(疲労限度)が決まっており, H 処理によるその上昇
300
1.E+03
1.E+04
1.E+05
1.E+06
1.E+07
Number of Cycles to Fracture
1.E+08
1.E+09
率は高々4%であった.IN 材,RN 材では,表面破壊が H
処理することにより内部破壊に移行し,上昇率は 14~
Fig.10 S-N diagram of S55C ion nitrided
18%と比較的大きかった.
次に浸炭材(C と表記)についてピーニングの有無を
検討した.この場合のピーニング条件は今までのものと
800
S55C-RN
S55C-RN-H
S55C-[S]RN
S55C-[S]RN-H
S55C-[V]RN
S55C-[V]RN-H
Stress(MPa)
700
600
異なり,微粒子に WC(9μm)を用い,圧力 0.6MPa,
距離 50mm,時間 60s とした(以下 W と表記)
.試験材
は C 材,C-W 材とも表面に浸炭異常層があり,その硬さ
500
は500HV程度,
その後の浸炭部は750~800HVであった.
400
また表面残留応力は 前者が 90MPa,後者が-490MPa
であった. 得られた S-N 線図10)を Fig.13 に示す.
300
1.E+03
1.E+04
1.E+05
1.E+06
1.E+07
Number of Cycles to Fracture
1.E+08
1.E+09
1200
ついては 4.1 で述べた方法で疲労限度を推定したが,そ
の結果は GN-H 材が 657MPa,
0%,
IN 材が 640MPa,
9%,
IN-H 材が 660MPa,4%となり,IN 材を除きいずれもか
なりよい精度で推定できた.
また,半球切欠き,ストレート V 切欠きにおける H 処
Stress(MPa)
584MPa,3%,RN-H 材 320HV,-250MPa,607MPa,
4%となった.内部破壊で疲労限度が決まっているものに
SCM435-C
SCM435-C-W
1100
Fig.11 S-N diagram of S55C radical nitrided
1000
900
800
700
1.E+03
1.E+04
1.E+05
1.E+06
1.E+07
Number of Cycles to Fracture
1.E+08
1.E+09
Fig.13 S-N diagram of SCM435 carburized
理の効果はいずれの窒化材についても認められ,中でも
GN 材では疲労限度が 30 数%と大きく上昇した.
この場合は 107回以下と以上のところに別な S-N 線図
が現れるいわゆる二重 S-N 線図となった.一段目の S-N
でも二段目の S-N でも,ピーニング処理で寿命が延びて
40
微粒子ピーニングによる疲労強度向上化
名城大学理工学部研究報告 No.50 2010
いることが判る.なおこの場合は内部破壊が不明確であ
800
ったので,破壊起点によるプロットの区別は付けていな
700
5.
Stress(MPa)
い.
特殊用途鋼
SUS304-AR
SUS304-AR-H
SUS304-C
SUS304-C-H
600
500
400
5.1
軸受鋼 SUJ2
300
1.E+03
この場合の試験片最小径は 3mm である.試験片は
1.E+04
1.E+05
1.E+06
1.E+07
Number of Cycles to Fracture
1.E+08
1.E+09
Fig.15 S-N diagram of SUS304
1008K 2.4 ks 油冷,453K 1.2 ks 空冷の焼入れ焼戻しを行
ったもの(QT)で,その後のピーニング処理(H)の有
6.
無について検討した.QT 材の表面硬さは 760HV(圧子
その他
荷重 100gf)であったが,H 処理により 830HV となり,
-1200MPa の残留応力が付与された.得られた S-N 線図
6.1
球状黒鉛鋳鉄 FCD400
を Fig.14 に示す.時間強度線は QT 材では低寿命側
試験材は受け入れのままのもの(鋳放し材)
(AC)が
(表面破壊型)と高寿命側(表面破壊型と内部破壊型が
表面近傍硬さ 230HV である.
それにピーニング処理を行
11)
混在)の2本となり,1400MPa 付近に第一水平部が現れ
ったもの(H)
,浸炭処理を行ったもの(C)
,C 後 H 処
たが,H 材ではその高寿命側(内部破壊型)の関係線に
理および Hp(直圧式)処理を行ったものについて検討し
近いところに結果が現れた.本材料では一段目の寿命は
た.それぞれの硬さと残留応力は,AR-H 材が 760HV,
H 処理によって高寿命となっているようであるが,二段
-600MPa,C 材が 820HV,110MPa,C-H 材が 820HV,
目はあまり変わらず,どちらかというと若干低寿命とな
-1400MPa,C-Hp 材が 790HV,-1700 MPa であった.
った.
得られた S-N 線図を Fig.16 に示す.AR 材は H 処理で寿
2000
命,疲労限度とも向上したが,この場合も C 材は寿命の
SUJ2QT
SUJ2QT-H
1800
みが向上した.
FCD400-AC
FCD400-AC-H
FCD400-C
FCD400-C-H
FCD400-C-Hp
400
1400
Stress(MPa)
Stress(MPa)
450
1600
1200
1000
1.E+03
350
300
250
1.E+04
1.E+05
1.E+06
1.E+07
Number of Cycles to Fracture
1.E+08
1.E+09
200
1.E+03
Fig.14 S-N diagram of SUJ2QT
1.E+04
1.E+05
1.E+06
1.E+07
Number of Cycles to Fracture
1.E+08
1.E+09
Fig.16 S-N diagram of FCD400
5.2
ステンレス鋼 SUS304
試験材は受け入れのままのもの(引抜き材)
(AR)に
6.2
アルミニウム合金
対するピーニング処理(H)の有無について検討した.
A5083 は受け入れのままのもの AR(O)材とそれに二
またプラズマ浸炭を施したもの(C)に対するピーニン
段ピーニングを施したもの(D)について,また A5052
グ処理の有無についても調べた.表面近傍硬さは AR 材
は受け入れのままのもの AR(H34)材とそれにピーニン
が HV280,AR-H 材が HV350,C 材が HV530,C-H 材
グ処理 B と D を施したもの,A6061 についても,受け入
を Fig.15 に示
れのままのもの AR(T6)材とそれに B 処理,D 処理を
が HV620 であった.得られた S-N 線図
12)
す.
図より AR 材に比し H 処理材は疲労強度が上昇してい
施したものについて調べた.表面近傍硬さは A5083AR
が 95HV,その D 材が 109HV,A5052AR 材が 105HV,
ることがわかる.一方プラズマ浸炭すると疲労限度は上
そのB材が115HV,
D材が145HV,
A6061AR材が125HV,
昇するが,
寿命は下がる.
しかしこれにH処理を行うと,
その B 材が 145HV,D 材が 155HV であった.得られた
疲労限度の上昇は見られないが,寿命が 2 桁以上も向上
S-N 線図を Fig.17 に示す.
した.
図よりピーニング処理による疲労強度の向上度合い
41
微粒子ピーニングによる疲労強度向上化
名城大学理工学部研究報告 No.50 2010
は A5083 が最も大きく,ついで A5052 であった.A6061
A5083,A5052 などでピーニングによる疲労限度の向上
は硬さは上昇しているが,疲労限度には顕著な向上は認
が見られたが,
A6061 では顕著な効果は見られなかった.
められなかった.
以上,蓄積した微粒子ピーニングに関する疲労強度デ
300
A5083-AR(O)
A5083-AR-D
A5052-AR(H34)
A5052-AR-D
A5052-AR-B
A6061-AR(T6)
A6061-AR-D
A6061-AR-B
Stress(MPa)
250
200
150
ータを提示し,現在考えられる硬さの上昇と付与された
圧縮残留応力とから疲労限度や寿命の向上がどこまで説
明できるか検討した.なお,提示したデータは投射条件
を種々変えて最適な条件を選んだ上で検討したものでは
ないので,疲労強度が向上しなかったものでも投射条件
100
の選び方によっては向上する可能性がある,また今回向
50
1.E+03
1.E+04
1.E+05
1.E+06
1.E+07
Number of Cycles to Fracture
1.E+08
1.E+09
Fig.17 S-N diagram of Aluminum Alloys
上しているものでも条件によってはさらに向上する可能
性もある.これらのことは今後の検討課題としたい.
また,ここに提示したデータは必ずしも本目的のため
に検討したものばかりではなく,窒化処理と疲労強度の
関係とか微小切欠きと疲労強度の関係など種々の目的に
7.
おわりに
対して検討した結果も含まれている.これらのデータは
今後また別な形でまとめていかなければならないことは
微粒子ピーニングによって疲労強度がどの程度向上
するか,またそれがどのような要因によっているかにつ
いて,蓄積したデータを基に考察した.
当然である.
微粒子ピーニングの場合は一般的に表面粗さが通常
のショットピーニングより小となるので,そのことは疲
(1)機械構造用炭素鋼 S25C~S55C ではピーニング
労強度に有利となり,表面粗さが疲労強度を低下させる
により疲労限度に 1~4 割程度の向上が見られた.
なかで
ということはあまり考慮しなくてもよいと思われる.し
も炭素量の低い S25C の上昇度合いが大きかった.焼入
たがって本報でも表面粗さについては特には触れなかっ
れ焼戻しした合金鋼 SCM435 でも 3 割程度の向上が見ら
た.また,白層やナノ結晶の生成などのような微視的考
れた.これらはいずれも表面破壊で疲労限度が決まるも
察も本報では行っていない.しかし,このような表面現
のであり,疲労限度の上昇には表面およびその近傍に付
象が疲労強度にどのような形で効くのかについては,今
与された圧縮残留応力が効いていると考えられる.一方
後さらにデータの蓄積を計るとともに,ミクロな観察と
SNCM439 のように表面破壊,内部破壊が同じ強度レベ
考察を加え検討していかなければならない.そしてその
ルであるときはピーニングすることによって表面が強化
ような詳細な検討の結果を踏まえ,工学的に有用な一般
され破壊が内部に限定される.この場合疲労限度の向上
化を進めていく必要がある.まだまだ道は長いが,今後
にはつながらないが高寿命が保証されることになる.
に期待して筆を置くこととする.
(2)窒化材の場合ピーニングしても内部破壊に移行
しない S45C-IN 材,SCM435-RN 材で 1 割程度,ピーニ
謝辞
ングによって表面破壊が内部破壊に移行する S45C-GN
材,S55C-GN 材,SCM435-IN 材などでは 1~2 割の疲労
本研究を遂行するにあたり,微粒子ピーニングの大部
限度向上が認められた.これらの場合も疲労限度の上昇
分は㈱不二機販殿にご協力いただいた.またデータはす
には圧縮残留応力が効いていると考えられる.一方,浸
べて猿木研究室所属の学生によって取られたものである.
炭材 SCM435-C 材は二重 S-N となったが,ピーニングは
記して謝意を表する.
低寿命側にも高寿命側にも寿命延長効果をもたらしてい
る.
参考文献
(3)軸受鋼 SUJ2 にも二重 S-N が現れたが,ピーニ
ングしたものの結果はこのうち高寿命側の関係線の近く
1) 坂東啓至,猿木勝司:微粒子ピーニングによる鋼材の
にのみ現れ,
高寿命に確実性を与えていることがわかる.
疲労強度向上化に関する一考察,日本材料学会東海支
ステンレス鋼 SUS304,球状黒鉛鋳鉄 FCD400 もピーニ
部第 2 回学術講演会講演論文集,pp.49-50,2008
ングによって疲労限度が向上したが,浸炭した場合は高
寿命化に効果を示した.アルミニウム合金については,
2) 青山咸恒:自動車構造用鋼板の疲労耐久性 TD-24,豊
田中央研究所,pp.38,1988.
42
微粒子ピーニングによる疲労強度向上化
名城大学理工学部研究報告 No.50 2010
3) 日下正造,猿木勝司:炭素鋼 S55C の回転曲げ疲労強
度特性に及ぼす各種窒化および微粒子ピーニングの
影響,日本機械学会東海支部第 58 期総会講演会講演
論文集,pp.11-12,2009
4) 日下正造,猿木勝司:窒化処理した微小切欠き材の回
転曲げ疲労強度特性に及ぼす微粒子ピーニングの影
響,
日本機械学 2009 年度年次大会講演論文集,
Vol.1, pp.
109-110,2009
5) 八田一成,猿木勝司:微粒子ピーニングを施した機械
構造用合金鋼の超長寿命域を含む疲労特性,日本機械
学会東海支部第 52 期総会講演会講演論文集,
pp.271-272,2003
6) 青山咸恒:焼入れ焼もどしした構造用鋼の強度特性:
REVIEW of TOYOTA RD CENTER,Vol. 5, No. 2, pp.
1-30, 1968
7) 日本材料学会:第 4 章 疲労強度,改訂材料強度学,
p.93,2005
8) 日下正造,猿木勝司:微小切欠きを付した炭素鋼 S55C
の回転曲げ疲労強度特性に及ぼす各種窒化処理の影
響,日本材料学会第 58 期学術講演会講演論文集,
pp.411-412,2009
9) 鳥居敦厚,猿木勝司:窒化および微粒子ピーニング処
理を施したSCM435調質鋼の広寿命域回転曲げ疲労特
性,日本機械学会東海支部第 57 期総会講演会講演論
文集,pp.87-88,2008
10) 八田一成,猿木勝司:微粒子ピーニングを施した機
械構造用合金鋼の超長寿命域を含む疲労特性,日本機
械学会東海支部第 57 期総会講演会講演論文集,
pp.87-88,2008
11) 崔基哲,猿木勝司:微粒子ピーニングを施した高炭
素クロム軸受鋼 SUJ2 の超長寿命疲労特性,日本機械
学会東海支部第 53 期総会講演会講演論文集,
pp.79-80,2004
12) 辻俊哉,猿木勝司:プラズマ浸炭および微粒子ピー
ニング処理を施した SUS304 の回転曲げ疲労強度特性,
日本機械学会東海支部第 55 期総会講演会講演論文集,
pp.207-208,2006
(原稿受理日 平成 21 年 9 月 18 日)
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