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アメリカにおける人質返還政策の見直しと関連立法 ―政策見直し報告と

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アメリカにおける人質返還政策の見直しと関連立法 ―政策見直し報告と
アメリカにおける人質返還政策の見直しと関連立法
―政策見直し報告と大統領令を中心に―
国立国会図書館 調査及び立法考査局
海外立法情報課長 鈴木 滋 【目 次】
はじめに
Ⅰ 人質問題の深刻化―国際社会と米国の対応― 1 国際社会の取組
2 米国の政策と対応
Ⅱ 人質返還政策の見直しと関連立法 1 人質返還政策見直し報告の発表
2 大統領令と大統領政策指令の概要
Ⅲ 政策見直しをめぐる議論と連邦議会の動向 1 政策見直しをめぐる議論
2 連邦議会における立法動向
おわりに 翻 訳 : 人 質 返 還 活 動 に 関 す る 大 統 領 令 第 13698 号
はじめに
中 東 や ア フ リ カ の 紛 争 地 域 で は 「イ ス ラ ム 国」 に 代 表 さ れ る 暴 力 的 な 過 激 派 勢 力 が 急 速
に 勢 力 を 伸 ば し て い る。 治 安 情 勢 が 悪 化 す る な か、 欧 米 な ど 主 要 国 は、 人 質 と な っ た 自 国
民 の 保 護 を 求 め ら れ て い る が、 な か で も こ の 問 題 へ の 対 策 に 力 を 注 い で い る 国 が 米 国 で
あ る。 米 国 は、い わ ゆ る イ ラ ン 大 使 館 人 質 事 件
(1)
を 始 め、自 国 民 が 人 質 と し て 拘 束 さ れ る、
数 多 く の 事 例 を 経 験 し て き た。 報 道 に よ れ ば、 現 在 で も 30 人 以 上 の 米 国 民 が 海 外 で 人 質
となっているといわれる
(2)
。
米 国 は、 人 質 問 題 へ の 取 組 と し て、 連 邦 法 制 定 や 国 務 省 に よ る 対 策 マ ニ ュ ア ル の 整 備、
場 合 に よ っ て は 軍 事 作 戦 に よ る 救 出 活 動 な ど、 各 種 の 施 策 を 実 施 し て き た が、 か ね て か ら、
各 省 庁 の 対 策 が 統 合 さ れ て い な い こ と や、 人 質 家 族 へ の ケ ア が 十 分 で な い と い っ た 問 題 点
が 指 摘 さ れ て い た。 こ れ ら 問 題 点 へ の 対 応 と し て、 オ バ マ 政 権 は、2015 年 6 月 に 人 質 返
還 政 策 の 見 直 し 報 告 を 発 表 す る と と も に、 報 告 書 に 盛 ら れ た 提 言 を 反 映 さ せ た 大 統 領 令 と
大 統 領 政 策 指 令 を 発 令 し た。 本 稿 で は、人 質 返 還 政 策
(3)
を め ぐ る 米 国 の 立 法 動 向 に つ い て、
政 策 見 直 し 報 告 と 大 統 領 令 に 焦 点 を 当 て つ つ、 そ の 経 緯 と 主 な 論 点 を 紹 介 し、 併 せ て 大 統
領令の全文を訳出する
(4)
。 な お、 関 係 者 の 肩 書 は、 参 照 文 献 発 表 時 点 の も の で あ る。
(1) 1979 年 11 月 4 日、在テヘラン米国大使館がイランの学生等によって占拠され館員が人質となった事件。
(2) テロ対策に関する大統領の首席アドバイザーであるリサ・モナコ(Lisa Monaco)氏が、CNN の取材に対して述べたも
の。Jeremy Diamond and Sunlen Serfaty,“White House says more than 30 Americans held hostage abroad,”CNN Wire,
June 25, 2015.〈http://edition.cnn.com/2015/06/23/politics/hostage-policy-review-changes-white-house/〉以下、
インターネッ
ト情報は 2015 年 10 月 5 日現在である。
(3) 本稿でいう「人質返還」とは、外国で人質となっている自国民の身柄を取り戻すことを意味する。
(4) 本稿で扱うテーマを概観できる資料として、
以下の文献を参照。鈴木滋
「人質返還に関する大統領令と大統領政策指令」
『外
国の立法』No. 264-2, 2015.8, pp.2-3.〈http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_9480555_po_02640201.pdf?contentNo=1&
alternativeNo=〉
国立国会図書館調査及び立法考査局
外国の立法 266(2015.12) 3
特集:財政ガバナンス
Ⅰ 人質問題の深刻化―国際社会と米国の対応―
1 国際社会の取組
(1) 深 刻 化 す る 人 質 問 題
中 東 や ア フ リ カ な ど の 紛 争 地 域 に お い て、 外 国 人 の ジ ャ ー ナ リ ス ト や 援 助 ・ 医 療 関 係 者
が 人 質 と な る 事 件 は 後 を 絶 た な い。 事 件 に は 犯 罪 組 織 が 関 与 し て い る ケ ー ス も あ ろ う が、
そ の 多 く は、 テ ロ 組 織 に よ る も の で あ る と 見 ら れ る。 米 国 務 省 の 報 告 書 『テ ロ リ ズ ム を め
ぐ る 各 国 情 勢 (Country Reports on Terrorism)』2014 年 版 追 録 に よ る と、 全 世 界 で 2014 年 に 誘
拐 さ れ、又 は 人 質 と さ れ た 人 間 の 数 は、前 年 比 で ほ ぼ 3 倍 に 急 増 し て い る(3,137 人 か ら 9,428
人) (5)。 そ し て、人 質 事 件 の 増 加 傾 向 は、イ ラ ク や ナ イ ジ ェ リ ア、シ リ ア な ど、テ ロ 組 織 の
活動が活発な紛争地域で顕著とされており
(6)
、 テ ロ と 人 質 事 件 の 密 接 な 関 連 性 が 窺 わ れ る。
(2) 人 質 問 題 へ の 国 際 的 な 対 応
人 質 問 題 へ の 対 応 が 国 際 的 課 題 と し て 認 識 さ れ る よ う に な っ た き っ か け は、9.11 米 国 同
時 多 発 テ ロ 事 件 (2001 年 9 月 11 日) の 前 後 か ら、 イ ス ラ ム 過 激 派 勢 力 が 台 頭 し、 紛 争 地
で 活 動 す る 外 国 人 へ の テ ロ 脅 威 が 高 ま っ て き た こ と に あ る。 国 連 安 全 保 障 理 事 会(以 下「安
保 理」) に は、 テ ロ 組 織 「ア ル ・ カ ー イ ダ」 関 連 の 個 人 や 団 体 に 対 す る 制 裁 実 施 を 監 視 す
る委員会が置かれている
(7)
。
こ の よ う に、 国 連 は、 テ ロ 組 織 に 対 す る 制 裁 措 置 の 実 効 性 確 保 を 重 視 し て お り、 人 質
問 題 に つ い て も、 制 裁 の 一 環 で あ る 資 産 凍 結 と い う 観 点 か ら、 身 代 金 支 払 い の 是 非 を 始
め、 国 際 社 会 と し て の 対 応 基 準 を 安 保 理 決 議 で 打 ち 出 し て い る。 そ の ひ と つ が、2014 年 6
月 17 日 に 採 択 さ れ た 安 保 理 決 議 第 2161 号 で あ る。 同 決 議 は、 目 的 の 如 何 を 問 わ ず、 テ ロ
組 織 に よ る 誘 拐 や 人 質 を 取 る 行 為 を 強 く 非 難 す る と し た 上 で、 人 質 事 件 の 発 生 を 防 止 す る
と と も に 身 代 金 の 支 払 い や 政 治 的 要 求 に 応 ず る こ と な く、 人 質 の 安 全 な 解 放 を 確 保 す る と
の 基 本 的 な 方 針 を 示 し て い る (8)。ま た、2013 年 6 月 に 英 国 で 開 か れ た ロ ッ ク・ア ー ン・サ ミ ッ
ト で の 首 脳 コ ミ ュ ニ ケ で も、 身 代 金 は テ ロ 組 織 の 資 金 源 と な っ て お り、 組 織 の リ ク ル ー ト
活 動 を 支 え、 テ ロ 攻 撃 を 行 う 作 戦 能 力 及 び 将 来 的 な 誘 拐 事 件 に 対 す る イ ン セ ン テ ィ ブ (動
機) の 強 化 に つ な が っ て い る と し、 人 質 問 題 に 対 し て 安 保 理 決 議 と 同 様 の 対 応 方 針 を 述 べ
ている
(9)
。
し か し な が ら、 実 際 に は 身 代 金 が 払 わ れ て い る 場 合 も 少 な く な い と 見 ら れ て い る。 前 述
の 国 連 安 保 理 制 裁 委 員 会 に は、 制 裁 措 置 の 実 施 状 況 を 検 証 す る 専 門 家 の モ ニ タ リ ン グ チ ー
(5) “Table 2: Countries with the most terrorist attacks or fatalities, 2014,”National Consortium for the Study of Terrorism and
Responses to Terrorism, Annex of Statistical Information, Country Reports on Terrorism 2014, June, 2015, p.6.〈http://www.
state.gov/documents/organization/239628.pdf〉
(6) Annex of Statistical Information, ibid., p.3.
(7) この委員会は、1999 年 10 月 15 日に採択された安保理決議第 1267 号に基づき、
「アル・カーイダ」の指導者
とされるウサマ・ビン・ラディンを庇護するアフガニスタンのタリバン政権に対して、国連加盟国が行う制裁の
実施を監視するため、設置された。その後、累次の国連決議により、制裁の実施体制が強化され、現在は、同
政権に限らず、「アル・カーイダ」と関係を有する個人や組織であれば、その所在地が世界いずれでも制裁措置
を適用するようになっている。国連安全保障理事会のウェブサイトに掲載された、以下の情報を参照。“Security
Council Committee pursuant to resolutions 1267(1999) and 1989(2011) concerningAl-Qaida and associated individuals and
entities: General Information on the Work of the Committee.”
〈https://www.un.org/sc/suborg/en/sanctions/1267〉
(8) S/RES/2161(2014), 17 June, 2014.〈http://www.un.org/en/ga/search/view_doc.asp?symbol=S/RES/2161%282014%29〉
同内容の安保理決議として、決議第 2133 号(2014 年 1 月 27 日採択)、決議第 2199 号(2015 年 2 月 12 日採択)
などがある。
(9) 「2013 G8 ロック・アーン・サミット 首脳コミュニケ(仮訳)2013.6.18.」外務省ホームページ〈http://www.mof
a.go.jp/mofaj/gaiko/page4_000099.html〉
4 外国の立法 266(2015.12)
アメリカにおける人質返還政策の見直しと関連立法―政策見直し報告と大統領令を中心に―
ム が 置 か れ て お り、 定 期 的 に 検 証 結 果 報 告 を 安 保 理 に 提 出 し て い る が、 そ の 第 16 回 報 告
(2014 年 10 月 ) に よ る と、「 イ ス ラ ム 国 」 は 2013 年 の 1 年 間 で、 身 代 金 に よ り 3500 万 ド
ル か ら 4500 万 ド ル の 収 入 を 得 た と い う
(10)
。 ま た、欧 州 諸 国 は 身 代 金 の 支 払 い を 行 っ て い る
と の 報 道 も 相 次 い で お り、『ニ ュ ー ヨ ー ク ・ タ イ ム ス』 は、2008 年 以 降 フ ラ ン ス が テ ロ 組
織 に 払 っ た 身 代 金 の 総 額 は、2014 年 レ ー ト で お よ そ 5800 万 ド ル と 報 じ て い る
(11)
。
2 米国の政策と対応
(1) 人 質 問 題 に 関 す る 米 国 の 基 本 政 策
次 に 米 国 の 対 応 を 述 べ る。 米 国 は、 人 質 問 題 に 関 し て 2 つ の 原 則 を 維 持 し て き た。 ひ と
つ は 「テ ロ 組 織 と は 交 渉 し な い」、 も う ひ と つ は 「身 代 金 は 支 払 わ な い」 で あ る。 こ の 基
本 原 則 に つ い て は、 特 に 身 代 金 の 件 に 比 重 を 置 く 形 で、 政 府 関 係 者 が 度 々 説 明 し て い る が、
こ こ で は、2012 年 10 月 に デ イ ヴ ィ ッ ド ・ コ ー エ ン (David Cohen) 財 務 次 官 が 英 国 王 立 国
際 問 題 研 究 所(チ ャ タ ム ハ ウ ス)で 行 っ た 講 演 を 紹 介 す る
(12)
。 コ ー エ ン 次 官 は、米 国 の ほ か、
各 国 に も 適 用 さ れ る こ と を 念 頭 に、人 質 問 題 対 策 を め ぐ る 3 つ の 考 え 方 と し て 「防 止」、
「譲
歩 せ ず」、「利 益 供 与 の 拒 否」 を 挙 げ、 大 要、 以 下 の よ う に 述 べ て い る。
・第 1 の 防 衛 ラ イ ン
在的な犠牲者
(14)
(13)
は 防 止 で あ る。 身 代 金 目 的 の 誘 拐 に 対 抗 す る 上 で 最 善 の 戦 略 は、 潜
を 危 険 な 地 域 か ら 遠 ざ け る こ と で あ る。
・ 事 件 を 防 止 で き な か っ た 場 合、 第 2 の 防 衛 ラ イ ン は、 テ ロ リ ス ト へ の 譲 歩 を 拒 む こ と で
あ る が、 並 行 し て、 人 質 救 出 活 動 を 含 む そ の 他 の 選 択 肢 を 検 討 す る 必 要 が あ る。
・ 身 代 金 の 支 払 い を 行 う 場 合、 第 3 の 防 衛 ラ イ ン は、 利 益 供 与 の 拒 否 で あ る。 こ れ は、 資
産 凍 結 等 に よ っ て、 テ ロ リ ス ト が 犯 罪 か ら 利 益 を 得 る こ と を 防 止 す る も の で あ る
(15)
。
一 方、連 邦 議 会 調 査 局(Congressional Research Service)が 2015 年 4 月 に 発 表 し た 報 告 書『イ
ス ラ ム 国 の 財 政 と 米 国 の 政 策 取 組』 は、 米 国 の 政 策 に つ い て、「イ ス ラ ム 国 が 身 代 金 目 的
の 誘 拐 に よ っ て 資 金 を 作 る こ と を 防 ぐ た め、 米 国 政 府 は、 テ ロ 組 織 に 対 し 身 代 金 を 払 わ な
い と い う 国 際 的 な コ ン セ ン サ ス を 発 展 さ せ、 ま た、 そ の よ う な 政 策 の 実 施 を 確 保 す る た め
の 努 力 を 強 め る よ う、[国 際 社 会 に] (16) 求 め て き た。」 と 述 べ、そ の 成 果 と し て、前 述 し た
国 連 安 保 理 決 議 第 2161 号 の ほ か、 同 2133 号 な ど を 挙 げ て い る
(17)
。
こ の よ う に、 米 国 は、 紛 争 地 へ の 渡 航 規 制 や 人 質 救 出 活 動、 テ ロ 組 織 へ の 金 融 制 裁 な
ど、 人 質 問 題 に つ い て、 い く つ か の 政 策 選 択 肢 を 設 定 し つ つ、 前 述 し た 2 つ の 原 則 を 堅 持
し、 国 際 社 会 の 取 組 に も そ れ ら の 原 則 が 反 映 さ れ る こ と を 強 く 求 め て い る。
(2) 人 質 問 題 対 応 の 枠 組 み と 関 連 法 制
人 質 問 題 へ の 対 応 は テ ロ 対 策 の 一 環 で も あ る た め、 米 国 で は、 金 融 制 裁 を 所 管 す る 財 務
(10) S/2014/770, 29 October, 2014. p.19.〈http://www.un.org/en/ga/search/view_doc.asp?symbol=S/2014/770〉
(11) Rukmini Callimachi,“Paying Ransoms, Europe Bankrolls Qaeda Terror,”The New York Times, July 30, 2014, p. A. 11.
(12) “Remarks of Under Secretary David Cohen at Chatham House on“Kidnapping for Ransom: The GrowingTerrorist
Financing Challenge”,”October 5, 2012.〈http://www.treasury.gov/press-center/press-releases/Pages/tg1726.aspx〉こ の 資
料にはページの記載がない。
(13) 原語は「Line of Defense」となっているが、実質的には「対応策」といった意味合いかと思われる。
(14) ここでは、紛争地に赴き、人質事件に巻き込まれるおそれのある自国民を指す。
(15) この部分は、米国が身代金を支払う可能性を公式に認めたものではなく、国によっては支払いに応じる場合
があり得ることを念頭に、国際社会における一般的な対応策として述べたものと見られる。
(16) 以下、
[ ]で括った部分は筆者の補記である。
(17) Carla E. Humud, et al.,“Islamic State Financing and U.S. Policy Approaches,”CRS Report R43980, April 10, 2015, p.16
(Note 79).〈https://www.fas.org/sgp/crs/terror/R43980.pdf〉
外国の立法 266(2015.12)
5
特集:財政ガバナンス
省 な ど 複 数 の 省 庁 が 関 わ っ て い る が、 中 心 的 な 役 割 を 担 っ て い る の は、 事 件 捜 査 を 担 当 す
る 司 法 省 と 連 邦 捜 査 局 (FBI)、 外 交 関 係 ・ 領 事 事 務 の 観 点 か ら 関 与 す る 国 務 省 で あ る。
国 務 省 は、同 省 の 組 織 や 役 割、政 策 等 に つ い て 記 述 し た 実 務 者 向 け 参 照 資 料 と し て、
『国
務 省 外 交 関 係 マ ニ ュ ア ル(U.S. Department of State Foreign Affairs Manual)』
(以 下「国 務 省 マ ニ ュ
ア ル」) を 編 さ ん ・ 刊 行 し て い る が、 こ こ で は、 そ の な か か ら 人 質 問 題 に 関 す る 政 策 や 所
管省庁等による対応の枠組みが記された部分
(18)
を 概 観 し つ つ、関 連 の 連 邦 法 規 定 に も 触 れ
る。 な お、 第 Ⅱ 章 で 述 べ る が、 人 質 返 還 政 策 に つ い て は、 か ね て か ら、 家 族 対 応 に 対 す る
批 判 が あ っ た。 こ こ で は、 第 Ⅱ 章 の 記 述 に 対 す る 理 解 を 助 け る た め、 国 務 省 マ ニ ュ ア ル の
う ち、 家 族 対 応 の 部 分 を 重 点 的 に 紹 介 す る。
政 策 に つ い て、 国 務 省 マ ニ ュ ア ル は、 米 国 の 政 府 関 係 者 や 市 民 を 拘 束 す る テ ロ リ ス ト 及
び 組 織 に 対 し て は、 身 代 金 の 支 払 い や 捕 虜 の 解 放、 政 策 の 変 更 そ の 他 の 譲 歩 を 行 わ な い こ
とを明記する
(19)
と と も に、政 府 は 身 代 金 支 払 い と い う 形 で の 問 題 解 決 (ransom strategy) に
は 関 わ ら な い こ と、 企 業 や 一 般 国 民 に 対 し、 身 代 金 を 払 わ な い よ う 強 く 求 め る こ と な ど を
記述している
(20)
。 こ の 記 述 に 関 連 し た 連 邦 法 と し て、合 衆 国 法 典 (United States Code) 第 18
編 第 2339B 条 (a)(1) は、 相 手 方 が 外 国 の テ ロ 組 織 で あ る こ と を 認 識 し な が ら、 何 ら か の 物
質 的 な 支 援 又 は 資 源、 す な わ ち 身 代 金 等 を 提 供 し た 者 に 対 し、 罰 金 若 し く は 20 年 以 下 の
懲役刑又はその両方を課すことを罰則として定めている
(21)
。 こ の 連 邦 法 規 定 は、身 代 金 に
係 る 政 策 上 の 原 則 が 法 的 に 担 保 さ れ る こ と を 助 け て い る と 言 え よ う。
そ の ほ か、 国 務 省 マ ニ ュ ア ル は、 人 質 問 題 対 応 の 枠 組 み と し て、FBI と 国 務 省 領 事 官 の
役 割 を 記 し て い る。 誘 拐 及 び 人 質 を 取 る 行 為 は 連 邦 法 上 の 犯 罪 行 為 と さ れ る た め、FBI が
捜 査 権 を 行 使 し、 そ の 過 程 で 生 じ る 人 質 家 族 と の 接 触、 各 種 支 援 の 提 供 は、FBI の 「犯 罪
被 害 者 支 援 室 (Office for Victim Assistance)」 が 担 当 す る
(22)
。 一 方、 国 務 省 で 家 族 等 と の 連 絡
窓 口 と な る の は、 人 質 事 件 が 発 生 し た 現 地 国 に 駐 在 す る 領 事 官 で あ り、 家 族 対 応 に お い て
被 害 者 支 援 室 と 適 宜、調 整 を 行 う も の と さ れ て い る
(23)
。FBI は、事 件 の 初 期 段 階 で 家 族 支 援
の た め 「被 害 者 支 援 専 門 官 (Victim Assistance Specialist)」 を 犯 罪 被 害 者 支 援 室 に 配 属 す る こ
とができる
(24)
。
国 務 省 マ ニ ュ ア ル は、 さ ら に、 人 質 の 拘 束 が 明 ら か に な っ た 段 階 (Period of Captivity) に
お け る 領 事 官 の 役 割 を 記 し て い る。 領 事 官 は、 事 件 対 応 に お い て 家 族 の 利 害 関 心 が 反 映 さ
れ、ま た、事 件 を め ぐ る 状 況 推 移 に つ い て 家 族 が 十 分 な 情 報 を 得 る よ う 取 り 計 ら う
(25)
。ま
た、 領 事 官 は、FBI と 調 整 し、 事 件 を め ぐ る 重 要 な 状 況 変 化 に つ い て 家 族 に 連 絡 す る 際 は、
FBI の 捜 査 官 や 被 害 者 支 援 専 門 官 が、 家 族 の 自 宅 で 同 席 で き る よ う に す る べ き と さ れ て い
る
(26)
。
(18) U.S. Department of State, 7 FAM 1820:“Hostage Taking and Kidnappings,”pp.1-17.〈http://www.state.gov/documents/
organization/86829.pdf〉
(19) ibid., p.5 (1823).
(20) ibid., p.2 (1821 e. (3), (4)).
(21) 18 U.S.C. § 2339B (a)(1).
(22) U.S. Department of State, op.cit.(18), p.1 (1821 c, 7).
(23) ibid., p.6 (1825.1 a. (1) (a), (b)).
(24) ibid., p.8 (1825.3 a. (3)).
(25) ibid., p.9 (1825.4 a).
(26) ibid (1825.4 a. (1)).
6 外国の立法 266(2015.12)
アメリカにおける人質返還政策の見直しと関連立法―政策見直し報告と大統領令を中心に―
Ⅱ 人質返還政策の見直しと関連立法
1 人質返還政策見直し報告の発表
(1) 政 策 見 直 し 報 告 の 発 表 と そ の 背 景
第 Ⅰ 章 で 述 べ た と お り、 米 国 は 人 質 問 題 へ の 対 応 枠 組 み を 連 邦 法 や 所 管 省 庁 の 実 務 マ
ニ ュ ア ル な ど で 整 備 し て い る が、2014 年 12 月、 バ ラ ク・オ バ マ (Barack H. Obama) 大 統 領
は、 特 に 被 害 者 家 族 と の 連 絡 体 制 を 改 善 す る 観 点 か ら、 政 府 の 対 応 枠 組 み に つ い て 「包 括
的 な 見 直 し」 を 行 う よ う 関 係 機 関 に 命 じ
(27)
、2015 年 6 月 24 日、大 統 領 府 か ら 「米 国 の 人 質
返 還 政 策 に 関 す る 報 告」と 題 す る 報 告 書(以 下「見 直 し 報 告」)が 発 表 さ れ た
(28)
。見直し報
告 の 発 表 に あ た り、 オ バ マ 大 統 領 は、 新 た な 政 策 の 概 要 に つ い て 演 説 を 行 っ た。 そ の 冒 頭、
見 直 し 理 由 を 述 べ る な か で、 省 庁 間 で 対 応 要 領 が 調 整 さ れ て お ら ず、 政 府 の 対 応 策 に つ い
て、 混 乱 し 相 互 に 矛 盾 し た 情 報 が も た ら さ れ る な ど、 し ば し ば 官 僚 制 の 弊 害 に 戸 惑 い を 感
じ た、 と い う 人 質 家 族 の 経 験 を 直 接 聴 取 し た こ と に 言 及 し て い る
(29)
。
こ う い っ た 家 族 の 声 は、 報 道 で も 伝 え ら れ て お り、 例 え ば、「イ ス ラ ム 国」 に 殺 害 さ れ
た ジ ェ ー ム ス ・ フ ォ ー リ ー (James Foley) 氏
(30)
の 家 族 が 語 っ た 内 容 に よ る と、 家 族 は、 事
件 を め ぐ る 状 況 の 推 移 に つ い て 何 ら 情 報 を 与 え ら れ ず、 国 務 省 に 問 い 合 わ せ て も 「必 要 な
対 策 は 全 て 打 た れ て い る」 と い っ た 説 明 を 受 け た だ け で、 家 族 に 対 し 政 策 上 の 優 先 事 項 が
明 快 に 示 さ れ る こ と は 決 し て な か っ た。 ま た、 身 代 金 支 払 い に 対 す る 刑 罰 の 有 無 に つ い て
も、政 府 の 担 当 者 に よ り 説 明 が 異 な り、一 貫 し て い な か っ た と い う
(31)
。国務省マニュアル
が 記 す 家 族 対 応 枠 組 み は、 十 分 に 機 能 し て い な か っ た 可 能 性 が あ る。
(2) 政 策 見 直 し 報 告 の 概 要
見 直 し 報 告 は、 こ の よ う な 人 質 家 族 の 批 判 を 強 く 意 識 し た 内 容 と な っ た。 そ の 特 徴 は、
問 題 対 応 の 枠 組 み を 統 合 し、 家 族 に 対 す る ケ ア の 強 化 を 図 る 一 方、 政 策 上 の 原 則 に は 大 き
な 変 更 を 加 え な か っ た こ と で あ る。 報 告 は、 本 文 の ほ か 2 つ の 追 録 か ら 成 る。 本 文 に は 政
策 見 直 し の 経 緯 や 結 果 の 概 要 が 記 さ れ て い る。 追 録 A に は 見 直 し の 過 程 で 浮 上 し た、 現
行 の 枠 組 み に 係 る 24 の 問 題 点 及 び 対 応 す る 改 善 措 置 の 提 言 が 掲 載 さ れ て お り、 追 録 B で
は、 特 に 家 族 対 応 の 改 善 策 が 述 べ ら れ て い る。 オ バ マ 政 権 は、 報 告 の 発 表 と 同 時 に、 関
連 立 法 と し て 大 統 領 令 (Executive Order) 第 13698 号 「人 質 返 還 活 動」 (32) と 大 統 領 政 策 指 令
(Presidential Policy Directive) 第 30 号 「海 外 で 人 質 と さ れ た 合 衆 国 国 民 及 び 当 該 人 質 の 返 還
に 向 け た 取 組」(33) を 発 令 し た が、 そ の 内 容 は 報 告 と 一 体 化 し た も の で、 重 複 部 分 が 少 な く
な い。
(27) Office of the Press Secretary,“Fact Sheet: U.S. Government Hostage Policy,”June 24, 2015.〈https://www.whitehouse.
gov/the-press-office/2015/06/24/fact-sheet-us-government-hostage-policy〉
(28) Office of the President, Report on U.S. Hostage Policy, June, 2015.〈https://www.whitehouse.gov/sites/default/files/docs/
report_on_us_hostage_policy_final.pdf〉
(29) Office of the Press Secretary,“Statement by the President on the U.S. Government’s Hostage Policy,”June24, 2015.
〈https://www.whitehouse.gov/the-press-office/2015/06/24/statement-president-us-governments-hostage-policy-review〉
(30) フォーリー氏はジャーナリストである。取材活動中にシリアで誘拐され、2014 年 8 月に死亡が確認された。
(31) Rukmini Callimachi,“U.S. Policy on Ransom Offered No Hope to Hostage’s Family,”New York Times, September 16,
2014, p.A.10.
(32) Executive Order 13698 of June 24, 2015:“Hostage Recovery Activities,”Federal Register, Vol.80, No.124, June 29,
2015, pp.37131-37134.〈http://www.gpo.gov/fdsys/pkg/FR-2015-06-29/pdf/2015-16122.pdf〉
(33) Presidential Policy Directive/PPD-30,“U.S. Nationals Taken Hostage Abroad and Personnel Recovery Efforts,”June 24,
2015.〈https://www.whitehouse.gov/the-press-office/2015/06/24/presidential-policy-directive-hostage-recovery-activities〉
外国の立法 266(2015.12)
7
特集:財政ガバナンス
2 大統領令と大統領政策指令の概要
人 質 返 還 政 策 見 直 し の ポ イ ン ト は、 ① 問 題 対 応 の 統 合 と い う 観 点 か ら、 関 係 省 庁 の 組 織
再 編 を 打 ち 出 し た こ と と、 ② 人 質 問 題 対 応 の 原 則、 す な わ ち 「犯 人 側 に 譲 歩 し な い」 と い
う 考 え 方 を 堅 持 し つ つ、 そ の 範 囲 内 で、 従 来 の 政 策 に 一 部 修 正 を 加 え る 方 針 を 表 明 し た こ
と に あ り、 大 統 領 令 と 大 統 領 政 策 指 令 に は、 こ れ ら の ポ イ ン ト が 概 ね 反 映 さ れ て い る。 一
方 で、 見 直 し 報 告 は、 人 質 家 族 が 身 代 金 を 支 払 っ た 場 合 は 刑 事 訴 追 し な い と い う、 政 策 の
一 部 で は あ る が 重 要 な 変 更 を 述 べ て い る。 こ の 考 え 方 は、 報 告 書 の な か で は 司 法 省 の 見 解
として述べられているが
(34)
、命 令 と 政 策 指 令 の い ず れ も 明 示 的 に は 定 め て い な い。 実 質 上、
テ ロ 組 織 へ の 物 質 的 支 援 を 罰 す る 連 邦 法 規 定 (前 述) の 適 用 除 外 と 解 さ れ る が、 批 判 的 な
意 見 も 少 な く な い (第 Ⅲ 章 の 1 で 述 べ る 第 2 の 論 点 を 参 照)。 以 下、 命 令 と 政 策 指 令 の 概
要 を 紹 介 す る。
(1) 大 統 領 令 第 13698 号 (EO13698) の 概 要
大 統 領 令 第 13698 号 は、全 7 か 条 か ら 成 る。内 容 は も っ ぱ ら 組 織 再 編 に 焦 点 を 当 て て お り、
政 策 の 一 部 修 正 に は 触 れ て い な い。
第 1 条 「目 的」 は、 人 質 を 取 る 集 団 に よ っ て、 民 間 人 が 標 的 と さ れ る 事 例 が 増 え て お り、
政 府 に 対 し 困 難 な 課 題 を 提 示 し て い る こ と に 触 れ、 政 府 は、「譲 歩 せ ず」 と い う 政 策 と 合
致 す る 形 で 人 質 の 解 放 を 達 成 す る た め、 政 府 を 組 織 化 し、 対 応 措 置 を 調 整 し な け れ ば な ら
ず、 そ の た め、「単 一 の 運 用 機 構」 を 設 置 す る と し て い る。
第 2 条 「人 質 返 還 統 合 室 の 設 置 及 び 責 務」 は、「単 一 の 運 用 機 構」 と し て、 新 た に 「人
質 返 還 統 合 室 (Hostage Recovery Fusion Cell)」(以 下 「統 合 室」) を 設 置 す る こ と を 定 め て い
る。 統 合 室 は、 連 邦 政 府 各 機 関
(35)
の 実 務 レ ベ ル 者 か ら 構 成 さ れ る 組 織 で あ り、FBI に 常 設
さ れ、室 長 に は FBI の 上 級 職 員 が 任 命 さ れ る。 ま た、統 合 室 に は 「家 族 関 与 調 整 官 (Family
Engagement Coordinator)」 が 置 か れ る
(36)
。 統 合 室 の 任 務 は、 人 質 返 還 に 関 す る 選 択 肢 と 戦 略
を 特 定 し 大 統 領 に 勧 告 す る こ と、 事 件 の 状 況 を 評 価 及 び 追 跡 す る こ と、 各 機 関 の 対 応 措 置
(家 族 に 対 す る 支 援 と 情 報 提 供、 議 会 や メ デ ィ ア へ の 対 応) を 調 整 す る こ と、 各 機 関 に よ
る 関 連 情 報 の 共 有 及 び 開 示 を 調 整 す る こ と な ど で あ る。
第 3 条 「人 質 対 応 グ ル ー プ の 設 置」 は、 人 質 問 題 対 応 に つ い て 「統 合 室」 と 連 携 す る 上
級 機 関 と し て 「人 質 対 応 グ ル ー プ (Hostage Response Group)」(以 下 「対 応 グ ル ー プ」) を 設
置 す る こ と を 定 め て い る。 対 応 グ ル ー プ は、 統 合 室 室 長 の ほ か、 統 合 室 を 構 成 す る 各 機 関
の 上 級 職 員 か ら 構 成 さ れ る 合 議 体 組 織 で あ る。 会 議 は 大 統 領 特 別 補 佐 官 と テ ロ 対 策 問 題 の
上 級 担 当 官 が 主 催 し、 定 期 的 に 又 は 国 家 安 全 保 障 局 (NSC) の 要 請 に よ り 開 催 さ れ る。 対
応 グ ル ー プ の 役 割 は、 人 質 返 還 に 関 す る 選 択 肢 と 戦 略 を 大 統 領 に 勧 告 す る こ と、 統 合 室 か
ら 人 質 事 件 の 最 新 状 況 に つ い て 報 告 を 受 け る こ と な ど で あ る。
第 4 条 「人 質 問 題 大 統 領 特 使 の 設 置」 は、 人 質 問 題 を め ぐ る 政 府 の 外 交 関 与 を 主 導 す る
(34) Office of the President, op.cit.(28), p.7.
(35) 関係各機関とは、国務省のほか、財務省、国防総省、司法省、国家情報長官官房(The Office of the Director
of National Intelligence)、 連 邦 捜 査 局(FBI)、 中 央 情 報 局(CIA) で あ る。 国 家 情 報 長 官 は、9.11 米 国 同 時
多発テロ事件後、情報体制の強化を目的として設置された。その任務は各情報機関が行う情報の収集・分
析・配布を統括することなどである(合衆国法典第 50 編第 3024 条)。国家情報長官の設置経緯や設置根
拠、任務等については、以下の文献が詳しい。宮田智之「米国におけるテロリズム対策―情報活動改革を中
心 に ―」『 外 国 の 立 法 』No.228, 2006.5, pp.60-64.〈http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_1000366_po_022804.
pdf?contentNo=1&alternativeNo=〉
(36) 調整官の任務は各省庁の家族対応措置を調整し、家族へ適時に情報を提供することなどである(大統領政策
指令第 30 号第 4 条)。Presidential Policy Directive/PPD-30, op.cit (33)
8 外国の立法 266(2015.12)
アメリカにおける人質返還政策の見直しと関連立法―政策見直し報告と大統領令を中心に―
役 職 と し て 「人 質 問 題 大 統 領 特 使 (Special Presidential Envoy for Hostage Affairs)」 を 設 置 す る
こ と を 定 め て い る。 大 統 領 特 使 は、 大 統 領 に よ り 任 命 さ れ、 国 務 長 官 へ の 報 告 義 務 を 有 す
る と さ れ て い る。
第 5 条 「報 告」 は、 こ の 命 令 が 発 令 さ れ て か ら 180 日 以 内 に、 対 応 グ ル ー プ が、 統 合 室
の 設 置 や、 統 合 室 に よ る 政 策 指 針 の 実 施 状 況 に つ い て、 国 土 安 全 保 障 及 び テ ロ 対 策 担 当 大
統 領 補 佐 官 に 報 告 す る こ と、命 令 発 令 後 1 年 以 内 に、国 家 テ ロ リ ズ ム 対 策 セ ン タ ー
(37)
の長
が、 こ の 命 令 の 実 施 状 況 に つ い て 同 補 佐 官 に 報 告 す る こ と を 定 め て い る。
(2) 大 統 領 政 策 指 令 第 30 号 (PPD30) の 概 要
大 統 領 政 策 指 令 第 30 号 は、 全 7 か 条 か ら 成 り、 前 文 (見 出 し は な い) は、 大 統 領 令 第
13698 号 第 1 条 と 同 様、 テ ロ 組 織 に よ る 誘 拐 ・ 人 質 問 題 が 深 刻 化 し て い る 現 状 を 述 べ た 後、
こ の 指 令 に は 機 密 指 定 の 追 録 が あ り、 指 令 は 過 去 に 発 令 さ れ た 国 家 安 全 保 障 大 統 領 指 令 第
12 号 「海 外 で 人 質 と さ れ た 米 国 市 民」(NSPD-12:2002 年 2 月 18 日) (38) の 内 容 を 差 し 替 え
る も の で あ る と 断 っ て い る。 な お、 大 統 領 政 策 指 令 と は、 大 統 領 が 安 全 保 障 分 野 で の 政 策
指 針 と し て 発 令 す る も の で あ る が、 内 容 上、 非 公 開 と さ れ て い る も の が 少 な く な い と 言 わ
れている
(39)
。
第 1 条 「政 策」 は、 人 質 を 取 る 個 人 や 集 団 が、 身 代 金 の 支 払 い や 捕 虜 の 解 放、 政 策 の 変
更 そ の 他 の 行 為 で 利 益 を 得 る こ と の な い よ う、 い か な る 譲 歩 も し な い の が 米 国 の 政 策 で あ
る こ と を 確 認 し た 上 で、 こ の 政 策 は、 犯 人 側 と 接 触 す る こ と (communicate)、 例 え ば、 直
接 又 は 仲 介 者 を 通 し た 民 間 の 接 触 努 力 を 政 府 が 支 援 す る こ と や、 場 合 に よ っ て は 政 府 自 ら
接 触 を 図 る こ と を 妨 げ る も の で は な い と し て い る。
第 2 条 「防 止 及 び 準 備」 は、 人 質 事 件 の 発 生 を 防 止 す る た め、 国 務 省 は、 海 外 渡 航 を め
ぐ る 脅 威 や 安 全 保 障 上 の リ ス ク に 対 す る 評 価 を 継 続 し、 安 全 情 報 を 提 供 す る こ と、 政 府
は、 人 質 問 題 に 関 す る 国 際 社 会 の 取 組 を 主 導 し、「譲 歩 せ ず」 の 原 則 を 適 用・実 施 す る よ う、
外 国 政 府 や 国 際 機 関 に 対 し て 関 与 し て い く こ と な ど を 定 め て い る。
第 3 条 「人 質 返 還 支 援 に 係 る 米 国 政 府 の 調 整」 は、 人 質 問 題 対 応 に つ い て、 事 件 発 生 国
と の 協 力 (発 生 国 の 返 還 努 力 へ の 支 援 を 含 む) を 原 則 と し つ つ、 自 国 民 及 び 国 益 を 保 護 す
る た め、 米 国 が 単 独 で 行 動 す る 場 合 が あ り 得 る こ と を 述 べ た 後、 統 合 室 等、 政 策 見 直 し に
よ り 新 設 さ れ る 組 織 の 構 成 や 役 割 を 列 挙 し て い る。
第 4 条 「家 族 及 び 人 質 へ の 関 与」 は、 家 族 へ の 対 応 は、 家 族 が 体 験 し た 心 理 的 及 び 感 情
的 な 葛 藤 へ の 共 感 や 感 性 を 踏 ま え、 調 整 さ れ た 形 で 行 う こ と、 家 族 が、 政 府 か ら 首 尾 一 貫
(37) 国家テロリズム対策センターは、9.11 同時多発テロ事件後、テロ対策強化を目的とし、
「2004 年情報活動改革
テロリズム予防法」(Intelligence Reform and Terrorism Prevention Act of 2004, Pub. L. No.108-458)に基づいて設置
された。その任務は、政府が有するテロリズム情報の分析及び統合、テロ対策に関する戦略的作戦計画の実行な
どである。国家テロリズム対策センターの設置経緯や任務等については、以下の文献を参照。宮田 前掲注 (35),
pp.60-62, 64-65.
(38) NSPD は PPD の前身に当たる命令で、NSPD-12 は、ブッシュ・ジュニア(George W. Bush)大統領が発令し
たものである。
(39) 『USA トゥデイ』の報道によると、オバマ大統領は政権発足後、30 本の大統領政策指令を発令しているが、19
本は非公開となっており、非公開分のうち 11 本は表題も明らかにされていないという。また、この報道記事は、大
統領政策指令第 30 号が発令される前に、人質問題に関する大統領政策指令第 29 号が秘密裏に制定されていたとも
伝えている。仮にそうであれば、
指令第 30 号との関係はどうなのか、
事実関係は明らかでない。Gregory Korte,“Obama
has issued 19 secret directives,”USA Today, June 24, 2015.〈http://www.usatoday.com/story/news/politics/2015/06/24/
presidential-policy-directives-form-secret-law/29235675/〉なお、
安全保障関連シンクタンク
「米国科学者連盟」
(Federation
of American Scientists)のスティーヴン・アフターグッド(Steven Aftergood)氏は、大統領令と大統領政策指令の相
違について、前者は法令として公開されるもので、発効には連邦官報(Federal Register)への掲載が必要となるが、
後者はそのようなことはなく、ある種の秘密法と言える、と述べている。ibid.
外国の立法 266(2015.12)
9
特集:財政ガバナンス
し、 か つ 正 確 な 情 報 を 得 る よ う、 統 合 室 が 確 保 す る こ と な ど を 定 め て い る。
そ の ほ か、第 5 条 「情 報 支 援」 は、国 家 情 報 長 官 官 房 が、事 件 関 連 の 情 報 (Intelligence)(40)
を 中 心 的 に 管 理 す る こ と な ど を 定 め、 第 6 条 「訴 追」 は、 政 府 が 海 外 で の 米 国 民 人 質 事 件
に 管 轄 権 を 有 し、 捜 査 ・ 逮 捕 ・ 訴 追 等、 犯 人 に 対 す る 司 法 手 続 を 実 施 す る こ と を 定 め る。
第 7 条 「通 則」 は、 人 質 が 米 国 民 で な く と も 米 国 と 密 接 な 関 係 を 有 し て お り、 米 国 の 国 益
が 関 係 す る 事 案 で あ れ ば、 こ の 指 令 を 適 用 す る 場 合 が あ り 得 る こ と な ど を 定 め て い る。
Ⅲ 政策見直しをめぐる議論と連邦議会の動向
1 政策見直しをめぐる議論
こ こ で は、 人 質 返 還 政 策 の 見 直 し を め ぐ る 議 論 を、 見 直 し 報 告 の 発 表 前 後 に お け る 各 種
報 道 な ど か ら 紹 介 す る。 主 な 論 点 は、 ① 組 織 再 編 で 政 策 は 統 合 さ れ る か、 ② 政 府 が 家 族 の
犯 人 側 と の 接 触 を 支 援 す る こ と や、 身 代 金 支 払 い を 刑 事 免 責 す る こ と は 是 か 非 か、 で あ る。
第 1 の 論 点 に つ い て は、 人 質 事 件 を 経 験 し た 家 族 の 間 で、 組 織 再 編 の 成 果 を 危 ぶ む 声 が
上 が っ て い る。『ニ ュ ー ヨ ー ク ・ タ イ ム ス』 が 伝 え る と こ ろ に よ る と、 人 質 問 題 に つ い て
専 属 的 な 権 限 を 有 す る 上 級 担 当 官 (Senior-Level Hostage Czar) の 設 置 を 望 ん で い た 人 質 家 族
か ら は、 新 た な シ ス テ ム に つ い て、 官 僚 的 な 機 能 不 全 と い う 旧 弊 に 陥 る 可 能 性 が 懸 念 さ れ
ているという
れる
(42)
(41)
。 連 邦 議 会 で も、統 合 化 の 観 点 か ら 見 直 し 結 果 は 不 十 分 と い う 反 応 が 見 ら
。 な お、議 会 で は か ね て か ら、人 質 問 題 を め ぐ る、よ り 集 権 的 な 対 応 枠 組 み の 設 置
を 求 め る 動 き が 見 ら れ る が、 こ の 件 に つ い て は 本 章 の 2 で 後 述 す る。
こ れ に 対 し、ラ ン ド 研 究 所(Rand Corporation)所 長 の 上 級 ア ド バ イ ザ ー で あ る ブ ラ イ ア ン・
ジ ェ ン キ ン ス (Brian Michael Jenkins) 氏 は、 連 邦 議 会 な ど で 上 が っ て い る 上 級 担 当 官 設 置
構 想 は、 テ ロ 組 織 に 対 し、 担 当 官 を 通 し て 政 府 の 問 題 対 応 に 影 響 力 を 及 ぼ す こ と が で き る
と い う サ イ ン を 送 る こ と に な り か ね ず、 こ の よ う な 集 権 的 シ ス テ ム よ り も 政 府 内 の 円 滑 な
調 整 を 図 る 方 式 の 方 が 望 ま し い、 と の 見 解 を 述 べ て い る
(43)
。
第 2 の 論 点 に つ い て は、 犯 人 側 と の 接 触 や 身 代 金 を め ぐ る 今 回 の 政 策 見 直 し は、 身 代 金
目 的 の 人 質 誘 拐 に 新 た な イ ン セ ン テ ィ ブ を 与 え る、 と い う 見 方 が 少 な く な い。 例 え ば 『ロ
サ ン ゼ ル ス ・ タ イ ム ス』 の 社 説 は、 見 直 し 報 告 で、 政 府 が 民 間 に よ る 犯 人 側 と の 接 触 を 支
援 す る と し て い る こ と に つ い て、 テ ロ 組 織 と 取 引 を 始 め る よ う に 受 け 止 め ら れ る、 と 批 判
している
(44)
。 ま た、『ワ シ ン ト ン・ポ ス ト』 も、家 族 に 対 し て 身 代 金 支 払 い を 免 責 す る こ と
は 非 公 式 に 伝 え る べ き こ と で、 大 統 領 府 の 声 明 と し た こ と は、 今 後、 重 大 な 誤 り と な る お
そ れ が あ る、 と い っ た 論 説 を 掲 載 し て い る
(45)
。
こ の ほ か、共 和 党 系 シ ン ク タ ン ク と さ れ る ヘ リ テ ー ジ 財 団(Heritage Foundation)の カ リ ー・
(40) インテリジェンス(Intelligence)とは、
「政策決定者が国家安全保障上の問題に関して判断を行うために政策
決定者に提供される、情報から分析・加工された知識のプロダクト、あるいはそうしたプロダクトを生産するプ
ロセス」のことを言う、と定義されている。小林良樹『インテリジェンスの基礎理論 第 2 版』立花書房, 2014, p.4.
(41) Julie Hirschfeld Davis,“In Hostage policy Shift, Obama Admits Failures,”New York Times, June 25, 2015, p.A.11.
(42) 例えばダンカン・ハンター(Duncan D. Hunter)下院議員(共和党)やジョン・デラニー(John K. De-laney)
下院議員(民主党)は、統合室の上位に単一の担当官を置くことを主張している。以下の資料を参照。Jeremy
Diamond,“Lawmakers‘disappointed’with hostage policy reforms push legislation,”CNN politics, June 24, 2015.〈http://
edition.cnn.com/2015/06/23/politics/hostage-policy-review-congress-bill/〉
(43) Brian Michael Jenkins,“Should there be a hostage czar?,”Hill, June 1, 2015.〈http://thehill.com/blogs/pundits-blog/
defense/243580-should-there-be-a-hostage-czar〉
(44) “Incentivizing hostage-takers,”Los Angeles Times, June 25, 2015, p.A.14.
(45) “The President’s public mistake,”Washington Post, June 26, 2015, p.A.20.
10 外国の立法 266(2015.12)
アメリカにおける人質返還政策の見直しと関連立法―政策見直し報告と大統領令を中心に―
ス テ ィ ム ソ ン (Cully Stimson) 研 究 員 は、 身 代 金 支 払 い の 免 責 に つ い て、 実 際 に 刑 事 訴 追
さ れ た 例 が 存 在 し な い こ と や、 大 統 領 政 策 指 令 が 刑 事 訴 追 の 免 責 に つ い て 何 ら 規 定 し て い
な い こ と を 論 拠 と し て、 そ の 実 効 性 を 疑 問 視 し て い る。 ま た、 同 研 究 員 は、 今 回 の 見 直 し
が 関 連 法 規 定 (前 述 の 合 衆 国 法 典 第 18 篇 第 2339B 条) の 廃 止 を 企 図 し て い る の で あ れ ば、
議 会 で の 法 改 正 に よ る べ き で、 大 統 領 に そ の 権 限 は な い と 述 べ、 オ バ マ 政 権 は、 議 会 を 通
さ ず に、 実 質 上 連 邦 法 の 改 正 を 行 っ て い る、 と い っ た 趣 旨 の 批 判 を 展 開 し て い る
(46)
。
2 連邦議会における立法動向
連 邦 議 会 に は、 人 質 問 題 対 応 の 統 合 と い う 観 点 か ら、 各 政 府 機 関 に 対 し 指 揮 権 を 有 す る
単 一 の 担 当 官 を 設 置 す る こ と を 目 的 と し た 法 案 が 提 出 さ れ て い る。 一 例 を 挙 げ れ ば、 ダ
ン カ ン ・ ハ ン タ ー 議 員 (前 述) を 主 な 提 案 者 と し て、2015 年 3 月 19 日、 下 院 外 交 委 員 会
に 付 託 さ れ た 「人 質 返 還 改 善 法 (Hostage Recovery Improvement Act) 案」(H.R. 1498) が あ る。
こ の 法 案 は、 人 質 解 放 に 向 け た 政 府 の 取 組 を 調 整 す る た め、 大 統 領 が 既 存 の 政 府 役 職 者 を
「 人 質 返 還 問 題 機 関 調 整 官 」(Interagency Hostage Recovery Coordinator) に 任 命 す る こ と、「 機
関 調 整 官」 が 人 質 問 題 に 係 る 政 府 の 全 活 動 を 調 整 及 び 指 揮 し、 ま た、 個 々 の 人 質 事 件 対 応
に つ い て、 政 府 機 関 の し か る べ き 職 員 に よ り 構 成 す る 対 策 チ ー ム (task force) を 設 置 す る
こ と な ど を 定 め て い る (2015 年 9 月 末 現 在、 審 議 中)。
な お、 ハ ン タ ー 議 員 は、 今 回 の 政 策 見 直 し に つ い て、 大 規 模 な 改 革 が 求 め ら れ て い る
に も か か わ ら ず、 今 回 提 唱 さ れ た 改 革 案 は 「 単 な る 見 せ か け 」 に 過 ぎ な い、 と 批 判 し て
い る。 そ の 論 旨 は、 オ バ マ 政 権 は 統 合 室 を FBI に 置 く と し て い る が、FBI は、 世 界 規 模 の
人 質 問 題 危 機 を 扱 え る よ う に は な っ て お ら ず、 こ の 決 定 は 誤 り で あ る、 こ の 問 題 に つ い
て は 国 防 総 省 が 主 導 的 な 役 割 を 担 う べ き だ、と い う も の で あ る
(47)
。 同 議 員 は、人 質 返 還 問
題 を め ぐ る そ の 他 の 法 案 に も 関 与 し て い る。 同 議 員 は、2015 年 5 月 14 日、 下 院 本 会 議 で
「2016 会 計 年 度 国 防 支 出 権 限 法(National Defense Authorization Act for Fiscal Year 2016)案」
(H.R.
1735)(48) に 第 1092 条「人 質 返 還 問 題 機 関 調 整 官」を 挿 入 す る 提 案 を 行 っ た
(49)
。同条の内容は
前 述 の 「人 質 返 還 改 善 法 案」 と 大 き く 変 わ る と こ ろ は な い が、 同 条 (d) は、 こ の 条 は、 い
か な る 形 で も 連 邦 政 府 が、 テ ロ リ ズ ム を 支 援 す る 国 又 は、 国 務 長 官 が 外 国 の テ ロ リ ス ト 組
織 と 指 定 し た 組 織 と 交 渉 す る こ と を 認 め て い る と 解 釈 さ れ て は な ら な い、 と 定 め て お り、
「交 渉 し な い」 の 原 則 を 重 視 し て い る こ と が 窺 わ れ る。
おわりに
2014 年 8 月 20 日、国 防 総 省 の ジ ョ ン・カ ー ビ ー(John Kirby)報 道 官 は、米 軍 が、シ リ ア で「イ
ス ラ ム 国」 の 人 質 と さ れ て い た 米 国 民 の 救 出 を 試 み た も の の、 人 質 の 所 在 が 確 認 で き ず、
(46) Cully Stimson,“Does Obama’s New Hostage Policy Allow Negotiations With Terrorists? Details Must Be Clarified,”
Daily Signal, June 24, 2015.〈http://dailysignal.com/2015/06/24/does-obamas-new-hostage-policy-allow-negotiations-withterrorists-details-must-be-clarified/〉同研究員は、論考のなかで「いかなる大統領も大統領令によって法律を書き換
えることはできない。」とも述べている。
(47) Martin Matishak,“GOP lawmaker decries‘window dressing’changes to hostage rules,”Hill, June 23, 2015.〈http://
thehill.com/policy/defense/245863-gop-lawmaker-calls-decries-changes-to-hostage-policy-as-window-dressing〉
(48) この法案は、2015 年 4 月 13 日に下院へ付託され、その後上下両院でそれぞれ通過したが、両院間で調整のた
め、2015 年 9 月末現在、成立に至っていない。なお、国防支出権限法とは、国防総省の予算法として毎会計年度
制定されるもので、主な予算費目のほか、同省の政策に関連した事項も規定される。
(49) Congressional Record, 114 Cong. 1st sess., Vol.161, No.74, May 14, 2015, H3170-3171.
外国の立法 266(2015.12)
11
特集:財政ガバナンス
作戦が成功しなかったことを公表した
(50)
。 作 戦 の 詳 細 は 明 ら か に な っ て い な い が、救 出 対
象 と さ れ た 人 質 は、 前 述 の ジ ェ ー ム ス・フ ォ ー リ ー 氏 で あ っ た と 見 ら れ て い る
(51)
。軍事作
戦 に よ る 人 質 救 出 に つ い て は、 常 に 成 功 の 保 証 が あ る わ け で は な く、 失 敗 し た 場 合 の リ ス
ク も 大 き い。 従 っ て 米 国 は、 主 と し て 軍 事 作 戦 以 外 の 人 質 解 放 戦 略 を 検 討 し て い る も の と
見 ら れ る が、 そ の 一 方、 犯 人 側 ・ テ ロ 組 織 と は 交 渉 し な い と い う 政 策 上 の 原 則 が あ り、 公
式 に は 人 質 解 放 の た め 選 択 で き る オ プ シ ョ ン が 限 ら れ る な か、 米 国 の 人 質 返 還 政 策 は、 複
雑 か つ 困 難 な 課 題 に 直 面 し て い る。
課 題 へ の 対 応 と し て、 オ バ マ 政 権 は、 政 策 の 見 直 し と 関 連 立 法 を 行 い、 政 府 組 織 の 再 編
と 政 策 の 一 部 修 正 と い う 「回 答」 を 示 し た。 し か し、 前 述 の と お り、 組 織 再 編 に つ い て は
実 効 性 を め ぐ る 議 論 が あ る。 ま た、 今 回 新 し く 打 ち 出 さ れ た 政 策 の う ち、「犯 人 と 接 触 す
る が 交 渉 し な い」 と い う 考 え 方 は、 論 理 的 に 分 か り づ ら く、 ま た、 運 用 面 に 不 透 明 さ を 残
し て い る こ と も 否 め な い。 接 触 は 取 引 に つ な が る の で は、 と の 懸 念 が 示 さ れ る ゆ え ん で も
あ る が、 犯 人 側 ・ テ ロ 組 織 と の 接 触 に つ い て、 特 に 問 題 と な る の は 身 代 金 の 件 で あ る。
人 質 解 放 手 段 と し て の 有 効 性、 将 来 の 事 件 発 生 抑 止 と い っ た 観 点 か ら、 国 際 社 会 で は 身
代 金 支 払 い の 是 非 が 重 大 な 関 心 を 呼 ん で い る。 米 国 は、 少 な く と も 政 府 は 支 払 わ な い と い
う 原 則 を 当 面 維 持 し て い く と 思 わ れ る が、 家 族 の 支 払 い に つ い て は、 ど の 程 度 認 め る の か、
人 質 解 放 戦 略 の 上 で ど の よ う に 位 置 づ け る の か と い っ た 点 に つ い て、 政 府 の 考 え 方 は 必 ず
しも明らかではない
(52)
。 ま た、家 族 の 身 代 金 支 払 い を 刑 事 免 責 す る 点 に つ い て も、見 直 し
報 告 で は 触 れ て い る が、 具 体 的 に 法 令 で 規 定 さ れ た わ け で は な く、 新 た な 方 針 が 実 行 さ れ
る の か 不 確 か と 言 わ ざ る を 得 な い。 依 然 と し て 人 質 返 還 政 策 の 課 題 と 論 点 は 残 さ れ て お り、
新 た な 立 法 措 置 を 含 め、 今 後 も 米 国 内 で こ の 問 題 を め ぐ る 議 論 は 続 く も の と 見 ら れ る。
人 質 問 題 対 応 は、 我 が 国 に と っ て も 重 要 性 を 帯 び つ つ あ る 政 策 課 題 で あ る。 我 が 国 と し
て も、 主 要 国 で あ り 同 盟 関 係 に も あ る 米 国 に お け る 議 論 や 立 法 動 向 を 注 視 し て い く 必 要 が
あ る だ ろ う。
(す ず き し げ る)
(50) U.S. Department of Defense,“Statement from Pentagon Press Secretary RADM John Kirby on Attempted
Rescue Operation,”News Release, NR-436-14 of August 20, 2014.〈http://archive.defense.gov/Releases/Release.
aspx?ReleaseID=16895〉
(51) Michael D. Shear and Eric Schmitt,“U.S. Tried to Rescue Journalist and Others in Syria, but Found No Hostages,” New
York Times, August 21, 2014, p.A.9.
(52) 身代金をめぐる政府の対応は一貫しておらず、政府関係者が家族の身代金支払いを助けた事例が少なくとも 1
回はある、という見方がある。Jenkins, op.cit (43)
12 外国の立法 266(2015.12)
人質返還活動に関する大統領令第 13698 号
Hostage Recovery Activities Executive Order 13698, June 24, 2015 (1)
国立国会図書館 調査及び立法考査局
海外立法情報課長 鈴木 滋訳 【目 次】
第 1 条 目的
第 2 条 人質返還統合室の設置及び責務
第 3 条 人質対応グループの設置
第 4 条 人質問題大統領特使の設置
第 5 条 報告
第 6 条 定義
第 7 条 通則
ア メ リ カ 合 衆 国 の 憲 法 及 び 法 律 に よ り、 大 統 領 と し て の 私 に 与 え ら れ た 権 限 に よ り、 こ
こ に、 以 下 の 大 統 領 令 を 発 す る。
第 1 条 目的
21 世 紀 は、 海 外 で の テ ロ リ ス ト 組 織 及 び 犯 罪 集 団 に よ る 人 質 を 取 る 行 為 の 重 要 な 転
換 を 目 撃 し て き た。 人 質 を 取 る 者 は、 合 衆 国 政 府 並 び に 合 衆 国 の パ ー ト ナ ー 及 び 同 盟 国
が、 効 果 的 に 活 動 す る 能 力
(2)
に と っ て 課 題 と な る [政 情 等 の] 不 安 定 な 地 域 で 活 動 し て
い る。 人 質 を 取 る 者 は、 以 前 に も 増 し て、 政 府 機 関 職 員 と 同 様、 ジ ャ ー ナ リ ス ト 及 び 援
助 関 係 者 を 含 む 民 間 人 を 標 的 と し て い る。 人 質 を 取 る 者 は、 ま た、 人 質 を 取 る 活 動 か ら
[組 織 の] 財 政、 宣 伝 及 び [人 員] 募 集 に 係 る 利 益 を 得 る た め、 以 前 に も 増 し て、 高 度
な ネ ッ ト ワ ー ク 及 び 戦 術 を も 活 用 し て い る。 合 衆 国 は、 海 外 で 人 質 と さ れ た 合 衆 国 国 民
の安全な返還
(3)
を 確 保 す る こ と に 全 力 を 傾 け る と も に、 人 質 を 取 る 者 に 対 し、 い か な る
形 で も 彼 ら の 活 動 に 対 す る 利 益 供 与 を 拒 否 す る こ と に よ り、 人 質 を 取 る 行 為 の 再 発 を 抑
止 す る こ と に 全 力 を 傾 け る。 こ の よ う な 人 質 を 取 る 行 為 は、 固 有 の 課 題 を 提 示 し て い る
た め、 合 衆 国 政 府 は、 政 府 の [人 質 を 取 る 者 に は] 譲 歩 し な い 政 策 と 合 致 し た 形 で、 こ
れ ら の [課 題 対 応 に 向 け た] 目 標 を 達 成 す る た め に 国 力 の 全 手 段 を 活 用 す る た め に 組 織
化 さ れ、 か つ、 調 整 さ れ た 取 組 を 行 わ な け れ ば な ら な い。 国 家 安 全 保 障 会 議 で の 調 整 を
経 た 政 策 指 針 を 踏 ま え て 行 わ れ る、 海 外 で 人 質 と さ れ た 合 衆 国 国 民 の 返 還 に 向 け た 全 て
の 取 組 を 調 整 す る、 合 衆 国 政 府 に お け る 単 一 の 運 用 機 構
(4)
を 設 置 す る こ と は、 人 質 返 還
成 功 の 可 能 性 を 高 め、 人 質 及 び 人 質 の 家 族 に 対 す る 支 援 強 化 を 可 能 と し、 外 交 政 策 及 び
海 外 に お け る 国 家 安 全 保 障 上 の 利 益 を 促 進 し、 人 質 を 取 る 者 へ の 刑 事 訴 追 が、 成 功 裡 に
行 わ れ る こ と の 見 込 み を 強 め る で あ ろ う。 こ の 調 整 さ れ た 取 組 を 支 援 す る た め に 活 動 す
る、 上 級 の 外 交 代 表
(5)
を 配 置 す る こ と は、 人 質 の 安 全 な 返 還 の 可 能 性 を さ ら に 強 め る で
(1) Executive Order 13698 of June 24, 2015:“Hostage Recovery Activities, Federal Register,”Vol.80, No.124, June 29, 2015,
pp.37131-37134. 〈http://www.gpo.gov/fdsys/pkg/FR-2015-06-29/pdf/2015-16122.pdf〉以 下、 イ ン タ ー ネ ッ ト 情 報 は
2015 年 10 月 5 日現在である。また、[ ]で括った部分は訳者の補記である。
(2) 海外における米国民の保護のため必要とされる諸活動を意味するものと考えられる。
(3) ここでいう「人質の返還」とは、外国で人質となっている自国民の身柄を取り戻すことを意味する。
(4) ここでいう「単一の運用機構」とは、この命令の第 2 条が規定する人質返還統合室(HRFC)を指す。
(5) ここでいう「上級の外交代表」とは、この命令の第 4 条が規定する人質問題大統領特使を指す。
国立国会図書館調査及び立法考査局
外国の立法 266(2015.12) 13
特集:財政ガバナンス
あ ろ う。
第 2 条 人質返還統合室の設置及び責務
(a) 司 法 長 官 を 代 理 す る 連 邦 捜 査 局 (FBI) 長 官 は、 行 政 上 の 目 的 に よ り、 政 府 機 関 の 調
整 組 織 と し て、FBI に 人 質 返 還 統 合 室 (HRFC) (6) を 設 置 し な け れ ば な ら な い。
(b) 以 下 に 掲 げ る 省、 庁 及 び 諸 機 関 (局 等) は、HRFC に 参 加 し な け れ ば な ら な い。
ⅰ
国務省
ⅱ
財務省
ⅲ
国防総省
ⅳ
司法省
ⅴ
国家情報長官
ⅵ
連 邦 捜 査 局 (FBI)
ⅶ
中 央 情 報 局 (CIA)
ⅷ
大 統 領 又 は 司 法 長 官 を 代 理 す る FBI 長 官 が、 そ の 都 度 指 名 す る そ の 他 の 機 関
(7)
官房
(c) HRFC に は 室 長 を 置 か な け れ ば な ら ず、[室 長 の 身 分 は]FBI の 常 勤 上 級 職 員 若 し く は
被 用 者 又 は FBI に 派 遣 さ れ た 者 で な け れ ば な ら な い。HRFC に は 家 族 関 与 調 整 官
(8)
及び
そ の 他 の 職 員 又 は 被 用 者 を 適 宜 配 置 し な け れ ば な ら な い。HRFC に 参 加 す る 各 機 関 の 長
は、 司 法 長 官 を 代 理 す る FBI 長 官 が、 各 機 関 の 長 と の 協 議 を 経 て [配 置 等 を] 要 望 で き
る 職 員 を、 法 律 に よ り 認 め ら れ る 範 囲 で、HRFC に 配 置 又 は 派 遣 可 能 と し な け れ ば な ら
な い。 そ れ ら 派 遣 又 は 配 置 さ れ る 職 員 は、 活 動 に あ た り、 所 属 機 関 が 提 供 す る ク リ ア ラ
ンス
(9)
の 適 用 を 受 け る。
(d) HRFC は、 海 外 で 人 質 と さ れ た 合 衆 国 国 民 の 安 全 な 返 還 を 確 保 す る た め、[人 質 返 還 活
動 に] 関 連 す る 全 て の 情 報、 専 門 的 技 術 及 び 資 源 が 集 中 さ れ る こ と を 保 証 す る よ う、 参
加 各 機 関 に よ る 取 組 を 調 整 し な け れ ば な ら な い。HRFC は、 合 衆 国 が 国 益 を 有 し、 海 外
で 発 生 し た 人 質 を 取 る 他 の 事 件 で あ っ て、2009 年 2 月 13 日 の 大 統 領 政 策 指 令 第 1 号 (国
家 安 全 保 障 会 議 シ ス テ ム の 組 織)(10) 又 は あ ら ゆ る 後 続 指 令 が 定 め る 副 長 官 級 委 員 会
(11)
に
(6) HRFC は「Hostage Recovery Fusion Cell」の略称である。第 2 条以下、各組織について大統領令の原文で略称が
用いられている箇所については、翻訳の表記もそれに倣った。
(7) 国家情報長官は、9.11 同時多発テロ事件後、情報体制の強化を目的として設置された。その任務は各情報機
関が行う情報の収集・分析・配布を統括することなどである(合衆国法典第 50 編第 3024 条)。国家情報長官の
設置経緯や設置根拠、任務等については、以下の文献が詳しい。宮田智之「米国におけるテロリズム対策―情報
活動改革を中心に―」『外国の立法』No. 228, 2006.5, pp.60-64.〈http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_1000366_
po_022804.pdf?contentNo=1&alternativeNo=〉
(8) 調整官の任務について、大統領令は特段定めていない。オバマ大統領は、大統領令と同時に大統領政策指令
(Presidential Policy Directive)第 30 号「海外で人質とされた合衆国国民及び当該人質の返還に向けた取組」を
発令した。この指令は、調整官の任務として、各省庁の家族対応措置を調整し、家族へ適時に情報を提供する
こ と な ど を 挙 げ て い る( 第 4 条 )。Presidential Policy Directive/PPD-30,“U.S. Nationals Taken Hostage Abroad and
Personnel Recovery Efforts,”June 24, 2015.〈https://www.whitehouse.gov/the-press-office/2015/06/24/presidential-policydirective-hostage-recovery-activities〉なお、大統領政策指令第 30 号の概要については、本号の本文解説を参照。
(9) 重要情報にアクセスする権限を付与するため、各省庁で行われる人物情報の審査(いわゆる「セキュリテイ・
クリアランス」)を指す。
(10) Presidential Policy Directive/PPD-1,“Organization of the National Security Council System,”February 13, 2009.〈http://
fas.org/irp/offdocs/ppd/ppd-1.pdf〉
(11) 副長官級委員会(Deputies Committee)は、国務省や財務省、国防総省など各省庁の次官クラスが参加し、国
土安全保障及びテロリズム対策担当大統領補佐官と国家安全保障問題担当大統領次席補佐官が議長を務める、国
家安全保障会議(NSC)の枢要な組織である。その任務は、省庁間調整作業の評価及び監視、主な外交政策の実
施状況に対する評価、日常的な危機管理の総括などである。ibid., pp.3-4. 以下の資料も参照。吉崎知典「第 1 章
米国―国家安全保障会議(NSC)」松田康博編著『NSC 国家安全保障会議―危機管理・安保政策統合メカニズム
の比較研究―』彩流社, 2009, p.40.
14 外国の立法 266(2015.12)
人質返還活動に関する大統領令第 13698 号
よ り HRFC に 対 し 特 に 付 託 さ れ た も の に 係 る 合 衆 国 政 府 の 対 応 調 整 も 任 務 と す る こ と が
で き る。 国 家 安 全 保 障 会 議 で の 調 整 を 経 た 政 策 指 針 に 従 い、HRFC は、 以 下 の 全 て の 事
項 を 行 わ な け れ ば な ら な い。
ⅰ
国 家 安 全 保 障 会 議 を 通 し て 大 統 領 に 対 し、 人 質 返 還 [活 動] の 選 択 肢 及 び 戦 略 の 特
定 並 び に 勧 告 を 行 う こ と。
ⅱ
人 質 を 取 る 行 為 に 対 し て 調 整 さ れ た 対 応 を 促 進 す る た め、 人 質 返 還 [活 動] に つ い
て [実 行] 可 能 性 を 有 す る 選 択 肢 及 び 家 族 へ の 関 与 並 び に 外 部 要 因 (外 国 政 府 [に よ
る 対 応] を 含 む) を 含 む、 人 質 事 件 に 関 す る 情 報 が、 合 衆 国 政 府 内 で 適 切 に 共 有 さ れ
る こ と を 確 保 す る よ う、 参 加 各 機 関 に よ る 取 組 を 調 整 す る こ と。
ⅲ
海 外 で 発 生 し た、 合 衆 国 国 民 を 人 質 に 取 る 事 件 の 全 て に つ い て、[状 況 の] 評 価 及
び 追 跡 を 行 い、 並 び に そ れ ら 事 件 の 状 況 及 び 人 質 の 安 全 な 返 還 に 向 け て 取 ら れ て い る
あ ら ゆ る 手 段 に つ い て、 国 家 安 全 保 障 会 議 を 通 し て 大 統 領 に 対 し、 定 期 的 に 報 告 す る
こ と。
ⅳ [参 加 各 機 関 の 間 で] 情 報
(12)
を 共 有 す る た め の フ ォ ー ラ ム を 設 置 し、 及 び 国 家 情 報
長 官 の 支 援 を 受 け て、 関 連 す る 情 報
ⅴ
(13)
の 機 密 解 除 に 係 る 調 整 を 行 う こ と。
人 質 と 人 質 の 家 族 に 対 し、 調 整 さ れ、 か つ、 首 尾 一 貫 し た 手 法 で 適 切 な 支 援 及 び 援
助 を 提 供 す る た め、 及 び 当 該 事 案 の 重 要 な 進 捗 に 関 す る 情 報 を 適 時 に 提 供 す る た め に
行 わ れ る 参 加 各 機 関 の 取 組 を 調 整 す る こ と。
ⅵ
合 衆 国 国 民 が 海 外 で 人 質 と さ れ る 可 能 性 を 減 じ、 及 び 合 衆 国 政 府 が 人 質 を 取 る 行 為
が 行 わ れ た 後 に [政 府 並 び に 人 質 及 び 家 族 に と っ て] 望 ま し い 結 果 が 得 ら れ る 公 算 を
最 大 限 に 高 め る 準 備 を 強 化 す る た め、 参 加 各 機 関 に 対 し て 勧 告 を 行 う こ と。
ⅶ
人 質 事 件 に 関 係 す る 議 会、メ デ ィ ア、及 び そ の 他 の 公 的 な 照 会 [へ の 対 応] に つ い て、
参 加 各 機 関 と の 調 整 を 行 う こ と。
第 3 条 人質対応グループの設置
(a) 海 外 で 人 質 と さ れ た 合 衆 国 国 民 の 安 全 な 返 還 を 促 進 す る た め、 大 統 領 特 別 補 佐 官 及 び
テ ロ リ ズ ム 対 策 上 級 担 当 官 が 主 催 し、 定 期 的 及 び 国 家 安 全 保 障 会 議 の 要 請 に よ り 必 要 が
あ る 場 合 に 開 催 さ れ る 人 質 対 応 グ ル ー プ(HRG)(14) が 設 置 さ れ な け れ ば な ら な い。HRG は、
合 衆 国 が 国 益 を 有 し、 海 外 で 発 生 し た 人 質 を 取 る 他 の 事 件 で あ っ て、 副 長 官 級 委 員 会 に
よ り HRFC に 対 し 特 に 付 託 さ れ た も の に 係 る 合 衆 国 政 府 の 対 応 調 整 も 任 務 と す る こ と が
で き る。
(b) HRG の 正 式 メ ン バ ー に は、HRFC の 長、HRFC の 家 族 関 与 調 整 官 並 び に 国 務 省、財 務 省、
国 防 総 省、 司 法 省、FBI、 国 家 情 報 長 官 官 房 及 び 大 統 領 が そ の 都 度 指 名 す る そ の 他 の 機
関 の 上 級 代 表 を 含 め な け れ ば な ら な い。
(c) HRG は、 国 土 安 全 保 障 及 び テ ロ リ ズ ム 対 策 担 当 大 統 領 補 佐 官 が 主 催 す る 副 長 官 級 委
員 会 の 支 援 を 受 け、 大 統 領 政 策 指 令 第 1 号 又 は あ ら ゆ る 後 続 指 令 で 定 め る 手 順 と 合 致 し
た 形 で、 以 下 の 全 て の 事 項 を 行 わ な け れ ば な ら な い。
(12) 原語は「intelligence」である。インテリジェンスとは、
「政策決定者が国家安全保障上の問題に関して判断を
行うために政策決定者に提供される、情報から分析・加工された知識のプロダクト、あるいはそうしたプロダク
トを生産するプロセス」のことを言う、と定義されている。小林良樹『インテリジェンスの基礎理論 第 2 版』
立花書房, 2014, p.4.
(13) 原語は「information」である。
(14) HRG は「Hostage Response Group」の略称である。
外国の立法 266(2015.12)
15
特集:財政ガバナンス
ⅰ
2015 年 6 月 24 日 の 大 統 領 政 策 指 令 第 30 号 (海 外 で 人 質 と さ れ た 合 衆 国 国 民 及 び 当
該 人 質 の 返 還 に 向 け た 取 組) (15) と 合 致 し た 形 で、 国 家 安 全 保 障 会 議 を 通 し て 大 統 領 に
対 し、 人 質 返 還 [活 動] の 選 択 肢 及 び 戦 略 の 特 定 及 び 勧 告 を 行 う こ と。
ⅱ
大 統 領 政 策 指 令 第 30 号 で 定 め る 政 策 と 合 致 し た 形 で、 合 衆 国 国 民 で あ る 人 質 の 返
還 に 係 る 政 策、 戦 略 及 び 手 続 の 策 定 及 び 実 施 を 調 整 す る こ と。
ⅲ
海外で発生した合衆国国民を人質に取る事件の状況及び人質の安全な返還に影響を
及 ぼ す た め に 取 ら れ て い る 手 段 に つ い て、HRFC か ら 定 期 的 に 内 容 が 更 新 さ れ た 報 告
を 受 け る こ と。
ⅳ
HRFC に よ り 提 案 さ れ た 人 質 返 還 [ 活 動 ] の 選 択 肢 に 対 す る 見 直 し 及 び HRFC に お
け る 紛 争 の 解 決 に 向 け た 取 組 を 含 む、HRFC に 対 す る 政 策 指 針 の 提 供 に つ い て 調 整 す
る こ と。
ⅴ [人 質 返 還 活 動 を 実 施 す る 上 で] よ り 高 い レ ベ ル の 指 針 が 必 要 と さ れ る 場 合 に お い
て、 副 長 官 級 委 員 会 に 対 し て 勧 告 を 行 う こ と。
第 4 条 人質問題大統領特使の設置
(a) 大 統 領 が 任 命 し、 国 務 長 官 に 対 し 報 告 義 務 を 有 す る 人 質 問 題 大 統 領 特 使 (特 使) が 設
置 さ れ な け れ ば な ら な い。
(b) 特 使 は、 以 下 の 全 て の 事 項 を 行 わ な け れ ば な ら な い。
ⅰ
合 衆 国 の 人 質 [返 還] 政 策 に 係 る 外 交 関 与 を 主 導 す る こ と。
ⅱ
HRFC と 調 整 し、 又、HRG と の 協 議 を 経 た 政 策 指 針 と 合 致 し た 形 で、 人 質 返 還 に 向
け た 取 組 を 支 援 す る 全 て の 外 交 上 の 関 与 を 調 整 す る こ と。
ⅲ
人 質 返 還 に 向 け た 取 組 を 支 援 す る 外 交 上 の 関 与 及 び 戦 略 に 対 す る HRFC の 提 案 と の
調 整 を 行 う こ と。
ⅳ
特 使 室 か ら HRFC 及 び HRG に 対 し 上 級 代 表 を 提 供 す る こ と。
ⅴ
時 宜 に 応 じ て、HRFC と 調 整 の 上、 外 国 政 府 が 合 衆 国 国 民 を 拘 留 し て い る こ と を 認
め て い る も の の、 合 衆 国 政 府 は 当 該 国 民 の 拘 留 を 不 法 又 は 不 当 と 見 な し て い る 事 案 に
関 す る 外 交 上 の 関 与 に つ い て 調 整 す る こ と。
第 5 条 報告
(a) こ の 命 令 が 制 定 さ れ て か ら 180 日 以 内 に、HRG は、HRFC の 設 置 及 び HRG と の 協 議 を
経 た 政 策 指 針 の HRFC に よ る 実 施 に つ い て、 国 土 安 全 保 障 及 び テ ロ リ ズ ム 対 策 担 当 大 統
領 補 佐 官 に 対 し、 状 況 報 告 を 提 出 し な け れ ば な ら な い。
(b) こ の 命 令 が 制 定 さ れ て か ら 1 年 以 内 に、国 家 テ ロ リ ズ ム 対 策 セ ン タ ー
(16)
の 長 は、国 務
長 官、 国 防 長 官、 司 法 長 官 及 び FBI 長 官 と 協 議 の 上、 こ の 命 令 の 実 施 状 況 に つ い て、 国
土 安 全 保 障 及 び テ ロ リ ズ ム 対 策 担 当 大 統 領 補 佐 官 に 対 し、 報 告 を 提 出 し な け れ ば な ら な
い。 こ の 報 告 は、 以 前 人 質 と な っ て い た 者 及 び 人 質 の 家 族 を 含 む 合 衆 国 政 府 外 の 利 害 関
係 者 に 対 し 協 議 の 上 周 知 し、 又、 可 能 な 範 囲 で 一 般 公 衆 の 利 用 に 供 さ な け れ ば な ら な い。
(15) Presidential Policy Directive/PPD-30, op.cit.(8)
(16) 国家テロリズム対策センターは、9.11 同時多発テロ事件後、テロ対策強化を目的とし、
「2004 年情報活動改革
テロリズム予防法」(Intelligence Reform and Terrorism Prevention Act of 2004, Pub. L. No.108-458)に基づいて設置
された。その任務は、政府が有するテロリズム情報の分析及び統合、テロ対策に関する戦略的作戦計画の実行な
どである。国家テロリズム対策センターの設置経緯や任務等については、以下の文献を参照。宮田 前掲注 (7),
pp.60-62, 64-65.
16 外国の立法 266(2015.12)
人質返還活動に関する大統領令第 13698 号
第 6 条 定義
こ の 命 令 に お い て は、「合 衆 国 国 民」 と は、(a) 合 衆 国 法 典 第 8 編 第 1101 条 (a)(22) 若 し
く は 合 衆 国 法 典 第 8 編 第 1408 条 で 定 め る 合 衆 国 国 民、 又 は (b) 合 衆 国 と 顕 著 な つ な が り
を 有 す る 合 法 的 な 永 住 外 国 人 を 意 味 す る も の と す る。
第 7 条 通則
(a) こ の 命 令 は、 適 用 の あ る 法 律 と 合 致 す る 形 で、 及 び 予 算 の 執 行 限 度 に 従 っ て 実 施 し な
け れ ば な ら な い。
(b) こ の 命 令 の い か な る 条 項 も、 以 下 の 事 項 を 損 な い、 さ も な け れ ば こ れ ら に 影 響 を 及 ぼ
す も の と 解 釈 さ れ て は な ら な い。
ⅰ
法 律、 規 則、 大 統 領 令 又 は 大 統 領 指 令 に よ っ て、 あ ら ゆ る 省、 庁 又 は そ れ ら の 長 に
与えられた権限
ⅱ
予 算、 行 政 又 は 立 法 上 の 提 案 に 係 る 行 政 管 理 予 算 局 長 の 機 能
(c) こ の 命 令 は、 合 衆 国 並 び に 合 衆 国 の 省、 庁、 各 種 機 関、 職 員、 被 用 者、 代 理 人 又 は そ
の 他 あ ら ゆ る 者 に 対 し、 い か な る 関 係 者 に よ っ て も、 実 体 上 又 は 手 続 上、 法 律 又 は 衡 平
法 (17) により 履 行 を 強 制 で き る い か な る 権 利 又 は 利 益 を 設 定 す る こ と も 意 図 し た も の では
な く、 か つ、 設 定 す る も の で も な い。
(す ず き し げ る)
(17) 衡平法(エクイティ)とは、裁判を通して形成されてきた、コモン・ローと並ぶ、英米法の二大法体系の 1
つとされており、コモン・ロー上は救済されないが、公平・正義の観点からは法的救済が必要と思われるものを
救済する補正的正義を意味する。小山貞夫編著『英米法律語辞典』研究社, 2011, p.375.
外国の立法 266(2015.12)
17
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