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2014 年度 入門ミクロ経済学 B

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2014 年度 入門ミクロ経済学 B
17
2014 年度
入門ミクロ経済学 B
第3回
2014 年 4 月 21 日
市野泰和
第1章:需要と供給(教科書 pp. 17-38)
第 0 章のイントロダクションで明らかにしたように、経済学は、さまざまな財・サービス
の生産・交換・消費を通して実現する私たちの幸せについて考える学問であり、特に「交換」
に強い関心を持ちます。
そして、この授業、入門ミクロ経済学では、市場経済の性能について学びます。市場経済
とは、さまざまな財やサービスにつけられている価格を参考に、私たち一人ひとりが、自分
は何をいくらでどれだけ買い何を買わないのか、自分は何をいくらでどれだけ売り何を売ら
ないのかを自由に決め、その結果として世の中全体でどんな財・サービスが誰によってどれ
だけ生産され消費されるのかが決まるしくみのことです。
市場経済における交換とは、財やサービスの売買です。それを最も単純な形で表したもの
のひとつが需要と供給のグラフです。したがって、需要と供給のグラフとは何なのか、それ
にはどんな使いみちがあるのかを理解することは、この授業の中心的なテーマとなります。
需要と供給のグラフの使いみちは、大きく分けて二つあります。
(1) さまざまな財・サービスの価格と取引量の変化を統一的に理解する方法として使える。
(2) 価格が何を表しているのかを明らかにし、市場経済の性能を測る道具として使える。
この章では、(1)について説明します。(2)は、この授業の最終的なゴールです。第 2 章・第 3
章でそれぞれ需要と供給について詳しく学んだうえで、第 4 章で(2)について学びます。
1-1.中学・高校で出てくる「需要と供給」
「需要と供給」という言葉を今まで一度も聞いたことがないという人はおそらくいないで
しょう。需要と供給のグラフは、中学校の「公民」でも、高校の「現代社会」や「政治・経
済」でも出てきます。例えば、ある公民の教科書には、次のようなグラフと説明が載ってい
ます。
18
買い手が希望する購入量を需要量といい、売り手が希望する販売量を供給量といいます。需要量と
供給量がつり合い、売り手も買い手も希望通りの取り引きが実行できる価格を均衡価格といいます。
市場で売買されている商品の価格(市場価格)が均衡価格より低ければ、買い手が買い入れを競争し
合って市場価格がしだいに上がるでしょう。逆に、市場価格が均衡価格より高ければ、売り手は販売
を競争し合って価格を下げるでしょう。売り手と買い手の競争は、この均衡価格をさぐりあてるのに
役立つと考えられます。
中学社会 公民的分野 日本文芸出版(2011 年)
、pp.128-129
中学公民の教科書に載っているこのグラフと説明文は、正しいです。もう、まったくもっ
て正しいです。しかし、この説明文は、率直に言って、中学生はもちろんのこと、大学生の
みなさんが読んでもわけがわからないと思います。この文章が何を説明しようとしているの
か、読者に何を理解させようとしているのかが全然明らかではないですし、1 疑問やツッコ
ミどころが満載です。こんなふうに。
 「買い手が希望する購入量」
買い手が希望する購入量は、人にもよるし、ものにもよるし、場合にもよるんじゃないでし
ょうか。それなのに、買い手が希望する購入量なんて、一言で言っちゃうのは無理があると
思います。あと、ここでの買い手は、一人ですか、それとも何人もいるのでしょうか。
 「売り手が希望する販売量」
売り手はできるだけたくさん売って儲けたいはずです。だとすると、売り手が希望する販売
量は、無限大になるんじゃないですか?
あと、ここでの売り手は、一人ですか、それとも
何人もいるのでしょうか。
1
この教科書の筆者や編集者のために弁護もしておきますね。おそらく、限られた分量で、書かなければならない
内容を正しく記述しようとすると、こんな文章になってしまうのだと思います。
19
 「需要量と供給量がつり合い」
「つり合う」っていうのがどういう意味だかよくわかりません。
 「売り手も買い手も希望通りの取引が実行できる価格」
売り手の希望は高い価格で売ることだし、買い手の希望は安い価格で買うことのはずです。
どちらも希望通りの取引なんて、ありえないように思えます。
 「市場で売買されている商品の価格(市場価格)が均衡価格より低ければ」
市場価格と均衡価格との違いがよくわかりません。それから、市場価格が均衡価格より低け
れば、とありますが、市場価格が均衡価格より低いことを、誰がどうやって見つけるのです
か。
 「買い手が買い入れを競争し合って市場価格がしだいに上がるでしょう」
買い入れを競争、って、具体的には、それはいったいどんな競争なのですか。
「市場価格がし
だいに上がるでしょう」とありますが、価格を上げる人は誰ですか?
 「売り手は販売を競争し合って価格を下げるでしょう」
売り手は具体的にはどんな競争をしているのでしょうか。ここでは、
「価格が下がる」ではな
く、
「価格を下げる」となっていますが、この微妙な違いに意味はあるのでしょうか。
 「売り手と買い手の競争は」
だから、それはいったいどんな競争なのですか。その競争は、売り手対買い手の競争という
ことですか。それとも、売り手の間の競争と、買い手の間の競争が別々にあるということで
しょうか。
 「この均衡価格をさぐりあてるのに役立つ」
均衡価格をさぐりあてるのは誰ですか。そもそも、「均衡価格をさぐりあてる」というのは、
いいことなのですか?
***
この章では、需要と供給のグラフが何を表しているのかを明らかにし、この章の終わりで、
これらの疑問やツッコミに対して回答を与えたいと思います。
20
1-2.「需要と供給」の使いみち
上のスライドに書かれているのは、新聞やブログからとってきたニュースや記事のタイト
ルです(これらの記事そのものは、別紙のプリントにまとめてあります)。これらの記事は、
野菜や鶏肉、冷蔵庫や銃など、さまざまな財の価格や取引量の変化について書かれたもので
す。さきほども述べたように、この章で需要と供給を学ぶことで、あなたは、こういった記
事に書かれていること、つまり、さまざまな財・サービスの価格や取引量の変化を、たった
ひとつの図、需要と供給のグラフで、統一的に理解する方法を知ることになります。
1-3.購入価格を決めない一人ひとりの買い手
需要と供給のうち、まずは需要から見ていきましょう。需要とは、人々が財やサービスを
買うという行動を記述する一つのやりかたです。その出発点となるのは、次のような私たち
の日常です。
私たちは、何かものを買うときには、お店から値段を示してもらっています。そして、示
された値段に対して、もっと安くにして、と言って値切ったりすることはほとんどありませ
んし、逆に、もっと高い値段で買うよ、と言って値段をつり上げるようなこともまずしませ
ん。私たちは、値段は自分で決められるものではないと思っています。私たちが決めるのは
値段ではなく、示された値段で買うのか買わないのか、買うのならどれだけ買うのかだと思
っています。
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このように、提示された価格をそのまま受け入れる人を「価格受容者」といいます。価格
受容者である買い手は、何らかの財・サービスを買うときには、自分で購入価格を決めるの
ではなく、ほかの誰かからその財の購入価格を提示され、その提示された価格をそのまま受
け入れて、その価格で自分の買いたいだけ、好きな量を買うことができるとみなして自分の
購入量を決めます。
【問題1-3:値切らない理由・つり上げない理由】
(a)
なぜあなたは、財やサービスを買うとき、提示された価格に対して、もっと安くにして、
と値切って購入価格を下げようとしないのでしょうか。
(b) なぜあなたは、財やサービスを買うとき、提示された価格に対して、もっと高くで買う
よ、と購入価格をつり上げることをしないのでしょうか。
1-4.一人ひとりの買い手が購入価格を決めないような状況
問題1-3への典型的な答えは、(a)「そんなことをしたら売ってもらえなくなるから」、(b)
「そんなことをしなくても買えるから」だと思います。でも、なぜ、値切ったら売ってもら
えなくなるのでしょうか。なぜ、価格をつり上げなくても買えるのでしょうか。
その理由としては、例えば次のような状況が考えられます。それは、ある財について、そ
の財の買い手も売り手もたくさんいて、
(1) 一人ひとりの買い手の購入量は、買い手全体の購入量に比べてとても小さく、
(2) 一人ひとりの買い手の購入量は、売り手全体の販売量に比べてもとても小さい。
という状況です。
なぜ、このような状況では、一人ひとりの買い手は価格受容者になるのか、例として、お
祭りで出る屋台の焼きそばを使って説明します。
お祭りで焼きそばを買って食べたいと思っている人(買い手)はたくさんいます。また、
焼きそばを売っている屋台の店(売り手)もたくさんあります。今、焼きそばは、どの屋台
でも一皿 400 円で売られているとします。この 400 円を、現行価格と呼びましょう。
ここで、ひとりの買い手が、現行価格よりも低い価格、例えば 350 円で焼きそばを買いた
い、と言ったとしましょう。しかし、この買い手の要望を聞き入れて 350 円で焼きそばを売
ってくれる屋台はひとつもありません。なぜなら、(1)より、その買い手以外にも焼きそばの
買い手はたくさんいて、それらの買い手たちは現行価格の 400 円で焼きそばを買おうとして
いるので、どの屋台も、現行価格よりも低い 350 円で買いたいという買い手に焼きそばを売
らなくていいからです。したがって、一人ひとりの買い手には、現行価格よりも低い購入価
格を言うインセンティブはありません。そんなことをしたら、焼きそばを買えなくなくなっ
てしまうからです。
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また、ここで、ひとりの買い手が、現行価格よりも高い価格、例えば 500 円を出して焼き
そばを買う、と言ったとしましょう。そうすると、この買い手は、間違いなくどの屋台でで
も、500 円で焼きそばを買うことができるはずです。しかし、(2)より、売り手はたくさんい
て、それらの売り手たちは現行価格の 400 円ででも焼きそばを売ろうとしているのですから、
この買い手は、わざわざ現行価格よりも高い 500 円で買いたいと言わなくても、現行価格で
自分の買いたい量を買うことができます。したがって、一人ひとりの買い手には、現行価格
より高い購入価格を言うインセンティブはありません。わざわざそんなアピールをしなくて
も、焼きそばは欲しいだけ買えるのです。
繰り返しになりますが、まとめると:
ある財について、その財の買い手も売り手もたくさんいて、
(1) 一人ひとりの買い手の購入量は、買い手全体の購入量に比べてとても小さく、
(2) 一人ひとりの買い手の購入量は、売り手全体の販売量に比べてもとても小さい。
という状況では、一人ひとりの買い手は価格受容者になります。
1-5.需要曲線の出てきかた
一人ひとりの買い手が価格受容者であるときに、ある提示された価格で買い手全体でどれ
だけの購入量があるか、というのを、さまざまな価格で見ていくと需要曲線が出てきます。
それは、厳密に言うと次のようになります。
(1) 「財」、
「時間」
、そして「買い手の集まり」を定めます。

どんな財?(屋台の焼きそば?

どれくらいの長さの期間?(1 日?

どのような買い手の集まり?(祇園祭に行く人々?
本に住む人々すべて?
冷蔵庫?
ニッケル?
1 週間?
1 ヶ月?
鶏肉?)
1 年?)
兵庫県に住む人々すべて?
日
世界中の人々すべて?)
(2) 定めた財について、一人ひとりの買い手が価格受容者であるような状況を想定します。つ
まり、

一人ひとりの買い手は、その財の購入価格を自分で決めない

一人ひとりの買い手は、ほかの誰かが提示した価格で、その財を、自分の買いたいだ
け、好きな量を買うことができる
という状況です。
(3) そういう状況で、その財の価格が提示されたとき、定められた長さの期間で、定められ
た買い手全体が、その価格でその財をどれだけ買いたいと思っているか(それを、需要
量といいます)を調べます。
また、別の価格が提示されたとき、その期間内での買い手全体の需要量を調べます。
さらにまた別の価格が提示されたとき、その期間内での買い手全体の需要量を調べます。
23
・・・・
というのをさまざまな価格で調べると、例えば次のような表を作ることができます。
【表1-5-1:京都・祇園祭での、屋台の焼きそばの需要】
価格(円/皿)
100
200
300
400
500
600
700
800
需要量(皿)
40000
35000
30000
25000
20000
15000
10000
5000
この表が「需要」です。つまり、
「需要」とは、さまざまな価格と、それぞれの価格での需要
量との組み合わせを並べたものです。
(この表はフィクションです。需要量の数字は、実際に祇園祭に来ている人々を相手に調べ
たものではなく、僕が適当に考えて作ったものです。
)
(4) 縦軸に価格、横軸に需要量をとって、需要をグラフに表したものが需要曲線です。
【図1-5-2:京都・祇園祭での、屋台の焼きそばの需要曲線】
価格(円/皿)
800
700
600
500
400
300
200
100
0 0
5000
10000
15000
20000
25000
30000
35000
40000
需要量 ( 皿 )
この例では、需要「曲線」と言いながら直線のグラフを書いていますが、別に直線でなけ
ればならないわけではありません。18 ページの需要曲線のように、曲がっていてもかまいま
せん。需要曲線のグラフの形は、どんな財を考えているか、どんな買い手の集まりを考えて
いるか、どれくらいの長さの期間を考えているか、などによって変わります。しかし、どん
な財でも、どんな買い手の集まりでも、どれくらいの長さの時間を考えても変わらない、需
要曲線の性質があります。それは、需要曲線は右下がり、という性質です。つまり、

価格が下がると、需要量は増える

価格が上がると、需要量は減る
ということです。このような、価格と需要量との関係を「需要の法則」といいます。
24
【問題1-5-3】需要曲線が表す、価格と需要量との関係について、次の A と B のどちら
が正しいでしょうか。
A. 需要曲線を見れば、価格が変わると需要量がどれだけ変わるのかということがわかる。
つまり、需要曲線は、価格が需要量に与える影響を表している。
B. 需要曲線を見れば、需要量が変わると価格がどれだけ変わるのかということがわかる。
つまり、需要曲線は、需要量が価格に与える影響を表している。
1-6.需要曲線が右下がりになっている理由
「需要の法則」なんてたいそうな名前がついていますが、それが言っていることは、ただ
単に、
「安くで買えるならもっと買う」というだけのことです。しかも、ここではまだ、需要
曲線が右下がりである厳密な理由を明らかにはしていません(それは、第 2 章で明らかにし
ます)。今の段階では、需要曲線が右下がりになっている理由については、「安くで買えるな
らもっと買う」というような、みなさんの直観、そして経験や観測に訴えて、同意を求めて
いるだけです。
つまり、

それまでは買わなかったけど、値段が下がったから買う、というようなことはあります
よね?

あるものの値段が安くなったら、それまで買っていた量よりもたくさん買う、というよ
うなことはありますよね?

ほかの人がそのような行動をとるのを見たり聞いたりしたこともありますよね?
そのような経験や観測をしたことがあるなら、価格が下がると需要量は増える(逆に、価格
が上がると需要量は減る)ということに、みなさん、同意できますよね?
と、言っている
だけです。
1-7.需要の法則が成り立たないケース?
需要曲線は右下がりという性質、すなわち、需要の法則は、例外なくどんな場合にも成り
立つのでしょうか。需要の法則が成り立っていないように見えるいくつかのケースについて
考えてみましょう。
ケース 1.あるスーパーマーケットでは、
「タケヤみそ塩控えめ」
(302 円)よりも、
「日本海
味噌雪ちゃん田舎みそ」
(333 円)のほうが多く買われているという。
価格が高いほうが多く買われているのだから、このケースでは需要の法則が成り立ってい
ない、と考えるのは早合点です。だって、考えてみてください。例えば、
「甲南大学オリジナ
ルポロシャツは価格が 3291 円でこれまで 5000 着売れたが、iPad Air の 32GB は価格が 58800
円もするのにこれまで 80 万台が売れている。つまり、価格が上がると需要量が増えるという
ことだ!」と言われても、それは全然意味がないということはすぐわかりますよね。甲南ポ
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ロシャツと iPad Air は全く別の財なのですから、それらの価格と需要量を比べてみても、需
要の法則については何もわかりません。同じように、
「タケヤみそ塩控えめ」と「日本海味噌
雪ちゃん田舎みそ」も別の財ですから、それらの価格と需要量を比べてみても、それが需要
の法則に反しているかどうかは判断できません。需要の法則とは、同じ財について当てはめ
るものなのです。
ケース 2.アクセサリーショップにて、とあるシルバーリングは、3980 円で売るよりも 9800
円で売るほうがよく売れる。
ここでは、ケース 1 の味噌とは違って、違う財ではなく、同じ財、同じシルバーリングで
す。同じシルバーリングなのに、価格が高いほうがより多く買われているのですから、これ
は需要の法則に反しているように見えます。
しかし、次のような解釈をすることも可能です。3980 円で売られているシルバーリングと
9800 円で売られているシルバーリングは、たとえ本当は同じリングであっても、この店のお
客さんには同じリングじゃないと思われていたのかもしれません。3980 円の価格で売られて
いるほうは品質が低いリングで、9800 円の価格で売られているほうは品質が高いリングだ、
というふうに。このように、3980 円の価格のリングと 9800 円の価格のリングとが同じ財じ
ゃないと買い手に思われているのなら、それは、味噌のケースと同じです。買い手にとって
「同じじゃない財」について、それらの価格と需要量を比べてみても、それが需要の法則に
反しているかどうかは判断できません。
このように、買い手には自分が買おうとしている財の品質がよくわからず、価格がその財
の品質を表す手がかりになっているような場合は、需要の法則をそのまま当てはめることは
できません。なぜなら、価格が違えば、それらは買い手に「違う財」とみなされるかもしれ
ないからです。
普段は 9800 円で売られていて、他の店でも 9800 円で売られているリングが、限定セール
で今だけ 3980 円に値下げされると普段よりも多く売れる、というのはありそうなことですよ
ね。そうであれば、このシルバーリングについても需要の法則は成り立ちます。
ケース 3.高級ブランドのバッグや高級スポーツカーは、値段が高いことがステータスなの
で、値下げをするとかえって売れなくなる。
【問題1-7】ケース 3 は、高級ブランドのバッグや高級スポーツカーは、価格が下がると
需要量が減るような財であり、需要の法則が成り立たないと述べています。このケースでは、
本当に、需要の法則は成り立たないのでしょうか。
ケース 4.
吉野家の牛丼並盛の価格は、1990 年では 400 円だったが 2013 年では 280 円だった。
私(市野)は、1990 年のときには 1 年で 20 杯ほど牛丼並盛を食べていたが、2013 年では 1
年間で 5 杯ほどしか牛丼並盛を食べていない。
このケースでは、買い手全体の需要ではなく私個人の需要を見ています。1990 年と 2013
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年とを比べると、吉野家の牛丼並盛に対する私の需要量は、価格の安い 2013 年のほうが少な
くなっており、これは需要の法則に反しているように見えます。
しかし、1990 年の大学生だった私と、2013 年の大学教員である私とを比べると、所得水準
が大きく違います。社会人として働いている 2013 年のほうが所得水準が高いため、私はラン
チや夜食を吉野家ではなくレストランやカフェで食べるようになったのかもしれません。だ
とすれば、吉野家に行く回数が減ったのは、価格の変化によるものではなく所得の変化によ
るものだと考えられます。
ケース 1 からケース 4 までの議論を踏まえると、
「価格が上がると需要量は減る」
「価格が下
がると需要量は増える」という需要の法則は、厳密には、次のように表されなければなりま
せん。
需要の法則:同じ財について、価格以外の条件を一定とするときに、価格が上がると需要量
は減り、価格が下がると需要量は増える。
1-8.価格以外で、需要量に影響を与える要因
需要の法則は、価格の変化が需要量に与える影響について述べたものですが、需要量に影
響を与えるのは価格だけではありません。前節のケース 4 で少し触れたように、買い手の所
得も需要量に影響を及ぼします。価格以外で、需要量に影響を与える要因のうち、代表的な
ものは以下のとおりです。

所得:ベトナムでは近年、高い経済成長によってもたらされた国民の所得増加に伴って、
スマートフォンの購入量も大きく伸びているそうです。また、いつもよりもバイトの給
料が多い月には、外食をする回数が増えるとか、服をたくさん買う、という人もいるで
しょう。このように、所得の増加は、さまざまな財の需要量を増加させます。
いっぽう、1-7節のケース 4 では、1990 年から 2013 年にかけて、私の所得が増える
と、私の吉野家の牛丼への需要量は減りました。このように、所得の増加によって需要
量が減るような財もあります。そういう、所得の変化の方向と需要量の変化の方向が反
対(つまり、所得が増えると需要量は減り、所得が減ると需要量が増える)である財を
下級財といいます。
【問題1-8】所得が増えると需要量が減るような財の例を一つ挙げてください。

関連する財の価格(代替財のケース)
:配布資料の、
「国産鶏肉 1~3 割高」の新聞記事で
触れられているように、豚肉の価格が高くなると、それによって鶏肉の需要量が増えま
す。高い豚肉の代わりに鶏肉を食べる、ということですね。あるいは、また牛丼の話で
すみませんが、2000 年代後半、すき家が牛丼の価格を下げていったことで、吉野家の牛
丼の需要量が減りました。豚肉の代わりに鶏肉、吉野家の牛丼の代わりにすき家の牛丼、
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などのように、代わりに使われる財のことを代替財といいます。
財 X と財 Y とが代替財の関係にあるときには、財 X の価格が上がると、財 Y の価格
は変わらないままでも、財 Y の需要量が増えますし、財 X の価格が下がると、財 Y の価
格は変わらないままでも、財 Y の需要量が減ります。

関連する財の価格(補完財のケース)
:セブンイレブンなどのコンビニでは、ときどきお
にぎり 100 円セールをやりますが、そのときにはペットボトルのお茶がいつもよりよく
買われるそうです。つまり、おにぎりの価格が下がるとペットボトルのお茶の需要量が
増えるということです。また、ここ数年、灯油価格が高止まりしているため、石油ファ
ンヒーターの販売量は伸び悩んでいるそうです。これは、灯油価格の上昇が石油ファン
ヒーターの需要量を減らしているということです。おにぎりとペットボトルのお茶、灯
油と石油ファンヒーター、などのように、一緒に使われる財を補完財といいます。
財 X と財 Y とが補完財の関係にあるときには、財 X の価格が上がると、財 Y の価格
は変わらないままでも、財 Y の需要量が減りますし、財 X の価格が下がると、財 Y の価
格は変わらないままでも、財 Y の需要量が増えます。

好み:1-7節のケース 4 では、吉野家の牛丼に対する私の需要量が減った理由として
私の所得の変化を挙げましたが、それだけではなく、私が齢をとって、大学生のときよ
りも牛丼をあまり好まなくなったのかもしれません。
また、少し前からクラッチバッグがよく売れているそうですが、それは、私たちが以
前よりもクラッチバッグのことをおしゃれだと思い、好んで持ちたいと思うようになっ
たからです。このように、好みの変化は需要量に影響を及ぼします。

将来に対する予想:この 4 月 1 日に消費税が 5%から 8%に上がりましたが、それに備え
て、3 月中に日用品を買いだめした人も多くいました。3 月下旬には定期券売り場に行列
ができていたのを見たことがある人もいると思います。このように、4 月 1 日からは税込
価格が上がるという、将来に対する予想が、3 月における私たちのさまざまな財に対する
需要量を増やしました。
また、配布資料の「ニッケル国際価格上昇」という記事では、需要が将来も伸びると
いう予想や、将来の供給量が少なくなるかもしれないという不安から、ニッケルを今買
っておこうという傾向があり、現在の需要量が多いことが示されています。
1-9.価格と、それ以外の要因
需要量に影響を与える要因を、価格と、それ以外のものに分けるのはなぜかというと、そ
れぞれの場合で、グラフでの表し方が違うからです。
価格の変化によって需要量が変化することは、右下がりの需要曲線によってすでに表され
ています。例えば、焼きそばの価格が下がると焼きそばの需要量は増えますが、それは、グ
ラフにすると、下図(a)のようになります。
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いっぽう、価格以外の要因の変化によって需要量が変化することは、需要曲線そのものの
移動(それを、
「需要曲線のシフト」といいます)によって表されます。例えば、焼きそばに
はダイエット効果があるというニュースが流れると焼きそばの需要量は増えますが、それは、
グラフにすると下図(b)のようになります。なぜなら、価格以外の要因によって需要量が増加
するときには、価格が今のまま変わらなくても需要量が増加するからであり、そのような需
要量の増加は、今の価格において起こるだけでなく、ほかのどの価格においても起こりうる
からです。
価格
(a) 価格の変化による
需要量の変化
需要量
価格
(b) 価格以外の要因の変化
による需要量の変化
需要量
Fly UP