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広島より~田舎暮らし実現のための社会システムに関する研究
(財)全労済協会受託研究報告書 『田舎暮らし実現のための社会システムに関する研究』 平成 19 年 3 月 県 立 広 島 大 経営情報学部教授 小 見 志 郎 学 は じ め に 地域コミュニティは,今2つの大きな社会変動に遭遇しつつある。その第1は,市町村合 併に続く分権社会への移行である。第2は,2007 年問題にも関連する,団塊の世代の大量 退職による地域コミュニティへの還流である。 これら社会変動のもとで注目すべき市民ニーズは,勤労者を中心とした田舎暮らしへの根 強い願望である。団塊の世代は戦後日本のいろいろな局面で多様なライフスタイルを生み出 してきた。田舎暮らしにも新しい潮流が期待できるだろう。 その田舎暮らしの願望を実現する方途を探ることは,過密社会から脱却しゆとりある地域 空間を再生し,少子高齢化社会を明るく迎える方途にもなる。そして,田舎暮らしを実現す る方途は,就労システム,生涯学習,医療福祉など,21 世紀の社会システムを再構築して いくことでもあり,分権社会のなかで自立した地域コミュニティを形づくる社会システムの 形成にも繋がる。 この田舎暮らしを実現しうる地域コミュニティの再編とそれ支える社会システムの研究 が本調査研究の目的である。退職後のライフスタイル探求として勤労者に根強い願望となっ ている田舎暮らしの実現方策を探る政策研究でもある。 本調査研究は,広島をベースとしたフィールドサーベイや意識調査を多く取り入れている。 しかし,広島に限定した調査研究ではなく,広島を通して全国的な地域政策を捉えようとす る試みである。 このような機会を与えていただいた, (財)全労済協会に厚く感謝申し上げる次第である。 また,アンケート調査やヒアリングに応じていただいた関係機関の皆様方に重ねて御礼申し 上げます。 平成 19 年 3 月 県立広島大学 経営情報学部 -2- 教授 小見志郎 (財)全労済協会委託研究報告書 『田舎暮らし実現のための社会システムに関する研究』 ~ 要約と結論 ~ 団塊の世代を中心に“田舎暮らし”をしたいという願望が根 調査研究のねらい 強くある。定年後はあくせくすることなく自然とともに生活を楽 しみたいという勤労者の思いである。そのような願望を実現する ための条件,社会の制度や仕組み(社会システム)を明ら かにし,円滑に田舎暮らしに入っていける地域政策を探っていくことが,この調査研究のね らいである。老後の福祉医療など安全で安心できる地域生活を確保する,田舎でも何不自由 ないコミュニケーション環境を整備するなどの社会システムを確立することが,田舎暮らし に一歩踏み出していくための条件であり,定年後を楽しく過ごしていくために必要な要件と 考えるからである。このような田舎暮らしを促進することは,東京への一極集中が続く国土 のあり方を再考し,少子高齢化社会のなかでの地域コミュニティのあり方を捉えなおす契機 にもなる。 田舎暮らしを実現するための条件を探るために,この調査研 調査研究の特色 究では,都市生活者の(田舎暮らしの)ニーズ調査と受け入れ側 の地域住民の意識調査を行った。都市側は広島市の中心商店街にあ る地域情報の発信基地でのアンケート調査である。受け 入れ側は,過疎化が進む典型的な中山間地域である広島県世羅町での住民アンケート調 査である。ニーズ側と受け入れ側の両方を調査したところに他にない特色がある。また 田舎暮らしに入っていくスタイルについて類型化をし,そこでの事例研究を重視してい る。社会システムのあり方を導き出すために事例を収集し政策的なアプローチができる ようにしたからである。広島をベースとし全国を視野においた政策研究にしている。 本調査研究から,田舎暮らしへの願望は極めて高いものの具 調査研究からの 体的になると,情報収集にとどめたい,当面は都市と田舎を往 提言 来する(2地域居住)といった意識にとどまっているのが現状で ある。田舎暮らしに踏み出すには,田舎生活に適した社会シ ステムに不安があるからである。将来への福祉医療や地域ケアの体制,乗合タクシーな ど交通手段の問題,さらには田舎で購入した住宅の再流通の仕組みなど,社会システム を再構築することが問題解決の糸口である。その担い手は,自治振興会,まちづくりNPO, 地域経済団体,コミュニティビジネス運営団体など, “地域協働組織”という新たな“公” を 創り出す主体である。 田舎暮らしを政策的に推進するには次のようなステップが必要である。 -3- ①田舎暮らしを具体的にするためには相談できる「コーディネート機能」が必要 ②そのコーディネーター役として期待されるのが「地域協働組織」 ③地域協働組織に参加して,長年の経験や技能を生かした活動や働き甲斐のある仕事を生産 性高く行っていく(サービス・イノベーション)ことに能力を発揮する このような地域協働組織が根付いていくためにも,田舎暮らしを軸に生活サービス市場が 育ち,いい経済循環が形成され,地域コミュニティに自信が確保されるような地域ブランド づくりが推進されるべきであることを提言する。 報告書の構成と要約 第1章 市町村合併後の地域コミュニティの課題 広島県は,全国的にも市町村合併が急速に進んでいる。新しい市町のイメージの情報発信や田舎暮ら し受け入れへの期待が高まっている一方,新たなまちづくりのNPOや安芸高田市に代表されるような 自治振興組織が新たな担い手として注目されている。 第2章 田舎暮らしの願望と受け入れ側の住民意識実態 定年後の過ごし方と田舎暮らしニーズの実態や田舎暮らしに求める新たなライフスタイルなどのニー ズがある。一方受け入れ側では,都市からの移住者とのつきあい方,受け入れる田舎暮らしの移住者の タイプなどの実態を把握した。 第3章 地域コミュニティと共存する田舎暮らしの類型と事例研究 地域コミュニティと共存する田舎暮らしの類型化を試みた。田舎暮らしを誘導する市場型では,北海 道伊達市の住環境支援や沖縄市の情報通信環境の支援による人口の定着が功を奏している。気の合った 仲間たちとのサークル型の事例では江田島市やすらぎ交流農園を取り上げた。都市との情報共有を重視 する情報クラブ型の事例では,世羅高原6次産業ネットワーク(世羅町)と内子フレッシュパークから り(愛媛県内子町)を対象にした。これら事例研究から,田舎暮らしに有効な誘導策の方向を提案して いる。 第4章 田舎暮らしを支える社会システムの再構築 田舎暮らし実現へのインセンティブは,空き家の改修費用の助成などといったものでは必ずしもない ようである。むしろ田舎暮らしを支援する社会システムを再構築することこそが求められている。田舎 暮らしが定着する北海道伊達市の事例では,安心ハウスという住宅規格を行政が認証し広報する,お年 寄りたちへのモビリティサービスの提供などといった社会システムの再構築に商工会議所などが取り組 んでいる。 第5章 田舎暮らしの実現を支援する地域政策の方向 都市住民が田舎暮らしを検討するうえで必要な情報は,田舎暮らしを積極的に推進している自治体の 情報であり,地域の情報である。そして何よりも気安く相談ができるコーディネーターの存在が不可欠 となっている。田舎暮らしをコーディネートする地域コミュニティの協働組織こそがその担い手として 期待されている。この地域協働組織が活躍する「公」の場がいま求められている。 (以上) -4- 目 次 第1章 市町村合併後の地域コミュニティの課題・・・・・1 1. 市町村合併後の地域コミュニティで生じている問題 (1) 広島県の市町村合併の状況・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2 (2)研究対象としての世羅町の合併と地域コミュニティ・・・・・・・・・・ (3)世羅町にみる合併後の地域コミュニティの変化と課題・・・・・・・ 4 5 2. 市町村合併後の基礎自治体を補完する地域協働組織の動向・・・・・9 (1)行財政改革と基礎自治体を補完する地域協働組織・・・・・・・・・・・ 9 (2)自治振興組織(安芸高田市)の動向・・・・・・・・・・・・・・・10 (3)まちづくりに関わるNPO組織の動向・・・・・・・・・・・・・・13 3.地域コミュニティ再構築への課題と田舎暮らしの受け入れ (1)世羅町にみる地域コミュニティ再構築への課題・・・・・・・・・・16 (2)田舎暮らしの受け入れへの新しい町のイメージの情報発信・・・・・17 (3)地域コミュニティの再編と田舎暮らし受け入れへの期待・・・・・・18 第2章 田舎暮らしの願望と受け入れ側の住民意識実態 1.田舎暮らしの希望側と受け入れ側の2つのアンケート調査 (1)田舎暮らしを希望する都市住民のニーズ調査(広島市)・・・・・・・20 (2)田舎暮らしを受け入れる側の住民意識調査(世羅町)・・・・・・・・21 2.団塊の世代の大量退職と田舎暮らしニーズの増大 (1)定年後の過ごし方と田舎暮らしニーズの実態・・・・・・・・・・・23 (2)田舎暮らしの実現への意識・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・25 3.田舎暮らしに求める新たなライフスタイルの希求 (1)期待する田舎暮らしのすごし方・・・・・・・・・・・・・・・・・・26 (2)田舎暮らしと仕事への意識・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27 4.受容サイドの地域住民の「田舎暮らし」との共生への意識 (1)都市との交流についての住民意識・・・・・・・・・・・・・・・・・29 (2)田舎暮らしに適合した土地条件・・・・・・・・・・・・・・・・・・30 (3)田舎暮らしを受け入れる手順への意識・・・・・・・・・・・・・・・31 5.田舎暮らしをめぐる主体間の意識ギャップ (1)都市からの移住者とのつきあい方についての意識・・・・・・・・・・32 (2)田舎暮らしを受け入れる移住者のタイプ・・・・・・・・・・・・・・33 (3)田舎暮らし願望者からみた地域コミュニティの問題点・・・・・・・・34 -5- 第3章 地域コミュニティと共存する田舎暮らしの類型と事例研究 1.地域コミュニティと共存する田舎暮らしの類型 (1)田舎暮らしのし方の形態・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・37 (2)地域コミュニティと共存する田舎暮らしの類型・・・・・・・・・・・・38 (3)田舎暮らしの類型化による分析の枠組み・・・・・・・・・・・・・・・39 (4)田舎暮らしの類型と事例・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・40 2.市場誘導型田舎暮らしの事例 (1)事例1;北海道伊達市の住環境支援による田舎暮らしの誘導・・・・・・43 (2)事例2;沖縄市の情報通信事業支援と人口定住・・・・・・・・・・・・44 (3)事例3;高知県黒潮町のテレワーク型田舎暮らし・・・・・・・・・・・46 3.サークル型田舎暮らしの事例 (1)事例;江田島市やすらぎ交流農園・・・・・・・・・・・・・・・・・・48 4.情報クラブ型田舎暮らしの事例 (1)事例1;世羅高原6次産業ネットワーク・・・・・・・・・・・・・・・49 (2)事例2;(株)内子フレッシュパークからり・・・・・・・・ ・・・・・50 5.事例研究からの田舎暮らしに有効な誘導策の方向・・・・・・・・・ 54 第4章 田舎暮らしを支える社会システムの再構築 1. 田舎暮らしに必要な社会基盤整備へのニーズ (1) 田舎暮らしに必要な社会基盤整備へのニーズ・・・・・・・・・・・・・56 (2) 田舎暮らし実現へのインセンティブ・・・・・・・・・・・・・・・・・57 2. 田舎暮らしが定着する北海道伊達市の事例 (1) 伊達市の田舎暮らしを誘導する社会システム・・・・・・・・・・・・・59 (2) 伊達市の田舎暮らし誘導策の効果・・・・・・・・・・・・・・・・・60 3.田舎暮らしを支援する社会システムの再構築 (1)地域コミュニティからみた社会システム再構築へのニーズ・・・・・・・62 (2)田舎暮らしを支援する社会システムの再構築・・・・・・・・・・・・・63 -6- 4.田舎暮らしが誘引する新しい生活サービス市場 (1)田舎暮らしの促進と新しい生活サービス市場の創造・・・・・・・・・65 (2)情報クラブ社会を形成するサービス・イノベーション・・・・・・・・65 (3)サービス・イノベーションの事例・・・・・・・・・・・・・・・・・66 第5章 田舎暮らしの実現を支援する地域コミュニティの推進方策 1.田舎暮らし促進のための地域施策 (1)都市住民からみた田舎暮らしを具体化する地域施策のあり方・・・・・70 (2)受け入れ側の地域住民からみた田舎暮らしの具体化のための施策・・・71 2.田舎暮らし実現への情報コミュニケーション (1)希望する情報提供の内容・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・73 (2)田舎暮らしに必要な情報提供の方法・・・・・・・・・・・・・・・・74 3.田舎暮らしをコーディネートする地域コミュニティの協働組織 (1)田舎暮らしのコーディネートの担い手としての地域協働組織・・・・・76 (2)地域コミュニティ活性化を先導する地域協働組織・・・・・・・・・・76 (3)田舎暮らしと共存する情報クラブ社会の形成・・・・・・・・・・・・77 -7- 第1章 市町村合併後の地域コミュニティの課題 -1- 第1章 市町村合併後の地域コミュニティの課題 地方分権の進展,少子高齢化,財政の硬直化など,地方を取り巻く社会環境は大きく変化しつつある。 このようななか,全国的に市町村合併が相次ぎ,基礎自治体も新たな対応が迫られてきている。とくに, 市町村合併後の地域コミュニティが変わる中,既存の地域コミュニティが培ってきた社会的な枠組みの なかで今後とも継承すべきものを継承し,新たに創り出すべき社会システムを創造していくプログラム がいま問われている。 広島県は,全国で市町村合併が最も進んでいる状況にある。その広島県を,本調査研究のベースにお き,地域コミュニティ再編の課題を探っていくのが本章の目的である。広島県では市町村合併後14市 9町の構成になったが,その9町の一つである世羅町を対象とすることとする。 1.市町村合併後の地域コミュニティで生じている問題 (1) 広島県の市町村合併の状況 全国の市町村数は,2005 年に 2,395 市町村になった。市は 739,町 1,317,村 339 の構成である。平成 の大合併が進行しつつある。昭和 20 年以降、昭和 31 年(1956 年)の新市町村建設促進法施行,40 年(1970 年)の市町村合併特別法施行と市町村合併が繰り返され,全国的に新しい市や町の誕生が繰り返されて きた。昭和 20 年には 10,520 市町村であったのが,60 年後の平成 17 年には 2,395 市町村と4分の1以下 になった。全国から村がなくなりつつある。 広島県も同様の市町村合併が進み,町や村が市に編入さてれきた。平成の大合併では町が劇的に減少 し,村にいたってはゼロになった。行政運営の効率化が先行し市町村合併の大きな要因になったからで ある。今回の平成の大合併では、市町への編入も多いが、新しい市や町の設置が特徴的である。 図表1-1 市町村数の推移 全 町 市 国 村 広 計 市 島 町 県 村 計 昭和20(1945) 205 1,797 8,518 10,520 5 55 287 347 31(1956) 495 1,870 2,303 4,668 11 85 68 164 40(1970) 560 2,005 527 3,392 12 88 9 109 平成17(2005) 739 1,317 339 2,395 15 13 0 28 14 9 0 23 18(2006) ー ー ー ー (出所)総務省調べ -2- 広島県は,全国的に最も市町村合併が進展したといわれている。市の数は14,町は9になった。す べての市町が羅列できるほどの数である。 図表1-2は,広島県内の地勢的な合併の状況を示したものであるが,庄原市や東広島市の市域は広 大になり従来のイメージからかけ離れたものになりつつある。大学や先端的企業,研究機関の立地が進 む東広島市は瀬戸内海に面し中山間地も抱える都市になった。また蒲刈諸島や倉橋島など島しょ部も呉 市や江田島市に編入され,従来の島のイメージと異なってきている。 広島県の市町村合併は全国的に最も進展したとはいえ,まだ月日も浅いことから,新しい市や町の名 称は十分市民権をえて市民生活に浸透するまでに至っていない状況にある。 図表1-2 広島県の市町村合併の状況 (出所)広島県 -3- 図表1-3 広島県の市町村合併の状況(その2) (出所)広島県 (2)研究対象としての世羅町の合併と地域コミュニティ 市町村合併が一段落しつつある広島県において,合併後の地域コミュニティがいかに変容しつつある かを探るために,世羅町をケース・スタディの対象地域とした。 世羅町は,第一に中国地方共通の中山間地域であり過疎化が進行していること,第二に少子高齢化が 全国平均を上回るペースで進行し福祉医療等をはじめとした行政需要が急速に高まっていること,第三 に広島市から車で約 2 時間と 1 日行動圏にあって都市との交流が適度に図られること,これらから地域 コミュニティの再編をみていくうえで、調査研究の対象地域として適当な町と判断した。 世羅町は,平成 16 年 10 月に,世羅町,世羅西町,甲山町の 3 町が合併し,新「世羅町」となった。 その経緯は,世羅町の合併協議会の資料によると次のようである。 ① 地方分権が進展するなか,多様化・高度化する住民ニーズに適切に対応した独自のまちづくりを 可能とするため,行政組織の統合による行政の効率化や専門性の高い行政体制の構築が必要であ る。 ② 古くから 3 町は,地理的・歴史的な一体性や農業の先導地域としての共通性から,行政区域の枠 を超えた地域社会が形成されている。このことから,公共的施設の整備などにおいては,世羅郡 全体を見渡した広域的な視点にもとづく効率的なまちづくりを進めていくことが重要である。 ③ これまで地方財政を支えてきた地方交付税の縮減が進むなか,3町においては,それぞれ提供し てきた行政サービスを維持することが困難になる一方で,今後増大するとみられる行政需要に対 -4- 応するためにも,行政組織の統合による人件費の抑制やスケールメリットを生かした業務の効率 化などによる財政基盤の強化と事業の重点化等によって積極的なまちづくりに取り組んでいく必 要がある。 このような観点での合併であり,全国いずれの市町村合併でも共通してみられる理由でもある。今後 のまちづくりに一体性がいかに確保されていくかが問われている。 (3)世羅町にみる合併後の地域コミュニティの変化と課題 世羅町の合併は,地理的にも歴史的にも共通した地域特性をもった地域の合併である。3町合併で町 民生活にいかなる変化をもたらしているだろうか。 第 2 章で述べる世羅町の住民アンケート調査によると,合併によって「町に活気がでてきた」 (8.7%) と指摘する住民は少なく,「変わったことはない」(48.6%)と半数の住民が意識している。世羅郡3町 の合併であるので,生活圏が共通していることから従前と変化がないというのが住民意識である。むし ろ「活気がなくなった」 (28.1%)とする町民のほうが多い状況にある。合併以前と比較してのことであ るが、それ以上に地域コミュニティが抱える問題が山積しつつある状況を指していることとみられる。 図表1-4 カテゴリ 活気がでてきた 活気がなくなった 変わったことはない わからない 不明 サンプル数(%ベース) 件数 48 154 267 67 13 549 -5- (全体)% (除不)% 8.7 9 28.1 28.7 48.6 49.8 12.2 12.5 2.4 100.0 536 次いで、合併による身の回りの生活へのプラス面については, 「プラスと感じるものはない」が圧倒的 で 73.4%を占めている。 「町の一体的な取り組みができる」としたのは 15.8%であり地域コミュニティ の一体的な取り組みに期待する層が少なからず確認できる。しかし,合併による身の回りの生活への変 化は日常生活に浸透するまでに至っていない。合併後あまり時間が経っていないこともあるが,一体的 な取り組みが容易に行われてこないとみる,町民の視線は厳しいものがあると言わざるをえない。行政 サービスが手厚くなった,生活圏が充実してきたとみる町民はほとんどいない状況である。 図表1-5 カテゴリ 町名が知られるようになった 町の一体的な取り組みができる 行政サービスが手厚くなった 生活圏が充実してきた プラスと感じるものはない 不明 サンプル数(%ベース) 件数 20 87 12 14 403 13 549 -6- (全体)% 3.6 15.8 2.2 2.6 73.4 2.4 100.0 一方,合併による日常生活へのマイナス面では,「マイナスはない」が29%であるが,「福祉など行 政サービスが低下」が36%もある。財政逼迫もあって合併の効果が期待ほどでていないとみられてい る。また,「役場が遠くなり相談しにくくなった」「きめ細かな教育ができるか心配」がともに12%あ る。いずれにしても合併で生活にプラスとなるものがなく,逆に行政サービスが低下したと感じるよう に,合併に伴う地域コミュニティは改めて課題が山積しつつあることが伺える。 図表1-6 合併による生活のマイナス面 新しい町を外部に伝え にくい 役場が遠くなり相談しに くくなった 福祉など行政サービス が低下 きめ細かな教育ができ るか心配 マイナスはない 不明 カテゴリ 新しい町を外部に伝えにくい 役場が遠くなり相談しにくくなった 福祉など行政サービスが低下 きめ細かな教育ができるか心配 マイナスはない 不明 サンプル数(%ベース) 件数 (全体)% 33 68 198 66 161 23 549 -7- 6 12.4 36.1 12 29.3 4.2 100.0 地域コミュニティでは,どのような課題が問題視されているのだろうか。新しい町の問題点を聞いた ところ, 「高齢化が進行し福祉医療が心配」が76.9%に上っている。じつに 4 人に 3 人が福祉サービ スを問題としている。次いで「財政が厳しく重点投資がしにくい」と59.4%が認識している。行政 のおかれている状況を住民は直に理解していることがわかる。ここに合併後の地域コミュニティが抱え る問題点が集中して指摘されていることが伺える。 また, 「交通の便が悪い」33.2%, 「農業の見通しが悪く特産が育っていない」21.9%, 「情報 通信環境の立ち遅れ」21.1%と続いている。これらは,合併というより,合併以前から抱えていた 地域の課題でもある。 図表1-7 カテゴリ 農業の見通しが悪く特産が育ってない 高齢化が進行し福祉医療が心配 観光に適した条件の遅れ 情報通信環境の立ち遅れ 財政が厳しく重点投資がしにくい 交通の便が悪い 教育環境が劣る 不明 サンプル数(%ベース) 件数 120 422 24 116 326 182 88 8 549 -8- (全体)% 21.9 76.9 4.4 21.1 59.4 33.2 16 1.5 100.0 2.市町村合併後の基礎自治体を補完する地域協働組織の動向 (1) 行財政改革と基礎自治体を補完する地域協働組織 市町村合併にあわせて,行財政改革に取り組む自治体が多い。厳しい財政状況のなか行政システムの 効率化が求められているからである。職員の定員削減など人件費の抑制が柱になっている。 このような行財政改革のもと,基礎自治体の機能・サービスを補完する協働システムが生まれ始めて いる。自治振興組織やまちづくり NPO,株式会社化した協働組織などである。再建団体に陥った夕張市 でも,市民自治のもとでの協働システムが数多く生まれてきている。市町村合併後の基礎自治体を補完 する地域協働組織の動きは,新しい公共・公益空間として,あるいは今後の地域コミュニティ再編の担 い手として注目すべき動きとなってきている。 新しい公共・公益空間とは,行政サービスが及ぼす範囲が小さくなり,市民活動からの地域協働組織 を含む領域で,公共ばかりでなく公益についても概念的に含むものとして期待されるものである。市町 村合併後の行財政運営において,従来の行政サービスを超えた,多様化する市民ニーズに応える機能を 地域協働組織に期待する動きが広がっている。この新しい公共空間の概念は,いま策定を目指している 国土形成計画でも論議されているものであり,従来の第3セクターの枠を超えて,住民活動による協働 組織を基礎自治体の機能を補完するものとして新しい「公」の役割を期待するものとなっている。 -9- (2)自治振興組織(安芸高田市)の動向 自治振興組織が根付いている自治体として広島県安芸高田市は全国的に注目を集めている。安芸高田 市も同様に,吉田町,八千代町,美土里町,高宮町,甲田町,向原町の6町が平成13年3月に合併し 新設された市である。2005年の人口は,33,090人である。安芸高田市の地域振興会は32も の組織が設置されている。そして,地域振興組織の活動連携を図るため,旧町単位に6つの連合組織が 設置されている。 図表1-9 (出所)安芸高田市 「自らの地域は自らの手で」とする地域振興組織は,集落を基層として,地域内にある多様なコミュ ニティを結集しているものと定義されている。その組織(振興会)は,地域内に存在するあらゆる地域 課題を洗い出し,あらゆる活動を包括的に展開できる機能を有しており,地域実態の把握,地域目標の 設定,人材の確保,自治意識の醸成,住民の結束力を高める取り組みが展開されている。 住民自治組織の規模は,世帯数50から2000戸余りと幅広く,その区域は旧来のコミュニティが 造られてきた旧村,小学校区,大字を範囲として住民自身が区割りを行ったものである。そして,活動 は人と人の連帯を促す活動から福祉,教育・文化,スポーツ,環境・景観保全,生産活動まで幅広い領 域にわたっており,その活動経費は会費,寄付金,イベント売上げ,市助成金等が充てられている。 - 10 - 図表1-10 地域振興組織の地区別設置状況 この住民自治組織の設置時期は,30年以上の活動実績をもつ組織から,合併を契機に設置された組 織まで状況は多様である。なかでも代表的な昭和47年に設置された川根振興協議会は,263世帯6 47人から構成されている。川根振興協議会は,組織図にみるように,土地改良区を母体に,農林水畜 産,教育,文化,体育のほか,女性部,ふれあい部などの活動が行われている。 川根地区は市の最北端に位置し,市役所から約35キロの島根県境の山あいにある。その活動をみる と,1992年,廃校になった川根中学校の跡地利用を行政に提案し宿泊研修施設を建設した。200 - 11 - 0年には農協が撤退したガソリンスタンドとスーパーマーケットの運営を引き継いでいる。2003年 には市内の社会福祉法人と連携して出張デイサービス「川根サポートセンター」を開設。2005年に は,独り暮らしの高齢者へ緊急時に使う電話番号表を配るなど,見回りや声掛けをする「お互いさまネ ットワーク」を設立している。安心して暮らすため,小学校児童27人が70歳以上の独り暮らし老人 51人に毎月手紙を書くなどの運動が進められている。安心できる福祉の充実が基本となっている。 川根振興協議会は30年以上の実績をもっている住民自治組織だが、設立間もない自治組織にはかな り参考となるノウハウがあり情報の共有化が図られている。 このような住民自治組織を活用した「協働のまちづくり」が進められている。市のまちづくり委員会 は,市内32の地域振興組織の活動継続と充実を図るための相互連携・情報交換,まちづくり計画策定 への参加,まちづくりに関わる調査研究などを通じ,日々の住民活動を通じて得られた経験に基づいた 施策や事業を行政に提言する機能を有している。活動は,地域福祉,安心安全なまちづくり,市民フォ ーラム運営,市民活動保険(まちづくりサポーター保険)の検討などである。 図表1-11 代表的な振興組織の川根振興協議会の組織図 (出所)安芸高田市資料 - 12 - 図表1-12 安芸高田市の協働のまちづくりの体系 (出所)安芸高田市資料 - 13 - (3)まちづくりに関わるNPO組織の動向 住民自治組織ばかりでなく,まちづくり NPO も基礎自治体を補完するものとして期待される協働組織 である。NPO は最近急速に生活のいたるところで設立されてきている。 広島県から認証された NPO 法人は,平成11年度はわずか26法人であったが16年度には326法 人にまで増大している。市町村合併が盛んだった平成13年以降,NPO 法人がとくに拡大している。 NPO 法人の活動分野別にみると,福祉(保健,医療または福祉の増進を図る活動)が最も多い(11 3法人)が,次いで多い NPO の活動領域は「まちづくり」で45法人ある。平成13年から約3倍の伸 びを示している。まちづくりの推進への住民の参加は急拡大し,意識も急速に高まっているとみられる。 まちづくり NPO の活動はさまざまであるが,市町村合併を契機に設立された NPO をみると次のよう な特色ある NPO がみられる。 ① NPO 法人善菊会(三次市三和町) 三次市と合併した旧三和町に設立された NPO で,高等学校や大学への修学が困難な者に教育奨学 金を助成する事業で,こどもの健全な育成と福祉の増進やまちづくりの推進に寄与することを目的 としている。旧三和町出身の子弟の健全な成長を支援する目的で,まちづくりの一環に奨励奨学金 の助成を据えている。 ② NPO 法人「美北たかの会」(庄原市高野町) この法人も前者と同様の趣意をもった NPO である。庄原市と合併した高野町の NPO で,「美北」 は備北地域をもじっている。その目的は,地域住民あるいはその子女が教育・文化・スポーツならび に経済の研究活動等に勤しむことに対し,各種助成事業を行うとある。まちづくりは子女の教育にあ るとし,「もって地域社会全体の利益の増進に寄与する」とある。 ③ NPO 法人「まちづくりゆたか」(呉市豊町) 安芸灘諸島大崎下島にある豊町は呉市に編入したが,その元町長らが設立した法人で,豊町を中心 とした地域づくりのため,保健福祉のサービス提供,学術・文化・スポーツの支援,こどもの健全育 成,まちづくり支援事業等を活動領域にしている。ここでも子弟への奨学助成も組み入れている。心 豊かで安心して支えあうことのできる新たなまちづくりが主眼である。 - 14 - 図表1-13 (出所)広島県文化振興室調べ 図表1-14 - 15 - 3.地域コミュニティ再構築への課題と田舎暮らしの受け入れ (1)世羅町にみる地域コミュニティ再構築への課題 基礎自治体の機能・サービスを補完する協働組織として,自治振興組織とまちづくり NPO をみてきた が,いずれも広域化し,住民サービスの低下が危惧される旧自治体,行政区でのまちづくりを通した住 民意識の顕れでもある。 市町村合併は,行政システムの効率化や財政の建て直しが目的化し,多様化する住民サ-ビスや将来 のまちづくりの方向を描き出さないままに進展したきらいがある。それだけに地域コミュニティの再構 築は大きな課題となりつつある。 その課題を明らかにするため,世羅町の住民アンケート調査から,住民のみる視点,活かすべき町の 資源をみてみると,次のようである。 活かすべき町の資源の第一は, 「世羅高原のイメージ」を68%もが指摘している。このことは,新し い世羅町の一体的な取り組みの方向を「世羅高原イメージの共有」におくことを意味している。それは 新しい世羅町を「世羅高原」でブランディングする試みでもある。地域ブランドの確立で新しい町を訴 求しようとするものである。3分の2の住民が共有しているまちづくりの方向は大きな意味を持ってい る。 第二は,生産から販売までの組織的な取り組みで,36%である。これは後で詳述する「6次産業ネ ットワーク」という協働組織への支持である。そのほか, 「高齢者がもつ知恵・技術」34%,「既存施 設の有効利用」32%となっている。 図表1-15 活かしたい町の資源 世羅高原のイメージ 0 100 200 300 400 山川の自然資源 農業に適した土地柄 道路網の交通条件 既存施設の有効利用 生産から販売までの組織的取り 組み 歴史資源 高齢者がもつ知恵・技術 不明 - 16 - カテゴリ 世羅高原のイメージ 山川の自然資源 農業に適した土地柄 道路網の交通条件 既存施設の有効利用 生産から販売までの組織的取り組み 歴史資源 高齢者がもつ知恵・技術 不明 サンプル数(%ベース) 件数 374 160 167 107 177 200 126 187 13 549 (全体)% 68.1 29.1 30.4 19.5 32.2 36.4 23 34.1 2.4 100.0 (2)田舎暮らしの受け入れへの新しい町のイメージの情報発信 次に, 「今後の町の活性化の視点」をみると, 「田舎暮らしなど定住促進」が34%と,企業誘致30% を上回っている。田舎暮らしを受け入れ,定住による人口還流を積極的に推進すべきだとしている。地 域コミュニティ再編の方向として, 「田舎暮らし」がまちづくりの課題として意識されるようになってき ている。 図表1-16 今後の町の活性化の視点 新しい発想での農業振興 新農業生産システム 企業誘致 園芸などの観光開発 田舎暮らしなど定住促進 その他 不明 カテゴリ 新しい発想での農業振興 新農業生産システム 企業誘致 園芸などの観光開発 田舎暮らしなど定住促進 その他 不明 サンプル数(%ベース) 件数 64 31 165 75 189 14 11 549 - 17 - (全体)% 11.7 5.6 30.1 13.7 34.4 2.6 2 100.0 (3)地域コミュニティの再編と田舎暮らし受け入れへの期待 10年後の町の姿については, ① 高齢者にやさしい安心できる医療・福祉が充実したまち(24.2%) ② 世羅高原のイメージをいかした観光で人が交流するまち(18.2%) ③ 都市からの定住・交流(田舎暮らし)で人口が増加するまち(16.6%) の順であり,次いで「豊富な農産物や新しい農業がさかんな農業が主体のまち」 (12.9%である。こ れらから,高齢者に安心・安全なまちづくりが基本だが,世羅高原のイメージをいかした観光や田舎暮 らしの受け入れに期待するところが大きい。 図表1-17 10年後の町の姿 農業が主体のまち 世羅高原のイメージの観光 インターネットなど便利なまち 高齢者にやさしい医療福祉のまち 交通が便利なまち 田舎暮らしで人口が定住するまち 週末が楽しめるまち わからない 不明 カテゴリ 農業が主体のまち 世羅高原のイメージの観光 インターネットなど便利なまち 高齢者にやさしい医療福祉のまち 交通が便利なまち 田舎暮らしで人口が定住するまち 週末が楽しめるまち わからない 不明 サンプル数(%ベース) 件数 71 100 10 133 18 91 19 97 10 549 - 18 - (全体)% 12.9 18.2 1.8 24.2 3.3 16.6 3.5 17.7 1.8 100.0 第2章 田舎暮らしの願望と受け入れ側の住民意識実態 - 19 - 第2章 田舎暮らしの願望と受け入れ側の住民意識実態 田舎暮らしを希望する都市住民のニーズ調査と受け入れ側の地域住民の意識調査から、双方の住 民意識を分析し,田舎暮らし実現への課題をとりまとめる。 1.田舎暮らしの希望側と受け入れ側の2つのアンケート調査 (1)田舎暮らしを希望する都市住民のニーズ調査(広島市) 団塊の世代を中心に,田舎暮らしを希望する都市住民のニーズ調査を実施した。 「田舎暮らしの実現方策を探るアンケート調査」とし,田舎暮らしを前面に打ち出した調査で, 多少とも田舎暮らしに関心がある都市住民を対象にすることとした。 ① ニーズ調査のサンプリング方法 広島市の中心商店街にアンテナショップ兼地域情報の発信基地「ひろしま夢ぷらざ」がある。広 島県商工会連合会が運営する店舗で,県内各地の特産品などマーケティングに参考になるデータを 得るために出品している。その一角に,県内各自治体の観光パンフレットや案内が並べられている コーナーがある。ワンストップでいたるところの地域情報が集められる。ここに月平均 80 件程度の 田舎暮らしの相談問い合わせがある。その問い合わせ客を対象に,留め置きでアンケート調査に協 力いただいた。期間は,平成 18 年 4 月末から 3 か月で,総数156サンプルを収集した。 ② 「田舎暮らしの実現方策を探るアンケート調査」の回答者の属性 回答者の属性は,男性41%,女性59%である。アンテナショップへの買い物客は女性が大半であ ることから,女性が多い結果となった。逆にいえば,田舎暮らしの主導権をもつ女性に傾いたアンケー トになったともいえよう。 年令構成では,50代が33.3%ともっとも多い。団塊の世代を捉えることができた。また,3 0代,40代の回答者も多く,それぞれ2割である。比較的若い層にも田舎暮らしの関心が高まってい るのかもしれない。スローライフな生活スタイルである。したがって子育て中の家族が30%である。 住所は,広島市内が52.7%,県内30.7%,県外16.7%である。 図表2-1「田舎暮らしの実現方策を探る調査」の回答者の属性 - 20 - カテゴリ 男 女 不明 サンプル数(%ベース) 件数 カテゴリ 30代 40代 50代 60代 70歳以上 不明 サンプル数(%ベース) 件数 57 82 17 156 (全体)% 36.5 52.6 10.9 100.0 33 29 49 30 6 9 156 (全体)% 21.2 18.6 31.4 19.2 3.8 5.8 100.0 (2)田舎暮らしを受け入れる側の住民意識調査(世羅町) 一方,田舎暮らしを受け入れる側の地域コミュニティでの住民意識を把握した。対象とした自治体は, 広島県世羅町である。 「まちの活性化と都市との交流に関するアンケート調査」とし,当初から田舎暮ら しに関わる住民意識を誘導することなく,まちづくりや活性化の一手段としての位置づけになるように 考慮した。 ① サンプリングと有効回答数 世羅町の人口と世帯数は,18,860 人,6,586 世帯である(平成17年)。世帯を対象に,住民基本台帳 から無作為に 7 分の1抽出した。対象世帯の世帯主と家族の中で,無作為に 20 歳以上を 1 人選び,調査 対象とした。調査対象者は 918 人で,有効回収率は59.1%(無効16を除く) ,549サンプルであ った。 ② 「まちの活性化と都市との交流に関するアンケート調査」の回答者の属性 回答者の属性は,男性45%,女性52%である。性別の大きな差はない。年齢別では,50 歳代27. - 21 - 7%,60 歳代24.2%,70 歳以上16.6%であり,中高年に集まっている。70 歳以上の回答率が 低かったとみられるが,町の人口の年令構成比が反映できたとみられる。40 代14.9%,30 代10. 6%,20 代4.4%である。 職業はサラリーマンが25%,農業も25%,そして,無職24%である。無職は高齢者等である。 地区別の分布も旧世羅町46%,甲山町31%,世羅西町22%と居住分布に近いサンプルが収集でき た。 図表2-2「まちの活性化と都市との交流に関するアンケート調査」の回答者の属性 カテゴリ 20代 30代 40代 50代 60代 70歳以上 不明 サンプル数(%ベース) 件数 カテゴリ 男 女 不明 サンプル数(%ベース) 件数 - 22 - 24 58 82 152 133 91 9 549 (全体)% 4.4 10.6 14.9 27.7 24.2 16.6 1.6 100.0 249 285 15 549 (全体)% 45.4 51.9 2.7 100.0 2.団塊の世代の大量退職と田舎暮らしニーズの増大 (1)定年後の過ごし方と田舎暮らしニーズの実態 団塊の世代の大量退職を控えて,田舎暮らしへの関心が高まりつつある。定年後あるいは老後の生活 についての考えをみると, 「国内や海外旅行」 (41.7%) , 「公開講座や生涯学習など幅広い学習」 (4 1.0%)と並んで, 「ゆっくりした田舎暮らし」が39.1%もある。旅行や生涯学習は以前から根強 いニーズがあったが,同程度に田舎暮らしへの高い願望があることがわかる。それとともに, 「趣味や新 しい仲間づくり」32.7%も関心が高い。いままで仕事一筋だったので,地域コミュニティへの回帰 にともなう近隣での仲間づくりが意識されているものである。 いずれにしても, 「ゆっくりとした田舎暮らし」への願望がかなり高まってきていることは事実である。 図表2-3 カテゴリ 件数 (全体)% ゆっくりとした田舎暮らし 61 39.1 趣味や新しい仲間づくり 51 32.7 国内や海外旅行 65 41.7 伝統や歴史をだいじにしたい 53 34 公開講座や生涯教育など学習 64 41 インターネットなど情報技術の習得 19 12.2 地域のボランティア活動への参加 64 41 これまでの経験や技能を役立てたい 41 26.3 新しいビジネスに挑戦 15 9.6 とくにない 10 6.4 不明 4 2.6 サンプル数(%ベース) 156 100.0 - 23 - 次いで,田舎暮らしへの関心の度合を探ってみると, 「すぐにでも田舎暮らしをしたい」という積極的 な行動派はわずか3.2%にすぎず, 「田舎暮らしは考えてもいない」は20.5%と多いのが実情であ る。田舎暮らしへの願望はもちつつも,具体的・現実的には田舎暮らしはできないと考えているとみら れる。 「当面は田舎と都市と行き来する」 (20.5%), 「体験施設で体験してから」9.6%や「ガイダン スや見学ツアーに参加してから」9.6%と,田舎暮らしに関心を持つがじっくりと考えてからとする 人が多いのが実情ではないだろうか。しかし,調査対象が,やや田舎暮らしに関心をもっているとみら れる層を対象としているだけに,田舎と都市との,いわゆる2地域居住(兼居)や体験・見学ツアーへ の参加など,このアンケート調査では,むしろ高い意識が確認できたといえよう。 図表2-4 カテゴリ 件数 (全体)% すぐにでも田舎暮らしをしたい 5 3.2 当面は田舎と都市と行き来する 32 20.5 体験施設で体験してから 15 9.6 ガイダンスや見学ツアーへの参加 15 9.6 安定した収入が確保できる田舎暮らし 22 14.1 定年後の帰農やUターン 13 8.3 田舎暮らしは考えていない 32 20.5 その他 20 12.8 不明 2 1.3 サンプル数(%ベース) 156 100.0 (2)田舎暮らしの実現への意識 それでは,田舎暮らしの実現の方法についてみると, 「まず情報を集めるにとどめたい」 (31.4%) と現実的な意識が3分の1を占める。次いで「気の合った複数の家族や同じ趣味のグループでなら田舎 - 24 - 暮らしを考えたい」とするのが16.7%である。別荘を複数の知人で共同利用するという,サークル 活動的な意識である。 逆に, 「空き家や体験施設を探したい」とする積極的な意識は11.5%である。この比率が高いか低 いかは,先にのべたように,アンケートのサンプリングが田舎暮らしに比較的高い意識をもった人たち を対象にしているため,田舎暮らしに積極的な意見であると考えたい。 田舎暮らしをいざ具体的に実行するとなると,家族の反対や資金的な問題で躊躇する面もあるとみら れるが, 「空き家や体験施設を探したい」とする積極的な意識をもつ層が確実にいるということが確認で きたと考える。一定の母集団(多少田舎暮らしをしたいという願望をもつ,あるいは多少の関心をもつ 人たち)で,10%を超える人たちが田舎暮らしを実現したいとするのは,今後人口移住や定住政策を 推進していく必要性を高める判断材料(ファクトファイディング)となってくる。 図表2-5 カテゴリ 空き家や体験施設を探したい まず一人で経験したい 複数の家族やグループで 経験者の話を聞きたい まず情報を集めるにとどめたい 家族が反対するので無理 田舎暮らしは頭にない その他 不明 サンプル数(%ベース) 件数 18 1 26 15 49 5 21 16 5 156 (全体)% 11.5 0.6 16.7 9.6 31.4 3.2 13.5 10.3 3.2 100.0 - 25 - 3.田舎暮らしに求める新たなライフスタイルの希求 (1)期待する田舎暮らしのすごし方 田舎暮らしに期待するすごし方はどのようなものだろうか。約半数の47.4%が「自然の暮らしを 満喫し,健康的な新しい生き方を模索したい」という意識をもっている。利便性の高い都市的生活から 離れてナチュラルな田舎での生活を楽しみたいとする意識である。その意識は,次いで高い「園芸・ガ ーデニングを自由にとりいれナチュラルな暮らしと趣味に励む」が34.6%, 「無農薬の有機栽培を中 心に適度な広さの農業をやりたい」28.2%からも同様な傾向がうかがえる。 一方, 「いまの仕事や生活と両立する田舎暮らしを模索したい」という都市と田舎の2地域居住の意識 も24.4%である。2地域居住の意識も比較的多く,その方策についての今後考えるべき課題である。 海外でのロングスティを実行している人たちが200万から300万人いることを考えると,2地域居 住の方策は一考すべき課題である。 さらに, 「ペンション経営など田舎にあった新しい仕事をしたい」とする意識は,9%にすぎず,仕事 をしてまでも田舎暮らしをするきはないということかもしれない。 図表2-6 カテゴリ 件数 (全体)% 有機栽培中心の適度な農業 44 28.2 園芸・ガーデニングや趣味 54 34.6 陶芸・写真など創作活動と作品展示 9 5.8 自然の暮らしと健康的な新しい生き方 74 47.4 いまの仕事や生活と両立した暮らし 38 24.4 これまでの経験を活用した田舎暮らし 21 13.5 田舎でのボランティア活動 31 19.9 ペンション経営など新しい仕事 14 9 その他 6 3.8 不明 11 7.1 サンプル数(%ベース) 156 100.0 - 26 - (2)田舎暮らしと仕事への意識 田舎暮らしをするとしても仕事についてはどのように考えているかをみたところ,「(定年などで)い まの仕事から離れて悠々自適な生活ですごしたい」が最も多く,35.9%もある。 「農業など田舎で適 度に仕事をしたい」17.3%や「いまの仕事を続けながら余裕をみて田舎暮らしをしたい」16.0% を大幅に上まっている。 田舎暮らしでは,定年後まで仕事するのでなく,適度な生活を楽しみたいとする層が多いというファ クト(事実)は,先に述べたような海外でのロングスティ層が高まっているということと共通している のかもしれない。田舎での暮らしは生活費用が都市よりも低いものだとする前提で,田舎暮らし生活を 楽しむことなのかもしれない。そのことは, 「田舎暮らしと両立するように新しい仕事を自分で創り出し たい」とする起業意識はわずか7.1%にすぎないことからもうかがえる。 図表2-7 カテゴリ 悠々自適な生活 仕事を継続しながら田舎暮らし 農業など適度な仕事 農業以外にも田舎でできる仕事 新しい仕事を創る 不明 サンプル数(%ベース) 件数 56 25 20 27 11 17 156 (全体)% 35.9 16 12.8 17.3 7.1 10.9 100.0 それでは,田舎暮らしと両立して仕事をしたいとする人に限定して,仕事の内容をきいたところ, 「い - 27 - まの仕事の延長にあって自分の技能や技術が生きる仕事」が41.9%, 「田舎でできる仕事ならなんで もよい」が35.5%である。 これらから,田舎暮らしを誘引していくインセンティブあるいは政策要因として, 「仕事」を斡旋する, 起業のアドバイスなどは大きくとりあげるまでもないことが指摘できるのではないだろうか。 (このこと は,後述する田舎暮らしが進展している北海道伊達市でのヒアリングでも確認できた点である。) ただ,「情報ネットワークを利用して楽天のような電子商店街に出品する」11.3%(全体では4. 3%), 「いつでもどこでも情報端末を利用して仕事ができるテレワークを試みる」6.5%(同2.6%) と少なからず IT 積極派がいることはインターネットが普及した社会での動向として無視できない点で ある。 図表2-8 カテゴリ 農産物・水産物とその加工 園芸品や花き販売 創作工芸品の展示販売 自分の技能が生きる仕事 電子商店への出店 情報端末利用のテレワーク なんでもよい 不明 サンプル数(%ベース) 件数 16 10 6 26 7 4 22 94 156 - 28 - (全体)% 10.3 6.4 3.8 16.7 4.5 2.6 14.1 60.3 100.0 4.受容サイドの地域住民の「田舎暮らし」との共生への意識 (1)都市との交流についての住民意識 田舎暮らしを受け入れる受容サイドの地域住民の「都市との交流」の意識をみると, 「地域に溶け込む など田舎暮らしに願望をもち移り住む人たちを受け入れ人口の増加を図るべきだ」とする意見が39. 7%と多い。田舎暮らしを積極的に受け入れようとする考えが主流を占めている。中山間地域の世羅町 では,人口の減少と高齢化が進んでいることから,地域住民の意識は人口増による町の活性化が望まれ ていることがわかる。 次いで, 「世羅高原のイメージを定着させ県内外との交流による周遊型の観光を推進すべきだ」が30. 6%,「広島などに出かけていくばかりでなく週末には世羅に人がくるようにすべきだ」26.4%と, 観光や商業などの交流が望まれている。 ただ, 「ふだん都市に住んでいて週末に滞在し農作業などを楽しむ人たちとの交流を考えるべきだ」と する2地域居住については,14.0%とやや否定的な意識がみられる。2 図表2-9 カテゴリ 農産物販売など都市との経済交流 世羅高原のイメージによる観光推進 週末滞在型の交流 田舎暮らしの積極的受け入れ 週末人を呼び込むまちづくり 都市との交流を慎重にすべきだ わからない 不明 サンプル数(%ベース) 件数 136 168 77 218 145 19 17 10 549 - 29 - (全体)% 24.8 30.6 14 39.7 26.4 3.5 3.1 1.8 100.0 地域居住のシステムは,利用者側にとっては利便性が高いが,受け入れ側の住民からみたとき地域に溶 け込むものでないかぎり受け入れに積極的でない面があるのかもしれない。別荘やリゾートマンション などの受け入れにつながるものともいえよう。 (2)田舎暮らしに適合した土地条件 田舎暮らしの願望が高まるなか,それに適したまちか否かについては, 「世羅は高原のイメージや花の 園芸などがあり有機栽培や園芸を楽しむことができるなど,田舎暮らしに適した土地だと思う」と考え る住民が,ほぼ半数の49.7%である。 「高原イメージ」を売り物(ブランド)にした田舎暮らしに適 した土地とする考えが大半であることは,まちのイメージづくりに有益な示唆であり,住民の自信とも なっている。 逆に,「都市からの移住者が暮らすには生活に不便で田舎暮らしに適していない」が14.6%,「田 舎の慣習や行事への参加といったしがらみもあり,別荘や特定の施設であれば田舎暮らしもできる」が 14.2%と,田舎暮らしに否定的な意見はそれほど多くない。 図表2-10 カテゴリ 高原イメージの田舎暮らしに適した土地 外からの人を受け入れやすい土地柄 田舎のしがらみがある 生活に不便で適していない わからない 不明 サンプル数(%ベース) 件数 273 68 78 80 39 11 549 (3)田舎暮らしを受け入れる手順への意識 - 30 - (全体)% 49.7 12.4 14.2 14.6 7.1 2 100.0 田舎暮らしを促進する手順として,どのような対象者から受け入れていくかについてみると, 「田舎暮 らしに馴染める人を優先」「週末利用で体験してから移住」「帰農・帰郷する町出身者を重点」のいずれ も差がなく,促進の手順にはなんら問題がなく,田舎暮らしを積極的に推進すべきだとする意見がほと んどである。 町に受け入れる移住者については,あまり理屈で考えるよりも,ニーズにすみやかに対応していくべ きだとする現実的な考えである。 田舎暮らしを受け入れる手順 図表2-11 0 50 100 150 200 250 田舎暮らしに馴染める人を優 先 週末利用で体験してから移 住 帰農・帰郷する町出身者を重 点 受け入れないほうがいい わからない 不明 カテゴリ 田舎暮らしに馴染める人を優先 週末利用で体験してから移住 帰農・帰郷する町出身者を重点 受け入れないほうがいい わからない 不明 サンプル数(%ベース) 件数 208 198 200 13 19 17 549 - 31 - (全体)% 37.9 36.1 36.4 2.4 3.5 3.1 100.0 5.田舎暮らしをめぐる主体間の意識ギャップ (1)都市からの移住者とのつきあい方についての意識 都市からの移住者とのつきあい方についてみると, 「まちの活性化になるなら都市からの移住者に空い ている家や耕作地を貸し出してもよい」が29.0%と最も多い。空き家や耕作地を貸してもよいとす る住民がきわめて多いことは,それだけ住民の意識がまちの活性化に期待する面の裏返しでもある。 「行 政や農業団体の指導にまかせればよい」とする意見も18%あるが,地域コミュニティの再編や活性化 への思いが根強いと考えるべきだろう。 「まちの歴史や文化,地区の伝統行事などの情報を伝える」12.4%, 「協働してまちづくりに取り 組んでほしいので各種のボランティア活動の情報を伝えたい」9.8%と,田舎暮らし移住者との情報 コミュニケーションを積極的に考える住民も比較的多い。 このことは,本調査研究で基本的に(仮説として)考えていきたい,地域コミュニティ再編と田舎暮 らしとの接点に情報コミュニケーションのあり方を含めた「情報クラブ社会」 の必要性を窺わせるものである。 図表2-12 - 32 - カテゴリ 空き家や耕作地を貸してもよい 適切な農作業情報を教える 就労の情報を提供 農産物加工など共同作業に誘う 地区の伝統行事などを伝える ボランティア活動に誘う あまり付き合いたくない 行政などに任せればよい 不明 サンプル数(%ベース) 件数 (全体)% 159 46 41 32 68 54 21 99 29 549 29 8.4 7.5 5.8 12.4 9.8 3.8 18 5.3 100.0 (2)田舎暮らしを受け入れる移住者のタイプ 田舎暮らしを受け入れるにあたって,どのようなタイプの移住者に来てほしいかをみたところ,次の ような順位での差がみられる。 ① 地区の行事や共同作業に溶け込んで入ってくるような人(55.0%) ② ボランティアに意欲をもって福祉活動などを率先して行う人(32.2%) ③ 6次産業ネットワークに進んで参加し,農産物の直販や食品加工など協同的な活動を担う人(31. 7%) ④ 特有の技能や能力を持って新しい仕事を創り出す人(31.3%) ⑤ ビジネス経験豊富な人でまちづくりに積極的に参加する人(28.4%) これらの移住者のタイプは, 「経済的に安定し静かに田舎暮らしを楽しもうとする人たち」 (25.5%) をいずれも上回るもので,地域コミュニティに溶け込み,地域の協働組織にも参加することを厭わない 移住者が望まれている。 このような条件をもつ移住者のタイプは,本調査研究で仮説的に考え,後に詳述する田舎暮らしにお ける「情報クラブ社会」を担う人たちと考える。 図表2-13 - 33 - カテゴリ まちづくりに積極的に参加する人 特有の技能能力をもち仕事が創れる人 趣味などはっきりとした目的のある人 農産物の販売加工に協働できる人 ボランティア活動に参加する人 地区の行事や共同作業に溶け込める人 経済的に安定し田舎暮らしを楽しむ人 田舎暮らしを受け入れたくない わからない 不明 サンプル数(%ベース) 件数 156 172 134 174 177 302 140 9 15 11 549 (全体)% 28.4 31.3 24.4 31.7 32.2 55 25.5 1.6 2.7 2 100.0 (3)田舎暮らし願望者からみた地域コミュニティの問題点 一方,田舎暮らしに願望を持っている人たち(都市からの移住を潜在的に考えている人たち)からみ た,田舎暮らしの問題点をみると,同様に次のような順位での指摘が浮かび上がる。 ① 「田舎は相互に助け合うような秩序づくりが基本だから一緒にやっていきたい」 (34.0%) ② 「各種の寄り合いや共同作業への参加はおっくうでない」 (28.8%) ③ 「積極的に地元の習慣や知恵を引き出す努力をしていくのは当たり前だ」(22.4%) このように田舎の地域コミュニティの問題を理解し地域に溶け込んでいくことを厭わない移住希望者 が少なからず多いことは,これからの地域コミュニティの再編を田舎暮らし移住者も入った協働組織な どをもとにした「情報クラブ社会」の形成があながち机の上の考えばかりでもないことを意味するもの である。 ただし,次のような意見もあるのは当然である。 ① 「田舎には近所との付き合いや行事への参加など,田舎特有のしがらみがあるのでいやだ」(21. 8%) ② 「田舎はインターネットなどの情報環境や交通条件がよくないので不便だ」(17.3%) 田舎特有のしがらみや不便な情報・交通環境は,田舎が克服していくべき課題ではあるが,むしろ, 田舎社会の特性でもある。 - 34 - 図表2-14 カテゴリ 件数 (全体)% 34 21.8 行事参加など田舎のしがらみがいやだ 田舎の相互扶助を大切にしたい 53 34 寄り合いや共同作業への参加 45 28.8 積極的に地域に溶け込む努力をする 35 22.4 これまでの経験や技能をいかしたい 27 17.3 情報環境や交通条件が不便 27 17.3 都市から離れたくない 13 8.3 家族の理解が得られない 7 4.5 不明 9 5.8 サンプル数(%ベース) 156 100.0 - 35 - 第3章 地域コミュニティと共存する 田舎暮らしの類型と事例研究 第3章 地域コミュニティと共存する 田舎暮らしの類型と事例研究 田舎暮らしニーズをもった都市からの移住者を受け容れるに当たって、地域コミュニ ティはいかに田舎暮らしとの関わりをもっていくべきだろうか。都市からの移住者のラ イフスタイルに応じた地域コミュニティとの関わり方を軸に,田舎暮らしのスタイルを類 型化し,先行的な事例を研究する。 1.地域コミュニティと共存する田舎暮らしの類型 (1)田舎暮らしのし方の形態 田舎暮らしにはいくつかの形態がある。どのような田舎暮らしの形態を望んでいるかを みると,次のような田舎暮らしのし方のタイプが見出される。 ① 「空き家などを買ったり借りたりして補修し,自由に田舎生活を満喫する」 (32.1%) ② 「有機栽培作物の直販や共同加工グループに入ることで仕事と両立する収入が得られ る環境の田舎暮らし」(25.6%) ③ 「滞在期間を限定する,季節を限定するなどして,園芸・農作業や陶芸などが楽しめる 田舎暮らしの体験施設を利用」(24.4%) ④ 「園芸や農作業ができるような区画で開発された別荘やセカンドハウス」 (20.5%) ⑤ 「田舎暮らしをいつでも利用できる契約の会員制リゾート施設など」 (15.7%) 田舎暮らしに空き家を望むニーズが高いことが確認できたが,空き家利活用の仲介機能 や権利保全が十分確立できていないことがいままでの研究で分かってきている。むしろ, 田舎暮らしの体験施設利用や別荘・セカンドハウスの希望が比較的多いことがあきらかに なった。まず体験施設などの整備が課題といえよう。 田舎暮らしのし方でのアンケートで,25%の人が「有機栽培作物の直販や共同加工グ ループに入ることで仕事と両立する収入が得られる環境の田舎暮らし」を支持しているこ とをいかに考えていくかが田舎暮らしの実現を促進するうえで重要なメッセージである。 他のアンケート項目にあるように,田舎暮らしに仕事との両立を条件とする意見はそれほ ど大きくはなかった。そうであれば,「有機栽培作物の直販や共同加工グループに入る」こ とに意味がある。田舎の生活に溶け込むために,地域コミュニティの基層を形成する共同 グループなど,地域協働組織に着目と期待があるのではないだろうか。 図表3-1 32.1% 24.4% 25.6% (2)地域コミュニティと共存する田舎暮らしの類型 先の田舎暮らしのし方についてのアンケート結果から,その形態をみてみると,空き家, ログハウス,リゾート施設,別荘,体験施設など,さまざまな形態の暮らし方が期待され ている。都市生活者が田舎暮らしをする時の形態には,ライフスタイルに応じた住まい方 のニーズがあるだろう。 しかし,田舎暮らしに溶け込んでいくスタイルには,地域コミュニティと一定の距離を もちたいという人もあれば,気のあった友人や趣味を同じくするサークルで田舎暮らしを する,地域コミュニティに深く溶け込み田舎生活を楽しみたいというニーズもある。さま ざまな地域コミュニティとの関係が想定できる。 このような地域コミュニティとの関係を軸に,田舎暮らしのスタイルを類型化すると, 次の4つにタイプを分けることができる。田舎暮らしの形態へのニーズからみると,いず れかのタイプに片寄ったニーズがあるのではない。 ① 空き家やログハウスの新築など自由に売買できる「市場原理」による田舎暮らし 空き家やログハウスの新築など,田舎で自由に土地建物を売買し地域コミュニティに入 っていくのも一定の距離をおくことも,いずれもできる田舎暮らしである。都市的生活者 が見知らぬ土地で物件を探すのは容易でないことから,不動産事業者や公的機関(行政) が紹介しているところも多い。 ここでは,田舎暮らしの住宅流通市場が十分確立されているわけではなく,むしろ,そ の市場を先行的に条件整備し(行政が空き家物件をホームページで紹介するなど),田舎暮 らしを誘導してくることに焦点をあてたい。多くの自治体が空き家紹介をする例が多いか らである。ただし,地域コミュニティとの関わりは,その市場への参加(田舎暮らし)と 退去(田舎暮らしの引き上げ)は自由であるから,それほど緊密な関係づけはないと考え る。 ② リゾート・マンションや別荘・セカンドハウスなど「会員制」が基本の田舎暮らし 田舎暮らし市場への出入りがより自由なのが,会員制のリゾート・マンションなどで田 舎暮らしを楽しむスタイルである。団塊世代の市場に向けて,会員制のリゾートクラブが 成長しているが,地域コミュニティとの関係は希薄である。 (本研究では,この会員制のクラブを通した田舎暮らしは事例研究の対象としないこと とする。) ③ 季節限定などの体験施設や共同利用型の施設を「サークル」的に利用した田舎暮らし 気の合った友人・親類や同じ趣味をもつ同好会的な活動を通して,複数で田舎暮らしの 体験施設や共同利用型の市民菜園を楽しむスタイルが多くみられる。このサークル的な田 舎暮らしは,地域コミュニティとの関係はそれほど密ではなく,サークル内に情報が閉じ てしまうものと考える。 ④ 農産物流通や共同加工グループなど協働組織に入った「情報クラブ」型の田舎暮らし 地域コミュニティに溶け込んでいくスタイルの田舎暮らしである。地域コミュニティか らの地区の伝統文化やしきたりなど情報を共有し,地域コミュニティとともに活動してい く。とくに,農作業などの地域独特の情報を共有し自ら作った農産物を販売し加工するな どの行為をともにする,情報共有を積極的に図っていくタイプである。 (3)田舎暮らしの類型化による分析の枠組み 市場原理型の田舎暮らし,会員制型の田舎暮らし,サークル型の田舎暮らし,そして, 情報クラブ型の田舎暮らしまで,田舎暮らしのし方の形態からタイプをわけてみたが,そ の類型を明確にする分析の枠組みが想定できる。それは,2つの軸であり,田舎暮らし市 場への参加の容易性の軸と地域コミュニティとの関わりの軸である。 ① 田舎暮らしの参入のし易さの軸 田舎暮らしのための住まいを直接,市場を通して相対取引で売買するか,間接的ある いは仲介的な介在者(行政や地域協働組織など)を通して非相対で取引するという, 田舎暮らし市場への参入の自由度,容易性で判断する軸である。 ② 地域コミュニティとの関わりの軸 地域コミュニティとの関わりがオープンであるか,ある程度閉鎖的あるいは境界があ るコミュニティ空間であるかの軸である。地域コミュニティとの関わりがオープンで出 入り自由な空間か,参加にある程度の意思や参加に一定の制限がある空間である。 このような軸からみると,市場原理型の田舎暮らしは,個別に空き家などを情報収集 し,それをもとに自己責任の範囲の中で住宅選択することが基本的なスタイルである。 会員制型の田舎暮らしもリゾートクラブなどから会員制のサービスを享受し,会員の規 約を順守するかぎりで(境界のある),田舎暮らしをする。 サークル型の田舎暮らしは,オープンな地域コミュニティ空間で,友人などから紹介 を受けてサークルに加入し(仲介的な取引),趣味などの情報交換を行い,仲間同士が認 め合う関係を大事にする。 そして,情報クラブ型の田舎暮らしは,誰でもが自由に出入りするというよりも地域 コミュニティの価値を認め協働する関係をもつ(境界のある空間)。そこでは,経験・知 識(ナレッジ)を共有し協働組織の下で信頼を醸成しあう田舎暮らしのスタイルである。 本研究では,市場原理型が成熟すれば田舎暮らしも流動的に実現しやすくなると考え るが,空き家をみてもニーズはあるが権利関係などで十分市場が成長していないことか ら,田舎暮らしの実現を一歩早めるためには,情報クラブ型の田舎暮らしが望ましく, 地域コミュニティの再編にとっても有益な政策手段であることを論証していくことがね らいである。 図表3-2 (4)田舎暮らしの類型と事例 ① 市場原理型田舎暮らしと定住促進の条件整備 田舎暮らしを自由に出入りできる市場原理に委ねるタイプである。 (本来,田舎暮らしは 自分の気に入った地域に居住するのだから,田舎暮らしに類型などなくてもよいのかもし れないが,田舎暮らしを促進するという意味では政策を考える一助に類型化が必要であ る。)オープンな地域コミュニティ空間に自由に出入りするといっても,(定住への)何ら かの誘因が条件整備されている。 本研究では,条件整備されている誘因として,住環境と情報通信環境に着目する。住環 境は,空き家をデータベース登録し公開している例や定住促進用の住宅を整備している例 などがある。ここでは,人口定住が成功し人口の社会増が着実にみられ全国的に注目され ている北海道伊達市を事例とする。 移住しても情報コミュニケーションに困らない環境として情報通信環境に着目して,田 舎暮らしの誘因としている事例として,沖縄県沖縄市を取り上げる。若者を中心に U ター ンや I ターンでの移住が顕著にみられるからである。もうひとつ,住むところにこだわら ず情報通信環境があれば労働できるテレワーク環境を誘因にしている事例として,首都圏 近郊でテレワークの活動拠点となるような地域(例えばいわき市)もあるが,高知県黒潮 町を取り上げた。 ② 「会員制」で成り立つ田舎暮らしとその事例 会員制リゾートクラブでの田舎暮らしである。最近団塊の世代に向けたリゾートクラブ の新聞広告が目立つほどであり,田舎暮らしをテーマにしているところも多い。それだけ のマーケットがあるということでもある。会員権で成り立つクラブ(境界のある空間)で あり,地域コミュニティからは独立している。米国フロリダのリゾートクラブは周囲を高 い塀で囲みゲートは守衛でガードされているほどである。 リゾートクラブなど民間市場での取引であることから,公益・公助をベースとした地域 コミュニティとの関わりを探究する本研究では対象としないこととする。 ③ 都市と農漁村の2地域居住とサークル型田舎暮らし 団塊の世代中心に,いま都市に居住しているが実家のある農漁村にたびたび帰り,いず れ本格的な田舎暮らしに移行することも考えられるとした,都市と農漁村の2地域居住の スタイルが広がっている。東京周辺では,千葉県房総半島に2地域居住する団塊の世代が 多い。同窓会などのサークル活動を楽しんでいる。 また,いきなり田舎暮らしを実行するには不安があるので体験研修ツアーや体験施設を 経験してから考えたいとする田舎暮らし願望者が少なくない。気の合った親類や仲間,趣 味を同じくしたサークルなどでの体験施設利用も多い。 宿泊施設つきの滞在型市民菜園,クラインガルテンも活発に利用されている。全国に6 5か所(4,137区画)ある(2005年,農水省調べ)。長野県,山梨県など東京近郊 圏にも多く,その多くが名称にクラインガルテン(小さな庭)とあるようにドイツなどで みられる市民農園をもととしている。 本研究では,その宿泊施設つきの市民菜園の一つである,広島県江田島市の農園を対象 とした。 ④ コーポラティブな(協働)組織と情報クラブ型田舎暮らし 情報クラブ型は,田舎暮らしで移住してきて地域協働組織のなかに溶け込み,ともに境 界のある地域コミュニティ空間のなかで活動するタイプの田舎暮らしである。その地域協 働組織における情報を共有することで地域コミュニティを楽しむという意味で, 「情報クラ ブ」に属する。 このような事例は,コミュニティビジネスを基盤に取り組んでいる組織,農産物の直販 に共同で取り組む事例などがあげられる。 本研究では,地域コミュニティの再編の課題をアンケート調査で探ってきた広島県世羅 町で活動する「世羅高原6次産業ネットワーク」と環境に優しい農業づくりに取り組み農 産物の直販施設を町民が出資してつくった愛媛県内子町の「内子フレッシュパークからり」 を事例とする。 図表3-3 田舎暮らしの類型と先行事例 オープンな地域コミュニティ空間 サークル型 市場誘導型 (事例) ■江田島市 ■北海道鹿追町 (事例) ■北海道伊達市 ■沖縄市 ■高知県黒潮町 仲介的 非相対の取引関係 情報共有型 会員制型 (事例) ■広島県世羅町 ■愛媛県内子町 (事例) ■民間リゾートクラブ 境界のある地域コミュニティ空間 直接的 相対の取引関係 2.市場誘導型田舎暮らしの事例 (1)事例1;北海道伊達市の住環境支援による田舎暮らしの誘導 北海道伊達市は,北海道でもまた全国的にも有数の人口の社会増がみられる都市である。 道外からも200から300人が移住してきているという。なぜ経済低迷が続く北海道で 伊達市が成長しているのだろうか。 伊達市は北海道でも噴火湾に面し雪が少なく,比較的温暖な気候(冬でも平均-3℃程 度)であり,定住環境に恵まれているという。伊達は住みやすいところだという評価が定 着している。したがって移住のための助成制度や就労あっせんなどは講じていないとのこ とである。たんに人口移動,定住の市場に任せているだけだろうか。逆に,人口定住のた めの仕組みが模索されてきているからに他ならない。 伊達市の移住・定住施策を市のホームページでみると,次のように体系的に捉えられて いる。 ① 住まい情報 ・優良田園住宅建設事業 ・伊達市内の不動産・賃貸住宅情報 ・公営住宅に関すること ② 安心して元気に暮らす ・安心ハウス ・健康増進・各種検診 ・お年寄りのための福祉と介護サービス ・総合病院のご案内 ③ 楽しく暮らす ・市民向け各種講座のご案内 ・祭り・イベント ・芸術・文化に触れる ・伊達市の見どころはここ! ④ 便利に暮らす ・育児・家事援助などの支援 ・生活の足“ライフモビリティサービス” ⑤ その他 ・縄文文化に触れる このような移住施策のプログラムをホームページに載せて, 「わかりやすく安心で楽しそ うな」プログラムにしている。 これらのなかで特色的なのは次のような施策である。 ① 民間活力を活用した「安心ハウス」など住宅環境の支援 伊達版安心ハウスとは,高齢者の方が安心して居住できるように, 「バリアフリー化」 され,「緊急時対応サービス」の利用が可能な賃貸住宅である。高齢者の生活を支援す るために,食事サービスなどの附加サービスを提供することでより安心して自立した生 活を続けていくことのできる住宅である。「安心ハウス認定制度」は,良質な高齢者向 けの賃貸住宅を,民間活力を利用して普及促進する制度である。民間事業者が計画段階 から申請し伊達市(住んでみたいまちづくり課移住定住係)が認定する。行政は,市の 広報やホームページを通じて PR することとなっている。 すでに2棟65戸建設され,1階が食堂や多目的室などが配され,1戸当たり45か ら60㎡で月6万から7万円の家賃である。 ② 地域ケアシステムの充実 市内には伊達赤十字病院など44医療機関があり,一定の都市機能が充足されてい る。また障害者福祉施設もあり(誘致),地域ケアシステムが充実したことが安心感を 与えている。大病院があるということは移住者に地域医療システムの充実を訴えるも のである。 ③ 伊達ブランドの確立と都市生活環境の整備 伊達市のキャッチコピーは「北の湘南」である。昭和50年代後半に東京から来た芸 能人たちが言い出したとされている。この「北の湘南」というブランディングは温暖な 地と都市的な生活イメージを醸し出すのに有効に働いているとみられる。そのブランデ ィングにふさわしいように,街路イメージを高める工夫として街路名に「伊達物語回廊」 と名称している。街路樹に一部柿木を用いて街路景観にも配慮がなされている。 また,都市生活環境も,だて歴史の杜総合公園のなかにカルチャーセンターが整って おり生涯学習などが活発に行われる環境にある。この公園には,宮尾登美子文学記念館 まである。一時伊達で執筆活動をしたとのことである。 図表3-4 カルチャーセンターと伊達市内の街路灯 (2)事例2;沖縄市の情報通信事業支援と人口定住 沖縄県では,平成10年に「沖縄県マルチメディアアイランド構想」を策定し雇用開発 の大きな柱にしてきた。その後国際情報特区構想などとともに,2010年までのIT関 連産業の就業者目標を2.45万人とした数値目標を掲げ,全国に先駆けてコールセンタ ー等の誘致を積極的に推進してきている。コールセンターだけでも37センター7,90 0人の雇用を生み出してきている。いま日本最大のコールセンター集積地になっている。 その要因の一つは通信コスト低減化支援で,東京・大阪のアクセスポイントから沖縄まで の情報産業ハイウェイを無料にして東京近郊と同程度のコストで沖縄でも事業ができる環 境を用意したことによる。 その雇用開発効果を享受している自治体の一つが,沖縄市である。沖縄市は人口13万 人で人口増加が著しく,小学校が足りないという状況である。移住者が多く,スローライ フを楽しむ土地柄である。 具体的な政策は,3つのセンターにあわせて26社の企業誘致に成功していることであ る。その第一は空洞化する中心市街地の大型スーパー跡地を改修した「テレワークセンタ ー」で,コールセンターが複数入居しているとともに,情報処理技術者養成講座などを市 が行っている。第二はITワークプラザで,コールセンターのほかコンテンツ制作会社が 入居している。この会社は台湾台北本社の企業である。第三はモバイルワークプラザで, ケータイコンテンツ企業のコンタクトセンターなどが入居するほかインキュベート施設と してテレワーク企業などが利用している。この建物も元結婚式場で駐車場が広くあり就業 者の通勤に魅力的な立地である。 図表3-5 沖縄市の IT ワークプラザ このような情報通信事業を支援し雇用の受け皿に成功しているケースは日本では沖縄の ほかあまり例がない。しかも地元からテレワーク事業者をインキュベートすることで,テ レワーカー(在宅勤務者)を増やす政策は,人口定住策の一つになりうる。事実「子育て ママ SOHO」の動きが活発になりつつある。コンテンツ制作会社は,東京からの移住者を もっと活用したいとしているほどである。 (3)事例3;高知県黒潮町のテレワーク型田舎暮らし 黒潮町は,平成18年3月に大方町と佐賀町が合併して新しく誕生した町である。高知 県でも西南部にあり,高知市から土讃線と土佐くろしお鉄道を乗り継いで約3時間の距離 にあり,四万十市に隣接している。 合併前の旧大方町は,2004 年に町内の 250 件余りの空き家物件調査を行った。実際の空 き家物件は 300 件近いと推測されている。この空き家の数は旧大方町内の家屋の 7%以上と いうことである。 この調査を行った際,物件の持ち主に対してアンケートが実施された。 「大方町へ移住を希望される方を受け入れることについてどのようにお考えですか?」と いう問いに対して,8 割の方が「積極的に受けいれたい」あるいは「良いことだと思う」と 回答している。そこで「空き家になっている所有の物件を賃貸することについてどのよう にお考えですか?」という問いに対して,「あまり貸したいとは思わない」「貸そうとはま ったく思わない」と 6 割の方が答え, 「条件が合えば貸してもいい」という方は 2 割しかい ない状況であった。このように空き家は多くあるにもかかわらず,なかなか貸すことに同 意をしてもらえない,というのが現実である。 その理由の第一は「盆、暮れなど年に1、2 回使うから」というものであり,第二は「以 前住んでいたときに使っていた生活用具をそのまま置いているから,第三は「もう古くて 人に貸すような家ではないから。貸すとなると直したりしなければいけない。お金をかけ てまで貸そうとは思わない」というものであった。 このような状況をわきまえた中で,空き家の情報公開が進められている。町のホームペ ージで公開したところ思った以上の反応があり,成約や契約手続き中の空き家が多くみら れるようになっている。 図表3-6 契約済み・交渉中の空き家物件を公開する黒潮町のホームページ (出所)黒潮町ホームページ このような空き家の公開を進めるとともに,雇用対策事業の一環で進められたのが「テ レワーク事業」である。黒潮町では、時間と場所に縛られない働き方である「テレワーク」 を用いて,地域産業や地域の雇用,就業の場を創出するために,国から「地域再生計画」 の認定を受け,各種の取り組みを行なっている。地域で起業したい,あるいは専用の事務 所を持ちたいという事業者のために,県立大方高校内に,起業者や事業者を支援するため の施設,起業者・事業者支援雇用対策施設(愛称:テレキューブ-Tele Cube-)を設けて いる。この施設では7室のうち3室がテナントとして入居済みでテレワーク・オフィスと して利用されている。テレワークを普及させるための講習会なども開催されている。 田舎暮らしの促進を図っていくうえで,テレワークという情報環境を整えていくことは 今後の政策課題である。直接的に田舎暮らししながらテレワークするという時代環境がき てないが,着実にテレワークに関心を寄せる層が増えていることもあり将来大きなトレン ドを形成する可能性を有している。 3.サークル型田舎暮らしの事例 (1)事例;江田島市やすらぎ交流農園 江田島市の「やすらぎ交流農園」も都市と農村の交流施設として,平成12年度農業 振興対策事業費補助金で整備された施設である。平成14年7月に10区画の募集からは じまったもので,毎年5から10件の応募がある。 施設は,農園40区画(30㎡/区画)と10のラウベ(宿泊施設)からなっていて, 1つのラウベと4区画の農園を4家族(または4グループ)で利用することとなっている。 年間利用料金は 29,400 円で,ラウベの光熱費は自己負担である。 ラウベは,昭和 30 年代をイメージした建物(29㎡)で,かまど,囲炉裏,テレビ,冷 蔵庫,バス・水洗トイレ,2段ベッドからなっている。囲炉裏では,農園で作った作物や 目の前の海で釣った魚を炭で調理できるようになっている。 江田島のやすらぎ交流農園は,広島市の宇品港からフェリーでも呉市からも島伝いに自 動車でアクセスできることから,平日でも多くの利用客がある。利用状況は,使用簿ベー スで正確ではないが,平成17年度は4,775人(1日当たり13人)である。フィー ルドサーベイで訪れたときも,10のウラベのうち3つで利用されていた。 その1つのウラベは,親類4家族が利用していて広島,東広島から農作業にきていた。 東広島のような農園も利用できそうな都市からもきているが,仲の良い親類でサークル的 に使えること,日長沖を通る船を眺めながら農作業するのが楽しみだということであった。 また,段々畑の農園で,しかも島であるから,夏など園芸に必要な水やりを別のグループ と共同で分担しあっているということであった。 このようなサークル的な利用は,気の合った仲間たちやグループ,そして,利用者同士 のコミュニケーションが進むなど,都市と農漁村の2地域居住を促すが(こここの交流農 園のウラベでは居住はできない),地域コミュニティとの関係はいまひとつ問題がある。 やすらぎ交流農園は,江田島市沖美地区に位置している。スイートピアやイチゴなど専 業農家が多く,場所的に集落から離れた独立した地区にあるため,地域コミュニティとの 関わりをもつには距離がある。一部草刈りの委託や隣接する農地との農作業情報の交換な どが行われている。 地域コミュニティとの交流・連携よりも,仲間たちや利用者相互のコミュニケーション に,サークル型田舎暮らしの意味がある。 図表3-7 江田島市やすらぎ交流農園の外観 (注)写真右側がラウベと段々畑の菜園 4.情報クラブ型田舎暮らしの事例 (1)事例1;世羅高原6次産業ネットワーク 世羅町は広島県備北地域の代表的な中山間地である。梨の産地など農業生産の先進的な 台地であり,いまでも日本有数の規模をもつ水耕栽培のトマトやボストンレタスの新農業 生産システムが点在している。しかも果樹観光農園や花きの観光農園も数多い特色のある 中山間地である。しかし観光入込客は大きな伸びを示すまでに至っておらずリピーター客 も少ないという課題を抱えていた。産直市場に出荷していた女性の農産品加工グループを 中心に,消費者との交流やイベントで活性化を推進しようという機運が盛り上 がった。 そのコンセプトは,「6次産業」である。6次産業は1次産業(農林業),2次産業(加 工),3次産業(販売流通)を掛け合わせた造語だが,農産品に付加価値をつけ直接消費者 と交流し,「買う・食べる・見る・ふれる・泊まる・学ぶ」概念を拡大していくものであっ た。このコンセプトのもと,果樹農園8,花き農園5,加工グループ13,レストラン2, 産直市場4,直売農園11,高等学校,農協の32団体が集まり,平成11年に「世羅高 原6次産業ネットワーク」が誕生した。 ネットワークが目指したものは,①ブランド商品づくり,②世羅高原イメージの強化, ③アンテナショップの開設,④大型イベントの開催,⑤わかりやすい案内板づくりであっ た。その活動は,こだわり農産物の栽培研修,郷土料理研究会(郷土料理起業開発女性セ ミナーなど) ,パッケージングやエコファーマー制度など「6次産業マネジメントセミナー」, 「ひろしま夢ぷらざ」での春夏の「せら高原フェア」,「フルーツ王国せら高原夢まつり」 のイベント(2日間で3万2千人の入場者数となる)など多彩であった。 ブランド化では,「せら夢ブランド」を確立するため,ブランド認定委員会を設立し,認 定マークを付与することも行っている。なかでも,産地が形成されている大豆を加工した 大豆発酵食品テンペの開発は女性たちの熱意の結晶でもある。一時ブームになるほどの売 れ行きをしめした。このような活動の結果,45団体820人が参加するネットワークに なっている。 世羅高原6次産業ネットワークのような地域協働組織は,地域コミュニティを支える基 層であり,活性化の原動力ともなっている。田舎暮らしを促進するうえでの知見は,次の ようなことが見出された。 ① 1970年代後半から始まった広島中部台地国営農地開発事業で入植した農家と既存 農家などとの交流が少なく,地域コミュニティにとって交流が課題と認識されていたこ とが,6次産業ネットワークづくりに引き継がれ,田舎暮らしで入ってくる移住者との コミュニケーションを図かる必要性が地域コミュニティに理解されていた。世羅台地に は,別荘分譲も行われているが,その入居者との交流は少ない。 ② 田舎暮らしでの移住者もわずかだがみられはじめている。定年後移り住んで牧場を開発 し,その牛乳をアイスクリーム,ジェラードと製品化し直売所などで販売するなど,6 次産業ネットワークに加わっている人も出てきている。6次産業ネットワークの地域協 働組織の活動を理解して,地域に溶け込みやすい環境になっている。 (2)事例2;(株)内子フレッシュパークからり 愛媛県内子町は,伝統的な町並みが保存された歴史的資源の残された町であり,その一 角にある内子座は地方歌舞伎で全国的に知られている。その町並みの保存と同様,棚田の 保存のためグリーンツーリズムを受け入れることも模索されている。しかしいずれの中山 間地に共通してみられるように,農業の担い手が減少する,消費地から遠いといった課題 を抱えていた。また,内子町はエコタウン宣言による環境にやさしいまちづくりを目指し ている。 このような地域環境のなかで,農産物の直売所を作って,「売り方の仕組みを考える」 動きがでてきたのが「内の子市場」(平成6年,1994 年)である。そこでの経験は,農業 の面白さを伝える,品揃えが大事,クレームは励ましの言葉などといったものであった。 その実験的な取り組みとともに,当時フルーツパーク構想を進めており,勉強会での合意 形成が図られていった。70 人の女性が集まったという。 そのもとで,平成 8 年「からり特産物直売所」がオープンした。その取り組みの特色は つぎのようなものである。 ① 住民参加 ② 内子町へのこだわり ③ 知的農村塾(担い手の育成) ④ 景観と調和した施設配置 ⑤ 自由と自己責任(価格,出荷量,出荷時期) このようなコンセプトのもとでの地域協働組織が芽生えていった。それが「内子フレッ シュパークからり」であり,いま年間45万人の利用者がある一大農産物直売所となった。 その利用者は,松山市からの利用者が4割,町内・県外が各1割,近隣市町村が4割であ る。その7割がリピーターともなっている。直売所の販売額は4億5千万円を超え,出荷 者は410人,1戸当たり110万円の収入となっている。700万以上の販売額をあげ ている農家は,10戸もある。男性が29%で女性71%と圧倒的に女性が多く,農村で の女性の「働きがいのある就労システム」が出来上がっている。年齢的には,60代が3 7.3%,50代が32.2%である。 図表3-8「内子フレッシュパークからり」の店内 バーコードが付された出店物 ① 町民の出資による地域協働組織の株式会社化 「内子フレッシュパークからり」は,都市と農村の交流拠点として農産物直売所,レス トラン,農産加工場の施設を有し,その経営は「株式会社内子フレッシュパークからり」 が行っている。この株式会社は,内子町が6割を,残りはJA愛媛と内子町民が出資して いる第三セクターである。町民は1株株主として出資し,株主は437人である。 このような地域協働組織に住民が出資することは,株式会社としての収益責任・成長基 盤の確立・説明責任を果たすことを確約することでもあり,地域を支える協働の概念が十 分浸透しているものと解釈できるだろう。 ② 田舎暮らしへのIターン新規就農者の着実な定着 「内子フレッシュパークからり」の会員は出資しなくても会費と登録料を払えばだれで も出荷できる。その新規会員となったIターン就農者を見ると、毎年1から2世帯が田舎 暮しで着実に移住していることがわかる。この毎年移住者が増えていることに,地域協働 システムとして「内子フレッシュパークからり」が果たしている役割は大きいと評価でき るものである。「内子フレッシュパークからり」の報告書には次のような記載がある。 「愛媛県が実施した「若い新規就農者動向調査」によると平成17年度の40歳以下の 新規就農者は,全県で69人であり平成12年度の105人に比べ3割以上と減少傾向に ある。反面,内子町では毎年1~2人の新規学卒者やUターン者があり,また、脱サラや 定年帰農によるIターン者も増加しており,それらIターン者全員が,協議会の会員とな って直売所に出荷している。」 図表3-9 会員となった田舎暮らしのIターン新規就農者 年度 7 8 9 10 12 15 16 17 合計 世帯数 1 1 1 2 2 1 1 1 10 (出所) (株)内子フレシュパークからり調べ(平成17 年9 月30 日現在) なぜ「地域協働組織の存在」が移住者を引き付けるのか。平成17年1月に実施した出 荷者アンケートでは,農業所得の50%以上を直売所で販売すると回答した出荷者が2 7%を占めている。直売所の設置は,出荷者の意識や町の農業構造にも大きな変革をもた らしている。直売所に出荷するようになり条件が不利な地理的なハンディをもっている中 山間地の将来について,「明るい」と回答した出荷者は87%,内子町に「誇りが持てる」 と回答した出荷者は86%となっている。これは直売所が,小規模,高齢,兼業など中山 間地農業のハンディを多様性という魅力に変え,農業者に誇りと自信を取り戻すことに大 きく寄与していることがわかるからである。 図表3-10 地域協働システムがもたらす農業者の誇りと自信 (出所)(株)内子フレシュパークからり調べ ③ 田舎暮らし希望者の相談窓口になる地域協働組織 また,「内子フレッシュパークからり」内に新規就農者、UIJターン希望者の相談窓 口を設けて農地の斡旋や定住相談に応じており,定住したIターン者へは会員の農家が技 術指導を行うなど各種支援により新規就農者の育成確保が図られているということである。 5.事例研究からの田舎暮らしに有効な誘導策の方向 事例研究を通じて,田舎暮らしの促進に有効な誘導策が方向づけられる。 市場誘導型では,移住・定住に必要な住環境の情報提供である。そのもっとも有効な施 策は,地域イメージのブランド化である。そのブランディングに成功すれば移住マーケッ トが誘導する仕組みが確立されてくる。そこでは,カルチャーセンターなど生涯学習機会 を利用して都市的な生活環境を不自由なく享受できる環境整備も必要である。とりわけ「安 心」を訴求する地域ケアシステムも欠かすことができない。また伊達市のような民間活力 を活用した安心ハウスのような住宅施策や空き家情報を行政のホームページなどで公開し 相談できる体制を明確にすることである。 会員制型は,事例研究の対象から除外したが,市場誘導型との比較からみれば,会員と してクラブに加入することのメリットを訴求することである。このマーケットが拡大して いることの背景には,安心と信頼がキーワードとして理解することができる。 サークル型は,宿泊施設付き市民農園のように,仲の良い仲間たちや親類同士,同じ趣 味サークルの友人たちの付き合いのなかから出てくる田舎暮らしの体験であり,クチコミ で広がる都市生活者,とりわけ女性のグループをいかに引き込んでくるかが重要なポイン トである。このマーケットも潜在的に大きな市場を形成している。 図表3-11 着実に移住者を引き込んでいるタイプが情報共有型である。その基本は「働きがいのあ る就労システム」あるいは田舎暮らしの実体験を紹介できる仕組みを,地域協働組織が有 しているかである。また地域協働組織が田舎暮らしの相談窓口機能を担うのも移住に安心 を保証するからでもある。 第4章 田舎暮らしを支える社会システムの再構築 第4章 田舎暮らしを支える社会システムの再構築 田舎暮らしを一歩促進していくためには,新たな社会システムのあり方を検討する必 要がある。その社会システムは,(テレワーク等)就労システム,情報コミュニケーシ ョン,モービル・サービス,福祉医療の地域ケアシステムなどである。これらの社会シ ステムの再構築を地域コミュニティのなかに取り込む必要があることから,その方向を 探っていく。 1.田舎暮らしに必要な社会基盤整備へのニーズ (1)田舎暮らしに必要な社会基盤整備へのニーズ 田舎暮らしは,都市的な生活に比べれば当然利便性が劣るものである。しかし,田舎暮 らしで必要と思われる社会基盤は不可欠と見られるし,田舎暮らしの適地条件として整備 されるべきものである。その社会基盤についてみると,次のようなインフラは都市生活者 の50%以上が指摘するものであり, 最低限の条件といえよう。 ① 緊急時の医療体制(64.7%) ② 安心できる福祉・介護のネットワークやサービス(54.5%) ③ 交通弱者向けコミュニティバスや乗合タクシー(52.6%) ④ 水洗トイレや浄化槽など下水処理設備(51.9%) 緊急時医療,福祉介護サービス,交通弱者向け交通機関,下水道設備は,田舎暮らしを 通じいずれ高齢者になっていく時の不安を解消するものでなくてはならない。 この条件に次いで, 「インターネットや電子メールが高速で安心して利用できる情報通信 ネットワーク」28.8%である。いつでもどこからでもアクセス可能なユビキタスな環 境の利便性を経験した都市生活者には,必要不可欠なコミュニケーション手段になってい る。勉学の機会となる生涯学習センターや田舎暮しで創作した作品の展示機会といったも のはどうしても必要といったものではない。 図表4-1 51.9% 52.6% 54.5% 64.5% (2)田舎暮らし実現へのインセンティブ 田舎暮らしを誘導する公的助成などインセンティブについてみると,空き家改修の助成 金(46,2%),田舎での就職情報の提供(35.9%),宅地購入・住宅建築の補助金 (32.1%),農業技術の研修制度(30.8%),定住奨励金など(28.8%)が主 要なインセンティブとして望まれている。田舎暮らしでゆっくりとした生活を送りたいと しながらも,やはりなんらかの仕事にも従事したいという希望があるとみられる。それ故, 農業技術の研修制度など農業団体が実施している研修に参加したいというニーズが少なか らずあるのだろう。 図表4-2 46.2% 35.9% 2.田舎暮らしが定着する北海道伊達市の事例 (1)伊達市の田舎暮らしを誘導する社会システム 移住・定住が定着する伊達市の施策の基本となったのは,「伊達ウェルシーランド構想」 である。平成14年に官民で協働プロジェクト研究会を立ち上げ検討したものである。そ の構想とは, 「少子高齢化が進む中で、高齢者が安心・安全に生活することができるまちづくりを進 めるとともに、高齢者の求めに応える新たな生活産業を創り出し、働く人たちの雇用を 促進して、豊かで快適な活力ある暮らしを実現しようとするものです。」 とあるように,少子高齢社会に対応した豊かなまちづくりが基盤となっている。その実現 をもとに定住化を促進するというものであった。移住・定住が先の構想ではない。その特 色は,「高齢者を対象とした新しい生活産業の創造」というように,生活産業の創造が重点 である。それだからこそ,生活産業が生まれてくるような社会システムの再構築が構想さ れたことに意義がある。 図表4-3 伊達市ウェルシーランド構想の概要 (出所)伊達市ホームページ 新しい住宅流通を中心とした社会システムの例は,「安心ハウス」のようにシニア向け生 活サポートマンションを開発したことである。行政は認定制度を設計し民間活力を活用し ている。 さらに生活産業としての社会システムについて,次のような試みが推進されている。 ① ライフモビリティサービス(乗合いタクシー) 高齢者にとって生活の足の問題は深刻である。田舎暮らしでの不安は,緊急時の医療シ ステムやケアシステムとともに,コミュニティバスなどの交通手段の確保が課題となって いる。バスは便数が少なく停留所まで遠いが,タクシーは高いなどの問題がある。 そこで新交通システムとして構想されたのが「ライフモビリティサービス」である。夏 と冬の2回の実証実験が行われた。その実証実験で,平日に利用が集中(とくに金曜日), 午前中の時間帯,自宅から出発し病院や知人宅・集会施設などへの利用,玄関先まで送迎 してもらえるのが最大の利点などが把握できるとともに,実験が進むにつれ利用者が増加 したことも,高齢者にとっての社会システムとしての有効性が確認できた。そこで,商工 会議所が事業主体になってタクシー会社に運行委託する,60歳以上の会員制で月曜日か ら金曜日まで前日予約の運行が事業化された。料金は,1ブロックごとに500円で,端 から端にいっても2500円とのことである。通常より4分の1から半額で済むとのこと である。 ② 移住者のための住宅流通システム 安心ハウスに加え優良田園住宅の分譲など,移住者のための住環境支援が図られている。 そればかりでなく,移住者の住み替えニーズや安心して住宅を転売できるシステムがあれ ば,移住者の利便性をより拡大することができる。 このため,伊達スタンダードの住宅流通システムが検討されている。北海道で広く見ら れる3重窓などの居住システムでなく,伊達に適した居住システムである。そのような認 証制度が設計できれば,移住者は安心して住宅を購入・転売できる。田舎暮らしから引き 揚げるときの用意が予め確保できるからである。 (2) 伊達市の田舎暮らし誘導策の効果 伊達市の移住・定住施策は,民間活力を可能な限り活用しながら,高齢者の求めに応え る新たな生活産業を創り出していくことが基本である。生活に直結した社会システムが模 索されてきた。そのような誘導策の効果は,人口の社会動態に現れるだけでなく,市民に も浸透していくものである。 ① 転入超過が続く社会動態 伊達市の人口の転入・転出状況をみると,転入は 1,600 から 1,700 人で,転出は 1,450 から 1,550 人である。150 人から 200 人の転入超過が毎年見られる状況で, 人口の社会動 態は増加の基調を維持している。その結果,7 年間で約 1,000 人の増加となっている。自然 減を差し引いても,伊達市の人口はほぼ 36,000 人になった。 全国的にも人口増加の都市は,大都市近郊など除けばほとんどないことから,地価の上 昇も目立つものとなっている。北海道の伊達市が注目されるゆえんである。 図表4-4 伊達市の転入・転出の状況 転入 転出 計(A) 道内へ 道外へ 計(B) 道内から道外から 平成11年度 1,342 270 1,612 1,216 238 1,454 12年度 1,527 238 1,765 1,332 250 1,582 13年度 1,438 314 1,752 1,262 233 1,495 14年度 1,379 309 1,688 1,274 254 1,528 15年度 1,459 211 1,670 1,221 294 1,515 16年度 1,293 253 1,546 1,216 280 1,496 17年度 1,334 249 1,583 1,205 310 1,515 計 9,772 1,844 11,616 8,726 1,859 10,585 (出所)住民基本台帳資料 A-B 158 183 257 160 155 50 68 1,031 ② 地域コミュニティを支える新しい仕組みとしての地域文化学習支援システム このような人口の社会増のもとで地域コミュニティも新しい動きが見られ始めている。 それは総合公園にあるカルチャーセンターの利用状況でもわかる。カルチャーセンターで は,生涯学習のサークル組織が活発な活動をしているが,北海道の10大学が連携した「道 民カレッジ」など公開講座や各種音楽コンサートなどが頻繁に開催されている。 このような地域文化学習を支援するものとして,伊達市メセナ協会が存在する。市民の 有志が浄財を寄付して文化活動を支えているのである。その寄付者の名前をプレートにし てカルチャーセンターに掲示している。田舎の神社の修復などに寄付するものと同様であ る。このようなメセナ活動による地域文化学習支援システムは,新しい地域コミュニティ を支える仕組みとなっていくものと期待できるものである。 3.田舎暮らしを支援する社会システムの再構築 (1)地域コミュニティからみた社会システム再構築へのニーズ 都市生活者からみた田舎暮らしに必要不可欠な社会基盤は,緊急時医療,福祉介護サー ビス,交通弱者向け交通機関,下水道設備の順で50%以上の支持があった。田舎暮しで 最低限必要とみられているインフラである。 一方,田舎暮らしを受け入れる側の地域コミュニティからみると,福祉介護サービスの 充実(62.1%),緊急時の医療体制(51.4%),交通弱者に向けたコミュニティバ スや乗り合いタクシー(50.5%)であり,続いて,都市生活者にも利便な浄水・下水 設備(31.0%),インターネットや電子メールが高速で安心して利用できる情報通信ネ ットワーク(26.6%)となっている。 都市生活者からみた田舎暮らしに必要不可欠な社会基盤も,田舎暮らしを受け入れる側 の地域コミュニティからも,まったく同じ社会インフラの整備が必要だと指摘されたこと になる。 地域コミュニティにおける課題は,社会システムとして,安全安心なまちづくりの一環 に,緊急時医療システムや福祉介護サービスを本格的に考えていくべきことが要請されて いる。また,交通弱者にも優しいモビリティ・システムを構築することも必要である。 図表4-5 50.5% 62.1% 51.4% (2)田舎暮らしを支援する社会システムの再構築 田舎暮らしの実現を一歩前に進めるためには,都市生活者の姿勢ばかりでなく,田舎暮 らしを支える社会システムそのものを見直す必要がでてきている。緊急時医療,福祉介護 サービス,交通弱者向け交通機関,下水道設備といった社会基盤ばかりでなく,空き家の 改修だけでなく地域環境(中山間地や島しょ部など)に適合した住宅システム,生涯学習 だけでなく地域の伝統文化なども加えたいきがいの創造につながる学習システム,さらに は,働くインセンティブを与えるような(働きがいのある,実感できる労働など)市場シ ステム(事例の内子フレッシュパークからりにみられる相対市場)など,田舎暮らしを支 援する社会システムの再構築が求められてきている。 その社会システムは,次のものからなると考える。 ① 田舎にも安全安心な緊急時医療システムと福祉介護の地域ケアシステム ② 交通弱者にも優しいモビリティ・システム ③ ユビキタスな情報コミュニケーション・システム ④ 地域環境に適合した住宅システム ⑤ 生涯学習といきがい創造システム ⑥ 働きがいのある就労システム 図表4-6 田舎暮らしを支える社会システム そして,これら社会システム再構築の担い手には,基礎自治体の行政サービスで提供さ れるものでなく,地域コミュニティを支える地域協働組織が本質的に機能すべきものと考 えたい。地域協働組織が連携し,田舎暮らしを支える社会システムの担い手になっていく ことが期待される。 4.田舎暮らしが誘引する新しい生活サービス市場 (1) 田舎暮らしの促進と新しい生活サービス市場の創造 田舎暮らしを支える社会システムは,次のような体系からなると考えてきた。 ① 田舎にも安全安心な緊急時医療システムと福祉介護の地域ケアシステム ② 交通弱者にも優しいモビリティ・システム ③ ユビキタスな情報コミュニケーション・システム ④ 地域環境に適合した住宅システム ⑤ 生涯学習といきがい創造システム ⑥ 働きがいのある就労システム これらの社会システムは,行政サービスで提供されることもあるが,むしろ基礎自治体 の機能を一部分担する地域協働組織がサービス提供を担っていきながら,田舎暮らしを支 援していくことが望ましいと考える。とくに,個々の社会システムの提供においては,市 場原理が働くことが効率的であるからである。 このような社会システムのサービス提供においては,従来の公共サービスを代替するも のであり,新しいマーケット,新生活サービス市場が開かれてくるとみられる。緊急時医 療や地域ケアシステムは地域医療介護システムを大きく変えていくものであり,新しい市 場が生まれてくる。地域モビリティ・システムも最近福祉タクシーの市場が広がっている ように競争が厳しいタクシー業界の新マーケットになりうる。住環境システムもエコロジ カルな市場や電化住宅(家庭情報ネットワークや家庭ロボットなど)の生活サービス市場 の新分野として期待されている領域でもある。働きがいのある就労システムでは,世羅の 6次産業ネットワークや内子フレッシュパークからりの事例でみてきたように,農産物販 売において消費者との接点を創り出し市場からの反応が直接届くことで,働きがいを高齢 者にもたらしている。 (2)情報クラブ社会を形成するサービス・イノベーション 田舎暮らしを支える社会システムの再構築は,新しい生活サービス市場を生み出すもの と期待できるものである。その生活サービス市場で提供されるサービスは,空間的に広い 田舎でサービス提供されるだけに,コスト効率が高く生産性が今まで以上に高くなければ ならない。自ずと知識集約的なサービスを生み出さないと採算性を確保しにくくなる。そ のようなサービス革新,サービス・イノベーションが広がってこなくてはならない。 サービス・イノベーションは,日本の生産性の低いサービス産業に情報技術 IT などを応 用した新サービスや新用途開発をもたらすものとして期待が高まっている。田舎暮らしを 支える社会システムの再構築にこそ応用が働いて,田舎暮らしを一歩前に前進させる原動 力になる。 さらに,その社会システムの再構築を担うと期待される地域協働組織にこそ,サービス・ イノベーションが有効に働いていくことが望まれる。 (3)サービス・イノベーションの事例 田舎暮らしが円滑に地域コミュニティに溶け込んでいくためにも,従来の社会システム を再構築していくようなサービス・イノベーションが開発されていく必要がある。そのサ ービス・イノベーションは,インターネットや携帯電話など国民に幅広く普及している情 報技術 IT を活用したものが導入しやすい。そのような事例を,「内子フレッシュパークか らり」の取り組みにみてみよう。 ① 販売管理(POS)情報を自動配信する「からりネット」 その第一は,生産した農産物がある程度売れ続けていくことが生産者にも肌で感じられ るものでなくてはならないことである。生産者自らが作物ごとに記入し続けるインセンテ ィブである。そのポイントは,「内子フレッシュパークからり」が目指している「からり ブランド」の確立である。「内子フレッシュパークからり」の農産物直売所は,消費者と 生産者の交流が図られ顔の見える農業を実践したことによって,年間60万人以上が利用 しブランド化が定着しつつある。イノベーションの成果がブランド化によって確実なもの になりつつある。 そのために直売所開業当初より導入したのが,直売所と農家を結ぶ「からりネット」で ある。売上や残品の確認,追加出荷の判断に使用している。この「からりネット」は,直 売所の販売管理(POS)情報を携帯電話、電話音声、ファックス等を使って農家に自動 配信するシステムである。このPOS情報を効率的に運用することで販売額を伸ばしてい る農家が増えている。また,販売額を伸ばしている農家は日々の販売情報を蓄積・分析し, 効率的な出荷計画や生産計画を独自にたてるようになった。「からりネット」の導入は, 品物に生産者名・電話番号を付けた販売ができる「顔の見える関係」から出荷者の創意工 夫と道具としての情報媒体を利用することで販売額を増やすことが実証されたため,取り 組む出荷農家が増えている。 ② 栽培履歴情報を公開するトレーサビリティ事業 愛媛県内子町は,エコタウンを宣言しているように環境に優しいまちづくりに取り組ん でいる。「内子フレッシュパークからり」の農産物直売所で販売する農産物も,土壌診断 や残留農薬分析を実施した安心安全な農産物供給体制が模索されなくてはならない。そこ で、生産と流通の直接結び付く直売所の特性を活かし,平成16年度に消費者がより安心 して農産物を購入できるよう生産履歴情報を開示・提供するトレーサビリティシステムを 導入した。 図表4-7 トレーサビリティのフロー図 (出所)内子フレッシュパークからり このトレーサビリティシステムは,生産段階で生産者が直接栽培管理情報記帳し,その データをデータ加工・蓄積するシステムと,流通・販売段階でその栽培履歴情報を消費者 に直接開示・閲覧できるシステムである。 生産段階では,次の生産者情報と栽培履歴情報のデータを入力する。 ・生産者情報(生産者氏名、住所、農家画像) ・栽培情報(作物名、品種、圃場、農薬(名称・使用量・使用日)、肥料(名称・ 使用量・使用日))、残留農薬検査結果 次の流通段階では,消費者が安心して農産物を購入し,ついているバーコードから生産者 情報をもとに,インターネットを使って情報を閲覧するながれである。 図表4-8 トレーサビリティの入力情報 (出所)内子フレッシュパークからり ③ サービス・イノベーションの浸透プロセス このようなサービス・イノベーションが行き渡っていくためには,そのメリットが生産 者に理解されなくてはならない。 消費者からみたとき残留農薬検査の結果はいかに担保されているかである。町が検査し たものとはいえ,一定の認証が必要とされる。このため,内子フレッシュパークからりト レーサビリティ推進協議会を設置し認証制度を実施することとなった。内子フレッシュパ ークからりトレーサビリティシステム導入基準書により運用方法を規定し,取り組み農家 は誓約書を提出し誠実な記載の担保としたことである。協議会の活動内容として,事業実 施主体として継続的なトレーサビリティの推進を図ることを目的としており,有機減農薬 生産基準等の研究・普及により認証制度の定着を図り特別栽培農産物(エコうちこ),残 留農薬検査の普及,生産・栽培履歴情報の管理等を活動内容としている。 第5章 田舎暮らしの実現を支援する 地域コミュニティの推進方策 第5章 田舎暮らしの実現を支援する地域コミュニティの推進方策 田舎暮らしの相談相手など情報コミュニケーションで期待されるものは何か,それを 担う主体はいかにあるべきかなど,田舎暮らしを一歩前に進めていくための方策を考え る。住民参加の自治振興組織やまちづくり NPO の関わり方を研究する。地域コミュニ ティとそれを支える社会システムを整備していく推進組織は,地域協働組織である。そ の組織が有効に寄与する情報クラブ社会について,田舎暮らし実現への誘導策を交えて 本研究の成果として提案する。 1.田舎暮らし促進のための地域施策 (1)都市住民からみた田舎暮らしを具体化する地域施策のあり方 都市住民からみて,あったらいいと思う田舎暮らし推進施策には次のものがある。 ① 「地域住民による相談員の設置など,地域の受け皿づくり」(48.9%) ② 「田舎暮らしの相談や情報を提供してくれる,コーディネーターが常駐する情報コーナ ーや相談窓口」(45.5%) この2つの施策にニーズが集中している。いずれも約半数近くの人があったらいいと望 んでいる。この2つに続くのは,「まず体験的な田舎暮らしをして,田舎暮らしをしている 人たちと同じ分野の仕事や趣味のクラブのような集まりをみつけたいので,インターネッ トをつかった情報交換の場がほしい」(29.5%)というものである。経験者や同好者の はなしを聞きたいということである。それと,ソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS) のようなインターネットを利用した会話・情報交換の場も必要とされている。また,「いつ でもどこからでも情報端末をつかって仕事ができるテレワーク環境」に14.7%と少な からずニーズがあることも注目していい施策である。 いずれにしても,「地域住民による相談員」「コーディネーター」が望まれている。複数 回答のアンケートであるから,いずれも同じニーズと考えられる。親身になってアドバイ スしてもらえる「地域住民による」相談員,コーディネーターが望まれている。この田舎 暮らしに伴う不安を地域に住んでいる人から直接聞き相談にのってもらいたいというニー ズであり、そのような相談員・コーディネーターが必要とされている。 図表5-1 48.7% 45.5% (2)受け入れ側の地域住民からみた田舎暮らしの具体化のための施策 一方,受け入れ側の地域住民からみて,田舎暮らしを実現するのにあったらいいと思う 地域施策は次のものである。 ① 「空き家情報を提供する情報コーナーやホームページ」(54.6%) ② 「地域住民による相談員の設置など,地域の受け皿づくり」(46.6%) ③ 「家族やグループで園芸・菜園を共同利用できる,滞在型の貸農園・宿泊付き市民農園 など」(37.3%) ④ 「田舎暮らしをして作った農産物加工品など販売できる,甲山いきいき村や6次産業ネ ットワークなどの宣伝」 (28.4%) ⑤ 「いつでもどこからでも情報端末をつかって仕事ができるテレワーク環境」(21. 5%) 都市住民と異なるのは,空き家情報を積極的にホームページで公開していこうという点 である。空き家を貸すとなると,権利関係をはじめ仲介機能など諸問題があるにも関わら ず,半数以上の地域住民が賛意をしめしている点に注目したい。問題は,その空き家の賃 貸システムを社会システムとしていかに組み立てるかであろう。北海道伊達市で試みてい るような「伊達スタンダードの住宅流通システム」を,空き家で組み立てる必要があるの だろう。 次いで, 「地域住民による相談員の設置」も地域住民の約半数が支持している施策である。 都市住民と同じ,「地域住民による相談員」「コーディネーター」の機能を受け入れ側の地 域が用意すべきというものである。その「地域住民による相談員」「コーディネーター」の 機能をいかに地域側が用意するのか,行政に依存するのか地域協働組織で組み立てていく のか,十分考慮すべき地域施策である。 3番目,4番目に指摘されている「滞在型の貸農園・宿泊付き市民農園など」 (37.3%) 「田舎暮らしをして作った農産物加工品など販売できる,甲山いきいき村や6次産業ネッ トワークなどの宣伝」 (28.4%)は,受け入れ側の地域ならではの発想である。むしろ, 田舎暮らしをすれば,このようなこともできる,地域の特色を広報していくべきだ,とい う,相談員やコーディネーターから話をきくことができる地域の特性である。 図表5-2 46.6% 54.6% 37.3% 2.田舎暮らし実現への情報コミュニケーション (1)希望する情報提供の内容 都市住民に,田舎暮らしの実現に向けて希望する情報提供の内容を聞いたところ,多様 な情報が欲しいという結果が得られた。特定の情報に集中するのでなく,いくつかの情報 に分散していることは,いま一歩田舎暮らしに踏み込んだところまできていないことから でもある。そのような情報をみると次のようである。 ① 受け入れ側の地域情報や支援体制についての情報 「田舎暮らしを推進している市町の地域情報(観光・文化・アクセスなど)」44.2% 「田舎暮らしの相談やアドバイスをしてくれるコーディネーター」40.4% 「田舎暮らしを受け入れる自治体の体制や支援の情報」39.1% ② 田舎暮らしに必要な直接的な情報 「空き家情報とその改修への助成情報」40.4% 「田舎でもできる仕事や就職情報」30.8% 「田舎暮らしを体験できるツアー情報や施設情報」29.5% 田舎暮らしに希望する情報は,受け入れ側の地域情報や支援体制についての情報に多く のニーズがあることがわかる。欲しい情報は,市町の地域情報とコーディネーターの情報 ということになる。 また,インターネット等情報環境の整備状況について知りたいというニーズが少なから ずあることにも注意を払いたい。道路アクセス情報などよりも多い21.8%が指摘して いるからである。田舎暮らしをしても,身近な情報,世界の情報,電子メールでのコミュ ニケーション,情報検索の便利さを求めるからである。 図表5-3 44.2% 40.4% 40.4% 39.1% (2)田舎暮らしに必要な情報提供の方法 それでは,田舎暮らしに臨む情報コミュニケーションにつてみると,情報提供の方法に ついても大きな有意差はないことが結果的にわかった。 ① 田舎暮らしの体験研修などの企画(19.9%) ② 自治体による定住・交流のホームページ(18.6%) ③ 信頼のある提供機関からの郵送(16.0%) いずれの情報提供の方法もそれほど違いはない。むしろ,情報を絶えず発信し続けるこ とのほうが必要なことであろう。 田舎暮らし実現のための情報コミュニケーションのし方は,ホームページやパンフレッ トでの情報提供ですむものではなく,田舎暮らしの相談やアドバイスをしてくれるコーデ ィネーターの存在が大きいことがわかったことである。コーディネーターによる情報コミ ュニケーションが,有効な手立てであり,その役割と機能をいかに知らしめるかのほうが 重要なことである。 図表5-4 18.6% 19.9% 3.田舎暮らしをコーディネートする地域コミュニティの協働組織 (1)田舎暮らしのコーディネート機能をもつ地域協働組織 田舎暮らしをしたいと思っていても,なかなか踏み切れずにいる都市生活者が多いこと がわかってきた。田舎暮らしに伴う不安や判断材料が日常の都市生活では確認できないか らである。自治体のホームページでの広報やパンフレット,それに信頼できる機関からの 郵送などは不必要というものではなく,田舎暮らしの体験研修などしてみたいが,なかな か判断できないからである。そこで真に望まれているのが,田舎暮らしの相談やアドバイ スをしてくれるコーディネーターの存在である。 このコーディネーターを誰が担うかであるが,田舎暮らしを希求する都市住民からみる と,地域に住み地域で働いている地域住民に,その役割を期待している。行政・自治体の 担当部署や外郭の団体ではなく,相談しやすく適切なアドバイスがもらえる地域住民のコ ーディネーターである。その担い手として,地域協働組織を考えてみたい。 田舎暮らしの願望者との情報コミュニケーションの主体になる地域協働組織は,これか らのまちづくりを担う主体でもあり,よき相談相手になると考えられるからである。田舎 暮らし移住者へのコーディネート機能は,基礎自治体の機能を補完する役割をもっている からこそ,田舎暮らしのコーディネートの担い手としてふさわしいと考える。 (2)地域コミュニティ活性化を先導する地域協働組織 地域協働組織は,第1章で論じてきたように,市町村合併や分権化社会のもとでの地域 コミュニティの再編に重要な役割と機能をもって台頭してきた地域住民主体の組織である。 安芸高田市をはじめ広島県北部の自治体で広がっている,自分たちのまちは自分たちで支 えていくという「自治振興組織」,市町村合併で編入,統合される町や村で子弟の健全な育 成にコミュニティの生き残りを託して設立している「まちづくり NPO」,それに,地域住 民が共同で出資する,あるいは連携するなどで広がっている「経済組織ネットワーク」,こ のような地域協働組織が,田舎暮らしの実現を促進する情報コミュニケーションの主体と なっていくことが期待される。 地域コミュニティの再編を担い,基礎自治体の機能を補完する役割を持つ地域協働組織 は,これからの地域コミュニティで重要な役割をもつばかりか,高齢化と少子化が及ぼす 地域で,少しでも人口の定住・移住を促進し、まちに活性化をもたらす田舎暮らしを促進 する主体としても期待がかけられる。 自治振興組織とまちづくり NPO については,その機能がわかりやすいが,経済組織ネッ トワークの役割について,広島県世羅町の世羅高原6次産業ネットワークを例にみてみよ う。 世羅高原6次産業ネットワークの活動は,すでにみたように地元の農産物をつかった農 産物加工などが主である。それだけでは単なるコミュニティビジネスの類になってしまう が, 「元気を売ります せら夢高原!! 元気を買いに せら夢高原!!」とキャッチフレーズを つけているように「夢」を楽しく創りだしているところに地域協働組織の役割がある。 平成18年5月に,「せら農業公園」がオープンした。この公園には,世羅産のブドウを つかったワイナリーがあり,ワインの醸造見学もできるようになっている。オープン後3 カ月で年間入込客予想を超え20万人が来客している。その一角に,ファーマーズマーケ ットが開設されたが,世羅高原6次産業ネットワークのメンバーたちが企画したもので, 運営もネットワークの主要なメンバーが担っている。これによって,地元の農産物の直販 施設がもうひとつできただけでなく,世羅の地域コミュニティの活性化のシンボルにもな った意義は大きい。 図表5-5 せら農業公園ファーマーズマーケット (出所)世羅町「せら農業公園」パンフレット (3)田舎暮らしと共存する情報クラブ社会の形成 さて,田舎暮らしの類型でみてきたように,田舎暮らしの居住システムを中心とした市 場誘導型(まちのなかに田舎暮らし移住者が分散して居住する状況) ,別荘や会員制のリゾ ートクラブ,さらには,気の合った仲間や趣味の同好者などとのサークル型(体験施設へ の入居など)では,どれほど地域コミュニティの再編に汗水を流すのだろうか。 田舎暮らしをただ受け入れるのが目的ではなく,田舎暮らしで移住してくる人たちと協 働していく社会システムが求められている。集落周辺にはびこった竹林の根の拡大によっ て自然林化する中山間地の集落では少子高齢化で人手が足りず,まして災害から集落の生 活を守るのさえままならない状況が目に見えているなかで,地域コミュニティを維持し, 少しでもまちの活性化につながるものなら空き家を貸してでも田舎暮らしを受け入れてい きたいとする,受け入れ側の地域コミュニティと同化するものでなくてはならない。 本研究は,市町村合併や分権社会の進展で荒廃が危惧される地域コミュニティを再活性 化する動きとして輩出してきている地域協働組織が,団塊の世代が大量に定年退職する時 代の潮流にあって,田舎暮らしを希求する都市住民の受け入れを円滑にするコーディネー ト役として機能することを明らかにしてきた。田舎暮しで移住してくる人たちも,地域コ ミュニティの構成員として,地域協働組織に入り,ナチュラルでゆったりとした田舎の生 活をエンジョイできるような,情報クラブ社会の形成を提言するものである。