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写真の著作物 目次 (設例1) (設問1) (設問2) 写真の著作
写真の著作物 目次 (設例1) (設問1) 写真の著作物における撮影手法に関 する創作性と侵害の成否(同一被写 体の利用) (設問2) (設例2) (設問3) 写真の著作物における撮影手法に関 する創作性と侵害の成否(撮影デー タの利用) (設問4) (設例3) (設問5) 写真の著作物における被写体の選択 に関する創作性と侵害の成否(「西瓜 写真事件」におけるアイディアと表 現) 1 1 設 例 と 設 問 (設例1) (1) 出版社 A は,その発行にかかる月刊誌「法律家の書斎」に掲載する写真として 10 名の著名法律家の書斎の情景を撮影し,これを同誌に掲載していた. この内の 1 作品中に図 1 の a 写真があり,これは,某法律家の机上の一隅をそのま ま撮影したものである. (2) 出版社 B は,その発行にかかる「弁護士の窓」に掲載するための机上の一隅の写 真を必要としていたところ,「法律家の書斎」に掲載されていた a 写真を見てこれが 適当と考え a 写真をそのまま掲載して,頒布している. (設問1) A は,B に対し,いかなる請求ができるか. (設問2) 出版社 A が a 写真を撮影した事実は,設例 1(1)と同様である. 出版社 B は,その発行にかかる「弁護士の窓」に掲載するため机上の一隅の写真を必要 としていたところ,「法律家の書斎」に掲載されていた a 写真を見てこれと同じような写 真を撮影することとした.B は,自ら a 写真にある 7 つの書籍等(書籍 6 冊と筆記具 1 本) を同じように机上に並べこれを撮影した.図1の b 写真がこれである.B は,b 写真が掲 載されている「弁護士の窓」を刊行している. A は,B に対し,いかなる請求ができるか. a 写真 b 写真 図 1 a 写真 b 写真 2 (設例2) 芸術写真家 C は,ライフワークである四季によって変貌する富士山の写真を撮り続け, 春・夏・秋・冬ごとに最も美しい富士山の情景の各季 10 作品をそれぞれ撮影日時,撮影 場所の情報とともに使用カメラ・レンズ等の機材及び露光・シャッタースピード等の撮影 データのすべてを撮影手法に関する情報として記述して「C 富士写真集」として出版して いた. 旅行会社D2は,富士山の写真を含むポスターの制作を企画し,商業写真家D1に「C富士 写真集」を渡してこの内の 1 作品(図2のc写真)を選びこれと同じような写真を撮影し提 供するよう依頼した. D1は,前掲の日時,場所及び撮影手法を全く同じくする富士山の写真図2のd写真を撮 影して,これをD2に提供した.D2はd写真をポスターに掲載して頒布している. d 写真は,c 写真と雲の形状及び近い位置の草木の枝振りが異なるもののその他はすべ て同じである. c 写真 d 写真 図2 c 写真 d 写真 (設問3) Cは,D1及びD2に対し,いかなる請求ができるか. (設問4) 設例2の事案において, 「C富士写真集」に撮影手法に関する情報が一切記述されておら ず,撮影日時と撮影場所のみが記述されているものとする.D1がこの日時,場所の情報に よってd写真を撮影したものとする. Cは,D1及びD2に対し,いかなる請求ができるか. 設問 1 ないし設問 4 のいずれも著作者人格権及び編集著作物に関する著作権を考察する 3 ことを要しないものとする. (設例3) 美術写真家Eは,水々しい夏の風情としての西瓜を表現するため西瓜等を並べた図3のe 写真を撮影し,「E写真集」に掲載した.F1は,F2から「E写真集」の提供を受けe写真と 同じような写真を撮影することを依頼され,西瓜等を並べた図3のf写真を撮影しF2に提供 した. F2は,f写真をその業務に関するカタログに掲載して頒布している. e 写真 f 写真 図3 e 写真 f 写真 (設問5) Eは,F1及びF2に対し,いかなる請求ができるか. 考察にあたっては,Eの請求権を複製権に基づくものとするか,翻案権に基づくものか, あるいはそれ以外かを示し,そのうえでF1及びF2の侵害をどのように認定するかを示しな さい. 本設問においては,著作者人格権については同一性保持権を考察するものとし,その余 の著作者人格権は論述することを要しないものとする. (設例3,設問5は,「西瓜写真事件」東京地判平成 11・12・15(判時 1699 号 145 頁),東京高判平成 13・6・21(判時 1765 号 96 頁)の事案を参考にして,写真の著作物性とその侵害を問い,同事件の各審の 論理を研究,教育する目的である.e 写真の著作者は黄建勲,出典は『きょうの料理』 (日本放送出版協 会,1986)及び『黄建勲の旬菜果』(誠文堂新光社,1992)である) 4 2 1 解 答 例 はじめに 設問 1 ないし5に共通する問題は,写真の著作物に関する創作性の所在とこの利用の有 無ということになる.写真の著作物は,他の著作物と同様に著作権法の適用を受け,創作 性が認められる限り著作権法上の保護を受けるのであって,著作権法 2 条 1 項 1 号が適用 される要件は一般著作物と同様である.同じアイディアによって誰が撮っても同じ表現と なるというもの以外は,創作性が認められる.写真は,被写体を撮影するというところに 創作行為があるところから,写真の著作物の創作性は 2 つの点で捉えることができる.1 つは,撮影手法に関する創作性であり,他は,被写体の選択に関する創作性である.通説・ 判例はこの両者に創作性を肯定しつつも後者については,アイディアと表現形式の峻別に ついて多様の考え方がある.5 つの設問を通して創作性とこの利用(侵害)の理論的整合 性を示す.設問 1 ないし 4 はすべて撮影手法に関する創作性を問うものである.設問 5 は, 被写体の選択と構成に創作性を肯定しうるかを問うものである. 2 設問 1 について a 写真の被写体は机上の一隅をそのまま写真にしたのであるから被写体の選択について 創作性があるとは言えず,某法律家の机上の一隅を撮るというアイディアにすぎない.し かし,撮影手法については,固定式監視カメラによる自動撮影による場合などを除いて単 純手法であっても創作性が肯定されて写真の著作物性たりうるから a 写真の著作物性は肯 定される. 出版社 B は,a 写真をそのまま複製したのであるから(別途同一物を撮影したのではな い),a 写真の撮影手法に関する創作性を利用している.B は,A の複製権(著 21 条),譲 渡権(26 条の 2)を侵害していることになる. よって,A は,B に対し,複製権,譲渡権に基づく妨害排除請求権としての複製,譲渡 禁止請求権(112 条 1 項)及び複製物の廃棄請求権(同条 2 項)と損害賠償請求権(民 709 条,著 114 条 3 項)を有する. 3 設問 2 について b 写真が a 写真に類似又は同一と見ることができるのは代替性のある同一書籍等を撮影 したことによる.b 写真は,新たに撮影をしているのであるから,2 に示したところの撮 影手法の創作性を利用してはいない. よって,A は,B に対し,何ら請求権を有しない. 4 設問 3 について d写真がc写真に類似又は同一と見ることができるのは,同一被写体たる所与の自然の風 景によるのだが,設問 2 と異なるところは撮影手法(データ)の全てを使っているところ 5 である.私見はこの場合に,D1は,Cの撮影手法による創作性を利用してc写真を複製しd 写真としたという評価を与えることができると考える.c写真の複製はこれ自体を複製する 場合に限定されるのではなく,創作性の利用が肯定されるケースにおいては,改めて撮影 する場合にも複製の問題が生じることがあるというべきである.D1は「C富士写真集」に 記述されていた撮影データのすべてを撮影手法として利用したのであるから,複製の場合 に該当すると考える. D2は,現にd写真をポスターにして譲渡しているから差止めの被告適格を有し,D1,D2 は共同不法行為者として損害賠償請求の被告となる. よって,Cは,D1に対し,複製権又は譲渡権に基づく妨害排除請求権としての複製物譲 渡禁止請求権を有し,D1 D2に対し,損害賠償請求権を有する. 5 設問 4 について 撮影の日時,場所は撮影手法それ自体ではなく,何をいつ撮るかのアイディアの域を出 ないものと考える. よって,設問 4 の場合にはc写真によるd写真の複製はないということになる.よって, Cは,D1,D2に対し何ら請求権を有しない. c 写真とファインダーの影像を対比して同じ写真になるように撮影したというような特 段の事情がある場合には,4 6 設問 3 についてで論じた結論と同じになる場合がある. 設問 5 について (1)被写体の創造性 撮影手法に創作性が肯定されるのはいずれの説においても同様である.被写体が所与の ものでなくて,種々の素材とその構成による場合に被写体について創造性を肯定するか否 かの問題が生じる.e 写真はこの場合に該当する. 撮影手法にのみ写真の創作性を肯定し被写体の構成は何を写すかのアイディアにすぎな いと考える説がある(この解答において「撮影手法説」という).この説によれば, e 写 真は著作物として肯定されるが創作性は撮影手法にあるということになるから e 写真を そのまま複製する場合にはこの利用が肯定されるけれども,改めて類似又は同一素材を撮 影する場合には創作性の利用が否定されることになる. これに対し,被写体の選択と構成にも創作性を許容する考えがある(この解答において 「被写体許容説」という).被写体が美術の著作物と認められる場合には,これを撮る写真 は,美術の著作物の複製又は翻案物として考察すればよい.被写体許容説は,素材の構成 自体では未だ美術の著作物たり得ないが撮影手法を加えることによってはじめて写真の著 作物として保護される場合に機能する.e 写真はこの場合である. (2)撮影手法説による当てはめ 撮影手法説によれば,e 写真の西瓜等の素材の選択と構成について写真の創作性を肯定 6 せず,これは,何を撮るかのアイディアの域を出ないと言うことになる.f 写真は,改め て撮影されていることから e 写真と撮影手法を異にし,西瓜等の構成は,e 写真のアイデ ィアの流用に過ぎないから,複製・翻案ではないという結論に至る.また,著作物として の利用がないことから,同一性保持権の改変が問われるケースでもないという結論になる. (3)被写体許容説による当てはめ 被写体許容説によれば,e 写真の西瓜等の選択と構成に写真の創作性が肯定されて,f 写真のそれは,複製又は翻案ということになる.f 写真の西瓜等の選択と構成は,e 写真そ のものではないから翻案とも考えられる可能性があるが,f,は e 写真の構成をそのまま引 き写し,その余の細部は,粗雑な再製の域を出ず翻案にいう創作性を肯定しうる事案とは いい難いことから,法的評価としては複製権の侵害と同一性保持権の侵害ということにな る. (4)私見 (2)と(3)の事実認定の差異がどこから生じるかについては,創作性をどこでとら えるか,著作権法上の思想・感情と表現形式をどこで分けるかということになる.(2)は, 素材の選択と構成という具体的な表現方法に入り込んだところをアイディアであるとして いる.(3)は「夏の風情としてのみずみずしい西瓜」を演出することが思想・感情である として素材の選択と構成を表現の一部としているのである.(2)は,e 写真,f 写真の共 通点をアイディアの共通ととらえ相違点を類似の消極要素と認めたことにより,f 写真に は同一・類似性がないとし,複製権・翻案権侵害を否定することになる.(3)は,共通点 を表現が同一であると捉え,相違点を創作性のない粗雑な再整(複製と評価されるのであ ろう)として,複製権を侵害するものと捉えることになる. 私見はe写真の素材の選択と構成は,人為的に作られた被写体としてすでに写真の著作物 の創作的部分であって,さらに照光とアングルの設定によってe写真が創作されたと考える. F2のf写真の作成はe写真の素材の選択と構成を利用して再製(複製)したものである. よって,Eは,F2に対し,複製権又は譲渡権に基づく妨害排除請求権としての複製物譲 渡禁止請求権を有し,F1,F2に対し,同権利侵害による損害賠償請求権を有する.また, EはF2に対し,同一性保持権に基づく妨害排除請求権としての複製物譲渡禁止請求権を有 し,F1,F2に対し,同権利侵害による損害賠償請求権を有する((3)において翻案権侵 害を肯定する場合には,上記前段は,以下のとおりになる.EはF2に対し,二次的著作物 の原著作者の権利(28 条)による複製権,譲渡権に基づく妨害排除請求権としての複製物 譲渡禁止請求権を有する). 7 3 解 説 関 連 条 文 2 条 1 項 1 号(写真につき) 2条4項 4条4項 10 条 1 項 8 号 18 条 2 項 2 号 25 条 41 条 45 条 1 項,2 項 46 条柱書 47 条 平成 8 年改正前 55 条 1 1巻 1巻 1巻 1巻 1巻 2巻 2巻 2巻 2巻 2巻 2巻 半田=松田・コンメン 32 頁〔金井重彦〕 357 頁〔井藤公量〕 390 頁〔早稲田祐美子〕 554 頁〔井藤公量〕 707 頁〔半田正夫〕 17 頁〔早川篤志〕 337 頁〔久々湊伸一,生駒正丈〕 372 頁〔金井重彦〕 379 頁〔金井重彦〕 406 頁〔金井重彦〕 475 頁〔五味由典〕 はじめに 写真は,光線の物理的又は化学的作用を利用した機械であるカメラの操作によってフィ ルム(銀塩フィルムカメラによる撮影)又はデジタル信号記憶媒体(デジタルカメラによ る撮影)その他の物体に被写体の影像を固定し,これを印画紙その他の物体に再現するも のである.従前写真の著作物として銀塩フィルムカメラによって撮影された写真を想定し ていたところであるが, 「写真の製造方法に類似する方法を用いて表現される著作物を含む ものとする. 」と定義規定(著 2 条 4 項)にあるところから,デジタル写真が写真の著作 物に含まれることに異論はない.また,思想・感情が表現されていることが認められるな らば映画の一齣も写真の著作物として保護されることになる[ 1 ]. この写真の機械的影像の再現は,被写体を忠実に写すことによることから,著作物とし ての創作性について若干一般の著作物よりも創作性が低いという扱いをされてきて異なる 保護がなされていた[ 2 ].また現在においてもこの特性が著作物性あるいは類似性(保護 範囲)についての論点を有するところである.これを整理して解説することが本解説の目 的である. 現行法上写真の著作物は,一般の著作物と同様の保護を受けることになり,特殊な存在 として扱う必要性はなくなった.上記の機械的影像の再現という特性は,これを考慮して, 著作物性の一般的な要件の当てはめの問題として考察されればよいことになる.著作権法 10 条 1 項 8 号に写真の著作物が例示されていることの意義は,これまでの立法の経緯を踏 [1] 映画の著作物と写真の著作物の差異は,動画と静止画である.映画の著作物は,撮影したフィルムを 編集して,音声を入れて 1 本の連続した影像・音声として完成したところに生ずる.したがって未編集の 映像は,映画ではなく「映像の著作物」として保護される場合がある(「三沢市勢映画製作事件」東京地 判平成 4・1・24 判タ 802 号 208 頁).これは写真の著作物に該当しない.しかし,映画又は「映像」中の 1 齣を取り出して静止画とした場合に,写真の著作物として保護される場合があることになる. [2] 旧法及び改正前の現行法において,一般の著作物と異なる保護期間が定められていた(旧法「発行後」 10 年旧法 23 条,改正前「公表後」50 年旧 55 条).平成 8 年改正によって「死後」50 年とされ,一般の 著作物とほとんど同様の保護に至った(加戸・逐条講義 399 頁). 8 まえて考えるならば,「写真の著作物は,他の著作物と同様に著作権法の適用を受けうる」 というところにある. 2 美術の著作物と写真の著作物の取扱いの差異 (1)美術の著作物との差異 然らば,写真の著作物を美術の著作物(10 条 1 項 4 号)と区別する実益はないようであ るが,現行法は,展示権と展示について,写真の著作物を美術の著作物と若干異なる扱い としているから,これらを区別する実益がある.下記の表 1 に記載した 3 点である[ 3 ]. 美術の著作物 写真の著作物 「美術の著作物をこれらの 原作品により公に展示する 権利」と規定されていること になり,発行・未発行を問わ ず原作品につき展示権が認 められる 「まだ発行されていない写 真の著作物をこれらの原作 品により公に展示する権利」 と規定されていることにな り,未発行の原作品に限って 展示権が認められる 美術の著作物の原作品を屋 外の場所に恒常的に設置す る場合には,1 項が適用にな らず,この設置は許されない (同条 2 項) 写真の著作物の原作品を屋 外の場所に恒常的に設置す る場合にも 1 項が適用にな り,これらの設置が許される 美術の著作物についての制 限規定であって,複製等の利 用が許される 写真の著作物については,こ の制限規定がないので,複製 等の利用は許されない 規定 ①(展示権) 公に展示する権利の対象物(25 条) ②(原作品の所有者による展示) 美術の著作物若しくは写真の著 作物の原作品の所有者又はその 同意を得た者は,原作品により公 に展示することができる(45 条 1 項) ③(公開の利用) 原作品が屋外恒常的に設置され ているものの利用(46 条柱書) 表1 美術の著作物と写真の著作物の異なる取扱い ①(展示権)について異なる取扱いをする趣旨について,通常写真は複数の原作品が概 念しうるところ,これらが出回って展示権にかからしめられることは適当でないとして, 未発行の原作品についてのみ展示権が働くこととした[ 4 ]. ②(原作品の所有者による展示)と③(公開の利用)については相関関係があるので, ここにまとめて解説を加えておく. 美術の著作物の原作品は屋外に恒常的に設置されれば 46 条について複製等の自由利用 が許されるから,45 条では,美術の著作物の原作品を屋外恒常的設置をすることを制限し たのである.写真の著作物の原作品は,屋外恒常的設置を許され(45 条 1 項),そのもの 公表権に関する 18 条 2 項 2 号も異なる取扱いがなされている例として示す基本書(中山・著作権法 91 頁)があるがこれは誤りである.同号の「公表されていないものの原作品」は写真の著作物に限らず 美術の著作物にもかかるように読むべきである(半田=松田・コンメン 1 巻 711 頁〔半田正夫〕). [4] 半田=松田・コンメン 2 巻 17 頁〔早川篤志〕. [3] 9 の自由利用は許されないということになる(46 条柱書).この立法趣旨は,写真の属性か ら屋外設置作品からの複製か否か判別が困難であることを理由としている[ 5 ]. 美術の著作物と区別する合理的理由はないとして,写真の場合にも権利者の了解があっ て設置されたもの(45 条の適用を受けて設置されたのではないもの)について 46 条柱書 の類推・拡張適用を認めて自由利用を許容してよいとする考えがある.権利者の了解があ って設置された場合に限定するのは,写真の著作物の著作者は,未発行の写真の著作物に しか展示権を有しておらず(上記①),屋外に恒常的に設置されていることが著作権者の意 思に反している場合があることからであるという[ 6 ] (2)写真の著作物に関する規定と原作品 (ⅰ) 写真に関する特別な規定 著作権法は,写真の著作物に関して特別な規定を多数設けている.これらを概観してお く.以下のとおりである. (ⅱ) ① 4 条 4 項(権限者の展示による著作物の公表に関するみなし規定) ② 18 条 2 項 2 号(未公表原作品の譲渡による展示公表の推定規定) ③ 25 条(未公表原作品に関する展示権) ④ 41 条(時事の事件の報道のための利用) ⑤ 45 条 1 項(原作品の所有者による展示) ⑥ 47 条(原作品の展示に伴う解説紹介目的の小冊子への掲載) 写真の原作品 また,写真の著作物には,原作品という文言が用いられている(上の②18 条 2 項 2 号, ③25 条,⑤45 条 1 項,⑥47 条である).著作権法上原作品の定義規定はない.原作品は 第 1 世代として著作者によって作られた観念たる無体物である著作物の有形的再製物(オ リジナルコピー)をいうものである.原作品をさらに複製した複製物は著作者が作っても 原作品ではない.原作品の概念として重要なことは,著作者の観念を有体物にするところ にあるということができる.この考えによれば, 原作品は 1 個である場合だけではないし, 異なる時に成立するものもあるということになる[ 7 ].写真における原作品とは,ネガで [5 ] [6 ] 加戸・逐条講義 307 頁. 半田=松田・コンメン 2 巻 384 頁〔前田哲男〕). [7] 原作品を分かりやすく説明するときに「最初に作られた複製物」ということがある.しかし,時を異 にして再製された物について原作品が成立するのであるから,「最初」というのは正確ではない.「第 1 次」という方が正しい. 原作品を複製物の一種と考えて説明する基本書も多い.平成 11 年改正によって譲渡権の規定(26 条 の 2)を入れるまでは,「原作品又は複製物」という規定振りはなかったからである.外国立法例では 原作品と複製物を分ける例があり(ドイツ著作権法 17 条),譲渡権の導入を求める契機となった WIPO 著作権条約 6 条との関係もあって「原作品又は複製物」という規定振りを採用することとなった.観念 たる無体物である著作物を有体物として再製したものの全てが「複製物」であるとの考えに立てば,「複 製物」の一種として「原作品」を捉えることになる.「複製物」をあくまで「原作品」の第 1 次的存在 を前提としてそれを第 2 次的に複製した物であると考え方に立てば「複製物」には「原作品」が含まれ 10 はなくポジであると考えられている.したがって,大量にポジが同時又は異時に作られる ことがありうるのであるが,これらはすべて原作品である.デジタルカメラの場合は,プ リントアウトされたものが原作品であると考えられる.これも多数存在しうることになる [8] 3 . 写真の著作物性 (1)創作性の一般原則 (ⅰ) 一般原則 前述のとおり,(1 はじめに),写真の著作物は,他の著作物と同様に著作権法の適用 を受けうるのであるから,創作性が認められる限り著作権法上の保護を受けるのであって, 著作権法2条1項1号の要件を満たす影像表現物たりうるかの判断は一般著作物と同様で ある.同じアイディアによって誰が撮っても同じ表現となるというもの以外は,創作性が 認められると考えてよいであろう.素人のスナップ写真等であっても著作物性が肯定され うる(東京地判平成 18・12・21 判時 1977 号 153 頁).創作性は認められない写真として は,固定式監視カメラで撮影した写真などがある. (ⅱ) 平面絵画の写真 高度な再製技術を用いる場合であっても,写真の技術を複製の手段として使用する場合 には,創作性が認められない.平面の絵画を忠実に写真に再製することは,同一の色彩を 出すこと,被写体の中心と外延の焦点距離の差異による微妙な歪みの修正など技術として 高度なものが要求されることがあるが,これらは著作権法上の創作性に該当しない[ 9 ]. (ⅲ) 肖像写真 創作性との関係で肖像写真が限界的事案とされる.これも一般的な創作性の問題として 捉えればよいであろう.タレントのブロマイド写真の顔の部分について侵害が問題になっ た事案において,裁判所は, 「被写体にポーズを撮らせ背景,照明による光の陰影あるいは カメラアングル等に工夫をこらすなど」から,撮影者の個性,創作性が認められるとした (「真田広之ブロマイド事件」東京地判昭和 62・7・10 判時 1248 号 120 頁).写真家によ るブロマイド写真は,同様に考えることができるであろう[ 10 ].肖像写真を自動証明写真 装置やプリクラで撮った場合には,著作権性が否定されることになるであろう. ないことになる.いずれにあっても原作品の法的意味が特定できるのであればよいのであろう.私見が 本文のように「有形的再製物」として定義しようとするところは,後者の考えに立って「複製物」と「原 作品」を分けるためである. [8] 原作品の解説としては,加戸・逐条講義 140 頁,191 頁,206 頁,作花・詳解 277 頁,287 頁. [9] 同旨の裁判例として「版画の写真事件」(東京地判平成 10・11・30 知的裁集 30 巻4号 956 頁)があ る. [10] 同旨の裁判例として「創価学会ビラ写真事件」(東京地判平成 15・2・26 判時 1826 号 117 頁)があ る.スナップ肖像写真にも著作物性が認められた事案として,「東京アウトサイダーズ事件」(知財高判平 11 (2)撮影手法に関する創作性と侵害の成否 (ⅰ) 写真自体の複製・翻案 写真の著作物性を論ずるときに,ほとんどの事案で撮影者による撮影時における創作性 が認められて写真の著作物が成立し,この複製・翻案になるかということで侵害の成否が 考察される.写真自体をそのまま(改めて撮影をすることなく)複製するか一部をカット するなどして利用するケースである.この場合に撮影者の撮影手法に関する創作性につい て疑義を差し挟む余地はなく(前述(1)のとおり一般法理によって創作性を考察するこ とをもって足りる),侵害も肯定される. (ⅱ) 撮影手法の創作性の利用 では,撮影手法によって創作性が肯定されて,これと全く同じ手法で改めて被写体を撮 影する場合にも複製権侵害の問題は生じないのであろうか.撮影手法の創作性は写真自体 を複製する場合にしか肯定されないのかという問題である. 写真家 A が特定の被写体を撮影し写真 a を公表した.この公表に際して,被写体の特定 とアングルの他に撮影手法すなわち,使用カメラその他の機器,レンズの性能,フィルム の性能,撮影距離,シャッタスピード,絞りなどのデータが示されていて,写真家 B がこ のデータと同一の手法によって同一の被写体を撮影し写真 b を作成したとしよう.私見は, この場合に,B は A の撮影手法による創作性を利用して写真 a を複製して写真 b としたと いう評価を与えることができると考える.写真 a の複製はこれ自体を複製する場合((ⅰ) の場合)に限定されるのではなく,創作性の利用が肯定されるケースにおいては,改めて 撮影する場合にも複製の問題が生じることがあるというべきである.事実として,撮影手 法にかかる創作性の利用は写真自体の複製・翻案の場合がほとんどであって,撮影手法の データを詳細に公表するようなことがないことから,この利用を問疑する事案が提起され ないのである.かかる事案の裁判例も存在しない.しかし,法理としては,撮影手法の創 作性に著作物性を肯定する以上,(ⅰ)の写真自体の複製・翻案の場合も,(ⅱ)の撮影手 法の創作性の利用の場合も共に侵害を構成するということになる. ちなみに,撮影手法による創作性とこの利用は,一般の著作物と同様に考察すればよい のであるから(前述1) ,特に高度技術に基づく詳細な撮影データにのみ創作性が肯定され るというものではないし,高度・詳細のデータの利用に限って侵害が肯定されるというも のではない.前述 A の写真 a を見て同じ写真を作成しようと考えて,B が同一被写体に向 かい写真 a と対比しながら概要のデータを元に写真 b を撮影・作成した場合にも侵害が肯 定される場合があるということになる. 写真家Aの写真aと同一の対象物(商品カタログに掲載されるカーテン用の器具)を被写 体として写真aと同様の撮影方法を用いて撮影した写真家Bの写真bについて,Bの創作性 成 19・5・31 判時 1977 号 144 頁)がある. 12 が何ら付加されていないときは,写真aの複製にすぎないという主張に対して裁判所は, 「写真aと同一の被写体を同様の撮影方法を用いて写真bを撮影したからといって,直ちに 写真aの複製になるとはいい難い」と判示した事案がある(大阪地判平成 7・3・28 知的裁 集 27 巻 1 号 210 頁-商品カタログ事件).この判決は,同一被写体を撮影することによっ て通常著作権侵害を認めることはできないものの,撮影手法の創作性の利用に至る場合に ・ ・ ・ は侵害を構成する場合があることを考慮して, 「直ちに複製になるとはいい難い」として余 地を残しているものと考える. (3)被写体の選択に関する創作性と侵害の成否 被写体の選択について著作権法上の創作性を肯定するか否かについては,学説が分かれ ている.当該写真の著作物に依拠するが、この写真をそのまま複製・翻案するのではなく 同一又は類似の被写体を選択又はセットして改めて撮影をする場合に,当該写真の著作物 の複製・翻案又は改変に該当するかという問題が提起される.これについて以下の 5 つの 場合に分けて考察することが理解しやすいこととなろう. (ⅰ), (ⅱ) , (ⅲ)は,同一被写 体を撮影する場合であり, (ⅲ)と(ⅳ)は類似の被写体を撮影する場合であるが,必ずし も同一と類似によって論を分けることができるものではない.起こりうる 5 つの場合を考 察の対象としてそれぞれに創作性を検討しかつ侵害の成否を考察する. (ⅰ) 所与の自然物を被写体として撮影する場合 自然に存在する物,たとえば自然に存在する特定の樹木や岩石や自然の風景を撮影する 場合がこれにあたる.季節,時間,場所・アングルの選択自体は完成した著作物たる写真 のアイディアであって著作権法上保護を受けず,したがって,撮影手法によって創作性が 肯定されてこの写真自体を複製・翻案又は改変をする場合でなければ著作権法上の問題は 生じないということになり,同じ被写体を同じように撮影することによって著作権等の侵 害となることはないということになる[ 11 ]. 以上は,かかる被写体の撮影に関する通常の場合の見解を示すものであって,私見もこ の限りで同じである.同じように撮影することが撮影手法による創作性の利用に至る場合 に侵害が肯定されるということについては,前述(2)(ⅱ)のとおりである. (ⅱ) 所与の美術の著作物を被写体として撮影する場合 すでにある絵画,彫刻等の美術の著作物を撮影する場合である.絵画の撮影は,前述(1) (ⅱ)のとおり写真の技術を複製の手段として使用する場合に該当し(特殊な効果を写真 に付与する場合は別論である),この写真に著作物性は肯定されない.この写真の複製が生 じたときには,絵画の著作権(複製権)によって処理されることになる. 三次元の美術の著作物を被写体とする場合にも,この被写体を選択したことによって創 [11] 半田=松田コンメン・1 巻 556 頁〔井藤公量〕 13 作性が肯定されることはない.この点は,前述の(ⅰ)の自然物を被写体とする場合の撮 影と同様に考察されることになる.撮影手法による創作性が肯定される点についても同様 である. (ⅰ)と異なるところは,三次元の美術の著作物に関する著作権者は,その翻案権 (27 条)により写真の撮影を禁止することができ,写真の著作物を二次的著作物として原 著作者の権利(28 条)を有するという関係が認められるところである. (ⅲ) 特定の商品を被写体として撮影する場合 この場合の被写体の選択に創作性が認められず,撮影手法についてこれが肯定されうる 場合がある点につき, (ⅰ)とまったく同様に考察すれば良いことになる.写真自体を複製・ 翻案する場合に写真の撮影手法による創作性の利用が肯定されることになる.同一商品を 別途撮影するときは,通常,撮影手法の利用は肯定されない(前掲(2) (ⅱ)大阪地判平 成 7・3・28).前述のとおり公表された写真 a の詳細撮影データと同様のそれを使用し又 は写真 a と対比しつつ写真 b を作成する等の特別の場合に撮影手法の創作性の利用が肯定 される余地があるということになる((2)(ⅱ)). (ⅳ) 代替性のある商品を被写体として撮影する場合 個性のない代替性のある商品を被写体とする写真の著作物性もまた, (ⅰ)ないし(ⅲ) と同様に考察して差しつかえない.被写体は写真の著作物の創作性を基礎づける要素では ないということになる.この写真自体を複製等すれば著作権の侵害になるけれども,これ は,被写体の選択に保護があるのではなく,撮影方法の創作性を利用することになるから である. では,写真家 A の代替性商品の写真 a と類似した商品を撮影した写真家 B の写真 b に おいて,b が a を再製したものであると認識しうる程度に類似している場合にはどう考え るべきなのであろうか.裁判所は, 「写真 b が写真 a の被写体と異なる対象物を被写体と して撮影したものである場合,被写体が個性のない代替性のある商品であり,同様の撮影 方法を用いているからといって,写真 b をもって写真 a の複製であると解する余地はない. 原告主張のように,一般人が写真上から被写体の相違を認識することができず,両者の撮 影方法の同一性から一方の写真が他方の写真を再製したものであるとの認識を抱くという のは,主として,被写体が個性のない代替性のある商品であることによるのであって,撮 影方法が同一のものであることによるのではない」(前掲大阪地判平成 7・3・28,前述(2) (ⅱ)の同一対象物を被写体とする事案と異なることに留意されたい)とした.代替商品 を撮影した場合の判断として妥当な判断である. (ⅴ) 創作的構成を被写体として撮影する場合 では,被写体が異なれば,商品カタログ事件判決のように「複製であると解する余地は ない」のであろうか.この事案は商品を同じように撮影したというのであって商品が類似 14 するところから同じ写真と見られる事案の判断であって,撮影方法の利用(写真自体を複 製・翻案する場合の利用)がない限り複製の余地はないというのである.この限りで私見 も同意見である.被写体がいくつかの代替物で構成されてこの構成が同一・類似の場合に 被写体の創作的部分に著作権法上の保護が及ぶかというところまでを射程とする判決では ないであろう. この代替物で構成された被写体について創作性が認められるか,同一又は類似の構成の 被写体を別途撮影した場合に著作権法上の利用(翻案権,同一性保持権侵害)が問われた 事案がある. 「スイカ写真事件」である.この事件の第一審(原判決)と控訴審(本判決) は,結論を異にし,その法理は,それぞれ大変興味深い.写真の著作物性と侵害をどう捉 えるかについて学説が大きく分かれるところは,これらの判決の解釈に集約されることに なる.これを解説して,これらの論点を考察することとする. 〈事実の概要〉 写真家であるX(原告・控訴人)は,西瓜を並べた写真(X写真(設例 3 図3のe写真)) を撮影し,これをXの写真集とNHK「きょうの料理」に掲載した.Y1(被告・被控訴人) は,西瓜を並べた写真(Y写真(設例3図3のf写真))を撮影し,Y2(被告・控訴人)は Y写真をカタログ(Y2カタログ)に掲載,発行し頒布した.Xは,Y写真はX写真を翻案し たものであり,Y写真を公表したYらの行為は,X写真に係るXの著作者人格権(同一性保 持権)あるいは著作権(翻案権)を侵害するとして,Yらに対し,損害賠償(慰謝料)の 支払及び謝罪広告の掲載を,また,Y2カタログの発行・頒布の中止及び既発行分の回収・ 廃棄を求めて提訴した. 原審(東京地判平成 11・12・15 判時 1699 号 145 頁)は,X 写真と Y 写真は類似してい ないとして,Y らによる同一性保持権及び翻案権の侵害を否定した.写真の著作物の創作 性について,被写体の独自性によってではなく,撮影や現像等における独自の工夫によっ て創作的な表現が生じ得ることによるものであり,X の主張する被写体の選択,配置上の 工夫は,X 写真の創作性を基礎付けるに足る本質的特徴部分とはいえないと判示した.下 記判旨はその控訴審判決(東京高判平成 13・6・21 判時 1766 号 96 頁)である. 〈判 旨〉 請求一部認容(同一性保持権に基づく差止め及び損害賠償について認容,謝罪広告及び Y2カタログの既発行分の回収・廃棄の請求については棄却). (ⅰ)[写真の著作物性] 写真の著作物においては,「被写体の独自性について,すなわ ち,撮影の対象物の選択,組合せ,配置等において創作的な表現がなされ,それに著作権 法上の保護に値する独自性が与えられることは,十分あり得ることであり,その場合には, 被写体の決定自体における,創作的な表現部分に共通するところがあるか否かをも顧慮し なければならないことは,当然である.」 15 (ⅱ)[X 写真の表現と Y 写真の類似性] X 写真と Y 写真では,「いずれも,大きい円球 の西瓜一個,小さい円球の西瓜二個,楕円球の西瓜ないし冬瓜一個,半分に切った大きい 楕円球の西瓜ないし冬瓜一個,略三角形に切った西瓜六切れ,葉や花を伴った西瓜の蔓一 本,青いグラデーション用紙」が素材として選択されている. 「X 写真の素材自体は, ・・・ 日常生活の中によく見られるありふれたものばかりであることが明らかである.しかし, その構図,すなわち,素材の選択,組合せ及び配置は,全体的に観察すると,西瓜を主題(モ チーフ)として,人為的に,夏の青空の下でみずみずしい西瓜を演出しようとする作者の思 想又は感情が表れているものであり,この思想又は感情の下で,前記のありふれた多数の 素材を,X 写真にあるとおりの組合せ及び配置として一体のものとしてまとめているもの と認められる.」 (ⅲ)[Yの依拠] Y写真においてなされている作為的な表現が,Y1の作風(Y1が著作し た本件以外の写真は,大自然や食材をそのまま写す方法によっている)とは著しく異なっ ていることからも, 「X写真とY写真との上記類似性は,Y写真がX写真に依拠して作成され たものであることを強く推認させる事情となっているというべきである.」 Y写真が撮影される 5 ヵ月前に,Y1と既に取引関係にあったY2代表者が,X写真が掲載 されている写真集を購入しており,Y1がこれを見ることが物理的に可能であり,Yカタロ グの発行後,Xから抗議を受けたY1が,X写真を参考にしたことを認める発言をしたと認め られること,Y写真が西瓜を主題(モチーフ)にする作品であるにもかかわらず,明らか に主題に反する冬瓜を西瓜にみせかけて加えていると認められることから, 「Y1は,X写真 に依拠してY写真を撮影したと認められ,かつ,Y1は,X写真に依拠しない限り,到底,Y 写真を撮影することができなかったものと認められる.」この判旨は,Y2の依拠の合理的 機会を認め,独自創作の抗弁を否定した事案ではなく,Y2の依拠自体を間接事実から認定 したというものである[ 12 ]. (ⅳ)[改変] Y写真は,X写真に依拠しつつ,「X写真の表現の一部を欠いているか,X 写真を改悪したか,あるいは,X写真に,些細な,格別に意味のない相違を付与したか, という程度のものにすぎないのであり,しかも,これらの相違点は,そこからY1独自の思 想又は感情を読み取ることができるようなものではない.・・・X写真は,作者であるXの 思想及び感情が表れているものであるから,著作物性が認められるものであり,Y写真は, X写真に表現されたものの範囲内で,これをいわば粗雑に再製又は改変したにすぎないも のというべきである.」 と判示する(設例3図3 e写真とf写真を合わせて参照されたい). (ⅴ) [表現の制限]「被写体の決定自体に著作権法上の保護に値する独自性があるとき, 上記のような形でこれを再製又は改変することは許されないということだけである.した がって,このように解したからといって,写真による表現行為が著しく制約されるという ことに,決してなるものではない.」と判示している.これはアイディアの域を出ない被写 [12] 依拠と依拠の合理的機会・独自創作の抗弁については,松田政行『著作権法プラクティス』326 頁 (勁草書房,2009). 16 体の選択(前述(3)(ⅰ)ないし(ⅳ))と本件の被写体の決定は異なる事案であること を示して,本件はアイディアの保護に及ぶものではないから表現を制限するということに はならない旨を説示しているのである. 〈解 説〉 1[判決の構成] はじめに本判決の構成を示して,翻案権と類似性をどのように考えていたかを解説して おく. 本判決の重要な点は,①風景や人物などのすでに存在するもの以外の人為的に構成され た被写体(以下,解説上これを「人為的被写体」という)の決定(これを本判決は撮影対 象物の選択,組合わせ,配置等といっている)にも創作性が認められる場合があり,②他 人の写真の著作物をそのまま複製するのではなく,先行写真(X 写真)に依拠しつつその 表現と類似する写真(Y 写真)を別個に撮影することも侵害となると判示したところにあ る. 人為的被写体に関する写真の著作物性については現在二つの学説が存在する.一つは, 写真に創作性が付与されるのは,被写体の独自性によってではなく,撮影や現像等におけ る独自の工夫によって創作的な表現が生じ得ることになるというものである(本稿におけ る解説上,これを「撮影手法説」という).他は人為的被写体の決定に創作性がある場合に もこれを撮影した写真の著作物性を肯定するものである(「被写体許容説」). 本判決は,「被写体許容説」によったうえで,X写真の創作性を肯定しY写真の依拠を認 定したものである(〈判旨〉(ⅱ)(ⅲ)).さらに,Y写真は,X写真の粗雑な再製であると 断じていて,Y2の創作性を認めていないから,Xの翻案権の侵害はないという結論になら ざるを得ない[ 13 ].正確には,複製権の侵害があったということになるであろうが(Xは 著作権につき翻案権侵害を主張していた),判決は,「再製又は改変」として,同一性保持 権の侵害のみを肯定し, 〈判旨〉冒頭に示した限りにおける請求を認容したのである. したがって,本判決は,翻案権に関し類似性を判断した事案ではないことになる. 2 写真の著作物性 (1)「撮影手法説」の論拠 「撮影手法説」の論拠は以下のとおりである.①被写体と一体となって写真の著作物と しての保護を受けることになると,類似した被写体を設定して独自に撮影しても侵害にな りうるもので,被写体の保護に及ぶことになる.これは,被写体の保護が写真の著作物の 思想・感情の保護にまで及んでしまうことに危惧があるというものである[ 14 ].②被写体 [13] 翻案は,創作性を加えて新たな著作物を創作することである.その他翻案の構造については,半田= 松田・コンメン2巻 69 頁〔椙山敬士〕. [14] 茶園成樹「写真の著作権・編集著作権の侵害の成否-商品カタログ事件」著作権研究 25 号 215 頁 (1998).中山・著作権法 94 頁,田村・概説 96 頁,三浦正広「写真の著作物」弁理士受験新報 23 号 65 17 と一体となって写真としての保護を受けると考えることになると被写体の創作と撮影の創 作の主体が分かれ権利処分が厄介になるというものである[ 15 ]. (2)「被写体許容説」の論拠 「被写体許容説」の論拠は以下のとおりである.①写真がその観者に個性を感得せしめ るのは,まず写されたものによってであり,被写体を全面的に排斥することになると,ア ートとしての写真著作権の存立基盤を失うことになる[ 16 ].②現行法上美術の著作権と写 真の著作権が並存すること自体を予定しているものであり,被写体の創作者と写真の撮影 者が異なる場合に権利処理が厄介になるという理由で,被写体の創作性を写真の著作物性 から排斥することは,体系に合致しない異説というべきである[ 17 ]. (3)「被写体許容説」が正当である 「撮影手法説」①がいうところの被写体は,所与の客体を被写体として特定して撮影す ることと,本件のように人為的被写体の場合を分けずに論ずるものである. 「被写体許容説」 の論者に,所与の客体を写すこと(これはほとんどの場合アイディアにすぎない)を保護 すべしという者はいない.この二者を峻別することによって,アイディアと表現を分けて, 考察することができる.次に,②の主体が分かれる場合に問題の複雑性がある点であるが, これが①の解釈を超える決定的な問題でないことは明らかであるし,主体が分かれる場合 にも権利関係は正しく処理されうる.作家Aの著作にかかる被写体αが美術の著作物とし て保護されて,これを写真家Bが撮影して写真βを著作した場合,αを原著作物,βはこ の二次的著作物として処理されうる.Aは 28 条を介してβに関する諸支分権を行使するこ とができる.A・Bが共同で撮影までを行った場合には,A・Bのβの共同著作として 65 条により処理することができる[ 18 ]. 人為的被写体に固有の著作物性が肯定される場合に, 「撮影手法説」に立っても原著作者 の保護が認められ同様の結論になる.しかし,被写体の選択,組合せ,配置と照明,アン グル等の手法が相俟って写真の著作物としての創作性が肯定されうる場合があるのであっ て,この場合に結論を異にすることになる.本件事案は,かかる事案であり(やや上方か らの照光とアングルについて判示するところがある)写真の著作物性の考察につき, 「被写 体許容説」が妥当される所以である. 3 アイディア,表現,類似性 本判決が「被写体許容説」を,原判決が「撮影手法説」を採ったと論評されるところが あるが,実は法的見解としてそれほど決定的な差異はないのではなかろうか.原判決は, 特段の事情のない限り被写体の共通性ではなく撮影等手法の工夫の共通性を考慮して類似 頁(2006).半田=松田・コンメン 1 巻 557 頁〔井藤公量〕. 中山・著作権法 94 頁. [16] 作花・詳解 112 頁,小泉直樹「判例評論」判例時報 1779 号 208 頁. [17] 小泉・前掲注[15]209 頁. [18] この主体が分かれる場合の解釈論について,2006 年司法試験に出題されて,解釈が示されている. 井上由里子「知的財産法 論文式試験の解釈と解答例」法学セミナー増刊 340 頁(2006).松田・前掲注 [10]351 頁. [15] 18 性を判断することを示している.すなわち原判決は, 「被写体許容説」を完全に否定したも のではなく,特段の事情がある場合には,人為的被写体の類似性についての共通性を考慮 するということを許容しているのである.そのうえで,原判決は,X 写真と Y 写真が共通 する点をアイディアであるとして,Y 写真は,X 写真を翻案したものではないと判示した. 同様に,同一性保持権の侵害もないとした. これに対し,本判決は,原判決がアイディアとした点を創作性がある表現であると肯定 し,Y 写真における細部の差異を創作性のない粗雑な再製又は改変であるとしたのである. 本判決もまた,翻案権の侵害を否定した.改変の点を捉えて,同一性保持権の侵害を認め たものである.両判決の決定的な差異は,X 写真と Y 写真の共通点と相違点の評価(事実 認定)にあるということになる.両判決のこの部分を対比すると表 2 のようになる. 19 X 写真の被写体 共通点(素材の選択) 大きい円球の西瓜一個 小さい円球の西瓜二個 楕円球の西瓜一個 半分に切った大きな楕円球の西 瓜一個 略三角形に切った西瓜六切れ 葉や花を伴った西瓜の蔓一本 背景の青いグラデーション用紙 Y 写真の被写体 (アンダーラインは異なる点) 大きい円球の西瓜一個 小さい円球の西瓜二個 楕円球の冬瓜一個 半分に切った大きな楕円球の冬 瓜一個 略三角形に切った西瓜六切れ 葉や花を伴った西瓜の蔓一本 背景の青いグラデーション用紙 相違点1 相違点2 相違点3 素材配置 中央前面に,V字型に切り欠か 水平方向に半球状に直線的に切 れ,縞模様のある西瓜が配置さ られ,V字型に切り欠かれた部分 れている がなく,無地の西瓜が配置されて いる 扇型に薄く切られた西瓜が 右 扇型に薄く切られた西瓜が 左 側に傾かせて配置されている 側に傾かせて配置されている 中央前面に氷が敷かれたり,藤 の籠を配置している 氷や藤の籠は配置されていな い 相違点4 相違点5 撮影手法 光の当て方その他において様々 光の当て方に格別の工夫はされ な工夫が凝らされている ていない 中央に配置された西瓜及び薄く やや上方から撮影されている 切られた西瓜は,やや下方から 撮影されている 表2 第 1 審判決(原判決)と 控訴審判決(本判決)の判断 原判決 左の被写体の構成はアイディアの点で共通 するが,表現の本質的特徴部分とはいえない 本判決 X 写真は夏の青空の下でみずみずしい西瓜 を演出しようとする思想又は感情の表現で ある Y 写真は X 写真の左の被写体の構成に依拠 し,再製をしたものである 原判決 異なる素材を被写体とするものであり,そ の細部の特徴も様々な点で相違するから, 類似しないものというべきである 本判決 これらの相違点からは Y 独自の思想又は感 情を読み取ることができず,Y 写真は X 写 真に表現されたものの範囲内で粗雑に再製 又は改変したにすぎないものである 原判決 創作的表現部分である撮影手法が異なる 本判決 X の照光とカメラアングルについても創作 性の一要素としている Y 写真にこれらの工夫はなく,改悪である 「スイカ写真事件」第1審判決と控訴審判決の対比 原判決と本判決の事実認定の差異がどこから生じたか.著作権法上の思想・感情と表現 形式をどこで分けるかということではなかろうか.原判決は,素材の選択という具体的な 表現方法に入り込んだところをアイディアであるとしている.本判決は, 「夏の青空の下で みずみずしい西瓜を演出すること」を思想・感情としていて素材の選択を表現の一部とし ているのである.原判決は,X 写真,Y 写真の共通点をアイディアの共通ととらえ相違点 を類似の消極要素と認めたことにより,Y 写真には類似性がないとし,翻案権侵害を否定 した.本判決は,共通点を表現が同一であるととらえ,相違点を創作性のない粗雑な再整 (複製と評価されるのであろう)として,翻案権侵害を否定した.これは,複製権と同一 性保持権の侵害を肯定することになるのだが,複製権侵害の主張を欠くとして同一性保持 権侵害の損害賠償請求のみを認容した. 私見は,X写真の素材の選択とその他の組み合わせは,人為的被写体としてすでに写真 の著作物の創作的部分であって,さらに照光とアングルの設定によってX写真が創作され たと考える.Y2のY写真の作成はこれを利用して再製(複製)したものであると考える(本 判決と同じ見解).しかし,翻案権侵害の主張は弁論主義によって複製権侵害を遮断しない と考える(複製権・翻案権は創作性の利用の点で同一の事実主張を含む). 20