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PISA2003「問題解決能力」で見る「数学文化の問い直し」
いま日本の数学教育に求められるもの ~ P I S A 2003調 査 を ど う 読 む か ~ <問題解決能力>とは何か、 その成功のためには 1. 国 は 教 育 で 子 ど も に < 問 題 解 決 能 力 > を 育 ん で き た か 1-1)<問題解決能力>提起のいくつかの意義 P I S A 調 査( 以 下 、P I S A )の 今 回 初 の テ ー マ < 問 題 解 決 能 力 > の 定 義 は 、 「問題解決の道筋が瞬時には明白でなく、応用可能と思われるリテラシー領域あ るいはカリキュラム領域が数学、科学、または読解のうちの単一の領域だけには 存 在 し て い な い 、現 実 の 領 域 横 断 的 な 状 況 に 直 面 し た 場 合 に 、プ ロ セ ス を 用 い て 、 問題に対処し、解決することができる能力」というものである。これは国によっ て異なり照準が定めにくいカリキュラムでなく、「どの国でも、重要とされる能 力 は な ん だ ろ う ? 」 ( 20 03. 1 東 大 講 演 と 質 疑 応 答 。 シ ュ ラ イ シ ャ ー OE CD - PI SA プログラム責任者。以下引用同様)と検討の末、あらゆる国の学校プログラムに おける中心的な教育目標としての<問題解決能力>に焦点化し、<問題解決スキ ル>を観察できる「問題づくりと評価」の指標として提起した。同じような課題 を長年模索してきた私にとって、漸く来るべきものが来た、という想いが強い。 私が意義と考えるものを挙げる。 「 総 合 的 学 習 」を 巡 っ て あ っ た「 基 礎 ・ 基 本 を 欠いては」という知識量を尺度とすることから抜け切れない学力観に対し、様々 な知識や理解や技能は問題解決能力をつけてこそ意味があると示す一方、問題解 決アプローチには知識量の多寡に関係のないプロセスがあることを明らかにした。 実学としての数学力を大学前教育でも育めるとし、具体的に示した。これを標準 とする国々が増え成功する中から、学校で習うことは「役立たない」とか「受験 用」と嘯く風潮を許してきた国の教育は正さざるを得なくなる。 1-2)知識よりもプロセスを評価 その内容は、日本の改定指導要領が「数学活動を通じて創造性の基礎を培う」 と 謳 い な が ら も 具 体 性 に 乏 し い の に 比 べ 、例 え ば 、高 校 1 年 生 用 と し て 、 「仕事や 余 暇 」、「 地 域 社 会 」 な ど 教 室 以 外 で 生 徒 が 遭 遇 す る ト ラ ブ ル ・ シ ュ ー テ ィ ン グ や 意思決定などのタイプの“教育目的に適った”問題を開発し、その解決行動にお ける包括的な推論を観察できるようにしている。また、人が問題に直面した際に 解決に対してどのようにアプローチすればよいかというプロセスの概略を示して い る 。さ ら に 、 “ 教 育 目 的 に 適 っ た ”問 題 例 を 解 決 す る プ ロ セ ス を 観 察 し て 、生 徒 の成績の尺度を策定するための枠組みをより発展させようとしている。 プ ロ セ ス を 重 視 す る P I S A 数 学 (教 育 )観 を 見 る に つ け 、 日 本 の 数 学 ( 教 育 ) 観との根本的な違いを感じる。 「 数 学 」と い う 言 葉 に は 、プ ロ セ ス と し て の 一 定 の <思考活動>を意味することもあるし、この活動の結果としての<理論>を意味 することもある。したがって、数学の学習指導というときこのどちらも入れるべ き で あ る 。に も か か わ ら ず 、日 本 で は プ ロ セ ス を 軽 視 す る 一 方 、結 果 の 方 に 偏 る 。 しかも、内容をかなり恣意的に変質させているにもかかわらず、それを基礎・基 本として権力的に押し付けてきた。これを許してきたより根本的な原因があると 私 は 見 て い る 。そ れ は 日 本 の 教 育 政 策 の 底 流 に あ る 、 「 教 育 と 学 問 は 別 」と し て き た 教 育 蔑 視 と 同 根 の 数 学 教 育 蔑 視 で あ り 、こ れ が「 学 校 で 習 う こ と は 役 立 た な い 」 と嘯く社会の風潮と相俟って、 「 数 学 に お け る 興 味 ・ 関 心 ・ 楽 し み ‥ ・・ 」を 摘 み 取る営みを行う学校数学の放置を許し、今回のPISAで、この面で日本の子ど もたちが「際立って劣る」という国際的診断が下されるに至った。 2.真に<問題解決能力>を育む教育実践を行うために 2-1) 定 型 的 問 題 解 決 の 訓 練 で は 真 の 問 題 解 決 能 力 を 育 ま な い ジ レ ン マ 学校数学は、いわゆる公式当て嵌め・料理本的と批判されてきたが、PISA で、この教育が持つジレンマはますます際立つことになった。作られた数学問題 を解くことを繰り返しても、せいぜい類似問題を解く力が身につくだけ、まして <問題解決能力>は育めない。PISAの結果、世界の子どもたちは定型的でな いために練習できていない問題に対する反応は悪く、なかでも日本の子どもたち は、手が出ない「無答」の多さで目立った。そこでこの調査を、「学校で教えて いないことをテストすることはアンフェア」との批判もあるが、PISAの本旨 からすると的外れである。なぜなら、実生活で直面する問題では、どの学んだ知 識・技能を使うかを自分で判断しなければならず、これへの対応を含め「世界へ の扉」となるリテラシーを子どもたちに身に付けさせることがPISAの狙いだ か ら で あ る 。ま た 、「 日 本 の 生 徒 た ち が 、最 も 困 難 を 抱 え て い る 課 題 だ っ た・・。 数学と科学は1位と2位です。しかし、・・評価したり、熟考したり、推論した りといった幾つかの分野に関して、日本の生徒は苦手としているようです」(同 前)。こうした諸状況は日本の教育の焦眉の課題として、PISA流の学習を用 意することを挙げたい。さしあたっては、現行の学校数学の一部にPISA流< 問題解決>の新しい息吹を吹きかけ蘇らせ、幼少(小学生)の頃からそうした学 びを体験させ、醸成できるように紡ぎ直すこと。 2-2) 主 題 は 発 想 ( ア イ デ ア ) 力 ・ 創 造 力 を 磨 か せ る 教 育 活 動 しかし、上記ジレンマ、実は、PISAにもそのまま当て嵌まる。各国がPI SAを標準にしつつある。この際、例えば、公開問題例の類題を多く与えて問題 解 決 能 力 ア ッ プ を 図 ろ う と し て も 、 そ の 生 徒 た ち が 、「 前 例 に な い 」「 見 え な い 」 問題解決のテーマに遭遇した時、必ず壁に突き当たる。主題にしなければならな いのは、より現実的で一般的な発想力・創造力=課題探究・創成能力を育むこと である。PISAも「パターンを認識して類似性を見出し、発展させたり、問題 を認識して、解決の戦略を展開したり、その戦略を評価するといった能力」(同 前)としているが、他方で「興味を持つのは、将来の成功に役立つスキルを、ど の 程 度 生 徒 が 習 得 し た か と い う こ と で す 。習 得 の 手 段 は 問 題 で は あ り ま せ ん 」 (同 前)と、教師が問題解決を教えるにあたって欠かせない習得技法とそれを用いた 思考を教えることを埒外に置いている。これを私は現時点でのPISAの限界と 見ている。なぜなら、分野違いではあるが、これに先駆けた取り組みがある。高 専生を含めた理工系学生を対象に、1999年に発足したJABEE(日本技術 者教育認定機構)の教育である。 私はこの課題を、所与の状況から仮説設定と自己修正を繰り返す中で、現象の 数式化とか数学モデルという根拠のはっきりした手法を導入する“分析”と“総 合”の営みを行えるようにすることとしている。もっと数学的プロセスが見える 表現をすると、所与の状況の下、着想や暗示を引き出し、問題意識を確立し、適 切な概念を理想化し、形式化し、可能な結論を直観的に引き出す。時には直観的 な推論に演繹的な証明をつけなければならない。どのようにアプローチして良い かすら分からない問題に対しては、直観を使い、当て推量や試行錯誤を行い、知 っている結果と関連づけ、代数的な命題に幾何学的な意味をつける、知った結果 の一般化等々。非数学的考察から数学を創ることにも連なる実学体験である。 こ の 体 験 の み が 、「 前 例 の な い 」「 見 え な い 」 問 題 解 決 に も 通 用 す る 発 想 力 ・ 創 造 力 を 磨 く こ と に な る と 考 え て お り 、現 在 の 学 校 教 育 で は こ れ を 模 索 で き る 場 は 、 文科相が見直し発言している『総合的な学習の時間』をおいて他にない。 3 .「 数 学 文 化 の 問 い 直 し 」 を 提 起 し て い る P I S A 学力国際比較が始まった当初から、日本の子どもが調査時は高学力だが、成人 すると数理に弱い唯の人になる「日本型高学力」と指摘されていた。 私を含め、日本の教師たちもPISAの<問題解決能力>に秀でているとは言 えない。なぜなら、PISAにおいて、リテラシーという“世界への扉”を介し て世界に羽ばたかせることを目指す測定で「極めて劣っている」と言われた日本 の子どもたちと同じ育ち(学校教育)を経て来たのだからである。 目 標 を 与 え ら れ た 時 代 か ら 創 る 時 代 。こ れ に 応 え る 目 標 達 成・問 題 解 決 能 力 は 、 その核心部分を速やかに見抜き、的確に、創意・工夫を発揮する「実際性」が求 められ、そこでは、恐らく、抽象思考に加えて、想像する力あるいはもっと大き な構想する力とその表現が求められるだろう。こうした能力を子どもたちに育む にはPISAのリテラシー3領域の横断的対処では足りない。PISAも世界各 国の約300人の専門家の協力の下、より探求して行くとしているが、そこでは 世界の数学(教育)論や科学(教育)論が集約されるだろう。すでに現時点でP ISAに欠けている社会性やカリキュラムなどをより具体的に研究・実践してい る 数 学 教 育 が あ る 。 数 学 相 互 学 習 プ ロ グ ラ ム ( I M P , Inter acti ve Mat hem a tics Progr am) や 『 世 界 は 数 理 で で き て い る 』( 丸 善 ) で あ る 。 前 者 は 個 々 の 生 徒 の 知 識・理解を結集するコミュニケーション性に優れ、後者はカリキュラムの枠組み と内容提示に特徴がある。 PISAは、日本の教師たちにも、さまざまな研究・実践の多様性から学ぶべ きものは学び、問い直し、再構築する作業を提起していることは間違いない。