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経済成長と所得格差

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経済成長と所得格差
経済成長と所得格差
開発金融研究所特別研究員
山下 道子
要 約
「経済成長は所得格差を拡大(縮小)するか」という議論は、グローバルな視点で見た国家間の関
係のみならず、一国の成長率と国内の所得分布との関係にも当てはまる。長期データで国家間の所得
格差を検証してみると、先進国間、および特定の途上国と先進国間の所得水準(購買力平価で換算し
た1人当たりGDP)が急速に収斂する一方、多くの途上国ではますます先進国とのギャップが広が
るなど、国家間の所得格差が一様に縮小しているとはいえない(表1)
。
次に、
「経済発展の初期に不平等が拡大し、経済が成熟するにつれて平等になる」というクズネッ
ツ仮説が当てはまるかどうかを、ジニ係数(国内の不平等度を表わす指数)を被説明変数とするクロ
ス・カントリー分析で推計してみると、逆U字型のクズネッツ曲線が検出された(表2)
。すなわち
1人当たり所得が一定の水準に達すれば、国内の所得格差は縮小に向かう。ただし、途上国の不平等
度は地域ごとに大きく異なるほか、先進国では再び所得格差の拡大傾向が指摘されている。
さらに、途上国における所得不平等は成長促進(抑制)的かどうかをみるために、上で推計したジ
ニ係数の予測値を説明変数とする2段階のクロス・カントリー分析を行なったところ、不平等は成長
抑制的という結果を得た(表3)
。アジア地域では所得の平等と初等教育の就学率が大きな成長促進
効果を示すなど、いずれの推計も途上国の地域ダミーが有意な説明力を持っており、地域に特有な経
済成長のメカニズムを解明する必要がある。
1.はじめに
らクロスカントリー・データを用いて「成長と不
平等」について検証する*1。
「貧困削減」を最大の開発戦略としてきた世界
世銀において「経済成長と所得格差」の問題を
銀行がEquity and Development(公平と開発)
最初に取り上げたのは、1968年に就任した第5
を「世界開発報告2
0
06」のテーマとすることが
代マクナマラ総裁である。彼は、多くの途上国で
報じられている。公平の概念は国家間および国内
採用された成長政策が貧困層には何の恩恵も及ぼ
における所得・資産の分配のみならず、教育や就
していない、として公共サービスと公共投資を貧
業の機会、金融・インフラへのアクセス、公共
困層の生活向上に振り向けることを主張した。こ
サービスの利用、環境といった幅広い観点から論
の時代にCheneryやAhluwaliaによって作成され
ずることができる。本論では、)グローバルかつ
た研究レポートRedistribution with Growth*2は、
長期的な視点でみると、国家間の所得格差は縮小
成長の果実を貧困層にゆきわたらせる方法として
しているのか拡大しているのか、*国別にみる
「増加分アプローチ」が望ましいとしている。す
と、経済発展(1人当たり所得水準の上昇)とと
なわち、資本と所得の増加分を貧困層に有利にな
もに国内の所得格差は縮小するのか拡大するの
るように再分配すれば、富裕層からの反発が少な
か、+国内の所得不平等はその国の経済成長を促
く政治的に実行可能である、と論じられた(絵所
進するのか抑制するのか、という3つの切り口か
(1997)
、p.103)
。
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*1 本論は山下道子(20
0
4)に基づいている。回帰分析についてはスペックを見直して再推計を行なった。
*2 Cherenry et al.(1
9
74)
, Redistribution with Growth, Oxford University Press
78
開発金融研究所報
具体的には貧困層の厚生水準を高める政策とし
が初めは減少し、やがて増加することを見出し
て、)貯蓄の向上と効率的な資源配分により、社
た。すなわち成長率と所得分配の関係は国ごとに
会のすべての階層に利益を浸透させつつ成長を極
多様であるものの、所得水準と所得分配の間には
大化する、*教育、信用へのアクセス、公共サー
3.1節で述べる「クズネッツ仮説」が妥当する、
ビスなどを貧困層向けに転換する、+財政制度あ
という結論を導いている*4。
るいは消費財の配給を通して、所得あるいは消費
を再分配する、,土地改革によって資産を貧困層
に移転する、の4点が提案された*3。これらは近
2.国家間の所得格差の推移
年の「貧困削減戦略」
に比較すると、貧困層をター
1900年から1987年までの主要国の所得水準(1
ゲットとする点は同じであっても富裕層に犠牲を
人当たりGDPを1980年時点の購買力平価でドル
強いる「再分配」政策という点で大きな違いがあ
換算したもの)を推計したマディソン(199
0)
る。援助効率を向上させるために制度改革が強調
は、先進国と開発途上国の所得格差は拡大してい
される昨今ではあるが、再分配のための制度改革
ると指摘している。新古典派成長論では収穫逓減
は提案されていない。
の法則が働き、均衡所得水準に収斂するはずの先
再分配政策はどのような経済効果をもたらすと
進国がなぜ成長を続けるのか。一定の条件の下で
考えられていたのだろうか。ケインズは所得の上
所得が低いほど成長率は高いというBarroの所得
昇は貯蓄率を上昇させるので、金持ちから貧乏人
収斂理論は成立するのか。途上国の人口増加は所
への所得移転は貯蓄率を低下させ、成長を抑制す
得格差の拡大を説明するのか。2章ではこうした
ると考えていた。
「資本市場の不完全性」を前提
問題意識にそって、データの検証とクロスカント
とする論者は、情報と制度の不完全性が貧乏人の
リー分析を行なう。
金融へのアクセスを妨げているので、所得の平等
化は(人的投資を含めた)投資機会を広げ、成長
2.
1
条件付き所得収斂
を促進すると考えた。Hibbs(19
7
3)は、富と所
得の不平等が犯罪やテロなどの破壊的行為を誘発
新古典派経済学で用いられるSolow―Swan成長
し、法律や制度の不安定化が投資を阻害する要因
モデルでは、人口増加率、貯蓄率、および技術進
となる、として不平等と社会・政治の不安定の悪
歩率が外生的に与えられると、1人当たり資本ス
循環を指摘した。3.
3節で取り上げるFinancing
トックはいずれ各国固有の均衡水準に収束す
Gapモデルは、途上国の貯蓄不足を先進国からの
る*5。そこで均衡所得水準が達成されるととも
資本移転によって補い、国内投資を促すという成
に、経済成長(1人当たり所得の増加)はそれぞ
長モデルである。
れの技術進歩率を反映したものに落ち着く。過渡
世銀の「成長をともなう再分配」政策をクロス
的には資本ストックが均衡水準を下回る度合いが
カントリー・データを用いて実証分析をしたのが
大きい国ほど成長率は高くなる。世界経済の現状
Ahluwaliaである。彼は国別にGNP成長率と所得
を見ると、東アジア諸国のように急速な経済成長
分位下位4
0パーセントの所得成長率を比較した結
を達成して先進国にキャッチアップした国もある
果、経済成長と相対的な平等度との関係は国ごと
一方、多くの途上国では経済が停滞しており、国
に大きく異なることを発見した。また1人当たり
家間の所得格差は一様に縮小してはいない。
GNPで示される所得水準と所得分位下位40パー
こうした現象を説明するために、Barro(199
1)
セントの所得シェアとの関係を調べた結果、所得
はその国の資本蓄積のみならず、政策や制度的な
水準の上昇にともない下位グループの所得シェア
要因が成長率に影響を与えるとする「条件付き所
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*3 絵所(199
7)
, pp. 10
1―1
0
4による。
*4 絵所(1
99
7)
, pp.1
1
6―1
2
1による。
*5 新古典派の成長モデルについては、例えばBarro and Sala―i―Martin(1
99
5)第1章を参照。
2004年11月
第21号
79
得収斂理論」を提唱した。この理論によれば、均
生率、政府消費率、法による政治指数、交易条件
衡所得水準は労働者の勤労意欲、貯蓄性向、政府
の変化率、民主主義指数、インフレ率、地域ダ
の経済政策など、国ごとに特有な条件によって
ミーなどの変数によって回帰させた残差と所得水
様々な値をとるため、各国の所得水準が一定値に
準の間にマイナスの関係が成立するとして(Fig-
収束する保証はない。また技術進歩率や貯蓄率を
ure 1.
2)
、これらの影響をコントロールすれば所
一定としているため、なんらかのショックにより
得が高いほど成長は鈍化し、やがて所得は収斂す
均衡資本ストックが上位にシフトしない限り、均
るという「条件付き所得収斂理論」を検証した。
衡値が低い国は「貧困の罠」に閉じ込められるこ
Maddison(19
95)が推計した56カ国の長期デー
とになる。Lucas(1
988)、Romer(19
90)、Jones
タをもとに、1人当たりGDPの初期値(対数表
(1
9
9
5)などが提唱した「内生的成長論」では、
示)と年平均成長率の関係を18
20∼1
869年、18
70
貯蓄率や技術進歩率など新古典派モデルで一定と
∼1
912年、1
9
13∼1
94
9年、19
50∼19
72年、1
97
3
みなされた外生変数が、教育やR&Dなど政府の
∼199
2年の5期間に分けてプロットしたものが
政策に依存する内生変数として、それ自体が持続
図1―1∼図1―5である。
的な成長を可能とする原動力とみなされている。
先進国では2つ の 大 戦 期(1913∼1949年)に
Barro(19
97)はPenn World Tableの約1
00カ
所得が大戦以前(1870∼1912年)より低下した
国にわたる1
96
0∼1
9
9
0年のクロスカントリー・
西 欧 諸 国 で、戦 後(1950∼1972年)は4パ ー セ
データを用いて成長率を計算した。その結果、1
ントを上回る成長を遂げたほか、日本8パーセン
人当たりGDPの成長率と所得水準(対数表示)
ト、台湾、ギリシャが6パーセントを超えて成長
の間に単純な相関は見いだせなかった(Figure
。アメリカは1
870年以来、平均す
した(図1―4)
1.
1)
。しかし、成長率を平均寿命、教育年数、出
る と2パ ー セ ン ト の 成 長 を 続 け て い る。近 年
図1―1 1人当たりGDPと成長率の関係
図1―2 1人当たりGDPと成長率の関係
(1870年∼1
913年)
8
1人当たりGDP成長率(%)
1人当たりGDP成長率(%)
(1
82
0年∼1
8
7
0年)
6
4
2
0
−2
2.0
2.5
3.0
3.5
4.0
1人当たりGDP(対数表示)
6
4
ガーナ
2
0
−2
2.0
4.5
図1―3 1人当たりGDPと成長率の関係
8
1人当たりGDP成長率(%)
1人当たりGDP成長率(%)
6
ベネズエラ
4
2
0
3.0
3.5
4.0
1人当たりGDP(対数表示)
4.5
8
ギリシャ
6
4
開発金融研究所報
日本
台湾
スイス
アメリカ
2
0
−2
2.0
データ)Maddison(1
9
9
5)
80
4.5
(1950年∼1973年)
8
2.5
3.0
3.5
4.0
1人当たりGDP(対数表示)
図1―4 1人当たりGDPと成長率の関係
(1
91
3年∼1
9
5
0年)
−2
2.0
2.5
2.5
3.0
3.5
4.0
1人当たりGDP(対数表示)
4.5
図1―5 1人当たりGDPと成長率の関係
図1―6 1人当たりGDPと成長率の関係
(1820年∼1
994年:5期間プール)
8
6
中国
韓国
台湾
1人当たりGDP成長率(%)
1人当たりGDP成長率(%)
(1
97
3年∼1
9
9
4年)
タイ
4
2
0
−2
−4
−6
2.0
ザイール
2.5
3.0
3.5
4.0
1人当たりGDP(対数表示)
4.5
8
6
4
2
0
−2
−4
−6
2.0
2.5
3.0
3.5
4.0
1人当たりGDP(対数表示)
4.5
データ)Maddison(1
9
9
5)
(1
9
7
3∼1
9
9
2年)になると、日本、イ タ リ ア を
所得水準と密接な関係を持つ途上国の人口増加
除いて先進国の成長率が2パーセント以下に低下
について、速水(2000)は所得向上にともなう
する一方、韓国、台湾、中国、タイなど東アジア
内生的変化であるよりは、先進国の保健・医療技
の新興工業国が6パーセント前後の高成長を記録
術の移転によって引き起こされた外生的変化とい
。
した(図1―5)
う側面が強い(p. 2
02)
、と指摘している。その上
全期間の所得水準(対数表示)と成長率の関係
で、)多くの途上国が工業化を急ぐあまり、発展
をプロットすると図1―6が得られる。これを2
の初期段階から資本集約的な先進国の技術を導入
次曲線で近似すると3,
5
6
0ドル(1
9
90年国際ドル)
し、大企業を優遇して資本分配率を上昇させた。
を頂点とする逆U字を描いており、所得がそれを
*非農業での雇用吸収力が弱いため農業に過剰な
超えると成長率が低下する傾向を示している。た
労働力が滞留し、生産性の向上を妨げた。+人口
だし、貧困国の成長率は概して高所得国の成長率
圧力の増大で農地はより劣悪な土地へと拡大さ
より低く、停滞している途上国が多く見られる。
れ、リカード的な差額地代*6の上昇によって地主
と小作との所得格差を拡大した。,貧困の増大が
2.
2
人口増加率と成長率の関係
相互扶助の慣習に守られてきた農村共同体を破壊
し、貧困層は都市のスラムへ流出した、と貧困の
マディソン(199
0)は198
0年を基準とする国
連の購買力平価(国際ドル)を用いて、主要な32
。
原因を分析している(pp.195―202)
1970年代にはローマ・クラブが 「成長の限界」
カ国について1
90
0年から1
9
87年までの1人当た
というレポートを公表し、先進国における資源の
りGDPを推計した。それによれば、OECD諸国
浪費と途上国における人口爆発が食糧危機と環境
とアジア途上国、中南米諸国と の 所 得 格 差 は
破壊をもたらし、地球を破滅に導くと警告した。
1
9
0
0年 時 点 で3.
7倍、2.
4倍 で あ っ た も の が、
しかし、人口増加圧力は確実に弱まっている。国
1
9
8
7年時点では5.
3倍、3.
4倍にまで拡大してい
連の人口委員会は2050年の地球人口を120億人と
る。1
9
8
7年の最貧国であるバングラデッシュと
予測していたが、2002年推計では89億人にまで
最富裕国であるアメリカとの格差は8倍から36倍
大幅に下方修正されている。Leibenstein (195
7)
に 拡 大 し た。し か し、こ の 間 の 人 口 増 加 率 が
らは出生率が低下する理由として、産業革命後に
OECD諸国0.
5パーセント、アジア2.
1パーセン
社会・経済システムが大きく変化し、労働立法や
ト、中南米2.
6パーセントであることを考える
教育制度が子供の養育コストを上昇させる一方、
と、地域的な所得格差の拡大は人口の増加に帰着
社会保障や保険制度などが老後保障としての子供
3)
。
できるとしている(pp.7―1
の効用を低下させたことを指摘し、さらに最大の
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*6 優等地と劣等地における農業生産費の差が地代として地主の懐に入る(速水(2
00
0)
、P.8
1)
。
2004年11月
第21号
81
要因は子供の死亡率が低下したため、子供の数を
る反面、人口増加率が高い(1.
85%)ブラジル
増やすことに対する親の限界不効用が増加したこ
の成長率は低い
(0.
25%)
など相関は弱い
(図1)
。
*7
とにある、と説明している 。
1913∼1
950年には石油を産出したベネズエラ
人口増加と経済成長の関係をプロットしたのが
が飛び抜けて高い成長率(5.
3%。人口増加率
図1、図2、図3で あ る。1
82
0∼1
91
3年 に さ か
1.
5%)を達成した他は、ほとんど相関がない(図
のぼると、移民が流入した新大陸のカナダ、アメ
2)
。1950∼19
94年 に は 日 本、韓 国、台 湾、中
リカ、オーストラリア、アルゼンチンの人口増加
国、タイなど高い成長(4.
3∼6.
2%)を記録し
率(2.
5∼5.
35%)と 成 長 率(1.
25∼1.
7%)が
た東アジア諸国の人口増加率が、日本(0.
9%)
正の相関を示している。しかし、人口増加率の低
を除くと比較的高い
(1.
7
5∼2.
6%)
。しかし、そ
い(1.
0
5%)ドイツでも1.
4%の成長を遂げてい
れ以外の国ではむしろ負の相関があり
(図3)
、戦
図1 人口増加率と成長率の関係 (18
20年∼1
913年)
1人当たりGDP成長率(%)
2.0
カナダ
アメリカ
ドイツ
1.5
アルゼンチン
オーストラリア
1.0
0.5
ブラジル
−1
0.0
0
1
2
−0.5
3
4
5
6
人口増加率(%)
図2 人口増加率と成長率の関係 (19
13年∼1
950年)
1人当たりGDP成長率(%)
6
ベネズエラ
5
4
3
2
コロンビア
1
−0.5
0
0.0
−1
0.5
−2
1.5
1.0
2.0
2.5
人口増加率(%)
図3 人口増加率と成長率の関係 (18
50年∼1
994年)
1人当たりGDP成長率(%)
7
韓国
台湾
6
日本
5
中国
4
タイ
3
2
1
0
0.0
−1
0.5
1.0
−2
1.5
2.0
2.5
3.0
3.5
4.0
人口増加率(%)
データ)Maddison(1
9
9
5)
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*7 速水(200
0)
、P.7
7
82
開発金融研究所報
後の貧困は人口増加が原因の一つと考えられる。
上回っている。しかし、大戦以前に高水準にあっ
たアルゼンチンとチリのほか、戦中期に急成長し
2.
3
所得水準と成長率の関係
たベネズエラも後退を続けているため、全体とし
。もともと所
て格差は縮小傾向にある(図2―5)
Maddison(1
99
5)のデータを用いて先進国の
得格差の小さいソ連・東欧では近年に格差はさら
1人当たり所得の平均を1として、各国の相対的
に縮小したものの、所得水準は相対的に低下して
な所得水準の変化を見ると、近年における格差縮
。
いる(図2―6)
小が顕著である。とりわけ西欧諸国では1994年
2.1節の図1―6を念頭において、1913年以降
の相対所得が最低の0.
8
9から最高の1.
1
6の間に
のMaddison(1995)のデータを用いて期間内の
。同様に、途
収斂している(図2―1、図2―2)
平均成長率を被説明変数とし、ウェイトつきGLS
上国の1人当たり所得が収斂しているかどうかを
(一般化最小2乗法)により対数表示の初期所得
見ると、アジアではほとんどの国の所得が途上国
の2次式に回帰させた結果が表1である。
log
(y0)
平均を下回って推移してきたが、近年において韓
1913∼1994年を推計期間として長期でみると
国、台湾(データのない香港やシンガポールも同
(ケース1)、log(y0)の係数がプラス、log(y0)
様)の急成長により、所得格差が大幅に拡大して
の2乗項の係数がマイナスであり、回帰曲線は
。
いる(図2―3)
1,
945ドル(1990年国際ドル)で頂点となる逆U
他方、アフリカでは全般的に所得が途上国平均
字型を示す。しかし決定係数(R2)で示される回
の半分以下に低下するなかで、高水準にあった南
帰式のフィットが悪く(R2が1に近いほどフィッ
アフリカの後退により格差は縮小している(図2
トがよい)
、成長率が所得水準の2次式で近似さ
―4)
。中南米では多くの国の所得が途上国平均を
れるとはいい難い。また、人口増加率と成長率の
図2―2 先進国の相対所得の推移(その2)
図2―1 先進国の相対所得の推移(その1)
先進国の1人当たりGDPの平均=1
先進国の1人当たりGDPの平均=1
2.5
2.0
フランス
ドイツ
イタリア
イギリス
オーストリア
ベルギー
デンマーク
フィンランド
オランダ
ノルウェー
スウェーデン
1.5
1.0
0.5
0.0
スイス
アメリカ
カナダ
ニュージーランド
オーストラリア
ギリシャ
アイルランド
ポルトガル
スペイン
日本
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
1820 1870 1913 1950 1973 1994
1820 1870 1913 1950 1973 1994
図2―4 途上国の相対所得の推移(アフリカ)
図2―3 途上国の相対所得の推移(アジア)
途上国の1人当たりGDPの平均=1
3.5
トルコ
バングラディシュ
ビルマ
(ミャンマー)
中国
インド
インドネシア
パキスタン
フィリピン
韓国
台湾
タイ
3.0
2.5
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
1820 1870 1913 1950 1973 1992
途上国の1人当たりGDPの平均=1
2.0
コートジボワール
エジプト
エチオピア
ガーナ
ケニア
モロッコ
ナイジェリア
南アフリカ
タンザニア
ザイール
1.5
1.0
0.5
0.0
1870
1913
1950
1973
1992
データ)Maddison(1
9
9
5)
2004年11月
第21号
83
関係も明らかではない(係数の有意水準が0から
る。山の右に位置する高所得国に限れば、2次曲
離れているほど説明力が弱い)
。他方、先進国を
線というより右下がりの直線で近似されており、
基準値とした地域ダミーの係数はいずれも有意に
初期所得が高いほど成長率が鈍化するという所得
マイナスであり、途上国の成長率は一般に先進国
収斂を示している。
の成長率より低いことを示している。したがって
大戦期の途上国ダミーは高い成長を達成した中
Barroの理論が正しければ、多くの途上国は所得
南米のみ有意にプラス、アジアと旧ソ連はマイナ
収斂の条件を満たしていないことになる。
スである(ケース2)
。大戦後はアジアがマイナ
次 に、大 戦 期 の1
91
3∼1
95
0年(ケ ー ス2)と
スから不明に転じる一方、中南米、アフリカ、旧
大戦後の1
9
5
0∼19
9
4年(ケース3)に分けて推
ソ連ダミーがいずれも有意にマイナスとなり
計してみると、回帰式のフィットが大幅に上が
(ケース3)
、とりわけアフリカと旧ソ連の成長
る。2次式の係数を用いて計算すると、大戦期は
率低下が著しい。さらに、大戦期は不明であった
1,
4
1
1ド ル で 山、大 戦 後 は1,
1
06ド ル で 山 と な
人口増加率と成長率の関係が、大戦後は有意にマ
図2―5 途上国の相対所得の推移(中南米)
図2―6 途上国の相対所得の推移(ソ連・東欧)
途上国の1人当たりGDPの平均=1
5.0
2.5
4.0
アルゼンチン
ブラジル
チリ
コロンビア
メキシコ
ペルー
ベネズエラ
3.0
2.0
1.0
0.0
途上国の1人当たりGDPの平均=1
2.0
ブルガリア
チェコスロバキア
ハンガリー
ポーランド
ルーマニア
ソ連
(ロシア等)
ユーゴスラビア
1.5
1.0
0.5
0.0
1820 1870 1913 1950 1973 1994
1820 1870 1913 1950 1973 1992
データ)Maddison(1
9
9
5)
表1 所得収斂理論の検証(基準値は先進国)
ケース1
Dependent Variable:1
9
1
3∼1
9
9
4年の成長率
Method: Pooled EGLS(Gross―section weights)
Gross―sections included:5
6
Total pool(unbalanced)observations:1
0
5
ケース2
Dependent Variable:1
9
1
3∼1
9
5
0年の成長率
Method: Pooled EGLS(Gross―section weights)
Gross―sections included:4
9
Total pool(balanced)observations:49
ケース3
Dependent Variable:1
9
5
0∼1
9
9
4年の成長率
Method: Pooled EGLS(Gross―section weights)
Gross―sections included:5
6
Total pool(balanced)observations:56
説明変数
係 数
標準誤差
t―値
有意水準
説明変数
係 数
標準誤差
t―値
説明変数
係 数
標準誤差
t―値
有意水準
定数
log(y0)
2
log(y0)
人口増加率
アジアダミー
中南米ダミー
アフリカダミー
旧ソ連ダミー
−3.
8
8
2
3.
5
3
9
−0.
5
3
8
0.
1
1
8
−1.
1
4
9
−0.
5
2
5
−1.
3
0
2
−0.
7
4
2
2.
4
4
2
1.
5
8
4
0.
2
5
5
0.
1
3
3
0.
3
9
9
0.
2
7
6
0.
3
0
4
0.
1
8
7
−1.
5
9
0
2.
2
3
4
−2.
1
1
0
0.
8
9
1
−2.
8
8
2
−1.
9
0
3
−4.
2
8
4
−3.
9
7
7
0.
1
1
5
0.
0
2
8
0.
0
3
7
0.
3
7
5
0.
0
0
5
0.
0
6
0
0.
0
0
0
0.
0
0
0
定数
log(y0)
2
log(y0)
人口増加率
アジアダミー
中南米ダミー
アフリカダミー
旧ソ連ダミー
−7.
9
0
7
5.
7
8
9
−0.
9
1
9
0.
0
2
6
−1.
4
8
9
0.
6
6
7
−0.
0
7
8
−0.
4
8
6
1.
9
5
2
1.
1
7
5
0.
1
7
5
0.
0
4
7
0.
0
6
5
0.
0
8
9
0.
1
2
8
0.
0
6
5
−4.
0
5
0
4.
9
2
8
−5.
2
5
6
0.
5
5
5
−2
2.
9
9
7.
5
3
6
−0.
6
0
7
−7.
4
2
9
定数
log(y0)
2
log(y0)
人口増加率
アジアダミー
中南米ダミー
アフリカダミー
旧ソ連ダミー
−2
0.
9
5
1
6.
7
9
−2.
7
5
8
−0.
7
4
4
0.
0
1
2
−0.
6
1
0
−1.
5
2
7
−2.
2
2
9
1.
3
6
1
0.
7
7
6
0.
1
1
1
0.
0
2
0
0.
3
2
5
0.
1
0
5
0.
0
5
3
0.
0
5
2
−1
5.
3
9
2
1.
6
5
−2
4.
8
7
−3
6.
4
4
0.
0
3
8
−5.
7
9
4
−2
8.
9
0
−4
3.
1
0
0.
0
0
0
0.
0
0
0
0.
0
0
0
0.
0
0
0
0.
9
7
0
0.
0
0
0
0.
0
0
0
0.
0
0
0
3.
0
7
5
2.
8
9
2
1
8
0.
3
3.
0
9
2
R2
1.
0
0
0
R2 adjust
1.
0
0
0
S.E.. reg
0.
7
6
9
F―stat
4
2
6,
3
8
0
Prob(F―st) 0.
0
0
0
1.
5
7
4
3.
3
2
7
R2
Resid sum2
Weighted Statistics
R2
R2 adjust
S.E.. reg
F―stat
Prob(F―st)
0.
7
9
3
0.
7
7
8
1.
3
6
3
5
2.
9
9
0.
0
0
0
Mean depend
S.D. depend
Resid sum2
D―W
0.
0
6
4
2
0
0.
9
Mean depend
D―W
データ)Maddison(1
9
9
5)
84
開発金融研究所報
0.
0
0
0
0.
0
0
0
0.
0
0
0
0.
5
8
2
0.
0
0
0
0.
0
0
0
0.
5
4
7
0.
0
0
0
Weighted Statistics
Unwewighted Statistics
R2
Resid sum2
有意水準
Mean depend
S.D. depend
Resid sum2
D―W
Weighted Statistics
−2
2.
0
3
1
9
1.
8
2
4.
2
6
0.
0
0
0
R2
1.
0
0
0
R2 adjust
1.
0
0
0
S.E.. reg
0.
9
6
4
F―stat
6
6
4,
4
7
2
Prob(F―st) 0.
0
0
0
Unwewighted Statistics
0.
4
5
0
2
8.
4
6
Mean depend
D―W
Mean depend
S.D. depend
Resid sum2
D―W
5
6.
9
8
2
8
0.
3
4
4.
5
9
0.
0
0
0
Unwewighted Statistics
0.
8
7
3 R2
0.
0
0
0 Resid sum2
0.
5
7
7
4
9.
8
3
Mean depend
D―W
2.
1
8
8
0.
0
0
0
イナスに転じており、戦後の人口増加が成長の抑
制要因であることを示唆している。
ウィリアムソン(2003)はリカードの発展理
論*8に基づいて産業革命におけるイギリスの経験
を次のように評価している。不均斉的な技術進歩
3.経済成長と国内の所得格差
が都市と農村の賃金格差を拡大する一方、
「穀物
法」によるパン価格の上昇が労働者の実質賃金を
「経済成長が所得格差を拡大するのか、縮小す
抑制し、地主と労働者の不平等を拡大した(pp.
るのか」という議論は、一国内の所得分布とその
。こうした旧勢力を温存する価格政策と、
53―61)
国の成長率との関係にも適用できる。
「経済発展
新興勢力によるそこからの解放がクズネッツ曲線
の初期に不平等が拡大し、経済が成熟するにつれ
を説明する一因である。Lewis(19
54)は持続的
て平等になる」というクズネッツ仮説は途上国に
な成長が労働需給を逼迫させ、賃金の底上げを通
も当てはまるのか。先進国では縮小した所得格差
じて成長の恩恵が貧困層に及んで初めて所得格差
が知識産業化の進展とともに再び拡大しているの
は縮小する、として生存賃金で無限弾力的に労働
か。こうした疑問に答えるために、3.
2節でジ
力を供給してきた農業の過剰労働が資本蓄積の進
ニ係数(不平等度を表わす指数)を被説明変数、
行により枯渇し、賃金が限界生産性曲線に沿って
初期の所得水準を説明変数とする回帰分析を行な
上昇し始める時点を「転換点」と呼んだ(速水
う。逆に、途上国における所得格差は成長促進的
(2000)
、p.87)
。
なのか成長抑制的なのかを解明するために、
1920∼1930年代の日本の所得分布を市町村の
3.
3節ではFinancing Gapモデルを用いて、3.2
税務データによって調べた南(199
6)は、当時
節で計測したジニ係数の予測値を説明変数とする
の所得不平等がきわめて深刻であった理由を次の
2段階最小2乗法による成長回帰分析を行なう。
ように説明している。大量の過剰労働力の存在が
労働分配率を低下させ、熟練労働力を温存した大
3.
1
クズネッツ仮説
企業と不熟練労働力を多く抱える中小企業の賃金
格差を拡大するなど、戦前の都市における所得分
アメリカ、イギリス、ドイツの経済の発展過程
布の悪化傾向は「過剰労働力を伴った経済成長」
と所得分布の推移を観察したKuznets(1
955)は、
の必然的帰結であった(P.7
2)
。日本の所得分布
発展段階が農業から工業へと進むにつれて国内の
が平等化に向かうのは、戦後の高度成長が過剰労
所得格差は広がるが、工業部門の賃金が上がり、
働力を解消し、賃金全体が上昇に転じた後であ
生産性の低い農業部門が縮小するにしたがって所
る。
得格差は縮小に向かう、という仮説を数値例に
国ごとに所得格差の推移を時系列でみたクズ
5)
。この関係は逆U字型
よって示した(pp.1
2―1
ネッツ曲線は、1人当たり所得水準でみた経済の
のクズネッツ曲線(経済発展の初期に所得格差は
発展段階に対応している。そのため、1時点の各
拡大するが、成長の過程で格差は縮小する)とよ
国の所得水準を横軸に、ジニ係数を縦軸にとった
ばれている。他方、戦後のインド、セイロン、プ
クロスカントリー・データでしばしば同様の議論
エルトリコ経済の観察を通じて、クズネッツは途
がなされる。クズネッツが先進国経済で観察した
上国における所得格差は先進国の発展段階初期に
逆U字曲線が普遍的な関係であれば、クロスカン
おける所得格差より大きく、経済成長を促すダイ
トリーで所得水準とジニ係数をプロットすると同
ナミズムが欠如しているため、先進国と同様の発
じようなカーブが描けるはずである。これは各国
展過程をたどる保証はない(p.2
4)
、と論じてい
が持続的な成長によって貧困層のボトムアップを
る。
実現すれば、所得の上昇にともなって曲線上を右
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*8 人口増加につれて食料価格が上昇を続ければ、非農業部門における資本利潤率はそれ以上の資本蓄積を不可能にするほど低く
なり、労働者の賃金は生存ぎりぎりの水準にとどまる反面、地主の地代所得は高止まりする、という停滞的均衡状態に陥るこ
とを「リカードの罠」という(速水(2
0
0
0)
、p.8
5)
。
2004年11月
第21号
85
に移動し、国内の所得格差が拡大から縮小へ変化
年国際ドル)とジニ係数をプールしてクロスカン
することを意味している。しかし、ジニ係数を分
トリーでプロットしてみると、ジニ係数の分布は
析したDeininger and Squire(1
9
96)は、長期の
1人当たりGDPがおよそ3,
000ドルの水準で山、
時系列で成立する関係をクロスカントリー・デー
17,
000ドルの水準で谷となる緩やかな3次曲線
*9
タで検証することに疑問を呈している 。
を描くため、クズネッツ曲線が高い所得水準で反
国内のダイナミズムをクロスカントリーで論ず
。他方、所得
転しているようにみえる(図3―1)
ることの問題点は、ある国で成長が加速して労働
水準を対数表示にしてプロットすると、低所得国
需要が増えたとしても、国境を越えた労働移動は
のデータが分散し、高所得国のデータが凝縮され
限定的なので、隣国の所得水準や所得分布に直接
るため、3,
000ドル前後を山とする逆U字曲線が
的な影響を及ぼさないことにある。貿易や対外投
。
当てはまる(図3―2)
資などを通じて間接的な影響はあるものの、経済
これらの図を念頭において、世銀のWDI統計
のダイナミック・プロセスは国ごとに固有の制度
(1995年ドル価格)のデータを用いて、Deininger
や慣習にとらわれているため、グローバル化の恩
and Squire(1996)のジニ係数が利用可能な62カ
*1
0
恵は限られているからである 。それにもかか
国に対してクズネッツ曲線の検出を試みる。推計
わらず、東アジアの新興工業国群は例外的に日本
に用いたデータによって同じグラフを描くと図3
を先頭とする雁行型経済発展を遂げ、貿易と直接
―3、図3―4の よ う に な る。1970∼1990年 代 の
投資を通じた技術の伝播により次々に産業高度化
ジニ係数を被説明変数とし、各年代の初期所得y0
を促す良循環を生み出したとされる*11。
に関する3次式、およびlog
(y0)
に関する2次式
を当てはめてみる。先進国を基準値として途上国
3.
2
所得水準と所得格差の関係
の地域ダミーを説明変数に加え、3期間のデータ
をプールしてウェイトつきGLSで推計した結果が
Barro(1
99
9)は何が不平等(ジニ係数)の決
表2である。
定要因か、という観点からクロスカントリーで推
、y3
y0の3次式を推計すると(ケース1)
0の係
計を行った。その結果、ジニ係数に中等教育の就
数もy2
0の係数も有意ではなかった。つまりクズ
学率、法による政治指数、民主主義指数などの変
ネッツ曲線は図3―1から予想されるような3次
数を回帰させた残差に対して、1人当たりGDP
曲線で近似されるとはいえない。そこでlog (y0)
の対数表示log
(y)
がプラス、log
(y)
の2乗項がマ
2
の係
の2次式で推計すると(ケース2)
、log
(y)
イナスの説明力を持っており、逆U字型のクズ
数が有意にマイナスとなり、1,
841ドルの水準で
ネッツ曲線を検出したとしている(Figure 5)
。
速
頂点となる逆U字型のクズネッツ曲線が検出され
水(2
0
0
0)は1
9カ国について、1
9
9
5年における
た。地域ダミーの係数はいずれも有意にプラスで
1人当たりGDPと19
8
0∼1
9
9
0年代におけるジニ
あり、先進国に比べて途上国における国内の所得
係数の関係を両対数目盛でプロットすると、
格差が大きいことを示している。ダミーの係数を
2,
0
0
0∼3,
0
0
0ドルあたりを頂点とする2次曲線
比較すると、とりわけ中南米の所得が不平等であ
がきれいにフィットするとしている(p.1
93、図
ることがわかる。
。
7―2)
次に、ケース2の回帰式に初等教育の就学率を
Maddison
(1
9
9
5)
とDeininger and Squire
(1996)
説明変数に加えて推計すると(ケース3)
、就学
のデータにより、1
960∼19
9
4年の所得水準(1990
率の係数は有意にマイナスとなり、初等教育がジ
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*9 Deininger and Squire(19
9
6)は国ごとの時系列でクズネッツ仮説を検証すると、およそ9割の調査対象国でU字型曲線は検
証されないとしている。また、経済成長と貧困の関係をみるにはジニ係数は不適当で、所得階層別に収入の増減を調べる必要
があると指摘している(p.5
73)
。
*10 Kuznets(1
9
5
5)は途上国の所得格差が先進国以上に大きく、低所得階層を底上げする政治的・行政的な圧力が希薄であるこ
とから、先進国で観察さた所得分布の推移が途上国で踏襲されるかどうか疑問があるとしている(pp.20―2
6)
。
*11 例えば、伊藤隆敏・他(2
0
00)を参照。
86
開発金融研究所報
図3―1 1人当たりGDP(購買力平価)とジニ
図3―2 1人当たりGDP(購買力平価:対数表示)と
係数の関係(1960∼1994年:4期間プール)
60
60
南アフリカ
50
オーストラリア
40
日本
アメリカ
スイス
30
20
韓国 台湾
インド
5,000
10,000
15,000
20,000
1人当たりGDP(1990年国際ドル)
フランス
40
30
カナダ
0
南アフリカ
ケニア
50
アルゼンチン
ジニ係数
ジニ係数
ジニ係数の関係(1960∼1994年:4期間プール)
20
2.5
25,000
韓国 台湾
インド
3.0
3.5
4.0
1人当たりGDP(1990年国際ドル:対数表示)
4.5
データ)Maddison(1
9
9
5)
, Deininger and Squire(1
9
9
6)
図3―3 1人当たりGDP(実質ドル)とジニ係
図3―4 1人当たりGDP(実質ドル:対数表示)とジニ
数の関係(1960∼1990年代:4期間プール)
60
係数の関係(1960∼1990年代:4期間プール)
60
南ア90s
南ア90s
スリランカ70s
50
フランス60s
フィンランド90s
40
日本80s
日本90s
中国90s
30
ジニ係数
ジニ係数
50
デンマーク
90s
スイス
80s
中国80s
ベルギー70s
中国70s
20
0
10,000
20,000
30,000
40,000
1人当たりGDP(1995年ドル価格)
スイス
90s
フィンランド90s
40
インド80s
30
中国80s
20
2.0
50,000
スイス90s
エジプト90s
ベルギー70s
中国70s
2.5
3.0
3.5
4.0
4.5
1人当たりGDP(1995年ドル価格:対数表示)
5.0
データ)世銀World Development Indicators, Deininger and Squire(1
9
9
6)
表2 所得分布(ジニ係数)の決定要因分析(基準値は先進国)
ケース1
Dependent Variable:1
9
7
0∼9
0年代のジニ係数
Method: Pooled EGLS(Gross―section weights)
Gross―sections included:6
2
Total pool(unbalanced)observations:1
3
5
説明変数
係 数
定数
4
0.
4
7
y0
−0.
0
0
1
y2
0.
0
0
0
0
y3
0.
0
0
0
0
アジアダミー −0.
9
9
1
中南米ダミー
7.
7
7
6
アフリカダミー
0.
2
3
7
ケース2
Dependent Variable:1
9
7
0∼9
0年代のジニ係数
Method: Pooled EGLS(Gross―section weights)
Gross―sections included:6
2
Total pool(unbalanced)observations:1
3
5
標準誤差
t―値
有意水準
1.
0
2
3
0.
0
0
0
0.
0
0
0
0.
0
0
0
1.
1
5
4
0.
6
9
1
1.
0
4
4
3
9.
5
8
−3.
1
6
4
1.
3
8
0
−0.
4
2
2
−0.
8
5
9
1
1.
2
5
0.
2
2
7
0.
0
0
0
0.
0
0
2
0.
1
7
0
0.
6
7
4
0.
3
9
2
0.
0
0
0
0.
8
2
1
定数
−1
6.
7
0
log(y0)
3
4.
3
4
2
log(y0)
−5.
2
5
9
アジアダミー
2.
1
2
2
中南米ダミー
7.
7
5
2
アフリカダミー
2.
1
9
8
説明変数
8
6.
0
1
1
1
2.
4
4,
7
6
5
0.
9
8
6
R2
R2 adjust
S.E.. reg
F―stat
Prob(F―st)
3
9.
2
5
0.
5
2
4
R2
Resid sum2
Weighted Statistics
R2
R2 adjust
S.E.. reg
F―stat
Prob(F―st)
0.
9
9
7
0.
9
9
7
6.
1
0
1
7,
5
6
2
0.
0
0
0
Mean depend
S.D. depend
Resid sum2
D―W
0.
4
1
8
4,
9
1
7
Mean depend
D―W
標準誤差
t―値
有意水準
5.
4
6
2
3.
4
0
3
0.
5
0
9
0.
6
8
2
0.
7
9
4
0.
6
2
3
−3.
0
5
8
1
0.
0
9
−1
0.
3
2
3.
1
1
4
9.
7
6
1
3.
5
2
5
0.
0
0
3
0.
0
0
0
0.
0
0
0
0.
0
0
2
0.
0
0
0
0.
0
0
1
定数
1.
5
9
4
log(y0)
2
7.
2
0
2
log(y0)
−4.
1
9
2
初等教育就学率 −0.
0
7
1
アジアダミー 1.
2
6
2
中南米ダミー 8.
1
2
6
アフリカダミー 2.
6
8
7
説明変数
8
1.
0
7
1
0
5.
3
4,
2
9
3
1.
2
4
5
R2
R2 adjust
S.E.. reg
F―stat
Prob(F―st)
3
9.
2
5
0.
5
9
2
R2
Resid sum2
Weighted Statistics
Unwewighted Statistics
R2
Resid sum2
係 数
ケース3
Dependent Variable:1
9
7
0∼9
0年代のジニ係数
Method: Pooled EGLS(Gross―section weights)
Gross―sections included:5
6
Total pool(unbalanced)observations:9
0
0.
9
9
7
0.
9
9
7
5.
7
6
9
8,
9
0
7
0.
0
0
0
Mean depend
S.D. depend
Resid sum2
D―W
Mean depend
D―W
標準誤差
t―値
有意水準
8.
5
6
0
5.
7
7
0
0.
7
9
0
0.
0
3
5
0.
9
0
3
0.
8
5
9
0.
7
1
6
0.
1
8
6
4.
7
1
4
−5.
3
0
4
−2.
0
3
7
1.
3
9
7
9.
4
5
9
3.
7
5
5
0.
8
5
3
0.
0
0
0
0.
0
0
0
0.
0
4
5
0.
1
6
6
0.
0
0
0
0.
0
0
0
Weighted Statistics
Unwewighted Statistics
0.
4
5
7
4,
5
8
8
係 数
0.
9
9
7
0.
9
9
7
5.
9
3
1
4,
9
5
9
0.
0
0
0
Mean depend
S.D. depend
Resid sum2
D―W
9
0.
0
6
1
0
8.
6
2,
9
1
9
1.
5
5
4
Unwewighted Statistics
0.
4
6
8
3,
1
0
8
Mean depend
D―W
4
0.
2
3
0.
9
3
2
データ)世界銀行World Development Indicators, Deininger and Squire(1
9
9
6)
2004年11月
第21号
87
ニ係数を低下させる、すなわち平等化を推進する
らの係数を用いて成長率に対するジニ係数の影響
結果となった。中南米とアフリカ・ダミーの係数
を計算すると、1人当たりGDPが2,
070ドル以下
は有意にプラスであるが、アジア・ダミーの係数
(1985年ドル価格表示)であればマイナス、そ
は有意でなくなった。アジアでは就学率が先進国
れを超えるとプラスの影響が及ぶ(p.2
1)
。すな
のジニ係数との差を説明しているとも考えられ、
わち、所得の低いアジアでは不平等が成長にマイ
就学率の上昇が先進国並みの所得平等につながる
ナス、所得の高い中南米では不平等が成長にプラ
可能性もある。
スの効果をもたらす、という結果を得ている。
ハロッド・ドーマーの成長モデルを開放経済に
3.
3
成長率と所得格差の関係
拡張したFinancing Gapモデル*12を用いて、途上
国に対して同様の推計を試みた結果が表3であ
経済成長と所得格差の関係を調べるために、
る。データは世銀のWDI統計 (1995年ドル価格)
Barro(1
99
9)はPenn World Tableのデータを基
から先進国を除く40カ国について1970∼1990年
にしたクロスカントリーの成長回帰分析に、
代の平均値をとった。被説明変数は1人当たり
Deininger and Squire(199
6)によるジニ係数を
GDPの成長率、ジニ係数以外の説明変数はGDP
説明変数に加えて推計したところ、1人当たり
に対する投資比率、輸入比率、FDI比率に加え、
GDP成長率から就学率や民主主義指数などのコ
アジアを基準値として中南米とアフリカの地域ダ
ントロール変数による説明力を除いた残差とジニ
ミーを導入した。
係数giniの間には相関が見られなかった(Figure
まず、ジニ係数を外生変数と仮定してウェイト
1)
。そこで、ジニ係数と1人当たりGDPの対数
つきGLSで推計すると(ケース1)
、ジニ係数は
表示との交叉項gini*log
(y)
を説明変数に加える
有意にマイナスの説明力を持ち、所得の平等が成
と、ジニ係数がマイナス、交叉項がプラスで有意
長促進的であることを示している。中南米とアフ
になった(Table 4、Figure 2、Figure 3)
。これ
リカ・ダミーの係数はともに有意にマイナスであ
表3 所得分布(ジニ係数)の成長促進(抑制)効果分析(途上国のみ:基準値はアジア)
ケース1
Dependent Variable:1
9
7
0∼9
0年代の成長率
Method: Pooled EGLS(Gross―section weights)
Gross―sections included:4
0
Total pool(unbalanced)observations:7
9
ケース2
Dependent Variable:1
9
7
0∼9
0年代の成長率
Method: Pooled IV/Two―stage EGLS(CS weights)
Gross―section included:4
0
Total pool(unbalanced)observations:7
9
Instrument list: c invs? imr? fdir? logyinit?
logyinit?^
2dlatin? dafrica?
ケース3
Dependent Variable:1
9
7
0∼9
0年代の成長率
Method: Pooled IV/Two―stage EGLS(CS w)
Gross―section included:3
6
Total pool(unbalanced)observations:5
4
Instrument list: c invs? imr? fdir? logyinit?
logyinit?^
2prima? dlatin? dafrica?
説明変数
係数
標準誤差
t―値
有意水準
説明変数
係数
標準誤差
t―値
有意水準
定数
投資比率
輸入比率
FDI比率
ジニ係数
中南米ダミー
アフリカダミー
1.
4
5
9
0.
1
5
3
0
2
6
−0.
0.
3
6
9
−0.
0
3
2
−2.
3
4
7
−1.
9
0
9
0.
8
7
9
0.
0
2
8
0.
0
0
9
0.
1
2
9
0.
0
1
2
0.
3
8
4
0.
3
2
1
1.
6
6
0
5.
5
3
0
−2.
9
2
5
2.
8
6
9
−2.
8
0
4
−6.
1
0
7
−5.
9
4
6
0.
1
0
1
0.
0
0
0
0.
0
0
5
0.
0
0
5
0.
0
0
7
0.
0
0
0
0.
0
0
0
定数
投資比率
輸入比率
FDI比率
ジニ係数(p)
中南米ダミー
アフリカダミー
2.
5
3
1
0.
1
3
8
−0.
0
2
3
0.
2
8
5
−0.
0
5
3
−2.
0
8
4
−1.
6
5
0
2.
3
5
2
0.
0
4
3
0.
0
0
9
0.
1
6
2
0.
0
4
1
0.
6
5
1
0.
6
8
2
1.
0
7
6
3.
1
9
4
−2.
5
6
3
1.
7
5
4
−1.
3
0
8
−3.
2
0
3
−2.
4
1
9
0.
2
8
6
0.
0
0
2
0.
0
1
3
0.
0
8
4
0.
1
9
5
0.
0
0
2
0.
0
1
8
定数
5.
2
0
2
投資比率
0.
1
0
6
輸入比率
−0.
0
1
6
FDI比率
0.
4
8
1
ジニ係数(p) −0.
0
9
1
中南米ダミー −2.
8
7
0
アフリカダミー −2.
2
8
7
2.
6
7
5
5.
0
1
9
2
1
5.
9
0.
0
0
0
R2
R2 adjust
S.E.. reg
D―W
2.
4
6
1
4.
5
2
9
2
2
5.
4
8
R2
R2 adjust
S.E.. reg
D―W
1.
9
5
3
1.
4
3
9
R2
Resid sum2
1.
9
5
3
1.
4
7
0
R2
Resid sum2
Weighted Statistics
R2
R2 adjust
S.E.. reg
F―stat
0.
8
9
0
0.
8
8
1
1.
7
3
2
9
7.
2
0
Mean depend
S.D. depend
Resid sum2
Prob (F―st)
Weighted Statistics
Unwewighted Statistics
R2
Resid sum2
0.
5
1
1
2
4
3.
3
Mean depend
D―W
説明変数
0.
8
5
9
0.
8
4
7
1.
7
6
9
1.
8
7
5
Mean depend
S.D. depend
Resid sum2
Instra rank
Mean depend
D―W
標準誤差
t―値
有意水準
1.
3
6
2
0.
0
2
8
0.
0
1
3
0.
1
5
2
0.
0
2
5
0.
4
8
5
0.
5
3
1
3.
8
2
0
3.
8
1
6
−1.
2
5
6
3.
1
6
5
−3.
6
7
2
−5.
9
1
5
−4.
3
0
7
0.
0
0
0
0.
0
0
0
0.
2
1
5
3
0.
0
0
0.
0
0
1
0.
0
0
0
0.
0
0
0
Weighted Statistics
Unwewighted Statistics
0.
4
9
9
2
4
9.
0
係数
0.
9
5
8
0.
9
5
3
1.
7
3
7
2.
1
9
3
Mean depend
S.D. depend
Resid sum2
Instra rank
3.
0
1
7
7.
9
8
5
1
4
1.
7
9
Unwewighted Statistics
0.
5
1
6
1
5
6.
0
Mean depend
D―W
1.
7
1
9
1.
9
2
6
データ)世界銀行World Development Indicators, Deininger and Squire(1
9
9
6)
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*1
2 Two―gapモデルともいう。詳しくはウィリアムソン(1
99
0)
「世界経済とマクロ理論」多賀出版p.21
3を参照。
88
開発金融研究所報
り、アジアより成長率が2∼3パーセント低いこ
な所得分配が人的資本への投資を容易にした、と
とがわかる。Barroにならって説明変数にジニ係
答えている(pp.91―93)
他方、1980年代における中南米と東アジアの
数と初期所得の交叉項を加えてみたが、交叉項の
係数は有意でなかった。
経済パフォーマンスを比較し、その差異の原因を
次に、成長率と所得水準、所得水準とジニ係数
追求したSachs(1985)は、
「為替レート管理と
の内生性を考慮して、2段階最小2乗法による推
貿易制度」の差異が最も大きいと結論づけてい
計を試みる。初期所得、初期所得の2乗、地域ダ
る*13。東アジアでは介入主義的な政府によって
ミーを操作変数として、表2・ケース2のジニ係
外資を輸出産業に振り向け、獲得した外資を債務
数の予測値を説明変数とするウェイトつきTSLS
返済に充てることができたのに対し、中南米では
で推計してみると(ケース2)
、ジニ係数の説明
都市労働者の政治的な圧力により保護主義的な貿
力は有意でなかった。そこで初等教育就学率を操
易・通貨政策がとられたためである、と指摘した
作変数に加えて、表2・ケース3のジニ係数の予
上で、その理由として東アジアでは戦後実施され
測値を説明変数としてウェイトつきTSLSで推計
た土地改革と分配政策により所得が比較的公平に
してみた(ケース3)
。すると、ジニ係数は再び
分配されていたために、政府は政治的な圧力を受
有意にマイナスの説明力を持つが、輸入比率の説
けることなく市場の効率化を進めることができ
明力が失われる結果となった。
た、としている。
1
9
6
0∼1
9
9
0年代のデータをプールして、成長
率とジニ係数の関係をクロスカントリーで見ると
、全体ではマイナスの相関があるもの
(図4―1)
の、国別に見れば動きは一様でない。相関係数を
図4―1 成長率とジニ係数の相関
(1960∼1990年代:4期間プール)
に対し、地域別にみるとアジア△0.
5
1、アフリ
カ△0.
5
3、中南米はプラスの0.
67であった。成
長率と初等教育就学率との相関をとると(図4―
2)
、全体での相関は不明であるが、地域別に見
る と ア ジ ア0.
5
4、ア フ リ カ△0.
14、中 南 米△
0.
0
6となり、アジア地域に限定すれば、教育は
1人当たりGDP成長率(%)
計算すると、サンプル全体では△0.
4
7であるの
きわめて大きな成長促進効果を持つことになる。
12
中国90s
日本60s
8 中国80s
4
香港90s
中国60s
ブラジル70s
日本70s
南ア
90s
0
−4
20
30
このように、地域によって成長要因が大きく異
ペルー
80s
ボリビア
コートジボアール
80s
40
50
60
ジニ係数
なる実態は、いずれの推計においても地域ダミー
が高い有意性を持つことにも反映されている。途
図4―2 成長率と初等教育就学率の相関
(1960∼1990年代:4期間プール)
トリー分析の手法に疑問が残ると同時に、推計に
用いた説明変数が途上国の構造的な差異を説明し
きれていないことを意味している。人的資本への
投資が成長の鍵を握る要因であると主張するウィ
リアムソン(200
3)は、なぜ学校教育に対する
投資が中南米で低く、東アジア高かったのかとい
う疑問に対して、小規模な稲作と大規模な農園の
ように異なった農業技術への初期の特化が二つの
全く異なる発展の道をたどらせ、東アジアの平等
1人当たりGDP成長率(%)
上国の地域的な構造の違いを無視したクロスカン
15
ボツワナ70s
ヨルダン70s
10
サウジ70s
5
中国90s
オマーン
70s
アルゼンチン
90s
0
−5
−10
20
ザイール70s
サウジ80s
イラク80s
40
60
80
100
初等教育就業率(グロス:%)
120
データ)世銀World Development Indicators
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*1
3 絵所秀紀(1
9
9
7)
「開発の政治経済学」pp.15
0―1
53による。
2004年11月
第21号
89
節約的な技術革新が知識労働者に対する超過需要
3.
4
先進国における所得格差の反転
を発生させる一方、IT技術に適応できない未熟
練労働者が供給過剰に陥り、労働市場が2極分解
国連統計を分析したGalbraith(2
0
03)は、国
に向かう可能性が指摘されている。先進国に対し
家間の製造業の賃金格差は19
8
0年代以降、北欧
て3次曲線が当てはまるとすれば、工業化を超え
と東南アジアを例外として確実に拡大しており、
た新しい技術革新の影響により、クズネッツ曲線
その原因は高金利、債務危機、急激な自由化など
の形状が変容することを示唆しているのかも知れ
グローバリゼーションにともなう弊害である、と
ない。IT革命後の知識社会への移行がマクロ経
批判している(p.178)
。貿易論が主張する「自
済、所得分布、労働市場などにいかなる影響を及
由貿易が要素価格(賃金)の均等化をもたらす」
ぼし、またそれが途上国にどのように波及してい
という命題は生産技術が一定であることを前提と
くかは、きわめて興味深い今後の研究課題であろ
しており、現実には資本移動によっても技術格差
う。
が容易に縮小しない実態を反映している。
アメリカでは製造業の賃金格差が拡大している
他、経営者によるストック・オプションの行使な
どを通じて一部の富裕層に富が集中する傾向が強
*1
4
4.おわりに
所得分布がより平等で高成長を実現しているア
まっている 。IT産業では知識労働者の高賃金
ジア新興国に共通しているのは、中所得層の貯蓄
を回避するために、コンピュータ・ソフトの開発
率と教育水準の高さである。これらの国では豊富
を中国やインドなどの途上国へ委託する動きがあ
な国内貯蓄が原資となり、物的のみならず人的投
る。他方、1
99
0年初のバブル崩壊により10年以
資が活発である。成長の源泉が工業からIT産業
上にわたって低成長が続いた日本では、1992年
へ移行するにつれて、知識労働者がスムーズに供
に1
3.
9パーセントであった家計の貯蓄率が20
01
給される土壌があり、賃金の全般的な上昇が期待
年には6.
9パーセントにまで半減したほか、世帯
される。反対に、所得分布がより不平等な中南米
*1
5
間の所得格差も拡大している 。また若年層の
やアフリカでは経済が長期的に停滞、または後退
雇用問題が深刻化する中で年金基金の持続可能性
している国が多数に上り、国家間の所得格差も広
が疑問視されるなど、世代間の所得格差も拡大す
がっている。本論で検証を試みたBarroの所得収
ると見込まれている。
斂理論もKuznetsの逆U字曲線仮説も、途上国の
先進9カ国における賃金格差を比較したBlau
地域ダミーがいずれも有意な説明力を持ってお
and Kahn(199
6)は、アメリカの賃金格差が他
り、地域に特有な経済成長のメカニズムを解明す
の国より大きい理由として、)個別的な賃金決定
る必要がある。
がなされていることにより、スキルがより高く評
価さる賃金体系となっている。*賃金階層の上位
[参考文献]
9
0∼5
0パーセントより、下位5
0∼10パーセントの
賃金格差の方が大きい。したがって低賃金に対す
伊藤隆敏・他(200
0)
「構造変化を伴う東アジア
る抑圧が格差を広げている。+低賃金労働者の比
の成長:新古典派成長論vs. 雁行形態論」
率が他の国より多い、などをあげている。また、
経済企画庁経済研究所 経済分析160号
多くの先進国において賃金格差が拡大していると
93)
。
の研究報告を引用している(p.79
2―7
こうした所得格差の反転の理由について、労働
J.ウィリアムソン(2003)
「不平等、貧困と歴史」
安場保吉・水原正亨訳 ミネルヴァ書房シ
リーズ・現代思想と自由主義論2
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*1
4 所得階層で上位2
0%に属する家計の所得合計が下位2
0%の所得合計に対する割合は、7
3年には7.
5倍であったのが96年には13
倍へと拡大している(高田太久吉(2
0
0
0)
「金融グローバル化を読み解く1
0のポイント」新日本出版社、p.1
7
6)
。
*1
5 橘木俊詔(1
9
98)
「日本の経済格差」岩波新書。
90
開発金融研究所報
絵所秀紀(1
9
97)
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