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更なる安全・安心のためのリスク管理

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更なる安全・安心のためのリスク管理
「環境リスク管理」の解説
更なる安全・安心のためのリスク管理
~「化学物質」の暴露による環境リスクの低減をめざして~
川崎市環境局環境対策部企画指導課
平成23年度
Contents
1 はじめに
2 リスク管理入門のための基礎知識
2-1
2-2
2-3
2-4
2-5
2-6
「化学物質」とは
「化学物質」の排出に係る主体
環境リスクとは
環境リスク評価の特徴
「化学物質」の適正管理及びリスク管理
持続可能な発展に向けた取組・技術
3 「化学物質」の排出の削減手法及び法令等の特徴
3-1 「化学物質」の排出の削減手法とは
3-2 「化学物質」に関する法令等の特徴
4 川崎市のリスクコミュニケーションに関する取組
5 川崎市の環境リスク評価に関する取組
5-1 市域の環境リスク評価
5-2 事業所周辺の環境リスク評価
6 川崎市が求めるリスク管理に関する取組と目標
6-1 リスク低減の必要性
6-2 リスク低減のための具体策
6-3 リスク低減によって事業者はどんな利益があるのか?
1 はじめに
【本解説作成の背景と目的】
川崎市では、2011 年に改定した環境基本計画において、化学物質の環境リスクを低減し、環境汚染を
防ぐことにより、
「安心して健康に暮らせるまちをめざす」こととしています。
これからは、市民の求める更なる安全・安心をより確かなものにするため、リスク評価に基づく、環
境リスクの低減を目的としたリスク管理を実践していく必要があります。
その具体的な環境リスクの低減対策としては、各々の事業所でリスクの観点から優先的に取組む物質
を認識した上で、事業者による事業所周辺における環境リスク評価を実施し、その評価結果に基づいて
自主的な管理(計画的なリスクの低減)を推進していくことが重要になっています。
効率的なリスクの低減をめざす自主管理を実践するためには、リスク管理(リスクの実態を把握し、
リスク低減の費用等、実行の裏づけが確保された状態で、効率的なリスク低減策をマネジメントするこ
と)が不可欠です。川崎市における化学物質の環境リスク低減の取組は、国の「第三次環境基本計画」
、
及び日本をはじめとした多くの国々及び多くの国際機関によって承認されている「WSSD2020 年目標」
(※
コラム欄参照)とその目的を同じくするものです。
川崎市の改定環境基本計画に規定される化学物質の環境リスク低減における具体的な目標としては、
「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律(以下「化管法」という。
)
での届出排出量の削減を継続すること」等を掲げ、さらに重点目標としては「2008 年度基準年として、
2018 年度までに、特定第一種指定化学物質の排出量を 30%削減すること」を掲げています。
「安心して
健康に暮らせるまちをめざす」ためには、目標達成はもちろんのこと、安心を確保するため、最大限の
リスクの低減・最小化が求められています。
この「リスク管理」の解説は、
「リスク管理」に係る全般の基礎知識・理念を解説するとともに「リス
ク管理」の必要性を普及・啓発するために作成するものです。
まず初めに、導入部として、
「化学物質」をめぐる問題点及び認識すべき重要事項等、リスク管理入門
のための基礎知識について確認していきます。
コラム
2002 年 9 月に開催された持続可能な開発に関する世界首脳会議(WSSD)において、アジェンダ 21 の 10 年間の進捗を踏まえ、
ヨハネスブルク実施計画基づいて、化学物質管理に関しては、次のような世界共有の中長期目標に合意しました。
○予防的取組方法に留意しつつ、透明性のある科学的根拠に基づくリスク評価手順を用いて、2020 年までに全ての化
学物質を人の健康や環境への影響を最小化する方法で生産・利用されること。(WSSD2020 年目標※)
○その実現のための道筋として、国際化学物質管理戦略(SAICM)を 2005 年にまでに策定する。
なお、2006 年 2 月に、ドバイにおいて、第 1 回国際化学物質管理会議(ICCM1)が開かれ、そこで SAICM が採択されました。
参考資料:環境省「国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ(SAICM)の概要」http://www.env.go.jp/chemi/saicm/index.html
環境省「我が国の化学物質対策のこれから」http://www.env.go.jp/chemi/kagaku/korekara.pdf
pg. 1
2 リスク管理入門のための基礎知識
2-1 「化学物質」とは
(1)
「化学物質」とは何でしょう?
【ポイント】この解説で用いる「化学物質」の定義
■「化学物質」とは、あらゆる原材料とその製品及びその廃棄物の構成成分であり、
「物質」と同義語で
す。
「化学物質」には、天然に採取されるもののほか、石油などを原料として人工的に製造されるものが
多くあります。これらの「化学物質」は、そのまま利用されたり(薬など)、さらに他の「化学物質」
と混合されて製品化されたり(塗料やインキなど)、部品の一部となって成形品に組み込まれたり(プ
ラスチック材料など)と、様々な形で私たちの周りで利用されています。このように、あらゆる原材料
とその製品(中間製品及び副生成物も含む)及びその廃棄物(製品製造過程での廃棄物及び市民が使用
後の廃棄物を含む)は、
「化学物質」によってできています。
なお、
「化学物質」を対象とする法令は数多くありますが、それぞれの法令の目的の違いなどより、
「化
学物質」の定義も異なります。例えば、化管法では、第 2 条第 1 項に基づき、
「元素及び化合物(放射性
物質を除く)
」と定義されています。また、化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(以下「化審
法」という。
)では、第 2 条第 1 項に基づき、
「元素又は化合物に化学反応を起こさせることにより得ら
れる化合物(放射性物質や毒物及び劇物取締法、覚せい剤取締法、麻薬及び向精神薬取締法の規制物質
を除く)
」と定義されています。
この解説では、
「化学物質」とは、あらゆる原材料とその製品及びその廃棄物の構成成分であり、
「物
質」と同義語と定義します。
(2)
「化学物質」は、どのような影響を与えているのでしょう?
【ポイント】
■「化学物質」は、環境中に排出して、人の健康や生態系に悪影響を及ぼすことがあります。
私たちの身の回りには様々な「化学物質」があり、暮らしを豊かにしていますが、「化学物質」は全て
程度の差はあるものの有害性を有しており、その中には適切な管理がなされていないことによって、人の
健康や生態系に悪影響を及ぼすものが少なくありません。
有害性を示す「化学物質」が、その製造工程、あるいは「化学物質」を含有する製品の使用中や最終的
に廃棄される過程で環境中に排出して、人の健康や生態系に影響を及ぼす可能性があります。
「化学物質」による有害影響は過去にも多くの事例を経験(水俣病など)してきました。これからもこ
の様な事故が起こる可能性は否定できません。何故なら、現在使用されている「化学物質」がどの様な有
害性を有し、どの程度のリスクがあるか不明なものが多いからです。この様な現状から、地球環境と生態
系を守り、人の健康への悪影響を防ぐため、「化学物質」の適切な管理が求められている訳です。
(3)
「化学物質」は、どんな有害性を示すのでしょう?
【ポイント】
■「化学物質」が、人の健康に対して示す有害性には、表1に示す様に多くの指標があります。
■「化学物質」が、生態系に対して示す有害性は多岐にわたっていますが、一般に水生生物に対して示す
有害性には、その生死、生長あるいは成長、繁殖等の指標があります。
環境中に排出された「化学物質」は、人及び環境中の生物(生態系)等に影響を与えます。
pg. 2
人に関して、例えば、
「化学物質」の中でも、食塩は人体に必要な成分ですが、塩分の濃い食品の取り
過ぎは高血圧を発症します。また、アルコール飲料も、飲みすぎると急性や慢性の中毒を起こします。
このように、
「化学物質」には、少量では実害が現れないものもありますが、
「一度に大量に摂取(高濃
度短期暴露)
」又は「少量でも長期間にわたって摂取(低濃度長期暴露)
」すると健康を害するものがあ
ります。
人の健康に対して「化学物質」が示す有害性に関する代表的な種類を、表1に示します。
表1 人の健康に対する「化学物質」の有害性の分類例
一般毒性
1
2
3
急性毒性
亜急性毒性
慢性毒性
1回又は短時間暴露した時に短時間で現れる毒性をいいます。
数週間から3ヶ月以内の比較的短期間の反復暴露により現れる毒性をいいます。
長期間の継続暴露(反復投与)により引き起こされる毒性をいいます。
特殊毒性
1
刺激性
2
感作性
3
発がん性
4
変異原性
5
生殖・発生
毒性
6
神経毒性
化学物質に接触することによって皮膚、眼又は呼吸器に炎症性反応を引き起こす性質
をいいます。
アレルギーを起こさせる性質で、特定の抗原を認識し、同じ抗原に再度暴露すること
により抗原-抗体反応を起こし強く反応するようになる性質をいいます。
化学的要因、物理的要因、生物的要因などが、ヒトにがんを発生させる能力を持つ性
質で、がん原性ともいいます。
化学的要因、物理的要因が遺伝形成を担うDNAや染色体に作用し、突然変異を誘発する
性質をいいます。
雌雄両性の生殖細胞の形成から、交尾、受精、妊娠、分娩、哺育を通して、次世代の
成熟に至る一連の生殖発生の過程のいずれかの時期に作用して、生殖や発生に有害な
作用を引き起こす性質をいいます。
【催奇形性】
受精卵が胎児に発達する個体発生のかなり早い段階で、胎児に外観的又は解剖学的な
奇形を発生させることがあります。このように、胎児に奇形を起こす性質のことを、
催奇形性といいます。催奇形性には、サリドマイドなどの化学物質(そのほか、物理
的因子(放射線など)
、生物的因子(ウイルスなど)
、生理的因子(絶食など)
、環境因
子(酸素欠乏など)
、遺伝的因子等)が知られています。
化学物質や 放射線などの化学的あるいは物理的要因による神経系の化学的作動、構造
及び機能に対する有害作用をいいます。
参考資料
経済産業省「化学物質のリスク評価のためのガイドブック」
http://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/law/prtr/pdf/guidebook_jissen.pdf#search='経済産業省 化学物質のリスク評価のためのガイドブック'
EICネット「催奇形性」http://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=view&serial=960
次に、
「化学物質」が生態系、特に、水生生物に及ぼす有害性には長期毒性と急性毒性があります。な
お、水生生物に対する「化学物質」の有害性は、国際的に試験方法が標準化されている藻類、甲殻類、魚
類の3つの試験生物種の試験結果から求めます。これら水生生物を用いた試験のデータから、試験の期間
と観察項目 (生死、生長あるいは成長、繁殖等) により、表2の分類例で示すように、分類されます。
表2 水生生物に対する「化学物質」の有害性の分類例
対象生物 慢性(長期)毒性
藻類
生長阻害(生長速度)
急性(短期)毒性
生長阻害(生長速度)
pg. 3
甲殻類
魚類
72あるいは96時間の試験期間で、NOEC、EC10判定
72あるいは96時間の試験期間で、EC50判定
致死、繁殖、成長
遊泳阻害、致死
7日以上の試験期間で、NOEC判定
24あるいは48時間の試験期間で、EC50、LC50判定
致死、繁殖、成長、発達(重大な奇形等)
致死
21日以上の試験期間で、NOEC、LOEC、LC50判定
96時間の試験期間で、LC50判定
LC50:1群の試験生物の 50%が死亡すると予想される濃度
EC50:1群の試験生物の 50%が影響を受けると予想される濃度
EC10:1群の試験生物の 10%が影響を受けると予想される濃度
LOEC:ある観察項目に関して有害性が統計学的又は生物学的に有意に認められた最低の濃度
NOEC:投与(暴露)群と対照群との間でいかなる影響の頻度又は強度が統計学的又は生物学的に有意に増加しない濃度
参考資料
経済産業省「化学物質のリスク評価のためのガイドブック」
http://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/law/prtr/pdf/guidebook
化学物質の初期リスク評価書作成マニュアル Ver.2.0 (NEDO・CERI・NITE,2007)
(4)
「化学物質」の暴露形態には、どんなものがあるでしょう?
【ポイント】
■「化学物質」の示す有害性のうちでも、
「化学物質」が引き起こす「望ましくないことが起こる可能性
(リスク)
」の発生形態、暴露形態は次に示す4つに区分することが出来ます。
【環境リスク】
、
【作業者へのリスク】
、
【製品リスク】
、
【事故時のリスク】
「化学物質」の暴露形態ごとによる分類では、すなわち、
「化学物質」のリスクには、表3に示すよう
に、4 種類の暴露形態でのリスクが存在します。なお、本解説では、
「環境リスク」について、説明しま
す。
なお、
「リスク」とは、望ましくないことが起こる可能性のことをいいます。
「
「化学物質」のリスクの
大きさは、
「化学物質」の「有害性(ハザード)
」の強さと「暴露」の量で決まります。強い有害性の「化
学物質」であっても、暴露量が少なければリスクは小さく、逆に、低い有害性の「化学物質」であって
も暴露量が多いとリスクは大きくなります。
「化学物質」の有害性とは、その「化学物質」の固有の性質として(及ぼす可能性のある)有する毒
性のことであり、その種類と強さは毒性試験等の結果から得られます。ここで用いている「暴露」とは、
人や環境中の生物が「化学物質」と接触することです。その経路には、呼吸による「吸入暴露」
、飲食物
等を介した「経口暴露」
、皮膚に接触することによる「経皮暴露」があります。
表3 「化学物質」に懸念されるリスクの種類
事業所から大気や水などの環境中に日常的に排出された化学物質によって、周辺
1 環境リスク
環境における人の健康及び環境中の生物に生じるリスク
2
作業者へのリスク
事業所の作業者が、取り扱っている化学物質を吸い込んだり、触れたりすること
で、人(作業者)の健康に生じるリスク
3
製品経由のリスク
製品に含まれる化学物質によって、人(消費者等)の健康及び環境中の生物に生
じるリスク
4
事故時のリスク
爆発や火災などの突発的な事故によって、設備などのモノ、及び人の健康や環境
中の生物に生じるリスク
参考資料:経済産業省「化学物質のリスク評価のためのガイドブック」http://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/law/prtr/pdf/guidebook
pg. 4
(5)
「化学物質」の功罪とは、何でしょう?
【ポイント】
■「化学物質」は、現実社会において、ベネフィット(便益)とリスク(危害発生のおそれ)という二つ
の側面(功罪)を持っています。
これまでの説明で明らかにしたように、
「化学物質」の中には、例えば、その「化学物質」の製造・保
管・使用・廃棄の過程から周辺環境に排出され、人や生態系に毒性を示す物質があります。もちろん、
普及が進み、使用量が多く、明確に毒性があることの検証がされた「化学物質」については、様々な法
律に基づいて、一定の規模要件を満たす「化学物質」の使用・処理施設(環境負荷が特に大きいとみな
されるもの)に対して、排出基準設定等の規制が実施されています。
しかし、現在、流通している「化学物質」の数があまりにも多く(約5万種類)
、毒性の検証は少しず
つしか行われていないのが実態です。特に、大多数の事業者にとって、できる限り安い費用で「化学物
質」を生産・管理し、利潤を追求することが企業目的の一つであることから、一般的に規制(大気汚染
防止法、水質汚濁防止法等)の無い「化学物質」については、処理装置を設置する等低減に向けた取組
が遅くなる傾向にあります。また、それらの物質には詳細な毒性評価がされていないものが多くなりま
す。ただし、安い生産・管理費用で生産された製品は、低価格で市民に提供できる可能性が高まります。
結局、現時点で未規制となっているものも含めた全ての「化学物質」は、
「化学物質」が持つベネフィ
ットに着目して社会から必要とされるため、その需要に応えて生産されており、我々の仕事、事業や生
活に役立って(地域社会全体として恩恵を受けている。
)います。しかし、このベネフィットを享受する
ために、しばしば意図して、又は意図せずに「化学物質」が環境中へ排出され、人や生態系に有害性を
示す危険性(リスク)に曝されているという実態としての側面があります。例えば、そのリスクの結末、
すなわち、
「化学物質」が引き起こした罪・事件として、水俣病、イタイイタイ病や四日市喘息等、痛ま
しい犠牲を強いた過去の公害が思い起こされます。
このように、
「化学物質」は、現実社会において、ベネフィットとリスクという二つの側面(功罪)を
持っています。
コラム
【
「化学物質」のベネフィット】
今日、私たちの身の回りには、たくさんの「化学物質」が様々な用途で利用されており、生活の向上に大きく寄与してい
ます。例えば、病気を治す新薬、効目の高い農薬・殺虫剤、食品の腐敗を長時間防止する食品添加物、丈夫で・軽く・安く
かつその他多くの付加価値を持つ服地・建材・容器・機器部品、又は、様々な製品の性能を向上させる添加剤等、有機・無
機化学(化学は有機化学と無機化学の二つの分野に分類される)が達成した成果には枚挙に暇がありません。現在、そのよ
うな主な「化学物質」は世界で約10万種にのぼり、国内で日常的に接触する可能性のあるものだけでも約5万種もあると
いわれています。このように、私たちは、
「化学物質」の有用性に着目し、多くの「化学物質」に囲まれて、昨日よりも更に
快適に、人が求める尽きることのない「更なる高次元の精神的・物理的充足感の探求心」
、すなわち、高い「生活の質」
(QOL:
Quality of life)※を実現してくれるための日常生活に不可欠な素材(ツール)として「化学物質」を捉えています。
※
「生活の質」
(QOL:Quality of Life)人の幸福度の包括的な指標のこと。
【
「化学物質」の環境リスク】
私たちは、様々な「化学物質」に依存し、それら「化学物質」に密接に囲まれた生活をしています。また、それら「化学
物質」の製造・取扱事業所が近隣地域社会に存在しているため、
「化学物質」の製造・保管・使用・廃棄の過程から、意図し
ていないにも関わらず、周囲に排出される「化学物質」及び、又は二次生成する「化学物質」を、空気、水、食物と一緒に、
無意識のうちに、体内に取り入れてしまっているのです。このように、私たちが意図せず、私たちの体に暴露されてしまっ
ている「化学物質」の多くは、生体に必要な栄養素とは異なり、生体に本来存在している物あるいは不可欠な物とは無縁で
あって、生体異物(ゼノバイオティクス:xenobiotics)と呼ばれ、それらの中には、低濃度でも長期間暴露されるという環
境下で、生体に何らかの悪い影響、すなわち「毒性」の発現を引き起こすリスクのあるものがあることが知られています。
pg. 5
【薬という「化学物質」
】
16世紀の科学者パラケルススは、
「あらゆる物質は毒である。ただ、その用量だけが、毒と薬の区別をもたらす。
」と述
べています。すなわち、人が病気の際、その病気を治すため、特定の生理反応を起こすことを目的に、特定の限られた「化
学物質」
(特定の生理活性のみを阻害することによって「ハザード」が発現するメカニズムが明らかになっているもの)につ
いて、コントロールされた量を体内に取り込めば、薬として機能するものもありますが、コントロールされることなく、不
必要に取り込まれた「化学物質」は、全て、健康障害を誘発する毒として機能するリスクを持つことになります。
「薬」とは、人の QOL を高める「ベネフィット」を持つ「化学物質」でなければなりません。
薬の副作用は、表3に示す「製品経由のリスク」に含まれることになります。
2-2 有害な「化学物質」の排出に係る主体
【ポイント】
■有害な「化学物質」の排出に係る主な当事者には、その「化学物質」を取扱う事業者及びその「化学物
質」を含有する製品を使用する市民の2つの主体が存在します。この2者は、各自の立場で、有害な「化
学物質」の排出防止措置を図る必要があります。ただし、最も抜本的・効果的な対応を図れるキープレイ
ヤーは、有害な「化学物質」の情報に精通し、それを取扱う事業者です。
有害な「化学物質」の排出に係る主な当事者には、その「化学物質」を取扱う事業者(
「化学物質」を
原材料とした製品製造等の様々な事業活動を行う者)及びその「化学物質」を含有する製品を使用する
市民の2つの主体が存在します。この2者は、各自の立場で、有害な「化学物質」の排出防止措置を図
る必要があります。
ただし、この2者の中で、排出について、最も大きな影響力、責任を負うべき主体は、有害な「化学
物質」の情報に精通し、それを取扱う事業者です。なぜなら、事業活動においては、集中的に、かつ多
量の「化学物質」を取扱うことになる(排出量が多い)からであり、また、市民が、より有害性が少な
くかつ飛散の少ない製品を選択できるか否かは、製品を製造・供給する事業者しだいであるといえるか
らです。
例えば、2008 年(平成 20 年度)の川崎市における化管法(PRTR 制度)の届出・届出外の排出量に係
る集計結果では、全排出量(2,810 トン)に占める事業者(届出分と届出外対象業種・非対象業種分の
合計)の排出割合は 73%、家庭からの排出割合は 8%、自動車などの移動体からの排出割合は 19%となっ
ております。この PRTR データからも、事業者による事業活動に伴う排出量が多いことが分かります。
2-3 環境リスクとは
【ポイント】
■有害性とは、
「化学物質」が人の健康や生態系に有害な影響を引き起こす毒性のことです。これに対し
て、
「環境リスク」とは、
「化学物質」が「有害性な影響を引き起こす度合い」のことです。その大きさは、
次のとおり有害性の強さと「化学物質」への暴露量で決まります。
◎環境リスク(有害な影響を引き起こす度合い)=有害性(ハザード)× 暴露量(摂取量)
■「化学物質」の有害な性質は固有のもので無くすことはできませんが、管理を徹底し、排出防止に努め
ることで、その有害性によって引き起こされる「環境リスク」を低減することができます。
■従来の「有害性に基づく化学物質管理」から、
「環境リスクに基づく化学物質管理」に移行する必要が
あります。
「化学物質」を取扱う多くの事業者にとって、
「化学物質」の持つ有害性に対する意識は比較的高く、
従来、
「化学物質」は、しばしば、その物質の持つ急性毒性・慢性毒性・発がん性・変異原性・催奇形性・
感作性等の「有害性(ハザード)
」に基づいた管理がされてきました。
pg. 6
しかし、従来の「ハザード」管理では、
「化学物質」の環境への排出の意識が欠けていました。
これからは、その「化学物質」が人や生態等にそのハザードに基づく「有害な影響を引き起こす度合
い」すなわち「環境リスク」に基づいた管理が求められています。
なお、近年、化審法が改正されております。この法律における規制は平成 21 年に改正されており、改
正前は「化学物質」の有害性に基づいていましたが、改正後は、
「化学物質」のリスクに基づいていたも
のに変更されています。
「有害性(ハザード)
」と「環境リスク」の関係は、次のとおりです。
環境リスク(有害な影響をを引き起こす度合い)=有害性(ハザード)×暴露量(摂取量)
この式は、有害性を持つ「化学物質」が周辺環境に排出し、それによって、その周辺環境に所在して
いた人や生態が「化学物質」にさらされた場合、
「化学物質」の有害性だけでなく、例えば人では、接触・
吸入・飲食(捕食)の過程で、その「化学物質」を取り込んだ量(暴露量(摂取量)
)に基づいて有害な
影響を生じるリスクが高まることを示しています。従って、次のことがいえます
○どんなに毒性が強くとも暴露量が極小なら、リスクは小。
○どんなに毒性が弱くとも暴露量が大量なら、リスクは大。
「化学物質」が持つ本質的な有害性を無くすことはできませんが、管理を徹底し、排出防止に努めて
暴露量を減らすことで、その有害性によって引き起こされる「環境リスク」を低減することができます。
実際には、有害性が非常に強いことが明確になっている「化学物質」については、規制や基準値の適
用により、管理が厳重で、環境への排出について、厳重な注意が払われることとなります。
しかし、それ以外の物質で規制基準が設定されない場合は、管理の優先順位が後回しにされる傾向が
高くなります。特に、問題は、市場に流通する大多数の「化学物質」
(約5万種類)は、人や生態等に対
してどのような有害性を示すかが明らかにされていないことです。
国は、既存「化学物質」について毒性試験を行ない、その有害性を明らかにするとともに環境リスク
評価を毎年実施して有害性を明らかとした「化学物質」の数を増やす努力をしていますが、一層の迅速
な取り組みが必要です。一方、新規に開発された「化学物質」については、製造又は輸入する企業が上
市前に有害性を確認し、リスク評価を実施することが求められています。
pg. 7
2-4 環境リスク評価の特徴
【ポイント】
■環境リスク評価とは、評価対象とする「化学物質」について、有害性評価と暴露評価を行い、両者の結
果を考慮することによってリスクの程度を判定するものです。
■環境リスク評価の方法論として、人に対するリスク評価では、
「閾値のある場合」と「閾値がない場合」
に区分されます。閾値とは、それ以下では有害性を生じないとされる量を示します。
■「閾値のある場合」は、無毒性量(一生涯、毎日摂取しても、病気などの悪い影響が出ない最大量)と
暴露量(摂取量)を比較することにより行います。
■「閾値がない場合」
(DNA に傷害を及ぼしてがんを発症させる場合が該当)については、
「化学物質」に
暴露されたことによるがん発生確率の増加分が、他の要因によるリスクと比較して十分に低いかどうかと
いう考え方に基づき行います。平成8年中央環境審議会大気部会においては、基準とすべき「リスクレベ
ル」を 10-5(10 万人に 1 人が発症する確率)としています。
「閾値のない物質に係る環境基準の設定等に当たってのリスクレベルについて」……「リスクレベルは個別
物質毎に考える必要はなく、一律に定めてよい。現段階においては、生涯リスクレベル 10-5(10 万分の 1)
を当面の目標に、有害大気汚染物質対策に着手していくことが適当」と考えられる。
平成8年中央環境審議会大気部会「閾値のない物質に係る環境基準の設定等に当たってのリスクレベルについて」からの抜粋
「化学物質」の環境リスク評価とは、評価対象とする「化学物質」について、人の健康及び生態系に対
する有害性を特定し、用量(濃度)-反応(影響)関係を整理する「有害性評価」と、人及び生態系に対
する「化学物質」の環境経由の暴露量を見積もる「暴露評価」を行い、両者の結果を考慮することによっ
てリスクの程度を判定するものです。また、環境リスク管理のための施策を念頭に置きつつ、多数の「化
学物質」の中から相対的に環境リスクが高そうな物質を明らかにするために実施するものです。
「化学物質」に暴露されることにより発現する様々な毒性症状(発がん性、呼吸器疾患、体重減少等)
は、
「化学物質」により異なっています。そこで有害性評価では、さまざまな毒性症状の中から安全等に
かかわる評価項目(以下「エンドポイント」という。
)を設定し、その「化学物質」が示す有害性の性質
と、量(濃度)と影響の大きさの関係性を整理します。これに基づき、環境リスク評価には、大別して、
次のような2つの手法があります。
ひとつは、「閾値がある場合」と呼ばれる手法です。図1に示すように、
「化学物質」の体内への取り
込み量がある量を下回ると影響が全く出なくなることがあります。この『それ以下では影響を生じない
量』は「閾値」と呼ばれています。一方、DNA に直接傷害を及ぼす発がん性(例えば、ベンゼン)につ
いては閾値がないとされています。閾値がないということは、体に取り込む量が少しでもあれば影響が
現れてしまうことを意味します。リスク評価における有害性評価では、閾値がある場合とない場合に分
けて行うのが一般的です。
閾値があるものについてのリスク評価は、無毒性量(NOAEL:No Observed Adverse Effect Level)と
暴露評価により推定された摂取量とを比較することにより行います。無毒性量とは、一生涯、毎日摂取
しても、病気などの悪い影響が出ない最大量のことをいいます。なお、
「人の無毒性量については、ボラ
ンティアによる試験や過去に労働者が事故等で暴露した経験値等に基づく疫学調査結果から、算出され
る場合もありますが、人の疫学調査結果が得られない場合は、動物実験の毒性データから、人の無毒性
量を推定することとなります。その場合、動物と人の違い(種差)による不確実性により環境リスクが
小さく見積もられることがないように、不確実性を調整するための係数を用い(一般的には 10 倍の安全
率をみる)
、動物での有害性から人への有害性を推定することが一般的です。さらに、人への有害性を最
終判断する際には、人による違い、すなわち、個人差を考慮して、不確実性を調整するための係数を用
い(一般的には 10 倍の安全率をみる)
、個人差に基づく人への有害性を推定することが一般的です。
図2には、LOAEL と NOAEL の関係を示します。LOAEL(最小毒性量:Lowest Observed Adverse Effect
Level)とは、毒性試験の結果から求められた有害な影響の発現する最も低い用量であり、NOAEL が求
められないときは、LOAEL から不確実性を調整する係数(一般的には 10 倍の安全率をみる)を用いて
pg. 8
無毒性量を推定します。LOAEL を含めた「有害な影響の大きさと暴露量との関係」
(用量反応曲線)を
外挿した「ゼロのレベル有害の大きさ」に相当する暴露量が、実験から得られた閾値ということになり
ます。
一方、
「閾値がない場合」
(DNA に作用して「発がん」させる場合が該当)については、
「化学物質」に
暴露されることにより、発がん性の確率がどれだけ増えるかという考え方に基づいて行われています。
リスクレベルの判定は、他の要因によるリスクと比較して低く受容しうる量であるかという考え方で行
われ、1996 年(平成8年)中央環境審議会大気部会健康リスク総合専門委員会報告「閾値のない物質に
係る環境基準の設定等に当たってのリスクレベルについて」では、基準とすべき「リスクレベル」を 10-5
(10 万分の 1)としています。
0
有害な影響の大きさ
有害な影響の大きさ
閾値がある場合
閾値がない場合
0
閾値
暴露量
図 1 閾値の有無による化学物質の暴露量と有害な影響の発生の違い
pg. 9
コラム
Ⅰ
環境省の「化学物質」の環境リスク初期評価ガイドラインでは、人生 70 年、体重 50kg、1 日空気吸入量 15m3
と定められています。しかし、平成 21 年度の日本人の平均寿命は、70 年ではなく(女 84 歳、男 79 歳)
、また、
3
体重・空気吸入量ともに今日の実態に合っていないとして、
「体重 70kg、1 日空気吸入量 20m 」を用いる研究
者もいます。なお、NITE(製品評価技術基盤機構)&CERI(化学物質評価研究機構)の実施している環境リス
ク初期評価では、1 日空気吸入量を 20m3に設定しています。
Ⅱ
有害性評価には、今日まで、動物試験が重要な役割を果たしておりますが、動物愛護の観点から、動物試験代
替法の開発・活用促進が国際的に求められております。これを受けて、2009 年 5 月の参議院経済産業委員会附
帯決議において、動物試験に係る「動物の犠牲」を減らすための3R(動物を使わない方法への転換:Replacement、
使う動物の数を減らす:Reduction、実験方法改良による動物の苦痛の軽減:Refinement)の推進や QSAR(構造
活性相関(Quantitative Structure-Activity Relationship)
:既知の「化学物質」の構造や毒性データから、
未知「化学物質」の毒性(生物学的反応)についてコンピュータモデルを用いて予測する手法)の積極的活用
を推進することが謳われています。
EU の動き
EU では化粧品の規制に関して、2003 年化粧品指令 7 次改正が公布され、2009 年 3 月に代替法が確立されて
いる試験法がある場合には、①EU 域内での動物試験の完全禁止、②動物試験した製品、動物試験した原料を
含む製品の販売禁止が決められています。
参考資料
「化粧品の動物実験をめぐる欧米の動き」 http://usagi-o-sukue.org/oubei_jyoukyou.html
JETRO「欧州の基準・認証制度の動向」 http://www.jetro.go.jp/world/europe/standard/
2-5 「化学物質」の適正管理及びリスク管理
【ポイント】
■「化学物質」の排出に係わる人の健康や生態系への悪影響に適切に対応するためには、法規制の遵守だ
けでは不十分であり、
「化学物質」に対する自主的な適正管理、リスク管理が必要です。
■適正管理とは、
「化学物質」の排出による環境汚染を未然に防止するため「化学物質」の有害性に関す
る認識を深め、その使用目的や取扱い条件等を定め、購入から排出、廃棄に至るまで一貫性のある包括的・
戦略的な「安全確保のための管理」をすることです。
■リスク管理とは、リスク評価によって、問題となっているリスクを定量的に把握し、リスク低減に向け
て、懸念レベルに応じたより効率的・戦略的な適正管理を実施することです。
今日、国内には約 5 万種類もの「化学物質」が流通していると言われており、年々増加するこれら「化
学物質」の排出に係わる人の健康や生態系への悪影響に適切に対応するためには、法規制の遵守だけで
は不十分であり、
「化学物質」に対する自主的な適正管理、リスク管理が必要です。また、従来、環境中
への「化学物質」排出を最終部分で抑えるエンドオブパイプ型の対策が、主に法規制を中心に行われて
きました。しかし、環境負荷の発生を受けて後追い的に対策を講じるエンドオブパイプ型の制御では限
界があります。工程の全体の見直しを含めた排出の防止等、リスク管理システムの構築により、効果的・
戦略的な「化学物質」の適正管理、リスク管理を行う必要があります。
そもそも、
「化学物質」の適正管理とは、事業者が、自ら取扱う「化学物質」に対する有害性に関する
認識を深め、
「化学物質」の使用目的や取扱い条件等を定めるとともに、各事業所の工程や取扱い条件に
応じて「化学物質」の購入から使用、排出、廃棄に至るまで一貫性のある包括的・戦略的な「安全確保
pg. 10
のための管理」をすることを意味します。
次に、
「化学物質」のリスク管理とは、まず、リスク評価を実施し、
「化学物質」を取扱う事業者が、
意図的、又は非意図的に環境に排出させた「化学物質」によって、周辺住民や生態系にどのような悪影
響を及ぼしているか、そのリスクを定量的に把握し、リスク低減に向けて一貫性のある包括的な管理・
対応を図ることであり、
懸念レベルに応じたより効率的・戦略的な適正管理を実施することをいいます。
なお、このリスク評価は、さまざまな物質の多様な性質や広範な使い方を反映させる専門性の高い作業
であり、今のところ、国内に統一した手法はありませんが、広く適用できる評価手法を開発するととも
に事業者からの情報提供が必要となる場合もあります。
今、これまでの管理から、更に一歩進んだリスク管理が求められています。
コラム
我が国の化学物質管理における動き(リスク管理へ)
化学物質管理をリスクに基づいて行っていくということに対応して、政府や多くの機関においてそれぞれの立
場から、化学物質管理のあり方などを見直す動きが活発化しています。例えば、第四次環境基本計画策定に向
けた考え方(計画策定に向けた中間とりまとめ)において、次のとおり、化学物質の環境リスクの評価と管理
が掲げられています。
環境中の多種多様な化学物質の多くについては、健康や生態系への影響に関する情報収集・整備が不十分で
あるため、リスク評価・管理等の取組を的確に進めていく必要がある。
参考資料
環境省「第四次環境基本計画策定に向けた考え方(計画策定に向けた中間とりまとめ)
」
http://www.env.go.jp/press/file_view.php?serial=18122&hou_id=14110
2-6 持続可能な発展に向けた取組・技術
【ポイント】
■グリーン・サステイナブルケミストリー(GSC)は、「人と環境の健康・安全」、「省資源・省エネルギ
ー」等を実現する化学技術、又はその改革運動であるとされています。
■欧米では、利用可能な最良技術・環境のための最良の慣行(BAT/BEP)に基づいた環境規制、排出規制
が行われています。
環境リスクを低減するための技術・取組の具体例には、
グリーン・サステイナブルケミストリー
(GSC)
、
及び利用可能な最良技術・環境のための最良の慣行(BAT/BEP)等があります。
私たちは、これら(GSC や BAT/BEP 等)の動向を注視して、自らの「環境リスク管理」手法を検討し
ていく必要があります。
○グリーン・サステイナブル ケミストリー(以下「GSC」という。
)
持続可能な発展への取組として、1995年、米国ではグリーンケミストリー(以下「GC」という。)が、
また、欧州ではサステイナブルケミストリー(以下「SC」という。)が推進されました。
まず、GCとは化学製品の生産から廃棄までの全ライフサイクルにおいて生態系に与える影響を最小限に
し、かつ経済的効率性を向上させようとする次世代の化学工業の技術、又は改革運動のことをいいます。
一方、SCとは化学製品が生態系に与える影響の他にもリサイクルによる省資源化を通じて持続成長可能な
産業のあり方を提案したものです。このことから、米国のGCは欧州のSCと比較してリサイクルの概念がな
いとされています。
pg. 11
これに対して、日本においてはGCとSCとを同時に推進することを目的として、GSCという用語が用いら
れています。GSCは、経済産業省の発表しているロードマップにも採用されています。日本においては、
GSCの定義(1999年(平成11年)11 月、産学官の参加により開催されたGC ワークショップにおいて合意)
は、製品設計、原料選択、製造方法、使用方法、リサイクルなど製品の全ライフサイクルを見通した技術
革新により、「人と環境の健康・安全」、「省資源・省エネルギー」等を実現する技術とされています。
○利用可能な最良技術・環境のための最良の慣行(以下「BAT/BEP」という。
)
利用可能な最良技術(Best Available Techniques)
(以下「BAT」という。
)
、及び環境のための最良の
慣行(Best Environmental Practice,)
(以下「BEP」という。
)とは、1990年台より、国際条約の場や影響
ある化学物質に対する対策を議論する場に登場してきたものです。欧米ではこのBAT/BEPに基づいた環境
規制、排出規制が行われています。
米国で実施されているBATにおいて、
「利用可能」とは、いずれかの工場で既に実用化されている技術で、
産業界に過度な経済的負担を強いないことを意味します。米国のBATでは、規制対象が排水か排ガスか、
施設が既設か新設か、対象物質が有害か否か等、様々な条件により処理性能の異なる技術基準の分類が設
けられており、その技術分類ごとに達成可能な処理濃度が排出基準値として設定されています。実際には、
設定された基準値を遵守するために工場によっては新たな処理技術の導入を余儀なくされるケースが多
く、米国全体の処理レベルが上がり、排出量負荷の低減に結びつく仕組みになっています。また、米国で
は、BEPとほぼ同じ意味で、Best Practicesという言葉が広く使われています。Best Practicesとは、排
出規制によらないで汚染物質の排出を削減する方法、すなわち、作業方法の改善、使用する「化学物質」
の変更等を実施することを意味します。
残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約でのBAT/BEP の定義(意訳)は次のとおりです。
BATとは、「事業活動の展開及びその事業に係る施設の運転方法において、最も効果的で進歩した段階
にある技術です。その個別の技術は、排出量削減に向け、規制基準値に適合させることについて、
(コス
トも含めた)利用可能な実効性を示すもの(技術)であり、また、これができない場合でも、排出量を削
減し、環境に対する影響を全般的に低減できるもの(技術)
」です。
Best available techniques means the most effective and advanced stage in the development of
activities and their methods of operation which indicate the practical suitability of particular
techniques for providing in principle the basis for emission limit values designed to prevent
and, where that is not practicable, generally to reduce emissions and their impact on the
environment as a whole:
-Techniques includes both the technology used and the way in which the installation is designed, built, maintained,
operated and decommissioned;
-Available techniques means those developed on a scale which allows implementation in the relevant industrial sector,
under economically and technically viable conditions, taking into consideration the costs and advantages, whether or
not the techniques are used or produced inside the territory of the Party in question, as long as they are reasonably
accessible to the operator”.1
There is no specific definition of best environmental practice, however a number of examples are cited in
参考資料
http://www.pops.int/documents/meetings/bat_bep/1st_session/meetdocen.htm
STOCKHOLM CONVENTION ON PERSISTENT ORGANIC POLLUTANTS (POPs)
pg. 12
一方、BEPとは、「環境に関する規制措置及び戦略を最適な組合せで適用したもの」とされています。
また、日本においても、国(環境省、経済産業省、厚生労働省)は、
「副生する特定化学物質のBAT削減
レベルに関する評価委員会」において、化学物質を製造する際に副生する第一種特定化学物質についても、
その生成量を可能な限り削減し、環境への放出を最小限にとどめるために、
「工業技術的・経済的に可能
なレベル(BATレベル)
」の考え方に基づく管理を行っていくことが必要であるとしています。
参考資料
内閣府総合科学技術会議 専門調査会環境研究開発推進プロジェクトチーム「化学物質リスク総合管理技術研究の現状」
http://www8.cao.go.jp/cstp/project/envpt/pub/H17chem_report/h17chem-index.html
経済産業省「グリーン・サステイナブルケミストリー(GSC)分野」 www.meti.go.jp/policy/economy/gijutsu_kakushin/kenkyu
鈴木明夫著「BAT/BEPによる排出規制」発行者:鈴木明夫
2010年10月発行
環境省「「副生する特定化学物質のBAT削減レベルに関する評価委員会」の設置及び第1回会合の開催について」
http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=7039
pg. 13
3 「化学物質」の排出の削減手法及び法令等の特徴
「化学物質」の環境中への排出を削減する行政上の政策・措置をとりまとめると、主に、次に示す 2
つの手法、すなわち、排出基準規制と自主的取組に集約されます。
ここでは、この排出基準規制と自主的取組の内容と合わせて、
「化学物質」の規制に係る主な法令等に
はどうようなものがあるか、確認していきます。
3-1 「化学物質」の排出の削減手法とは
「化学物質」の排出の削減手法には、次の2つの方法、排出基準規制と自主的取組があります。
(1) 排出基準規制(排出濃度や排出総量を規制するもの)
まず、排出基準等を用いた一律の規制基準を設けると、特定の法令、条例等の制度の下で、厳格に排
出が抑制され、一般的には、結果として、規制基準が適応される施設からの排出は低減されることにな
ります。事業者は、法令等を遵守しなければ、処罰等を受け事業活動が制限されるばかりか、状況(悪
質性)によっては、市民に対する社会的信頼を大きく失墜させ、処罰後の事業活動にも大きなダメージ
を与えることになります。
このように、排出基準規制における基準値は、事業所周辺の住民にとって、基本的なシビルミニマム
(civil minimum)
(住民のための備えなければならない最低限の生活環境基準)となる機能を創出させ
ています。
(2) 自主的取組
一方、排出基準に対して、自主的取組では、企業の社会的責任(CSR:Corporate Social Responsibility)
(以下「CSR」という。
)や拡大生産者責任(EPR:Expanded Producer Responsibility)
(以下「EPR」と
いう。
)の観点から、積極的な取組が進むことが求められています。自主的取組とは、排出基準のあるも
のは排出基準を満足していることはもちろんのこととして、
排出基準のない物質も含めて、
できる限り、
排出低減を図ろうとするものです。この自主的取組を実施すれば、事業者の創意工夫によって、自らの
事業所内で、削減し易い物質から手が着けられるという点で、柔軟な対応が可能となり、工夫しだいで
は費用対効果が高い措置を施すことができると考えられています。
自主的取組の目的とするところは、従来の排出基準による「環境保全上の支障の防止」のための枠組
みではなく、
「環境へのリスクをできるだけ削減する」ための枠組みです。なお、
「できる限りの削減」
とは、環境リスクが存在しない状態(以後「ゼロリスク」という。
)
、つまり、一律に、
「排出ゼロ」まで
の削減を必ずしも目指すものではありません(実際、ゼロリスクを実現するためには、膨大な費用が必
要です)
。自主的取組は、CSR や EPR と経済性等を総合的に勘案した上で、
「合理的に達成可能な範囲で、
できる限り低く(As Low As Reasonably Achievable:ALARA の原則)
」を目指すことといえます。この
ALARA の原則に基づく「できる限りの削減」は、近年、環境保全のキーワードとして用いられている「持
続可能な発展(Sustainable Development)
」を具現化した対応であると見ることができます。
なお、川崎市では、市条例第92条に基づき、
「事業者は、事業活動を行うに当たり、
「化学物質」に
よる環境の汚染を未然に防止するため、……自主管理マニュアルを作成すること等により、
「化学物質」
の適正な管理に努めなければならない。
」と規定しており、自主的取組を求めています。
pg. 14
3-2
「化学物質」に関する法令等の特徴
それでは、次に、今現在、
「化学物質」の規制がどのように行われているかを見ていきます。
表4-1~表4-3には、
「化学物質」
規制に係る主要な法令等について、
その特徴を取りまとめました。
【表4-1】に示した主な条例及び基本計画等
①川崎市公害防止等生活環境の保全に関する条例(市条例)
②川崎市環境基本計画
【表4-2】に示した主な法令等
①環境基本法(および、それに基づく環境基本計画)
②大気汚染防止法(大防法)
③水質汚濁防止法(水濁法)
④ダイオキシン類対策特別措置法(ダイ特法)
⑤化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)
⑥特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律(化管法)
⑦農薬取締法
⑧日本国憲法
⑨民法
【表4-3】に示した主な条約・宣言等
①「人間環境宣言」(ストックホルム宣言)
②環境保健クライテリア(Environmental Health Criteria:EHC)
③国際化学物質安全性計画(International Program on Chemical Safety:IPCS)
④有害廃棄物の国境を越える移動及びその処分の規制に関するバーゼル条約(バーゼル条約)
⑤「環境と開発に関するリオ宣言」、「アジェンダ21」
⑥ロッテルダム条約(PIC 条約)
⑦ELV 指令
⑧ストックホルム条約(POPs 条約)
⑨「ヨハネスブルグサミット(世界首脳会議(WSSD)
)における合意」
(SAICM)
、
「WSSD 実施計画」
⑩「廃電気・電子機器指令(WEEE 指令)/電気電子機器に含まれる特定有害物質使用制限指令(RoHS
指令)」、「エネルギー使用製品に関するエコデザイン要求事項設定のための枠組み指令(EuP 指
令)」
⑪GHS
⑫REACH
表4-1 主な条例及び基本計画等の特徴
条例等の名称
制定年度等
川崎市公害防止等 1999(H11).12
生活環境の保全に
関する条例(市条
例)
対象化学物質等
主な特徴(規制手法等)
化学物質(全ての化学物質) ○事業者は、下記に示す対応等を図ること
により、化学物質による環境汚染を未然に
防止するため化学物質の適正管理に努め
なければならない。
①化学物質に関する管理体制の整備
pg. 15
②有害性等の情報の収集
③取扱量及び排出量等の把握
④排出抑制に向けた自主管理目標の設定
等
川崎市環境基本計 1994(H6).2
画
H23 改定
特定化学物質(規則第 79 条
で定めるもの(具体的には、 ●市長は、特定化学物質の報告を求めるこ
64 物質と「その他市長が必 とができる。
要と認める物質」である) なお、特定化学物質とは、市長が必要と認
めれば、全ての化学物質が報告対象候補と
なり得る。
①特定第 1 種指定化学物質 「安心して健康に暮らせるまちをめざす」
②化管法届出対象化学物質 ために、
「化学物質の環境リスクの低減」
を図る。
③ダイオキシン類
④有害大気汚染物質(ベンゼ そのための具体的な目標として、下記の 4
ン、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン、 項目が規定されている。
ジクロロメタン)
①化管法対称事業者から排出される特定
第 1 種指定化学物質排出量を、2008 年度
を基準年として、2018 年度までに 30%削
減すること
②化管法法届出排出量の削減を継続する
こと
③環境基準の達成を維持すること
④環境基準が定められている有害大気汚
染物質4物質について、全測定局(4測定
局)で環境基準の達成を維持すること
表4-2 主な法令等の特徴
法令等の名称
制定年度等
環境基本法(およ 1993(H5).11
び、それに基づく
環境基本計画)
対象化学物質等
主な特徴(規制手法等)
①大気の汚染
②水質の汚濁
③土壌・地下水の汚染
●政府は、左記①②③について環境基
準を定める。
○原因者負担(法第 37 条)
○受益者負担(法第 38 条)
第1次環境基本計画には化学物質をめぐる
「環境リスク」の概念が盛り込まれ、第2
次環境基本計画では、環境政策の指針とな
る4つの考え方として、「汚染者負担の原
則」「環境効率性」「予防的な方策」「環
境リスク」が明記された。また、現行の第
3次環境基本計画においては、重点分野政
策プログラムの1つとして「化学物質の環
境リスクの低減に向けた取り組み」が掲げ
られている。施策の基本的な方向において
は、化学物質管理の推進にあたって、環境
リスク評価や情報の共有の他、国際的な化
pg. 16
学物質管理のための戦略的アプローチ
(SAICM)と整合のとれた取り組みを推進
するとの考え方が示されている。
参考資料:環境省「環境基本計画」(環境基本
法の制定)
大気汚染防止法 1968(S43).6
(大防法)
水質汚濁防止法 1970(S45).12
(水濁法)
ダイオキシン類 1999(H11).7
対策特別措置法
(ダイ特法)
①ばい煙
②揮発性有機化合物
③粉じん(一般・特定粉じん)
④有害大気汚染物質
⑤自動車排ガス
⑥指定物質(法附則第 9 条で定め
るもの)
①汚水等
②特定地下浸透水
③生活排水
ダイオキシン類(法第 2 条)
●排出基準
●総量規制基準
●許容限度
○無過失責任(法第 25 条)
●排水基準
●総量規制基準
○無過失責任(法第 19 条)
●TDI(耐容一日摂取量:Tolerable
Daily Intake)
(ダイオキシン類を人
が生涯にわたって継続的に摂取した
としても健康に影響を及ぼすおそれ
のない一日当りの摂取量で
2,3,7,8-TCDD の量として表したも
の:4pgTEQ/kg 体重/day)
●環境基準
●排水基準
●総量規制基準
なお、国の調査(2009 年度調査、WHO 2006 TEFs
使用)によると、TDI が 4pgTEQ/kg 体重/day と
定められているところ、一人体重 1kg 当たり一
日当たりの平均的なダイオキシン類の摂取量
は、約 0.85pg-TEQ/kg/day であり、その内訳は、
大気経由が約 1.0%、土壌経由が約 0.5%、食品
経由が約 98%を占めており、その大多数が食品
経由(うち魚介類経由が約 87%)となっている。
※
※「日本人におけるダイオキシン類の蓄積量について(2011)」
パンフレット(環境省環境リスク評価室)のデータを用
いて計算したもの
化学物質の審査及
1973(S48).10
び製造等の規制に
関する法律(化審
法)
H21 改正
①第 1 種特定化学物質
●国は、新規化学物質の製造・輸入につい
②第 2 種特定化学物質
て審査する。
③監視化学物質
●国は、第 1 種特定化学物質の製造・輸入
④優先評価化学物質
を行う者に対して、許可制度を設け、許可
⑤新規化学物質
発出権者となる。
⑥既存化学物質
●第1種特定化学物質を使用しようとする
⑦一般化学物質
者は、届出しなければならない。
●第 2 種特定化学物質を製造・輸入しよう
とする者は、届出しなければならない。
参考資料
pg. 17
経済産業省「化学物質の安全確保対策」
特定化学物質の環
1999(H11).7
境への排出量の把
握等及び管理の改
H20 施行令改正
善の促進に関する
①第 1 種指定化学物質
●第 1 種指定化学物質等取扱事業者は、事
②第 2 種指定化学物質
業に伴う第 1 種指定化学物質の排出量・移
③特定第 1 種指定化学物質(政令第 4
動量を把握し、届出なければならない
条で定めるもの)
(PRTR 制度)
。
法律(化管法)
なお、国は届出外排出量を算出し、公表す
る。
●指定化学物質(第 1 種・第 2 種指定化学
物質)等取扱事業者は、指定化学物質等を
他の業者に譲渡・提供する際、物の性情・
取扱に関する情報を提供しなければなら
ない(MSDS 制度)
。
○事業所による化学物質の自主的な管理
を推進し環境保全上の支障を未然に防止
する(化学物質管理指針)
。
参考資料
経済産業省「化学物質排出把握管理推促進法」
環境省「PRTR インフォメーション広場」
農薬取締法
1948(S23).7
農薬(殺菌剤、殺虫剤その他の薬剤
●農薬の製造・輸入業者は、農薬について、
(農薬物の生理機能増進又は抑制に
国の登録を受けなければならない。
用いられる成長促進剤、発芽抑制剤
●規定された農薬(食品残留基準のポジテ
等)
)
ィブリスト等)以外の農薬を使用してはい
けない(法第 11 条:使用の禁止)
。
●国は登録した農薬ごとに、使用者が遵守
すべき規準を定めなければならない(法第
12 条)
。
■農薬の適正な散布方法等(使用基準)は、
農薬取締法によって規制されているが、残
量農薬の規定は食品衛生法によって残留
農薬基準が設けられている。
■内閣府食品安全委員会は、農薬の安全性
に 係 わ る ADI (( 許 容 一 日 摂 取 量 :
Acceptable Daily Intake)ある農薬につ
いて人が生涯その農薬を毎日摂取し続け
たとしても、安全性に問題のない量として
定められたもので、通常、一日当り、体重
一日当りの物質量(mg/kg/day)で表され
る。
)を設定ける。
食品安全委員会は、対象となる農薬につい
て、急性、亜急性、慢性、発がん性、催奇
形性、繁殖毒性などの各種安全性試験のデ
ータを評価し、有害な作用の認められない
量(無毒性量:NOAEL(No Observed Adverse
Effect Level)
)を安全係数(通常は種差
で 10、個体差で 10、合わせて 100)で割る
pg. 18
ことによって ADI を設定している。
農薬の有効成分ごとに食用作物に残留が
許される量を決めたものが農薬の残留基
準である。大気や水からの農薬の摂取(全
体の約 2 割を占める)を考慮して、各作物
の農薬の残留基準の総計が、この農薬の
ADI の 8 割以内になるように決められてい
る。
現在登録されている農薬については、ラベ
ルに表示された使用方法を守って使用す
れば、農薬が基準を超えて残留し、これに
よって人の健康が脅かされる恐れはない
とされている。
参考資料
農林水産省「農薬取締法について」
日本国憲法
1946(S21).11
【憲法第13条】
【地域住民の幸福追求の権利】
全ての国民は個人として尊重され
○幸福追求権
る。生命、自由及び幸福追求に対す
国民に保障された権限として、健康に、
「幸
る国民の権利は、……最大の尊重を
福を追求する権利」が保障されている。
必要とする。
なお、判例上、環境権※1(学説上、新しい
⇒「環境権」は裁判上で認められた
人権の一つとされているもの「良好な環境
概念ではなく、学説上の概念である。 の中で生活を営む権利」
)を人権として認
められてはいない。
※1 大塚直「環境法」有斐閣(2002)
、野中俊
【憲法第21条】
彦「憲法Ⅰ」有斐閣(1992)
「集会、結社及び言論、出版その他
一切の表現の自由は、これを保障す
【知る権利】
る。
」
国民の知る権利※2は理論的に極めて重要
⇒学説には、
「知る権利」を、表現の
な権利であるとされている。
自由より派生した権利(憲法前文を
『憲法第 21 条によって政府に対し情報の
挙げる説もある)とするものがある。 公開を求める権利が保障されているとし
ても、個々の国民が裁判上情報公開請求権
を行使するためには、公開の基準や手続き
等について、法律による具体的定めが必要
であり、憲法第 21 条は抽象的な請求権を
【憲法第22条】
認めたものと解されている。
』※3
何人も、……職業選択の自由を有す
※2 稲葉馨「行政法」有斐閣(2007)
、
る。
※3 野中俊彦「憲法Ⅰ」有斐閣(1992)P.324
⇒「何人にも営業の自由が保障され
ている。
」と解されている。
【事業者の営業の権利】
○営業の自由※3
何人も、法令に違反していない限り、例え
ば、化学物質を取扱う事業を営むという
「営業の自由」が保障されている。
※3 野中俊彦「憲法Ⅰ」有斐閣(1992)より
民法
1896(M29).4
【民法第709条】
(一般不法行為に
『例えば、公害企業の場合など、公害によ
pg. 19
よる損害賠償)
「故意又は過失によっ
る被害は特定の理由や被用者の故意・過失
て他人の権利又は法律上保護される
によって生ずるのではなく、その企業の事
利益を侵害した者は、これによって
業そのものの結果として生ずるのである。
生じた損害を賠償する責任を負う。
」
したがって、被害者が、理事なり被用者な
⇒原則的な不法行為を規定したも
りの過失を立証しなければならないとい
の。
うのでは実情に合わない。そこで、法人そ
のものを加害行為者として、不法行為責任
を負わせることが行われている(企業責任
と呼ばれる)
。
』※4
※4 内田貴「民法Ⅰ」東京大学出版会(1994)
P.249
pg. 20
表4-3 主な条約・宣言等の特徴
条約・宣言等の名称 制定年度等
「人間環境宣言」
1972.6
(ストックホルム
宣言)
国連人間環境会議
がストックホルム
(スウェーデン)
で開催
主な特徴(規制手法等)
国連人間環境会議(環境問題全般に関して包括的に議論を行う最
初の国際会議)で採択された「人間環境宣言」(ストックホルム
宣言)には、次の化学物質関連事項が言及されている。
【原則6】環境の許容能力を超えた有害物質等の排出回避
【原則7】海洋汚染の防止等
○「人間環境宣言」、「国連国際行動計画」を実施する機関とし
て1972年の国連総会において、国連環境計画(United Nations
Environment Programme:UNEP)が設立された。
参考資料:環境省「人間環境宣言」
環境保健クライテ
リア(EHC)
1972
国連人間環境会議
における提言を踏
まえたもの
1972年の国連人間環境会議における提言を踏まえ、世界保健機関
(WHO)を中心として、環境汚染による健康影響の総合的評価に関
するプログラムがスタートした。このプログラムでは、水銀、PCB、
窒素酸化物等の化学物質が人の健康に及ぼす影響を総合的に評価
し、物質ごとの「環境保健クライテリア」(EHC)として公表して
きたものである。
○例えば、WHOは、1986年、下記の「石綿に係るEHC」を発表して
いる。
「世界の都市部の一般環境中の石綿濃度は、1本~10本/L程度であ
り、この程度であれば、健康リスクは検出できないほど低い。」
参考資料
IPCSのEHC
環境省「環境保健クライテリア」
国際化学物質安全
性計画(IPCS)
1978
WHOの総会決議
1978年のWHOの総会決議に基づき、各国の主要研究機関の協力によ
る国際化学物質安全性計画(IPCS)が1980年から推進された。IPCS
では、つぎの2点を主要目的としている。
①化学物質への暴露による人間の健康及び環境におけるリスクの
評価に関する科学的基盤の確立
②化学物質の適正な管理に向けた各国の能力強化に対する技術的
支援
参考資料
環境省「国際化学物質安全性計画(IPCS)」
1989.3
有害廃棄物の国境
を越える移動及び
その処分の規制に
関するバーゼル条
約(バーゼル条約)
有害廃棄物の移動の問題が国際的に注目される大きな契機となっ
たのが「セベソ事件」である。1976年にセベソ(イタリア)の農
薬工場で爆発事故が発生し、これにより汚染された土壌(ダイオ
キシンを含む)がドラム缶に入れた状態で保管されていたが、そ
の後行方不明となり、1982年9月になって北フランスの小さな村で
発見された。
OECD及びUNEPでの検討を踏まえ、1989年3月にバーゼル(スイス)
において「有害廃棄物の国境を越える移動及びその処分の規制に
関するバーゼル条約」が採択された(1992年5月発効)。
pg. 21
参考資料
外務省「バーゼル条約」
「環境と開発に関
するリオ宣言」
「アジェンダ21」
1992.6
リオ・デ・ジャネ
イロ(ブラジル)
で国連環境開発会
議((UNCED、地球
サミット))にお
いて、「環境と開
発に関するリオ宣
言」及び「アジェ
ンダ21」が採択さ
れた。
有害化学物質や環境汚染への取り組み推進における基本的な考え
方が示されており、この年以降、国際的な枠組みや各国の政策推
進にあたっての共通の基盤がつくられた。
1972年の国連人間環境会議で採択された「人間環境宣言」を踏ま
え、UNCEDにおいて取りまとめられたもので、次の内容が含まれて
いる。
【第15原則】
「予防原則(予防的措置)」
(Precautionary Principle
/Precautionary Approach)である。「予防原則」とは、汚染等
の因果関係に十分な科学的確実性がない場合であっても、環境に
対する深刻なあるいは回復不可能な損害が生じる恐れがあるとき
には対策を実施すべき、とする考え方である。
【第16原則】では「汚染者負担原則」(Polluter-Pays Principle:
PPP)に言及している。「汚染者負担原則」は、汚染等の環境被害
を引き起こした者が復元等のための対策に係る費用を負担する、
という考え方であり、1972年5月の経済協力開発機構(OECD)理事
会で採択された「環境政策の国際経済的側面に関する指導原則」
において最初に示されたものである。
UNEP、ILO、WHOの働きかけによって、国際協力に基づく取り組み
を推進するための組織として「化学物質の安全性に関する政府間
フォーラム(IFCS)」が設立
1992年のUNCEDにおける勧告に基づき、化学物質の安全性の分野に
おける協力関係の強化と調整活動の拡大を目的として、UNEP、WHO、
ILO、FAO、UNIDO、OECDにより、1995 年に「化学物質の適正管理
のための国際機関間プログラム」(IOMC)を設置
UNCEDでは、持続可能な開発を実現するための行動計画として、
「ア
ジェンダ21」が採択され「アジェンダ21」の第19章「有害及び危
険な製品の違法な国際的移動の防止を含む、有害化学物質の環境
上適正な管理」では、持続可能な開発と人類の生活水準の向上の
ために化学物質の適正な管理が不可欠であることが示されてい
る。
○「アジェンダ21」第19章に示された内容は、以降の化学物質管
理をめぐる国際的取組み、並びに各国の施策のベースとなり、ロ
ッテルダム条約(PIC条約)やストックホルム条約(POPs条約)の
成立など、多くの具体的な成果につながっている。
pg. 22
参考資料
環境省「環境と開発に関するリオ宣言」
アジェンダ 21行動計画
ロッテルダム条約 1998
(PIC 条約)
先進国で使用が禁止又は厳しく制限されている有害な化学物質や
駆除剤が、開発途上国にむやみに輸出されることを防ぐために、
締約国間の輸出に当たっての事前通報・同意手続(Prior Informed
Consent、通称 PIC)等を設けた条約である。
参考資料
外務省「国際貿易の対象となる特定の有害な化学物質及び駆除剤
についての事前のかつ情報に基づく同意の手続に関するロッテル
ダム条約」
環境省「ロッテルダム条約(PIC 条約)の概要
ELV 指令
2000.9
(使用済み車両に
関する 2000 年 9 月
18 の欧州議会と欧
州連合理事会の指
令 2000/53/EC)
EU での有害物質の使用禁止
【対象物質】鉛、水銀、カドミウム、六価クロム
EU で、使用済み自動車が環境に与える負荷を低減するための司令
である。自動車からの廃棄物が出ることを防止、又は削減するた
めに使用済み自動車やそのコンポーネントの再利用や再生利用を
すること、そして使用済み自動車の処理業者が効率よく処理でき
るようにすることを目的としている。
2003 年 7 月 1 日以降に市場に出る自動車部品や自動車製造用の材
料に鉛、水銀、カドミウム、六価クロムが含まれることを禁じて
いる。ただし、適当な代替材料がない場合があり、いくつかの用
途については例外が定められている。
参考資料
経済産業省「ELV に関する EU 指令について」
ストックホルム条 2001.5
約(POPs 条約)
①製造、使用の原則禁止
【対象物質】アルドリン、クロルデン、ディルドリン、エンドリ
ン、ヘプタクロル、ヘキサクロロベンゼン、マイレックス、トキ
サフェン、PCB)及び原則制限(DDT)
②非意図的生成物質の排出の削減
【対象物質】ダイオキシン、ジベンゾフラン、ヘキサクロロベン
ゼン、PCB
環境中での残留性が高い PCB、DDT、ダイオキシン等の POPs
(Persistent Organic Pollutants、残留性有機汚染物質)につい
ては、一部の国々の取組のみでは地球環境汚染の防止には不十分
であり、国際的に協調して POPs の廃絶、削減等を行うことを目的
として、2001 年 5 月、
「残留性有機汚染物質に関するストックホル
ム条約」が採択された。
参考資料
外務省「ストックホルム条約」
pg. 23
「ヨハネスブルグ 2002
サミット(世界首脳
会議(WSSD)
)にお
ける合意」
(SAICM)
「国際的化学物質管理に関する戦略的アプローチ」
(SAICM)とは、
2002 年のヨハネスブルグサミット(WSSD:World Summit on
Sustainable Development)における合意「化学物質が、人の健康
と環境 にもたらす悪影響を最小化する方法で使用、生産されるこ
とを 2020 年までに達成する」を実現するための戦略や取組を取り
まとめた国際的(UNEP を事務局としたもの)な合意文書である。
「WSSD 実施計画」
ヨハネスブルグサミット(2002 年 9 月開催)(WSSD)において、ア
ジェンダ 21 の 10 年間の進捗を踏まえ、ヨハネスブルク WSSD 実施
計画に合意した。特に、化学物質管理に関しては、次の 2 点につ
いて、世界共有の中長期目標に合意した。
●予防的取組方法に留意しつつ、透明性のある科学的根拠に基づ
くリスク評価手順を用いて、2020 年までに全ての化学物質を人の
健康や環境への影響を最小化する方法で生産・利用されること
(WSSD2020 年目標)
。
●その実現のための道筋として、国際化学物質管理戦略(SAICM)を
2005 年にまでに策定する。
※なお、2006 年 2 月に、ドバイにおいて、第 1 回国際化学物質管
理会議(ICCM1)が開かれ、そこで SAICM が採択された。この内容は、
国連環境計画(UNEP)において承認された。
参考資料
環境省「ヨハネスブルグサミット」
持続可能な開発に関する世界首脳会議
「廃電気・電子機器 2003.2 発効
指令(WEEE 指令)/ ●日本からの輸出
電気電子機器に含 に影響
まれる特定有害物
質使用制限指令
(RoHS 指令)」
「エネルギー使用
製品に関するエコ
デザイン要求事項
設定のための枠組
み指令(EuP 指令)」
RoHS指令は、WEEE指令を補完するものとして位置づけられる。両
指令は廃電気・電子機器に含まれる有害物質による健康や環境へ
の影響を抑制することを主たる目的とするものであるが、WEEE指
令自体には有害物質に関する規定がなく、RoHS指令がこの部分を
カバーする形となっている。
EUにおいては廃電気・電子機器が急速に増加しており、これらの
機器の90%以上が有害物質に関する適切な前処理を行わずに埋立
処分あるいは焼却処理されてきたことから、環境汚染のリスク低
減に向けた施策が求められていた。このような背景から、廃電気・
電子機器指令(Waste Electrical and Electronic Equipment指令:
WEEE指令)及び電気電子機器に含まれる特定有害物質使用制限指
2005.8 発効
令(Restriction of Hazardous Substances指令:RoHS指令)が制
●日本からの輸出 定された。
に影響
EuP 指令は化学物質の規制自体を目的とするものではないが、評価
すべき環境側面やパラメータの中には、「大気、水、土壌への排
出量」「人の健康や環境への影響において有害又は留意すべき物
質の使用」「有害廃棄物発生量」等の項目が設けられており、製
品の設計段階からこれらの事項に留意することを規定している。
WEEE 指令や RoHS 指令と並行した形で、「エネルギー使用製品に関
するエコデザイン要求事項設定のための枠組み指令」(Energy
Using Products 指令:EuP 指令)の検討されたもので、地球温暖
化防止に向け、エネルギー使用製品におけるエコデザイン促進の
必要性が指摘される一方、エネルギー使用製品の環境配慮設計基
準や行政の対応が加盟国間で異なることによる貿易障壁及び不公
pg. 24
平な競争を防ぐために、EU としての統一的な枠組みが求められて
きた。
参考資料
経済産業省「欧州WEEE指令及びRoHS指令について」
'
GHS
2003
化学品の分類およ
び表示に関する世
界調和システム
「アジェンダ 21」を受け、OECD、ILO が中心となって、世界的に
統一されたルールに従って、化学品を危険有害性の種類と程度に
より分類し、その情報が一目で分かるように、ラベルで表示した
り、安全データシートを提供したりする世界調和システム(GSH)
の取り組みを始めた。2003 年に国連から発出された。
○WSSD実施計画の中に「化学物質の分類及び表示に関する新たな
世界的に調和されたシステム(GHS)を2008年までに完全に機能さ
せる」ことが盛り込まれた。
参考資料
環境省「GHS」
経済産業省「GHS」
REACH
2006.12 可決
2007.6 実施
欧州連合地域内で、年1トン以上生産・輸入される全ての化学物
質が対象
(欧州連合国内で適用される規則であり、連合国へ日本から輸出
する場合に適用となる。
)
○同制度においては、1981年9月18日を基点に新規化学物質と既存
化学物質を分類している。
○約 10 万種存在する(このうち約 3 万種が年間 1t 以上市場に流
通していると見られる)既存化学物質に関しては、行政が安全性
評価を行い規制等の措置をとる規則が設けられているが、対象と
なる物質の決定は各国当局に委ねられており、実際に評価が行わ
れた物質はごく一部にとどまっている。
○欧州化学物質庁(European Chemicals Agency)への申請・登録
(人・環境に対する安全性試験データ)を義務付
○使用制限する物質は庁の「承認」が必要
「承認」については、その物質を安全性がより高い代替物質への
切り替えが困難であり、かつ産業活動上使用が不可避な場合にの
み下る。この「承認」を受けるためには、別物質への代替化検討
の計画書の提出が求められる。
日本の化審法、アメリカの Toxic Substances Control Act は、
「新
しく使用される化学物質」を規制するものであるのに対し、REACH
は既存物質を含めた全ての化学物質を扱い、必要なデータが登録
されていない物質は、製造・供給できなくなる。
【REACH の基本理念】
①ノーデータ・ノーマーケット
データが登録されていないものを上市(供給)してはならない。
②安全性の立証
pg. 25
③立証責任の移行
行政府による危険性の立証から、事業者による安全性の立証へと
移行
④予防原則
化学物質や遺伝子組替などの新技術などに対して、環境に重大か
つ不可逆的な影響を及ぼす仮説上のおそれがある場合、科学的に
因果関係がある場合、科学的に因果関係が十分証明されない状況
でも規制措置を可能にする制度や考えのこと。
「疑わしいものは全
て禁止」といった極論として理解されることがある。
国際的には、単純な「疑わしきは罰す」論と区分するため、
「予防
原則」とは区分して「予防的取組(precautionary approach)
」と
表現されることが多い。
⑤代替原則
⑥市民の知る権利
⑦ライフサイクル管理
参考資料
環境省「REACH 関連情報」
経済産業省「REACH(欧州化学品規制)について」
pg. 26
4 川崎市のリスクコミュニケーションに関する取組
私たちは「化学物質」とより良く共存するため、リスク管理を適切に実施していくことが必要です。
前述の「化学物質」の規制に係る各種法令の遵守だけではなく、まだ規制されてはいないが有害性によ
る影響が懸念される物質についても、リスク削減が求められています。
リスクを削減するにあたり、可能な限り削減した方が良いという考え方があります。一方で、ゼロリ
スクを求めることはその「化学物質」の使用によって得ていたベネフィットを放棄することに繋がりま
す。
環境リスクなどの「化学物質」に関する情報を、市民、事業者、行政などが共有し、意見交換を通じ
て意志の疎通と相互理解を図ることをリスクコミュニケーションといいます。
市民の意見を直接聞くことができるリスクコミュニケーションは、地域環境においてリスク管理を行
う上で重要なツールの 1 つです。
リスクコミュニケーションにより、市民はリスクとベネフィットを理解した上で判断するために必要
な情報が提供されることにより不安、疑問が解消され、事業者は市民の意見を考慮したリスク管理が可
能となります。
また、事業者は、リスクコミュニケーションを行うことにより、次のようなメリット等が得られ、社
会的信頼を獲得し持続可能な企業として発展していくことができます。
① 化学物質の環境リスクの削減に取り組み、住民に説明することで、事業者の社会的責任を果たすこ
とができる。
② 市民の意見を聴くことで、リスクとベネフィットに関する市民の考え方や、事業者だけでは気づか
なかった問題が分かるようになり、効率的なリスク管理が可能になる。
③ 市民との信頼関係を築くことができる。仮に何か問題が起きたときでも、お互いに協力して取り組
むことが期待できる。
④ 情報公開やコミュニケーションを行い、外部から見られることで、従業員のリスク管理の意識が向
上する。
⑤ 「きちんとリスク管理に取り組んでいる事業者」として事業者のイメージが向上する。
リスクコミュニケーションを円滑に進めるには、事業者は、事業所のリスク管理状況等の環境情報を
分かりやすい言葉で説明をすることが必要であるとともに、市民は、その情報を理解・活用し、リスク
とベネフィットに関して自ら考える力を身につけておくことが必要です。
川崎市ではリスクコミュニケーションを普及・促進するための取組の一つとして、市民、事業者の意
見を取り入れた次の3つのパンフレットを作成し、市ホームページ上に掲載しています。
ホームページ掲載場所: http://www.city.kawasaki.jp/30/30kagaku/home/kagaku/panfu/kagaku_p/kagaku_p.htm
○「化学物質と環境について知ろう -私たちの生活とのかかわりから-」
環境をよくするために、
そして化学物質による環境汚染を減らしていくためには、
私たちは何を知り、
何をしていけばよいのでしょうか。化学物質と環境についてわかりやすく説明したパンフレットです。
○「よりよい環境のために ~化学物質に関するリスクコミュニケーション~」
化学物質による環境汚染を減らし、よりよい環境とするためには、私たち一人一人が化学物質につい
ての理解を深め、自らのライフスタイルを見直したり、企業や行政とコミュニケーションを行っていく
ことが大切です。
市民が化学物質と環境について自ら考え、
行動するきっかけとなるよう作成しました。
pg. 27
○「~事業者の信頼を高めるために~ 事業者と市民との化学物質に関するリスクコミュニケーション
ガイド」
事業所が地域に根ざして事業活動を行い、市民がいつも安心して暮らせるようにするために、事業者
は正確な情報を公開し、市民と継続的なコミュニケーションを行っていくことが大切です。事業者対象
に作られたリスクコミュニケーションに関するパンフレットです。
その他に、市民向け又は事業者向けのセミナー(川崎市「化学物質と環境」セミナー)を毎年各 1 回
開催しています。
さて、このリスクコミュニケーションの場で、次に、問題になってくるものが、
「化学物質」の有害性、
環境リスクの問題です。地域社会の中にあって、事業者によって排出された「化学物質」が地域住民や
生態系にどのような毒性を示すか、すなわち、その環境リスクがどのようなものであるかということで
す。この環境リスクが如何なるものかを学ぶことによって、そのリスクの対処方法を判断・検討するこ
とができます。
次に、川崎市が事業者に求めている「事業所周辺の環境リスク評価」手法を含めた、これまでの川崎
市の環境リスク評価に係る取組について示します。
pg. 28
5 川崎市の環境リスク評価に関する取組
川崎市においては、これまで、以下の環境リスク評価に関する取組を実施しております。
5-1 市域の環境リスク評価
まず、環境リスク評価を推進するとともに、事業者の環境リスクの低減のための判断材料の一つとし
て活用されることを目的として、2009 年(平成 21 年)度に、市域の環境リスク評価結果を、
「化学物質
の環境リスク評価結果報告書」として公表しております。
本報告書の環境リスク評価は、多数の「化学物質」からリスクの高い可能性がある化学物質を科学的
な知見に基づき抽出するなど、環境リスクの低減対策に資することを目的として実施したものです。
報告では、PRTR 情報を利用して、市域の環境リスクを、川崎市の環境基本計画で区分されている 3 区
分(臨海部、内陸部、丘陵部)毎に、環境リスクの観点からまず優先して注目していくべき 14 物質を選
んでリリスク評価を実施し、表5の結果を得ました。
なお、現在の科学的知見で実施可能な「化学物質」の環境リスク評価の方法には、多くの課題(不確
実性)があります。よって、川崎市は更に詳細な実態調査を実施した上で、環境リスク低減施策を検討
してまいります。
表5 環境リスク評価結果
物質名
有害性の種類
エチレンオキシド
発がん性
発がん性以外
クロロメタン
発がん性以外
ブロモメタン
発がん性以外
ホルムアルデヒド
発がん性
発がん性以外
エチルベンゼン 5)
発がん性以外
1,3-ジクロロベンゼン
発がん性
発がん性以外
p-ジクロロベンゼン 5)
発がん性以外
スチレン 5)
発がん性以外
イソプレン 5)
発がん性以外
1,2-エポキシプロパン
発がん性
発がん性以外
1,4-ジオキサン 5)
発がん性以外
ヒドラジン 5)
発がん性以外
エピクロロヒドリン
発がん性
トルエン
発がん性以外
臨海部
内陸部
△
△
○
○
○(△) 2) ○
○
○
×
×
△
△
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
△
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
丘陵部
△
○
○
○
×
△
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
全国 1)
△
○
△
○
×
△
○
△ 3)
○
○
○
○
○
○
○
― 4)
○
○
×、△、○はそれぞれ、表6に示したレベル1、レベル2、レベル3に対応します。
1) 環境省の環境リスク初期評価書もしくはNITE&CERIの初期リスク評価書の評価結果を記載しています。
2) 平成19年度の実測年平均値に基づくと、レベル2(△)になります。
3) 人での発がん性の証拠については十分でないと考えることに留意する必要があるとしています。
4) モニタリングデータがないとして、リスク評価が行われていません。
5) IARC 分類 2B 群(人に対して発がん性があるかもしれない)に属するが、環境省の環境リスク初期評価書は発がん性指
標を公表していない物質
pg. 29
なお、報告書では、川崎市が実施する市域の環境リスクに関して、環境省と同等のレベル分け
を行うとともに、表6に示す取組を実施することにしています。
表6 川崎市の環境リスク評価結果を受けた取組
レベル 川崎市によるリスクの判定 具体的取組
1
環境リスクの低減対策につ 環境への排出や環境濃度の実態について詳細な調査を実施します。
(×) いて検討すべき物質
その結果に基づいて、市内の暴露量への寄与を考慮しながら、排出
量の削減対策について検討します。
2
環境リスクの低減対策の必 環境への排出や環境濃度の実態について更に情報収集を行い、リス
(△) 要性の有無について調査す ク評価結果を精査することにより、排出量の削減対策の必要性の有
べき物質
無について調査します。削減対策の必要性が認められた場合にはレ
ベル1、認められない場合にはレベル3と同様に取り扱います。
3
現時点で環境リスクの低減 現時点ではこの物質に対する特別な対策は実施しませんが、化学物
(○) 対策の必要性はないと考え 質全体の環境リスクを低減するという観点から、少しでも排出量が
られる物質
削減されるよう努めていきます。
×、△、○はそれぞれ、表5に示した環境リスク評価結果に対応します。
「化学物質の環境リスク評価結果報告書」は、下記のとおり、市ホームページに掲載。
http://www.city.kawasaki.jp/30/30kagaku/home/kagaku/risk/index.htm
5-2 事業所周辺の環境リスク評価
環境リスク評価は、現在、国内で統一した手法はありません。
そこで、川崎市では、2010 年(平成 22 年)度、市内の事業者が環境リスクの観点から「化学物質」
の適正管理を実施することを支援していくために、
「化学物質取扱い事業所周辺の環境リスク評価のため
の手引き」を作成しております。手引きは、
「化学物質」を取り扱う事業者が、事業所の周辺の環境リス
クを評価し、環境リスクの観点から効率的かつ効果的な環境リスクの低減を図るための参考として作成
しました。
手引きを用い事業所周辺の環境リスクを評価することで、次の課題を解決できると考えています。
①事業所の近くの市民への健康影響が気になるが、市が測定しているポイントが近くにはない。近くの
市民の健康は大丈夫なのか。
②事業所で扱う A 物質と B 物質の排出量が大きいので対策をしたいが、予算や工程を考えると一度には
できそうにない。費用対効果を考えると、どちらの物質を先に対策すべきか。
③工業専用地域内の工場なので近くに住民はいないが、風向きによっては市街地に「化学物質」が流れ
ていく。環境濃度を測定したいが、測定できる場所がない。いい方法はないか。
④事業所周辺の環境濃度を測定したいが、測定業者に問い合わせたら測定ができない(測定方法がない)
といわれた。どうしたらよいか。
この「化学物質取扱い事業所周辺の環境リスク評価のための手引」を利用して、リスク評価を積極的
に実施し、リスク管理を実践していくことが重要です。
「化学物質取扱い事業所周辺の環境リスク評価のための手引」は、下記のとおり、市ホームページに掲載。
http://www.city.kawasaki.jp/30/30kagaku/home/kagaku/tekiseikanri/assessment.htm
pg. 30
6 川崎市のリスク管理に関する取組と目標
最後に、川崎市のリスク管理について、市の取組及びめざすものについて説明します。
まず初めに、川崎市でのリスク管理に関する取組は、事業者の皆さんがリスク低減を目的と
したリスク評価に基づくリスク管理を行うことです。
具体的には、「安心して健康に暮らせるまち」作りに貢献すること、すなわち、リスク評価
の実施結果を通して、次の2点について事業者に求めております。
第1に、科学的知見及び科学的知見に基づくリスク管理の規準を満足させ「安全」を確
保すること
ここで科学的知見に基づくリスク管理の規準とは、閾値のない「化学物質」
、発がん性物質について
-5
-5
10 の基準を満足していることです。なお、川崎市では、10 以上の場合、レベル1として、詳細な評価
を行う候補としています。また、10-6 以上及び 10-5 未満の場合、レベル2として、情報収集に努める必
要があるとしています。
なお、閾値のあるもので、閾値以下となっていれば、
「安全」と考えることができます。
第2に、地域社会に容認される「安心」を確保すること
地域社会に容認される「安心」とは、リスクコミュニケーション等によって、事業者と地域住民の相
互理解を通して導き出されることが期待されるものをさします。
ただし、多数の「化学物質」に排出基準等を適用し、その遵守を確認することによって全ての事業者
に等しい「安全」と「安心」のレベルの確保を求めることは、使用実態のない「化学物質」についても
一律に管理対象となり非効率的であることや、事業者の経済的体力等の違いにより、困難だとも思われ
ます。このため、リスク管理は、自主管理として、リスク低減に向けた「化学物質」の適正管理を実現
するために実施するものです。自主管理は、事業者の創意工夫によって、自らの事業所内で、削減し易
い物質から手が着けられるという点で、柔軟な対応が可能となり、工夫しだいでは費用対効果が高い措
置を施すことができると考えられます。この観点から、自主管理の特性を生かして、それぞれの事業所
が置かれている経営状況等に基づき、リスク管理を実施していくことが必要です。
では、次に、なぜリスク低減が必要なのか、リスク低減とは具体的に何をすればいいのか、リスク削
減によって事業者はどんな利益を受けるのかを確認します。
6-1 リスク低減の必要性
川崎市においては、従前から、市条例に基づき「化学物質」の適正管理が実施されてきたとともに、
また、化管法に基づく PRTR 届出制度が開始されて以来、自主管理に基づき化管法対象化学物質の環境へ
の排出が低減されています。具体的には、例えば、川崎市の平成 21 年度 PRTR 集計結果を見てみると、
pg. 31
平成 21 年度分の届出排出量は、2001 年(平成 13 年)度分(集計開始時)と比較して、65%減少してい
ます。また、平成 22 年度時点において、大気汚染防止法に基づく有害大気汚染物質に係る環境基準の定
められている4物質(ベンゼン、トリクロロエチレン、テトレクロロエチレン、ジクロロメタン)
、及び
指針値の規定されている(アクリロニトリル、塩化ビニルモノマー、水銀、ニッケル化合物、クロロホ
ルム、1,2-ジクロロエタン、1,3-ブタジエン、ヒ素及び無機ヒ素化合物)について、全て基準や指針値
を満足しています。このように、現状、事業者の自主管理による努力の結果として、成果が現れていま
す。
このように、一定の削減成果は得られておりますが、
「化学物質」に対する国際社会の指摘や市民の不
安に対し更なる安全・安心に応えるため、更なるリスク低減を求める必要があると考えます。その具体
的な理由を次に示します。
① 光化学オキシダント、微小粒子状物質(以下「PM2.5」という。)の環境基準達成をめざすため
川崎市の平成 22 年度における環境測定結果では、光化学オキシダント(全 9 箇所の測定局で全て非達
成)、PM2.5(全 2 箇所の測定局で全て非達成)の環境基準は、全て非達成となっております。有害大気
汚染物質の一群の物質である揮発性有機化合物(以下「VOC」という。)は、大気中で二次生成粒子を発
生させ、それが、光化学オキシダントや PM2.5 発生の要因となっていることが知られています。環境省
の調査によると、これら VOC の排出は、約 9 割が事業所からの排出となっており、光化学オキシダント
や PM2.5 の環境基準達成のためには、事業所からの VOC の排出を、可能な限り、削減することが求めら
れています。
② まだ解明されていない「化学物質」の有害性によって、脆弱である子ども等が受けるおそれのある支
障に対して、未然に、予防的アプローチとして対処するため
環境省(エコチル調査)によると、
「近年、子どもたちの間で、先天奇形や小児喘息、精神発達障害な
どの心身の異常が急増しており、環境中の化学物質の影響の可能性が指摘されている。
」とされ、
「化学
物質」の影響の可能性(仮説)等を明らかにすべく、エコチル調査が実施(2011 年 1 月から 2027 年ま
で)されています。
「化学物質」にはいまだに解明されていない有害性(不確実性)が存在していると
考えられます。このことを考慮すると、過去の歴史的な悲劇(水俣病、イタイイタイ病、交通公害、四
日市喘息、カネミ油症事件等)を繰り返さないため、過去の教訓を無駄にしないためにも、自主的に予
防的アプローチとして、可能な限り、排出量の削減を実施していくことが必要であると考えます。
参考資料
環境省「子どもの健康に何が起こっているか」http://www.env.go.jp/chemi/ceh/why/reference.html
③ 環境に配慮している証拠として、市民が求める安全(社会が許容した約束・目標として設定されるも
の、又は、リスク評価結果に問題がないこと)に加えて、安心(主観的なもの)を求める気持ちに配
慮し、可能な限り排出量を削減することによって、CSR・EPR 等の責務を果たすため
現在、国内に流通している「化学物質」の種類は、5 万種類と言われており、毒性情報が明らかにさ
れたり、また、その毒性情報に基づく基準値(環境基準・指針値等)が設定されているものは、ほんの
一部にしかすぎません。有害性に基づいて届出対象とされている PRTR 届出制度についても、化管法対象
外物質を用いていれば、
安全であるというものではありません。
有害性が公表されているものの中から、
より毒性の低いものを選択する必要があります。まずは、自らの会社が、社会に及ぼしている、環境リ
スクを把握・管理下に置くことについて、リスクコミュニケーション等を行い、地域住民と環境リスク
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に係わる情報を共有することが必要です。これによって、会社は社会的信頼性という事業活動において
最も重要な事業基盤を獲得することができます。
6-2 リスク低減のための基本的な考え
安全・安心を確保するため、まずは、自らの事業所から排出される「化学物質」のリスク評価を実施
し、周辺住民に与えているリスク評価結果によるリスクを把握するということを前提に、自主管理に基
づき、次のリスク低減に向けた措置・対応を参考にして、会社の実情に合わせて、効率的な措置・対応
を図ってください。
リスク低減に向けた措置・対応の例
○飛散の可能性を低減させるため、使用する「化学物質」の数を減らし、できる限り「化学物質」を使わ
ない製品製造方法を検討する。
○化管法対象物質は環境中への排出を可能な限り削減こととする。特に、特定第 1 種指定化学物質は環境
中への排出量を徹底的に削減する(川崎市の環境基本計画では、2008 年度基準年として、2018 年度まで
に、特定第一種指定化学物質の排出量を 30%削減することとしている。
)
。
○化管法対象外物質を用いる場合には、明らかに有害性が小さい「化学物質」
(クリーンな物質・製品)
への代替ができないか再検討するとともに、環境中への排出量を削減できる取扱い方法を再検討する。
○使用する「化学物質」についての、より詳細で正確なハザード情報収集に努める。
○「化学物質」の飛散・流出は、非効率・非生産性、無駄であるという観点から、常に、クローズドシス
テムの導入、又は徹底した再利用・再生利用を検討する。
○常に、BAT・BEP についての情報収集を徹底し、その導入を検討し、実践する。
6-3 リスク低減によって事業者はどんな利益があるのか?
リスク低減に向けたリスク管理を実践することは、絶えず、自社の生産管理、すなわち、原材料の選
択から、原材料の受入・保管工程、生産工程、製品・廃棄物の保管工程までを、現状のままで問題が無
いか再検討することです。基本的に、このリスク低減の検討措置を実践することによって、次に示す利
益、ベネフィトがある可能性が考えられます。
① 生産効率を高める可能性
リスク低減策を検討することは、クローズドシステムの導入、又は、徹底した再利用、再生利用シス
テムを導入することにより、
無駄を削減し、
生産効率を高める余地が無いかを検討する機会となります。
検討の結果、生産効率を高められることが判明した際には、そのシステムを導入することにより、リス
ク低減が達成される可能性があります。
② 事業所で働く従業員の健康リスク低減、職場の労働環境の改善の可能性
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周辺住民へのリスク低減に結びつく対策は、その事業所で働く従業員への健康リスク低減にもなり、
職場労働環境の改善に繫がる可能性があります。
③ 環境リスク低減に取組む事業者として、社会的信頼性を獲得し、ビジネスチャンスが広がる可能性、
及び環境リスク低減という観点から、社会に貢献しているという従業員のやりがいとやる気の創出
環境リスク低減に取組む事業者として、社会的信頼性、ステイタスを獲得し、ビジネスチャンスが広
がる可能性があります。また、環境リスク低減という観点から、社会に貢献しているという従業員のや
りがいとやる気の創出することができると考えられます。
私たちは、科学技術の進歩に合わせて、少しでも、更なる安全・安心が確かなものとして感じられる
川崎の町を作り、次の世代へ引き継いでいく責務を負っています。
リスク管理を実践するためには費用がかかります。しかし、リスク管理を実践することによって、
「社
会的信頼」と「社会に貢献しているというやり甲斐とやる気」という貴いベフィットが与えられるとと
もに、生産効率向上、又は職場労働環境の改善の可能性があり、結局、長期的には、利益が増大するこ
とも考えられます。持続可能な社会の中で持続可能な事業者となって、この多様性と不確実性に満ちた
社会に生き残っていくためには、あらかじめ、リスク管理費用としてのコストを予算に計上するという
リスクを取ることが必要です。
今、
「リスク管理による予防的アプローチ」に経営の舵をきる判断が求められています。
まずは、はじめの第一歩、何よりも「リスク評価」とそれによる「リスク管理」の実践が大切です。
コラム
【J.F.Kennedy の名言】
「国があなたのために何ができるかではなく、あなたが国のために何ができるか、問いかけてください。
」
Ask not what your country can do for you.
Ask what you can do for your country !!
この言葉は、多くの示唆に富んだ言葉です。まるで、
「自主管理」の本質を語りかけているようです。
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