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反転授業を導入したアクティブラーニングの実践

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反転授業を導入したアクティブラーニングの実践
反転授業を導入したアクティブラーニングの実践
永田
奈央美
大学の導入教育における情報リテラシ授業は ,個人学習だけでなくグループでの協働学
習に重きを置いた PBL を実践している.しかし,従来型の授業形式では協働学習のため
の授業時間があまりとれず,その成果を十分に上げているわけではない .そこで本論文で
は,反転授業を導入することにより,協働学習主体の授業形式への転換が可能であると考
え,教員にそれほど負荷をかけることなく実現するために必要な教材の要件とその実施方
法について検討した.
1.はじめに
近年,多くの大学の初年度情報教育として「情報リテラシ」授業が展開されている .情
報リテラシ授業は,コンピュータをツールとして問題解決する方法を学ぶ授業である .そ
のため,個人学習のみならず,グループで情報交換・共有しながら協働学習させる形式が
多く採られている.本学では,調査報告会の準備と実施の一連を通して本授業を展開して
いる.従来の授業形式は,教師からの知識伝達により基本的知識を習得させてから,グル
ープで調査報告会に向けて準備を行わせていた.この形式であると,充分なグループ学習
の時間が取れず,協調する態度に個人差が生じる.そのような中で,近年,新たな授業形
式として「反転授業」方式が提案されている.
「反転授業」を導入することにより,グルー
プでの学習時間を多く費やし,協調態度の個人差を減少することができるのではないかと
考えた.そこで,教師が膨大な負荷的労力をかけず反転授業形式に変える教授方法と教材
改訂法について検討した.
2.反転授業
反転授業とは,説明型の講義など基本的な学習を宿題として授業前に行い ,個別指導や
プロジェクト学習など知識の定着や応用力の育成に必要な学習を授業中に行う教育方法で,
オンラインと対で組み合わせたブレンド型学習の一形態と考えることができる .そして,
反転授業を導入することにより,落第率の低下や合格率の改善等の効果が報告されている
[1].また,グループでの討論を伴う授業においても反転授業が有効であることが示されて
いる[2].反転授業に関する先行研究では,MOOCs を活用した授業実践[3]や e-portfolio 学
習[4],コミュニケーション支援[5]に重きが置かれている.これらの先行研究は,束縛要因
が少ないインフォーマルな学習環境での展開事例が多い.また,学習者の理解の変化につ
いて効果を測定し考察している.しかし,本研究で対象とする情報リテラシ授業は,イン
フォーマルな学習環境には適していない.したがって本研究では,ノンフォーマルな学習
環境の中での反転授業の実践方法について検討し,協調学習による学習者の意識の変化に
着目した.
3.情報リテラシ教育
3.1 情報リテラシの理念
「情報リテラシ」とは,個人の情報活動に関する常識を学ぶものとして定義づけられる .
そして,この活動を学習者が主体的に学ぶアクティブラーニングが重要であるとし,科目
の理念としている.この理念に基づき,学習者には,問題発見学習(自ら問題を設定し,考
え,解決する力を育成させる)と課題解決型学習 (プロジェクトにより課題解決させる)
させることが求められている. つまり,本授業は情報リテラシ能力のみならず,対人関係
やコミュニケーションスキルといったジェネラルスキルの育成が重要である .
問題の発見,情報の収集,論理的な分析や考察,情報の創造・討論,意思決定,報告書の
作成・発表といった学習者に必要な情報リテラシはプレゼンテーション(調査報告会)の
準備と実施に集約されている.この準備と実施をグループのメンバで情報交換・共有させ
ながら協働学習させる形式を採り,授業を進めることとした.具体的には,グループで調
査報告するテーマを決定し,そのテーマに関する情報を収集,分析,加工し,情報を発信
する一連の流れを学ばせるようにした(図1).
図1
情報リテラシ授業の進め方
3.2 各回授業の進め方と問題点
本授業は,学習者の主体性を重視している.そのため,教師から学習者への一方的な知
識伝達型の授業スタイルではなく,教師が学習者へ「考える」切っ掛けを与えながら双方
向に展開する知識構成型の授業スタイルで展開したい.しかし,学習者は大学1年生であ
り,
「情報リテラシ」の基礎知識やコンピュータの基礎的操作方法を習得していない.その
ため,各回の授業の初めは知識伝達型の授業スタイルによって個人学習させ,その後,協
働作業させていた(図2).
図2
これまでの授業の進め方
ところが,それでは後半の協働学習の時間があまりとれず,十分な調査報告会の準備が
できていなかった.その結果,以下のような問題点が生じていた.


グループの成果物に質の差
フリーライダーの存在
そこで,この問題を解決するために反転授業を導入し,協働作業やフリーライダーを教
員がコントロールできる仕組みを検討した.
4.情報リテラシ教育への反転授業の導入
本研究では,反転授業を導入することにより,グループでの学習時間を多く費やし,協
調態度の個人差を減少させたいと考えた.そこで,教師が膨大な負荷的労力をかけず反転
授業形式に変える教授方法と教材改訂法について検討した .
グループでの協調作業を円滑に行わせるために,PDCA サイクル(計画を立てて実行し,
反省して次の行動に備えるプロセス)を基本とし,図3のモデルを基に授業を運用した.
Plan で目標設定と行動計画を行わせ,Do で役割決定と具体的行動をさせる.さらに Check
で途中成果を測定・評価させ,Action で Check 結果に基づき必要に応じた修正を行わせ
る.一連のサイクルが終わったら,反省点を踏まえて再計画へのプロセスへ入り,次期も
新たな PDCA サイクルを進めるよう指示する.本授業では,グループ活動の Plan の段階
で,個人活動の PDCA サイクルを一周させるよう工夫した.
図3
個人活動とグループ活動を融合した PDCA サイクル
4.1 反転授業導入による授業の進め方
「基礎知識の獲得」の場面で使用していた教材を全て e-Learning で配信し,学習者に事
前学習させるようにした.そして,獲得した知識を活用して,授業中にグループで「調査
報告会の準備」をするという進め方へ変更した(図4).
この進め方に従い,「課題」および「授業(調査報告会の準備)」の各段階に適宜「考え
る」
「考えを共有する(発言・ディスカッション)」過程を取り入れた.これによって,学習
者の授業に向かう態度は,知識を注入される受動的態度から,自ら学ぶ能動的態度へと転
換すると考えた.
図4
反転授業導入による授業の進め方
4.2 事前学習での e-Learning の活用
「考える」と「考えの共有」,「基礎知識の獲得」を事前学習の段階で学習者へどう導く
かが重要である.本研究では,事前学習に次の3つの手法を導入する.



学習ノートの作成
学習ノートの共有とコミュニケーション支援
講義資料をベースにした教材の配布
以下で,その詳細について説明する.
4.2.1 学習ノートの作成
知識獲得作業における「考える」プロセスを支援するために,その回の授業で学ぶテー
マに関する発問を記した「学習ノート」を作成し,e-Learning で配信した.
学習ノートの発問は,そのテーマに基づいて教師が作成する.例えば,
「数量的データ分
析」を学ぶ回では,図5のように手書きでグラフを作成させてから,コンピュータでグラ
フを作成させる.作成したグラフは,e-Learning 上の成果物提出機能へ投稿させる.
図5
学習者が投稿した学習ノートの一例(手書きでグラフを作成した課題)
その後,「コンピュータでグラフを作成することのメリットはどんなことでしょうか? 」
といった発問を記す.学習者は,図6のように,自らの意見をこの学習ノートへ記入し投
稿する.これにより,事前学習の段階で,次の授業のテーマについて「考える」ことができ
る.また,各回の学習ノートを蓄積することができるため,過去に考えたことを振り返る
ことも可能となる.さらに,個々の学習者のペースで,内化した「考え」を外化させること
ができる.
図6
学習ノートへの「考え」投稿画面
4.2.2 学習ノートの共有とコミュニケーション支援
学習ノートをグループのメンバに公開し,それに対してコメントを投稿することも可能
とした.実際に他の学習者や教員によってコメントされた例を図7に示す.
図7
考えの共有の一画面
このことによって,他者の意見をベースに学習者と学習者,または学習者と教師間での
ディスカッションが容易となり,「考えの共有」プロセスを支援することができた.「考え
の共有」とは,学習者自らの考えと他者の意見を比較することでもある.自己と異なる考
えや前提を持つ他者に対して,自らの意見を発言し説明を試みるうちに,学習者自身でも
曖昧であった問題への理解が深まると考えられる.さらに,これらのことが事前学習期間
に行われることにより,授業でのディスカッションが活性化された.一方,投稿内容を分
析すると,コメント内容と提出物の質の差が生じていた.
4.2.3 講義資料をベースにした教材の配布
従来の授業形式においては,講義内容を教師から学習者へスライド資料を利用しながら
座学で行っていることが多かった.本研究では,この時利用していたスライドと確認問題
を設定したものを教材(Learning objects)として e-Learning 配信し,学習者が事前学習
できるようにした(図8に示す).
図8
e-Learning による教材配布
e-Learning は,学習者が主体的に学ぶことを重視しており,フォーラムを中心とした討
論形式機能が充実している.従来,授業で提示していたスライドや配布資料はデジタル化
されていることが多い.したがって,事前学習用の教材は既存のスライド資料をベースに,
各スライドを説明する文章か動画を追加することと,単元ごとの確認テストを追加するこ
とで,容易に作成できると考えられる.
さらに,2014 年からインターネット上で無料配信されている動画コンテンツ MOOC を
教材として提供し,事前学習における講義資料として利用した(図9).Moodle や MOOC
等の e-Learning プラットフォームを利用すれば確認テストを作成し,配信することはそれ
ほど難しくない上に,学習者は,携帯端末でも問題を解くことができるようになるため,
事前学習に適していると考えられる(図10).
これによって,事前学習のうちに,学習者の個人レベルの基礎知識とリテラシスキルを
高めておくことができ,学習者の学習ペースで基礎知識を習得させることができるように
なった.
一方,教師は事前に学習者の「意識レベル」と「知識レベル」を把握することができる .
これにより,授業中に学習者へ学習させるべき事項が明確になる.
図9
MOOC(日本国内版 MOOC:gacco)の一画面
図10
事前学習の理解度確認テスト
4.3 授業(調査報告会の準備)
授業は,グループで行う調査報告会の準備に重きを置いて実施した .グループごと調査
報告会(例:
「東海沖地震の備えと対策について」や「成人病を防ぐための理想的な食生活
について」等)のテーマに対して情報を収集・分析・加工し,最終的に調査報告会にて発表
させた.各回の授業では,図3のグループ活動における PDCA サイクルに基づいて授業を
進めた.プロジェクト定義書(プロジェクト管理や生産管理などで工程管理に用いられる
表)や,図11に示すガントチャート(プロジェクトを計画・管理するために,必要な作業
を洗い出し,全体の作業の流れおよび進捗状況を表したチャート)を作成させた.その計
画に従って,学習者らは調査報告会の準備を行い,図12に示す報告書に基づいたグルー
プ活動報告を行った.
図11
図12
グループ活動の「Plan」で学習者が作成したガントチャート
グループ活動の「Check」で学習者が作成したチーム活動報告書
反転授業の導入により,個人レベルのリテラシスキルを習得させた上で協働作業に進め
られた.そのため,質の高い協働作業が行なわれ,グループの成果物の質が高まった.ま
た,事前に注意すべき学習者が把握でき,授業でその学習者をコントロールすることがで
きた(図13,14).
図13
調査報告会の準備の様子
図14
調査報告会の様子
5.反転授業における事前学習の効果
5.1 e-Learning の利用状況
e-Learning を活用した事前学習のログデータを抽出し,学習者の学習状況を分析した.
アクセス回数は,一人あたり一週間で平均 1.16 回アクセスしており,全ての学習者が事前
学習を試みていた.一週間に2回以上アクセスしていた学習者は平均 3.1 名いた.それ以
外の学習者は一回のみしかアクセスしていなかった.アクセスしていた曜日を分析すると,
48.2%が授業前日の木曜日,28.2%が授業直前の金曜日,23.5%が日曜日にアクセスしていた.
授業が始める間際に事前学習をしていた傾向がみられた .履修者 16 名の学習行動特性を分
類すると,短期間に集中して学習することを繰り返した「分散群」は2名,授業の直前に
まとめて学習した「直前集中群」が 12 名,コンスタントにアクセスを分散させ学習した「コ
ンスタント群」が2名いた.
5.2 学習ノートの発言内容
教師の発問1回に対して,学習者全体では平均 1.5 回の発言がされていた.初回の事前
学習では,教師の発問に対して発問しない学習者が1名いた.それに対して,他者の意見
を踏まえて再び発言した学習者が5名いた.それらの発言内容は,
「他者の意見に同意する
意見」,
「他者の意見に反対する意見」,
「新たな提案をする意見」,
「新たな質問をする意見」
が見受けられた.
図15
各回における学習者の発言回数
各回の発言回数を比較すると,図15のように1回目と7回目は発言回数が減少し,2
回目と5回目は発言回数が増加していた.この理由を求めるために,各回の授業後に取得
したアンケートを分析した.その結果,1回目は発言に対して抵抗感を示すデータ(「誰も
発言していない状態でコメントするのは抵抗がある」
「自分の意見が間違っているのではな
いかと自信がない時は発言しにくい」)が 52.6%あった.7回目は,発問の難易度を指摘す
るデータ(「発問の意図を読み取るのが難しかった」「発問で聞かれていることが理解でき
なかった」)が 43.2%あった.教師の発問の内容によって,学習者の反応が異なるため,
「考
える」行為を促進させるための発問の質を追究する必要があると感じた.
一方,2回目と5回目のアンケートでは,他者から発言を促されたことを表するデータ
(「グループのメンバがヒントを教えてくれたので発言をしてみようと思えた」)が 64.2%
あった.発言に対して抵抗感を感じていた学習者が他者からの影響によって促進されてい
たことがわかった.
発言しないことを2回繰り返していた学習者の1回目と2回目のアンケートを分析する
と,発言に対する抵抗感を表すデータが見受けられた.(「発言しようとしたけれど,緊張
してしまってできない」)しかし,3回目以降には,発言に対して積極的なデータ(「リー
ダも頑張っているので,次回は発言したい」)が見られた.発言に対して消極的であった学
習者が,発言に対して積極的な学習者の言動に影響され,発言を試みようとしていたこと
がわかった.
5.3 学習者の意識の変動
図16に示すように,教師の発問は,学習者へ次の授業のテーマについて「考える」切
っ掛けを与え,学びの「動機づけ」をさせる効果がある.発問に対して,なぜだろう?どう
してだろう?といった「気付き」が誘発される.そして,自己が内省した考えをコミュニ
ケーションの場で「共有」することができ,これは他者への「外化」を促すことになる.
「共有」によって,学習者自らの考えと他者の意見を比較することもでき,学習者自身が
曖昧であった問題への理解が深化される.
図16
学習者の意識モデル
6.おわりに
本研究では情報リテラシ教育において,質の高いグループワークを実現させるために,
反転授業に注目し,教員にそれほど負荷をかけることなく実現するために必要な教材の要
件とその実施方法についての検討を行った.具体的には,反転授業を考慮したシラバスの
再構築と学習の進め方の骨組みについての検討を行い,事前学習でやるべきことと授業時
に実施すべきことを明確にした.さらに,事前学習が円滑に行えるように学習ノートと,
それに基づいたコミュニケーションツールを設置するとともに,事前学習用の教材の作成
を行った.
本研究で提案した授業実践により,学習者の「意識レベル」と「知識レベル」を高める事
ができた.事前に,教師は学習者の「意識レベル」と「知識レベル」を把握することができ
るので,授業で学習者へ教示すべき内容が明確になった.
今後は,学習者が学習ノートへ発言した内容を分析し,学習者間のコミュニケーション
の形態を可視化分析していく.
参考文献
[1]Bergmann, J., & Sams, A. (2012) Flip your classroom: Reach every student in
every class every day. International Society for Technology in Education
[2]Fulton, K. (2012) Upside down and inside out: Flip Your Classroom to Improve
Student Learning. Learning & Leading with Technology,39,8,pp.12-17
[3]重田勝介,布施泉,岡部成玄 (2013) オープン教材を用いた反転授業の実践と分析.日
本教育工学会第 29 回全国大会講演論文集, pp.223-226
[4]山内祐平,大浦弘樹,池尻良平,伏木田稚子,安斎勇樹(2015)MOOC と連動した反転学
習における歴史的思考力の評価.日本教育工学会第 31 回全国大会講演論文集, pp.323324
[5]森朋子,矢野浩二朗,本田周二,溝上慎一,山内祐平(2015)反転授業の学びの構造を考
える-アクティブラー ニングの視 点から -日本教育工学 会第 31 回 全国大会講 演論文集 ,
pp.327-328
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