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小地域の観光規模推定手法の開発-鉄道駅・路線別
小地域の観光規模推定手法の開発-鉄道駅・路線別集計の試み-* 立正大学 宮川 幸三※ 法政大学 菅 幹雄 【要旨】 日本では、2012 年に実施された「経済センサス-活動調査」によって、初めて共通の調査フレームワ ークのもとで全産業を対象として事業所の生産活動の詳細が調査された。事業所を対象とした調査の利点 の 1 つは、生産活動の場所を特定化できることである。これにより、一定範囲内に立地する事業所の活動 を集計すれば、市区町村のような小地域はもとより、理論的には行政区画に制約されずに自由に設定した 地域における生産活動についても正確に把握することが可能となる。本研究の目的は、ここで述べたよう な視点に基づき、事業所を対象とした統計調査を利用して実際に行政区画を超えた小地域の生産活動実態 の把握を試みるものである。 本研究では、1 つの事例として、行政区画に制限されない小地域の観光規模把握の新たな手法を開発 する。今回は、 「観光地域経済調査」や「経済センサス-活動調査」といった事業所を対象とした供給サ イドの統計データを用いて、東京都 23 区内の駅および鉄道路線を単位とした観光向け生産額および観光 GDP の推計を試みる。これらは、観光客の消費活動に起因して発生する生産活動の大きさを表すもので あり、観光客の移動パターンと密接な関係がある。いうまでもなく、観光客が多く訪れる地域の観光消費 額は大きく、そのような地域に観光関連産業は立地・集積していると考えられる。本研究では、推計した 鉄道駅周辺および鉄道沿線の観光向け生産額に基づき、 「空港や新幹線の駅からの乗り換え回数が少ない 駅や路線ほど、当該駅あるいは当該路線周辺の観光向け生産活動の割合が高い」という仮説について検証 を行う。 これまでに行った分析の結果、羽田空港および成田空港については、空港から駅に向かう際の乗り換 え回数が多い駅周辺ほど、一駅当たりの宿泊業の GDP 金額と全産業に占める比率が共に低下することが 明らかとなった。また新幹線駅として取り上げた東京駅と品川駅に関する分析結果からも、少なくとも乗 換回数の増加に伴って目的地駅周辺の宿泊業の GDP 金額が減少する傾向が示された。これらの結果は、 市区町村等の行政区画を単位とした統計データの集計だけでは導出され得ないものであり、行政区画に制 限されない地域を単位とした集計の必要性を示唆するものであった。 本研究は、平成 26 年度文部科学省科学研究費補助金(基盤研究(C) 、研究課題:地理情報システムを利用した地域の観 光 GDP 推計手法の開発、研究代表者:宮川幸三、研究課題番号:25380270)の助成を受けている。 * Development of A Method to Estimate Small Area Tourism Economy –A Provisional Estimation of Tourism GDP by Railroad line in Tokyo –* Kozo Miyagawa (Rissho University)※ Mikio Suga (Hosei University) Abstract In Japan, the first “Economic Census for Business Activity” which covers the all establishments of all industries was conducted in 2012. An advantage of the survey is to enable us to specify the location of each establishment. By aggregating the data of establishments which are located within an arbitrary region, we can observe the regional production activity, even if the region is not divided by administrative district. From such perspective, the objective of our research is to develop a new method to estimate the scale of production activities for a small region. In the study, as an analytical example, we estimated the value of product for tourism and the tourism GDP generated within 800 meters of each train station in the 23 special wards of Tokyo using some supply-side statistics such as “Regional Tourism Economic Survey” (RTES) and “Economic Census”. Moreover, we tested a hypothesis that the number of transfers for arriving the destination (a train station) from an airport or a Shinkansen (a high-speed train) station is negatively correlated with the ratio of GDP of the accommodation industry around the station, which means the more the number of transfers, the less the ratio of GDP of the accommodation industry. As the result, we proved the hypothesis correct for the cases of Haneda airport, Narita airport and Shinagawa station. This result is not likely to be derived from the data aggregated by administrative district. It indicates the importance and the necessity of the aggregation beyond the administrative district. * ThisresearchwassupportedbyaGrant‐in‐AidforScientificResearch(C)(25380270)fromtheJapanSocietyforthePromotion ofScience(JSPS). 小地域の観光規模推定手法の開発-鉄道駅・路線別集計の試み-* 立正大学 宮川 幸三※ 法政大学 菅 幹雄 1. 本研究の目的と概要 日本では、2012 年に実施された「経済センサス-活動調査」によって、初めて共通の調査フレームワ ークのもとで全産業を対象として事業所の生産活動の詳細が調査された。事業所を対象とした調査の利点 の 1 つは、生産活動の場所を特定化できることである。これにより、一定範囲内に立地する事業所の活動 を集計すれば、市区町村のような小地域はもとより、理論的には行政区画に制約されずに自由に設定した 地域における生産活動についても正確に把握することが可能となる。本研究の目的は、ここで述べたよう な視点に基づき、事業所を対象とした統計調査を利用して実際に行政区画を超えた小地域の生産活動実態 の把握を試みるものである。 本研究では、1 つの事例として、行政区画に制限されない小地域の観光規模把握の新たな手法を開発す る。いわゆる観光地を考えた場合、その空間的な範囲は必ずしも行政区画に一致するものではなく、行政 区画の一部であるケースや複数の行政区画にまたがっているケースを考えることもできる。従って、観光 地の実態を把握することを目的とした場合、 行政区画とは異なった地域を単位として統計データを集計し、 分析を行わなければならないケースも多い。 今回は、 「観光地域経済調査」や「経済センサス-活動調査」といった事業所を対象とした供給サイド の統計データを用いて、東京都 23 区内の駅および鉄道路線を単位とした観光向け生産額および観光 GDP1 の推計を試みる。これらは、観光客の消費活動に起因して発生する生産活動の大きさを表すものであり、 観光客の移動パターンと密接な関係がある。いうまでもなく、観光客が多く訪れる地域の観光消費額は大 きく、そのような地域に観光関連産業は集積していると考えられる。本研究では、推計した鉄道駅周辺お よび鉄道沿線の観光向け生産額に基づき、 「空港や新幹線の駅からの乗り換え回数が少ない駅や路線ほど、 当該駅あるいは当該路線周辺の観光向け生産活動の割合が高い」という仮説について検証を行う。 以下では、第 2 節において本研究でも利用する日本の観光統計について整理したうえで、3 節では分析 手法の概要を、4 節では分析結果の概要を示している。 2. 日本の観光統計 近年の我が国における観光の重要性の高まりに伴って、観光統計も急激な発展を遂げた。本研究は、小 地域の観光規模を求めるものであり、 その基礎となるデータとしては主に観光統計を使用することになる。 そこで本節では、主に現在観光庁が実施している観光統計を整理した上で、小地域の観光規模把握に必要 な統計データの性質について考察する。 観光統計は、需要サイドの統計と供給サイドの統計に分類される。需要サイドの統計とは、観光客に対 本研究は、平成 26 年度文部科学省科学研究費補助金(基盤研究(C) 、研究課題:地理情報システムを利用した地域の観光 GDP 推計手法の開発、研究代表者:宮川幸三、研究課題番号:25380270)の助成を受けている。 1 観光 GDP とは、観光消費需要を満たすための生産活動によって生み出された GDP を指すものであり、日本全体の観光 GDP は、旅行・観光サテライト勘定(TSA:Tourism Satellite Account) (http://www.mlit.go.jp/kankocho/tsa.html、最終 アクセス日 2016 年 9 月 1 日)において求められている。TSA および観光 GDP の定義の詳細については、United Nations, (2008) を参照のこと。 * して調査を行うものであるのに対し、供給サイドの統計とは、観光関連の財・サービスを供給する事業所 を対象として調査を行うものである。 観光庁が実施している需要サイドの観光統計としては、 「旅行・観光消費動向調査」および「訪日外国 人消費動向調査」をあげることができる。両調査ともに、日本国内の観光客に対する調査であり、日本全 体の観光規模を把握することを目的としたものであるが、調査の場所が必ずしも訪問地点とは一致してい ないため2、都道府県や市区町村といった地域の観光規模を把握することは基本的には困難である。 地域の観光規模把握を目的とした需要サイドの観光統計としては、 「観光入込客統計」がある。観光庁 は 2009 年に「観光入込客統計に関する共通基準」 (国土交通省観光庁(2009))を策定し3、現在では大阪府 を除く 46 都道府県によって共通基準に基づいた調査が実施され、都道府県別の観光入込客数や消費額が 推計されている。共通基準では、各地域が地域内の一定規模以上の観光地点を選定した上で、いくつかの 観光地点において旅行者の消費額や観光地点数の調査(パラメータ調査)を実施し、それに基づいて地域 の実入込客数おおよび観光消費総額を求める方法が定められている。共通基準の策定によって、地域ごと の入込客数や観光消費額を比較することが可能になったものの4、いくつかの課題も存在する。1 つは調査 回数の問題である。国土交通省観光庁(2013)には、調査の回数に関して「四半期に含まれる休日から調 査日を1日決定してください。 」といった記述がある。費用や人員面での制約からやむを得ないものではあ るが、平日と休日の差や月ごとの変動を考えれば、これが一定の精度を保つのに十分な調査回数であると は言い難いことも確かである。もう 1 つの課題は、観光地点の選択にある。例えば、大型のショッピング センターを考えた場合、観光旅行者が多く訪れる場所であったとしても、同時に周辺の居住者が数多く訪 れている可能性がある。このような場所を観光地点の 1 つとして選定した場合、施設の入込客数は膨大で あるにも関わらず観光旅行者の比率が低いため、やはり推計精度は低いものになってしまう。これらは、 言ってみれば、観光地点において旅行者に直接調査を行う需要サイドの観光統計では必ず発生する問題で ある。調査方法に起因する精度上の懸念がある以上、異なるアプローチによって地域の観光規模を把握す る方法も考える必要がある。1 つの方法は、供給サイドの観光統計を用いることである。 観光庁が実施する供給サイドの観光統計調査としては、 「宿泊旅行統計調査」がある。これは、宿泊施 設に対して調査票を送付し、施設ごとの宿泊者数を調査するものである。従業者数 10 人以上の宿泊施設に ついては全数調査が、従業者 9 人以下の宿泊施設については標本調査が行われており、都道府県ごとに宿 泊者数に関する詳細な情報を得ることができる。ただし「宿泊旅行統計調査」では、日帰り客の人数を把 握することはできず、また消費額を把握することもできない。そこで観光庁は、もう 1 つの供給サイド観 光統計調査として、2012 年に「観光地域経済調査」を実施している。 「観光地域経済調査」では、宿泊業だ けでなく、飲食サービス業、小売業、旅客輸送サービス業、旅行業、スポーツ・娯楽サービス業、文化サ ービス業といった観光に関連する幅広い産業部門の約 9 万の事業所を対象としている。 調査項目としては、 事業所の従業者数や売上、費用などに加えて、 「売上金額における観光割合」や「年間営業費用の支払先地 域別割合」5、観光に関する当該事業所の特性として、観光協会への加盟の有無や、駐車場の有無、クレジ ットカード利用の可否、ホームページの有無、ガイドブックへの掲載の有無などが調査されている。一般 的に、供給サイドの観光統計調査の問題点は、事業所の売上金額を調査したとしても、それが観光客に対 2 「旅行・観光消費動向調査」は居住地への郵送調査であり、 「訪日外国人消費動向調査」は空港等において行われている。 その後 2013 年に一部改訂されている。 4 共通基準が作成される以前の入込客統計では、対象とする観光地点の定義や調査の回数、調査票の内容や母集団推計の方 法など、多くの面で地域ごとに異なった調査手法が適用されていたため、地域間比較を行うことができなかった。 5 この項目は、原材料費や外注費の仕入れを同市区町村内の業者から行っているのか、同都道府県内か、国内他都道府県 か、海外か、といった仕入先を調査するものであり、観光消費による波及効果の推定を目的とした調査項目である。 3 する売上であるのかそれ以外であるのかを区別することが困難である、という点にある。この問題に対し 「観光地域経済調査」では、通常の調査票と同時に「利用客調査票」を配布し、事業所が手元の情報で観 光割合を把握できていない場合には、利用客が観光客であるか観光客以外であるかを事業所自身に調査し てもらうことによって観光割合の情報を収集している。これはこれまでにない画期的な試みであり、これ によって事業所別に観光向け売上額を把握することを可能にしている。 供給サイドの観光統計の利点の 1 つは、1 回の調査で過去 1 年間の毎月の情報を収集することができる 点にある6。この点は、前出の「観光入込客統計」のような需要サイド調査において、たとえ毎四半期に調 査を行ったとしても、年間を通じた推計の精度に問題があることと対照的である。もう 1 つの大きな利点 は、確かな母集団名簿が存在する点である。需要サイドの観光統計においては、訪問地域別の観光客の母 集団名簿が存在しなかったのに対し、供給サイドの観光統計では前出の「事業所母集団データベース」の ような事業所の母集団名簿が存在する点は、供給サイド統計の大きなメリットの 1 つであり、地域集計に 適した性質である。 このように需要サイド観光統計と供給サイド観光統計の性質を考えれば、本研究が目的とする行政区画 に一致しないような小地域を対象とした観光規模把握に関しては、供給サイドの観光統計調査が有効であ るといえる。そこで本研究では、 「観光地域経済調査」 、および「経済センサス-活動調査」といった供給 サイドの統計データを用いて、東京都 23 区内の鉄道駅および路線別に観光規模把握を試みる。次節では、 分析手法の詳細を述べる。 3. 分析手法 本研究の目的は、東京都 23 区内の鉄道駅お よび鉄道路線別に観光向け生産額および観光 GDP の推定を試みることである。本研究にお ける鉄道路線別観光向け生産額および観光 GDP とは、鉄道路線(例えば有楽町線など)の 全ての駅の周辺 800m 圏内で発生した観光向け 生産額および GDP のことである。鉄道路線別 の分析については、森 (2015) において、 「平成 21 年経済センサス-基礎調査」 を用いて常磐新 線路線周辺に立地する事業所に関する分析が 行われていた。本分析は、そこで用いられた技 法を応用したものである。図 1 は、有楽町線を 図 1. 鉄道路線別集計イメージ図(有楽町線のケース) 例にとった場合の分析のイメージ図であり、図 中の円が各駅の周囲 800m 圏を表している。この円内で発生した観光向け生産額および観光 GDP 総額を求 めるためには、以下の 2 段階のプロセスが必要となる。 第 1 段階としては、宿泊業、飲食業、小売業、といった産業部門別に、個別事業所の観光向け売上額を 求めることになる。これについては、前出の「観光地域経済調査」の個票データを使用することになる。 ただし「観光地域経済調査」はサンプル調査であるため、事業所の全数調査である「経済センサス-活動 調査」を合わせて利用し、 「観光地域経済調査」の結果に基づいて全事業所の観光売上額を推定する作業が 6 実際「観光地域経済調査」においても、従業者数や主な事業の売上については毎月の情報を収集している。 必要となる7 。その推定手法に関しては、 Frequency 3000 X = 446,373 Miyagawa et.al. (2014) において、GIS を利用 Method 1 Method 2 Method 3 Method 4 Method 5 Method 6 2500 2000 1500 1000 した手法が示されている。そこでは、 「観光地 域経済調査」より得られる個別事業所の観光 向け売上割合を被説明変数とし、GIS を用い て求めた観光地点や鉄道駅、宿泊施設等から 500 当該事業所までの距離を説明変数としたロ 0 , 出所:Miyagawa et.al (2014) より抜粋 (Unit : 10,000 yen) 図 2.地域観光売上額の推定結果比較 ジットモデルの推定を行った上で、そのパラ メータに基づいて地域観光売上額を繰り返 し推定し、GIS を用いない他の推定手法との 比較を行っている。図 2 は、その結果を表し たものである。GIS を用いた推計手法(Method 5, 6)が実際の地域観光売上額 446,373 に近い値を推定する 確率は、GIS を用いない方法(Method 1-4)に比較して大幅に高くなっていることがわかる。本研究におい ても、Miyagawa et.al. (2014) で用いられた GIS を利用した推計手法によって地域観光売上額を推定する。 この手法は、個別の事業所について観光売上額を推定した上で、地域内の事業所の観光売上額を集計して 地域の売上額を求めるものであるため、市区町村などの行政区画に影響を受けることなく、自由な地域設 定のもとで地域集計を行うことができる。本研究でいえば、駅周辺 800m 圏内に立地する事業所の売上額 を集計することによって、駅ごとあるいは鉄道路線ごとの観光売上額を求めることが可能となる。 次なる段階として、駅および鉄道路線別の観光売上額から観光向け生産額および GDP を推定すること が必要になる。GDP は、生産額から中間投入額を差し引いたものとして定義されるため、観光売上額を生 産額の概念に変換した上で、生産額に占める中間投入額以外の比率を乗ずることによって観光 GDP を計 算することになる。宿泊業、飲食業といったサービスに関しては、売上額が生産額に一致する。しかし小 売業における物品販売等の売上額については、それがいわゆる購入者価格評価による金額であるため、商 業マージン分や運賃分を分離し、商業部門と運輸部門および当該物品を生産した部門の生産額に分解しな ければならない。マージン率や運賃率については、地域別の値を把握することは困難であるため、産業連 関表より得られるマージン率や運賃率を用いることとする。この場合、マージン率や運賃率は全国一律で あることを仮定していることになる。しかし特にマージン率に関して言えば、 「経済センサス-活動調査」 より、当該事業所が主に販売している財の種類を知ることができるため、財ごとに異なったマージン率が 適用されることになる。 このように求めた生産額を GDP に変換する際には、前述のように「生産額に占める中間投入額以外の 比率」が必要となる。これについても産業連関表からデータを入手することができる。本研究では、菅 (2015) における市区町村産業連関表8より、東京 23 区それぞれの産業連関表より得られる比率を各部門の 生産額に乗じることによって、観光 GDP を計算することになる。従ってここでは、同一区内であれば全て の事業所について生産額に占める中間投入額の比率が等しいことを仮定していることになるが、少なくと も区のレベルでの特性を反映した推計を行うことができる。次節では、分析結果の概要を述べる。 2012 年に実施された「観光地域経済調査」は、2011 年の活動に関する調査であったため、それに対応する全数調査とし ては「平成 24 年経済センサス-活動調査」 (やはり 2011 年の活動について調査したもの)を用いることになる。 8 これは、著者の一人である菅が、 「平成 23 年経済センサス-活動調査」の個票データに基づいて日本の全ての市区町村を 対象として産業連関表を作成したものである。データは法政大学日本統計研究所(https://www.hosei.ac.jp/toukei/indexj.html)より地方自治体に向けて提供されており、また随時精度向上に向けた改定作業が行われている。 7 4. 分析結果の概要 前節では、観光 GDP を求めるための手法を述べた。ただし、前節の手法を実際に適用するためには、 「観光地域経済調査」および「経済センサス-活動調査」の個票データが必要であり、そのためには統計 法に基づいてデータの使用申請を行う必要がある。現時点においては使用申請を行っているものの、まだ 実際のデータ提供がなされていない段階であるため、本稿では、公表されたデータのみを使用して、鉄道 駅ごとに宿泊業が産み出した GDP の推計を試みている。 具体的な手法としては、 「経済センサス-活動調査」個票の代替的なデータとして、 「経済センサス-活 動調査」の特別集計である「町丁・大字別集計」の結果を用いる。これは 23 区で言えば「××区 ○○ 1 丁目」といったレベルの地域区分に基づく、産業大分類別の事業所数および従業者数のデータである。た だしこのデータでは、宿泊業と飲食業が分割されていないため、インターネット上から収集したグルメサ イトおよびホテル予約サイトの個別事業所に関する情報を用いて、宿泊業と飲食業の従業者数を分割する 作業を行った9。さらに、23 区別の産業連関表における部門別付加価値額10のデータを、町丁・大字別従業 者数で案分することによって、町丁・大字別、産業大分類別(ただし宿泊業と飲食業は分割されている) に GDP の金額を求めた。このデータをもとに、GIS ソフトを用いて 23 区内に立地する各鉄道駅の周辺 800m に中心点が含まれる町丁・大字を確定し、それに基づいて鉄道駅ごとの産業大分類別 GDP を推計し 「観光地域経済調査」 た11。ここから更に観光 GDP を分離して推計することが本研究の最終目的であるが、 の個票を使用することができない現時点では、その大部分が観光に起因して産み出されたと思われる宿泊 業 GDP の金額と、全産業 GDP に占める比率を求め、これについて結果表を作成している。 本稿の分析では、東京近郊の空港として、羽田空港および成田空港を取り上げ、各空港から 23 区内の 駅まで鉄道を使用した場合の乗り換え回数を調べた。 表 1. 羽田空港・成田空港からの乗換回数別宿泊業 GDP 金額および割合 羽田空港 乗換回数 23 区内 鉄道駅数 成田空港 宿泊業 GDP 金額平均値 宿泊業 GDP 割合平均値 23 区内 鉄道駅数 宿泊業 GDP 金額平均値 宿泊業 GDP 割合平均値 0回 42 4,067 0.46% 49 5,184 0.36% 1回 223 2,822 0.24% 287 2,349 0.23% 2 回以上 192 1,213 0.14% 121 867 0.14% 表 1 は、両空港からの乗換回数別に、23 区内の鉄道駅数、一駅あたり宿泊業 GDP 金額平均値、一駅あ 9 町丁・大字別の飲食業と宿泊業の合計従業者数、および 23 区別の飲食業従業者数、宿泊業従業者数を制約条件とし、飲食 店検索サイトより得られる町丁・大字別の飲食店舗数およびホテル予約サイトから得られる町丁・大字別の宿泊部屋数を初 期値として与え、Matrix Balancing 技法の 1 つである KEIO-RAS 法を用いることによって、 「経済センサス-活動調査」と矛 盾なく町丁・大字別の飲食業と宿泊業それぞれの従業者数を推計している。なお、 「経済センサス-活動調査」における 23 区内の本社を除く飲食業事業所数および宿泊業事業所数は、それぞれ 62,719 および 2,028 であったのに対し、飲食店検索サ イトおよびホテル予約サイトより得られる 23 区内の飲食店数および宿泊施設数は、それぞれ 75,944 および 829 であった。 このことから、飲食店検索サイトには閉店した飲食店が含まれている可能性が高く、またホテル予約サイトが全ての事業所 を把握し切れていないことは明らかであるため、本稿では、初期値として与える町丁・大字別の比率としてのみこれらのデ ータを使用している。KEO-RAS 法の詳細については、Kuroda (1988)を参照のこと。 10 正確には、産業連関表における粗付加価値部門計から家計外消費支出を除いた金額を用いており、これが GDP に相当す る概念となる。 11 実際の計算では、市区町村産業連関表において別掲されている本社部門に関連して、 「経済センサス-活動調査」では売 上が計上されていない「本所・本社・本店」を他の事業所と分離し、本社部門 GDP の推計も行っている。 たり宿泊業 GDP 割合(全産業の GDP に占める宿泊業 GDP の割合)を計算した結果である。これを見れ ば、空港からの鉄道乗換回数が増加するにつれて、明らかに宿泊業 GDP の金額も割合も高まっているこ とがわかる。さらに、23 区内の新幹線駅として東京駅および品川駅を取り上げ、 表 1 のケースと同様の計算を行ったものが表 2 である。これを見れば、品川駅については空港のケース と同様に、乗換回数が 1 回以上の駅において宿泊業 GDP の金額および割合が高まるが、東京駅について は、宿泊業 GDP の金額については同様の傾向がみられるものの、割合については明らかな結果が得られ なかった。東京駅から乗換回数 0 回で行ける駅の宿泊業 GDP 割合は 0.22%と、2 つの空港や品川駅のケー スに比較して大幅に低いものとなっていた。この結果は、東京駅近郊の鉄道駅周辺には、宿泊業以外の産 業(特に大規模な企業の本社)が多く集積しており、従って宿泊業の規模自体は大きいものの、宿泊業 GDP の割合が低いものになったと考えられる。 表 2. 東京駅・品川駅からの乗換回数別宿泊業 GDP 金額および割合 東京駅 乗換回数 23 区内 鉄道駅数 品川駅 宿泊業 GDP 金額平均値 宿泊業 GDP 割合平均値 23 区内 鉄道駅数 宿泊業 GDP 金額平均値 宿泊業 GDP 割合平均値 0回 170 3,729 0.22% 95 3,598 0.36% 1 回以上 287 1,390 0.22% 362 1,909 0.18% 以上の結果より、少なくとも空港からのアクセスのしやすさが、東京都 23 区内の宿泊業の立地および 集積に影響を与えていることは明らかであろう。この結果は、市区町村等の行政区画を単位とした統計デ ータの集計だけでは明らかにされ得ないものであり、行政区画に制限されない地域を単位とした集計の必 要性を示唆するものであった。 <参考文献> Kuroda, M. (1988) “A method of estimation for updating transaction matrix in the input-output relationships”,in Uno, K. and Shishido, S. eds., Statistical Data Bank Systems, Socio-Economic Database and Model Building in Japan, North-Holland : Amsterdam, chapter 2, 128–148. Miyagawa, Kozo, Hiroyuki Kamiyama, Ryuta Shimamura, Fumikado Yamamoto (2014) “Estimating establishmentlevel tourism sales using the Regional Tourism Economic Survey and Geographical Information System”, presented in the 12th edition of the Global Forum on Tourism Statistics, http://tsf2014prague.cz/programme/15-may. United Nations, (2008). Tourism Satellite Account: Recommended Methodological Framework 2008. 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