...

講演要旨集 - 大気環境学会

by user

on
Category: Documents
3

views

Report

Comments

Transcript

講演要旨集 - 大気環境学会
大気環境学会関東支部講演会
2012(平成 24 年)6 月 8 日
プログラム
13:00 開 会
13:00-13:10 趣旨説明
セッション 1:光化学大気汚染の対策と現況
13:10-13:50 講演 1「近年の対策とその根拠」
講演者:若松 伸司(愛媛大学 農学部)
Page 1-4
13:50-14:30 講演 2「光化学大気汚染の現状-発生源の変化と常時監視データを中心として-」
講演者:星 純也(東京都環境公社 東京都環境科学研究所)
Page 5-10
セッション 2:光化学反応の理解の課題
14:30-15:10 講演 3「地域別発生源対策の提案と課題」
講演者:井上 和也(産業技術総合研究所 安全科学研究部門)
Page 11-14
15:10-15:50 講演 4「OH 反応性を中心とした個々の発生源調査から見えてきた現状と課題」
講演者:梶井 克純(京都大学大学院 人間・環境学研究科/地球環境学堂)Page 15-18
15:50-16:00 休 憩
セッション 3:総合討論「今後の実効的な光化学大気汚染対策は何か」
16:00-1700 総合討論
説明資料 環境省 水・大気環境局 大気環境課 山本光昭課長
17:00 閉 会
-0-
Page19-20
大気環境学会関東支部講演会
2012(平成 24 年)6 月 8 日
光化学大気汚染の対策と現況
―近年の対策とその根拠―
若松 伸司
愛媛大学農学部・大気環境科学研究室
Atmospheric Environmental Sciences Research Laboratory(AESRL)
Faculty of Agriculture, Ehime University
[email protected]
1、 はじめに
光化学オゾンは NOx(窒素酸化物)と VOC(揮発性有機
化合物:volatile organic compounds)が紫外線のエネル
ギーを受けて複雑な化学反応を起こすことにより生成する。
このため光化学オゾン削減を行うためには、前駆物質であ
る NOxと VOC の発生源対策が必要となる。
しかし、光化学オゾン濃度と前駆物質発生源強度との関
係は非線形であり比例関係にはない。
また、
紫外線強度や、
気温の時刻変化がオゾン濃度の日変化をもたらす。これと
共に風向・風速や気温の立体分布等の気象条件や、都市の
粗度、地形等の地理的条件がオゾンの平面分布や立体的な
移動に大きく関わり、現象を更に複雑にしている。このた
め、対策効果の定量的評価には非定常三次元移流拡散反応
モデルを用いる必要がある。
平成 18 年 4 月 1 日から改正された大気汚染防止法の中
で、VOC の規制がスタートし、
「法規制」と業界の「自主的
取組」
とを適切に組み合わせて VOC の排出量を平成 22 年度
までに、平成 12 年度比で 3 割削減することが目標とされ、
光化学大気汚染対策との関連で、自動車発生源対策に加え
て固定発生源に対しての VOC の規制が実施されて来た。こ
れに関連して初めて非定常三次元移流拡散反応数値モデル
から得られる情報が用いられており、我が国の大気汚染対
策の歴史の中での新たなステップを踏み出したと言える。
このことも含めて、近年の光化学大気汚染対策の根拠、発
生源と環境濃度の推移、モデルを用いた対策効果評価の考
え方、今後、調査・検討すべき課題等について考えてみた
い。
2、用いられたモデルの基本構成と活用方法
2-1、数値モデルの概要
非定常三次元移流拡散反応数値モデルでは、局地気象モ
デルで得られた気象情報を用いて拡散・反応モデルでオゾ
ンの立体分布の計算が行われた。以下、関東地域における
オゾン計算部分に関しての情報を記載する。
・局地気象モデル
運動方程式、連続の式、熱力学方程式、水分保存式を用い
て、気流、気温、拡散係数の立体分布を求める。
-1-
乱流過程はレベル2以上のクロージャーモデルを使用。
放射過程、凝結・降水過程を含む。
計算領域は東京都を中心とする 600km 四方、
水平格子間隔は 5km 四方、格子数は 120x120、
鉛直方向 25 層、最下層高さ 10 m、高さと共に層厚変化。
・拡散・反応モデル
CBM-IV 相当以上の化学反応スキームを使用。
計算領域は東京都を中心とする 200km 四方、
水平格子間隔は 5km 四方、格子数は 40x40、
鉛直方向の層構成は局地気象モデルと同じ。
2-2、モデル計算条件と発生源
計算条件
地形データは国土数値情報を使用。
計算対象日の気流場条件として GPV を使用。
側面境界条件は実測データをもとに推計、
上部境界条件は実測データをもとに推計。
タイムステップは 1 分で積分時間は 63 時間(3780 分)
。
発生源推計
・固定発生源:環境省の排出量調査結果を基本に推計、排
出係数使用、対象は、ばい煙発生施設、群小発生源(家庭、
業務)
、小型焼却炉、VOC 発生施設、下水・し尿処理場
・移動発生源:自動車、船舶、航空機、特殊自動車からの
発生量を自動車交通量、船舶統計(停泊・運行時間等)
、年
間離着陸統計等をもとに、排出係数を用いて推計
・自然発生源:植物起源の VOC に関してはイソプレン、モ
ノテルペン、その他の成分に関して植生区分面積をもとに
BEIS2 モデルを用いて推計。
2-3、数値モデルの検証
関東地域に関しては、平成 12 年から 14 年にかけての4
期間(平成 13 年 8 月 1 日~8 月 3 日、平成 14 年 7 月 21 日
~7 月 23 日、平成 12 年 11 月 28 日~11 月 30 日、平成 13
年 11 月 21 日~11 月 23 日)についてモデル計算結果とモ
ニタリング結果との比較評価が行われた。このモデル計算
は SPM 対策のために実施されたものであり、その中で計算
されたオゾンの計算結果を抜き出して検証に使用している。
参照:
『平成 14 年度 浮遊粒子状物質環境汚染実態解析調
査報告書』
(環境省 2003)
2-4、VOC 排出削減効果のモデル計算結果
平成 13 年度の関東の夏期(6 月 26 日)と冬期(11 月 25
日)10 か所、関西の夏期(8 月 16 日)と冬期(平成 14 年
1 月 15 日)7 か所について固定発生源からの VOC の削減に
よる光化学オキシダントの改善効果を試算したところ、
NOx
の排出を変化させず、VOC の排出を 30%削減した場合、全平
均で光化学オキシダントは約 24%低減するとの計算結果と
なった。気象条件、境界条件、発生源条件は基準年と削減
効果予測年の値は同じと仮定した。
2-5、規制の背景の中央環境審議会の見解
VOC 規制の背景として、光化学オキシダントによる大気
汚染が深刻化していることや、欧米各国、韓国、台湾にお
いてオゾン対策の観点から VOC 対策をとっていることが上
げられている。
24%の低減率を平成 12 年度の大気環境常時監視測定結果
の各測定局の 1 時間値に掛け合わせ、
VOC のみを 30%削減し
た時の各測定局の 1 時間値を求めると、光化学オキシダン
ト注意報発令レベルを超えない測定局数の割合は約 9 割ま
で上昇すると見込まれた。このように、VOC の排出量を 3
割程度削減すれば光化学オキシダントが相当程度改善する
と評価できることから、固定発生源から排出される VOC の
削減については、
平成 12 年度の排出量から 3 割程度削減す
ることが一つの目標と考えられるとの意見具申が中央環境
審議会からなされた。また、目標の達成期限については、
平成 13 年度に改正された自動車 NOx・PM 法基本方針に定め
る浮遊粒子状物質の環境基準の平成 22 年度迄に、
おおむね
達成するという目標を勘案して、
平成 22 年度を目途とする
のが適当であるとされた。参照:
『揮発性有機化合物(VOC)
の排出抑制のあり方について(意見具申)
』
(中央環境審議
会、平成 16 年 2 月 3 日)
3、平成 18 年以降の状況
『光化学オキシダント調査検討会報告書―今後の対策
を見すえた調査研究のあり方―』
(環境省、平成 24 年 3 月)
から引用。
3-1、大気汚染発生源の推移
我が国における人為起源の VOC 発生量は、平成 12 年度
(2000 年)には年間 185 万トンと推計されていた。この内
の約 142 万トンが固定発生源からのものであり、残りは移
動発生源(自動車、船舶、航空機等)からのものである。
固定発生源からの VOC 排出量は、
平成 17 年度(2005)には年間 111 万トン、
平成 21 年度(2009)には年間 82 万トン、
で、
平成 12 年度から 21 年度の間に約 42%の低減となった。
また、移動発生源からの VOC 排出量は、
平成 17 年度(2005)には年間 49 万トン、
平成 21 年度(2009)には年間 35 万トン、
となり、規制の効果により共に着実に減少している。
一方、植物起源の VOC は、平成 12 年度(2000)で年間
-2-
約 175 万トンと推計されている。
NOx 発生量は、固定発生源に関しては平成 8 年度(1996
年)から平成 17 年度(2005)までは、84~89 万トンと横
ばいであったが、平成 20 年度(2008)には年間 73 万トン
と減少している。
移動発生源に関しては、
平成 17 年度(2005)には 81 万トン、
平成 20 年度(2008)には 57 万トン、
と規制の効果により減少している。
3-2、大気汚染濃度の推移
日本全国における光化学オキシダントの昼間(5~20 時)
の日最高 1 時間値の年平均値、NO、NO2、NOx の年平均値及
び NMHC の 6~9 時における年平均値については、
「大気汚染
状況報告書」
(環境省,2011)として毎年公表されている。
VOC の排出抑制制度の VOC 排出量基準年である平成 12 年
度(2000 年)から平成 21 年度(2009 年)における各大気
汚染物質の経年変化(一般局)を下図に示す。
光化学オキシダントの前駆物質である NOx や NMHC の濃
度が低下傾向(年率:NOx -1.1ppb、NMHC -7.2ppbC)を
示す一方で、光化学オキシダント濃度は上昇傾向(年率:
0.5ppb)を示している。
固定発生源からの排出量の多い VOC19 物質について
測定・分析方法マニュアルを作成し、平成 17 年 6 月よ
り全国 52 地点、平成 18 年度より全国 53 地点(一般環
境 30 地点、道路沿道 9 地点、一般環境バックグラウン
ド地点 4 地点、発生源周辺 10 地点)でモニタリングが
なされているが、一般環境地点ではすべての成分で環境
濃度は減少傾向にあり、合計値で見ると
平成 17 年度(2005)には 0.091ppmC 、
平成 20 年度(2008)には 0.052ppmC 、
と規制の効果により減少している。
VOC 規制がスタートした平成 18 年度以降の VOC と NOx
濃度のトレンドは、共に減少傾向にあり、その量は発生量
の変化とほぼ一致している。しかし、オゾン濃度に関して
は年平均値は多くの地点で増加の傾向にある。
光化学オキシダント濃度について 全国平均(昼間の日
最高 1 時間値の年平均)では漸増傾向にあるが、例えば夏
季のうち一定範囲の気象条件で抽出した日における経年変
定性的には発生源近傍での NOx の削減は、その近傍での
オゾン濃度を上昇させるが、遠方ではオゾン濃度は低下す
る。
4-2、気象条件の影響
基準年と予測年の気象条件は同じとの仮定で計算がお
こなわれたが、光化学オキシダントは紫外線強度、気温、
大気安定度、風向・風速の立体分布の影響を強く受ける。
その影響は、反応速度や移流・拡散の面ばかりではなく、
発生量の増減にも大きく関わる。2010 年度には関東全域で
高濃度域のパーセンタイル値濃度が上昇した。気温と日射
量の設定範囲の中でも、猛暑であった 2010 年は高温度側、
高紫外線側の比率が高く、反応性と発生量が大きかったた
めオゾン濃度が増加したと推察される。オゾン濃度年平均
値の経年的な上昇に関しても、年平均気温の上昇や地球規
模の気候変動による気圧配置パターン変動に伴う季節進行
の変化、紫外線量の増加が一定程度の影響を及ぼしている
と考えられる。
4-3、境界条件の影響
モデル側面境界条件、上部境界条件は基準年と予測年と
同じとの仮定で計算がおこなわれたが、近年境界濃度が増
加している。
特に 2006 年以降の西日本や日本海側を中心と
した地域での光化学オキシダント注意報発令には大きく影
響を及ぼしている。また上空におけるオゾンの移流が認め
られ、その影響が増大していると考えられる。
5、モデルを用いた対策効果評価の考え方
5-1、モデルの不確実性と検討すべき課題
光化学大気汚染対策に当たっては光化学大気汚染モデ
ルの活用が不可欠である。光化学大気汚染モデルシステム
気象一定範囲条件:東京都千代田区大手町の東京管区気象台データを使用
は、
日積算日射量:18 以上 25MJ/m2 未満
発生源モデル(人為起源と自然起源)
、
日最高気温:25℃以上 34℃未満
メソ気象モデル(移流・拡散・雲物理・沈着)
、
昼午前平均風速:1.5 以上 2.5m/s 未満(昼午前:5~12 時)
化学反応モデル(ガス、粒子)
各年の一定範囲の気象条件の日数は 2000 年(10 日),2001 年(9 日),2002 年
から成り、いずれのモジュールも科学的知見や計算技術の
(7 日),2003 年(4 日),2004 年(8 日), 2005 年(8 日),2006 年(8 日),2007 年
進展、
計算機能力の向上に伴って研究開発が進行中である。
(10 日),2008 年(14 日),2009 年(6 日) ,2010 年(11 日)
その時点での利用可能なモデルを活用することとなる。
4、対策効果の評価の視点
モデルの不確実性としては、それぞれのサブモデルに内
4-1、NOx削減の進展の影響
在する不確実性と、その運用に関わる不確実性がある。
光化学オキシダント注意報発令レベルを超えない測定
オゾン推計の部分に関しては、化学反応モデルはほぼ完
局数の割合を全国レベルで約 9 割まで上昇させるとの目論
成していると言える。最も不確実性が高いのは、オゾン計
見で VOC のみを 3 割削減するとしたが、
NOx の発生量は 2005
算に関しては、VOC 発生量の推計の部分である。特に植物
年以降大きく減少し、環境濃度も 2000 年から 2010 年にか
起源の推計に関しては多くの不確実性がある。
けて年平均値で 10ppb 以上低下した。このため高濃度域の
将来予測に関しては気象要素の予測が不可欠となって
パーセンタイル濃度は 2005 年以降減少している。
これに対
いる。気象要素の変化はオゾンの平面分布や垂直分布を変
して中低濃度域のパーセンタイル濃度は微増の傾向にある。 えるばかりではなく、気温や紫外線量の変化は、オゾン前
NOx と VOC 共存下でのスモッグチャンバーイメージの反
駆物質発生量(植物起源と人為起源の VOC や NOx)を変化
応場では基本的には NOx 初期濃度はオゾンの最大値を、
VOC
させるし、オゾン生成反応速度にも影響を及ぼす。
初期濃度はオゾンの生成速度を決める。実環境では、これ
また対流圏オゾンは温暖化ガスなので正のフィードバ
に NOx と VOC 発生源の地域的な分布や強度と気象条件が加
ック効果をもたらす。これに関しては、グローバルモデル
わり、オゾンの時間空間分布が決まる。
とのリンクが課題であろう。境界条件に関しては、最近で
化を見ると、下図で明らかなように、高濃度のパーセンタ
イル値が平成 17~18 年度を境に低下傾向へ転じた地域が
多く存在し、VOC 等の対策効果の発現を示唆する傾向も確
認された。
-3-
は 3 回程度のネステイングによるマルチスケールでの計算
が行われることが一般的であり、より大きな領域での計算
結果が、より小さな領域でのモデル境界条件となる。
5-2、濃度の評価方法
モデルで得られた結果の評価・活用方法も重要である。
日本における光化学オキシダントの環境基準値は「大気の
汚染に係る環境基準について」
(昭和 48 年 5 月 8 日 環告
25)により環境基準『1時間値が 0.06ppm 以下であること』
とされている。または注意報発令基準濃度は 0.12ppm であ
る。モデル計算で得られた結果に関しても 1 時間値で評価
されることが多いが、
対策効果の評価を行うに当たっては、
出来るだけ安定な統計量を用いることが有効である。平均
化時間と評価期間についての検討が必要と考える。また、
基準達成評価に当たっては有効数字を明確にしなければな
らない。評価指標・尺度としては、最大値、パーセンタイ
ル値、各種平均値(8 時間移動平均値、日平均、月平均、
季節平均、年平均)等がある。これと共に、どこで最高濃
度が発生するのか?時間帯は?季節は?等の切り口も考え
られる。植物、農作物、森林生態系への影響を考える場合
には AOT40 のような積分量が欧米では用いられている。
0.06ppm 以上の濃度が発生する地域全体の 0.06ppm 以上の
積分値は?注意報発令基準濃度は?0.12ppm 以上の積分値
は?と言った情報も対策効果の評価に含まれる必要がある。
6、今後の課題
今後の光化学オゾン対策の課題としては、
1、行政的な立場から NOx対策を固定しての議論となった
と考えられるが NOxと VOC の両面を考慮した削減シナリオ
の展開が必要である。
2、NMHC については、
「光化学オキシダントの生成防止の
ための大気中炭化水素濃度の指針について」
(昭和 51 年 8
月 13 日 中央公害対策審議会答申)において『光化学オキ
シダントの日最高1時間値 0.06ppm に対応する午前6時か
ら9時までの非メタン炭化水素の3時間平均値は、
0.20ppmC から 0.31ppmC の範囲にある』とされている。こ
の指針値達成率は平成 12 年度(2000 年)4%から平成 22 年
度(2010 年)11.7%と近年やや改善傾向にあることが認め
られている。しかし指針値検討時と現在とでは大気環境質
が異なることや、濃度の平面分布に関する知識が深まって
いること等から、この指針値は再検討すべきと考える。
3、発生源推計の精度向上が図られなけなればならない。
自然発生源の推計は妥当か?VOC の成分分解、時間分解は
妥当か?等に関する検討が必要であり、この為にはモニタ
リングの新展開(再構築)が必要である。含酸素化合物を
含めた VOC 成分の動態解明やオゾンと二次生成物質の越境
移流のモニタリング、オゾンの立体観測の実施と、これを
用いたモデルの検証が今後の課題である。
4、都市の気象・気候変動の影響の評価がなされなけらば
ならない。都心部の弱風化やヒートアイランドの進行の実
態把握と光化学大気汚染への影響を解明する必要がある。
環境省からは、今後の調査研究の在り方等について以下
の見解が示されている。参照:
(環境省 平成 24 年 3 月 27)
[1]モニタリングデータの多角的解析による現象解明を進
めるとともに、国内の高濃度オキシダント生成機構や越境
汚染の影響が把握できるモニタリング体制を再構築する。
[2]排出量が特に大きい植物起源 VOC を始めとした原因物
質の排出インベントリの精緻化を図るとともに数百種類存
在する VOC のうち成分別濃度が把握できていない物質(未
同定 VOC)のオキシダント生成寄与把握手法を開発する。
[3]シミュレーションによる VOC 環境濃度の再現性の検証
など、シミュレーションの高度化により、オキシダント生
成における VOC の挙動に関する解明を行う。
今後の対応として、実態解明のためのインベントリを精
緻化する。モニタリングの再構築については、必要な組織
体制を整備し、関係機関との調整などを行いながら実施す
る。
光化学オキシダントについて広域大気汚染や気象条件
の変化などの影響を大きく受けやすい環境基準値を基にし
た注意報等とは別に、環境改善効果を適切に示す指標につ
いての検討する。
本年 4 月 18 日には今後の揮発性有機化合
物(VOC)の排出抑制対策のあり方について、中央環境審議
会への諮問がなされている。
光化学オキシダントに係る大気汚染の状況は日本のみ
ならず、世界的にも未だ深刻であり国際協力の中で、継続
的に対応して行くことが必要である。本稿ではオゾンのみ
を論じたが、光化学オキシダント発生時には PM2.5 成分も
多く発生するので、合わせて動態把握とモデル開発研究を
進展させることが大きな課題となっている。
(平成 24 年 5 月 19 日)
参考資料
平成 14 年度浮遊粒子状物質環境汚染実態解析調査報告書
(環境省 2003)
揮発性有機化合物(VOC)の排出抑制のあり方について
(意見具申)
』
(中央環境審議会、平成 16 年 2 月 3 日
平成 22 年度次期 VOC 対策のあり方検討ワーキンググルー
プ報告(平成 23 年 3 月)
次期光化学オキシダント調査検討会報告書―今後の対策を
見すえた調査研究のあり方―』
(平成 24 年 3 月)
光化学オキシダントに関する今後の取り組みについて ―
「光化学オキシダント調査検討会」報告を受けて―
(平成 24 年 3 月 27 日)
(お知らせ)
今後の揮発性有機化合物(VOC)の排出抑制対策のあり方に
ついて(中央環境審議会への諮問)
(平成 24 年 4 月
18 日)5 月 18 日、中環審大気部会で審議
-4-
大気環境学会関東支部講演会
2012(平成 24 年)6 月 8 日
光化学大気汚染の現状
―発生源の変化と常時監視データを中心としてー
星 純也
136-0075 東京都江東区新砂 1-7-5
(公財)東京都環境公社 東京都環境科学研究所
1. はじめに
光化学オキシダントは長年にわたり全国的に環境基準値
を達成しておらず、また、最高濃度が 0.12ppm(120ppb)以
上となる高濃度オキシダントの出現日も大都市およびその周
辺を中心に依然多い状況が続いている。光化学オキシダント
対策としては、固定発生源からの窒素酸化物の排出抑制、移
動発生源からの窒素酸化物や炭化水素の排出規制を実施して
きており、大気中の窒素酸化物、非メタン炭化水素濃度は平
成 15 年度の時点で減少傾向を示してきた。しかし、依然とし
て光化学オキシダント注意報がしばしば発令されていたため、
平成16年2月に中央環境審議会から原因物質の一つである揮
発性有機化合物(VOC)の固定発生源からの排出抑制の必要
性が指摘され(中央環境審議会,2004)
、平成 18 年 4 月から大
気汚染防止法の一部改正が施行され、VOC 対策が進められて
きた。
改正大気汚染防止法では平成 22 年度末までに固定発生源
からの VOC 排出量を平成 12 年度比で 3 割程度削減すること
を目標としていた。平成 23 年度に実施された平成 22 年度ま
での VOC 排出インベントリの推計では、目標を上回る約
45%の削減が達成されている(揮発性有機化合物(VOC)排
出インベントリ検討会,2012)
。
しかし、平成 22 年度の光化学オキシダント注意報の発令
は全国で延べ 182 日となっている。
平成 17 年度以降について
も 123 日(H21)から 220 日(H19)の間で推移しており、発
令日数の大幅な減少には至らなかった(環境省,2011)
。この
ため固定発生源の VOC 排出抑制対策の効果についての議論
が行われている。
本講演では関東地域の常時監視データ、VOC 排出インベン
トリ及び東京都の条例である「都民の健康と安全を確保する
環境に関する条例(環境確保条例)
」に基づいて届け出られた
都内の化学物質の排出量を基にオキシダント濃度と VOC 排
出量の変化を解説する。さらに、これらのデータを用いて排
出抑制対策の効果について若干の解析を試みたので報告する。
も様々な報告の中で指摘されているように、関東各県におい
て昼間時間帯の平均濃度は近年上昇傾向にある。これらの平
均濃度の上昇傾向が 120ppb 以上の高濃度オキシダントの出
現の影響を受けているかを確認するため、月別の平均濃度を
経年的に整理した。
図2 に東京都における1998 年度から2010
年度までの月別の経年変化を示した。図 2 より平均濃度は春
季(4 月~6 月)が高くなっていることがわかる。年平均値に
占める月別の割合を四季別に整理すると 32~38%(4 月~6
月計)
、22~29%(7 月~9 月計)
、14~18%(10 月~12 月計)
、
21~24%(1 月~3 月計)となっている。また、近年、濃度上
昇が見られる月は 4 月、5 月、6 月、8 月、9 月、3 月であり、
平均濃度レベルも加味すると 4、
5 月の濃度が平均濃度上昇に
与える影響が大きいと考えられる。
図 1 関東各県の昼間の光化学オキシダント濃度平均値の
経年変化
2.2 光化学オキシダント濃度の最高濃度と積算濃度
次に、関東地域における高濃度オキシダント発現の傾向を
確認するため、各県の年最高濃度の経年変化(1998 年度~
2011 年度)を図 3 に示した。平成 17 年度以降の最高濃度の
変化を見ると、
猛暑であった平成 22 年に一度上昇するものの、
概ね減少傾向となっている。すなわち、近年でも注意報発令
基準となる 120ppb を超える日はあるものの、
その濃度は上昇
2. 常時監視データを用いた光化学オキシダント濃度の経年
しにくくなっていることが伺える。
変化の解析
光化学オキシダント注意報は 120ppb 以上の状態になり、
2.1 光化学オキシダント平均濃度の推移
その状態が継続すると認められた場合に発令されるが、最高
図 1 に関東各県の 1998(H10)年から 2009(H21)年まで
濃度が 240ppb を超えないうちは1回の注意報としてカウン
の昼間時間帯の光化学オキシダント濃度の経年変化を示した。 トされ、また、継続時間に関わらず1回の発令となる。
図では期間中に継続して光化学オキシダントを測定している
そこで、大気中での高濃度オキシダント生成量をより詳細
測定局のデータのみを用い、各県ごとに平均した。これまで
-5-
図 2 東京都の昼間の光化学オキシダントの月別平均濃度の経年変化
図 3 関東各県の光化学オキシダントの年最高濃度の経
年変化
図 4 関東各県の光化学オキシダントの超過積算濃度の変
化
に見積もる指標として下記により 120ppb 超過時の濃度を積
算した超過積算濃度を算出した。
Ox(int)=ΣOx(120)・t
Ox(int):120ppb 超の Ox 濃度 1 時間値の年間積算値
Ox(120):120ppb 超のみを抽出した Ox 濃度 1 時間値
t:120ppb を超えた時間数(ただし、Ox 濃度に時間値を
用いているため 1 となる)
各県の時間値が得られた2000 年度から2009 年度までの10
年間について、測定局ごとに Ox(int)を算出し、関東全域で合
計した値を図 4 に示した。
解析対象としたのは 10 年間継続的
にデータが得られている測定局のみとし、関東全域で 274 局
分のデータを用いた。
関東全域では平成 16 年度をピークに平
成 21 年度までオキシダントの超過積算濃度は減少傾向にあ
り、ピークであった平成 16 年度に対して平成 21 年度までに
75%の減少が見られる。また県別に見てみると、東京、千葉
は平成 16 年度から減少傾向にあり、埼玉、群馬についても平
成 19 年度以降は減少傾向を示しており、
近年では関東各県と
も減少傾向が認められる。ただし、県によって測定局の配置
や測定局数が異なるため各県間の積算値の比較はできないこ
とに注意を要する。
3. VOC 排出量の経年変化
3.1 VOC インベントリ(全国)の経年変化
大気中の VOC インベントリについては環境省が設置した
揮発性有機化合物(VOC)インベントリ検討会が平成 12 年
度及び平成 17 年度以降の毎年度のインベントリの推計を行
-6-
っている。このデータが今後も VOC 排出抑制対策の基礎資
料となると考えられる。
同検討会によると平成 12 年度の全国の VOC 排出量は
1,416,812t であったが、平成 22 年度には 790,219t に減少して
いる
(揮発性有機化合物
(VOC)
排出インベントリ検討会,2012)
。
インベントリは発生源品目、物質、業種ごとに整理されてい
るため、このデータを用いて物質グループ毎の構成割合の経
年変化を整理し、図 5 に示した。
物質グループ別のインベントリでは炭化水素系が最も多く、
続いて石油系混合溶剤となっている。平成 12 年度と平成 22
年度の構成比を比較するとハロゲン系と炭化水素系がやや減
少し、石油系混合溶剤が微増となっているものの、全体とし
ては、構成比の変化は少なく、いずれのグループも概ね一様
に減少していることが伺える。
図 6 炭化水素系グループ内の各物質の構成比(全国)
図 7 アルコール系グループ内の各物質の構成比(全国)
図 5 VOC インベントリの物質グループ別構成比(全国)
これらの物質グループのうち、寄与割合の大きい炭化水素
系、アルコール系及び石油系混合溶剤について物質ごとの構
成比を図 6~8 に示した。
物質ごとに見ると炭化水素系では平
成 12 年度に対して平成 22 年度ではトルエンとキシレン+エ
チルベンゼンの構成比が減少し、ブタン、イソブタンの構成
比が増加している。平成 17 年度以降についても、トルエンは
構成比が減少し続けており、排出削減あるいは他の物質への
代替が進んでいることが伺える。しかし、使用形態から考え
てトルエンがブタンやイソブタンに代替されていることは考
えにくく、他のグループの物質への代替と思われる。
アルコール系ではエチルアルコールの割合が 23%(H12)
から 42%(H22)へ増加する一方、イソプロピルアルコール
の割合が最大 38%(H17)から 27%(H22)へ減少している。
石油系混合溶剤では工業用ガソリン 5 号(クリーニングソル
ベント)が平成 12 年度の 24%から減少傾向ある。一方、塗
料用石油系混合溶剤は 48%(H12)から 56%(H22)と増加
傾向にある。塗料には従来トルエンが多く用いられてきたこ
とから、塗料用の溶剤としてトルエンから石油系混合溶剤に
代替されてきた可能性も考えられる。
図 8 石油系混合溶剤グループ内の各物質の構成比(全国)
環境省のインベントリは都道府県別に VOC 総排出量は推
計されているが、物質別のデータは公表されていない。そこ
で、関東各県の VOC 総排出量に占める物質別の寄与割合を
明らかにするために PRTR データを活用した。ここでは平成
21 年度の PRTR データを用いて、全国ベースで寄与割合の高
かった芳香族炭化水素 3 種(エチルベンゼン、キシレン、ト
ルエン)について、県別に VOC 総排出量に対する割合を算
出した。
PRTR データは事業者からの届出を集計した届出排出量と
国が推計した届出外排出量がある。届出排出量は排出先別に
集計されており、VOC インベントリとの比較には大気への排
出量のみを用いている。届出外排出量は①対象業種(裾切り
3.2 関東各県の芳香族炭化水素の構成割合の特徴
-7-
以下)
、②非対象業種、③家庭、④移動体の 4 種類に分けて集
計されているが、排出先は推計されていない。そこで、届出
排出量データを用いて大気へ排出される割合(大気排出率)
を物質ごとに算出し、届出外排出量のうち①~③も同率で大
気に排出されると仮定した。また環境省の VOC インベント
リは固定発生源からの排出量推計のため、PRTR データを用
いる場合も移動体からの排出量は除外した。すなわち、
「届出
排出量(大気)+届出外排出量(①~③)×大気排出率」を
3 物質について算出し、環境省が推計した県別の VOC インベ
ントリに占める割合を算出した。
結果を図 9 に示す。全国における芳香族 3 種の割合もデー
タの整合性を確保するため PRTR データを用いて算出したも
のを併記した。VOC 総量に占める芳香族 3 種合計の割合は全
国で 21%、関東合計で 19%、関東各県では 16%~20%とな
り大きな差異は見られなかった。しかし、各々の物質の構成
割合は都県によって異なっていた。東京、神奈川はキシレン
の割合が高く、埼玉、茨城はトルエンの割合が高い傾向があ
る。これは各県の主要な産業(VOC 排出業種)の構成の違い
が反映されていると考えられる。
図 9 関東各県の芳香族 3 種の VOC インベントリに対する排
出割合(平成 21 年度排出量)
3.3 都条例による届出データから見た VOC 排出量の経年
変化
東京都では PRTR 制度に基づく化学物質の排出量等の把握
とは別に、条例によって化学物質の排出量等の把握と届出を
都内事業者に義務付けている。PRTR 制度との相違から見た
都条例による届出制度の主な特徴は
①ほぼすべての業種が対象(条例上の工場・指定作業場)
②従業員数による規模要件がない
③報告対象物質は 58 物質(PRTR 対象外 15 物質を含む)
④年間取扱量 100kg 以上が報告対象
⑤報告内容は年間の使用量、製造量、出荷量、排出量、移
動量の 5 項目
となっている。
一方、
東京都では届出外排出量の推計は行っていないため、
あくまで、
届出対象事業所からの排出量の集計となっている。
-8-
図 10 都内主要業種からの化学物質排出量の経年変化
図 10 に都内の印刷業(業種別の排出量 1 位)及び輸送用
機械器具製造業(同 2 位)から届出られた化学物質の排出量
の経年変化を示した。都条例による届出排出量のうち 95%以
上が大気への排出であるため、
図 10 の排出量もほぼ大気排出
量と等しいと考えられる。
印刷業では平成 14 年度から平成 22 年度までに化学物質排
出量を 80%削減しており、輸送用機械器具製造業においても
50%以上の削減が図られている。物質別に見ると、印刷業で
はトルエン、イソプロピルアルコールの削減が顕著である。
図 6、
7 に示したように全国的にもトルエンとイソプロピルア
ルコールの構成割合は減少しており、印刷業からの排出減も
これらの物質の構成割合の減少に寄与していると考えられる。
また、図中に業種ごとの VOC 排出量を VOC 使用量で除し
た VOC 排出率を示した。印刷業、輸送用機械器具製造業と
も VOC を製造工程の資材として使用しており、製品として
出荷していないため、排出率の大小は業界ごとの VOC 処理
効率を表していると考えられる。排出率は印刷業が 43~69%、
輸送用機械器具製造業が 32~46%であり、都内では印刷業の
方が、相対的に VOC を処理、回収している率が低いことが
伺える。
4. VOC 排出量と光化学オキシダント積算濃度の関係
最後に VOC 排出量の変化が光化学オキシダントの生成に
与える影響についての解析を試みた。ここでは VOC 対策開
始後で、後述するように最もオキシダントが生成しやすい気
象条件であったと考えられる平成 22 年度の光化学オキシダ
ント常時監視データを加えて VOC 排出量との関係を検討し
た。
検討は平成 22 年度の光化学オキシダントの時間値データ
が入手可能であった東京都の常時監視データと VOC インベ
ントリの経年変化を比較した。
気象条件が大きく変化した年には、図 11 の平成 22 年度の
データのように、VOC 排出量とオキシダント生成の関係が明
確にみられなくなる可能性がある。そこで、下記の式により
オキシダントの超過積算濃度を気温、日射量で規格化するこ
とを検討した。
T25(int)=ΣT(>25℃)
S(int)=ΣS(>25℃)
Ox(Std)=Ox(int)(Tokyo)/[ T25(int)×S(int)]
ここで
T(>25℃):各年度の 25℃以上の気温の 1 時間値
T25(int):T(>25℃)の年間積算温度
S(>25℃):各年度の最高気温 25℃以上の日の日積算日射量
S(int):S(>25℃)の年間積算日射量
Ox(int)(Tokyo):Ox(int)の都内測定局の合計
Ox(Std):気温、日射量で規格化したオキシダント超過
積算濃度
とした。
気温、日射量は東京都千代田区の東京管区気象台の観測デ
ータ(気象庁)を用いた。
図12 規格化したオキシダントの超過積算濃度とVOC排出量
の関係(平成 17 年度~平成 22 年度)
図11 東京都におけるオキシダントの超過積算濃度とVOC排
出量の経年変化
図 11 に東京都における 120ppb 以上のオキシダントの超過
積算濃度(2.2 参照)と東京都の VOC 排出量を示した。平成
17 年度から平成 21 年度についてはオキシダント超過積算濃
度と VOC 排出量は共に減少傾向にあり、VOC 排出量の削減
がオキシダントの積算濃度に寄与していることが伺える。し
かし、平成 22 年度については VOC 排出量も多少増加してい
るものの、オキシダント超過積算濃度はそれ以上の大幅な上
昇を示している。オキシダントの生成には窒素酸化物、VOC、
気温、日射量等が関与することが知られている(光化学オキ
シダント検討会,2005)
。平成 22 年度夏(6~8 月)に日本の平
均気温は統計を開始した 1898 年以降で最も高くなり(気象
庁,2010)
、関東地域でも非常に光化学オキシダントが生成し
やすい気象条件であったことが原因と考えられる。
-9-
平成 17 年度から平成 22 年度について、得られた Ox(Std)
と都内の VOC 年間排出量の関係を図 12 に示した。オキシダ
ントの超過積算濃度は気温、日射量によって規格化すると
VOC 排出量と良い相関が見られた。
しかし、ここでは気温、日射の影響を排除して VOC 排出
量とオキシダントの 2 つの関係を論じている。そのため、都
内ではオキシダント生成への影響因子として窒素酸化物より
もVOC の方が大きいVOC Limited であることが前提となる。
関東地域では VOC Limited と NOx Limited の双方の状態が
混在しているとの報告もあるが(井上ら,2010)
、VOC 排出量
とオキシダントの関係を都内総量としてとらえて整理すると、
VOC 排出量の変化がオキシダントの生成に大きな影響を与
えていることが示唆され、VOC 排出削減がオキシダント生成
の抑制に一定の効果があったと考えられる。
参考文献
中央環境審議会:揮発性有機化合物(VOC)排出抑制のあり
関東地域における光化学オキシダントの常時監視データ及
方について(2004)
び VOC インベントリのデータ、都条例による届出データの
井上和也,吉門洋,東野晴行:関東地方における夏季地表オ
経年変化から、VOC 対策の効果について検討を行った。こ
ゾン濃度の NOx, VOC 排出量に対する感度の地理分布
れまでの検討では、VOC 排出削減は光化学オキシダントの
第二報 光化学指標の実測に基づく推定,大気環境学会
低減に一定の効果があったと推測できるが、気象条件が厳し
誌,45,195-204(2010)
い平成 22 年度のデータは東京都分のみの解析しか行えず、
環境省(報道発表資料)
:平成 22 年度光化学大気汚染の概要
今後、関東全域での同様の解析も必要と考える。また、光化
(2012) http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=13394
学オキシダント注意報の発令を確実に削減していくためには、
揮発性有機化合物(VOC)排出インベントリ検討会:揮発性
さらなる対策も必要と思われるが、排出削減推進による事業
有機化合物(VOC)排出インベントリについて(2012)
者の負担も大きい。まずはオキシダントの生成メカニズムの
気象庁:気象統計情報
解明をさらに進めていく必要がある。その上で、オキシダン
http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/index.php
ト削減に効果的な削減対象物質や削減手法、地域ごとに重点
気象庁(報道発表資料)
:平成 22 年(2010 年)夏の異常気象
的に取り組むべき物質や排出源を精査していく必要もあろう。
分析検討会での検討結果の概要(2010)
http://www.jma.go.jp/jma/press/1009/03a/100903extreme.html
光化学オキシダント検討会(東京都)
:光化学オキシダント検
討会報告(2005)
東京都環境局:都内事業所からの化学物質の環境への排出に
ついて(平成 22 年度排出量集計結果)
(2012)
http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/chemical/chemical/control/
management/total_2010.html
4. おわりに
- 10 -
大気環境学会関東支部講演会
2012(平成 24 年)6 月 8 日
地域別発生源対策の提案と課題
井上 和也
(独)産業技術総合研究所 安全科学研究部門
連絡先: (E-mail) [email protected]
1. はじめに
2. モデルと観測による総合的感度レジーム地理分布推定
平成 18 年(2006 年)4 月から大気汚染防止法改正施行によ
る VOC 排出抑制制度が開始され、VOC の排出量及び大気中濃
度が現実に減少したにもかかわらず、対策をたてるにあたっ
て行われたモデル計算による期待に反して、現時点でも光化
学オキシダント汚染に顕著な改善はみられていない
(環境省、
2012)
。上記の一文は全国的な高濃度光化学オキシダント(以
下、光化学オキシダント=オゾンとみなし、「オゾン」と表記
する)汚染の状況について記されたものであると考えられる
が、この状況は地域によって異なる。例えば、夏季(7,8 月)
の一定範囲の気象条件日について地方別に地表オゾン濃度 1
時間値の経年変化を整理した結果では、95 パーセンタイル値
等の高パーセンタイル値については、東海地方など減少傾向
が見られない地域がある一方、関東地方など減少傾向がみら
れる地域もある(環境省、2012)
。
VOC 排出削減の効果が地域的に異なるという結果は、かつ
て米国でも経験されている。それは、高濃度オゾン汚染が最
も激しい地域(ロサンゼルス盆地やニューヨークの都市部)
における汚染状況には改善が認められたものの、他の米国内
の多くの地域では改善が認められないというものであり(ジ
ェイコブ、2002)
、日本が今まさに経験していることと同様で
ある。米国では上記の結果を受けて、排出削減の方策が再考
され、いまでは、大都市の中心部を除く米国のほとんどの地
域でオゾン生成は VOC が律速ではなく主に NOx が律速となっ
ていること(以下 NOx 律速(NOx-limited、NOx-sensitive)
、
VOC 律速(VOC-limited、VOC-sensitive)といった化学的な
感度領域のことを「感度レジーム」と称する)
、そのため、NOx
の排出削減政策を強力に推進する必要があることが明らかに
されている(ジェイコブ、2002)
。
前述したように、日本における高濃度オゾン汚染の経年的
な変化傾向が地方によって異なるのも、オゾン生成の感度レ
ジームが異なることなどの理由があるのかもしれない。だと
すれば、VOC 排出抑制制度についても、これまでのように全
国一律の削減を実施するのではなく、地域別に削減率を変え
て実施する方が効率的である可能性がある。
本稿では、シミュレーションと観測により、総合的に関東
地方における感度レジームの地理分布を推定した結果(井上
ら、2010a,b)を示したうえで、VOC の排出削減を行う地域に
より、高濃度オゾン汚染を低減する効果がどの程度異なるの
かを定量的に把握した結果例を示し、それをもとに、地域別
発生源対策の是非を議論する。
2.1 モデルによる感度レジーム地理分布推定
気象モデル RAMS(Pielke et al., 1992)に反応モデル
CB-IV_99(Adelman, 1999)を組み込んだ 3 次元オイラー
型化学輸送モデルを用いて,夏季の高濃度オゾン汚染日を対
象に,ベースラインシナリオ(2002 年度現況)
、NOx 削減シ
ナリオ(計算対象領域全域で NOx 排出量を 30%削減)
,VOC
削減シナリオ(人為起源の VOC 排出量を同じく全域で 30%
削減)
のシミュレーションを行い,
各グリッドセルについて、
日最高地表オゾン濃度に対する感度レジームを推定した。こ
こで、感度レジームの判定は Sillman and He (2002)の定義
に従った。人為起源の排出量データは、Kannari et al. (2007)
とほぼ同じ手法で 2002 年を対象にして推定したものを用い
た。不確実な植物起源 VOC 排出量については、最近日本に
自生する植物種を対象にして測定された放散量データを用い
て推定したもの(推定結果は関東全域で 238,000 ton/yr、以
下「大きめの推定値」と称することがある)
、および、従来から
シミュレーションでよく用いられている
EAGRID2000-Japan(Kannari et al., 2007)のデータをそ
のまま用いて推定したもの(関東全域で 93,800 ton/yr、以下
「小さめの推定値」と称することがある)の 2 種を考慮し、入
力する植物起源 VOC 排出量が感度レジーム推定結果に与え
る影響を調べた(詳細は、井上ら、2010a を参照されたい)
。
各植物起源 VOC 排出量を入力した場合に推定された 2002
年7月31日における日最高地表オゾン濃度に対する感度レジ
ームの地理分布をそれぞれ、図1、図 2 に示す。なお、本稿
では特定の日についいての結果のみを示すが、注意報レベル
の高濃度地表オゾンが多地点で観測されるような日はいずれ
も同様の感度レジーム地理分布となっていた。
図 1 と図 2 を比較すると、不確実な植物起源 VOC 排出量の
入力値により、推定される感度レジームの地理分布が全く異
なることがわかる。このことは、モデルの結果のみからは正
しい感度レジーム地理分布は推定しえないことを意味してい
る。さらに、重要なことは、MNB、MNGE など良く用いられる
地表オゾン濃度の現況再現性指標は、計算対象日については
いずれの植物起源 VOC 排出量推定値を入力した場合でも同程
度であり、いずれも US EPA の基準を満たしているということ
(井上ら、2010a)である。これは、地表オゾン濃度の現況再
現性指標がモデル成否の基準を満たしていたとしても、政策
決定上重要である NOx、VOC それぞれの削減効果は大幅に誤
って推定される可能性があることを示唆している。
- 11 -
2.2 光化学指標の実測による感度レジーム診断
km
300
200
100
5
100
5
NOx titraion
km
200
mixed sens
VOC-sens
NOx-sens
insensitive
図1 モデルにより推定された夏季の日最高地表オゾン濃
度に対する感度レジーム地理分布(植物起源 VOC 排出量とし
て最近の大き目の推定値を入力した場合の結果、2002 年 7 月
31 日)
モデルの結果だけでは正しい感度レジームの地理分布を推
定しえないことが明らかになったので、他の手法を用いて検
討することも試みた。それは、光化学指標と呼ばれる指標を
実測することにより感度レジームを推定する方法である。光
化学指標とは、その大小により、地表オゾン濃度の排出量に
対する感度レジームを判定できる実測可能な量であり、その
関東地方での適用性が確認されているオゾン/全硝酸濃度比
(井上ら、2010b)を大気汚染常時監視測定局の 5 地点で測
定した(実際に測定したのは全硝酸濃度であり、オゾン濃度
は常時監視測定局のデータを利用した)
。測定は、高濃度オゾ
ン汚染が生じやすい夏季の晴天・高温日に行った。
図 3 はその結果であり、各測定日においてオゾン濃度が各
地点で 1 時間最高値を示した測定時間帯におけるオゾン/全
硝酸濃度比の値を地図上に示すとともに、オゾン/全硝酸濃度
比 の 値 が VOC-sensitive の 閾 値 ( 8.6 ) を 下 回 り
VOC-sensitive と推定できる場合には青色で、NOx-sensitive
の閾値(9.0)を上回り NOx-sensitive と推定できる場合には
オレンジ色の文字で示している。括弧内に示した数値は、そ
の判定の確からしさを%で示した数値である(閾値の導出法
Honjyo:
18.5, 24.9, 21.0
( 99, 100, 100)
km
300
Kawagoe:
17.8, 26.0, --( 99, 100, ---)
Oume:
13.5 , 13.6 , --( 94, 94, ---)
200
Kisai:
19.5 , 25.9, --( 99, 100, ---)
Kawaguchi:
6.8, 7.0, --( 80, 73, ---)
Arakawa:
5.6, ---, --(100, ---, ---)
100
5
100
5
VOC-sens
NOx titraion
200
mixed sens
km
NOx-sens
insensitive
図 2 図 1 と同じ。ただし、植物起源 VOC 排出量として従来
からよく用いられている小さめの推定値を入力した場合の
結果。
図3 夏季の各地点・日における光化学指標(オゾン/全硝
酸濃度比)の測定結果と感度レジームの診断結果。騎西のデ
ータは埼玉県環境科学国際センターより提供をうけたもの
である。数値は左から順番に、2006 年 8 月 3 日、4 日、7 日
のデータである。感度レジームの診断に利用できない、オゾ
ン濃度が 80 ppb 未満のときのデータは数値を示さず、
‘・
・
・’
と表記した。VOC-sensitive と判定できるデータは青色、
NOx-sensitive と判定できるデータはオレンジ色で示した。
括弧内に示した数値はその判定の確からしさを%で表記した
ものである(感度レジーム判定法や括弧内の数値の意味につ
いての詳細は、井上ら、2010b を参照されたい)
。
- 12 -
や括弧内の数値の意味についての詳細は、井上ら、2010b を
参照されたい)
。なお、図 3 の Kisai(騎西)のデータは、独
自の測定によるものではなく、埼玉県環境科学国際センター
から提供を受けたものである。
図 3 によると、オゾン濃度が日最高 1 時間値を示す時間帯
においては、
郊外部の全測定地点、
全測定日でNOx-sensitive、
逆に都心部では荒川、川口の両測定地点、全測定日で
VOC-sensitive と推定できることがわかる。
レーション(削減シミュレーション)を行った。さらに、ベ
ースケースおよび各削減シミュレーションの結果について、
関東地方内の日最高地表オゾン濃度の関東地方内平均値を算
出し、それらの差分を、各矩形領域の排出削減量で除すこと
により、矩形領域ごとのオゾン日最高濃度の関東地方内平均
値に対するVOC削減効率を推定した。
その結果を図4に示す。
2.3 総合的な感度レジーム地理分布推定
図 1 と図 3 を比較すると、モデルによる図 1 の推定結果は
実測による図 3 の推定結果と矛盾していないことがわかる。
一方、モデルによる図 2 の推定結果は VOC-sensitive の領域
が、実測により NOx-sensitive と判定されている川越や騎西
にも広がっている点などで実測による図 3 の推定結果との間
で矛盾が生じている。さらに、仮に、図 2 の推定結果が正し
いとすれば、主に NOx 濃度(排出量)が減少する日曜日に、
群馬県南東部や栃木県南部でオゾン濃度が増加するはずであ
るが、実際には当該地域のオゾン濃度は、120 ppb 以上の高濃
度が生じるような気象条件のもとでは、日曜日に減少してい
る(神成、2006)
。
以上を総合的に勘案すると、図 2 の感度レジーム地理分布
より図1の地理分布の方が、より現実に近いと考えられる。
なお、
本稿の冒頭で引用した「対策をたてるにあたって行わ
れたモデル計算」では、植物起源 VOC 排出量として、図 2 を
算出した際に入力した排出量値に近いBEIS2による推定値が
入力されており(環境省、2012)
、それが VOC 排出抑制制度
の効果を過大に推定することの一因となっている可能性があ
る。以下の解析では、より現実に近いと考えられる図 1 の感
度分布を算出した際に入力した植物起源 VOC 排出量値を使
用して計算を行う。
3. VOC 削減効率地理分布の推定
以上の、感度レジーム地理分布推定結果は、ある場所のオ
ゾン濃度を低減するために、関東地方全域で排出量削減を行
うとすれば、NOx、VOC のどちらを優先すべきかという定性的
な問いに対する答えを与えるものである。一方、VOC の地域
別削減の是非について議論する際に必要な、より直接的な情
報は、VOC を削減する場所によって、どれだけ高濃度汚染低
減効果が異なるのかという定量的な情報であろう。
以下では、
これを評価する。
評価は 2.1 節で示したのと同じモデルを用いて行った。な
お、対象日は 2000 年 8 月 3 日であり、2.1 節の対象日とは異
なるが、いずれの日も夏季の高濃度オゾン汚染が頻発する気
象条件(晴天・高温)の日である。まず、2000 年の排出量デ
ータを用いて、ベースケース(削減前)のシミュレーション
を行った。次に、関東地方を 20 km 四方の矩形領域に分割し、
各々の矩形領域内の固定発生源(塗装工程)VOC 排出量のみ
を変化(ゼロまで減少)させた排出量を用いて、順次シミュ
[ppb/万トン]
図4 夏季の VOC 削減効率地理分布の推定結果例。負の値は
排出削減により日最高地表オゾン濃度の関東地方内平均値
が増加することを示している。
図4によると、日最高地表オゾン濃度の関東地方内平均値
に対する VOC 削減効率は、東京湾岸の神奈川県で特に高く
(0.2 ppb/万トン以上)
、埼玉県、群馬県、栃木県、茨城県で
は、
おおむね全県で先述した東京湾岸神奈川県の 1/10 以下の
値であることがわかる。このように、同量の VOC 排出削減を
行った場合に得られる地表オゾン濃度の低減効果は、排出削
減を行う場所によって同じ関東地方内でも 10 倍以上の開き
があることが明らかになった。また、最小値は負値となって
おり、VOC 排出削減を行うことで、日最高地表オゾン濃度の
関東地方平均値を逆に増加させてしまう場所があることも注
目に値する。
4. 地方別の VOC 削減効率推定
実際に取りうる地域別排出削減対策を考えた場合には、20
km メッシュごとに対策を変えるというのは非現実的である
可能性がある。しかし、ある程度大きい地域(例えば地方)
ごとに対策を変えるというオプションは十分ありえると考え
られる。したがって、最後に、各地方全体で VOC 排出量を削
減した場合に得られる高濃度オゾン汚染低減効果が、削減を
行う地方によりどの程度異なるのかを評価する。
評価方法は、
削減する領域を各地方全域とした点を除いて、3 節の方法と
同様であり、評価対象日も同じである。
図 5 に、単位年間排出削減量あたりのオゾン濃度(日最大
値ではなく 10-18 時の 8 時間平均値)変化量の地理分布を示
すとともに、それを各地方で平均した値(地方別 VOC 排出削
- 13 -
減効率といえるもの)を示した。図5によると排出削減を行
う地方により、単位排出量あたりのオゾン濃度変化量は大き
く異なることがわかる。また、平均値が負、つまり、削減に
よりオゾン 8 時間値の平均濃度が減少すると推定されている
のは関東地方のみであり、その他の地方はわずかであるが削
減により増加すると推定されている点は注目に値する。
平均値:-0.075 ppb/万トン
平均値:+0.001 ppb/万トン
[ppb/万トン]
Adelman, Z. E. (1999) A reevaluation of the Carbon
Bond-IV photochemical mechanism,
http://airsite.unc.edu/soft/cb4/FINAL.pdf(2010 年 4 月
アクセス)
Kannari, A., Tonooka, Y., Baba, T., Murano, K. (2007)
Development of multiple-species 1 km × 1 km
近畿
関東
参考文献
東海
平均値:+0.004ppb/万トン
図 5 夏季の地方別 VOC 削減による単位年間排出削減量あた
りオゾン濃度変化量地理分布の推定結果例(年間排出削減量
は、関東:3.9 万トン、近畿:2.0 万トン、東海:2.4 万トン、
である)
。各地方の平均値(地方別 VOC 排出削減効率といえ
るもの)も図中に示した。図 4 と異なり、排出削減により地
表オゾン濃度が増加する場合に正の値で表示されている点
に注意されたい。
5. 地域別発生源対策の是非について
以上で示した結果からは、VOC 排出抑制制度について、こ
れまでのように全国一律の削減を実施するのではなく、地域
別に削減率を変えて実施する方が効率的であることが示唆さ
れ、地域別発生源対策を今後の対策の選択肢のひとつとして
検討することは十分に意味があると考えられる。
なお、排出削減に対するオゾン濃度の感度は、先述した入
力する排出量のほか、季節、平均化時間によっても大きく変
化することが理論的に予想される。したがって、今後の課題
として、ヒト健康や植物に対する影響と関連が深いオゾン濃
度の指標を検討したうえで、上記の不確実性や変動性を考慮
した解析を行うことが挙げられる。さらに、地域別発生源対
策は、オゾンだけでなく、粒子状物質や VOC 自身による悪影
響を低減するためにも効率的であるといえるのかなどの検討
や、それが費用に見合ったものであるのかなどの検討が必要
であると考える。
resolution hourly basis emissions inventory for Japan,
Atmos. Environ. 41:3428–3439
Pielke, R. A., Cotton, W. R, Walko, R. L., Tremback, C. J.,
Lyons, W. A., Grasso, L. D., Nicholls, M. E., Moran, M.
D., Wesley, D. A., Lee, T. J., Copeland, J. H. (1992) A
comprehensive meteorological modeling system RAMS,
Meteorol. Atmos. Phys. 49 (1-4):69-91
Sillman, S., He, D. (2002) Some theoretical results
concerning O3-NOx-VOC chemistry and NOx-VOC
indicators. J. Geophys. Res. 107, 4659
井上和也,安田龍介,吉門洋,東野晴行(2010a)関東地方
における夏季地表オゾン濃度の NOx,VOC 排出量に対す
る感度の地理分布 第 I 報 大小 2 種類の植物起源 VOC
排出量推定値を入力した場合の数値シミュレーションに
よる推定,大気環境学会誌,45:183-194
井上和也,吉門洋,東野晴行(2010b)関東地方における夏
季地表オゾン濃度の NOx,VOC 排出量に対する感度の地
理分布 第 II 報 光化学指標の実測に基づく推定,大気
環境学会誌,45:195-204
神成陽容(2006)関東・関西地域における光化学オキシダン
ト濃度の週末効果に関する解析 第 1 報 二種類の週末
効果反転現象の発見,大気環境学会誌 41:209-219
環境省 光化学オキシダント調査検討会(2012)光化学オキ
シダント調査検討会 報告書―今後の対策を見すえた調
査研究のあり方について-
http://www.env.go.jp/air/osen/pc_oxidant/conf/chosa.html
(2012 年 5 月アクセス)
ジェイコブ DJ(著), 近藤豊(訳)
(2002)大気化学入門,
pp.245-246,東京大学出版会,東京都
- 14 -
大気環境学会関東支部講演会
2012(平成 24 年)6 月 8 日
OH 反応性を中心とした個々の発生源調査から見えてきた現状と課題
京都大学大学院
人間・環境学研究科/地球環境学堂
梶井
克純
その減衰を Nd:YAG レーザーの第 2 高調波で励
1. 研究の背景
都市部においてオキシダント(対流圏オゾン)
起さ れた波長可 変色素レー ザーの第 2 高 調波
の増加は著しく、その制御に向けた対策を行う
(308.0 nm)で OH ラジカルを励起し、基底状態
必要性が認識されている。しかしながらその前
へ戻る際に発行する蛍光を光電子増倍管で電気
駆物質(VOC および NOx)の単純な削減だけで
信号に変換し光子を計測した。
は効果が上がらないことが明らかとなり、オゾ
3. 調査対象
ンの戦略的削減が求められている。増加要因と
して①化学反応メカニズムの理解が不十分、②
これまでに調べてきた発生源は①ガソリン自
未知なる VOC の増加傾向、③NOx の減少によ
動車排気ガス、②植物から発生する VOC、③あ
るオゾン生成の高効率化、④オゾン滴呈反応の
る程度光化学反応が進行した大気である。これ
緩和、⑤ヒートアイランド現象によるオゾン生
らについて本発表では述べる。
成反応の加速、⑥大陸からのオゾンおよび前駆
更に、光化学理論検証の目的から OH 反応性
物質の輸送などが指摘されている。未計測 VOC
測定に加えて HO 2 ラジカル反応性測定も実施
の寄与を明らかとするため筆者らは以前から
した。これは既存の OH 反応性測定装置を改造
種々の環境下において OH 反応性を測定してき
し(反応管内に高濃度の CO を添加することで
た。
レーザーで生成した OH を全て HO2 に変換し、
HO 2 の減衰を再び NO と反応させ OH に変換し
2. OH 反応性測定
て 計 測 す る )測 定 し た の で そ の 結 果 の 一 部 を 紹
OH 反応性測定は個々の VOC を含む反応性
介する。
微量気体を測定する代わりに、人工的に生成し
最後に 2012 年 5 月に行ったダッカ(バングラ
た OH ラジカルの減衰を実時間で測定すること
デッシュ)の大気観測についても触れる。ここで
から、OH ラジカルと反応する物質の包括的な
はガソリンの代わりに圧縮天然ガス(CNG)を燃
情報を与える、いわゆるトップダウン計測手法
料とした自動車が普及した社会であり、導入前
である。OH ラジカル反応性測定では我々の開
の 2003 年前後と現状の比較から大きく大気質
発したレーザーフラッシュポンプ-プローブ法
が改善されていることを見出した興味深い事例
を用いた。Nd:YAG レーザーの第 4 高調波を反
である。
応管へ照射することにより大気中のオゾンを光
分 解し生 成した O( 1 D) が水 蒸気と 反応し パル
4. OH 反応性測定
ス的に人工 OH ラジカルを発生させその後、OH
①ガソリン自動車の排気ガス計測
ラジカルが減衰する様子をレーザー誘起蛍光
現在わが国ではガソリン車については 3 種類
(LIF)法 に よ り 実 時 間 で 追 跡 す る と い う も の で
の 自動 車排気 ガス 適合車 両 (それぞ れ 1978 年
ある。この装置により日中の実大気レベルより
(昭和 53 年)規制車両、2000 年(平成 12 年)規制
車両および 2005 年(平成 17 年)規制車)が使用さ
約 2 桁高い濃度の OH ラジカルを人工的に作り
- 15 -
れている。これら3つの規制に適合した複数の
そこで OH 反応性に図 1 で示した各排気ガス規
ガソリン車を調べた結果図 1 に示すような OH
制適合車両の OH 反応性と走行比率を掛けるこ
反応性が得られた。
とで、より現実に近い各種適合車両における
OH 反応性へ評価を行ったのが図 2 である。こ
こでは、今回測定した OH 反応性の中で特に光
化 学 オ キ シ ダ ン ト 生 成 に 寄 与 す る VOC, CO,
CH 4 そして unknown の総和に各排気ガス規制
適合車両の走行比率を掛けた結果を示した。こ
の結果
図 1 各排気ガス規制適合車と排気ガスの OH 反
応性の内訳 # 1
1978 年規制適合車と 2000 年のそれでは合計の
OH 反応性では大きな差異はないが、窒素酸化
物(NOx [NO+NO 2 ])については 2000 年規制に
より約5分の1へと大きな削減が認められる。
図 2 走行比率 を考慮した 各排気ガス 規制適合
また、未知なる反応物質(図では unknown とし
車両の OH 反応性(2005 年規制を 1 としたとき
て表示)が 1978 年規制では 4 割、2000 年では 6
の相対値)
割強も占めていることがわかる。一方 2000 年
規制と 2005 年規制について比較すると、合計
から、2005 年規制を 1 としたとき、2000 年規
の OH 反応性は8割以上もの削減が認められる。
制では約 8 倍、1978 年規制では約 4 倍の排出
揮発性有機化合物(VOC)と未知物質の削減が著
量であることがわかる。また排気ガス全体に占
しいことが明らかとなった。2005 年規制適合車
める各自動車排気ガス規制適合車両の割合は、
両でも依然として未知物質は2から3割程度は
2005 年規制が 7.6%と最も低く、2000 年規制が
存在していることが明らかとなり、未知物質の
62.0%、1978 年規制が 30.4%となった。これは
同定が重要であると考えられる。
自動車排気ガスによる環境負荷をさらに抑える
今回の測定から、旧排気ガス規制適合車両の
ためには、現在も使用されている旧自動車排気
大気への汚染物質放出の寄与が大きいことが示
ガス適合車両を新適合車両に交換することがよ
された。一方でわが国には新旧の排気ガス規制
り効果的であることを裏付ける結果となった。
OH 反応性による自動車排気ガスの測定では、
適合車両が使用されている。自動車保有台数の
統計データによると、これらの排気ガス適合車
OH と反応する全ての化学物質を対象に測定が
両は、それぞれ 3 分の 1 ずつ走行している。保
可能となる。また OH と反応する化学物質は大
有 台 数 に 走 行 係 数 (そ の 年 式 の 車 が 実 行 的 に ど
気中での光化学オキシダント生成に深く関与す
の く ら い 走 行 し て い る か )を か け て 調 べ る と 現
る物質であり、今回の観測から自動車排気ガス
在わが国における各排気ガス規制適合車両の走
規制の強化により自動車排気ガスによる環境負
行比率は、1978 年規制が 24.4%、2000 年規制
荷は大きく押さえられることが、OH 反応性の
が 35.9%、2005 年規制が 39.7%であることがわ
測定からも実証された。
かる # 2 。
- 16 -
②植物から発生する VOC
行われている。多くの観測事例でモデル予測が
比較的研究報告例の多い常緑針葉樹マツ科の
HOx の観 測結果を過小評価する傾向にあるこ
カナダトウヒの放出する揮発性有機化合物
とが明らかとなり、HOx が関与する反応のメイ
(BVOC)の総合観測と、OH 反応性測定を行った。
ンフレームを修正する必要性の可能性が生じて
イソプレンと 7 種類のモノテルペン類に加えて
きた。OH の消失過程については我々始めとす
6 種のセスキテルペンを定量した。温度、光強
る OH 反応性の観測から、未知なる VOC の存
度などの育成環境を変化させ時発生する BVOC
在は示されたが、それらを考慮しても上記のモ
の変化は妥当なものであるが、OH 反応性との
デルによる過小評価は説明できないと考えられ
比較から、通常の条件下では未知の反応性は
る。過酸化ラジカルから OH が再生する過程に
20%程度であったが、35℃以上になると 50%以
ついて更に踏み込んだ研究の必要性が生じた。
上 の 未 知 反 応 性 が 示 さ れ た ( 山 崎 等 2011,
そこで、我々は世界で初めてレーザーポンプ・
Jones et al., 2011)
プローブ法による HO 2 反応性測定装置の開発
#3
。 こ れら の未 知 反応 性
BVOC はモノテルペンと相関を示すことから、
を進めた。本装置は我々が従来から開発してき
C5 骨格あるいは C10 骨格を有したテルペノイ
た OH 反応性装置を改良することで実現した。
ドであると推定している。既知 BVOC に対して
おおむね 20%程度の未知 BVOC が存在すると
考えられる。カナダトウヒに加えて我国での優
勢種や固有種の植物についても検討し、未知反
応性物質の特定を行い、オキシダント生成への
寄与を定量化して行く。
③光反応中間体の OH 反応性
模擬大気チャンバー (国立環境研究所のスモ
ッ グ チ ャ ン バ ー お よ び コ ー ク 大 学 (ア イ ル ラ ン
ド)のシュミレーションチャンバー)を用いてイ
ソプレンのオゾンおよび光酸化過程の OH 反応
性と生成物分析実験を行っている。従来の
FTIR 分 析 、 PTR-MS(陽 子 移 型 質 量 分 析 装 置 )
および MCM モデル計算で導出される OH 反応
性と 実測の OH 反応性 を比較した ところ、 低
図 3 未知なる HO 2 反応性と関連する化学物質
NOx 濃度領域において未知なる OH 反応性が
の濃度変化
全 反 応 性 の 40%以 上 も 存 在 す る こ と が 明 ら か
となり、植生の活発な都市郊外地域でのオキシ
平成 23 年 9 月 6 日の結果を図 3 に示す。上図
ダント生成機構に大きく影響する可能性が明ら
が NO 2 と の 反 応 性 を 考 慮 し た 上 で 未 知 な る
かとなった #4 。
HO 2 の反応性である。下図は同時に計測したエ
アロゾルおよび大気微量成分である。HO 2 の消
5. HO 2 反応性測定
失過程として約半分が NO の酸化、4 分の 1 が
現在の光化学理論検証のために汚染された都
NO 2 との反応であり、残りの 4 分の 1 が未知の
市域から熱帯雨林中の清浄であり植物 VOC が
消失過程であった。エアロゾルへの取り込みは
豊 富 な 大 気 ま で 多 く の 場 所 で HOx(OH+HO 2 )
γ を 1 としても 0.3%となり寄与が小さかった。
観測が行われ、現行のモデルとの比較が盛んに
もしこの 4 分の 1 の過程で HO 2 ラジカルが消失
- 17 -
してオキシダント生成に寄与しないとすると、
2002-2005 年にかけて行われた大気質調査結
この NOx 濃度領域ではほとんどオキシダント
果と比較すると、2011 年では一酸化炭素濃度に
生成は起らないことになるが、現状では大気中
ついて 3 分の 1 以下へと改善されていることが
でオキシダントは生成されていることから、
明らかとなった。また、オキシダントについて
HO 2 の 新 た な 未 知 の 消 失 過 程 の 探 索 が 重 要 な
も明確な改善が認められる。自動車の台数が大
研究課題であることが明らかとなった #5 。
50
6.
ダッカでの大気観測 #6
45
40
て VOC、NOx、オゾン、CO、SO2 等の連続観
35
MAPA,
Brazil
Delta O3 (ppb)
ダッカ大学構内で 2011 年 5 月 17−28 日にかけ
30
測を行った。その結果、飽和炭化水素濃度は他
のアジアの都市に比べてかなり高濃度であるが、
オゾン生成能(OFP)で評価すると、比較的小さ
Tokyo
2003-2005
Beijing
25
Dhaka 2011
(recent)
20
15
な値となった図 4 に示す通り、炭素濃度で規格
Dhaka
(previous)
10
5
化すると、
0
0
100
200
300
Delta CO (ppb)
400
図 5 アジア各 都市におけ るオゾン及 び一酸化
炭素濃度
きく増加したにもかかわらず大気質が改善した
興味深い事例であり今後のエネルギー政策を鑑
みた場合参考なることが多い。
図4
7. 謝辞
アジア各都市における VOC の OFP と炭
中嶋吉弘、加藤俊吾(首都大)、宮崎洸治(現理研)、
素濃度で規格化した値
井田明(現京大)、J.Suthawaree(現京大)の諸氏
の協力、
タイのバンコク等に比べて半分以下となった。
文部科学省基盤研究(S)による支援
ダッカでは天然ガスが自国で産出されるように
なってからは、CNG の価格が低く抑えられてい
#1 亀井等,大気環境学会誌 45, 21, 2010
ることから、ガソリン自動車を CNG 仕様へ改
#2 小林伸治
造して広く用いられている。現在は乗用車の
私信
#3 山崎等,大気環境学会誌 47, 9, 2012
95%以上が CNG 利用車と言われている。
Jones et al., AGU Fall meeting, 2011
2003 年から 2 ストロークのオートリキシャ
#4 Nakashima et al., submitted to AE.
が禁止され、4 ストロークの CNG 仕様車へと
#5 宮崎等,大気環境学会(予定)2012
切り替えられた。自動車の登録台数は 2003 年
#6 Suthawaree et al., AE, 54, 296, 2012
に比べて 2011 年では約 3 倍に増加していると
言われている。ガソリン価格に比べて CNG は
約 3 分の 1 であることから、ガソリンから CNG
への以降も迅速に進んだものと考えられる。
- 18 -
大気環境学会関東支部講演会
【セッション3説明資料 環境省 水・大気環境局 大気環境課 山本光昭課長】
- 19 -
2012(平成 24 年)6 月 8 日
- 20 -
Fly UP