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通貨需要とマネーサプライ
Discussion Paper No.90 通貨需要とマネーサプライ 三 平 剛 経済研究所研究官 杉 原 茂 経済研究所主任研究官 November 1999 Economic Research Institute Economic Planning Agency Tokyo, Japan ここに著された見解は著者個人に帰属するものであり、 経済企画庁もしくは経済研究所の見解を示すものではない。 通貨需要とマネーサプライ1 三 平 剛2 杉 原 茂 1999年11月 要 旨 本稿は、近年のマネーサプライの動向を、通貨需要の面から実証的に整理したものである。そ の際、M2 + CDに加え、現金通貨, 預金通貨, 準通貨の通貨種類ごとにも、その需要の安定性を 分析している。最近の量的金融政策に関する関心の高まりを鑑みれば、これらの通貨需要の安定 性は、中央銀行によるマネーサプライの制御可能性、およびマネーサプライをコントロールした 場合の実体経済への効果という観点から重要である。分析結果からは、マネーサプライをターゲ ットとする政策の実施の困難性と効果の不確実性が示唆される。 第1節では、 マネーサプライと実体経済との長期的な関係を、 共和分検定により推定している。 M2 + CDには実体経済との間に長期的に安定した関係が見出されるが、短期的にはそうした長期 均衡から乖離することも示される。一方、通貨種類ごとに見ると、準通貨を除いて実体経済との 長期安定した関係は見られない。M2 + CD全体としては実体経済との長期的関係に規定されつつ、 その内部では長期要因から離れて通貨種類間の代替が生じるものと考えられる。 第2節では、前節で得た長期的関係を踏まえ、誤差修正モデルによる短期の通貨需要関数を推 定し、長期均衡からの短期的乖離や通貨種類間の代替の要因を分析するとともに、その安定性を 検証している。M2 + CDには、実体経済との長期的関係と整合的な短期の需要パターンが見出さ れるが、それは必ずしも安定しているわけではないことも示唆される。M2 + CDに対する需要が 安定していなければ、マネーサプライの制御が困難となるだけでなく、マネーサプライをコント ロールした場合の実体経済への効果も不確実なものとなる。また、通貨種類ごとには、現金通貨 に比較的安定した短期の需要パターンが見られるものの、預金通貨および準通貨に対する需要に は不安定性が示唆され、長期で見た場合と対称的な結果となっている。現金と預金・準通貨の間 の代替関係が不安定性であるのならば、信用乗数の予期せぬ変動により、中央銀行によるマネー サプライ制御は困難となる。 なお、 (補論)において、最近関心の高い「流動性の罠」現象につき、日本の現状がそれに妥当 するかどうかについて、実証分析を試みている。 1 2 本稿は金融政策分析に関する研究プロジェクト作業の一環として行ったものである。 三平 剛(経済企画庁経済研究所研究官, E-mail : [email protected]) 杉原 茂(経済企画庁経済研究所主任研究官, E-mail : [email protected]) 目 次 はじめに ......................................................................................................................... 1 第1節 マネーと経済活動の長期的関係 ......................................................................... 2 第2節 通貨需要関数..................................................................................................... 10 総括................................................................................................................................ 24 (補論)歴史的低金利と通貨需要 −「流動性の罠」の現実妥当性について− ............... 25 参考文献 ......................................................................................................................... 30 図 表 目 次 図表1 - 1 マネーサプライとGDPの長期的関係 .................................................................... 2 図表1 - 2 マネーサプライの共和分検定................................................................................ 3 図表1 - 3 マネーサプライの長期的均衡からの乖離.............................................................. 4 図表1 - 4 マネーサプライの共和分検定(2)....................................................................... 4 図表1 - 5 マネーサプライの長期的均衡からの乖離(2)..................................................... 5 図表1 - 6 通貨種類別に見たGDPとの長期的関係................................................................. 6 図表1 - 7 通貨種類別の共和分検定....................................................................................... 7 図表1 - 8 GDPとの関係で見た通貨種類別の残差動向.......................................................... 8 図表2 - 1 通貨需要関数(M2 + CD) ................................................................................ 10 図表2 - 2 通貨需要関数の残差動向..................................................................................... 12 図表2 - 3 通貨需要関数による動的予測.............................................................................. 12 図表2 - 4 通貨需要関数のチャウ構造変化テスト ............................................................... 13 図表2 - 5 通貨需要関数のチャウ予測誤差テスト ............................................................... 14 図表2 - 6 通貨種類別需要関数............................................................................................ 17 図表2 - 7 通貨種類別需要関数による動的予測................................................................... 19 図表2 - 8 現金通貨および準通貨需要関数のチャウ構造変化テスト................................... 21 図表 補 - 1 通貨需要の形状と飽和........................................................................................ 25 図表 補 - 2 通貨需要の伸び率と金利水準 ............................................................................. 27 図表 補 - 3 通貨需要の対GDP比と金利水準......................................................................... 28 図表 補 - 4 流動性の罠の検証結果(総括表) ...................................................................... 29 付図表2 - 1 金利変数を変えた通貨需要関数(M2 + CD).................................................... 31 付図表2 - 2 預貸金利逆転と通貨需要 .................................................................................... 32 付図表2 - 3 金融不安と通貨需要 ........................................................................................... 34 付図表2 - 4 現金通貨および準通貨需要関数のチャウ予測誤差テスト................................... 36 付図表2 - 5 現金通貨および準通貨需要への金利低下の影響................................................. 37 付図表2 - 6 銀行株変動を加えた現金通貨需要関数 ............................................................... 38 付図表 補 - 1 通貨需要関数(伸び率)による流動性の罠の検証.............................................. 39 付図表 補 - 2 通貨需要関数(対GDP比)による流動性の罠の検証 ......................................... 42 通貨需要とマネーサプライ はじめに 本論文は、近年のマネーサプライの動向を、通貨需要の面から実証的に整理したものである。 最近、マネーサプライのコントロールを政策手段とする「量的金融政策」に関心が集まってい るが、通貨需要が安定しているかどうかは、量的金融政策にとって、少なくとも2つの観点から 重要である。第1は、中央銀行によるマネーサプライの制御可能性という観点であり、第2は、マ ネーサプライをコントロールした場合の実体経済への効果という観点である。 第1の観点については、マネーサプライが、教科書で想定されているように中央銀行にとって 外生的に決定できるものではなく、民間銀行および家計・企業等の資産選択を通じて決定される という点が問題となる。杉原・三平(1999)「信用創造とマネーサプライ」では、マネーサプライ の供給過程を、 イ) 中央銀行によるハイパワードマネーの供給 ロ) 民間銀行による信用供与 ハ) 家計・企業等による通貨需要 の三段階に整理しているが、ロ) 、ハ)の過程が安定していなければ、中央銀行によるマネーサプ ライの制御は難しい。杉原・三平(1999)では、主としてロ)の安定性について、銀行や家計・企 業等のバランスシートから分析を行ったが、本稿では通貨需要関数を推定して、ハ)の通貨需要 の安定性を分析する。 中央銀行によるマネーサプライの制御可能性にとって重要なのは、M2 + CD全体に対する需要 の安定性のみではない。杉原・三平(1999)では、中央銀行がハイパワードマネーを供給した場合 に上記三段階の信用創造過程を通じてどれだけマネーサプライが増加するかを示す信用乗数は、 家計・企業など通貨保有主体の現金/預金比率の変化により大きく変動することを見ている。M2 + CDに含まれる現金通貨, 預金通貨, 準通貨それぞれに対する通貨需要が安定していなければ、 不安定な現金/預金比率の動きにより予期できない信用乗数の変動が生じ、マネーサプライのコ ントロールは困難となる。 第2の量的金融政策の有効性という観点からも通貨需要の安定性が重要であることは、 Poole(1970)などの古典的な議論が示すとおりである。通貨需要が不安定であれば、マネーサプラ イをコントロールしても、実体経済への影響は不確実となり、期待通りの効果を与えることは難 しい。通貨需要が不安定な場合には、貨幣量コントロールよりも金利コントロールによる金融政 策の枠組みの方が、実体経済への効果の確実性という観点からは有効である。 以下、第1節においては、通貨需要が実体経済と長期的に安定した関係にあるかどうかを分析 する。第2節では、前節で得られた結果も踏まえて短期の通貨需要関数を推定し、通貨需要が長 期的な均衡水準から離れて変動する要因を分析する。その際、上に述べたような問題意識から、 長期・短期いずれについても、M2 + CD全体のみならず、現金通貨, 預金通貨, 準通貨それぞれ について、その需要の安定性を分析することにする。 −1− 第1節 マネーと経済活動の長期的関係 M2 + CDと経済活動の長期的関係 マネーサプライ(M2+CD)とGDPとの間には密接な関係があると言われる。実際に、両者をス キャッターダイアグラムにプロットしてみると、名目・実質ともほぼ直線上に並び、両者の間に 長期的に安定した関係が存在することが伺える(図表1-1)。 図表1-1 マネーサプライとGDPの長期的関係 (注)1980年第1四半期∼1998年第4四半期。各変数とも季節調整済、対数値。 こうした長期的関係の存在の有無は、共和分検定により統計的に確認することができる。これ は、直感的には、上図のような直線的関係を想定した上で、直線からの乖離が生じた場合に、時 系列的に見て再び直線上へと戻る動きが見られるかどうかを検定するものである。変数間にその ような直線上へと戻る動きが認められた場合、その直線は「共和分ベクトル」と呼ばれ、変数間 の長期的な均衡関係を表していると解釈される。 共和分の検定手法はいくつかあるが、ここでは、想定される直線的関係を最小二乗法により推 定し、そこからの乖離、すなわち残差の時系列的なふるまいをADF単位根検定により統計的に検 定した1(図表1-2)。 結果を見ると、名目・実質ともに、マネーとGDPの間に共和分関係が検出されている。長期的 には、マネーサプライと実体経済の活動水準との間に安定した関係が存在すると考えて良いであ ろう。 1 共和分検定についてのより詳細な説明は、たとえばHamilton (1994) Chapter19, 20等を参照。 なお、共和分の検定に先立ち、各変数の定常性のテストを行い、GDPデフレータを除く変数が非定常過程にあること を確認している。 −2− 図表1-2 マネーサプライの共和分検定 説明変数(カッコ内は t 検定にもとづくP値2) 定数項 名目GDP 実質GDP GDPデフレータ -6.395 1.423 名目M2 + CD (0.000) (0.000) -9.211 1.607 0.981 名目M2 + CD (0.000) (0.000) (0.000) -9.093 1.600 実質M2 + CD (0.000) (0.000) 被説明変数 修正R2 D.W. 0.991 0.163 0.992 0.187 0.987 0.186 ADF検定量 -1.929 (10%有意) -2.332 (5%有意) -2.316 (5%有意) (注)標本期間は1980年第1四半期∼1998年第4四半期。 各変数とも季調済, 対数値(元の単位はM2 + CDおよびGDPは億円、GDPデフレータは1990年 = 1)。 ADF検定のラグ数および切片の有無は、赤池情報量基準(AIC)に基づき、いずれも切片なしの3期とした。 ここで推定された共和分ベクトルは、経済学的にはどのような意味を持つのであろうか。 マネーと経済活動との関係は、イ)経済活動の拡大縮小にともない通貨への需要が増減する, ロ)金融政策などによる通貨の増減が経済活動の動向に影響を与える、という双方向のものと考 えられる。ただし、このうちロ)については、その影響は短期的なものにとどまり、長期的には 解消されるものと考えられる。これは、金融政策の波及メ力ニズムが、単純化すれば、 「マネーの 増大=名目的購買力の増大」であり、これが実質的にも購買力の拡大となって需要を増加させる のは、価格調整が終了するまでの短期に限られるからである。長期的にはマネーの増大と比例的 な価格上昇が生じ、実質で測った購買力は元に戻ると考えられる。 したがって、マネーは実体経済に長期的な影響を及ぼさないと考えられるから、長期的な関係 を表すとされる共和分ベクトルは、ロ)の関係ではなく、イ)の長期的な通貨需要を示すと考え られる。 共和分ベクトルの推定結果を見ると、長期通貨需要の実質GDPに対する弾力性は、実質ベース で見て1.6となっている。また、2番目の推定式を見ると、名目マネーサプライの物価(GDPデフ レータ)に対する弾力性はほぼ1であり、こうした名目的変化を除いた上での実質GDPに対する マネーの弾力性は、 実質同士で見たのとほぼ同じ約1.6となっている。このことは、 データ的にも、 長期において名目通貨と物価とは比例的関係にあって、かつ名目的変化と実質的変化が分離可能 であること、すなわちマネーの長期的中立性(ニュートラリティー)が成立しており、長期的に は名目的変化は実質変数に影響を与えていないことを示している。そこで、以下の分析は名目的 変化を除いた実質ベースで行うこととする。 図表1-3は、推定された実質ベースの共和分ベクトルから残差の動向を見たものである。 こうした残差は、 長期的均衡からのマネーサプライの短期的な乖離を示していると考えられる。 次節で我々は、こうした短期的乖離をもたらす要因の分析を行うが、その前にマネーサプライの 長期均衡水準に影響を及ぼす他の要因がないかを検討しておこう。図を見ると、バブル期の80年 代後半から90年代初めにかけてプラスの残差が続いた後、92年から94年にかけて今度はマ 2 共和分ベクトルの推定結果には t 検定に基づく p 値も沿えてあるが、非定常過程にある変数を含む推定では t 検定は 必ずしも有効ではない。ただし、共和分関係が存在する場合には、最小二乗推定量は超一致性(Super Consistency) を持つことが知られている。 −3− イナスの残差が継続していることが示されている。推定残差はその後95年から96年にかけて再び マイナスに振れた後、直近では大きくプラスに転じている。こうした残差の継続的な動きは、残 差全てが必ずしも短期的な乖離を示しでいるのではなく、実質GDP以外にもマネーサプライの長 期的な均衡を決定する要因が存在しているためであるかも知れない。 図表1-3 マネーサプライの長期的均衡からの乖離 そうした長期的要因のひとつとして、資産要因が考えられよう。 通貨需要に関する資産要因としては、(a) 資産取引の拡大に伴う取引需要の増大、(b) 資産総額 の増大に比例して通貨に対する資産保有需要も増大、という2つが考えられる。 そこで、マネーと実質GDPに加え、資産取引需要の代理変数として実質株式売買代金を、資産 保有需要の代理変数として民間非金融部門の実質金融資産総額をそれぞれ加え3、3変数の間に共 和分関係が成立しているかどうかを検定した。いずれのケースでも、マネーとGDPおよび資産変 数との間に長期的関係が成立している(図表1-4)。 図表1-4 マネーサプライの共和分検定 (2) 説明変数(カッコ内は t 検定にもとづくp値) 定数項 実質GDP 株式取引高 金融資産額 -9.093 1.600 実質M2 + CD (0.000) (0.000) -8.624 1.550 0.036 実質M2 + CD (0.000) (0.000) (0.000) -3.559 0.816 0.394 実質M2 + CD (0.000) (0.000) (0.000) 被説明変数 修正R2 D.W. 0.987 0.186 0.993 0.454 0.995 0.295 ADF検定量 -2.316 [3] (5%有意) -3.951 [6] (1%有意) -2.001 [2] (5%有意) (注)標本期間は1980年第1四半期∼1998年第4四半期。 各変数ともGDPデフレータにより実質化。季調済,対数値(元の単位:株式取引高は億円/日,金融資産額は億円) 。 [ ]内はADF検定のラグ数(いずれも切片なし)。AICに基づき決定。 3 いずれもGDPデフレータにより実質化。共和分検定に先立ち、両変数とも非定常過程にあることをADF検定により 確認している。 −4− 推定された共和分ベクトルを見ると、株式売買高を含めた場合ではマネーの実質GDPに対する 弾力性は1.55とほぼ変わらないが、資産総額を含めた場合には約0.8と低下している。これは、資 産総額とGDPが共線関係にあることから生じた結果であると考えられるが、資産総額を一定とし た場合の、マネーのGDPに対する「純粋な」弾力性と解釈することもできよう。 これらの推定結果からの残差の動きを見ると(図表1-5) 、金融資産変数を追加したものはいず れも80年代後半バブル期のプラスの乖離が解消している。この時期のマネーサプライの高い水準 は資産要因により生じていたと考えられる。 図表1-5 マネーサプライの長期的均衡からの乖離 (2) しかし、90年代以降については、依然上で述べたような乖離が残っている。これらは、杉原・ 三平(1999)でも取り上げた、以下のような要因によって生じたと考えられる。 イ)金融自由化の中での金利逆転現象4 80年代後半の金融自由化の過程において、預金と貸出の金利が逆転するという現象が生じ た。その結果、信用力のある企業においては預金と貸出を両建てで増加させることによりリ スクなしに利鞘を稼ぐことができ、定期預金の増加を招いた。91年にこの金利逆転が解消す ると、定期預金から急速に資金が流出することとなった。こうした動きがマネーサプライの 水準に影響を与えたと考えられる。 ロ)超低金利による資産シフト5 95年9月の金融緩和により、公定歩合が史上最低の0.5%に引き下げられた。これにより定 期預金金利もかつてない水準に低下し、定期預金からの資金の流出が生じていることが95年 から96年にかけてのマネーサプライの動きに影響を与えたと見られる。 4 5 杉原・三平(1999) pp. 5-6 第1-3、4図。 前注に同じ。 −5− ハ)金融システム不安のもとでの流動性選好 97年末からの金融システム不安により、危険資産が忌避され、安産資産選好・流動性選好 から通貨への資産需要が高まり、直近のマネーサプライの水準を高めた可能性がある。 これらの要因はマネーサプライの長期的均衡水準の決定要因というよりは、そこからの乖離を 生じさせる一時的な要因と考えられるため、次節の短期的な通貨需要関数の分析において扱うこ とが適切であろう。ここでは、いずれの要因もマネーサプライとGDPの共和分関係を崩すには至 っていないこと、すなわち上で述べたようなマネーサプライと実体経済の長期的関係は、短期的 にはこうした要因により乖離を生じつつも、現在においても依然として維持されていると考えら れることのみ記しておく。 通貨種類別に見た経済活動の長期的関係 マネーサプライ(M2 + CD)と実体経済活動とは長期的に安定した関係を維持していることがわ かったが、それではM2 + CDに含まれる現金通貨, 預金通貨, 準通貨のそれぞれについても、こ うしたGDPとの長期的関係が存在しているのだろうか。 それぞれの通貨とGDPとを、スキャッターダイアグラムにプロットしたのが、図表1-6である。 これを見ると、現金通貨や預金通貨には、M2+CDで見られたようなGDPとの安定的な関係は見 出しにくい。準通貨については、80年代はほぼ直線的に並んでいるが、90年代に入り関係が不安 定化しているようである。 図表1-6 通貨種類別に見たGDPとの長期的関係 (注)1980年第1四半期∼1998年第4四半期。各変数ともGDPデフレータで実質化。季節調整済,対数値。 こうした印象は共和分検定によって確認される6(図表1-7) 。準通貨には共和分関係が検出され るが、現金通貨と預金通貨についてはGDPとの長期的関係は成立していない。 6 ADF検定により、現金通貨, 預金通貨, 準通貨とも非定常過程にあることを確認。 −6− 図表1-7 通貨種類別の共和分検定 被説明変数 実質現金通貨 実質預金通貨 実質準通貨 説明変数(カッコ内は t 検定にもとづく p 値) 定数項 実質GDP 株式取引高 金融資産額 -12.815 1.669 (0.000) (0.000) -12.787 1.666 0.002 (0.000) (0.000) (0.872) -11.460 1.477 0.096 (0.000) (0.000) (0.430) -4.779 1.212 (0.000) (0.000) -5.216 1.259 -0.033 (0.000) (0.000) (0.120) -7.673 1.622 -0.206 (0.014) (0.000) (0.312) -10.739 1.685 (0.000) (0.000) -10.036 1.609 0.054 (0.000) (0.000) (0.000) -3.119 0.605 0.543 (0.016) (0.000) (0.000) 修正R2 D.W. 0.952 0.072 0.952 0.072 0.952 0.063 0.788 0.039 0.795 0.049 0.790 0.047 0.964 0.070 0.976 0.181 0.977 0.090 ADF検定量 0.140 [2**] (非有意) 0.190 [2**] (非有意) 0.290 [2**] (非有意) 0.970 [2**] (非有意) -1.227 [9] (非有意) 0.910 [2**] (非有意) -2.415 [3] (5%有意) -2.097 [4] (5%有意) -1.451 [2] (10%有意) (注)標本期間は1980年第1四半期∼1998年第4四半期 各変数ともGDPデフレータにより実質化。季調済, 対数値(元の単位は各通貨とも億円)。 [ ]内はADF検定のラグ数(*は切片、**は切片+トレンドを含む)。AICに基づき決定。 したがって、M2 + CD全体で見れば実体経済と長期的に安定した関係を保っているが、通貨種 類ごとにはそれぞれ実体経済と長期安定関係にあるわけではないといえる。全体としては実体経 済との長期的関係に規定されつつも、その内部では、その時々の経済状態など長期要因とは別の 要因によって、通貨種類間での代替が生じているものと考えられる。 こうした通貨種類間の代替が安定しているかどうかは、日本銀行によるマネーサプライの制御 可能性に大きな意味を持つ。現金通貨と預金・準通貨の代替は、信用乗数に大きな影響を与える からである。長期的観点からは通貨間に安定した関係は見られなかったが、短期的観点からはど うであろうか。次節では、通貨種類ごとにも短期の通貨需要関数を推定し、通貨間の代替の決定 要因を分析することにする。 ここではその前に、上の共和分検定において推定した通貨種類別のGDPとの単回帰の残差動向 から、実体経済との関係で見たおおまかな通貨間の代替の様子を見ておこう(図表1-8)。 図では、95年以降、現金通貨と預金通貨への選好が顕著に強まっている一方、同時期に準通貨 からは急速に資金が流出していることが見てとれる。先に述べたとおり、95年の金融緩和により 歴史的な低金利が生じることになったが、これにより準通貨に比べて現金通貨や預金通貨を保有 する機会費用が低下し、準通貨からこれらの通貨への代替が生じたものと推察される。 また、現金通貨や預金通貨の残差は直近でも更に大きくなっているが、これは97年末以降の金 融システム不安の影響により、企業が手許の流動性を積み増すなど、流動性選好が更に高まった ことを示しているのかも知れない。準通貨も直近では残差が縮小してきている。 −7− 図表1-8 GDPとの関係で見た通貨種類別の残差動向 小括 我々は、マネーサプライ(M2 + CD)と実体経済活動との間に、長期的に安定した関係が成立し ていることを見た。推定結果によれば、実質ベースで見たマネーのGDPに対する長期的な弾力性 は約1.6(資産総額を考慮した場合には約0.8)である。 これは、長期的な通貨需要の弾力性を示すと考えられる。マネーと実体経済の関係は、イ)経 済活動にともなう通貨需要、ロ)通貨供給の増減による実体経済への影響、という双方向のもの であるが、ロ)の影響は長期には消滅すると考えられるからである。実際、推定結果でもM2 + CD の物価に対する長期弾力性はほぼ1であり、長期的にはマネーの中立性が成立していることが示 されている。したがって、推定されたM2 + CDとGDPとの長期的関係をもって、 「マネーサプラ イを増やせばGDPが増える」と単純に考え、量的緩和論の根拠とするわけにはいかない。 ただし、長期的にはマネーの中立性が成立していると言っても、それはそのまま短期において も量的金融政策が無効であることを示すものではない。そこで次節では、ここで得られた長期的 な通貨需要を踏まえて、金融政策の有効性の鍵となる短期の通貨需要を推定することとする。 なお、M2 + CDに含まれる個々の通貨種類別に見ると、準通貨を除いて、それぞれの通貨と −8− 実体経済の間に長期的関係は成立していない。M2 + CD全体としては実体経済との長期的安定関 係に規定されつつ、その内部では長期的要因とは別の要因で通貨種類間での代替が行われている と考えられる。特に95年以降には、歴史的低金利や金融システム不安等がこうした通貨間の代替 に影響しているように見られる。 そこで、 次節では通貨種類別にも短期の通貨需要関数を推定し、 通貨間の資産代替の要因を分析することとする。 −9− 第2節 通貨需要関数 M2 + CD需要関数 第1節では、マネーサプライ(M2 + CD)と実体経済活動とは長期的に安定した関係にあること を見たが、同時にマネーサプライは短期的には長期均衡水準から乖離し得ることも見た。そうし た短期的なマネーサプライの変動は、どのような要因によりもたらされるのであろうか。 ここでは、第1節で得られたマネーとGDPとの長期的関係を考慮した上で、短期の通貨需要関 数を推定してみよう。これは、長期的関係を組み込んだ誤差修正モデルによって可能となる。共 和分ベクトルの推定において得られた残差項は、長期的均衡からの乖離と見なされるから、その ラグをとったものを誤差修正項としてモデルに含めることにより、長期的均衡からの乖離が生じ た場合に、翌期以降、そこへ戻る力がどの程度働いているかどうかを確認することができる。 被説明変数は実質マネーサプライの対数階差(近似的には成長率)とし、説明変数には誤差修 正項のほか、短期的な通貨需要の変動をもたらす要因として、実質GDP、および代替資産との利 回り格差を、それぞれ2期分含める形で定式化した(以下これを「標準モデル」と呼ぶ) 。また、 資産要因を含む共和分関係に基づいた定式化での推定も行った(以下、実質株式売買高を含めた ものを「資産取引需要モデル」, 実質金融資産総額を含めたものを「資産保有需要モデル」と呼 ぶ)。推定結果は図表2-1に示すとおりである。 図表2-1 通貨需要関数(M2 + CD) 説 明 変 数 被説明変数:M2 + CD 定数項 C 誤差修正項 ECt-1 ECt-2 実質GDP ∆ln GDPt ∆ln GDPt-1 利回り格差 RGBt-RDPt RGBt-1-RDPt-1 株式取引高 ∆ln TREQt ∆ln TREQt-1 金融資産総額 ∆ln FA t ∆ln FA t-1 修正R2 S.E. D.W. 標準モデル ∆ln M2CDt -0.0006 (0.8397) 0.5586 (0.0000) -0.5447 (0.0000) 0.1105 (0.3121) 0.8076 (0.0001) 0.0031 (0.0613) -0.0011 (0.5076) 0.4635 0.0071 2.1595 資産取引需要モデル ∆ln M2CDt -0.0009 (0.7632) 0.5364 (0.0000) -0.6006 (0.0000) 0.1517 (0.1446) 0.8178 (0.0000) 0.0022 (0.1998) -0.0003 (0.8531) 0.0032 (0.3196) 0.0251 (0.0000) 0.4855 0.0070 2.2779 資産保有需要モデル ∆ln M2CDt -0.0001 (0.9645) 0.4368 (0.0001) -0.5264 (0.0000) 0.1085 (0.2680) 0.3236 (0.0051) 0.0013 (0.4624) -0.0000 (0.9808) 0.0597 (0.2108) 0.2983 (0.0000) 0.5351 0.0066 2.3164 (注) 標本期間は1980年第3四半期∼1998年第4四半期 括弧内は t 検定に基づくp値 誤差修正項(EC)は前節で推定したそれぞれのモデルに対応する共和分ベクトルの残差項 その他の変数は以下のとおり(金利変数を除き季節調整済,GDPデフレータにより実質化) (記号) (変数) (単位) (出所) M2CD: 実質マネーサプライ(M2+CD) 億円 日本銀行 経済統計月報 GDP: 実質国内総生産 億円/年 経済企画庁 国民経済計算 RGB: 国債金利(10年) %/年 日本銀行 経済統計月報 RDP: 定期預金金利 %/年 IMF IFS TREQ: 実質株式売買高 億円/日 日本銀行 経済統計月報 FA: 実質民間金融資産残高 億円 日本銀行 経済統計月報 −10− 推定結果において、誤差修正項の係数の符号が負であれば、乖離が生じた翌期以降、再び長期 的均衡へと戻る動きが存在していることを示す。推定結果を見ると、2期のラグの後に符号が負 となり、長期的均衡からの乖離の調整が行われている。乖離が生じた場合、1期後は慣性的に乖 離が拡大するが、2期目以降には乖離を縮小させる力が働くと考えられよう。ただし、資産要因 を含めない関数形では、2期を合計したベースでの係数が正となっており、長期的均衡からの乖 離を修復する力がうまく捉えられていない。マネーと実体経済の長期的関係を測る場合には、資 産要因を考慮に入れることが妥当であることを示す一つの証と考えられよう。例えば、バブル期 の実体経済との長期的関係から見て高いマネーサプライの伸びなどが、資産要因を考慮に入れる ことによって説明されるのは前節で見たとおりであり(前掲図表1-3,5) 、資産要因を無視して 実体経済活動水準のみから通貨需要を測ることは、ミスリーディングとなる可能性がある。 実質GDPの係数を見ると、1期ラグを伴って通貨需要を変動させている。当期を含めた合計べ 一スで見た通貨需要の短期的な所得弾力性は、標準モデルで約0.9である。資産取引需要モデルで は弾力性はほぼ同じであるが、資産保有需要モデルでは弾力性は約0.4と低下する。前節でも述べ たように、GDPと資産総額間の共線性の影響と考えられるが、資産効果を除いた純粋な通貨の所 得弾力性値と捉えることもできる。 利回り格差については、全てのケースで有意水準が低い上、 (2期合計で見て)符号条件も満た されていない。短期の通貨需要は主として実体経済活動や資産効果等により決定されていて、他 の資産との代替関係はそれほど強くないのかもしれない7。 資産要因は、資産取引需要, 資産保有需要ともにマネーサプライに有意に影響している。マネ ーサプライの決定において、短期的にも資産要因が重要であることを示している。 これらの推定結果の残差動向を見たのが図表2-2である。いずれのモデルでも90年第1四半期と 98年第3四半期を除き、信頼区間を超えるような大幅な残差は生じていない。マネーサプライの 短期的変動を比較的よく捉えているように見える。 ............. ただし、これは1期ごとの成長率の予測誤差である。それが累積すれば、マネーサプライの水 準で見ると、実際の水準からの大きな乖離を生じる可能性もある。 図を良く見ると、80年代後半にはプラスの残差が、90年以降は逆にマイナスの残差が生じる 傾向が見られる。こうした残差の累積を見るため、86年第3四半期からと90年第2四半期から、 7 ただし、金利変数のデータ選択に問題がある可能性もあり、更なる検討を要する。ここでは[10年物国債金利−3ヶ 月物定期金利預金]を用いたが、両者の利回り格差には長短スプレッド等も反映されるであろう。したがって、例え ば短期金利の方が金融政策に対する感応度が高いとすれば、金融引締め期にはスプレッドが縮小し、正の関係が生じ やすいといえるかもしれない。 我々と同じく誤差修正モデルにより通貨需要関数を推定した、吉田(1989)、石田・白石(1996)、日本銀行調査統計局 (1997)、Seike(1998)や、クロスセクションとマクロ時系列の二段階の推定をした藤木(1998,1999)などの先行研究で は、我々の分析と推定期間や定式化等に違いがあるものの、いずれも金利変数は通貨需要に有意な影響を与えている。 これらでは、藤木(1998,1999)以外は、その算出方法や用いた基礎データなど詳細は明らかではないが、M2+CDの自 己資産利回り(Own Rate)と代替資産利回り(Rival Rate)を独自に算出して推定に用いている。我々もこれらに倣い、 Own RateをM2 + CDに含まれる通貨種類ごとの金利を残高により加重平均して作成し、Rival Rateとして郵貯金利、 利付金融債利回り、国債利回りなどを単純平均したものや最大値をとったものなどを用いた推定を試みたが、いずれ も良好な結果は得られなかった(付図表2-1) 。そこで以下では、使用したデータソースが明確で、読者にとっても入 手・追試等が容易な[10年物国債金利−3ヶ月物定期金利預金]を用いた結果のみを示すこととした。 −11− 図表2-2 通貨需要関数の残差動向 図表2-3 通貨需要関数による動的予測 (注)Forecast (1)∼(3)はそれぞれ(1)標準モデル、(2)資産取引需要モデル、(3)資産保有需要モデルに基づく予測値 −12− それぞれ各モデルを用いた動的予測を行った(図表2-3) 。結果を見ると、資産要因を含めたモデ ルでは多少改善されるものの、マネーサプライは短期的要因を考慮しても、均衡水準からある程 度の乖離を生じるようである。 M2 + CD需要の安定性 こうした乖離は、通貨需要が安定していないために生じるのであろうか。 マネーサプライ・コントロールによる量的金融政策を考えた場合、通貨需要の安定性は、マネ ーサプライの制御可能性という観点のみならず、マネーサプライをコントロールした場合の実体 経済への効果という観点からも重要である。Poole(1970)などの古典的な議論が示すとおり、通貨 需要が不安定な場合には、貨幣量ターゲットによる金融政策では狙い通りの効果を上げることは 困難であり、金利ターゲットによる方が優れていると考えられるからである。 そこで、チャウの構造変化テストにより推定された通貨需要関数の安定性を検証してみよう。 これは、概念的には、推定期間を2つに分けて、それぞれの期間について通貨需要を推定し、得 られた2本の推定式の間に違いがないかを検定するものである。2本の推定式に有意な差が認めら れれば、通貨の需要パターンは推定期間を通じて一定してはいなかったということになる。 図表2-4は、サンプルを区切る期間を一期ずつ延ばしながら構造変化テストを行った結果を示す ものである。図のF値が有意水準を超えて高いほど、その時点で構造変化が生じたと考えられる。 図を見ると、バブルが崩壊した90年ごろに構造変化が生じたことが示されている。さらに資産要 因を含めたモデルでは、90年代後半にも再度構造変化が生じている可能性も伺えよう。 図表2-4 通貨需要関数のチャウ構造変化テスト −13− そこで90年に構造変化が生じたことを前提として、80年代と90年代それぞれについて資産要因 を含むモデルを推定した上で、さらに両期間内で再度の構造変化が生じていないかを、チャウの 予測誤差テストにより調べて見よう。これは、サンプル期間を2つに分けて、一方のサブサンプ ルから得られた推定式を用いて他方のサブサンプルにおける予測を行い、その予測誤差から構造 変化の有無を検定するというものである。概念的には、構造変化テストが2つのサブサンプルか ら得られる2本の推定式を比較するのに対し、予測誤差テストは一方のサブサンプルとフルサン プルから得られる2本の推定式の間に有意な差がないかを検定することに等しい8。 図表2-5は、サンプルを区切る期間を一期ずつ延ばしながら、チャウの予測誤差テストを行った 結果である。下部のプロットがチャウ予測誤差検定に基づくP値(構造変化がない確率)を示し、 これがゼロに近ければその時点で構造変化が生じたと考えられる(なお、上部の折れ線はサンプ ルを一期ずつ伸ばしながら推定した時の一期先の予測誤差である) 。資産取引需要モデルでは80 年代には5%水準で有意な構造変化は検出されないが、資産保有需要モデルでは80年代後半の金 融自由化の時期に構造変化が生じた可能性が示唆されている。また、いずれのモデルでも90年代 後半に再度の構造変化があった可能性が示されている。 図表2-5 通貨需要関数のチャウ予測誤差テスト 8 予測誤差テストは一方のサブサンプルの推定に十分な標本鮒あれば可能であるが、構造変化テストは両サブサンプル ともに推定を行う必要があることから、より多くの標本数が要求される。また、同じ理由により、構造変化テストで は直近における構造変化が検定できない。信頼性に劣る予測誤差テストを用いたのはこうした理由による。 −14− すでに述べたとおり、標準モデルよりも資産要因を含めたモデルの方が現実への妥当性が高い と考えられることから、80年代後半、90年前後、90年代後半といった時期において、通貨需要 に変化をもたらす要因が存在したと考えた方が良いであろう。 具体的には、 前節で考えたように、 イ)80年代後半から90年代初めにかけての預貸金利の逆転,ロ)95年9月からの著しい低金利, ハ)90年代末の金融システム不安、といった諸要因が考えられよう。そこで、これらの要因が実 際に通貨需要にどのような影響を与えたかを、簡単に検証して見よう。 まず、イ)の預貸金利の逆転については、金利逆転が生じている期間についてのみその金利差 をとった逆鞘ダミーを含めた通貨需要関数を推定し、それを用いて分析を行った。結果は付図表 2-2にまとめてある。推定結果を見ると、金利逆転現象は有意に通貨需要を増大させている(付図 表2-2(1)) 。その影響の程度を見るために、資産要因を含むモデルを用いて86年第3四半期からの 動的予測を行うと、金利逆転が生じていた80年代末から90年代初にかけての乖離がかなり縮小し ているのが見て取れる(同(2)) 。この時期、金利逆転現象が通貨需要に影響していたことは確か だと考えられる。 ただし、金利逆転現象を考慮することで、上で見た90年前後の通貨需要の構造変化が全て説明 できるわけではない。逆鞘ダミーを含めた上でチャウの構造変化テストを行っても、若干有意水 準は下がるものの、依然として80年代末∼90年前後の構造変化は検出される(同(3)) 。ダミー変 数の性質上、構造変化テストでは検定期間が著しく限られるので9、予測誤差テストも併せて行っ たが、同時期の構造変化は、資産取引需要モデルでは有意でなくなるものの、資産保有需要モデ ルでは依然検出されている(同(4)) 。バブルの発生と崩壊が通貨需要に与えた影響は、預貸金利 逆転という1つの現象で捉えきれるものではないと言えよう。 ロ)の歴史的低金利の影響については、各モデルそれぞれ金利変数をすでに含んだ上で、構造 変化テストで歴史的低金利が出現した95年前後に構造変化が観察されていることを考えると、超 低金利が通常の金利の影響とは異なる変化を通貨需要に及ぼした可能性は高いと考えられる。現 金通貨および預金通貨保有の機会費用がほぼゼロとなり、また準通貨の収益性資産としての効用 が著しく損われるなど、各通貨の資産としての性質を変えるような事態が生じた結果、単なる量 的変化を超える質的な変化が生じた可能性はあろう。ただし、構造変化テストで検出された構造 変化の時期は歴史的低金利が出現した95年前後と合致するが、予測誤差テストでは構造変化はも う少し後期に観察されており、ハ)の金融不安の影響と判別しにくい。歴史的低金利の影響につ いては、本節後半で通貨種類別の需要関数を推定し、金利の変化がM2 + CD内部での通貨間の代 替に与えた影響と併せて、更に分析する。また(補論)において、超低金利下で通貨需要が無限 大となる「流動性の罠」が妥当するかどうかを検討したので、併せて参照されたい。 最後に、ハ)の金融不安の影響について、金融不安の代理変数として銀行株の変動係数を含め た通貨需要関数を推定して分析を行った。銀行株の変動については、その水準と階差を用いた2つ 9 ダミー変数の値が全てゼロになるようなサブサンプル期間については、検定に必要な推定ができないため。 −15− の定式化を試みている。また、銀行株変動のデータが86年第3四半期以降しか入手できなかった ため、銀行株変動係数を含めない通貨需要関数もサンプル期間を合わせて推定しなおし、比較に 供している。推定結果は付図表2-3(1)にまとめてあるが、銀行株の変動は、水準・階差ともに有 意に通貨需要を増大させている。金融不安が生ずると、貸し渋り懸念などから企業等が手許の流 動性を積み増すものと考えられよう。 それでは、こうした動きが90年代後半に検出された通貨需要の構造変化をもたらしたのだろう か。この点を、チャウ構造変化テストにより確認してみると(付図表2-3(2)) 、銀行株変動を含ま ないケースでは顕著だった資産保有需要モデルの90年代後半の構造変化が、銀行株変動を考慮し た場合には有意でなくなっている。資産取引需要モデルについても、銀行株変動の階差を加えた モデルでは構造変化が検出されなくなる。さらに、構造変化テストでは金融不安の影響が顕著と なったと考えられる97年以降の検定が行えないため、予測誤差テストによる検定も行ったが、い ずれのモデルでも銀行株変動を考慮することにより直近の構造変化が説明できることが示される (同(3))。近年の金融不安は通貨需要のあり方に顕著な影響を与えたと考えられる。 通貨種類別の需要関数 前節で我々は、M2 + CDへの需要が全体として実体経済の活動水準と長期的に安定した関係に ある一方で、通貨種類ごとに見ると、必ずしもそれぞれが実体経済との長期安定関係にあるわけ ではないことを見た。M2 + CD全体では実体経済との長期の安定関係を保ちつつも、その内部で は長期要因とは別の要因で通貨間の代替が行われていると考えられる。そこで、M2 + CD内の各 通貨についても、同様に短期の通貨需要関数を推定し、短期的な通貨間の代替がどのような要因 で行われているのかを見てみよう。 通貨種類ごとの通貨需要については、それが安定しているかどうかが、量的金融政策に関連し て、日本銀行によるマネーサプライ制御可能性に大きな意味を持つ。杉原・三平(1999)では、仮 に日本銀行がハイパワードマネーをコントロールしたとしても、信用乗数の変動によりマネーサ プライのコントロールは困難と思われることを見た。その信用乗数の変動は、主として通貨保有 主体の現金/預金比率の変動によりもたらされているものであった。 通貨と預金の間の資産選択、 すなわち現金通貨および預金・準通貨それぞれに対する通貨需要が安定していないとすれば、信 用乗数の変動は予期できないことになり、マネーサプライの制御は不可能である。そこで、推定 された通貨種類ごとの需要関数についても、その安定性を検証することとしよう。 推定する需要関数の説明変数は、M2 + CDと同様に実質GDPと利回り格差(現金通貨と預金通 貨に関しては準通貨との代替を考慮して定期預金金利を、準通貨に関してはM2 + CDと同じく定 期預金金利と国債利回り格差をそれぞれ使用)を標準とし、さらに資産要因を加えた形の推定も 行った。また、前節において得られたM2 + CD共和分ベクトルの残差項のラグを説明変数に加え ることにより、マネーサプライにGDPとの長期的均衡からの乖離が生じた場合に、それがどの通 貨によって修復されるかを計測する擬似誤差修正モデルとしている。推定結果は図表2-6に示すと おりである。 −16− 図表2-6 通貨種類別需要関数 (1) 現金通貨需要関数 説 明 変 数 被説明変数:現金通貨 定数項 C 誤差修正項 ECt-1 ECt-2 実質GDP ∆ln GDPt ∆ln GDPt-1 利回り格差 RDPt 株式取引高 ∆ln TREQt ∆ln TREQt-1 金融資産総額 ∆ln FA t ∆ln FA t-1 修正R2 S.E. D.W. 標準モデル ∆ln CASHt 0.0190 (0.0000) 0.3238 (0.0187) -0.3834 (0.0125) 0.2868 (0.0415) 0.6656 (0.0037) -0.0052 (0.0000) 資産取引需要モデル ∆ln CASHt 0.0185 (0.0000) 0.2430 (0.0647) -0.3790 (0.0063) 0.2731 (0.0415) 0.5452 (0.0057) -0.0047 (0.0000) 0.0021 (0.6162) 0.0167 (0.0088) 0.4535 0.0093 1.8589 0.4842 0.0090 1.9316 標準モデル ∆ln DDPt 0.0229 (0.0000) -0.0015 (0.9948) -0.1565 (0.5481) 0.2663 (0.2702) 0.4364 (0.2596) -0.0069 (0.0000) 資産取引需要モデル ∆ln DDPt 0.025 (0.0000) -0.1289 (0.5843) 0.0692 (0.7773) 0.1600 (0.5039) 0.1022 (0.7683) -0.0065 (0.0000) 0.0012 (0.8749) 0.0011 (0.3244) 資産保有需要モデル ∆ln CASHt 0.0175 (0.0000) 0.1168 (0.3809) -0.2368 (0.0907) 0.1735 (0.1799) 0.1771 (0.1973) -0.0046 (0.0000) 0.1319 (0.0356) 0.1652 (0.0266) 0.5174 0.0087 2.0187 (2) 預金通貨需要関数 説 明 変 数 被説明変数:預金通貨 定数項 C 誤差修正項 ECt-1 ECt-2 実質GDP ∆ln GDPt ∆ln GDPt-1 利回り格差 RDPt 株式取引高 ∆ln TREQt ∆ln TREQt-1 金融資産総額 ∆ln FA t ∆ln FA t-1 修正R2 S.E. D.W. 0.2709 0.0162 1.3316 0.2495 0.0164 1.1709 標準モデル ∆ln TDPt -0.0090 (0.0424) 0.4939 (0.0017) -0.3760 (0.0298) 0.1643 (0.2853) 0.4260 (0.1236) 0.0045 (0.0542) 0.0012 (0.6216) 資産取引需要モデル ∆ln TDPt -0.0095 (0.0450) 0.5841 (0.0004) -0.5923 (0.0004) 0.2779 (0.0800) 0.7071 (0.0064) 0.0056 (0.1638) 0.0011 (0.6500) 0.0007 (0.8925) 0.0214 (0.0048) 資産保有需要モデル ∆ln DDPt 0.0251 (0.0000) -0.1819 (0.4762) 0.0862 (0.7455) 0.1258 (0.6099) 0.1104 (0.6731) -0.0065 (0.0001) -0.0123 (0.9172) 0.0255 (0.8559) 0.2149 0.0168 1.2110 (3) 準通貨需要関数 説 明 変 数 被説明変数:準通貨 定数項 C 誤差修正項 ECt-1 ECt-2 実質GDP ∆ln GDPt ∆ln GDPt-1 利回り格差 RGBt-RDPt RGBt-1-RDPt-1 株式取引高 ∆ln TREQt ∆ln TREQt-1 金融資産総額 ∆ln FA t ∆ln FA t-1 修正R2 S.E. D.W. 0.4590 0.0100 1.6277 −17− 0.4590 0.0106 1.6332 資産保有需要モデル ∆ln TDPt -0.0087 (0.0619) 0.5343 (0.0017) -0.5161 (0.0019) 0.2543 (0.0998) 0.2243 (0.2042) 0.0018 (0.4929) 0.0021 (0.4262) 0.0437 (0.5579) 0.3365 (0.0009) 0.4165 0.0104 1.6616 (注) 標本期間は1980年第3四半期∼第4四半期 括弧内は t 検定に基づく p 値 誤差修正項(EC)は前節で推定したそれぞれのモデルに対応するM2 + CD共和分ベクトルの残差項 その他の変数は以下および図表2-1の注のとおり (記号) (変数) (単位) (出所) CASH: 実質現金通貨 億円 日本銀行 経済統計月報 DDP: 実質預金通貨 〃 〃 TDP: 定期準通貨 〃 〃 (各変数とも季節調整済、GDPデフレータにより実質化) 推定結果をみると、誤差修正項の係数は現金通貨に最もよく効いている。M2 + CDがGDPとの 長期的均衡との乖離を生じた場合、その調整はまず流動性の高い現金通貨によってなされるよう である。預金通貨については有意でなく、準通貨では総じて符号条件が弱い。長期均衡からの乖 離の調整は、流動性の高い通貨から行われていくと考えられる。 現金通貨について見ると、実質GDPの変化による通貨需要、定期預金金利の変化による代替効 果ともに有意、資産要因についてもそれぞれ影響が確認される。金融資産額を入れた定式化では 実質GDPの有意性が失われているが、これは共線性の影響とみられる。 預金通貨に付いては、定期預金との代替以外には有意となっているものはなく、決定係数も低 いなど、短期的にも明確な需要パターンは存在していない。ただ、現金通貨およぴ預金通貨にお いて、定期預金との金利を通じた代替が見られたことは、M2 + CD内の各通貨間で代替が生じる という我々の仮説と整合的である。 準通貨については、実質GDPの有意性は資産取引需要モデルを除きそれほど高くない。前節で 準通貨と実質GDPとの間に長期的な関係が存在することが示されたが、短期的には準通貨と経済 活動水準との関係はそれほど強くないと言えるだろう。一方、資産要因はいずれもに有意に符号 条件を満たしている。金利についてはM2 + CDと同様有意ではなく、符号も逆である。準通貨と 他の金融資産との代替はそれほど強くないのかもしれない10。 これらの各通貨需要関数の動的予測による推定値をプロットしたのが図表2-7である。いずれに ついても予測精度は高いとは言いがたいが、特に預金通貨, 準通貨の乖離が著しい。 総じて見れば、現金通貨には実体経済活動との間に短期的に強い関係が見られるが、預金通貨 および準通貨については実体経済との短期的関係は弱いと言ってよいだろう。前節において、長 期的には現金通貨と実体経済との関係は弱く、準通貨に実体経済との比較的安定的な関係が見出 されたのとは対照的な結果である。 これは、現金通貨需要は特に実物取引需要が強く、一方で準通貨需要には資産保有動機も相対 的に大きいためと思われる。実体経済活動が短期的に上昇した場合、実物取引需要はそれに併せ て拡大するが、資産保有需要は短期的にはそれほど大きく変動しないと考えられるため、相対的 に現金通貨に対する需要が高まると考えられよう。 一方、 実体経済の拡大が長期に及ぶ場合には、 所得増による流動性の蓄積をそのまま現金通貨や預金通貨として保有しているよりも、より収益 10 もしくは前述(注7)のとおりデータの問題であるとも考えられる。 −18− 図表2-7 通貨種類別需要関数による動的予測 性の高い資産へと運用しようという資産保有動機も働く結果、長期的には準通貨と実体経済の間 に比較的安定した関係が成立していると考えられる。現金通貨および預金通貨の需要関数で定期 預金金利が有意に効いていることは、M2 + CD内で資産保有動機に基づ<通貨間の代替が行われ ていることを示しており、こうした考え方と整合的である。 また、こうした考え方が正しいとすれば、短期的な経済活動水準の変動に合わせて、景気上昇 局面には現金通貨の比率が高まり信用乗数が低下することが予想されるが、堀内(1980)によれば 実際にそのような関係が見出されている11。 M2 + CDが長期的均衡から乖離した場合に、まず現金通貨からその乖離の調整が行われ、次第 に準通貨へと波及することも同様の観点から説明できるように思われる。 11 堀内昭義(1980) p, 242。ただし、最近の信用乗数の低下については、景気停滞局面で生じている現象であるので、こ うした要因では説明できない。この点については、杉原・三平(1999)で分析している。 −19− 乖離が生じる要因としては、実体経済の活動水準が急激に変化してマネーサプライとの長期的 均衡からの乖離が生じる場合(リアル・ショック)と、金融政策などによりマネーサプライの水 準が実体経済との長期均衡から乖離する場合(マネタリー・ショック)の2つのケースがある。 それぞれのケースについて、どのように乖離修復が行われるかを、順次、考えてみよう。 まず、実体経済活動が活発化して、マネーサプライとの長期的均衡水準からの乖離が生じた場 合であるが、この場合、実物取引需要の増大から、実体経済との短期的な結びつきが強い現金へ の需要がまず増大するであろう。この経済の拡大が短期的なものである場合には、経済活動が次 第に元の水準に戻り、長期的均衡からの乖離が解消するにつれて、現金需要の拡大も収まるであ ろう。また、経済の拡大が長期に及ぶ場合には、マネーサプライの水準が経済活動に合わせて上 昇する形で長期均衡への回復がなされると考えられるが、その過程では経済拡大の長期化につれ て資産保有需要も高まり、当初の現金通貨への需要が次第に準通貨へとシフトしていくと考えら れる。以上いずれの場合でも、現金通貨への需要は、マネーサプライが長期的均衡から過少に乖 離している程、強いということになる。一方、準通貨への需要は、乖離が生じた当初はあまり変 化せず、乖離が縮小して行く中で逆に強まることもありえることになる。 次に、金融政策によりマネーサプライが長期的均衡水準から乖離して供給される場合を考えて みると、当初それは現金を中心とするハイパワードマネーの供給増によってもたらされると考え られる。したがって、その乖離縮小は、現金通貨から準通貨への資産保有動機に基づく代替を伴 いながら行われると考えられよう。そうだとすれば、現金通貨が乖離の縮小につれて次第に減少 していくのに対し、準通貨は乖離の縮小とは逆に一時的には上昇することもありえると考えられ る。 我々の推定した各通貨の需要関数で、現金通貨が最も良くM2 + CDの長期均衡からの乖離に反 応していて、準通貨の誤差修正項の符号は逆転しがちであったことの解釈の1つとして、このよ うな現金通貨と準通貨の保有動機の違いによるものであるということが考えられる。 通貨種類別需要の安定性 我々の仮説は、M2 + CD全体では長期的な均衡を満たしつつ、その内部では通貨間での代替が 行われるというものであった。ここまで、短期的な通貨間の代替要因として、金利変動にともな う現金・預金通貨と準通貨の間での資産代替, 実体経済の変動に対する通貨ごとの反応の違い、 M2 + CDが長期均衡から乖離した場合の通貨種類による調整速度の違いなどがあることを見て きた。 通貨間の代替関係は、 これらの要因で大部分説明し得る安定したものなのだろうか。 この点は、 信用乗数過程を通じた日本銀行によるマネーサプライ制御の観点からも重要である。杉原・三平 (1999)で見たとおり、信用乗数は通貨保有主体の現金/預金比率の変動に大きく影響されるからで ある12。現金通貨と預金・準通貨間の代替が不安定であれば、予期できない信用乗数の変動に 12 杉原・三平(1999) pp. 2-4。 −20− よりマネーサプライのコントロールは困難になる。 すでに預金通貨については、有意に影響する変数がほとんどなく、決定係数も低いなど、明確 な需要バターンが観察されないことが示されている。それでは、現金通貨や準通貨に対する需要 パターンは安定しているのであろうか。 図表2-8は、推定された現金通貨と準通貨の需要関数について、チャウ構造変化テストを行った 結果である。 図表2-8 現金通貨および準通貨需要関数のチャウ構造変化テスト 現金通貨に関しては、資産要因を考慮したモデルでは、80年代末のバブル期に構造変化が生じ た可能性が示唆されるものの、準通貨やM2 + CD(前掲図表2-4)と比べれば、比較的安定して いると言っても良いように見える。一方の準通貨は、バブルが崩壊した90年前後に顕著な構造変 化が示されるほか、金融自由化期の80年代後半や超低金利が生じた95年前後にもF値の高まりが 見られる。構造変化テストでは直近時点の構造変化が検定できないので、チャウ予測誤差テスト も併せて行ったが、現金通貨には構造変化は観察されず、準通貨には構造変化テストと同じく80 年代後半、90年前後、95年前後といった時期に構造変化が生じたことが示唆される(付図表2-4) 。 短期的には、現金通貨需要は比較的安定しているが、準通貨需要はかなり不安定であると考えら れる。 杉原・三平(1999)では、95年に歴史的低金利が出現して以降、通貨保有主体の現金保有が顕 著に高まり、現金/預金比率の上昇を通じて信用乗数を低下させたことを見た13。前節においても、 95年以降現金通貨が実体経済に比して大きく上昇を続けており、現金通貨と実体経済の間に長 期に安定した関係が成立していないことを確認している(前掲図表1-8)。こうしたことからす ると、90年代に現金需要に構造変化が見られないのは不思議だという疑問も湧こう。95年以降 の現金需要の顕著な上昇は、金利の低下にともなう量的変化として説明できるものであり、 13 杉原・三平(1999) pp. 4-5 第1-2, 3図。 −21− 歴史的低金利でも現金需要のあり方に質的な変化は生じていないのであろうか。 この点を見るために、推定された現金需要関数を用いて、95年以降に実際に生じた金利低下を 前提した場合と、金利低下が生じなかったと想定した場合とについて、現金通貨需要の動的予測 を行い、比較してみた(付図表2-5) 。実際の金利低下に基づく予測では、いずれのモデルでも実 績値をオーヴァー・エスティメイトしている14。このことは、95年以降の現金通貨の大幅な増加 は、金利低下による量的変化で十分説明できることを示唆している。実際、金利低下が生じなか った場合の予測と比較して見るとかなり大きな差が生じており、95年以降の金利低下が量的に現 金通貨需要を押し上げた効果が大きかったことが見てとれる。 (なお、歴史的低金利の現金需要へ の影響については(補論)で更に分析を重ねているので、参照されたい。) 現金通貨需要に関しては、97年末以降の金融システム不安が人々の現金選好を強め、タンス預 金化を促したという議論もある。杉原・三平(1999)では、こうした動きが信用乗数を低下させた 可能性は否定できないものの、預金が全額保護される現状では先験的には預金に比べて特に現金 への選好を強める合理的理由はなく、実際のデータからもこうした動きは(存在したとしても) 一時的だったと見られるとした15。そこで、M2 + CDについてと同様に、金融システム不安の代 理変数として銀行株の変動係数を含めて現金需要関数の推定を行った。結果は付図表2-6にまとめ てあるが、銀行株変動のレベル, 階差ともにほとんどのケースで有意な影響は見られず、金融シ ステム不安が特に現金選好を強めたという確かな証拠は認められない。 以上のことから、現金需要は95年以降の歴史的低金利や97年末以降の金融システム不安によっ てもそのパターンに大きな変化は生じず、 構造変化テストや予測誤差テストの結果が示すとおり、 比較的安定していたと考えることができる。ただし、このことは、通貨間の代替関係が安定的で あり、信用乗数の変動もそうした安定的な関係にもとづく予測可能なものであったということを 示すものではない。すでに述べたとおり、預金通貨には安定的な需要パターンは観察されていな いし、 準通貨需要も数度の構造変化が見られるなど不安定なものだったと考えられるからである。 実際、準通貨需要に構造変化が示唆されている95年以降について動的予測を行ってみても、予測 値と実績値に大幅な乖離が生じており、歴史的低金利の出現が、従来の需要パターンから想定さ れる以上に定期性預金から資金流出を招いたことが見てとれる16(付図表2-5)。 現金通貨需要が比較的安定しているとしても、預金通貨や準通貨への需要がこのように不安定 に変動するのであれば、それにともなう現金/預金比率の変動により信用乗数は安定しないことに なる。ここで示唆された預金・準通貨需要の不安定性は、日本銀行による信用乗数過程を通じた マネーサプライ・コントロールが困難であることを示唆している。 14 15 16 図は呈示していないが、標準モデルによる予測も実績値を上回っている。 ただし、金融システム不安は、銀行部門の現金・超過準備保有を増大させたことを通じて信用乗数を低下させたとし ている。 金利低下によっては95年以降の準通貨の落ち込みが説明できないのは、推定された準通貨需要関数で金利変数の係数 が有意でなく符号も逆転していることから、直ぐに予想できる結論である。ただし、すでに述べたとおり、金利変数 の選択に問題がある可能性があるので、こうした結論は割り引いてみる必要がある。なお、金利低下が生じた場合と 生じなかった場合で予測値に大きな違いが見られないのも、同様に推定された関数で金利の影響が認められ −22− 小括 本節では、前節で得られたM2 + CDと実体経済との長期的に安定した関係を踏まえた上で、短 期の通貨需要関数を推定し、分析を行った。その際、最近の量的金融政策についての関心の高ま りを鑑み、M2 + CDのみなず、それに含まれる現金通貨, 預金通貨, 準通貨の各通貨についても 需要関数の推定を行い、それらの安定性についての検定も行った。 M2 + CDについては、前節で得られた長期的関係と整合的な短期の需要パターンが存在するこ とが確認された。ただし、その需要パターンは、80年代後半の金融自由化期, 90年前後のバブル 崩壊期, 90年代後半の超低金利や金融不安といった時期に構造的な変化を生じている様子も伺わ れ、必ずしも安定的ではないことも示された。通貨需要が不安定であることは、マネーサプライ 制御が困難であるということだけでなく、Poole(1970)等の古典的な議論が示すとおり、マネーサ プライをコントロールした場合の量的金融政策の実体経済への効果が不安定となることを示唆し ている。 通貨種類別には、現金通貨に比較的安定した短期の需要パターンが見られるものの、預金通貨 については明確な需要パターンは観察されず、また準通貨についての短期的需要は不安定と考え られることが示された。こうしたことは、信用乗数過程を通じた日本銀行によるマネーサプライ のコントロールが困難であることを示している。杉原・三平(1999)で示したとおり、信用乗数は 通貨保有主体の現金/預金比率によって大きく変動するので、現金通貨と預金・準通貨の代替関係 が安定していなければ、信用乗数は予期できない不安定な動きをすると考えられるからである。 ここでの分析は、マネーサプライのコントロールを政策手段とする量的金融政策について、日 本銀行によるマネーサプライの制御可能性、 および実体経済への効果の安定性といった点に関し、 困難性と不確実性が存在することを実証面から示唆する結果となっている。 ないことによる。 −23−