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財産権の規矩としての民事基本法制

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財産権の規矩としての民事基本法制
財産権の規矩としての民事基本法制
山野目章夫*
から引くならば,まず,「漁業法に基づき専用
序/この研究報告の問題意識
漁業権を保有している者は,民間企業の市場参
1 規矩ということの意味/規矩の二種類
入により財産権を侵害されたことになるから,
の作用
論理的には,少なくとも憲法29条3項に基づい
1‒1 憲法適合性の説明責任の軽減と
て損失補償を受ける憲法上の権利を有するはず
いう作用
である」という問題提起がされる。そして,し
1‒2 憲法適合性の説明責任の加重と
かし,森林法「旧186条の目的が何であれ,共
いう作用
有物分割請求権の制限は,その必要性と合理性
2 規矩ということの表現/国法形式とし
が認められない限り,『近代市民社会における
ての民事基本法制
原則的所有形態である単独所有の原則』に反す
2‒1 執行命令としての政令
ると最高裁が述べる以上,前近代的権利は憲法
2‒2 委任命令としての政令
上の財産権として保障されないのか,という問
補/大規模災害など非常の事態と憲法秩序
いは残る」として,森林法判決が参照され,
「日本国憲法が前近代的権利を財産権ないしそ
の他の憲法上の権利として保障しないというの
序/この研究報告の問題意識
であれば,結局は森林法判決と同様の運命をた
どることになるかもしれない」とし,宮城県知
1 考察の緒口 津波に襲われ,破壊され
事が標榜するような仕方で漁業権の制度の再編
た漁港を立て直す方策をめぐり,岩手県知事と
がされたとしても,そのことにより不利益を被
宮城県知事の考え方に対照がみられたことを記
る漁民に対し補償がされないことは合憲的に説
憶しておられる方も,多いことであろう。字義
明されることになるとし,なぜそのようになる
どおり津々浦々の港を元に戻すことをめざす前
か,という前提としての漁業権の理解として,
者に対し,後者は,民間の資本も引き入れて港
「専用漁業権の免許は,漁業協同組合ないし漁
の再編と集約を図ろうとした。これもまた経済
業協同組合連合会に付与されるが,専用漁業権
秩序の一翼をなす問題であり,それと同時に震
自体は漁業協同組合等に属する組合員が有する
災復興の考え方という観点からも興味を惹く。
と規定しており,免許を受ける者と権利を行使
この問題を憲法論の見地から取り上げたものが,
する者が分離している。この点に関しては,組
この共同研究企画の2011年9月18日の中島徹教
合員の入会権,すなわち『前近代』的性格をも
授の研究報告である。その梗概をまとめた論稿
つ総有を権利として認め,漁業法という近代法
* 早稲田大学大学院法務研究科教授
158
に組み込んだものである,という説明がある」
要する部分を含むし,論理を辿らせるための二
と解題がされる(中島徹「憲法学からみた東日
つの矢印も怪しい。
本大震災/復旧と復興への一視点」特集・憲法
単独所有を範型とする所有権理解は,古代
と経済秩序Ⅲ『季刊・企業と法創造』8巻3号
ローマこのかたの発達を遂げてきたものである
〔2012年〕
)
。
とみられており,それを近代的であるとみるこ
もちろん中島教授の論旨の基調は,補償がさ
とができるか,と問うならば,そこには,古代
れなくてもよいではないか,というものではな
ローマ社会は近代か,といったような揚げ足取
く,むしろ森林法判決の趣旨から言うと補償が
りに近いような論議を誘発しかねない危うさも
要らないことになってしまいそうであるがそれ
ある。
でよいか,そしてまた,そのような帰結をもた
そして,そこは措くとしても,そうであるか
らす森林法判決に問題はないか,という批判的
らといって,そこから,単独所有への移行を阻
な分析であり,なるほど,と思わせる。
む制度を設けることは憲法の要請に反する,な
ひとこと,鋭利な分析である。
どということを引き出すことができるか。ここ
かつて接したことがない森林法判決の読み方
には,実定法が近代的な権利のみを定めること
が示され,しかも,それが経済主義的な観点か
を憲法は要請している,と考える論理の中間項
ら偏ってされる震災復興のある側面の問題性を
が伏在しているけれども,それ自体,成り立ち
鮮やかに照射することに結びつけられている。
難いであろう。憲法は,実定法が近代的な権利
思わず目を瞠らざるをえないという思いを抱
の主要なものを定めないままとすることを許容
くと共に,なにかヘンである,という感覚もな
しているか(29条1項の「保障」の問題)と問
いものではない。どうも,そこでは,ある財産
われるならば,おそらくそれを許容しないと考
権を憲法が保障する(しない)という言い方が
えられる。そうでなく,憲法は,実定法が近代
マジックになっていないか。専用漁業権の入会
的な権利のみを定めることを要請しているか,
的理解を否定し,それを社員権的に理解する思
という問題(29条2項の「法律で……定める」
考は,憲法によって指示されているものと考え
ということの内在的限界の問題)は,そのよう
るべきであるか,という問いに対し,中島教授
なことはないと考えられる。「憲法によって立
は,前近代的権利が憲法により保障されないと
法者の立法に対して内容的拘束が課されてい
する森林法判決を前提とする限り,社員権的理
る」
(栗城壽夫「憲法と財産権」公法研究51号
解が指示されているのであり,反対に入会的理
〔1989年〕73頁)というところまではよいとし
解は憲法により許容されないと分析するものの
て,そこから更に踏み込んで,憲法が,実定法
ようにみえる。
において近代的な権利のみを定めることを要請
している,というところまで内容的拘束を考え
2 森林法と漁業権の間隙を問う ここに
る根拠は,見出し難い。入会権を定める民法の
は,区別されなければならない多くの問題が伏
規定は合憲であると解さなければならない。
在しているといわなければならない。おそらく
そしてまた,単独所有への移行を阻む制度を
は,単独所有を範型とする所有権理解こそ近代
設けることは憲法の要請に反する,という言い
的である→単独所有への移行を阻む制度を設け
方も,とうていそのように考えることはできな
ることは憲法の要請に反する→ある権利の制度
い。互有(民法229条・257条)のように,近代
編成を前近代的なものから近代的なものに変更
法の視点から見ても,その合理性に何ら疑問の
することは補償を要しない,という順路で論理
ないものがみられる。
が積み重ねられてゆくものであろう。しかし,
もっとも,互有は特殊な場合であって,多く
ここに登場する三つの命題のいずれもが検討を
の場合において単独所有への移行を理由なく阻
159
む仕組みは是認されない,と言われれば,たし
あたり講じられる激減緩和など経過措置の全般
かにそうであるかもしれない。しかし,そのこ
を総合して,補償をしないことが憲法に反しな
とと憲法29条3項の問題は,次元を異にする問
いとみてよい場合は,ありうるものであろう。
題ではないか。もともと補償の問題を論じたの
変更前の制度編成が前近代的なものであったか
ではない森林法判決から,漁業権の制度変更に
ら直ちに補償を要しないとする推論は,飛躍で
係る補償の要否へと話を繋げることは,なんと
ある。
なくその展開を自然に感じさせる論理のエレガ
なお,権利の個別的消滅に対する補償と制度
ントが中島教授の論旨には備わっているのであ
変更に伴う補償という二つの論点の間で交配的
るが,落ち着いて考えると,おかしい。まず,
な性格をもつ問題として,都市計画などによる
特定の権利を公共のために用いるにあたり,補
地域や区域の指定により生じた損失の補償をど
償をすることを憲法は要請しているか(29条3
のように考えるか,という問題があるが,その
項の文言そのものが問題とする事態)と問うな
局面を扱う判例(最判昭和43年11月27日刑集22
らば,もとより要請しているに決まっている。
巻12号1402頁)は,はっきりしているのが直接
たとえ前近代的な権利であっても。入会地を収
請求が認められることのみであって,財産権の
用するにあたり,そのゆえに補償が要らないと
一般的制限と個別的制限の概念整理や,個別的
いう法律解釈は,成立し難い。また,公有地上
な損失の主張立証責任の在り方などにおいて問
の入会権について,地方自治法238条の6第1
題を残すものとなっており,これらの論点につ
項が,入会権が「旧来の慣行により〔公有地
いては,解明を待つべき部分が大きいという印
を〕使用する権利」に当たる場合において,市
象を受ける。
町村議会の議決により,消滅させることができ
る旨を定める(同じく,入会林野等に係る権利
3 あらためて森林法判決を読む もとよ
関係の近代化の助長に関する法律20条・23条は,
り,このように無理な論理の積み重ねを中島教
公有地上の権利関係が問題となる局面において
授が自覚していなかったとは考えられず,その
は,
「旧慣使用権者の意見をきく」などして旧
論旨は,森林法判決を不注意で誤読した,とい
慣使用林野整備の手続を進め,最終的には入会
うよりは,前近代的な権利であるみられる余地
権を消滅させることができるとする)ことにつ
のある漁業権に憲法がいかに向き合うか,とい
いて,民法学説が,私権である入会権を公権力
うことに関する中島教授の仮説を展開するため
の一方的決定により消滅させうるとすることは,
に,森林法判決は,その本旨とは別な仕方で役
憲法29条との適合性を確保し難い,という問題
割を演じさせられた,とみるべきであろう。し
提起をしていること(広中俊雄『物権法』
〔第
かし,はたして森林法判決は,近代とか前近代
二版増補,1987年〕496頁)には,理由がある。
とか,ということを論じるのにふさわしい題材
合憲解釈の原則に則って地方自治法の上記規定
であるのか。その判文は,
の意味づけを与えるとするならば,市町村議会
の議決に加え,旧慣使用権者の同意が得られる
「民法256条の立法の趣旨・目的について考
ときに初めて入会権の消滅を是認するべきでは
察することとする。共有とは,複数の者が目的
ないか。
物を共同して所有することをいい,共有者は各
くわえて,ある権利の制度編成を法律で変更
自,それ自体所有権の性質をもつ持分権を有し
することについて補償をすることは,憲法の要
ているにとどまり,共有関係にあるというだけ
請するところであるか(29条3項の趣旨から問
では,それ以上に相互に特定の目的の下に結合
題とされる事態)と問うとしても,それは,制
されているとはいえないものである。そして,
度変更の趣旨,方法および程度ならびに変更に
共有の場合にあつては,持分権が共有の性質上
160
互いに制約し合う関係に立つため,単独所有の
も判決の論理は,十分に成り立つ。ということ
場合に比し,物の利用又は改善等において十分
を述べたいがため,じつは,下線部 [2] の前に
配慮されない状態におかれることがあり,また,
近代の二文字があるところ(「近代市民社会」
共有者間に共有物の管理,変更等をめぐつて,
となる),それを引用者が省いて,読んでいた
意見の対立,紛争が生じやすく,いつたんかか
だいたものである。そして,近代は,その一個
る意見の対立,紛争が生じたときは,共有物の
所にとどまる。悪ふざけが過ぎるのではないか,
管理,変更等に障害を来し,物の経済的価値が
という読者からの叱正があってもおかしくない
十分に実現されなくなるという事態となるので,
かもしれないけれども,述べたいことは,それ
同条は,かかる弊害を除去し,共有者に目的物
ほど森林法判決を近代という理念から読むこと
を自由に支配させ,その経済的効用を十分に発
は,一方的であるということにほかならない。
揮させるため,各共有者はいつでも共有物の分
割を請求することができるものとし,しかも共
4 静態的な読み方でよいのか では,こ
有者の締結する共有物の不分割契約について期
の判決は,どのように読むことがよいか。むし
間の制限を設け,不分割契約は右制限を超えて
ろ注目されなければならないことは,下線部
は効力を有しないとして,共有者に共有物の分
[3] や同 [5] であると考えられる。特定の理念
割請求権を保障しているのである。このように,
に適合するとかしないとかいう静態的な読み方
共有物分割請求権は,各共有者に市民社会 [2]
ではなく,歴史的に生成発展した共有とそれに
における原則的所有形態である単独所有への移
係る分割請求権の法理の可及的尊重という方法
行を可能ならしめ,右のような公益的目的をも
を志向した,という森林法判決の側面を読み落
果たすものとして発展した権利 [3] であり,共
としては,およそこの判決の正鵠は得られない。
有の本質的属性として,持分権の処分の自由と
そしてまた,この側面への注目は,共有とい
ともに,民法において認められるに至つた [5]
う特定の題材に限定されず,およそ歴史的に形
ものである。
成された民事基本法制というものが憲法適合性
したがつて,当該共有物がその性質上分割す
審査において担う役割という課題を否応なく炙
ることのできないものでない限り,分割請求権
り出すことであろう。本稿が考察しようとする
を共有者に否定することは,憲法上,財産権の
ものが,これである。
制限に該当し,かかる制限を設ける立法は,憲
5 本稿のプラン 本稿の論題について若
法29条2項にいう公共の福祉に適合することを
要するものと解すべきところ,共有森林はその
干の説明をしておくならば,まず,どうして
性質上分割することのできないものに該当しな
「財産権」の規矩としての民事基本法制か,と
いから,共有森林につき持分価額2分の1以下
いうことは,民事法制のなかの家族秩序に関す
の共有者に分割請求権を否定している森林法
るものは考察の対象から除かれる,というほど
186条は,公共の福祉に適合するものといえな
の意味にとどまる。嫡出でない子の相続分の扱
いときは,違憲の規定として,その効力を有し
いなどが,ほかならぬ民事基本法制の一角をな
ないものというべきである」
(最判昭和62年4
していることを想起する際に論ずべき問題があ
月22日民集41巻3号408頁)
ることはもちろんであるが,この共同研究企画
は,その場所ではない。
というものであり,引用者が下線を添える番号
そのうえで,どのような意味で財産権の「規
が不自然に飛んでいることは暫く読者の海容を
矩」としての民事基本法制か,ということは,
乞わなければならないとしても,ここには近代
次述1の主題となる。また,どうして財産権の
という言葉が一度も出てこない。出てこなくて
規矩としての「民事基本法制」か,ということ
161
に関わって,後述2において若干の問題提起を
いわゆる全面的価格賠償は,この例のAに当た
試みることとする。
る者の持分が大きい場合(たとえば228分の223,
最判平成8年10月31日民集50巻9号2563頁,平
1 規矩ということの意味/規矩の二
種類の作用
成7年オ1962号の事案参照)にAから求められ
ることが多い。しかし,共有物分割の訴えを受
けた裁判所がこれを命ずることは,所有権の
6 どのような意味で財産権の「規矩」とし
「私的収用」
(鎌田薫・判例評釈・私法判例リ
ての民事基本法制か 「規矩」とは物差しと
マークス7号〔1993年下〕号27頁)にほかなら
いうほどの意味であるが,そうであるとして,
ず,正当性に疑問が残るとする批判が提出され
いったい,どのような意味で財産権の「規矩」
ていた。いうまでもなく財産権を権利者の意思
としての民事基本法制を問題とすることがよい
に反して収奪することが許されるためには,正
か。それは,いろいろな見方がありうるとして,
当な補償を伴うことに加え「公共のために」必
ここでは,表裏をなす次の二つのことを考察の
要であることが要請されるものであり(憲法29
俎上に置く。すなわち,一方において,民法が
条3項)
,どのような目的があるかを問うこと
設ける基本的規律ということによって,そのこ
なく,とにかく金銭の補償が与えられるのであ
とのゆえに,それらが憲法に適合するというこ
るならば財産権を奪ってよいとする考え方は,
との説明の負荷が軽減される,という局面があ
成り立ち難い。実際,共有物分割に関する判例
るかもしれない。例証として,民法の共有の規
は,上述のような学説からの批判に応接しつつ,
律の理解に関する最高裁判所の解釈が,法律の
いわゆる全面的価格賠償による裁判分割を無留
規定が憲法に適合するという判断を推し進める
保には許容せず,「共有物を共有者のうちの特
役割を演じたとみられる例を次述1‒1で取り
定の者に取得させるのが相当であると認められ
上げる。また反対に,民法が設ける基本的規律
[1],かつ,その価格が適正に評価され,当該
を変更する特例は,それらが憲法に適合すると
共有物を取得する者に支払能力があって,他の
いうことの説明にあたり,特別の負荷を課せら
共有者にはその持分の価格を取得させることと
れる,という局面もあることであろう。これも,
しても共有者間の実質的公平を害しない [2] と
民法の共有の規律の理解に関する最高裁判所の
認められる特段の事情が存するときは,共有物
解釈を例証として,それが,法律の規定が憲法
を共有者のうちの一人の単独所有又は数人の共
に適合しないとするという判断を推し進める役
有とし,これらの者から他の共有者に対して持
割を演じた場面を後述1‒2で取り上げること
分の価格を賠償させる方法」も許されるとする
とする。
(前掲平成8年の最高裁判所判決)。重要なのは
引用者が下線を添えたところであり,いわゆる
1‒1 憲法適合性の説明責任の軽減と
いう作用
「かつ」以下が求める [2] の金銭補償の確実性
7 いわゆる全面的価格賠償を是認する解釈
すなわち [1] の要件が必要とされることにほか
一個の財産をめぐる私法的法律関係におけ
ならない。
全面的価格賠償が許容されるためには,判文の
のみでは足りず,それを相当とする客観的事情,
る多数決の問題を考えるにあたっては,最高裁
判所の共同所有観が参考となる。たとえば価格
8 建物の区分所有等に関する法律70条が憲
が900万円の土地をA・B・Cが等しい持分で
法に適合するとする判決 このように,いわ
共有する場合において,土地をAの単独所有と
ゆる全面的価格賠償を是認する解釈が,それを
し,AがBとCにそれぞれ300万円を払う方法,
是認する要件として掲げる二つの要件,つまり
162
上掲引用の二つの下線部で提示される要件は,
れた場合と同様,建替えに参加しない区分所有
それらの別の局面における展開であるとみられ
者は,時価による売渡請求権の行使を受けて,
るものがある,という意味において,法理上の
その区分所有権及び敷地利用権を失うこととな
発展を遂げているようにみえる。それは,建物
る(同法70条4項,63条4項)。上告人らは,
の区分所有等に関する法律(判文中,
「区分所
区分所有法70条によれば,団地内全建物一括建
有法」と略称されるもの)の70条が問題とされ
替えにおいては,各建物について,当該建物の
た場面である。厳密に言うならば,いわゆる全
区分所有者ではない他の建物の区分所有者の意
面的価格賠償で扱われたものが法形式上まさに
思が反映されて当該建物の建替え決議がされる
民法の共有であるのに対し,こちらは建物区分
ことになり,建替えに参加しない少数者の権利
所有であって,共有が認められるものは敷地に
が侵害され,更にその保護のための措置も採ら
ついてである(同法70条)というところが法的
れていないなどとして,同条が憲法29条に違反
構成において異なるし,同条を問題とする判例
することを主張するものである」
がいわゆる全面的価格賠償の判例を明示に参照
するものでもない。さりながらも,この70条を
と説明したうえで,
問題とする判決が,まず同条を
「区分所有権は,1棟の建物の中の構造上区分
「区分所有法70条1項は,1つの団地内に存
された各専有部分を目的とする所有権であり
する数棟の建物の全部(以下「団地内全建物」
(区分所有法1条,2条1項,3項),廊下や階
という。)が,いずれも専有部分を有する建物
段など,専有部分の使用に不可欠な専有部分以
であり,団地内全建物の敷地が,団地内の各建
外の建物部分である共用部分は,各専有部分の
物の区分所有者(以下「団地内区分所有者」と
所有者(区分所有者)が専有部分の床面積の割
いう。)の共有に属する場合において,当該団
合に応じた持分を有する共有に属し,その持分
地内建物について所要の規約が定められている
は専有部分の処分に従うものとされている(同
ときは,団地内の各建物ごとに,区分所有者及
法2条2項,4項,4条,11条,14条,15条)。
び議決権の各3分の2以上の賛成があれば,団
また,専有部分を所有するための建物の敷地に
地内区分所有者で構成される団地内の土地,建
関する権利である敷地利用権が数人で有する所
物等の管理を行う団体又は団地管理組合法人の
有権その他の権利である場合には,区分所有者
集会において,団地内区分所有者及び議決権の
の集会の決議によって定められた規約に別段の
各5分の4以上の多数で団地内全建物の一括建
定めのある場合を除き,区分所有者は敷地利用
替え(以下「団地内全建物一括建替え」とい
権を専有部分と分離して処分することはできな
う。
)をする旨の建替え決議をすることができ
いものとされている(同法2条6項,22条)。
る旨定めている。この定めは,同法62条1項が,
このように,区分所有権は,1棟の建物の1部
1棟の建物の建替え(以下「1棟建替え」とい
分を構成する専有部分を目的とする所有権であ
う。)においては,当該建物の区分所有者の集
り,共用部分についての共有持分や敷地利用権
会において,区分所有者及び議決権の各5分の
を伴うものでもある。したがって,区分所有権
4以上の多数で建替え決議をすることができる
の行使……は,必然的に他の区分所有者の区分
と定めているのに比べて,建替えの対象となる
所有権の行使に影響を与えるものであるから,
当該建物の区分所有者及び議決権の数がより少
区分所有権の行使については,他の区分所有権
数であっても建替え決議が可能となるものと
の行使との調整が不可欠であり,区分所有者の
なっている。そして,団地内全建物一括建替え
集会の決議等による他の区分所有者の意思を反
の決議がされた場合は,1棟建替えの決議がさ
映した行使の制限は,区分所有権自体に内在す
163
るものであって,これらは,区分所有権の性質
時報2045号116頁)
というべきものである」
,
「区分所有建物につい
て,老朽化等によって建替えの必要が生じたよ
と判示するところは,論理の系譜としては,い
うな場合に,大多数の区分所有者が建替えの意
わゆる全面的価格賠償に関する判示の下線部
思を有していても一部の区分所有者が反対すれ
[1] がこちらの判決の [3] に,また,同じく
ば建替えができないということになると,良好
[2] が [4] に対応する,という意味において,
かつ安全な住環境の確保や敷地の有効活用の支
内的連関を演出しているとみることができる。
障となるばかりか,一部の区分所有者の区分所
これらのうち [3] については,そこにいう計画
有権の行使によって,大多数の区分所有者の区
的・効率的・一体的な利用なるものが,十分に
分所有権の合理的な行使が妨げられることにな
公益性の見地から制御が働く仕組みになってい
るから,1棟建替えの場合に区分所有者及び議
るか,は疑問があり,その点の検討においてこ
決権の各5分の4以上の多数で建替え決議がで
の判決は問題が残るものであった(原田純孝・
きる旨定めた区分所有法62条1項は,区分所有
判例紹介・判例タイムズ1312号〔2010年〕
,山
権の上記性質にかんがみて,十分な合理性を有
野 目・ 判 例 評 釈・ 私 法 判 例 リ マ ー ク ス41号
するものというべきである。そして,同法70条
〔2010年下〕,また,熊野勝之「最高裁判決は
1項は,団地内の各建物の区分所有者及び議決
“終の棲家”に何をもたらすか/千里桃山台団
権の各3分の2以上の賛成があれば,団地内区
地 一 括 建 替 え 事 件 」 法 学 セ ミ ナ ー 54巻 9 号
分所有者及び議決権の各5分の4以上の多数の
〔2009年〕
)
。しかし,ここでは,そのことに立
賛成で団地内全建物一括建替えの決議ができる
ち入らない。
ものとしているが,団地内全建物一括建替えは,
共有の主題に視点を戻すならば,ここには,
団地全体として計画的に良好かつ安全な住環境
民法の共有の規律の理解に関する最高裁判所の
を確保し,その敷地全体の効率的かつ一体的な
解釈が,法律の規定が憲法に適合するという判
利用を図ろうとするものである [3] ところ,区
断を推し進める役割を演じた,という事象を観
分所有権の上記性質にかんがみると,団地全体
察することができる。ここで,いわゆる全面的
では同法62条1項の議決要件と同一の議決要件
価格賠償を語る際の最高裁判所の共同所有観は,
を定め,各建物単位では区分所有者の数及び議
さしあたり民法の解釈として二つの要件を課す
決権数の過半数を相当超える議決要件を定めて
る,ということを述べるにとどまるものである。
いるのであり,同法70条1項の定めは,なお合
それは,本来,論証ぬきに憲法的価値のある命
理性を失うものではないというべきである。ま
題として扱うことはできないものであるが,そ
た,団地内全建物一括建替えの場合,1棟建替
うであるとしても,あるいは,そうであるから
えの場合と同じく,上記のとおり,建替えに参
こそ,それが同時に他の法律規定の憲法適合性
加しない区分所有者は,売渡請求権の行使を受
審査において一定の役割を担っていることは,
けることにより,区分所有権及び敷地利用権を
注目に価する。
時価で売り渡すこととされているのであり(同
法70条4項,63条4項)
,その経済的損失につ
9 民事基本法制から他の例を拾うと 民
いては相応の手当がされている [4] というべき
法など私法の領域における基本的な規律ないし
である」,「そうすると,規制の目的,必要性,
はその解釈理解から,そのことのゆえに,それ
内容,その規制によって制限される財産権の種
らが憲法に適合するということの説明の負荷が
類,性質及び制限の程度等を比較考量して判断
軽減される,という局面は,判例を仔細に観察
すれば,区分所有法70条は,憲法29条に違反す
すると,ほかにも見出すことができる。1970年
るものではない」(最判平成21年4月23日判例
に当時の会社更生法が憲法に適合すると判示し
164
た際に,最高裁判所は,
衡平に前記目的が達成されるよう周到かつ合理
的な諸規定をもうけているのである。したがつ
「思うに,会社更生法(以下法という。
)は,
て,これらの点を考えると,論旨の指摘する改
企業を破産により解体清算させることが,ひと
正 前 の 法112条, 法213条, 改 正 前 の 法241条,
り利害関係人の損失となるに止まらず,広く社
法242条の各規定は,公共の福祉のため憲法上
会的,国民経済的損失をもたらすことがあるの
許された必要かつ合理的な財産権の制限を定め
にかんがみ,窮境にはあるが再建の見込のある
たものと解するのが相当であり,憲法29条1項,
株式会社について,債権者,株主その他の利害
2項に違反するものということはできない」
関係人の利害を調整しつつ,その事業の維持更
(最決昭和45年12月16日民集24巻13号2099頁)
生を図ることを目的とするものである。そして,
法は,右の目的を達成するため,更生債権また
と述べており,引用者が下線を添える「周到か
は更生担保権については,更生手続によらなけ
つ合理的な諸規定」というような言い方で,そ
れば弁済等のこれを消滅させる行為をすること
の規律の正当化を図る論理は,必ずしも注目さ
ができないこと〔昭和42年法律88号による改正
れてこなかったけれども,最高裁判所が法律の
前の法(以下改正前の法という。
)112条,123
規定を憲法に適合すると判断する際の一つの手
条〕
〔カギカッコ,ママ─引用者〕
,更生計画
法を形成している。
によつて債務の期限が猶予されるときは,その
債務の期限は,担保があるときはその担保物の
10 実質的な根拠を探求する際のヒント 耐用期間内,担保がないときまたは担保物の耐
このようにみてくると,民法が中心になるであ
用期間が判定できないときは20年までそれぞれ
ろうが,人々によって丁寧に議論され,考察さ
定めることができること(法213条)
,更生計画
れ,解釈されて積み上げられてきた民事基本法
認可の決定があつたときは,計画の定めまたは
制のコアの部分に関しては,憲法適合性審査の
法の規定によつて認められた権利を除き,更生
局面において一定の価値を有するものとして尊
会社は,すべて更生債権および更生担保権につ
重を受けているのではないか,という仮説が見
きその責を免かれ,株主の権利および更生会社
えてくる。それと同時に,ではなぜ民法などの
の財産の上に存した担保権はすべて消滅し,ま
規定がそのような価値をもつか,ということが
た,更生債権者,更生担保権者および株主の権
直ちに問われることになると思われる。
利は計画の定めに従い変更されること(改正前
その問いについては,いろいろな回答が可能
の法241条,法242条)などを,それぞれ定めて
であろう。たとえば「民法典の政治的中立性」
いる。もとより,これらの規定によつて更生債
ないし「法律家集団の共通了解」(長谷部恭男
権者,更生担保権者および株主の財産権が制限
『憲法』〔第5版,2011年〕240-1頁〔8.2.3〕)と
されることは明らかであるが,右各法条の定め
いう説明の仕方がある。また,小山剛『基本権
る財産権の制限は,前記目的を達成するために
の内容形成/立法による憲法価値の実現』
(2004
は必要にしてやむを得ないものと認められる。
年)208-9頁注129における説明も,参考になる
しかも,法は,更生手続が裁判所の監督の下に,
と感じられる(小島慎司「判例における『制度
法定の厳格な手続に従つて行われることを定め,
的思考』」法学教室388号〔2013年〕参照)。
ことに,更生計画は,改正前の法189条以下の
くわえて言うならば,日本の場合には,民事
綿密な規定に従つて関係人集会における審理,
の基本法制は法制審議会における調査審議を経
議決を経たうえ,さらに裁判所の認可によつて
て内閣提出の法律案が準備される,という事情
効力を生ずるものとし,その認可に必要な要件
が注目に価するかもしれない。民事に関する基
を法233条以下に詳細に定めるなど,公正かつ
本法制が,法制審議会の答申を尊重しないで,
165
あるいは少なくとも,そこでの調査審議と無関
は各自,それ自体所有権の性質をもつ持分権を
係で内閣提出の法律案が作られたことは,ほと
有しているにとどまり,共有関係にあるという
んどない(「民事法,刑事法その他法務に関す
だけでは,それ以上に相互に特定の目的の下に
る基本的な事項」
,法務省組織令58条1号)
。な
結合されているとはいえないものである。そし
おかつ,法制審議会の刑事の部会では多数決に
て,共有の場合にあつては,持分権が共有の性
基づいて答申が決定されることがみられるのに
質上互いに制約し合う関係に立つため,単独所
対し,法制審議会の民事の部会においては,き
有の場合に比し,物の利用又は改善等において
わめて特殊な例外を除き,全員一致で答申を出
十分配慮されない状態におかれることがあり,
す,という,いわば一種の習律が確立している。
また,共有者間に共有物の管理,変更等をめぐ
審議会においては,金融,労働など,さまざま
つて,意見の対立,紛争が生じやすく,いつた
の立場の人たちがおり,もちろん民法や商法の
んかかる意見の対立,紛争が生じたときは,共
研究者もいるが,それらの人たちが議論を始め
有物の管理,変更等に障害を来し,物の経済的
るときには激しい対立が見られるものの,議論
価値が十分に実現されなくなるという事態とな
のなかで努力が重ねられ,最後には全員が一致
るので,同条は,かかる弊害を除去し,共有者
することができるものを探してゆくし,全員一
に目的物を自由に支配させ,その経済的効用を
致ができない場合には,多数決をするのではな
十分に発揮させるため,各共有者はいつでも共
く答申そのものが見送られることにもなる。そ
有物の分割を請求することができるものとし,
のようにして作り上げられてきた慣行があると
しかも共有者の締結する共有物の不分割契約に
いうことは,強調されてよいことかもしれない。
ついて期間の制限を設け,不分割契約は右制限
民法の債権関係規定について現在行われている
を超えては効力を有しないとして,共有者に共
見直しの議論においても,そのことが,強調さ
有物の分割請求権を保障しているのである。こ
れている(法制審議会民法(債権関係)部会第
のように,共有物分割請求権は,各共有者に近
64回会議,2012年12月4日開催)
。
代市民社会における原則的所有形態である単独
こうした点にも注目しながら,憲法適合性の
所有への移行を可能ならしめ,右のような公益
検討において民法など民事基本法制のなかに置
的目的をも果たすものとして発展した権利 [3]
かれる規律の特別の評価という現象と共に,そ
であり,共有の本質的属性として,持分権の処
の背景ないし基盤についても,ひきつづき考察
分の自由とともに,民法において [4] 認められ
が深められてゆくべきである。
るに至つた [5] ものである。
したがつて,当該共有物がその性質上分割す
1‒2 憲法適合性の説明責任の加重と
いう作用
ることのできないものでない限り,分割請求権
を共有者に否定することは,憲法上,財産権の
制限に該当し,かかる制限を設ける立法は,憲
11 森林法判決を再び読む いずれにして
法29条2項にいう公共の福祉に適合することを
も,このような観点から,あらためて森林法判
要するものと解すべきところ,共有森林はその
決を読み直してみるならば,それは,引用者が
性質上分割することのできないものに該当しな
下線を添える個所を道しるべとして辿ってゆく
いから,共有森林につき持分価額2分の1以下
と,
の共有者に分割請求権を否定している森林法
186条は,公共の福祉に適合するものといえな
「民法256条 [1] の立法の趣旨・目的につい
いときは,違憲の規定として,その効力を有し
て考察することとする。共有とは,複数の者が
ないものというべきである」(最判昭和62年4
目的物を共同して所有することをいい,共有者
月22日前掲)
166
というものであり,今日において民法の制度と
制」と〔民事基本法制〕とは問題となる次元が
して認められた所問の規律が,法発展の成果で
異なる。
あって,その帰結として民法の規定として位置
とはいえ,さらに考えるならば,これらの二
づけられ,現在に至っている,という契機を重
つの問題は,それらの間の論理的な関係を明ら
視して憲法適合性審査が行なわれている,とい
かにするのみでは十分でない。憲法的価値を有
う分析を施すことができる。さまざまな読まれ
する「民事基本法制」は,法律家の共通諒解と
方がされている森林法判決であるが,ここでの
いう,論理でなく事実の積み重ねにより明確に
問題提起の視角からは,この点にこそ注目され
されるものであるからである。全国民を代表す
なければならない。
る議員が唯一の立法機関としての権限を行使す
るという契機を経ないで形成される規範は,特
2 規矩ということの表現/国法形式
としての民事基本法制
別の事情がない限り,法律家の共通諒解として
の実質を有しないのではないか。区別のための
記号を用いて述べるならば,〔民事基本法制〕
12 どうして財産権の規矩としての「民事基
であってこそ「民事基本法制」となることがで
本法制」か ところで,ここでの問題提起が,
きる。
なぜ,いきなり「民法」を問題とするのでなく
通奏低音として,このような問題意識を暖め
「民事基本法制」を問題とするか,ひとまずの
つつ,論じられるべきは,行政府の発する政省
説明は,あってしかるべきである,と感ずる向
令であるから,つぎには,それが執行命令とし
きがあるとするならば,それは,もっともなこ
て発せられる場合(次述2-1)と,委任命令と
とである。そしてそれは,いうところの「民事
して発せられる場合(後述2-2)とに分け,そ
基本法制」は,どのような国法形式において表
れぞれについて考察することとする。
現されるべきであるか,を問題としたいからで
2‒1 執行命令としての政令
ある。いうまでもなく,それは,単なる国法
“ 形式 ” の問題ではない。いかなる国制上の機
関の権威によって制定された法令に民事基本法
13 民法が定める所有権を政令で制限するこ
制としての資格づけを賦与するか,という実質
とができるか この論点は,財産権を条例で
問題こそが問われる。
制限することができるか,という論点と雰囲気
そして,いうところの「民事基本法制」の内
が似るが,本質の異なる問題である。民法206
容は,法律により明らかにされるべきではない
条・207条が所有権に対する制限を課する根拠
か。その内容を政令により充填することは,法
となる国法形式を「法令」としており,同法
律による合憲的な委任がある場合を除き,許さ
175条が「法律」としていることと異なること
れないと考えられる。
に,どのような意義を見出すべきか。どのよう
もっとも,憲法適合性審査などとの関係にお
な意味に実定の民法規定を解釈するべきか,と
いて特別の権威を有するという意味において憲
いうことに限って言うならば,今日においては,
法的価値を有すると認められる「民事基本法
「命令で独自に定めた制限は,違憲・無効であ
制」が法律により明らかにされるべきである,
る」
(稲本洋之助『民法Ⅱ(物権)
』
〔現代法律
という問題と,財産権など私法の基本秩序であ
学講座,1983年,青林書店〕266頁)と解すべ
る〔民事基本法制〕が国法形式としては原則と
きであるが,それは,現行の憲法が施行された
して法律により構成されるべきではないか,と
のちの「法律の規定を実施するために」のみ政
いう問題とは,論理としては別異の問いである。
令制定を許容する(憲法73条6号,国家行政組
記号を区別して表現するとおり,
「民事基本法
織法12条1項)という国法形式間の管轄を前提
167
として初めて成立する帰結であり,上記民法各
所管事項である。
法条の「法令」は,すくなくとも法典成立時に
は,緊急勅令(旧憲法8条)はもちろん独立命
といったことを説くものであると想像される。
令(同9条)をも含むと解されていた(吉田克
己「フランス民法典第544条と『絶対的所有権』
」
15 民法が定める所有権を政令で制限するこ
乾昭三編『土地法の理論的展開』
〔1990年〕216
とは禁止されるとする仮説の論理構成 しか
頁注29)。翻って民法学における近時の研究が
し,たとえば「ウ」について言うならば,民法
明らかにした知見として,
「法律」のほかに
を実施する政令などというものを容易に認めて
「規則(règlement)
」をも所有権制限の根拠に
よいか。憲法を直接に実施する政令が認められ
掲げる意味においては同一の形式的構造をもつ
るか,という論点と雰囲気が似るが,本質は異
フランス民法544条について,しかし,その立
なる。運用の実例では,民法を実施する趣旨の
法の趣意は,〈規則〉として「主要に想定され
政令は制定されておらず,法律として民法施行
ているのは,むしろ市町村 commune を主体と
法が制定されている。そこで,この論点を消極
す る 警 察 規 則 で あ っ た 」 こ と( 吉 田・ 前 掲
に解する見解は,
201-2頁)は,今日的な観点から日本民法の解
釈を改めて考える際に,条例による制限を否定
あ 「法令」には条例を含み,それが「法
するべきか否か,の論点を考究するにあたり,
律」としない理由である。
十分に参酌されるべきである(刑事訴訟法335
い 民法206条の文言は,政令への委任と理
条1項など,法制執務上も「法令」に条例を含
解することについて不自然であり,また,委任
むとしなければ理解が困難な用例がある)
。
には限界があるところ,委任の範囲が示されて
とはいえ,問題は,政省令により所有権を制
おらず,政令への委任であると解することはで
限することができるか,というところに焦点が
きない。
ある。各省大臣が定める府省令でも問題状況は
う 執行命令の所管事項には,性質上の限界
異ならないが,論述の煩瑣を避けるため政令に
があり,所有権の内容を定めることは,法律の
絞って論ずるとしても,ひとまず肯否の両様の
委任がある場合を除いては,政令の一般的な所
見解は成り立つ。
管事項でないと考えられる。
14 民法が定める所有権を政令で制限するこ
という論旨のものになると考えられる。そして,
とが可能であるとする仮説の論理構成 まず,
こちらの見解を是とするべきであろう。論拠の
所問を積極に解する見解は,
うち,
「う」は,フランス第5共和制憲法が法
律の所管事項を限定列挙することと,ちょうど
ア 「法令」に政令を含まないとするならば,
「法律」としない民法206条の文理の説明に窮す
表裏をなす仕方で,執行命令の所管事項につい
て,憲法解釈上の,または憲法習律上の事項的
る。かつて緊急勅令が認められた時代は,それ
限界があると考えるものである。
を含む趣旨に出たものとする説明で十分であっ
たけれども,現在は,説明ができないのではな
16 執行命令の限界を考える この「う」
いか,という問題の指摘である。
の要件を更に要件構成するならば,法律を実施
イ 「法律」でなく「法令」に言及する民法
する政令には,その内容に限界があると考える
206条の規定は,所有権の制限内容を定めるこ
べきである。従来,実施の対象となる法律の趣
とを政令に委任したものと解される。
旨に適合するように,などとされてきたことを
ウ 民法を実施することも,政令の一般的な
分析するならば,つぎのような諸点に留意され
168
てよいのではないか。
の範囲を逸脱した違法なもの」であってはなら
ない(最判平成25年1月11日,平成24年(行
第一 法律に抵触しないこと。
ヒ)279号)ということを意味するが,くわえ
第二 実施の対象である法律の内容との関連
て,法律が定めるならば,どのような委任も許
性を有すること。
されるか,という問題について,そうではない,
第三 政令による規律に親しむ事項であるこ
ということにも留意を要する。
と。
後者の問題は,では,具体の場面に即して,
どのような限界があると考えるべきであるか。
具体の例で考えても,個人の尊重および国民
たとえば災害の場合に設けられる特例が効力を
の要件の定め方の要請ならびに普通選挙制の保
有する期間について,つぎの諸例は,それぞれ
障(憲法13条・10条・15条3項・44条)に照ら
委任の限界を超えると評価するべきであろうか。
し,氏名・性別・住所・年齢の基本的な制度編
成は,法律による委任がある場合を除き,政令
① 政令で定める災害が発生した日から1年。
で定めることは許されないと考えられる(たと
② 政令で定める災害の場合において,その
えは民事・刑事の法制の実施上,人の年齢を定
災害を定める政令の施行の日から1年。
める方法が問題となるが,これを政令で定める
③ 政令で定める災害の場合において,政令
ことは許されない)
。また,家族制度の基本事
で定める日から1年。
項に関し,両性の本質的平等と個人の尊厳の理
④ 政令で定める災害が発生した日から1年
念に従い「法律は」
(!)定める,という要請
以上2年以内の政令で定める期間。
(憲法24条2項)に照らし,法律による委任が
⑤ 政令で定める災害が発生した日から政令
ある場合を除き,政令で定めることは許されな
で定める期間。
いと考えられる。
⑥ 政令で定める災害の場合において,その
同じように,財産権の基本事項は,法律によ
災害を定める政令の施行の日から政令で定
る委任がある場合を除き,政令で定めることは
める期間。
許されないと考えるべきではないか。このよう
⑦ 政令で定める災害の場合において,政令
に考えてくることにより,すくなくとも執行命
で定める日から政令で定める期間。
令としての政令は,それが独立に民事基本法制
の内容表現に任ずることは許容されるべきでな
法律の実施要件を政府が随意に操作すること
い,という結論に至る。
は,国会が唯一の立法機関であるとされる原理
に適合しないと考えられる(また,国会法66条
2-2 委任命令としての政令
は,両議院の議決があった場合に法律が成立す
る,という原理を前提として,成立した法律の
17 法律による委任の限界 これに対し,
公布が遅れる事態を避けることによって,この
法律の委任を受けて制定される委任命令は,そ
原理の更なる実効確保を慮る見地に出たもので
の内容が,委任の根拠である法律と一体となっ
あると理解される)という見地から考えるなら
て民事基本法制の内容表現に任ずること自体は,
ば,⑦が許されないことは明らかである。また,
怪しむべきことではない。
同様の趣旨から,合憲的に疑義がない仕方でさ
もっとも,法律による政令への委任には限界
れる委任であると評価されるものは,①・②・
があると考えられる。いうところの限界は,ま
④までに限られるものと考えられる。③は,あ
ず,政令が何を定めるべきであるかが,法律の
る災害を政令で指定しておきながら,それに係
委任するところに従わなければならず,
「委任
る特例の発効を際限なく先延ばしすることを可
169
能とするものであり,法律の実施要件を政府が
随意に操作するものとみられてもやむをえない。
近時の法制審議会で論議の対象となったもの
(法制審議会被災関連借地借家・建物区分所有
法制部会第6回会議,2012年12月11日開催)の
なかには,③に当たるとみられるものがあった
が,③に当たる方法が採用されない方向で答申
がされたことは,賢明であったと評されるべき
である。
補/大規模災害など非常の事態と憲法
秩序
18 非常の事態への冷静な対処の必要/その
憲法秩序による確保の要請 執行命令にせよ
委任命令にせよ,1946年憲法のもとでの運用は,
国会を唯一の立法機関とする基本原理の尊重の
上に謙抑的にされなければならないことについ
ては,広く理解が浸透しているように一応は感
じられる。しかし,そのこと以上に,ここで論
じたような執行命令と委任命令の限界について
の考究が盛んにされているものではない。その
ことは,とりわけ大きな災害の際に,国法形式
の上下関係に関し憲法感覚の弛緩した運用が生
ずるおそれはないか,といった問題として具体
的に現われることであろう。関係者の賢慮によ
り問題のある事例は生じなかったにせよ,東日
本大震災の際の若干の論点のなかには,この点
について危惧を感じさせる局面もみられた。非
常の事態であるからこそ,予め定められた国制
に立脚した物事の運用が正常にされなければな
らないのではないか。なぜならば,国制の普通
の運用は,人々の間に定着して共有された理解
を帯びているものであり,効果として,それが
最も高い効率をもたらす。通常の手順を卒然と
変更することは,意図に反して事態を渋滞させ
るおそれがあるのみならず,思わぬ権力の恣意
的運用を出来するおそれが大きい。このことの
重大性は,災害が起こる前から,常日頃,念押
しされてよいことである。
170
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