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チェルノブイリ周辺地域での放射性セシウムによる健康影響評価

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チェルノブイリ周辺地域での放射性セシウムによる健康影響評価
 上原記念生命科学財団研究報告集, 28 (2014)
42. チェルノブイリ周辺地域での放射性セシウムによる健康影響評価
林田 直美
Key words:Cs137,内部被ばく,筋・骨疾患, 甲状腺機能異常
* 長崎大学 大学院医歯薬学総合研究科
原爆後障害医療研究施設
社会医学部門
国際保健医療福祉学研究分野
緒 言
1986 年のチェルノブイリ原子力発電所の事故では,大量の放射線核種が大気中に放出された.原発の周辺地域では,
半減期が 30 年と比較的長い Cs(セシウム)137 が未だに検出されている場所もある.これまでの研究では,周辺地域
に住む住民の内部被ばく線量は徐々に減少してきており,また,年間内部被ばく線量の推定線量が ICRP(国際放射線
防護委員会)の基準による公衆被ばくの年間線量限度である 1 mSv/y 以上であった人数は年々減少していた 1,2).この
ように,チェルノブイリ原発事故の汚染地域における住民の体内被ばく線量は年々低下しているものの,中には汚染地
区での生活を続けている住民もいる.その一方で, Cs137 の長期的な低線量内部被ばくによる健康リスクは未だに明
らかにされていない.そこで本研究では,チェルノブイリにおける低線量被ばくとそれによる健康リスクについて明ら
かにすることを目的として,Cs137 の内部被ばくと疾患,特に Cs137 が集積しやすいといわれる筋・骨の疾患および影
響が懸念されている甲状腺疾患のうち,甲状腺機能異常との関連を検討したので報告する.
方 法
1.対象
調査対象は 2012 年7月から 2013 年 10 月までにウクライナ・ジトミール州にある,コロステン診断センター(図 1)
を受診したチェルノブイリ周辺の汚染地域の住民から抽出した.さらに,チェルノブイリ原発事故の発生した日以前の
1981 年1月から 1986 年4月 26 日までに生まれた,事故当時0~10 歳であった 300 人をケース群,事故発生から1年
以上が経過した 1987 年4月から 1991 年 12 月までに生まれた 300 人をコントロール群とした.各群においては性別を
マッチングさせた.
*現所属:長崎大学 原爆後障害医療研究所 国際保健医療福祉学研究分野
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図 1. ウクライナ・ジトミール州 コロステンとチェルノブイリ原発との位置関係.
調査場所であるウクライナ・ジトミール州のコロステン市はチェルノブイリ原発の西に位置する.
2.方法
対象者の名前,性別,生年月日,身長,体重,事故当時の住所,現在の住所,既往歴,筋・骨疾患および甲状腺疾患
の既往歴,家族歴について聴取した.さらに,すべての対象者から採血を行い,甲状腺の自己抗体(抗ペルオキシダー
ゼ抗体:thyroid peroxidase antibody [TPOAb],抗サイログロブリン抗体:thyroglobulin antibody [ATGAb],thyroidstimulating hormone [TSH],freeT3 [FT3],freeT4 [FT4])を測定した.また,全対象者において受診時の Cs137 の
体内濃度を簡易型ホールボディカウンタ(ガンマスペクトロメーター・モデル 101,ALOKA)にて測定した.さらに,
Cs137 の測定結果を用いて,ICRP(国際放射線防護委員会)が定義した計算式;実効線量(mSv/年)= 2.5×10-3×体
内放射能量 (Bq/Kg) によって年間被ばく線量を算出した.
以上のデータを用いてケース群およびコントロール群の差を統計学的に解析するとともに,Cs137 の体内濃度との関
連を評価し,Cs137 の内被ばく線量と疾患頻度との関連について検討した.統計ソフトは SPSS Statistics 17.0(エス・
ピー・エス・エス株式会社)を用い,p < 0.05 を有意水準とした.
結果および考察
対象者の平均年齢は,ケース群 28.3±1.4 歳,コントロール群 23.0±1.4 歳であった.また,対象者における Cs137 の
体内濃度はそれぞれ,ケース群 4.41±10.78 Bq/Kg,コントロール群 4.46±15.22 Bq/Kg であり,両群に有意差は認め
られなかった(p=0.743).Cs137 の体内濃度測定値をもとに算出した年間被ばく線量の推定値は,ケース群で 0.01±0.27
mSv/年,コントロール群で 0.01±0.04 mSv/年であった.全対象者 600 名のうち,488 名(81.3%)が検出限界以下で
あり,Cs137 が検出されたのは 112 名(18.7%)であった.さらに,Cs137 が検出された対象者において,年間被ばく
線量 0.1 mSv/年未満は,ケース群で 50 名,コントロール群で 46 名であり,0.1 mSv/年以上 1 mSv/年未満はそれぞれ
9名,7名であった(図 2).年間 1 mSv を超える対象者はなく,ケース群およびコントロール群ともに,Cs137 の体
内濃度は極めて低かったことから,チェルノブイリ周辺地域における事故当時小児であった住民の内部被ばくは現在で
はごく低線量であることが示された.
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図 2. Cs137 の体内濃度から算出した年間被ばく線量推定値.
全対象者 600 名のうち,ケース群 241 名,コントロール群 247 名の 488 名(81.3%)が検出限界以下であり,
Cs137 が検出されたのは 112 名(18.7%)であった.このうち,年間被ばく線量 0.1 mSv/年未満は,ケース群で
50 名,コントロール群で 46 名であり,0.1 mSv/年以上 1 mSv/年未満はそれぞれ9名,7名であった.
ケース群,コントロール群ともに,Cs137 が検出された 112 名を含めても,原発事故後に筋・骨疾患や甲状腺がん以
外の悪性腫瘍に罹患した症例はなかった.ケース群の2例で事故後に甲状腺がんの発症が認められたが,コントロール
群では,甲状腺がんを発症した症例はなかった.甲状腺がんを発症した2例の Cs137 の体内濃度はいずれも検出限界
以下であった.これらの結果から,Cs137 の低線量内部被ばくによる健康影響のリスクは極めて低いと考えられる.
さらに,ケース群とコントロール群における甲状腺機能の比較検討では,FT4 がコントロール群で有意に高かった
ものの,FT3,TSH に有意差は認められなかった.しかし,FT4 の有意差は年齢で調整すると認められなくなり,代
わりに FT3 がコントロール群で有意に高くなっていた(表 1).また,甲状腺の自己抗体の検討では,TPOAb および
ATGAb の陽性頻度は全体でそれぞれ 15.2%, 11%であり,ケース群ではそれぞれ 17.3%と 11.7%,コントロール群
ではそれぞれ 13%と 10.3%であった(図 3).さらに,年齢で調整しても,ケース群とコントロール群の陽性頻度に有
意差は認められなかった.Agate らが 1999 年から 2001 年に行った調査の報告では,TPOAb 6.4%, ATGAb 5.3%とさ
れているが 3),今回の結果はこれより高頻度であった.これは調査時の年齢の上昇により甲状腺抗体頻度が上昇したた
めだと考えられる.
表 1. ケース群とコントロール群における甲状腺機能の比較
値は平均(±標準偏差).*p < 0.05. t 検定.
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図 3. 甲状腺自己抗体の陽性頻度.
甲状腺自己抗体は,TPOAb がケース群で 17.3%,コントロール群では 13%,ATGAb がケース群で 11.7%,コ
ントロール群で 10.3%に陽性であった.また, TPOAb と ATGAb の両方またはいずれか一方の陽性頻度はケ
ース群で 21%,コントロール群で 18%であった.いずれの頻度も両群間で有意差は認められなかった.
今回,チェルノブイリ周辺の汚染地域で事故前後に生まれた住民を対象として,骨・筋疾患及び甲状腺機能異常の頻
度を調査したが,いずれの疾患も明らかな増加は認められなかった.今回の調査では,対象者の Cs137 の体内濃度が
極めて低かったことから,Cs137 の低線量内部被ばくによる影響の有無に結論を出すことはできないが,Cs137 が検出
された対象者においても,これらの疾患の発症はなく,Cs137 の低線量内部被ばくによる健康影響のリスクは極めて低
いと考えられる.今後はさらに対象者を広げ,Cs137 の低線量内部被ばくがもたらす健康影響について調査を行ってい
く必要がある.
共同研究者
本研究の共同研究者は,長崎大学原爆後障害医療研究所国際保健医療福祉学研究分野の高村 昇,木村悠子および
Zhitomir Inter-Area Medical Diagnostic Center の Oleksandr K. Gutevych,Sergiy A. Chorniy である.最後に,本研
究にご支援を賜りました上原記念生命科学財団に深く感謝申し上げます.
文 献
1) Sekitani, Y., Hayashida, N., Karevskaya, I. V., Vasilitsova, O. A., Kozlovsky, A., Omiya, M., Yamashita, S. &
Takamura, N. : Evaluation of (137)Cs body burden in inhabitants of Bryansk Oblast, Russian Federation,
where a high incidence of thyroid cancer was observed after the accident at the Chernobyl nuclear power
plant. Radiat. Prot. Dosimetry, 141 : 36-42, 2010.
2) Hayashida, N., Sekitani, Y., Kozlovsky, A., Rafalsky, R., Gutevich, A., Daniliuk, V., Yamashita, S. &
Takamura, N. : Screening for 137Cs body burden due to the Chernobyl accident in Korosten City,
Zhitomir, Ukraine: 1996-2008. J. Rad. Res., 52 : 629-633, 2011.
3) Agate, L., Mariotti, S., Elisei, R., Mossa, P., Pacini, F., Molinaro, E., Grasso, L., Masserini, L., Mokhort, T.,
Vorontsova, T., Arynchyn, A., Tronko, M. D., Tsyb, A., Feldt-Rasmussen, U., Juul, A. & Pinchera, A. :
Thyroid autoantibodies and thyroid function in subjects exposed to Chernobyl fallout during childhood:
evidence for a transient radiation-induced elevation of serum thyroid antibodies without an increase in
thyroid autoimmune disease. J. Clin. Endocrinol. Metab., 93 : 2729-2736, 2008.
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