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インターネットにおけるデジタルデバイドと コンピュータ
インターネットにおけるデジタルデバイドと コンピュータ・リテラシ 康 訓碩・三上 達也 Ⅰ.はじめに 1.アクセシビリティの問題 Ⅱ.国内におけるインターネット活用の現状 2.視覚障害者の利用に見るインターネット 1.成長するメディア −インターネット− 3.デジタルデバイドについて 2.垂直社会から水平社会へ Ⅳ.インターネットをユニバーサル・サービスに Ⅲ.アクセシビリティとデジタルデバイド Ⅴ.おわりに Ⅰ.はじめに も下位者の意見も相互に伝達し、交換される事による毎 日の情報交流が組織を動かす動力となるからである。本 情報は人を差別する。情報の流れと公開される質と量 来、組織の中で情報は正確に伝わることを想定している。 は、その操作を通じて、人を無自覚に差別せしめる。 しかし身の周りを振り返れば、実際の組織の中では情報 集団はけっして常に正しい意思決定により運営されて は時にどこかにとどまり、時に恣意的に可変されること はいない。その構成メンバーの大多数の意見を正しく集 がしばしばであることに気づく。いや日常的であるとす 約し、代表された意見によって意思決定されてはいない らいっても良い。 し,運営されるものでもない。そこには構成メンバー間 1992年の商業利用自由化を契機に、インターネットや における力の強いものと弱いものとの駆け引きがあり、 イントラネットという名の水平型ネットワークシステム 妥協と恣意によって「代表された意見」の顔をした、あ が爆発的に普及しつつある。インターネットはその水平 る選好(preference)の支持が存在する。小さくはサー 性のゆえにピラミッド構造型の組織とは相反するといわ クル、学校、会社や町内会、大きくは地方自治体や政 れる。なぜならネットワーク上では情報の発信者と受信 府・国に至る大きい人間集団(=社会)まで、意見が集 者が直結しており、経路上に価値変化を加えうる中間項 約され代表的な意見とする建前と、意思決定に至る集団 が原則的には侵入しないからである。これは旧来の企業 の合理的選好という運営プロセスは変わらない。そして 組織等に見られる「自分しか知らない」という状況を意 その個々の構成メンバーを動かす大きな動機は情報の交 図的に作り(情報を操作し)、結果として部下や周辺の 換によって成立している。にもかかわらずその情報交換 ものに相対的優位性を維持しようとしたり、存在意義を は平等ではない。情報とは「あることがらについてのし 認めさせようという中間職にとっては都合が悪い。ピラ らせ。判断を下したり行動を起したりするために必要な ミッド構造の中にいることによる自らの安定を本質的に 知識」をいう。情報はそれが交換されるプロセスで序列 脅かし、彼らの既得権を損ないうると考えられるもので が与えられ、その発信者と受け手によって価値が変化す あれば、このような水平システムは受け入れたくないと る媒介変数と化しているのである。 いう選好が生ずるのは明らかである。そしてこの発想は 組織ピラミッドは効率性と安定性の確保という必要か 企業のみにとどまらず、ピラミッド構造を持つあらゆる ら作られるが、同時に構成メンバーの序列化を伴う。こ 集団・組織についても例外ではない。新規のインフラス のピラミッドはタテの序列という垂直性と、ヨコの階層 トラクチャは生まれるごとに,その技術的な使い勝手と 性という水平性によって構成されている。組織ピラミッ 機能よりも、利用から生じる得失というふるいで値踏み ドに求められている機能は、少数の運営者による意向の され、普及の度合いが決められてきた。ではインターネ 効率の良い上意下達式による伝達であり、多数の現業員 ットというメディアについてはどうだろう。 ベストエフォートと自律分散性 1)という技術デザイ の意見集約による集団の抽象化であろう。上位者の意思 −79− 政策科学8−1,Sep. 2000 ンを持つインターネットは、完全性を求めぬ寛容さと誰 Technology)情報を利用できる技術をもつ高所得層と、 でも参加しやすい敷居の低さをもつ。個々のネットワー そういうスキルが無く製造業やサービス業に従事する クは対等で相互に独立したまま水平につながっている。 中・低所得層という、雇用、所得の格差増大という新た 水平なつながりのコミュニケーションというインタラク な問題(デジタルデバイド)が起ち上がってもいる。こ ションは環境と自己をそれぞれに特定する共在情報とし こではこのような問題意識のもと、インターネットが社 て立ち現れ、個人にワイアード・ソサエティという知 会情報基盤の公共財足りうる可能性とその普及を支える 覚体験(=認識)を獲得させる。緩やかな完全性と同心 利用リテラシ育成の課題について考察した。 円的な つながりがもたらす「認識の枠組み(cognitive Ⅱ.国内におけるインターネット活用の現状 framework)」の変化は、個人に世界観・社会観の変化 を自覚させずにはおかない。世界観(価値観)は情報と 1.成長するメディア −インターネット− して公開され、交換され、共有されることを許容してい る。ネットワークにつながる個人はユニークな立場を保 インターネットという言葉はもはや聞き慣れない言葉 持しながら、十分に高速な非同期コミュニケーションに ではなくなった。それは電話と同じように語られ,日常 より時空間の壁を実質的に乗り越えてしまう。このよう 的に使われる生活語になったといっても過言ではないだ な環境に接続というアクションを通じて働きかける個人 ろう。情報社会の進展はインターネットという技術を結 2) という場で自己を再定義する 実し,自身のスタイルを洗練させながら,情報利用「支 ことが可能となる。そこにはこれまで身体の障害や偏見 援」の道具を、情報社会に「参加」する基本的インフラ による社会的不利のゆえに相対的弱者の位置にいた個人 ストラクチャに自らの位置づけを変貌させることに成功 の起死回生のチャンスを見ることもできよう。なんとな しつつある。 はサイバー・スペース れば情報受発信の機会が与えられるのを待たずして、個 新聞社、雑誌出版社への手紙や電話、ラジオやテレビ 人による情報経路の自発的活用が可能になるからであ に見られる手紙や電話・FAXによるリクエスト。これら る。大企業であれ、政府であれ、個人であれ、モニタ上 を使った公開放送や討論会等の生番組など、我々の日常 に現れる画面の大きさは変わらない。声の大きさや、情 にメディアの実例は溢れている。それぞれのメディアは 報の物量は一方的に押しつけられたままに任されるので ミックスされ、利用の工夫はあっても、メディアそのも なく、情報を得ようとする人の意思―マウスやキーボ のの変換は録音や録画、写真、筆耕などの別の手段を通 ードの操作―によって摂取量の多寡が決まるという点 じて行われるのが常である。これらのメディア提供事業 で等価に置かれる。さらに、この水平的ネットワークシ 体は情報受信者の意見を発信者に伝えるルートをそれな ステムの誕生は情報のバイアスのゆえに偏見を持つもの りに準備しているものが大半であろう。しかし、その内 と持たれるものに置かれた人を同じテーブルに立つ事を 容の吟味と取捨選択のイニシアチブは編集発信者にある も可能にする。それは社会に相対的弱者として位置づけ 事に着目すべきである。提供される情報の質は発信者に られた人々の自立の意味と社会的位置の修正をもたらす より決められ、情報利用者に与えられる選択と判断の余 可能性を提示している。インターネットを活用すること 地は小さい。これらはすべて基本的には多数のユーザに で、<場>の共有は物理的時空間を越えて維持すること 対して同一情報を提供するマルチキャストの関係を取り が可能となった。情報ハイアラーキの克服と新しい差別、 結ぶメディアなのである。利用者にあるのはメニューを 社会参加の新しい可能性とまだ見ぬ信用創造の困難とい 選ぶ自由のみであるといってよい。ところが情報をめぐ う課題が見え隠れはしているが、インターネットは利用 る加工と伝送(電送)技術の発展は、文字・音・画像の 技術のイノベーションを起こし続けている。それは情報 すべてを含む情報ソースに対し、これらを電子データと の伝達、公開と共有から引き起こされる企業システムの いうものに変換する技術を獲得した。それはとてつもな 再構築であり、電子商取引やオンラインサービスへの活 く大きな発明であった。いったん電子データに変換され 用の広がりである。しかし、メール交換やWWW(World た情報は質を損なわずに複写、加工、保存の自由を手に Wide Web)の閲覧というプリミティブな使われ方の普 する。その柔軟性と利便性は情報管理の自由と透過性を 及がいまだ十分に進まない中で、IT(Information メディアを持つ資本力の大きいものにだけではなく、個 −80− インターネットにおけるデジタルデバイドとコンピュータ・リテラシ(康・三上) 人のレベルにまで与えることを可能にした。パーソナル のもとにあるメディアは社会の枠組みにあわせて、情報 コンピュータの誕生である。このパソコンの利用はすぐ の流通や交換を行っており、その限りで社会の主流とな に通信システムと組み合わされた。電子データはメディ る意見を代表する顔を見せながら、他方で市民を支配し、 アの違いという長年の壁を乗り越え、情報ソースの互換 社会に適合的に世論をコントロールする。インフラスト 性という自由をいよいよ手にしたのである。 ラクチャは市民の権利として保障されながら、その活用 他方、インターネットという「情報の蓄積・共有・公 のされ方には大局的な国家的・社会的ベクトルが内包さ 開」を根幹とする通信システムが我々の前に現れた。イ れている。換言すればメディアのあり方、展開のされ方 ンターネットはサイバー・スペースという電脳空間とい が、その国の社会や市民の民度や成熟度を示すメルクマ う<場>と居住地や空間の違いに影響を受けにくいコミ ールともなっているのである。では受信者がかつ発信者 ュニケーション手段を我々に与えてくれた。電脳空間上 でもある双方向性を手にすればメディアは、社会はどう には問題意識や興味・関心という<場>の共有があれば なるのか。その1つの答えが、すべての情報利用者がす よく、年齢・性別、国籍や居住地、障害の有無などの個 べて情報生産者になり得る装置−インターネット−であ 人属性の違いによるバイアスを無意味なものにする<つ る。インターネットは電話のような同期型、手紙のよう ながりの空間>がある。このようなエニーキャストと呼 な非同期型双方のメリットを持つインフラストラクチャ ばれる「1対いくつかのうちのひとつ」というコミュニ であり、かつ受発信者に対する双方向性を持つ。電子デ ケーション・ルートの市民的確保は電子メールの普及と ータという情報の性質を変化させ、 “1対1”、 “1対多”、 在宅勤務の実現をもたらし、従来の価値観による組織間 “多対多”のコミュニケーションを可能とする通信手段 のつながり方(ハイアラーキ)に揺さぶりを与えた。イ は、同時に情報の利用手段に進化と変貌をもたらした。 ンターネットはそれ自身のもつメディアとしての水平性 ことにインターネットに代表される水平ネットワーク のゆえに、伝統的なピラミッド構造で作られた組織・集 は、従来の組織内ハイアラーキに基づくステータスによ 団の枠組みに疑問を投げかけ、その再構成を促したので り生じる個人間の情報入手レベルの格差、優位性に対す ある。いまや企業システムやNPOなどでは組織システ るブレークスルーとなった。縦割りのハイアラーキによ ムの変容を実現しつつある。21世紀を目前にして、情報 る情報コントロールが難しくなり、情報入手レベルの水 化社会の内実は、片側通行の情報発信者と受信者という 平化を実現するシステムの出現は、会社組織という社会、 「役割固定を基調とした情報過多の社会」というステー 市民社会、これらの社会に参加する個人や社会的弱者と ジから、情報を相互に発信し、共有し、公開・利用を可 いう、旧来の社会構成の枠組みに脅威を与えている。そ 能とする「情報発信者=情報受信者という双方向システ こでは自分の帰属する社会にあるような伝統的なハイア ムの社会」へと変化するダイナミクスの最中にいるので ラーキではなく、情報の発信者と受信者がネットワーク ある。 空間上で直接出会うコミュニケーションがあり、情報は 公開され共有されるというマナーが存在していた。ネッ 2.垂直社会から水平社会へ トワークに接続されている利用者の属性があまりにも多 ハイアラーキはそれが正しいか否かを問わない。今あ 様であるゆえの普遍性があった。利用者の属する地域や る社会的構成が文化や伝統として、追認され、制度化さ 国、民族の違いや、慣習・考え方の違い−文化の違い− れ、合理化する理由が後付けされる。ハイアラーキは社 を認めながら、ネットワーク利用者の全体に流通する手 会の必要として、何らかの意図を持って、その時代に合 続き=ネチケット 3) が構築されつつあった。ネット わせて是認され、肯定されることを繰り返してきた。こ ワーク上に存在する空間は電脳社会(サイバー・ソサエ の仕組みは社会や国家を動かすシステムとして今なお有 ティ)と呼ぶべきものであり、地続きの社会のコミュニ 効に機能している。ではメディアに目を転じてみるとど ケーション・ルールとは異なるこの空間特有のコミュニ うか。メディアは社会を下支えするインフラストラクチ ケーション・ルールを持つようになっていたのである。 ャであり、社会の血管といってよい。人間の活動は本質 このサイバー・ソサエティの特徴は大きく4点にまとめ 的に多くの知識や情報へのアクセスと、人間同士のコミ ることができる。第1は、国境などの地理的な制約から ニュケーションによって成り立っている。ハイアラーキ の開放。第2に、非同期コミュニケーションの実現によ −81− 政策科学8−1,Sep. 2000 る時間的な制約からの開放。第3には、平等で双方向の ターネットを利用するためだけなら、実はそんなに高性 コミュニケーション。そして第4に、個人による自由な 能のコンピュータは必要としない。せいぜいが通信モデ 情報の公開と交換・共有の実現である。すなわち、このネッ ムやネットワークに接続するためのLANカードの取り付 トワークを貫く特質は人と人、人と情報とを同心円的に けができるパソコンであれば、相当旧式のものでも利用 つなぎながら拡がっていくこと−水平性−なのである。 可能である。今は激しい技術革新と価格競争が高性能の パソコンを比較的購入しやすい価格に押し下げている現 Ⅲ.アクセシビリティとデジタルディバイド 状があり、購入負担の敷居は相当低くなったといえよう。 それでもパソコンを新規に購入するには最低でも8万円 1.アクセシビリティの問題 程度(2000年7月現在)の費用が必要であり、けっして インターネットはユニバーサル・サービスの色合いを 日常生活用品のように誰でも購入できるといえるもので 日毎に強めている。ならばインターネットは誰もが負担 はない。これにしても公共施設や公民館などに誰でも利 可能で適切な料金や使いやすさを保障され、障害の有無 用できるようにパブリックな端末を設置することでかな や収入の多寡、居住地の都市か過疎地かにかかわりなく、 りの程度、解決は可能であろう。その意味ではパソコン 広く社会全体で安定的なサービスとして利用できる状態 に変わりインターネットの接続を行えるようにした家電 が作られねばならない。インターネットについてサービ 品の利用も考えられる。昨今は、テレビや携帯電話、衛 スの確保を考えれば、それはアクセシビリティの問題と 星放送受信システムやカーナビなど、インターネット接 して浮上してくる。電話のように我々の生活に不可欠な 続の機能を持った複合商品がたくさん出てきており、こ サービスとなりつつあるインターネットは、情報の公 とにEメール対応型の携帯電話は購入しやすい選択肢と 開・交換・共有の道を開いたのであって、利用できない いえる。 ものと利用できるものの間に新たな情報格差を生む障壁 それでは利用者のスキル育成についてはどうであろ (バリア) であってはならない。ここではインターネット う。インターフェースという点だけでいえば、ボタンを を利用するアクセシビリティの問題について検討したい。 押せば簡単にインターネットに接続し、メールの送受信 アクセシビリティは、サービスの使いやすさという表 を行えるような機器がすでに誕生してきている。単にア 現に置き換えられる。これをインターネットにあてはめ クセスを可能にするというだけなら、パソコンにこだわ れば、回線料金の問題、ハードウェア購入の問題、利用 らぬ相当に簡便なものが増えてきている。しかし、実は 者のスキル育成の問題が考えられよう。回線確保と料金 利用スキルの問題は他のところにある。 の問題は国策もからみ微妙である。インターネットは現 インターネットのように誰でもすぐに<世界>とつな 在主流の電話回線によるダイヤルアップ接続で利用する がる道具の利用に際しては、自分とは異なる国の文化や のは本来的ではない。インターネットそのものはどんな 法律、社会規範の違いを常に意識しておくことが必要で 災害時にあっても通信の接続を維持するために開発され ある。そうでなければ価値観や道徳観の違いが誤解を生 た技術であって、本来はデータ電送のための専用線が用 み、思わぬトラブルが生じることは十分あり得よう。商 意されている。したがって、インターネットの接続と電 慣習や契約の概念についても同様である。何より、コン 話線の利用は直接的には関係がない。ただ、インターネ ピュータを使う力(リテラシ)や、コンピュータ・ネッ ットはデータ電送に使える資源であれば、ありとあらゆ トワークに参加するときの基本的な作法を、異文化とつ る回線を乗り換えながら接続を守る技術であるため、個 きあう躾のレベルで議論できる文化の醸成が急務であ 人を含めた一般的利用の際には電話線が用いられている る。利用スキルとはモラル育成でもあって、これが広義 だけである。インターネットの柔軟性の上に任意につな のアクセシビリティに相当するといって良いのである。 がるダイヤルアップという仮の接続が許容されているに 2.視覚障害者の利用に見るインターネット すぎない。しかしこの電話線を利用する使い方が回線使 用料の負担増加と帯域渋滞を引き起こす原因となってお では、障害者のインターネットに対するアクセシビリ 4) り、電話の話し中が増える理由のひとつになっている 。 ハードウェア購入の問題についても同様である。イン ティについてはどうであろう。 聴覚障害者の場合なら耳の不自由さは直接パソコンの −82− インターネットにおけるデジタルデバイドとコンピュータ・リテラシ(康・三上) 操作に影響を与えることは少なく、モニタの画面情報を Aさんのパソコン利用歴は20年と長い。パソコンがマ 利用できるのでアクセスの困難さは低いと考えられる。 イコンと呼ばれていた時期から使えるようになりたい一 肢体不自由者であればキーボードやマウス利用の困難 心で、当時の通信教育によるコンピュータ講座を受講し さが考えられるが、これについても指のぶれを防ぐキー たという。ビット (bit) やバイト (byte) 、マシン語や16進 ボードの開発や、ペンタッチのデバイス、同時にキーの 数の勉強をし、コンピュータの概念や標準入出力、 2本押しをするような操作を1本づつの操作に置き換え BASICなどのプログラミング言語まで学んだ。日本のパ るソフトウェアがあり、敷居は少しづつ低くなっている。 ソコン草創期からのユーザといえる。BASICから 視覚障害者の場合にはどうか。視覚障害者の場合はイ MS–DOSとOSの変遷に合わせて勉強を続け、購入した ンターネットを利用するのにモニタの画面情報が使えな パソコンも8ビットから16ビット、32ビットとグレード い。そのため、画面上の情報を音声に置き換えるソフト を上げてきた。パソコンが使いやすかったのはMS–DOS を利用してパソコンを使うことになる。画面読みの音声 が主流の10年間(1985∼1994)。ことに後半の5年は画 化ソフトは文字情報であればかなり正確に読んでくれる 面読み上げソフトの充実もあって、ワープロやパソコン が、問題は画面に現れる表や写真・絵などの画像である。 通信に大活躍した。今も毎日パソコンを使っており、仕 表というのは時間割や時刻表でも、あるいは通帳や伝票 事にも、日常生活にもパソコンは欠かせないという人で でも、画面上のある枠(セル)の情報がそこに書かれて ある。 いる文字や数字のみに意味が与えられているわけではな 「インターネットの利用を開始したのは2年前(1998 い。ある枠は隣り合わせた枠や離れた他の枠との相対情 年)。当時、話題としてインターネットが評判になり、 報で意味が与えられているので、それが情報として伝わ 視覚障害者も使えると聞いて始めた。操作はいろんな友 らなければ意味不明となってしまう。これはセマンティ 人を通して独学に近い形で覚えた。利用の仕方は、趣味 ックの喪失である。画像についても同様である。写真や としてホームページにアクセスすることとメール交換が 絵画の静止画、ビデオや映画などの動画には、色やそこ 多い。インターネットは使い続けたいと思うが、使いや に移る物体の大きさや位置の相対情報が多すぎて、これ すさではパソコン通信の方がはるかに良かった。それで を耳で聞いて分かるように説明するのはなかなか困難で もインターネットを使うのは、①他人の意見が分かりや ある。それでもいっそ情報の伝え方を変えて、たとえば すいこと、②世間の話題に対する反応が早いこと、③意 映画のキャプション・サービスのような情報提供の方法 思の疎通が良くなったことを感じているから。インター は考えられないではないが。いずれにせよ前2者の障害 ネットを利用するに当たっては、サポータ(友人2人) 者に比べて、インターネット (正確にはWindowsやマッキ を確保した。インターネットは接続する事よりも、そこ ントッシュなどのGUI(graphical user interface)5)−OS に至るセッティングの方がよほどたいへん。他にも視覚 利用によるアクセス)利用の敷居が高い。にもかかわら 障害のパソコン利用のノウハウを編集した会報・雑誌を ず視覚障害者のインターネット利用を希望する声は強 購読している。利用しはじめて良かったと思うことは情 い。ちなみに筆者は視覚障害者のリハビリテーション訓 報が入りやすくなったこと。新聞や雑誌よりも自分の知 練施設に勤務しており、事前に質問を用意した上で、3 りたい情報が得やすいのは魅力。インターネットを使い 人の視覚障害者にインターネット利用に関するインタビ だした当初、自分の周りの人の反応は強かった。2年前 ューを試みた。時期は1999年の11月、内容は「視覚障害 の時点で、視覚障害者がインターネットを使うというの 者のインターネットアクセスについて」である。ここで はよほど珍しかったようだ。今はさほど驚かれることも はそのインタビュー結果をもとに、視覚障害者のインタ なくなった。インターネットを使うようになってから、 ーネット利用にあらわれる実際の困難について考察して 知識や情報が得やすくなり、その分、自分の関心領域が みた。 拡がった。世間の話題について行きやすくなり、子供た ち(晴眼者)の質問にも答えやすくなった。自分が利用 インタビューの結果から: を始める際いろんなサポートを得られたからではない 1)視覚障害者Aさん(全盲の男性、先天視覚障害、 が、友人や知り合いのインターネット利用の相談には、 50代、大学卒、障害等級1級) ソフトの使い方等、できるだけ応えようとしている。サ −83− 政策科学8−1,Sep. 2000 ポートはもっと業者やボランティア団体の協力がほし 報まで聞かなければならなくなることが歯がゆい。障害 い。画面読み上げソフトを使ってインターネットを利用 があっても(インターネットを)利用できるとなってし しているが、ホームページの作り方によっては耳で聞い まったら、自分も使えるようにならないといけないと言 て判りづらいものもある。他にもデータの受信や、ホー う思いがある。コンピュータを使わずに生きていられた ムページ上のフォーム画面(表)の入力操作には、使え ときはある意味ではラクだった。なまじ使えるようにな ないわけではないが、困難を感じる。晴眼者が利用して ったために「使わねばならない」という感覚がある。人 いるインターネットを使えるようになったことは、情報 の目を借りずに情報が得られるということは大きい。メ 源が増え、嬉しい。障害者が使いやすいものを作ること、 ールも重要なコミュニケーション手段だ。そして目が不 良い商品を作ること自体が企業や社会のサポートと思 自由だからこそ、いろんな記録が(コンピュータ内に) う」 残ることがとても重要と感じている」 2)視覚障害者Bさん(弱視の男性、中途視覚障害、 50代、大学卒、障害等級2級) 3)視覚障害者Cさん(全盲の女性、中途視覚障害、 40代、高校卒、障害等級1級) Bさんがパソコンを使いだしてから14年。最初の音声 Cさんはパソコンをさわりだして9年になる女性であ ワープロが出たとき、たいへん高額であった(一式100 る。パソコンに詳しいというわけではない。音声ワープ 万円)が、これで文章が書け仕事ができると、当時のボ ロが個人で買えるようになったというので、使い方を必 ーナスをつぎ込んで思い切って購入した。それからは新 死で覚え、購入した。だからワープロは使えても、他の しい音声ワープロに乗り換えながらパソコンを使い続け ことやMS–DOSは分からない。言葉を聞いたことがある てきた。当然パソコンを買い換えながら、その中で 程度である。パソコン−彼女にとってはワープロ−は必 MS–DOSも覚え、パソコン通信も使えるようになった。 要なときに使うだけで、あるといいけど無いと生活に困 今では毎日パソコンを使っており、仕事でも、日常生活 るというほどではないと感じている。インターネットを でもパソコンがないと成り立たないようになった。 始めたくてパソコンを買い換えたところで、今はいろん 「インターネットを使い始めてからは9ヶ月くらい。 情報を得やすいとの思いから利用を始めた。操作の仕方 な準備中である。早く使えるようになりたいが、難しい のはイヤだと思っている。 は友人から教わった。用途としてはホームページを見る 「インターネットを始めたいと思ったのはホームペー こととメール交換である。インターネットを利用するよ ジを見て(聞いて)みたかったから。情報を得たい。い うになって他人の言う話題が分かりやすくなり、自分の る・いらないも含めて自分で情報を集めてみて選択でき 意見も伝えやすくなった。話題の反応が早いのも嬉しい。 ると思ったのが動機です。インターネットの使い方は友 何かあったときのためにサポートしてくれる友人を確保 人に教わる予定。メールを使えるようになりたいと思っ している。今ほしいサポートはホームページを耳で聞い ています。インターネットだと話題の反応が早そうな気 て使いこなす方法。サポートを得る先は友人、サークル がします。パソコンに限らず、これまでも、これからも などの会合、企業や販売店の有償サービスなどを使って 人のサポートを得られるように心がけてきました。サポ いる。インターネットは新聞・雑誌より情報が得やすい ートについてはホームページはもちろんメールの使い方 と感じる。使うようになってから、周りの人の自分を見 やパソコンの買い方、実際のセッティングまで助けて欲 る目も多少変わってきたようだ。自分でも知識や情報の しいです。実際にサポートをしてくれる友人はいちおう 入り方、関心が拡がったように思う。友人がインターネ 確保しています。インターネットを利用するようになっ ットに興味を示したときは利用を勧めるようにしてい てもテレビやラジオ、新聞・雑誌と比較しようとは思い る。サポートとしては学校や施設による利用指導、業者 ません。情報を得る選択肢のひとつが増えたかなという によるサポート、ボランティア団体の協力を期待してい 感じです。自分がまだ分からないので友達のサポートは る。インターネットを初めて周囲の話題について行きや してあげられません。それよりも、自分で学びたくても すくなった。今後は音声利用によるホームページアクセ 学べない現状があります。まず自学自習する環境があっ スがもっと快適になることを望む。どうしても不要な情 て、それで足りないときにそれを補うものが次にくるべ −84− インターネットにおけるデジタルデバイドとコンピュータ・リテラシ(康・三上) きと私は思います。サポートや応援はそれをする人のこ うだ。ハードやソフトウェアの壁を越えても今度は問題 とばかりいわれるけど、 『(誰かに)してもらうしんどさ』 がネットワークの中から現れてくる。シンプルな初期の を知らない人がいっぱいいます。サポートに限らず、私 HTMLで書かれたホームページなら問題はないが、視覚 は欲しいものはお金を払ってでも欲しいし、タダでもイ に訴える高度な表現を可能にするHTML表記の拡張や規 ヤなものはイヤです。実際は『タダでもらえるんならも 格外の使われ方が、皮肉にもやっと音声ソフトにより可 らっとこか。金を出すのはいやや』という人は多いです 能にしたインターネット・アクセスを けど。これはタブーみたいなもんやけど『障害者は<障 ⑨「どうしても不要な情報まで聞かなければならなく 害>という逃げ道』を持ってることを知ってはりますか。 なる」ものにし、使いにくいものにしてしまっている現 責任ある自由ではなく、責任のない自由を求めてる人も 実に困惑している。インターネットの世界にはすでに いるんです。インターネットを使えるようになって、私 W3Cによる「障害者のアクセス規定」6)が定められてお は自分を豊かにしたいと願っています」。 り、障害者の利用にも支障のないHTML規格やスタイル シート(CSS)などの活用法が定められているが、利用 各人各様のコメントが得られた。なかには直接インタ 者の裾野の広がりにモラルの定着が追いついていない。 ーネットとはつながらないが、たいへん重要な指摘もあ しかし刮目すべきは次の発言である。 る。ここでは、共通項と特異点について整理してみたい。 ⑩「障害があっても(インターネットを)利用できる インターネット利用を思い立ったきっかけは、 となってしまったら、自分も使えるようにならないとい ①「情報の得やすさ、豊富さに期待して」という点で けないと言う思いがある。コンピュータを使わずに生き 共通している。 ていられたときはある意味ではラクだった。なまじ使え ②「ホームページの閲覧やメールの利用」に関心が高 るようになったために『使わねばならない』という感覚 がある」7)という指摘である。新しいインフラストラク く、実際に利用してみても ③「世間の話題に対する反応が早く」、 チャが十分なユニバーサル・サービスとして育つには、 ④「新聞や雑誌より(求める)情報が得やすく」なっ すべての利用者を視野に入れたリテラシ育成の前提があ たと感じると答えている。 って可能だということを強く示唆している。インターネ 他人との話題との接点が増え、 ットは非常に効果的なコミュニケーション手段にはなる ⑤「他人の意見が分かりやすく、自分の意見が伝えや が、けっしてすべてではない。新しい技術を情報弱者を すくなった」と評価も出ている。これはインターネット 生む差別の手段に転嫁させない智恵が必要なのである。 の持つハイパーテキストの考え方、コンテンツの親イン 3.デジタルデバイドについて デックス性のメリットを図らずも浮かび上がらせている。 インターネットは利用者が相互に対等で、双方向性を インターネット利用の始まりに際しては ⑥「サポーターが必要」と強く感じており、ことにイ 持つ水平的なネットワークである。しかしインターネッ ンターネットはソフトウェア(ブラウザ)の操作よりも、 トがドッグイヤーともいわれる技術革新の真ん中にある ⑦「セッティングの方がよほどたいへん」と難しさを システムである以上、利用者にスキルのあるなしが決定 強調している。インターネットは便利だけれども、利用 的な力のファクタとなり得る。すでにカリフォルニア州 以前にパソコンの操作習得や環境設定という前提条件の のロスアンゼルスやサンフランシスコなどのシリコンバ 敷居が高いと感ずるのは障害の有無を問わないようであ レイ周辺ではIT関連産業や情報の収集分析に従事する る。 「情報専門家・情報エリート(information professional)」 と呼ばれる層と、その人々に提供する飲食や娯楽・クリ そのサポートについても頼りにしているのはやはり友 ーニングなどのサービス業に従事する人というような、 人で、 ⑧「業者やボランティア団体に期待する」思いはあっ 労働者層の2極化(polarization)が起こっている。こ ても人のネットワークへの信頼が強いことは象徴的であ のような「情報機器を扱える人とそうでない人との間で る。サイバーネットワーク・コミュニティとヒューマ 情報の格差が生まれ,単に情報だけでなく経済的にも格 ン・コミュニティの差がこんなところから見えてくるよ 差が広がる現象」はデジタルデバイドといわれる。コン −85− 政策科学8−1,Sep. 2000 ピュータ・リテラシの有無が社会的富の再配分を著しく のような知識や理解はこのネットワークシステムを利用 不均等にする「二重構造」を都市部に形成しているので するのに必須というものではない。一般の利用者はイン ある。公平で対等なネットワークを実現する環境を開発 ターネットを構築する専門性が必要なのではなく、イン し、構築する仕事に新たな格差の構造が生まれるという ターネットを使ってコミュニケーションや生活様式をデ パラドクス。こういう逆説はなぜ起こるのか、インター ザインする知恵を生みだすリテラシを求めている。例え ネットそのものの特徴を点検してみた。 ば、自動車の普及に見られるような高度の技術革新とイ ①中央集権的な全体に公平に影響力を行使する管理機 ンターフェイスの成熟は、運転免許証所持者のそうでな 構がない−これはまさにインターネットのもつメリット いものに対する優越性をほとんど無意味なものにした。 の裏返しである。見方を変えれば、我々が従来なじんで インターネットはそのようなインフラストラクチャにな きた政治や管理の思想がインターネットの世界にミスフ るべきものなのである。 ィットすることからくる座りの悪さとでもいうべきもの Ⅳ.インターネットをユニバーサル・サービスに である。ネットワークを利用する上でのグローバルなリ ソースの分配調整や、それをめぐる紛争をさばくメカニ インターネット活用の実例に触れてみた。そこでは自 ズム、組織を人類は今のところ持たずにいる。 ②スキルを伝えるリテラシ育成システムの未熟−イン 由に知識や情報を交換できる環境の中では、人間がそれ ターネットは普及の過程にあるとはいえ、未だすべての をどう使っていくか、きちんとした使い方を知っている 人に使いやすいインフラストラクチャにはなり得ていな かが重要なポイントとなることが浮かび上がってきた。 い。情報を流す回線の確保や、より簡便なハードウェア 使う人が等しく便益を享受できるリテラシがあってこ の開発という物理的問題の他に、これらの機器を利用す そ、インターネットは電話や信号、学校などと同様なユ るための操作スキルの開発と、異文化交流を視野に入れ ニバーサル・システムに育ち得る。インターネットは個 たコミュニケーション・モラルを伝える教育システムは 人に自由な視点を許し、新しい知識体系の創出と工夫を 未熟である。いわゆる「読み、書き、そろばん」のあと 非常に多くの人に共有されながら伝わっていくという属 にインターネットが続いて語られるリテラシ育成を図る 性を持つ。それぞれにユニークな独立した組織(ネット 教育システムは確立されていない。これが利用の困難さ、 ワーク)で構成される多組織間ネットワークは参加と離 ひいては新しい情報格差を生む温床ともなっている。 脱の自由を優れて個人に帰属する。言い換えれば自律的 ③ソフトウェアの暴力−いみじくもインタビューの中 な個人の行動原則にすべてが委ねられており、他律的な にも現れてきたが、自分の意図とは無関係に、よそから 規範や強制力の届きにくい世界なのである。これは社会 追い立てられ、みんなが新しいものをどんどん導入しな の強制力という束縛から開放された逆説と見ることも可 ければならない、使えるようにならなければならないと 能であろう。常識や法律などの他律的な社会規範はそれ いう一種の脅迫的追いつめ状態が延々と繰り返されてい 自身によってある特定のコミュニティの共同利益を守っ る。技術革新のスピードとエネルギーがそれほど爆発的 ている。個人が等しく従わざるを得ない強制力を通じて に高いと解釈することもできるが、これを追い続けられ 社会に現れる個人間、企業間、組織間の利益調整を行う る人はほんの一握りであろう。 機能を持たされているからである。インターネットの社 会では自らを守り、他者の利益を損なわない行動原則は ④水平性への過剰な幻想=デジタル・デバイドの成 立。自由な情報交換をめざしつつも、そのゆえに不法な エチケットの範囲を越えてはいない。にもかかわらず、 利用を防ぐ多様な規制を設置せざるをえないコンピュー ネットワークに参加するメンバーの安全と利益が守られ タ・ネットワークがインターネットといっても過言では (サイバーな)<社会>がさほど大きな問題もなく維持 ない。情報を守るという大義名分、コンピュータ・リテ されていること自体、ある意味で驚異的なことなのであ ラシの格差が、時に非常に直截な垂直的人間関係を示す る。 ことを我々はすでに知ってしまっている。インターネッ インターネットには成立過程そのものにサイバースペ トのハードウェア的環境構築やソフトウェア設定などの ースという<場>を維持する準行動原則ともいうべきも スキルは、道路や家屋建築にも似た専門領域であり、そ の−ベストエフォートと自律分散性−があることを指摘 −86− インターネットにおけるデジタルデバイドとコンピュータ・リテラシ(康・三上) したが、この原則やエチケットが将来にわたって守られ、 (コンピュータの操作や応用、統計学やデータベースの 周知され、洗練される保障は期待値以上にはどこにもな 活用と分析、データ解析の手法等)としてスキルが与え い。しかし、インターネットの可能性はその規模や時間 られる。しかし、ここではそのような高度なリテラシに 感覚、水平性などの新規性のゆえに、未だ人類が経験し ついて論じているのではない。いかにもコンピュータを たことのない事実を毎日創出し続けている。そこには 操作しますという難しいスキルでなくとも、すでにイン 我々がまだ気づかない社会規範や行動原則に代わる何も ターネットの利用は携帯電話やゲームマシン、Web–TV のかがあるのではないか。それを念頭に置いた上で、イ などを通して可能となった。「読み、書き、そろばん」 ンターネットのユニバーサル・サービスとしての機能、 の文節にくっつく「インターネット」というメディアを 特色を探ってみた。 利用する際の国内・国外とのコミュニケーションマナー の躾(素養)を言いたいのである。 ◎特色 Ⅴ.おわりに ①対称で対等なコミニュケーションモデルの誕生−子 ども、障害者、高齢者が自分の所属するコミュニティの 制約を越えて、外部の人と対等に取り結ぶことを可能と 本論文では、インターネットに着目し、ネットワーク する。 空間上に現れる水平な<つながり>のもたらしつつある ②匿名性が保持されながら複票の有無やコミュニティ 新しいコミュニティ形成の可能性と、これを下支えし、 属性の確認が可能になる−暗号技術使用による電子投票 歪ませることなく発展させるのに必要なリテラシについ や直接民主制の可能性。 て考察した。その中ではベストエフォートと自律分散性 ③優れた倫理モデルの高速な伝播と普遍性獲得の期 という技術デザインにより特色づけられたインターネッ 待−インターネットでは詐欺や、デマ、犯罪などの何か トというメディアのもつ可塑性−新しい機能を付加し、 良くないことが起きると、それについての情報が同じ速 成長を続ける可変性−が新しいユニバーサル・サービス 度か、より速い速度で流れ、それへの対策がどんどん生 誕生への連関を予感させることを確認した。他方、この まれていくという関係がある。 まだ育ちつつある変化の激しいメディアは、その姿や働 ④情報化がもたらすマイノリティへのエンパワーメン き、性質をどんどん変えながら、新たな情報デバイド、 ト−資本の有無にかかわわらず情報の発信を可能にし、 所得デバイドという問題を引き起こしつつあることも指 暗号使用により情報の秘匿性も個人レベルで獲得でき 摘し、これを克服するには異文化間コミュニケーション る。組織を持たぬ個人の知的影響力を発揮することが可 を前提にした、コミュニケーションモラルの育成と教育 能となる、などがあげられる。 をリテラシとして確立することが急務であることに言及 我々がインターネットで手に入れたものは、人類が地 した。新しいメディアは新しい社会的結びつきを創成し、 球全体の広さで極めて自由に行う人間同士のコミュニケ 新しい社会=ワイアード・ソサエティの成立を予感させ ーション環境である。これを使いこなすには、マナー、 てくれている。それは我々を取り巻く<環境>が変わっ 教育、智恵、文化の再構築が必須であろう。技術が開い たということであり、環境の変化と呼応しながら常識 た可能性と危険性を冷静に観察し、どのように育てて行 の<解釈>が新しいものになり、新しい集団による、新 くかの合意が社会で形成され、共有されねばならない。 しいガバナンスモデルのの必要と誕生を示唆している。 新しい地平を実り豊かなものにするために今与えられつ メディアの開発と普及が人類に平等をもたらすものとし つある新しいインフラストラクチャを使いこなす適切な て生起した歴史を振り返るならば、我々はワイアード・ リテラシ教育が急務なのである。リテラシ教育を語ると ソサエティのもたらすものが社会や組織の平等と幸福を き、往々にして大学教育等では「情報と社会・人間との 支えるものにする叡知を養わなければならない。ワイア 関わりを理解する」といわれたり、「情報科学を社会科 ード・ソサエティの統治モデルを構築すること、異文化 学に応用できる能力を育成する」という文脈で話される 間のコミュニケーションを支えるスキルを具体的に開発 ことが多い。むろんその中で情報というものに対する考 すること、コミュニケーションモラル普及のためのリテ え方や特性についての知見が与えられ、情報リテラシ ラシ育成が今後の課題である。 −87− 政策科学8−1,Sep. 2000 注 れる。 1)ネットワークが相互にネットワークされるInter(中間 5)グラフィカルユーザインターフェイス。パソコンの画面上 の)-net(伝送網)というシステムは、ネットワークそのも にアイコン(絵文字)などの視覚的に判断しやすい表示を出 のが互いに自律して運用されており、全体のネットワークを して,それをマウスで捜査することによってソフトウェアを 集中的に管理する権限の持ち主がいないことを特徴とする。 これは誰かにネットワークをコントロールされたり、何らか 利用することができるシステム。 6)W3コンソーシアム 障害者のアクセス規定(Web Content の利権で利用されることが無いという意味を包含しており、 ネットワーク・コミュニケーションの水平性、対等性確保の Accessibility Guidelines 1.0) http://www.w3.org/TR/1999/WAI-WEBCONTENT-19990505 根拠となっている。インターネットは自律分散性のゆえに、 7)逆説的だが、自身、視覚障害者である石川のイネーブリン 今後いくらつながるネットワークが増大しても、それにあわ グ・テクノロジー(enabling technology)の持つアイロニーに せてネットワークをつなぐ力が増え続ける直線性を内包して 対する洞察は傾聴に値する。障害の社会的克服論の現代バー いる。この2つの技術的特徴が、「システムは完全でなくて ジョンとしてイネーブリング・テクノロジーをとりあげ、そ も機能的に有効な実用性を確保する事は可能である」こと、 の本質は「より多くの人が有能でいられる社会、落伍者を出 「地理的な制限は無視できるほどに隠すことが可能で、地球 さない能力主義の社会では真の『障害者』はいっそう疎外さ 上のどこにいても公平なコミュニケーションは可能である」 れる可能性を持つ」として、ユニバーサル・デザインの思想 という考えをもたらした。それがベストエフォートと自律分 にも同様の能力主義がもつ「障害者」排除の両義性を見抜い 散性というインターネットの根幹的技術デザインである。 ている。 (石川准, 「障害、テクノロジー、アイデンティティ」, 2)アメリカの作家、ウィリアム・ギブスンが小説「ニューロ 『障害学への招待』,石川准・長瀬治,明石書店1999,p65- マンサー」の中でコンピュータが作り出す「世界」を指す概 74.) 念としてつくったことば。 3)ヴァージニア・シェイにより提唱されたオンライン上で求 参考文献・資料・URL められる振る舞い方。 【著書・論文】 Net + Etiqqeteから作られた造語。10項目の基本的ルール をもつ。 1)Axelrod,R. 1984 The Evolution of Cooperation. 松田裕之訳, 1)向こうには人間がいることを忘れない 『つきあい方の科学 −バクテリアから国際関係まで−』, 2)現実の生活で守っているのと同じ行動の標準にオン HBJ出版局,1987. ラインでも従う 2)古瀬幸広・広瀬克也,「インターネットが変える世界」,岩 3)サイバースペースの中のどこにいるかを知る 波新書,1996. 4)他人の時間と帯域を尊重する 3)石川准,「障害、テクノロジー、アイデンテティ」,『障害 5)オンラインでよく見えるように努める 学への招待』,石川准・長瀬治,明石書店, 1999. 6)専門知識を分け合う 4)木村忠正・日本マルチメディアフォーラム・公文俊平, 7)フレーミングの喧嘩の節度を守る 「第二世代インターネットの情報戦略」,NTT出版,1997. 8)他人のプライバシーを尊重する 5)公文俊平編,『ネティズンの時代』,NTT出版,1996. 9)自分の権力の濫用を慎む 6)村井純,「インターネット」,岩波新書,1995. 10)他人の間違いを許す 7)村井純,「インターネットⅡ」,岩波新書,1998. (ダニエル・ドラン,「電子的に仲介された共同体の有望 8)Shea,V. 1994 Netiquette. San Fransisco:Alubion Books. な前途」,『ネティズンの時代』,公文俊平編,NTT出版, 1996,p131.) 4)日本ではNTTによる市内通話料金の価格決定力と市内回線 【URL】 交換機使用の独占が長らく通信コストの高止まりの原因とな 1)The Netizens and the wonderful world of the Net. っていたが、2000年7月18日、九州・沖縄サミットを前に開 http://www.cs.columbia.edu/~hauben/netbak かれた日米規制緩和協議の場で、NTTの市内交換機使用料 2)World Wide Web Consortium (W3C) と市内通話料金の引き下げが具体的に決まった。NTT地域 http://www.w3.org/ 会社の接続料引き下げは、2000年末から3年間で22.5%引き 3)Web Content Accessibility Guidelines 1.0) 下げ、うち最初の2年間で全体の引き下げ幅の9割にあたる W3コンソーシアム 障害者のアクセス規定 約20%引き下げを前倒し実施することで最終合意された。 http://www.w3.org/TR/1999/WAI-WEBCONTENT-19990505 (朝日新聞、2000年7月19日朝刊)2004年までには市内通話料 金の水準が欧米並み(月額2500円程度)になることが期待さ −88−