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モバイルエージェント研究の最新動向調査

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モバイルエージェント研究の最新動向調査
2004 年度 卒業論文
モバイルエージェント研究の最新動向調査
提出日:2005 年 2 月 2 日
指導:山名 早人 助教授
早稲田大学理工学部情報学科
学籍番号:1G01P019-4
生方 勇
概要
近年、分散システムの実装技術としてモバイルエージェントが注目されてい
る。セキュリティ、異種フレームワークの問題により普及できていないものの
ローカルアクセス、負荷分散、耐故障性向上、不安定なネットワークへの対応、
処理能力格差の向上、という利点により数多くの研究がなされている。応用例と
してはネットワーク巡回監視、データの検索、グループウェア、移動ユーザーへ
の情報提供、フィルタリングがすでに提案されている。
本論文では、モバイルエージェント研究の現状についての調査結果を報告す
る。調査範囲は、2001-2004 年の情報処理学会論文誌、情報処理学会研究報告、電
子情報通信学会論文誌、電子情報通信学研究報告である。セキュリティ、フレー
ムワーク、モバイルエージェントの応用を軸にまとめた。
目次
1.はじめに
2.モバイルエージェント技術の概要
3.モバイルエージェントの利点
3.1 ローカルアクセス
3.2 負荷分散
3.3 耐故障性向上
3.4 不安定なネットワークへの対応
3.5 処理能力格差の軽減
3.6 まとめ
4.モバイルエージェント技術の課題
4.1 セキュリティ
4.2 フレームワーク
4.2.1 異機種間の移動の実現
4.2.2 進化するフレームワーク
4.2.3 開発方法論
4.3 モバイルエージェントの位置把握
4.4 まとめ
5.モバイルエージェントの応用
5.1 ネットワーク巡回監視
5.2 データの検索
5.3 グループウェア
5.4 移動ユーザーへの情報提供
5.5 フィルタリング
5.6 まとめ
6.おわりに
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5
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i
1.はじめに
モバイルエージェントとは、ネットワーク上のコンピュータを移動しながら
処理を進めるプログラムである。モバイルエージェントが移動する際には、プロ
グラムコードだけでなく、実行状態も移動するという特徴がある。そのため、移
動先のコンピュータで移動前の実行状態から処理を継続することができる。
モバイルエージェントの利点は、分散処理における通信遅延および通信回数
の削減、負荷分散、耐故障性の向上などである。これらの利点があるため、モバ
イルエージェントは次世代の分散処理システムとして現在注目を集めている。
ネットワーク上を移動するプログラムとしては、モバイルエージェントが始
まりではなく、Process Migration、Remote Evaluationというプログラムの移動技術
が従来から研究されてきた。これらの技術は負荷分散や耐故障性の実現に主眼
をおき、プログラムは受動的に移動を行っていた。一方、モバイルエージェント
は移動性を積極的に利用し、より高度の処理を実現するという概念を含んでい
る。
しかし、現状では、セキュリティ、フレームワークの問題により、モバイル
エージェントは普及を妨げられている。モバイルエージェントの応用技術とし
ては、ネットワーク巡回監視、データ検索、グループウェア、移動ユーザーへの
情報提供、フィルタリングなどが提案されている。
本論文では、モバイルエージェントの2001-2004 年の研究現状について調査し
た結果を報告する。調査対象は情報処理学会論文誌、情報処理学会研究報告、電
子情報通信学会論文誌、電子情報通信学会研究報告である。
2 章ではエージェント研究におけるモバイルエージェント研究の位置づけを
行う。3 章ではモバイルエージェントの利点としてローカルアクセス、負荷分
1
散、耐故障性、不安定なネットワークへの対応、処理能力の違いを取り上げ、関
連研究を交えて解説する。4 章ではモバイルエージェントの課題としてセキュリ
ティ、フレームワーク、モバイルエージェントの位置把握を取り上げ、現在の研
究現状を述べる。5 章ではモバイルエージェントの応用例として情報検索、グ
ループウェア、インフラとの協調を挙げ、その可能性、問題点について述べる。6
章ではモバイルエージェント研究を見渡し、今後の展望を述べる。
2
2.モバイルエージェント技術の概要
エージェントとは、現在非常に広い意味で使用されていて、明確な定義はな
い。エージェントとは文字通り「代理人」という意味で使われる言葉であり、人
間に成り代わって自律的に仕事をするソフトウェアを一般的にエージェントと
呼んでいる。エージェントには応用分野に応じて大きく分けて以下の3つのタイ
プに分類することができる[1]。
(1)人工知能分野
思考、意思決定、学習など人間の知能を代行してくれるものをここに分類す
る。インテリジェントエージェントと呼ばれることも多い。
(2)ヒューマンインタフェース分野
ヒューマンインタフェースを高度化し、コンピュータを擬人化した高度なイ
ンタフェースを持つものが考えられるようになっている。表情をもったコン
ピュータや人工生物のような感情をもつコンピュータを目指した分野である。
(3)分散処理システム分野
ネットワークでつながったプロセス同士が協調しあい、分散処理を実現する
分野である。インテリジェンスは前二者に比べて高くない。モバイルエージェン
トはこの分野に属している。
以下、モバイルエージェントの特徴を述べる。
モ バイルエ ージェン トの移動 や実行を 行うには 、エー ジェント プラット
フォームと呼ばれるソフトウェアをあらかじめ動作させておく必要がある。こ
れはエージェントの実行を管理・制御するとともに、エージェントの送受信を
行うソフトウェアである。
モバイルエージェントの移動方式は、持ち運ぶ内部情報によって強モビリ
3
ティと弱モビリティの2通りに分類することができる。モバイルエージェント
がコード領域、データ領域、実行状態領域から構成されているとする。コード領
域とは、エージェントの振る舞いを決めるプログラムを格納する。データ領域は
エージェントの持つデータを格納する。実行状態領域は、局所変数やプログラム
の呼び出し関係を保存するスタックと、プログラムの現在の実行箇所を示すプ
ログラムカウンタを格納する。強モビリティではこれらの領域すべてを移動す
るが、弱モビリティでは実行状態領域を移動しない。
強モビリティの特徴は、エージェントの移動を含んだプログラムを自然にか
つ簡潔に記述可能な点である。一方で、既存のプログラミング言語処理系に適用
することが難しく、さらに持ち運ぶデータ量が多くなり実行速度を向上させる
ことが難しいという課題がある。弱モビリティの特徴は、プログラムの記述はや
や煩雑になるが、機構が単純であるため既存のプログラミング処理系に実現す
ることが容易である。また実行状態領域を移動しないためエージェントの移動
性能の向上、すなわち移動速度の高速化および移動に必要な通信データ量の削
減が期待できる。
4
3.モバイルエージェントの利点
本章では、モバイルエージェントの利点を挙げる。また、利点を活かした応用
例を取り上げ、解説する。
3.1
ローカルアクセス
情報量の多いデータベースから情報を検索する際に、検索結果の全てをユー
ザーへ返すと回線に大きな負荷がかかってしまう。そこでモバイルエージェン
トが、データベースサーバーから検索結果をフィルタリングして情報の選定を
行い、ユーザーへ返すことで回線にかかる負荷を軽減することができる。情報の
選定方法としては例えば、あるデータサイズを越えていた場合にユーザーに、こ
のまま結果を返すのか、さらなる絞込みを行うか、などを問いかけることで実現
できる。今後、情報量の多いマルチメディアなどの検索が一般的になってきた際
にこの特徴は有効である。
例えば、何ら[2]は、ローカルアクセスの利点を生かしたデータ検索システムを
構築している。また、モバイルエージェントの移動手法にデータマイニング手法
であるバスケット分析を応用することで、分散された環境における漏れの少な
いデータ検索を実現した。
3.2
負荷分散
現在のクライアント・サーバモデルは、サーバの物理構成が固定化されてい
る点に大きな制約がある。大規模な構成になった場合にはサーバの分散化が必
須であるが、特定のサーバに負荷が集中したとき、これを効率よくサーバ間ある
いはクライアント間で分散させることが困難である。さらには機能がサーバに
集中しているため、サービスの追加変更、クライアントの追加削除をシステムを
5
止めずに行うことが難しい。これに対し、モバイルエージェントを用いたシステ
ムではクライアント、サーバといった主従関係がなく、クライアントとサーバの
機能を自由に構成することができる。さらに、モバイルエージェントをネット
ワークの中でダイナミックに移動させることができるため、空いているリソー
スを探して処理を委託したり、サーバ機能を端末に一時的に委託したりといっ
たことが可能になり、ネットワークのリソースを有効に利用することができる。
インターネットの環境ではリソースが遊んでいる時間が多いにもかかわらず、
サーバのボトルネックでアクセス性が犠牲になっている場合が多い。ネット
ワーク上のリソース全体にわたって負荷分散が可能なモバイルエージェントシ
ステムはこれからのインターネットにおける重要な技術となるものと考えられ
る。
たとえば、長橋ら[3]は、クライアント・サーバモデルの欠点として信頼性、セ
キュリティ、安定電源、メンテナンスの4点を指摘し、モバイルエージェントを
用いて負荷分散を実現しながらファイル検索を行なうシステムを構築した
長ら[4]は、電力系統巡視システムをモバイルエージェントを用いて実装した。
中央制御のシステムと比較して通信量を削減し、巡視所要時間を減らすことが
できたと報告している。今後は、エージェントのサイズおよびメモリ資源使用量
を削減し、更なる効率の向上を目指している。
天田ら[5]は、モバイルエージェントを用いてサーバを必要としないP2P 情報
交換システムを構築した。Shadow Agentという補助エージェントを生成するこ
とで、モバイルエージェントに障害が発生した際にも復旧を行なう仕組みを導
入している。
西田[6]らは、分散制約充足系に対して、モバイルエージェントを用いた通信と
6
通常の通信の総通信量を比較、考察した。その結果、通信量が多くかかる問題に
対して、モバイルエージェントの導入により通信量を減らすことができると結
論付けた。
3.3
耐故障性向上
所定時間後にシャットダウンするコンピュータや計算負荷が高いコンピュー
タから、他のコンピュータへとモバイルエージェントが移動することで、その移
動先でそのまま処理を継続させることができるため、耐故障性が向上させるこ
とができる。
たとえば、小川[7][8][9]は、ソフトウェア工学の視点からモバイルエージェン
トの耐故障性に関する考察を行なっている。
金子ら[10]は、携帯機器のバッテリ切れによる意図しないアプリケーションの
終了を回避するためにモバイルエージェント技術を導入してアプリケーション
の退避を行なう方法を提案している。
重安ら[11]は、組み込み機器ネットワークにおいてネットワークが切断されて
いてもサービスの処理を継続するための手法としてモバイルエージェントを導
入し、実装している。
3.4
不安定なネットワークへの対応
携帯電話やPDAなどの小型携帯端末を使用する際には、不安定かつ低速な無
線ネットワークを使用する必要があるため、通信先との通信回数の削減が求め
られる。そこでモバイルエージェントに処理の内容を記述して移動させること
で、無駄な通信回数を減らすことができる。また、常時接続の必要もなくなる。
7
たとえば、石川ら[12][13]は、Webサービス連携に無線通信路を考慮する必要
があると考え、モバイルエージェントシステムを用いて無線通信路に対処する
ための意味定義を形式言語 Mobile Ambientsを用いるWebサービスに特化したフ
レームワークを提案し、通信量、不安定な通信路を考慮した評価を行なった。通
信量、通信路と、共にモバイルエージェントを利用することの利点を示す結果を
得ている。
太田ら[14]は、常時接続を必要としない教育支援を行なうためにモバイルエー
ジェントを導入し、さらに教育機能の拡張がモバイルエージェントの利用によ
り簡素化されると結論付けた。
服部ら[15]は、ユーザーの状況を認識して情報サービスの提供を行なうシステ
ムにおいては、提供タイミングを最適化する必要があると述べている。この問題
に対し、モバイルエージェント技術を用いた通信遅延の軽減方法を提案し、考察
を行い、モバイルエージェントを用いた方式が有効であることを示している。
3.5
処理能力格差の軽減
ユビキタスネットワークにおいて、携帯電話や情報家電などは設置型のPCと
比べて処理能力が低く、高度なサービスを与えることが難しい。PCと携帯端末
の間をモバイルエージェントが仲介することで、両者の処理能力の格差を埋め
ることが可能になる。
たとえば、谷澤ら[16]は、移動するユーザーへのサービス提供方法としてユー
ザーの移動を追随しながら移動するモバイルエージェントを導入することで、
携帯端末とサービス側との格差を埋め、さらにはパーソナライズされたサービ
スの提供が実現できると提案し、病院内において患者への道案内を行なうアプ
8
リケーションへ応用した。田中ら[17]は、携帯電話を使用して多数のサイトから
携帯電話向けコンテンツを探すのが面倒であるという問題に対し、モバイル
エージェントを応用し、コンテンツを収集し個人専用のコンテンツメニュー画
面を動的に生成する方法の提案をしている。
3.6
まとめ
本章では、モバイルエージェントの利点を挙げた。また、利点を活かした応用
例を取り上げ、表 1にまとめた。その結果、負荷分散性を利用した応用例、不安定
なネットワークへの対応を利用した応用例の数が多いことがわかった。付加分
散性に関しては、クライアント・サーバモデルとの通信量を比較することで評
価を得ることができるため、応用例の数が多くなったのだと考える。不安定な
ネットワークへの対応に関しては、携帯電話などの普及により無線通信が一般
的な技術になったという点と、モバイルエージェントが無線通信に対して特に
利点を発揮できるため、応用例の数が多かったのだと考えた。
9
モバイルエージェントの利点とその応用例
応用例
ローカルアクセス
データ検索[2]
負荷分散
ファイル検索[3]
電力系統巡視[4]
P2P 情報交換[5]
分散制約充足系への導入[6]
耐故障性向上
バッテリ切れによるアプリケーション退避[10]
組み込み機器ネットワークへの導入[11]
不安定なネットワークへの対応
Webサービス連携[12][13]
教育支援[14]
状況を認識した情報提供[15]
処理能力格差の軽減
道案内システム[16]
携帯電話向けコンテンツの検索支援システム[17]
表
10
4.モバイルエージェント技術の課題
本章では、モバイルエージェント技術における課題をセキュリティ、フレーム
ワーク、モバイルエージェントの位置把握の3つに分類し報告する。
4.1
セキュリティ
セキュリティは、モバイルエージェント研究の中で最も重要かつ難題とされ
ている。モバイルエージェント研究においてのセキュリティには、
・ 悪意あるモバイルエージェントから移動先ホストを守るセキュリティ
・ 悪意あるホストからモバイルエージェントを守るセキュリティ
の2通りがある。モバイルエージェントからホストを守るセキュリティを考え
る際には、従来から研究されているウイルス対策を考えればよいが、ホストから
モバイルエージェントを守るセキュリティを考える際にはそう簡単にはいかな
い。
その理由は、モバイルエージェント研究が始められるようになった1993 年以前
まで研究されることのなかった分野であり研究自体が新しいからである。また
モバイルエージェントがさまざまなホスト上を移動し、実行されるという性質
上、どのホストが悪意のあるホストなのかを判別しながら移動することが困難
であるからである。本節では、モバイルエージェントのセキュリティに関する研
究をまとめる。
渡邊ら[18]は、モバイルエージェントシステムの分散特性を損ねることなくモ
バイルエージェントセキュリティを実現する方法として、動的関係ネットワー
クを適用し、評価を行なった。動的関係ネットワークとは、診断能力をもったユ
ニットが相互に診断し合い、各自の信用度を決める分散自己診断モデルである。
全体に占める誤動作ホストとエージェントの割合が0.35 以下の場合には、適切
11
に誤り検出できるという結論に至った。しかし、実際のモバイルエージェントシ
ステムに対して信用度をどのように設定するのかといった検証にまでは至って
おらず、実用化は難しい。
宇田ら[19]は、モバイルエージェントが移動する際に通過するホスト上でハッ
シュを多段に組み合わせてモバイルエージェントの認証を行なう手法を提案し
た。ハッシュのみで認証を行なうことで公開鍵暗号を用いた認証と比較して高
速に行なうことが可能であると述べている。しかし、この方式ではモバイルエー
ジェントの移動経路をあらかじめ把握しておかなければならず、全てのモバイ
ルエージェントシステムに適用することはできない。
春木ら[20]は、暗号・復号機能、認証機能を持ったハードウェアの存在を移動
先ホストに仮定することで、モバイルエージェントを保護する手法を提案して
いる。
小手川ら[21]は、モバイルエージェントを完全に保護することは不可能である
と考え、トレースを用いたリアルタイムな改竄検出を行なう方式を提案してい
る。この方式の大きな利点は、ホスト上でモバイルエージェントがどのように振
る舞ったかを把握できることである。一方、欠点として、本来の実行に加えて検
証のためのシミュレーションとしてモバイルエージェントを再実行するため、
より多くの実行コストを必要としてしまうことがあげられる。また、盗聴などの
ように、モバイルエージェントが攻撃を受けてから対処をしたのでは遅いとい
う問題点もある。
4.2
フレームワーク
本節では、モバイルエージェント研究のうち、フレームワークに関連した研究
12
として、異機種間での移動の実現方法、進化するフレームワーク、開発方法論の
3つに分類し、報告する。エージェントアプリケーションにおいて、モバイル
エージェントはネットワークを自由に移動することで利点をあげることができ
る。ところが、現在開発されているモバイルエージェントシステムは、エージェ
ントの表記方法や実装方法がそれぞれ異なるために、異種フレームワーク間で
モバイルエージェントが物理的に移動することは難しい。また、モバイルエー
ジェント技術そのものが、登場したのが1993 年であり比較的新しいため、現在も
フレームワーク自身が急速に進歩しているという状況である。そのため、特定の
フレームワークの、特定のバージョンの上に構築したシステムに対し、その後の
フレームワークのバージョンアップに対応させたり、異なるフレームワーク上
のシステムと連帯させたりするといったことが困難であった。フレームワーク
間で処理手順保持形式が異なる場合において、モバイルエージェントシステム
を実現するためには、モバイルエージェントの処理手順や実行状態を抽出し、解
釈し、翻訳する必要がある。
4.2.1
異機種間の移動の実現
松原ら[22]は、エージェントのコード、データ、実行状態のそれぞれに機種に
依存しない正規表現を設定し、ネイティブ表現との変換を行うことで異機種間
のモビリティを実現する手法を提案している。
福田ら[23]は、サービスを意味情報を持ったエージェントの集合として表現す
ることで、移動先で再構成を行なう手法を提案している。しかしこの方式では、
特定の意味情報の記述方式が使われることが前提となっているため、複数の記
述方式を相互に変換する仕組みを考慮する必要がある。
13
4.2.2
進化するフレームワーク
梅澤らは[24]、センサネットワークの構築の問題点としてセンサの処理能力、
記憶容量、消費電力に制限があることを挙げ、モバイルエージェントを用いるこ
とでこれらを解決できると提案した。谷澤ら[25]は、移動するユーザーへのサー
ビス提供方法にモバイルエージェントを用いることで、分散した環境でユー
ザー個人に特化したサービスの提供が可能であると考え、FollowingSpaceを提案
している。
服部ら[26]は、モバイルエージェントシステムのプログラミングを行なう際に
設計者が全ての状況を予測することは不可能であることから、モバイルエー
ジェントにプランニング生成能力を持たせて柔軟に処理を行なうためのアーキ
テクチャを提案している。
4.2.3
開発方法論
田原ら[27][28]、吉岡ら[29]は、4.1.1に挙げたソフトウェア工学的な視点とは異
なり、セキュリティを考慮しながら段階的にモバイルエージェントシステムを
構築する開発方法論を提案している。セキュリティを考慮した具体的な設計方
法を述べ、パターンの組み合わせによる適切なモデルを容易に構築することを
可能にし、性能と安全性の両方のコストを考慮することで、これらのトレードオ
フを客観的に議論することを可能にした。こういった開発方法論に関する研究
によって、開発方法論の高度化が進み、フレームワークの統一化も進むものと考
える。
14
4.3
モバイルエージェントの位置把握
モバイルエージェントシステムにおいて、エージェント同士で連帯を行おう
とする際に、お互いの位置を把握してメッセージを伝えることにより実現する。
しかし、モバイルエージェントはネットワーク上を逐次移動しながら処理を行
うという性質上、互いの正確な位置を知ることが難しい。
たとえば、堀口ら[30]は、移動制御方式を提案し、効率的な移動制御が行なえ
ていることを示した。
浅井ら[31]は、エージェントの位置登録を分散されたホームサーバ上で行う
メッセージ配送プロトコルを提案し、有効性を示した。
4.4
まとめ
本章では、モバイルエージェント技術における課題を、セキュリティ、フレー
ムワーク、モバイルエージェントの位置把握の3つに分類し、解説を行った。、
課題およびその解決手法を表 2にまとめた。セキュリティに関しては、1993 年に
モバイルエージェントの概念が誕生してすぐに問題視され研究が行われてきた
にも関らず、有効な手法がなく現在も多く研究されている。また、最適な開発方
法論を設計することでセキュリティ問題の解決にアプローチするという新しい
視点からの手法も見られた。
15
モバイルエージェント技術における課題およびその解決手法
解決手法
セキュリティ
動的関係ネットワーク[18]
多段ハッシュ認証[19]
耐タンパハードウェア[20]
トレース[21]
フレームワーク
正規表現を用いた変換法[22]
意味情報を用いた再構成法[23]
位置把握
移動制御方式[30]
分散位置登録によるメッセージ配送[31]
表
16
5.モバイルエージェントの応用
5.1
ネットワーク巡回監視
中央制御によるネットワークや機器の監視は、ネットワークへの負荷が集中
してしまう。また、巡回アルゴリズムの新規導入や更新をするのは容易ではな
い。モバイルエージェントを用いることでネットワークへの負荷を減らし、機能
拡張を容易にすることができる。
応用例として、長ら[4]の電力系統巡視システムでは、組込み機器向け知的モバ
イルエージェントμPlangentを用いることで制御機器上でユーザーが必要とす
る情報を抽出し、その情報のみを持ち帰ることで、ネットワークへの負荷を軽減
している。また、機器固有の情報をエージェントの知識として保持することで、
機器間の差異をエージェントが吸収することができる。また、組込み機器上でソ
フトウェアを動作させる際には、厳しい資源の制限が問題になるため、動作に必
要な最小限の要素のみを持って移動することで資源の少ないコンピュータ上で
の動作を実現している。モバイルエージェントを用いた動的ルーティングシス
テムでは、モバイルエージェントを用いてルーティングテーブルを更新するこ
とで、制御通信量を削減し、エージェントを局所的に流したり部分的に種類を変
えたりすることで高速で柔軟なサービスが提供できる。河原崎ら[32]はこのモデ
ルに実世界で起こり得る端末電源のON/OFFという要素を導入し、その対処方法
であるClear-History 法を提案している。Clear-History 法とは、残存電力が少なく
なったノードが信号を発することで、そのノードがメッセージの中継に参加し
ないようにする方法である。その結果、制御通信量の極端な増加を招くことなく
パケットの損失数を減少できるとシミュレーションで示した。
Carlozら[33]は、自律モバイルエージェントが、処理を行なっているモバイル
17
エージェントの障害検出/復旧を行なうことでシステムの復旧を行なうという仕
組みを提案した。
5.2
データの検索
モバイルエージェントを用いることでネットワーク資源を浪費せずにデータ
の検索を行なうことが可能である。また、分散したデータを検索する際に中央制
御方式で実現するためには、サーバが起動していなければ検索を行えず不便で
ある。
応用例として、長橋ら[3]はLAN 上のファイルを検索する方式を提案してい
る。ファイル検索の流れとしては、処理要求を次々と伝播させることで、連鎖反
応を起こして各デバイスで処理を行なう。デバイスのインタフェースに依存す
ることなく検索を行うためにモバイルエージェントを用いる。また、検索時間、
検索結果の質に関して評価ポイントを定義し、評価ポイントの良い検索エー
ジェントだけが残っていく選択・淘汰方式を取り入れている。
何ら[2]は、モバイルエージェントを用いた分散データ検索システムの移動プ
ランにデータマイニング手法であるAprioriアルゴリズムを適用することで漏れ
のない検索を行なうことができると結論付けた。
天田ら[5]は、情報交換システムにおいてサーバ型アプローチとP2P 型アプ
ローチの欠点を述べている。サーバ型アプローチではサーバがダウンしたとき
に利用者が情報交換を行えない、情報作成者が情報の更新を行う場合にはサー
バ内の情報を更新しなければならず、P2P 型に比べて手間がかかる。P2P 型ア
プローチの欠点は、処理が分散するために管理や監視がしにくい、著作権のある
情報でも例外なく公開できてしまう。また、両者における問題として、コン
18
ピュータ利用者自身が情報の取捨選択を行っており、情報量が膨大なものに
なったときに作業量も増加してしまう。情報交換システムにモバイルエージェ
ントを用いることで、検索手法の高度化、検索効率の向上、検索にかかるネット
ワークコストの削減、検索結果精度の向上といった利点を得られると述べてい
る。
5.3
グループウェア
中央制御方式のグループウェアは、機能拡張が容易でない、サーバが起動して
いないと役割を果たすことができない、処理が集中する、という欠点がある。こ
れに対し、モバイルエージェントを用いたシステムでは、機能拡張の容易性、処
理の分散化だけでなく、個人のインタフェースによる格差を埋める、データのプ
ライバシー保護、が可能である。
太田ら[14]は、個人所有のPCを用いた教育システムにおいて、学生の学習内容
を把握することが難しいが、これに対してモバイルエージェントを適用したシ
ステムの構築を行った。モバイルエージェントを用いたシステムが機能拡張を
容易にするプラットフォームとして役立つことを示すことを目的としていた
が、詳細な評価や考察は述べていない。
小島ら[34]は、グループウェアをモバイルエージェントで実現する利点として
機能拡張性、データのプライバシー保護を述べている。エージェントが移動先で
利用者に提示するインタフェースは利用者ごとに適したものを提示できること
が望ましい。しかし利用者によってインタフェースを変化させるような機構を
組み込むと情報量が増大してしまい、移動の際のコストの増大を招いてしまう。
これに対して、システムをユーザエージェント、機能エージェントの2種類で構
19
成することで実現できたと述べている。ユーザエージェントは各個人に割り当
てられ、個人の情報を保持し、インタフェースを提供する。機能エージェントは
ユーザエージェントの所有する情報を取得し、実際のタスク処理を行う。エー
ジェントを2種類に分けたことで利用者に応じた対応、プライバシー保護が可
能になったと述べている。また、容易な機能拡張といった特性をもつシステムを
実現できたとも報告しているが、具体的な数値としての評価については述べて
いない。
5.4
移動ユーザーへの情報提供
ユーザーの位置や環境によりサービスの提供を変化させる場合、全ての状況
を端末に埋め込んで実現することは不可能である。モバイルエージェントを用
いることで環境に応じたサービスの提供を実現することが可能である。
服部ら[15]は移動ユーザーへの情報提供においては、そのタイミングによって
価値が大きく変化するため、即時性実現のためには状況認識処理の速度向上だ
けでなく、状況認識処理のもととなるデータやイベント情報の取得にかかわる
遅延も最小化することが重要であるとして、軽量知的モバイルエージェント
picoPlangentを用いて実現し、実証実験を行った。picoPlangentはプランを生成す
る能力を持つ。サーバ処理型方式、モバイルエージェント適用方式、通信遅延の
最小化方式、の3つの方式において通信およびサーバ処理コストの比較、応答速
度の比較を行った。モバイルエージェントの適用による通信コストの削減が実
現できたが、プラン生成にかかる処理コストは大きいものであった。また、応答
時間の大部分が通信遅延によるものであった。これらの結果により、通信回数の
削減、応答速度向上とトレードオフの関係にある副作用が存在することが確認
20
された。モバイルエージェントの導入により通信回数の減少が見込まれた一方
で、通信データ量は増加傾向にあり、応答速度向上が認められた一方でプラン生
成のコストが大きいと確認された。また、軽量モバイルエージェントが様々な性
能要求や環境条件に対して常に最適性を保障可能であるとまでは確認できてい
ない。
谷澤ら[16]は、移動ユーザーへの情報提供方法としてモバイルエージェントを
導入することで、個人に応じたインタフェースを提供できると考え、病院内の患
者への道案内を行うアプリケーションについて検討を行った。評価については
述べていない。
5.5
フィルタリング
携帯端末で情報収集を行なう際には、端末の種類や利用環境が多様であり、
データ伝送量の最適化、データの加工が必要となる。
田中ら[17]は、検索対象のコンテンツを多数のサイトから探し、アクセス側の
インタフェースに合わせてデータを加工し、個人専用のサイトを動的に生成す
るシステムを構築した。携帯電話を用いて情報収集を行うモバイルエージェン
トシステムとしてMobeet,WithAirとの比較を行っている。Mobeetを使用するには
クライアントである携帯端末にランチャープログラムおよびJava 実行環境をイ
ンストールしなければならないが、提案システムではポータルサイトにイン
ターネット接続するだけでよく、ユーザー端末の変更にも柔軟に対応が可能で
あると述べている。WithAirは位置に応じた情報検索ができたり、人気度に応じ
たランキングや要約を行ったり、人気のキーワードに基づいて文字入力の補助
を行って効率のよい検索を可能にしたり、キーワードから利用するであろう優
21
良サイトを提示したりと、モバイル端末での利用に特化したサーチエンジンシ
ステムである。しかし、WithAirがサーチエンジンでユーザー全体の結果を反映
して処理を行っているのに対し、ユーザー個人に応じた動的ポータルサイトを
生成する事で目的とするコンテンツの取得、閲覧が容易であると述べている。
5.6
まとめ
本章では、モバイルエージェントの応用例をネットワーク巡回監視、データの
検索、グループウェア、移動ユーザーへの情報提供、フィルタリングの5つに分
類、解説した。表 2に、モバイルエージェントを導入することで得られる利点を
示す。モバイルエージェント導入により個人や環境を考慮した情報提供や、処理
を分散しいつでも使用可能なサービスが実現できる。
表
ネットワーク巡回監視
[4][32][33]
データ検索[2][3][5]
グループウェア[14]
[34]
移動ユーザーへの情報
提供[15][16]
フィルタリング[17]
モバイルエージェント導入の利点、欠点
利点
欠点
巡回アルゴリズムなどの変更が容易
移動先の管理
ネットワーク資源の有効活用
処理の分散
個人の情報の利用
機能拡張容易性
処理の分散
プライバシの保護
いつでも使用可能
個人の情報の利用
環境に応じた情報提供が可能
個人の情報の利用
通信データ量の削減
22
移動先の管理
フレームワークのインストール
移動先の管理
フレームワークのインストール
6.おわりに
本論文では、モバイルエージェントの研究動向についてサーベイを行った。今
までの研究成果をまとめ、問題点を整理し、研究動向をつかむことは重要であ
る。本章では、情報処理学会誌、情報処理学会研究報告、電子情報通信学会論文
誌、電子情報通信学会研究報告の論文を分類し、研究動向の推移をまとめる。ま
た、主な研究拠点を取り上げ、研究動向をまとめる。
調査した論文を年度別に分類した結果を表 2に示す。
モバイルエージェントを研究している主な研究拠点と研究動向を表 3にまと
める。
表
セキュリティ
2001 年度
2002 年度
2003 年度
2004 年度
3
3
3
4
表
研究拠点
慶應義塾大学
国立情報学研究所
調査論文分類結果
フレームワーク
開発方法
新しいフレームワーク
論
1
2
2
1
2
3
1
3
位置把握
応用
0
2
1
1
8
2
4
2
モバイルエージェントの主な研究拠点と研究動向
研究動向
・フレームワーク[24][25]
・無線通信[14][24][25]
・知的モバイルエージェント[4]
・Webサービス連携[12][13]
・無線通信[4][12][13]
・アーキテクチャ[26]
・開発方法論[27][28][29]
表 2、表 3のように分類を行った結果、次のような傾向をつかむことができた。
第一に、携帯電話や組み込み機器などの、無線ネットワークへの応用を目指した
研究の数が増加している。これは無線ネットワークが身近な技術になっている
23
という点に加えて、モバイルエージェントが無線ネットワークにおいて特に利
点を発揮できると考えるからであろう。第二に、開発方法論によりモバイルエー
ジェントセキュリティを実現するというアプローチや、改竄を検出するという
弱いアプローチが見られるようになってきた。これは、現状行われているソフト
ウェア工学的なアプローチでモバイルエージェントセキュリティを実現するこ
とが難しいということに影響を受けているものと考えられる。
24
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