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暗い気持ちを捨てる 「瞬間の心理学」

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暗い気持ちを捨てる 「瞬間の心理学」
三井物産インシュアランス お役立ちレポート/ 2014 年 04 号
心がフッと軽くなる
暗い気持ちを捨てる
「瞬間の心理学」
精神科医 名越 康文 著
目 次
■心と身体のバランス ........................ 1
■ネガティブ思考を断ち切る .................. 2
■頭の中が常に“沸騰”状態 .................. 3
■解決の糸口は見つかる ...................... 4
■自分の状態をまず「自覚する」 .............. 5
■「フッと楽になる」という体験が重要 ........ 6
無断転載・複写等を禁じます。
暗い気持ちを捨てる「瞬間の心理学」
心がフッと軽くなる
暗い気持ちを捨てる「瞬間の心理学」
精神科医
■
名越
康文
心と身体のバランス
「心のバランスが崩れている」という言葉をよく聞きます。しかし、それがど
ういう状態なのか。その状態を正確にイメージできる人はほとんどいないと思い
ます。
心のバランスが崩れていると思い始めた時、私たちは自分の心をどう扱えばい
いのでしょうか。
まずは、自分で自分の状態に「気づく」時の分かりやすい目安になるのは、身
体の調子です。心のバランスが悪くなると、必ずと言っていいほど身体に不調が
出てきます。
さらに言うと、他人の言葉や周りの状況を、身体のどこで受け止めるかという
問題もあります。
例えば、自分は上司の指示などに対しては「YES」と言っているし、会社での
自分の立場や評価に納得もしていると思っているのに、身体のほうは、首が固ま
ったようになってすごく痛み出すとか、回らなくなるというようなことが起きて
きます。
あるいは、これから取引相手を訪問しようという時に、何か嫌な緊張感ととも
に、上胸部がガチガチになって息苦しさが出てくることがあります。
そういう時、自分の内面的なところを覗いてみると、「どうにかして相手から
自分の思う通りの注文を引き出してやろう、引き出せないだろうか」とばかり考
え続けているのです。「相手に喜んでもらいたいな」という気持ちや、「まず相手
の話をよく聞いてみよう」という気持ちが、いつの間にか抜け落ちてしまってい
ます。
そのことに気づいただけで、胸のつかえが一気におり、明るい前向きな気分に
なって歩き出せた、ということが起こったりします。
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暗い気持ちを捨てる「瞬間の心理学」
■
ネガティブ思考を断ち切る
「心の状態が身体に出る」というのは、決して気苦労をして大病を患う、とい
うレベルとは限らないのです。それより、身体に生じる違和感、つまり、感情と
呼ぶにはまだ曖昧で、“身体の感覚にくっついていて胸に生じるもやもやした嫌
な感覚”や、“頭がボーッとして熱くなるような感覚”、“みぞおちがグッと押さ
えられたような感じ”を捉えるほうが、ずっと大切なのです。
心の緊張は、実は多くの場合、身体的な違和感となって出現しているのです。
その違和感、もっと言えば苦痛を取り除く方向に考え方を変えたり、物事の捉え
方を変えたりしてみると、あるきっかけでそれがほどけてラクになったり、消え
てしまったりすることもあります。
こういうことは、さまざまな人が折に触れ、生活の中で実践しているとは思う
のですが、よりきちんと意識してやってみる意味があることだと思います。
人間は自分の意識を頭でつかまえることがなかなかできません。だから、結局、
“身体の調子が悪い”というレベルで、私たちは心の異常を端的に自覚するので
す。心のバランスが崩れている時は、いつも何となく“身体がだるい”。その弱
った状態を放置しておくと、もともと混乱した意識の中で、さらにネガティブな
空想を生産していきがちです。
人それぞれという面はあるのですが、例えば体調の悪い時は、些細なきっかけ
で感情的になってしまいがちです。
普段であれば、平気で冷静さを保てるような場面でも、徹夜して疲労が溜まっ
ているような時だと、他人のちょっとした言動にすぐ刺激されてしまう。そうい
うことは、よく起こり得ると思います。
さらに言うと、この体調というのは、得てしてただ疲れているということでは
ないのです。スポーツで汗を流した後に感じる疲労感とは違って、なんだかピリ
ピリしているような、疲れているけど過敏になっているような時などは、特に感
情が刺激されやすかったりします。
逆に、調子が良すぎるような、あるいは少し高揚しているような時なども、か
えって些細なことでグサッと傷ついたりします。
私が臨床経験から確信するのは、人間が最もエネルギーを浪費するのは、感情
的になった時だということです。“感情的になる”とは、要するに“怒りの感情
を持ってしまう”ことです。イライラとか、不安とか、恐怖とか、落ち込み、あ
る種の傲慢さ。これらは全部、形を変えた怒りとも言えると思います。
これらの感情が起こってくると、物事の捉え方がどうしてもネガティブになっ
たり、周りに対して攻撃的になったりして、結果、自分をとことんまで疲れさせ
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暗い気持ちを捨てる「瞬間の心理学」
てしまう。つまり、怒りや苛立ちを周囲の人間にぶつけた時、一番損をしている
のは、実は感情的になった本人なのです。
感情的にならないためには、とにかく自分の感情を客観視する。できるだけ早
く、ネガティブな感情と自分を切り離すことが必要です。
■
頭の中が常に“沸騰”状態
よく「嫌なことがあれば、ふて寝をする」と言う人がいます。一晩寝れば気持
ちがうまくリセットされて、ケロリと機嫌が直ってしまう。こんな人は現状、少
なくともうつではないわけです。規則正しい快眠を続けられる人は、うつになり
にくい資質の持ち主だと言えるのではないでしょうか。
うつになってくると、寝ても回復できないことが多くなってきます。ベッドに
入ってからも、さまざまな思考や空想、イメージ、感情などが深々と渦巻いてい
ます。そうすると、自力で清算できなくなってきます。
身体のエネルギーというのは、数値化もある程度は可能だと思います。
しかし、精神のエネルギーというのは、例えば体調からの逆算などで、感覚と
して探っていくしかないものです。仮に精神のエネルギーというものがあるにし
ても、それを数量化、可視化することは不可能です。
臨床で私がみている限り、ネガティブ志向が強くて考え込んでしまいがちな人
ほど、時間的な休息は十分取っていても、回復が遅れることが非常に多いのです。
これは、うつ病の人を多くみてきた経験からも言える部分があります。
診断して睡眠障害があると認められた場合、薬を処方すると2週間ぐらいはよ
く眠れるようになって、体調も気分も良くなります。ところが、その後、再び睡
眠障害の状態に戻るパターンが多いのです。詳しく話を聞いてみると、7~8時
間眠れた後も、つい布団の中にいる。それから1時間も2時間も、ボンヤリとす
ごく暗い思考を続けている人がいることが、分かってきたわけです。
そういう人は、極端に言うと頭の中や精神が常に“沸騰”状態なのです。明確
に意識して行動している時間は極めて少なく、そういったはっきりした意識は、
時間軸の中ではまるで浮島のようにポコッポコッと波間に見え隠れしているだ
けで、あとは感情や思考の海が広大に広がっています。その海こそが、ネガティ
ブな思考の温床なのです。
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解決の糸口は見つかる
なぜ人間の内面は、ポジティブな感情よりネガティブな感情に強く引きずられ
るのでしょうか。おそらく人間の精神の成り立ちの根本的な部分には、言葉にす
れば「欠落感」、分かりやすく言えば根本的な「さびしさ」というような感覚が
備わっているのではないでしょうか。
だからこそ、私たちはこのシリアスな問題を放っておかずに、きちんと対処す
る必要があるわけです。
そこでひとつの捉え方として、精神の根本的な欠落感にも、重いものと軽いも
のがあると思うのです。
重い感情というのは、つまりネガティブなものです。やはり人間というのは、
放っておくと質量の重いほうへ沈んでいくように、思考や空想もいずれは暗くて
重いところへ入っていきます。重いから沈み込んで、沈み込むと暗いところへ行
く。そして、重みのせいでなかなか浮き上がってこられない。
他人から見るとさほど深刻とは思えないのに、当人にとってはものすごく深刻
なレベルにまで進行しているケースがあります。その認識のすれ違いから、「ま
さかあの人が……」と周囲の人たちが意外に思う結果になることがあるのです。
最悪の場合は自殺に至ることもあります。
私たちは外的にさほど特殊な状況にならなくても、肥大した空想に存在丸ごと
を支配されてしまう可能性もあります。私たちは常日頃、誰かと普通にしゃべっ
ている時にも、気持ちが違うイメージや雑念の中に入っていったり、眠っていた
記憶が不意に思い出されたり、ついには脈絡のない混乱と拡散を繰り返す渦の中
に、意識が入り込んでいったりしています。
そもそも人間の意識は、誰でもそれくらい常に混乱しているのです。まず、そ
れを理解しなければいけません。その内部現象は、例えばちょっと散歩に出かけ
てみれば、すぐに分かると思います。
特に目的もなく、気持ちよく散歩しているうち、目で見ている周りの風景や一
歩一歩踏み出している自分の脚から、どんどん意識が離れて飛んでいく感覚を味
わうことはありませんか。
その時の私たちは、何か特定のテーマについて考えているのではなく、まった
くバラバラなことを頭の中で思い浮かべています。支離滅裂なイメージがどんど
ん湧き起こり、それにフワフワッと囚われている。思考やイメージ、雑念、そう
いった浮遊するバラバラの断片に、絶えず翻弄されているわけです。
例えば就寝しようと部屋の電気を消して、暗闇に包まれた途端、いろいろな空
想が始まります。外部からの刺激をシャットアウトして、あとは安らかに眠れば
いいだけなのに、私たちは意識や思考の中に入り乱れるイメージに引きずられ、
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暗い気持ちを捨てる「瞬間の心理学」
エネルギーを消耗し、それがひどくなると不眠症に陥ったりします。
つまり、周りからの外的な事実ではなく、自分自身で内的に生産しているもの
に翻弄され続けていることが、実は人間の精神活動の根本にあるわけです。
もちろん、何かに大失敗した時は、感情や思考の大部分がその一事に囚われて
しまいます。その時は、さまざまな負のイメージ、考え、物語が湧き出てきて、
自分がバッシングされている、真っ暗な中でしゃがみこんで泣きじゃくっている、
自分の生活が成り立たなくなっているかもしれない、といった妄想が、私たちの
存在を重く包み込みます。
■
自分の状態をまず「自覚する」
重い気分、暗い気持ちを切り替えて、前向きに生きるには、やはり自分の状態
をまず「自覚する」ことが大切だと私は思うのです。私たちは、自分の心に対す
る観察力と、それに伴った集中力が、意外なほどに鍛えられていないようです。
もし十分な観察力と集中力があったら、ネガティブな巨大勢力を自分で止める
ことは可能です。意識的に、もっと心の質量の軽いところに行けると思うのです。
心の重さを、軽い気体のようなものに変えていく力。そのためにはやはり、自
分を苛む原因は外側に渦巻いているのだと決めつけないで、「すべては自分の心
の中で起こっているのだ」と、一旦、理解することです。
やる気、ファイトなどというと、軽々しい感じに聞こえるかもしれませんが、
行き詰まりの暗い気分とやる気モードは、実はほんの少しの角度の違いだという
ことに、臨床をしていると度々出くわします。
今まで、暗い部屋にばかり精神のエネルギーが注ぎ込まれていたのに、その注
ぎ口の角度が、ほんの3度ほど変わっただけで、ドッと明るいほうの部屋にエネ
ルギーが注ぎ込まれるといった感じです。
あるいは、心はアクセスポイントであると想像してみてください。あるジャッ
クから別のジャックにラインを替えてみると、ガラッと気分が変わる。それが初
めは、1日に1分でも 30 秒でもいいんです。その一瞬、ホッと気持ちがラクに
なるという経験を経ると、例えば「あれっ?」と頭の奥で、あるいは胸の奥で、
つぶやきが聞こえるはずです。「これは何だ?」と。
ストレスを避ける一つの方法として「今、ここ」の一瞬に集中することをお勧
めします。次に紹介するちょっとした「エクササイズ」で、ネガティブな空想か
ら抜け出すことができます。
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暗い気持ちを捨てる「瞬間の心理学」
■
「フッと楽になる」という体験が重要
ネガティブな空想から抜け出すために、私がよく言うのは、「まず、1日に1
分だけ集中してください」ということです。
「集中ってどうしたらいいですか?」と尋ねられた時、例えば「昼食でご飯を
食べる時、ひと噛み、ひと噛みをすべて意識してみてください」、あるいは自宅
で机に一人向かった時に自分の腕をゆっくり上げながら、「右腕を上げます、上
げます、上げます、止めます、下ろします、下ろします、下ろします」と、これ
だけやってみて欲しいと答えるのです。1日1回でいいのです。それだけのこと
でも意識してやると、集中の感覚がどういうものか、自分の中に残るのです。
そうすると「ちょっとスッキリしました」と言ってくれる人が多くいます。と
いうのは、その瞬間は、本当に「右腕を上げました、下ろしました」という「今、
ここ」のことだけに集中しているので、心に湧いてくる暗くて重い思考が、その
最中だけは確実に締め出されているのです。そして、その瞬間にフッと楽になる
のです。
この方法は、「心のエクササイズ」として大変有効だと思います。
「フッと楽になる」という経験は、心地よいものとして残るでしょう。こうい
う小さなエクササイズを通して「なるほど、集中ってこんな感じなのだ」と徐々
に分かっていって欲しいのです。
ネガティブな感情を、自分からカットして客観性に至る……その回路を、自分
の中に開拓していくのです。そこから課題はまだまだいっぱいあるのですが、ま
ずは「ネガティブな思考、ネガティブな空想を切り離した瞬間が自分にも起こり
得るのだ」ということを体験するのが、とても大切な、大きな一歩だと思います。
以上
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暗い気持ちを捨てる「瞬間の心理学」
PROFILE
名越
康文(なこし
やすふみ)
精神科医。専門は思春期精神医学、精神療法。
1960 年、奈良県生まれ。近畿大学医学部卒業。大阪府立中宮病院(現:大阪府立精神医療
センター)にて、精神科緊急救急病棟の設立、責任者を経て、1999 年に同病院を退職。引
き続き臨床に携わる一方で、テレビ・コメンテーター、雑誌連載、映画評論、漫画分析な
どさまざまなメディアで活動している。2009 年4月より、京都精華大学人文学部客員教授
に就任。
【著書・共著】
『14 歳の子を持つ親たちへ』(新潮社、内田樹氏との共著)
、
『オジサンって言うな!』(主婦と生活社)
『名越式!キャラわかり』(宝島社)
『トリココ―幸せを見つける性格診断 あなたのココロに棲む 10 の鳥』
(リイド社)など
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