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中国と ASEAN の経済連結性 唱 新(福井県立大学)
日本国際経済学会 第 73 回全国大会 報告フルペーパー 中国と ASEAN の経済連結性 唱 新(福井県立大学) はじめに 中国と ASEAN は相互交流の歴史が短いにもかかわらず、2000 年以降、その経済協力関係が急 速に進展されてきた。2002 年に「中国・ASEAN 間の包括的な経済協力に関する枠組み合意」に調 印されて以降、アーリーハーベスト(早期収穫)規定を経て、2010 年には自由貿易協定の発効 に漕ぎ着けた。 中国と ASEAN は、地理的に隣接し、経済的補完関係が強いなどの優位を持っている。特に中 国の経済力の高まりに伴って、巨大な国内市場、中国から東南アジアへの観光客の増加、中国本 土から資源開発、インフラ整備、生産拠点の移転などに伴う直接投資、東南アジアへの開発援助 などは、中国と ASEAN の経済協力を促進する原動力となっている。しかし、中国と ASEAN の間に は、領土紛争、ASEAN 域内の経済格差にともなうスタンスの違い、政治制度や価値観の違いがも たらす摩擦、東アジアの複雑な大国関係の反映など、多様なマイナス要因が内包されていることも 事実である。 現在、中国と ASEAN の間、自由貿易協定、各種の首脳会議・閣僚会議、GMS(大メコン圏経済 協力プログラム)、「中国・ASEAN 博覧会」、「広域北部湾(トンキン湾)経済協力フォーラム」などの 枠組みの下で、貿易、投資、金融、交通、通信、観光、農業、教育、科学技術など、幅広い分野で 活発な開発協力を進めており、これらの協力を反映して、相互貿易額が 2000 年の 364 億ドルから 2013 年の 4,436 億ドルへと 12 倍増を果たした。これは中国と ASEAN の「黄金の 10 年」といわれて おり、これにより中国は ASEAN の第 1 輸出相手国、ASEAN は中国の第 3 輸出相手国となった。 この巨大な貿易拡大効果を踏まえ、最近、中国と ASEAN との FTA 締結の動きが活発化しつつ ある。2013 年 10 月に開催された APEC 首脳会議と東アジアサミットに際して、習近平主席がインド ネシア、マレーシアを訪問し、それに続いて、李克強首相がブルネイ、タイ、ベトナムを訪問した。こ れらの訪問において、とくに注目すべきことは、中国・ASEAN 自由貿易協定のバージョン・アップ交 渉開始、金融協力の強化、「アジアインフラ投資銀行」の設立、「2+7 協力枠組み」の構築、アジア 広域鉄道網の建設など、「互連互通」(連結性)を強化することにより、2020 年までに中国・ASEAN 間の相互貿易額を 1 兆ドルに拡大し、従来の「黄金の 10 年」から「ダイヤモンドの 10 年」へとステッ プ・アップするための提案・提言を積極的に行ったことである。 以下、貿易、投資、経済協力枠組みなど、三つの面から、日韓と比較しながら、中国と ASEAN と の経済連結性を考察したい。 1 Ⅰ 相互貿易からみた中国と ASEAN 諸国との経済連結性 1.相互貿易の増加と輸出相手先の構造変化 東アジアでは日中韓のいずれも ASEAN の重要な貿易パートナであるが、中国と ASEAN とは 歴史的には経済的つながりが弱いだけでなく, 「南南協力」の範疇に属しており、経済の発 展段階,発展モデル,相互の比較優位産業が類似していることから,相互補完関係という より、競合関係が強いため、貿易や FTA 締結の経済効果が期待できないと良くいわれてい た。しかし,図1に示されているように,中国対 ASEAN の輸出は 2000 年の 173.4 億ドル から 2012 年の 2,039.2 億ドルへと 11.7 倍増を果たし、年平均成長率は 22.8%で、韓国の 18.6%、日本の 11.4%を上回った。ASEAN にとって最大の輸入相手国となった。 図1 中国対日韓ASEAN輸出の推移(単位:100万ドル) 250,000 200,000 2000~12年 の平均成長率 ASEAN 203,924.0 中国 22.8 韓国 18.6 日本 11.4 日本 151,509.0 150,000 100,000 50,000 0 韓国 87,647.0 41,654.0 17,341.3 11,292.5 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 出所:JETRO海外調査部大洋州課、Direction of Trade Statistics Yearbook 2013のデーターベース に基づいて、筆者作成(JETROよりデータベースの利用承諾済)。 また、ASEAN の対中国輸出は図 2 に示されているように、2000 年の 163.8 億ドルから 2012 年の 1,421.6 億ドルへと 8.7 倍増となり、 その平均成長率は 19.7%で、韓国の 11.1%、 日本の 7.0%を上回った。 中国と ASEAN との相互貿易の急拡大は,主に FTA の関税引き下げによる貿易拡大効果、 いわゆる「制度的統合」の経済効果だと考えられるが 1)、それ以外に、2000 年以降、中国 の鉄鋼、機械産業の国際競争力の強化、フォックスコンを始め EMS 企業の対中進出の加速、 2010 年代後半には中国の人件費上昇に伴う日系企業の ASEAN への生産拠点の移転なども 中国と ASEAN の相互貿易を加速させた重要な要因となっている 2)。今後、中国対 ASEAN 直接投資の増加及び中国・ASEAN 間の経済協力拡大により,中国・ASEAN との貿易はさ 2 らに拡大すると見込まれている。 図2 ASEAN対中日韓の輸出の推移(単位:100万ドル) 160,000.0 中国 142,161 日本 128,641 年平均成長率 140,000.0 (2000~12年) 中国 19.7 韓国 11.1 日本 7.0 120,000.0 100,000.0 80,000.0 57,363.8 60,000.0 韓国 55,272 40,000.0 16,377.5 20,000.0 15,687.1 0.0 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 図1に同じ。 2.輸出品目構造と産業別国際競争力の現状 輸出の品目構造は量的指標として、輸出国の産業構造を反映するとすれば、産業別貿易 特化係数3)は質的指標として、輸出国の産業別国際競争力を表している。以下、中日韓比 較の視点から 2012 年のデータに基づいて、中国対 ASEAN 輸出の品目構造と産業別貿易特 化係数を考察したい。 (1)輸出品目構造。中日韓対 ASEAN 輸出の品目構造は表1に示されているように、中日 韓の間、順位が異なってはいるが、共通点としては、上位 5 品目には電気機械、汎用設備、 鉄鋼及び金属製品、化学製品が入っている。輸出量についてみれば、中国第 1 位の輸出品 目としての電気機械の輸出額(441.1 億ドル)は日本(257.6 億ドル)と韓国(222.7 億ド ル)を、第 2 位の輸出品目としての汎用設備(338.6 億ドル)も日本(312.5 億ドル)と韓 国(56.3 億ドル)を上回っており、この2品目の輸出額は輸出総額の 47.6%を占めている。 この電気機械輸出の中で、中国に進出している外資系企業による輸出が含まれていると考 えられる。 また、日本の鉄鋼産業の輸出額(255.9 億ドル)は中国(194.0 億ドル)と韓国(104.9 億ドル)を、輸送設備の輸出額(152.9 億ドル)は、中国(53.9 億ドル)と韓国(39.6 億 ドル)を遥かに上回っている。さらに韓国の特徴としては、石油と石炭製品の輸出(147.0 億ドル)は中国(55.0 億ドル)と日本(36.9 億ドル)より多いのである。 以上の考察で分かるように、輸出額において、中国は電気機械、汎用設備の領域で、日 本は鉄鋼及び金属製品、輸送設備の領域では、韓国は石油と石炭製品の領域ではそれぞれ 優位を持っている。 表1 中日韓の対 ASEAN 輸出品目構造(2012 年、単位:100 万ドル) 3 日本 項目 中国 金額 構成比 項目 韓国 金額 構成比 項目 金額 構成比 汎用設備 31,254.2 24.1 電気機械 44,105.6 26.9 電気機械 22,267.1 30.3 電気機械 25,758.9 19.9 汎用設備 33,857.5 20.7 石油と石炭製品 14,701.9 20.0 鉄鋼及び金属製品 25,590.3 19.7 鉄鋼及び金属製品 19,403.6 11.8 鉄鋼及び金属製品 10,487.1 14.3 輸送設備 15,294.8 11.8 化学製品 17,763.8 10.8 化学製品 8,565.9 11.7 化学製品 13,468.3 10.4 繊維 11,871.8 7.2 汎用設備 5,627.8 7.7 石油と石炭製品 3,686.5 2.8 食料 5,923.0 3.6 繊維 3,999.2 5.4 精密機械 3,589.3 2.8 石油と石炭製品 5,500.3 3.4 輸送設備 3,955.7 5.4 木材・パルプ・紙 2,774.7 2.1 輸送設備 5,387.3 3.3 木材・パルプ・紙 1,282.4 1.7 玩具及び雑貨 2,043.3 1.6 木材・パルプ・紙 5,085.1 3.1 食料 632.3 0.9 繊維 2,025.3 1.6 玩具及び雑貨 4,835.9 3.0 精密機械 600.9 0.8 家電製品 1,741.1 1.3 家電製品 4,622.9 2.8 玩具及び雑貨 580.4 0.8 石材・陶磁・ガラス等 1,592.3 1.2 石材・陶磁・ガラス等 3,097.4 1.9 家電製品 501.7 0.7 767.1 0.6 精密機械 2,441.8 1.5 石材・陶磁・ガラス等 249.1 0.3 129,586.0 100.0 163,896.0 100.0 73,451.4 100.0 食料 計 計 計 資料:RIETI-TID2012 (RIETI Trade Industry Database 2012)により作成。 (2)産業別国際競争力の現状。表2でわかるように、貿易特化係数に基づいて、中日韓産 業別の国際競争力を見ると、その状況が変わる。まず、その共通点としては、ASEAN に対 し、中日韓とも輸送機械の国際競争力が強いが、三ヵ国の中で、韓国(0.9198)が最も高 く、その次は中国(0.7836) 、日本(0.6795)の順となっている。これは ASEAN で現地生 産している日系企業による逆輸入があると考えられるが、中国企業の現地生産が少なく、 韓国では、自動車の輸入関税が高いという要素を考慮すれば、これらのデータは中日韓自 動車産業の国際競争力というよりも、企業の経営パターンを反映するといった方が適切で あろう。 また、汎用機械と精密機械の領域では、日本の貿易特化係数は 0.6583 と 0.3169 で、中 国(0.1564、0.0871)と韓国(0.3697、-0.0127)より高くて、中韓と比べ、顕著な競争優 位を持っている。 鉄鋼産業に関しては、ASEAN への輸出量が最も多いのは日本であるが、貿易特化係数が 最も高いのは韓国(0.5744)であり、中国のそれは 0.1871 に過ぎず、産業内分業が発達す る領域に属している。しかし、近年、中国の ASEAN への鉄鋼の輸出が猛烈な勢いで増加 しており、その輸出量の増加に伴って、貿易特化係数が改善されると見られている4)。 さらに中日韓とも主要な輸出品目としての電気機械産業に関しては、韓国(0.4466)は 最も高く、その次は日本(0.3000)であるが、中国は 0 に近い-0.1480 であり、産業内国際 分業の領域に属しているが、やや競争力が弱いということになっている。ASEAN から中国 への電気機械輸出の中に日系企業の輸出も含まれていると考えられる。 4 最後に中日韓とも主要輸出品目としての化学製品に関しては、中国は 0 に近い-0.0405 で あるのに対し、韓国(0.3979)は日本より高い水準にあり、これは各国の国際競争力の実 態を反映するであろう。 表2 中日韓の対 ASEAN 産業別貿易特化係数 日本 中国 韓国 1 輸送設備 0.6795 輸送設備 0.7836 輸送設備 0.9198 2 汎用設備 0.6583 繊維 0.6545 鉄鋼及び金属製品 0.5744 3 鉄鋼及び金属製品 0.5380 石材・陶磁・ガラス等 0.5650 電気機械 0.4466 4 精密機械 0.3169 玩具及び雑貨 0.4883 化学製品 0.3979 5 電気機械 0.3000 鉄鋼及び金属製品 0.1871 汎用設備 0.3697 6 石材・陶磁・ガラス等 0.2345 汎用設備 0.1564 繊維 0.1983 7 化学製品 0.2074 家電製品 0.1545 玩具及び雑貨 0.0268 8 玩具及び雑貨 -0.2437 精密機械 0.0871 精密機械 -0.0127 9 家電製品 -0.3404 化学製品 -0.0405 家電製品 -0.0855 10 繊維 -0.4277 食料 -0.1112 石油・石炭製品 -0.1784 11 木材・パルプ・紙 -0.5852 電気機械 -0.1480 石材・陶磁・ガラス等 -0.1901 12 食料 -0.8536 木材・パルプ・紙 -0.6627 木材・パルプ・紙 -0.5317 13 石油・石炭製品 -0.8550 石油・石炭製品 -0.6634 食料 -0.6205 資料:表 1 に同じ。 結論でいうと、 中日韓の主要産業の対 ASEAN 輸出競争力に関しては、 ASEAN に対して、 中日韓とも電気機械、輸送設備、鉄鋼、機械・設備などの分野で競争優位を持っているが、 この中で、日本は汎用設備と精密機械などの産業で、韓国は輸送機械、鉄鋼、電気機械な どの産業で競争優位を持っているのに対し、中国は日韓と比べ、顕著な競争優位を持って いる産業は繊維、石材、玩具・雑貨などの労働集約型産業にとどまっている。このような 競争優位産業の序列構造はある程度、東アジア特有な雁行型経済発展モデルを反映すると いえよう。 (3)中国と ASEAN 諸国との貿易近密度。以下、中国と ASEAN 双方の輸出依存度と輸 出結合度5)から中国と ASEAN 諸国との経済連結性を考察してみたい。 まず、輸出依存度についてみると、2012 年の中国対 ASEAN 輸出は 2,039.2 億ドルで、 中国対世界輸出総額の 10.0%を占めている。その国別のシェアは図3に示されているよう に、2000 年には対シンガポール輸出は中国対 ASEAN 輸出総額の 33.2%を占めており、以 下、インドネシア(17.7%) 、マレーシア(14.8%)、タイ(12.9%)の順となっており、こ の ASEAN4への輸出は中国対 ASEAN 輸出総額の 78.6%を占めている。これに対し、対 CLMV への輸出シェアはわずか 12.9%に過ぎなかった。 しかし、2012 年ではこのような国別への輸出構造は変わってはいないが、対シンガポー ルの輸出シェアは 19.8%に低下したのに対し、対 CLMV の輸出構成比は 21.4%に上昇した。 5 その中でとくにベトナムに対する輸出シェアは、タイを上回って、第 4 位の 16.8%に上昇 した。中越貿易の急拡大は中国の雲南省、広西チワン族自治区とベトナムとの国境貿易が 盛んに行われている他、広東省に進出している日系企業の対ベトナムへの電子部品の輸出 が急増していた背景もあると考えられる。このことは池部亮氏の提起した「華越経済圏」 を一側面から裏付けることになっている 6)。 図3 中国対ASEAN諸国輸出の推移(単位:100万ドル) 250,000 200,000 150,000 100,000 各国のシェア(単位:%) 2000年 2012年 シンガポール マレーシア インドネシア ベトナム タイ フィリピン ミャンマー 33.2 14.8 17.7 8.9 12.9 8.4 2.9 19.8 17.9 16.8 16.8 15.3 8.2 2.8 40,321 36,526 50,000 シンガポール マレーシア インドネシア タイ 34,291 ベトナム 31,223 ミャンマー 34,224 カンボジア 16,772 0 フィリピン ブルネイ ラオス 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 注:各国のシェアは中国対ASEAN輸出総額に占める比率である。 資料:図1に同じ。 図4 ASEAN諸国対中国輸出の推移(単位:100万ドル) 160000 140000 120000 100000 80000 60000 40000 各国のシェア(単位:%) シンガポール マレーシア タイ インドネシア ベトナム フィリピン ミャンマー ラオス ブルネイ カンボジア 2000年 32.8 18.5 17.1 16.9 9.4 4.1 0.7 0.0 0.3 0.1 2012年 31.0 20.2 18.8 15.2 8.7 4.3 0.8 0.5 0.2 0.1 シンガポール 44,071 マレーシア タイ 28,767 インドネシア ベトナム フィリピン 26,702 ミャンマー ラオス 21,660 20000 12,388 0 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 注:各国のシェアはASEAN諸国対中国輸出総額に占める比率である。 資料:図1に同じ。 6 ブルネイ カンボジア 一方、2012 年の ASEAN 諸国対中国輸出額は 1,421.6 億ドル(中国側の統計で 1,958.2 億ドル)で、ASEAN 対世界輸出額の 11.4%を占めている 7)。その国別のシェアは図 4 に示 されているように、2012 年にはシンガポールの対中輸出は ASEAN 対中輸出の 31.0%を占 めており、第 1 位であり、以下、マレーシア(20.2%) 、タイ(18.8%)、インドネシア(15.2%) の順となって、この ASEAN4の対中輸出は ASEAN の対中輸出の 85.2%を占めているの に対し、CLMV の対中輸出シェアは 10.1%に過ぎず、とくにベトナムの ASEAN における 対中輸出シェアは 2000 年の 9.4%から 2012 年の 8.7%へと低下した。なお、ミャンマー、 ラオス、カンボジアなど、ASEAN 後発 3 ヵ国の対中輸出シェアはわずか 1.1%しか占めて いない。 図5 中国対日韓・ASEAN諸国の輸出結合度 5 4.5 4 3.5 3 2.5 2 1.5 1 0.5 0 4.61 2000 2012 3.27 2.78 2.41 2.30 1.27 1.00 1.52 0.80 1.16 0.94 1.51 1.54 1.89 3.14 2.11 1.72 1.431.44 1.99 1.71 1.56 0.82 0.24 注:輸出結合度=A国対B国の輸出依存度/世界対B国の輸出依存度 資料:図1に同じ。 輸出依存度からみて、中国はシンガポール、マレーシア、タイ、インドネシア、ベト ナムとの経済連結性が強いが、 CLM 後発 3 ヵ国との経済連結性が弱いといわざるを得ない。 しかし、輸出結合度から、中国と ASEAN 諸国との経済連結性についてみれば、その状 況が変わる。図 5 に示されているように、2000 年と比べると、2012 年には中国対タイ、 マレーシア、フィリピン、ブルネイの輸出結合度は上昇していたが、それ以外の国に対し、 低下している。しかも、中国の重要な輸出相手国としての日本、韓国への輸出結合度も低 下している。 それは 2000 年以降、 中国の対世界輸出は分散化していることを反映している。 しかし、2012 年の輸出結合度についてみれば、ミャンマーが最も高く、ベトナムは第 2 位、 カンボジアは第 4 位となり、中国対 CLMV 諸国のいずれも、その輸出結合度が高く、経済 連結性が強いといえよう。 その前者の背景に関しては、世界のそれらの国に対する輸出依存度が高まったからであ 7 り、その後者の背景は中国の CLMV 諸国に対する輸出依存度が高まったからである。 また、日韓や ASEAN 諸国の対中輸出結合度についてみると、図 6 に示されているように、 2000 年から 2012 年の時系列変化についてみれば、ベトナムとカンボジアの対中輸出結合 度は大幅に低下したのに対し、それ以外の国のいずれも高まっていった。とくにラオスの 対中輸出結合度は 6 倍増の 941.24 までに極端に高まっていった。しかも、経済規模も世界 輸出総額に占めるシェアが小さい CLMV 及びブルネイ、フィリピンなどのいずれも、対中 輸出結合度が高いのである 8)。 又、日本と韓国の対中輸出依存度についてみれば、2000 年から 2012 年までに、日本は 1.19 から 4.17 へと、韓国は 4.69 から 8.92 へと高まってきた。世界基準からみて、中国と の経済近密度がいずれも上昇した。 以上の考察でわかるように、ASEAN において、CLMV 諸国は経済規模が小さいため、 中国と ASEAN との貿易において、その存在感が小さいものの、世界貿易を基準とする視 点からみて、その経済連結性が強いといえよう。 図6 日韓・ASEAN諸国対中国の輸出結合度 80 70 60 50 40 30 20 10 0 2000年 ラオス 154.47 ミャンマー 132.64 67.92 2012年 941.24 156.85 2000 2012 47.87 31.14 22.2 10.78 10.34 9.74 5.14 8.34 4.51 2.42 2.40 1.96 15.49 1.194.17 4.69 8.92 資料:図1に同じ。 Ⅱ 中国対 ASEAN の直接投資 1.急増する中国対 ASEAN 直接投資 日本の対 ASEAN 直接投資は 1980 年代初頭に資源開発から始まったが,プラザ合意以 降は,製造業を中心にアジア NIES に続いて生産拠点移転型の直接投資が行われるように なった。1997 年の「アジア通貨・金融危機」の時期には一時的に低下したが,2000 年以降 再び増加の軌道に乗り出し,2012 年までに直接投資の累積残高は 1,216.4 億ドルに達し、 8 日本対世界直接投資残高の 11.7%を占めている(図 7,参照)。 一方,中国と ASEAN との相互直接投資は日本より遅い 1990 年代から始まった。その中 で,1990 年代初めからシンガポール,タイ,マレーシアなど,比較的に経済が進んでいる 国は中国に進出し始めたが,中国対 ASEAN 直接投資は 1990 年代後半から始まり,2000 年以降,加速していった。2012 年までに,中国・ASEAN の相互直接投資残高は 1,045.0 億ドルである。その内、ASEAN の対中直接投資残高は 742.5 億ドルで、世界の対中直接投 資残高の 5.5%を占めている。一方、中国の対 ASEAN 直接投資残高は 302.5 億ドルで、中 国対世界直接投資の 5.6%、対アジア直接投資の 8.3%に過ぎず、日本の対 ASEAN 直接投 資残高の 1/4 弱、ASEAN 対中国直接投資残高の 2/5 に相当してはいる(図 7、参照)9)。 2010 年代後半から日本企業は 「チャイナ+1」として ASEAN への直接投資を加速させた。 しかし、中国企業の対 ASEAN 直接投資は日本企業を遥かに上回った勢いで進展されてい った。図7に示されているように、比較できる 2003 年から 2012 年の日中対 ASEAN 直接 投資残高の平均伸び率についてみると、日本の 16.0%に対し、中国は 55.0%に達している。 これにより、日中対 ASEAN 直接投資残高の差も縮まっている。 図7中国と日本の対ASEAN直接投資残高の推移(単位:100万ドル、%) 400,000 120 日本 350,000 中国 300,000 日本の伸び率(右軸) 70 中国の伸び率(右軸) 250,000 20 200,000 日本 121,638.0 150,000 100,000 32,035.0 50,000 中国 30,250 586.8 0 -30 -80 -130 出所:日本のデータはJETRO,「日本の直接投資統計」 2014により作成(JETROより データベースの利用承諾済み)。 中国のデータは中国商務年鑑編集委員会編『中国商務年鑑』2013年版。 2.投資先国の特徴 日本は ASEAN 最大の直接投資国であるが、中国は新興国として、対 ASEAN 直接投資 が急増している。その ASEAN への投資先に関しては、図 8 と図 9 のとおりである。 まず、図 8 に基づいて日本の投資先についてみると、基本的には ASEAN の経済・金融 9 センターに位置しているシンガポールと日本企業の主な生産拠点であるタイを中心として 50,000 図8 日本対ASEAN直接投資残高の推移(単位:100万ドル) タイ 44,581 45,000 40,000 シンガポール 36,549 35,000 30,000 25,000 インドネシア 19,787 20,000 マレーシア 13,204 ベトナム 10,790 フィリピン 10,752 15,000 10,000 5,000 0 2000 2001 2002 2002 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 資料:JETRO,「日本の直接投資統計」2014により作成(JETROより利用承認済み) いる。2011 年のタイ大洪水により、2012 年にはタイへの直接投資が一旦冷え込んではいた が、2013 年には日本の自動車メーカーの現地生産拡大に伴って、再び拡大し、2013 年には 445.8 億ドルに達し、日本対 ASEAN 直接投資残高の 36.7%となり、これに対シンガポー ルの直接投資残高を加えると、そのシェアが 66.7%となっている。さらに対インドネシア、 対マレーシアを入れると、日本対 ASEAN 直接投資の 93.8%は ASEAN 先発 4 ヶ国に集中 していることが伺える。 一方、中国の国別投資先の構造は図9のとおりであるが、対シンガポールの直接投資は 全体の 40.9%を占める 123.8 億ドルに上っているが、それ以外の直接投資はその他の 9 ヶ 国に分散している。その中で、インドネシアを除いて、CLMV 諸国への直接投資残高は 89.4 億ドルで、全体の 29.5%を占めている。これは中国対 ASEAN 直接投資の産業別構造と関 連している 10)。 10 図9 中国対ASEAN直接投資残高の推移(単位:100万ドル) シンガポール(右 軸)12,383.3 5,000.0 14,000.0 12,000.0 4,000.0 インドネシア 3,098.0 ミャンマー 3,093.7 3,000.0 10,000.0 8,000.0 カンボジア 2,317.7 タイ 2,126.9 2,000.0 6,000.0 ラオス1,927.8 ベトナム 1,604.4 4,000.0 マレーシア 1,000.0 1,026.1 2,000.0 フィリピン 593.1 ブルネイ 66.4 0.0 0.0 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 資料:中国商務年鑑編集委員会編『中国商務年鑑』2013年版により作成。 中国の対 ASEAN 業種別直接投資については,表 3 のとおりである。その中で,ASEAN 域内での電力不足を解決するための開発援助と関連して,シンガポール,ミャンマー,カ ンボジア,インドネシア向けに,電力供給を中心としたインフラ整備への直接投資が全体 の 19.3%にあたる 27.8 億ドルとなり,第 1 位である。第 2 位の製造業は全体の 13.3%にあ たる 19.0 億ドルであるが,それは主に生産拠点の進出先として,ベトナム,マレーシア, タイ,カンボジア,ラオスに向けられている。第 3 位の卸売・小売業はシンガポール,ベ トナム,マレーシア,タイに,金融業は主にタイ,シンガポール,マレーシアに,リース・ ビジネスサービス業は主にシンガポール,ベトナム,ラオスにそれぞれ集中している。 表3 2010 年までの業種別直接投資残高(単位:億ドル,%) 直接投資残高 構成比 電力・ガス・水の生産と供給 27.8 19.3 製造業 19.0 13.3 卸売・小売 18.8 13.1 11 採掘業 18.4 12.8 金融業 17.6 12.3 リース・ビジネスサービス 11.7 8.2 建設 11.6 8.1 交通輸送・保管・郵政 8.4 5.9 農・林・漁業 5.3 3.7 その他 4.9 3.3 計 143.5 100.0 資 料 : 中 国 国 家 商 務 部 ・ 国 家 統 計 局 ・ 外 貨 管 理 局 『 2010 年 度 中 国 対 外 直 接 投 資 統 計 公 報 』 (http://hzs.mofcom.gov.cn/accessory/201109/1316069604368.pdf)より作成。 即ち、製造業の直接投資を中心としている日本と比べ、中国の対 ASEAN 直接投資は製 造業以外に、水力・電力発電所の建設、エネルギー開発、不動産開発、ビジネス・サービ ス、卸売り・小売、金融などへの直接投資が活発である。とくにエネルギー分野ではイン ドネシア、マレーシアに集中しているが、水力・電力発電所、港湾、石油・天然ガスパイ プラインの建設はカンボジア、ミャンマー、ラオスに集中している。製造業の分野では従 来、石油化学コンビナートの建設が盛んであったが、最近、ベトナム、カンボジアへのア パレル産業の進出が目立っている。 中国の台頭と ASEAN におけるその影響は、CLMV の対内直接投資においてとりわけ顕 著に見られる。2000 年以降、中国の同地域への投資拡大及びその結果として電力(発電) 、 石油・天然ガス、鉱業のシェア拡大は明らかである。 まず発電所の建設は、中国の国有電力企業の東南アジア進出が極めて活発な分野である。 例えば、中国華能集団がミャンマーで、中国大唐集団がカンボジアとミャンマーで、中国 国電集団がカンボジアで、中国華電集団がインドネシアとカンボジアで、中国電力投資集 団がミャンマーで、それぞれ事業を展開している。なお、これらの国有企業の進出形態は、 BOT(Build, Operate, Transfer)と呼ばれる方式を採っている。つまり、中国企業が相手 国政府と契約を結んで、ダムや発電設備を建設(Build)し、発電事業を運営(operate) し、最後にその設備の所有権を相手国に移転(Transfer)している。 この中でとくに中国大手国有電力企業のカンボジアでの事業展開が注目すべきである。 カンボジアは自国の発電能力が弱く、必要な電力をベトナム、ラオス、タイからの輸入に 依存してはいるが、このような電力不足を解決するために電力市場を国外に開放している。 こうした中で、中国電力技術輸出入公司は 2003 年にココン州でキリロムⅠ水力発電所を、 中国国網新源電力投資公司は 2009 年に同地域でのキリロムⅡ水力発電所を、中国水利水電 建設集団は 2011 年にカンポット州でカムチャイ発電所を稼動した。 この他、中国大唐集団公司は 2009 年にポーサット州で、中国重型機械総公司は 2010 年 にココン州で建設された発電所が稼動し、中国華電総公司は 2010 年にココン州で発電所の 12 建設に着工し、2014 年に完成する予定である 11)。 また、石油・天然ガスも中国が強い関心を持って、CLMV そして東南アジア諸国に接近 している分野である。もっとも、現時点での輸入量からすれば、CLMV を含む東南アジア 諸国は、原油輸入相手先としては、中東・アフリカより遥かに少ない地位しか占めていな い。しかし、原油の輸入依存率が今後、70%以上へと上昇する見通しの下で、東南アジア諸 国が保有する石油・天然ガスは、中国にとってますます重要な意味を持つ。 加えて、東南アジアの鉱物資源の探鉱・開発に対しても、中国政府は積極的な働きかけ を行っている。この点を最もよく示すのがラオスである。ラオス政府が事業運営権を与え た鉱区を取得した 65 社の外国企業のうち中国企業が 39 社を占め、ベトナム(9 社)、タイ (7 社) 、オーストラリア(6 社)等を圧倒している 12)。 以上の考察でわかるように、中国の対 ASEAN 直接投資は民間企業による製造業の生産 拠点の移転を中心とする日本と異なって、大型国有企業を主体に、資源確保のための資源 開発及び現地のインフラ整備の需要に対応するための電力、鉄道建設の投資を中心として いる。 国の発展段階から見て,経済発展のどの段階から対外直接投資をはじめるかという経済 発展段階と対外直接投資の関係に関する研究はほとんどないが,日本やアジア NIES の経 験から見ると,一国の対外直接投資は開発途上国から新興工業国へと進化する段階から始 まり,先進国の仲間入りの段階から飛躍的に拡大するという一般的傾向がある。 中国の経済発展段階は,まさに開発途上国から新興工業国への転換期にあり,中国・ ASEAN の経済協力の歴史も短い。しかし,今後,中国産業力の強化及び ASEAN との経済 協力関係の拡大に伴って,対 ASEAN 直接投資は飛躍的に拡大することが予想される。 Ⅲ 中国・ASEAN 経済連結性強化の新たな構想と課題 中国と ASEAN の貿易は 1990 年代から始まったが、2004 年から発効した「中国・ASEAN 間の包括的な経済協力に関する枠組み」のアーリーハーベスト規定は双方貿易拡大期のき っかけとなり、今年は 10 周年である。又、この 10 年間、中国と ASEAN は自由貿易協定、 ASEAN+3 首脳会議・閣僚会議、GMS(大メコン川流域開発プログラム)、 「中国・ASEAN 博覧会」 、 「広域北部湾経済協力」などの枠組みを通じて、交流を深めていった 13)。 2013 年に発足した習近平体制は、この 10 年間を「黄金の 10 年」と位置付け、これから の 10 年間にわたって、中国・ASEAN の連結性強化(「互連互通」 )を通じて、さらに「ダ イヤモンドの 10 年」を切り開こうと強い意気込みを見せている 14)。この「ダイヤモンドの 10 年」を切り開くための重要な政策は、連結性強化であるが、現状から見て、それを実現 する可能性がある。しかし、中国と ASEAN との連結性強化は「南シナ海」問題や東アジ アの複雑な大国関係などと絡み合って、課題も山積されている。以下、その連結性強化枠 組みの内容からその実現可能性と課題を述べていきたい。 13 1. 「2+7」協力枠組み構想 中国・ASEAN 連結性強化の計画は 2013 年 10 月 9 日にブルネイで開催された中国・ ASEAN 首脳会議では、中国の李克強首相が提起された「2+7」協力枠組み構想を基本とし ているが、その内容は下記のとおりである。 この「2+7」の「2」は、 「第 1 は経済協力拡大の根本は戦略的相互信頼関係の深化と友 好関係の拡大、第 2 は経済協力の鍵は経済発展であり、双方は幅広く、深く、ハイレベル、 全面的な経済協力に努力すべき」という二つの政治的認識を共有することである。 「7」は上述の二つの政治的認識共有を踏まえ、七つの分野での経済協力を推進すること であるが、その内容は下記のとおりである。 (1)なるべく早い時期に「中国・ASEAN 国家親睦友好条約」を締結することにより、 双方の協力に法的及び制度的保障を確立すること、 (2)中国・ASEAN 自由貿易協定のバージョン・アッププロセスを加速することにより、 2020 年には双方の貿易額を 1 兆ドルに拡大すること、 (3) 「中国・ASEAN 連結(互連互通)強化委員会を活かして、 「アジアインフラ投資銀 行」設立の準備及びアジア鉄道建設を進め、連結性を強化するためのインフラ整備を促進 すること、 (4)中国・ASEAN 銀行連合会の充実により、通貨交換及び本国通貨による貿易決済の 規模と範囲を拡大することにより、金融協力と為替リスクの回避対策を強化すること、 (5) 「海上シルクロード」の構築及び海洋経済、漁業協力により、海上協力を着実に推 進すること、 (6)災害防止、ネットワーク安全、テロ対策などを含めた非伝統的安全保障分野での交 流と協力を強化すること、 (7)人文、科学技術、環境保護での交流を拡大することなどである。 この 7 つの分野は今後、中国と ASEAN との経済協力のメインとなると見込まれている が、その中で、とくに自由貿易協定のバージョン・アップ、アジアインフラ投資銀行の設 立、アジア広域鉄道網の建設は重点項目になるのではないと見込まれている。 2.中国・ASEAN 経済協力枠組みの新たな動向 中国と ASEAN の新たな枠組み構築において、下記の動向が注目すべきである。 (1)ACFTA のバージョン・アップ。今後の中国と ASEAN における経済協力枠組みの 進展に関しては、とくに注目すべきは自由貿易協定のバージョン・アップである。 現在の中国と ASEAN の経済協力は「中国・ASEAN 自由貿易協定」を基軸に、2005 年 に物品貿易協定が発効、2007 年にサービス貿易協定を、2009 年に投資協定を締結した。 2010 年 1 月から中国と ASEAN6 とは 0 関税を実施しており、ASEAN4 とは 2015 年から 段階的に 0 関税を実施することになる。今後、投資と貿易の分野拡大や一層の円滑化・効 率化は重要な課題となっている。 このような背景で、2013 年 10 月に李克強総理は ACFTA のバージョン・アップを宣言 14 して以来、中国と ASEAN は 2015 年の締結に向けて、物品貿易、サービス貿易、投資協定、 経済技術協力などの分野をめぐって、5 回にわたって交渉を行ってきた。これにより、中国 と ASEAN において、物品、サービス、投資など、幅広い分野での更なる自由化と効率化 だけでなく、金融、インフラ整備での経済協力を一層促進するであろう。 (2) 「アジアインフラ投資銀行」の設立。最近、中国側が提唱した「BRICS 投資銀行」 の設立に次いで、 「アジアインフラ開発銀行」の設立も中国・ASEAN 自由貿易協定のバー ジョン・アップの重要な内容として提起され、日米では話題になっていることである。日 米の心情が難しいのであるが、そのいずれも日米欧が主導されている現在の国際金融秩序 への中国のチャレンジに強い警戒心を示している。 中国は国際金融分野へと進出する最大の背景は国内経済力の増強である。巨額な外貨準 備高、国内金融市場の急拡大、企業の海外事業展開に伴って、政策性開発金融機関として、 1994 年に設立された国家開発銀行(CDB)に続いて、1997 年に輸出入銀行を、2001 年に 中国輸出信用保険公司(EXIMB)を、2007 年に政府系ファンドとして、中国投資有限責任 公司(CIC)などが相次いで設立された。これらの金融機関は中国企業の海外での資源・エ ネルギーの開発、インフラ整備、建設プロジェクトの請負などの大規模の事業展開を支援 している。今回の「BRICS 投資銀行」や「アジアインフラ投資銀行」の設立はむしろ、中 国の国家政策性開発金融の海外への延長であり、いまの中国の金融事情とアジア経済開発 の現状からみて、その実現可能性が十分あるといえよう。 しかし、中国政策性開発金融の海外展開は初期段階にあり、その規模が世界銀行、アジ ア開発銀行と比べ、小さいだけでなく、経営ノウハウも不十分であるため、アジア開発銀 行に取って代わって、アジア国際金融のメインバンクにはなれないが、中国と ASEAN と の経済協力を一層促進するのはほぼ紛れもないことである。 (3)アジア鉄道網の建設。上述の中国・ASEAN 自由貿易協定のバージョン・アップも アジアインフラ開発銀行の設立もその狙いの一つはアジア鉄道網の整備計画である。 ASEAN は早くも 1995 年には「アジア広域鉄道網計画」に合意し、その計画の実施を着 実に進めている。中国もこの鉄道網計画における中国側の鉄道建設を「中国鉄道中長期発 展計画」に組み入れ,この鉄道網計画の実施に積極的に対応している。最近の注目すべき 動向としては、中国とタイのこの鉄道網建設計画における協力である。 タイは周辺国との物理的連結性を強化するため、ミャンマー、ラオスとの越境鉄道建設 の計画を作成しており 15)、中国も積極的に対応している 16)。しかし、この ASEAN での鉄 道建設に関しては、中国は日本と競合関係にあり、中国は必ずしも、落札できる保証はな い。とくに最近、中国とミャンマーの鉄道建設計画が中止したことは、中国のアジア鉄道 建設への参加に影を落とし、東アジアの複雑な国際関係も反映されている。 むすびにかえて 15 上述したように、2000 年以降、中国と ASEAN の貿易・投資の拡大に伴って、その経済 連結性は確かに強まっていった。しかし、中国と ASEAN の関係は、単に経済関係だけで なく、東アジアの既存する国際秩序と中米日などの大国間の複雑な政治・軍事関係と絡み 合って、まったく異なる二つの側面を呈している。まず、経済の面から見れば、世界第 2 位の輸入国としての中国は ASEAN にとって、欠かせない市場であり、経済力が強くなっ ている中国も、ASEAN に対する市場開放、直接投資、金融協力及び資金援助などは、中国・ ASEAN の経済協力を促進する要因となっており、その潜在力が非常に大きいといわざるを 得ない。 一方、難しい東アジア国際関係の中で、中国とフィリピン、ベトナムとの「南シナ海」 問題の深刻化、中日関係の悪化、ASEAN 諸国の中国経済への過度的依存に対する不安、日 米の中国台頭への警戒心及び中国に対する強い牽制政策などの地政学リスクは、中国と ASEAN 経済協力を阻害するマイナス要因となっており、とくに ASEAN を舞台にした中米 の駆け引きの激化、日本は価値観外交により中国を強く牽制し、TPP で RCEP に対抗する 「中国への囲い込み」政策は、中国と ASEAN 経済連結性強化の計画に向けた各国の取り 組みに足並みの乱れをもたらすであろうと予想される。 要するには ASEAN や中国など、新興国の台頭により、東アジアでは新旧秩序の転換期 にあり、中国と ASEAN との経済協力は単に経済要因だけでなく、政治・軍事などの地政 学要因に左右されており、中国も ASEAN 諸国も経済協力への舵取りが難しくなりつつあ る。中国は日米の牽制を回避しながら、ASEAN との連携性を強化しようと努力してはいる が、いかにこれらの地政学要因を乗り越えるかは避けては通らない課題となっている。 注: 1)中国・ASEAN の FTA では完全な関税引下げを実施している。その「物品貿易協定」によると,中 国と ASEAN6 との間では,センシティブ商品を除いて,2005 年には 40%の商品,2007 年には 60%の商 品の関税を 5%以下に引き下げ,2010 年 1 月から 90%の商品に対し,0 関税を実施した。これにより,中 国対 ASEAN の平均関税率は従来の 9.8%から 0.1%に引き下げられた。また,中国と ASEAN4 との間で は,2009 年に 40%の商品の関税を 5%以下に引き下げ,2013 年に 40%の商品,2015 年にすべての商品 に対し,0 関税を実施する計画である(中国国家商務部「中国・ASEAN の関税引下げプロセス」 ) 。 2)中国産業の国際競争力の強化に関しては、唱 新『値本蓄積と産業発展のダイナミズム-中国産業の雁行型 発展に関する経済分析-』晃洋書房、2011年版を、日系企業の対ASEAN生産拠点の移転による中国華南地域か らASEANへの輸出拡大に関しては、池部 亮『東アジアの国際分業と「華越経済圏」-広東省とベトナムの生産ネ ットワーク』、JETROアジア大洋州課編「珠江デルタ進出日系企業の対ASEAN事業戦略」をご参照されたい。 3)貿易特化係数は(輸出-輸入)/(輸出+輸入)で算出されているが、その意味は1に近付くほど産業の国際競 争力が強く(競争優位産業)、-1に近付くほど産業の国際競争力が弱い(競争劣位産業)のであり、0に近付くほど 産業内国際分業が発達するということである(筆者注)。 4)2012年には中国対ASEANの鉄鋼輸出は25%増の1,229万トンであった。その主な輸出先に対して、対タイは 23%増、対ベトナムは16.1%増、対シンガポールは30%増、対インドネシアは38%増であった(資料:鄭軍健編『中 16 国・ASEAN商務年鑑2013』、広西人民出版社、2013年版、48ページ)。 5)A国とB国の経済的連結性を表すには輸出依存度と輸出結合度という二つの基準がある。輸出依存度は輸出 国からみた相手国との経済的連結性の強さを表すものだとすれば、輸出結合度は(A国対B国の輸出依存度)/(世 界対B国の輸出依存度)で表している。その意味は世界全体の貿易量を基準として、両国間の貿易関係はこの基 準からどの程度かけ離れているかを示すもので、1を上回れば、貿易の緊密度が高いとされている。両者は一致す る場合もあるし、乖離する場合もある(筆者注)。 6)華越経済圏に関しては、池部 亮、前掲書をご参照されたい。 7)中国商務部の発表データでは、2012年中国対ASEAN輸入は1,958.2億ドルであるが、JTERO海外調査部アジ ア大洋州課のIMF 「Direction of Trade Statistics Yearbook 2013」に基づいて作成したASEAN10カ国貿易統計で は1,421.6億ドルとなり、両者には536.6億ドルの差がある(筆者注)。 8)2012年の世界輸出総額に占めるシェアについてみると、シンガポールは2.1%、タイとマレーシアは1.2%、イン ドネシアは1.1%、ベトナムは0.7%、フィリピンは0.5%、ミャンマーは0.09%、カンボジアは0.08%、ブルネイとラオス は0.03%である(JETROアジア大洋州課の編集「ASEAN10ヶ国貿易」により筆者試算)。 9)2012 年現在,中国の対世界直接投資残高は 5,319.4 億ドル,対アジア直接投資残高は 3,644.1 億ドル である(中国商務年鑑編集委員会編『中国商務年鑑』2013 年版,191 ページ) 。 10)中国対 ASEAN 直接投資の産業別構造に関しては、唱 新「中国と ASEAN の経済連携」 (坂田幹 男・唱新編著『東アジアの地域経済協力と日本』晃洋書房、2012 年 3 月版所収)を参照されたい。 11)鄭軍健編『中国・ASEAN商務年鑑2013』、広西人民出版社、2013年版、163ページ。 12)末廣昭「中国の対外膨張と東南アジア」(JETRO All rights reserved)。 13)中国・ASEAN 経済協力の枠組みに関しては、唱新、前掲を参照されたい。 14)2013 年 10 月に開催された APEC 首脳会議に際して、習近平主席がインドネシア、マレーシアを訪問した時、 初めて「ダイヤモンドの 10 年」を切り開く構想及び「中国・ASEAN 運命共同体」構想を提起し、その具体的な政策と しては、同時期に開催された東アジアサミットに参加した李克強首相が「2.+7」枠組みを提案し、その後のブルネイ、 タイ、ベトナムの訪問で、各国首脳に積極的に働きかけた。 15)タイでは 2013 年に憲法裁判所審議中の「タイインフラ整備推進のための 2 兆バーツプロジェクト」の中で、鉄 道システムの改善のために 3,083 億バーツの予算を計上している。その目標は貨物列車の平均速度を 39km/hか ら 60km/hに、旅客列車の平均速度を 60km/hから 100km/hに、貨物輸送における鉄道のシェアを 2.5%から 5% に引き上げる(JETROタイ事務所へのインタビュー)。 16)2013 年 10 月に李克強総理はタイを訪問する際、中国の鉄道を進めていたが、インラック首相(当時) と、今後の 5 年間、タイから 100 万トンの米を輸入するという「お米と鉄道の交換」構想も示した。従来、 2014 年には入札を開始する予定であった。その後、タイのクーデターにより中止したが、最近、新たな進 展が見られたという。 (唱新) 17