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高齢者の続発性自然気胸に対する 自己血注入による胸膜癒着療法の

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高齢者の続発性自然気胸に対する 自己血注入による胸膜癒着療法の
237
Kitakanto Med J
2014;64:237∼242
高齢者の続発性自然気胸に対する
自己血注入による胸膜癒着療法の有用性
要
門
脇
野
田
大
晋, 尾
形
敏
郎, 五十嵐
清
美
地, 井
上
昭
彦, 池
憲
政
佐
藤
尚
文
田
旨
【背景・目的】 続発性自然気胸に対する自己血注入による胸膜癒着療法について, 当科での成績を報告する.
【対象と方法】 胸腔内に自己血を注入した 9 症例を対象とした. 注入量は患者の全身状態や
じて決定した. 【結
果】 9 例に合計 19 回 (平
2 回) 注入した. 平
血の程度に応
年齢 : 74.4±8.7 歳, 全て男性であっ
た. 8 例で喫煙歴を認めた. 奏効率は 78%であり, 2 例が改善せず衰弱死した. 【結
語】 自己血による胸膜
癒着療法は安全で効果的な治療方法であり, 高齢者の続発性自然気胸に対する治療の第一選択として検討す
べきと
えられた.(Kitakanto Med J 2014;64:237∼242)
キーワード:気胸, COPD, 高齢者, 胸膜癒着療法, シルバーケア
は
じ
め
と判断された場合に, 20Fr のダブルルーメンチューブを
に
患側の胸腔内に挿入し, チェストドレーンバックに接続
胸腔ドレナージで改善しない気胸に対する治療は手術
した. -10cm H O で持続吸引をした状態で数日経過観察
が一般的であるが, 高齢化社会の進行に伴い高度の呼吸
し, air leak が持続するようであれば胸膜癒着療法を
機能障害のため全身麻酔が困難な高齢患者が増加してい
慮した. 自己血は通常は正中肘静脈, 確保困難であれば
橈骨動脈や大
る. そのような症例では胸膜癒着療法を行う.
胸膜癒着療法に用いられる薬剤は様々なものがあるが
動静脈より採取し, 直ちにダブルルーメ
ンチューブより注入した. 注入量は患者の全身状態や
他の薬剤のような注入に
血の程度に応じて増減した. 他の薬剤を用いる場合は
よる発熱や疼痛が少ないとされる. 当科でも胸腔ドレ
OK432 (ピシバニール) 10kE+ミノサイクリン塩酸塩
ナージのみで改善しない難治性気胸を発症した高齢者数
(ミノマイシン) 200mg を生理食塩水に溶いて 50ml とし
例に自己血による癒着療法を施行したため, その成績と
たものを注入した. 注入後は患者の状態や病変の位置に
有用性を報告する.
応じて体位変換やチューブの拳上を一定時間
自己血も有効とされており,
対
(15∼30
) 行った.
象
結
2011 年 4 月から 2013 年 9 月の期間に気胸で当科に入
院し, 胸膜癒着療法として自己血注入を行った 9 例を対
9 症例 (表 1) に合計 19 回 (平
果
2 回) 注入した. 平
年齢 : 74.4±8.7 歳 (57-84 歳), 全て男性であった.8 例で
象とした.
方
喫煙歴を認めた. 基礎疾患の内訳は慢性閉塞性肺疾患
法
(Chronic Obstructive Pulmonary Disease: COPD) 7 例,
受診時の段階で手術適応がない, または可能性が低い
1 群馬県富岡市富岡2073-1
立富岡 合病院外科
平成26年4月9日 受付
論文別刷請求先 〒370-2393 群馬県富岡市富岡2073-1
立富岡
間質性肺炎 2 例であった. 合計の自己血注入量の平
合病院外科
門脇
晋
は
難治性気胸に対する自己血による胸膜癒着療法
238
表1 当科における胸膜癒着療法
自己血注入例
症例
年齢
性別
気胸
既往
基礎疾患
喫煙
喫煙
指数
自己血
注入回数
注入量
(ml)
他薬剤
併用
転帰
1
2
3
4
5
6
7
8
9
57
71
83
77
68
71
84
82
77
M
M
M
M
M
M
M
M
M
−
+
−
−
−
+
−
+
−
COPD
COPD
間質性肺炎
間質性肺炎
COPD
COPD
COPD
COPD
COPD
+
+
+
−
+
+
+
+
+
320
1000
800
0
940
720
640
800
860
3
1
3
3
2
1
2
2
2
600
100
450
1070
200
100
200
200
200
−
+
−
+
+
−
+
+
−
治癒
治癒
治癒
死亡
治癒
治癒
治癒
死亡
治癒
図1
胸部 CT 検査所見(症例 1)
左気胸を認め, 縦隔は右方に shift していた. 左上肺野には複数の bulla を認めた. 右
肺にも bulla を多数認めた.
346±317ml (100-1070ml) であった.
治療を行う方針となった. 一旦 air leak は消失したため
自己血のみ注入した症例は 4 例で, いずれも癒着療法
胸腔ドレーンを抜去し入院 12 日目に退院したが, 退院
が成功した. OK432 (ピシバニール) 10kE+ミノサイク
後 3 日目に左気胸再燃し再入院した. 再度胸腔ドレーン
リン塩酸塩 (ミノマイシン) 200mg を併用した症例は 5
を留置し胸膜癒着療法を
例であった. 全体の奏効率は 78%であり, 2 例が繰り返
内の空間が広く,OK432 (ピシバニール) +ミノサイクリ
す癒着療法に反応せず衰弱死した.
ン塩酸塩 (ミノマイシン) ではなく, ある程度の容量の投
主な症例 (表 1 の症例 1, 3, 4) について提示する.
症
例
患
者:57 歳, 男性.
主
訴:咳嗽, 呼吸困難感, 発熱
1
慮した. 肺の虚脱による胸腔
与が可能である自己血による癒着療法を計画した. 補液
をしながら自己血 400ml を 1 回, 後日 100ml を 2 回注入
し air leak 消失を確認, ドレーン抜去し退院した.
症
例
既往歴:うつ病, アルコール性肝障害
患
者:83 歳, 男性.
生活歴:喫煙
主
訴:心窩部および背部痛
8 本/日, 20 年
3
現病歴:一週間前より咳嗽, 微熱あり. 歩行時の呼吸困
既往歴:間質性肺炎, 肺線維症, 心筋梗塞
難感と咳嗽の増悪のため近医受診. 胸部レントゲンで左
生活歴:喫煙 20 本/日, 40 年
気胸を指摘され当科紹介された.
現病歴:朝から特に誘引なく心窩部痛, 背部痛を自覚し
CT:左気胸を認め, 縦隔は右方に shift していた. 左上
当院受診. 胸部レントゲンで右気胸を認め胸腔ドレナー
肺野には複数の bulla を認めた. 右肺にも bulla を多数認
ジ後に当科入院した.
めた (図 1).
CT(胸腔ドレナージ後):両側の著明な肺気腫あり.右
経
肺の拡張はドレナージ後にも関わらず不十
過:胸腔ドレナージを施行し入院した. 全身麻酔下
の bulla 切除術を
慮したが, 右側に大きな bulla があり
術中に右側気胸が発生する可能性があることから保存的
であった
(図 2).
経
過:入院後も air leak は改善しなかった. 全身麻酔
239
図2
胸部 CT 検査所見(症例 3)
両側の著明な肺気腫あり. 右肺の拡張はドレナージ後にも関わらず不十
図3
であった.
胸部レントゲン検査所見(症例 4)
右気胸あり (左側). 胸腔ドレナージ後は右肺の拡張を認めるものの右
肺野全体の透過性が低下している (右側).
は困難と判断し, 胸膜癒着療法を計画した. 当初 OK432
経
(ピシバニール)10kE+ミノサイクリン塩酸塩 (ミノマイ
塩酸塩 (ミノマイシン) 200mg による胸膜癒着療法を 1
シン) 200mg を 4 回行ったが, 発熱などの反応にも乏し
度試みたが, 効果はなかった. チューブの位置を修正し,
く air leak は改善しなかった. 5 回目の胸膜癒着療法と
再度 OK432 (ピシバニール) 10kE+ミノサイクリン塩酸
して自己血を 200ml 注入した. その後 air leak は続くも
塩 (ミノマイシン)200mg を注入したが, 同様に効果を認
のの leak の勢いは減少した. 後日 50ml, 200ml ずつ注入
めなかった. 発熱や胸痛による全身状態悪化を認めたた
した段階で air leak 消失を確認, ドレーン抜去し退院し
め, 3 回目は自己血注入を計画した. 肺の虚脱による胸腔
た.
内の空間が広いため, 補液を行いながら自己血 300ml を
症
例
4
過:OK432 (ピシバニール) 10kE+ミノサイクリン
注入, 一週間後に 400ml を注入した.Air leak は改善なく
血が進行してきたため, 赤血球濃厚液の輸血後にさら
患
者:77 歳, 男性.
に自己血 370ml を注入したが改善しなかった. 衰弱が
主
訴:息切れ
徐々に進みこれ以上癒着療法は困難と判断. 症状緩和に
既往歴:脳梗塞, 間質性肺炎のため在宅酸素療法導入後
生活歴:喫煙無し.
現病歴:息切れを認め当院内科受診. 胸部レントゲンで
右気胸を指摘され胸腔ドレナージ施行後に当科入院し
徹し, 入院 37 日目に永眠した.
察
気胸は胸膜腔内の空気と定義され, 部
的または完全
た.
な肺虚脱を引き起こす病態である. 気胸は自然に起こる
胸部レントゲン:右気胸あり. 胸腔ドレナージ後は右肺
こともあれば, 肺の基礎疾患, 外傷, または医療行為が原
の拡張を認めるものの右肺野全体の透過性が低下してい
因で起こることもある. COPD など肺の基礎疾患を伴
た (図 3).
う患者に発生する場合は続発性自然気胸と称するが, 喫
240
難治性気胸に対する自己血による胸膜癒着療法
煙や社会の高齢化を背景に我々の日常診療において高齢
ては不十
の続発性気胸患者が増加していると実感している.
た. 当科では一回の最大注入量として, 日本赤十字社が
筆者らは, 全国や群馬県平
と比較して当院の医療圏
であり, ある程度の容量が必要と我々は
指定する全血献血の一回献血量 (200ml または 400ml)
は約 10 年高齢化が進んでいること, 当科における入院
を参
患者の平
を行いながら時間をかけて採血し, 全身状態や
年齢が 2002 年は約 66 歳, 2012 年は約 70.5
え
とした. 一度に 200ml 以上採血する場合は輸液
血の状
歳と高齢化が急激に進行していることを提示し, 医療を
態を確認しながら安全性に配慮したことで, 処置に伴う
取り巻く環境の変化について述べた.
合併症は幸い認めなかった.
高齢者の増加に
伴い若年者と同様に検査・治療することで思わぬ合併症
当科では良性疾患であっても全身状態が悪い高齢者に
が生じる可能性がある. そのため気胸に対しても高齢者
対し, 標準治療に捉われず緩和治療を行っており, その
ならではの対応が要求される.
ような医療理念, 哲学をシルバーケアと呼称している.
気胸の初期治療は安静, 胸腔穿刺または胸腔ドレナー
現在のところ 9 例という少数の経験であるが, 中でも高
ジが基本である. 気胸の治療は保存的治療, 手術治療に
度な呼吸機能低下症例にとっては自己血による胸膜癒着
けられる. 肺虚脱が高度な場合や症状を有する場合は
療法は①副作用がない②
血がなければ繰り返し行える
胸腔ドレナージにより排気し, 若年者で胸腔ドレナージ
③薬剤コストがかからない④注入量も制限がないといっ
を行ったにも関わらず治癒しない場合は全身麻酔下に
たメリットがあると
bulla または bleb を切除し根治を目指す.
念を体現するシンプルかつ有用な治療手段であると
当科では何
えられ, まさにシルバーケアの理
え
らかの理由で全身麻酔が困難な症例が胸腔ドレナージの
られる. 自己血による胸膜癒着療法は, OK432 などの薬
みで改善しない場合は, 胸膜癒着療法を行っている.
剤で改善しない, または処置後の体力低下が懸念され
胸膜癒療法は胸腔ドレーンより薬剤を注入し, 胸膜と
用できない場合の選択肢として検討すべきと
えられ
肺実質とを癒着させることで気胸を改善させる治療法で
た. 癒着成功後の症例では現在のところ合併症や再発は
ある.
認めていないが, 今後
胸膜癒着療法に用いられる薬剤にはテトラサイ
に症例を重ねることで至適な自
クリン系抗菌薬, OK432, フィブリン糊, 自己血などが
己血注入量や再発率などを
用されている. 肺尖部を中心に癒着剤が胸腔に広がるよ
していきたい.
うに体位変換することが重要である.
お
我々は難治性気胸に対する癒着剤として, 自己血に注
わ
慮した適応についても検討
り
に
目した. 岡田らは自己血による胸膜癒着療法として 17
気胸に対する胸膜癒着療法における自己血注入は一定
例中 13 例 (76.4%) に成功したと報告している. さらに
の効果を認め, 特に全身状態の悪い症例や肺虚脱による
自己血注入は間質性肺炎を基礎疾患に持つ症例において
胸腔内の空間が広い症例への選択肢のひとつとして検討
も安全性があり, 肺切除後の air leak に対しても有用と
すべきと
されている.
えられた.
当科では胸膜癒着療法の第一選択として,
文
OK432 (ピシバニール) 10 kE+ミノサイクリン塩酸塩
(ミノマイシン)200mg を投与してきた.OK432 とミノサ
イクリン塩酸塩による胸膜癒着療法を行うと発熱, 強い
疼痛を発症することが多いため, 癒着効果は高いものの
手術不能の気胸患者にとっては体力の低下が無視できな
い. さらに OK432 は胸膜癒着療法への
用は保険適用
外であることも問題である. そこで当科は自己血を用い
献
1. 自然気胸治療ガイドライン編集委員会
イドライン編.
自然気胸治療ガ
http://www.marianna-u.ac.jp/gakunai/chest/kikyou/
guaidline.htm.
2. 岡田尚也, 成田吉明, 井上 玲ら. 難治性気胸に対する胸
膜癒着療法の臨床的検討. 臨床と研究 2012; 89 : 12511255.
た胸膜癒着療法を数例に行った. 複数回投与例も含める
3. Aihara K, Handa T, Nagai S, et al. Efficacy of blood-
と当科における自己血注入例の奏効率は 78%であり, 合
patch pleurodesisforsecondaryspontaneouspneumothor-
併症を特に認めなかったことから, 有用な方法であると
ax in interstitial lung disease. Intern Med 2011; 50:
実感した. 自己血の注入量に関して一定の見解はない.
一回の注入量は 50ml とする報告があるが, 肺切除後の
air leak に対し 0ml, 50ml, 100ml との比較では有意に
100ml が効果的であったとされており, 岡田らの施設で
1157-1162.
4. Andreetti C, Venuta F, Anile M, et al. Pleurodesis with
an autologous blood patch to prevent persistent air leaks
after lobectomy. J Thorac Cardiovasc Surg 2007; 133:
759-762.
は注入量を 200ml と報告している. 提示した症例 1,3,4
5. Ando M, Yamamoto M, Kitagawa C, et al. Autologous
などのように肺が虚脱したことによる胸腔内のスペース
blood-patch pleurodesis for secondary spontaneous
が大きい場合は 50 ml という投与量では癒着の効果とし
pneumothorax with persistent air leak. Respiratory
241
medicine 1999 ; 93: 432-434.
6. メルクマニュアル. 第 18 版, 日経 BP 社.
7. 門脇 晋, 尾形敏郎, 五十嵐清美ら. 高齢者に対する腹部
救急への提言
―シルバーケアの実践―. THE KITA-
KANTO Med J 2013; 63(4): 357-363.
8. 門脇 晋, 尾形敏郎, 五十嵐清美ら. 高齢者医療における
シルバーケアという
え方. THE KITAKANTO Med J
2014; 64(2): 183-191.
9. 呉屋朝幸編. 一般外科医のための呼吸器外科の要点と盲
点, 文光堂 2008.
10. 日本赤十字社ホームページ
http://www.jrc.or.jp/donation/terms/
242
難治性気胸に対する自己血による胸膜癒着療法
Efficacy of Pleurodesis with an Autologous Blood Patch
for Secondary Spontaneous Pneumothorax
in Elderly Patients
Susumu Kadowaki,
Daichi Noda,
Toshiro Ogata,
Akihiko Inoue,
Kiyomi Igarashi,
Norimasa Ikeda
and Naohumi Sato
1
Department of Surgery, Tomioka Public General Hospital, 2073-1 Tomioka, Tomioka,
Gunma 370-2393, Japan
Background: We herein report our findings of a study on the performance of pleurodesis by means of
placing an autologous blood patch into the refractory pneumothorax. M ethods: We retrospectively
reviewed 9 cases who had an autologous blood patch injected into thoracic cavity. The injection rate
was determined according to the level of the patients overall status and anemia. Results: Autologous
blood patches were thus injected 19 times in a total of 9 cases. The average age was 74.4±8.7years old,
and all cases were males. Eight of the 9 patients reported a historyofsmoking. The response rate was
78%, and 2 cases did not show an improvement in pneumothorax and died. Conclusion : The performance of autologous blood patch pleurodesis is therefore considered to be a safe and effective treatment
method. This method should therefore be used as a first line treatment for secondary spontaneous
pneumothorax in elderly patients.(Kitakanto Med J 2014;64:237∼242)
Key words:
pneumothorax, COPD, elderly patients, pleurodesis, silver care
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