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「4D 肺モデラー」 (またの名を Lung4Cer) で知る新しい呼吸器
「4D 肺モデラー」 (またの名を Lung4Cer) で知る新しい呼吸器学 Ver.1.1 北岡 裕子 はじめに 「4D 肺モデラー」 は、肺の解剖と生理を学習・研究するための4D(3 次元空間+時 間)モデルを生成するソフトウエアです。マイクロソフト社のビジュアルスタジオのC+ +コンパイラーを用いて著者が開発したもので、希望者に無償配布します。 4D というと難解な印象をもたれがちですが、我々が生きている世界で起こることはすべ て 4 次元の現象で、特別なものではありません。現代人は紙やモニタ画面のような 2 次元 媒体を介して情報交換をしていますが、自然界ではこちらの方が特殊です。2次元情報を 認識するには視覚系だけで事足りますが、3次元以上の現象を認識するには運動系を動員 する必要があります。ルーブル美術館でモナリザを鑑賞するときは直立不動でもかまいま せんが、ミロのビーナスだと、自分の体を動かしていろいろな方向から観察しますよね。 他に誰もいなければ、触りたくなります。日本語の「まなぶ」は、「まねぶ」「まねる」が 語源です。 「まねる」とは、対象のもつ 4 次元特性を自らの身体を用いて再現すること、つ まり、運動系を用いて空間の広がりと時間の流れを再構成することを意味します。 「職人芸」 や「秘伝の奥儀」は、言語化しがたい4次元情報を直接伝達する体系なのです。 現代は、コンピュータグラフィクスを中心とする仮想現実技術が、我々に新たな「まな び」の方法を提供してくれます。仮想現実には GUI(グラフィカルユーザインターフェース) がつきものです。つまり、ユーザの能動的な行為を前提としているわけです。作成したモ デルをマウスで動かしながら、いろんな方向、断面で観察し、自分の呼吸と同期させてコ マ送りしてみてください。肺の4D 構造が、自分自身の身体記憶として理解していただける ようになると思います。とはいうものの、モデルを自分の手で触れられないのは、もどか しいものです。付録にある「折り紙肺胞モデル」を実作していただき、コンピュータモデ ルと一緒にお使いいただくことをお勧めします。 英字の「Lung4Cer」は、”Lung CataChiCalaCli-er”が正式名です。 “CataChiCalaCli-er” は「かたちからくり屋」の英字表記で、”4Cer”は forcer(促成栽培者)を掛けた略語です (以前は“KataChiKaraKuri” としていましたが、K を C に変えて4C としました。さらに、 rを l にかえて“CataChiCalaCli”としました。綴りの対称性がよいので、かなり気に入 っています)。 「かたち」は「かた」 (型=空間)と「ち」 (霊=エネルギー)の複合語です。 また、 「からくり」は「から」 (絡=関係、作用)と「くり」(繰=周期)の複合語です。さ らに、 「ちから」も「ち」と「から」の複合語です。 「かたちからくり」は「構造」と「機 能」を意味するだけでなく、「構造」と「機能」をつなぐ「力」が働くことをあらわしてい ます。さらに「かたち」のできる「からくり」と解釈すれば、これは形態形成です。基礎 概念と複合概念も含めて「かたちからくり」を他の言語に翻訳することはできないので、 そのままアルファベット表記にしたのが“CataChiCalaCli”です。日本の科学技術は欧米 1 からの借り物で独自性に欠ける、と日本人自身が強く意識しながら、明治以来の百数十年 が経過しました。しかし、古代の日本人が物理学の基礎概念と概念間の関係を明確に表現 したこと、そして、それらの言葉を今なお日常語として用いていることを思えば、日本の 科学にも独自の深みと広がりがあるはずです。日本の「ものづくり」も、つくることで対 象を理解するという科学観によって培われてきたように思われます。対象の 4 次元特性の 再構成を意味する“CataChiCalaCli”が人類共有の知になるようにとの願いをこめて、 「Lung4Cer」という英字名にしました。 本ソフトを実行するPCは Windows(Xp, Vista,7, 32/64) 、メモリー1GB以上を想定 しています。モデルの観察は、フリーソフトの ParaView をお使いいただくよう、ParaView 用のファイルを出力する仕様になっています。ParaView は米国製の科学技術用の可視化ソ フトウエアで、インターネットから簡単にダウンロードできます。 肺モデル生成のアルゴリズムの骨子は、学術論文としてすでに発表されています(文献 をご参照ください) 。呼吸運動による空気の流れは、計算流体力学(Computational Fluid Dynamics: CFD)の手法でシミュレートすることができますが、CFD に用いるモデルは、気 管支の分岐部がきれいにつながっていなければならないのはもちろんのこと、空気の通る すべての空間を計算可能な小さな領域(有限要素といいます)に分割する必要があります。 しかも、呼吸運動中にそれぞれの領域がつぶれないように分割しなければなりません。こ こで紹介する肺モデラーは、気流シミュレーションが可能なモデルを作成するために新た に開発したアルゴリズムを含んでおり、気管から肺胞までのすべての構造が、ひとつなが りの面として表現されています。つまり、実際の肺が上皮というひとつながりの面で被覆 されているのと同じ仕様になっています。 計算力学研究のためのモデル作成は高性能・大容量の計算機が必要ですので、今回のバ ージョンにはその機能は付加されていませんが、近い将来、気流計算用の拡張バージョン をリリースする予定にしています。計算呼吸器学に興味をお持ちの方々に自由にお使いい ただき、呼吸器学の進展に貢献できれば、と願っています。 アプリケーション開発は不慣れなため、不具合がいくつかあることと思います。また、 解剖学的、生理学的に整合しない部分もあろうかと思います。今後もたゆまず改良を重ね ていきたいと思っておりますので、皆様方の忌憚のないご意見をお待ちしております ([email protected] ) 。 2011 年 2 月 3 日 北岡 裕子 2 目次 0.はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 ・・・・・・・・・・・・4 1. 起動して気道モデルをつくりませ 2. ParaView で気道モデルをご覧あれ (1)ダウンロードから起動まで ・・・・・・・・・・8 ・・・・・・・・・・・・8 (2)ファイルの読み込み (3)モデルの観察 ・・・・・・・・・8 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9 (4)画像データの作成、保存 ・・・・・・・・・・・・・15 3. モ デ ル 生 成 パ ラ メ ー タ の 詳 細 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 1 6 4. 「 気 道 樹 + 支 配 領 域 」 モ デ ル (1) 全 肺 モ デ ル ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 20 ・・・ ・・・ ・・・・22 (2) 肺 区 域 モ デ ル 5. 気管から肺胞までの気流路モデル 6. 肺胞系モデル (1) 直進肺胞管モデル (2) 折り紙肺胞管モデル (3) ピラミッド型亜細葉モデル ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 2 0 ・・・・・・・・・・24 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・29 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 29 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 31 ・・・・・・・・・・・・・・ 33 7. 全肺体位変換モデルによる換気分布推定 8. 文献 ・・・・・・・・35 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・38 付録: 肺胞管折り紙モデル (厚めのコピー用紙に印刷して切り抜いて実作してください) 3 1 章:起動して気道モデルをつくりませ 1.モデラーのアイコン をダブルクリックすると、白い画面が現われます。 2. 上端の左から2番目の「モデル生成」をクリックすると、 「モデルの種類」というタブが 見えます。 「モデルの種類」 を開きます。パラメータ入力画面が開きます。 3.とりあえず、そのまま一番下の「OK」をクリックしてください。直ちに、パネル上に、 区域枝までの気道樹が描画されます(全肺気量位における形状です) 。画面が小さいと表示 4 が全部見えない場合があります。画面の右縁をマウスでドラッグして、文字が全部見える ようにしてください。 4.次に、「モデル生成」のとなりの「ファイル出力」をクリックし、 「ファイルの種類」 というタブを開くと、ファイルの種類に関するパラメータ画面が開きます。 5 5.ここも、そのまま「OK」をクリックすると、ファイル保存のダイアログが開きます。 6.smallTree という名前をいれて、ファイル保存をクリックします。すると、数秒後に、 作成されたファイル名とモデルに含まれる気管支の枝数や肺胞数が表示されます。ここで は、区域もしくは亜区域気管支までの気道枝が 67 本、モデル化されました。肺胞や肺実質 は含まれていません。 6 画面に表示されたファイル名は、smallTree の前に、ファイルの保存されているフォルダ の名前が記されています。また、末尾には「..vtk」と、ピリオドが 2 個の拡張子がついて います。どのようなファイルが作成されたのか、実際にファイルが保存された場所(ここ では My Documents)を見ると、smallTree000.vtk、smallTree001.vtk smallTree002.vtk、 ,,,,,,,smallTree019.vtk というファイルが 20 個できています。3桁の 数字は時間フレームの番号です。つまり、1 呼吸サイクルの時間が 20 の時系列に分割され、 時刻ごとの 3 次元形状がファイルに書き込まれた、というわけです。作成されたファイル を観察するには、ParaView というフリーソフトを使用しますが(第 2 章で使い方を説明し ます) 、ParaView は、このような時系列ファイルを1セットのファイルとして認識します。 4D 肺モデラーの画面に表示されたファイル名の拡張子に 2 個ピリオドがあるのは、時系列 のあるファイルのセットであることを示しています。なお、 「vtk」とは、画像処理の分野 で汎用されているオープンソース VTK(Visualization ToolKit、C++)の標準フォーマットで す。 [注意] ParaView は米国製のソフトウエアなので、ファイル名に日本語が含まれていると 正しく認識されません。4D 肺モデラーの画面に表示されたファイル名に日本語が含まれて いないことを確認してください。「My Documents」のユーザ名が日本語だと、ファイル名にそ の日本語が使われてしまいますので、その場合は、英語名の新規フォルダをローカルディスクに作 成して、そこに保存してください。 8.モデラーを終了するときは、画面左上隅の「ファイル」をクリックして終了します。 「変 更を保存しますか?」と尋ねますが、ここでは「キャンセル」で終了します。 ここまでが基本の手順です。気管から肺胞まで、肺全体から亜細葉まで、残気量位から全 肺気量位まで、いろいろな組み合わせのモデルを作成できます。3章で、 「モデル生成」の パラメータについて、説明します。 7 第 2 章:ParaView で気道モデルをご覧あれ ParaView は米国が官民共同で開発したフリーの可視化ソフトです。簡単な表計算データ から複雑な大規模4次元シミュレーションまで扱える、優れたソフトです。インターネッ トで簡単にダウンロードできますし、必要とする機能だけマスターすれば、すぐに使える ようになります。本章では、前章で作成した気道モデルをサンプルにして、基本的な使用 方法を述べます。日本語の参考書として、たとえば、林真著「はじめての ParaView」 (工 学社, 2009)が市販されています。 1.ダウンロードから起動まで (1) Web ブラウザで ParaView の公式サイト(http://www.paraview.org)を開きます。 (2) 画面右にある”Download”をクリックします。 リストから ”ParaView-3.8.0-win32-x86.exe”をクリックします。Windows64 ビ ット版をお使いの方は、”ParaView-3.8.0-win64-x86.exe”をクリックします。 (3) インストーラをデスクトップに保存し、アイコンをクリックしてインストーラを 起動します。指示に従ってインストールをしてください。 (4) インストールが終了すると、スタートメニュー(画面左下隅)の「すべてのプロ グラム」の中に「ParaView-3.8.0」ができていますので、これを選ぶと起動でき ます。もしも、スタートメニューに見つからなかった場合は、“C¥Program Files¥ParaView3.8.0¥bin”の中に実行ファイルのアイコンがありますので、こ れをダブルクリックしてください。メイン画面が開きます。 2.ファイルの読み込み (1) メイン画面の左上隅にある”File” → “Open” すると、ファイルを選択する窓が開き ます。[My Documents]を開くと、前章で作成したファイル”smallTree..vtk”とい う 名 前 が あ り ま す ( 実 際 に 作 成 さ れ た フ ァ イ ル は 、 smallTree000.vtk, smallTree001.vtk,,,,,,,ですが、ひとまとめに smallTree..vtk というピリオドが2つ ある名前になっています。 )。それをダブルクリックすると、メイン画面左側上半分 のエリア“Pipeline Browser”に「smallTree0*」という文字が現われます。 (2) メイン画面左下半分のエリア”Object Inspector”に “Apply”のボタンが緑色に表 示されています。ここをクリックすると、区域気管支までの気道樹が現われます。 8 図2-1.smallTree の表示 3.モデルの観察 (1) 回転・拡大縮小・並行移動: マウスの左ボタンを押して動かすと回転、右ボタン を押して動かすと、収縮拡大、シフトキーを押しながら右ボタンを押して動かすと、 並行移動します。いろいろな方向からモデルを観察することができます。メイン画 面上部にアイコンがたくさん並んでいます。 3 段目中央にいろいろなアイコンが並んでいます。よく使うものの説明をします。 左端の四角のアイコンは、モデルを画面中央にリセットします。 6 個並んだ矢印は、X 軸、Y 軸、Z 軸周りに 90 度回転します。 右から 4 番目のアイコンは、座標軸(上図左下)を表示/消去します。 右から 3 番目のアイコンは重心(中央の十字)を表示/消去します。 右端のアイコンは、回転中心を指定します。 (2) 背景色の選択: 半透明表示や論文への画像の貼り付けには、背景色を白色にした ほうが好都合です。メイン画面の左上の Edit → Settings → Colors → Background Color を開き、パレットから白色を選択し、OK → Apply を押しま す。 9 図2-2.背景色の変更 (3) 半透明表示:”Object Inspector”のエリアの Display(図2-3.赤丸)を開いて, 右端のスクロールバーを下に動かすと、Opacity という項目があります(緑丸) 。こ れを小さな値にすると半透明になり、内部構造が見えてきます。 図2-3.半透明表示 10 区域枝の色は、1から10まで青から赤まで 10 階調で表示されています。色を変 更するときは、メイン画面上部の3段目、左から 2 番目のアイコン(図2-4)をク リックします。Choose Preset をクリックすると、お好みの色相を選べます。カラー レジェンドを表示するには、左端のアイコンをクリックします。 図 2-4.色表示の変更 (4) アニメーション:メイン画面上部の2段目中央の矢頭のマークがアニメーションに 関するアイコンです。動画ソフトと同様に操作してください。気道樹が吸気時に膨 張し、呼気時に収縮する様子が観察できます。4D 肺モデラーでは、肺実質のマク ロ変形は胸郭の運動と重力の効果を取り入れた数理モデルにより計算されています。 正常時には、肺実質と気管支の弾性率は同じと仮定していますので、気道の変形は、 周囲の肺実質の変形と同じになっています。立位では、重力効果によって下方ほど 変形が大きいです。 (5) 断面表示:メイン画面上部4段目、左から3番目のアイコン(図 2-4 赤丸)をクリッ クすると、メイン画面に断面が赤く表示された枠が出現します。同時に、Pipeline Browser に Clip1というアイコンが表示されます。この状態で、Object Inspector の Apply ボタンをクリックすると、 気道樹が2つに分断され、 断面が観察できます。 分割面の位置を変えるには、赤枠をマウスの左ボタンでつかみ動かします。分割面 の方向を変えるには、断面軸(細長い矢印の形をしています)を掴んで動かします。 図2-4は、赤枠を画面左方(解剖学的には右側)にずらして分断したところです。 11 図2-4.断面表示 Pipeline Browser の smallTree0*の左端にあるアイコンが黒色から灰色に変化して いますね。全体像の表示が自動的にオフになったことを示しています。アイコンをク リックするとオンオフが切り替わります。また、赤枠の表示のオンオフは、Show Plane のチェックで行ないます。さらに、Object Inspector の一番下の Inside Out をチェックすると、表示される部分が反転します。図2-5は、中間気管支幹の断端 から右下葉枝を覗き込んだ図です。内視鏡画像のように、画面下方に B6, 左側に B 7が見えます。その奥に、B8, B9, B10 が弓のように並んでいるのが見えます。 実は、これまでの画像は、 「近いものは大きく、遠いものは小さく」表示する遠近法 が強調された設定になっています。立体感が得やすい、という利点がある反面、サイ ズの比較ができない、という欠点があります。サイズの比較をしたい場合は、メイン 画面の左上の Edit→View Settings を開き、Use Parallel Projection (図2-6.緑 丸)にチェックを入れてください。図2-7の上下面で、気管上端の大きさがずいぶ ん違っていることにご注意ください。なお、複数の画像を同時に表示したい場合は、 表示画面右上のアイコン(図2-6.赤丸)をクリックしてください。分割画面に切 り替わり、画面の種類を聞いてきますので、3D View を選択してください。 12 図2-5. 右下葉枝の内視画像(B6, B7, B8, B9, B10) 図2-6.遠近法の調整(上段:強調画像、下段:平行投影画像) 13 (6) スライス表示:メイン画面上部4段目、左から4番目のアイコン(図 2-7 赤丸) をクリックすると、断面表示と同じような枠が出現します。同時に、Pipeline Browser に Slice1というアイコンが表示されます。この状態で、Object Inspector の Apply ボタンをクリックすると、気道樹のスライスが現われます。 図2-7.スライス画像表示 図2-7の左側の表示画面は、右下葉枝から B6 が分岐するところでスライスしたもので す。デフォルトでは、気道壁のラインが細くて見えにくいので、Display の Line Width を 1 から 2 に変更しています。また、スライス画像だけではオリエンテーションがわからない ので、中央画面、右側画面では、全体像の表示をオンにして同時に表示しています。 この状態でアニメーションをすると、すべての画面が同期して動きます。断面の形状が 呼吸運動とともに変化する様子を、全体の動きと関連させて理解することができます。吸 気時に断面積が小さくなる気管支もあるでしょうが、それは、スライス面の相対的な位置 が変化したために起こるもので、気管支が収縮するのではありません。CT 画像を用いた気 道の形態計測をする際に、注意しなければならないポイントです。 14 4.画像データの保存 (1)画面を静止画像として保存するときは、画面左上隅の File→Save Screenshot をク リックすると、画像保存の窓が開きます。そのまま OK を押し、ファイル名とファ イル形式(デフォルトは.png)を選んで保存します。複数の表示画面を 1 枚の画像 として保存したい場合は、 「Save Snapshot resolution」というダイアログボックス の一番上のチェック(Save only selected view)をオフにしてください。 (2)動画を保存する際は、画面左上隅の File→Save Animation をクリックすると、画 像保存の窓が開きます。そのまま Save Animation を押し、ファイル名とファイ ル形式(デフォルトは.avi)を選んで保存します。動画の場合は、静止画と異なり、 開いている画面すべてが記録されますので、ご注意ください。 以上が ParaView の基本操作です。SmallTree は簡単に作成できたけど、いまひとつ見ご たえがないですね。モデル生成パラメータを組み合わせると、さまざまなモデルを作成す ることができます。第 3 章でパラメータの説明をし、第 4 章以降で、モデルの作成事例を お示しします。 15 第3章:モデル生成パラメータの詳細 4D 肺モデラーは、肺の構成要素、領域(部位) 、呼吸モード、体位、を数値パラメータと して選択することができます。これらのパラメータを組み合わせることによって、さまざ まな4D モデルが作成されます。 (A)モデルの種類:作りたいモデルの種類を選択します。 1: 呼吸細気管支までの気道樹のモデルを作成します。どのレベルの枝まで作成す るかを(B)で、肺のどの領域を作成するかを(C)で指定します。 2: 気道とその支配領域の肺実質のモデルを作成します。生成された気道枝の終末 枝の肺実質領域が立方体の集合で表現され、肺の全体像が示されます。立方体の 一辺の長さは、支配気管支の直径と等しくしてあります。支配気管支が小さいと、 支配領域の体積も小さいので、立方体の個数はどの支配領域も同程度になります (支配領域の体積 ≒ 1,000 ×支配気管支の直径の3乗)。 3: 気管から1つの亜細葉までの気流路のモデルを作成します。呼吸の際に肺胞に いたる空気のルートを示すモデルです。亜細葉とは、終末呼吸細気管支によっ て支配される肺胞領域のことで、ひとつの細葉は平均 8 個の亜細葉からなりま す。亜細葉は、分岐する肺胞管と肺胞嚢からなり、空間を充填します。 4: 呼吸細気管支から肺胞に至る部分のモデルを作成します。3で作成される モデルは 10 センチ長の気管から10ミクロン厚の肺胞壁までのマルチスケ ールモデルなので、一度に観察することがとても難しいです。そこで、呼吸細 気管支以降だけのモデルを作成します。3と同様のパラメータ設定が必要です。 5. 気道樹はつくらないで、肺胞系だけを作成します。 (B)気道のおよその総枝数: ヒトの気管支樹の総枝数とその樹の終末枝の解剖学的特長には、おおよそ、以下のような 関係があります。 肺葉枝 = 約 10 区域枝レベル = 約 40 Miller の2次小葉枝レベル = 1,000 – 5,000 Reid の小葉枝レベル = 5,000 - 30, 000 16 呼吸細気管支レベル = 20,000 - 500,000 本バージョンでは、モデルの種類1(気道樹だけ)の場合は最大 3000 本の枝をもつ モデルが作成できます。本数が多いと PC への負荷が大きくなりますので、お使いの PC の性能に応じて調節してください。モデルの種類2の場合は、作成できる領域の 数を 60 までとしています(総枝数 = 領域の個数×2 + 1 の関係があります) 。 関心領域(後述)を限定すると、領域内の枝だけが生成されるので、実際に生成 される枝数は少なくなります。モデルの種類3(もしくは4)の場合は、呼吸細気 管支を生成する必要がありますので、60000(最低でも 20000)にしてください。 なお、実際に作成されたモデルの枝数は指定した値とは異なります。実際の枝数は モデラーの画面に表示されます。 (C)関心領域:肺のどの領域のモデルをつくるかを指定します。 0:肺全体 1:右上葉、 2:右中葉、3:右下葉 4.左上葉 5.左下葉。 区域の指定は、右肺の場合 100+区域番号。左肺の場合 200+区域番号 ・全肺葉モデルもしくは全区域モデルを作成するときは、関心領域を肺全体(=0)に、 総枝数を 10 もしくは 40 にします。生成枝数が 100 より大きくなると、肺実質に欠損 領域が生じますので、ご注意ください。 ・モデルの種類3(もしくは4)の場合は関心領域を 100 以上にしてください。100 以下の場合は、最も若い番号の肺区域に属する亜細葉が作成されます。また、欠番 の数値が入力された場合は、最寄りの区域番号として処理されます。 (D)肺胞系の構成:肺胞管ユニット(8 個の肺胞が開口する立方状の肺胞管)を何個、 どのように配置して亜細葉をつくるかを指定します(モデルの種類が1と2の場合 は、値を考慮する必要はありません)。 ・生成する肺胞管ユニットの最大個数は、本バージョンでは 160 個です。亜細葉の平 均的な個数です。作成されたモデルのユニット個数が最大値であるとは限りません。 実際のユニット個数はモデラーの画面に表示されます。肺胞や肺胞管の構造を詳し く観察したいときは、2 個程度がわかりやすいです。 ・亜細葉の形状は、以下の 4 種類のなかから選択できます。サイズは指定されたユニ ット最大個数に応じて決定されます。 17 0. 空間充填 = 与えられた空間を充填する(タイプ5の場合は立方体) 1. ピラミッド状 = 呼吸細気管支末端を頂点にした四角錐 2. シート状 = 肺胞管が平面的にならんだ正方形 3. 棒状 = 一列の無分岐肺胞管 ・ モデルの種類 3,4 の場合、多数の呼吸細気管支が生成されます。1 から 1000 まで の登録番号を指定すると、それぞれ異なる呼吸細気管支に支配される亜細葉のモデ ルを作成することができます。形状0を選択した場合、部位によっては、終末枝と 肺胞管の連結に失敗する場合がありますので、登録番号を変えて試してみてくださ い。 ・ モデルの種類 3 の場合、呼吸運動をすると、拡大表示した亜細葉がはみ出てしまい ます。そこで、呼吸運動の表示を「1」にすると、亜細葉を中心にした相対運動に 変換され、呼吸運動とともに亜細葉の形状が変化する様子を画面内で観察すること ができます。モデルの種類4の場合は、常に相対運動として表示されます。 ・モデルの種類5の場合、支配呼吸細気管支をつけたモデル、つけないモデルの双 方を作成することができます。気流計算をする場合は呼吸細気管支が必要ですが、 肺実質の構造解析をする場合は不要です。 (E)呼吸モード 呼吸運動のモードを設定します。肺活量(VC)の割り合いでもって、吸気開始時と吸気 終了時の肺気量位を設定します。残気量位(RV)は 0、全肺気量位(TLC)は1となりま す。本バージョンでは、機能的残気量位(FRC)を 0.35、安静吸気位を 0.5 としていま す。なお、肺内局所の容積は部位や体位によって大きく異なるので、この値はあくまでも 目安として理解してください。モデルの種類5の場合は、加重部における肺胞の形状と同 じになっています。 吸気時間/1 呼吸時間は、 呼吸周期のうち吸気時間の比率を指定します。 体位も指定できます。体位による重力効果の変化が呼吸運動に反映されます。 デフォルトでは、安静呼気位(FRC)から最大吸気(TLC)までの立位呼吸が設定されて います。安静呼吸の場合は、 「吸気終了時の肺気量位」を 0.5 に変更します。残気量位か らの深吸気は、 「吸気開始時の肺容積」を 0 に変更します。呼吸運動にはヒステリシスが あることが知られていますが、本ソフトウエアでは、ヒステリシスのない往復運動として モデル化しています。 ファイル出力に関するパラメータ 「ファイル出力」のタブを開くと、 「ファイルの種類」の画面が開きます。本バージョン では、可視化用ファイルだけを作成します(拡張バージョンでは力学計算用ファイルも選 18 択できるようになります) 。ファイルの時刻を選択するパラメータが用意してあります。 OKボタンを押すと、ファイル保存のダイアログが開きます。好きな名前(拡張子なし) を入れますが、その際、数字が末尾にあると、時系列番号とつながってしまい、paraView が認識しなくなります。ファイル名の末尾は必ずアルファベットにしてください。ファイ ルが作成されるまでは数秒ないし数分かかります(モデルの種類や規模、計算機の性能に より異なります)。ファイル作成が完了したら、モデラーの画面に詳細が表示されます。意 図したモデルが作成されているかどうか、確認してください。 (注意) 1.モデルの種類[3,4]を作成した後で続けて作成すると、場合によっては、呼吸細気管支が 前回作成した肺胞系に連結してしまうことがあります。そのときは、 「モデルの種類」=1、 気道枝の枝数=1、としてデータファイルを作成すると(ファイル保存はキャンセル)、も とに戻ります。 2.気道樹の規模が大きくなると、モデルを続けて作成できなくなりますので、いったん モデラーを終了し、再起動して別のモデルを作成してください。また、パラメータの 組み合わせによっては、PC の処理能力を上回り、計算がとまる場合があります。その 際は、タスクマネージャを起動して強制終了してください。 3.第 1 章でも述べましたが、ファイル名は、フォルダ名も含め、すべて半角英数にしてく ださい。日本語や全角が入ると ParaView が認識してくれません。 19 第 4 章:「気道樹+支配領域」モデルの作成 気管が空気を供給する領域は、全肺です。左右5本の葉気管支が空気を供給する領域は 各々の肺葉で、5つの肺葉が全肺を構成しています。この関係は、区域、亜区域、細葉(終 末細気管支の支配領域) 、亜細葉(最終呼吸細気管支の支配領域)に至るまで、同じように 成立しています。つまり、気道樹の末端の枝が支配する領域を足し合わせると、必ず、全 肺になる、というわけです。動脈系と異なり、気道樹には吻合がないので、各々の支配領 域が重複することはありません。また、どこからも空気が供給されない領域は、正常状態 では存在しません。気道樹の末端のレベルがばらばらであっても、この関係は成立します。 なぜなら、気管支の枝とその支配領域には 1 対 1 の対応関係があるからです。呼吸運動に よって胸郭が変形すると、それにともない肺実質が変形します。肺実質の変形によって生 じる局所の空気の流れは、各々の支配気道を通って、気管に集まり、大気と交換されます。 これが、 「換気」です。 「1 本のチューブと 1 個の風船状の肺」というモデルは、とてもわか りやすいですが、肺内の換気分布に対しては無力です。そのかわり、気道樹の末端にたく さんの袋がくっついたモデルだと、肺内局所の換気と肺全体の換気が同時に把握できます。 「肺モデラー」のプログラム自体は、数億個の肺胞からなる肺をまるごと作成する能力を 持っていますが、そのためには膨大な計算資源を必要とします。本バージョンでは、モデ ルの規模を、普及型のパソコンで作成できる規模に制限しています。ここでは、5つの肺 葉からなる全肺モデルと、数 10 個の小葉からなる肺区域モデルを紹介します。 (1)全肺モデル 図4-1は、「4D 肺モデラー」の「モデルの種類」2を選択して作成したものです(サ ンプルデータ名:5lobes) 。葉枝までの気道と5つの肺葉が生成されています。表示画像は TLC の状態です。「4D 肺モデラー」でこのモデルを作成する方法を説明します。気道樹の おおよその総枝数を「10」に、関心領域を「0」にしています。肺胞系は生成されない ので、肺胞系に関わるパラメータは考慮しなくともかまいません。呼吸モードはデフォル トです(安静呼気位(FRC)から最大吸気(TLC)までの立位呼吸) 。画面の「OK」をクリッ クすると、直ちに葉枝までの気道樹が描画されます。 「ファイル出力」→「ファイルの種類」 →「OK」→「ファイル保存のダイアログ」→「ファイル名入力(ここでは、5Lobes)」と 操作します。PC のパワーにもよりますが、約 2 分でファイル作成が完了し、モデラーの画 面が図4-2のようになります。 各々の肺葉は、葉気管支の直径と同じ辺の長さをもつ立方体の集合で表現されています。 そのため、肺葉の輪郭がガタガタしており、カッコ悪いかもしれませんが、おおよその 形状を知るには十分です。むしろ、後述するように(第7章) 、呼吸運動による容積変化が わかりやすいというメリットがあります。葉気管支の末端は立方体とすきまなくつながっ 20 図4-1.5肺葉モデル 図4-2. 「5Lobes」作成終了時の4D 肺モデラーの画面 ており、空気が出入りする構造になっています。立方体の大きさと向きが、肺葉によっ て異なるのは、各々の葉気管支の大きさと向きを反映しているためです。なお、本モデル では、生理的な換気分布不均等は重力性しか考慮していません。それゆえ、領域間のスラ 21 イディング(葉間でときに起こりえます)や不整合な動きは起こらないようになっていま す。 図4-2は、総枝数 2,921 本の気道樹のモデルと 5 肺葉モデルの重ね合わせ表示です。 気道樹モデルは、肺区域ごとに色分けされています。それぞれの区域の広がりが立体的に 把握できます。 「気道樹+支配領域=全肺」モデルを作成するためには、気道の位置情報だ けでなく、肺の領域分割に関する情報が必要なため、複雑なアルゴリズムと多大なメモリ ーを要します。そのため、本バージョンでは、作成できる領域数を 60 個に制限しており、 枝数の多い気道樹モデルでは、すべての支配領域を作成することはできません。そのかわ りに、ある肺区域に限定して小葉レベルの領域分割を行なうことは可能です。ちなみに、 2921 本の気道樹モデルを作成には、約 10 分かかります。 図4-2.2,921 本の気道樹モデルと5肺葉モデルの重ね合わせ表示 (2)肺区域モデル 「関心領域」を区域の ID 番号(3桁)にすると、当該区域だけのモデルが作成されます。 図4-3(TLC), 図4-4(FRC)は、気道樹のおよその総枝数を「1600」に、 ID 番号を 110(右 S10)にして作成したものです。このモデルでは、S10 が 57 個の領域に さらに分割されています。 「Miller の 2 次小葉」といわれる領域に相当し、CT 画像では小 葉間隔壁に囲まれた多角形の領域として認識されます。図4-3の下段は、S10のスラ イス画像です。CT画像や切除肺標本の断面像に相当します。図4-4では、各々の小葉 を色分けして表示しています。上段は全肺モデルと、下段は区域の気道樹モデルと重ね合 22 わせ表示しています。マウスで縦横に動かすと、気道と支配領域の関係がよく理解できま す。 図4-3.右 S10 の小葉分割モデル(TLC) 図4-4。右 S10 の小葉分割モデル(FRC) 23 第 5 章:気管から肺胞までの気流路モデルの作成 前章で述べたように、肺実質の変形によって生じる局所の空気の流れは、各々の支配気 道を通って気管に集まり、大気と交換されます。肺実質を構成するのは肺胞です。教科書 には、 「肺胞は細気管支につながる肺胞管に開口する」と説明されていますが、この説明だ と、肺胞管の末端に 1 個の肺胞が風船のようにくっついているイメージで、生理学の教科 書にはそのような図がよく載っています。しかし、実際の肺胞構造はまったく異なります。 たしかに、肺胞は肺胞管に開口しますが、その個数は 1 個どころか、とても多く、肺胞管 の最末端の肺胞嚢には 10 数個の肺胞が開口します。肺胞管(嚢)の壁がすべて肺胞だから です。しかも、隣り合う肺胞同士で肺胞壁が共有され、肺実質はいたるところ、肺胞で占 められています。1 本の山道のどんづまりに一軒家があるのではなく、商店街の両側にお店 がぎっしり並んでいるイメージです。両隣りのお店同士は壁一枚でしきられています。お 店の奥も、別の通りに面するお店の奥と壁 1 枚でしきられています。表通りでは酸素を含 んだ空気、つまり、お金をもったお客さんが行き交います。商店街のお店は間口を開けて お客さんを呼び込みます。お店の壁には毛細血管が張りめぐらされ、お客さんの持ってき たお金が取り込まれます。毛細血管で補足されたお金は、裏通りの肺静脈系に集められま す。ここで重要なことは、お店の壁はすべてお隣同士で共有されていることです。お店ご とに収益を競うのではなく、商店街全体として効率化が図られます。また、左右と奥の壁 を共有するお隣同士は、力のバランスを保ちつつ協調的な呼吸運動をします。人類社会が お手本とすべき優れたシステムです。商店街は 2 次元的な広がりなのに対して、3 次元の肺 胞系はさらに複雑ですが、アナロジーとしてはわかりやすいと思います。 解剖学的には、終末細気管支から先の領域を「細葉」と呼びます。しかし、細葉には、 気道系に属する呼吸細気管支も含まれます。呼吸細気管支よりも先は亜細葉と呼ばれ、肺 胞管と肺胞嚢だけです。肺胞系だけを示す場合は、 「亜細葉」と表現したほうが混乱を避け られると思われますので、ここでは、「亜細葉」という語を用います。1本の終末細気管支 は平均3回分岐して最終呼吸細気管支になるとされていますので、1つの細葉には約 8 個 の亜細葉が含まれます。 図5-1(吸気開始時)と図5-2(吸気終了時)は、右 S10 にある亜細葉に空気を供 給するルートのモデルです。図5-1は立位におけるFRC,図5-2はTLCに相当し ます。上段には、2 本のルートが示されています。下段は、後方に位置する亜細葉の拡大画 像です。亜細葉の肺胞は呼吸細気管支終端からの経路長で色分けされています(赤ほど遠 い) 。亜細葉はスジコのような形状をしていますが、ほぐすとバラバラのイクラになるスジ コとは異なり、亜細葉の肺胞はすべて肺胞管に開口し、気管とつながっています。亜細葉 内の空気の通路の作成方法は文献2にあります。 24 図 5-1.気管から肺胞(右 S10)までの気流路モデル(FRC) 左側:背腹方向、中央:側面方向、右側:CT方向 図 5-2.気管から肺胞(右 S10)までの気流路モデル(TLC) 25 立位のFRCでは、肺底部は重力の影響で上下方向にかなり縮んでいるのがわかります。 しかし、胸郭の横径の変化はごく軽度のため(本モデルでは6%) 、CT画像の観察だけで は、大きな容積変化を見落とす危険性があります。 図5-3は、作成した亜細葉モデルを X 線 CT 画像のように厚さ 0.25mm にスライスした ものです。これまでに紹介した ParaView の「Slice」モジュールは厚さ0なので、厚みの あるスライスを作成したいときは、Clip を 2 回使います。肺胞壁の網目状のパターンが、 肺気量によって大きく変化することがわかります。吸気 CT と呼気 CT で CT 値が変化するの は、肺胞壁の伸縮により組織密度が変化するからですが、図5-3はそのしくみを表して います。 なお、CT 値は肺気量位の変化だけでなく、局所の血液量の変化に影響されます。呼気 CT で CT 値が周囲よりも低いことを「細気管支閉塞によるエアートラッピング」と解釈する意 見が少なからずありますが、局所の血流が低下している場合でも同様な画像所見になるの で、両方の可能性を検討する必要があります。「エアートラッピング」というには、呼気時 に容積が減少しないことと呼気時にだけ気道閉塞があることの2つを示さなければなりま せん。当然ながら、CT 値の比較だけでこれらのことを示すことはできません。 図5-3.亜細葉構造の X 線 CT 画像シミュレーション(上段:FRC,下段:TLC) 左:CT 方向の全体像、中央:スライス画像、 右:側面像 「4D 肺モデラー」でこのモデルを作成する方法を説明します。 「モデルの種類」を3に、 気道樹のおおよその総枝数を「60,000」に、関心領域を「110」にします。肺胞系の表現に 26 関するパラメータは、肺胞管ユニット数を「160」に、形状を「0」 (空間充填)にします。 図 4-1 の後方の亜細葉の登録番号を「1」にします。形状0を選択した場合、部位によっ ては、終末枝と肺胞管の連結に失敗して、肺胞管ユニットが 1 個しか作成されない場合が あります。その場合は、別の登録番号を試してみてください。 「呼吸細気管支をつける・つ けない」のパラメータは、考慮する必要はありません。呼吸モードはデフォルトです(安 静呼気位(FRC)から最大吸気(TLC)までの立位呼吸)。 画面の「OK」をクリックすると、約 2 分後に S10 の気道樹が描画されます。 「ファイル出 力」→「ファイルの種類」→「OK」→「ファイル保存のダイアログ」→「ファイル名入力」 と操作します。約 2 分でファイル作成が完了し、モデラーの画面が図5-2のようになり ます。気道樹の中に加えられた黒丸は、亜細葉の位置を示しています。 図 5-1. 「110_1acinus」作成終了時のモデラーの画面 図5-1のモデルは、長さ 10 数センチの気管から厚さ 10 ミクロンの肺胞壁までのマル チスケールモデルです。肉眼ではもちろん、単一の画像モダリティでは観察不可能なマル チスケール現象が ParaView で観察できます。このモデルでは、重力性の変形を受けた肺胞 や細気管支が、TLC に近づくにつれて、等方的な形状になっていくのがわかります。 ParaView で呼吸運動中の亜細葉を拡大観察しようとすると、亜細葉が画面からはみだし てしまいます。そこで、観察を容易にするため、このタイプのモデルに限り、亜細葉の起 点を中心として呼吸運動を相対表示するオプションをつけています。亜細葉だけを仔細に 観察したい場合は、肺モデラーのモデルの種類を4(1 本の呼吸細気管支と所属亜細葉)に 27 して作成するほうが便利です。 図5-1の前方の亜細葉の登録番号は 101 です。このモデルを作成するには、生成パラ メータの亜細葉の登録番号だけを変更し、それ以外は同じ操作をします。ファイル名を以 前のものと同じにすると、以前のファイルが上書きされてしまいますので、ご注意くださ い。 28 第 6 章: 肺胞系モデル 4D 肺モデラーが提供する肺胞系の4D 構造モデルは、肺胞の形態形成過程を考慮して 作成されたもので、著者が知る限り、発生学的、解剖学的、生理学的に最も整合的なモデ ルです。詳しい説明は、文献(3, 7)をお読みいただくとして、本章ではモデルの作成方法 と観察の要諦を説明します。なお、本バージョンが作成する肺胞系モデルはすべての肺胞 の形状が同じになっていますが、実際の肺には様々な形と大きさの肺胞があります。異な る肺胞からなるモデルも生成可能ですが、構造の本質を理解するためには、合同モデルで 差支えありません。ここでは、最も単純な真っ直ぐの肺胞管モデルと、現実の亜細葉に近 い4角錐モデルの2つを紹介します。 (1) 直進肺胞管モデル 「4D 肺モデラー」のモデル生成パラメータの「モデルの種類」を5にします。気道系 に関わるパラメータを考慮する必要はありません。「生成する肺胞管ユニットの数」を「3」 に、 「形状」を「3」 (棒状)に、 「呼吸細気管支をつける=0」にします。肺胞系の最小容 積から最大容積までの変形過程を観察するには、呼吸モードの吸気開始時の容積を 0、吸気 終了時に容積を 1 にします。肺胞系だけの場合は、体位変換の影響はないので、体位を考 慮する必要はありません。 「OK」をクリックすると、ただちに画面にメッセージが表示さ れます。気道系は生成されませんので、描画はありません。 「ファイル出力」→「ファイル の種類」→「OK」→「ファイル保存のダイアログ」→「ファイル名入力(ここでは、 straightDuct) 」と操作します。数秒後に、ファイル作成完了のメッセージが表示されます。 作成した「straightDuct..vtk」 を ParaView で読み込むと、 細長い肺胞管が表示されます。 肺胞管内部の構造を観察するには、図6-1のように半透明表示が有用です。長軸周りに 45度傾けると(上から2段目と4段目)、1つの肺胞の全貌が正面に見えます。コマ送り をすると、肺胞管が膨張すると同時に、管の中央に丸い穴が3個あき、どんどん大きくな っていきます。これが肺胞口(Alveolar mouth)です。肺胞入口輪(Alveolar entrance ring) とも呼ばれ、肺胞壁の弾力線維の80%がここに分布しています。 内部の肺胞壁を直接観察するには、肺胞管を縦割りにします(図6-2) 。図6-2の上 から2段目、肺胞管の中央にx字のような箇所があります。ここが閉鎖した肺胞口で、そ の奥には、空気を入れた肺胞腔が広がっています。肺胞管の上下には、閉鎖した肺胞口と 肺胞の断面が合計8個づつみえます。肺胞口は閉鎖しても肺胞が虚脱したわけではないの です。また、肺胞管の内面はつるんと滑らかになっています。吸気が始まると、肺胞口を つくる隔壁が肺胞管腔に向かって突き出て、口が広がっていきます。それに伴って、肺胞 管の凹凸の角度が減少して、容積が増大します。アコーデオンの蛇腹のような仕組みです。 29 図6-1.直進肺胞管モデル半透明表示(上2段:最小容積、下2段:最大容積) 図6-2.直進肺胞管モデル縦割面表示(上2段:最小容積、下2段:最大容積) 30 肺胞管モデルから、単一の肺胞を切り出すのはとても面倒ですが、Clip 操作を計8回行な うと、図6-3のように切り出すことができます。 図6-3.肺胞管の中の肺胞の形状(最大容積と最小容積の中間の状態) (2) 折り紙肺胞管モデル 著者はコンピュータモデルだけでなく、肺胞系の実体モデルも開発しています。コンピ ュータモデルは手にとって見ることができず、説得力がないからです。折り紙モデルは自 分で作り、自分で動かすことができます。折紙モデルを両手で持って動かすと、空気が動 いて掌にあたるのが感じられます。しかし、折り紙で表現できる構造は限られていますし、 数値シミュレーションはできません。折り紙モデルとコンピュータモデルを相補的に用い ることが重要ですね。 折り紙肺胞モデルを図6-4に示します。図6-3とほぼ同じ形状が生成されています。 付録の2ページ目の一部を切り出して(図6-4左端) 、折り目をつけて、隣りあう辺どう しをセロテープでくっつけると、薄赤色の部分がつながって輪になります。これが肺胞口 です。肺胞口の折り目とセロテープのつなぎ目を畳み込んでいくと、肺胞口が縮まるとと もに、肺胞全体も小さくなっていき、ついには、肺胞口の内縁が一点に集まって、口が閉 じます(図6-4右端) 。折り紙は本来、正方形の紙に対して「折る」という操作だけを行 います。切ったり糊でくっつけるのは邪道(?)です。しかし、このモデルの本質は、折 り目の角度によって構造が可逆的に変化することですので、 「折り紙モデル」と名乗ること をお許しいただけることと思います。 31 図6-4.折り紙肺胞モデル 折り紙で肺胞管モデルをつくるには、図6-4に示した肺胞モデルのほかに、小さな肺 胞モデルを4個づつ組み合わせて、管状構造を作ります。作成方法はかなりややこしくわ かりにくいので、肺胞の形態形成のプロセスにのっとって、胎児肺胞管モデル(図6-5 左)の作り方を先に説明します。胎児期の肺胞管はでこぼこした壁をもつ管で、肺胞構造 ができるのは、誕生1ヶ月前からといわれています。でこぼこ管の稜から新たな肺胞壁が 生えだして、肺胞口が形成されることで肺胞構造が完成します。付録の1ページにある2 本の帯状の構造は、でこぼこ管を開いた形に相当します。緑の2つの正方形の部分が「で こ」 、それ以外の青い2つの正方形を中心とする部分が「ぼこ」に相当します。この部分は、 図6-4左端の図から肺胞口部分を差し引いたものとほぼ同じです。 「でこ」と「ぼこ」が 互い違いに並ぶように辺どうしをくっつけて、最後に帯の両端をくっつけると、図6-5 左の構造ができあがります。立方柱の4枚の壁がでこぼこに変形した構造です。壁の中央 に隙間ができていますが、この隙間のかたちを変えることで全体の形が変わります。もち ろん、実際の胎児肺胞管にはこのような隙間はなく、肺胞壁がつながっています。 ここまでできたら、成体の肺胞管モデルをつくる方法がおわかりですね。 「ぼこ」の周り に肺胞口を追加すればよいのです。しかし、図6-5左の構造に肺胞口をくっつけるのは 至難の技です。そこで、付録の2ページにあるように、あらかじめ肺胞口をくっつけた「ぼ こ」を用意しておいて、 「でこ」とくっつけていくと、図6-5中央の構造ができます。 図6-5.折り紙肺胞管モデル (左:胎児肺胞管モデル、中央:成熟肺胞管モデル 右:肺胞虚脱) 32 肺胞管ユニットには全部で8個の肺胞がありますが、肺胞口のある「ぼこ」の肺胞は4 個だけです。「でこ」の部分は、周囲の「ぼこ」の肺胞の肺胞口で囲まれているため、同じ ような形に見えます。全肺気量位の状態では、簡単には両者は区別できませんが、肺胞口 が閉じると、「でこ」の部分はつるんとした肺胞管の壁の一部になってしまいます。 折り紙モデルとコンピュータモデルには細かな違いがいくつかあります。コンピュータ モデルの肺胞口は、折りたたまれるのではなく、弾性膜のように収縮します。しかし、折 り紙モデルも、折り目をもっと細かくすれば、弾性膜のように伸縮します。また、コンピ ュータモデルの肺胞は、折り紙モデルと異なり、収縮時に少し左右非対称になりますが、 これは、4D有限要素モデルを作成するために加えた変更です。 (3)ピラミッド型亜細葉モデル 図6-7は、肺胞管ユニット 155 個で生成されたピラミッド状の亜細葉モデルです。実 際の亜細葉に合致した形状と大きさで、約 1200 個の肺胞が個含まれています。最小容積時 の形状(上段左)と最大容積時の形状(下段左)を比較すると、肺胞レベルでは非相似的 に変形していますが、マクロ的には相似変形であることがわかります。 図6-6.ピラミッド状亜細葉モデル 上段:最小容積、下段:最大容積 左:外観、中央:底辺に並行なスライス、右:底面の対角線のスライス Clip して内部を観察すると、ぎっしり肺胞構造で埋め尽くされています。肺胞管のでこ ぼこが隣り合う肺胞管のでこぼことぴったりかみ合っているので、隙間がありません。呼 33 吸運動の間も隙間なく動きます。図6-7の中央と右側はスライス画像です。最大容積時 のスライス画像は、ホルマリンを十分に注入した正常肺の組織標本像をよく再現していま す。肺胞管腔の中央に向けて突き出た肺胞壁は、肺胞口の断面であることが、クリップ像 を観察することでわかります。最小容積時のスライス画像では、小さな閉じた多角形が増 えています。これらは閉鎖した肺胞腔の断面です。肺胞管の中央に向けて突き出た肺胞壁 の本数は激減して、肺胞管はつるんとした管状になっています。この画像パターンは、残 気量位におけるラット肺胞の凍結組織標本の所見(文献4に転載)に合致しています。肺 胞管自体は閉塞していないことにご注意ください。 従来、クロージングボリュームは加重部の末梢気道が閉塞することに由来するとされて います。しかし、末梢気道(=内径 2mm以下の気管支と細気管支)が第 4 相において閉塞 することを示す直接的な証拠は示されていません。正常者におけるクロージングボリュー ムは、加重部の肺胞口閉鎖に由来すると考える方が、関連するいろいろな現象を矛盾なく 説明できます。なお、図 6-7下段右側のスライス画像にも、閉じた多角形が散見されます が、これらは、閉じた肺胞の断面ではなく、開いた肺胞が輪切りにされたものです。一般 に、多面体が閉じているか開いているかを、断面だけで判断することはできませんが、閉 じた多角形が多数集まっている断面の場合は、どの方向にも開いていない多面体が存在す ると推定できます。 肺胞口が閉鎖して肺胞腔が閉鎖空間になると、肺胞壁を覆う液膜の表面張力により肺胞 壁は内側に引っ張られます。肺サーファクタント機能が正常であれば、その力はごくわず かで、閉鎖肺胞は安定してその形を保つことができますが、何らかの原因で肺サーファク タント機能が低下すると、閉鎖肺胞は液膜の表面張力に屈して潰れてしまいます。図6- 5の折り紙モデルの右図のような状態です。この場合、肺胞管自体は虚脱しないことにご 注意ください。肺実質の含気がすべて失われる「無気肺」と異なり、肺胞管腔には含気が 保たれています。これが、ARDS(もしくはビマン性肺胞傷害, Diffuse Alveolar Damage; DAD)のCT画像がすりガラス状である理由です。折り紙モデルでは、虚脱した肺胞壁は 折り重なり、あたかも 1 枚の肺胞壁が肥厚しているかのように見えます。そして、肺胞管 腔は肥厚した肺胞壁に囲まれた肺胞腔であるかのように見えます。しかし、肺胞系の構造 を 4 次元的にみれば、これが間違った解釈であることは明らかです。なお、肺胞虚脱のコ ンピュータモデルについては文献3に述べてありますが、本バージョンには加えてありま せん。今後、主要肺疾患の4Dモデルもソフトウエアに加えていく予定です。 34 第 7 章: 全肺体位変換モデルによる換気分布推定 重力が換気分布に与える影響は以前から指摘されてきましたが、肺内の換気分布を精密に 計測する方法は、特殊な機器や薬剤を必要としたり、検査に長時間かかったりして、臨床 現場への導入が困難でした。近年は、X 線 CT の高速化や画像解析技術の開発(文献 5,6) 、 電気インピーダンス画像の普及など、換気分布に関する関心が高まっています。ここでは、 重力が換気分布にあたえる影響を仰臥位の肺葉モデルと腹臥位の肺葉モデルを比較するこ とによって説明します。 第4章で説明した方法で、仰臥位と腹臥位の肺葉モデルを作成します。ParaView で読 み込み、画面を分割して2つのモデルを同時に表示します(図7-1では、説明のために 4 分割していますが、2 画面で充分です)。メイン画面の上から 3 番目中央に Surface と表示 されているタブがあります。ここをクリックして 「Surface With Edges 」に変更します。 すると、肺葉の表面のエッジが表示されます。全肺モデルは TLC における領域の形状を立 方体の集合で表すことで生成されています。TLC において定義した立方体の形状は呼吸レ ベルの変化に応じて変化します。立方体の容積変化量は、そこを出入りした空気の容積と 等しいので、これが局所の換気量です。同一肺葉内ではどの立方体も TLC では同じサイズ ですので、立方体の形状変化を同一肺葉内で比較することで、換気分布を推定できます。 ここで、換気量と含気量、移動量、の違いについて、説明しておきます。これらの概念 はしばしば混同して使われることがあるようですが、違いは明確です。換気量は、上述し たように、肺実質の容積変化量です。含気量は、肺実質に含まれる空気の量で、CT値か ら推定することができます(空気の割合= - CT 値/1000)。いくら含気があっても、換気が あるとは限りません。吸気 CT と呼気CTで肺実質のCT値が変化しますが、CT値は血流 量の変化によっても変化しますので、CT値だけで換気を判断するのは危険です。呼吸運 動に伴い、肺実質は移動変形します。しかし、いくら移動量が大きくても、平行移動する だけだと容積は変わらず、換気量は0です。容積の変化は、移動量(正確には移動ベクト ル)が周囲と異なるときに起こります。数学的には、移動ベクトルの空間微分が容積変化 量です。肺実質を立方体の集合であらわすのは、局所における移動ベクトルの違いを把握 するのに便利です。 本バージョンでは、体位変換による胸郭の形状変化は考慮していないので、TLC におけ る肺の形状はどの体位でも同じです。TLC では、呼吸筋の働きにより重力効果がキャンセ ルされ、肺実質は肺内どこでも同程度に伸展しています(TLC の CT 画像は、肺内どこで も CT 値は-900 程度でほぼ一定ですよね) 。しかし、肺気量が低下するにつれ、重力効果 が顕在化し、呼気 CT では、加重部の CT 値が非加重部よりも増加します。これは、加重部 35 の肺実質がより強く収縮したためです。4D 肺モデラーの体位変換モデルは重力方向の変 化を計算して作成されています。 図7-1は TLC における仰臥位モデル(左)と腹臥位モデル(左)です。前後軸の方 向が異なるだけで、全く同一の形状です。同一肺葉に属する立方体はすべて同じサイズで す。ただし、Parallel Projection(本書 12 ページを参照)とはいえ、遠くにあるものは小 さく表示されますので、スナップショットでの判断は危険です。回転しながらよく観察し てください。図 7-2 は、安静呼気時の仰臥位モデル(左)と腹臥位モデル(左)です。胸 郭の変形を反映して、どの立方体も頭尾方向により強く縮んでいますが、加重部(仰臥位 モデルでは背側、腹臥位モデルでは腹側)では、それに加えて、背腹方向にも縮んでいま す。 図7-1.仰臥位モデル(左)と腹臥位モデル(右)の TLC 画像 36 図7-1.仰臥位モデル(左)と腹臥位モデル(右)の FRC 画像 ところで、背側に位置する肺実質と腹側に位置する肺実質の容積には、大きな違いがあ ります。背側の方が圧倒的に多いです。それに加えて、仰臥位では腹部臓器が横隔膜を介 して肺実質の上に位置します。前腹壁には腹部臓器を支える骨格構造がないため、肺実質 は腹部臓器の重力を受けますが、腹臥位ではその効果はありません。仰臥位から腹臥位に 変換することで換気が改善する理由が納得できます。 37 参考文献 1.Kitaoka H, Takaki R, and Suki B. 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