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2011年度数学IA演習第2回
2011 年度数学 IA 演習第 2 回 理 I 22, 23, 24, 25, 26, 27 組 5 月 10 日 清野和彦 問題 1. 任意の実数 a に対し、a < n を満たす自然数 n が存在することを証明せよ。 (この事実を アルキメデスの原理と言います。) 問題 2. a < b を満たす任意の二つの実数 a と b に対し次を証明せよ。 (1) a < x < b を満たす有理数 x が存在する。 (2) a < y < b を満たす無理数 y が存在する。 問題 3. 次の集合に上限、下限、最大値、最小値が存在するかどうか判定し、存在するものについ てはその値を求めよ。 { } n n は自然数 n+1 (1) A= (2) B = {x ∈ R | 0 < x2 ≤ 2, 0 < x, x は有理数 } { } 1 C = m + m, n は自然数 n (3) 問題 4. 正実数 a に対し b2 = a を満たす正実数 b(すなわち √ a)がただ一つ存在することを証 明せよ。 問題 5. A を R の部分集合で上にも下にも有界なものとし、B を A の要素の絶対値の集合、す なわち B = {|a| | a ∈ A} とする。不等式 sup B − inf B ≤ sup A − inf A が成り立つことを示せ。 ——————————————————————————————————————– 問題 6. 12 の倍数と 18 の倍数の和全体の集合と、6 の倍数全体の集合は一致することを示せ。つ まり、 A = {12m + 18n | m, n ∈ Z} B = {6k | k ∈ Z} とするとき A = B であることを示せ。 問題 7. X を集合、A, B, C を X の三つの部分集合とするとき、 (A ∪ B) ∩ C = (A ∩ C) ∪ (B ∩ C) の成り立つことを証明せよ。 ● 集合 X の部分集合 Y に対し、Y の補集合 Y とは Y = {x ∈ X | x ̸∈ Y } のことです。 問題 8. X の二つの部分集合 A, B に対し次を示せ。(ド・モルガンの法則といいます。) (1) A∪B =A∩B (2) A∩B =A∪B 問題 9. 次の議論のどこが間違っているか説明せよ。 x ≥ 3 ⇒ x ≥ 2。 x ≥ 2 ⇒ x の最小値は 2。 ゆえに x ≥ 3 ⇒ x の最小値は 2。 ● 集合 X から集合 Y への写像 f : X → Y とは、X の各要素に Y の要素をただ一つずつ対応さ せる対応のことです。 ● X の部分集合 A に対し、写像 f : X → Y による A の像 f (A) とは f (A) = {f (x) | x ∈ A} という Y の部分集合のことです。 問題 10. 写像 f : X → Y と X の二つの部分集合 A, B に対し、 (1) f (A ∪ B) = f (A) ∪ f (B) (2) f (A ∩ B) ⊂ f (A) ∩ f (B) が成り立つことを示し、f (A ∩ B) ̸= f (A) ∩ f (B) となる例を作れ。 ● Y の部分集合 C に対し、写像 f : X → Y による C の逆像 f −1 (C) とは f −1 (C) = {x ∈ X | f (x) ∈ C} という X の部分集合のことです。 問題 11. 写像 f : X → Y と Y の二つの部分集合 C, D に対し、 (1) f −1 (C ∪ D) = f −1 (C) ∪ f −1 (D) (2) f −1 (C ∩ D) = f −1 (C) ∩ f −1 (D) が成り立つことを示せ。 ● 写像 f : X → Y が単射(1 対 1 の写像)であるとは、f (x) = f (x′ ) となるのが x = x′ のとき に限られることです。 問題 12. 写像 f : X → Y が単射であることと X の任意の部分集合 A に対し f −1 (f (A)) = A が成り立つ こととは同値(すなわち、互いに必要十分条件)であることを示せ。 2011 年度数学 IA 演習第 2 回解答 理 I 22, 23, 24, 25, 26, 27 組 5 月 10 日 清野和彦 前回と今回の間には講義が 1 回しかなく、しかもその講義では実数の公理が紹介されただけだっ たので、はっきり言って演習で取り上げる題材がほとんどありません。上限という概念と実数の連 続性の定義だけです。そこで、それら以外に、いつの間にか知っていることにされていることの多 い「集合と写像」を取り上げることにしました。 目次 1 実数 2 1.1 1.2 実数の公理という考え方 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1.3 1.4 1.5 最大値・最小値・上限・下限の定義 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 実数の連続性と数直線 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 上限の性質 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . アルキメデスの原理と有理数・無理数の稠密性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1.5.1 1.5.2 1.6 1.7 1.8 2 問題 1 の解答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 問題 2 の解答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 問題 3 の解答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2 4 5 6 7 7 8 問題 5 の解答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 9 10 11 集合と写像 2.1 二つの集合が等しいとは . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 14 15 問題 6 の解答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 15 15 問題 4 の解答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2.1.1 2.1.2 2.2 2.3 問題 7 の解答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . ところで集合とは . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 問題 8 の解答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 16 18 18 2.4 変数を含む命題 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2.4.1 問題 9 の解答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 19 19 2.5 2.6 写像とは . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 19 21 21 集合と論理 2.3.1 写像の像 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2.6.1 2.7 2.8 問題 10 の解答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 合成写像 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 逆像 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 21 22 2.8.1 問題 11 の解答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 単射と全射 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2.9.1 問題 12 の解答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 23 23 24 2.10 全単射と逆写像 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 25 2.9 2 第 2 回解答 実数 1 1.1 実数の公理という考え方 高校で数学を学んだとき、微積分を論ずるために必要な概念で 2 次方程式の解法などの別の単元 には出てこなかった概念は数列や関数の値の極限です。そのことからも分かるように、微積分を論 ずるためには極限というものについてきちんと考えなければなりません。特に、高校ではわざと避 けていた極限の定義に正面から取り組む必要があります。 ところで、収束する有理数列の極限は有理数のときも無理数のときもあることはご存知の通りで す。ということは、極限について議論しようとする場合、数の概念を有理数だけに限ってしまうと 議論が複雑になってしまうでしょう。なぜならば、有理数だけを数とした場合、無理数に収束する 有理数列は収束しない数列ということになってしまうので、「いかにも収束しそうな数列」が収束 したり(極限が有理数の場合)収束しなかったり(極限が無理数の場合)してしまうからです。 有理数だけを数としたのでは足りないことは、有理数直線が図形としての直線になっていないと いうことにも現れています。例えば、一辺の長さ 1 の正方形の対角線は「有理数直線」には存在し ません。実は、極限と相性の良い「数」とは、図形的な直線の満たす性質を「数直線」が図形とし ての直線の性質を満たしていることなのです。そこで、ちょうど「数直線=直線」となってくれる 「数」として実数を舞台に選ぶことになるのです1 。 ところで、実数とは何でしょうか?例えば、(無限)小数のことだと言ってよいでしょうか?で は無限小数とは何でしょうか?それは「有限桁で区切った有限小数列の極限」のことです。それで は、an を「小数点以下 n 桁より先がすべて 0 の有限小数のうち二乗すると 2 以下である最も大き な数」、具体的には、 a1 = 1.4, a2 = 1.41, a3 = 1.414, a4 = 1.4142, a5 = 1.41421, . . . としたとき、この {an }∞ n=1 の極限は何でしょうか?それは二乗すると 2 になる数のはずです。し かし二乗すると 2 になる数はご存知の通り有理数ではないので無理数です。それでは無理数とは何 でしょうか?それは循環しない無限小数です。。。 話が循環してしまったことにお気づきでしょうか?有限小数はよくわかっている。循環小数も分 数で表せるので大丈夫。しかし循環しない小数とは何でしょうか?それは有限小数の極限です。で はその極限とは何ですか?循環しない無限小数です。。。 こういう困難を乗り切るには、 よくわからないものは新しいものとしてそのまま受け入れる という方法が有効です。今考えている無限小数の場合に当てはめると、 定義. 1 から 9 までの数字を、点の左側には有限個、右側には有限個または無限個並べたものを実 数という。ただし、点の右側の数字が有限個のもの、および点の右側の数字が無限個だが循環して いるものは今まで通りの有理数を表すものとする。 2 。つまり、 「循環しない無限小数」を、数としての意味を考えずに表記そのものを記号として有 理数の集合に付け加えたものが実数全体の集合だというわけです。その上で、四則演算や大小関係 1 実数ならば「いかにも収束しそうな数列はほんとに収束する」ということについては、収束の定義だけでなく「いかに も収束しそうな数列」という概念も含めて近いうちに学びます。ここではこれ以上説明しません。 2 「無限個並べるってどういうこと?」という疑問が残ってしまうので、これではきちんとした定義とはいえないでしょ う。しかし、今回はこの程度で良いことにしてください。ちゃんとした「実数の構成」は次回の講義で紹介される予定です。 3 第 2 回解答 については今まで通りの小数の四則演算や大小関係として新たに数のメンバーとして加わった「記 号」たちにも拡張してしまいます。 我々が、小中高と進むにつれて知らず知らずのうちに身に付けた実数とは実はこのようなもので す。実際、小数点の右側に数が不規則に「無限個並んだ」少数というものは、小中高のどの段階で も明確には示されないまま数の仲間に忍び込んでくるように工夫されています。 しかし、本当にこれでよいのか?という疑問は残っていると言わざるを得ないでしょう。なぜな ら、このように定義した実数が、数直線という考え方を通じて我々がイメージする図形的な直線の 性質をピッタリ満たしてくれることを「証明」してはいないし、また、数直線にふさわしい数の集 合が少数の集合以外にもあるかも知れないという疑問も残っています。 このような場合、現代数学の典型的な対応策は次のようなものです。 • 実数が具体的に何でできているかはとりあえず無視する。 • 実数の満たすべき性質をすべて導き出すに必要かつ十分な性質を確定する。 • この性質をすべて満たす集合は「本質的に」一つしかないことを証明する。 • 無限小数の集合がこの性質をすべて満たすことを証明する。 「実数の満たすべき性質」とはもちろん「数直線にふさわしい数」というイメージをキチンと言葉 にしたものであって、実数の公理と呼ばれます。 講義で紹介されたように、実数の公理は 17 個の命題からなっています。その内訳は次のように なっています。 はじめの 10 個は「四則演算」に関するもの。 実数は我々が普通にやっているとおりの数の計算ができるものでなければ困りますから、公理の中 に「四則演算がある」ということと「それが思った通りの性質を持つ」ということを要求する命題 たちがあるのは当然のことです。 続く 6 個は「大小関係」に関するもの。 数直線にふさわしい数は少なくとも数直線上に並ぶわけで、その「並び順」を利用して大小関係が できるわけです。だから、公理の中に「大小関係がある」ということと「それが四則演算に対して 思った通りの性質を持つ」ということを要求する命題たちがあるのは当然のことです。 つまり、17 個のうち 16 個は「当たり前」のことを要求するだけの命題なのです。実際、ここま での 16 個の公理は有理数だけで作った集合 Q も満たしてしまいます。だから最後に残った「17 番目の公理」だけが本当に実数に特有の性質を述べているのだといってよいわけです。その性質が 実数の連続性と言われるものです。 注意. 実数の公理というのは、 「どんな妙ちきりんなものでできている集合であっても、この公理さえ満たせば実数と呼んでよ い。特に、我々が普段使っている計算規則などはすべて成り立つ」 ということを保証してくれる「命題の集まり」です。別な言い方でいうと、普段使っている計算規則は、実数 の公理だけを使って論理的に導き出すことができるということです。たとえて言うなら、実数の計算をゲーム に見立てたとき、実数の公理はゲームのルールであり、このゲームでやっても良い手はゲームのルールから 論理的に導き出せることだけだ、ということです。だから、例えば、(−1)a = −a という「手」が実数の公 理というルールブックに直接は書かれていない以上、ルールブックに載っている 17 個のルールを上手く使っ て、(−1)a = −a という「手」を導き出さなければならないわけです。 もちろん、一度導き出してしまえば、その後は自由に使って良いわけですから、結局は今まで通りの計算 がすべて正当化されますが。★ 4 第 2 回解答 余計なことですが・ ・ ・. 実数の公理をなす 17 個の命題はどの一つも外せない、どの一つも他のメンバーから 証明することができない、ということを証明する最も簡単な方法は、どの一つを除いても実数でないもので それらを満たすものが存在することを証明すること、つまりそのような実例を作ってしまうことです。例え ば、「17 番目の公理」を除くと有理数の集合 Q がそのようなものの例になるわけです。 このような試みをしてみると、実数の公理の必要性の証明とは別に、 「妙な数の体系」という(今我々が抱 いている興味とは全然別の)興味深い数学的対象が見つかることがあります。 「四則演算ができる集合」という言葉はいかにも長いので、そのような集合のことを体3 と呼ぶことにしま す。「興味深い数学的対象」とは実数や有理数ではない体のことです。皆さんもよくご存じのものに複素数が あります。複素数は大小関係こそないものの、それ以外の計算規則は実数と全く同じです。 行列の掛け算のように「掛け算の可換性」を捨てると、実数から複素数を作ったようにして複素数から四 元数というものを作ることができます。掛け算が可換でない体のことを斜体と呼ぶので、四元数は斜体の例 ということになります。図形的には、実数は直線、複素数は平面、四元数は 4 次元空間に対応します。(ただ し、四元数の掛け算が 4 次元空間の幾何学としてどのような意味を持つかは少し複雑で、複素数のときのよ うにわかりやすくはありません。) さて、 「掛け算についての逆元」つまり「割り算」を諦めれば、整数という基本的な数の体系がありますが、 素数 p を一つ決めて整数を p で割った余りを考えると、(足し算と掛け算は割る前に行うことで定義します) 大小関係がなくなる代わりに割り算ができるようになります。p で割ったあまりは 0 から p − 1 までの有限個 しかないので、有限体と呼ばれます。この体の特徴は「自然数の集合 N を部分集合として含まない」という ことです。 (有限個しか要素がないのですから当たり前なのです。)この体で「1 ずつ数を増やして行く」とい う自然数の素性に合った考え方をすると、1,1+1,1+1+1, と 1 をどんどん足していって p 個足したところで 0 になってしまいます。 (なぜなら p を p で割ったありまりは 0 だからです。)このように、 「1 を最低いくつ足 したら 0 になるか」という数(今の場合は p)をその体の標数と言います。1 をいくら足しても 0 にならない 場合、つまり実数のように自然数を部分集合として含む場合、その体の標数は 0 であると定義します。なお、 有限体の図形的なイメージは有限個の点ということになります。実数や複素数とは全然似てないですね。☆ 1.2 実数の連続性と数直線 さて、最後に残った「17 番目の公理」すなわち「実数の連続性」は有理数では数直線にふさわ しくない部分を補う性質になっているはずです。「実数の連続性」を正確に述べる前に、なぜ「実 数の連続性」が有理数では足りない部分を補う性質だといえるのかということについてイメージ的 な説明をしてみます。 まず、次の問題を考えてみてください。 三つの数 a, b, c(ただし a < b < c とする)が与えられたとき、この三つの数すべて以 上の大きさの数全体の集合を求めよ。 もちろん、答は「c 以上の数全体」、集合の記号で書けば {x ∈ R | x ≥ c} で、区間を表す記号で 書けば [c, ∞) ですね。答がこうなる理由は、c が {a, b, c} の中の最大値だからです。 ということは、次の問題も全く同様に解けます。 数の(無限集合かも知れない)集合 A が与えられたとき、A のすべての要素以上の大 きさの数全体の集合を求めよ。ただし、A の最大値を m とする。 この場合、答は「m 以上の数全体」、すなわち [m, ∞) = {x ∈ R | x ≥ m} となります。 なんかくだらない感じで申し訳ないので、そろそろ目指すところを説明しましょう。上の二つの 問題は、 3 たい。英語では field なので「場」ですが、例えばフランス語では corps なので「体」です。日本語の体はおそらくド イツ語の Körper の訳でしょう。 5 第 2 回解答 集合 A が与えられたとき、実数全体 R を「A のすべての要素以上の大きさの数」と 「A の少なくとも一つの要素より小さい数」の二つの部分に分ける という操作を考えているのです。このとき、R は大きい方と小さい方の二つの部分に分かれます。 横たわった数直線のイメージで言うと右側と左側です。そして、上の二つの例では、右側と左側の 境目に A の最大値という数がいるわけです。 この「右左に分ける」という操作は、 横たわった直線に別の直線を縦に交わらせる という操作を、直線という図形的な道具を使わずに数の言葉だけで述べようとしたものです。 「わざわざ『A のすべての要素以上の大きさの数の集合』なんて回りくどいこと言わずに、『A の最大値以上の数』って言えばいいじゃん」と思うかも知れませんね。しかし、A には最大値はあ るとは限りません。例えば、 A = (0, 1) = {x ∈ R | 0 < x < 1} だったらどうしますか? なんて、くだらないですね。もちろん答は「1 以上の数全体の集合」、つ まり、 [1, ∞) = {x ∈ R | x ≥ 1} です。 「あーいらいらする。どっちにしろ『交点』に当たる数があるんだから『その数以上の集合』で いいじゃん!!」これです! 「『交点』に当たる数がある」ということを実数の公理に含めたいのです。 古代ギリシャ人が考えていた(らしい)「有理数直線」では、平行でない二直線は必ず一点で交わ るという重要で当たり前な性質を満たさなくなってしまうので、実数には、この欠点がないこと、 つまり「平行でない二直線は 1 点で交わる」に当たる性質を要求する必要があるのです。このこと を図形的な言葉を使わずに言うために、上界や上限という言葉を用意するわけです。「A のすべて の要素以上の大きさの数」が上界で、「交点」に当たる数、すなわち上界の最小値が上限です。だ から、有理数では満たさない実数に特有の性質、「二直線は一点で交わる」に当たる性質が 上に有界な(空でない)集合は上限を持つ というように言い表されるというわけです。 この性質のことを「実数の連続性」と呼ぶのは、 「直線は切れ目なくベターッとつながっている」 という気持ちを表しているのだろうと思います。関数の連続性とは関係ない概念です。お気をつけ 下さい。 1.3 最大値・最小値・上限・下限の定義 それでは定義を復習しましょう。なお、これらの概念が実数に限らず、たとえば数の集合を有理 数だけに限ったとしても意味を持つということを強調するために、普通なら「実数」と書くべきと ころを「数」とか「集合 A の要素」と書いてあります。 定義 1. 集合 A が上に有界であるとは、数 u で A の任意の要素 a に対して a ≤ u を満たす ものが存在することをいう。 6 第 2 回解答 u は a に依存してはいけない、というところが重要です。また、不等号をひっくり返した条件 を満たすとき A は下に有界と言います。 定義 2. 上のような u のことを集合 A の上界 (upper bound) と言う。 不等号をひっくり返した条件を満たす u を A の下界(かかい, lower bound)と言います。 定義 3. 集合 A の要素 m で、A の任意の要素 a に対して a ≤ m を満たすものが存在すると き、m を A の最大値 (maximum) と呼び max A と書く。 最小値 (minimum) も同様に定義され、記号で min A と書きます。開区間 (0, 1) の例でもわかる ように、上や下に有界だからと言って最大値や最小値はあるとは限りません。 定義 4. 上に有界な集合 A の上界の最小値のことを上限 (supremum) と言い、sup A と書く。 下限 (infimum) も同様に定義され inf A と書かれます。 言葉が用意できたので、17 番目の公理である「実数の連続性」を改めて書いておきましょう。 実数においては、空集合でない部分集合 A は上に有界なら必ず上限を持つ。 1.4 上限の性質 いつも定義そのものに照らして考えるのは大変なので、上限の定義である「上界の最小値」を、 上界の定義と最小値の定義に従って見直しておきましょう。 まず A の上限 sup A は A の上界なのですから、A のすべての要素以上の大きさを持ちます。つ まり、 A の任意の要素 a に対し、a ≤ sup A が成り立つ。 です。一方、sup A は A の上界の最小値ですから、A のすべての上界以下の大きさを持ちます。 つまり、 A の任意の上界 u に対し u ≥ sup A が成り立つ。 となります。しかし、与えられた集合は A なのに、A の要素でない u というものを使って述べて あるのはいかにも使いにくそうです。だから、この性質をなんとか u を使わず A の要素に対する 性質に言い換えたいところです。 そういうときには「対偶」を考えるのがよいでしょう。つまり、 sup A より小さい数は A の上界ではない。 です。さらに「上界ではない」の部分を上界の定義の否定で置き換えれば、この性質は sup A より小さい数 b に対し b より大きい A の要素が存在する。 7 第 2 回解答 となります。ここで、 「sup A より小さい数 b」という言葉の裏には、 「どんなに sup A に近くても sup A より小さいならば」という気分があるわけですから、b と書かずに sup A − ε と書くことに すれば、 どんなに小さい正数 ε に対しても sup A − ε < a を満たす A の要素 a が存在する。 となります。 以上の二つをまとめると、sup A の定義は次のように言い換えられることがわかりました。 上限の定義の言い換え : A の任意の要素 a に対し a ≤ sup A が成り立ち、かつ、どんなに小 さな正数 ε に対しても sup A − ε < a を満たす A の要素 a が存在する。 (論理記号で書くと、 [ ] [ ] ∀a ∈ A [a ≤ sup A] ∧ ∀ε > 0 ∃a ∈ A [sup A − ε < a] となります。)実際に上限を求める場合、と言うか、ある数が与えられた集合の上限であることを 証明するときはこの言い換えを使うのがよい場合が多いと思います。 なお、定義からすぐわかると思いますが、 上に有界な集合 A について、sup A が A の要素であることと max A が存在すること は同値であり、そのとき sup A = max A である。 が成り立ちます。(証明してみてください。) 1.5 アルキメデスの原理と有理数・無理数の稠密性 実数の連続性をあらわに使う問題は、今回は問題 4 だけです。ただし、実数の連続性から導かれ るアルキメデスの原理 任意の実数 a に対し、a < n を満たす自然数 n が存在する は何度も使います。これは「実数の連続性」が 実数はあまり広くは広がっていない という大域的な性質を含んでいることを意味しています。「こんなの当たり前じゃないか」と思う かも知れませんが、 「実数の連続性」以外の 16 個の公理をすべて満たすのにアルキメデスの原理が 成り立たない集合が存在するので、実は当たり前ではないのです。 というわけで、アルキメデスの原理を証明する問題を出題しておきました。 1.5.1 問題 1 の解答 背理法で証明しましょう。 ある実数 a で、任意の自然数 n に対して a ≥ n の成り立つものがあると仮定します。(この a は n に依存していないことに注意してください。)これは、a が自然数の集合 N の上界であるこ 8 第 2 回解答 とを意味しています。ということは N は上に有界です。N は空集合でもないので、実数の連続性 により N の上限 sup N が存在します。すると、たとえば sup N − を満たす自然数 N が存在します。 (sup N − 1 2 1 <N 2 は N の上界ではないからです。 「上限の定義の言い 換え」の二番目の条件を見てください。そこでの ε として 1 2 を選んでみました。)この両辺に 1 を 足すと 1 <N +1 2 となります。N + 1 も自然数ですので、これは sup N が N の上限であることに矛盾しています。 sup N + これで示せました。 □ アルキメデスの原理から得られる重要な性質に、有理数も無理数も「実数の中のどこにでも存在 する」というものがあります。(正確な表現は問題 2 に書いたものです。)(1) の事実を「有理数の 稠密4 性」、(2) の事実を「無理数の稠密性」といいます。下の解答を見れば分かるように、(2) は (1) から簡単に導けます。ですから、本質的なのは (1) の方です。 (1) のイメージは次のようなものです。まず n1 が a − b より小さくなるような自然数 n を一つ 選びます。 (そのような n が選べるというところにアルキメデスの原理が効いています。)すると、 ... という数列(数直線上の幅 1 n − 3 n − 2 n − 1 n 0 1 n 2 n 3 n ... の等間隔の目盛り)のうちの少なくとも一つは a と b の間にあるは ずだ、というわけです。これをきちんと証明らしくすると次の解答になります。 1.5.2 問題 2 の解答 1 < n を満たす自然数 n が存在します。そのような n を一つ選 (1) アルキメデスの原理により b−a んで固定します。この不等式の分母を払うと 1 < nb − na となります。一方、再びアルキメデスの 原理により、m ≤ na < m + 1 を満たす整数 m が存在します。すると、 na < m + 1 ≤ na + 1 < na + (nb − na) = nb が得られます。n は自然数なので正ですから、n で割ることができて、しかも不等号の向きは変わ りません。よって、 a< m+1 <b n となります。 □ √ (2) 無理数 α を一つ選びます。(たとえば α = 2 とします。)そして、a′ = a − α, b′ = b − α と おきます。すると、(1) より a′ < x < b′ を満たす有理数 x が存在します。この不等式のすべての 辺に α を足すと a < x + α < b となります。x は有理数で α は無理数ですので x + α は無理数で す。(x + α が有理数だとすると、α は二つの有理数の差になってしまって無理数であることに矛 盾します。)これで示せました。 □ 4 「ちゅうみつ」と読みます。 9 第 2 回解答 1.6 問題 3 の解答 最大値・最小値・上限・下限について具体的に考えるための準備は以上で十分でしょう。という わけで、具体例に当たってみる問題が問題 3 です。 (1) まず直観的に答を探してみましょう。 この A は集合の形で書いてありますが、an = n n+1 という数列は 1 2 3 4 5 , , , , ,... 2 3 4 5 6 という単調増加数列です。そして極限は 1 です。だから初項が最小値(=下限)で値は 12 、最大値 は存在せず上限は極限値である 1 です。 これで答がわかったので、あとは本当にそうであることを証明しましょう。ただし、最小値(= 下限)が 1 2 であることの証明は省略します。 上限が 1 であることを示しましょう。 n 1 =1− <1 n+1 n+1 (1) なので 1 は上界です。一方、アルキメデスの原理により、任意の正実数 ε に対し 1 <N +1 ε が成り立つほど大きい自然数 N が存在しますので、 1−ε<1− 1 ∈A N +1 となり 1 − ε より大きい A の要素が存在します。以上より 1 が上限であることがわかりました。 不等式 (1) からわかるように 1 は A の要素ではないので A は最大値を持ちません。 □ (2) B の定義はゴチャゴチャしていますが、要するに、 √ B = (0, 2 ] ∩ Q です。ただし Q は有理数全体の集合で、X ∩ Y は X と Y の共通部分です。だから、「min B は √ √ 存在せず inf B = 0」であることと「sup B = 2」はすぐわかります。あとは 2 ∈ B かどうか √ が問題として残ります。しかし、よくご存知のように 2 は無理数です。よって sup B は B に含 まれず、従って max B は存在しません。 □ なお、この問題は数として有理数しか認めないなら上限が存在しない例になっています。 (3) まず直観的に当たりを付けてみましょう。 上に有界でないことはすぐにわかりますので、最大値も上限もありません。一方、小さい要素 の方は、m が小さければ小さいほど、また n が大きければ大きいほど m + 1 n の値が小さくなり 1 = 0 です5 ので、 ますので、m は 1 に固定して n をどんどん大きくした極限が下限です。 lim n→∞ n inf C = 1 です。また、1 は C の要素ではないので min C は存在しません。 5 数列の収束を定義してから証明します。 10 第 2 回解答 以上をちゃんとした証明にしましょう。 まず、C が上に有界でないことを示します。アルキメデスの原理により、どんなに大きな実数 R が任意に与えられても、R 以上の自然数 M が存在しますので、 R≤M <M+ 1 ∈C n が成り立ちます。つまり C は上界を持ちません。すなわち C は上に有界ではありませ。よって、 max C も sup C も存在しません。 次に inf C = 1 を証明しましょう。7 ページの「上限の定義の言い換え」で不等号の向きと ± を すべて逆にすると「下限の定義の言い換え」になりますので、それを利用しましょう。まず、任意 の自然数 m, n に対して 1 (2) n が成り立つので、1 は C の下界です。次に、小さな正実数 ε を任意に取ります。すると、アルキ メデスの原理により、ε に応じて ε > N1 を満たす自然数 N が取れます。よって、 1<m+ 1+ε>1+ 1 ∈C N ですので、1 より少しでも大きな実数は C の下界ではありません。これで inf C = 1 が示せました。 また、不等式 (2) から 1 ̸∈ C ですので、min C は存在しません。 □ 1.7 問題 4 の解答 平方根というものを知って以来、任意の整数にその平方根が存在することは疑ったこともないか も知れませんが、考えてみれば、これは証明しなければならないことです。というわけで、証明す る問題を出しました。 少し工夫すれば平方根だけでなく n 乗根の存在も同様に示せます。興味のある方はやってみて ください。 解答. 集合 A を A = {x ∈ R |x2 < a} と定義します。すると、0 ∈ A なので A は空集合ではありません。一方、a > 1 なら a2 > a なの で a は A の上界であり、a ≤ 1 ならば 12 ≥ a より 1 は A の上界ですから、どちらにせよ A は 上に有界です。よって、実数の連続性により A の上限 sup A が存在します。以下、この sup A が 求める値であることを証明しましょう。 面倒なので、b = sup A と書くことにします。 まず、b > 0 を示しましょう。b は A の上界であり 0 ∈ A ですので b ≥ 0 です。もし b = 0 な ら b2 = 0 ̸= a となってしまうので b ̸= 0 です。よって b > 0 となります。 次に b2 = a を示しましょう。背理法で証明します。 b2 < a と仮定します。すると h = a − b2 は正です。 } { h h 1 , , r = min 4b 2 2 とおき、b′ = b + r とすると、h > 0 と b > 0 より b′ > b です。b′ を計算してみましょう。 2 b′ = b2 + 2br + r2 2 11 第 2 回解答 で、r の定義より、 2br ≤ 2b h h = 4b 2 です。一方、h ≥ 1 なら h/2 ≥ 1/4 なので、 r2 ≤ h 1 ≤ 4 4 r2 ≤ h2 h < 4 4 となり、h < 1 なら h2 < h なので、 となるので、どちらにせよ r2 ≤ h 4 が成り立ちます。以上を合わせると、 b′ ≤ b2 + 2 3h h h + = b2 + < b2 + h = a 2 4 4 となり、b′ ∈ A となります。しかし、b′ > b なのですから、これは b が A の上界であることに反 します。よって、b2 ≥ a です。 そこで、今度は b2 > a と仮定しましょう。すると、今度は h = b2 − a が正です。そこで、 r= h 4b とおき、b′ = b − r とおくと、 b′ = b2 − 2br + r2 > b2 − 2br = b2 − 2b 2 h h h =a+h− =a+ >a 4b 2 2 となり、b′ は A の上界です。しかし、b′ = b − r < b ですから b が A の上限(すなわち最小上界) であることに反します。 以上より、b2 = a が示せました。 最後に c2 = a かつ c > 0 ならば c = b であること、つまり「正の平方根はただ一つ」であるこ とを示しましょう。c < b ならば c2 < b2 = a であり、c > b ならば c2 > b2 = a となってどちらに せよ c2 ̸= a となってしまうので、c = b でなければなりません。 □ 1.8 問題 5 の解答 一般的に解く方法もありますが、この問題は「A の要素がすべて 0 以上」「A の要素がすべて 0 以下」「A の要素に正のものも負のものもある」の三つの場合に分けて考えると簡単ですので、ま ずその方法を紹介し、そのあと一般的に解く「スマート」な方法を紹介します。 A の要素がすべて 0 以上のとき A の任意の要素 a に対して |a| = a が成り立つので、A = B です。集合として同じなのだか ら、上限や下限も一致します。つまり、sup B = sup A かつ inf B = inf A です。よって、特に sup B − inf B = sup A − inf A が成り立ちます。 12 第 2 回解答 A の要素がすべて 0 以下のとき A の任意の要素 a に対して |a| = −a が成り立つということです。このとき、 sup B = − inf A, inf B = − sup A が成り立つことを示しましょう。どちらでも同じですので、sup B = − inf A だけ示します。7 ペー ジの「上限の定義の言い換え」から、このことは B のすべての要素 b に対して b ≤ − inf A が成り立ち、しかも、任意の正実数 ε に対 して b > − inf A − ε の成り立つ B の要素 b が少なくとも一つ存在する ということと同値ですので、これを示しましょう。 B の要素はすべて A の要素 a によって −a と書けます。よって、条件の前半は、 A のすべての要素 a に対して −a ≤ − inf A が成り立つ となります。この不等式は a ≥ inf A と同じですが、inf A は A の下限なのでこの不等式はすべて の a に対して成立します。また、条件の後半は −a > − inf A − ε の成り立つ a が存在する となりますが、この不等式は a < inf A + ε と同じであり、inf A が A の下限であることから、こ の不等式の成り立つ A の要素 a は必ず存在します。これで、sup B = − inf A がわかりました。 inf B = − sup A も同様に示せます。 これを使うと、 sup B − inf B = (− inf A) − (− sup A) = sup A − inf A となって、この場合にも示したい不等式の成り立つことがわかりました。 A の要素に正のものも負のものもある場合 最初に、この場合 sup B = max{sup A, − inf A} (3) の成り立つことを示しましょう。 まず、− inf A ≤ sup A のとき sup B = sup A であることを示しましょう。 B の要素は A の要素 a そのものか、または −a です。上限と下限の定義より、 inf A ≤ a ≤ sup A が成り立ちます。左側の不等式に −1 を掛け、仮定している − inf A ≤ sup A を使うと、 a ≤ sup A かつ − a ≤ − inf A ≤ sup A が成り立ちます。よって、a に対応する B の要素 |a| が a だとしても −a だとしても、sup A は それら以上の値です。つまり、sup A は B の上界となります。 次に、ε を任意の正実数としたとき sup A − ε より大きい B の要素があることを示しましょう。 sup A は A の上限なので、sup A − ε より大きい A の要素 a が存在します。今 A は正の要素を 13 第 2 回解答 持つと仮定しているので sup A > 0 ですから、a として正の実数を選べます。すると |a| = a なの で、a は B の要素であってしかも sup A − ε より大きい数です。これで示せました。 sup A < − inf A の場合を考えるために、 A′ = {−a | a ∈ A} で定義される集合 A′ を考えましょう。B は A′ の要素の絶対値の集合でもあります。また、 「A の 要素がすべて 0 以下の場合」でおこなった証明をそのまま適用して sup A′ = − inf A, inf A′ = − sup A が示せます。ということは、sup A < − inf A とは sup A′ > − inf A′ を意味し、しかも B は A′ の要素の絶対値の集合なので、A と A′ の役割を取り替えれば、前段落までに示した結果が使えま す。つまり、 sup B = sup A′ = − inf A となります。 これで式 (3) の成り立つことが示せました。 さて、B は A の要素の絶対値の集合ですから負の要素がなく、0 は B の下界です。よって inf B ≥ 0 です。ということは、 sup B − inf B ≤ sup B が成り立ちます。上で示したように、sup B は sup A と − inf A の大きい方に一致しますが、sup A も − inf A も正なので、 sup B = max{sup A, − inf A} < sup A + (− inf A) = sup A − inf A が成り立ちます。この二つの不等式を合わせると、 sup B − inf B < sup A − inf A となります。これで示せました。 □ 次に A の要素の正負を使わない別解を紹介します。 別解 a と a′ を A の二つの任意の要素とします。すると、 inf A ≤ a′ ≤ sup A inf A ≤ a ≤ sup A, が成り立ちます。右の不等式だけ −1 倍すると、 inf A ≤ a ≤ sup A, − sup A ≤ −a′ ≤ − inf A となります。この二つを辺々足すと、 inf A − sup A ≤ a − a′ ≤ sup A − inf A 14 第 2 回解答 が得られます。左側の不等式だけ −1 倍すると、 a′ − a ≤ sup A − inf A, a − a′ ≤ sup A − inf A となります。つまり、 |a − a′ | ≤ sup A − inf A (4) が A の任意の二つの要素 a, a′ に対して成り立つことがわかりました。 一方、三角不等式を使うと、 |a| = |(a − a′ ) + a′ | ≤ |a − a′ | + |a′ | となるので、|a′ | を移項して |a| − |a′ | ≤ |a − a′ | (5) が得られます。 二つの不等式 (4) と (5) を合わせて、A の任意の二つの要素 a, a′ に対して |a| − |a′ | ≤ sup A − inf A の成り立つことがわかりました。 ここで、a′ を一つ選んで固定し、a だけを動かすことを考えます。|a| とは B の要素のことなの で、B の任意の要素 b に対して b ≤ sup A − inf A + |a′ | が成り立つ、つまり、sup A − inf A + |a′ | は B の上界であることがわかりました。よって、 sup B ≤ sup A − inf A + |a′ | が成り立ちます。 今度は a′ を動かしましょう。|a′ | も B の要素すべてを動くので、この不等式は B の任意の要 素 b に対して sup B − sup A + inf A ≤ b が成り立つということ、つまり sup B −sup A+inf A が B の下界であることを意味します。よって、 sup B − sup A + inf A ≤ inf B が成り立ちます。 移項して整理すると、 sup B − inf B ≤ sup A − inf A となります。これが示したい不等式でした。 □ 2 集合と写像 講義でも演習でも、既に集合とかその要素とかという概念を使ってきていますが、ここで改めて 集合と写像について確認しておくことにしました。ただし、「集合論」をやろうというわけではな いので、「集合とはなんぞや」という点は追求しません。 15 第 2 回解答 二つの集合が等しいとは 2.1 集合として、何の理屈もないような例を考えて見ましょう。例えば、大豆が 1000 粒あって、な んとそれらに 1 から 1000 までの番号がふってあり、それを袋に入れてぐしゃぐしゃっとかき混ぜ て一掴み取ったとします。すると、その掴み取った大豆に書かれている自然数の集合が出来上がり ます。それを A としましょう。同様に、小豆が 1000 粒あって、それらにも 1 から 1000 まで番号 がふってあり、一掴み取って集合 B を作ります。A も B も自然数全体の集合 N の部分集合です ので比較してみることができます。どうやって比較するかというと、A に入っている数字を一つひ とつ持ってきて B に入っているかどうか調べるわけです。 さて、ほとんど有り得ないとは思いますが、この比較作業の結果 A のどの数字を持ってきても B に入っているという状況になっていたとします。つまり「x ∈ A ⇒ x ∈ B 」が成り立っているとい うことです。ただし、B の数字に残ってしまうものがあるかも知れません。集合の要素を使わずに 集合の記号だけでこのことを表すために用意されている記号が A ⊂ B です。だから、「A ⊂ B を 示す」とは「A の任意の要素が B の要素でもある」ということを示すことに他ならないわけです。 一方、これもほとんどあり得ないでしょうが、A の数字が B に入っているかどうか確認する作 業が終わったとき、入っていない数字があるかも知れないもののとにかく B の数字に残りがない という状況だったとします。つまり「x ∈ B ⇒ x ∈ A」が成り立っているということです。このこ とを集合の記号で表すと A ⊃ B となります。 さて、もしも奇跡的に A = B が実現されていたとすると、この作業を終えたとき、A の数字が B に入っていることが確認された上、B の数字に残ったものがないという状況になっているのだ から、上の二つの状況と比較して、 A = B とは A ⊂ B かつ A ⊃ B という二つの事柄を一つの式で書いたもの と見るべきだと言えるでしょう。だから、A = B を示す最も基本的な方法は x∈A⇒x∈B とx∈B⇒x∈A を示すことだということになります。下の問題 6 の解答と問題 7 の解答その 1 が具体例です。 2.1.1 問題 6 の解答 まず A ⊂ B であることを示しましょう。つまり、12m + 18n が 6 の倍数であることを示しま す。12m + 18n = 6(2m + 3n) であるので示せました。 次に B ⊂ A であることを示しましょう。つまり、どんな 6k も 12m + 18n と表せることを示しま す。m = −1, n = 1 とすると 12m + 18n = 6 ですので、m = −k, n = k とすれば 12m + 18n = 6k です。 A ⊂ B と A ⊃ B の両方が成り立っているので、A = B です。 □ 2.1.2 問題 7 の解答 その 1 まず (A ∪ B) ∩ C ⊂ (A ∩ C) ∪ (B ∩ C) を示します。x ∈ (A ∪ B) ∩ C を任意に取りま しょう。すると ∩ の定義より、x ∈ A ∪ B と x ∈ C の両方が成り立ちます。更に ∪ の定義より x ∈ A か x ∈ B の少なくとも一方が成り立っています。x ∈ A ならば、x ∈ A と x ∈ C の両方が 16 第 2 回解答 成り立っているので x ∈ (A ∩ C) です。よって、ことのとき x ∈ (A ∩ C) ∪ (B ∩ C) となっていま す。また、x ̸∈ A なら x ∈ B なので、x ∈ (B ∩ C) となり、やはり x ∈ (A ∩ C) ∪ (B ∩ C) です。 次に (A ∩ C) ∪ (B ∩ C) ⊂ (A ∪ B) ∩ C を示します。x ∈ (A ∩ C) ∪ (B ∩ C) を任意に取ると、 x ∈ (A ∩ C) または x ∈ (B ∩ C) の少なくとも一方が成り立っています。x ∈ A ∩ C なら、x ∈ A と x ∈ C の両方が成り立っており、A ⊂ A ∪ B であることから x ∈ A ∪ B も成り立っています。 よって、この場合 x ∈ (A ∪ B) ∩ C となっています。一方、x ̸∈ A ∩ C なら、x ∈ B ∩ C ですの で、x ∈ B と x ∈ C の両方が成り立っており、B ⊂ A ∪ B より x ∈ A ∪ B でもあります。よっ て、この場合も x ∈ (A ∪ B) ∩ C です。 以上で示せました。 □ その 2 (A ∪ B) ∩ C = ({x ∈ X | x ∈ A} ∪ {x ∈ X | x ∈ B}) ∩ {x ∈ X | x ∈ C} = {x ∈ X | x ∈ A ∨ x ∈ B} ∩ {x ∈ X | x ∈ C} = {x ∈ X | (x ∈ A ∨ x ∈ B) ∧ x ∈ C} = {x ∈ X | (x ∈ A ∧ x ∈ C) ∨ (x ∈ B ∧ x ∈ C)} = ({x ∈ X | x ∈ A ∧ x ∈ C}) ∪ ({x ∈ X | x ∈ B ∧ x ∈ C}) = ({x ∈ X | x ∈ A} ∩ {x ∈ X | x ∈ C}) ∪ ({x ∈ X | x ∈ B} ∩ {x ∈ X | x ∈ C}) = (A ∩ C) ∪ (B ∩ C) その 3 □ x ∈ (A ∪ B) ∩ C ⇐⇒ x ∈ A ∪ B ∧ x ∈ C ⇐⇒ (x ∈ A ∨ x ∈ B) ∧ x ∈ C ⇐⇒ (x ∈ A ∧ x ∈ C) ∨ (x ∈ B ∧ x ∈ C) ⇐⇒ x ∈ A ∩ C ∨ x ∈ B ∩ C ⇐⇒ x ∈ (A ∩ C) ∪ (B ∩ C) 2.2 □ ところで集合とは 問題 7 の解答を三種類書いてみました。もちろん、実質的な内容は同じです。それなのに三種類 も解答を書いてみた理由を説明しましょう。 「解答その 1」は大分ばかばかしい感じがするでしょう。それは、(あまりにも問題が簡単すぎ るということもあるでしょうが、)集合の扱い方が「ぎこちなさ過ぎる」からだと思います。もち ろん「解答その 1」は「A = B を示すことは A ⊂ B と A ⊃ B の両方を示すこと」を愚直に実行 したものです。「ぎこちなさ」の元はこの点にあるのではなく、集合そのものの扱いにあるのかも 知れないので、集合そのものについて少し考えてみましょう。 ある高校の教科書によると、集合とは、 (前略)奇数や偶数、あるいは自然数の全体、数直線上の点全体などのように、ある 条件を満たすものの集まりを集合といい、(後略) とあります。この「条件」という言葉の意味は曖昧ですが、少なくとも微積分や線形代数で出会う 集合は、ここに挙げられている例のように、式や言葉でかけるような条件を満たすものの集合ばか 17 第 2 回解答 りです。「一掴みの豆」の例のようなものは出て来ません。だから、例えば {x ∈ R | x3 + 2x2 − 5x + 1 > 0} のように ある分かり切った集合 X の要素のうち条件 P を満たすもの全体 {x ∈ X | P (x)} と書けるものばかりです。(P (x) は「x は条件 P を満たす」と読んで下さい。)すると、A ⊂ B という関係も、 A = {x ∈ X | P (x)}, B = {x ∈ X | Q(x)} (6) と書けているとすれば P (x) =⇒ Q(x) という、ただの条件文になってしまいます。 集合 X の部分集合 A, B が式 (6) によって定義されているなら、集合の共通部分や合併や補集 合も A ∩ B = {x ∈ X | P (x) ∧ Q(x)}, A ∪ B = {x ∈ X | P (x) ∨ Q(x)}, A = {x ∈ X | ¬P (x)} と、同じ形式で表せます。 (¬P は「P でない」ということ、つまり、¬P (x) とは「x は条件 P を 満たさない」という意味でした。)よって、A ∩ B, A ∪ B, A などの集合演算にかかわることも、 P (x) と Q(x) を使った論理関係に置き換えられます。 このように考えれば、問題 6 は 自然数 x が 12m + 18n と表せるための必要十分条件は x が 6 の倍数であることを示せ。 という、いたって自然な問題になるわけです。と言うより、この自然な問題を無理矢理集合の問題 に書き換えたものが問題 6 だったわけです。 さて、問題 7 における A, B, C は、このように条件式で定義されていないので、一見この節の考 察は役に立たないように見えるかも知れません。しかし、例えば A ∩ B = {x ∈ X | x ∈ A ∧ x ∈ B} というように、 「A の要素である」といったことを条件式として ∩ や ∪ が書けることを考えると、 集合の問題を論理のみの問題に変えてしまうことが出来ます。このことを直接使って集合のまま問 題 7 をといたのが「解答その 2」、論理だけを抽出したのが「解答その 3」です。「解答その 3」が 問題 7 の最も「普通」の解き方だと思います。なお、「⇔」とは「⇐ かつ ⇒」という意味であり、 「解答その 3」で ⇒ の向きだけをたどったものが (A ∪ B) ∩ C ⊂ (A ∪ C) ∩ (B ∪ C) の証明、⇐ の向きだけをたどったものが (A ∪ B) ∩ C ⊃ (A ∪ C) ∩ (B ∪ C) の証明になっており、面倒なので ⇒ と ⇐ をまとめて書いてしまってはいますが、「A = B を示すことは A ⊂ B と A ⊃ B の両方 を示すこと」という方針に変わりはありません。 18 第 2 回解答 2.3 集合と論理 以上のように考えてくると、集合 X の部分集合 A, B, C が式 (6) のように定義されているなら、 (A ∪ B) ∩ C = (A ∩ C) ∪ (B ∩ C) という集合の間の等式を示すことは (P ∨ Q) ∧ R と (P ∧ R) ∨ (Q ∧ R) という二つの命題が同値であること示すことだ、ということを使って問題 7 を解いていることにな ります。 なんだかだまされたような感じがするかも知れません。示せと言われていることを使って問題を 解いてしまっているような、循環論法的な感じがするからだと思います。あるいは、「こんなので 解いたと言えるなら、ベン図でも良いのではないか?」と感じるのかも知れません。しかし、我々 がこれから数学を学んでいくとき 論理の分配法則は天与のものとして認め、集合の分配法則はそれから導かれるものである という態度をとります。確かに集合の分配法則はベン図を書いてみればほぼ明らかなのですが、そ れは証明とは認めないのです。 論理の分配法則は、記号で書いただけだと分かりにくいかも知れませんが、例えば JR 上野駅か ら駒場東大前に来る方法を説明するのに 山手線の内回りか外回りで渋谷に来て井の頭線に乗り換える と言うのと 山手線の内回りで渋谷に来て井の頭線に乗り換えるか、外回りで渋谷に来て乗り換える と説明するのが同じことだということにすぎません。論理は(少なくとも大学 1 年生の皆さんが) 数学をする上で前提となる道具ですが、集合は(一応)数学上の概念です。よって、集合の分配法 則を論理の分配法則から導くことは立派な証明なのです。 分配法則以外の法則も、同様に論理の法則(つまり日常的な意味で当然同値だと認めている二つ の命題を置き換えること)から導かれます。その練習のためにド・モルガンの法則を問題 8 として 出題しておきました。 何だか随分理屈っぽいと感じるかも知れません。要は、自分のやっていることの根拠はどこまで さかのぼれて何を当り前のことと認めているのかを意識して勉強して欲しいということです。 2.3.1 問題 8 の解答 どちらも似たようなものですので、(1) のみ証明します。しかも、かなりあっさりした書き方で 書かせて下さい。 x∈A∪B ⇐⇒ ¬(x ∈ A ∪ B) ⇐⇒ ⇐⇒ ¬(x ∈ A) ∧ ¬(x ∈ B) ⇐⇒ x∈A∩B ¬(x ∈ A ∨ x ∈ B) ⇐⇒ となります。二つの命題 P と Q に対し、 ¬(P ∨ Q) ⇐⇒ (¬P ) ∧ (¬Q) が成り立つことを使いました。 □ x∈A ∧ x∈B 19 第 2 回解答 2.4 変数を含む命題 X の要素のうちで条件 P (x) を満たすもの全体のなす部分集合を {x ∈ X | P (x)} というようにちゃんと書けばよいのですが、例えば X = R で条件 P (x) が 0 ≤ x ≤ 1 だったりす ると {x ∈ R | 0 ≤ x ≤ 1} と書くのはなんだか面倒というかばからしいような気がしてきてしまうものです。そこで、条件式 0 ≤ x ≤ 1 と書いただけでその条件式で決まる部分集合を表してしまう、という手抜きをよくしま す。そのことを注意したくて、とんちクイズのような問題を出してみました。 問題 9 の中の議論の間違いは、A ⇒ B の「B」と B ⇒ C の「B」とが似て否なるものだった こと、もっと言うと、「x ≥ 2 ⇒ x の最小値は 2」という文6 は「⇒」が一見入ってはいるものの、 実は「集合 {x ∈ R | x ≥ 2} の最小値は 2」という ⇒ と無関係な文であることに原因があります。 このような記号の乱用は避けるべきなのですが、便利なのでついついやってしまいますので気をつ けて下さい。 2.4.1 問題 9 の解答 一行目をきちんと言葉を補って読むと、 任意の実数 x に対して、x ≥ 3 ⇒ x ≥ 2 が成り立つ。 となり、二行目も同様に読むと、 x ≥ 2 を満たす最小の x は 2 である。 つまり、 集合 {x ∈ R | x ≥ 2} の最小値は 2 である。 となります。このように、一行目の x ≥ 2 は「x をひとつ持ってきたときに、その x が 2 以上で あるか否か」という x の性質を判定する文なのに、二行目の x ≥ 2 は {x ∈ R | x ≥ 2} という集 合を省略して書いたものであって意味が違うから間違った結論が導かれてしまったのです。 □ 2.5 写像とは 関数は写像の特別なもののことです。写像はわかりにくいという人が結構いるのですが、関数に ついての抽象的な事柄を理解するには写像から話を始めた方が混乱が少ないと思いますので、はじ めに少し写像について書いてみます。 X と Y を集合とします。「写像」とは「どの集合からどの集合へ」かを指定しないと意味のな い概念なので、ここでは「X から Y への写像」で行きましょう。X から Y への写像とは、 X のどの要素にも Y の要素がただ一つ対応している 6 もちろん三行目の「x ≥ 3 ⇒ x の最小値は 2」と言う文も。 20 第 2 回解答 という条件を満たす対応のことです。ただそれだけです。 写像のことを記号で f: X →Y と書きます。f が写像の名前で、X → Y の部分がどの集合からどの集合への写像かを表している わけです。集合 X を写像 f の定義域、集合 Y を写像 f の値域7 と言います。上に書いた「写像 であるための条件」は X の要素を一つ勝手に取ると Y の要素がただ一つ定まるということなの で、X の要素 x に写像 f で対応している Y のただ一つの要素のことを「x と f によってただ一 つに特定できる」という意味を込めて f (x) と書きます。もちろん f (x) ∈ Y です。また、f (x) が Y のある要素 y のとき、つまり y = f (x) のとき、 f : x 7→ y と、ちょっと特殊な矢印を使って表します。 具体例をあげましょう。私が大学生の頃「ねるとん紅鯨団」という「写像を作るテレビ番組」が ありました。男女を数人ずつ募集し公開で合コンをさせて最後に男性が女性に「つきあってくださ い」と「告白」する、というかなりしょーもない番組でした。この「告白」には次の三つのルール が課せられているのですが、これが「男性の集合から女性の集合への写像」の定義そのものなの です。 ルール 1. 「告白」できるのは男性のみであって女性はしてはならない。 ルール 2. 男性は必ず女性に対して「告白」しなければならない。気に入った人がいな いから「告白」しないということは許されない。 ルール 3. 「告白」できる相手は一人だけである。二股をかけてはならない。 男性 女性 一郎 春子 二郎 夏子 三郎 秋子 四郎 冬子 図 1: 「告白」という名の写像。 写像の定義に関しては、このイメージだけ持っていれば十分に事足ります。 なお、集合 X と集合 Y は同じ集合でも結構です。その場合 f : X → X ということになります。 これについて考えるときには、定義域としての X を考えているのか値域としての X を考えてい るのか常にはっきりと意識するようにするとよいと思います。X から X への写像で、任意の要素 にそれ自身を対応させるという、いわば「なにも動かさない」写像のことを恒等写像と言います。 7 後に出てくる「写像 f の像」のことを値域と呼ぶ人もかなりいます。参考書などを読むときには注意して下さい。 21 第 2 回解答 2.6 写像の像 X の要素 x の写像 f X → Y による行き先 f (x) のことを 「f による x の像」と言います。こ の言い方は定義域の一つの要素についてだけの言い方ですが、X の部分集合に対しても同じ言い 方をします。つまり、A ⊂ X に対し「A に属する要素の像全体がなす Y の部分集合」 {f (x) ∈ Y | x ∈ A} (7) を「f による A の像」と呼ぶのです。要素の像は要素であり、部分集合の像は部分集合であるこ とに気を付けて下さい。部分集合の像を表す記号を決めたいのですが、文字が増えると混乱するの で、写像の記号を流用して f (A) と書いてしまいます。本来は括弧の中に入れられるのは定義 X の要素だけなのですが、部分集合の像を表すのにいつもいつも式 (7) のように書くのはいかにも面 倒なので、括弧の中に部分集合を入れることで表してしまえ、というわけです。誤解しないように 気を付けて下さい。 なお、X の特別な部分集合として X 自身があります。それの像 f (X) を「写像 f の像」と呼 びます8 。 2.6.1 問題 10 の解答 (1) f (A ∪ B) に属する要素 y を一つとります。すると、A ∪ B の要素 x で f (x) = y を満たす ものが少なくとも一つ存在します。もし x ∈ A ならば f (x) ∈ f (A) です。また、x ∈ B ならば f (x) ∈ f (B) です。よって、f (x) ∈ f (A) ∪ f (B)、すなわち y ∈ f (A) ∪ f (B) が成り立っていま す。これで f (A ∪ B) ⊂ f (A) ∪ f (B) が示せました。 次に f (A) ∪ f (B) に属する y を一つとります。y ∈ f (A) だとすると、f (x) = y を満たす x で A に属するものが少なくとも一つあります。また y ∈ f (B) だとすると f (x) = y を満たす x で B に属するものが少なくとも一つあります。よって、y ∈ f (A) と y ∈ f (B) の少なくとも一方が成 り立っているなら、f (x) = y を満たす x が A ∪ B に存在します。このことは y ∈ f (A ∪ B) を意 味します。これで f (A) ∪ f (B) ⊂ f (A ∪ B) が示せました。 以上で、f (A ∪ B) = f (A) ∪ f (B) が示せました。 □ (2) f (A ∩ B) に属する y をひとつとります。すると A ∩ B の要素 x で f (x) = y を満たすものが 少なくとも一つ存在します。x ∈ A ですので y = f (x) ∈ f (A) であり、また x ∈ B でもあるので y = f (x) ∈ f (B) でもあります。よって、y ∈ f (A) ∩ f (B) です。これで f (A ∩ B) ⊂ f (A) ∩ f (B) が示せました。 一方、例えば X = Y = R, A = {1}, B = −1, f (x) = x2 とすると、A ∩ B = ∅ なので f (A ∩ B) = ∅ ですが、f (1) = f (−1) = 1 なので f (A) ∩ f (B) = {1} です。よって、この例では f (A ∩ B) ̸= f (A) ∩ f (B) となっています。 □ 2.7 合成写像 問題とは関係ありませんが、話の流れからここで説明したいので書いてしまいます。 もう一つ集合 Z があり、Y から Z への写像 g : Y → Z があったとき、写像 f : X → Y を x ∈ X に施したもの f (x) は Y の要素なのですから g を施すことができます。つまり、g(f (x)) 8 前ページの脚注にも書きましたが、f (X) を「f の値域」と呼ぶ人も大勢います。お気を付けください。 22 第 2 回解答 という Z の要素が決まります。そこで、X の任意の要素 x に対して Z の要素 g(f (x)) を対応さ せることにより、新たに X から Z への写像ができあがります。これを f と g の(あるいは g と f の)合成写像と言います。 この写像のことを記号でどう書けばよいでしょうか。g(f (x)) と書きたくなるかも知れませんが、 X から Y への写像を f (x) と書かずに f とだけ書いたように、「(x)」の部分を表に出さずに書く 記号を決めておくと便利です。そこで、f と g の合成写像のことを g◦f: X →Z と書くことにします。「g ◦ f で一文字」という気持ちです。もちろん g ◦ f (x) = g(f (x)) が g ◦ f という写像の定義です。g の方があとに施されるので g を左側に書きます。g(f (x)) の順序と合わ せてあるわけです。 男性 「密かな想い」写像 g 男性 女性 一郎 春子 一郎 二郎 夏子 二郎 三郎 秋子 三郎 四郎 冬子 四郎 「告白」写像 f 男性 合成写像 g ◦ f 男性 一郎 一郎 二郎 二郎 三郎 三郎 四郎 四郎 四郎だけが「告白」を受け入れられる 図 2: f と g の順序が上の図と合成写像の記号 g ◦ f で逆になることに注意。 合成写像については特に理解しにくいところはないだろうと思います。g ◦ f という記号に馴染 みさえすれば O.K. でしょう。 2.8 逆像 写像 f : X → Y とは 定義域 X の要素を一つ決めるごとに値域 Y の要素が一つ決まれば良い だけなので、Y の要素を一つ決めても、それを像とする X の要素があるかどうかわからないし、 あっても一つとは限りません。だから、写像 f が一つ決められたときに逆向きの対応は普通写像 23 第 2 回解答 になりません。しかし、f を使って値域 Y の部分集合に定義域 X の部分集合を一つ対応させる ことはできます。B ∈ Y に対し {x ∈ X | f (x) ∈ B} という部分集合、すなわち f によって B の中に写される要素全体 を対応させれば良いわけです。これのことを f による B の逆像と呼び、 f −1 (B) と書きます。f −1 は Y から X の写像ではないということに注意して下さい。あくまでも、A の f による像を f (A) と書くことに似せて作った記号に過ぎません。 なお、f −1 という名前に相応しい Y から X への写像(すなわち f の逆写像)についてはプリ ントの最後の節で触れます。 問題 11 の解答 2.8.1 問題 10 では言葉による説明を書いたので、ここではなるべくシンプルに式だけで書いてみます。 (1) x ∈ f −1 (C ∪ D) ⇐⇒ f (x) ∈ C ∪ D ⇐⇒ −1 x∈f ⇐⇒ (C) ∨ x ∈ f f (x) ∈ C ∨ f (x) ∈ D −1 (D) ⇐⇒ x ∈ f −1 (C) ∪ f −1 (D) なので f −1 (C ∪ D) = f −1 (C) ∪ f −1 (D) が成り立ちます。 □ (2) x ∈ f −1 (C ∩ D) ⇐⇒ f (x) ∈ C ∩ D ⇐⇒ −1 x∈f ⇐⇒ (C) ∧ x ∈ f f (x) ∈ C ∧ f (x) ∈ D −1 (D) ⇐⇒ x ∈ f −1 (C) ∩ f −1 (D) なので f −1 (C ∩ D) = f −1 (C) ∩ f −1 (D) です。 □ 単射と全射 2.9 集合 X から集合 Y への写像 f : X → Y が一対一の写像あるいは単射であるということと、上 への写像あるいは全射であるということについて説明します。 写像 f が単射であるとは、X の別な要素は必ず Y の別な要素に対応している、式で書けば、 x1 ̸= x2 =⇒ f (x1 ) ̸= f (x2 ) が成り立っているときを言います。先ほどの「告白」の例では、三郎さんと四郎さんがどちらも同 じ夏子さんに「告白」しようとしているので単射ではありません。 写像 f が全射であるとは、Y のどの要素にも少なくとも一つの X の要素が対応している、つ まり、 任意の y ∈ Y に対し、f (x) = y となる x ∈ X が(少なくとも一つ)存在する。 が成り立っているときを言います。「告白」写像の例では、誰も秋子さんに「告白」しようとして いないので全射ではありません。 24 第 2 回解答 2.9.1 問題 12 の解答 まず f : X → Y が単射ならば X の任意の部分集合 A に対して f −1 (f (A)) = A が成り立つこ とを示しましょう。つまり、f が x1 ̸= x2 =⇒ f (x1 ) ̸= f (x2 ) (8) を満たすことを仮定して、X の任意の部分集合 A に対して f −1 (f (A)) ⊂ A と A ⊂ f −1 (f (A)) の両方が成り立つことを示すのです。 はじめに「f が単射ならば A ⊂ f −1 (f (A))」を示しましょう。A の要素 x を任意に取ります。 f (A) の定義は f (A) = {f (x) ∈ Y | x ∈ A} ですので、f (x) ∈ f (A) です。一方、Y の部分集合 B に対して、f −1 (B) の定義は f −1 (B) = {x ∈ X | f (x) ∈ B} つまり、f で写すと B に入る要素全体です。だから、f (x) ∈ f (A) ということは「x を f で写す と f (A) に入る」、すなわち x ∈ f −1 (f (A)) を意味します。これで A の任意の要素が f −1 (f (A)) の要素でもあることがわかったので、A ⊂ f −1 (f (A)) が示せました。(f が単射であるというこ とを使わずに示せたので、f がどんな写像であっても A ⊂ f −1 (f (A)) が成り立つこともわかりま した。) 次に、 「f が単射ならば f −1 (f (A)) ⊂ A」を示しましょう。これをそのまま証明するとわかりに くくなってしまうようなので、対偶である 「f −1 (f (A)) ⊂ A でないならば f は単射ではない」 を証明することにします。f −1 (f (A)) が A の部分集合でないと仮定するということは、 f −1 (f (A)) の要素 x0 で A の要素でないものが存在する ということを仮定することです。前段落に書いたように、x0 ∈ f −1 (f (A)) ということの定義は f (x0 ) ∈ f (A) です。そして、f (x0 ) ∈ f (A) ということの定義は A の要素 x で f (x0 ) = f (x) と なるものが存在するということです。x0 ̸∈ A かつ x ∈ A なのですから x0 ̸= x です。 x0 ̸= x なのに f (x0 ) = f (x) なのですから f は単射ではありません。 以上で f : X → Y が単射ならば X の任意の部分集合 A に対して f −1 (f (A)) = A が成り立つ ことが示せました。 逆に、X の任意の部分集合 A に対して f −1 (f (A)) = A が成り立つならば f : X → Y は単射で あることを示しましょう。これも対偶を示すことにします。つまり、 「f が単射でないならば f −1 (f (A)) ̸= A となる A が存在する」 25 第 2 回解答 を示します。 f が単射でないということは x0 ̸= x1 なのに f (x0 ) = f (x1 ) となる x0 と x1 が存在するという ことです。そこで、A = {x0 } としてみます。すると、 f (A) = {f (x) | x ∈ A} = {f (x0 )} となります。ということは f −1 (f (A)) は「f で写すと f (x0 ) になる要素全体」 ということになりますので、特に x1 を含みます。よって、 x1 は f −1 (f (A)) の要素なのに A の 要素ではないのですから、f −1 (f (A)) ̸= A です。これで示せました。 □ 2.10 全単射と逆写像 さて、写像 f : X → Y が単射でもあり全射でもでもあるとき f は全単射であると言います。全 単射においては、矢印 7→ の向きをすべて逆にすることによって Y から X への写像が得られま す。なぜなら、f が全射であることから Y の任意の要素に矢印が来ており、しかも単射なのでそ の本数はすべて一本ですから、矢印の向きを一斉に逆さまにすると、Y のすべての要素から一本 ずつ矢印が出ていることになり、これは写像の定義を満たすからです。こうして作った Y から X への写像のことを f の逆写像と呼び、 f −1 : Y → X と書きます。記号が増えないようにするために逆像の記号と同じものを使ってしまいますが、任意 の写像について考えられと逆像とは違って逆写像は全単射の場合にしか考えられないことに注意し て下さい。 定義から f (x) = y ⇐⇒ f −1 (y) = x なので、 f −1 ◦ f は X から X への恒等写像、 f ◦ f −1 は Y から Y への恒等写像 となります。逆に、g : Y → X で g ◦ f は X から X への恒等写像であり、 f ◦ g は Y から Y への恒等写像である を満たすものが存在するなら f は全単射であり g = f −1 が成り立ちます。 さて、先ほどの「告白」写像は一対一でも上への写像でもありませんが、X と Y をもっと小さ い集合に取り替えることで全単射にしてしまうことができます。例えば、急な用事で三郎さんと秋 子さんが合コンから抜けたとすると、一郎、二郎、四郎の三人からなる X の部分集合 X ′ から、 春子、夏子、冬子の三人からなる Y の部分集合 Y ′ への「告白」写像は全単射になります。この ように、もとの集合を適当な部分集合に取り替えて全単射にすることで逆写像を考えることができ るようになります。X ′ から Y ′ への写像としての「告白」も逆写像を持ちます。(ただし、「夏子 7→ 四郎」の対応以外は女性の想いとは何の関係もありませんが。)